オレと二人と重なる想い
心のどこかで予期していた。
胸の奥で期待していた。
頭の中で危惧していた。
―こうなるんじゃないかって…。
花火を見るためと言ってフィオナがどこからか出したベッド。
おそらく魔法という奴だろう。
召喚したそれに寝転がって…というよりも両隣に引きずり倒されて。
花火の打ちあがる音も弾ける音も煌く火の明かりもない夜空を見上げて。
そう思っていた。
薄々感づいていた。
フィオナと別れた時にあやかと共に露店で買ったプレゼント。
フィオナの着ていた服にはハートマークが多かったからやっぱりハートが好き?なんて思いながら買ったペンダント。
それをこの廃墟の中で渡したときに浮かべていた表情。
熱っぽく、潤んだ瞳を見て。
もしかしたら…そうじゃないかと思っていた。
昨日のキスがきっかけになったり、浴衣を着せていたときのが問題だったとか、そう思ってもいた。
そしてその思ったことはどうやら当たっていたらしい。
でもそうならないと思っていた。
だってなるはずがないんだ。
あやかが隣にいるんだから。
今までだってことごとく女の子と仲良くしようとしたときに邪魔してきたように。
また邪魔してくれると思ってた。
当然妨害してくれると思ってた。
なのに。
そのあやかまでがオレを引きずり倒した。
予想外、ある意味裏切りに近いものを感じる。
感じたところでわからないんだけど。
あやかの気持ちを理解できない。
オレは男。
あやかは女。
どう思っているかはわかったところでどう考えているかまでわからない。
男と女じゃ違うから。
完全に理解なんてできやしない。
だからあやかがどう考えてフィオナと共にオレを引きずり倒したのかも、わからない。
もしかしたら祭りで仲良くしていたのは…これを二人で考えていたからなのだろうか?
「…。」
「…。」
「…。」
オレもあやかもフィオナも何も言わない。
聞こえるのは祭りが終わり帰宅する人々の声が下から響くぐらい。
あとは抱きついてきた二人の息遣いと、鼓動ぐらい。
こうやって黙っていたとこで埒が明かない。
何も進まず、当然好転もしない。
これから先どうなるのか、二人が何をするのかもわからない。
それならオレから口を開くとしようか。
どうしてこうしたのか聞きたいし。
そう思って口を開いたそのときだった。
「ねぇ、ゆうた。」
「ユウタ…。」
二人がオレを呼んだ。
ただし、オレの上で。
手をベッドに突き、左右から覆いかぶさるように。
二人してオレの顔を見て言った。
「…何?」
かろうじて返せたのはその一言。
しかし気づいた。
まずい。これはかなりまずい。
フィオナの顔。
先ほど見せたように潤んだ瞳でオレを見ている。
頬を赤く染めているのは恥じらいか、それとも照れているのか。
それとも、興奮しているのか…。
対してあやか。
フィオナ同様に頬を赤らめている。
伏し目がちにオレを見つめるその表情。
十八年間隣にいて向けられたことのない表情だった。
自分の持つ魅力を十分に見せ付けた顔。
姉としてじゃない、家族としてじゃない、女としての顔。
そんな表情を向けられて不覚にも一瞬どきりとさせられる。
それと同時に感じた。
これはまずいと。
これは…危険だ。
命が危険だとかじゃない。
それでも、危険。
せめて距離をとろうと体を後ろへ移動させようとしたが、上手くいかない。
肩を掴まれてしまった。
片方はあやか。
もう片方はフィオナ。
二人が二人オレの肩を掴んで離さない。
掴むというよりも押さえつけて、逃がさない。
腕だけではなく足もまたそう。
気づけば俺の両足に両側から足が絡みついている。
片方にいたっては尻尾までときた。
両肩を抑えられて、両足を絡められて。
こんな状態じゃ満足に動けない。
全力で逃げられない。
まるでまな板上の鯉というところだ。
方や妖艶な美貌を持った美女のフィオナ。
方や可愛らしき美貌を持った美少女のあやか。
そんな二人に倒され、覆いかぶさられているこの状況。
男としてなら嬉しいものだけど、こんな状況でいったい何をされるのかわかったものじゃない。
…いや。
どことなく予想はできている。
そんなおいしいことがあるかと疑ってもいるけど。
「ねぇ、ユウタ。」
オレの名を呼んだのはフィオナのほう。
真っ直ぐとその赤い瞳をオレに向けて口を動かす。
綺麗な桜色で柔らかそうな唇が動く。
「…何?」
「言っておきたいことがあるの…。」
「…何を?」
「私の、気持ち…。」
ああ、これは。
本当に、まずい。
先ほどフィオナがオレに体を預けて呟いた言葉。
あれがどういう意味が込められているのかわからないほどオレも鈍くはない。
自惚れるようだけどたぶん間違いじゃない。
でも信じない。
まだ疑う余地があるから。
フィオナの言葉はただの気まぐれ、一時の気の迷い。
ただお祭りという場が、花火という風物詩が。
彼女の心を揺り動かしただけ。
だからあれはそういった感情から来てるんじゃない。
そんな感情もとからオレに抱いてない。
そう思える。
そう疑える。
そうしていないと自分が止まらない。
だってオレが手を出していい存在じゃないんだから。
フィオナはリリム。
とんでもない美貌の持ち主。
そんな女性の隣にオレは似合わない。
だから退く。
どうあっても、どうなっても。
彼女の気持ちは受け止めない。
それが残酷だと思われようとも、それが彼女にとって最善の選択ではないのだろうか。
だから聞いちゃいけない。
口にさせてはいけない。
「い、いやフィオナ。気持ちっていわれてもまずはこの体勢をどうにかしてくれる?流石にこんな状況で話ができそうにもないからさ。」
できるだけ時間稼ぎ。
そしてチャンスを見つける。
逃げ出すことができればこっちのものだ。
いくら空を飛ぶことができるフィオナといえど足ではオレに勝てはしない。
隣にいるあやかも足ではオレに敵わない。
それはあやか自身もわかってるはずだ。
都合がいいことに今日は祭り。
この場から逃げ出し、人混みに紛れればどうにかできると思う。
そんなことを考えているとあやかが口を開いた。
「こんな状況じゃないと言えないんだよ、馬鹿。」
「…っ?」
その言葉の意味、どういうことだ?
