連載小説
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オレと二人と夏夜の祭り
日も沈み、あたりは暗くなり始めた頃。
すでに夜だというのにそこだけは昼間のように明るい。
数々の赤い提灯は光り輝き、耳を澄ませば遠くから太鼓や笛の音が聞こえる。
匂ってくるのはソースの酸味や甘い綿菓子の香り。
様々な音、光、香り。
独特なこの騒がしい雰囲気。
やっぱりこうだな、祭りっていうのは。
なんて事をオレは二人、我が双子の姉、絶対服従の存在の黒崎あやかと魔王の娘であり、リリムであるフィオナ・ネイサン・ローランドの間で思った。
さっきまでオレはあやかとフィオナに浴衣を着せていたのだが…あれは地獄だった。
別にあやかはいい。
姉弟だし、いまさらそんな色気なんて感じない。
…可愛らしいなとは思ったことはあるけど。
それならいい。
でもフィオナは別だろ。
リリムで淫魔。
そんな彼女が男の理性を揺らすことなんて容易いに決まってる。
肌を見せるだけで男を魅了することなんて簡単に決まってる。
現にオレもやばかった。
極力見まいとしてたのにどうしても目が行きそうになる。
きつかった。
っていうか、二人して考えがおかしい。
何でオレが女性の着替えを手伝わなきゃいけないんだよ。
それは同性でやるもんだろうが。
手を出すまいとどんだけ苦労したと思ってるんだ。
まったく。
フィオナとは今宵限りなんだから。
明日からは特に何もない、知り合いというだけの関係なんだから。
オレが手を出しちゃいけないから…。
だから、今日までだ。
今日、今を楽しもうか。
精一杯。
それも、一緒に。
「これがこの世界のお祭りなのね…!」
「世界っていうか、この国だけどな。」
どうやらフィオナはこういった祭りは初めてのようだ。
やはり世界が違うとところどころ違うものがあるんだなぁ。
フィオナを見てそう思った。
白い浴衣姿の彼女。
普段から着ているらしいあの露出の多い服と比べればかなり減った。
減ったけど、それでもリリムとしての魅力は隠しきれないようだ。
というか浴衣に着替えてまたいっそう魅力的になった。
白い髪に白い浴衣が輝かしい。
美人は何着ても似合うんだな。
ただ、後ろに生えた翼と尻尾、それから角がまた異形。
いや、その異形な感じがまた美貌を引き立てているというか。
気を抜いたら魅了される、そんなところだろう。
それは周りの反応から見てもわかる。
皆が皆フィオナを見ている。
大半は男。
中には女性も。
屋台で商売する人たちも。
カップルで来ている男女も共に。
子連れで来た親でさえも。
皆が皆フィオナ一人に目を奪われてる。
唯一目を奪われていないのは性を知らない無垢な子供ぐらいだろう。
あの時と丸々同じだ。
リリムの魅了が周りを否応なく掛かってしまう。
引き寄せ、惑わせ、誘惑してしまう。
これでも魔法を使って角と尻尾、翼を見えないようにしてどこにでもいる人間の姿をしているらしい…本当にできているのかと疑ってしまうが。
何度見たところでオレの目にはありのままのフィオナの姿が映ってる。
リリムとしての姿を映してる。
それはあやかもおなじこと。
二人してフィオナの纏っている幻影が見えてない。
これもまた、あの時と同じ。
でも幻影を纏っても纏わなくても他の人を魅了してしまうフィオナの体質って…やっぱり大変なんだな…。
「それで、何するの?」
興味津々なフィオナとは対照的に疲れたように、呆れたように言ったのはあやか。
まだ祭りに来て三分も経ってないのにそれかよ。
こちらの着ている浴衣はフィオナとは対照的な黒色。
そしてウサギ柄。
着方によっては妖艶な雰囲気も子供っぽい雰囲気も出せるというものである。
まぁ、実のところあやかはこれで結構もてる。
双子のオレが言うのもなんだけど、顔はかなりいいほうだ。
美人とか、大人とかじゃなくて。
これまたフィオナとは対照的な可愛らしさを持っているというか。
いいよなぁ。
対照的にオレはもてないんだよなぁ。
いや、仲良くなれそうな女性もいるんだけどそういった方と関わろうとするとことごとくこいつが邪魔してくるからなぁ。
酷いもんだ。
そんなあやかとフィオナに挟まれているオレ。
二人と同じように浴衣姿である。
ちなみにあやか同様黒地。
闇夜に溶け込むような色。
お気に入りの一着だ。
なんて言っても着たのはもうだいぶ前なんだけど。
三人そろって浴衣姿でオレ達は道路の真ん中に立っていた。
「さて、どうするか。」
祭りに来たらやっぱり射的やら金魚すくいやらカキ氷などあるけど…。
問題も、ある。
「ねぇ、ユウタ!どれにするの?」
「ああ、うん…ちょっと待って。」
そう言ってオレは懐の財布を確認した。
中に入っているのは千円札三枚。
祭りで出ている屋台のもの、大抵一つ三百円だから…。
三人でできて三回、買うなら三つずつ。
せっかくの祭りを楽しむにはなんとも寂しいものだ。
あやかに頼るという手段は最初からない。
こいつが奢ってくれるわけがないんだから。
それに財布も持ってきてないだろう。
全部オレに持たせる気だ。
フィオナには…頼れない。
別世界から来た彼女がこの世界の通貨を持っていないのは当然。
昨日見せてもらった金貨は…あれを換金すればとんでもないくらいのお金になるだろうけど…。
換金する場所知らないし。
とするとやっぱり始めは資金調達か。
なら…。
「まずはあれにするか。」
そう言ってオレは型抜きと書かれている看板を指差した。



