一枚目のキャンパス
月と魔力灯に照らされた町の中を、大勢の住民が歩いていた。身を寄せ合って歩く男女もいれば、酔っ払って鼻歌を歌いながら歩く奴もいる。粋な身だしなみをしている奴もいれば、いかにも労働者という格好の者もいる。女に至っては下半身が蛇だったり蜘蛛だったり、人間に近くても羽が生えているわ鱗がついているわで、千差万別だ。このルージュ・シティという町は見ていても飽きないし、絵の題材にするにしてもこれほど面白い風景はなかなかないだろう。
だが今の俺はスケッチブックを脇に抱えたまま、目当ての酒場のドアを潜るところだ。まだ建物は新しいが、渋い雰囲気の滲み出る粋な店だった。
『BARベッカー』と書かれた看板をちらりと眺め、ドアを開ける。目に入った光景は分厚い木製のカウンター、椅子に腰掛ける先客たち。魅力的な酒類の数々に、それらを背に立つバーテンダーだった。
「いらっしゃいませ、ヴァン・クーベルマン様」
この店の主、テオ・ベッカーは静かな声で挨拶してきた。俺の友人であり、恩人でもある男だ。
俺は店内を一望し、壁にかかったダーツの的や客の顔ぶれを眺めつつ、カウンターの椅子に座った。
「良い店じゃないか、テオ」
「お気に召したようで恐縮です」
テオは若いながらもプロの風格漂う紳士的な男だった。そのため店内も落ち着いていて、静かに酒が飲める良い雰囲気だ。女を口説く場所にもいいだろう。
彼が俺を領主に紹介してくれたお陰で、俺は仕事にありつけたというわけだ。
「お前には感謝しているよ。当分はこの町で食っていけそうだ」
「いえ。ここは貴方のような方が、力を活かすための町でもありますから。……ご注文は？」
俺はちらりと棚を見て、並んでいる瓶から好物の銘柄を見つけ出した。反魔物領で作られている酒だが、聞くところによると闇ルートで魔界にも流れているらしい。好きな酒が魔界でも飲めるというのは亡命者としてありがたい話だ。
続いて、カウンターに置いてあるメニューに目をやった。つまみや軽食の名前と値段が書かれており、種類も豊富だ。
「パリーウェルの新酒をシングルで。あとタプナードのカナッペも頼む。緑のな」
「かしこまりました」
テオが背後にあるドアを開け、タプナード一つと伝えると、中で料理をしていた女の子が明るく返事をした。テオと同じバーテンダーらしい服装だが、せいぜい十代前半程度の子供だった。翼や角が見えたからサキュバスの仲間だと分かった。他の客はその子が作ったと思われるつまみを食べていたが、料理はしっかりとできているようだ。
「お前の妹分か？」
「姉貴分です。彼女の方が年上なんですよ。ポローヴェの料理学校を卒業しています」
気恥ずかしそうにテオは笑う。子供の姿のままの魔物もいると聞いたが、要はそういう種類なのだろう。面白い話だ。
テオは手際よく酒を注ぎ、グラスを俺の前に置いた。甘味のあるアルコールの香りが鼻をくすぐる。酒というのはこの繊細な香りがたまらないのだ。一口飲み、舌にまとわりつく味わいと喉越しを楽しむ。好みは人それぞれだが、俺は濃厚な味わいの酒が好きだ。
「しかしまあ、この町の地下に本当に遺跡があるとはな」
「ええ。僕も領主様から聞いたときには驚きました」
テオはそう言って、グラスの空いた客に次の注文を訊きに行った。なかなか繁盛しているようだ。
このルージュ・シティは元々廃墟だった町を、ヴァンパイアの領主が再建したものだ。人間も魔物も隔たりなく、共に発展を目指す『人魔共栄』を掲げる町で、現に種族を問わず様々な人々が住んでいる。だがかつて廃墟になるより遥か昔、この土地の地下にも町があったという。地面をくり抜いて作られた、大きな都市だそうだ。今では遺跡と化し、一般人は入ることができないものの、本格調査に向けて発掘隊が結成されることとなった。
俺はテオの紹介で、記録班として発掘隊に参加することになった。遺跡の様子などをスケッチして記録する係だ。埃っぽいもののロマンはあるし、人生の再出発には悪くない仕事だろう。俺が今まで犯した罪は消えないし後悔もしていないが、そろそろ生き方を改めてもいい頃だ。
「タプナード、お待たせしましたー」
料理をしていた女の子が、カナッペの乗った皿を持ってきた。テオとお揃いの作業着を着て、背伸びしながらカウンターに皿を置く。一つ食べてみると、緑オリーブをベースにしたタプナードの芳醇な味わいが口の中に広がった。
「うん、美味いね」
「ありがとうございますっ」
可愛らしく微笑み、彼女は台所へ戻っていった。同時に手の空いたテオが、俺のスケッチブックに目をやった。
「スケッチの調子は如何ですか？」
「昼間に町の風景を描いたよ」
スケッチブックをめくり、最もよく描けた一枚をテオに見せる。屋根の上に立つ煙突掃除夫の絵だ。思いの外上手く描けたので、そのうちキャンパスに描くかもしれない。
「おお、さすがお上手ですね。労働者のたくましさがよく表れています」
「うん、やっぱり風俗画が一番得意だな、俺は。宗教画なんかはどうにも好かない。主神も他の宗教もな。大昔ならまだしも、今の教団の画家は芸術じゃなくてプロパガンダを描かされているようにしか……」
