連載小説
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恐怖の人食い妖怪!!密林の中に人間が食われる瞬間を見た!

「と言う訳で、今日は教室を飛び出して野外授業を行いマース」

「いろいろ説明吹っ飛ばし過ぎじゃありゃしませんか」

「めんどい」

「またそんな…」

妙にテンションの高い彼女とは対照的に、生徒たちの表情は皆暗かった。
それもそのはず、この人物の授業はいつもこうだ。
思いつきやその場の勢いでコロコロと授業内容を変更したりする。
この前など生徒を魔物達に売り渡すと言う暴挙に出たばかりだ。

「なんでこの人クビにならないんだろう…」

前々から疑問に思っていた事だ。結局彼女はしばらく謹慎するだけで仕事に復帰していた。
何か見えない力が働いたのだろうか、黒い噂は絶えない。

「頭ばかり使うと老けるぞー、体動かすんじゃ体!」

当の本人はそんな噂はどこ吹く風と言った具合である。
そんな姿が更に生徒達の気分を重くさせる。
事の発端は数日前に校内の掲示板に貼り出された連絡事項だった。

「今回だけは募集制って所が余計気になるな」

野外授業を行うに当たって、志願する生徒を募集すると言った内容。
珍しい事なので、その話は学生達の間でちょっとした議論の的になっていた。

「どうせ大した事じゃ無いんだろうと軽い気持ちで志願した俺が間違ってた…」

その事を思い出した生徒達の表情が更に曇る。
実は募集要項に記されていた注意事項には、このような事が書かれていた。

『また、いかなる事態が起ころうとも当校は責任を負いかねます。
 あくまで参加は自己責任でお願いします』

「と言うか注意書き小さすぎだろ、虫眼鏡使わないと見えねえよ」

「詐欺だよ詐欺」

世の中いつも騙されるのは善人ばかりだ。
この事に気付いた生徒は皆無であり、彼女…バフォメットの口からその事を知った。
言って見れば騙されてホイホイ着いて来てしまったバカが何人も居る事になる。
流石に女子生徒は勘が鋭いのか、1人も参加していなかった。
その事が更に生徒達のやる気を削ぐ。

「人を簡単に信じてはならん…今回は授業を始める前から勉強になったじゃろう?」

「訴えたら勝てるよね絶対」

「訴える前に消されそうだわ…」

もうここまで来たら従う他無い。
人望があるのか無いのかよくわからないが、その能力の高さだけは万人が認めている所である。
もう少し性格がまともであれば…と誰もが口を揃えて言うのはご愛嬌だ。

「えー、では授業に入る前に注意事項をいくつか言っておく」

事前に配られたプリントの束を捲る。
その表紙にはきったない字で『たびのしおり』と書かれていた。
文字の他には、これまた汚い蝶のようなものやら花のようなものが描かれている。

「完全に子供のセンスだよこれ」

「じゃあまず3ページから379ページまでをご覧くださ〜い」

「長いよ!」

大体そんなにページ数は無い。
よくわからんボケは放って置いてとにかくページを捲ってみる
そこには日中のスケジュール予定表が綺麗な字でビッシリと書かれていた。

「別人が書いたみたいだ」

「別人が書いたんじゃよ」

「あっさり認めやがった」

予定では、まずは結団式を行う手筈となっている。

「面倒じゃからここは省きま〜す」

「せめて予定通りしましょうよ」

一気に数ページ程すっ飛ばされてしまった。
今回の授業の名目、それは異文化交流だと言う。
前回ジパングに関する授業を行ったので、大方予想は出来る。
普通なら辞退者が続出するような状況なのだが、辞退出来ない理由があった。

「人呼んで、バフォメット探検隊じゃ!」

「急に原住民に襲われたり不自然な岩が転がってきたり木に登ると毒蛇が居たりするんですか?」

「希望があればな」

「無いよそんなもん」

希望者は居なかった。

「何と今回の授業を受けた者には、無条件で単位を差し上げます!」

「これだよ」

「くやしい…!単位なんかに…」

口ではこう言っても、体は正直なものだ。

「こいつら仕舞いに単位で股開きそうじゃな」

「開きます!」

「やだ…カッコイイ…」

「いつまでやるんだよこの流れ」





「…と言うわけで〜現地では必ずわしの言う事を聞くんじゃぞ」

「何ですかもう〜」

かれこれ30分以上、バフォメットの説明が続いていた。
旅のしおりも既に3週目に差し掛かっている。

「シャキっとせんか!油断したら死ぬぞ」

「死ぬってそんな、戦場のど真ん中に放り出されたわけじゃあるまいし」

「その通りじゃよ」

「…ん?」

「今から戦場を見学して貰いま〜す」

「……」











「帰る!今すぐ帰る!」

「先生お腹痛くなってきました!」

「親から祖父が危篤だって連絡が!」

「うわー!もう駄目だァー!!」

「うんうん、皆喜んでくれて何よりじゃ」

今回の授業の内容も加えて説明された。
前回行った授業を踏まえ、こんどは実際に合戦が行われている様子を間近で見学すると言う。
注意事項としては、決して単独行動をしない事、引率のバフォメットの目の届く場所に居る事。
死んだら自己責任なので一切責任は取らないと言う事である。

