前編
人間の性は善であるとも悪であるともいう。奴らを監視するのが仕事である私たちカラステングは永きに渡り、その両面を見つめてきた。だが今や妖と人の距離が縮まった混沌の時世、空から見下ろしているだけでは俗界の善悪など分かりはしない。
故にこの深山院 律は黒垣藩の同心として、俗人と同じ視線でそれらを見て回る。藩主こそ人間なれどその妻は龍、家老は稲荷というこの藩でならカラステングが公職に就いても不思議はない。私のような若輩者には丁度良い修行なのだ。あまり庶民を威圧してはよくないので人間の姿を借り、神通力もホイホイ使うなと申し渡されているので武術も修めた。巷では麗しき女武芸者として通っていることであろう。
今日もいつものように町を見回る。ことにこの西町は十年前に忘れがたい惨劇が起きた場所。今では賑わいを取り戻しているものの、あれが二度と起こらないようにするのが私の役目だ。鋳物屋だの研屋だのが軒を連ね、棒手振りたち様々な物を陽気に売歩くこの光景……山で修行していた私には彼らの営みが眩しく思える。私の力は彼らを守るために使わねば。
「ふらふら歩くな、糞ガキが!」
志を再確認したと思ったら、下品かつ乱暴な言葉が私の耳を汚しやがった。振り向いてみると、そこには絵に描いたように人相の悪い浪人、そして地に倒れた少年がいた。少年はよく見かける棒手振りで、近くに天秤棒と桶がひっくり返り、売り物の饅頭が散らばっている。浪人の方は訛りからして流れ者のようだが、おそらくこいつが少年にぶつかったか蹴倒したのだろう。毎日商売をしている棒手振りがそう簡単に通行人に突っ込むはずがない。
売り物が台無しになって泣き出す少年、ざわめく町人たちを無視し、浪人はずかずかと歩き去ろうとする。
「自分からぶつかったくせに……」
「どこの流れ者だよ……」
近くで見ていた商人二人が小声で話すのを聞き、私は浪人が悪であることを確信した。このような現場を見た今、やることは一つ。
悪・即・斬。
……いや、それはさすがに不味い。いくら魔界銀製の刀でもいきなり斬るわけにはいかないだろう。一先ずは十手で頭をドツいておこう。そこから先は後で考えればいい。
「……む?」
だが私が十手の柄を掴んだ瞬間、スリの男が浪人に近づくのに気づいた。一目でスリだと見破ったのは私の鋭い観察眼による……わけではない。黒垣のスリ師はスリだと分かる格好をしているのだ。
具体的に言うと肩に木綿の手ぬぐいをかけ、紺の筒長の足袋に雪駄を履いた奴は十中八九スリだ。そういう分かりやすい格好をしながらも役人の目を盗み、人の財布を狙うことを粋だと思っているクソバカタレ共である。
並の役人の目はごまかせても、この深山院律は節穴ではない。私はクソバカタレがクソ浪人の懐にすっと手を入れ、財布を抜き取るのをしっかりと見た。浪人に向かってザマアミロと大声で叫びたくなる気持ちを抑え、スリの男を目で追った。いくら悪い奴相手でも、人の懐を狙う行為は許せない。立場上。
だがその男はその財布を自分の懐へ収めなかった。それどころか未だに泣いている饅頭売りの少年に歩み寄り、彼の懐へ押し込んだのだ。
「弁償するってさ」
微笑と共に小さく囁いたその言葉を、私の耳は確かに聞き取った。そのスリの表情にはしっかりと慈愛の色がある。ヘタな堅気の人間よりもしっかりとした、思いやりの眼差しが感じられたのだ。
私の頭は一体どうしてしまったのか。こいつはスリだ、悪だ、犯罪者だ。それらを成敗するのが我ら天狗の生業だというのに。何故こんなスリ師ごときがかっこよく、粋に見えてしまうのだろうか。心が揺れる。揺さぶられる。
私はこの悪党をどうすればいい?
こいつは本当に悪人なのか?
いや、悪だ。悪に決まっている。それなのにどうすればいいか分からない。
まさかこの私が、カラステングの本分を忘れかけているのか……?
