落涙、そして抱擁
冷たい夜風が頬を撫で、髪を揺らす。
優しい月明かりが照らし、姿を映す。
ここなら町の喧騒も届かない。
ここは誰にも邪魔されない。
夜でも昼のような町の明るさが届かないその場に私はいた。
そこは廃墟。
かつて多くの人間を招きいれただろう、とても大きな建物。
人が寄り付かなくなって長く風雨に晒されているのだろう、あちこち汚れ、ひび割れているところもある。
その屋上に私はいた。
勿論一人ではない。
目の前には先ほど、私が初めて首に牙を突き立てた男性がいる。
私に背を向け、立っている。
いつも来ている黒い服ではない、先ほどのままの服装で。
何も言わず、ただ立っている。
その足元には本来月明かりで照らされてできるはずのものがない。
―影がない。
雲に隠れて月明かりが弱いからというわけではない。
町の明かりで遮られているわけでもない。
はっきりと映っているはずなのに。
彼の影はない。
まるで私と同じように。
「…」
彼は何も言わない。
そもそもここに来てから何もしゃべってくれない。
やっとのこと見つけ出したのだから。
―彼は私の前から逃げ出したのだから。
混乱していたのだろうか。
目を覚まして、いつもと違う状態に気づいたのだろうか。
それとも、初めて男性へ魔力を流し込んだことが失敗したというのだろうか。
わからない。
あの個室から止める私の声も聞かず、隣で眠っていたアヤカに目もくれず。
ただ逃げ出し、姿をくらまし、そして今やっと見つけたのだから。
「なんていうかさ」
彼はようやく口を開いた。
私が来たことを悟ってだろう、背を向けつつも声が届くようにしゃべる。
それでもこちらは見ようとしないで。
「やけに目が利くようになってるんだよ。こんな真夜中だって言うのに道を歩いてる人は見えるし、遠くの小さな看板の字まで読めるし…」
「…」
言えない。
言うことができない。
本当は言わなければいけないのに。
それなのに、告げられない。
「それに、体も軽い。力もおかしいくらいに滾ってくるんだよ。確か学校で階段から転げ落ちたはずなのに」
「…」
やはり、言えない。
何も口にできない。
どんな言葉をかければいいのかわかっているというのに。
どうすればいいのかわかっているというのに。
それができない。
「それにさ、さっきなんてここに来るのに歩いてきたんじゃないんだぜ?建物の屋根を跳んできたんだぜ?流石にここみたいに恐ろしく高い建物は無理でも一階二階ぐらいなら跳び越せるんだ。おかしいよな?」
それは彼の言うとおりだろう。
おかしい。ただの人間がそこまでできるわけもない。
名のある猛者でも、教団の主神の加護を受けた勇者でもそんなことはできない。
それは明らかに私の影響。
本来は親友の影響を強く受けているはずだがそれでも、全てとはいかずも半分ほどなら…私の影響もまた出ることだろう。
魔の王である親友がいくら私より上といっても私もまた上位の存在。
かつては肩を並べ、競い合った仲。
そんな私が、私の力が。
彼の体に影響を及ぼさないわけがない。
人間である男性の体に魔力が染み渡ることによる、魔物化。
そしてなるのはインキュバス。
ただし、私の、初めて男性にして成ったのは…ヴァンパイア寄りのインキュバス。
「なぁ、クレマンティーヌ」
彼はようやく私の名を呼んだ。
ただそれはいつものように優しい声じゃない。
温かな気持ちにさせてくれる言葉じゃない。
どこか冷たく、どこか切なく。
どこか…悲しい声色で。
「オレ…人間じゃなくなったのかな…?」
その一言に私は―
「―ああ…」
ようやく言葉を発することができた。
ただ自分でもわかるくらいに小さく。
消え入りそうな声で。
それしか言うことができなかった。
それを聞いて彼は…。
―ユウタは…。
「…そっか」
そう、呟いた。
彼もまた小さい声で。
寂しい声色で。
振り返って私を見た。
「…んじゃ、仕方ないな」
優しい笑みではない。
いつも浮かべていたあの笑みじゃない。
悲しげで、自嘲するような。
自分自身を卑下するような。
そんな笑み。
ユウタは既にわかっている。
自分が人間ではないということに。
それが誰の手によるものなのかも全てわかってる。
わかった上であの笑みを浮かべている。
本当なら私を責めたいはずなのに。
怒り、憤り、私を責め立てても悪くないのに。
それが普通なのに。
それなのに、ユウタは…っ!
「…何で」
「ん?」
「何で、君は…そうなんだ?」
ようやくこちらを見てくれたというのに。
その瞳を向けてくれたというのに。
私がユウタを見れなくなってしまう。
俯いて、自分が浮かべている表情を隠して。
恥ずかしくも震える声で。
「君は…私を責めたいのではないのか?君をそんな風にしてしまった私を…」
「…」
「わかっているのだろう?君はもう、人間ではないのだよ?」
「…」
「私のせいでそうなってしまったのだよ?それを…」
望んでいた。
祈っていた。
願っていた。
ユウタがそうなることを。
そうして私の隣にいてくれるようにと。
でも、それは私の我侭で…結果ユウタを人でなくした。
ユウタからすれば理不尽極まりないそれを。
行ってしまった暴挙を。
ユウタは何で責め立てない?
ここまでやって文句も言わず、泣き言も言わず。
罵倒なんてしないで、怒鳴らないで。
どうして、そうでいられるのだ?
どうして―
「君は、どうしてそう笑っていられるのだ…?」
わからない。
わからないよ。
彼が初めて私に歩み寄ってくる男性だったからじゃない。
彼が私にとって大切に思えたからじゃない。
彼が欲しいと心の底から望んだからじゃない。
わからないんだ。
ここまでしてもなお責めることもしない彼が。
見えないんだ。
まるで闇のように、真っ暗でそこが見えないように、何を感じて何を思っているのか。
聞こえないんだ。
泣き言、罵倒、愚痴、誹謗。そんな言葉何一つが。
いくら心が強かろうが、精神が強固だろうが。
ここまでされてなお許せる人間はいないだろうに。
「それじゃあ、泣いたらいいのかよ?」
「…」
「泣いて、それで大声出して、罵倒して、責め立てて…そんなことしてどうするんだよ?」
「…」
「それでオレは
―人間に戻るのかよ?」
戻れるわけがない。
一度こちら側へ来た以上、もう後戻りはできない。
魔物へとなった者が人間に戻るなんて前例がないのだから。
「でも…それでも、君は―」
「―それに言ったろ?」
私の言葉を遮って彼は言う。
「恩を返せるときに返してくれって」
小さく笑って言った。
できる限り笑おうとしているのはわかる。
それが空元気で、私によけいな不安を抱かせないようにするためだということも。
だからこそ痛々しく思えた。
その笑みを見て、胸が締め付けられた。
「オレは死に掛けてたんだろ?こんな服着て、病院のベッドで寝かされてりゃ気づくんだよ」
「…」
「助けてくれたんだろ?」
違う。違うんだ。
私は助けるために君を引き込んだのではない・
救いたくて魔物へ変えたわけではない。
あの方法が、その手段が…唯一私の出来ることであっただけ。
そして、それを口実に手に入れたかった。
欲しかった。
ただ君が欲しかっただけなんだ。
自分勝手に求めて、永遠の命を勝手に与えて。
ずっと私の傍におきたくて、ずっと共にいたくて。
だから、勝手に首に噛み付き、魔力を流し込んだ。
ただ、それだけであったんだ。
だから怒られはしても…感謝される筋合いはない。
「ありがと」
口の端を上げて、からからと。
楽しそうに、嬉しそうに。
ユウタは笑った。
本当なら笑えることではないのに。
無理に笑みを浮かべていることがわかってしまう。
その笑みの裏には疲れたように、あきらめたように。
感情を押し殺して笑っていることが、見えてしまう。
ああ、そうか。そういうことなのか。
そこで私は気づいてしまった。
ユウタがここまでやさしくできる理由。
ユウタがここまで捨て身に他人を思いやれる理由。
―既にあきらめているからなのだろう。
自分が恵まれることを。
自分が救われることを。
仕方ないと、自分に言い聞かせて納得して。
無理やりに、嫌でも。
あきらめている。
それがどうしてなのかはわからない。
きっと生まれやその生活が結果的に作ったことなのだろう。
それが―
「君はっ!」
とても―
「本当に…っ」
―つらいことだった。
「馬鹿じゃないのか…っ!!」
上げた顔から雫が垂れる。
快楽を与える水ではない。
同じ水でもまったく違う。
私の目から零れ落ちた、涙。
それを見て、泣いている私を見てユウタは驚きの表情を浮かべた。
「え!?ちょっと!クレマンティーヌ!?」
「君は…君はどうしてそこまで…」
みっともなくわめきながら。
情けなく泣き叫びながら。
「そこまで自分を捨てられるんだ…っ!」
全て仕方ないと、済ませることができるんだ。
相手が悪くても、仕方ないといって許してしまいそうな。
器量が広いわけではない、ただ我慢してるだけ。
そんなのでは得なんてないはずなのに。
甘んじて受け入れている。
しょうがないと認めてしまう。
それは優しさといえるものではない。
自ら望んで不幸を受けいれるそれはただの自虐行為だ。
嫌だというところは嫌と言う。
拒否するところも拒否をしている。
それなのに、大事なところで受け入れてしまう。
それがどうしようもないくらいに、つらい。
「君はっ!!」
震えた声、流れる涙。
みっともなく人前でするような顔ではないだろう。
今までこのように泣き叫んだことはなかったのに。
ここまで感情をあらわにしたことはなかったのに。
情けなく、不恰好に私は慟哭する。
何百年と生きてきたヴァンパイアが、まるで我侭な少女のように。
「君は…君という奴は…っ!!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙。
振り乱した金色の長髪。
それらは月明かりの下で煌びやかに輝いた。
「ユウタは…っ!!」
そこまで言って、続かなかった。
喋れなくなったからではない。
言葉に詰まったからではない。
それは、抱きしめられたから。
ユウタに、抱き寄せられたから。
「…ユ、ウタ?」
温かく、蕩けてしまいそうなぬくもり。
硬く男らしい反面、心地良い抱き心地を感じさせる。
それでいて香る彼の匂いは下半身に熱をともす。
背へとまわされた腕は柔らかに私の体を抱きしめた。
温かい。
今まで私が感じることのできなかったもの。
そして、欲しかったもの。
こうしたいと、願っていたものがここにあった。
「…クレマンティーヌはさ」
「…」
「勘違い、してるんだよ」
「勘違い…?」
何を言っているのだろう。
どこで私が勘違いしていると思ったのだろう。
自身の失態を見逃すほど愚かではない。
自分の過ちを省みないほど馬鹿でもない。
今回のことは全て私のせいである。
それは、変らぬ事実だ。
それを、どう勘違いしているのだろうか。
