手紙と貴女とオレと剣 中編 その2
夜風がオレ達の間を駆け抜ける…。
どちらも動かない。ただ、待っていた…。
絶好のタイミングを、
集中が極限に高まる瞬間を…
音もしないような小さな呼吸音がなぜだか異常なほどに聞き取れた。
そして…
その瞬間はやってきた。
「ふっ!!」
足に力をこめ、セスタに飛び掛る。
右の拳を限界まで引き寄せて、セスタの顔面めがけて放った。
ギャリンッ!
鉄と鉄のぶつかり合う音。
オレンジ色の火花が散る。
紙一重で剣にガードされた。
―だが、止まらない。
自重に対して重すぎるメリケンサックを、今度は左拳で放つ。
ギャリィッ!!
またもや金属がぶつかり合う。
火花が再び散る。
―それでも、止まらない。
オレは力をこめて、全霊の力を込めて拳を振るう!
右から左。上から下。左から上。下から右。
無論、彼女もただ黙って受け続けてくれるわけも無く反撃に移る。
「フッ!」
真横からの胴薙ぎ!
オレはしゃがみこみ、頭上を剣が切り抜けた。
死と隣り合わせになる感覚が、感じられる。
一瞬の気の迷いが死へとつながる戦いの中でひとつの考えが浮かんだ。
賭けに出るか、否か。
当たりはでかい分、外したときの反動もでかい。
当てられるほうの確立が極端に低い、そんな賭け…。
しかし彼女はそんなことを考える猶予をオレに与えてはくれなかった。
上から下への大きな兜割り!
すぐ横に飛び出し回避したが数本、オレの髪が落ちる。
迷っている暇は無いみたいだな…!
腹は括った。
彼女の剣撃にこのまままともに付き合えば先に倒れるのは―オレの方…。
だったらもう、これしかない。
オレはすぐさま飛び出しセスタとの距離を縮めた。
「せぃっ!!」
拳を振るう!
上下左右、四方八方から!
彼女はいともたやすく受けてくれるが…。
縦横無尽に振るわれる拳撃。
何度もセスタには届かない…が、徐々に変化は訪れる。
「…!」
その感覚に、セスタも感づいたようだった。
拳の振るわれる感覚が、徐々に短くなってくる。
振るわれた拳の力が徐々に強くなってきている。
「くぅ…!」
その変化は彼女にも見て取れた。
焦りが生じてきている。
コレはチャンスだ!
今のオレは別に特別なことをしているというわけでもない。
ただ単に拳を振るう。
自身の体を、少しだけ揺らして、振るう。
他から見ればたいしたことないその動きは、今オレが持っているメリケンサックによって効果が引き出されていた。
自分の自重と釣り合わないほど重いそれを振るえば、そこに自然と力が生じる。
遠心力。
振るえば振るうほど速度を増し、
殴れば殴るほど力を増していく力。
以前空手の師匠にコレでもかと殴られ続けられた技である。
「ぐぅ…!」
セスタの剣がブレはじめる。
手は一向に休めない。ここでもし休めたとしたらセスタからの剣撃がオレの命を容赦なく刈りにくるだろう。
休めるわけにはいかなかった。
死なないためにも、生き抜くためにも。
「っ」
何かが脳裏を掠めた。
何か、大切なことが。忘れていたであろうことが。
大切にしていた想いが…。
懐かしき双子の姉の顔が一瞬ちらつき、そして消えた。
―ああ、そうか。
何度目かわからない拳をふるって、オレはようやく気づく。
自分がこの技を習得したその意味を。決めたはずの覚悟を。
守れなかったその心を…。
自分から何度も剣を殴りにいく。
ギャリンッギャリンッギャリンッギャリンッギャリンッ!!
拳と剣のぶつかり合い。
決着のときは近づいてきていた…。
「ラぁ!!」
セスタの懐まで踏み込み、下から上へのアッパーカット!
それは正確に彼女の剣をはじいた!
「なっ!?」
一瞬。
彼女の懐にもぐりこみ、そっと両方の手の平を鎧に押し当てる。
二瞬。
セスタははじかれた剣を上からオレに向かって振り下ろす!