「よし、これで十分遊べるだろ。」
そういったオレの手にあるのは三枚の千円札。
財布に入っているのとは別物だ。
どうやったかって?そりゃ勿論稼いだまでさ。
型抜き、意外と得意なんだよね。
ああゆう細かいのは得意なんだよね。
誰かさんのせいで。
誰かさんがダンスで使うユニフォームを作らせたり、誰かさんの命令でアクセサリー作ったりしてたおかげで。
「すごいすごい!ユウタってああいうの得意なのね!」
「まぁな。」
「こういうときしか使いようがないんだけどね。」
「…そんなこと言うな。」
どうして褒めることができないのかね、この姉は。
弟の頑張りに称賛を贈ってもいいだろうが。
まったく。
とにかく、これで合計六千円。
これなら三人でも十分に遊べるだろ。
それじゃあ。
「行きますか。」
オレは二人に手を出した。
「え?」
「ん?」
「いくらフィオナの魅了があったとしてもこの人混みじゃはぐれるだろ?」
皆が皆フィオナに見とれ、注目していたところでここはお祭り真っ最中。
注目する人はどんどん増えるだろうし、近くで歩いてないといざというときに対応できないだろう。
だからこそ。
「手、繋ごう?」
子供っぽいかもしいれないけど。
周りから見たら嫉妬を買うかもしれないけど。
それでも。
これくらいならいいだろう。
いくら手を出すまいと決めたフィオナにもせめて手を繋ぐくらいなら。
昨日したように、するぐらいなら…いいだろう。
それからあやかにも。
こうやって手を繋ごうなんていったのはいつ以来だったか。
どことなく懐かしい感覚。
それとほんの少しの照れくささを感じてオレは手を出した。
「うん♪」
そう言って嬉しそうにオレの手を握ってくるフィオナ。
当然といわんばかりに指を絡めて。
昨日したようにしっかり握る。
「まったく。」
そう言いながらも手を握るあやか。
呆れたように言いながらも握る。
フィオナのように指まで絡めない。
そりゃそうだ、姉弟なんだし。そこまでする姉弟はそうはいないだろう。
だけど、離さないようにしっかりと握り合って。
「それじゃ、行きますか。」
二人の手をしっかり握って。
改めて、出発だ。