「おい最後の」

「わしだって万能じゃないもん!」

「なんだよ『もん』って!」

「とにかく死にたくなければわしのケツについて来い」

「後ろからケツ蹴り上げてやりたいよ…」

この無謀な授業に参加した生徒達は総勢30名。
いかに損失を少なくして授業を終えるかが今回の作戦の鍵となる。

「損失て」

「心配せんでも、見える範囲に居れば必ず助けちゃる、見える範囲に居れば…な」

とにかく、今回の授業はこういう内容である。
はたしてこれが授業なのかと言う疑問はこの際置いておこう。





「で、ここは一体ドコなんですか?」

バフォメットを先頭に二列に並び、黙々と歩いている。
ここに至ってもまだ、1人の辞退者も出なかった。
言われたとおりバフォメットのケツを追う後ろの生徒がバフォメットに質問した。
そのバフォメットはと言うと、どこから取り出したのか…
自身の背丈を越える程の大鎌を手にしている。
まだこの辺りは安全だと言っているが、どこまでが本当かよくわからない。

「言って無かったか?」

「聞いてませんよ、と言うかホント変な場所ですねここ」

目的地は、しおりの中にも書かれていなかった。
曰く到着してからのお楽しみらしいのだが、そんな悠長に楽しんでいる暇は無い。
今歩いているのは森の中だろうか、そのくらいは辛うじてわかる。
校門を抜けてから結構な時間歩いているだろう。
だが雰囲気と言うのだろうか、皆が知っている森とはどこか違う。
木々で頭上を覆われ、昼近くなのに日光もあまり届かず薄暗い。
一度はぐれてしまえば、取り返しのつかない事になるだろう。

「寒いっす」

気を抜くと凍死しそうだ。

「ここいらはジパングでも南の地域といってもな、季節は冬じゃから」

「そうなんですか、ジパングのねぇ…ジパング?」

「そう、ジパング」

早くもネタばらし。
ここはもうジパングらしい。


















「どうしたお前達?」

自分達が今居る場所を聞いた途端、生徒達がその場に崩れ落ちてしまった。

「そんな…何でジパングに…」

「突然見慣れない光景が広がったからまさかと思ったけど…」

「移動魔法みたいなもんじゃ、ちゃんと帰れるから安心せい。わしが無事ならな」

「いつの間にそんなの仕掛けたんですか?」

「学校から出た時にじゃよ、気付かんかったのか?」

「この人数を一気に移動させるとか…ありえないでしょう」

「生憎魔力だけは腐るほどあってな、こんなもん準備運動にもなりゃせんわ」

「腐っても鯛ならぬ腐ってもバフォメットってやつですか…」

「誰が腐っとるんじゃ!まだまだピチピチの未使用品じゃわしは!」

「え…未使用!?」

「あっ…」

微妙な空気が流れた。

今の話は忘れろ、とバフォメットから厳命されたので生徒達は必死に記憶を消そうと苦心する。
このネタで弄れるだろうと思った者も居たが、バフォメットの表情を見ると思い直すほかなかった。

「表情だけで人殺せるよね…」

「こっちの方がよっぽど戦場より怖いわ」







今回見学するのは、攻城戦だとバフォメットは言う。
ここはジパングの中ではやや南に位置する場所である。
つまり、南方の近代的な攻城戦が見学出来るであろうと言う判断だ。
歩きながら先頭でバフォメットが説明する。

「ジパングって南方の方が栄えてるんですか?」

「南と言うよりやや真ん中辺りじゃろうな、都がある周辺はどこも栄えとる」

更に諸外国との交易などが盛んな地域でもある。
なので、異国の者に対しても比較的寛容と言えるだろう。

「じゃからわしらはそんな怪しいもんでもない」

「いや十分怪しいと思いますけど」

「ほれ、今回の主役が見えてきたぞ」

「強引に話題変えやがって…」

「典型的な山城じゃな〜」

森を抜けたバフォメットが指で示した先にあったのは、小さな山。
標高600m程のその山に沿って、塀や櫓などが建っていた。
初めて見るジパングの城に、皆目を見張った。

「ヤマシロ…って何ですか」

「そういえば城については教えておらんかったな」

バフォメットが言うには、ジパングの城とは自分達が普段目にするような物とは異なるらしい。
高い城壁に囲まれた都市、と言うのが一般的な城を指す言葉であったが、ジパングでは違う。
高く、石垣を積む構造。それがジパングにおける城であった。
その中で、山など天然の地形を利用した城が山城と呼ばれる。