「喝!」
叫ぶと同時に、自分の顔面を思い切り殴った。痛みが鼻を通って頭蓋を割らんばかりに突き抜ける。痛みで迷いが吹き飛んだ。徐々に頭の中がすっきりしていく。何かに迷った時はコレに限るな。
吹き出た鼻血を拭っていると、スリ師がじっと私の方を見ていた。何か不気味な物を見るような目つき……失礼な奴だ。
「おい、大丈夫か? 主に頭が」
切れ長の目を細めて問いかけてくるスリ。よく見るとなかなかいい男だ。堅気であれば、だが。
「貴方のような下郎に心配される筋合いは無いわ」
「……そうかい。あばよ、鼻血女」
鼻血女。そう呼ばれた瞬間、私の中で何かが切れた。
さっと踵を返して歩き去るスリの後を無意識のうちに尾行し始める。神通力で気配を絶てば存在感は空気と同じくらい虚ろになった。スリ師は時々後ろを振り返るが、私につけられていることに気づかない。山にある木や石は自分を主張することなく、ただそこに在るのみ。私の存在もそれらと同様、場に溶け込んでいるのだ。幼少からの修行の成果である。もっともこれは人間の修験者でも体得可能な技で、我々カラステングにとっては児戯に等しいが。
私を敵に回した挙げ句尾行されていることにも気づかず、スリは人気のない路地へと入っていく。吹き抜ける風が奴の手ぬぐいを揺らした。この先には長屋があったはず……おそらくそこがこいつの住処だ。とすれば他に目撃者がいない今こそ好機。この深山院 律を惑わした挙げ句に侮辱した落とし前、つけさせてもらおう!
「ふっ……!」
僅かな呼気と共に十手を掴み、体を低く沈み込ませる。膝が地面に着きそうになるくらいに。
私の得意技は神通力のみではない、人間たちの武術にも自身はある。十手を手に力を溜め込み、それでいて素早く、そして狙いを外さず一気に……突く!
「アッーーーー!」
寂しい路地にスリ師の悲鳴が轟いた。道の脇で昼寝していた黒猫が驚いて逃げ出す。手応え有り。私の十手は正確に奴の尻、それも穴の位置に食い込んでいた。それを半回転ほどひねって一気に引き抜くと、スリ師は無様にも倒れ伏す。
カラステングを愚弄すればこういうことになるのだ。だが震えながら私の方を振り返ったスリ師の顔に、反省の色はなかった。
「て、てめぇこのアマ! い、い、いきなり人のケツに何しやがる!?」
「気持ちよかったかしら?」
「ふざけんじゃねええええええ!!」
奴は耳をつんざくような声でがなり立てる。全く酷い騒音公害だ。快楽を与えてしまっては罰にならないので、その意味では安心したが。
「これに懲りたらもう人の懐を狙うのは止しなさい」
「……見てやがったのか」
尻を抑えつつ後ずさりするスリ師。十手を持ち歩いているし武士の身なりだし、私が同心であることには気づいているだろう。それでも一目散に逃げ出さない辺り、逃げても無駄だと分かっているのかもしれない。身構える姿からして武術の心得もあるようだ。やはりただのスリではない、私の心を惑わすだけはある。
なればこのまま悪の道を進まぬよう、教え諭すのも我らの役目だ。
「貴方の指は何のためにあるの? 男の指の役目は女房の股をまさぐって気持ちよくすることだと、母上が教えてくださったわ」
「るせぇ! 妖怪の分け分からん理屈なんざ聞きたくもねぇやい!」
駄目だ、まるで聞く耳を持たない。だがそれ以前に、私はハッとした。
「何故私が妖怪だと分かった?」
「妖怪でもなきゃ、年頃の娘が真っ昼間からそんな卑猥なこと言うかい」
何ということだ。母上からの教えをそのまま言っただけで正体がバレてしまうとは。一生の不覚である。
だが例え正体が知られたとて臆することはない。相手はスリ、人間の悪党なのだ。成敗するのが我が一族の務めなり。
「よくぞ見破ったと褒めてやりたい所だけど、カラステングの名門たる深山院の次女を侮らないことね」
「てっ。お上の十手なんざチャラチャラさせやがって。偉そうな口きくんじゃねぇ、馬鹿ガラス!」
「なっ……!」
……その言葉を聞いた瞬間。
私の脳内を『驚愕』の二文字が占領した。
「貴方……何故私がカラステングだと……!?」
「そこかよ! ってか自分で言ったんだろうが!」
ううむ、なんと手強い相手。やはりこいつはただのスリではない。仮に今はただのスリだったとしても、将来はこの黒垣を脅かす大物になるに違いない。だが下手に捕り方を呼んでは暴れて犠牲者を出す可能性もある。やはりここはしばらく監視するのが上策か。
そうと決まればこうしてはいられない。奉行所へ戻り、こいつの監視体勢を作らねば。
「……何処へ行くんだてめぇ?」
「カラスの勝手でしょ!」
「上等だ! 二度と出てくるんじゃねぇ!」
………
……
…
「ですから! 奴はただのスリではないのです!」
「はいはい、分かったから」
奉行所の一室で、私は半刻ほど押し問答を続けていた。昼行灯もとい、奉行所の提灯お化けたちが呆れたような目で私を見ている。古びた畳が彼女達の灯火で渋みのある色合いを出していた。我々が日頃の仕事に勤しむのに相応しい、落ち着いた部屋だ。
