私と貴方と同じ想い
「―っとにあれだね。さすが淫魔だね。あたし達と考えることが全然違うわ。」
「まぁ、そう言ってやんなよ。」
あの後倒れてしまったドアをユウタがはめなおして。
私は二人の前に座っていた。
正座、というらしい姿勢で。
タタミという変わった緑色の床の上で。
さっきまでいたリビングよりも小さいけどそれなりに広い部屋の中央で。
しょんぼりしていた。
というのもどうやら私は勘違いしていたから。
あの声を聞いて、間違ったことを想像していたから。
「どこをどうやったらあれがエロい声に聞こえるのさ?何?あたし達がしてるとでも思ったの?すごい想像力だね。あたしには真似できないわ。」
「だから、そういうこというなよ。」
「だってさ、ただ着替えてただけだよ?」
そう、着替え。
ユウタとアヤカは着替えをしていたらしい。
というか、アヤカがユウタに着せてもらっていたらしい。
自分できればいいのになんて思ったけどどうやら一人で着るには難しい服のようだ。
ユカタ。
こちらの世界で、というかこの国では有名な服。
これもまたジパングで見かけたものに似ていた。
確か…キモノって言ったかしら?
それによく似ている服。
アヤカが着ているユカタは黒地に白いウサギが描かれているものだった。
そして体に巻かれた黄色い帯。
それを着込んだ彼女からはさっきまでとは違う印象を受ける。
こう言っちゃうのもあれだけど…さっきまではだらしないとしか言えなかったアヤカがユカタを着込むと随分としゃきっとしたというか…。
恐ろしげでいらいらしていた雰囲気とは違う、凛とした大人の雰囲気を纏っているというか。
それでいて、やはり可愛らしく見えるのはとても不思議。
っていうかアヤカ、昨日からウサギの柄の服をよく着てるのよね。
…好きなのかしら?
「あ、そうだ。」
と、言ったのはユウタ。
何かを思いついたかのような顔で私を見た。
自然、目があう。
赤い瞳と黒い瞳が互いを映す。
「どうせだったらフィオナも着てみる?」
「え?」
「浴衣。確か姉ちゃんの着なくなったやつがまだ残ってたはずだからさ。サイズ的にも合うだろうし。尻尾と翼の出るところを工夫すれば着られると思うけど。」
そう言ったユウタは隣においてあった大きな箱(アヤカの着ているユカタも入っていたのだろう)を探ってそれを出した。
それはアヤカの着ているものよりも一回り大きいサイズ。
私が着たらちょうどいいだろう。
色は対照的に白。
白い生地に赤い花、花びらなどが描かれている。
そして赤い帯。
アヤカの着ているウサギ柄のユカタは可愛らしいけど、これもまたいい。
一言で表すなら。
「…素敵。」
自然と言葉が漏れた。
綺麗なものを目にしたときに自然と出てしまう感嘆のため息のように。
昨日ユウタが見せてくれた夕焼けに彩られた町を目にしたように。
その声を聞いてユウタは得意げに笑みを浮かべた。
「だろ?どうせだったら着てみたらどうだよ?」
「…。」
正直なところ、着てみたい。
あんな素敵な服、着込んでみたい。
今までリリム特有のあの露出の多い服しか着ていなかったから自然とそう思う。
別におしゃれに興味がないわけじゃない。
おしゃれしたくなかったというわけもない。
ただ、着飾ってもそれを見せる相手がいなかっただけ。
さらに言うと私はリリムだからおしゃれしたところで皆の反応なんて同じだから。
いくら可愛い服を着たところで男の人を魅了してしまうのは変わらないから。
だから今までおしゃれなんてしなかった。
でも。
これは、着てみた。
「それじゃあ…いい、かしら?」
その言葉にユウタは嬉しそうに言った。
「おう。」
アヤカを見て。
「それじゃあ頼むわ。」
と、一言。
…え?
「は?」
私とアヤカは同時にユウタを見た。
アヤカはわけがわからないというk表情で。
おそらく私も同じような表情を浮かべているだろう。
その表情を向けられたユウタは…。
「…ん?」
同じような顔をしていた。
私達三人ともわけがわからないといった顔。
実際よくわからない。
「ユウタが着替えさせてくれるんじゃないの?」
と、私。
「…勘違いしているようなら言っとくけどオレはあやかの着つけはできてもフィオナのはできないぞ?そういうのは女の子同士でやってくれよ。」
と、ユウタ。
「は?何であたしがそんな面倒なことしなきゃいけないの?提案したのはゆうたでしょ?それじゃあやるのもゆうたでしょうが。」
と、アヤカ。
三人とも考えが違う。
それでも私のとアヤカのは近いものだった。
ユウタがしてくれると思ってたのに。
アヤカもユウタがしてくれると思っていたらしい。
むしろそう思うのが当然だと思う。
「…あのさ。オレはあやかだからできたんだぞ?」
「別にあたしだろうがフィオナだろうが変わらないでしょ。」
…それはだいぶ変わると思うんだけど。
「それならオレがやろうとあやかがやろうと大して変わらないだろ?」
…それもそうだ。
確かに変わりはしないけど。
でも、やっぱり…ユウタにしてもらいたい…。
そう思ったらアヤカが言った。
「いや、あたしできないから。」
「…。」
…できないって。
胸を張って言わなくても。
そんな偉そうに言わなくても。
当然のように言ったその顔からは清清しさを感じられる。
ユカタを着ているからだろう、凛々しささえも感じることができた。
「だからゆうた、がんばれ。」
「あ!おい待て!!」
さっさと逃げ出すアヤカ。
キモノは動きづらいと聞いたのだけどアヤカはそんなことお構いなしに走って逃げた。
この家の中じゃ逃げられるところも限られるだろうけど。
逃げ出したアヤカを追いかけたユウタは一分も掛からずに戻ってきた。
「アヤカは?」
「逃げ出されたらもう捕まえられないんだよ、あれ。」
「え?どうして?」
「オレの行動なんて先読みされてるからだよ。」
そう言ってユウタはタタミに落ちたユカタを拾い上げた。
「今までずっと一緒に生きてきたんだ、行動パターン、考えてることも全てお見通しで上手く逃げられるんだよ。」
「それじゃあ、ユウタは?」
「オレ?」
アヤカがユウタの行動パターンや思考をお見通しというならその逆はどうなのだろう。
ユウタもアヤカと同じ、今まで一緒に生きてきたのだから。
しかしユウタは苦笑した。
「オレは無理。あやかみたいに敏感じゃないからな。」
「?」
敏感って…肌が?