「確かに人間じゃなくなったことには驚いてる。びっくりした。でもさ、違うんだ」
「違う…?何が、違うのだ…?」
「オレはさ自分を捨ててるわけじゃないんだよ。嫌なことは嫌って言うし、苦手なことは苦手だ。我慢だって好きでできるわけじゃない」
「…それでも、ユウタは私のために」
「それはクレマンティーヌが困ってたから。それと、綺麗だったから」
「綺麗…私が?」
「そ。美人に男は弱いんだよ。オレだってそうだ。本当のことを言えばきっと幻滅するだろうよ」
オレも男で、汚いところもあるんだから。
そう言って小さく笑った。
笑って、頭を撫でてくれる。
じんわりと温かい手がそっと髪を撫でていく。
ああ、とても気持ちがいい。
とても、心地いい。
先ほどまで高ぶっていた感情も自然と穏やかになる。
満たされ、そして安心できる。
こんなもの感じたことがなかったな。
ユウタに出会い、血をもらったときにも似たものを感じたが。
それでも触れ合うとこうも違うものなのか。
これは知らなかったよ。
知らずに…もっと欲しくなってしまう。
もっと近づき、その身を寄せて。
手を背へまわし抱きしめる。
一瞬ユウタの体がびくりと震えるが構わず私からも抱きしめる。
先ほどよりもずっと触れ合い、重なる肌。
彼がいつも着ている服とは違い薄く感触が伝わりやすい。
ユウタの体の感触が、温かさが、伝わってくる。
「…温かいよ」
「そっか…」
ユウタの首筋に顔を埋め寄りかかり、抱きしめる。
首には二つの赤い点。
紛れもない私が血を吸った痕だ。
既に傷はインキュバス化の影響で塞がっているがそれでも残ってしまった。
それは後ろめたいことでもあるが、同時に私の証を残せて嬉しいと感じた。
不謹慎なのだろうけど、ね。
月明かりの下で私とユウタは抱きしめあっていた。
「っ」
…そんな中、ユウタがわずかに身を捩った。
嫌がって離れようとしているわけではない。
それなら突き飛ばすなりすればいい。
それ以前に抱きしめるなんて行為をしないだろう。
それでも、下半身だけ離そうと。
「ユウタ…どうかしたのかい?」
「いや…えっと…その…」
恥ずかしそうに言いにくそうしているユウタ。
どうしたのだろうか、そう思っているとそれがなんだかわかった。
太もも辺りに感じる硬く熱い感触によって。
「…っ!」
それが何なのかわからないわけではない。
これでも無駄に長く生きてきたわけじゃない。
それに親友が淫魔なんだ、この手のものはよく聞かされる。
これが何なのか、聞かされることは多々あった。
これが、ユウタの…。
おそらくインキュバス化したことによる影響だろう。
きっちり彼女の影響も受けているようだった。
「…悪い」
そう言って体を離そうとするのだが、離さない。
ようやくこの距離まで近づけたんだ、離してなるものか。
ヴァンパイアの怪力を持ってでも抱きとめる。
「あの…クレマンティーヌ?」
「その…ね、以前言っただろう?」
「何を?」
「私も…君のためにそういうことをするのはやぶさかではないと」
「…言ってたけどさ」
「今はこうして触れられる。以前はキスもした。だから…その…」
「いや、クレマンティーヌ。そういうことは軽はずみでするもんじゃないだろ?」
「これが軽はずみだと思うのかい?」
「…」
「私は本気だよ。ここまで私のためにしてくれた男性に何の気持ちも抱かないわけがないだろう?」
「…」
「私は君のためにしてあげたい…いや、そうじゃないな。
―私はユウタだから、君が好きだからしたいのだよ」
「っ」
「だから、ね…」
ようやく言えたこの言葉。
これ以上無用なものは要らないだろう。
ここまで言ってわからないほどユウタも鈍くはないはずだ。
そっと頬に手を添え、目を合わせる。
「え、っと…その…」
気まずそうにそれでも照れているように頬を染めるユウタ。
こういうことには慣れていないのだろう。
何をすればいいのかわからず戸惑っている。
そんな様子も愛おしく思える。
ふふ、それでは。
あの夜の続きと…いこうじゃないか。
顔を近づけ私はそっと唇を重ねた。
―月明かりの下で影のない二人が重なった。
パチンと私は指を鳴らした。
途端にその音に応じるかのように黒々とした焔のようなものが集い、形を作る。
それはまるで炎のように揺らめいているが触れたところで火傷はしない。
これは闇。
私が、ヴァンパイアが扱う上級魔法。
ただし、夜のように闇のあるところでしか使えないという難点がある。
それでもかなり応用が利くものである。
「…すご」
それを見たユウタは目を丸くして驚いたようだった。
魔法のないこの世界。
彼の目からしたら珍しいどころではないだろう。
少し得意げになってしまうね。
「ふふ、どうだい?これが魔法だよ」
「魔法って…あるところにはあるのかよ。確かにあの薬もそんな感じだったけど」
それはユウタに渡した傷薬のことだろう。
手首を切ってまで血を分けてくれる彼に渡したものだ。
塗り薬であり、塗るだけで傷跡まで消せるという優れ物だ。
あれを使った後も随分驚いていた。
あれは…楽しかったね。
「それでは…」
私は抱きしめたユウタとともにそれに身を倒した。
「え、ちょっと!」
音も立てずに沈む闇。
それでも空気を集めて形にしたかのように柔らかく受け止める。
私の眠っているベッドに比べれば劣るだろうが…それなりのものにはなっているようだ。
これならば目的を存分に果たしてくれるだろう。
押し倒したユウタに労をかけずにすむというものだ。
「あの…クレマンティーヌ…?」
私の体の下にいた彼が心配そうに呼んだ。
心なしか顔が引きつっている。
「…これ逆じゃね?」
どうやらユウタが言いたいのはこの状況のようだ。
私が押し倒し、そのまま交わることに疑問を抱いている。
というよりも彼の中では男性が上、女性が下。
この状況で言うならば私を押し倒すのがユウタということなのだろう。
「オレが押し倒したいんだけど…」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね。だがもう―」
―限界なんだ。
今までにない、私を受け入れてくれたはじめての男性で。
私に血を分け与えてくれる優しい男で。
自ら歩み、包み込んでくれる。
温かく迎えてくれる。
そんな異性に惹かれないわけがない。
それに。
今私には止まるための箍がない。
触れられないという状態ではない。
むしろ触れたいとまで思えるようになった。
ユウタだからこそ、もっと肌を重ねたい。
さらに先へと進みたい。
今までこのようなことがなかったからだろう、その反動はかなり大きい。
耐えていたからこそ、この欲望は止まらない。
まずは共に肌を晒そう。
その服も、私のドレスも取り払おうか。
名残惜しくも私はユウタの体から離れる。
そのとき私の髪がほほを撫で、くすぐったそうに身を捩る。
ふふ、私に頼りがいがある姿を見せてくれたときとはまた違う姿は…そそられる。
薄いその服に手を掛けて脱がす。
もとから脱ぎやすく作られていたのだろう、特に苦もなくするりと脱がせた。
月明かりに照る彼の体。
余計な肉も筋肉も付いていない細い肉体だ。
首筋、厚い胸板、浮き出た肋骨、割れた腹筋。
男性らしいラインを描き、男らしさを損なわぬ美しさを感じる。
ただ。
手で撫でると異様に感じる骨の硬さ。
ただ平凡で普通の生活を送っているものにとってこれは異常だろう。
何度も折り、そのたびに一回り大きく丈夫になる骨。
一度や二度折った程度ではないのだろうね。
いったい何をしてきたのだろうか。
そこらの歴戦の戦士に並んでも遜色ないかもしれない。
そういえば彼の師があの規格外な女性だったのだね。
強くなって当然か。
「ん、くすぐったい」
「そうかい?すまない」
「いや、いいけどさ…なんていうか…やっぱ逆じゃね?」
まだ気にしていたのか…。
「別にそんなことは気にせずともいいと思うのだけどね」
「男だから気にするんだよ」
「ならば、任せてくれないかい?」
今まで散々君に頼って、甘えてきたんだ。
だから尽くしてあげたいと思うのだよ。
欲求のままに君を求めてしまうことになってしまうだろうけど、ね。
「…大丈夫なのかよ?」
そう言ってユウタはそっと手を伸ばす。
その手は私の肩に触れ、動きを制する。
「したこと、ないんだろ?」
そう言われてはとまらざるおえない。
確かにそうさ。
今まで男性に触れたことのない私がそんなことを経験しているわけないだろう。
ユウタがそれに気づかないわけもない。
だが。
「…それは君もだろう?」
ユウタも同じ。
普段の行い、態度。
私が過剰に触れることを避けたり、以前私が大蒜のにおいを嗅いだときの対応。
それから、口付けをしたとき。
慌てて、おどおどして、力抜けていた彼。
慣れているものならあんな対応しないだろう。
それほど経験をしていないというわけでもないだろう。
「…よくわかったな」
当たっていた。
そうか、やはり初めてなのか。
…心の仲でガッツポーズをしていたのは秘密だ。
「私に任せて欲しい」
「いや、でも」
「だめ、だろうか…」
そっとユウタの瞳を覗き込んで頼んでみる。
親友から教わったおねだりの方法だ。
使うわけもないと思っていたが…こんなところで使うとは。
というか私のほうがずっと年上、甘える動作なんて似合いはしないと思うのだが…。
そんな私にユウタはあーとかうーと唸っていた。
「…仕方ないな」
そして、その一言。
あきらめている半面、肯定である。
どうやら受け入れてくれるようだ。
「ふふ、それでは尽くさせてもらおうか♪」
「…お手柔らかにお願いします」
その言葉を聞いて私はそっと身を移す。
下へ、下へと。
先ほどから太腿に擦りつけられるそれへ。
シンプルなデザインの下着を脱がし、それをそっと撫でる。
これが…か♪
指先から伝わる熱。
鉄のように思える硬さ。
男性器というのは知ってはいて今まで見たことがなかったが…こういうものなのか。
顔を近づけると独特のにおいがする。
変わったニオイだ。それでも嫌ではないね。
そしてなぜだか…体の奥がじくじくと熱くなる。
「これを吸ったり舐めたりすればいいのだろう?」
「初めてなんだろ?無理するなよ」
「何を言うか。他ならないユウタのものなのだよ?」
無理わけ、ないだろうに。
好きだからしたいのさ。
そういってやると彼は照れたように顔を逸らした。
まったく、可愛らしいことをしてくれる。
嬉しくなってしまうね。
顔を逸らしているユウタに不意打ちのように私は男性器をべろりと舐めた。
「う、あっ!?」
初めての感覚に驚き背筋が反り返った。
ふむ、どうやら感じてはくれているようだね。
それでは…♪
先端にそっと唇を這わせた。
それだけでもびくりと小さく震える。
「気持ちいいかい♪」
「それ…質問かよ…ぁっ!」
小さな悲鳴。
なんとも愛らしいものだ♪
これ以上のことをしたら…どうなるのだろうね?
