連載小説
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恐怖の人食い蜥蜴!密林に血に飢えた牙を追え!!
「起きろ!寝床から起きろブタ野郎!」

「何だよ…」

「今何時だ?」

バフォメットが寝ている生徒達を起こしにかかる。

「10分で荷物をまとめろ、身支度の出来た者から整列!」

事は一刻を争う、少々手荒いがさっさと起こさなければならない。
眠い目を擦りながらも、身支度を整えた生徒達が寝床を片付け、整列する。

「点呼を忘れるな」

早々に1人脱落してしまっているので、人数確認は重要事項だ。
どうやらちゃんと29人いるようだ。まずは一安心。

「せんせー!この人起きませーん!」

「またか!」

問題発生。
アカオニが目を覚まさない。

「額に肉って書いてやれ」

「嫌ですよ自分でやってください」

下手なことをすると何をされるかわからない。
生徒達がやらぬなら先生が手本を見せるしかない。
どこから取り出したか羽ペンを右手にもったバフォメットがアカオニに覆いかぶさった。

「お仕置きじゃ」

「何書くんです?」

「大きい丸と小さい丸を描いてじゃな、縦に線を…」

「わー!それ駄目!絶対駄目です!」

「それリアルに殺し合いに発展しますから!」

「で、周りにチョンチョンと…」

「話聞けよ!」

「思考が完全にガキだよアンタ!」

「これじゃからお子様は困るんじゃよ〜わしがそんな中坊みたいな事をすると思うか?」

「やっぱり冗談ですよね…」

「やるんじゃよ!」

「やるな!」

「止めろ!皆こいつを止めろ!」

生徒達が必死に止めに入る。
だがバフォメットの動きはそれでも止まらなかった。

「いやじゃー!描くんじゃ!」

「すっげえ力だ!」

「うう…お、重い…」

ようやく目を覚ましたアカオニが目にしたのは、自分に馬乗りになるバフォメット達の姿。
その後何とか誤魔化そうとしたバフォメットだが、結局はバレてしまった。
今度は逆に自分が拳骨を食らうハメになり、涙目になりながらも必死で耐えていた。

「幼女を殴りおって…」

「うっせぇ!自業自得だろ!」

「タンコブ出来てますよ」

「触るな!痛い痛い!」

とにかく、これで全員揃った。
そうなるといよいよ出発の時間だ。

「それより、何でもうすぐ攻撃するってわかったんだ?」

バフォメットが皆を起こしたのには理由があった。
もうすぐ城方が討って出る、その様子を見学する為だ。

「暗くてわかり辛いがあれを見よ」

バフォメットが指を刺したのは城の方角。

「だから何だよ」

「よく見ろ、煙があがっとるじゃろう?」

言われてよく見てみれば、確かに城のほうから煙が上がっているのが見える。

「炊き出しか…」

帰還した軍勢の為に食事を用意しているのだろうか。
煙の量も多い。

「更にじゃ、旗などが忙しなく動き回っている」

暗闇の中でも、バフォメットはしっかりと動きを把握している。

「…見えねぇ」

常人ではとてもそれを視認する事は出来ないであろう。

「よし、では動くぞ」

バフォメットを先頭に、今度は扇方のような隊列を取る。
身を低く屈め、ゆっくりとではあるが前進を開始した。

「この暗さじゃ、ちゃんとワシに着いて来るんじゃぞ」

「本当に真っ暗だ…」

生徒達はバフォメットを見失わないよう、その後を追う。
目印になるのは、そのバフォメットの頭から生えている茶色い2本の角。
そしてその傍らを行くアカオニの赤い体くらいだった。
それでも、少し離れてしまえばすぐに見失ってしまう。
後ろの方を歩く生徒達はもう必死である。

森の近くから移動を開始したバフォメット一行は、大きく戦場となる場所を迂回する。
そして、山城の正門に近い位置へと向かう。
出撃する城方の軍勢を、後ろから追うような形を取ろうとしているのだ。
城の総延長は400m程だ。
この城は、尾根の上に二つの頂点部分があり、尾根筋を利用して築かれている。
この頂部の標高はほぼ同じなので、どちらが主郭(本丸)か見分けがつき難い。
アカオニの話では、尾根筋のほぼ真ん中にある方の頂部が主郭だと言う。
だが主郭に置かれていたのは櫓が一つのみだった。
左右の曲輪の方が、広く建物などが多く存在していたらしい。
こんな場所に、1000人以上の軍勢が篭っているのだ。

「先生、曲輪って何ですか?」

「曲輪とは、城の中にある区画を分かつ区域の事じゃ」

曲輪は、防御陣地や建造物を立てる敷地、兵士たちの駐屯する施設としての役割を持つ。
城の中ではもっとも重要な施設と言える。

「近づいて見ると…なんじゃこの城は」

「妙な城だろ?」

「単純な構造でも無い、非常に手の込んだ作りじゃな」

このような場所に、こんな本格的な城があったとは、バフォメットも予想外であった。

「見るべきものは多いのう、こりゃ楽しみじゃ」

「やっぱり自分が一番楽しんでるよな先生」

正門は西側の曲輪にある。
面白いのは、この城の曲輪はそれぞれ独立した作りになっている。
曲輪同士の間に道は無く、斜面を削り完全に断ち切られている。
ので、正門へ向かうには、曲輪の間に板を敷きその上を歩いて渡る形になっている。