三瞬。
限界まで力を蓄えられた力を、放つ。
ゼロ距離からの打撃。
それは相手に外傷を与えることを目的としない攻撃。
相手の内部を狙った衝撃。
地に足をつくことで限界まで踏ん張りをきかせ、両腕に極限まで絞り込んだ力を溜め込み、
そして放つ。
空手の師匠から教えられたすでに現代では使わないであろう極意。
無論生身で喰らえばひとたまりもない技。
硬い防御さえ貫く一撃。 『鎧通し』
―音なき衝撃が辺りに伝わった―
「がぁ!?」
遅れてセスタの体が後ろに吹っ飛んだ。
「―っ!!」
反動で、オレも後ろに転がる。
月明かりで照らされた空き地に立っているものはいなくなった。
しばらくの間、冷たい夜風が吹きぬける。
勝った…。
オレは勝ちを確信した…いや、確信しなければいけなかった。
本来この技はオレのような未熟な者が使うような技ではない。
相手の攻撃を見切れ、なおかつ戦闘で全力のパフォーマンスを見せられるような者。
すなわちオレにとっての師匠だったあの人以外使えるような人はいなかった。
オレは…まだまだだ。
今回打つことができたのは偶々、マグレだ。
オレはセスタの剣を知っていた。ともに稽古をしてきた仲だから癖も、形も何もかもわかっていた…。
そして、彼女がオレの技に動揺していたこと。
素手で戦うなどとは珍しいものだろう。セスタのように剣術一筋でいてくれて、素手で戦ったことの無い者だったからこそあの技は打てた。
…中途半端に。
相手に与えるダメージはでかい分、その反動をモロに食らってしまったのだ。
やっちまった…。
後悔しかない…。調子に乗りすぎたというよりか賭けに出すぎた。
反動は容赦なく、オレの腕の筋肉をズタズタにしてくれたことだろう。
その証拠に今、腕が上がりそうにもない…。
もしもここでセスタが立ち上がってきたのなら、オレの命はここまでで―
「―すばらしい。」
ここまでのようだった…。
セスタは立ち上がった。
たいしたダメージを食らっているようにみえないくらいに、軽く。
…失敗したな。
なまじ経験があったのが仇となったか…。賭けに出たのが裏目にでたのか…。
心にあるのは無念だけだった。
「すばらしいぞ。ここまでの実力をなぜ隠していた?」
「…別に。隠したくて隠したってわけじゃねえよ。ただ、―」
「…ただ?」
「―守るものが無かったってだけだ。」
戦ってる最中に気づいた大切なこと。
ガキのころから決めた、覚悟。
最初はただの見栄だった。ひ弱なオレがあいつを、双子の姉を、守ってやろうと決めたんだ…。
結局は守れずにこっちに来てしまったわけだが…。
「…そうか。」
セスタは徐々に歩み寄ってくる。
その手でオレの命を刈るためにだろう…。
近づく死の足音にオレは異常なほど落ち着いていた…。
「…動けないのか?」
「まったく…。」
「そうか、それは好都合だ。」
セスタは歩みを止めない。
その手に握った剣を地面に刺した。
今思えばその剣を研いでいたのはこのためだったのかと、いまさら気づかされた。
…ん?ちょっと待て。
剣を地面に刺した?
剣で殺しにくるんじゃないのかよ…?
彼女は鎧に手をかけ、そして脱いだ。
ガシャンっと相当な重さであろう鉄の塊が地面にぶつかった。
鎧の下から現れたその体は美しいものだった。
薄いからだのラインがわかるような服を着ていても落ちることなきそのプロポーションはこんな状況じゃなきゃ歓喜をあげて拝ませてもらいたいくらいに…。
っていうか…なぜに脱いだ?
歩みが止まったとき、セスタはオレを跨るような形で立っておりいったいこれから何が始まるのか予想もできない。
最悪、拳による殴打での殴殺。はたまた首を絞める絞殺でもする気なのか…。
「…セスタサン?コレハイッタイ?」
「勝者の特権だ。」
セスタはいった。腰を下ろし、俺に跨った形で。
そのきれいな顔に嬉しそうな笑顔を貼り付けて…。
まるで子供が欲しいものを手にするかのような笑顔で…。
「『貴様の全てをもらいに参上しよう。』…文字通りにな…。」
「…え?」
オレの頬を両手で包み込み、嬉しそうな表情はそのままで、セスタは顔を近づけてくる。
次の瞬間唇に感じたのはオレが今まで感じたことのないやわらかさと、温もりだった。
黒崎ゆうた 対 セスタ・カサンドラ
黒崎ゆうたによる自滅により セスタ・カサンドラ 勝利
どちらも動かない。ただ、待っていた…。
絶好のタイミングを、
集中が極限に高まる瞬間を…
音もしないような小さな呼吸音がなぜだか異常なほどに聞き取れた。
そして…
その瞬間はやってきた。
「ふっ!!」
足に力をこめ、セスタに飛び掛る。
右の拳を限界まで引き寄せて、セスタの顔面めがけて放った。
ギャリンッ!
