中編
「さあ、まずは聞き込みよ！」
「何でこんなことになってんだよ……」
町中を颯爽と歩く私。頭を抱えながらついてくる千助。通りには天秤棒を担いだ棒手振りが見受けられるが、もう日が傾きつつあるだけに担いでいる品物は少ない。午前中には菜っ葉や魚のような生もの、午後は玩具や雑貨を売る者が主だが、運が悪いのか要領が悪いのか、売れ残った魚を担ぐ者もいた。当然ながら新鮮でなくては価値が下がるので、やむを得ず値下げして売り切ってしまおうと掠れた声を張り上げている。
習字道具を持った子供たちの姿もある。寺子屋からの帰り道だろう。安い月謝で通えるため黒垣藩の識字率は高く、同盟都市のエスクーレやルージュより上なのだ。
「この平和を守るため、一緒に頑張りましょうね！」
「俺を良き相棒みたいに扱うんじゃねぇ！ ってか聞き込みって言っても当てはあるのかよ!?」
千助はなかなか私に打ち解けようとしない。これだけ歩み寄ろうとしているというのに。何か悪いことをしただろうか。
まあいい、この件を通じて藩の平和に貢献させれば、こいつもスリなどという悪行から脱却できることだろう。
「もちろんあるわ。酩酊道場よ」
「ああ、あの酒臭ぇ道場か。異国生まれのアカオニがいる……」
酩酊道場というのは無論俗称だが、少し前にできた剣術道場だ。道場主は『人斬り周吾』と呼ばれた過激な攘夷論者だったが、今は千助の言った異国生まれのアカオニたちと共に暮らしている。無論アカオニは日の国固有の妖怪であり、その道場にいるのは異国の人間が妖怪化したものだ。
「その異国生まれのアカオニはね、元々教団の差し金だったのよ」
「……へぇ」
千助の声が少し低くなった。どうもこいつは『異国』という言葉に反応する。私の慧眼はこいつがただのスリ師ではないことを見抜いているが、過去に何があったのかは分からない。確かなのはこいつはこいつなりの『正義感』を持っているということだ。クソ浪人から財布を盗んで、それを自分の懐には入れず泣いている子供にやるという行為……正しいとは言えないが、正義感がなくてはできないことだ。
こいつにこのまま、スリなどというセコい悪行を重ねさせたくはない。こいつならもっと良い人間になれるはずなのだ。
とにかく、教団の下で働いていた連中なら軍艦焼き討ちについても何か知っているかもしれない。それに教団の息のかかった連中なら、裏切り者である彼女たちの動向を探ろうとするのではと思うのだ。とっくに連山院家が調べているかもしれないが、訪ねてみる価値はあるだろう。
「では酩酊道場へレッツラゴー！」
「何だよ『れっつらごー』ってぇのは？」
「異国から伝わった言葉。最近流行ってるわよ？」
「てっ。舶来ってだけで何でも有り難がるんじゃねぇよ」
……そんなやり取りを繰り返しながら、我々は道場へ向かった。最初は町中に建てられたのだが、「酒臭さと酔っ払いの歌声が絶えない」との苦情が相次いだため、三日後には町外れへ転居させられた。何せ師範代が全員アカオニで四六時中酒を飲んでいるという。正直言って私もあまり行きたくない。
自分で提案しておいて何だが、何と言うか、嫌な予感がする……
………
……
…
「さあさあ深山院さん、どんどん飲んでくださいな〜っと！」
結論、やっぱり来るべきではなかった。盃の中身を飲み干すたび、半裸のアカオニがそこへ溢れそうなくらい酒を注いでくる。さらしで胸を隠した気風の良さそうな、金髪碧眼の美女だ。ただし酒臭い。
もう道場の中は一面酒臭さに満ちている。もう揮発した酒が雲になって酒の雨を降らせそうな勢いだ。一応辺りから竹刀の音は聞こえてくるが、朦朧とした頭では何が何だか分からない。
「いやはや、さすがカラステング。実にお強い」
道場主の笹川周吾は大盃で呷るように飲んでいる。最初に「神通力を使う天狗ともなれば、お酒はお強いでしょうか？」と聞かれて「当然至極！」と見栄を張ったのがまずかった。手渡された盃は底が丸くなっており、飲み干すまで置くことができない。そして飲み干した瞬間、わんこ蕎麦式に次が注がれる。盃を手放す暇もない早業だった。
辛うじてまだ意識は保っているが、正直吐きたい。
「……で、最近この辺で怪しいことは起きてませんかね？」
限界に達しつつある私を尻目に千助は淡々と質問を続けている。こいつは注がれた酒をちびちびと飲んでいるものの、酔いはほとんど回っていなかった。見栄でがぶ飲みした自分が情けない。
「ええ、どうもこの道場周りをうろちょろと監視している連中がいるようで。門弟たちにも道場と家を一人で行き来するなと言っていましてな」
「おう、おめぇの勘が当たったな」
千助が私の脇を肘でつついてくる。腹からこみ上げてきたものを飲み込み、何とか頷いた。癪だがこの場はこいつに任せておくしかない。後は帰るまで吐かないようにしなければ。
「なかなか捕まらないんだけどねぇ〜」
「見つけたらケツの穴を木刀でどついてやるって、みんな盛り上がってるぜぇ〜」
「……最近ケツを狙うのが流行りなのか？」
アカオニの言葉に恨めしそうな表情を浮かべる千助。何故私の方を見るのだろう。
「そういや金山衆の大百足に旅人が驚いて、尻餅ついた所に尖った石があって大変だったらしいなぁ〜」