「更に曲輪の付近に小さな土塁…火点を設けておる」

西端曲輪の直下には石塁を積み上げた小さな陣地がある。
そこには、鉄砲や弓を持った兵士が数名配置されている。

「誰が作ったか知らんが、高い土木技術を持った者のようじゃ」

ベタ褒めである。
だが勿論、欠点も存在した。
1つは、先ほど述べた曲輪の構造。
これは敵の行動を制限だけでなく、味方にも影響を及ぼす。
仮に曲輪の中に敵が入り込んだとしても、連携が取れない。
更に兵士の移動にも制限があり、迅速な行動が不可能になっている。
もう1つは、この城自体の問題。
アカオニの話から、この城は純軍事的な建造物と言う事がわかる。
飲み水なども、雨水を溜めて使用しているらしい。
兵士達の居住空間も最低限のものしか用意されておらず、
長期的な篭城は想定されていないのだろう。

「山間でのゲリラ戦を想定しとるんじゃろう」

だからこそ、一見無謀にも思える奇襲攻撃に討って出ようとしているのだ。




「動き出したぞ」

西側の曲輪から、終結した軍勢がぞろぞろと外に出て行くのがわかった。
ついにきた。

「見失わんように後を追うぞ!十分周囲に注意しろ」

それを見て、バフォメット達も動き出す。
意外だったのは、騎馬が極端に少なかった事だ。
殆どが徒歩である。
機動力を重視したのだろうが、全体的に軽装である。
中には甲冑を身に纏っていないものまで居る。
敵は目の前なので行軍隊形は取らず、予め陣形を組んでいる。
方向から言って、やはり敵の本陣を目指しているようだ。

「セオリー通りか」

「問題は相手さんの備えだが…」

攻め手の布陣状況は昼間に観察している。
城を大きく取り囲むよう横に広く布陣しており、隙は無いように見える。
だが、諸将がそれぞれ独立して陣を構えている。
これは攻め手の軍の伝統的な布陣スタイルなのだと言うが、弱点でもある。
一度混乱が起これば、収拾させるのは非常に困難だ。

一行は着かず離れずの距離を保ちながら、軍勢の後を追う。
不意に、先頭から喚声が上がる。
先を行く者が敵に接触したようだ。
移動速度が上がり、皆駆け足で一斉に突っ込む。

「始まったようじゃ」

「おいおい、このまま突っ込む気か?」

「そろそろ離れる、巻き込まれたらわしでも対処できんからな」

ここに来て、バフォメットは追従するのを止めた。
このまま着いて行けば、自分たちも戦闘に巻き込まれてしまう。
バフォメットやアカオニならば、多少の事なら何とか出来そうなものだが。
非戦闘員を従えている今の状況でそれは不可能だ。

一行は進路を変え、大きく左回りに迂回した。
丁度その方向に、小高い丘がある。
そこから見下ろすように、観戦しようと言うのだ。

「キッツイなぁ…」

「軍隊みたいだ…」

必死で動きに着いて行く生徒達ではあったが、やはり慣れていないのだろう。
音を上げる者も出てきた、それでも必死にバフォメットの後を追う。
普段体を動かす機会が無い者にとっては、さすがに厳しい。
今回の授業では、必要な物の最低限はバフォメットが用意した。
なので、生徒達が身に着けている物は各々が必要だと思ったものだ。
ある者は、サバイバル用品を満載した背嚢を背負っている。
またある者は、様々な文献や資料を満載したカバンを肩に掛けている。
更に極端な例では、手ぶらの者も数人居た。
事前に指定された物は、携帯する数日分の非常食を自前で用意しろというくらいである。
逆に、決して持って来てはいけないものも指定されている。
それは武器の類である。

仮に自衛用であっても、バフォメットは武器の持込を固く禁じている。
それは生徒達を戦闘に巻き込ませない為である。
武器があれば、どこかで妙な考えを起こすかもしれない。
青少年特有の冒険心などがそのまま死に繋がったりするのだ。

「自分は何でも出来ると思うもんなんじゃよ」

「秘められたパワーが目覚める!とか言うやつですか」

「教室に突然テロリストが乱入して〜とかよく妄想するじゃろ?」

「何の事かさっぱりわかりませんよハハハ…」

「時代設定無視しないでください!」

「クッ…!静まれ、俺の右手…!とか」

「もうやめて」

一部に精神的な大ダメージを与えている。
勿論、妙な行動に出なければ別に何も問題は無いワケで。

「と、言うわけで丘まで来ましたね」

「全員居るかー?小まめに点呼取るんじゃぞー?」

そうこうしている内に、目的地に到達した。
着いて早々に点呼を取る。
幸い夜間の行動にも関わらず脱落者は居なかった。
まずは一安心だ。

「で〜は、授業を始めるぞ」

本来の目的である。
丘から戦場を見下ろすような形なので、全体が見渡せる。
まだ暗いが、松明の火や激しく動き回る旗などが目印となっているので大丈夫だ。

「あれ、アカオニさんは?」

ふと気付いた。今まで一緒に行動していたアカオニの姿が無い。
まさかはぐれてしまったのか。

「あいつには周囲の警戒を頼んでおる」

彼女にも、本来の仕事が与えられていたようだ。
こちらから向かって後方の地域を警戒し、何かあればすぐに知らせにくると言う。

「ちゃんと働いてくれるんですかね」

「腕は確かじゃ…やる気にはムラがあるがの」

一方戦場では、やはり奇襲の効果は絶大なようで城方の軍勢が押していた。

「まず城方の軍勢が取っている陣形、あれは鋒矢と言う」

「えらく縦長ですね」

「その通り、少ない兵力で大軍を打ち破るときに使われる陣形じゃからな」

鋒矢とは、文字通り矢のように先の尖った陣形である。
先陣に鉄砲隊を配置し、真ん中に打撃力のある騎馬や槍隊を置く。
後方には大将を囲むように旗本などが居る。
その左右に、遊軍も配置しているようだ。
問題は、やはり騎馬戦力の不足だろうか。
それでも、まさに弓から放たれた矢の如く、敵陣深く突き刺さっている。