鉄と鉄のぶつかり合う音。
オレンジ色の火花が散る。
紙一重で剣にガードされた。
―だが、止まらない。
自重に対して重すぎるメリケンサックを、今度は左拳で放つ。
ギャリィッ!!
またもや金属がぶつかり合う。
火花が再び散る。
―それでも、止まらない。
オレは力をこめて、全霊の力を込めて拳を振るう!
右から左。上から下。左から上。下から右。
無論、彼女もただ黙って受け続けてくれるわけも無く反撃に移る。
「フッ!」
真横からの胴薙ぎ!
オレはしゃがみこみ、頭上を剣が切り抜けた。
死と隣り合わせになる感覚が、感じられる。
一瞬の気の迷いが死へとつながる戦いの中でひとつの考えが浮かんだ。
賭けに出るか、否か。
当たりはでかい分、外したときの反動もでかい。
当てられるほうの確立が極端に低い、そんな賭け…。
しかし彼女はそんなことを考える猶予をオレに与えてはくれなかった。
上から下への大きな兜割り!
すぐ横に飛び出し回避したが数本、オレの髪が落ちる。
迷っている暇は無いみたいだな…!
腹は括った。
彼女の剣撃にこのまままともに付き合えば先に倒れるのは―オレの方…。
だったらもう、これしかない。
オレはすぐさま飛び出しセスタとの距離を縮めた。
「せぃっ!!」
拳を振るう!
上下左右、四方八方から!
彼女はいともたやすく受けてくれるが…。
縦横無尽に振るわれる拳撃。
何度もセスタには届かない…が、徐々に変化は訪れる。
「…!」
その感覚に、セスタも感づいたようだった。
拳の振るわれる感覚が、徐々に短くなってくる。
振るわれた拳の力が徐々に強くなってきている。
「くぅ…!」
その変化は彼女にも見て取れた。
焦りが生じてきている。
コレはチャンスだ!
今のオレは別に特別なことをしているというわけでもない。
ただ単に拳を振るう。
自身の体を、少しだけ揺らして、振るう。
他から見ればたいしたことないその動きは、今オレが持っているメリケンサックによって効果が引き出されていた。
自分の自重と釣り合わないほど重いそれを振るえば、そこに自然と力が生じる。
遠心力。
振るえば振るうほど速度を増し、
殴れば殴るほど力を増していく力。
以前空手の師匠にコレでもかと殴られ続けられた技である。
「ぐぅ…!」
セスタの剣がブレはじめる。
手は一向に休めない。ここでもし休めたとしたらセスタからの剣撃がオレの命を容赦なく刈りにくるだろう。
休めるわけにはいかなかった。
死なないためにも、生き抜くためにも。
「っ」
何かが脳裏を掠めた。
何か、大切なことが。忘れていたであろうことが。
大切にしていた想いが…。
懐かしき双子の姉の顔が一瞬ちらつき、そして消えた。
―ああ、そうか。
何度目かわからない拳をふるって、オレはようやく気づく。
自分がこの技を習得したその意味を。決めたはずの覚悟を。
守れなかったその心を…。
自分から何度も剣を殴りにいく。
ギャリンッギャリンッギャリンッギャリンッギャリンッ!!
拳と剣のぶつかり合い。
決着のときは近づいてきていた…。
「ラぁ!!」
セスタの懐まで踏み込み、下から上へのアッパーカット!
それは正確に彼女の剣をはじいた!
「なっ!?」
一瞬。
彼女の懐にもぐりこみ、そっと両方の手の平を鎧に押し当てる。
二瞬。
セスタははじかれた剣を上からオレに向かって振り下ろす!