「海でもさぁ、船から落ちた人の尻にカジキマグロが刺さって、危うく死ぬ所だったとか……」
「いやいや、ケツの話なんざ聞きたかねぇよ」
千助はさり気なく自分の尻を押さえていた。一瞬もう一度十手をコイツのケツにぶっ刺したい衝動に駆られてしまったが、辛うじてこらえる。私としたことが本格的に飲み過ぎのようだ。
「とりあえず、この道場を見張ってる奴らはいるってぇことで？」
「ええ」
「で、お姉さん方は軍艦焼き討ちについては何も知らねぇと？」
「知らな〜い。でも何かあったら力になっちゃうよぉ〜ん」
「そりゃありがてぇような、そうでもねぇような。まあいいや、これくらいで十分だろ。この辺で帰ろうぜ？」
私は再び頷いた。こいつの言う通り聞けることはある程度聞いた。もう帰ろう、というか帰らせろ。
立ち上がろうとするものの足下がふらつく。千鳥足ならぬ天狗足だ。頭がぐらぐらし、体を均衡にしていられないでいると、ふいに腕を掴まれた。千助が私の腕をしっかりと支え、ゆっくりと立たせてくれたのだ。尚も倒れそうになる私を、彼は袖をぐいっと引いて立て直させた。
「あ……」
一瞬、千助の体にもたれかかってしまう。直後に彼は私の盃を奪い取り、ぐっと一気に飲み干した。盃から口を離したこいつの顔が妙に男らしく見える。酒のせいか？
というか、あれ？ 今間接的に口づけをしたことに……
「飲ませすぎましたか」
「いんや、こいつは飲むと無口になるだけでさ。ほいじゃ、お邪魔しやした」
空になった丸底の盃を畳に置き、片手を上げて周吾に挨拶する千助。酒臭さの充満した道場から逃げ出すように、私を支えて歩き出す。体重を半ば預けながら何とか下駄を履き、外の涼しい空気を感じる。今しがたこいつがやったことについて鈍った思考を働かせる。
私の口がついた盃を千助が飲んだ。この現象はどう捉えるべきか。間接的なものであっても口づけには重要な意味があったりするのだろうか。あったりなかったりするのだろうか。私がもう飲めないことを見て取り、残りを代わりに飲んでくれたことは感謝しなくてはならない。本当にありがとう。素晴らしい。やはりこいつ心根はいい奴なのだ。
だがそれはそれとして、女性が口をつけた器で堂々と飲むというのはどうなんだ。いや、山で長く修行していた私はそもそも男との付き合いがあまりなかったので、千助の行動が常識的かどうかは今ひとつ分からないのだが。常識的だったとしたらこういう状況に陥った女はどうするのだろうか……。
「おい、本当に大丈夫か？」
ふいに声をかけられ、私ははっと顔を上げた。気がつくともう道場からいくらか離れており、完全に千助の肩に身を任せていた。足を辛うじて前に進めることはできるが、傀儡のようなおぼつかない歩みしかできない。体が熱い。頭が重くて地面まで垂れ下がりそうだ。
「……死にそう」
「見栄張って飲むからだろ、まったく」
ため息を吐きながら、千助は私を近くの石に座らせてくれた。いやはや全くもって情けない。この辺りには敵の間者がうろついているかもしれないというのに。
こうなればやむを得まい、常に持ち歩いている家伝の散薬を飲もう。困っている人間に与えるためのもので、あらゆる不快感を解消する効果があるのだが、まさか自分の酔い覚ましに使うことになろうとは。懐から包みを取り出し、紙を開ける。中身の茶褐色の粉には光沢があり、月光で僅かに煌めいた。
「水は？」
「必要ないわ……」
上を向き、さらさらと口の中に入れる。薬草の風味はするものの特に味はない。咽せそうになりながらも何とか喉へ送り込み、飲み下した。
「どうだ？」
「うん、少し休めば大丈夫よ」
少しずつ胸がスーッとしてくる。飲み過ぎていただけに一瞬で不快感が消えるようなことはなかったが、次第に気分はよくなってきた。
だが。一つの問題が解決すると別の問題が浮上してくるのが世の常だ。こいつの副作用を忘れていた。元々これは人間を助けるための薬であり、妖怪が飲んでももちろん効果はあるのだが、その代わり大変なことになる。
股が濡れてくるのだ。
「う……くぅ……」
じわっと疼く、女の器官。我々カラステングが普段理性で押さえ込んでいる妖怪の情欲がむらむらと湧き上がってくる。人間の女が飲んだ場合は少しの間性欲が増すだけで済むが、元々性欲の強い妖怪が飲んだ場合は始末に負えなくなってしまう。染み出してきた体液が袴を濡らしていく。袴の上からぎゅっと押さえてもそれが止まることはなく、ただ人間の姿に化けた手がぬるつくだけだ。
ココを鎮めるには、中にものを詰め込む必要がある。血の通った、太くて硬くて温かい棒状のモノを。
「お、おい、どうした？」
声をかけられた瞬間、私の心臓が高鳴った。目の前にいるのだ。私の欲しいモノを持った人間が。
もし理性を手放してしまえば、私は妖怪の本能のままに千助を押し倒し、その股間にあるものを飢えた女陰に詰め込むだろう。だがカラステングとして、深山院家の次女としてそう簡単に男と交わることはできない。だがこの状況で疼く体を鎮めることもできない。