俺は途中で言葉を飲み込んだ。たまに酒の勢いで持論を延々と語ってしまうことがあるのだ。他の客の迷惑になってはいけないし、うっかり俺が今までしてきたことを話してはまずい。今は絵のことを考えなくても別に良いのだ。テオの注いでくれる酒に集中し、自分の門出を祝おうではないか。
そう思ってスケッチブックを閉じようとしたとき。
「……あの、すみません」
ふいに、肩の辺りで声が聞こえた。後ろからでも横からでもない、俺の肩の少し上辺りに、声の主がいたのだ。
「もう少し、見せていただいてもよろしいですか……？」
鈴の鳴るような声で、少女は言った。掌に乗るほどの大きさの、小さな妖精の女の子だ。絵画の題材としては何度か見たことはあるが、実物を見るのは初めてだった。鮮やかなピンク色の髪に青い瞳の美しい顔立ちで、気恥ずかしそうに頬を染めている。背は光を虹色に反射する蝶の翅が生えており、小刻みに羽ばたきながら宙に浮かんでいた。
俺をじっと見つめてくる視線に、自然と背筋が伸びるような思いがする。今まで出会った女とは違う瞳で、彼女は俺を見ていた。
「ああ、どうぞ」
煙突掃除夫の絵を再び広げると、彼女はスケッチブックの端にすとんと舞い降りた。紙に小さな手を触れ、何かを感じ取るかのように目を閉ざす。俺は自分の描いた絵から、妖精の少女が何かを吸い上げているのが分かった。絵に込もった力が画用紙から流れ出て、小さな体に吸収されていく。錬金術を学んだこともある俺には、そのエネルギーの流れをいくらか見て取ることができたのだ。
『芸術作品』の力を糧に生きる妖精。話には聞いたことがある。確かリャナンシーという種族だ。
「絵は……いつから描いているのですか？」
ゆっくりと目を開け、彼女は尋ねてきた。
「子供の頃からさ。自分の絵がなかなか売れないからずっと画商をやっていたんだが、もう一度絵描きとして再出発してみようと思ってね」
「そうなんですか。立派ですね」
妖精の少女は愛くるしい笑みを俺に向けてくる。どこか儚げな、小さな花のように無垢な笑顔だった。
だが彼女の言った、立派という言葉が俺には重い。俺は芸術の妖精リャナンシーに『立派』と言われるような、褒められた画家ではないのだ。子供の頃から絵が好きだったこと、再出発しようと考えていることは本当だが、画商をやっていた理由はまるっきり嘘だ。
「このスケッチ、とても心を込めて、夢中になりながら描いたんですね。強い力があります」
だがそんなことはつゆ知らず、彼女は尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
「あ、私、マフリチェカといいます。……リャナンシーです」
「……ベルスト・ヴァン・クーベルマンだ」
名乗りつつ、俺はスケッチブックから煙突掃除夫の絵を切り離した。驚いた表情を浮かべる彼女に、それをそっと差し出す。
「お気に召したなら差し上げよう」
すると目を見開いていたマフリチェカが、ぱっと明るい笑みを浮かべた。自分の何倍も大きな絵を大事そうに手に取り、ありがとうございますと頭を下げてくる。
これで話を終わりにしよう、というのが俺の狙いだったが、そうはいかなかった。
「あのっ、ベルストさんはこの町の美術館には行きましたか？」
「ああ、なかなか面白かったな。教団の司祭が倉庫にしまい込んでいた傑作がゴロゴロしてたり、かと思ったらガーゴイルがいたりで」
美術関係の話題を出され、思わず話に乗っかってしまう。昼間に見た市民美術館はなかなか興味深い内容だった。この町や同盟都市の画家の作品のみならず、教団の商船などから接収した美術品までもが展示されていた。
「無料で公開してるというのが凄い。まったく、いい町だと思うよ」
俺の持論だが、芸術とは大衆のためにあるべきだと思う。だが世の中、美術のことがまるで分かっていないくせに権威を振りかざし、絵画や彫刻を集めたがる金持ちがゴマンといる。そいつらは貴重な美術品を自分の倉庫に詰め込んで、無駄に立派な錠をかけて悦に浸っている。
だが少なくとも、この町の領主はノブレス・オブリージュ（高貴さに伴う義務）を果たす立派な貴族のようだ。絵画を独占して自分の虚栄心を満たそうとはせず、教団に死蔵されていた美術品を市民の目に触れさせている。こういう領主が収める町なら、美術品鑑賞が金持ちの道楽だと蔑まれることもないだろう。
「私もそう思います。あの……レスカティエ印象主義の、エーベンハルト画伯の絵はご覧になりましたか？」
「見たが、印象主義の絵はどうもな。単に奇をてらった作品に思えてしまって……」
「そ、そんなことないですっ！」
にこやかに話をしていたマフリチェカが、急にむっとした顔で反論してきた。
「最近は魔法で映像を記録する道具がいろいろ作られています！ ジパングの浮世絵のような、写実性に拘らない表現方法を見つけないと、絵画は廃れてしまいますっ！」
「それには同意する。確かに浮世絵の影や立体感を省略した描き方や、斜め向きのラインなどは参考にする余地はあると思う。印象主義の連中がそれを取り入れようとしているのも、理解はできるがね」
彼女の熱い口調に釣られ、俺も持論を述べ始めてしまった。