「今ジパングでも戦場の様子が変化しつつある、何故だかわかるか?」

「鉄砲ですか」

「その通り、鉄砲が伝来してからと言うもの、ジパングでも軍事上の変革期を迎えておる」

「はぁ…そうですか」

「そして今回は、城側が負けるじゃろう」

「どう言う事です?」

「よく見て、学べ…そして自分で答えを導き出せるようにしろ」

特に将来騎士や兵士、傭兵の類を目指す者はちゃんと見ておけ。
そうバフォメットが付け加えた。

戦闘が始まるまではまだ時間がある。
城をよく見ると、ここからでも多くの旗や人の動きが見て取れる。
しかし、城を攻める方の軍勢はまだここに現れては居なかった。

「さてさて…こっちも人待ちついでに休憩に入るか」

「誰を待ってるんです?」

「現地案内のガイドさんじゃ」

「その人も魔物?」

「アカオニじゃ」

「なら…そこに」

生徒が指差した先に、大きな瓢箪を抱えて木陰で寝息を立てているアカオニが居た。
もしかしたら、彼女が例の案内人かもしれない。

「これじゃから酒飲みは…」

「起こして大丈夫なんですか!?何か嫌な予感が…」

「仕事放り出して昼間から酒飲んどるアホは成敗してやらんと…」

そう言うや否や、バフォメットはズカズカとアカオニの元まで歩み寄る。
そして思い切り頭に拳骨を見舞った。

「…いってぇ!!」

「やっと目覚めたか」

大地が震え、ガツンと腹に響く音が聞こえた。
そんな拳骨を受けてもなお、アカオニが反応するのは一呼吸おいた後だった。

「怖い…」

「怒らせたらヤバイな…」

力仕事は苦手だと言っていたが、流石に高位の魔物である。
まともに食らえば人間など一溜りも無いだろう。

「どこのクソガキかと思えば…お前かよ…」

「ご挨拶じゃな、酔っ払い」

「おかげさんで目が覚めたよ、ハッキリとな」

そう言ってアカオニが立ち上がる。
バフォメットと比べると大人と子供のような身長差だ。
それでもバフォメットは臆する事無く、アカオニを見上げながら話を進める。
アカオニと言えばかなり凶暴な部類に入る種族のハズだったが…

聞けばこのアカオニとの縁は奇妙なものであった。
遠く離れた異国の地、そこにこのアカオニの知り合いが居たのだ。
知り合うきっかけはそ共通の知人の紹介だとか。
全く持って人の縁とはよくわからないものである。
実際にこうして顔を合わせるのは、まだ数回らしいが。
手紙など色々な手段で遣り取りをしているので、意思疎通の面は心配ない。
とはバフォメットの言葉である。

「えーっと何だった…観光案内すんだっけ?」

「ちゃうわ!案内は案内でも観光と違う!」

「あ〜…そうか、戦場案内…だよな?」

「お前…ちゃんと説明聞いて無かったじゃろ?」

「大体合ってりゃいいんだよこんなもん」

「仮にも雇い主に対してそれは無いわ」

「それよりまだ始まってねえんだろ?合戦」

「うん?ああ…そうじゃな」

「意思疎通出来てないじゃん…」

アカオニが言うには、戦闘が始まるまではまだ時間があるという。
ここに来るまでに、攻める方の軍勢の動きを見張りながら移動していたらしい。
ので、それを計算した上で木陰で休んでいたのだとアカオニは主張する。
だがそれは寝ていた言い訳に過ぎないだろうとバフォメットは思っていた。
でも口には出さない。

「攻め手の数は?」

「1万ちょっとじゃねえかな」

「ふむ…」

アカオニの推察はほぼ正確だと思っていい。
本人が言うには旗の数や隊列の大きさなどで大体の数を割り出せるようになっているのだとか。

「城の兵力は?」

「さっき酒貰いに行って来たんだが…どうだろう…1000あるか無いかくらいじゃねえか?」

「お前…大胆な奴じゃな」

「気前良かったぜ〜、こっちが何も言わなくても酒持ってきたから」

そう言って手に持っている瓢箪を掲げて見せる。

「そうか…なら後詰めは来ないか…」

「城を枕に死ぬ気だろうな…ああ嫌だ嫌だ、辛気臭くてかなわねぇ」

酒は、味方の士気を上げるのに欠かせない重要なアイテムである。
それを惜しげもなく振舞うと言う事は、長期的な戦闘を予定していないのだ。
この戦い自体は、そんなに規模の大きいものでもない。
しかし、これは長年続く戦役の中の戦いである。
既にこの城の周りは敵の手に落ちている。

「短期間でバンバン城が落ちるたぁ俺も初めて見るぜ」

「勢力図が大きく塗り変わっとるようじゃな」

陸の孤島と言う表現がよく似合う、それがこの城だった。
要するに他に味方も居らず、補給も援軍も見込めない。
遅かれ早かれ落とされる運命にある城である。
バフォメットはそれを承知の上で、この場に赴いて来ている。

「持って2〜3日か」

「自棄になって討って出るかもしれねえ…見てて気持ちのいいもんじゃねえぜ?」

「だからこそ、見せたい。見せねばならんのじゃ」

「教育熱心だねぇ…」

アカオニが呟いた。
湿っぽい空気になってしまったが、まだ戦は始まっても居ない。
せめてそれまでは明るく振舞おうとバフォメットは小声でアカオニに言った。


「全員おるかー?点呼取るぞ」

しばらく休憩した後、遠くから大勢の人間がこちらに向かってくるのをアカオニが視認した。
それを聞いて生徒達の顔から笑顔が消える。
ここからは授業とは言え本当の戦闘を間近で見学するのだ。
事前に言われたように、バフォメットの指示通り動く事こそ最優先事項だ。