「ふふふっ♪面白かったわね、しゃてきって!」
「そうだね。」
「…。」
「ユウタも面白かったでしょ?」
「…。」
「だめでしょ、フィオナ。ゆうたは全部外したんだから。」
「おい、言うな。」
射的を終えて、見事一人だけテンションが下がってしまった。
もともと嫌いなんだよな、ああいうの。
狙うものは何でか外れるんだよな。
射的だけじゃない。
遊園地にあったアーチェリー。
昔おばあちゃんからもらったパチンコ。
それから、ボールを投げるようなものも全て。
狙ったところに行きにくいんだよな。
別に投げて手渡すぐらいならいけるのに。
「ふふ♪ユウタったらおじさんの顔に当てちゃうし♪」
「やめろ、言うな…。」
オレだって狙ってたわけじゃないんだよ。
撃ちたくて撃ったわけじゃないんだよ。
怒られなかったのはフィオナの魅了で惑わされていたためだろう、助かった。
その分両脇が大爆笑だったけど。
でも、まぁいいか。
二人とも笑ってるんだし。
いつの間にかあやかもフィオナも仲良くなってるみたいだし。
いったい何があったのかはわからないけど、でもいいことだ。
「それじゃあ、ユウタ♪」
そう言ってフィオナは絡めた腕に抱きついてくる。
「っ!」
お祭りでテンションが上がって大胆になってるのだろうか。
腕を組むように、それでも手は指を絡めたまま繋ぎあって。
押し付けられる柔らかな感触はわざとだろうか?
思わず理性が揺れるがこんなところで揺れるわけにはいかない。
そんなことをすれば隣にいるあやかが黙っちゃいないというのに…!
しかしあやかは。
「ゆうた、どうするの?」
そう言ってどこか顔を赤くして体を寄せてきた。
フィオナのように抱きつくのではなくて。
それでも、先ほどよりもくっついて。
何だよ、二人とも。
いったいどうしたんだよ。
フィオナは…まぁ、いいとしてもだ。
あやかはこんな過剰なスキンシップはしないっていうのに。
気になることは沢山ある。
聞きたいことも沢山ある。
でも、まぁ。
二人とも楽しんでくれてるのなら、いいか。
胸の内に沸いた疑問を押さえ込み、口にまで出掛かった言葉を呑み込んで。
オレは二人の手を握り返す。
離れないように。
離さないように、しっかりと。
「それじゃあ、次は―」