「だがジパング美術に価値に気づいて浮世絵を見ている奴は少ないだろう。大抵はただ珍品としてもてはやしているだけだ。印象主義の絵も同じように、見せ物として話題になっているだけじゃないのか？」
「……今はそうかもしれません。でもいずれ、芸術としてしっかり根を下ろすことができるはずです！」
「それは一部の専門家が『アリ』と言えば、大衆も『アリ』と信じるようになるって所だろう。技巧を凝らして写実的に描いた絵なら、誰の目から見ても……」
技巧を凝らして。
誰の目から見ても。
言いかけて、俺は言葉を紡げなくなった。咄嗟にグラスを手にし、残った酒を一気に喉へ放り込む。繊細な味を楽しむためではなく、言葉を失った声を飲み込むために。
「いや、失礼。それは芸術家（アーティスト）じゃなくて、職人（アルティザン）の考え方なのかもな」
作り笑いを浮かべ、自嘲気味そんなことを言った。今まで俺は美しさよりも、技術を追い求めてきた。それが必要だったからだ。
「……ベルストさんは芯がしっかりした人だから、こういう力強い絵が描けるんですね」
マフリチェカは屈託の無い笑みで俺を評価した。眩しい。
「君の絵も見てみたいね」
「はいっ、私も是非見ていただきたくて……」
照れくさそうに、妖精は頬を掻く。可愛らしい。
まったく、美術を司る妖精が、俺みたいな男に興味を持つとは。本来俺は彼女たちに軽蔑されるであろう人間だというのに。だが不思議と、悪い気はしなかった。
「……次は何をお飲みになりますか？」
静かな声で、テオが尋ねてきた。俺の罪を知っているのはこの町で、もしかしたらこの世界中でこいつだけだ。客の秘密は守るのがバーテンダーの義務である以上、こいつの口からそれが語られることはないだろう。
俺はリャナンシーの少女と語り合いながら、人生をやり直すための祝杯を続けることにした。夜が深けるまで。
………
……
…
……画商だった俺に取って、慣れない環境で目が覚めるのはいつものことだった。
一応自分のアトリエを構えてもいた。しかし商人として絵を売歩く際はそれなりに高級な宿屋に泊まったり、安い家賃で借りたボロアパートの貧相な寝床で朝を迎えたりもした。置きた途端目の前に強盗がいて、ペインティングナイフで反撃して辛くも逃げ果せたこともある。
だが今回の朝はいろいろと異質だ。まず泊まっている場所は安いながらも洒落た内装の、清潔なアパート。ルージュ・シティに来てから借りた住まいだ。窓から朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。
「あ、おはようございます……♥」
さえずりに混じって、女の子のはにかんだような声が聞こえた。昨日テオの店で出会ったリャナンシーだ。彼女が何故朝っぱらから俺の部屋にいるのか、というのも十分疑問だが、それ以上に不可解なことが二つある。
一つは彼女が裸であること。掌に乗るほどの一糸まとわぬ少女が俺の前にいる。細身の体つきを隠そうともせず、ただ頬を染めて笑顔を浮かべていた。
そしてもう一つ。彼女が俺の下半身……股間の位置に立ち、あるものを抱きしめていることだ。男なら誰でも持っているものを。朝の生理現象でそそり立ったそれを、寝間着のズボンから引っ張り出して抱きしめているのだ。それも、裸で。
「ベルストさんのおちんちん、立派です……ペリエヌス皇子の彫像みたい」
エスクーレ海の有名な彫刻の名を出して、マフリチェカはうっとりと俺の男根を抱き寄せる。俺は体にぴりっと奇妙な感触を覚えた。この妖精の裸体は子供のような体型なのに柔らかで、女体の感触を掌大に凝縮したかのようだ。それが、俺の男性器にぎゅっと密着しているのである。ただ生理現象で勃起していたそれが、次第に血の気が集まってきてしまう。
「あー、マフリチェカ。状況がよく分からないんだが、とりあえず君が何をしようとしてるのか教えてくれないか？」
努めて冷静に質問する。到底冷静でいられる状況ではないが、まだ残っている眠気と、少なくとも強盗よりはマシだという考えが辛うじてパニックを抑えてくれていた。
「えっとですね……♥ 一種の、芸術的創作活動、でしょうか」
男根の先端、つまり亀頭に小さな頬をすり寄せながら、彼女は答えた。最も敏感な箇所をソフトに刺激され、竿が大きく震える。彼女はそれを楽しむかのように、頬を赤くしながらも微笑んでいた。
「昨晩、ベルストさんとお話しして……もっと一杯、絵の話をしたり、ベルストさんの描く絵を見たくなって……♥」
話しながら体をくねらせ、男根に小さな女体を擦り付けてくる。すべすべ、ぷにぷにとした感触が竿を這い回るが、それ以上に妖精の少女が笑みを浮かべながら、愛おしそうに男根にすがりつく姿が興奮を誘う。人間相手では感じられないような、得体の知れない高揚感だ。
「もっともっとベルストさんの絵が素敵になるのを、見たいんです……♥」
「それが何でこういうことに……？」
尋ねた直後、俺は思い出した。妖精たちも魔物の魔力の影響により、サキュバスと同じような性質を持ち始めている、という話だ。親魔物領に移り住むに当たって魔物のことはそれなりに勉強した。そしてリャナンシーは人間に芸術的な才覚を与えてくれる、ということも。
つまり彼女は今、このような行為を通じて、俺にその力を授けようとしているのではないか。