私の上司でもある姉上、深山院 操は私の話を適当に聞き流している。深山院家の長女に恥じない立派なお方で、私も心から尊敬しているのだが、時折このように素っ気ない態度を取られてしまう。
「とにかく悪い奴ならとっとと縄をかければいいでしょう」
「いえ、あいつの背後にはきっと巨悪がいるに違いありません! 泳がせて様子を見た方が得策かと!」
「貴女の妄想よりも先に片付けるべき巨悪がいるのよ」
そう言って、姉上は傍らに置かれた書物を私に突き出してきた。
「これは読んだでしょう?」
「はい、『三都市盟約』。海外のルージュ、及びエスクーレの町との貿易協定や、教団に対する防衛協定などがしるされております」
「そう。そしてこれが……」
続いて姉上は折り畳まれた紙を懐から取り出した。西洋の羊皮紙というやつのようで、広げるとそこには文字ではなく絵が描かれていた。
「協定に基づき、藩がエスクーレ造船所に発注した軍艦『尽勇丸』の図面よ」
「おお、これが!」
黒垣藩は十年前に教団に上陸され、戦になったことがある。今なおこの土地を狙う気配があり、海の防備を固めることが決定されたのだ。
羊皮紙に描かれた船は甲板に大筒が並び、いかにも強力そうである。西洋式の軍艦が導入されれば敵に対する抑止力となるし、士気も上がるだろう。
「一月後、エスクーレで訓練を受けた藩士が回航してくるわ。ただ教団の息のかかった浪人どもがそれを焼き払おうと画策していてね」
「なんと。その情報はどこから?」
「連山院殿からよ」
姉上は緊張した面持ちで告げた。連山院家は我々と同じカラステングの一族で、クノイチの統括や密偵の暴き出しといった裏の仕事に徹している。先日も連山院家の長女が、黒垣へ教団が潜入しようとしていることを突き止め、刺客をけしかけて阻止した。勇者たちは魔力刀で斬られて全員アカオニとなったらしい。その連山院からの報告となれば信憑性は確かだ。
我が藩の海防と攘夷の要となる軍艦配備、邪魔をさせるわけにはいかない。
「分かりました。では私もその件について探ってみます」
「そうしてちょうだい。貴女は馬鹿だけど腕は確かだから、後は必要なことだけやってね」
「はっ。では早速……」
私こと深山院 律、姉上には及ばないまでも切れ者だと自負している。すでに探る方法は考えついた。
「あのスリ師のところへ行って参ります」
………
……
…
長屋というのは日の国の良さの一つではないかと私は思う。薄い壁一枚を隔てた所に隣人がおり、貧しいものでも身を寄せ合うことで生きていける。魚が沢山釣れたら長屋の住人みんなと一緒に食べ、正月にはみんなで餅をつく。そうした営みの中で育まれる人情こそが、この国の強さなのではないかと思うのだ。
しかし長屋に住むのが良い奴ばかりとは限らない。今私がやってきたこの長屋には、博徒やヤクザのような無頼の徒ばかりが住んでいる。そしてあのスリ師もここにいることはすぐに調べがついた。
「さあスリ師の千助! 今日から私の下で働きなさい!」
戸を開けてそう叫んだ瞬間、奴は入り口とは逆方向へ転がるように駆け出していた。おそらくは壁にどんでん返し式の抜け穴でもあるのだろう。だがそんなことくらい予測済み!
「はっ!」
人化の術を解き、カラステング本来の姿に戻る。黒い翼に戻った腕を交差し、力を込めて思念を発した。
「うおっ!?」
神通力で足下をすくわれ、スリ師はどさりと転倒。私は素早くその上にのしかかり、取り押さえた。男の上にのしかかるというのは何かこう、心を揺さぶるというか、アソコが濡れそうというか、妙な感覚があるものだ。だがカラステングたる私はそのような感情に身を委ねたりはしない。
スリ師は悔しさと恨めしさが入り交じった目で私を見上げてきた。
「くそっ、逃げようと思って身支度していたら……切れ痔の薬を塗ってたせいで遅れちまった!」
「切れ痔? スリなんかやるからバチが当たったのね」
「いや、ケツに十手ぶち込まれたせいだよ!」
「酷いことする奴がいるのね」
「てめえだろ馬鹿ガラス!」
目を血走らせてわめくスリ師。軽く調べたところによるとこいつは千助といい、スリと博打の腕はなかなかだという。博打もスリほどではないにしろ、あまり褒められたことではない。だが利用価値のある特技だ。無頼の徒が多く集まる賭場は情報の集まる場所でもある。そこで……
「貴方には今日から、私の下で十手を持ってもらうわ」
「はぁっ!? ふざけんじゃねぇ、誰が岡っ引きなんかに!」
千助はじたばたと藻掻き出し、私は慌ててしっかりと押さえつけた。
蛇の道は蛇、ということで、岡っ引きや目明かしと呼ばれる連中はこういう無頼の徒を登用することが多い。報酬と十手は同心が身銭を切らねばならないが、そうしなければ特に町人の間のできごとなどは調べにくいのだ。今回の件は犯人が町人に紛れ込んでいる可能性も高いし、なんとしてでもこいつの協力が必要だ。