まるでフィオナのようなものを感じさせるのだが…。
その発言、その意味…。
まるで…フィオナと同じように…?
「ゆうたはこうでもしないと逃げ出すでしょ?ゆうたの足じゃあたし達は敵わない。ゆうたがどこにいようとあたしにはわかるけど追いつけないんじゃ意味がない。」
「…。」
「でもここじゃ逃げ出せないでしょ?ゆうたの得意じゃない、地上じゃないここなら。」
「っ!」
地上じゃない、ここは建物の屋上。
十分に逃げるスペースがないここで逃げろと言われれば難しいものがある。
地上にさえたどり着ければこっちのものだが、ここじゃあ空に近い分、空を飛べるフィオナの方が優勢か。
そしてそれは逆に考えるとここにいればオレは逃げられないこと。
この場から逃げ出す隙を与えなければ、オレはどうしようもないこと。
しまった。
自分で逃げ道を塞いでいた。
ただフィオナとあやかと一緒に綺麗な花火を見ようと考えてここに来たのに。
子供の頃から忍び込んでる秘密の場所に招いたのに。
自分で自分の首を絞めていたとは…思ってなかった。
「に、逃げ出せないからって何を話すんだよ?」
「だからフィオナが言ったでしょ?フィオナの気持ちと、それと、あたしの気持ち。」
「…。」
「あたしもフィオナも同じ、気持ちだよ。」
「…は?」
それは、おかしいだろ。
おかしいにもほどがあるだろうが。
もしも、もしもフィオナの気持ちがそういったことだとしよう。
そうだったとして、それをあやかが抱いてる?
それは、おかしいだろうが。
抱いちゃいけないだろうが。
オレとあやかは双子の姉弟。
血縁関係のある家族。
抱いたところで叶わないから。
…なら、そうじゃない?
そういった気持ちじゃない?
そう思えたそのときだ。
「おかしい?あたしがそんな気持ちを抱いちゃ?」
あやかが静かに言った。
「…。」
「あたしだってそういう気持ちになるんだよ。そういうもの、抱くんだよ。」
そっとオレの頬に手が触れる。
柔らかでオレのよりも小さい、少しばかり冷たい手。
紛れもないあやかの手だ。
「血が繋がっていようが関係ないよ。想うのは…自由でしょ?」
「…。」
「私も、想うのは自由だと思うわ。」
そう言って同じように、もう片方の頬に手を添えられた。
今度は温かく、滑らかな肌触り。
フィオナの手だろう。
「誰かが誰を好きになるって素敵じゃない?そこに血のつながりがあろうと、好きあってるならいいじゃないの。」
一瞬聞こえた言葉に体が反応した。
好き。
その言葉に心がはねるのだが押さえ込む。
あるわけない。あっちゃいけない。
二人にそんなことを言われては嬉しいなんてもので収まらないだろう。
でも、聞きたくない。
それは責任が取れないからじゃない。
オレなんかよりももっといい男はいるからだ。
オレなんかで妥協するな、そう言いたいからだ。
だからこそ、言おう。
例え二人が傷つこうとも。
「だからってオレは―」
そう言い掛けて、言えなくなった。
唇。
唇に唇が重なっていたから。
柔らかく、温かなそれが塞いでいたから。
フィオナの唇が、塞いでいたから。
「んっ♪」
「…っ!!」
気づいたときには眼前にフィオナの顔があった。
唇に伝わる感触には覚えがあった。
これは、あの夜と同じ。
しかしあのときのように深く激しいものじゃない。
ただ触れて、重ねているだけ。
初々しく、むず痒く、それでも甘い口付け。
そのまま舌を使って貪るかと思えばすっと身を退いていった。
「…っ。」
何も言えない。
いきなりキスされたから。
もう初めてではないにしろ、あれは事故だったと思えばこれが初めてといってもいいものだ。
互いに素面、十分な判断ぐらいできる状態なのだから。
「ふふ♪初めてキスしちゃった♪」
「…。」
その発言って。
その初めてって…今のキスがってこと…?
それじゃあ…初めてはもう済んでるんだけどね…。
それも、互いに。
そんなことを考えてるオレを見てフィオナは恥ずかしそうに、それでもハッキリと告げる。
「私はこの世界に来て良かったって思ってる。」
「…。」
「貴方と、ユウタと会えてとってもよかったって。」
「…。」
「それに…ユウタがどう思ってるのかアヤカに聞いた。」
「っ!」
あやかを睨んだ。
あやかは明後日の方向を見てオレの目を見まいとしている。
こいつっ!
白々しいなおい!
いくらオレの気持ちがわかったところでそれを言うか!?
オレのことなら何でもわかるからってそれをバラすか!?