「こうやって……おちんちんを、ぎゅ〜って……♥」
そんな思考も、彼女が華奢な両腕、それに可愛い脚まで使い、全身で男根に抱きついてきた瞬間に停止した。怒張した俺のペニスを無邪気に、だが好色に抱きしめる裸の妖精。こんな日常からかけ離れた風景に、不思議と魅力と快感を感じてしまう。妖精の持つ力なのだろうか。それとも芸術を司る妖精・リャナンシーに認められたという喜びが、そうさせているのか。
とにかく俺は、マフリチェカを股間から引きはがす気にはなれなかった。妖精の小さな手で亀頭を撫で擦られ、くすぐったい快感を受け入れるしかない。竿を挟み込んでいるふとももや、押し付けられる小さな胸も柔らかで気持ちいい。とくん、とくんと男根に伝わってくる震動はその小さな胸の鼓動だ。彼女は明らかに、俺を射精に導こうとしていた。
鈴口からはすでに先走りの液が漏れている。それを見つけたマフリチェカはそこに口をつけ、ぬめる液体を啜った。
「んっ……♥ 美味しいっ♥」
「うぐっ……これは……！」
ミニチュアサイズの舌が鈴口をつつき、中まで侵入してくる。こちょこちょとくすぐるような舌の動きに翻弄され、男根はますます反り返った。玉袋の中の精液に、早く出ておいでと手招きされているかのようだった。
再び亀頭への頬ずりでぷにぷにの感触を刻み込まれ、脚で竿を優しく締め付けられた。甘い刺激が快感となり、鈴口からは快楽の印が流れ出る。それを美味しそうに舐めとり、マフリチェカはうっとりとした笑みを浮かべるのだ。
「どう、ですか……？ ちゅっ♥ 気持ちいい、ですか？」
「あ、ああ。素晴らしいよ……」
口から出たのは素直な感想だった。小さな体を一杯に使って男根を愛撫してくる彼女の姿が、たまらなく淫らで、そして美しい。時々、ふんわりしたピンク色の髪が男根に絡み付く。さらにツンと勃った、小さな小さな乳首がカリ首に擦れる。まるで花に戯れる蝶のように、精を求めて男根に戯れつく。このリャナンシーは一つの、官能的な芸術品だった。
「ん、ちゅっ♥ おいしっ……ちゅっ♥」
亀頭に降り注ぐキスの雨。妖精の唇は独特のくすぐったい感触を生み出し、男根が大きく震えた。このまま射精すれば、彼女の体全身を俺の精液で汚すことになるだろう。そして彼女は屈託のない笑顔でそれを受け入れるだろう。
見たい。この芸術的で淫らな妖精が、俺の欲望でドロドロになるところを。
「マフリチェカ、出そうだ……」
そう告げると、彼女は俺を見てこくりと頷き、一度男根を解放した。七色の翅ではばたいて宙に浮いたかと思うと、怒張した男根のすぐ上で停止した。快楽を途中で止められ、俺のモノは空しく天井を指して汁を垂れ流す。
焦燥感の湧き上がる俺を、マフリチェカはドキドキした様子で見つめてきた。
「仕上げは……はい♥」
くるりと空中で向きを変え、俺に背を向けるマフリチェカ。
いや、俺に見せたかったのはそのお尻だろう。見た瞬間にハッと気づいた。その滑らかで丸いカーブを描くお尻は俺の目を釘付けにしてしまった。
「私のお尻、友達から『祭壇の天使』の絵に似てるって言われるんです」
「ああ、そうだ。そっくりだ……」
『祭壇の天使』……石柱の上に座り、背を向ける裸の天使を描いた名画。清楚さと官能的な美しさを備えた、見る者を虜にする絵だった。その天使の白い臀部と、彼女のミニチュアのお尻は瓜二つだった。こんなことがあるものなのかと感動を覚えつつ、彼女が何をしようとしているのか察しがついた。
お尻の下には今、絵画の純白の石柱の代わりに、赤黒く怒張した男の柱があるのだ。
「おお……！」
思わず声を上げてしまった。
マフリチェカは俺の男根の先端に腰を降ろして、脚を前に投げ出し、肩越しにこちらを振り向いている。名画と全く同じ構図と、よく似た形のお尻。俺の体の上で美しい光景が再現されていた。
もちろん、ただ美しいだけではない。限界まで高められた俺にとって、彼女の演出とお尻の柔らかさは凶器だった。もぞもぞとお尻が動き、鈴口から漏れた液が卑猥な音を立てる。滑らかに亀頭を滑る妖精のお尻は、俺を絶頂へ導くに十分だった。
「う、く、あぁぁぁっ！」
大の男が悲鳴に近い歓声を上げ、掌に乗るような妖精のお尻に射精する……傍から見ればみっともない光景であろうとも、俺は確かな満足感を覚えた。迸った精液が名画似のお尻を汚し、谷間にまで入り込む。そして滑らかな背中まで飛び、美しい翅かで白く汚していく。
「ふわぁ♥ で、出たぁ♥ きゃあんっ♥」
粘つく白濁、激しい快感、艶かしい妖精の声。目の前ちらつく名画の光景。そして脳裏に浮かぶ、いくつもの……インスピレーション。
今まで経験してきた中で最高の射精だった。
「あはぁ……♥ ベルストさん、素敵、です……♥」
射精を終えた男根を抱き寄せながら、彼女は花のような笑みを浮かべる。
そんな彼女を両手で掴み、真上に高々と掲げた。小さな頬にまで白濁が付着していたので、それを指先でぬぐってやる。
「リャナンシー、っていうのは元々、妖精の恋人という意味なんだってな」
テオが言ったように、この町は俺のような人間のためにあるのかもしれない。この小さな恋人と一緒になら、再び正しい道を歩むことができると確信する。罪も怒りも憎しみも捨て、本当の芸術家としてやり直す事ができるだろう。
