前編
「菊原君、いい加減に起きてください」
布団にくるまっている俺に、女の子は優しく語りかけてきた。ここは男子寮のはずだが、人魔共学のこの学校ではもうお構いなしになっている。
同じ寮生だが名前が思い出せない彼女は、俺が何の反応も返さないのを見て枕元まで寄ってきた。
「ねえ、菊原君。もうみんな起きて、雪かきしてるんですよ」
叱るのではなく、優しく諭すような口調だ。しかし俺はそれに応える気にはなれず、布団の魔力に身を委ねていた。一旦起きて朝飯は済ませたが、部屋に戻ってきたらいつのまにかこうなっている。もはや布団は極寒地獄と化した世界から俺を守るシェルターとなっており、その限られた楽園から出ることなど不可能なのだ。
「家に帰れなくなってしまったから、みんなで寮の周りだけでも雪かきしなくちゃ……ほら、起きてください」
そっと俺の肩を揺すってくる彼女。こちらは彼女のことをよく知らないのだが、相当な世話好きらしい。
やむを得ない。全力で起き上がるしかない。立て、立つんだ俺。
「おぉぉぉぉぉ……！」
腹に力を込め、全身で力む。燃えろ俺の小宇宙。布団の魔力を振り切るのだ。
「アンタレェェェェエス！」
さそり座のα星の名を叫び、俺は掛け布団を一気にはねのけた。途端に肌寒さを感じる。ストーブはつけてあるのに。
窓の外を見ると、大粒の雪がかなりの勢いで降っていた。空は分厚い雲で覆われており、いつこの雪が止むかは分からない状況。そして地面では学友達がせっせと雪かきをしているのを見て、若干罪悪感が湧いた。
「この季節にアンタレスは見えないと思いますが……」
「そう、さそり座は夏の星座だ。オリオン座が逃げ去った後にやってくる。あのS字カーブを描いた星の並びがたまらないんだよ」
語りながら立ち上がり、ぐっと体を伸ばす。わざわざ男子寮まで起こしに来てくれたお節介な女子は、羽毛で覆われた尻尾を揺らしながらくすりと笑った。前述の通りよく知らない子だが、何度か見かけて「可愛いな」と思ったキキーモラの女の子だ。ふわふわした髪のおしとやかな子で、手首には種族の特徴である羽毛が生えている。キキーモラの寮生は他にもいるが、彼女たちは休日でも制服を着ているため目立つ。
「天文部だからって、いつも夜中まで星を見ているから眠くなるんですよ」
「しょうがないだろ、星は夜に出るもんだから。えーと……」
「衣良 香苗です」
こちらの考えを読んだのか、彼女は自分から名乗ってくれた。彼女が俺を知っているのはまあ、意外ではない。口をきいたことはなくとも、仮にも同じ寮で暮らしているわけだし、彼女が言うように俺が毎晩天体観測をしているせいでもあるだろう。
「衣良さん、よくわざわざ俺を起こしにきたもんだね。誰かに頼まれたの？」
「いえ、美味しそうな匂いに誘われただけです」
屈託のない笑顔で、衣良さんは言った。
「私、怠け者を食べちゃう魔物ですから。……危なかったですね」
この人は逆らっちゃいけない部類の人らしい。
………
……
…
「雪〜の進軍 氷を踏んで ど〜れが河やら道さえ知れず〜ぅ」
大雪の休日。家に帰るはずが交通の便が麻痺してしまい、寮に居残った我々寮生を待ち受けていたのは雪かき、雪かき、とにかく雪かきだ。このままでは食料を届けに来るトラックが駐車場に入れないわけで、人間も魔物ももう必死だ。そんな時に寝こけていた俺こと菊原啓司は戦犯ものである。反省。
「馬〜は斃れる捨ててもおけず 此処は何処ぞ皆敵の国」
軍事マニアの先輩から教わった歌をやけくそ気味に歌いながら、スコップで雪の中を掘り進む。とりあえず寮の周りだけでも歩けるようにしたいが、何せ続々と雪が降ってくるからキリがない。そこら中に膝まで埋まるほどの雪が積もっている。休日のためか役所も真面目に除雪をせず、道路では車がしょっちゅう雪にはまっているらしい。寮の周りを奇麗にしても、トラックが道中で止まらなければいいが……。
「まま〜よ大胆一服やれば 頼み少なや煙草が二本」
雪をすくっては、腰の回転で後方へ投げ飛ばす。明日は筋肉痛が酷いだろう。
この黒見坂高校は人魔共学のため、寮にも多くの魔物生徒が住んでいる。魔法を使えたり火を吹ける魔物もいるが、長時間炎を当てなくては雪は溶けないようで、同じクラスの魔女たちはエネルギー切れでへたり込んでいた。元々寒冷地の魔物であるイエティなどが頑張って除雪しているものの、空から降ってくる雪まではどうしようもない。ガスマスクをつけたマンティスが念力で止めようとするも無駄だった。期待していなかったが。
「命捧げて 出てきた身故 死〜ぬる覚悟で吶喊すれど〜ぉ」
まったく、これで休日が潰れるのか。軽快なリズムとは裏腹に絶望的な歌の内容がある意味状況に合っている。
「武運拙く討ち死にせねば 義〜理に絡めた恤兵真綿 そろ〜りそろりと首締めかかる ど〜せ活かして還さぬつもり」
歌い終わった瞬間、背後で「ぼふっ」という音がした。氷で滑ったのか、女の子が雪溜まりに突っ伏している。危うくその上に雪を放ってしまうところだったが、俺の腕はなんとかスコップをフルスイングせずに止まった。
「……衣良さん、大丈夫？」
「はい、平気です。滑っちゃいました」