もう財布の金も持ってきた時と同じ額に戻ってきたそんなとき。
『それ』は、来た。



「それじゃあ次はどれにする?」
「フランクフルトっていうの、食べてみたい!」
「あたしはあれ!くじがいい!」
そうやって両側から騒がれると困るものもあるな。
あるけど、やっぱりいいもんだ。
二人が仲良くしてくれることも、祭りを楽しんでくれることも。
いくら魅了があろうがそれでもフィオナは祭りを楽しんでくれてる。
最初は乗り気じゃなさそうだったあやかも楽しんでるし。
本当に、良かったな。
そんなことを思っていたそのときだった。
視界が消える。
「っ!」
光が消えた。
もともと夜だったとはいえ回りは提灯などの明かりで昼間のように明るいこの場が、一気に闇に消えた。
いや、違う。
それがオレだけに起こっているとわかったのは背中に押し付けられた柔らかな感触から。
大きく、温かく、そして同時に香るのは爽やかだけど甘い香り。
それから、脳まで蕩けるような甘い声。
「だ〜れだ♪」
「…………何やってるんですか、師匠。」
師匠、である。
オレの背中からいきなり抱きつき、オレの視界を覆っている女性である。
「あれ?なんだ〜気づいちゃうの早いよ、ユウタ♪」
「そりゃいつもされりゃ気づきますよ。師匠。」
「う〜ん、これは自分だとわかってくれたご褒美にキスが必要かな♪」
「いや、いいです。」
「キスじゃたりないの?んもう、仕方ないな〜♪それじゃあ一晩かけてのご褒美がいいかな♪」
「師匠、そういう発言は勘弁してください。」
公で何を言い出すんだよこの女性は。
いつものことだけど、ここは祭りの場。
そういった発言はどうにかしてもらいたい。
ただでさえ、師匠はとんでもない美人なのだから。
それに。
「こっちには連れがいるんですよ?」
あやかとフィオナの二人がいるんだから。
フィオナを見てみると…。
「…。」
固まっていた。
単に驚いていたのかもしれない。
いきなり後ろから人に抱き着いて、あんな発言をするとんでもない女性を前にして。
流石の淫魔も予想外だろう。
こんな女性がいるとは思わなかったろう。
対して、あやか。
「…。」
睨んでた。
最初にフィオナに向けていたあの目つきで。
穴を開けようとする睨みで。
親の仇のように憎らしげに見ていた。
先ほどのテンションの高さはいったいどこへ消えたのだろう、そう思うくらいの変化だった。
「おや、お姉さん。いたんだね。」
「…どーも。」
対する師匠もそっけない態度。
さっきからいたのに、今気づいたというおどけた口調。
気づいていたけど見えてない。
見えていても意識しない。
互いが互いを嫌っているのを惜しむことなく回りに知らしめる態度だ。
犬猿の仲。
最悪の組み合わせ。
「ゆうたから離れてくれる?」
「お姉さんに言われる筋合いないね。ゆうたは現に嫌がってないみたいだしさ。」
師匠、内心嫌がってますからね。
でもそれを言ったらまた
「酷い!傷ついた!精神的に傷ついちゃったよ!ユウタに傷物にされちゃったよ!これはもう責任とってもらうしかないねっ♪」
という展開にもっていかれるから言わないんですよ。
もう種は明かされてるんですよ、師匠。
何度も同じ手に引っかかるオレじゃないんですからね。
「それから…そっちの子は…。」
そう言って師匠は動きを止めた。
驚いた顔をしたフィオナを見て、動きを止めた。
どんな表情でフィオナを見ているのかはわからない。
背後からオレを抱きしめている師匠の顔は伺えない。
「おやぁ?」
師匠は言った。
不思議というよりも、興味深いと言いたげな声で。
以前にも聞いたことのある声で。
フィオナをその瞳に映して。
どれだけ見ようと師匠の目に映っているのは普通の、ごく一般人の女性のはず。
それはフィオナが幻影を魔法で纏っているから。
どうしようと師匠の目にはリリムとしての姿は映らない、はずだ。
オレやあやかじゃない限りリリムとしての姿は見えないはずだ。
しかし、師匠の声色…なぜだか違和感を感じる。
…そうだ、この声。
以前あの女性に襲われたときに聞いた声色と、同じ。
血を吸われそうになったときに助けに来てくれた師匠が発した声色と同じ…?
「これはまた…ふぅ〜ん…。」
そう言って師匠はオレの首に回す手をさらに強く締めた。
よりくっつく体。
押し付けられる柔らかなものは当然わざと押し付けてるんだろうな、師匠。
そんなことをされるとオレも男として危ういって毎度の事言ってるのに。
それを何度言ったところでやめてくれる人じゃないんだけどさ。
「この娘、誰なのかな?」
娘って言った!
師匠、明らかに敵意むき出しだ!