「せんせー…あの…」

「どうした?」

最後尾に居た生徒がバフォメットを呼ぶ。
それに応えたバフォメットが、ある事に気付いた。

「お前…最後尾じゃったか?」

彼女の記憶が正しければ、この生徒は後ろから二番目の位置に居たハズだ。
と言う事は、当然彼の背後にもう一人生徒が居るはずなのだが…

「僕、今最後尾で29人目です…」

「さっそく脱落者が…」

とにかくバフォメット先生の楽しい楽しい授業が幕を開けた。



































時間はバフォメット一行がアカオニと合流した頃にまで遡る。
列の最後尾を歩いていた生徒であるが、気がつくと道を外れ、森の中を彷徨っていた。

「迷子になった…」

これはマズイ、非常にマズイ。
遠く異国の地で集団から離れて道に迷ってしまった。

「あー死んだ。俺死んだわ」

ヘタに動くと余計に迷う、と言うより土地勘も無い場所で迷子になったと言う事は…
その末路は決定されたようなものだ。

「動物に襲われるんだろうか…」

ジパングに虎は居ない、居るのは狼や熊など。
襲われるとすればそれくらいだ。

「一番怖いのは人間だって先生言ってたな…」

バフォメット先生から教えられた事を思い出す。
合戦が終われば、死体や負傷者や敗走する者を狙う連中が出てくる。
他にも現地の武装した農民や落ち武者本人などに見つかるのも危険だ。
要するに戦場は危険で一杯だと言う事である。
そんな場所に俺一人取り残されてしまった。何と言う事でしょう。

「こんな事なら参加するんじゃなかった…」

散々歩き回って足が疲れた、もうあまり動けそうにない。
そうこうしている間に、見覚えのあるものが見えてきた。

「ここ…さっきも通ったよな…」

一目見てわかる、大きな切り株。
これはさっき目印代わりにしたものなので良く覚えている。
つまり…同じ場所をクルクル回ってまた戻ってきてしまったようだ。

「とりあえず休もう…下手に動いても同じだ」

そう一人ごちて、切り株に腰を下ろす。
緊張の糸が切れたのか、一気に疲れが溢れ出て来た。
小腹が減ったなぁ、そう言えば弁当持ってたっけ…
とりあえず腹ごしらえでも済まそう、そう思い肩掛けのバッグに入れてあった弁当を取り出した。
手作りの、とは名ばかりの適当に切った野菜やら肉をパンに挟んだものだ。

「あ…飲み物無いな…」

歩き回った際に、手持ちの水は既に飲み干してしまっていた。
カラカラに乾いた口の中に固形物を無理やり詰め込む様子を想像してみる。

「……」

俺は無言でパンを容器に戻した。
喉が詰まって死んでしまう。

「どうすりゃいいんだろう…」

左手で頬杖を突いて打開策を見出してみる。
だが、ハッキリいって何も思い浮かばない。
どうせ考えた所で死ぬのが少し遅くなる程度だろう。
そもそも俺はただの学生だ、何か特殊な能力を持っているわけがない。

「考えてみれば頭悪い死に方だよな」

遠く離れた異国の地で遭難死とは、何とも情けない。
ただの笑い話だ。
村でも探して助けを乞うか?
突然現れた異国人の俺をハイそうですかと助けるようなバカが何所に居ると言うんだ。
それに戦の前はどこも神経を尖らせていると聞く。
都合の良いように考え過ぎだ。

「かと言って、やっぱり悪いほうに悪いほうに考えちまうな…」

事態が悪化すると、人間誰もがネガティブな考えしか思い浮かばないものだ。
最悪のパターンをいくつも想像してしまう。

「ポジティブにねぇ…何をすりゃいいんだ全く!」

とうとう考えることを放棄してしまった。

「偶然通り掛かった優しい人に助けられたりしねーかなー!」

最早ただの願望である、そんな事を大声で叫ぶ辺りもう冷静な判断力が残って居ないのかもしれない。
それくらい追い詰められているのだ。

「お困りですか?」

どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。
ついに幻聴まで聞こえてきた。
そろそろ本気で危ないかもしれない。

「もし、聞こえてます?」

「聞こえちゃ駄目だ聞こえちゃ駄目なんだ!」

「そやけど聞こえてますよ」

「幻聴と会話するなんて…もう俺は駄目なんだ!」

「変な人…」

「そうだよきっと頭が変になったんだ…!うん?」

幻聴にしては嫌にハッキリと聞こえるな…
それにどうやら声が聞こえるのは頭の中からじゃなくてすぐ近くから…

「うわぁッ!?」

声が聞こえる方向に顔を向けて見る。
するとどうだろう、息がかかるような至近距離に、顔があった。
黒い髪に細目の女性の顔がこちらを見据えていたのだ。

「人の顔見て驚くなんて…失礼な」

「ひ、ひ…」

「ひ?」

「人だァー!!」

「ひぇッ!?」

夢にまで見た人だ。勢い余って抱きついてしまった。
柔らかい、それにほのかに香る甘い匂いが余計に安心感を際立たせる。
助かった、これで熊と戦ったり落ち武者狩りをちぎっては投げちぎっては投げしなくて済む。

「はぁ…地獄に仏ってやつだな」

「異国のお方はえらい積極的ですなぁ…」

ふと今の状況を考え我に返る。
この状態は非常にマズイのではないだろうか。
いくらうれしかったとは言え女性にいきなり抱きつくのはいかがなものか。
そう思い直し慌てて女性から離れる。

「す、すいません…心細くてつい…」

「迷子になったんですか?」

「まあ…そうです」

「それはまた…難儀な事ですねぇ」

落ち着いてこちらの状況を説明する。
俺の言う事にうんうんと頷いてくれるのだが、本当にわかっているのかちょっと不安になる。
話終わると、今度は彼女が自己紹介をしてくれた。
この辺に住んでいると話してくれた。
丁度今はキノコ狩りの最中だったとか。