「ユウタは優しい。」
頬を柔らな手が撫でる。
愛おしいものを撫でるように、優しく。
「すごく優しくて、それで自分を卑下してる。相手を尊重して、自分が傷つくのも厭わないくらいに。」
「っ。」
「だから私はユウタが―」
「―待った待った!」
かろうじて何とかフィオナの言葉を止める。
正面で、真ん前でそんなことを言われたたまったもんじゃない。
…恥ずかしいし。
それに、それ以上の言葉を聞きたくないから。
聞いたらオレも止められそうにないから。
目の前でこんな美女が頬を染めてそんなことを言えばオレだって男として止まらないかもしれないから。
だから。
「そんなことわからないだろ?それに、そんな風に思えるわけないだろ?」
精一杯の抵抗。
おどけて、ごまかし、あやふやにする。
「オレとフィオナは昨日会ったんだ。昨日の今日でわかるようなものじゃないし、そう思えるわけな―いただだだっ!!」
いきなりこめかみを指で突かれた。
鮮やかで流れるような動きでピンポイントに痛いところを突かれた。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
思わず悲鳴を上げてしまうくらいに。
「な、何するんだよあやか!」
思わず睨みつけるとあやかはずいっと身を乗り出してきた。
先ほどフィオナがキスしたくらいに近く。
吐息と吐息が互いに掛かるくらいの距離で。
鼻腔をくすぐるのは姉弟だからといって、双子だからといっても絶対に似ない甘い香り。
それも、怒鳴ろうとして言葉を失うくらいの。
「何だよ。」
「いい加減にしたら?」
そう言うあやかは呆れ顔。
心底うんざりとしたような顔。
「…何を?」
「嘘つくの。」
「…何に?」
「自分に。」
とても端的。
かなり極端。
それでいて単調。
オレとあやかだからこそ伝わる言葉。
多くはいらない、単純な言葉だからこそ互いに深くまで理解できる。
そんな調子で会話を続ける。
「何が言いたいんだよ?」
「あんたは自分に嘘をつきすぎなんだよ。そうやって否定して、事実を認めようとしない。」
「…。」
「逃げすぎ。自分じゃつりあわないからって卑下しすぎ。」
「…。」
「本当はどう思ってるの?どんな気持ちなの?」
「…。」
「…まぁ、言わないならこっちが先に言わせてもらうんだけどね。」
「何を?」
「何をって…ここまでしてるのにわからないわけじゃないでしょうが、この馬鹿。」
その言葉が聞こえたときには顔を無理やり動かされそして―唇が塞がっていた。
今度のは押し付けるように荒々しく。
甘いとか、優しいとかそういったものはない。
ただ、わからせるため。
事実を認めさせるため。
否応ない一方的なものだけど、それでも確かな気持ちを込めたもの。
でもそれは許されざるもの。
血のつながりのある者として。
家族として、それはしてはいけないこと。
しかしあやかはそんなことを気にする様子はない。
どこまでも自分勝手で我侭で暴君で、それでいて真っ直ぐにオレを見つめる。
「わからないなら言ってあげる。疑うのなら疑えないようにしてあげる。」
フィオナもまた身を乗り出す。
「にぶちん、なんだから…。」
縮まる距離。
近づく顔と顔。
それから、二人の気持ち。
そして、二人は言った。
オレに向かって迷うこともなく。
ただ一言を。
静かに、それでもハッキリと。
「私はユウタが好き。」
「あたしはゆうたが好き。」
ああ、それは。
それは…反則だ。
そんなことを言うのは卑怯すぎる。
それじゃあ疑いようがないじゃないか。
そんなに真っ直ぐに言われちゃどうやっても疑えないじゃないか。
卑怯だ。
反則だ。
襲ってくるならまだ抵抗できた。
無理やりするならまだ抗えた。
誘惑、魅了、そんなものなら全然平気だ。
それなのに。
そういう気持ちを言われちゃ…抵抗のしようがないだろうが。
真っ直ぐであるからこそ曲げられない。
単純だから何もない。
余計な言葉はないからこそ、伝わる。
疑いようもない。
逃げようもない。
そんな気持ちが。
「…っ。」
傍から見たらオレはどんな顔をしてるのだろう?
驚いた顔か、はたまた間抜けに呆けた顔か。
ただ一つわかることは真っ赤だということ。
顔がやたら熱いということ。
恥ずかしさというよりも、照れからだろう。
それ以上に嬉しいから。
あやかとフィオナを見る。
二人もまた真っ赤にしていた。
恥ずかしいからか、照れからかはわからない。
そんな二人を目の前にしてオレは。
オレは―
「そんな風に言われて、逃げたいなんて思えないだろうが…。」
降参したように気恥ずかしげにそう呟いてから今度はオレからフィオナとあやかにキスをした。
今度はあやかから触れるだけのキス。
「ん。」
「ん、ふぁ♪」
それから、フィオナにも。
「む。」
「ん…―はむっ♪」
「ふむっ!?」
触れるだけ、それだけで終わらせるつもりがいきなり腕を後頭部へとまわされた。
それだけでは終わらずにもっと深いものへと変わる。
舌でオレの唇をなぞり、そのまま侵入してくる。
まるで昨日の夜のように。
激しく、深く求めてくる。
「ふ、ぅあ!?」
「ふ、むっ♪ん、ぁ…んん♪」
フィオナの舌がオレの口内で踊り、暴れ、舐め回す。
歯の一本一本を磨くように。
自分の唾液をすり込ませるように。
より深く。
より強く。
より激しく。
理性を蕩けさせ、本能を焙り出すリリムのキス。
今まで唇を重ねたことなんてなかったオレにしてみればそれはとんでもなく刺激の強いもの。
いくら昨夜激しい初めてを味わっても二度目で慣れるほど優しいものじゃない。
それは一度味わったものよりもずっと甘く、そして気持ちがいい。
その想いを知っているからか、それとも抗うことをやめたからか。
ずっとしていたいと思うような、もっと欲しいと思わせるようなキス。
そんな中でフィオナの舌がオレの舌を見つけるとすぐさま絡みついた。
べったりとして蜜のように甘い唾液をこちらにもすり込むように動く。
「んん…はぁ、む♪ちゅ、ちゅるっ♪」
フィオナは求めるがままに唇を吸い上げた。
オレの口内から唾液を啜り味わおうとさらに深くまで口付ける。
付けるというかもはや押し付けているようにも感じられる。
「んん♪ふ、ぁっあ♪ユウタぁ♪」
一度唇を離してオレの名を呼んだフィオナ。
既に顔を真っ赤にし、目尻を下げたその表情。
そして唇の端から垂れるものはオレのか、フィオナのものか、それとも二人混ざったものか。
月と星と、それから町のわずかな明かりに照らされたフィオナはあまりにも妖艶で美しい。
眺めているだけで感嘆の息を吐く。
見ているだけで情欲を掻き立てられる。
芸術とも呼べる姿であり、男を駆り立てる姿。
「ユウタぁ♪もっと、しよ…♪」
蕩けた表情、甘い声。
されればどんな男だろうと頷いてしまうようなおねだり。
そんなフィオナの求めにオレも。
止められない。
止まらない。
その言葉に頷き、そっと手を握り合いながら再び唇を重ねて―
「―はい、ストップ。」
止められた。
誰だか確認するまでもない。
オレとフィオナ以外にここにいるのは我が麗しの暴君、オレの双子の姉ことあやか一人。
「二人だけで楽しまないでよね。あたしだっているんだから。」
オレとフィオナのキスを見ておきながらも平然とそう言った。
何していようがどうしていようがどこまでも自分でいられるっていうのは…ある意味すごいな。
触発される…ようなことはないだろうとは思ってたけどここまで普通にしてられるもんなのか…。
そんなあやかを前にしてフィオナは明らかに不機嫌な顔をした。
楽しみを中断されて不機嫌でいるように。
オレとのキスを止められて不快に思っているように
それでも真っ赤なことに変わりないのでどこか可愛らしく見えるけど。
「もっとしたいのに…。」
「あんたはもう二回もしてるんだからいいでしょうが。」
「?二回…?」
「ほらほら、そこどく。」
不服ながらも仕方ないという様子で横にずれるフィオナとその分オレの上に覆いかぶさるあやか。
そのままするのかと思えばぐいっと襟を引っ張られた。
「おっと?」
「ほら、舌出してよ。」
…どうやらフィオナみたく自分から激しく求めるつもりはないらしい。
その理由を聞いたところでどうせ面倒臭いとでも言うのだろう。
どこまでもいつもと同じ、あやかだ。
それでも可愛らしくどきりとさせられるその表情。
頬を赤く染めたその顔は普段とは違ったものを感じさせる。
それが少し微笑ましい。
「はいよ。」
そう短く答えてオレは言われたとおりに舌を伸ばす。
「ん。」
あやかも短く答えて、そのまま舌に唇で触れた。
ただ触れるだけ、それでも証を残すように何度も。
そうしてようやくあやかは舌にオレの舌を絡ませた。
「んんっ!」
「ん、ふむっ♪」
ぎこちない動き.