顔を上げれば、心配そうに私を見つめる千助の姿。灰色の股引をはいた股間を凝視していると、その生地が透けて見えてくる。透視の神通力を使っているわけでもないのに、股引の下の白ふんどし、そのさらに下の男根まで見えてきそうだった。アレが硬く大きくなって、アツアツで、物欲しそうに汁を垂れ流す私の股へ飛び込んできたら。中に子種を溢れんばかりに注ぎ込まれたら。
雑念に心を支配され、私は思わず千助の股引に手をかけ……一気にずり降ろしてしまった。
「ちょ、こらお前ぇ！」
慌てる千助を他所に、私はそのふんどしも解いてしまう。
白い布が地面に落ちるのと同時に、私は待ち望んでいたそれに触れた。
「待て、何する気だおい!?」
「少しだけ！ 少しだけだから！」
必死に叫びつつ、まだ垂れ下がっている肉棒を手でせっせと揉む。次第にそこへ血が集まり、ゆっくりと起き上がっていった。
「……は、発情期ってやつか？」
「……似たような状況」
千助が察したように言ったとき、それはすでに「剛直」と言っていい硬さになっていた。両手を添えてなお余りある大きさで、熱い血が巡って脈動しているのが分かる。
思わず熱い蕎麦を食べるときのように、ふーっ、ふーっと息を吹きかける。千助がうっと声を漏らし、剛直がぴくんと震えた。
ああ、これが、この熱い肉棒が男のモノなのか。これを股に入れれば……千助のモノならいいのではないかという考えが湧き上がる。そう、カラステングとて真に愛した男と交わることを禁じてはいないのだ。だが今私が欲している千助は、果たしてカラステングの伴侶となるべき男なのだろうか。我ら一族は役目を全うするため、そして子孫たちへ正義を伝えるためにも相手を厳選しなくてはならないのだ。
しかし。
「千助！」
「うおっ！」
私は本能のまま、彼に抱きついた。本能。そう、人を愛するという、純粋な妖怪の本能だった。
だが種族の矜持による最後の理性が、下の口への挿入を思いとどまった。その代わり私は袴の裾をまくり上げ、立派な肉棒をふとももの間に強く挟み込んだのだ。女陰に擦れるように。
「あン……♥」
「お……」
私たちは同時に声を上げた。ただ股に挟んだだけなのに、熱い感触が敏感に伝わってくる。じゅわっとさらに汁が溢れるのを感じた。ゆっくり脚をすりあわせてみると、力強くそった肉棒が恥ずかしい所に擦れる。えも言われぬ気持ちよさだ。
「おい……こんなことやっていいのかよ？」
「ん……いいから、このまま……一緒に気持ちよくなりなさぁい……ひゃうぅ♥」
亀頭が入り口に引っかかった。ともすればつるりと中へ入ってしまいそうだったが、入り口をぐりぐりとこすった後、極めて敏感な豆をつついて一旦は離れた。
千助の胸板に顔を押し付けながら、再びふとももで挟み込む。滴る潤滑液のお陰で滑らかに内股を滑り、ねっとりとした快感が体中に広がった。気づけばすでに人化の術は解け、脚の膝から下は鉤爪のついた鳥のそれに、腕は一族の誇りたる黒々とした翼に戻っていた。心も体も本性をさらけ出している。それがたまらなく気持ちいい。
「あぅぅ♥ 千助ぇ……♥」
気づけば恥ずかしいくらい甘えた声で、彼の名を呼んでいる。そして思い切り抱きついて、一心不乱にふとももで肉棒をすり立てた。割れ目を熱いモノが擦っていくたび、痺れるような焦れったい快感が広がる。いつまでもこうしていたいと思ってしまうくらいだ。
しかし千助は私の肩を掴むと、無理矢理体を引きはがした。肉棒がぬるりと内股から抜け、濡れぼそった股が途端に寂しくなる。
「……おら、後ろ向け」
ぶっきらぼうに、だが優しい手つきで、千助は私の体の向きを変えさせた。背中側の袴をめくられ、臀部に冷たい空気が当たる。尻と尾羽を千助に突き出す格好にされてしまった。
そしてあの、熱くて逞しい感触が、尻の割れ目に入り込んできた。
「少し仕返しさせてもらう……ぜっ！」
「え……そ、そこはぁ……駄目ぇ♥」
尻穴へ割り込んでくる、太い剛直。千助にしっかりと腰を掴まれて逃げることもできない。こいつめ、一体私に何の恨みがあると言うのだ。
「くぅ、締まる……！」
「んぁ……ひぃ、あうぅ♥」
体が勝手に剛直を締め付け、抜くことができない。それどころか自分から尻を突き出してしまう。前の穴だろうと後ろの穴だろうと、体の奥へ男根を入れてほしいという本能に抗えなかった。そして一番奥で、その熱い液体を放って欲しいという欲望にも。
「うぃぁぁ♥ あぅっ、らめ……♥」
何とか拒否の言葉を口にしようとするも、すでに私の頭は尻穴を犯される快楽に支配されていた。こんな自分を受け入れたくはなかったが、千助の手が女陰の方をまさぐり始めたとき、とうとう理性は吹き飛んだ。淫核をくすぐる動きに体が勝手にくねってしまう。カラステングだというのに、私はとてつもなく淫らな姿を晒そうとしていた。
「あぁぁん……っ♥ 来ちゃう、来ちゃうぅ♥」
「ぐおっ!? す、すげぇ……」
体が達するのと同時に、尻穴がぎゅっときつく締まっていった。千助の男根が、狭い穴の中で震えているのが分かる。
射精しようとしているのだ……本能でそう察知した瞬間、私の胸が高鳴った。
欲しい。
千助の熱い迸りを、私の体に。
火傷するくらい、一杯に。
「いけねっ、もう出ちまう！」
「きてぇっ♥ 出して、出して、私の、あんっ♥ お尻に、たくさんっ♥ ふぅぁぁん♥」
脈打ちと共に、直腸へドクドクと注ぎ込まれる、男の液体。