少し気恥ずかしそうに、彼女は微笑む。ふわふわの髪や手首の羽毛に雪が付着していた。
「言っておくが、俺は断じて怠けてないぞ。バリバリ雪の進軍してるぞ」
「分かってます」
雪を払い、衣良さんは白い息を吐きながら俺を見つめる。
「ですから、一緒に休憩しませんか？ 友達とお茶を淹れたんです」
「俺はいいよ。部屋で昼寝してるから」
言った直後、俺は「しまった」と思った。あまりにも身も蓋もない断り方だ。
「そう言って今度は夜まで寝てしまうのでしょう？ そんなに部屋に引きこもっていたいなら、部屋のドアを目張りしてしまいますよ？」
案の定、さすがの衣良さんも怒ってしまった。俺という奴は全くもって阿呆だ。
どう答えるべきか迷っていると、彼女は俺の手からスコップを奪い、雪溜まりへ振り下ろした。サクッと音を立て、スコップは勇者の剣の如く雪に突き刺さる。空いた手が可愛いミトンをはめた手で、そっと握られた。衣良さんはニコリと笑う。
「行きましょう」
「……うん」
楽しそうに、彼女は俺の手を引く。周囲からも休憩を呼びかける声が聞こえてくる。大抵は衣良さんと同じキキーモラの生徒だ。普段から寮の掃除や買い出しを率先してやったり、全くもって世話好きな連中だ。
それでも先祖は『向こう側』の世界で本当に怠け者を食い殺していたというのだから、今朝の笑顔にもどことなく凄みのようなものを感じてしまった。今の魔物たちの場合は性的な意味で男を『食べる』のだから、朝あのまま寝続けていたらどうなったか、想像に難くない。
そんな世話焼きの衣良さんに連れられ、俺は食堂でお茶を飲むことになった。一緒に雪かきしていた連中は同じように休憩し、食堂内にまばらに座っている。
そう、まばらに。
「衣良さん」
「何でしょう？」
カップに紅茶を注ぎながら、彼女は俺を見る。優雅な手つきだ。視線をこちらへ向けたのに、その手は紅茶が適量入ったところでポットを水平に戻した。よっぽど慣れているのか、キキーモラの本能なのか。手首の羽毛が白い指をより引き立てている。
「何か、俺と衣良さんが二人でお茶を飲む感じになってるよな」
「あはは、そうですね」
衣良さんも周囲を見てクスリと笑う。学友たちははいくつかのグループ、またはカップルに分かれて食堂内に座っている。俺と衣良さんの周囲は空席が多く、二人っきりではないもののそれに近い状況ができていた。学校における『空席』というのは意外と高い隔離能力を持つのだ。隣のグループが何を話していても、空席の効果によって全く気にならなくなる。
しかも人魔共学の学校ではカップルがいちゃついていても見て見ぬ振りをするのがマナーだ。現在この食堂でもいくつかのカップルが、すでに自分たちだけの世界に入り込んでしまっている。俺は今日までろくに話した事もない女の子と、その隔離空間に閉じ込められたのだ。
「イチゴのジャムをどうぞ」
湯気を立てる紅茶と、ジャムの入った小鉢が目の前に置かれる。ロシアンティーという奴だ。そういやキキーモラは（『こちら側』の伝承では）ロシアの魔物だったな、と思いつつ、スプーンでジャムをすくい、紅茶の中へ……
「あ、違います」
入れようとした所で、衣良さんに止められた。
「ジャムを舐めながら紅茶を飲むんですよ」
「……それが本場のロシア式？」
「ええ。紅茶にジャムを入れるのはポーランドやウクライナの作法です。ロシアでも地方によってはそうするみたいですけどね」
「なるほど」
あれだけ広い国ともなると、地方によって習慣もかなり違うのだろう。小さな日本でさえそうなのだから。
言われた通り、イチゴジャムを口へ運び、甘味を味わいながら紅茶を啜る。ジャムの甘味と酸味、紅茶の香りと渋みが絶妙だ。熱い紅茶で体も温まる。
「……うん、イケるね」
「ありがとうございます」
嬉しそうに、彼女も自分の紅茶を飲んだ。その手つきが妙にドキドキする。今まで可愛い子だとは思っていたが、実際話してみると誘われているように思えてしまう。何故今日はこうも俺に構うのだろうか。
「実は前から、菊原君とお話ししてみたかったんです」
俺の心を読んだかのように、彼女は言った。
「……俺、天文の話しかできないよ」
「知ってます。毎晩晴れている日には望遠鏡を出して、星を見てますよね」
あまり威張るようなことではないが、俺は寮の中ではそれなりに有名だ。天文部の中でも毎晩天体観測をしているのは俺くらいで、寮の前に望遠鏡を据え付けて星を見ていては目立って当然だろう。別に目立ちたいわけではなく、それが何よりの楽しみだからだ。
「いつも寒くないのかな、って思って」
「まあ寒いけど、冬場は天体観測に向いてるんだよ」
星を見るに当たり、大事なのは大気の状態だ。夏場は放射熱によって空気に揺らぎが発生し、光が屈折して見えにくくなる。寒い冬場の方が大気は安定していて、天体観測には丁度良い。
「とにかく、菊原君ってどんな人なのかなー、って思ったんです。勘違いかもしれませんけど、何か女子を避けているようにも思えたので」
図星だった。避けるつもりはないが、あまり関わらないようにしていた感はある。別に女の子が嫌いなわけじゃないし、実際衣良さんのように「あ、この子可愛い」と思う女子も多い。ただ何となく異性とは距離を置きたくなってしまう、つまり女の子と一緒にいるのが苦手なだけだ。