荒々しい動作。
フィオナと比べると雑なところをかんじるが、それもまたあやからしい。
雑でぎこちなくて、それでいて勝手で我侭。
実にあやからしい。
そのまま口内へと侵入し、流れ込む唾液。
これもまた違う。
フィオナの葉に詰めたような蜜のように感じた。
とても甘く、ずっと啜っていたくなるように思えた。
だけどあやかは。
甘い。甘いけど違う。
フィオナとはまた違う甘さだ。
柑橘系のフルーツに似たものを感じさせる。
甘酸っぱいレモンのような。
爽やかなグレープフルーツのような。
濃厚な甘みではない酸味を利かせたオレンジのような。
そんな甘さ。
ぬるぬるとした唾液が顎を伝って垂れていくがそんなの気にならない。
それ以上に欲しいと思ってしまう。
もっと求めてしまう。
止まらない。
それはしてはいけない関係だからか、姉弟であるゆえのタブーを犯しているという背徳感かわかはわからない。
ただ欲しい。
互いに互いを補うように。
ただ求め合う。
片割れ同士が埋めあうように。
「んん、ふ、ぅ♪ちゅっ♪」
そんな音を立ててあやかは唇を離した。
最後にオレの唇を一舐めして。
付いた唾液を啜るかのように。
ある意味フィオナよりも妖艶に。
そうしてやっと離れていった。
「ふぅぁ…なんかすごい…。」
「そう、か?」
「うん…フィオナが夢中になってるのも、わかる…。」
「そっか…。」
そう言われたところで実際よくわからないんだけど。
自分自身ただ受けて舌を絡めてるだけ。
フィオナに、あやかに、応じて答えて動かしているだけだ。
それに初心者だし…。
全然なれてないし…。
言われたところで夢中にできているのか不安になる。
でも。
「すごい、よかった…♪」
そういわれると嬉しくなる。
やはり女性に喜ばれるとこう…口では言い表せない愉悦を覚える。
それが例え血の繋がった双子の姉であろうと。
「そりゃよかった。」
オレはそっとあやかの頬を撫でた。
思えばこうやって触れるのはいつ以来だっただろう?
中学に入ってからはろくな触れ合いはしなかったからなぁ。
互いが成長するにつれ、男と女を意識して。
だからだろうか、こうやって真正面から触れられなかったのは。
だからだろうか、こうして撫でているだけだというのに気恥ずかしく思えるのは。
二人して小さく笑い、もう一度しようかと思って―止まった。
視界の端。
フィオナが寂しそうにこちらを見つめているのを見たからだ。
潤んだ瞳、物欲しそうな表情。
まるで子犬みたいに。
…いけない、夢中になってた。
したことのない行為に酔っていた。
いけない。
あやかとフィオナという二人の美女に言い寄られてはどちらを相手すればいいのか迷ってしまう。
男冥利に尽きるが選ぶなんて難しすぎるなこれは。
まったく。
少しばかり心の中で苦笑し、フィオナに手を差し出した。
誘うように、誘うように。
そして言った。
「おいで。」
その言葉を聞いて嬉しそうな顔をするフィオナ。
「うんっ♪」
子供のように無邪気に笑い、オレの手を取って抱きついてくる。
あやかがオレの上にいても構わずに。
あやかはあやかでムッとした顔をするが嫌がる様子もない。
昨日だったら確実に押しのけたりしていたのに…。
…やっぱり今回のことで手を組んだりしたんだな。
そうでもなけりゃあのあやかがここまでおとなしくできるわけもないはずだ。
まったく、二人して企んでくるなんて…。
驚いてはいるもののやはり嬉しい。
こんなに綺麗な女性が二人してオレに好きだと言ってくれたから。
拒絶していても、そんな言葉が聞きたかったから。
逃げてはいても、そんな風に言ってもらいたかったから。
だから。
オレは二人の背に手を回して、そっと抱きしめた。
優しく強く離さないように。
それから呟くように、言った。
「―…っ。」
…自分から言うのって結構勇気がいるんだな。
あやかとフィオナは二人だったからいいだろうけどオレは一人。
なんと言うか…こんな風に言ったことなんてなかったからか。
言っててなんだか恥ずかしくなった。
目を丸くしてオレを見つめる二人の視線に逃げるように上を向くとくすりと笑う声が聞こえる。
それと共に聞こえるのは呆れたようなため息。
それでも共に嬉しそうに。
「ふふっ♪」
「まったく…♪」
その声が聞こえたと思ったら今度は顎を掴まれる。
強引に。
細い指が食い込み痛い。
思わず声を出しそうになり、何するんだと睨みつけようとしたら。
「んっ♪」
「ちゅ♪」
「っ!」
二人同時にキスされた。
そのキスを受けて、そんな甘い口付けをして。
オレは小さく笑い、二人を抱きしめた。
胸の奥で期待していた。
頭の中で危惧していた。
―こうなるんじゃないかって…。
花火を見るためと言ってフィオナがどこからか出したベッド。
おそらく魔法という奴だろう。
召喚したそれに寝転がって…というよりも両隣に引きずり倒されて。
花火の打ちあがる音も弾ける音も煌く火の明かりもない夜空を見上げて。
そう思っていた。
薄々感づいていた。
フィオナと別れた時にあやかと共に露店で買ったプレゼント。
フィオナの着ていた服にはハートマークが多かったからやっぱりハートが好き?なんて思いながら買ったペンダント。
それをこの廃墟の中で渡したときに浮かべていた表情。
熱っぽく、潤んだ瞳を見て。
もしかしたら…そうじゃないかと思っていた。
昨日のキスがきっかけになったり、浴衣を着せていたときのが問題だったとか、そう思ってもいた。
そしてその思ったことはどうやら当たっていたらしい。
でもそうならないと思っていた。
だってなるはずがないんだ。
あやかが隣にいるんだから。
今までだってことごとく女の子と仲良くしようとしたときに邪魔してきたように。
また邪魔してくれると思ってた。
当然妨害してくれると思ってた。
なのに。
そのあやかまでがオレを引きずり倒した。
予想外、ある意味裏切りに近いものを感じる。
感じたところでわからないんだけど。
あやかの気持ちを理解できない。
オレは男。
あやかは女。
どう思っているかはわかったところでどう考えているかまでわからない。
男と女じゃ違うから。
完全に理解なんてできやしない。
だからあやかがどう考えてフィオナと共にオレを引きずり倒したのかも、わからない。
もしかしたら祭りで仲良くしていたのは…これを二人で考えていたからなのだろうか?