温かい。凄くどろりとしているのが分かる。
奥の方へぶちまけられた。変な気分だ。
でも気持ちいい。嬉しい。
でも寂しい。前の穴に出して欲しかった。
「あ、ふ、あぁん……♥」
ぬるりと男根が引き抜かれ、急にお腹の中が楽になる。ぺたんとその場にへたり込み、私は快楽の余韻に浸っていた。そして、ふと思ったのだ。千助が悪事から足を洗ったら、前の方にも出してもらおうと。そしてそのためにも、彼をしっかり更生してやろうと。
千助のことを考える度にモヤモヤした気分になっていたが、何か吹っ切れた気がする。私が責任を持って、善の道へ導いてやれば良いのだ。いや、そうしなければならない。心を決めたその瞬間……
暗闇の中に、白刃が閃いた
「覚悟！」
頭上から振り下ろされた刀を、私は地を転げてかわした。刃が地面に触れ、微かな音を立てる。
私は自分の未熟さに歯噛みした。道場を監視していた輩だろうか、頭巾で顔を隠した刺客二人がすでに抜刀し、こちらへ迫っていた。絶頂の余韻に浸り接近に気づけないとは大失態だ。だがここでむざむざ斬られるような私ではない。性欲がスッキリした今、瞬時に人化の術を使い、十手を手にすることは容易かった。
刺客が上段に振りかぶり、刀が再び振り下ろされた。だが落ち着いて見ればどうということはない。刺客の挙動には未熟故の焦りと迷いが見えた。振りかぶりすぎたせいで速度は遅かったし、腕の力だけで振るっている。武術の基本は腰だ。
「はっ！」
まずは十手の鉤を利用し、刀身を受け止めた。屈んだ体勢から立ち上がりつつ、その足腰の力を利用して十手を捻る。鉤部分に引っ掛けた刀をその動きに巻き込み、刺客の手からもぎ取った。
地面に落ちた刀が空しく乾いた音を立てた瞬間、私は素早くそいつの手を打ち、背後へ回り込む。刺客が「ひっ」と情けない声を出した。刹那、私はとどめの一撃を突き出す。
「アッーーーー！」
断末魔の如き叫び声をあげ、刺客は尻を押さえて倒れ伏した。
途端にもう一人の刺客が怒号とともに切り掛かってくる。八相の姿勢から刀身を下へ降ろし、斬り上げに転じてくる。間合いの読みはよく、こいつは多少できるようだが……私の敵ではない。
後ろに退いて切先をかわす。相手が続けて打ち込んでくるより一瞬早く、私は懐へ飛び込み……掌底を叩き込む。
「ごほォっ……!?」
刺客がくぐもった声を上げるとの同時に、その脇をすり抜け背後に回る。そして……
「アッーーーー！」
また一人、私の十手の餌食となった。尻から十手を引き抜いた瞬間、そいつもドサリと倒れる。この深山院 律、真っ当に鍛錬を積んだ人間ならともかく、このような外道に遅れは取らない。
しかし。私の耳に、逆方向から迫ってくる足音が聞こえた。
「しまった！」
刺客がまだもう一人いたのだ。長身の男が脇構えの姿勢から、千助に狙いを定めて切り掛かってくる。こいつはかなりの腕だ。
だがそいつを前にして、千助は逃げようとしなかった。それどころか素手で刺客と対峙し、攻めの気迫まで発していたのだ。
「千助！」
剣光が空中に軌跡を描く。斬り上げと見せて上段へ転じて袈裟に斬り下ろす。鋭い斬撃だったが、私の神通力なら十分に割って入れる。金縛りで動きを止めることができる。
だが私が念力を込めるよりも早く、千助が動いた。白刃の煌めきに千助が両手をかざし、挟んで受け止める。否、受け止めたのではない。体ごと移動して相手の動きをねじ伏せた。流れるような一拍子の動作で、刀の柄は刺客の手から離れる。
刺客が慌てて距離を取ろうとしたとき、千助は奪った刀を振り下ろした。
「ガッ……！」
刺客の肩を刀身が捉えた。大柄な体がよろめき、ドサリと倒れ伏す。
近づいてみると完全に失神している。峰打ちだったようだ。鎖骨に損傷はあるかもしれないが、死ぬようなことはないだろう。千助は刀を捨て、長く息を吐いた。
「……やれやれだぜ。おい」
こちらに向き直る千助。その視線に、私は背筋がぴっと伸びるような緊張感を覚えた。
「お前の方は怪我してねぇか？」
その冷静な口調は明らかに、場慣れした人間のものだった。最初に会ったときから、武芸の心得があることは予想がついていた。しかし真剣相手に無刀取り、それも刃を手で挟んで奪うなど、相手と相当な力量差がなくては不可能な技だ。
やはり、こいつはただのスリ師ではない。そして絶対に悪の道を進ませてはならない男だと確信した。だから私はこいつを善き方向へ導くため、必要なことを告げた。
「下半身裸で格好つけるものじゃないわ」
「う、うるせぇ！」
大慌てでふんどしを拾い、締め直そうとする千助。その間に刺客の一人が起き上がろうとしたので、再び尻に十手を突き刺して大人しくさせた。
「早くしなさい。今にこいつらの悲鳴を聞いた人が駆けつけてくるわよ」
「てめぇが脱がしたんだろうが馬鹿ガラス！」
「カラスの勝手でしょ」
「ふざけんじゃねぇ！ でもってケツに刺した十手をこっちに向けるな！」
口やかましく口論する中、提灯の灯りが複数近づいてくる。酩酊道場の面々、そして見回り中だった奉行所の提灯お化けたちだ。
千助の精を漏らさないよう尻に力を入れつつ、私は皆に事情を説明した。
「何でこんなことになってんだよ……」