「茸ですか」

「ええ…茸です」

「へぇ…この辺は茸が取れるんですか…」

「今日は本当に運がよろしいですわ…丁度生きの良いのが見つかった所です」

「それはまた…良かったですね」

「本当にねぇ…」

何だろうこの体中を舐めるような視線は。
まさかああ茸ってそういう…みたいな展開なんだろうか。

「よろしければ、家に来てくださいな」

「いいんですか?」

「小さい家ですが…お一人様くらいなら大丈夫ですよ」

「それは…ありがたいです…」

「では決まりです」

そう言うや否や彼女は俺の手を掴みそそくさと歩き出した。
俺もそれに抵抗せず連れられるまま歩みを進める。
この時、俺は致命的なミスを犯していた。
良く考えてみればまずははぐれた皆との合流を第一に目指すべきだったろうに…
何でホイホイ着いて行ってしまったんだろう…
今更後悔しても後の祭りである。




「最近は戦が多くてねぇ…」

「そう言えば、もうすぐここでも戦が始まるって」

「おや、よくご存知で」

「だからそれを見に来たんだって言ってるじゃないですか」

「はて?そうでしたか」

「やっぱり話聞いてないですよね?」

「いえいえ、そんな…」

目的地まで歩く途中、話をしていたのだが、やはり話題に昇るのは戦の話。

「残ったのはあの小さなお城だけ…いつまで持つやら…」

「先生はそれを見せたかったのか…」

「先生?」

「魔物なんですけどね…」

「なるほど…魔物…そうですか…」

よくわからないが、彼女は魔物と言う単語に反応したような素振りを見せた。
西洋の魔物が珍しいのか、はたまた恐ろしいのか…
彼女は俺にオサキと名乗った。
響きから言えばジパングっぽいといえなくも無い。詳しくは知らないけど。

そうこうしているうちに、オサキの住む家の前まで辿り着いた。
ジパングの家、と言うものを俺は初めて見た。
ので他と比較する事も出来ないが、そこで妙なものを見つけた。
平屋の隣に、小さな門に囲まれた動物の石像が鎮座していた。
見た感じかなり古いものだ、石像自体も苔などが全身を覆い尽くしている。

「オサキさん、これは…」

「それは、狐ですよ」

「狐ですか」

「それはもう悪戯な狐でしてねぇ…こうやって悪さをせぬよう封じ込めておるのですよ」

「そうですか」

その時は、土着信仰の類だろうと思いあまり気に留めなかった。
思えばそれがいけなかったのかもしれない。
歩き始めてそれ程時間は経ってないだろう。
やっぱり土地勘のある人は違うな…本当に助かった。

「狭い所ですが、どうぞ入って下さいな」

そうこうしている内に家の中へと通された。
質素な作りだが十分雨風をしのげるだろう。
丁度部屋の真ん中辺りに、床を四角く切った穴がある。
その中に灰や燃え滓などが敷き詰められており、まだ少し燻っていた。
天井からは先端が鉤状のものが吊るされて、下の方に魚の形をしたものが付いていた。
先端には鍋が吊るしてある。
聞けば囲炉裏というもので、ここで調理などを行う。
暖房や火種の役割も兼ねていると言い、この場が生活の中心になっているらしい。
その囲炉裏を挟んで向かい合うようにして腰を下ろす。

「白湯でもどうぞ」

「ありがとうございます」

程よく温度のお湯が乾いた喉にスーっと染み込んで行くのがわかった。
歩き疲れ冷えた体も温まる。

「本当に助かりました…あのまま森の中を彷徨っていたらどうなっていたか…」

「いえいえ、こんなものしか用意出来ませんで」

良い人だ、この人凄く良い人だ。
どこかの小さい悪魔に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

とにかく異国の人間が珍しいのか、うれしそうに俺の話を聞き入っている。
本当にちゃんと聞いているかはこの際置いておこう。
そしてふと食べ損ねた(と言うより食べるのをやめた)パンの存在を思い出し、それを取り出す。
物珍しそうにパンを見つめる彼女にも、一つどうかと差し出した。

「これはまた面妖な…」

「面妖って」

「ああ失礼しました…初めて見たものですから」

手にしたパンに顔を近づけにおいを嗅いだり。
色んな方向から眺めたりと中々面白いリアクションを取る。

「これは…このまま手で?」

「そう、こうやってかぶりつくんですよ」

手本を見せるように持っているパンに齧り付く。
特に新鮮さも無い、ただパンやら肉やら野菜の味が口の中で混ざり合っているだけだ。

「まあ豪快ですね」

「やってみてください」

そう言うと、意を決したのか恐る恐る小さく口を開けパンに齧り付いた。
初めて食べる物に戸惑いながらも口を動かす彼女を見ていると、凄く和む。
いや〜ホント、実は俺凄く幸せなんじゃ…

「これ…」

「はい?」

「これ…獣の肉が…入ってます?」

「ええ、塩漬けの肉ですね」

「それは…ちょっと困りましたね」

「あ、もしかして宗教上の理由とかですか!?」

ジパングではあまり獣の肉を食べないと聞いた事はある。
後は宗教的な理由などから食べられるものを制限されているなんて話も聞いた。
どうなのか知らないが、彼女が肉を口にする事を良く思っていないのは見て取れた。