「あいつは人の気持ちや考えには結構敏感なんだよ。今まで人の周りに囲まれてたからか、それとも好意を向けられてたからかわかんないけど。」
「そう、なんだ。」
それじゃあやはりアヤカは人気があるんだ。
それじゃあ、ユウタは…。
ユウタは、どうなのだろう?
ユウタも人気があったのだろうか?
アヤカ曰く、私のようなものには人気があったと言っていたけど。
「…フィオナ。」
「!な、何?」
慌ててユウタのほうを向いて答えた。
視線の先にいるユウタはさっきまでとは打って変わって視線を合わそうとしない。
片手は頬を掻いて、まるで照れているみたいに見える。
それでもユカタを手に持ったまま、気まずそうに言葉を紡ぐ。
「あーそのさ、えっと…。」
歯切れが悪いというか、ハッキリとしないというか。
まるでユウタは迷っているように見えた。
何に迷っているのだろう?
「えっとさ…その…着るん、だよな?」
そう言って手にしたユカタを私によく見えるように持ち上げた。
白い生地が波打ち、窓から差し込んだ光に輝く。
アヤカの着替えを手伝っていたときには締め切って外からの光を遮断していた。
それでも、暗くはない。
白い紙を張り合わせたドア(確かショウジというらしい)が光を完全に遮断しているわけじゃない。
それから差し込んできた光が照らす。
ユカタを輝かす。
それは先ほど見たのとはまた違う美しさを見せた。
それを前にして。
それを着ている私を想像してみて。
―それを着て、ユウタの隣を歩いている私を想像してみて…。
「…うん。」
私は小さく頷いた。
「…軽い拷問だな。」
呻くように呟いたユウタの声は小さすぎて私には届かなかった。
タタミの上に私の服がするりと落ちる。
布特有の小さく、わからないような音を立てて。
そうして私は肌を晒すことになる。
誰にでもない。
今後ろにいるユウタに。
「それじゃ、片手あげて。」
そういったユウタの顔は見れない。
見ようとしても見せてはくれないだろう。
きっと真っ赤になってるから。
そして、私も。
鏡はないからわからないけど、赤くなってる。
顔が熱い。
自分でも感じることができるくらいに、熱い。
ユウタに肌を見られてるから、熱い。
恥ずかしいからじゃない。
きっと、照れに近いもの。
ユウタにこうしてもらってることが嬉しいから、だと思う。
だからだと、思う。
「手、伸ばしててくれよ。」
その言葉に私は片手を伸ばした。
もう片手は胸の前にある。
というのもユウタが
「隠せ!肌隠せ!!女性がそうホイホイ男の前で肌晒すな!!あやかは例外なんだよ!!」
と言うから。
ユウタが脱衣所から持ってきたタオルで前を隠している。
「はいよ、もう片方も頼む。」
「うん。」
袖を通したほうの腕で前を押さえて、今度は反対の手を伸ばした。
その手にユウタは手馴れた動きでユカタの袖を通していく。
流れるように。
私の肌を傷つけないように。
優しい手つきで着せていく。
そんな中でユウタが言った。
「フィ、フィオナって肌綺麗だな。」
「っ!そ、そう?」
急な言葉に戸惑う。
さらにその言葉が私を褒めているのだから、さらに戸惑う。
いきなり、綺麗なんて…。
「ああ。白くて柔らかいし。すごい綺麗じゃん。」
「あ、ありがと…っ。」
「髪の毛も綺麗だし。」
そう言って私の髪をすくい上げた。
ユカタに両腕を通したからそれで乱れた髪を直しているようだ。
その手つきもまた優しい。
そして温かい。
このまま瞼を下ろせば寝てしまえそうなくらいに。
あまりにも心地いい。
自然と落ち着く。
心にたった波を沈めるように。
荒くなった感情を宥めるように。
「…。」
「…。」
何も言わない。
先ほどのような言葉は続かない。
その代わり続いたのは昨夜に似た雰囲気。
会話を続けないとあまりにも気まずい空気になってしまう。
会話していないと何をしてしまうかわからないそんな雰囲気に。
何か話さないと。
何か、会話しないと。
どうにかしてこの雰囲気を変えないと。
そうじゃないとまた昨夜のようになりかねない。
最悪、私の体が治まらない。
あの夢の続きを…見たいと思ってしまう。
ユウタとキスした、あの夢を…。
いけない。
それは、いけない。
それは、止めないと。
「あ、あのね、ユウタ!」
そう言って思い切り振り返ろうとしたそのときだった。
私は足元を確認していなかった。
足元に畳まれた赤色の帯を見ていなかった。
その帯に足は乗ってしまい、すべる。
思わぬ方向へ、転ぶ。
振り返ろうとした先に。
ユウタに向かって。
「あっ!」
「!」
そして、倒れた。
前を隠していたタオルを放って。
とても鈍い、ドスンとでもいうような音を立てながら私の体は床に倒れた。
いや、床じゃない。
ユウタの上に。
「…痛つつ。」
「…ユウタ?」
「ん?ああ、大丈夫かよ?フィオナ。」
そう言ったユウタは私の体を抱きしめていた。
どうやらとっさに私の体をかばったらしい。
タタミに倒れないように私を抱きしめて。
私を受け止めて。
「だ、大丈夫!?」
「平気。それよりフィオナは大丈夫かよ?」
「私は…全然へい―」
その先を言おうとして止まった。
目の前。
目と鼻の先。
すぐそこにユウタの顔があったから。
抱きとめられている今の状況ならそうなるのは当たり前。
こんな状況じゃ二人の間意距離なんてものはないに等しい。
それは当然のこと。
私の体はユウタの体と接している。
そして顔は、すぐ近くにある。
吐息が互いに掛かるところに。
瞳にユウタの顔が一杯にうつるくらいに。
―首を伸ばせばそれだけで唇が重なるという距離に。
「っ!!」
「…!」
互いに何も言わなかった。
いや、言わないんじゃなくて、言えないんだ。
この状況。
この体勢。
これはまるであのときのようだから。
あの夢の中と同じだから。
夢と同じで、唇を重ねることができるから。
ただ首を伸ばすだけで。
それだけで…。
この体勢ならユウタも気づいている。
このまま行けばどうなるのか。
だから。
何も言えない。
それは私が何も言えないからじゃない。
ユウタも何も言わないのは…。
この先を…拒もうとは思ってないから…?