町中を颯爽と歩く私。頭を抱えながらついてくる千助。通りには天秤棒を担いだ棒手振りが見受けられるが、もう日が傾きつつあるだけに担いでいる品物は少ない。午前中には菜っ葉や魚のような生もの、午後は玩具や雑貨を売る者が主だが、運が悪いのか要領が悪いのか、売れ残った魚を担ぐ者もいた。当然ながら新鮮でなくては価値が下がるので、やむを得ず値下げして売り切ってしまおうと掠れた声を張り上げている。
習字道具を持った子供たちの姿もある。寺子屋からの帰り道だろう。安い月謝で通えるため黒垣藩の識字率は高く、同盟都市のエスクーレやルージュより上なのだ。
「この平和を守るため、一緒に頑張りましょうね！」
「俺を良き相棒みたいに扱うんじゃねぇ！ ってか聞き込みって言っても当てはあるのかよ!?」
千助はなかなか私に打ち解けようとしない。これだけ歩み寄ろうとしているというのに。何か悪いことをしただろうか。
まあいい、この件を通じて藩の平和に貢献させれば、こいつもスリなどという悪行から脱却できることだろう。
「もちろんあるわ。酩酊道場よ」
「ああ、あの酒臭ぇ道場か。異国生まれのアカオニがいる……」
酩酊道場というのは無論俗称だが、少し前にできた剣術道場だ。道場主は『人斬り周吾』と呼ばれた過激な攘夷論者だったが、今は千助の言った異国生まれのアカオニたちと共に暮らしている。無論アカオニは日の国固有の妖怪であり、その道場にいるのは異国の人間が妖怪化したものだ。
「その異国生まれのアカオニはね、元々教団の差し金だったのよ」
「……へぇ」
千助の声が少し低くなった。どうもこいつは『異国』という言葉に反応する。私の慧眼はこいつがただのスリ師ではないことを見抜いているが、過去に何があったのかは分からない。確かなのはこいつはこいつなりの『正義感』を持っているということだ。クソ浪人から財布を盗んで、それを自分の懐には入れず泣いている子供にやるという行為……正しいとは言えないが、正義感がなくてはできないことだ。
こいつにこのまま、スリなどというセコい悪行を重ねさせたくはない。こいつならもっと良い人間になれるはずなのだ。
とにかく、教団の下で働いていた連中なら軍艦焼き討ちについても何か知っているかもしれない。それに教団の息のかかった連中なら、裏切り者である彼女たちの動向を探ろうとするのではと思うのだ。とっくに連山院家が調べているかもしれないが、訪ねてみる価値はあるだろう。
「では酩酊道場へレッツラゴー！」
「何だよ『れっつらごー』ってぇのは？」
「異国から伝わった言葉。最近流行ってるわよ？」
「てっ。舶来ってだけで何でも有り難がるんじゃねぇよ」
……そんなやり取りを繰り返しながら、我々は道場へ向かった。最初は町中に建てられたのだが、「酒臭さと酔っ払いの歌声が絶えない」との苦情が相次いだため、三日後には町外れへ転居させられた。何せ師範代が全員アカオニで四六時中酒を飲んでいるという。正直言って私もあまり行きたくない。
自分で提案しておいて何だが、何と言うか、嫌な予感がする……
………
……
…
「さあさあ深山院さん、どんどん飲んでくださいな〜っと！」
結論、やっぱり来るべきではなかった。盃の中身を飲み干すたび、半裸のアカオニがそこへ溢れそうなくらい酒を注いでくる。さらしで胸を隠した気風の良さそうな、金髪碧眼の美女だ。ただし酒臭い。
もう道場の中は一面酒臭さに満ちている。もう揮発した酒が雲になって酒の雨を降らせそうな勢いだ。一応辺りから竹刀の音は聞こえてくるが、朦朧とした頭では何が何だか分からない。
「いやはや、さすがカラステング。実にお強い」
道場主の笹川周吾は大盃で呷るように飲んでいる。最初に「神通力を使う天狗ともなれば、お酒はお強いでしょうか？」と聞かれて「当然至極！」と見栄を張ったのがまずかった。手渡された盃は底が丸くなっており、飲み干すまで置くことができない。そして飲み干した瞬間、わんこ蕎麦式に次が注がれる。盃を手放す暇もない早業だった。
辛うじてまだ意識は保っているが、正直吐きたい。
「……で、最近この辺で怪しいことは起きてませんかね？」
限界に達しつつある私を尻目に千助は淡々と質問を続けている。こいつは注がれた酒をちびちびと飲んでいるものの、酔いはほとんど回っていなかった。見栄でがぶ飲みした自分が情けない。
「ええ、どうもこの道場周りをうろちょろと監視している連中がいるようで。門弟たちにも道場と家を一人で行き来するなと言っていましてな」
「おう、おめぇの勘が当たったな」
千助が私の脇を肘でつついてくる。腹からこみ上げてきたものを飲み込み、何とか頷いた。癪だがこの場はこいつに任せておくしかない。後は帰るまで吐かないようにしなければ。
「なかなか捕まらないんだけどねぇ〜」
「見つけたらケツの穴を木刀でどついてやるって、みんな盛り上がってるぜぇ〜」
「……最近ケツを狙うのが流行りなのか？」
アカオニの言葉に恨めしそうな表情を浮かべる千助。何故私の方を見るのだろう。
「そういや金山衆の大百足に旅人が驚いて、尻餅ついた所に尖った石があって大変だったらしいなぁ〜」
「海でもさぁ、船から落ちた人の尻にカジキマグロが刺さって、危うく死ぬ所だったとか……」