掌の中から俺を見下ろす彼女を、そっと顔に近づけ……
「君も素敵だよ。マフリチェカ」
できるだけ優しく、小さな唇にキスをした。
だが今の俺はスケッチブックを脇に抱えたまま、目当ての酒場のドアを潜るところだ。まだ建物は新しいが、渋い雰囲気の滲み出る粋な店だった。
『BARベッカー』と書かれた看板をちらりと眺め、ドアを開ける。目に入った光景は分厚い木製のカウンター、椅子に腰掛ける先客たち。魅力的な酒類の数々に、それらを背に立つバーテンダーだった。
「いらっしゃいませ、ヴァン・クーベルマン様」
この店の主、テオ・ベッカーは静かな声で挨拶してきた。俺の友人であり、恩人でもある男だ。
俺は店内を一望し、壁にかかったダーツの的や客の顔ぶれを眺めつつ、カウンターの椅子に座った。
「良い店じゃないか、テオ」
「お気に召したようで恐縮です」
テオは若いながらもプロの風格漂う紳士的な男だった。そのため店内も落ち着いていて、静かに酒が飲める良い雰囲気だ。女を口説く場所にもいいだろう。
彼が俺を領主に紹介してくれたお陰で、俺は仕事にありつけたというわけだ。
「お前には感謝しているよ。当分はこの町で食っていけそうだ」
「いえ。ここは貴方のような方が、力を活かすための町でもありますから。……ご注文は？」
俺はちらりと棚を見て、並んでいる瓶から好物の銘柄を見つけ出した。反魔物領で作られている酒だが、聞くところによると闇ルートで魔界にも流れているらしい。好きな酒が魔界でも飲めるというのは亡命者としてありがたい話だ。
続いて、カウンターに置いてあるメニューに目をやった。つまみや軽食の名前と値段が書かれており、種類も豊富だ。
「パリーウェルの新酒をシングルで。あとタプナードのカナッペも頼む。緑のな」
「かしこまりました」
テオが背後にあるドアを開け、タプナード一つと伝えると、中で料理をしていた女の子が明るく返事をした。テオと同じバーテンダーらしい服装だが、せいぜい十代前半程度の子供だった。翼や角が見えたからサキュバスの仲間だと分かった。他の客はその子が作ったと思われるつまみを食べていたが、料理はしっかりとできているようだ。
「お前の妹分か？」
「姉貴分です。彼女の方が年上なんですよ。ポローヴェの料理学校を卒業しています」
気恥ずかしそうにテオは笑う。子供の姿のままの魔物もいると聞いたが、要はそういう種類なのだろう。面白い話だ。
テオは手際よく酒を注ぎ、グラスを俺の前に置いた。甘味のあるアルコールの香りが鼻をくすぐる。酒というのはこの繊細な香りがたまらないのだ。一口飲み、舌にまとわりつく味わいと喉越しを楽しむ。好みは人それぞれだが、俺は濃厚な味わいの酒が好きだ。
「しかしまあ、この町の地下に本当に遺跡があるとはな」
「ええ。僕も領主様から聞いたときには驚きました」
テオはそう言って、グラスの空いた客に次の注文を訊きに行った。なかなか繁盛しているようだ。
このルージュ・シティは元々廃墟だった町を、ヴァンパイアの領主が再建したものだ。人間も魔物も隔たりなく、共に発展を目指す『人魔共栄』を掲げる町で、現に種族を問わず様々な人々が住んでいる。だがかつて廃墟になるより遥か昔、この土地の地下にも町があったという。地面をくり抜いて作られた、大きな都市だそうだ。今では遺跡と化し、一般人は入ることができないものの、本格調査に向けて発掘隊が結成されることとなった。
俺はテオの紹介で、記録班として発掘隊に参加することになった。遺跡の様子などをスケッチして記録する係だ。埃っぽいもののロマンはあるし、人生の再出発には悪くない仕事だろう。俺が今まで犯した罪は消えないし後悔もしていないが、そろそろ生き方を改めてもいい頃だ。
「タプナード、お待たせしましたー」
料理をしていた女の子が、カナッペの乗った皿を持ってきた。テオとお揃いの作業着を着て、背伸びしながらカウンターに皿を置く。一つ食べてみると、緑オリーブをベースにしたタプナードの芳醇な味わいが口の中に広がった。
「うん、美味いね」
「ありがとうございますっ」
可愛らしく微笑み、彼女は台所へ戻っていった。同時に手の空いたテオが、俺のスケッチブックに目をやった。
「スケッチの調子は如何ですか？」
「昼間に町の風景を描いたよ」
スケッチブックをめくり、最もよく描けた一枚をテオに見せる。屋根の上に立つ煙突掃除夫の絵だ。思いの外上手く描けたので、そのうちキャンパスに描くかもしれない。
「おお、さすがお上手ですね。労働者のたくましさがよく表れています」
「うん、やっぱり風俗画が一番得意だな、俺は。宗教画なんかはどうにも好かない。主神も他の宗教もな。大昔ならまだしも、今の教団の画家は芸術じゃなくてプロパガンダを描かされているようにしか……」
俺は途中で言葉を飲み込んだ。たまに酒の勢いで持論を延々と語ってしまうことがあるのだ。他の客の迷惑になってはいけないし、うっかり俺が今までしてきたことを話してはまずい。今は絵のことを考えなくても別に良いのだ。テオの注いでくれる酒に集中し、自分の門出を祝おうではないか。