「宗教…まあ似たようなものだと思います」

「す、すいません!よく考えずに軽い気持ちで大変な事を!!」

どうやら予想通り取り返しのつかない事をしてしまった。
こうなってしまってはどうしようもない。
謝罪の言葉を口にしながら必死で頭を下げるしかなかった。

「ああ違います違います、どうか頭を上げてください」

「許して頂けるんですか…?」

恐る恐る顔を上げてみる。
だが予想外な事に彼女の顔には怒りの色は見えなかった。
それどころか、何故か笑みを浮かべていた。

「ふふ…本当に良いものを見つけましたわ」

「えっ?」

彼女の言葉の意味がよくわからず、その場で固まってしまう。
するとどうだろう、今まで囲炉裏を挟んで向かい合っていた彼女が、急に立ち上がった。
かと思えばこちらに近づき、俺のすぐ隣に腰を下ろした。

「えっ?えっ?」

「聞きたいですか、理由を?」

そう言って体を傾けて来た。
こっちもたれ掛かるような体勢で、上半身を密着させる。
突然の事態に頭が真っ白になった。
急にですよ奥さん?なにこの展開…

「冗談ですよねオサキさん?」

しかし、流されるわけには行かない。
そもそも、自分は迷子なのだ。
一刻も早く仲間と合流しないと、最悪一人異国の地に取り残される危険がある。
好意は嬉しいのだが、俺はそんな事をして良い立場じゃない。

「酷いお人ですねぇ…その気にさせるだけさせて、後は知らん顔ですか」

「その気にって…俺まだ何もしてませんよ!?」

「やりましたとも…とてもいけない事を…」

「!?」

気がつくと、押し倒されていた。
彼女が俺の上に跨り、こちらを見下ろしている。

「いつの間に…!?」

一瞬の出来事だった。
何故俺は抵抗しなかったのか、自分でもよくわからない。
と言うよりさっきから妙な感じがする。
足や指の先が痺れるような、そんな感覚。

「これって…まさか」

「言ったでしょう、悪戯な狐だと」

彼女は黒い髪だった、それがどうだろう。
今俺が見上げている彼女の髪の色が、先の方から徐々に鮮やかな金色へと塗り変わっていく。
鋭く見開かれた目が、こちらを見つめている。
その目を見ると、何故か抵抗する気が失せて行く。

「少し、昔話をして差し上げましょう」

両手で俺の頬を掴み、自分の顔を近づけて来た。

「は、話…?」

痺れが体中に広がっている。
頭を必死に左右に振るが、

「むか〜しむかしのお話です」

彼女の話はこうだ。
遠い昔、大陸からジパングへ向けて出向する船に、少女に化けた狐が乗り込んだ。
ジパングへ到着した狐は、赤子に化けて、それをある武士が拾い育てたと言う。
やがて月日は流れ、少女に成長したその狐は、宮中に仕える事になった。
宮中でもその才能や美貌、なによりその優しい性格から、時の上皇の寵愛を受けるようになった。
だが、それからしばらくして上皇が病にかかると、その原因が少女だと発覚する。
少女は金の毛九本の尾を持つ狐に姿を変え、宮中から逃げ去った。

「それから狐が何をしたと思います?」

数年後、その狐が現れて婦女子や旅人などを襲い食い殺すと言う事件が頻発するようになった。
病が癒えた上皇は、事態を重く見て狐の討伐を命令する。
総勢約8万の軍勢が、狐を捕らえるために動き出した。
狐も抵抗したがついには捕らえられ、殺されてしまう。
狐はその直後に巨大な石に姿を変えた。
その石は毒の石で、近づく生き物は皆死んでしまった。
時が経ち、ある僧によって石は破壊され、破片は各地に飛散したと言う。

「その石を使った石造が、あの狐だとしたら」

「あ…!」

何て言う事だ、こいつは…この女は…

「あんた…狐か?」

「ハイ、よく出来ました」

子供を褒めるように俺の頭を撫でる。
妖しい笑みを浮かべる彼女の頭には、尖がった形をした獣の耳がある。
更に彼女の背後から、何かが現れたのがわかる。
平べったい大きな獣の尻尾のようなものだ。
それがゆらゆらと揺れている。
俺が見えるだけでも4本、その姿を確認出来る。
彼女は妖狐、いや稲荷と言った方が適切だろうか。
しかし問題なのは、今の話が本当であとすれば…
こいつがあの九尾の狐である事だろう。

「食うのか、俺を…」

「勿論、その為にここへお招きしたのですから」

予想通りだった。
何とかこの状態から抜け出そうと思ったが、どうにもならない。
体が痺れて動かない。
最も、動けたとしても神に近いといわれる程の魔物が相手だ。
万が一の勝機も無いだろう。
となれば取るべき手段はひとつ。

「助けてくれ」

「無理です」

失敗しました。
俺に交渉の才能は全く無かったようだ。
我ながら自分の凡庸さに嫌気がさす。
何か一芸に秀でていれば、助かる見込みもあったろうに。

「俺は食っても美味くないって!だからやめて!」

「そうですか?とても美味しそうに見えますよ」

「食文化の違いかぁ〜…」

カルチャーショックは唐突に訪れる。
もう何を言っても無駄だろう。
頭もだんだんボーッとしてきた。
せめて、せめて一思いにやってほしい。
痛いのは嫌だ。
そう思って、俺はゆっくり目を閉じた。
彼女がゆっくりと覆い被さって来る。
どこから食べるんだ?やっぱり喉を食いちぎるのか。
顔に息がかかる、やっぱりそうか、首なのか…