「押してますね…」

「早く陣形を整えろ…突破されたら大将首を取られるぞ…」

攻め手の軍勢は、正に混乱状態にあった。
そもそも、まともに警戒していなかったのだろうか。
寝床から飛び出し、寝間着のまま槍や刀を手にする者も見える。

「向こうはどういう陣形を取ればいいんです?」

「数なら攻め手が有利じゃからな、さっさと包囲する陣形を取らなければならない」

鋒矢の弱点とは、側面や後方からの攻撃である。
この為に攻め手は、防御する陣形を取る必要がある。
それも相手を囲み、後方から挟み込むような…

「防御なら…鶴翼ですか?」

「惜しい、鶴翼は駄目じゃ」

鶴翼は、文字通り鶴が翼を広げたような形である。
これなら、兵力が上回っていれば相手を包囲出来る。
しかし、相手が鋒矢の陣形であれば、前面を突破された時対処し切れない。

「ここでなら…衝軛か方円じゃろう」

「どう違うんですか」

「どちらも後方の戦力が大きい、中央を突破されても余裕があるんじゃよ」

「つまり、そのどちらかの陣形を取らないと」

「攻め手の負けじゃ」

既に城方は前面を突破しつつあった。
まだまだ勢いは収まらない。
攻め手の方も、ようやく体勢を立て直しつつある。
時間との勝負だ。
鐘や太鼓が打ち鳴らされ、銃声が響き渡り、喚声が上がる。
まさに戦場である。
合戦が、目の前で繰り広げられていた。
その様子を、生徒達は固唾を呑んで見守っている。
バフォメットも、気付いた事などを生徒達に説明している。
既に鉄砲隊などは後ろに下がり、槍隊同士のドツキ合いに移行している。
城方は、一部でも崩れればもう後は無いから必死である。
一方攻め手の軍は、崩れた部隊を後ろに下げて新手を繰り出すなど、
既に正常な状態へ戻っている。
ここへ来て、変化が現れた。

「立ち直りが早すぎる…まるでこれを誘っていたような」

不自然な動きだった。奇襲を受けてからの立ち直りが余りにも早すぎる。
確かに、まだ戦況は城方が押して有利である。
だが、そろそろ攻勢限界になりつつあった。
兵力の少なさがもろに影響し出したのだ。
城の守備を差し引いても、800は下回るだろうとバフォメトは予想する。
分散して布陣しているとは言え、攻め手は本陣だけでも3000はあるだろうか。
前線の部隊に比べて後方の部隊は既に秩序を回復しつつある。
どうにもこれがキナ臭い。
まるで、初めからこういう展開を予期していたかのような動きだ。

「これは…」

「どうしたんです先生!」

まずは後方の守備を固める。
そして敵を引きつける。
更に極め付きには、側面や背後からの一撃を加えればいい。
と言う事は…だ。

「横か!!」

バフォメトが声を荒げる。
何かに気付いたのだろうか、生徒達はぽかんとした顔でそれを見守っている。

「…おーい!大変だー!」

その時である、後方で警戒を行っていたアカオニがこちらに向かって来た。

「あれ…アカオニさんだ」

「またサボリっすか」

「アホ!違うって!」

「…どうした?」

バフォメットがそれに応える。

「こっちに向かって来てるぞ!」

「援軍か」

「そうそう援軍が…って何でわかった!?」

バフォメットの総てを見透かしているような態度に、アカオニが狼狽える。
生徒達もまた、何が起こったのか理解出来ず黙って二人のやり取りを見つめていた。

「後ろから…攻め手の援軍がきておるんじゃろ?」

「ああ、1000くらいは居るぜ」

「せ、先生…それって」

「それがこちらへ向かってきている、と」

「そうだよ…」

生徒達の間にパニックが広がった。
自分達がいる丘の後ろから、援軍が向かって来ていると言う。
それも数が多い。
巻き込まれたら一溜まりも無いと誰もが理解出来た。
どうやら援軍の進行上に自分たちが居るらしい。

考えてもみれば、当然の事だ。
この決して大きくないであろう城を攻め手はぐるりと囲んでいる。
一方に何かあれば、相互に支援し合うのも造作も無いだろう。
無論、行動が早すぎる点も不可解だが…。
これは事前に予定されていた行動なのだろう。
つまりは罠。

「スパ○タ人が居れば…!」

「何言ってんだお前」

一刻も早くこの場から移動しなくてはならない。

「移動するぞ!全員わしについて来い!」

手早く荷物を纏めたバフォメットが叫んだ。

「どこに逃げるんだ?」

「森の中へ行くぞ!」

バフォメットを先頭に、アカオニが最後尾を守る。
しかし、いざ動き出そうとした時には、すでに騎馬隊が此方に向かってきていた。
馬上の人物の姿がハッキリ見える距離まで接近されている。
振り返ったバフォメットは焦った。
このままでは戦闘に巻き込まれてしまう。
そう思ったバフォメットは、自ら得物を携え踵を返した。

「先生!?」

「わしが時間を稼ぐ、お前たちは先に行け!」

「お前…!」

「先頭は任せたぞ!生徒達を導いてくれ!」

「戦わねえって言ってなかったか!?」

「心配するな!人は狙わん!」

バフォメットが騎馬隊に向け駆け出した。
アカオニや生徒達が引き止めも振り切って一人で駆けていく。

「しゃあねえな…行くぞ!」

「先生はどうするんだよ!」

「魔物ナメんな!このくらいで死ぬかよ!」

尚も渋る生徒の首根っこを掴みながら、アカオニが走り出した。
その姿をチラっと横目で確認したバフォメットは更に走る速度を上げる。

「もうこれを使う事は無いと思っておったんじゃがな」

自身の得物…身の丈以上はあろうかと言う大鎌だ。
重心を低くし、得物を横に構える。
騎馬隊の先頭を行く者も、こちらの姿を視認したようだ。
十文字の形をした槍を構え、雄叫びを上げながらこちらに向かってくる。