キキーモラはお節介焼きな種族だから、そんな俺に興味を持ってしまったのだろう。放っておけない奴と見なされてしまったのか。だが雪かきで疲れ、美味しい紅茶を振る舞われた今、漫画のひねくれたキャラのように「要らぬ世話だ！」と一蹴する気力はなかった。というか衣良さんのような優しい女の子にそんなことを言えるほど、俺はクールな奴じゃない。
「どんな人って言われてもねぇ。……ヘルマン・ヘッセって知ってる？」
「ドイツの作家ですよね。『夫婦とは互いに見つめ合うのではなく、共に一つの星を眺めるものだ』……」
「そう、まさにその言葉聞いて、とりあえず星を見てみようかと思ったんだよ。俺、両親が離婚しててさ」
さらりと言ったつもりだったが、衣良さんは露骨に哀しそうな顔をした。魔物にとって『離婚』という言葉自体に拒否感を覚えるのだろう。心無しかふわふわの耳も「しゅん」としている。
俺の親父は潜水艦の乗組員だ。一度航海に出てしまえば当分帰ってこないし、隠れるのが仕事の船だから家族とも連絡はとれない。そんな結婚生活に耐えられなくなった母さんの気持ちはよく分かるし、かと言って親父のことは尊敬していたし、どちらも憎めなかった。それがきっかけでいつの間にか、女の子とは距離を置くようになっていた。
「理由はどうあれ、始めてみるとのめり込んで、いつの間にか毎晩望遠鏡を覗かなきゃ寝られなくなっちまってね。楽しいもんだよ、天体観測」
率直に考えを述べた。できるだけ明るく言おうとしたが、衣良さんはまだ心配そうな顔だ。
「熱中できることがあるのは素敵ですけど……今夜はどうするのですか？」
「ん？ まあこの天気じゃ星は見えないだろうし、この前買った天文雑誌読んで、早めに寝ておくよ」
ちらりと外を見て、しつこく降り続けている雪を確認する。この分では夜になっても止みそうにない。星の見えない日なんてよくあることだが、そんな夜の過ごし方は読書か勉強くらいだ。たまに談話室で騒いだりもするが。
「でも、大丈夫なのですか？ 最近していないようですけど」
極めて神妙な面持ちで、衣良さんは俺を見つめる。
「何を？」
「マスターベーション」
その瞬間、テーブルの上が大洪水になった。まだたっぷり紅茶が入っているティーカップを、俺が思い切りひっくり返したからである。
衣良さんは即座に椅子から立ち上がり、台所へと駆けて行った。新聞紙の束を掴んで大急ぎで戻ってきた彼女は、すぐさまそれを丸めて紅茶を吸収させる。さすが天性のメイド種族キキーモラ、見事な手際だ。俺が紅茶を口に含んだタイミングでなくてよかった。もしそうなら彼女の顔に漫画の如くスプラッシュさせていただろう。
「ご、ごめん」
「いえ、私の方こそ」
互いに謝りつつも、俺は衣良さんの突拍子もない指摘で崖っぷちまで追いつめられていた。性欲的な意味で。
魔物だらけの寮で非リア充の男がオナニーを我慢するのは至難の業であるが、衣良さんに指摘されたように俺は一週間ほど抜いていない。雑誌に掲載されていたユカタン半島の隕石の論文に夢中になり、抜くことすら忘れていたからだ。何故衣良さんに気づかれたのかは不明だが、今まで忘れていたからこそ抜かずに過ごせていた。だが思い出してしまった今、途端に性欲がわき起こってくる。
ペニスがズボンを大きく盛り上げた。今すぐこれをしごきたいという衝動に駆られてしまう。目の前に衣良さんがいるのに、いやむしろ、衣良さんがいるせいで性欲が増大するのだ。いつからケダモノになったんだ俺は。男はみんなケダモノか。
しかも。しかもだ、食堂内に喘ぎ声が響き始めていた。雪のせいで出かけることもできず、娯楽も大して無い学生寮。そして人と魔物が共同生活を送っているのだから、ストレス発散の方法と言ったら一つしかない。
右を見ればこの前転校してきた奴と三年生のサハギンが、対面座位の姿勢で抱き合っている。もちろんただ抱き合っているわけではないだろう。そして左を見ればテーブルの下に潜り込んだサキュバスが、彼氏の下半身に顔を埋めている。
こんな所にいては理性を失いそうだ。今すぐここを去って、自室で自慰にふけろう……
そう思ったとき、逃げ道がなくなった。俺の隣で紅茶を拭いていた衣良さんが、興味津々といった表情で俺の股間部を覗き込んでいたのだ。
「いや、あ、あのっ……！」
言葉が出ない。頭の中が超新星爆発寸前だ。ニュートリノが放射されている。
衣良さんは目線を股間から俺の顔に移し、ニコリと笑った。
「ご奉仕、しましょうか？」
ドキリ、と心臓が鳴る。その鼓動が太陽フレアのような勢いで全身に伝わった。
ご奉仕……その言葉の意味することは一つだけだ。優しく包み込むような衣良さんの視線が理性のタガを外しかけている。
「……いい、の？」
最後の理性での問いかけに、衣良さんはこくりと頷いた。そしてスカートの裾をつまみ、ゆっくりとめくりあげ……！
「い、衣良さん……!?」
「菊原君はこういうの、好きかな、って……」
にこやかに、しかし頬を赤らめてはにかみながら、衣良さんはスカートの中を俺に見せる。すらりとした、滑らかな肌の美脚もさることながら、俺の目を釘付けにしたのは身につけている下着だった。キキーモラらしく清楚な白、そしてレース付き。甘い香りがふわりと漂った気がした。ショーツの香りなのか、彼女自身の香りなのか。