「いやいや、ケツの話なんざ聞きたかねぇよ」
千助はさり気なく自分の尻を押さえていた。一瞬もう一度十手をコイツのケツにぶっ刺したい衝動に駆られてしまったが、辛うじてこらえる。私としたことが本格的に飲み過ぎのようだ。
「とりあえず、この道場を見張ってる奴らはいるってぇことで？」
「ええ」
「で、お姉さん方は軍艦焼き討ちについては何も知らねぇと？」
「知らな〜い。でも何かあったら力になっちゃうよぉ〜ん」
「そりゃありがてぇような、そうでもねぇような。まあいいや、これくらいで十分だろ。この辺で帰ろうぜ？」
私は再び頷いた。こいつの言う通り聞けることはある程度聞いた。もう帰ろう、というか帰らせろ。
立ち上がろうとするものの足下がふらつく。千鳥足ならぬ天狗足だ。頭がぐらぐらし、体を均衡にしていられないでいると、ふいに腕を掴まれた。千助が私の腕をしっかりと支え、ゆっくりと立たせてくれたのだ。尚も倒れそうになる私を、彼は袖をぐいっと引いて立て直させた。
「あ……」
一瞬、千助の体にもたれかかってしまう。直後に彼は私の盃を奪い取り、ぐっと一気に飲み干した。盃から口を離したこいつの顔が妙に男らしく見える。酒のせいか？
というか、あれ？ 今間接的に口づけをしたことに……
「飲ませすぎましたか」
「いんや、こいつは飲むと無口になるだけでさ。ほいじゃ、お邪魔しやした」
空になった丸底の盃を畳に置き、片手を上げて周吾に挨拶する千助。酒臭さの充満した道場から逃げ出すように、私を支えて歩き出す。体重を半ば預けながら何とか下駄を履き、外の涼しい空気を感じる。今しがたこいつがやったことについて鈍った思考を働かせる。
私の口がついた盃を千助が飲んだ。この現象はどう捉えるべきか。間接的なものであっても口づけには重要な意味があったりするのだろうか。あったりなかったりするのだろうか。私がもう飲めないことを見て取り、残りを代わりに飲んでくれたことは感謝しなくてはならない。本当にありがとう。素晴らしい。やはりこいつ心根はいい奴なのだ。
だがそれはそれとして、女性が口をつけた器で堂々と飲むというのはどうなんだ。いや、山で長く修行していた私はそもそも男との付き合いがあまりなかったので、千助の行動が常識的かどうかは今ひとつ分からないのだが。常識的だったとしたらこういう状況に陥った女はどうするのだろうか……。
「おい、本当に大丈夫か？」
ふいに声をかけられ、私ははっと顔を上げた。気がつくともう道場からいくらか離れており、完全に千助の肩に身を任せていた。足を辛うじて前に進めることはできるが、傀儡のようなおぼつかない歩みしかできない。体が熱い。頭が重くて地面まで垂れ下がりそうだ。
「……死にそう」
「見栄張って飲むからだろ、まったく」
ため息を吐きながら、千助は私を近くの石に座らせてくれた。いやはや全くもって情けない。この辺りには敵の間者がうろついているかもしれないというのに。
こうなればやむを得まい、常に持ち歩いている家伝の散薬を飲もう。困っている人間に与えるためのもので、あらゆる不快感を解消する効果があるのだが、まさか自分の酔い覚ましに使うことになろうとは。懐から包みを取り出し、紙を開ける。中身の茶褐色の粉には光沢があり、月光で僅かに煌めいた。
「水は？」
「必要ないわ……」
上を向き、さらさらと口の中に入れる。薬草の風味はするものの特に味はない。咽せそうになりながらも何とか喉へ送り込み、飲み下した。
「どうだ？」
「うん、少し休めば大丈夫よ」
少しずつ胸がスーッとしてくる。飲み過ぎていただけに一瞬で不快感が消えるようなことはなかったが、次第に気分はよくなってきた。
だが。一つの問題が解決すると別の問題が浮上してくるのが世の常だ。こいつの副作用を忘れていた。元々これは人間を助けるための薬であり、妖怪が飲んでももちろん効果はあるのだが、その代わり大変なことになる。
股が濡れてくるのだ。
「う……くぅ……」
じわっと疼く、女の器官。我々カラステングが普段理性で押さえ込んでいる妖怪の情欲がむらむらと湧き上がってくる。人間の女が飲んだ場合は少しの間性欲が増すだけで済むが、元々性欲の強い妖怪が飲んだ場合は始末に負えなくなってしまう。染み出してきた体液が袴を濡らしていく。袴の上からぎゅっと押さえてもそれが止まることはなく、ただ人間の姿に化けた手がぬるつくだけだ。
ココを鎮めるには、中にものを詰め込む必要がある。血の通った、太くて硬くて温かい棒状のモノを。
「お、おい、どうした？」
声をかけられた瞬間、私の心臓が高鳴った。目の前にいるのだ。私の欲しいモノを持った人間が。
もし理性を手放してしまえば、私は妖怪の本能のままに千助を押し倒し、その股間にあるものを飢えた女陰に詰め込むだろう。だがカラステングとして、深山院家の次女としてそう簡単に男と交わることはできない。だがこの状況で疼く体を鎮めることもできない。
顔を上げれば、心配そうに私を見つめる千助の姿。灰色の股引をはいた股間を凝視していると、その生地が透けて見えてくる。透視の神通力を使っているわけでもないのに、股引の下の白ふんどし、そのさらに下の男根まで見えてきそうだった。アレが硬く大きくなって、アツアツで、物欲しそうに汁を垂れ流す私の股へ飛び込んできたら。中に子種を溢れんばかりに注ぎ込まれたら。