私はドレスを脱ぎ捨て胸を露にする。
「…」
揺れる胸にユウタの視線が釘付けになる。
「そんなに見られると…恥ずかしいよ」
「あ、悪い」
以前は君のためなら肌を晒すことも厭わないなどといったがやはりこうすると…恥ずかしいものだ。
悪いなどといいながらもゆうは和顔を逸らしたが横目でこちらを伺っている。
…。
「…気になるのかい?」
「そりゃ、まぁ…」
「そういえば君は胸の大きな女性が好きなのだったね」
「…まだそれを」
「気になるのなら…ほら♪」
私はそう言ってユウタの男性器を胸に挟んだ。
「っ!!」
私の胸に挟まるそれ。
熱くびくりと大きく震えた。
刺激的には弱かろう。それでも視覚的には刺激が強いと聞いた。
…まぁ、親友に聞いたのだけど。
それでも聞いておいて良かったかもしれない。
「ふふ、熱く脈打っているよ…♪」
挟んだ胸から伝わる鼓動。
それで…確か…胸を押し付けて上下に…だったか。
親友から教わったままに両側から胸を押し付けるようにしてゆっくりと上下させる。
しかし興奮によって汗ばんだそれは潤滑油役割を担ってくれなかった。
これでは激しく動くことなんてできないね。
だがそれは逆に凄まじい刺激となっていたのだろう、ユウタが声を出すまいと必死に口を閉じている。
抵抗のつもりだろうか…だとしたら、なんとも可愛らしいものじゃないか。
しばらく上下していると先端から粘っこい液体が出てくる。
これが精液…ではないだろう。
だが限界は近いことに変わりはない。
もう一息というところだろう。
「なるほど…だんだんコツが掴めてきたよ」
「え?うぁっ!」
胸の谷間から突き出すユウタの男性器に再び舌を這わす。
先端を舐り、キスを落とし、唇で挟む。
そのたびに先走り汁があふれ出し苦みある独特の味を感じさせる。
そろそろだろうか?
「はむっ♪」
私はユウタのを口に含んだ。
「っ!!クレマンティーヌっ!それ…も、うっ!」
今までで一番大きく震える。
そう思った瞬間それは口の中に流れ込んできた。
「んんっ!?」
勢いよく湧き出す、まるで間欠泉のように吐き出される液体。
変わったにおいが鼻をつき、味わったこともない粘っこいそれを味わう。
これが…精液…♪
舌で転がし、喉で楽しみ、そして飲み込んでいく。
そのたびに下腹部の熱がよりいっそう強くなるのを感じた。
ユウタの血を味わったときとは比べ物にならない感覚。
陶酔にも似た気分は淫靡なものになり。
満たされていたものが刺激され、さらに欲しいと思わされ。
それでいて体に広がるのは焦らすような快楽。
甘美であり、筆舌しがたい快感。
…欲しい。
もっと、したい。
嬉しいことに一度出してなおユウタの男性器は硬さを保っている。
さすがインキュバスというところだろう。
たかが一度や二度で止まるはずもない。
精液全てを飲み下し、私は身を乗り出してユウタの体に覆いかぶさった。
「…クレマンティーヌ…っ」
息も絶え絶えに言う様子からしてどうやら刺激が強すぎたらしい。
初めての快楽に戸惑うその顔に申し訳なさを感じるが…それでも止まれない。
それ以上に嗜虐心を刺激される。
そっと指を這わせるといまだ敏感なのだろうそれはびくりと力なく震えた。
「もう、いいだろう…ねぇユウタ…♪」
「…」
ユウタは力なく頷き、肯定を示してくれた。
「ふふ、それでは…♪」
するりと下着を脱ぎ去りユウタの下腹部に跨る。
既に湿っていた私の膣はぬるりとした粘液を滴らせた。
「挿入れる、からね…♪」
そう宣言して私は腰を下ろした。
愛液で濡れた私のとユウタのそれが触れ合う。
ああ、熱い…♪
先ほど胸に挟んだときも思ったが燃えるような熱を持っているそれ。
硬さも損なわず、はちきれんばかりに張っている。
ようやく繋がれる…。
初めては痛いと聞いたがそんなことどうでもよくなる。
痛いのには慣れているし、それ以上に早くユウタと繋がりたい。
下腹部で燃え上がるこの疼きを治め、この乾いた情欲を満たしたい。
初めて抱いた気持ち、昂ぶったこの心のままに交わりたいっ!
触れ合っていたところから一気に力を入れ、ユウタの男性器を私の膣内へと招きいれた。
じゅぷっと、淫靡な水音が体に伝わる。
そして感じたものは今までにない、言い知れない感覚だった。
「はぁああああああああっ♪」
肉を掻き分け熱いユウタのものが押し広げて進んでくる。
途中で私の純潔を破った感覚もしたがそれによって生じた痛みをも塗り返すほどの、まるで神経を直接刺激されているような凄まじい快楽が駆け巡った。
ずぶずぶと音を響かせながら男性器は私の膣へ埋まっていく。
「う…ぁっ…っ!」
反射的に逃げ出そうとするユウタ。
だが思った以上に形になった『闇』は柔らかく力を加えるほど沈んでいく。
十全には動けない。
それよりもその動きが助けとなりぱちゅんっと音を立てて全てを呑み込んだ。
「はぁ…♪あ…入った…っ♪」
既に体全体で感じていることだが改めて口にすることでその事実を確認する。
それが、嬉しいから。
ようやく一つになれたことが、とても嬉しい。
「どうだい…ユウタ…私の中は…」
「…っ…気持ち、良すぎ…っ!」
「そうか…嬉しいよ♪」
そっと身を抱き上げ、その頬を撫でる。
あの夜も見たが…快楽に耐える表情というのは…こうもそそられるのか。
好きな相手が私の手でここまで感じてくれているというのはとても嬉しい。
だが私も同じようにただ入れただけだというのに気持ち良くなっている。
体が悦び、心が満たされる。
それでも満たされてなお欲する自分がいる。
貪欲なのだな、私というのは。
「動くよ…♪」
ユウタを抱きしめたまま私は腰を上下させる。
いわゆる座位という奴だ。
動かし方にはコツがいると親友が言っていたが…それでもこれはいいね。
抱きしめることができ、肌を触れ合わせることができる。
私としてはなんとも好ましい体勢だ。
「ん、ぁ、ああっ♪」
これは…っ♪
先ほどただ入れるだけでも気持ちが良かった。
足の間から頭まで貫くような感覚は未曾有のものだった。
それでも動くたびに、ただわずかに膣壁を擦られるだけで先ほどの快楽が生じる。
ただ一度、ただ少しだけだというのに。
感じる快感は膨大だった。
自然、腰が動いてしまう。
本能的にこの感覚を貪りたいと動き出す。
ゆっくりと味わうように。
「んん…ぁ…すごい…っ♪」
ユウタの男性器が私の膣内で暴れている。
それをじっくり舐るようにいやらしく腰が動いてしまう。
上下に、そっと。
しかしその動きは徐々に速度を上げていく。
「あっ♪ふ、ぅ…んんっ♪」
ただ動いているだけなのに。
動くたびに頭の中が、心がっ―
―ユウタで…一杯だ…っ♪
腰を動かし、打ち付けていると。
「んっ!」
「っ♪」
いきなりユウタが唇を押し付けてきた。
そのまま強引に唇を割って舌が口内へと侵入してくる。
奥手な彼にしては急で荒々しい行為。
男らしさを感じさせるそれににどきりとしながら応じて舌を絡ませる。
「ふ……むぅ♪」
ユウタの舌から感じる甘さ。
血もまたほんのりと甘い味がしたのだがそれ以上に蜜のように甘く感じる。
甘いものが好きな彼だ、もしかしたらそのせいで唾液も血も甘くなっているのかもしれない。
「ふむ、んー♪ちゅる、ちゅ♪」
撫でるように舐めあい、互いの唾液を絡めあう。
啜っては舐り、舐めては唇で挟む。
ユウタ自身経験のなさからどうすればいいのかわからずぎこちなく動く舌。
それがまた、気持ちがいい。
一方私は経験はなかったにしてもずっと年上、そして魔物だ。
どうすればいいのか、どうすればよくなってくれるのか本能的にわかってしまう。
自然にユウタの頭をかき抱いて、そのまま深く口付ける。
私から舌を差し入れればそれに合わせるようにユウタもまたキスを変えてくる。
どうやら慣れが早いのかそれとも学習能力が高いのか、技巧がつき始めてきたようにも感じる。
唾液が混ざり合い、顎へと滴った。
「ちゅ♪」
音を立てて唇を離すと銀色のアーチがかかりぷつんと切れた。
「ぷはっ!クレマンティーヌっ!激し、すぎっ!!」
「すまない…でも、あっふぅ♪んん、あまりにも、気持ちよすぎて、ぇ♪止まれないのだよ…っ♪」
それ以前に止まりたいとも思えない。
初めて味わう快楽の味に抗えない。
もう何度目の前が真っ白になったのか、何度体が痙攣したことか。
それでも止められない。
これではまんま獣だ。
情欲のままに快楽を貪る、淫らでいやらしいケダモノだ。
そう思ったところでこの感覚を否定できない。
むしろさらに燃え上がる。
野外で廃墟の屋上で、淫らな音を響かせながらも腰を打ちつけ続ける。
そうしてるだけで高みに押し上げられ、そしてユウタの男性器が力強く擦り上げてきた。
膣壁を押し分け、下から子宮を押し上げてくる。
こつんこつんと叩かれるたびに頭の中が真っ白になり意識がどこかへ飛んでいきそうだった。
「あっ♪あぁあっ♪こんなのっ♪」
私の女性器はきゅんきゅんと疼きユウタの男性器を抱きしめる。
子宮口までが離したくないとばかりに先端に吸い付き精液をねだるかのように啜り上げる。
欲しい、もっと欲しい。
ユウタの精液が欲しい。
その気持ちに応えるように私の膣内でユウタはびくびくと震えだした。
子宮へ届くように腰が浮き上がり、私からも腰を下ろして迎え入れる。
どうやら限界が近いようだね…♪
「クレマンティーヌ、もうっ!」
「っ!ああ、いいよっ♪全部、私の中に―」
言い切る前にユウタは私の腰を掴み、一気に深くまで差し込んだ。
ずんっと、子宮口を強く叩かれ目の前がショートする。
「はっ♪」
そして、流れ込んできた。
「ああああああああああああああああああっ♪」
まるでマグマのように熱い精液が子宮へと。
膨大な量で私の中を満たしていく。
先ほどまで味わっていた快楽が子供だましに思えるようなほどの快楽。
熱く激しく、それで優しく。
ユウタの血を吸ったときよりもずっと満たしていく。
「あ、はぁ…っ♪」
こんなの…、知らない…♪
ここまでいいものなんて、知らなかった…っ♪
体に力が入らなくなり、意識が闇に沈みそうになる。
それをかろうじて耐えそのまま体をユウタへと預けた。
「はぁ…ぁ、はぁ…♪」
荒くなった呼吸を整えているとすっとユウタが身を離そうとする。
後ろにもたれかかろうとしているのだろうか?