「落ち着きなさい! 私がちゃんと報酬を出すから!」
「嫌なこった!」
「たまに酒も奢ってあげるわよ」
「それでもお断りだ馬鹿ガラス!」
「おまけに提灯おばけの頭についてるアレもあげるわ」
「いらねぇよ馬鹿ガラス!」
何という我がままな奴。私がこれだけ誠意を込めて説得しているというのに。そして二言目には馬鹿ガラス呼ばわりしやがって。
「これは黒垣の平和がかかった仕事なのよ! 夷狄に身を売った連中が悪事を働こうとしているのよ!」
「夷狄……?」
千助はぴたりと大人しくなった。
「教団って連中か?」
「そう。そいつらに手なずけられた浪人どもが、藩の船を焼き払おうとしているの。教団が黒垣に攻め込みやすくするためにね」
町人には秘密にしておかなければならないことだ。すでに神通力でこの部屋を防音してあるため、長屋の他の住人に声が漏れることはない。協力を誓わせる前に話してしまったが、どうやら正解だったようだ。千助の目に、明らかな怒りの色が浮かんだのである。私にたいするものではなく、不逞浪士への義憤だ。
「貴方に手伝ってもらえたら、心強い」
再度、誠意を込めて語りかける。
「……そりゃ確かに、一大事だわな」
「そうでしょう。一刻も早く、そいつらを見つけ出さなくては……」
ふいに、私は声を詰まらせた。腹の中でずるりと動くものがあったからである。
「……どうした?」
こころなしか少し心配そうに、千助は私の顔を覗き込む。いけない、今日はあの日だったのを忘れていた。こらえようとしても『それ』は腹の中で、ゆっくりと下へ降りていく。
一生の不覚だが、こうなっては仕方ない。私はゆっくりと体を起こし、千助を見下ろした。
「て、手を出して……」
「手?」
「両手を出して」
羽で身振りをしてみせると、千助は何だか分からないという顔をしながらも両手を揃えて前に出した。
「もう少し低く」
手の位置に注文をつけた後、私は袴をまくりあげた。女なので当然ふんどしなどは締めておらず、恥ずかしい所が丸出しになる。それを見て千助は途端に慌て始めた。
「お、おい! 下痢なら便所へ……!」
「違うわよ! んっ……ふぁっ♥」
思わず艶かしい声を出してしまった。何度経験しても慣れない感覚と羞恥心をこらえながらも、私は用を足すときの姿勢で千助の手の上にしゃがみ込んだ。そのまま小刻みに呼吸する。
「はっ……はぁっ……はぁっ……♥」
腹の中の狭い道を通り、それはゆっくりと降りてくる。腹に力を入れ、下腹部から股間の方へと押し出して行く。
「ふぅんっ♥ はっ、ふぁぁぁぅ♥」
必死でそれを続ける私を、千助は目をかっと開いて見つめていた。正確には掌の上に出された、私の股間の割れ目を。やがてそこが内側から押し開かれ、異物感を伴って降りてきた『それ』が顔を出した。白くてつるりとした丸いものが、股間の割れ目から出かかっている。薄紅色のソコも、おしっこの出る所も、全部千助に凝視されている。
「はぁっ、はぁ……見てて、千助……♥ よく見て……♥」
気づけば、そんなことを口走っていた。男にこの姿を見られるなど、初めてのことである。父上にさえ見せたことはないのだ。胸が激しく高鳴り、体が熱くなっていく。まるで千助の視線が熱を持っているかのように。
おかげで割れ目からぬるりとした汁さえも染み出してくる。そして汁のおかげで滑りが良くなり、『それ』はぽこんと割れ目から飛び出した。
「ふぅ、ぅ、あぁぁぁっ♥」
すっきりした感覚と虚脱感が体中を駆け巡る。安心感からぺたんと尻餅をつき、秘所を晒したまま呼吸を整える。千助の掌には私の産んだ、温かな卵が乗っていた。
それと私の股間を交互に見て、唖然とする千助。何だかしてやったりという気分である。
「はぁ……よかった、出た。いきなり驚かせたわね」
「お、お前、これ……」
「無精卵よ。子供は産まれないわ」
そう言って、私はふといいことを思いついた。
「貴方、それを受け取ったわね?」
「は?」
「カラステングの無精卵は霊薬の材料として高く売れるわ。それが報酬代わりよ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
千助は素っ頓狂な声を上げた。私はすっと立ち上がって袴をただし、懐に入れてきた十手を千助の腰帯にねじ込んだ。
「これで今日から十手持ち」
「ちょっと待ておい! 俺はまだ手伝うとは言ってねぇぞ!?」
「報酬を受け取ったでしょう。さあ、探りに行くわよ!」
「ちょっと待てこらあああああ!」
ギャーギャー騒ぐ千助。こうして頼れる相棒を得た私は、犯人探しへと乗り出した。
十年前の襲撃では大勢の犠牲者が出た。もう二度とその悲劇を繰り返すものか。
「黒垣中の期待がかかった軍艦、必ずや守ってみせる!」