そう思ってスケッチブックを閉じようとしたとき。
「……あの、すみません」
ふいに、肩の辺りで声が聞こえた。後ろからでも横からでもない、俺の肩の少し上辺りに、声の主がいたのだ。
「もう少し、見せていただいてもよろしいですか……？」
鈴の鳴るような声で、少女は言った。掌に乗るほどの大きさの、小さな妖精の女の子だ。絵画の題材としては何度か見たことはあるが、実物を見るのは初めてだった。鮮やかなピンク色の髪に青い瞳の美しい顔立ちで、気恥ずかしそうに頬を染めている。背は光を虹色に反射する蝶の翅が生えており、小刻みに羽ばたきながら宙に浮かんでいた。
俺をじっと見つめてくる視線に、自然と背筋が伸びるような思いがする。今まで出会った女とは違う瞳で、彼女は俺を見ていた。
「ああ、どうぞ」
煙突掃除夫の絵を再び広げると、彼女はスケッチブックの端にすとんと舞い降りた。紙に小さな手を触れ、何かを感じ取るかのように目を閉ざす。俺は自分の描いた絵から、妖精の少女が何かを吸い上げているのが分かった。絵に込もった力が画用紙から流れ出て、小さな体に吸収されていく。錬金術を学んだこともある俺には、そのエネルギーの流れをいくらか見て取ることができたのだ。
『芸術作品』の力を糧に生きる妖精。話には聞いたことがある。確かリャナンシーという種族だ。
「絵は……いつから描いているのですか？」
ゆっくりと目を開け、彼女は尋ねてきた。
「子供の頃からさ。自分の絵がなかなか売れないからずっと画商をやっていたんだが、もう一度絵描きとして再出発してみようと思ってね」
「そうなんですか。立派ですね」
妖精の少女は愛くるしい笑みを俺に向けてくる。どこか儚げな、小さな花のように無垢な笑顔だった。
だが彼女の言った、立派という言葉が俺には重い。俺は芸術の妖精リャナンシーに『立派』と言われるような、褒められた画家ではないのだ。子供の頃から絵が好きだったこと、再出発しようと考えていることは本当だが、画商をやっていた理由はまるっきり嘘だ。
「このスケッチ、とても心を込めて、夢中になりながら描いたんですね。強い力があります」
だがそんなことはつゆ知らず、彼女は尊敬の眼差しを俺に向けてくる。
「あ、私、マフリチェカといいます。……リャナンシーです」
「……ベルスト・ヴァン・クーベルマンだ」
名乗りつつ、俺はスケッチブックから煙突掃除夫の絵を切り離した。驚いた表情を浮かべる彼女に、それをそっと差し出す。
「お気に召したなら差し上げよう」
すると目を見開いていたマフリチェカが、ぱっと明るい笑みを浮かべた。自分の何倍も大きな絵を大事そうに手に取り、ありがとうございますと頭を下げてくる。
これで話を終わりにしよう、というのが俺の狙いだったが、そうはいかなかった。
「あのっ、ベルストさんはこの町の美術館には行きましたか？」
「ああ、なかなか面白かったな。教団の司祭が倉庫にしまい込んでいた傑作がゴロゴロしてたり、かと思ったらガーゴイルがいたりで」
美術関係の話題を出され、思わず話に乗っかってしまう。昼間に見た市民美術館はなかなか興味深い内容だった。この町や同盟都市の画家の作品のみならず、教団の商船などから接収した美術品までもが展示されていた。
「無料で公開してるというのが凄い。まったく、いい町だと思うよ」
俺の持論だが、芸術とは大衆のためにあるべきだと思う。だが世の中、美術のことがまるで分かっていないくせに権威を振りかざし、絵画や彫刻を集めたがる金持ちがゴマンといる。そいつらは貴重な美術品を自分の倉庫に詰め込んで、無駄に立派な錠をかけて悦に浸っている。
だが少なくとも、この町の領主はノブレス・オブリージュ（高貴さに伴う義務）を果たす立派な貴族のようだ。絵画を独占して自分の虚栄心を満たそうとはせず、教団に死蔵されていた美術品を市民の目に触れさせている。こういう領主が収める町なら、美術品鑑賞が金持ちの道楽だと蔑まれることもないだろう。
「私もそう思います。あの……レスカティエ印象主義の、エーベンハルト画伯の絵はご覧になりましたか？」
「見たが、印象主義の絵はどうもな。単に奇をてらった作品に思えてしまって……」
「そ、そんなことないですっ！」
にこやかに話をしていたマフリチェカが、急にむっとした顔で反論してきた。
「最近は魔法で映像を記録する道具がいろいろ作られています！ ジパングの浮世絵のような、写実性に拘らない表現方法を見つけないと、絵画は廃れてしまいますっ！」
「それには同意する。確かに浮世絵の影や立体感を省略した描き方や、斜め向きのラインなどは参考にする余地はあると思う。印象主義の連中がそれを取り入れようとしているのも、理解はできるがね」
彼女の熱い口調に釣られ、俺も持論を述べ始めてしまった。
「だがジパング美術に価値に気づいて浮世絵を見ている奴は少ないだろう。大抵はただ珍品としてもてはやしているだけだ。印象主義の絵も同じように、見せ物として話題になっているだけじゃないのか？」
「……今はそうかもしれません。でもいずれ、芸術としてしっかり根を下ろすことができるはずです！」
「それは一部の専門家が『アリ』と言えば、大衆も『アリ』と信じるようになるって所だろう。技巧を凝らして写実的に描いた絵なら、誰の目から見ても……」
