オレとお弁当
日々勉学に励む高校生にとって毎日の授業のわずかな時間、過酷な戦いを耐え切った後に待っている至福のとき。
一つの授業につき45分、その間にあるその時間は10分間。
一日全部で七時間、それを一週間。
しかし朝から四つの授業を受けたところに待っている40分間の長い休み。
すなわち昼休みである。
本を読みに図書室へ行く、友人と馬鹿話しにいく、購買でめぼしいおやつを買う、勉強に励むなどさまざまなことができる時間である。
そんな時間のさなかオレは席に座ってため息をついていた。
「…はぁ」
困ったことになった。
昼休みになって気づくとは思わなかった。
いまだ成長期である高校生にとってこれ以上の痛手はない。
そう思うほどのことをしてしまった。
何をしたかというと…まぁ…。
「弁当、忘れた…」
朝なんで気づかなかったかな…。
やっぱり忙しかったからか…。
そりゃそうだ。
明日から休日、よって今日は両親が出かけている日であり、姉ちゃんも先に大学へといってしまった。
家にいるのはオレらのみ。
そんな中で食事、弁当の用意をするのは当然オレである。
本当なら学食を利用したり購買でパンを買うなりするのもいいだろう。
しかし、今日は両親がいない。
夕食のためにいくらかお金を託されている。
それを無駄に使うわけにもいかない。
一人分、二人分の食費ならパンを買う金くらい余るだろうが…必要なのは姉ちゃん含めて四人分だからな…。
それに今日は確か卵の特売日だったから…あとトイレットペーパーも頼まれてたし。
だから無駄遣いなんてできない。
高校生の家庭事情とは中々厳しいものである。
「…仕方ない」
うだうだしていたところで腹は空く。
それなら腹に溜まるものでも探しに行こう。
今なら確か友人がスナック菓子でもつまんでるところだろうし。
もしもらえなかったら水で腹を膨らませるのもありだ。
それでも、あやかには確かに弁当を渡したからあっちは平気だろう。
黒崎あやか。
オレの双子の姉である。
ある夏祭りの夜を境に人間ではなくなってしまったオレの家族。
人間でなくなろうと双子であることに変わりなく、今は人外である部分を何とか隠して学校に通っている。
あいつに頼って弁当を分けてもらおうか…?
いや、それはなしだ。
あの麗しき暴君がオレのためにそんなことをしてくれるわけがない。
あやかはオレのことが好きだという。
その気持ちはあの夜に確かめ合った。
互いに体を重ね、インセストタブーを犯してまで伝え合ったこと。
それでその後も毎晩三人で体を重ねているのだが…。
毎晩どころか朝もしているのだが…。
それでも対応が変わらないんだよなこれが。
ベタベタするのは周りの目がないときだけ。
周りの目がなければベタベタするのかと聞かれればそうでもない。
やっぱり対応が普段どおり。
している最中は可愛らしく求めてきたりするんだけど。
何があっても我を通す。
どうされようとかわらない。
人でなくなろうと自分であり続ける。
それがオレの双子の姉なんだ。
だから、ここでお弁当をもらいに行ったところで待ってるのは…。
「はぁ?何で?それは自分で忘れたあんたが悪いんでしょうが」
…これだろうな。
わかるよ、双子なんだから。
そういうところは優しくないんだよ、うちの暴君は。
まったく。
そんなことを思いつつもオレは教室を出て、廊下を歩き出して…止まった。
目の前の光景。
オレの眼前に広がったそれ。
広がったというか、現れた女性によって。
廊下を歩いてきた彼女。
この学校の制服姿ではない、私服姿。
白いカーディガン、短めのスカート。
単調で特にファッションを重視したというわけじゃないだろう。
たぶん目に付くものかそれとも彼女も着れるサイズの服を見繕ったのだろう服装だ。
もう既に秋、そろそろそんな格好じゃ足元寒いんじゃないかとも思えるだろうが普通の人ならそうは思えないだろう。
それは彼女があまりにも綺麗過ぎるから。
あまりにも彼女が異質すぎるから。
周りと違うその髪の色も。
他と違うその瞳も。
生きてるうちに目にする機会があるかないかというその美貌にも。
皆、見とれているに違いない。