「んむっ!?」

不意に、唇に何かが触れた。
とても柔らかい。
さらに、湿ったものが、硬く閉じた口を無理やり抉じ開けようとしている。
こっちも必死になってそれに抵抗する。
だが突然の事で頭が回らなかったのか、容易に口内への侵入を許してしまった。

「んんんッ!」

未知の感覚だった。
口の中に入ってきたそれが、俺の舌に絡みつく。
必死でそれから逃れようとするが、まるで先を読むような動きに翻弄される。
舌を嬲り、更には歯茎や歯列などを念入りに撫で上げてくる。
不覚にも、それを気持ち良いと感じてしまった。
そんな事がしばらく続いた後、ようやく口が開放された。

「ハァ…ハァ…」

興奮していて気付かなかったが、もう少しで窒息しそうだった。
もしやこれが狙いだったのかもしれない。

「そんなにお嫌ですか…?」

目を開けると、彼女がこちらを覗き込んで来た。
髪の色は鮮やかな金色に染まり、頭の獣耳は小刻みに動いている。
そんな彼女の顔も、紅潮し息が荒くなっている。
獲物を前に興奮しているようだった。

「そりゃあ…嫌ですよ」

「強情なお方ですね」

そう言うと、今度は別の場所を手で弄る感覚がしてきた。
必死に顎を引き、頭を起こして見る、するとどうだろう。
彼女の右手が、俺の大事な所をゆっくり撫で上げている。

「こちらの方は、満更でも無さそうですよ?」

「これはアレですよ…人間死に直面すると生殖本能がですね」

前に読んだ本にそんな事が書かれていたような気がする。
こりゃあ確かにその通りだ、こんな状況なのに我が息子と来たら…

「よくわかりません」

「ですよね〜」

そう言うと彼女は俺のズボンを下ろし、パンツの上から弄り始める。
今度は先ほどのような優しい刺激では無く、嫌でも快感を意識させるような弄り方だ。

「おっと、少し夢中になっておりました…一滴も無駄には出来ませんからねぇ」

十分反応を楽しんだ所で、今度はパンツまで擦り下ろされてしまった。
バチンと勢い良く俺のモノが跳ねる。
その刺激さえ今は気持ちいい、油断すると暴発してしまう。

「くぅッ!!」

「はぁ…よろしいです、その反応」

彼女が嬉しそうに目を細めながらそう呟く。
その嗜虐的な目を見ると、強く逆らえる気にならなかった。
もしかしたら、俺自身受け入れているのだろうか、この状況を。

「初物を、頂きましょうか」

彼女が上体を起こした。
着ていた着物も、帯がはだけて胸元などが露になっている。
その妖艶な姿に目を奪われてしまう。
そして右手で俺のモノを掴み、腰を浮かし自らの秘部に押し当てる動作を取る。

「俺…俺は…」

「では、改めて…」

ゆっくりと、彼女が腰を落とす。
あっという間に、先端から根元まで一気に飲み込まれてしまった。

「うわあッ!!…こ、これが…!」

「んっ…これが女の中ですよ」

情けない事に、挿入された瞬間に俺は限界を迎えてしまった。

「ああっ…!もう果ててしまったのですかっ…」

「だって…こんなの…」

すべてが初めての体験だった。
熱湯に浸かるような熱さと、柔らかい肉の壁に締め付けられる、そんな感覚。
気持ちがいい、などと生易しいものではない。
快楽も過ぎれば一種の拷問になるとあの先生は言っていた。
まさにその通りだ。

「はぁ…はぁ…らへぇ…」

呂律が回らない。
だらしなく口を開けて、涎を垂らす俺の姿を見て、彼女はどう思うだろうか。

「本当に…いい物を拾いました…」

まだ射精が収まらない、逸物がビクンビクンと中で波打っているのがわかる。
だが無慈悲にも、彼女はゆっくり腰を浮かし、勢いよくそれを打ち降ろして来た。

「っ!!」

「まだまだ、これからですよ?」

「まだイッたばっかりらから…やめて…」

「いいんですよ…あっ…いくらでも果てて下さい…時間はたっぷりありますからぁ!!」

体が動かないので、俺に出来る事と言えば必死で許しを乞う事しか無い。
そんな俺の顔を見て、更に嗜虐的な笑みを浮かべる彼女に対しては、逆効果だろう。

「獣の肉を口にするとっ…どうしてもこうなってしまうのですっ…」

「へぇ…?」

「肉を食すと…気分が高揚してっ…んっ!…止まらなくなるのですよ」

俺が差し出したパンのせいでこんな事になってしまうとは。
そんなもん誰がわかるか!と声にならない叫びを上げる。

「こぉんなに良い獲物は久しぶりですから…じっくりと可愛がって差し上げます…」

そう言って、また狐が怪しく笑う。

「だ、だれか…たすけて」

それから何回か絶頂を迎えた後、俺の意識は完全に途切れてしまった。
きっとこのまま死ぬまでこの狐に嬲られるんだろう。
もういいか…色々考えるのも面倒になってきた。
これも自己責任ってヤツなんですかね…先生…

