この先の行為を…受け入れようとしてるから?
―私と…キス、したいと思ってるから?
拒否せずに。
否定せずに。
その先の行為を。
この先のことを。
―望んで…いる?
「ユウ、タ…。」
「フィオナ…その…。」
ユウタは私の肩に手を置いた。
これはやはり、私と…?
しかし思っていたこととは違う発言をユウタは言った。
「その、どいてくれるか?」
赤い顔で、小さい声ながらそう言った。
「あ…うん。」
そう言われては仕方ない。
拒まれては仕方ない。
ユウタの言葉を聞き入れるしかない。
残念だけど、私はユウタの体の上からどいた。
ユウタもすぐに体を起こした。
私の隣で体を起こした。
しかし。
それで終わるわけがなかった。
私の体が、ユウタの体に触れただけでは満足しなかった。
さらにその先を求めている。
これだけでは満たされない。
だから。
それは無意識に動いていた。
私の体は意識せずに動いていた。
動いたのは―尻尾。
白く長い私の尻尾。
それはユウタの手に巻きついた。
体を起こすために付いた手に。
体重の掛かっている手に。
そして、引っ張った。
「おわっ!?」
支えとして付いた手を崩されれば体勢も崩れる。
それは当然のこと。
そしてそれは私がどこかで望んでいたこと。
崩して、倒して。
そして。
「ちょっ!」
「っ!」
―ユウタは私に倒れこんできた。
さっきとはまったく逆に。
ユウタが私に覆いかぶさるように。
かろうじて私の顔の横に手を付くが、それでも倒れた体を止めるのには難しかったらしい。
もう方のほうの手がタタミにつき、ようやくユウタの体は止まる。
私の体の上で。
まるでユウタが私を押し倒しているように。
さっきと同じくらいまで縮んだ距離。
再び掛かる互いの吐息。
袖を通していた浴衣が乱れ、前面が大きく肌蹴る。
まるで、これからするかのように…。
それを見ないように私の顔を見つめるユウタは真っ赤だった。
真っ赤で耐えるようにしていた。
「…何するんだよ、フィオナ。」
「ご、ごめんっ!」
そうは言うもののいまだに尻尾は巻きついたまま。
ユウタから離れようとはしない。
私の体の一部なのだから外そうと思えば外せるのに。
それでも、そう思えなかった。
外したいと思えなかった。
むしろもっと近づきたい。
もっと身を寄せたい。
もっと、触れ合いたい。
そう、考えてしまう。
無意識に手までが伸びてユウタの体に絡まる。
距離を縮めるために。
もっと近づくために。
「っ!!フィオナ!?」
「ユ、ウタ…。」
止められない。
止まりたくはない。
離れたくない。
離したくない。
それは夢の続きを見たいから。
夢を現実でも見たいから。
その先を、したいから。
ユウタと…。
荒い息を呑み込んで。
絡めた腕で引き寄せて。
わずかな隙間を埋めるように。
そうして、私は首を伸ばし、そっと唇を近づけて。
―ユウタの唇に私の唇を重ね…。
「な〜にしてるのさ。今度は和室でですか?」
「っ!!」
「っ!?あやか!!」
いきなり聞こえてきたアヤカの声にユウタは弾けたように私の上から飛びのいた。
絡まった手を無理やり引き離すような荒荒しさを感じさせない、素早くも緩やかな動きで。
私の腕から体を引き抜いた。
そうして私と二人してアヤカを見た。
彼女は朝見せたような不機嫌な、呆れたような顔で。
「ふ〜ん?やっぱり淫魔は一味違いますね〜。性欲が格段に違いますね〜。」
また敬語だった。
明らかに距離を置かれている。
「それからゆうたもですか〜。あ〜そうですか。なんやかんや言って男の子なんだね〜。」
「ち、違うからな!」
慌ててユウタが弁解する。
それはこの状況なら誰でもそうするだろう。
男の子が女の子を押し倒してるこの状況。
どう見たところでユウタから襲っているようにしか見えない。
それを見たアヤカは。
半目で睨みつけてるような顔をしている彼女は。
「…早いところしてくれないとお祭り、始まるんだけど?」
そう言って彼女は静かにドアを閉めた。
音も立てずに。
ユウタのように。
「…。」
「…。」
なんと言うか、上手いタイミングだったわね。
見計らっていたかのように。
わかっていたかのように。
「えっと、その…。」
ユウタは放ってしまったタオルを拾い上げ私に手渡す。
こちらを見ないように。
それでも顔が赤くなっていることは隠せないけど。
そして、言った。
「着替えの続き、しよう?」
あの後、流石に同じ展開を繰り返せるはずもなく、ユウタは私の体に優しくユカタを着せてくれた。
何も喋ることはできなかったけど。
気まずすぎて何も言えなかったけど。
それでも傷つけないように丁寧に。
ユウタは優しく着付けてくれた。
…帯を巻くときは流石にきつかったけど。
尻尾と翼を出せるようにするためにユカタに工夫をしたりして。
そうしてようやく着ることができた。
そんな中顔を真っ赤にさせて着付けてくれたユウタは。
やはり優しく、そして温かかった。
「…流石に一日で二回も求めちゃね…お盛んだね、リリムってさ。」
「…。」
冷めて、半目の目でアヤカは言った。
アヤカは玄関のドアに体を預けてこちらを見ている。
私は反対側に座り、アヤカと対面するような位置にいた。
というのも着替えているユウタを待つために。
ユウタも私達に合わせて着替えてくるらしい。
…いったいどんな姿を見せてくれるのかしら?