廊下にいた男子、および女子は皆彼女に熱い視線を注いでいる。
綺麗に整ったその顔。
服の内側から窮屈そうに押し上げる胸の膨らみ。
それに反して細く無駄な肉のないくびれ。
なだらかなカーブを描く腰。
傷一つない眩しい太腿とふくらはぎ。
髪の毛の先から足先まで全てが完成された芸術といっても過言じゃないだろう。
ただ…皆には見えてないだろうものがオレには見えている。
別にオレに霊感があるとかそうじゃなくて…まぁオレ自身よくわからないのだが見えるんだ。
最初に会ったときから。
初めて出会ったあのときから。
その『魅了』に惑わず、その『正体』が見えている。
真っ白な雪のように穢れのない純白の長髪。
そこから生えるのは闇のように黒い角が二つ。
腰からも白く、蝙蝠のような翼がある。
さらに左右に揺れ動く先端がハートの尻尾まで。
誰がどう見たところで人間にしか見えないであろう彼女。
しかしオレとあやかには人間には見えない。
彼女はリリム。
オレの愛しの彼女であるフィオナ・ネイサン・ローランド。
夏祭り前日に出会い、あやかと共にオレと体を重ね、想いを伝えてきた女性。
そしてあやかを人間からサキュバスへと変貌させた魔王の娘。
そんな彼女がオレのほうを見た。
その血のように真っ赤な瞳を向けた。
途端に。
「ユウタ〜♪」
オレの名を嬉しそうに呼びながら手を振り、オレのほうへと駆け足によってきた。
そんなフィオナを前にオレは。
「―ちょっと待ったっ!」
言うが早いかオレは駆け出していた。
駆け出して、フィオナを下から救い上げるように抱き上げて廊下を駆ける。
こんなところにどうしたのか。
何のようがあって来たのか。
っていうかその服あやかのじゃね?
なんて疑問はいくつも浮かぶが今はそれどころじゃない。
「きゃっ!?ユウタ、どうしたの?」
抱き上げたときにちゃんと抱きつきながらもフィオナはオレに聞くがそれどころでもない。
場所が悪い。悪すぎる。
ただでさえこんな人の集まる場所でフィオナのような美人が来るというだけでも大騒ぎだ。
それにここは学校。
一般人(リリムを人というのもなんだけど)が立ち入りしていい場ではない。
学校公開とか、オープンキャンパスしてるわけじゃないんだから。
だがそれ以上に。
その美人がオレの彼女だってばれることのほうが大騒ぎだ。
ただでさえ周りからは彼女いない暦=年齢って事で通ってるんだ。
これほどの美女を彼女にしているなんて事実…確実に周りから蔑まれる。
裏切りだということで友人達からボコられるっていうんだよ!
以前にも近いことがあった。
以前学校公開でもなのに来ちゃった人が一人いる。
オレの師匠だ。
ちなみにどんなことかというと…。
とあるお昼休みのこと。
「やっほ〜ユウタ〜、来ちゃったよ〜♪」
「ぶっ!?師匠何しに来てるんですか!?」
「いや、暇だったからちょっと自分とお昼を一緒にしないかな〜なんて♪」
「学校公開でもないのに来ちゃいけないでしょうが!」
「平気だよ、どうせ食べたらすぐ帰ろうかと思ってたし。それよりほら、お弁当作ってきちゃった♪」
「今日はパンで済まそうかと思ってたんですが…」
「ダメだよ!いい年の男の子がそんな栄養偏るようなもの食べてちゃ!ちゃんと栄養あるもの作ってきたから、ほら」
「…うわぉ、さすが師匠、料理上手ですね」
「んふふ〜♪でしょ?ユウタのために張り切っちゃった♪」
「ただこれやたら精力付きそうなものが多いですね」
「午後も結構体力使うでしょ?」
「使うっちゃ使いますけど…有り余りそうです」
「それじゃあ自分と一緒に使っちゃおう♪」
「何ですか、まさか稽古とでも言うんですか?ここは学校ですからね?」
「違うよ。学校らしく勉学に励むんだよ。保健体育の実技で♪」
「師匠!保健体育に実技はありません!」
「それじゃあユウタと自分で二人きりの個人レッスンといこっか♪」
「師匠!ここは学校ですよ!そんな発言やめてくださいよ!」
「勉学に励む姿は恥じるようなものじゃないよ?」
「さっきの発言を恥じてもらいたいですね!」
「恥らってたら何も進まないよ。ほら、だからね♪」
「だからって何が!?」
