連載小説
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人斬り周吾、推参
 黒垣藩は日の国の中でも、特に人間と妖怪の境目が薄い。最近では異国との貿易も始まったため、異国の人間や妖怪まで見かけるようになった。異人というのは人間でも髪が黄金色だったりするから妖怪と間違えやすいのだが、中にはそれを利用して妖怪に成り済ます者もいる。
 目の前の宿屋に泊まっている連中も、そういう類いの異人だ。静かな月夜に自分たちが狙われているとも知らず、高いびきをかいているのだろう。笠の淵をくいっと上げ、俺は宿の看板を仰ぎ見た。ほんの数日前に建てられたといい、『福福屋』などという無駄に縁起の良い名が書かれているものの、泊まっている異人にはこれから災難が降り掛かる。

「宿の者はすでに逃がした。中にいるのは教団の連中だけだ」

 俺同様に笠をかぶった侍が、静かな声で言った。無聊をかこっていた俺にこの仕事の話を持ちかけてきた男で、俺と同じく攘夷を志している。高沼と名乗ったが本名かは分からない。学のある男で剣の腕もそれなりのようだ。

「奴らの荷物の中に教団の『ろざりお』が入っていたという。間違いはあるまい」
「ふん。教団であろうとなかろうと、異人を斬れるなら喜んで斬る」

 十年前に異人がこの黒垣へ攻め込んできたとき、俺の親父は殺された。それから俺は異人打ち払い……攘夷のためだけに技を磨いてきたのだ。右腕が疼く。早く刀を抜きたい。

「奴らの頭はテフィルーナという女勇者だ」
「勇者?」
「教団の神から加護を受けた人間のことだ。引き連れている兵士は十人、全員女だという」
「何故に?」
「男と一緒だと長旅の途中で腹が大きくなったり、任を捨てて駆け落ちということもあるからだろうな」

 小声で淡々と語りながら、高沼はちらりと宿屋へ目を向ける。

「斬れるか?」
「十一人ならわけもない」

 俺はきっぱりと言い切った。高沼は女相手に情が湧くのではないかと心配したのだろうが、生憎異人相手にそんな情けを持つ気はない。女だろうと子供だろうと、片端から撫で切りにしてくれる。
 高沼は一つ頷くと、自分の懐へ手を入れた。こいつのことは一応信用しているが、気を許したことはない。そこから取り出したのが武器だったら居合いを見舞ってやるつもりだったが、出してきたのは紙に包まれた金子だった。

「遅くなってすまぬが、前金だ」
「おう」

 金など受け取らずとも構わないが、あって困るものでもない。受け取った包みの重みを確かめ、懐へ押し込む。

「奴らが泊まっているのは二階だ。頼むぞ、人斬り周吾」

 静かに告げ、高沼は俺に背を向けた。彼が完全に歩き去るのを待ってから、左手の指で刀の鯉口を切った。そこから覗くのは白刃ではなく赤茶色に錆びた刀身、野菜さえ斬れるかも怪しい。続いて刀とは反対側の腰に提げた徳利の栓を抜き、中身を鯉口に注ぐ。酒の匂いがむわっと漂った。すると錆まみれの刀身が酒を吸っていき、見る見るうちに赤錆が落ちていく。
 酩酊赤染……旅の商人から買った妖刀だ。酒を飲ませると本来の姿を取り戻し、相手を吸い寄せて斬るかのような切れ味を見せる。やがて完全に錆は消え去り、惚れ惚れするような白刃が現れた。月光を受けて輝くだけでなく、自ら光りを放っている。これぞ妖刀、美しい。

「クッ……クッ……クッ……」

 こみ上げて来た笑いを抑え、刃をしっかりと鞘へ納める。
 静かに戸を開けて中の様子をうかがいながら、俺は宿屋へ踏み込んだ。中は暗いが俺は夜目が効くし、事前に渡された見取り図が頭に入っている。年季の入った階段を音を立てないように登る。いつでも居合いを繰り出せるよう身構えたままでだ。まずはテフィルーナなる女勇者の首を取り、それから雑魚を片付ける。

 そのとき。
 二階から床を踏む音が聞こえた。

「……!」

 目を擦りながら階段を下りようとする異人。まだ十七、八の若い女だ。そいつと目が合った瞬間、俺は全力で階段を駆け上がった。

「て、敵襲……!」

 女は眠気が吹っ飛んだだろう。だが叫んだときにはもう俺の間合だ。飛び上がりながら一文字に抜き放ち、一撃。確かな手応えを感じた。どさりと倒れた女を尻目に、俺は光り輝く酩酊赤染を構えた。
 叫び声を聞きつけ、二階が一瞬で騒がしくなる。寝ている所を狙うつもりだったが仕方ない。

「ふん……!」

 徳利に手をやり、残っている酒を飲み干す。剣を振るうときに酒など飲まないが、輝く愛刀を見ているうちに何故か飲みたくなった。刀がそうさせたようにさえ思えるが、考えている暇などない。
 襖が開いた。

「魔物!?」
「いや、人間よ……!」
「おのれ異教徒! 主神の名の下に……!」

 燭台や剣を手にした連中が黄色い声を上げながら、続々と部屋から出てきた。なるほど全て白い肌の女、そしてれっきとした兵士というわけだ。数は……全部で九人。先ほど斬り捨てた奴を足しても一人足りない。
 だがどうということはない、どの道この酩酊赤染で撫で斬りにするまでだ。心が躍る。まるで宴会だ。

「天誅ーッ!」

 高らかに叫びながら、俺は敵陣に身を躍らせた。
13/08/06 23:33更新 / 空き缶号
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