待っている間に私はゲタという靴を履こうとして苦戦していた。
今までこんな靴を履いたことはない。
一見単純な靴にみえるけど意外と履きづらいのね、これ。
そんな私を前にしてもアヤカは何もしてくれない。
手伝ってはくれない。
ユウタのようにはしてくれなかった。
アヤカいわく
「それくらい普通にできるでしょ?子供じゃないんだし。」
だそうだ。
確かに、それが普通の対応なんだろうけど…。
ユウタと比べるとやはり冷たいように感じる。
わざと、なのだろうか。
玄関のドアに体を預け、そのまま私を見つめる彼女は言った。
「自分からゆうたを押し倒させる形にするなんてね。」
「っ!」
ばれてる!?
それは、どうしてわかったのだろう。
あの姿勢をみたら動見たところでユウタが私を押し倒しているようにしか見えないはずなのに。
「わかるに決まってるでしょうが。ゆうたに女の子押し倒す度胸はないよ。」
「…。」
ユウタの言ったとおりだ。
彼女は何でもわかってる。
ユウタのことを十分に理解している。
わからないことがないとでも言うように。
自分自身がユウタと繋がっているとでも言うように。
でも。やはり。
アヤカはどことなく違う。
私に向けるものが違う。
ユウタに向けているものと大きく違う。
ユウタには厳しく接しているけど私には別の厳しさで接しているというか。
わざとらしく棘棘してるというか。
そういえば今日もそうだった。
朝のこと。
私がユウタにご飯を食べさせてもらっていたときから棘棘していたような。
私がユウタの首筋の跡を見つめていたときには舌打ちをしていたし。
ユウタのお手伝いをしていたときはあまり良くない顔をして見ていたし。
なんていうか、それはまるで…。
―嫉妬、してるような…。
ユウタの隣に私がいることを許せないというように。
ユウタのことを理解しているからこそ、認められないというように。
嫉んで妬んでる。
そんな風に感じられた…いや、そんなふうにしか感じられない。
まるで、アヤカは…。
「ねぇ、アヤカ。」
「ん?」
私の声に彼女は顔を上げる。
その目には不機嫌そうなものは見受けられない。
それはユウタの隣にいるときだけ。
私と二人きりのときならそんな表情はしないらしい。
そんな彼女を前にして私は言った。
「アヤカってもしかして―」
それは今までのことから導き出した憶測。
それから、ほんの少しの好奇心。
彼女の気持ちを知りたいという興味。
それと、私からも同じような感情から。
ユウタといられる彼女にほんの少しのうらやましさを感じて。
いや、彼女のようにどことない嫉妬を抱いて。
いいままでされたことのお返しといわんばかりの言葉を言った。
「―ユウタのことが好きなんじゃないのかしら?」
その言葉を聞いて。
その発言を耳にして。
アヤカは何も変わらない表情でいた。
動揺していない。
戸惑うこともない。
何も変わらず、何も染まらない。
そんな顔をして。
それで、返した。
「―好きだけど?」
真っ直ぐな言葉。
迷いなんて微塵もない。
躊躇いなんて欠片もない。
それが当然といわんばかりの言葉を彼女は。
アヤカは言った。
「悪い?弟を好きになって。別に誰が誰を好きになろうと関係ないでしょ?」
「えっと…。」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
だって、そうだろう。
普通は動揺したり、さっきまでの彼女なら普通に罵倒ぐらいはしてもいいと思っていた。
それを正面から普通に、当然といわんばかりに返されたのだから。
こっちが動揺してしまう。
しかしアヤカは動揺を見せない。
何も揺るがない。
「それだから何?」
「え、いや…その…。」
好き。
アヤカは言った。
ただ一言、言い切った。
私のように迷っているわけじゃない。
あやふやだけど自覚しているというわけでもない。
ハッキリ、心の底から理解している言葉を。
だがその言葉を聞いて疑問が浮かぶ。
彼女は好き。
ユウタが好き。
今までずっと傍にいただろう、ユウタのことが、好き。
でも。
それなら…どうして。
今までずっと一緒にいたというのに何で。
アヤカは…。
「…それ、ユウタに言ったの?」
「は?」
「アヤカのその、気持ち。」
アヤカの好きという気持ち。
それをユウタに伝えたのだろうか。
私が見る限りそう伝えている様子は見えない。
伝えているのならもっと親密な感じに接しても、もっと親しくしていてもいいと思うのに。
「…あんた馬鹿?」
呆れたようにアヤカが言った。
それに何故だが不機嫌に戻っていた。
何でわからないの、とでも言いたげな表情で。
「言えるわけないでしょうが。」
「え?どうして?」
「言ったところで叶わないから、だよ。」
そう言ったアヤカはどことなく寂しそうに、悲しそうに見える。
それでも、一瞬。
一瞬しか見れず、次の瞬間には戻っていた。
さっきと同じ表情に。
「血縁関係のある者同士の婚姻は認められてはいないってね。決まってるんだよ。」
「え?何で?」
「もし結婚して、子供を生む。そうしたらその子供が普通の子供とは違くなるからだよ。」
「?」
「普通の子よりも悪影響なところを受け継いで生まれちゃうんだよ。」
そう言った。
そっけなく。
それでも苦々しく。
単調に。
静かに。
アヤカは続ける。
「あたしがユウタの双子の姉として生まれてきたことは人生の中で最高のことだと思う。でもね、ユウタと家族として生まれてきたことは人生で最悪のことだよ。」
「…。」
それを聞いて理解する。
アヤカの気持ち。
アヤカがユウタに抱いた、叶わない心を。
どれほどの恋をしていたのか。
ユウタにどれくらいの想いを抱いていたのか。
でもそれは意味がないこと。
抱いたところでどうにもならない。
家族だから、姉弟だから。
だから気持ちを伝えられない。
伝えたところでどうにもならない。
あまりにも悲しい事実だ。
―…でも。
それは人間同士のことじゃないのだろうか?