「いつものように唇から…♪」
「いつも!?してないでしょうが!」
「じゃこれからしよう♪」
…という感じだった。
まったくあの師匠は。
公私混同しすぎというか、私しかないというか。
人前であれはきつかった。
皆の前であれはつらかった。
不思議なことに誰からもとがめられることがなかったのは嬉しかったが…。
それでも、師匠は痛かった。
流石にあれの二の舞は…しないだろうがそれでもだ。
「ちょっと待っててくれよっ!」
荒々しく、それでも丁寧に抱きかかえながらオレは階段を駆け上がった。
そうしてやってきたのは屋上。
この時間、本来なら誰かいてもおかしくないだろう。
だが運がいいのか誰もいない。
周りを見渡してそれを確認し、フィオナをおろした。
「急にどうしたのよ?」
「…場所が悪いって」
悪すぎる。
もしかしたら明日から友人達の対応が変わるかもしれない。
もしかしたら…暴力的になるだろう…。
…いや、絶対なるな。
…まぁ、気にしないことにしよう。
「それよりもどうしたんだよフィオナ。急に学校に来るなんてさ」
「あ、そうそう。はい、これ」
そう言ってフィオナの手から渡されたもの。
黒い迷彩柄に包まれた長方形の容器。
それは紛れもないオレの弁当箱だ。
「忘れていったでしょ?だから届けに来たの」
「…あ、ありがと」
…うわぁ…すげぇ嬉しい。
何これ、こんなこと今までなかったからすごく嬉しい。
師匠のときも嬉しかったは嬉しかったがなんというか、それとはまた違う嬉しさだ。
ついでに言うとめちゃくちゃ腹減ってたからさらに嬉しい。
オレはフィオナから弁当を受け取るために手を出す。
だがフィオナはオレの手にそれを渡してはくれなかった。
「…ん?」
「そのね、せっかくだからね…ユウタに食べさせてあげたいなぁ、なんて…ね♪」
上目遣いに可愛らしく。
そんなことを言ってくれる。
元がとんでもない美人、人ではないリリムとしての美貌を持つ彼女にとってその行為は男なら誰でも惑わされることだろう。
正直オレも惑わされそうだ。
「私も箸だって使えるようになったし、それにデザートも持ってきたのよ?だから、ね♪」
「…」
でもなー。
惑わされそうだけどなー。
正直恥ずかしいんだよな、あれ。
初めて会ったときもオレからしてあげたのだが…あれかなり恥ずかしい。
今更恥じるような間柄じゃないのだがそれでもだ。
でもフィオナのせっかくのお願いを無碍にするのも嫌だし…。
……仕方ない、か。
「それじゃあ、頼むよ」
「わかったわ♪」
そう言ってフィオナは嬉しそうに頷いた。
屋上のさらに上。
ドアの横にある梯子を上り、校舎側から見て死角になる給水タンクの隣でオレとフィオナは座っていた。
「ご馳走様、ありがとうな」
「どういたしまして」
食事を終え、フィオナはてきぱきと弁当箱を片付ける。
本当ならここで「おいしかったよ」だとか気の利いた一言を言ってあげるべきなんだろうが…これオレが作ったものだからなぁ。
自画自賛になるだけだ。
「それから、はいこれ」
フィオナはどこからかそれを取り出した。
弁当箱と比べると半分の大きさ。
可愛らしくリボンが付いているあたり…フィオナの所有物なのかもしれない。
「デザートよ」
そう言って蓋を開いた。
中にあったのは果物を食べやすく一口サイズに切り分けたもの。
切ってから時間が経っていないのだろう、瑞々しい果肉が艶やかに輝いている。
見た目からして…柑橘系ではなさそうだ。
林檎や梨の類だろうか。
食べてみないとよくわからない。
それの入った容器を手にフィオナは楽しそうな顔をした。
何か飛び切りのいたずらを思いついたような、そんな子供のような顔。
あやかが小悪魔ならフィオナは無邪気な子供、とでもいうところだろう。
「ん?これも食べさせてくれるの?」
「ふふ、そうよ♪」
ただそれにしては表情が引っかかる。
何を企んでいるのだろうか。
「よいしょ」
オレの膝の上にのり、向かい合うように座る。
柔らかな感触が膝から伝わり、同時にフィオナの甘い香りが漂った。
「…?」
「ちょっと待っててね」
そう言ってフィオナは果物を口に入れた。
?自分で食べるのだろうか?