「…。」
「…。」
「…。」
オレもあやかもフィオナも何も言わない。
聞こえるのは祭りが終わり帰宅する人々の声が下から響くぐらい。
あとは抱きついてきた二人の息遣いと、鼓動ぐらい。
こうやって黙っていたとこで埒が明かない。
何も進まず、当然好転もしない。
これから先どうなるのか、二人が何をするのかもわからない。
それならオレから口を開くとしようか。
どうしてこうしたのか聞きたいし。
そう思って口を開いたそのときだった。
「ねぇ、ゆうた。」
「ユウタ…。」
二人がオレを呼んだ。
ただし、オレの上で。
手をベッドに突き、左右から覆いかぶさるように。
二人してオレの顔を見て言った。
「…何?」
かろうじて返せたのはその一言。
しかし気づいた。
まずい。これはかなりまずい。
フィオナの顔。
先ほど見せたように潤んだ瞳でオレを見ている。
頬を赤く染めているのは恥じらいか、それとも照れているのか。
それとも、興奮しているのか…。
対してあやか。
フィオナ同様に頬を赤らめている。
伏し目がちにオレを見つめるその表情。
十八年間隣にいて向けられたことのない表情だった。
自分の持つ魅力を十分に見せ付けた顔。
姉としてじゃない、家族としてじゃない、女としての顔。
そんな表情を向けられて不覚にも一瞬どきりとさせられる。
それと同時に感じた。
これはまずいと。
これは…危険だ。
命が危険だとかじゃない。
それでも、危険。
せめて距離をとろうと体を後ろへ移動させようとしたが、上手くいかない。
肩を掴まれてしまった。
片方はあやか。
もう片方はフィオナ。
二人が二人オレの肩を掴んで離さない。
掴むというよりも押さえつけて、逃がさない。
腕だけではなく足もまたそう。
気づけば俺の両足に両側から足が絡みついている。
片方にいたっては尻尾までときた。
両肩を抑えられて、両足を絡められて。
こんな状態じゃ満足に動けない。
全力で逃げられない。
まるでまな板上の鯉というところだ。
方や妖艶な美貌を持った美女のフィオナ。
方や可愛らしき美貌を持った美少女のあやか。
そんな二人に倒され、覆いかぶさられているこの状況。
男としてなら嬉しいものだけど、こんな状況でいったい何をされるのかわかったものじゃない。
…いや。
どことなく予想はできている。
そんなおいしいことがあるかと疑ってもいるけど。
「ねぇ、ユウタ。」
オレの名を呼んだのはフィオナのほう。
真っ直ぐとその赤い瞳をオレに向けて口を動かす。
綺麗な桜色で柔らかそうな唇が動く。
「…何?」
「言っておきたいことがあるの…。」
「…何を?」
「私の、気持ち…。」
ああ、これは。
本当に、まずい。
先ほどフィオナがオレに体を預けて呟いた言葉。
あれがどういう意味が込められているのかわからないほどオレも鈍くはない。
自惚れるようだけどたぶん間違いじゃない。
でも信じない。
まだ疑う余地があるから。
フィオナの言葉はただの気まぐれ、一時の気の迷い。
ただお祭りという場が、花火という風物詩が。
彼女の心を揺り動かしただけ。
だからあれはそういった感情から来てるんじゃない。
そんな感情もとからオレに抱いてない。
そう思える。
そう疑える。
そうしていないと自分が止まらない。
だってオレが手を出していい存在じゃないんだから。
フィオナはリリム。
とんでもない美貌の持ち主。
そんな女性の隣にオレは似合わない。
だから退く。
どうあっても、どうなっても。
彼女の気持ちは受け止めない。
それが残酷だと思われようとも、それが彼女にとって最善の選択ではないのだろうか。
だから聞いちゃいけない。
口にさせてはいけない。
「い、いやフィオナ。気持ちっていわれてもまずはこの体勢をどうにかしてくれる?流石にこんな状況で話ができそうにもないからさ。」
できるだけ時間稼ぎ。
そしてチャンスを見つける。
逃げ出すことができればこっちのものだ。
いくら空を飛ぶことができるフィオナといえど足ではオレに勝てはしない。
隣にいるあやかも足ではオレに敵わない。
それはあやか自身もわかってるはずだ。
都合がいいことに今日は祭り。
この場から逃げ出し、人混みに紛れればどうにかできると思う。
そんなことを考えているとあやかが口を開いた。
「こんな状況じゃないと言えないんだよ、馬鹿。」
「…っ?」
その言葉の意味、どういうことだ?