「女性の下着、お好きでしょ」
「うぐっ……！」
「ふふ、当たった♥」
性癖を言い当てられ、キキーモラは男の嗜好や欲求を察するのが得意だという話を思い出した。性欲の溜まり具合から性癖に至るまで全て把握され、すでに俺は彼女の掌の上にいるのだ。今彼女に抜いてもらいたいという欲求も、きっと察知されているのだろう。
「望んだとき、望まれた存在になる……それが私たちキキーモラです。だから、ね……？」
下着を見せたまま、気恥ずかしそうに微笑む衣良さん。その笑顔はまるで、俺を催眠術にかけているかのようで……
気づくと俺は椅子から立ち上がり、ズボンのチャックを降ろしていた。
「お願い、します……」
極限まで勃起し、天井に向いたそれを彼女に差し出す。
「承りました」
衣良さんが跪き、すらりとした指でペニスに触れる。奇麗な白い手が、指が。怒張しきったそれを優しく撫で擦る。
それだけで体が震えた。自分でするときとは比べ物にならないほど敏感になっている。魔物の体は対男用の凶器なのだと改めて知った。彼女の下着見せサービスなどのせいで高ぶっているペニスは、ただ握ってもらうだけで射精してしまいそうだった。
「ああっ……！」
「こうして……元気なおちんちんを……♥」
吐息が股間にかかるだけで感じてしまう。強く握りすぎず、少し焦らすように加減した手淫だった。だがその吐息や熱い視線が、どことなく彼女も興奮していることを思わせる。
青い瞳が、じっと俺を見つめてくる。今朝まで話したこともなかった女の子に股間を晒し、ペニスを触れさせている。だが彼女は今まで、俺のことを気にかけてくれていた。星を見ること以外能のない、異性が少し怖かった俺のことを。
さわさわと竿を擦る優しい手つきに、衣良さんの思いやりが表れているような気がした。マッサージするかのように竿を撫で、指先で亀頭をくすぐってくる。先走りの汁が滲んできた。衣良さんの指が鈴口に触れ、液が糸を引く。少し恥ずかしい。だがそれ以上に、感謝の気持ちで一杯だった。
「衣良、さん……」
気持ちいい、ありがとうと言いたいのに、口に出せたのは彼女の名前だけだった。だがうわ言のような俺の言葉に、彼女は頷いてくれた。
「喜んでいただけて、嬉しいです。けれど……」
ペニスを擦る手が、ぴたりと止まる。触れ合っているだけでも気持ちいいが、刺激が弱まりもどかしさがこみ上げてきた。
「せっかくですから……もっと、全身で楽しみませんか？」
照れくさそうに立ち上がり、衣良さんはまたスカートをまくり上げた。先ほど俺の心を捕まえた、純白のパンツが露わになった。視線が再び釘付けになる。
キキーモラは膝の辺りまで、ハーピー種のような鳥の鱗で覆われている。だがその上は人間の女性と同じ、いや、それ以上に滑らかで奇麗なふとももがあった。柔らかそうな美脚にレースの付いた下着……エロすぎだ。
そして次の瞬間、俺と衣良さんの体がぴたりと重なった。核融合という言葉が脳裏に浮かぶほど、全身が熱くなる。彼女の胸は制服の上からでは分からなかったが、触れてみるとむにゅっとした感触と量感があった。
そのまま、彼女がきゅっと脚を閉じると、ペニスが美しいふとももに捕らえられた。
「……！」
俺は僅かに腰を引いた。だがそれは逃げるためではなく、もう一度突き出すためだ。セックスをしているかのように、俺は彼女の脚の間でピストン運動を始めていた。
ペニスの左右をスベスベの生脚が擦れ、パンツの布の感触も気持ちいい。いつしか衣良さんの腰に手をまわし、抱きしめていた。いや、抱きついていたと言うべきだろう。俺は彼女に身を預け、甘えきり、ただただ快楽を求めているのだから。
彼女もそれを受け入れ、脚を擦り合わせることで気持ちよくしてくれた。魔物だから細身でも力はあるようで、俺の体をしっかり支え、包み込むように抱擁してくる。甘ったるい女の子の匂いが鼻をくすぐり、その匂いと快楽に酔いしれる。
「あ……もう……」
限界に達しつつあった。もう止めようもなく、精液が溢れ出しそうになっている。このまま出したい。衣良さんの脚で果てたい。
「いいですよ……遠慮なく、出してくださいね……♥」
耳元で甘く囁かれた声。
その瞬間、俺の理性は蕩けてしまい、ペニスは欲望を吐き出し始めた。女の子のふとももに挟まれたまま、快楽の証を迸らせていく。
「ん……♥ 温かい……いっぱい出てますね……♥」
衣良さんがうっとりと呟いた。ペニスはドクドクと脈打ち、頭が真っ白になりそうな快感と共に、多量の白濁を吐き出していた。一部はふとももの間から衣良さんの背後へ飛び散り、一部は美脚を伝ってだらだらと流れていく。
快感がしばらく続いた。一週間溜まっていたためか、あるいは俺が学校の空気のせいでインキュバス化していたのか。
いや、それよりも。
衣良さんの体に出したから、きっとこんなに気持ちいいんだ。
「……衣良さん……」
「はい。全部、全部出してくださいね……♥」
満天の星空を眺めているような恍惚感を覚えながら、俺はただただ彼女に抱かれていた……