「狙いは馬…」

人に攻撃は出来ない、なら馬を壊すしかない。
更にお互いの距離が縮まる。
相手は馬上からこちらを突くつもりだ。
チャンスは一度、すれ違う瞬間を狙う。

「来いやぁ!!」

相手が叫んだ。
バフォメットも、足を止め、しっかりと地面を踏みしめる。

「悪く思うなよ!」

相手が槍を突き出し、お互い交差するその瞬間を狙い、大鎌を水平に振り抜く。
物凄い衝撃が腕に伝わる、だがそれも構わず力任せに振りぬいた。。
衝突音が響き渡り、右前足を叩き斬られた馬が頭から地面に崩れ落ちる。
その拍子に馬上の者も宙に放り出された。

「し、痺れる…」

バフォメットの方も、腕の痺れがひどい。
だがじっとしてはいられない、間髪をいれずに駆け出した。
騎馬がもう一騎、こちらに向かってきている。
今度は交差する瞬間、大鎌を下から上に振り上げ、馬の顎に刃を突き立てる。
そのまま力任せに馬を引き倒した。
手綱を握ったまま、馬上の者も馬と一緒に地面に横倒しになる。
それを見て、後続の集団の足が鈍る。

「生きとるか!?」

打ち所が悪ければ、落馬しても死んでしまう。
そうなってしまったら余計ややこしい事態になる。
幸いにも、最初に倒した者はフラフラしながらも自力で立ち上がっていた。
二番目の者も、気を失ってはいるがどうやら目立った外傷も無い。

「馬には悪い事をしたな…」

人は無事とは言え、動物を殺めるのはやはり心が痛む。
特に軍馬は貴重なのだ、場合によっては雑兵の命より重い事もある。


それでも、何とか相手の目を此方に引き付けるのには成功したようだ。
だが更に新たな問題が発生してしまった。

「しまった…」

気が付くと、周りを騎馬隊に囲まれていた。
後続する徒歩の兵士達も続々とこちらに集まってくる。

「童女かと思えば…見慣れぬ妖怪だな」

その集団から騎馬が一騎、前に出て来た。
どうやら指揮官クラスの人物のようだ。
黒塗りの甲冑の上から、茶色の陣羽織を羽織っていた。
胴には稲穂の金箔押が描かれている。
兜は黒く、目立った装飾は無い。
口元などは頬当てで隠れており、その表情を読み取る事は難しい。

「敵か?」

「いやいや、我らはただの戦見物をしておっただけじゃ」

「ほう、これで見物のつもりか?」

「殺してはおらん、見逃しては貰えんかな」

「そうか、そうだな」

顔が見えなくてもわかる、この男はまだ若い。
指揮官の質がよくわからないので、迂闊な行動は取れない。

「騎馬隊は先行しろ」

しばし間を置いてから、部下に指示を出す。
それを受けて、騎馬隊が駆けていく。

「では、わしもこれで…」

それを見てバフォメットが踵を返す。
相手が戦う気は無いと判断したのだろう。
早く皆と合流しなくてはならない。
そう思い駆け出そうとしたのだが…
だが、バフォメットの進行方向を足軽達が回り込んで塞いでしまった。

「うん?」

「誰が行って良いと言った」

「駄目かね?」

「悪いが見逃すわけにはいかん」

刀を抜き、馬をバフォメットの正面へと進める。
足軽達も槍を構え、バフォメットを牽制する。

「騎馬をこれ以上減らすわけにはいかんのでな、雑兵で囲んで揉み潰す」

「ほう、か弱い女子一人相手にこれ程の…」

「偽るな、お前は人では無いだろう?」

再び、バフォメットが得物を構え直す。
それに呼応する形で、相手も動きだした。
徐々に包囲の輪を縮めてくる。

「討ち取れ!首はいらん」

無能では無いが、少し思慮が足りない。
ちゃんと育てれば、一端の指揮官になる可能性は十分ある。
足軽達が声を上げる。
それに呼応して、バフォメットも勢い良く地面を蹴る。

「教育してやろう」

目指すは馬上の指揮官。
狙いを定め、思い切り得物を振りかざした。



















「何とか逃げ切れたみてえだな…」

所変わって森の中。
バフォメットが囮となっている間に、アカオニ一行は何とか目的地まで逃げ切れた。
森の中とは言うが、その場所は最初に夜営した場所から近い。
あらかじめ、緊急時などの集合場所を定めていたのが良かったのだろう。
何の迷いも無く一直線にその場所まで到着出来た。

「人数確認すっぞー!全員居るか?」

最早恒例となった点呼作業である。
生徒達を預かった以上は全員無事に…

「26」

「27」

「28」

…………


「後1人は!?」

なんと言うことでしょう。
またしても1人、生徒が消えてしまった。
必死に周囲を探すが、結局発見出来なかった。
探しに行くと生徒達が言い出したのだが、二次遭難の危険もある。
アカオニは必死にそれを押し留めた。

「あの野郎…何してんだよ」

いずれにせよ、バフォメットが戻らない事には何も出来ない。
待つしかないのだ、この状況では。

「ったく…こんな話に乗るんじゃなかったぜ」

「はぐれた奴って誰だ?」

「さっきまで一番後ろに居た奴だろ」

「ああアイツか…じゃあ大丈夫じゃねえの?」

意外な事に、はぐれた生徒を心配する声は少なかった。
不審に思ったアカオニだったが、あえて理由を聞こうとはしなかった。
とにかく、今はこの場所に留まり、バフォメットの帰りを待つ。
それが最優先である。




