まるでフィオナのようなものを感じさせるのだが…。
その発言、その意味…。
まるで…フィオナと同じように…?
「ゆうたはこうでもしないと逃げ出すでしょ?ゆうたの足じゃあたし達は敵わない。ゆうたがどこにいようとあたしにはわかるけど追いつけないんじゃ意味がない。」
「…。」
「でもここじゃ逃げ出せないでしょ?ゆうたの得意じゃない、地上じゃないここなら。」
「っ!」
地上じゃない、ここは建物の屋上。
十分に逃げるスペースがないここで逃げろと言われれば難しいものがある。
地上にさえたどり着ければこっちのものだが、ここじゃあ空に近い分、空を飛べるフィオナの方が優勢か。
そしてそれは逆に考えるとここにいればオレは逃げられないこと。
この場から逃げ出す隙を与えなければ、オレはどうしようもないこと。
しまった。
自分で逃げ道を塞いでいた。
ただフィオナとあやかと一緒に綺麗な花火を見ようと考えてここに来たのに。
子供の頃から忍び込んでる秘密の場所に招いたのに。
自分で自分の首を絞めていたとは…思ってなかった。
「に、逃げ出せないからって何を話すんだよ?」
「だからフィオナが言ったでしょ?フィオナの気持ちと、それと、あたしの気持ち。」
「…。」
「あたしもフィオナも同じ、気持ちだよ。」
「…は?」
それは、おかしいだろ。
おかしいにもほどがあるだろうが。
もしも、もしもフィオナの気持ちがそういったことだとしよう。
そうだったとして、それをあやかが抱いてる?
それは、おかしいだろうが。
抱いちゃいけないだろうが。
オレとあやかは双子の姉弟。
血縁関係のある家族。
抱いたところで叶わないから。
…なら、そうじゃない?
そういった気持ちじゃない?
そう思えたそのときだ。
「おかしい?あたしがそんな気持ちを抱いちゃ?」
あやかが静かに言った。
「…。」
「あたしだってそういう気持ちになるんだよ。そういうもの、抱くんだよ。」
そっとオレの頬に手が触れる。
柔らかでオレのよりも小さい、少しばかり冷たい手。
紛れもないあやかの手だ。
「血が繋がっていようが関係ないよ。想うのは…自由でしょ?」
「…。」
「私も、想うのは自由だと思うわ。」
そう言って同じように、もう片方の頬に手を添えられた。
今度は温かく、滑らかな肌触り。
フィオナの手だろう。
「誰かが誰を好きになるって素敵じゃない?そこに血のつながりがあろうと、好きあってるならいいじゃないの。」
一瞬聞こえた言葉に体が反応した。
好き。
その言葉に心がはねるのだが押さえ込む。
あるわけない。あっちゃいけない。
二人にそんなことを言われては嬉しいなんてもので収まらないだろう。
でも、聞きたくない。
それは責任が取れないからじゃない。
オレなんかよりももっといい男はいるからだ。
オレなんかで妥協するな、そう言いたいからだ。
だからこそ、言おう。
例え二人が傷つこうとも。
「だからってオレは―」
そう言い掛けて、言えなくなった。
唇。
唇に唇が重なっていたから。
柔らかく、温かなそれが塞いでいたから。
フィオナの唇が、塞いでいたから。
「んっ♪」
「…っ!!」
気づいたときには眼前にフィオナの顔があった。
唇に伝わる感触には覚えがあった。
これは、あの夜と同じ。
しかしあのときのように深く激しいものじゃない。
ただ触れて、重ねているだけ。
初々しく、むず痒く、それでも甘い口付け。
そのまま舌を使って貪るかと思えばすっと身を退いていった。
「…っ。」
何も言えない。
いきなりキスされたから。
もう初めてではないにしろ、あれは事故だったと思えばこれが初めてといってもいいものだ。
互いに素面、十分な判断ぐらいできる状態なのだから。
「ふふ♪初めてキスしちゃった♪」
「…。」
その発言って。
その初めてって…今のキスがってこと…?
それじゃあ…初めてはもう済んでるんだけどね…。
それも、互いに。
そんなことを考えてるオレを見てフィオナは恥ずかしそうに、それでもハッキリと告げる。
「私はこの世界に来て良かったって思ってる。」
「…。」
「貴方と、ユウタと会えてとってもよかったって。」
「…。」
「それに…ユウタがどう思ってるのかアヤカに聞いた。」
「っ!」
あやかを睨んだ。
あやかは明後日の方向を見てオレの目を見まいとしている。
こいつっ!
白々しいなおい!
いくらオレの気持ちがわかったところでそれを言うか!?
オレのことなら何でもわかるからってそれをバラすか!?