故にこの深山院 律は黒垣藩の同心として、俗人と同じ視線でそれらを見て回る。藩主こそ人間なれどその妻は龍、家老は稲荷というこの藩でならカラステングが公職に就いても不思議はない。私のような若輩者には丁度良い修行なのだ。あまり庶民を威圧してはよくないので人間の姿を借り、神通力もホイホイ使うなと申し渡されているので武術も修めた。巷では麗しき女武芸者として通っていることであろう。
今日もいつものように町を見回る。ことにこの西町は十年前に忘れがたい惨劇が起きた場所。今では賑わいを取り戻しているものの、あれが二度と起こらないようにするのが私の役目だ。鋳物屋だの研屋だのが軒を連ね、棒手振りたち様々な物を陽気に売歩くこの光景……山で修行していた私には彼らの営みが眩しく思える。私の力は彼らを守るために使わねば。
「ふらふら歩くな、糞ガキが!」
志を再確認したと思ったら、下品かつ乱暴な言葉が私の耳を汚しやがった。振り向いてみると、そこには絵に描いたように人相の悪い浪人、そして地に倒れた少年がいた。少年はよく見かける棒手振りで、近くに天秤棒と桶がひっくり返り、売り物の饅頭が散らばっている。浪人の方は訛りからして流れ者のようだが、おそらくこいつが少年にぶつかったか蹴倒したのだろう。毎日商売をしている棒手振りがそう簡単に通行人に突っ込むはずがない。
売り物が台無しになって泣き出す少年、ざわめく町人たちを無視し、浪人はずかずかと歩き去ろうとする。
「自分からぶつかったくせに……」
「どこの流れ者だよ……」
近くで見ていた商人二人が小声で話すのを聞き、私は浪人が悪であることを確信した。このような現場を見た今、やることは一つ。
悪・即・斬。
……いや、それはさすがに不味い。いくら魔界銀製の刀でもいきなり斬るわけにはいかないだろう。一先ずは十手で頭をドツいておこう。そこから先は後で考えればいい。
「……む?」
だが私が十手の柄を掴んだ瞬間、スリの男が浪人に近づくのに気づいた。一目でスリだと見破ったのは私の鋭い観察眼による……わけではない。黒垣のスリ師はスリだと分かる格好をしているのだ。
具体的に言うと肩に木綿の手ぬぐいをかけ、紺の筒長の足袋に雪駄を履いた奴は十中八九スリだ。そういう分かりやすい格好をしながらも役人の目を盗み、人の財布を狙うことを粋だと思っているクソバカタレ共である。
並の役人の目はごまかせても、この深山院律は節穴ではない。私はクソバカタレがクソ浪人の懐にすっと手を入れ、財布を抜き取るのをしっかりと見た。浪人に向かってザマアミロと大声で叫びたくなる気持ちを抑え、スリの男を目で追った。いくら悪い奴相手でも、人の懐を狙う行為は許せない。立場上。
だがその男はその財布を自分の懐へ収めなかった。それどころか未だに泣いている饅頭売りの少年に歩み寄り、彼の懐へ押し込んだのだ。
「弁償するってさ」
微笑と共に小さく囁いたその言葉を、私の耳は確かに聞き取った。そのスリの表情にはしっかりと慈愛の色がある。ヘタな堅気の人間よりもしっかりとした、思いやりの眼差しが感じられたのだ。
私の頭は一体どうしてしまったのか。こいつはスリだ、悪だ、犯罪者だ。それらを成敗するのが我ら天狗の生業だというのに。何故こんなスリ師ごときがかっこよく、粋に見えてしまうのだろうか。心が揺れる。揺さぶられる。
私はこの悪党をどうすればいい?
こいつは本当に悪人なのか?
いや、悪だ。悪に決まっている。それなのにどうすればいいか分からない。
まさかこの私が、カラステングの本分を忘れかけているのか……?
「喝!」
叫ぶと同時に、自分の顔面を思い切り殴った。痛みが鼻を通って頭蓋を割らんばかりに突き抜ける。痛みで迷いが吹き飛んだ。徐々に頭の中がすっきりしていく。何かに迷った時はコレに限るな。
吹き出た鼻血を拭っていると、スリ師がじっと私の方を見ていた。何か不気味な物を見るような目つき……失礼な奴だ。
「おい、大丈夫か? 主に頭が」
切れ長の目を細めて問いかけてくるスリ。よく見るとなかなかいい男だ。堅気であれば、だが。
「貴方のような下郎に心配される筋合いは無いわ」
「……そうかい。あばよ、鼻血女」
鼻血女。そう呼ばれた瞬間、私の中で何かが切れた。
さっと踵を返して歩き去るスリの後を無意識のうちに尾行し始める。神通力で気配を絶てば存在感は空気と同じくらい虚ろになった。スリ師は時々後ろを振り返るが、私につけられていることに気づかない。山にある木や石は自分を主張することなく、ただそこに在るのみ。私の存在もそれらと同様、場に溶け込んでいるのだ。幼少からの修行の成果である。もっともこれは人間の修験者でも体得可能な技で、我々カラステングにとっては児戯に等しいが。
私を敵に回した挙げ句尾行されていることにも気づかず、スリは人気のない路地へと入っていく。吹き抜ける風が奴の手ぬぐいを揺らした。この先には長屋があったはず……おそらくそこがこいつの住処だ。とすれば他に目撃者がいない今こそ好機。この深山院 律を惑わした挙げ句に侮辱した落とし前、つけさせてもらおう!