そう思っていたがどうやらそうじゃない。
ここまでされれば流石のオレも気づく。
なるほど、フィオナらしい。
彼女の意図が読めればそれにあわせるのが男の義務。
多少の無茶も、可愛いお願いも笑って受け入れてやるものである。
顔を上げ、わずかに唇を開くとそこにフィオナは自分の唇を合わせてきた。
「んん♪」
口移し。
開いた口から果肉が流れ込む。
甘く、わずかながら酸味を感じさせるそれ。
桃のような蕩ける甘さがあり続いてすっきりとしたグレープフルーツのような後味。
その上、フィオナの唾液と交わり蜜のような甘さが上乗せされた。
たっぷり唾液をオレの舌に絡ませるように舐めてくる。
とても甘く、蕩けそうな味だ。
果肉を渡し終え、呑み込んだ後も唇は離さない。
そのままフィオナはオレの首に腕をまわし、オレは応えるように背に腕をまわす。
抱き合い、撫で、離れないように唇を重ねる。
激しくはない、それでも強く。
荒くはない、それでも深く。
舌と舌を絡ませあい、唾液を交換し、互いを互いに味わいつくす。
リリムのキスである、男なら理性を捨ててすぐにここで襲い掛ることだろう。
だがここは学校。
そして今は昼休み。
限られた時間ではできることも限られる。
本当ならこのまま先をしたいのだが時と場所くらいわきまえるさ。
だからこそ、できることはし尽くすまで。
長く、一分ほどしてようやくオレとフィオナは唇を離した。
「ふふ、どうだった?」
「ん、おいしい。これって林檎?」
「食べ終わったら教えてあげる」
…?その言葉なんか引っかかるな。
たぶん何かとんでもないことを企んでいることに違いない。
それがなんだかわからない…いや、予想はつくがそれでも甘んじて受け入れよう。
可愛いイタズラくらい笑って許せということだ。
そう思っているとフィオナがオレに容器を差し出してきた。
「?」
不審に思いつつもそれを受け取る。
どうしたんだろう、中にはまだ三つほど残っているのに。
「今度はね」
もじもじしながら恥らう乙女のような、淫魔らしからぬ顔を見せてフィオナは言った。
恥ずかしげに。
それでも尻尾を期待しているかのようにゆらゆら揺らして。
「ユウタから食べさせて欲しいんだけど…?」
…とんでもないお願いだなそれ。
そんな魅力的なお願い、断ることなんてできやしない。
「喜んで」
そう言ってオレはフィオナに口付けた。
本当なら気づくべきだった。
フィオナがオレの弁当を持ってきてくれていて、それなのに自分の食するものはデザートのみだということに。
フィオナの発言の意味にも、わざわざデザートなるものを持ってきてくれた意味にも。
…いや、本当はわかっていたのかもしれない。
心のどこかで期待して、意識の奥では歓喜していたかもしれない。
フィオナがここまで来た理由。
オレとあやかが学校にいる今、家事を手伝ってくれているフィオナがわざわざここまで来た意味は。
その意味は体をもって理解することとなった。
「…?」
互いに口移しでデザートを食べ終えたその後。
長い接吻を経て唇を離して、気が付いた。
熱い。
体が、内側から燃え上がるように熱い。
炎で炙られるように、燻られているように。
「あ、れ?…フィオナ、これって…」
オレは…知っている。
この熱がなんだか、知っている。
内側から燃え上がるような、理性を焦がしてくるような。
この、媚熱は…以前にも経験した。
おいしくなるものと言ってフィオナがホワイトシチューを作るときに入れていた牛乳や。
ちょっとした蜂蜜と言ってフィオナが差し出してきた蜂蜜や。
アロマセラピーなんて洒落たことを考案したフィオナが炊いた香とか…。
なんだか体の奥から焦がされるような感覚になったあれらと同じ。
この湧き上がるような、滾ってくるような感覚はまったく同じ…!
フィオナは顔を真っ赤にして、微笑みながら答えた。
「そう…これね、お母様から贈ってもらったものなの♪」
お母様…確か、フィオナの母親は魔王だったな。
魔界の王である母。
フィオナがリリムなのだから勿論彼女もまた淫魔。
そんな親が送ってくるものが普通の果物であるわけがない。
それをオレもフィオナも食べていた。
食べて、ただで済むわけがない。
「ねぇ、ユウタぁ♪」
熱の篭った艶のある声。
赤い瞳は潤み、吐息は荒くなる。
触れ合う肌から感じる熱は先ほどよりもずっと高い。
服越しに、柔らかな感触を感じながらも伝わる鼓動は早鐘のように打っている。
それはオレもまた同じ。
「して…いいよね♪」
「…」
本来ならここで断るべきだろう。
ここは学校。
家とは違う。
それにまだ昼だ。
朝だって昨晩だって、それに今晩もまたする。
一度に二人も相手、それも両方淫魔。
回数なんて二桁越すし、夜通しなんて珍しくない。
それでも、そこまでしても。
やはり高校生。
それで男。
オレからだって求めたいし、彼女の求めだ。
喜んで答えるべきだろう。
「…仕方ないな」
そう呟きながらもオレは再びキスをした。
なんだかんだ言ってもオレが抗えないようにフィオナはそれを食べさせたんだ。
どうせ拒否できはしないとわかっている。
意外とやってくれるじゃないか、まったく。
校舎からではどうやっても見えない陰でオレはフィオナと密かに肌を重ね始めた。
一つの授業につき45分、その間にあるその時間は10分間。
一日全部で七時間、それを一週間。
しかし朝から四つの授業を受けたところに待っている40分間の長い休み。
すなわち昼休みである。