まずは自分の置かれた状況を確認しよう。
1つは皆に置いていかれた事。
これは大問題だ。
最後尾を走っていたらいつの間にかこうなっていた。
気付いた時にはもう遅かった。
言われていた事を思い出し、必死に森の中へ駆け込んだ。
集合場所は森の中。と先生は言っていた。
でもその場所がどこかさっぱりわからない。
とりあえずさっきまでキャンプを張っていた場所を目指そうと思うのだが…
どうも暗い森の中と言うのは始末が悪い。
辺りを見渡してもすべて同じに見えるからだ。
目印も無く歩き回れば、かえって逆効果になる。
そう、つまり迷子になるのだ。

「まあ、実際迷子になったんだけどね…」

経験者は語る。
だが物事はポジティブに考えなくてはいけない。
きっとこれも良い経験になるだろう。
生きて帰ればの話だが。

「……」

想像してみる。死んだらどうなるのか。
まず可能性が高いのが凍死である。
冬の、しかも森の中である。
一応の防寒対策はしているのだが、それでも寒い。
容赦なく体力が削られていくのがわかる。
次に餓死。
食料の蓄えも少ない。
なにせ一食分くらいしか持参していないのだ。
それもさっき寝る前に食べてしまったのでもう無い。
食べ物くらい探せばいくらでもあるだろうと思ったそこのあなた!
それは大間違いだ。
サバイバル関係の知識など皆無な人間に狩が出来るだろうか。
その辺に生えている草や茸などを選別出来るだろうか。
はっきり言って無理だ。
所詮温室育ちの世間知らずだって事が痛いほど理解出来た。
そして最後は襲われる心配である。
獣の類に襲われたりするならまだいい。
人に襲われでもしたらどうなるか。
武器も持たず、1人さ迷い歩いている自分など格好の標的だろう。

「で、その最も恐れていた事態に直面しちゃったんだよなぁ…」

「さっきから1人でブツブツと何を言っているんだ」

独り言を呟いていたら返事が返ってくる。
つまり、今自分は1人では無いのだ。

「君が普通の人ならどれだけ嬉しかった事か…」

「何だ?今更怖気付いたのか」

「だから、何でそんな展開になるのさ」

「それは決まっているだろう?私がリザードマンだからだ」

「まずそれがおかしいと思うんだけど」

何でジパングにリザードマンが居るんだよ。
まずそれについて突っ込みたい所なのだが、そうもいかない。
何故なら相手が既に臨戦態勢を整えているからだ。




彼女と出合ったのは、森の中で彷徨い始めてすぐだった。
最初は仲間だろうと思い必死に後を追いかけた。
ちゃんと確認しなかったのが悪かったんだろう。
違うと気付いた時にはもう遅かった。
彼女も既にこちらを視認していたのだ。

「リザードマンくらいお前の国にも居るだろう?」

「ジパングに居るとは聞いた事が無かったよ」

「なら良かったな、新発見だぞ」

「良くないって」

リザードマンの習性は知っている。
彼女達は強い者に勝負を挑む。
負ければそれで終わりだ、命まで奪う事は無い。
勝てば、無理矢理妻にさせられると言う。
本来なら自分にとっては全く無害な魔物のハズ。
なぜなら、自分は剣士でも兵士でも無い。
ただの学生なんだから。

「まあそんな事はどうでもいい、首を貰うぞ」

これである。
はっきりと殺意が見てとれる。

「だから何でよ」

「首の1つ2つ持って行かないと恩賞が貰えないからだ」

「僕一般人なんですけど」

「異人の首なら物珍しいだろう」

「そ、そんな…」

「それが嫌なら身包み剥いでやろうか」

「裸は嫌だなぁ」

「なら仕方ない、代わりに首を置いて行け」

「これじゃあまるで盗賊の類だよ」

「雑兵など盗賊と似たようなものだ」

毎日生活するのに必死なのだよ…と彼女が小さく呟いたのが聞こえた。
彼女の手には、大きく刃が反り返った刀がある。
曰く刀ではなく太刀と言うらしい。彼女が教えてくれた。
彼女もまた、他の兵士と同じように鎧を身に纏っている。
勿論ジパングのものだ。
兜は被って居ないが、その他の部分は完全防備と言ってもいい。

「構えないのか?」

左足を前に出し、太刀を上段に振りかぶる。
話はもう終わりだと言わんばかりにジリジリと圧力を加えてくる。
何とか話し合いで解決したかったのだが、無理そうだ。
しかしどうしたものか、こっちは武器なんて持っていない。
徒手空拳で挑め?無茶を言いなさんな。


「その短刀を使えばいいだろう」

「これは違うって。ただの山刀だよ」

「そうか、それを使え」

「やだ」

「使え」

彼女が先ほどから使えと煩いのは、僕の腰から下げているマチェーテ。
これは単に山に入る為に必要な藪漕ぎ用の刃物だ。
戦闘用ではなく、農業用や林業で使われる物なのに。
武器の持ち込みは禁止だが、用途が用途なのでこれは先生からも許可されている。
しかしまさかこんな展開になろうと思いもしなかった。
だいたいこれは先端も矩形になっている。
突いたりする事なんて想定されていない。
刃渡りは40cm程で重さもそこそこ。
短刀みたいにブンブン振り回せるものでもない。