「ふっ……!」
僅かな呼気と共に十手を掴み、体を低く沈み込ませる。膝が地面に着きそうになるくらいに。
私の得意技は神通力のみではない、人間たちの武術にも自身はある。十手を手に力を溜め込み、それでいて素早く、そして狙いを外さず一気に……突く!
「アッーーーー!」
寂しい路地にスリ師の悲鳴が轟いた。道の脇で昼寝していた黒猫が驚いて逃げ出す。手応え有り。私の十手は正確に奴の尻、それも穴の位置に食い込んでいた。それを半回転ほどひねって一気に引き抜くと、スリ師は無様にも倒れ伏す。
カラステングを愚弄すればこういうことになるのだ。だが震えながら私の方を振り返ったスリ師の顔に、反省の色はなかった。
「て、てめぇこのアマ! い、い、いきなり人のケツに何しやがる!?」
「気持ちよかったかしら?」
「ふざけんじゃねええええええ!!」
奴は耳をつんざくような声でがなり立てる。全く酷い騒音公害だ。快楽を与えてしまっては罰にならないので、その意味では安心したが。
「これに懲りたらもう人の懐を狙うのは止しなさい」
「……見てやがったのか」
尻を抑えつつ後ずさりするスリ師。十手を持ち歩いているし武士の身なりだし、私が同心であることには気づいているだろう。それでも一目散に逃げ出さない辺り、逃げても無駄だと分かっているのかもしれない。身構える姿からして武術の心得もあるようだ。やはりただのスリではない、私の心を惑わすだけはある。
なればこのまま悪の道を進まぬよう、教え諭すのも我らの役目だ。
「貴方の指は何のためにあるの? 男の指の役目は女房の股をまさぐって気持ちよくすることだと、母上が教えてくださったわ」
「るせぇ! 妖怪の分け分からん理屈なんざ聞きたくもねぇやい!」
駄目だ、まるで聞く耳を持たない。だがそれ以前に、私はハッとした。
「何故私が妖怪だと分かった?」
「妖怪でもなきゃ、年頃の娘が真っ昼間からそんな卑猥なこと言うかい」
何ということだ。母上からの教えをそのまま言っただけで正体がバレてしまうとは。一生の不覚である。
だが例え正体が知られたとて臆することはない。相手はスリ、人間の悪党なのだ。成敗するのが我が一族の務めなり。
「よくぞ見破ったと褒めてやりたい所だけど、カラステングの名門たる深山院の次女を侮らないことね」
「てっ。お上の十手なんざチャラチャラさせやがって。偉そうな口きくんじゃねぇ、馬鹿ガラス!」
「なっ……!」
……その言葉を聞いた瞬間。
私の脳内を『驚愕』の二文字が占領した。
「貴方……何故私がカラステングだと……!?」
「そこかよ! ってか自分で言ったんだろうが!」
ううむ、なんと手強い相手。やはりこいつはただのスリではない。仮に今はただのスリだったとしても、将来はこの黒垣を脅かす大物になるに違いない。だが下手に捕り方を呼んでは暴れて犠牲者を出す可能性もある。やはりここはしばらく監視するのが上策か。
そうと決まればこうしてはいられない。奉行所へ戻り、こいつの監視体勢を作らねば。
「……何処へ行くんだてめぇ?」
「カラスの勝手でしょ!」
「上等だ! 二度と出てくるんじゃねぇ!」
………
……
…
「ですから! 奴はただのスリではないのです!」
「はいはい、分かったから」
奉行所の一室で、私は半刻ほど押し問答を続けていた。昼行灯もとい、奉行所の提灯お化けたちが呆れたような目で私を見ている。古びた畳が彼女達の灯火で渋みのある色合いを出していた。我々が日頃の仕事に勤しむのに相応しい、落ち着いた部屋だ。
私の上司でもある姉上、深山院 操は私の話を適当に聞き流している。深山院家の長女に恥じない立派なお方で、私も心から尊敬しているのだが、時折このように素っ気ない態度を取られてしまう。
「とにかく悪い奴ならとっとと縄をかければいいでしょう」
「いえ、あいつの背後にはきっと巨悪がいるに違いありません! 泳がせて様子を見た方が得策かと!」
「貴女の妄想よりも先に片付けるべき巨悪がいるのよ」
そう言って、姉上は傍らに置かれた書物を私に突き出してきた。
「これは読んだでしょう?」
「はい、『三都市盟約』。海外のルージュ、及びエスクーレの町との貿易協定や、教団に対する防衛協定などがしるされております」
「そう。そしてこれが……」
続いて姉上は折り畳まれた紙を懐から取り出した。西洋の羊皮紙というやつのようで、広げるとそこには文字ではなく絵が描かれていた。