「えっと…ゆ、友人ですね。」
とりあえず嘘。
というか、嘘じゃなくて本当かもしれない。
フィオナとの関係はただの友人。
明日になれば知り合いというだけなのだから。
だから、嘘じゃない。
それを聞いた師匠は…。
「…酷いよ。」
「…は?」
「酷いよ!ユウタ!」
「はっ!?」
どうしたんですか師匠!
いきなり何を言い出すんですか!
何が酷いんですか!
「こんな、こんなぽっと出の娘と一緒にお祭り来るなんて!」
…ぽっと出って、師匠。
何を言い出すんですか。
さらに言うとあやかもいますからね。
「こんな、いつできたのかわからない友人とお祭り来るなんて!関係を深めようとしてるだけじゃないの!!」
「いや、師匠…?」
「酷いよ!それなら自分を誘ってくれればよかったのに!」
「いやいや、師匠?」
「自分とユウタのほうがただならない関係なのにっ!!」
「師匠っ!!そういう誤解を招く発言はやめてください!!」
確かにただならない関係ですけど!
ただの師弟関係です!
「自分だってユウタとお祭り来たかったんだよ!」
「それは…っ!」
師匠と行こうかなとは思っていた。
この師匠にかかわりがあるのはオレ以外いないだろうし。
せっかくのお祭り、皆で楽しもうと考えて師匠も呼んでみようかと思ってた。
しかし、それは却下された。
他の誰でもない、あやかによって。
「変なもんが付いてこないようにあたしも一緒に行くわ。」
それが今日の祭りについてきたあやかの理由。
そして、あやかの読みは見事的中したというところか。
「ほらみてよ!浴衣だって着てみたんだよ!」
そう言って師匠はオレの背から離れ、前へとまわる。
オレにその姿を見せるために。
浴衣を着た姿を見せつけるために。
その姿は。
「どう!ユウタ!」
「どうって…。」
なんと言おうか、どういえば言いのか。
言える言葉とすれば…ただ一つ。
「…すごい綺麗ですよ、師匠。」
そうとしか言えない。
自分の髪の色と同じ灰色の浴衣。
それに青色の帯。
いつもは一つにまとめている長い長髪を今日は簪なんてものでまとめてる。
浴衣を押し上げる、先ほどまでオレの背に押し付けられていた胸。
フィオナよりも大きく、それでいて形もよく、男としてとても目を引かれるもの。
スタイルも空手をやってるから引き締まっているし。
髪型、着ている服を変えるだけで綺麗な女性ってまた違う魅力を纏うからなぁ。
元々とんでもない美人なんだし、師匠は。
あやかとはまったく逆の魅力を感じさせるし。
それこそフィオナとタメをはってもいいくらいだ。
あやかは可愛らしい美貌を。
フィオナは妖艶な美貌を。
師匠は大人の美貌を。
似ているようでまったく違うものを皆もっていて、見せ付けてくる。
ハッキリ言えば三人とも魅力的過ぎるんだよなぁ。
フィオナを見た。
驚いていた彼女は今目の前に移動した師匠の姿を見て声を失っている。
驚いているからじゃないだろう。
見惚れてる。
師匠の姿に。
大人の女として破滅的なくらいに綺麗な姿に。
あやかを見る。
「…ちっ。」
…舌打ちした。
表情も誰がどう見ても不機嫌なものだ。
敵意隠す気ないな…。
「んふふ〜♪綺麗って言われちゃった♪」
そう言った師匠は嬉しそうに体をくねらせた。
ああ、師匠…。
それがなければ完璧だったのに。
あの頃の凛としていた師匠なら決まっていたのに。
もう見る影もないというか…。
いつからこんなになってしまったんですか…。
おいたわしや…です。
「ねぇ、ユウタ。」
「はい?師匠なんですか?」
「自分と一緒にお祭り見てまわらない?」
「…。」
師匠、オレの両脇見えていますか?
オレの両脇にいる二人、見てますか?
「あの、師匠…オレにはもう連れがいるので。」
「つれないなぁ〜、悲しくなっちゃうよ?」
「なればいいでしょうが。」
馬鹿、あやか!
そういうことは小声でも言っちゃいけないんだよ!
しかし師匠のお誘いを無下にするのも気が引ける。
普段から何かとお世話になってるんだし。
お礼として付き合うべきだろうか。
でも、二人がいるし…。
「う〜ん、ダメかぁ…残念だよ…。」
「…師匠、そんなあからさまに残念がらないでください。」
顔を下げ、前髪がだらんと表情を覆う。
大人の女性がするとは思えない姿。
見方によれば可愛らしく見えるだろう。
でもオレから見たら見ててすごく心が痛む姿だ。
良心が…良心の呵責が…。
「う〜ん…それじゃあその代わりに、少しだけでいいんだけど。」
そう言って師匠は顔を上げる。
やはりいつもと同じニコニコした顔で。
誰が見ようが見とれてしまうような表情で。
師匠は言った。