布団にくるまっている俺に、女の子は優しく語りかけてきた。ここは男子寮のはずだが、人魔共学のこの学校ではもうお構いなしになっている。
同じ寮生だが名前が思い出せない彼女は、俺が何の反応も返さないのを見て枕元まで寄ってきた。
「ねえ、菊原君。もうみんな起きて、雪かきしてるんですよ」
叱るのではなく、優しく諭すような口調だ。しかし俺はそれに応える気にはなれず、布団の魔力に身を委ねていた。一旦起きて朝飯は済ませたが、部屋に戻ってきたらいつのまにかこうなっている。もはや布団は極寒地獄と化した世界から俺を守るシェルターとなっており、その限られた楽園から出ることなど不可能なのだ。
「家に帰れなくなってしまったから、みんなで寮の周りだけでも雪かきしなくちゃ……ほら、起きてください」
そっと俺の肩を揺すってくる彼女。こちらは彼女のことをよく知らないのだが、相当な世話好きらしい。
やむを得ない。全力で起き上がるしかない。立て、立つんだ俺。
「おぉぉぉぉぉ……！」
腹に力を込め、全身で力む。燃えろ俺の小宇宙。布団の魔力を振り切るのだ。
「アンタレェェェェエス！」
さそり座のα星の名を叫び、俺は掛け布団を一気にはねのけた。途端に肌寒さを感じる。ストーブはつけてあるのに。
窓の外を見ると、大粒の雪がかなりの勢いで降っていた。空は分厚い雲で覆われており、いつこの雪が止むかは分からない状況。そして地面では学友達がせっせと雪かきをしているのを見て、若干罪悪感が湧いた。
「この季節にアンタレスは見えないと思いますが……」
「そう、さそり座は夏の星座だ。オリオン座が逃げ去った後にやってくる。あのS字カーブを描いた星の並びがたまらないんだよ」
語りながら立ち上がり、ぐっと体を伸ばす。わざわざ男子寮まで起こしに来てくれたお節介な女子は、羽毛で覆われた尻尾を揺らしながらくすりと笑った。前述の通りよく知らない子だが、何度か見かけて「可愛いな」と思ったキキーモラの女の子だ。ふわふわした髪のおしとやかな子で、手首には種族の特徴である羽毛が生えている。キキーモラの寮生は他にもいるが、彼女たちは休日でも制服を着ているため目立つ。
「天文部だからって、いつも夜中まで星を見ているから眠くなるんですよ」
「しょうがないだろ、星は夜に出るもんだから。えーと……」
「衣良 香苗です」
こちらの考えを読んだのか、彼女は自分から名乗ってくれた。彼女が俺を知っているのはまあ、意外ではない。口をきいたことはなくとも、仮にも同じ寮で暮らしているわけだし、彼女が言うように俺が毎晩天体観測をしているせいでもあるだろう。
「衣良さん、よくわざわざ俺を起こしにきたもんだね。誰かに頼まれたの？」
「いえ、美味しそうな匂いに誘われただけです」
屈託のない笑顔で、衣良さんは言った。
「私、怠け者を食べちゃう魔物ですから。……危なかったですね」
この人は逆らっちゃいけない部類の人らしい。
………
……
…
「雪〜の進軍 氷を踏んで ど〜れが河やら道さえ知れず〜ぅ」
大雪の休日。家に帰るはずが交通の便が麻痺してしまい、寮に居残った我々寮生を待ち受けていたのは雪かき、雪かき、とにかく雪かきだ。このままでは食料を届けに来るトラックが駐車場に入れないわけで、人間も魔物ももう必死だ。そんな時に寝こけていた俺こと菊原啓司は戦犯ものである。反省。
「馬〜は斃れる捨ててもおけず 此処は何処ぞ皆敵の国」
軍事マニアの先輩から教わった歌をやけくそ気味に歌いながら、スコップで雪の中を掘り進む。とりあえず寮の周りだけでも歩けるようにしたいが、何せ続々と雪が降ってくるからキリがない。そこら中に膝まで埋まるほどの雪が積もっている。休日のためか役所も真面目に除雪をせず、道路では車がしょっちゅう雪にはまっているらしい。寮の周りを奇麗にしても、トラックが道中で止まらなければいいが……。
「まま〜よ大胆一服やれば 頼み少なや煙草が二本」
雪をすくっては、腰の回転で後方へ投げ飛ばす。明日は筋肉痛が酷いだろう。
この黒見坂高校は人魔共学のため、寮にも多くの魔物生徒が住んでいる。魔法を使えたり火を吹ける魔物もいるが、長時間炎を当てなくては雪は溶けないようで、同じクラスの魔女たちはエネルギー切れでへたり込んでいた。元々寒冷地の魔物であるイエティなどが頑張って除雪しているものの、空から降ってくる雪まではどうしようもない。ガスマスクをつけたマンティスが念力で止めようとするも無駄だった。期待していなかったが。
「命捧げて 出てきた身故 死〜ぬる覚悟で吶喊すれど〜ぉ」
まったく、これで休日が潰れるのか。軽快なリズムとは裏腹に絶望的な歌の内容がある意味状況に合っている。
「武運拙く討ち死にせねば 義〜理に絡めた恤兵真綿 そろ〜りそろりと首締めかかる ど〜せ活かして還さぬつもり」
歌い終わった瞬間、背後で「ぼふっ」という音がした。氷で滑ったのか、女の子が雪溜まりに突っ伏している。危うくその上に雪を放ってしまうところだったが、俺の腕はなんとかスコップをフルスイングせずに止まった。
「……衣良さん、大丈夫？」
「はい、平気です。滑っちゃいました」
少し気恥ずかしそうに、彼女は微笑む。ふわふわの髪や手首の羽毛に雪が付着していた。
「言っておくが、俺は断じて怠けてないぞ。バリバリ雪の進軍してるぞ」