人間の、血縁関係のあるもの同士だからじゃないのだろうか。
人と、人のことだからじゃないのだろうか。
―…それなら。
私の中の何かが微笑んだ。
慈悲深く、それでいて妖艶に。
その淡い恋心に。
真っ直ぐな想いに。
私の心は共感した。
同じ男の人を好きになったもの同士。
人間と魔物、種族は違えど想うものは同じ。
同じように。
私と、同じように…。
―ユウタが、好き。
「ねぇ、アヤカ。」
「ん?」
「もしも、ね。もしもユウタにその気持ちを伝えられる方法があったなら…どうする?」
これは一つの提案。
それから、誘惑。
彼女の抱いた想いをここで留まらせないための。
彼女の気持ちを正直にするための。
「言ったところで意味ないって言ったでしょ?」
「言って意味ができるようにすることができたら、どうする?」
「…。」
「貴方の気持ちを伝えて、子供も悪影響を受け継がない、そんな風になったらどうする?」
「…。」
「貴方の心が、伝えられるなら、どうする?」
私の言葉に。
私の誘いに。
アヤカは黒い瞳を向けて―
「…はっ。」
あのときのように。
初対面でやったときのように、鼻で笑った。
あれ…?
予想外な反応なんだけど?
「そんなことができてどうするの?」
今度はアヤカの番だった。
アヤカが私に聞いてくる。
「あたしはゆうたをよく知ってる。どうすればゆうたがこっちを向いてくれるのか、あそこまで卑下して逃げるゆうたを向き合わせるのかも、ね。」
「…。」
「そんなことになったら、いくらリリムのフィオナといえど太刀打ちできるとは思わないよ。それにゆうたはフィオナに対して好意を抱くまいとしてるし。」
「…っ!?」
それは、驚きだった。
何で?
ユウタが私に好意を抱こうとしていないの?
私が嫌い…というのならあそこまで甘やかしてくれはしないだろう。
むしろアヤカのような態度をするはずだし。
「フィオナは綺麗過ぎる。それが逆にゆうたを離してる。近づかないように、傷つけないように。あんたの隣には自分じゃない、もっといい男があうだろうなって思ってる。」
「…。」
まるでユウタの気持ちをそのまま伝えられている気分。
いや、実際そうなのだろう。
アヤカはユウタの双子のお姉さん。
ユウタに今まで一番近くにいた存在。
それならユウタの気持ちも心もわかって当然だ。
それにユウタが言っていたように彼女は人の気持ちには敏感。
それならユウタの気持ちにも敏感のはず。
「好意を抱くまいとしてる。本当はそんな気持ちを抱きたくても自分に嘘ついてる。優しすぎて、自分を卑下しすぎてる。」
「…。」
優しい。
ユウタは、優しい。
だからこそ私に手をだすまいと耐えているんだ。
昨夜、あそこまで必死にお風呂に入らせないとしていたのも。
ユカタを着替えさせていたときに、絶対に自分から手を出さないとしていたのも。
全ては、私を思ってくれていたことだったんだ。
本当に優しい。
「だから、わかってる?」
彼女は静かに告げる。
私に、私の想いに。
「そんなんじゃどうやったってゆうたに思いを伝えられない。ゆうたはあれでも逃げ出すつもりになればどんな手段を使ってでも逃げ出す。絶対に追いつけないくらいにね。それに、仮にあたしが告白できたなら、あたしもただじゃすまない。」
「…。」
「そんなんじゃ、
―フィオナの好意が報われないでしょうが。」
それを聞いて、ああと思った。
結局のところ双子なんだ。
やっぱり似てるんだと。
現実的で本当はしっかりしているアヤカ。
厳しく、でもだらけていて。
それなのに、どことなく優しいとこがある。
ユウタと比べるとほんのわずかなものだけど。
それでも、やはり優しいところがあるんだ。
昨夜のようにユウタを想っていたことも。
今、こうして私に気遣ってくれてることも。
でも、違う。
アヤカの思っていることは間違ってる。
アヤカが心配していることはただの杞憂だ。
彼女が言っているのはおそらく自分が独り占めしてしまう、ということだろう。
でも、それは平気。
そんなつもりは毛頭もない。
私だってユウタに伝えたい。
アヤカと同じように。
そして、したい。
ユウタと、したい。
それは彼女も同じ。
「平気よ、アヤカ。」
私は言った。
おそらく笑みを浮かべているだろう。
それも、妖艶な笑み。
「―それなら、二人して報われればいいでしょ?」
その言葉にアヤカは表情を変えた。
感心するような、そんな笑みを私に向ける。
私の言葉の意味を理解しているというように。
私の言いたいことがわかったというように。
笑って言う。
「とんでもないこと考えるね。でもいいの?独り占めできなくなるかもよ?」
それくらい十分わかってる。
でも、それなら。
「二人占めしちゃえばいいじゃないの♪」
ユウタを、二人で愛せばいいだけ。
二人ともども愛してもらえばいいだけだ。
私はアヤカの想いを叶えることができる。
アヤカはユウタの気持ちを向き合わせる術を知っている。
それなら、二人が手を組めば。
ユウタと向き合い、想いを告げることができる。
最高の選択。
最善の、採択。
「流石淫魔、一夫一妻なんてものは眼中じゃないんだね。」
「二人でなら一人よりもずっと幸せになれると思うのよ。」
「その分ゆうたに苦労がいくけどね。」
「それは…そうかも。」
「まぁ、あの馬鹿だからどうせ責任もってくれるだろうけど。」
そう言って、笑った。
おそらく心の底から。
可愛らしく、同じ女性としても見とれるような笑みで。
やっぱり、可愛いらしい。
アヤカは美人という類には入らないだろう。
可愛らしいというほうに入ってる。
私とはまったく違う、綺麗でいて可愛らしい。
大人の女性の雰囲気を持っていない、妖艶な雰囲気を持っていない。
それでも、惑わせる。
そんな不思議な魅力がある。
「それじゃあ。」
私はアヤカに手を出した。
ユウタが私にしてくれたように。
昨夜彼女がやったように。
今度は私から。
ユウタに想いを告げるため、共に手を組んだことに対して。
それを見てアヤカも手を出した。
「よろしく頼むよ、フィオナ。」
「ええ、二人でユウタを射止めましょう、アヤカ♪」
昨夜と同じように手を握った。
―ルートチェンジ―
→クロクロルート
「まぁ、そう言ってやんなよ。」
あの後倒れてしまったドアをユウタがはめなおして。
私は二人の前に座っていた。
正座、というらしい姿勢で。
タタミという変わった緑色の床の上で。
さっきまでいたリビングよりも小さいけどそれなりに広い部屋の中央で。
しょんぼりしていた。
というのもどうやら私は勘違いしていたから。
あの声を聞いて、間違ったことを想像していたから。
「どこをどうやったらあれがエロい声に聞こえるのさ?何?あたし達がしてるとでも思ったの?すごい想像力だね。あたしには真似できないわ。」
「だから、そういうこというなよ。」
「だってさ、ただ着替えてただけだよ?」
そう、着替え。
ユウタとアヤカは着替えをしていたらしい。
というか、アヤカがユウタに着せてもらっていたらしい。
自分できればいいのになんて思ったけどどうやら一人で着るには難しい服のようだ。
ユカタ。
こちらの世界で、というかこの国では有名な服。
これもまたジパングで見かけたものに似ていた。
確か…キモノって言ったかしら?