「あ、やぁ…」
私は離れていこうとするユウタの体を抱きしめた。
この感覚を離したくない。
このぬくもりを失いたくない。
繋がっていることはわかっていても、肌が離れていくのが寂しく感じる。
今まで感じたことのない温かさを手に入れ。
記憶にない優しさに触れて。
逆に離れることに恐怖を覚えてしまう。
「クレマンティーヌ?」
「もっと、抱きしめて…」
か弱く儚い私の声。
自分自身こんな弱弱しい声を出したことはなかった。
しかし、聞き取れるかもわからないその言葉をユウタはしっかり聞いていて、応えてくれる。
「はいよ」
ぎゅっと。
優しく強く抱きしめてくれる。
肌と肌が重なるように、離れていかないように。
私を安心させてくれる。
胸から心音が伝わり、耳からは息遣いが聞こえ。
重ねた肌からぬくもりを感じ、瞳には快楽に蕩け、なお優しく微笑もうとする表情が映る。
そして、いまだ繋がっているユウタの男性器は硬さを保ったまま。
既に二回出しても尽きない精力はさすがインキュバスというところだろう。
これが親友である彼女の影響なのだから…後で礼でも言っておこうか。
「ユウタ、もう一度…このままで…」
「おう」
小さく頷き、そっと唇を重ねる。
そうして私とユウタは抱きしめあったまま行為を再開した。
「…次からはもう少し加減してくれな?」
「…すまない」
心なしかユウタがげっそりしているようにも見える。
いくらインキュバスになったとはいえ、抜かずに二桁はきつすぎたようだ。
行為を終えた私とユウタは並んで廃墟の屋上に立っていた。
私は既にドレスを着ているし、ユウタもあの薄い服を纏っている。
一段落着いたというところだ。
それでも、一番重要なものがある。
「ねぇ、ユウタ」
「うん?何?」
「これから…どうする?」
これから。
人間ではなくなったユウタはこれからどうしたいか、だ。
こうなってしまったのは私の責任。
勝手な判断で行ってしまったもの。
それなら負うべき責任があり、償うべきものである。
「どうするってもなぁ…」
これには流石のユウタも困惑しているようだった。
しないほうが無理だろう。
目が覚めればいきなり人間ではない、明日から人ではない生活を余儀なくされる。
人間の外装だとしても中はまったく違うのだからこんなところで生きていくには窮屈すぎるだろう。
体力、魔力、精力。それから寿命。
あらゆるものが人知を超えている彼だから、もうこの世界には馴染むことはできそうにない。
「…とりあえずここにはもういれないな」
「なら、どうする?」
「そだな…」
しばらく考えているように顔を伏せていたが決意したように私を見た。
インキュバスになってなお染まらない、闇のような瞳で私を見据えて。
「クレマンティーヌの来た世界に行ってもいい?」
そして、その答えにたどり着く。
こちらは魔物のいない世界。
それに対してあちらは人間もいるが大半が魔物。
魔界となれば皆魔物。
ユウタが周りから蔑まれることはないし、馴染めないわけもないだろう。
だがそれは。
「…いいのかい?君はこの世界を捨てるというようなものなのだよ」
この世界を捨てる。
ここへ戻ってくることはできるだろうが…それでもここでの生活、それから大切な存在とは別れることになる。
しかしユウタは言った。
「いいさ」
はっきりと、覚悟を決めた瞳で。
「もう独り立ちしてもおかしくない歳なんだから」
「…そう、かい」
それならば私は何も言わない。
ユウタが一度決めた覚悟を取り消さないことを良く知っている。
優しく、そして真っ直ぐなユウタだから。
別れるというその覚悟を生半可な思いで決めたわけではないのだろう。
だから私にはできることをするまで。
「それならば…私は一生、君の傍で過ごすと誓うよ」
「へ?」
「これくらいしかできないのは許してくれ」
君が別れるという覚悟をしたなら、私はそれに付き合うまで。
永劫終わらぬ体にしたその罪を償うために。
こんな私が陥れたせめてもの罪滅ぼし。
私の、唯一できること。
「非力で傲慢で自分勝手な…女の覚悟さ」
「そっか」
ユウタも何も言わない。
それでもそっと手を握ってくれる。
温かく、包み込んでくれる。
私からもその手に指を絡めて応じる。
「それじゃあ、頼んだ」
「ああ、ずっと…一緒さ」
そっと顔を近づけ、月明かりの下で唇を重ねようとしたそのときだった。
―轟音が響いた。
「「っ!?」」
私達の後ろから、この廃墟の屋上の唯一の出入り口から。
金属製のドアを蹴りこむような音とともにそれは現れた。
それは災厄であり、残酷な現実で、徹底的なまでの暴力。
影のような髪を振り乱し、闇のように深い色の瞳をぎらつかせ彼女は―
―黒崎アヤカはいた。
「吸血鬼っ!!」
私の姿を見て、ユウタの姿を見て、叫ぶ。
「なんてことしてくれたのさ!あんた…ゆうたをっ!!」
おそらく彼女は病室から消えたユウタを探していたのだろう。
これほどまで広い街をたった一人。
先ほどまで階段を駆け上がってきたのだろう、息荒く汗が垂れるがそれを気にする様子もない。
「人ん家の家族に…何してるのさっ!?」
彼女は気づいているのだろう。
ユウタのことに。
ユウタが既に人ではないことに。
アヤカとユウタは双子。
片方の異常に気づくのが当然なのかもしれない。
もしかしたら探し回っていたわけではなく、最初からユウタのいる場所もわかっていたのかもしれない。
「待てよ、あやか」
そう言ってユウタは私を庇うように間に立つ。
私に背を向け、そのせいで表情は伺えない。
それを見た彼女はぎりっと歯軋りをした。
「クレマンティーヌは悪くない」
「悪くない?あんたを人間じゃなくして、それで悪くないって言うの!?」
「そう言ってるんだよ。現にオレを助けてくれた」
「助けたわけじゃないでしょうが。そのせいであんたは人間じゃなくなってるんだよ?それを助けてもらったなんて言えるわけないでしょうが!!」
激昂、憤怒。
彼女の言うことは正しい。
厳しく、つらく、それで現実的。
それで、怒っている。
私の理不尽と勝手さに。
それでもユウタはなお首を横に振る。
どちらが正しいかなんていえば彼女のほうだろう。
それでもユウタは否定を示す。
「でも、オレはこうして救われてる」
その言葉に彼女はだんっと床を踏み鳴らした。
地団太を踏み、私達を見据える。
「何でゆうたはそこまで言えるのさっ!人間じゃなくなってどうしてそこまで優しくできるのさっ!?」
「んなもん決まってるだろ」
そう言って笑う。
笑って、尖った八重歯を見せつけて。
ヴァンパイア寄りのインキュバスの証、私の影響を表す牙を見せて笑う。
優しそうに。
「―好きだからだよ」
どきりと心臓が高鳴った。
今まで初めて言われたその言葉。
優しく、想いを乗せて
強く、気持ちを伝えて。
温かく、心を添えたその言葉。
「ユウタ…っ」
ああ、それは反則的だ。
君は…本当に不意打ちが過ぎる。
「〜っこんの大馬鹿弟!!」
そう言ってアヤカは何かを投げつけた。
包みに入った何か。
それをユウタの顔面に正確に投げつける。
「おぶっ!?」
ユウタの顔がそれに沈むのを見てどうやら中身は布の類だとわかった。
布?着替えだろうか?
包みを開くと…それはユウタがいつも着ていた黒い服。
「…学生服?」
「それ持ってどこにでも行けっ!馬鹿!!」
そう言ってアヤカは背を向けた。
帰るつもりなのだろう。
「あやか…」
「…お父さんから伝言。『彼女、幸せにしてやれ』だってさ」
「…」
「吸血鬼っ!」
そこでアヤカは初めて私を呼んだ。
しかし、背を向けたまま。顔を向けないまま。
荒々しい声色で怒鳴るように言った。
「ゆうたに無茶させたら…承知しないんだから」
そう言った。
今までとってかかってきた彼女が、私のことを親の敵のように見ていたお姉さんが。
初めて私を認めたような気がした。
もとよりユウタに無茶をさせるつもりはない。
それでも彼女は聞きたいのだろう。
ユウタの気持ちを聞いて、私の気持ちを問うているのだろう。
そんなもの、一つに決まっている。
「勿論だよ」
「…そ」
そうして彼女はそっけなく答える。
私に対する態度は改めるつもりはないらしい。
最初と変わらず、なんとも彼女らしいじゃないか。
「それから、ゆうた」
アヤカは顔だけこちらを向いた。
一度私を見て、それでユウタを見つめる。
「―あたしは待ってるよ。あんたが人間でなくなろうと…待ってる。だから、いつでもいいから……ちゃんと帰って…きてよね」
恥ずかしそうに、照れくさそうに。
素直になれず、それでも精一杯頑張る姿。
それは可愛らしく、愛らしい。
私を殺しに来た人間というのにそう思えた。
「…おう!」
ユウタの返事を聞いてアヤカは小さく笑い、そのまま帰っていく。
多くは語らなかった。
それでもユウタもアヤカもわかっているのだろう。
伝えたかったことも、その気持ちも。
「それじゃあ、クレマンティーヌ」
向き直って笑いかけるユウタ。
それに対して私も微笑む。
握った手に力をこめて。
離さないように握り締めて。
「ああ、それでは行こうか」
私はユウタと共に新たな一歩を踏み出した。
―HAPPY END―
「で…とりあえずはお帰り」
「…ああ、ただいま」
「…その吸血鬼の隣のメイド…誰?」
「彼女は私のメイドだよ、お姉さん」
「どうもはじめまして、ユウタ様のお姉様。私ハリエットと申します」
「へぇ…メイドね。随分とまぁ……だね」
「今の間は何だよ?」
「別にぃ〜。そろいもそろって胸が大きいとか思ってないし〜」
「…」
「…」
「…」
「ま、上がれば?お母さんはお姉ちゃんと出かけてるからお父さんとあたしだけだしさ」
「そだな。それじゃあ上がる―」
「―ユウタぁああっ♪」
「師匠っ!?今どっから出てきました!?」
「んもう、どこ行ってたのさぁ!今まで一人寂しかったんだよ?ユウタの体で慰めてよぉ♪」
「…クレマンティーヌ様、あの女性は?」
「…ユウタの師だ。変なことを考えないでくれ。ハリエットでは手に負える相手ではない」
「ですが…」
「師匠っ!ここ玄関なんですから!人の服脱がそうとしないでくださ―どこに手を入れるんですか!?あ、ちょ、師匠、やめっ!」
「…あれでもですか?」
「…」
「ああもう、ユウタったら可愛いなぁ♪」
「師匠、そんな…だめですから…っ!」
「そんなこと言わないで、んちゅ〜♪」
「…あれでもですか?」
「……私も参戦することにしよう」
「お手伝い致します」
「…―
―…あんたら…人ん家の玄関で何してるのさぁっ!!」
優しい月明かりが照らし、姿を映す。
ここなら町の喧騒も届かない。
ここは誰にも邪魔されない。
夜でも昼のような町の明るさが届かないその場に私はいた。
そこは廃墟。