「分かってます」
雪を払い、衣良さんは白い息を吐きながら俺を見つめる。
「ですから、一緒に休憩しませんか？ 友達とお茶を淹れたんです」
「俺はいいよ。部屋で昼寝してるから」
言った直後、俺は「しまった」と思った。あまりにも身も蓋もない断り方だ。
「そう言って今度は夜まで寝てしまうのでしょう？ そんなに部屋に引きこもっていたいなら、部屋のドアを目張りしてしまいますよ？」
案の定、さすがの衣良さんも怒ってしまった。俺という奴は全くもって阿呆だ。
どう答えるべきか迷っていると、彼女は俺の手からスコップを奪い、雪溜まりへ振り下ろした。サクッと音を立て、スコップは勇者の剣の如く雪に突き刺さる。空いた手が可愛いミトンをはめた手で、そっと握られた。衣良さんはニコリと笑う。
「行きましょう」
「……うん」
楽しそうに、彼女は俺の手を引く。周囲からも休憩を呼びかける声が聞こえてくる。大抵は衣良さんと同じキキーモラの生徒だ。普段から寮の掃除や買い出しを率先してやったり、全くもって世話好きな連中だ。
それでも先祖は『向こう側』の世界で本当に怠け者を食い殺していたというのだから、今朝の笑顔にもどことなく凄みのようなものを感じてしまった。今の魔物たちの場合は性的な意味で男を『食べる』のだから、朝あのまま寝続けていたらどうなったか、想像に難くない。
そんな世話焼きの衣良さんに連れられ、俺は食堂でお茶を飲むことになった。一緒に雪かきしていた連中は同じように休憩し、食堂内にまばらに座っている。
そう、まばらに。
「衣良さん」
「何でしょう？」
カップに紅茶を注ぎながら、彼女は俺を見る。優雅な手つきだ。視線をこちらへ向けたのに、その手は紅茶が適量入ったところでポットを水平に戻した。よっぽど慣れているのか、キキーモラの本能なのか。手首の羽毛が白い指をより引き立てている。
「何か、俺と衣良さんが二人でお茶を飲む感じになってるよな」
「あはは、そうですね」
衣良さんも周囲を見てクスリと笑う。学友たちははいくつかのグループ、またはカップルに分かれて食堂内に座っている。俺と衣良さんの周囲は空席が多く、二人っきりではないもののそれに近い状況ができていた。学校における『空席』というのは意外と高い隔離能力を持つのだ。隣のグループが何を話していても、空席の効果によって全く気にならなくなる。
しかも人魔共学の学校ではカップルがいちゃついていても見て見ぬ振りをするのがマナーだ。現在この食堂でもいくつかのカップルが、すでに自分たちだけの世界に入り込んでしまっている。俺は今日までろくに話した事もない女の子と、その隔離空間に閉じ込められたのだ。
「イチゴのジャムをどうぞ」
湯気を立てる紅茶と、ジャムの入った小鉢が目の前に置かれる。ロシアンティーという奴だ。そういやキキーモラは（『こちら側』の伝承では）ロシアの魔物だったな、と思いつつ、スプーンでジャムをすくい、紅茶の中へ……
「あ、違います」
入れようとした所で、衣良さんに止められた。
「ジャムを舐めながら紅茶を飲むんですよ」
「……それが本場のロシア式？」
「ええ。紅茶にジャムを入れるのはポーランドやウクライナの作法です。ロシアでも地方によってはそうするみたいですけどね」
「なるほど」
あれだけ広い国ともなると、地方によって習慣もかなり違うのだろう。小さな日本でさえそうなのだから。
言われた通り、イチゴジャムを口へ運び、甘味を味わいながら紅茶を啜る。ジャムの甘味と酸味、紅茶の香りと渋みが絶妙だ。熱い紅茶で体も温まる。
「……うん、イケるね」
「ありがとうございます」
嬉しそうに、彼女も自分の紅茶を飲んだ。その手つきが妙にドキドキする。今まで可愛い子だとは思っていたが、実際話してみると誘われているように思えてしまう。何故今日はこうも俺に構うのだろうか。
「実は前から、菊原君とお話ししてみたかったんです」
俺の心を読んだかのように、彼女は言った。
「……俺、天文の話しかできないよ」
「知ってます。毎晩晴れている日には望遠鏡を出して、星を見てますよね」
あまり威張るようなことではないが、俺は寮の中ではそれなりに有名だ。天文部の中でも毎晩天体観測をしているのは俺くらいで、寮の前に望遠鏡を据え付けて星を見ていては目立って当然だろう。別に目立ちたいわけではなく、それが何よりの楽しみだからだ。
「いつも寒くないのかな、って思って」
「まあ寒いけど、冬場は天体観測に向いてるんだよ」
星を見るに当たり、大事なのは大気の状態だ。夏場は放射熱によって空気に揺らぎが発生し、光が屈折して見えにくくなる。寒い冬場の方が大気は安定していて、天体観測には丁度良い。
「とにかく、菊原君ってどんな人なのかなー、って思ったんです。勘違いかもしれませんけど、何か女子を避けているようにも思えたので」
図星だった。避けるつもりはないが、あまり関わらないようにしていた感はある。別に女の子が嫌いなわけじゃないし、実際衣良さんのように「あ、この子可愛い」と思う女子も多い。ただ何となく異性とは距離を置きたくなってしまう、つまり女の子と一緒にいるのが苦手なだけだ。