雑念に心を支配され、私は思わず千助の股引に手をかけ……一気にずり降ろしてしまった。
「ちょ、こらお前ぇ！」
慌てる千助を他所に、私はそのふんどしも解いてしまう。
白い布が地面に落ちるのと同時に、私は待ち望んでいたそれに触れた。
「待て、何する気だおい!?」
「少しだけ！ 少しだけだから！」
必死に叫びつつ、まだ垂れ下がっている肉棒を手でせっせと揉む。次第にそこへ血が集まり、ゆっくりと起き上がっていった。
「……は、発情期ってやつか？」
「……似たような状況」
千助が察したように言ったとき、それはすでに「剛直」と言っていい硬さになっていた。両手を添えてなお余りある大きさで、熱い血が巡って脈動しているのが分かる。
思わず熱い蕎麦を食べるときのように、ふーっ、ふーっと息を吹きかける。千助がうっと声を漏らし、剛直がぴくんと震えた。
ああ、これが、この熱い肉棒が男のモノなのか。これを股に入れれば……千助のモノならいいのではないかという考えが湧き上がる。そう、カラステングとて真に愛した男と交わることを禁じてはいないのだ。だが今私が欲している千助は、果たしてカラステングの伴侶となるべき男なのだろうか。我ら一族は役目を全うするため、そして子孫たちへ正義を伝えるためにも相手を厳選しなくてはならないのだ。
しかし。
「千助！」
「うおっ！」
私は本能のまま、彼に抱きついた。本能。そう、人を愛するという、純粋な妖怪の本能だった。
だが種族の矜持による最後の理性が、下の口への挿入を思いとどまった。その代わり私は袴の裾をまくり上げ、立派な肉棒をふとももの間に強く挟み込んだのだ。女陰に擦れるように。
「あン……♥」
「お……」
私たちは同時に声を上げた。ただ股に挟んだだけなのに、熱い感触が敏感に伝わってくる。じゅわっとさらに汁が溢れるのを感じた。ゆっくり脚をすりあわせてみると、力強くそった肉棒が恥ずかしい所に擦れる。えも言われぬ気持ちよさだ。
「おい……こんなことやっていいのかよ？」
「ん……いいから、このまま……一緒に気持ちよくなりなさぁい……ひゃうぅ♥」
亀頭が入り口に引っかかった。ともすればつるりと中へ入ってしまいそうだったが、入り口をぐりぐりとこすった後、極めて敏感な豆をつついて一旦は離れた。
千助の胸板に顔を押し付けながら、再びふとももで挟み込む。滴る潤滑液のお陰で滑らかに内股を滑り、ねっとりとした快感が体中に広がった。気づけばすでに人化の術は解け、脚の膝から下は鉤爪のついた鳥のそれに、腕は一族の誇りたる黒々とした翼に戻っていた。心も体も本性をさらけ出している。それがたまらなく気持ちいい。
「あぅぅ♥ 千助ぇ……♥」
気づけば恥ずかしいくらい甘えた声で、彼の名を呼んでいる。そして思い切り抱きついて、一心不乱にふとももで肉棒をすり立てた。割れ目を熱いモノが擦っていくたび、痺れるような焦れったい快感が広がる。いつまでもこうしていたいと思ってしまうくらいだ。
しかし千助は私の肩を掴むと、無理矢理体を引きはがした。肉棒がぬるりと内股から抜け、濡れぼそった股が途端に寂しくなる。
「……おら、後ろ向け」
ぶっきらぼうに、だが優しい手つきで、千助は私の体の向きを変えさせた。背中側の袴をめくられ、臀部に冷たい空気が当たる。尻と尾羽を千助に突き出す格好にされてしまった。
そしてあの、熱くて逞しい感触が、尻の割れ目に入り込んできた。
「少し仕返しさせてもらう……ぜっ！」
「え……そ、そこはぁ……駄目ぇ♥」
尻穴へ割り込んでくる、太い剛直。千助にしっかりと腰を掴まれて逃げることもできない。こいつめ、一体私に何の恨みがあると言うのだ。
「くぅ、締まる……！」
「んぁ……ひぃ、あうぅ♥」
体が勝手に剛直を締め付け、抜くことができない。それどころか自分から尻を突き出してしまう。前の穴だろうと後ろの穴だろうと、体の奥へ男根を入れてほしいという本能に抗えなかった。そして一番奥で、その熱い液体を放って欲しいという欲望にも。
「うぃぁぁ♥ あぅっ、らめ……♥」
何とか拒否の言葉を口にしようとするも、すでに私の頭は尻穴を犯される快楽に支配されていた。こんな自分を受け入れたくはなかったが、千助の手が女陰の方をまさぐり始めたとき、とうとう理性は吹き飛んだ。淫核をくすぐる動きに体が勝手にくねってしまう。カラステングだというのに、私はとてつもなく淫らな姿を晒そうとしていた。
「あぁぁん……っ♥ 来ちゃう、来ちゃうぅ♥」
「ぐおっ!? す、すげぇ……」
体が達するのと同時に、尻穴がぎゅっときつく締まっていった。千助の男根が、狭い穴の中で震えているのが分かる。
射精しようとしているのだ……本能でそう察知した瞬間、私の胸が高鳴った。
欲しい。
千助の熱い迸りを、私の体に。
火傷するくらい、一杯に。
「いけねっ、もう出ちまう！」
「きてぇっ♥ 出して、出して、私の、あんっ♥ お尻に、たくさんっ♥ ふぅぁぁん♥」
脈打ちと共に、直腸へドクドクと注ぎ込まれる、男の液体。
温かい。凄くどろりとしているのが分かる。
奥の方へぶちまけられた。変な気分だ。