かつて多くの人間を招きいれただろう、とても大きな建物。
人が寄り付かなくなって長く風雨に晒されているのだろう、あちこち汚れ、ひび割れているところもある。
その屋上に私はいた。
勿論一人ではない。
目の前には先ほど、私が初めて首に牙を突き立てた男性がいる。
私に背を向け、立っている。
いつも来ている黒い服ではない、先ほどのままの服装で。
何も言わず、ただ立っている。
その足元には本来月明かりで照らされてできるはずのものがない。
―影がない。
雲に隠れて月明かりが弱いからというわけではない。
町の明かりで遮られているわけでもない。
はっきりと映っているはずなのに。
彼の影はない。
まるで私と同じように。
「…」
彼は何も言わない。
そもそもここに来てから何もしゃべってくれない。
やっとのこと見つけ出したのだから。
―彼は私の前から逃げ出したのだから。
混乱していたのだろうか。
目を覚まして、いつもと違う状態に気づいたのだろうか。
それとも、初めて男性へ魔力を流し込んだことが失敗したというのだろうか。
わからない。
あの個室から止める私の声も聞かず、隣で眠っていたアヤカに目もくれず。
ただ逃げ出し、姿をくらまし、そして今やっと見つけたのだから。
「なんていうかさ」
彼はようやく口を開いた。
私が来たことを悟ってだろう、背を向けつつも声が届くようにしゃべる。
それでもこちらは見ようとしないで。
「やけに目が利くようになってるんだよ。こんな真夜中だって言うのに道を歩いてる人は見えるし、遠くの小さな看板の字まで読めるし…」
「…」
言えない。
言うことができない。
本当は言わなければいけないのに。
それなのに、告げられない。
「それに、体も軽い。力もおかしいくらいに滾ってくるんだよ。確か学校で階段から転げ落ちたはずなのに」
「…」
やはり、言えない。
何も口にできない。
どんな言葉をかければいいのかわかっているというのに。
どうすればいいのかわかっているというのに。
それができない。
「それにさ、さっきなんてここに来るのに歩いてきたんじゃないんだぜ?建物の屋根を跳んできたんだぜ?流石にここみたいに恐ろしく高い建物は無理でも一階二階ぐらいなら跳び越せるんだ。おかしいよな?」
それは彼の言うとおりだろう。
おかしい。ただの人間がそこまでできるわけもない。
名のある猛者でも、教団の主神の加護を受けた勇者でもそんなことはできない。
それは明らかに私の影響。
本来は親友の影響を強く受けているはずだがそれでも、全てとはいかずも半分ほどなら…私の影響もまた出ることだろう。
魔の王である親友がいくら私より上といっても私もまた上位の存在。
かつては肩を並べ、競い合った仲。
そんな私が、私の力が。
彼の体に影響を及ぼさないわけがない。
人間である男性の体に魔力が染み渡ることによる、魔物化。
そしてなるのはインキュバス。
ただし、私の、初めて男性にして成ったのは…ヴァンパイア寄りのインキュバス。
「なぁ、クレマンティーヌ」
彼はようやく私の名を呼んだ。
ただそれはいつものように優しい声じゃない。
温かな気持ちにさせてくれる言葉じゃない。
どこか冷たく、どこか切なく。
どこか…悲しい声色で。
「オレ…人間じゃなくなったのかな…?」
その一言に私は―
「―ああ…」
ようやく言葉を発することができた。
ただ自分でもわかるくらいに小さく。
消え入りそうな声で。
それしか言うことができなかった。
それを聞いて彼は…。
―ユウタは…。
「…そっか」
そう、呟いた。
彼もまた小さい声で。
寂しい声色で。
振り返って私を見た。
「…んじゃ、仕方ないな」
優しい笑みではない。
いつも浮かべていたあの笑みじゃない。
悲しげで、自嘲するような。
自分自身を卑下するような。
そんな笑み。
ユウタは既にわかっている。
自分が人間ではないということに。
それが誰の手によるものなのかも全てわかってる。
わかった上であの笑みを浮かべている。
本当なら私を責めたいはずなのに。
怒り、憤り、私を責め立てても悪くないのに。
それが普通なのに。
それなのに、ユウタは…っ!
「…何で」
「ん?」
「何で、君は…そうなんだ?」
ようやくこちらを見てくれたというのに。
その瞳を向けてくれたというのに。
私がユウタを見れなくなってしまう。
俯いて、自分が浮かべている表情を隠して。
恥ずかしくも震える声で。
「君は…私を責めたいのではないのか?君をそんな風にしてしまった私を…」
「…」
「わかっているのだろう?君はもう、人間ではないのだよ?」
「…」
「私のせいでそうなってしまったのだよ?それを…」
望んでいた。
祈っていた。
願っていた。
ユウタがそうなることを。
そうして私の隣にいてくれるようにと。
でも、それは私の我侭で…結果ユウタを人でなくした。
ユウタからすれば理不尽極まりないそれを。
行ってしまった暴挙を。
ユウタは何で責め立てない?
ここまでやって文句も言わず、泣き言も言わず。
罵倒なんてしないで、怒鳴らないで。
どうして、そうでいられるのだ?
どうして―
「君は、どうしてそう笑っていられるのだ…?」
わからない。
わからないよ。
彼が初めて私に歩み寄ってくる男性だったからじゃない。
彼が私にとって大切に思えたからじゃない。
彼が欲しいと心の底から望んだからじゃない。
わからないんだ。
ここまでしてもなお責めることもしない彼が。
見えないんだ。
まるで闇のように、真っ暗でそこが見えないように、何を感じて何を思っているのか。
聞こえないんだ。
泣き言、罵倒、愚痴、誹謗。そんな言葉何一つが。
いくら心が強かろうが、精神が強固だろうが。
ここまでされてなお許せる人間はいないだろうに。
「それじゃあ、泣いたらいいのかよ?」
「…」
「泣いて、それで大声出して、罵倒して、責め立てて…そんなことしてどうするんだよ?」
「…」
「それでオレは
―人間に戻るのかよ?」
戻れるわけがない。
一度こちら側へ来た以上、もう後戻りはできない。
魔物へとなった者が人間に戻るなんて前例がないのだから。
「でも…それでも、君は―」
「―それに言ったろ?」
私の言葉を遮って彼は言う。
「恩を返せるときに返してくれって」
小さく笑って言った。
できる限り笑おうとしているのはわかる。
それが空元気で、私によけいな不安を抱かせないようにするためだということも。
だからこそ痛々しく思えた。
その笑みを見て、胸が締め付けられた。
「オレは死に掛けてたんだろ?こんな服着て、病院のベッドで寝かされてりゃ気づくんだよ」
「…」
「助けてくれたんだろ?」
違う。違うんだ。
私は助けるために君を引き込んだのではない・
救いたくて魔物へ変えたわけではない。
あの方法が、その手段が…唯一私の出来ることであっただけ。
そして、それを口実に手に入れたかった。
欲しかった。
ただ君が欲しかっただけなんだ。
自分勝手に求めて、永遠の命を勝手に与えて。
ずっと私の傍におきたくて、ずっと共にいたくて。
だから、勝手に首に噛み付き、魔力を流し込んだ。
ただ、それだけであったんだ。
だから怒られはしても…感謝される筋合いはない。
「ありがと」
口の端を上げて、からからと。
楽しそうに、嬉しそうに。
ユウタは笑った。
本当なら笑えることではないのに。
無理に笑みを浮かべていることがわかってしまう。
その笑みの裏には疲れたように、あきらめたように。
感情を押し殺して笑っていることが、見えてしまう。
ああ、そうか。そういうことなのか。
そこで私は気づいてしまった。
ユウタがここまでやさしくできる理由。
ユウタがここまで捨て身に他人を思いやれる理由。
―既にあきらめているからなのだろう。
自分が恵まれることを。
自分が救われることを。
仕方ないと、自分に言い聞かせて納得して。
無理やりに、嫌でも。
あきらめている。
それがどうしてなのかはわからない。
きっと生まれやその生活が結果的に作ったことなのだろう。
それが―
「君はっ!」
とても―
「本当に…っ」
―つらいことだった。
「馬鹿じゃないのか…っ!!」
上げた顔から雫が垂れる。
快楽を与える水ではない。
同じ水でもまったく違う。
私の目から零れ落ちた、涙。
それを見て、泣いている私を見てユウタは驚きの表情を浮かべた。
「え!?ちょっと!クレマンティーヌ!?」
「君は…君はどうしてそこまで…」
みっともなくわめきながら。
情けなく泣き叫びながら。
「そこまで自分を捨てられるんだ…っ!」
全て仕方ないと、済ませることができるんだ。
相手が悪くても、仕方ないといって許してしまいそうな。
器量が広いわけではない、ただ我慢してるだけ。
そんなのでは得なんてないはずなのに。
甘んじて受け入れている。
しょうがないと認めてしまう。
それは優しさといえるものではない。
自ら望んで不幸を受けいれるそれはただの自虐行為だ。
嫌だというところは嫌と言う。
拒否するところも拒否をしている。
それなのに、大事なところで受け入れてしまう。
それがどうしようもないくらいに、つらい。
「君はっ!!」
震えた声、流れる涙。
みっともなく人前でするような顔ではないだろう。
今までこのように泣き叫んだことはなかったのに。
ここまで感情をあらわにしたことはなかったのに。
情けなく、不恰好に私は慟哭する。
何百年と生きてきたヴァンパイアが、まるで我侭な少女のように。
「君は…君という奴は…っ!!」
ぼろぼろと零れ落ちる涙。
振り乱した金色の長髪。
それらは月明かりの下で煌びやかに輝いた。
「ユウタは…っ!!」
そこまで言って、続かなかった。
喋れなくなったからではない。
言葉に詰まったからではない。
それは、抱きしめられたから。
ユウタに、抱き寄せられたから。
「…ユ、ウタ?」
温かく、蕩けてしまいそうなぬくもり。
硬く男らしい反面、心地良い抱き心地を感じさせる。
それでいて香る彼の匂いは下半身に熱をともす。
背へとまわされた腕は柔らかに私の体を抱きしめた。
温かい。
今まで私が感じることのできなかったもの。
そして、欲しかったもの。
こうしたいと、願っていたものがここにあった。
「…クレマンティーヌはさ」
「…」
「勘違い、してるんだよ」
「勘違い…?」
何を言っているのだろう。
どこで私が勘違いしていると思ったのだろう。
自身の失態を見逃すほど愚かではない。
自分の過ちを省みないほど馬鹿でもない。
今回のことは全て私のせいである。
それは、変らぬ事実だ。
それを、どう勘違いしているのだろうか。
「確かに人間じゃなくなったことには驚いてる。びっくりした。でもさ、違うんだ」
「違う…?何が、違うのだ…?」