三瞬。
限界まで力を蓄えられた力を、放つ。
ゼロ距離からの打撃。
それは相手に外傷を与えることを目的としない攻撃。
相手の内部を狙った衝撃。
地に足をつくことで限界まで踏ん張りをきかせ、両腕に極限まで絞り込んだ力を溜め込み、
そして放つ。
空手の師匠から教えられたすでに現代では使わないであろう極意。
無論生身で喰らえばひとたまりもない技。
硬い防御さえ貫く一撃。 『鎧通し』
―音なき衝撃が辺りに伝わった―
「がぁ!?」
遅れてセスタの体が後ろに吹っ飛んだ。
「―っ!!」
反動で、オレも後ろに転がる。
月明かりで照らされた空き地に立っているものはいなくなった。
しばらくの間、冷たい夜風が吹きぬける。
勝った…。
オレは勝ちを確信した…いや、確信しなければいけなかった。
本来この技はオレのような未熟な者が使うような技ではない。
相手の攻撃を見切れ、なおかつ戦闘で全力のパフォーマンスを見せられるような者。
すなわちオレにとっての師匠だったあの人以外使えるような人はいなかった。
オレは…まだまだだ。
今回打つことができたのは偶々、マグレだ。
オレはセスタの剣を知っていた。ともに稽古をしてきた仲だから癖も、形も何もかもわかっていた…。
そして、彼女がオレの技に動揺していたこと。
素手で戦うなどとは珍しいものだろう。セスタのように剣術一筋でいてくれて、素手で戦ったことの無い者だったからこそあの技は打てた。
…中途半端に。
相手に与えるダメージはでかい分、その反動をモロに食らってしまったのだ。
やっちまった…。
後悔しかない…。調子に乗りすぎたというよりか賭けに出すぎた。
反動は容赦なく、オレの腕の筋肉をズタズタにしてくれたことだろう。
その証拠に今、腕が上がりそうにもない…。
もしもここでセスタが立ち上がってきたのなら、オレの命はここまでで―
「―すばらしい。」
ここまでのようだった…。
セスタは立ち上がった。
たいしたダメージを食らっているようにみえないくらいに、軽く。
…失敗したな。
なまじ経験があったのが仇となったか…。賭けに出たのが裏目にでたのか…。
心にあるのは無念だけだった。
「すばらしいぞ。ここまでの実力をなぜ隠していた?」
「…別に。隠したくて隠したってわけじゃねえよ。ただ、―」
「…ただ?」
「―守るものが無かったってだけだ。」
戦ってる最中に気づいた大切なこと。
ガキのころから決めた、覚悟。
最初はただの見栄だった。ひ弱なオレがあいつを、双子の姉を、守ってやろうと決めたんだ…。
結局は守れずにこっちに来てしまったわけだが…。
「…そうか。」
セスタは徐々に歩み寄ってくる。
その手でオレの命を刈るためにだろう…。
近づく死の足音にオレは異常なほど落ち着いていた…。
「…動けないのか?」
「まったく…。」
「そうか、それは好都合だ。」
セスタは歩みを止めない。
その手に握った剣を地面に刺した。
今思えばその剣を研いでいたのはこのためだったのかと、いまさら気づかされた。
…ん?ちょっと待て。
剣を地面に刺した?
剣で殺しにくるんじゃないのかよ…?
彼女は鎧に手をかけ、そして脱いだ。
ガシャンっと相当な重さであろう鉄の塊が地面にぶつかった。
鎧の下から現れたその体は美しいものだった。
薄いからだのラインがわかるような服を着ていても落ちることなきそのプロポーションはこんな状況じゃなきゃ歓喜をあげて拝ませてもらいたいくらいに…。
っていうか…なぜに脱いだ?
歩みが止まったとき、セスタはオレを跨るような形で立っておりいったいこれから何が始まるのか予想もできない。
最悪、拳による殴打での殴殺。はたまた首を絞める絞殺でもする気なのか…。
「…セスタサン?コレハイッタイ?」
「勝者の特権だ。」
セスタはいった。腰を下ろし、俺に跨った形で。
そのきれいな顔に嬉しそうな笑顔を貼り付けて…。
まるで子供が欲しいものを手にするかのような笑顔で…。
「『貴様の全てをもらいに参上しよう。』…文字通りにな…。」
「…え?」
オレの頬を両手で包み込み、嬉しそうな表情はそのままで、セスタは顔を近づけてくる。
次の瞬間唇に感じたのはオレが今まで感じたことのないやわらかさと、温もりだった。
黒崎ゆうた 対 セスタ・カサンドラ
黒崎ゆうたによる自滅により セスタ・カサンドラ 勝利
11/01/22 21:47更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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