本を読みに図書室へ行く、友人と馬鹿話しにいく、購買でめぼしいおやつを買う、勉強に励むなどさまざまなことができる時間である。
そんな時間のさなかオレは席に座ってため息をついていた。
「…はぁ」
困ったことになった。
昼休みになって気づくとは思わなかった。
いまだ成長期である高校生にとってこれ以上の痛手はない。
そう思うほどのことをしてしまった。
何をしたかというと…まぁ…。
「弁当、忘れた…」
朝なんで気づかなかったかな…。
やっぱり忙しかったからか…。
そりゃそうだ。
明日から休日、よって今日は両親が出かけている日であり、姉ちゃんも先に大学へといってしまった。
家にいるのはオレらのみ。
そんな中で食事、弁当の用意をするのは当然オレである。
本当なら学食を利用したり購買でパンを買うなりするのもいいだろう。
しかし、今日は両親がいない。
夕食のためにいくらかお金を託されている。
それを無駄に使うわけにもいかない。
一人分、二人分の食費ならパンを買う金くらい余るだろうが…必要なのは姉ちゃん含めて四人分だからな…。
それに今日は確か卵の特売日だったから…あとトイレットペーパーも頼まれてたし。
だから無駄遣いなんてできない。
高校生の家庭事情とは中々厳しいものである。
「…仕方ない」
うだうだしていたところで腹は空く。
それなら腹に溜まるものでも探しに行こう。
今なら確か友人がスナック菓子でもつまんでるところだろうし。
もしもらえなかったら水で腹を膨らませるのもありだ。
それでも、あやかには確かに弁当を渡したからあっちは平気だろう。
黒崎あやか。
オレの双子の姉である。
ある夏祭りの夜を境に人間ではなくなってしまったオレの家族。
人間でなくなろうと双子であることに変わりなく、今は人外である部分を何とか隠して学校に通っている。
あいつに頼って弁当を分けてもらおうか…?
いや、それはなしだ。
あの麗しき暴君がオレのためにそんなことをしてくれるわけがない。
あやかはオレのことが好きだという。
その気持ちはあの夜に確かめ合った。
互いに体を重ね、インセストタブーを犯してまで伝え合ったこと。
それでその後も毎晩三人で体を重ねているのだが…。
毎晩どころか朝もしているのだが…。
それでも対応が変わらないんだよなこれが。
ベタベタするのは周りの目がないときだけ。
周りの目がなければベタベタするのかと聞かれればそうでもない。
やっぱり対応が普段どおり。
している最中は可愛らしく求めてきたりするんだけど。
何があっても我を通す。
どうされようとかわらない。
人でなくなろうと自分であり続ける。
それがオレの双子の姉なんだ。
だから、ここでお弁当をもらいに行ったところで待ってるのは…。
「はぁ?何で?それは自分で忘れたあんたが悪いんでしょうが」
…これだろうな。
わかるよ、双子なんだから。
そういうところは優しくないんだよ、うちの暴君は。
まったく。
そんなことを思いつつもオレは教室を出て、廊下を歩き出して…止まった。
目の前の光景。
オレの眼前に広がったそれ。
広がったというか、現れた女性によって。
廊下を歩いてきた彼女。
この学校の制服姿ではない、私服姿。
白いカーディガン、短めのスカート。
単調で特にファッションを重視したというわけじゃないだろう。
たぶん目に付くものかそれとも彼女も着れるサイズの服を見繕ったのだろう服装だ。
もう既に秋、そろそろそんな格好じゃ足元寒いんじゃないかとも思えるだろうが普通の人ならそうは思えないだろう。
それは彼女があまりにも綺麗過ぎるから。
あまりにも彼女が異質すぎるから。
周りと違うその髪の色も。
他と違うその瞳も。
生きてるうちに目にする機会があるかないかというその美貌にも。
皆、見とれているに違いない。
廊下にいた男子、および女子は皆彼女に熱い視線を注いでいる。
綺麗に整ったその顔。
服の内側から窮屈そうに押し上げる胸の膨らみ。
それに反して細く無駄な肉のないくびれ。
なだらかなカーブを描く腰。
傷一つない眩しい太腿とふくらはぎ。
髪の毛の先から足先まで全てが完成された芸術といっても過言じゃないだろう。
ただ…皆には見えてないだろうものがオレには見えている。
別にオレに霊感があるとかそうじゃなくて…まぁオレ自身よくわからないのだが見えるんだ。
最初に会ったときから。
初めて出会ったあのときから。
その『魅了』に惑わず、その『正体』が見えている。
真っ白な雪のように穢れのない純白の長髪。
そこから生えるのは闇のように黒い角が二つ。
腰からも白く、蝙蝠のような翼がある。
さらに左右に揺れ動く先端がハートの尻尾まで。
誰がどう見たところで人間にしか見えないであろう彼女。
しかしオレとあやかには人間には見えない。
彼女はリリム。
オレの愛しの彼女であるフィオナ・ネイサン・ローランド。
夏祭り前日に出会い、あやかと共にオレと体を重ね、想いを伝えてきた女性。
そしてあやかを人間からサキュバスへと変貌させた魔王の娘。
そんな彼女がオレのほうを見た。
その血のように真っ赤な瞳を向けた。
途端に。
「ユウタ〜♪」
オレの名を嬉しそうに呼びながら手を振り、オレのほうへと駆け足によってきた。
そんなフィオナを前にオレは。
「―ちょっと待ったっ!」
言うが早いかオレは駆け出していた。
駆け出して、フィオナを下から救い上げるように抱き上げて廊下を駆ける。
こんなところにどうしたのか。
何のようがあって来たのか。
っていうかその服あやかのじゃね?