「オレはさ自分を捨ててるわけじゃないんだよ。嫌なことは嫌って言うし、苦手なことは苦手だ。我慢だって好きでできるわけじゃない」
「…それでも、ユウタは私のために」
「それはクレマンティーヌが困ってたから。それと、綺麗だったから」
「綺麗…私が?」
「そ。美人に男は弱いんだよ。オレだってそうだ。本当のことを言えばきっと幻滅するだろうよ」
オレも男で、汚いところもあるんだから。
そう言って小さく笑った。
笑って、頭を撫でてくれる。
じんわりと温かい手がそっと髪を撫でていく。
ああ、とても気持ちがいい。
とても、心地いい。
先ほどまで高ぶっていた感情も自然と穏やかになる。
満たされ、そして安心できる。
こんなもの感じたことがなかったな。
ユウタに出会い、血をもらったときにも似たものを感じたが。
それでも触れ合うとこうも違うものなのか。
これは知らなかったよ。
知らずに…もっと欲しくなってしまう。
もっと近づき、その身を寄せて。
手を背へまわし抱きしめる。
一瞬ユウタの体がびくりと震えるが構わず私からも抱きしめる。
先ほどよりもずっと触れ合い、重なる肌。
彼がいつも着ている服とは違い薄く感触が伝わりやすい。
ユウタの体の感触が、温かさが、伝わってくる。
「…温かいよ」
「そっか…」
ユウタの首筋に顔を埋め寄りかかり、抱きしめる。
首には二つの赤い点。
紛れもない私が血を吸った痕だ。
既に傷はインキュバス化の影響で塞がっているがそれでも残ってしまった。
それは後ろめたいことでもあるが、同時に私の証を残せて嬉しいと感じた。
不謹慎なのだろうけど、ね。
月明かりの下で私とユウタは抱きしめあっていた。
「っ」
…そんな中、ユウタがわずかに身を捩った。
嫌がって離れようとしているわけではない。
それなら突き飛ばすなりすればいい。
それ以前に抱きしめるなんて行為をしないだろう。
それでも、下半身だけ離そうと。
「ユウタ…どうかしたのかい?」
「いや…えっと…その…」
恥ずかしそうに言いにくそうしているユウタ。
どうしたのだろうか、そう思っているとそれがなんだかわかった。
太もも辺りに感じる硬く熱い感触によって。
「…っ!」
それが何なのかわからないわけではない。
これでも無駄に長く生きてきたわけじゃない。
それに親友が淫魔なんだ、この手のものはよく聞かされる。
これが何なのか、聞かされることは多々あった。
これが、ユウタの…。
おそらくインキュバス化したことによる影響だろう。
きっちり彼女の影響も受けているようだった。
「…悪い」
そう言って体を離そうとするのだが、離さない。
ようやくこの距離まで近づけたんだ、離してなるものか。
ヴァンパイアの怪力を持ってでも抱きとめる。
「あの…クレマンティーヌ?」
「その…ね、以前言っただろう?」
「何を?」
「私も…君のためにそういうことをするのはやぶさかではないと」
「…言ってたけどさ」
「今はこうして触れられる。以前はキスもした。だから…その…」
「いや、クレマンティーヌ。そういうことは軽はずみでするもんじゃないだろ?」
「これが軽はずみだと思うのかい?」
「…」
「私は本気だよ。ここまで私のためにしてくれた男性に何の気持ちも抱かないわけがないだろう?」
「…」
「私は君のためにしてあげたい…いや、そうじゃないな。
―私はユウタだから、君が好きだからしたいのだよ」
「っ」
「だから、ね…」
ようやく言えたこの言葉。
これ以上無用なものは要らないだろう。
ここまで言ってわからないほどユウタも鈍くはないはずだ。
そっと頬に手を添え、目を合わせる。
「え、っと…その…」
気まずそうにそれでも照れているように頬を染めるユウタ。
こういうことには慣れていないのだろう。
何をすればいいのかわからず戸惑っている。
そんな様子も愛おしく思える。
ふふ、それでは。
あの夜の続きと…いこうじゃないか。
顔を近づけ私はそっと唇を重ねた。
―月明かりの下で影のない二人が重なった。
パチンと私は指を鳴らした。
途端にその音に応じるかのように黒々とした焔のようなものが集い、形を作る。
それはまるで炎のように揺らめいているが触れたところで火傷はしない。
これは闇。
私が、ヴァンパイアが扱う上級魔法。
ただし、夜のように闇のあるところでしか使えないという難点がある。
それでもかなり応用が利くものである。
「…すご」
それを見たユウタは目を丸くして驚いたようだった。
魔法のないこの世界。
彼の目からしたら珍しいどころではないだろう。
少し得意げになってしまうね。
「ふふ、どうだい?これが魔法だよ」
「魔法って…あるところにはあるのかよ。確かにあの薬もそんな感じだったけど」
それはユウタに渡した傷薬のことだろう。
手首を切ってまで血を分けてくれる彼に渡したものだ。
塗り薬であり、塗るだけで傷跡まで消せるという優れ物だ。
あれを使った後も随分驚いていた。
あれは…楽しかったね。
「それでは…」
私は抱きしめたユウタとともにそれに身を倒した。
「え、ちょっと!」
音も立てずに沈む闇。
それでも空気を集めて形にしたかのように柔らかく受け止める。
私の眠っているベッドに比べれば劣るだろうが…それなりのものにはなっているようだ。
これならば目的を存分に果たしてくれるだろう。
押し倒したユウタに労をかけずにすむというものだ。
「あの…クレマンティーヌ…?」
私の体の下にいた彼が心配そうに呼んだ。
心なしか顔が引きつっている。
「…これ逆じゃね?」
どうやらユウタが言いたいのはこの状況のようだ。
私が押し倒し、そのまま交わることに疑問を抱いている。
というよりも彼の中では男性が上、女性が下。
この状況で言うならば私を押し倒すのがユウタということなのだろう。
「オレが押し倒したいんだけど…」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね。だがもう―」
―限界なんだ。
今までにない、私を受け入れてくれたはじめての男性で。
私に血を分け与えてくれる優しい男で。
自ら歩み、包み込んでくれる。
温かく迎えてくれる。
そんな異性に惹かれないわけがない。
それに。
今私には止まるための箍がない。
触れられないという状態ではない。
むしろ触れたいとまで思えるようになった。
ユウタだからこそ、もっと肌を重ねたい。
さらに先へと進みたい。
今までこのようなことがなかったからだろう、その反動はかなり大きい。
耐えていたからこそ、この欲望は止まらない。
まずは共に肌を晒そう。
その服も、私のドレスも取り払おうか。
名残惜しくも私はユウタの体から離れる。
そのとき私の髪がほほを撫で、くすぐったそうに身を捩る。
ふふ、私に頼りがいがある姿を見せてくれたときとはまた違う姿は…そそられる。
薄いその服に手を掛けて脱がす。
もとから脱ぎやすく作られていたのだろう、特に苦もなくするりと脱がせた。
月明かりに照る彼の体。
余計な肉も筋肉も付いていない細い肉体だ。
首筋、厚い胸板、浮き出た肋骨、割れた腹筋。
男性らしいラインを描き、男らしさを損なわぬ美しさを感じる。
ただ。
手で撫でると異様に感じる骨の硬さ。
ただ平凡で普通の生活を送っているものにとってこれは異常だろう。
何度も折り、そのたびに一回り大きく丈夫になる骨。
一度や二度折った程度ではないのだろうね。
いったい何をしてきたのだろうか。
そこらの歴戦の戦士に並んでも遜色ないかもしれない。
そういえば彼の師があの規格外な女性だったのだね。
強くなって当然か。
「ん、くすぐったい」
「そうかい?すまない」
「いや、いいけどさ…なんていうか…やっぱ逆じゃね?」
まだ気にしていたのか…。
「別にそんなことは気にせずともいいと思うのだけどね」
「男だから気にするんだよ」
「ならば、任せてくれないかい?」
今まで散々君に頼って、甘えてきたんだ。
だから尽くしてあげたいと思うのだよ。
欲求のままに君を求めてしまうことになってしまうだろうけど、ね。
「…大丈夫なのかよ?」
そう言ってユウタはそっと手を伸ばす。
その手は私の肩に触れ、動きを制する。
「したこと、ないんだろ?」
そう言われてはとまらざるおえない。
確かにそうさ。
今まで男性に触れたことのない私がそんなことを経験しているわけないだろう。
ユウタがそれに気づかないわけもない。
だが。
「…それは君もだろう?」
ユウタも同じ。
普段の行い、態度。
私が過剰に触れることを避けたり、以前私が大蒜のにおいを嗅いだときの対応。
それから、口付けをしたとき。
慌てて、おどおどして、力抜けていた彼。
慣れているものならあんな対応しないだろう。
それほど経験をしていないというわけでもないだろう。
「…よくわかったな」
当たっていた。
そうか、やはり初めてなのか。
…心の仲でガッツポーズをしていたのは秘密だ。
「私に任せて欲しい」
「いや、でも」
「だめ、だろうか…」
そっとユウタの瞳を覗き込んで頼んでみる。
親友から教わったおねだりの方法だ。
使うわけもないと思っていたが…こんなところで使うとは。
というか私のほうがずっと年上、甘える動作なんて似合いはしないと思うのだが…。
そんな私にユウタはあーとかうーと唸っていた。
「…仕方ないな」
そして、その一言。
あきらめている半面、肯定である。
どうやら受け入れてくれるようだ。
「ふふ、それでは尽くさせてもらおうか♪」
「…お手柔らかにお願いします」
その言葉を聞いて私はそっと身を移す。
下へ、下へと。
先ほどから太腿に擦りつけられるそれへ。
シンプルなデザインの下着を脱がし、それをそっと撫でる。
これが…か♪
指先から伝わる熱。
鉄のように思える硬さ。
男性器というのは知ってはいて今まで見たことがなかったが…こういうものなのか。
顔を近づけると独特のにおいがする。
変わったニオイだ。それでも嫌ではないね。
そしてなぜだか…体の奥がじくじくと熱くなる。
「これを吸ったり舐めたりすればいいのだろう?」
「初めてなんだろ?無理するなよ」
「何を言うか。他ならないユウタのものなのだよ?」
無理わけ、ないだろうに。
好きだからしたいのさ。
そういってやると彼は照れたように顔を逸らした。
まったく、可愛らしいことをしてくれる。
嬉しくなってしまうね。
顔を逸らしているユウタに不意打ちのように私は男性器をべろりと舐めた。
「う、あっ!?」
初めての感覚に驚き背筋が反り返った。
ふむ、どうやら感じてはくれているようだね。
それでは…♪
先端にそっと唇を這わせた。
それだけでもびくりと小さく震える。
「気持ちいいかい♪」
「それ…質問かよ…ぁっ!」
小さな悲鳴。
なんとも愛らしいものだ♪
これ以上のことをしたら…どうなるのだろうね?