「ユウタは優しい。」
頬を柔らな手が撫でる。
愛おしいものを撫でるように、優しく。
「すごく優しくて、それで自分を卑下してる。相手を尊重して、自分が傷つくのも厭わないくらいに。」
「っ。」
「だから私はユウタが―」
「―待った待った!」
かろうじて何とかフィオナの言葉を止める。
正面で、真ん前でそんなことを言われたたまったもんじゃない。
…恥ずかしいし。
それに、それ以上の言葉を聞きたくないから。
聞いたらオレも止められそうにないから。
目の前でこんな美女が頬を染めてそんなことを言えばオレだって男として止まらないかもしれないから。
だから。
「そんなことわからないだろ?それに、そんな風に思えるわけないだろ?」
精一杯の抵抗。
おどけて、ごまかし、あやふやにする。
「オレとフィオナは昨日会ったんだ。昨日の今日でわかるようなものじゃないし、そう思えるわけな―いただだだっ!!」
いきなりこめかみを指で突かれた。
鮮やかで流れるような動きでピンポイントに痛いところを突かれた。
痛い。めちゃくちゃ痛い。
思わず悲鳴を上げてしまうくらいに。
「な、何するんだよあやか!」
思わず睨みつけるとあやかはずいっと身を乗り出してきた。
先ほどフィオナがキスしたくらいに近く。
吐息と吐息が互いに掛かるくらいの距離で。
鼻腔をくすぐるのは姉弟だからといって、双子だからといっても絶対に似ない甘い香り。
それも、怒鳴ろうとして言葉を失うくらいの。
「何だよ。」
「いい加減にしたら?」
そう言うあやかは呆れ顔。
心底うんざりとしたような顔。
「…何を?」
「嘘つくの。」
「…何に?」
「自分に。」
とても端的。
かなり極端。
それでいて単調。
オレとあやかだからこそ伝わる言葉。
多くはいらない、単純な言葉だからこそ互いに深くまで理解できる。
そんな調子で会話を続ける。
「何が言いたいんだよ?」
「あんたは自分に嘘をつきすぎなんだよ。そうやって否定して、事実を認めようとしない。」
「…。」
「逃げすぎ。自分じゃつりあわないからって卑下しすぎ。」
「…。」
「本当はどう思ってるの?どんな気持ちなの?」
「…。」
「…まぁ、言わないならこっちが先に言わせてもらうんだけどね。」
「何を?」
「何をって…ここまでしてるのにわからないわけじゃないでしょうが、この馬鹿。」
その言葉が聞こえたときには顔を無理やり動かされそして―唇が塞がっていた。
今度のは押し付けるように荒々しく。
甘いとか、優しいとかそういったものはない。
ただ、わからせるため。
事実を認めさせるため。
否応ない一方的なものだけど、それでも確かな気持ちを込めたもの。
でもそれは許されざるもの。
血のつながりのある者として。
家族として、それはしてはいけないこと。
しかしあやかはそんなことを気にする様子はない。
どこまでも自分勝手で我侭で暴君で、それでいて真っ直ぐにオレを見つめる。
「わからないなら言ってあげる。疑うのなら疑えないようにしてあげる。」
フィオナもまた身を乗り出す。
「にぶちん、なんだから…。」
縮まる距離。
近づく顔と顔。
それから、二人の気持ち。
そして、二人は言った。
オレに向かって迷うこともなく。
ただ一言を。
静かに、それでもハッキリと。
「私はユウタが好き。」
「あたしはゆうたが好き。」
ああ、それは。
それは…反則だ。
そんなことを言うのは卑怯すぎる。
それじゃあ疑いようがないじゃないか。
そんなに真っ直ぐに言われちゃどうやっても疑えないじゃないか。
卑怯だ。
反則だ。
襲ってくるならまだ抵抗できた。
無理やりするならまだ抗えた。
誘惑、魅了、そんなものなら全然平気だ。
それなのに。
そういう気持ちを言われちゃ…抵抗のしようがないだろうが。
真っ直ぐであるからこそ曲げられない。
単純だから何もない。
余計な言葉はないからこそ、伝わる。
疑いようもない。
逃げようもない。
そんな気持ちが。
「…っ。」
傍から見たらオレはどんな顔をしてるのだろう?
驚いた顔か、はたまた間抜けに呆けた顔か。
ただ一つわかることは真っ赤だということ。
顔がやたら熱いということ。
恥ずかしさというよりも、照れからだろう。
それ以上に嬉しいから。
あやかとフィオナを見る。
二人もまた真っ赤にしていた。
恥ずかしいからか、照れからかはわからない。
そんな二人を目の前にしてオレは。
オレは―
「そんな風に言われて、逃げたいなんて思えないだろうが…。」
降参したように気恥ずかしげにそう呟いてから今度はオレからフィオナとあやかにキスをした。
今度はあやかから触れるだけのキス。
「ん。」
「ん、ふぁ♪」
それから、フィオナにも。
「む。」
「ん…―はむっ♪」
「ふむっ!?」
触れるだけ、それだけで終わらせるつもりがいきなり腕を後頭部へとまわされた。
それだけでは終わらずにもっと深いものへと変わる。
舌でオレの唇をなぞり、そのまま侵入してくる。
まるで昨日の夜のように。
激しく、深く求めてくる。
「ふ、ぅあ!?」
「ふ、むっ♪ん、ぁ…んん♪」
フィオナの舌がオレの口内で踊り、暴れ、舐め回す。
歯の一本一本を磨くように。
自分の唾液をすり込ませるように。
より深く。
より強く。
より激しく。
理性を蕩けさせ、本能を焙り出すリリムのキス。
今まで唇を重ねたことなんてなかったオレにしてみればそれはとんでもなく刺激の強いもの。
いくら昨夜激しい初めてを味わっても二度目で慣れるほど優しいものじゃない。
それは一度味わったものよりもずっと甘く、そして気持ちがいい。
その想いを知っているからか、それとも抗うことをやめたからか。
ずっとしていたいと思うような、もっと欲しいと思わせるようなキス。
そんな中でフィオナの舌がオレの舌を見つけるとすぐさま絡みついた。
べったりとして蜜のように甘い唾液をこちらにもすり込むように動く。
「んん…はぁ、む♪ちゅ、ちゅるっ♪」
フィオナは求めるがままに唇を吸い上げた。
オレの口内から唾液を啜り味わおうとさらに深くまで口付ける。
付けるというかもはや押し付けているようにも感じられる。
「んん♪ふ、ぁっあ♪ユウタぁ♪」
一度唇を離してオレの名を呼んだフィオナ。
既に顔を真っ赤にし、目尻を下げたその表情。
そして唇の端から垂れるものはオレのか、フィオナのものか、それとも二人混ざったものか。
月と星と、それから町のわずかな明かりに照らされたフィオナはあまりにも妖艶で美しい。
眺めているだけで感嘆の息を吐く。
見ているだけで情欲を掻き立てられる。
芸術とも呼べる姿であり、男を駆り立てる姿。
「ユウタぁ♪もっと、しよ…♪」
蕩けた表情、甘い声。
されればどんな男だろうと頷いてしまうようなおねだり。
そんなフィオナの求めにオレも。
止められない。
止まらない。
その言葉に頷き、そっと手を握り合いながら再び唇を重ねて―
「―はい、ストップ。」
止められた。
誰だか確認するまでもない。
オレとフィオナ以外にここにいるのは我が麗しの暴君、オレの双子の姉ことあやか一人。
「二人だけで楽しまないでよね。あたしだっているんだから。」
オレとフィオナのキスを見ておきながらも平然とそう言った。
何していようがどうしていようがどこまでも自分でいられるっていうのは…ある意味すごいな。
触発される…ようなことはないだろうとは思ってたけどここまで普通にしてられるもんなのか…。
そんなあやかを前にしてフィオナは明らかに不機嫌な顔をした。
楽しみを中断されて不機嫌でいるように。
オレとのキスを止められて不快に思っているように
それでも真っ赤なことに変わりないのでどこか可愛らしく見えるけど。
「もっとしたいのに…。」
「あんたはもう二回もしてるんだからいいでしょうが。」
「?二回…?」
「ほらほら、そこどく。」
不服ながらも仕方ないという様子で横にずれるフィオナとその分オレの上に覆いかぶさるあやか。
そのままするのかと思えばぐいっと襟を引っ張られた。
「おっと?」
「ほら、舌出してよ。」
…どうやらフィオナみたく自分から激しく求めるつもりはないらしい。
その理由を聞いたところでどうせ面倒臭いとでも言うのだろう。
どこまでもいつもと同じ、あやかだ。
それでも可愛らしくどきりとさせられるその表情。
頬を赤く染めたその顔は普段とは違ったものを感じさせる。
それが少し微笑ましい。
「はいよ。」
そう短く答えてオレは言われたとおりに舌を伸ばす。
「ん。」
あやかも短く答えて、そのまま舌に唇で触れた。
ただ触れるだけ、それでも証を残すように何度も。
そうしてようやくあやかは舌にオレの舌を絡ませた。
「んんっ!」
「ん、ふむっ♪」
ぎこちない動き.