「む、フラグが立ちおった」

「何だよ急に」

「絹を破り捨てるような男の悲鳴が聞こえた気がするんじゃよ」

「うわ…聞きたくねえなそれ」

再びバフォメット一行である。
既に攻め手は軍勢の展開を終えており、陣地を築き始めていた。
その様子を見守っていたバフォメットから、不意にそんな言葉を聞かされる。

「そういえばこの森に魔物はおるのか?」

「あん?ここに居るじゃねえか」

「お前以外はおらんのか」

「あ〜…そう言えば居たな」

「どんな魔物じゃ?」

もしかしたら、はぐれた生徒がその魔物に保護されているかもしれない。
だが問題なのはその魔物の性質である。

「例えば…狐だっけか…」

「妖狐…いや稲荷か」

稲荷ならば、特に心配する事も無いだろう。
妖狐の亜種だが、その性格は非常に温厚である。

「九尾の」

「おい」

いきなりの衝撃的展開である。
九尾と言えば、神に等しい程の力を持った魔物だ。
並みの人間が近づけばそれだけで大変なことになる。

「ちゃんと最後まで聞けよ、自分で九尾の狐って言ってるだけだ」

「どういうこっちゃ」

「ありゃ天狐だよ」

「テンコ?」

天狐とは、強力な神通力を持つ狐である。
千里眼と呼ばれる能力を持ち、様々な出来事を見透かす事が出来る。
尾は4つ。

「良い狐なのか?」

「まあ危険は無いだろ、性格悪いけどな」

アカオニの話では、こちらの動きもはっきり把握出来ているだろうとの事だ。
自ら九尾と称し、訪れる者を驚かせては喜んでいるらしい。

「それ、無害か?」

「取って食ったりはしないだろう…いやするか」

若い男なら特にその危険があると言う。

「まあ、死にはせんじゃろうて」

「生きてりゃぁそのうち良い事あるってもんよ」


そんな二人の会話を傍らで聞いていた生徒達も様々な思いを抱いていた。

「あいつ…羨ましいなぁ」

「戻ったら石投げてやろう」

羨望する者。

「魔物怖い魔物怖い魔物怖い…」

「前の授業のトラウマが…」

恐れる者。

「んっ…まあそんな事より早く戦始まんねえかな」

「帰りたい」

全く別の事を考える者などだ。

結局、この日は戦闘が起きる事は無かった。
攻め手はセオリー通り、田畠薙ぎや、悪口の応酬などが行われたに留まった。
城方は特に反応する事も無く、不気味なほど静まり返っていた。
そのまま日が暮れて、攻め手も陣地の中に帰っていった。
バフォメット達も、適当な場所を見つけて夜営をとる事にした。
予め野宿に必要なものは用意していたので、作業はスムーズに進む。
寝床の設営や火起こしなど、総ての作業が終了したのはそれからすぐだった。

「…」

「先生、どうしたんですか?」

黙って火を見つめるバフォメットに、生徒の一人が話しかけてきた。
バフォメットやアカオニなどが起こした火を囲んで腰を下ろしている。
辺りは完全に闇に包まれている。
偶に火元からパチパチと爆ぜる音が聞こえるが、静かな夜だ。
夕食を済ませると、足早に床に就く者が多かった。
まだ起きている者も居るが、皆一様に疲労感漂う表情だった。

「お前も早く寝たほうがいいぞ」

「何か考え事ですか?」

「うん…まあな」

小枝を拾い、火の中にくべながらバフォメットが話し出した。

「ひょっとすると今夜辺り何か起きるかもしれんな」

「今夜…?」

「夜襲があるかもしれねえって事だろ」

隣で酒を煽っていたアカオニが会話に加わる。

「夜襲?」

「外に討って出るとすれば、チャンスは今しかない」

攻め手は、今日戦場に到着した所だ。
皆歩き疲れて眠りこけているだろう。
虚を突くとすれば、今しかない。

「相手もそれに対する備えをしてるんじゃないんですか?」

「そりゃ向こうもそれを警戒してるだろうよ」

「なら何で今…」

「今夜しか無い、とも言えるな」

圧倒的な兵力差に加え、守る城は小さく弱い。
夜が明ければ、即座に踏み潰されてしまうであろう。
ならば城方が主導権を握れるのは、今夜しかない。
攻め手の指揮官を狙い、一気に決着をつける。
それが彼らに残された唯一の手段と言って良い。

「望みは薄いがの」

「逆に囲まれてやられちまうのが関の山だろうな」

「……」

静寂が打ち破られるのは、意外ともうすぐかもしれない。
体を休める、その生徒は寝床に入り目を閉じた。
こういう時は緊張して眠れないものだが、意外とすぐに睡魔が襲ってきた。







残りの生徒達も、自分の寝床へ消えていく。
そんな様子を眺めながらも、バフォメットは周囲への警戒を怠る事は無かった。
一方のアカオニはと言えば、酒を飲んでいると思ったら鼾をかいて眠っている。

「呑気なもんじゃな」

このアカオニを案内役として雇い入れたのには理由がある。
一つは、この辺りの地理を熟知している事。
そしてもう一つは、その力を生かした護衛の仕事。
だったのだが、当の本人にそのやる気が全く感じられない。

「さてさて、どう出るか?」

自分が主導権を握れない戦いのなんともどかしい事か。
観戦する立場なのだが、バフォメットは頭の中で、常に先の行動を予見しようとしていた。

「職業病じゃ…」

更に火元に木をくべる。
火を絶やす事は出来ない。
火元の番をしながら、刻一刻と迫るその時を待っていた。




10/12/12 07:06更新 / 白出汁
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