「これ父さんのだからさ、変な事に使うと後で怒られるんだ…」

「使わないともう父に会えなくなるが、いいのか?」

「……」

それを言われるとどうしようもない。
自分を殺そうとしている相手に正論を吐かれるとは…

「そういう目的で使ったこと無いんだけどなぁ」

意を決して、マチェーテを鞘から取り出す。
さてどうしよう。
さっき言った通り、これは武器とは呼べないものだ。
適当に草木を刈るように振り回したりすればいいんだろうか?
1回2回と、感覚を確かめるように手に持った山刀を振り下ろす。

「ようやくその気になったか!」

それを見て、向こうは向こうで妙にテンションが上がっている。
何だろうこの展開、非常に申し訳ない気持ちで一杯になる。
やる気もクソも、無いんだけどな…
とりあえず、彼女をがっかりさせて忍びない。
それっぽい構えをとらなくては。
…相手の心配するこっちも大概だなぁ…
などとしみじみ思いながらも、何となくマチェーテを左手で逆手に持ってみる。
姿勢を低くし、左手を頭上に掲げる。
さらに峯側を彼女に向けると、予想外の反応が返ってきた。

「むう…その構えは!」

「えー…?」

何か感心された。
どうやら上手く騙せたようだ。
まずは一安心。
でも何だろうこの罪悪感は…
生きて終わったらまず彼女に謝ろう。

この構え、後で知った話ではどうやら割と名の知れた流派の戦闘術に似てたらしい。
世の中割と適当に出来ているんだなとしみじみ思った。

「では行くぞ」

しばらくの間対峙する。
それに焦れたのか、そう言うと彼女が勢いよく斬り掛かって来る。

「ちょっと待って!」

いざ始まると体が動かない。
何かいい考えは無いかと頭を必死で使う。
奥に詰め込んだまま放置していた知識まで引っ張り出してフル活用する。
そんな中で、ある事を思い出した。
前の授業で、バフォメット先生が教えてくれた事だ。

『素人が武器を持った相手と戦う事になったらどうすればいいんですか?』

とある生徒が聞いた、すると先生はこう答えた。

『本気でヤバイと思ったら相手の懐に飛び込めばいいんじゃね?』

その時、面倒臭そうに鼻を穿りながら言っていたのも思い出して妙な気分になる。
あの人は女を捨ててるんじゃないかと今更ながら思う。


教えられた通り、こっちも体を動かし彼女の懐に踏み入って、何とか攻撃をかわそうと試みる。
すると偶然にも、左手で太刀の柄部分を受け止めるような形になってしまった。

「何だと!?」

「マジで!?」

同時に驚いてしまう。
予想以上に上手くいった。
そう言えばこんな事も言ってたな…

『何かカタ〜イもので相手の得物を防げばいいんじゃね?』

『やる気無い上になんか卑猥な響きがしますね』

『うん!』

『ハッキリ言うな』

それを受けて、彼女の体勢が後ろに反れる。
こっちもつられて、自分も体を彼女の方へ傾ける。
わかりやすく言えばこっちが相手を押し倒すような体勢だ。

「あ…!」

ここで気付いた。
このままでは、逆手に持ったマチェートの刃が彼女の喉笛を切り裂いてしまう。
それだけは避けなければ!
そう思いとっさにマチェートを手放した。
だが勢いが収まらない。
結局、そのまま彼女と一緒に地面に倒れこんでしまった。
彼女の上に折り重なった瞬間感じたのは、意外と柔らかい体なんだなぁと言う事だった。

『押し倒してから相手が持ってる武器をボーン!とやってガーン!とやって首をブシュアッ!!と』

『擬音に頼るな!』

やっぱり今の記憶はまた引き出しに閉まって置こう。
微妙に役に立ったとも言えなくも無いけど…
もう出す事も無いだろう…うん。












「痛い…」

「ごめんなさい…」

「すっごい痛い…」

「ほんとすいません…」

「この、腰と足の付け根辺りの真ん中からちょっと斜め右にズレた所が凄く痛い」

「細かいなぁ」


何故かこっちが平謝りするハメになった。
先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。
彼女は膝を抱えて地面に座り込んでいる。
僕もその傍らに腰掛けながら、彼女を気遣う。

一緒に地面に倒れこんだ時点で、彼女の戦意は喪失していた。
甲冑は結構重いんだとか。
兜無しでも15キロ近くはあるらしい。
ジパングの鎧は独特だ。
運動性の高さが特徴の一つでもある。
しかしだからと言って転んでしまえば受身が取り辛い、と彼女は言う。
打ち所が悪ければ重傷を負うくらいなのだとか。
幸い腰を打っただけで済んだが…
一歩間違えば取り返しのつかない事になっていたかもしれない。
他に外傷も無く、腰の痛みも徐々に治りつつある、と本人は言う。
彼女の名前、シズカだと名乗った。
名前を言うということは、警戒心を解いてくれたんだろう。
年は僕達と殆ど変わらない。
まだ若いのに…なんで戦に参加していたんだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、聞いてもいないのに説明してくれた。

「食い扶持を確保する為だ」

「へえ…」

「私みたいな『あぶれ者』はこうするしか生きる道がないんだよ」

彼女が静かに語り出した。
彼女の母親は変わり者だったらしい。
何の目的も持たず、気まぐれでジパングまで渡ってきたと言う。
そして普通の農民の妻となり生まれたのが彼女、シズカなのだとか。

「言ってはなんだが、母はちょっと変な人だと思う」

「うん、そうだね」





「大名が軍事行動を起こすのは秋から冬にかけての農閑期が殆どだ」

「農繁期は農民が従軍出来ないからだよね?」

「それもあるが、実際にはもう1つ理由があるんだ」

冬になれば、食料が不足する。
自分たちの村などで食っていけない過剰人口が大名の軍事行動に参加する。
敵地で食料などを得る為だ。
戦場での略奪行為は日常茶飯事であり、戦に勝てば戦利品を獲て凱旋出来る。
一石二鳥なのだ。