キキーモラはお節介焼きな種族だから、そんな俺に興味を持ってしまったのだろう。放っておけない奴と見なされてしまったのか。だが雪かきで疲れ、美味しい紅茶を振る舞われた今、漫画のひねくれたキャラのように「要らぬ世話だ！」と一蹴する気力はなかった。というか衣良さんのような優しい女の子にそんなことを言えるほど、俺はクールな奴じゃない。
「どんな人って言われてもねぇ。……ヘルマン・ヘッセって知ってる？」
「ドイツの作家ですよね。『夫婦とは互いに見つめ合うのではなく、共に一つの星を眺めるものだ』……」
「そう、まさにその言葉聞いて、とりあえず星を見てみようかと思ったんだよ。俺、両親が離婚しててさ」
さらりと言ったつもりだったが、衣良さんは露骨に哀しそうな顔をした。魔物にとって『離婚』という言葉自体に拒否感を覚えるのだろう。心無しかふわふわの耳も「しゅん」としている。
俺の親父は潜水艦の乗組員だ。一度航海に出てしまえば当分帰ってこないし、隠れるのが仕事の船だから家族とも連絡はとれない。そんな結婚生活に耐えられなくなった母さんの気持ちはよく分かるし、かと言って親父のことは尊敬していたし、どちらも憎めなかった。それがきっかけでいつの間にか、女の子とは距離を置くようになっていた。
「理由はどうあれ、始めてみるとのめり込んで、いつの間にか毎晩望遠鏡を覗かなきゃ寝られなくなっちまってね。楽しいもんだよ、天体観測」
率直に考えを述べた。できるだけ明るく言おうとしたが、衣良さんはまだ心配そうな顔だ。
「熱中できることがあるのは素敵ですけど……今夜はどうするのですか？」
「ん？ まあこの天気じゃ星は見えないだろうし、この前買った天文雑誌読んで、早めに寝ておくよ」
ちらりと外を見て、しつこく降り続けている雪を確認する。この分では夜になっても止みそうにない。星の見えない日なんてよくあることだが、そんな夜の過ごし方は読書か勉強くらいだ。たまに談話室で騒いだりもするが。
「でも、大丈夫なのですか？ 最近していないようですけど」
極めて神妙な面持ちで、衣良さんは俺を見つめる。
「何を？」
「マスターベーション」
その瞬間、テーブルの上が大洪水になった。まだたっぷり紅茶が入っているティーカップを、俺が思い切りひっくり返したからである。
衣良さんは即座に椅子から立ち上がり、台所へと駆けて行った。新聞紙の束を掴んで大急ぎで戻ってきた彼女は、すぐさまそれを丸めて紅茶を吸収させる。さすが天性のメイド種族キキーモラ、見事な手際だ。俺が紅茶を口に含んだタイミングでなくてよかった。もしそうなら彼女の顔に漫画の如くスプラッシュさせていただろう。
「ご、ごめん」
「いえ、私の方こそ」
互いに謝りつつも、俺は衣良さんの突拍子もない指摘で崖っぷちまで追いつめられていた。性欲的な意味で。
魔物だらけの寮で非リア充の男がオナニーを我慢するのは至難の業であるが、衣良さんに指摘されたように俺は一週間ほど抜いていない。雑誌に掲載されていたユカタン半島の隕石の論文に夢中になり、抜くことすら忘れていたからだ。何故衣良さんに気づかれたのかは不明だが、今まで忘れていたからこそ抜かずに過ごせていた。だが思い出してしまった今、途端に性欲がわき起こってくる。
ペニスがズボンを大きく盛り上げた。今すぐこれをしごきたいという衝動に駆られてしまう。目の前に衣良さんがいるのに、いやむしろ、衣良さんがいるせいで性欲が増大するのだ。いつからケダモノになったんだ俺は。男はみんなケダモノか。
しかも。しかもだ、食堂内に喘ぎ声が響き始めていた。雪のせいで出かけることもできず、娯楽も大して無い学生寮。そして人と魔物が共同生活を送っているのだから、ストレス発散の方法と言ったら一つしかない。
右を見ればこの前転校してきた奴と三年生のサハギンが、対面座位の姿勢で抱き合っている。もちろんただ抱き合っているわけではないだろう。そして左を見ればテーブルの下に潜り込んだサキュバスが、彼氏の下半身に顔を埋めている。
こんな所にいては理性を失いそうだ。今すぐここを去って、自室で自慰にふけろう……
そう思ったとき、逃げ道がなくなった。俺の隣で紅茶を拭いていた衣良さんが、興味津々といった表情で俺の股間部を覗き込んでいたのだ。
「いや、あ、あのっ……！」
言葉が出ない。頭の中が超新星爆発寸前だ。ニュートリノが放射されている。
衣良さんは目線を股間から俺の顔に移し、ニコリと笑った。
「ご奉仕、しましょうか？」
ドキリ、と心臓が鳴る。その鼓動が太陽フレアのような勢いで全身に伝わった。
ご奉仕……その言葉の意味することは一つだけだ。優しく包み込むような衣良さんの視線が理性のタガを外しかけている。
「……いい、の？」
最後の理性での問いかけに、衣良さんはこくりと頷いた。そしてスカートの裾をつまみ、ゆっくりとめくりあげ……！
「い、衣良さん……!?」
「菊原君はこういうの、好きかな、って……」
にこやかに、しかし頬を赤らめてはにかみながら、衣良さんはスカートの中を俺に見せる。すらりとした、滑らかな肌の美脚もさることながら、俺の目を釘付けにしたのは身につけている下着だった。キキーモラらしく清楚な白、そしてレース付き。甘い香りがふわりと漂った気がした。ショーツの香りなのか、彼女自身の香りなのか。