なんて疑問はいくつも浮かぶが今はそれどころじゃない。
「きゃっ!?ユウタ、どうしたの?」
抱き上げたときにちゃんと抱きつきながらもフィオナはオレに聞くがそれどころでもない。
場所が悪い。悪すぎる。
ただでさえこんな人の集まる場所でフィオナのような美人が来るというだけでも大騒ぎだ。
それにここは学校。
一般人(リリムを人というのもなんだけど)が立ち入りしていい場ではない。
学校公開とか、オープンキャンパスしてるわけじゃないんだから。
だがそれ以上に。
その美人がオレの彼女だってばれることのほうが大騒ぎだ。
ただでさえ周りからは彼女いない暦=年齢って事で通ってるんだ。
これほどの美女を彼女にしているなんて事実…確実に周りから蔑まれる。
裏切りだということで友人達からボコられるっていうんだよ!
以前にも近いことがあった。
以前学校公開でもなのに来ちゃった人が一人いる。
オレの師匠だ。
ちなみにどんなことかというと…。
とあるお昼休みのこと。
「やっほ〜ユウタ〜、来ちゃったよ〜♪」
「ぶっ!?師匠何しに来てるんですか!?」
「いや、暇だったからちょっと自分とお昼を一緒にしないかな〜なんて♪」
「学校公開でもないのに来ちゃいけないでしょうが!」
「平気だよ、どうせ食べたらすぐ帰ろうかと思ってたし。それよりほら、お弁当作ってきちゃった♪」
「今日はパンで済まそうかと思ってたんですが…」
「ダメだよ!いい年の男の子がそんな栄養偏るようなもの食べてちゃ!ちゃんと栄養あるもの作ってきたから、ほら」
「…うわぉ、さすが師匠、料理上手ですね」
「んふふ〜♪でしょ?ユウタのために張り切っちゃった♪」
「ただこれやたら精力付きそうなものが多いですね」
「午後も結構体力使うでしょ?」
「使うっちゃ使いますけど…有り余りそうです」
「それじゃあ自分と一緒に使っちゃおう♪」
「何ですか、まさか稽古とでも言うんですか?ここは学校ですからね?」
「違うよ。学校らしく勉学に励むんだよ。保健体育の実技で♪」
「師匠!保健体育に実技はありません!」
「それじゃあユウタと自分で二人きりの個人レッスンといこっか♪」
「師匠!ここは学校ですよ!そんな発言やめてくださいよ!」
「勉学に励む姿は恥じるようなものじゃないよ?」
「さっきの発言を恥じてもらいたいですね!」
「恥らってたら何も進まないよ。ほら、だからね♪」
「だからって何が!?」
「いつものように唇から…♪」
「いつも!?してないでしょうが!」
「じゃこれからしよう♪」
…という感じだった。
まったくあの師匠は。
公私混同しすぎというか、私しかないというか。
人前であれはきつかった。
皆の前であれはつらかった。
不思議なことに誰からもとがめられることがなかったのは嬉しかったが…。
それでも、師匠は痛かった。
流石にあれの二の舞は…しないだろうがそれでもだ。
「ちょっと待っててくれよっ!」
荒々しく、それでも丁寧に抱きかかえながらオレは階段を駆け上がった。
そうしてやってきたのは屋上。
この時間、本来なら誰かいてもおかしくないだろう。
だが運がいいのか誰もいない。
周りを見渡してそれを確認し、フィオナをおろした。
「急にどうしたのよ?」
「…場所が悪いって」
悪すぎる。