それによく似ている服。
アヤカが着ているユカタは黒地に白いウサギが描かれているものだった。
そして体に巻かれた黄色い帯。
それを着込んだ彼女からはさっきまでとは違う印象を受ける。
こう言っちゃうのもあれだけど…さっきまではだらしないとしか言えなかったアヤカがユカタを着込むと随分としゃきっとしたというか…。
恐ろしげでいらいらしていた雰囲気とは違う、凛とした大人の雰囲気を纏っているというか。
それでいて、やはり可愛らしく見えるのはとても不思議。
っていうかアヤカ、昨日からウサギの柄の服をよく着てるのよね。
…好きなのかしら?
「あ、そうだ。」
と、言ったのはユウタ。
何かを思いついたかのような顔で私を見た。
自然、目があう。
赤い瞳と黒い瞳が互いを映す。
「どうせだったらフィオナも着てみる?」
「え?」
「浴衣。確か姉ちゃんの着なくなったやつがまだ残ってたはずだからさ。サイズ的にも合うだろうし。尻尾と翼の出るところを工夫すれば着られると思うけど。」
そう言ったユウタは隣においてあった大きな箱(アヤカの着ているユカタも入っていたのだろう)を探ってそれを出した。
それはアヤカの着ているものよりも一回り大きいサイズ。
私が着たらちょうどいいだろう。
色は対照的に白。
白い生地に赤い花、花びらなどが描かれている。
そして赤い帯。
アヤカの着ているウサギ柄のユカタは可愛らしいけど、これもまたいい。
一言で表すなら。
「…素敵。」
自然と言葉が漏れた。
綺麗なものを目にしたときに自然と出てしまう感嘆のため息のように。
昨日ユウタが見せてくれた夕焼けに彩られた町を目にしたように。
その声を聞いてユウタは得意げに笑みを浮かべた。
「だろ?どうせだったら着てみたらどうだよ?」
「…。」
正直なところ、着てみたい。
あんな素敵な服、着込んでみたい。
今までリリム特有のあの露出の多い服しか着ていなかったから自然とそう思う。
別におしゃれに興味がないわけじゃない。
おしゃれしたくなかったというわけもない。
ただ、着飾ってもそれを見せる相手がいなかっただけ。
さらに言うと私はリリムだからおしゃれしたところで皆の反応なんて同じだから。
いくら可愛い服を着たところで男の人を魅了してしまうのは変わらないから。
だから今までおしゃれなんてしなかった。
でも。
これは、着てみた。
「それじゃあ…いい、かしら?」
その言葉にユウタは嬉しそうに言った。
「おう。」
アヤカを見て。
「それじゃあ頼むわ。」
と、一言。
…え?
「は?」
私とアヤカは同時にユウタを見た。
アヤカはわけがわからないというk表情で。
おそらく私も同じような表情を浮かべているだろう。
その表情を向けられたユウタは…。
「…ん?」
同じような顔をしていた。
私達三人ともわけがわからないといった顔。
実際よくわからない。
「ユウタが着替えさせてくれるんじゃないの?」
と、私。
「…勘違いしているようなら言っとくけどオレはあやかの着つけはできてもフィオナのはできないぞ?そういうのは女の子同士でやってくれよ。」
と、ユウタ。
「は?何であたしがそんな面倒なことしなきゃいけないの?提案したのはゆうたでしょ?それじゃあやるのもゆうたでしょうが。」
と、アヤカ。
三人とも考えが違う。
それでも私のとアヤカのは近いものだった。
ユウタがしてくれると思ってたのに。
アヤカもユウタがしてくれると思っていたらしい。
むしろそう思うのが当然だと思う。
「…あのさ。オレはあやかだからできたんだぞ?」
「別にあたしだろうがフィオナだろうが変わらないでしょ。」
…それはだいぶ変わると思うんだけど。
「それならオレがやろうとあやかがやろうと大して変わらないだろ?」
…それもそうだ。
確かに変わりはしないけど。
でも、やっぱり…ユウタにしてもらいたい…。
そう思ったらアヤカが言った。
「いや、あたしできないから。」
「…。」
…できないって。
胸を張って言わなくても。
そんな偉そうに言わなくても。
当然のように言ったその顔からは清清しさを感じられる。
ユカタを着ているからだろう、凛々しささえも感じることができた。
「だからゆうた、がんばれ。」
「あ!おい待て!!」
さっさと逃げ出すアヤカ。
キモノは動きづらいと聞いたのだけどアヤカはそんなことお構いなしに走って逃げた。
この家の中じゃ逃げられるところも限られるだろうけど。
逃げ出したアヤカを追いかけたユウタは一分も掛からずに戻ってきた。
「アヤカは?」
「逃げ出されたらもう捕まえられないんだよ、あれ。」
「え?どうして?」
「オレの行動なんて先読みされてるからだよ。」
そう言ってユウタはタタミに落ちたユカタを拾い上げた。
「今までずっと一緒に生きてきたんだ、行動パターン、考えてることも全てお見通しで上手く逃げられるんだよ。」
「それじゃあ、ユウタは?」
「オレ?」
アヤカがユウタの行動パターンや思考をお見通しというならその逆はどうなのだろう。
ユウタもアヤカと同じ、今まで一緒に生きてきたのだから。
しかしユウタは苦笑した。
「オレは無理。あやかみたいに敏感じゃないからな。」
「?」
敏感って…肌が?