「女性の下着、お好きでしょ」
「うぐっ……！」
「ふふ、当たった♥」
性癖を言い当てられ、キキーモラは男の嗜好や欲求を察するのが得意だという話を思い出した。性欲の溜まり具合から性癖に至るまで全て把握され、すでに俺は彼女の掌の上にいるのだ。今彼女に抜いてもらいたいという欲求も、きっと察知されているのだろう。
「望んだとき、望まれた存在になる……それが私たちキキーモラです。だから、ね……？」
下着を見せたまま、気恥ずかしそうに微笑む衣良さん。その笑顔はまるで、俺を催眠術にかけているかのようで……
気づくと俺は椅子から立ち上がり、ズボンのチャックを降ろしていた。
「お願い、します……」
極限まで勃起し、天井に向いたそれを彼女に差し出す。
「承りました」
衣良さんが跪き、すらりとした指でペニスに触れる。奇麗な白い手が、指が。怒張しきったそれを優しく撫で擦る。
それだけで体が震えた。自分でするときとは比べ物にならないほど敏感になっている。魔物の体は対男用の凶器なのだと改めて知った。彼女の下着見せサービスなどのせいで高ぶっているペニスは、ただ握ってもらうだけで射精してしまいそうだった。
「ああっ……！」
「こうして……元気なおちんちんを……♥」
吐息が股間にかかるだけで感じてしまう。強く握りすぎず、少し焦らすように加減した手淫だった。だがその吐息や熱い視線が、どことなく彼女も興奮していることを思わせる。
青い瞳が、じっと俺を見つめてくる。今朝まで話したこともなかった女の子に股間を晒し、ペニスを触れさせている。だが彼女は今まで、俺のことを気にかけてくれていた。星を見ること以外能のない、異性が少し怖かった俺のことを。
さわさわと竿を擦る優しい手つきに、衣良さんの思いやりが表れているような気がした。マッサージするかのように竿を撫で、指先で亀頭をくすぐってくる。先走りの汁が滲んできた。衣良さんの指が鈴口に触れ、液が糸を引く。少し恥ずかしい。だがそれ以上に、感謝の気持ちで一杯だった。
「衣良、さん……」
気持ちいい、ありがとうと言いたいのに、口に出せたのは彼女の名前だけだった。だがうわ言のような俺の言葉に、彼女は頷いてくれた。
「喜んでいただけて、嬉しいです。けれど……」
ペニスを擦る手が、ぴたりと止まる。触れ合っているだけでも気持ちいいが、刺激が弱まりもどかしさがこみ上げてきた。
「せっかくですから……もっと、全身で楽しみませんか？」
照れくさそうに立ち上がり、衣良さんはまたスカートをまくり上げた。先ほど俺の心を捕まえた、純白のパンツが露わになった。視線が再び釘付けになる。
キキーモラは膝の辺りまで、ハーピー種のような鳥の鱗で覆われている。だがその上は人間の女性と同じ、いや、それ以上に滑らかで奇麗なふとももがあった。柔らかそうな美脚にレースの付いた下着……エロすぎだ。
そして次の瞬間、俺と衣良さんの体がぴたりと重なった。核融合という言葉が脳裏に浮かぶほど、全身が熱くなる。彼女の胸は制服の上からでは分からなかったが、触れてみるとむにゅっとした感触と量感があった。
そのまま、彼女がきゅっと脚を閉じると、ペニスが美しいふとももに捕らえられた。
「……！」
俺は僅かに腰を引いた。だがそれは逃げるためではなく、もう一度突き出すためだ。セックスをしているかのように、俺は彼女の脚の間でピストン運動を始めていた。
ペニスの左右をスベスベの生脚が擦れ、パンツの布の感触も気持ちいい。いつしか衣良さんの腰に手をまわし、抱きしめていた。いや、抱きついていたと言うべきだろう。俺は彼女に身を預け、甘えきり、ただただ快楽を求めているのだから。
彼女もそれを受け入れ、脚を擦り合わせることで気持ちよくしてくれた。魔物だから細身でも力はあるようで、俺の体をしっかり支え、包み込むように抱擁してくる。甘ったるい女の子の匂いが鼻をくすぐり、その匂いと快楽に酔いしれる。
「あ……もう……」
限界に達しつつあった。もう止めようもなく、精液が溢れ出しそうになっている。このまま出したい。衣良さんの脚で果てたい。
「いいですよ……遠慮なく、出してくださいね……♥」
耳元で甘く囁かれた声。
その瞬間、俺の理性は蕩けてしまい、ペニスは欲望を吐き出し始めた。女の子のふとももに挟まれたまま、快楽の証を迸らせていく。
「ん……♥ 温かい……いっぱい出てますね……♥」
衣良さんがうっとりと呟いた。ペニスはドクドクと脈打ち、頭が真っ白になりそうな快感と共に、多量の白濁を吐き出していた。一部はふとももの間から衣良さんの背後へ飛び散り、一部は美脚を伝ってだらだらと流れていく。
快感がしばらく続いた。一週間溜まっていたためか、あるいは俺が学校の空気のせいでインキュバス化していたのか。
いや、それよりも。
衣良さんの体に出したから、きっとこんなに気持ちいいんだ。
「……衣良さん……」
「はい。全部、全部出してくださいね……♥」
満天の星空を眺めているような恍惚感を覚えながら、俺はただただ彼女に抱かれていた……
14/03/02 00:01更新 / 空き缶号
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