荒々しい動作。
フィオナと比べると雑なところをかんじるが、それもまたあやからしい。
雑でぎこちなくて、それでいて勝手で我侭。
実にあやからしい。
そのまま口内へと侵入し、流れ込む唾液。
これもまた違う。
フィオナの葉に詰めたような蜜のように感じた。
とても甘く、ずっと啜っていたくなるように思えた。
だけどあやかは。
甘い。甘いけど違う。
フィオナとはまた違う甘さだ。
柑橘系のフルーツに似たものを感じさせる。
甘酸っぱいレモンのような。
爽やかなグレープフルーツのような。
濃厚な甘みではない酸味を利かせたオレンジのような。
そんな甘さ。
ぬるぬるとした唾液が顎を伝って垂れていくがそんなの気にならない。
それ以上に欲しいと思ってしまう。
もっと求めてしまう。
止まらない。
それはしてはいけない関係だからか、姉弟であるゆえのタブーを犯しているという背徳感かわかはわからない。
ただ欲しい。
互いに互いを補うように。
ただ求め合う。
片割れ同士が埋めあうように。
「んん、ふ、ぅ♪ちゅっ♪」
そんな音を立ててあやかは唇を離した。
最後にオレの唇を一舐めして。
付いた唾液を啜るかのように。
ある意味フィオナよりも妖艶に。
そうしてやっと離れていった。
「ふぅぁ…なんかすごい…。」
「そう、か?」
「うん…フィオナが夢中になってるのも、わかる…。」
「そっか…。」
そう言われたところで実際よくわからないんだけど。
自分自身ただ受けて舌を絡めてるだけ。
フィオナに、あやかに、応じて答えて動かしているだけだ。
それに初心者だし…。
全然なれてないし…。
言われたところで夢中にできているのか不安になる。
でも。
「すごい、よかった…♪」
そういわれると嬉しくなる。
やはり女性に喜ばれるとこう…口では言い表せない愉悦を覚える。
それが例え血の繋がった双子の姉であろうと。
「そりゃよかった。」
オレはそっとあやかの頬を撫でた。
思えばこうやって触れるのはいつ以来だっただろう?
中学に入ってからはろくな触れ合いはしなかったからなぁ。
互いが成長するにつれ、男と女を意識して。
だからだろうか、こうやって真正面から触れられなかったのは。
だからだろうか、こうして撫でているだけだというのに気恥ずかしく思えるのは。
二人して小さく笑い、もう一度しようかと思って―止まった。
視界の端。
フィオナが寂しそうにこちらを見つめているのを見たからだ。
潤んだ瞳、物欲しそうな表情。
まるで子犬みたいに。
…いけない、夢中になってた。
したことのない行為に酔っていた。
いけない。
あやかとフィオナという二人の美女に言い寄られてはどちらを相手すればいいのか迷ってしまう。
男冥利に尽きるが選ぶなんて難しすぎるなこれは。
まったく。
少しばかり心の中で苦笑し、フィオナに手を差し出した。
誘うように、誘うように。
そして言った。
「おいで。」
その言葉を聞いて嬉しそうな顔をするフィオナ。
「うんっ♪」
子供のように無邪気に笑い、オレの手を取って抱きついてくる。
あやかがオレの上にいても構わずに。
あやかはあやかでムッとした顔をするが嫌がる様子もない。
昨日だったら確実に押しのけたりしていたのに…。
…やっぱり今回のことで手を組んだりしたんだな。
そうでもなけりゃあのあやかがここまでおとなしくできるわけもないはずだ。
まったく、二人して企んでくるなんて…。
驚いてはいるもののやはり嬉しい。
こんなに綺麗な女性が二人してオレに好きだと言ってくれたから。
拒絶していても、そんな言葉が聞きたかったから。
逃げてはいても、そんな風に言ってもらいたかったから。
だから。
オレは二人の背に手を回して、そっと抱きしめた。
優しく強く離さないように。
それから呟くように、言った。
「―…っ。」
…自分から言うのって結構勇気がいるんだな。
あやかとフィオナは二人だったからいいだろうけどオレは一人。
なんと言うか…こんな風に言ったことなんてなかったからか。
言っててなんだか恥ずかしくなった。
目を丸くしてオレを見つめる二人の視線に逃げるように上を向くとくすりと笑う声が聞こえる。
それと共に聞こえるのは呆れたようなため息。
それでも共に嬉しそうに。
「ふふっ♪」
「まったく…♪」
その声が聞こえたと思ったら今度は顎を掴まれる。
強引に。
細い指が食い込み痛い。
思わず声を出しそうになり、何するんだと睨みつけようとしたら。
「んっ♪」
「ちゅ♪」
「っ!」
二人同時にキスされた。
そのキスを受けて、そんな甘い口付けをして。
オレは小さく笑い、二人を抱きしめた。
11/09/18 20:24更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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