もしかしたら明日から友人達の対応が変わるかもしれない。
もしかしたら…暴力的になるだろう…。
…いや、絶対なるな。
…まぁ、気にしないことにしよう。
「それよりもどうしたんだよフィオナ。急に学校に来るなんてさ」
「あ、そうそう。はい、これ」
そう言ってフィオナの手から渡されたもの。
黒い迷彩柄に包まれた長方形の容器。
それは紛れもないオレの弁当箱だ。
「忘れていったでしょ?だから届けに来たの」
「…あ、ありがと」
…うわぁ…すげぇ嬉しい。
何これ、こんなこと今までなかったからすごく嬉しい。
師匠のときも嬉しかったは嬉しかったがなんというか、それとはまた違う嬉しさだ。
ついでに言うとめちゃくちゃ腹減ってたからさらに嬉しい。
オレはフィオナから弁当を受け取るために手を出す。
だがフィオナはオレの手にそれを渡してはくれなかった。
「…ん?」
「そのね、せっかくだからね…ユウタに食べさせてあげたいなぁ、なんて…ね♪」
上目遣いに可愛らしく。
そんなことを言ってくれる。
元がとんでもない美人、人ではないリリムとしての美貌を持つ彼女にとってその行為は男なら誰でも惑わされることだろう。
正直オレも惑わされそうだ。
「私も箸だって使えるようになったし、それにデザートも持ってきたのよ?だから、ね♪」
「…」
でもなー。
惑わされそうだけどなー。
正直恥ずかしいんだよな、あれ。
初めて会ったときもオレからしてあげたのだが…あれかなり恥ずかしい。
今更恥じるような間柄じゃないのだがそれでもだ。
でもフィオナのせっかくのお願いを無碍にするのも嫌だし…。
……仕方ない、か。
「それじゃあ、頼むよ」
「わかったわ♪」
そう言ってフィオナは嬉しそうに頷いた。
屋上のさらに上。
ドアの横にある梯子を上り、校舎側から見て死角になる給水タンクの隣でオレとフィオナは座っていた。
「ご馳走様、ありがとうな」
「どういたしまして」
食事を終え、フィオナはてきぱきと弁当箱を片付ける。
本当ならここで「おいしかったよ」だとか気の利いた一言を言ってあげるべきなんだろうが…これオレが作ったものだからなぁ。
自画自賛になるだけだ。
「それから、はいこれ」
フィオナはどこからかそれを取り出した。
弁当箱と比べると半分の大きさ。
可愛らしくリボンが付いているあたり…フィオナの所有物なのかもしれない。
「デザートよ」
そう言って蓋を開いた。
中にあったのは果物を食べやすく一口サイズに切り分けたもの。
切ってから時間が経っていないのだろう、瑞々しい果肉が艶やかに輝いている。
見た目からして…柑橘系ではなさそうだ。
林檎や梨の類だろうか。
食べてみないとよくわからない。
それの入った容器を手にフィオナは楽しそうな顔をした。
何か飛び切りのいたずらを思いついたような、そんな子供のような顔。
あやかが小悪魔ならフィオナは無邪気な子供、とでもいうところだろう。
「ん?これも食べさせてくれるの?」
「ふふ、そうよ♪」
ただそれにしては表情が引っかかる。
何を企んでいるのだろうか。
「よいしょ」
オレの膝の上にのり、向かい合うように座る。
柔らかな感触が膝から伝わり、同時にフィオナの甘い香りが漂った。
「…?」
「ちょっと待っててね」
そう言ってフィオナは果物を口に入れた。
?自分で食べるのだろうか?