「協定に基づき、藩がエスクーレ造船所に発注した軍艦『尽勇丸』の図面よ」
「おお、これが!」
黒垣藩は十年前に教団に上陸され、戦になったことがある。今なおこの土地を狙う気配があり、海の防備を固めることが決定されたのだ。
羊皮紙に描かれた船は甲板に大筒が並び、いかにも強力そうである。西洋式の軍艦が導入されれば敵に対する抑止力となるし、士気も上がるだろう。
「一月後、エスクーレで訓練を受けた藩士が回航してくるわ。ただ教団の息のかかった浪人どもがそれを焼き払おうと画策していてね」
「なんと。その情報はどこから?」
「連山院殿からよ」
姉上は緊張した面持ちで告げた。連山院家は我々と同じカラステングの一族で、クノイチの統括や密偵の暴き出しといった裏の仕事に徹している。先日も連山院家の長女が、黒垣へ教団が潜入しようとしていることを突き止め、刺客をけしかけて阻止した。勇者たちは魔力刀で斬られて全員アカオニとなったらしい。その連山院からの報告となれば信憑性は確かだ。
我が藩の海防と攘夷の要となる軍艦配備、邪魔をさせるわけにはいかない。
「分かりました。では私もその件について探ってみます」
「そうしてちょうだい。貴女は馬鹿だけど腕は確かだから、後は必要なことだけやってね」
「はっ。では早速……」
私こと深山院 律、姉上には及ばないまでも切れ者だと自負している。すでに探る方法は考えついた。
「あのスリ師のところへ行って参ります」
………
……
…
長屋というのは日の国の良さの一つではないかと私は思う。薄い壁一枚を隔てた所に隣人がおり、貧しいものでも身を寄せ合うことで生きていける。魚が沢山釣れたら長屋の住人みんなと一緒に食べ、正月にはみんなで餅をつく。そうした営みの中で育まれる人情こそが、この国の強さなのではないかと思うのだ。
しかし長屋に住むのが良い奴ばかりとは限らない。今私がやってきたこの長屋には、博徒やヤクザのような無頼の徒ばかりが住んでいる。そしてあのスリ師もここにいることはすぐに調べがついた。
「さあスリ師の千助! 今日から私の下で働きなさい!」
戸を開けてそう叫んだ瞬間、奴は入り口とは逆方向へ転がるように駆け出していた。おそらくは壁にどんでん返し式の抜け穴でもあるのだろう。だがそんなことくらい予測済み!
「はっ!」
人化の術を解き、カラステング本来の姿に戻る。黒い翼に戻った腕を交差し、力を込めて思念を発した。
「うおっ!?」
神通力で足下をすくわれ、スリ師はどさりと転倒。私は素早くその上にのしかかり、取り押さえた。男の上にのしかかるというのは何かこう、心を揺さぶるというか、アソコが濡れそうというか、妙な感覚があるものだ。だがカラステングたる私はそのような感情に身を委ねたりはしない。
スリ師は悔しさと恨めしさが入り交じった目で私を見上げてきた。
「くそっ、逃げようと思って身支度していたら……切れ痔の薬を塗ってたせいで遅れちまった!」
「切れ痔? スリなんかやるからバチが当たったのね」
「いや、ケツに十手ぶち込まれたせいだよ!」
「酷いことする奴がいるのね」
「てめえだろ馬鹿ガラス!」
目を血走らせてわめくスリ師。軽く調べたところによるとこいつは千助といい、スリと博打の腕はなかなかだという。博打もスリほどではないにしろ、あまり褒められたことではない。だが利用価値のある特技だ。無頼の徒が多く集まる賭場は情報の集まる場所でもある。そこで……
「貴方には今日から、私の下で十手を持ってもらうわ」
「はぁっ!? ふざけんじゃねぇ、誰が岡っ引きなんかに!」
千助はじたばたと藻掻き出し、私は慌ててしっかりと押さえつけた。
蛇の道は蛇、ということで、岡っ引きや目明かしと呼ばれる連中はこういう無頼の徒を登用することが多い。報酬と十手は同心が身銭を切らねばならないが、そうしなければ特に町人の間のできごとなどは調べにくいのだ。今回の件は犯人が町人に紛れ込んでいる可能性も高いし、なんとしてでもこいつの協力が必要だ。
「落ち着きなさい! 私がちゃんと報酬を出すから!」
「嫌なこった!」
「たまに酒も奢ってあげるわよ」
「それでもお断りだ馬鹿ガラス!」
「おまけに提灯おばけの頭についてるアレもあげるわ」
「いらねぇよ馬鹿ガラス!」
何という我がままな奴。私がこれだけ誠意を込めて説得しているというのに。そして二言目には馬鹿ガラス呼ばわりしやがって。