「でもな、よく考えてみろ。村から過剰な人員を出すなら、どういう面子を選ぶ?」

「それはわかるよ。村を荒廃させず、生産力を維持するには…」

「あぶれ者しか居ない、と言うワケだ」

要するに口減らしの為に戦場へ赴いているのだと彼女が言った。
あぶれ者の中にも戦が終われば村に帰る者も居るが、殆どは戦場に残る。
戦場を往来し戦の中で生きる、所謂「雑兵」とはこのような人間なのだ。
自分のように、元々よそ者な母親、しかも魔物である者は、皆村を捨てると言う。
両親の為に、自ら村を出たのだと。

「農民はいつもこうだ…」

「そうは言うが、村は単に大名に従うだけじゃない」

「どういうこと?」

「村と大名の関係はあくまで相互依存、契約的なものだ」

賦役に応じる見返りに、大名の庇護を受ける。
もし大名や領主が無能ならば、農民は躊躇せず村を捨てる。
押さえつけるだけでは駄目なのだ。
村も抜け目が無い、出来るだけ自分たちの力を削りたくはない。
ので『あぶれ者』たる自分たちに白羽の矢が立つのだ、と。


「自分たちが飢えて、戦に赴き、他の村を襲うとは…因果な事だ」

敵とは言え、同じ階層の人を襲い、飢餓に追い込む代わりに自分たちが生き残る。
ジパングの社会状況が深刻である事を、初めて知った気がした。

「仮にも私も元農民なのにな…」

そして、襲われた村の者がまた別の村を襲う。
この繰り返しが、この国の現実。

「黄金の国?誰が言ったのか知らんが、相当な阿呆だな」

そう言うシズカの顔を見ると、何も言えなくなる。




「しかし、雑兵生活もそんな楽なものでは無いんだよ」

飢えぬ為に戦場に赴くとは言え、戦場の中でも飢餓が蔓延していると言う。
最初に教えられたのは、食料を確保する事。
一応、大名の軍勢に属していれば給糧は確保出来る。
だがいつ給糧がストップするとも限らない。
最も、自軍が負けてしまえば、何もかも失ってしまう。
なので、まず敵地に赴いた時は『とにかく目に付く物はすべて拾え』
そう教えられた。

「草や木の実、根から葉っぱに至るまで…とりあえず拾って食べるんだ」

「葉っぱも?」

「ああ、葉っぱは馬のえさだ」

馬の世話なども忘れてはならない。


「松の甘皮を煮てな、粥のようになったものを食べたりもする」

その味を想像してみる。
とても食べられそうに無い、と顔を顰める。
それを見て彼女が笑った。
彼女の笑顔を見たのは初めてだ。

「食料が無くなると大変だ、味方同士で奪い合いなったりする」

自分も最初の頃は食料を奪われっぱなしだった…
そう言ってまた彼女が笑う。
随分過酷な環境で生きてきたんだろう。
自分には想像も出来ない。

「私の尻尾も狙われた事があってな、
 寝込みのスキをついて尻尾を切り取られそうになったりしたものだ」

顔を動かさず視線をこっそり尻尾に向けてみる。
確かに、付け根付近に大きな傷跡が見えた。

「配給は日に米1枡…塩や味噌も配給される、それを10人くらいで分けるんだ」

当然これも地域や状況に応じての増減がある。
一度に数日分以上は貰えない。
余ると酒にして飲んでしまったりするからだ。
勿論、銭や銀なども支給される。
戦場には商人が集まるので、そこで食料などを購入したりするのだとか。

「大変だね」

話が食べ物関係ばかりなのはこのさい突っ込まないでおこう。

「私は貧乏だから…今身に着けている物も殆ど人から奪ったものだ」

「そうなんだ」

話の流れから、刀や鎧の類は母親から譲り受けたものだろうと勝手に思っていた。

「どうやら母は戦う道を完全に捨てたようでな、武器や鎧も私が生まれる前に既に処分したそうだ」

「農民やってるリザードマンか…」

「妙なものだろう?」

確かに、イメージの中にあるリザードマンとは少し食い違う。
でもそれに対して何か言うつもりは無い。
むしろそんな恐れ多い事を言えるはずもない。
だって僕の家も農民一家だもの。