技巧を凝らして。
誰の目から見ても。
言いかけて、俺は言葉を紡げなくなった。咄嗟にグラスを手にし、残った酒を一気に喉へ放り込む。繊細な味を楽しむためではなく、言葉を失った声を飲み込むために。
「いや、失礼。それは芸術家（アーティスト）じゃなくて、職人（アルティザン）の考え方なのかもな」
作り笑いを浮かべ、自嘲気味そんなことを言った。今まで俺は美しさよりも、技術を追い求めてきた。それが必要だったからだ。
「……ベルストさんは芯がしっかりした人だから、こういう力強い絵が描けるんですね」
マフリチェカは屈託の無い笑みで俺を評価した。眩しい。
「君の絵も見てみたいね」
「はいっ、私も是非見ていただきたくて……」
照れくさそうに、妖精は頬を掻く。可愛らしい。
まったく、美術を司る妖精が、俺みたいな男に興味を持つとは。本来俺は彼女たちに軽蔑されるであろう人間だというのに。だが不思議と、悪い気はしなかった。
「……次は何をお飲みになりますか？」
静かな声で、テオが尋ねてきた。俺の罪を知っているのはこの町で、もしかしたらこの世界中でこいつだけだ。客の秘密は守るのがバーテンダーの義務である以上、こいつの口からそれが語られることはないだろう。
俺はリャナンシーの少女と語り合いながら、人生をやり直すための祝杯を続けることにした。夜が深けるまで。
………
……
…
……画商だった俺に取って、慣れない環境で目が覚めるのはいつものことだった。
一応自分のアトリエを構えてもいた。しかし商人として絵を売歩く際はそれなりに高級な宿屋に泊まったり、安い家賃で借りたボロアパートの貧相な寝床で朝を迎えたりもした。置きた途端目の前に強盗がいて、ペインティングナイフで反撃して辛くも逃げ果せたこともある。
だが今回の朝はいろいろと異質だ。まず泊まっている場所は安いながらも洒落た内装の、清潔なアパート。ルージュ・シティに来てから借りた住まいだ。窓から朝日が差し込み、鳥のさえずりが聞こえる。
「あ、おはようございます……♥」
さえずりに混じって、女の子のはにかんだような声が聞こえた。昨日テオの店で出会ったリャナンシーだ。彼女が何故朝っぱらから俺の部屋にいるのか、というのも十分疑問だが、それ以上に不可解なことが二つある。
一つは彼女が裸であること。掌に乗るほどの一糸まとわぬ少女が俺の前にいる。細身の体つきを隠そうともせず、ただ頬を染めて笑顔を浮かべていた。
そしてもう一つ。彼女が俺の下半身……股間の位置に立ち、あるものを抱きしめていることだ。男なら誰でも持っているものを。朝の生理現象でそそり立ったそれを、寝間着のズボンから引っ張り出して抱きしめているのだ。それも、裸で。
「ベルストさんのおちんちん、立派です……ペリエヌス皇子の彫像みたい」
エスクーレ海の有名な彫刻の名を出して、マフリチェカはうっとりと俺の男根を抱き寄せる。俺は体にぴりっと奇妙な感触を覚えた。この妖精の裸体は子供のような体型なのに柔らかで、女体の感触を掌大に凝縮したかのようだ。それが、俺の男性器にぎゅっと密着しているのである。ただ生理現象で勃起していたそれが、次第に血の気が集まってきてしまう。
「あー、マフリチェカ。状況がよく分からないんだが、とりあえず君が何をしようとしてるのか教えてくれないか？」
努めて冷静に質問する。到底冷静でいられる状況ではないが、まだ残っている眠気と、少なくとも強盗よりはマシだという考えが辛うじてパニックを抑えてくれていた。
「えっとですね……♥ 一種の、芸術的創作活動、でしょうか」
男根の先端、つまり亀頭に小さな頬をすり寄せながら、彼女は答えた。最も敏感な箇所をソフトに刺激され、竿が大きく震える。彼女はそれを楽しむかのように、頬を赤くしながらも微笑んでいた。
「昨晩、ベルストさんとお話しして……もっと一杯、絵の話をしたり、ベルストさんの描く絵を見たくなって……♥」
話しながら体をくねらせ、男根に小さな女体を擦り付けてくる。すべすべ、ぷにぷにとした感触が竿を這い回るが、それ以上に妖精の少女が笑みを浮かべながら、愛おしそうに男根にすがりつく姿が興奮を誘う。人間相手では感じられないような、得体の知れない高揚感だ。
「もっともっとベルストさんの絵が素敵になるのを、見たいんです……♥」
「それが何でこういうことに……？」
尋ねた直後、俺は思い出した。妖精たちも魔物の魔力の影響により、サキュバスと同じような性質を持ち始めている、という話だ。親魔物領に移り住むに当たって魔物のことはそれなりに勉強した。そしてリャナンシーは人間に芸術的な才覚を与えてくれる、ということも。
つまり彼女は今、このような行為を通じて、俺にその力を授けようとしているのではないか。
「こうやって……おちんちんを、ぎゅ〜って……♥」
そんな思考も、彼女が華奢な両腕、それに可愛い脚まで使い、全身で男根に抱きついてきた瞬間に停止した。怒張した俺のペニスを無邪気に、だが好色に抱きしめる裸の妖精。こんな日常からかけ離れた風景に、不思議と魅力と快感を感じてしまう。妖精の持つ力なのだろうか。それとも芸術を司る妖精・リャナンシーに認められたという喜びが、そうさせているのか。