「これは黒垣の平和がかかった仕事なのよ! 夷狄に身を売った連中が悪事を働こうとしているのよ!」
「夷狄……?」
千助はぴたりと大人しくなった。
「教団って連中か?」
「そう。そいつらに手なずけられた浪人どもが、藩の船を焼き払おうとしているの。教団が黒垣に攻め込みやすくするためにね」
町人には秘密にしておかなければならないことだ。すでに神通力でこの部屋を防音してあるため、長屋の他の住人に声が漏れることはない。協力を誓わせる前に話してしまったが、どうやら正解だったようだ。千助の目に、明らかな怒りの色が浮かんだのである。私にたいするものではなく、不逞浪士への義憤だ。
「貴方に手伝ってもらえたら、心強い」
再度、誠意を込めて語りかける。
「……そりゃ確かに、一大事だわな」
「そうでしょう。一刻も早く、そいつらを見つけ出さなくては……」
ふいに、私は声を詰まらせた。腹の中でずるりと動くものがあったからである。
「……どうした?」
こころなしか少し心配そうに、千助は私の顔を覗き込む。いけない、今日はあの日だったのを忘れていた。こらえようとしても『それ』は腹の中で、ゆっくりと下へ降りていく。
一生の不覚だが、こうなっては仕方ない。私はゆっくりと体を起こし、千助を見下ろした。
「て、手を出して……」
「手?」
「両手を出して」
羽で身振りをしてみせると、千助は何だか分からないという顔をしながらも両手を揃えて前に出した。
「もう少し低く」
手の位置に注文をつけた後、私は袴をまくりあげた。女なので当然ふんどしなどは締めておらず、恥ずかしい所が丸出しになる。それを見て千助は途端に慌て始めた。
「お、おい! 下痢なら便所へ……!」
「違うわよ! んっ……ふぁっ♥」
思わず艶かしい声を出してしまった。何度経験しても慣れない感覚と羞恥心をこらえながらも、私は用を足すときの姿勢で千助の手の上にしゃがみ込んだ。そのまま小刻みに呼吸する。
「はっ……はぁっ……はぁっ……♥」
腹の中の狭い道を通り、それはゆっくりと降りてくる。腹に力を入れ、下腹部から股間の方へと押し出して行く。
「ふぅんっ♥ はっ、ふぁぁぁぅ♥」
必死でそれを続ける私を、千助は目をかっと開いて見つめていた。正確には掌の上に出された、私の股間の割れ目を。やがてそこが内側から押し開かれ、異物感を伴って降りてきた『それ』が顔を出した。白くてつるりとした丸いものが、股間の割れ目から出かかっている。薄紅色のソコも、おしっこの出る所も、全部千助に凝視されている。
「はぁっ、はぁ……見てて、千助……♥ よく見て……♥」
気づけば、そんなことを口走っていた。男にこの姿を見られるなど、初めてのことである。父上にさえ見せたことはないのだ。胸が激しく高鳴り、体が熱くなっていく。まるで千助の視線が熱を持っているかのように。
おかげで割れ目からぬるりとした汁さえも染み出してくる。そして汁のおかげで滑りが良くなり、『それ』はぽこんと割れ目から飛び出した。
「ふぅ、ぅ、あぁぁぁっ♥」
すっきりした感覚と虚脱感が体中を駆け巡る。安心感からぺたんと尻餅をつき、秘所を晒したまま呼吸を整える。千助の掌には私の産んだ、温かな卵が乗っていた。
それと私の股間を交互に見て、唖然とする千助。何だかしてやったりという気分である。
「はぁ……よかった、出た。いきなり驚かせたわね」
「お、お前、これ……」
「無精卵よ。子供は産まれないわ」
そう言って、私はふといいことを思いついた。
「貴方、それを受け取ったわね?」
「は?」
「カラステングの無精卵は霊薬の材料として高く売れるわ。それが報酬代わりよ」
「はぁぁぁぁぁ!?」
千助は素っ頓狂な声を上げた。私はすっと立ち上がって袴をただし、懐に入れてきた十手を千助の腰帯にねじ込んだ。
「これで今日から十手持ち」
「ちょっと待ておい! 俺はまだ手伝うとは言ってねぇぞ!?」
「報酬を受け取ったでしょう。さあ、探りに行くわよ!」
「ちょっと待てこらあああああ!」
ギャーギャー騒ぐ千助。こうして頼れる相棒を得た私は、犯人探しへと乗り出した。
十年前の襲撃では大勢の犠牲者が出た。もう二度とその悲劇を繰り返すものか。
「黒垣中の期待がかかった軍艦、必ずや守ってみせる!」
13/09/15 09:28更新 / 空き缶号
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