「正直今回の戦は微妙なんだ、すぐ終わりそうでな」

「あー先生もそんな事言ってたよ」

「先生?」

今度はこっちの事情を説明する。
何故自分がこんな場所に居るのか、こんな状況に置かれたのか。



「そうか、道に迷ったのか」

「理解が早くて助かるよ」

「しかし困ったな、早く仲間と合流しないと危ないんじゃないか?」

「そうなんだけどね…土地勘も無いのにヘタに動き回っても…」

最初の課題に戻ってしまう。
せめて夜が明けてからと思っていたのだが…
そうなるともう集合場所から移動しているかもれない。

「なら、一緒に探してやろう」

「えっ?」

そう言うとシズカはおもむろに立ち上がった。
腰の痛みはもう治ったと言う。

「だって君…勝手に動いちゃ雇い主に怒られない?」

「君とは他人行儀だな、名前で呼んでくれ」

「いやさっきまで他人だったじゃないか」

「今すぐにでも深い仲になりたいと言うか…異国の男は積極的だな」

「とりあえず落ち着いてくれないかな」

シズカが両手をワキワキさせながらこちらににじり寄って来る。
どう見ても不審者だ。

「大体私は君に負けたんだ、だから君について行く。駄目か?」

「その設定まだ生きてたんだ」

「その通り、何なら今から設定通りにこの場でまぐわってもいいんだぞ?」

「申し出は有難いけどさ、さっさと皆と合流したいんだよね」

大体こっちはまだ心の準備が出来ていない。
偶然とは言え、リザードマンに勝ってしまった事を今更ながら少し後悔している。


「心配するな、私がちゃんと仲間を見つけ出してやる!そして共に帰ろう」

「どこに」

「君の国へだ」

「来るの!?」

「ご両親に挨拶しないとな」

「そうだ!シズカのご両親はどうなのさ」

「問題無い、元々帰るつもりなど無かった」

「異国だよ?絶対心配するって」

「便りがないのは無事な証拠と言うだろう」

困った。
いや、良いんだよ。凄く心強いし。
別に彼女が嫌いなワケでもない。
でも問題は他にある。

「絶対何か投げられるよ…」

最初の行方不明者が出て、どうやら狐に囚われたという話を聞いた時だ。
嫉妬した連中に混じって『石ぶつけてやろう!』と声高に叫んだのも僕だ。

「ハァ…」

ため息が出る。

「ジパング撫子に習って、3歩進んで2歩下がりながらついて行くぞ」

「つまり1歩下がってついて来るのね…」

ボケたつもりなんだろうか、非常に突っ込み辛い。
大体そのネタは若い子がついて来れるのかもわからない。

とりあえず、彼女と並んで歩きだす。
元々僕と遭遇したのも何か食べるものを探していた途中だったと彼女は言う。

「食べる事ばっかりだよね」

「食わないと死んでしまうからな」

「ごもっとも」

「そうだ、食べるか?」

そう言ってよくわからないものを差し出して来た。

「何これ」

「さっき拾った根っこだ、齧ってれば柔らかくなる」

「結構です…」

「そうか…ならこのよくわからん幼虫は」

「今あんまりお腹減ってないから…」

「む…ではとっておきの濁酒でもどうだ」

「お酒?ならいいかな」

胸元に下げていた瓢箪の栓を抜き、差し出して来た。
濁酒と言うお酒らしい。
米が原料なので、余裕があれば作るんだとか。

貴重品を勧められては断るのは失礼だろう。
瓢箪に口をつけると、ドロっとした液体が喉に流れ込む。
仄かに甘い、まろやかな味が口の中に広がる。

「美味しいよこれ」

「気に入って貰えて何よりだ」

瓢箪を彼女に返すと、そのまま飲み口に口を付けた。

「うん、美味いな」

「自分で作ったの、これ?」

「そうだ。余った米を噛み砕いてから瓢箪に…」

「いや、製造方法はいいよ」

聞けば色々意識してしまいそうになるから。
さてこれからどうなるのか。
合流しないとそもそも家にも帰れない。
早く皆を見つけないと…



















「あ、フラグが立ちやがった」

「あのヤロー!自分であんな事言っといて!」

酔っ払いが騒いでいる。
バフォメットを待ち続けるアカオニ達である。

「マズったか…」

まずは寒さを凌ぐ為に火を起こした、冬の夜は冷える。
防寒具など一式はバフォメットが持っているので、これ以上どうする事も出来ない。
ので、アカオニが緊急手段として自分が持っている酒を生徒達に振舞った。
それがいけなかったのだろうか。
飲ませたのは少量だったが、ほぼ全員が酔っ払ってしまった。

「ちょ〜っと度がきつかったかな」

大声で叫ぶ者、泣いたり笑ったりする者、吐いたり眠り込んだりする者と様々である。

「まあ、これだけ騒げば熊も寄ってこねえだろうけどよ」

このドンチャン騒ぎを見れば、悪党、野伏の類でも逃げ出すだろう。
丁度はぐれた者に対しても良い目印になるハズだ。
アカオニ自身も、楽しんでいる。
長らくこんなに大勢と騒いだ事は無かった。

「しかしまあ、見れば見るほどアホ顔ばっかだなぁ」

いかにも世間知らずな、無垢な顔をした子供ばかりだ。
こんな連中を何十人も率いているバフォメットの苦労たるや。
想像以上に困難な事だろう。


段々と東の空が白んで来た。
もうすぐ夜明けが訪れる。
先ほどまで遠くから聞こえていた喧騒も、今はもう無い。
戦いが終わったようだ。
きっとバフォメットももうすぐ戻ってくる。
根拠のない自信だが、ここに居る誰もがきっとそう思っているハズだ。

「アカオニさ〜ん!」

「どうした?」

「脱いでいいっすか!?」

「……」

そう思っていて欲しい。

だが確かに、暗くなっていては仕方がない。
そもそも自分の長所は、どんな時でも明るいこの性格じゃないか。
そう思ってアカオニもこのドンチャン騒ぎに参加しようと、集団の中に割って入る。

「オラッガキ共!俺様が本当の酒の飲み方ってやつを教えてやんよ!」

「ヒィッ!?」

「ね、姐さん!?」

「お助けぇ!!」

「俺はまだ死にたくねぇ!!」

「チェンジ!」

露骨に避けられてしまった。
少しは打ち解けたかと思ったのに…
アカオニは泣いた。

「ああ泣いたアカオニってそういう…」

「…よしお前、一緒に飲もうか」

「え…?」

うっかり口を滑らせた哀れな生徒がアカオニに捕まってしまった。
その様子を眺めつつ、迂闊な事は口に出さないようにしようと誓った生徒たちであった。





10/12/15 18:11更新 / 白出汁
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■作者メッセージ
こう原住民がワァー!!っと襲ってきたり。
突然岩がゴロゴロゴロゴロー!!っと転がってきたり。
川に入ると水面がバシャバシャバシャ!!っとなったり。
うん…大好き。

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