「―そのご友人と少しばかりお話させてくれないかな?」

「は?」
「…え?」
「…っ。」
質問の意図がわからない。
いきなり初対面のフィオナを相手に話をしたい?
それは…どういう意味があるのだろう?
師匠の目から見ればフィオナの姿は普通の人間に映ってるはずだけど…。
…普通の人間に見えてるんですよね、師匠?
「んふふ〜、ちょっとその子に興味が沸いちゃった。少しだけでいいんだ。二人だけでお話させて?」
「い、いや師匠?そんな急に…。」
そんな急な話、容認できないって。
それにフィオナはオレに付いて来てくれてるんだ。
この祭りに招待したのもオレ。
そうあっさりと傍から離していいわけじゃないだろう。
まぁ…師匠の隣なら安全だとは思うけど。
「ユウタは愛しの師匠のお願い、聞けないの?」
「いや、ですから師匠…。」
「酷いっ!酷いよ!いつからそんな子に育っちゃったの!そんな子に育てたかったんじゃないんだよ!これはもう一度教育し直すしかないね!今夜はたっぷり体を使って教育だね…♪」
「師匠!話変わってるんですけど!」
まったくこの女性は!
本当にオレよりも年上で女性なのだろうかと何度疑ったことか。
ほら、隣のフィオナも口をあけて呆然としてるし。
あやかにいたっては…さっきと変わらず睨んでるし。
「どうしても聞いてくれないの?」
「ですからね、師匠…。」
「そんなに言うんならその唇自分の唇で塞いじゃうよ♪」
「いや、勘弁してください師匠…。」
「そんなに言うのなら…喘ぐよ♪」
「喘ぐって何ですか!」
どんな脅しだよ!
まったく師匠は…。
そんなことを思っていると手を引かれた。
フィオナじゃない、あやかに。
どうしたのだろう?
顔を見ると目で合図をされた。
双子のオレだからわかるメッセージ。
多くは伝えられないけどそれでもオレだからこそ理解できる。
耳を貸せ、ということらしい。
「ほら。」
あやかの仕草にオレは耳を近づけた。
そこへあやかは耳打ちする。
周りには絶対に聞こえないくらいの声で。
オレにしかわからないような声で。

「―…。」
「…ああ。」

なるほど。
それは名案だ。
確かにそれならフィオナがいないほうが都合がいい。
一度フィオナと離れたほうがしやすいものがある。
タイミングがいいことに祭りももう大詰め。
もう少ししたらメインが始まるだろうし、できるなら今だけだな。
「フィオナ、どうする?」
「え?あ…うん、少しくらいなら…。」
そういうフィオナ、先ほどからなんというか…師匠を見ている。
同じ女性として見蕩れているのだろうか。
確かにとんでもない美人だけど、リリムでもそんな風になるんだ。
「ふふ、それじゃ少しだけお借りするね?」
そういうなり師匠はフィオナの浴衣の袖の端を掴んで引く。
フィオナはそのまま師匠の手に引かれていく。
名残惜しげにオレの手から離れていって。
…少し寂しく感じるな。
ただ少しだけだとわかっていても。
「それじゃあ女の子同士の大切なお話してくるね♪」
「変なところ行かないでくださいね?」
「大丈夫。お礼はそうだね…次の稽古でエッチな下着着てあ・げ・る♪」
「いや、いいです。」
「稽古する場所は自分の家のベッドの上だからね♪」
「師匠、勘弁してください!」
「んふふ〜♪」
そう言って師匠はフィオナを連れて人混みに姿を消した。
灰色と白は行った。
さてと。それでは。
「それじゃあ、こっちはこっちで準備しないとね。」
「あいよ。ちょっと手伝ってくれよ。」
「そういうのはゆうたがやってあげるのがいいんだよ。」
「何で?」
「何でも。」
オレとあやかはそんなことを話しながら師匠たちとは反対方向へと歩き出す。
懐にしまった財布を握り締めて。
二人で歩き出した。




「えっと…ユウタの、お師匠さん…?」
「ここら辺までくればいいかな?」
「え?何が…なのかしら?」
「いや、ここまでくればユウタにも聞かれないからさ。それじゃあお話しようか―

―リリムのお嬢さん。」



―ルートチェンジ―
→リリムルート
11/09/04 20:41更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでお祭り編です!
物語りもいよいよ大詰めになってきました!
アプローチをかけてくる二人
そして師匠
フィオナと二人っきりになって話したいこととは…
それから主人公とお姉さんは二人して何をしているのか…
それは…!?

それでは次回もよろしくお願いします!!

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