「あいつは人の気持ちや考えには結構敏感なんだよ。今まで人の周りに囲まれてたからか、それとも好意を向けられてたからかわかんないけど。」
「そう、なんだ。」
それじゃあやはりアヤカは人気があるんだ。
それじゃあ、ユウタは…。
ユウタは、どうなのだろう?
ユウタも人気があったのだろうか?
アヤカ曰く、私のようなものには人気があったと言っていたけど。
「…フィオナ。」
「!な、何?」
慌ててユウタのほうを向いて答えた。
視線の先にいるユウタはさっきまでとは打って変わって視線を合わそうとしない。
片手は頬を掻いて、まるで照れているみたいに見える。
それでもユカタを手に持ったまま、気まずそうに言葉を紡ぐ。
「あーそのさ、えっと…。」
歯切れが悪いというか、ハッキリとしないというか。
まるでユウタは迷っているように見えた。
何に迷っているのだろう?
「えっとさ…その…着るん、だよな?」
そう言って手にしたユカタを私によく見えるように持ち上げた。
白い生地が波打ち、窓から差し込んだ光に輝く。
アヤカの着替えを手伝っていたときには締め切って外からの光を遮断していた。
それでも、暗くはない。
白い紙を張り合わせたドア(確かショウジというらしい)が光を完全に遮断しているわけじゃない。
それから差し込んできた光が照らす。
ユカタを輝かす。
それは先ほど見たのとはまた違う美しさを見せた。
それを前にして。
それを着ている私を想像してみて。
―それを着て、ユウタの隣を歩いている私を想像してみて…。
「…うん。」
私は小さく頷いた。
「…軽い拷問だな。」
呻くように呟いたユウタの声は小さすぎて私には届かなかった。
タタミの上に私の服がするりと落ちる。
布特有の小さく、わからないような音を立てて。
そうして私は肌を晒すことになる。
誰にでもない。
今後ろにいるユウタに。
「それじゃ、片手あげて。」
そういったユウタの顔は見れない。
見ようとしても見せてはくれないだろう。
きっと真っ赤になってるから。
そして、私も。
鏡はないからわからないけど、赤くなってる。
顔が熱い。
自分でも感じることができるくらいに、熱い。
ユウタに肌を見られてるから、熱い。
恥ずかしいからじゃない。
きっと、照れに近いもの。
ユウタにこうしてもらってることが嬉しいから、だと思う。
だからだと、思う。
「手、伸ばしててくれよ。」
その言葉に私は片手を伸ばした。
もう片手は胸の前にある。
というのもユウタが
「隠せ!肌隠せ!!女性がそうホイホイ男の前で肌晒すな!!あやかは例外なんだよ!!」
と言うから。
ユウタが脱衣所から持ってきたタオルで前を隠している。
「はいよ、もう片方も頼む。」
「うん。」
袖を通したほうの腕で前を押さえて、今度は反対の手を伸ばした。
その手にユウタは手馴れた動きでユカタの袖を通していく。
流れるように。
私の肌を傷つけないように。
優しい手つきで着せていく。
そんな中でユウタが言った。
「フィ、フィオナって肌綺麗だな。」
「っ!そ、そう?」
急な言葉に戸惑う。
さらにその言葉が私を褒めているのだから、さらに戸惑う。
いきなり、綺麗なんて…。
「ああ。白くて柔らかいし。すごい綺麗じゃん。」
「あ、ありがと…っ。」
「髪の毛も綺麗だし。」
そう言って私の髪をすくい上げた。
ユカタに両腕を通したからそれで乱れた髪を直しているようだ。
その手つきもまた優しい。
そして温かい。
このまま瞼を下ろせば寝てしまえそうなくらいに。
あまりにも心地いい。
自然と落ち着く。
心にたった波を沈めるように。
荒くなった感情を宥めるように。
「…。」
「…。」
何も言わない。
先ほどのような言葉は続かない。
その代わり続いたのは昨夜に似た雰囲気。
会話を続けないとあまりにも気まずい空気になってしまう。
会話していないと何をしてしまうかわからないそんな雰囲気に。
何か話さないと。
何か、会話しないと。
どうにかしてこの雰囲気を変えないと。
そうじゃないとまた昨夜のようになりかねない。
最悪、私の体が治まらない。
あの夢の続きを…見たいと思ってしまう。
ユウタとキスした、あの夢を…。
いけない。
それは、いけない。
それは、止めないと。
「あ、あのね、ユウタ!」
そう言って思い切り振り返ろうとしたそのときだった。
私は足元を確認していなかった。
足元に畳まれた赤色の帯を見ていなかった。
その帯に足は乗ってしまい、すべる。
思わぬ方向へ、転ぶ。
振り返ろうとした先に。
ユウタに向かって。
「あっ!」
「!」
そして、倒れた。
前を隠していたタオルを放って。
とても鈍い、ドスンとでもいうような音を立てながら私の体は床に倒れた。
いや、床じゃない。
ユウタの上に。
「…痛つつ。」
「…ユウタ?」
「ん?ああ、大丈夫かよ?フィオナ。」
そう言ったユウタは私の体を抱きしめていた。
どうやらとっさに私の体をかばったらしい。
タタミに倒れないように私を抱きしめて。
私を受け止めて。
「だ、大丈夫!?」
「平気。それよりフィオナは大丈夫かよ?」
「私は…全然へい―」
その先を言おうとして止まった。
目の前。
目と鼻の先。
すぐそこにユウタの顔があったから。
抱きとめられている今の状況ならそうなるのは当たり前。
こんな状況じゃ二人の間意距離なんてものはないに等しい。
それは当然のこと。
私の体はユウタの体と接している。
そして顔は、すぐ近くにある。
吐息が互いに掛かるところに。
瞳にユウタの顔が一杯にうつるくらいに。
―首を伸ばせばそれだけで唇が重なるという距離に。
「っ!!」
「…!」
互いに何も言わなかった。
いや、言わないんじゃなくて、言えないんだ。
この状況。
この体勢。
これはまるであのときのようだから。
あの夢の中と同じだから。
夢と同じで、唇を重ねることができるから。
ただ首を伸ばすだけで。
それだけで…。
この体勢ならユウタも気づいている。
このまま行けばどうなるのか。
だから。
何も言えない。
それは私が何も言えないからじゃない。
ユウタも何も言わないのは…。
この先を…拒もうとは思ってないから…?