でも気持ちいい。嬉しい。
でも寂しい。前の穴に出して欲しかった。
「あ、ふ、あぁん……♥」
ぬるりと男根が引き抜かれ、急にお腹の中が楽になる。ぺたんとその場にへたり込み、私は快楽の余韻に浸っていた。そして、ふと思ったのだ。千助が悪事から足を洗ったら、前の方にも出してもらおうと。そしてそのためにも、彼をしっかり更生してやろうと。
千助のことを考える度にモヤモヤした気分になっていたが、何か吹っ切れた気がする。私が責任を持って、善の道へ導いてやれば良いのだ。いや、そうしなければならない。心を決めたその瞬間……
暗闇の中に、白刃が閃いた
「覚悟！」
頭上から振り下ろされた刀を、私は地を転げてかわした。刃が地面に触れ、微かな音を立てる。
私は自分の未熟さに歯噛みした。道場を監視していた輩だろうか、頭巾で顔を隠した刺客二人がすでに抜刀し、こちらへ迫っていた。絶頂の余韻に浸り接近に気づけないとは大失態だ。だがここでむざむざ斬られるような私ではない。性欲がスッキリした今、瞬時に人化の術を使い、十手を手にすることは容易かった。
刺客が上段に振りかぶり、刀が再び振り下ろされた。だが落ち着いて見ればどうということはない。刺客の挙動には未熟故の焦りと迷いが見えた。振りかぶりすぎたせいで速度は遅かったし、腕の力だけで振るっている。武術の基本は腰だ。
「はっ！」
まずは十手の鉤を利用し、刀身を受け止めた。屈んだ体勢から立ち上がりつつ、その足腰の力を利用して十手を捻る。鉤部分に引っ掛けた刀をその動きに巻き込み、刺客の手からもぎ取った。
地面に落ちた刀が空しく乾いた音を立てた瞬間、私は素早くそいつの手を打ち、背後へ回り込む。刺客が「ひっ」と情けない声を出した。刹那、私はとどめの一撃を突き出す。
「アッーーーー！」
断末魔の如き叫び声をあげ、刺客は尻を押さえて倒れ伏した。
途端にもう一人の刺客が怒号とともに切り掛かってくる。八相の姿勢から刀身を下へ降ろし、斬り上げに転じてくる。間合いの読みはよく、こいつは多少できるようだが……私の敵ではない。
後ろに退いて切先をかわす。相手が続けて打ち込んでくるより一瞬早く、私は懐へ飛び込み……掌底を叩き込む。
「ごほォっ……!?」
刺客がくぐもった声を上げるとの同時に、その脇をすり抜け背後に回る。そして……
「アッーーーー！」
また一人、私の十手の餌食となった。尻から十手を引き抜いた瞬間、そいつもドサリと倒れる。この深山院 律、真っ当に鍛錬を積んだ人間ならともかく、このような外道に遅れは取らない。
しかし。私の耳に、逆方向から迫ってくる足音が聞こえた。
「しまった！」
刺客がまだもう一人いたのだ。長身の男が脇構えの姿勢から、千助に狙いを定めて切り掛かってくる。こいつはかなりの腕だ。
だがそいつを前にして、千助は逃げようとしなかった。それどころか素手で刺客と対峙し、攻めの気迫まで発していたのだ。
「千助！」
剣光が空中に軌跡を描く。斬り上げと見せて上段へ転じて袈裟に斬り下ろす。鋭い斬撃だったが、私の神通力なら十分に割って入れる。金縛りで動きを止めることができる。
だが私が念力を込めるよりも早く、千助が動いた。白刃の煌めきに千助が両手をかざし、挟んで受け止める。否、受け止めたのではない。体ごと移動して相手の動きをねじ伏せた。流れるような一拍子の動作で、刀の柄は刺客の手から離れる。
刺客が慌てて距離を取ろうとしたとき、千助は奪った刀を振り下ろした。
「ガッ……！」
刺客の肩を刀身が捉えた。大柄な体がよろめき、ドサリと倒れ伏す。
近づいてみると完全に失神している。峰打ちだったようだ。鎖骨に損傷はあるかもしれないが、死ぬようなことはないだろう。千助は刀を捨て、長く息を吐いた。
「……やれやれだぜ。おい」
こちらに向き直る千助。その視線に、私は背筋がぴっと伸びるような緊張感を覚えた。
「お前の方は怪我してねぇか？」
その冷静な口調は明らかに、場慣れした人間のものだった。最初に会ったときから、武芸の心得があることは予想がついていた。しかし真剣相手に無刀取り、それも刃を手で挟んで奪うなど、相手と相当な力量差がなくては不可能な技だ。
やはり、こいつはただのスリ師ではない。そして絶対に悪の道を進ませてはならない男だと確信した。だから私はこいつを善き方向へ導くため、必要なことを告げた。
「下半身裸で格好つけるものじゃないわ」
「う、うるせぇ！」
大慌てでふんどしを拾い、締め直そうとする千助。その間に刺客の一人が起き上がろうとしたので、再び尻に十手を突き刺して大人しくさせた。
「早くしなさい。今にこいつらの悲鳴を聞いた人が駆けつけてくるわよ」
「てめぇが脱がしたんだろうが馬鹿ガラス！」
「カラスの勝手でしょ」
「ふざけんじゃねぇ！ でもってケツに刺した十手をこっちに向けるな！」
口やかましく口論する中、提灯の灯りが複数近づいてくる。酩酊道場の面々、そして見回り中だった奉行所の提灯お化けたちだ。
千助の精を漏らさないよう尻に力を入れつつ、私は皆に事情を説明した。
13/11/09 10:40更新 / 空き缶号
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