私はドレスを脱ぎ捨て胸を露にする。
「…」
揺れる胸にユウタの視線が釘付けになる。
「そんなに見られると…恥ずかしいよ」
「あ、悪い」
以前は君のためなら肌を晒すことも厭わないなどといったがやはりこうすると…恥ずかしいものだ。
悪いなどといいながらもゆうは和顔を逸らしたが横目でこちらを伺っている。
…。
「…気になるのかい?」
「そりゃ、まぁ…」
「そういえば君は胸の大きな女性が好きなのだったね」
「…まだそれを」
「気になるのなら…ほら♪」
私はそう言ってユウタの男性器を胸に挟んだ。
「っ!!」
私の胸に挟まるそれ。
熱くびくりと大きく震えた。
刺激的には弱かろう。それでも視覚的には刺激が強いと聞いた。
…まぁ、親友に聞いたのだけど。
それでも聞いておいて良かったかもしれない。
「ふふ、熱く脈打っているよ…♪」
挟んだ胸から伝わる鼓動。
それで…確か…胸を押し付けて上下に…だったか。
親友から教わったままに両側から胸を押し付けるようにしてゆっくりと上下させる。
しかし興奮によって汗ばんだそれは潤滑油役割を担ってくれなかった。
これでは激しく動くことなんてできないね。
だがそれは逆に凄まじい刺激となっていたのだろう、ユウタが声を出すまいと必死に口を閉じている。
抵抗のつもりだろうか…だとしたら、なんとも可愛らしいものじゃないか。
しばらく上下していると先端から粘っこい液体が出てくる。
これが精液…ではないだろう。
だが限界は近いことに変わりはない。
もう一息というところだろう。
「なるほど…だんだんコツが掴めてきたよ」
「え?うぁっ!」
胸の谷間から突き出すユウタの男性器に再び舌を這わす。
先端を舐り、キスを落とし、唇で挟む。
そのたびに先走り汁があふれ出し苦みある独特の味を感じさせる。
そろそろだろうか?
「はむっ♪」
私はユウタのを口に含んだ。
「っ!!クレマンティーヌっ!それ…も、うっ!」
今までで一番大きく震える。
そう思った瞬間それは口の中に流れ込んできた。
「んんっ!?」
勢いよく湧き出す、まるで間欠泉のように吐き出される液体。
変わったにおいが鼻をつき、味わったこともない粘っこいそれを味わう。
これが…精液…♪
舌で転がし、喉で楽しみ、そして飲み込んでいく。
そのたびに下腹部の熱がよりいっそう強くなるのを感じた。
ユウタの血を味わったときとは比べ物にならない感覚。
陶酔にも似た気分は淫靡なものになり。
満たされていたものが刺激され、さらに欲しいと思わされ。
それでいて体に広がるのは焦らすような快楽。
甘美であり、筆舌しがたい快感。
…欲しい。
もっと、したい。
嬉しいことに一度出してなおユウタの男性器は硬さを保っている。
さすがインキュバスというところだろう。
たかが一度や二度で止まるはずもない。
精液全てを飲み下し、私は身を乗り出してユウタの体に覆いかぶさった。
「…クレマンティーヌ…っ」
息も絶え絶えに言う様子からしてどうやら刺激が強すぎたらしい。
初めての快楽に戸惑うその顔に申し訳なさを感じるが…それでも止まれない。
それ以上に嗜虐心を刺激される。
そっと指を這わせるといまだ敏感なのだろうそれはびくりと力なく震えた。
「もう、いいだろう…ねぇユウタ…♪」
「…」
ユウタは力なく頷き、肯定を示してくれた。
「ふふ、それでは…♪」
するりと下着を脱ぎ去りユウタの下腹部に跨る。
既に湿っていた私の膣はぬるりとした粘液を滴らせた。
「挿入れる、からね…♪」
そう宣言して私は腰を下ろした。
愛液で濡れた私のとユウタのそれが触れ合う。
ああ、熱い…♪
先ほど胸に挟んだときも思ったが燃えるような熱を持っているそれ。
硬さも損なわず、はちきれんばかりに張っている。
ようやく繋がれる…。
初めては痛いと聞いたがそんなことどうでもよくなる。
痛いのには慣れているし、それ以上に早くユウタと繋がりたい。
下腹部で燃え上がるこの疼きを治め、この乾いた情欲を満たしたい。
初めて抱いた気持ち、昂ぶったこの心のままに交わりたいっ!
触れ合っていたところから一気に力を入れ、ユウタの男性器を私の膣内へと招きいれた。
じゅぷっと、淫靡な水音が体に伝わる。
そして感じたものは今までにない、言い知れない感覚だった。
「はぁああああああああっ♪」
肉を掻き分け熱いユウタのものが押し広げて進んでくる。
途中で私の純潔を破った感覚もしたがそれによって生じた痛みをも塗り返すほどの、まるで神経を直接刺激されているような凄まじい快楽が駆け巡った。
ずぶずぶと音を響かせながら男性器は私の膣へ埋まっていく。
「う…ぁっ…っ!」
反射的に逃げ出そうとするユウタ。
だが思った以上に形になった『闇』は柔らかく力を加えるほど沈んでいく。
十全には動けない。
それよりもその動きが助けとなりぱちゅんっと音を立てて全てを呑み込んだ。
「はぁ…♪あ…入った…っ♪」
既に体全体で感じていることだが改めて口にすることでその事実を確認する。
それが、嬉しいから。
ようやく一つになれたことが、とても嬉しい。
「どうだい…ユウタ…私の中は…」
「…っ…気持ち、良すぎ…っ!」
「そうか…嬉しいよ♪」
そっと身を抱き上げ、その頬を撫でる。
あの夜も見たが…快楽に耐える表情というのは…こうもそそられるのか。
好きな相手が私の手でここまで感じてくれているというのはとても嬉しい。
だが私も同じようにただ入れただけだというのに気持ち良くなっている。
体が悦び、心が満たされる。
それでも満たされてなお欲する自分がいる。
貪欲なのだな、私というのは。
「動くよ…♪」
ユウタを抱きしめたまま私は腰を上下させる。
いわゆる座位という奴だ。
動かし方にはコツがいると親友が言っていたが…それでもこれはいいね。
抱きしめることができ、肌を触れ合わせることができる。
私としてはなんとも好ましい体勢だ。
「ん、ぁ、ああっ♪」
これは…っ♪
先ほどただ入れるだけでも気持ちが良かった。
足の間から頭まで貫くような感覚は未曾有のものだった。
それでも動くたびに、ただわずかに膣壁を擦られるだけで先ほどの快楽が生じる。
ただ一度、ただ少しだけだというのに。
感じる快感は膨大だった。
自然、腰が動いてしまう。
本能的にこの感覚を貪りたいと動き出す。
ゆっくりと味わうように。
「んん…ぁ…すごい…っ♪」
ユウタの男性器が私の膣内で暴れている。
それをじっくり舐るようにいやらしく腰が動いてしまう。
上下に、そっと。
しかしその動きは徐々に速度を上げていく。
「あっ♪ふ、ぅ…んんっ♪」
ただ動いているだけなのに。
動くたびに頭の中が、心がっ―
―ユウタで…一杯だ…っ♪
腰を動かし、打ち付けていると。
「んっ!」
「っ♪」
いきなりユウタが唇を押し付けてきた。
そのまま強引に唇を割って舌が口内へと侵入してくる。
奥手な彼にしては急で荒々しい行為。
男らしさを感じさせるそれににどきりとしながら応じて舌を絡ませる。
「ふ……むぅ♪」
ユウタの舌から感じる甘さ。
血もまたほんのりと甘い味がしたのだがそれ以上に蜜のように甘く感じる。
甘いものが好きな彼だ、もしかしたらそのせいで唾液も血も甘くなっているのかもしれない。
「ふむ、んー♪ちゅる、ちゅ♪」
撫でるように舐めあい、互いの唾液を絡めあう。
啜っては舐り、舐めては唇で挟む。
ユウタ自身経験のなさからどうすればいいのかわからずぎこちなく動く舌。
それがまた、気持ちがいい。
一方私は経験はなかったにしてもずっと年上、そして魔物だ。
どうすればいいのか、どうすればよくなってくれるのか本能的にわかってしまう。
自然にユウタの頭をかき抱いて、そのまま深く口付ける。
私から舌を差し入れればそれに合わせるようにユウタもまたキスを変えてくる。
どうやら慣れが早いのかそれとも学習能力が高いのか、技巧がつき始めてきたようにも感じる。
唾液が混ざり合い、顎へと滴った。
「ちゅ♪」
音を立てて唇を離すと銀色のアーチがかかりぷつんと切れた。
「ぷはっ!クレマンティーヌっ!激し、すぎっ!!」
「すまない…でも、あっふぅ♪んん、あまりにも、気持ちよすぎて、ぇ♪止まれないのだよ…っ♪」
それ以前に止まりたいとも思えない。
初めて味わう快楽の味に抗えない。
もう何度目の前が真っ白になったのか、何度体が痙攣したことか。
それでも止められない。
これではまんま獣だ。
情欲のままに快楽を貪る、淫らでいやらしいケダモノだ。
そう思ったところでこの感覚を否定できない。
むしろさらに燃え上がる。
野外で廃墟の屋上で、淫らな音を響かせながらも腰を打ちつけ続ける。
そうしてるだけで高みに押し上げられ、そしてユウタの男性器が力強く擦り上げてきた。
膣壁を押し分け、下から子宮を押し上げてくる。
こつんこつんと叩かれるたびに頭の中が真っ白になり意識がどこかへ飛んでいきそうだった。
「あっ♪あぁあっ♪こんなのっ♪」
私の女性器はきゅんきゅんと疼きユウタの男性器を抱きしめる。
子宮口までが離したくないとばかりに先端に吸い付き精液をねだるかのように啜り上げる。
欲しい、もっと欲しい。
ユウタの精液が欲しい。
その気持ちに応えるように私の膣内でユウタはびくびくと震えだした。
子宮へ届くように腰が浮き上がり、私からも腰を下ろして迎え入れる。
どうやら限界が近いようだね…♪
「クレマンティーヌ、もうっ!」
「っ!ああ、いいよっ♪全部、私の中に―」
言い切る前にユウタは私の腰を掴み、一気に深くまで差し込んだ。
ずんっと、子宮口を強く叩かれ目の前がショートする。
「はっ♪」
そして、流れ込んできた。
「ああああああああああああああああああっ♪」
まるでマグマのように熱い精液が子宮へと。
膨大な量で私の中を満たしていく。
先ほどまで味わっていた快楽が子供だましに思えるようなほどの快楽。
熱く激しく、それで優しく。
ユウタの血を吸ったときよりもずっと満たしていく。
「あ、はぁ…っ♪」
こんなの…、知らない…♪
ここまでいいものなんて、知らなかった…っ♪
体に力が入らなくなり、意識が闇に沈みそうになる。
それをかろうじて耐えそのまま体をユウタへと預けた。
「はぁ…ぁ、はぁ…♪」
荒くなった呼吸を整えているとすっとユウタが身を離そうとする。
後ろにもたれかかろうとしているのだろうか?