そう思っていたがどうやらそうじゃない。
ここまでされれば流石のオレも気づく。
なるほど、フィオナらしい。
彼女の意図が読めればそれにあわせるのが男の義務。
多少の無茶も、可愛いお願いも笑って受け入れてやるものである。
顔を上げ、わずかに唇を開くとそこにフィオナは自分の唇を合わせてきた。
「んん♪」
口移し。
開いた口から果肉が流れ込む。
甘く、わずかながら酸味を感じさせるそれ。
桃のような蕩ける甘さがあり続いてすっきりとしたグレープフルーツのような後味。
その上、フィオナの唾液と交わり蜜のような甘さが上乗せされた。
たっぷり唾液をオレの舌に絡ませるように舐めてくる。
とても甘く、蕩けそうな味だ。
果肉を渡し終え、呑み込んだ後も唇は離さない。
そのままフィオナはオレの首に腕をまわし、オレは応えるように背に腕をまわす。
抱き合い、撫で、離れないように唇を重ねる。
激しくはない、それでも強く。
荒くはない、それでも深く。
舌と舌を絡ませあい、唾液を交換し、互いを互いに味わいつくす。
リリムのキスである、男なら理性を捨ててすぐにここで襲い掛ることだろう。
だがここは学校。
そして今は昼休み。
限られた時間ではできることも限られる。
本当ならこのまま先をしたいのだが時と場所くらいわきまえるさ。
だからこそ、できることはし尽くすまで。
長く、一分ほどしてようやくオレとフィオナは唇を離した。
「ふふ、どうだった?」
「ん、おいしい。これって林檎?」
「食べ終わったら教えてあげる」
…?その言葉なんか引っかかるな。
たぶん何かとんでもないことを企んでいることに違いない。
それがなんだかわからない…いや、予想はつくがそれでも甘んじて受け入れよう。
可愛いイタズラくらい笑って許せということだ。
そう思っているとフィオナがオレに容器を差し出してきた。
「?」
不審に思いつつもそれを受け取る。
どうしたんだろう、中にはまだ三つほど残っているのに。
「今度はね」
もじもじしながら恥らう乙女のような、淫魔らしからぬ顔を見せてフィオナは言った。
恥ずかしげに。
それでも尻尾を期待しているかのようにゆらゆら揺らして。
「ユウタから食べさせて欲しいんだけど…?」
…とんでもないお願いだなそれ。
そんな魅力的なお願い、断ることなんてできやしない。
「喜んで」
そう言ってオレはフィオナに口付けた。
本当なら気づくべきだった。
フィオナがオレの弁当を持ってきてくれていて、それなのに自分の食するものはデザートのみだということに。
フィオナの発言の意味にも、わざわざデザートなるものを持ってきてくれた意味にも。
…いや、本当はわかっていたのかもしれない。
心のどこかで期待して、意識の奥では歓喜していたかもしれない。
フィオナがここまで来た理由。
オレとあやかが学校にいる今、家事を手伝ってくれているフィオナがわざわざここまで来た意味は。
その意味は体をもって理解することとなった。
「…?」
互いに口移しでデザートを食べ終えたその後。
長い接吻を経て唇を離して、気が付いた。
熱い。
体が、内側から燃え上がるように熱い。
炎で炙られるように、燻られているように。
「あ、れ?…フィオナ、これって…」
オレは…知っている。
この熱がなんだか、知っている。
内側から燃え上がるような、理性を焦がしてくるような。
この、媚熱は…以前にも経験した。
おいしくなるものと言ってフィオナがホワイトシチューを作るときに入れていた牛乳や。
ちょっとした蜂蜜と言ってフィオナが差し出してきた蜂蜜や。
アロマセラピーなんて洒落たことを考案したフィオナが炊いた香とか…。
なんだか体の奥から焦がされるような感覚になったあれらと同じ。
この湧き上がるような、滾ってくるような感覚はまったく同じ…!
フィオナは顔を真っ赤にして、微笑みながら答えた。
「そう…これね、お母様から贈ってもらったものなの♪」
お母様…確か、フィオナの母親は魔王だったな。
魔界の王である母。
フィオナがリリムなのだから勿論彼女もまた淫魔。
そんな親が送ってくるものが普通の果物であるわけがない。
それをオレもフィオナも食べていた。
食べて、ただで済むわけがない。
「ねぇ、ユウタぁ♪」
熱の篭った艶のある声。
赤い瞳は潤み、吐息は荒くなる。
触れ合う肌から感じる熱は先ほどよりもずっと高い。
服越しに、柔らかな感触を感じながらも伝わる鼓動は早鐘のように打っている。
それはオレもまた同じ。
「して…いいよね♪」
「…」
本来ならここで断るべきだろう。
ここは学校。
家とは違う。
それにまだ昼だ。
朝だって昨晩だって、それに今晩もまたする。
一度に二人も相手、それも両方淫魔。
回数なんて二桁越すし、夜通しなんて珍しくない。
それでも、そこまでしても。
やはり高校生。
それで男。
オレからだって求めたいし、彼女の求めだ。
喜んで答えるべきだろう。
「…仕方ないな」
そう呟きながらもオレは再びキスをした。
なんだかんだ言ってもオレが抗えないようにフィオナはそれを食べさせたんだ。
どうせ拒否できはしないとわかっている。
意外とやってくれるじゃないか、まったく。
校舎からではどうやっても見えない陰でオレはフィオナと密かに肌を重ね始めた。
11/11/06 20:11更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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