とにかく俺は、マフリチェカを股間から引きはがす気にはなれなかった。妖精の小さな手で亀頭を撫で擦られ、くすぐったい快感を受け入れるしかない。竿を挟み込んでいるふとももや、押し付けられる小さな胸も柔らかで気持ちいい。とくん、とくんと男根に伝わってくる震動はその小さな胸の鼓動だ。彼女は明らかに、俺を射精に導こうとしていた。
鈴口からはすでに先走りの液が漏れている。それを見つけたマフリチェカはそこに口をつけ、ぬめる液体を啜った。
「んっ……♥ 美味しいっ♥」
「うぐっ……これは……！」
ミニチュアサイズの舌が鈴口をつつき、中まで侵入してくる。こちょこちょとくすぐるような舌の動きに翻弄され、男根はますます反り返った。玉袋の中の精液に、早く出ておいでと手招きされているかのようだった。
再び亀頭への頬ずりでぷにぷにの感触を刻み込まれ、脚で竿を優しく締め付けられた。甘い刺激が快感となり、鈴口からは快楽の印が流れ出る。それを美味しそうに舐めとり、マフリチェカはうっとりとした笑みを浮かべるのだ。
「どう、ですか……？ ちゅっ♥ 気持ちいい、ですか？」
「あ、ああ。素晴らしいよ……」
口から出たのは素直な感想だった。小さな体を一杯に使って男根を愛撫してくる彼女の姿が、たまらなく淫らで、そして美しい。時々、ふんわりしたピンク色の髪が男根に絡み付く。さらにツンと勃った、小さな小さな乳首がカリ首に擦れる。まるで花に戯れる蝶のように、精を求めて男根に戯れつく。このリャナンシーは一つの、官能的な芸術品だった。
「ん、ちゅっ♥ おいしっ……ちゅっ♥」
亀頭に降り注ぐキスの雨。妖精の唇は独特のくすぐったい感触を生み出し、男根が大きく震えた。このまま射精すれば、彼女の体全身を俺の精液で汚すことになるだろう。そして彼女は屈託のない笑顔でそれを受け入れるだろう。
見たい。この芸術的で淫らな妖精が、俺の欲望でドロドロになるところを。
「マフリチェカ、出そうだ……」
そう告げると、彼女は俺を見てこくりと頷き、一度男根を解放した。七色の翅ではばたいて宙に浮いたかと思うと、怒張した男根のすぐ上で停止した。快楽を途中で止められ、俺のモノは空しく天井を指して汁を垂れ流す。
焦燥感の湧き上がる俺を、マフリチェカはドキドキした様子で見つめてきた。
「仕上げは……はい♥」
くるりと空中で向きを変え、俺に背を向けるマフリチェカ。
いや、俺に見せたかったのはそのお尻だろう。見た瞬間にハッと気づいた。その滑らかで丸いカーブを描くお尻は俺の目を釘付けにしてしまった。
「私のお尻、友達から『祭壇の天使』の絵に似てるって言われるんです」
「ああ、そうだ。そっくりだ……」
『祭壇の天使』……石柱の上に座り、背を向ける裸の天使を描いた名画。清楚さと官能的な美しさを備えた、見る者を虜にする絵だった。その天使の白い臀部と、彼女のミニチュアのお尻は瓜二つだった。こんなことがあるものなのかと感動を覚えつつ、彼女が何をしようとしているのか察しがついた。
お尻の下には今、絵画の純白の石柱の代わりに、赤黒く怒張した男の柱があるのだ。
「おお……！」
思わず声を上げてしまった。
マフリチェカは俺の男根の先端に腰を降ろして、脚を前に投げ出し、肩越しにこちらを振り向いている。名画と全く同じ構図と、よく似た形のお尻。俺の体の上で美しい光景が再現されていた。
もちろん、ただ美しいだけではない。限界まで高められた俺にとって、彼女の演出とお尻の柔らかさは凶器だった。もぞもぞとお尻が動き、鈴口から漏れた液が卑猥な音を立てる。滑らかに亀頭を滑る妖精のお尻は、俺を絶頂へ導くに十分だった。
「う、く、あぁぁぁっ！」
大の男が悲鳴に近い歓声を上げ、掌に乗るような妖精のお尻に射精する……傍から見ればみっともない光景であろうとも、俺は確かな満足感を覚えた。迸った精液が名画似のお尻を汚し、谷間にまで入り込む。そして滑らかな背中まで飛び、美しい翅かで白く汚していく。
「ふわぁ♥ で、出たぁ♥ きゃあんっ♥」
粘つく白濁、激しい快感、艶かしい妖精の声。目の前ちらつく名画の光景。そして脳裏に浮かぶ、いくつもの……インスピレーション。
今まで経験してきた中で最高の射精だった。
「あはぁ……♥ ベルストさん、素敵、です……♥」
射精を終えた男根を抱き寄せながら、彼女は花のような笑みを浮かべる。
そんな彼女を両手で掴み、真上に高々と掲げた。小さな頬にまで白濁が付着していたので、それを指先でぬぐってやる。
「リャナンシー、っていうのは元々、妖精の恋人という意味なんだってな」
テオが言ったように、この町は俺のような人間のためにあるのかもしれない。この小さな恋人と一緒になら、再び正しい道を歩むことができると確信する。罪も怒りも憎しみも捨て、本当の芸術家としてやり直す事ができるだろう。
掌の中から俺を見下ろす彼女を、そっと顔に近づけ……
「君も素敵だよ。マフリチェカ」
できるだけ優しく、小さな唇にキスをした。
18/01/07 12:20更新 / 空き缶号
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