「あ、やぁ…」
私は離れていこうとするユウタの体を抱きしめた。
この感覚を離したくない。
このぬくもりを失いたくない。
繋がっていることはわかっていても、肌が離れていくのが寂しく感じる。
今まで感じたことのない温かさを手に入れ。
記憶にない優しさに触れて。
逆に離れることに恐怖を覚えてしまう。
「クレマンティーヌ?」
「もっと、抱きしめて…」
か弱く儚い私の声。
自分自身こんな弱弱しい声を出したことはなかった。
しかし、聞き取れるかもわからないその言葉をユウタはしっかり聞いていて、応えてくれる。
「はいよ」
ぎゅっと。
優しく強く抱きしめてくれる。
肌と肌が重なるように、離れていかないように。
私を安心させてくれる。
胸から心音が伝わり、耳からは息遣いが聞こえ。
重ねた肌からぬくもりを感じ、瞳には快楽に蕩け、なお優しく微笑もうとする表情が映る。
そして、いまだ繋がっているユウタの男性器は硬さを保ったまま。
既に二回出しても尽きない精力はさすがインキュバスというところだろう。
これが親友である彼女の影響なのだから…後で礼でも言っておこうか。
「ユウタ、もう一度…このままで…」
「おう」
小さく頷き、そっと唇を重ねる。
そうして私とユウタは抱きしめあったまま行為を再開した。
「…次からはもう少し加減してくれな?」
「…すまない」
心なしかユウタがげっそりしているようにも見える。
いくらインキュバスになったとはいえ、抜かずに二桁はきつすぎたようだ。
行為を終えた私とユウタは並んで廃墟の屋上に立っていた。
私は既にドレスを着ているし、ユウタもあの薄い服を纏っている。
一段落着いたというところだ。
それでも、一番重要なものがある。
「ねぇ、ユウタ」
「うん?何?」
「これから…どうする?」
これから。
人間ではなくなったユウタはこれからどうしたいか、だ。
こうなってしまったのは私の責任。
勝手な判断で行ってしまったもの。
それなら負うべき責任があり、償うべきものである。
「どうするってもなぁ…」
これには流石のユウタも困惑しているようだった。
しないほうが無理だろう。
目が覚めればいきなり人間ではない、明日から人ではない生活を余儀なくされる。
人間の外装だとしても中はまったく違うのだからこんなところで生きていくには窮屈すぎるだろう。
体力、魔力、精力。それから寿命。
あらゆるものが人知を超えている彼だから、もうこの世界には馴染むことはできそうにない。
「…とりあえずここにはもういれないな」
「なら、どうする?」
「そだな…」
しばらく考えているように顔を伏せていたが決意したように私を見た。
インキュバスになってなお染まらない、闇のような瞳で私を見据えて。
「クレマンティーヌの来た世界に行ってもいい?」
そして、その答えにたどり着く。
こちらは魔物のいない世界。
それに対してあちらは人間もいるが大半が魔物。
魔界となれば皆魔物。
ユウタが周りから蔑まれることはないし、馴染めないわけもないだろう。
だがそれは。
「…いいのかい?君はこの世界を捨てるというようなものなのだよ」
この世界を捨てる。
ここへ戻ってくることはできるだろうが…それでもここでの生活、それから大切な存在とは別れることになる。
しかしユウタは言った。
「いいさ」
はっきりと、覚悟を決めた瞳で。
「もう独り立ちしてもおかしくない歳なんだから」
「…そう、かい」
それならば私は何も言わない。
ユウタが一度決めた覚悟を取り消さないことを良く知っている。
優しく、そして真っ直ぐなユウタだから。
別れるというその覚悟を生半可な思いで決めたわけではないのだろう。
だから私にはできることをするまで。
「それならば…私は一生、君の傍で過ごすと誓うよ」
「へ?」
「これくらいしかできないのは許してくれ」
君が別れるという覚悟をしたなら、私はそれに付き合うまで。
永劫終わらぬ体にしたその罪を償うために。
こんな私が陥れたせめてもの罪滅ぼし。
私の、唯一できること。
「非力で傲慢で自分勝手な…女の覚悟さ」
「そっか」
ユウタも何も言わない。
それでもそっと手を握ってくれる。
温かく、包み込んでくれる。
私からもその手に指を絡めて応じる。
「それじゃあ、頼んだ」
「ああ、ずっと…一緒さ」
そっと顔を近づけ、月明かりの下で唇を重ねようとしたそのときだった。
―轟音が響いた。
「「っ!?」」
私達の後ろから、この廃墟の屋上の唯一の出入り口から。
金属製のドアを蹴りこむような音とともにそれは現れた。
それは災厄であり、残酷な現実で、徹底的なまでの暴力。
影のような髪を振り乱し、闇のように深い色の瞳をぎらつかせ彼女は―
―黒崎アヤカはいた。
「吸血鬼っ!!」
私の姿を見て、ユウタの姿を見て、叫ぶ。
「なんてことしてくれたのさ!あんた…ゆうたをっ!!」
おそらく彼女は病室から消えたユウタを探していたのだろう。
これほどまで広い街をたった一人。
先ほどまで階段を駆け上がってきたのだろう、息荒く汗が垂れるがそれを気にする様子もない。
「人ん家の家族に…何してるのさっ!?」
彼女は気づいているのだろう。
ユウタのことに。
ユウタが既に人ではないことに。
アヤカとユウタは双子。
片方の異常に気づくのが当然なのかもしれない。
もしかしたら探し回っていたわけではなく、最初からユウタのいる場所もわかっていたのかもしれない。
「待てよ、あやか」
そう言ってユウタは私を庇うように間に立つ。
私に背を向け、そのせいで表情は伺えない。
それを見た彼女はぎりっと歯軋りをした。
「クレマンティーヌは悪くない」
「悪くない?あんたを人間じゃなくして、それで悪くないって言うの!?」
「そう言ってるんだよ。現にオレを助けてくれた」
「助けたわけじゃないでしょうが。そのせいであんたは人間じゃなくなってるんだよ?それを助けてもらったなんて言えるわけないでしょうが!!」
激昂、憤怒。
彼女の言うことは正しい。
厳しく、つらく、それで現実的。
それで、怒っている。
私の理不尽と勝手さに。
それでもユウタはなお首を横に振る。
どちらが正しいかなんていえば彼女のほうだろう。
それでもユウタは否定を示す。
「でも、オレはこうして救われてる」
その言葉に彼女はだんっと床を踏み鳴らした。
地団太を踏み、私達を見据える。
「何でゆうたはそこまで言えるのさっ!人間じゃなくなってどうしてそこまで優しくできるのさっ!?」
「んなもん決まってるだろ」
そう言って笑う。
笑って、尖った八重歯を見せつけて。
ヴァンパイア寄りのインキュバスの証、私の影響を表す牙を見せて笑う。
優しそうに。
「―好きだからだよ」
どきりと心臓が高鳴った。
今まで初めて言われたその言葉。
優しく、想いを乗せて
強く、気持ちを伝えて。
温かく、心を添えたその言葉。
「ユウタ…っ」
ああ、それは反則的だ。
君は…本当に不意打ちが過ぎる。
「〜っこんの大馬鹿弟!!」
そう言ってアヤカは何かを投げつけた。
包みに入った何か。
それをユウタの顔面に正確に投げつける。
「おぶっ!?」
ユウタの顔がそれに沈むのを見てどうやら中身は布の類だとわかった。
布?着替えだろうか?
包みを開くと…それはユウタがいつも着ていた黒い服。
「…学生服?」
「それ持ってどこにでも行けっ!馬鹿!!」
そう言ってアヤカは背を向けた。
帰るつもりなのだろう。
「あやか…」
「…お父さんから伝言。『彼女、幸せにしてやれ』だってさ」
「…」
「吸血鬼っ!」
そこでアヤカは初めて私を呼んだ。
しかし、背を向けたまま。顔を向けないまま。
荒々しい声色で怒鳴るように言った。
「ゆうたに無茶させたら…承知しないんだから」
そう言った。
今までとってかかってきた彼女が、私のことを親の敵のように見ていたお姉さんが。
初めて私を認めたような気がした。
もとよりユウタに無茶をさせるつもりはない。
それでも彼女は聞きたいのだろう。
ユウタの気持ちを聞いて、私の気持ちを問うているのだろう。
そんなもの、一つに決まっている。
「勿論だよ」
「…そ」
そうして彼女はそっけなく答える。
私に対する態度は改めるつもりはないらしい。
最初と変わらず、なんとも彼女らしいじゃないか。
「それから、ゆうた」
アヤカは顔だけこちらを向いた。
一度私を見て、それでユウタを見つめる。
「―あたしは待ってるよ。あんたが人間でなくなろうと…待ってる。だから、いつでもいいから……ちゃんと帰って…きてよね」
恥ずかしそうに、照れくさそうに。
素直になれず、それでも精一杯頑張る姿。
それは可愛らしく、愛らしい。
私を殺しに来た人間というのにそう思えた。
「…おう!」
ユウタの返事を聞いてアヤカは小さく笑い、そのまま帰っていく。
多くは語らなかった。
それでもユウタもアヤカもわかっているのだろう。
伝えたかったことも、その気持ちも。
「それじゃあ、クレマンティーヌ」
向き直って笑いかけるユウタ。
それに対して私も微笑む。
握った手に力をこめて。
離さないように握り締めて。
「ああ、それでは行こうか」
私はユウタと共に新たな一歩を踏み出した。
―HAPPY END―
「で…とりあえずはお帰り」
「…ああ、ただいま」
「…その吸血鬼の隣のメイド…誰?」
「彼女は私のメイドだよ、お姉さん」
「どうもはじめまして、ユウタ様のお姉様。私ハリエットと申します」
「へぇ…メイドね。随分とまぁ……だね」
「今の間は何だよ?」
「別にぃ〜。そろいもそろって胸が大きいとか思ってないし〜」
「…」
「…」
「…」
「ま、上がれば?お母さんはお姉ちゃんと出かけてるからお父さんとあたしだけだしさ」
「そだな。それじゃあ上がる―」
「―ユウタぁああっ♪」
「師匠っ!?今どっから出てきました!?」
「んもう、どこ行ってたのさぁ!今まで一人寂しかったんだよ?ユウタの体で慰めてよぉ♪」
「…クレマンティーヌ様、あの女性は?」
「…ユウタの師だ。変なことを考えないでくれ。ハリエットでは手に負える相手ではない」
「ですが…」
「師匠っ!ここ玄関なんですから!人の服脱がそうとしないでくださ―どこに手を入れるんですか!?あ、ちょ、師匠、やめっ!」
「…あれでもですか?」
「…」
「ああもう、ユウタったら可愛いなぁ♪」
「師匠、そんな…だめですから…っ!」
「そんなこと言わないで、んちゅ〜♪」
「…あれでもですか?」
「……私も参戦することにしよう」
「お手伝い致します」
「…―
―…あんたら…人ん家の玄関で何してるのさぁっ!!」
11/12/04 20:17更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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