この先の行為を…受け入れようとしてるから?
―私と…キス、したいと思ってるから?
拒否せずに。
否定せずに。
その先の行為を。
この先のことを。
―望んで…いる?
「ユウ、タ…。」
「フィオナ…その…。」
ユウタは私の肩に手を置いた。
これはやはり、私と…?
しかし思っていたこととは違う発言をユウタは言った。
「その、どいてくれるか?」
赤い顔で、小さい声ながらそう言った。
「あ…うん。」
そう言われては仕方ない。
拒まれては仕方ない。
ユウタの言葉を聞き入れるしかない。
残念だけど、私はユウタの体の上からどいた。
ユウタもすぐに体を起こした。
私の隣で体を起こした。
しかし。
それで終わるわけがなかった。
私の体が、ユウタの体に触れただけでは満足しなかった。
さらにその先を求めている。
これだけでは満たされない。
だから。
それは無意識に動いていた。
私の体は意識せずに動いていた。
動いたのは―尻尾。
白く長い私の尻尾。
それはユウタの手に巻きついた。
体を起こすために付いた手に。
体重の掛かっている手に。
そして、引っ張った。
「おわっ!?」
支えとして付いた手を崩されれば体勢も崩れる。
それは当然のこと。
そしてそれは私がどこかで望んでいたこと。
崩して、倒して。
そして。
「ちょっ!」
「っ!」
―ユウタは私に倒れこんできた。
さっきとはまったく逆に。
ユウタが私に覆いかぶさるように。
かろうじて私の顔の横に手を付くが、それでも倒れた体を止めるのには難しかったらしい。
もう方のほうの手がタタミにつき、ようやくユウタの体は止まる。
私の体の上で。
まるでユウタが私を押し倒しているように。
さっきと同じくらいまで縮んだ距離。
再び掛かる互いの吐息。
袖を通していた浴衣が乱れ、前面が大きく肌蹴る。
まるで、これからするかのように…。
それを見ないように私の顔を見つめるユウタは真っ赤だった。
真っ赤で耐えるようにしていた。
「…何するんだよ、フィオナ。」
「ご、ごめんっ!」
そうは言うもののいまだに尻尾は巻きついたまま。
ユウタから離れようとはしない。
私の体の一部なのだから外そうと思えば外せるのに。
それでも、そう思えなかった。
外したいと思えなかった。
むしろもっと近づきたい。
もっと身を寄せたい。
もっと、触れ合いたい。
そう、考えてしまう。
無意識に手までが伸びてユウタの体に絡まる。
距離を縮めるために。
もっと近づくために。
「っ!!フィオナ!?」
「ユ、ウタ…。」
止められない。
止まりたくはない。
離れたくない。
離したくない。
それは夢の続きを見たいから。
夢を現実でも見たいから。
その先を、したいから。
ユウタと…。
荒い息を呑み込んで。
絡めた腕で引き寄せて。
わずかな隙間を埋めるように。
そうして、私は首を伸ばし、そっと唇を近づけて。
―ユウタの唇に私の唇を重ね…。
「な〜にしてるのさ。今度は和室でですか?」
「っ!!」
「っ!?あやか!!」
いきなり聞こえてきたアヤカの声にユウタは弾けたように私の上から飛びのいた。
絡まった手を無理やり引き離すような荒荒しさを感じさせない、素早くも緩やかな動きで。
私の腕から体を引き抜いた。
そうして私と二人してアヤカを見た。
彼女は朝見せたような不機嫌な、呆れたような顔で。
「ふ〜ん?やっぱり淫魔は一味違いますね〜。性欲が格段に違いますね〜。」
また敬語だった。
明らかに距離を置かれている。
「それからゆうたもですか〜。あ〜そうですか。なんやかんや言って男の子なんだね〜。」
「ち、違うからな!」
慌ててユウタが弁解する。
それはこの状況なら誰でもそうするだろう。
男の子が女の子を押し倒してるこの状況。
どう見たところでユウタから襲っているようにしか見えない。
それを見たアヤカは。
半目で睨みつけてるような顔をしている彼女は。
「…早いところしてくれないとお祭り、始まるんだけど?」
そう言って彼女は静かにドアを閉めた。
音も立てずに。
ユウタのように。
「…。」
「…。」
なんと言うか、上手いタイミングだったわね。
見計らっていたかのように。
わかっていたかのように。
「えっと、その…。」
ユウタは放ってしまったタオルを拾い上げ私に手渡す。
こちらを見ないように。
それでも顔が赤くなっていることは隠せないけど。
そして、言った。
「着替えの続き、しよう?」
あの後、流石に同じ展開を繰り返せるはずもなく、ユウタは私の体に優しくユカタを着せてくれた。
何も喋ることはできなかったけど。
気まずすぎて何も言えなかったけど。
それでも傷つけないように丁寧に。
ユウタは優しく着付けてくれた。
…帯を巻くときは流石にきつかったけど。
尻尾と翼を出せるようにするためにユカタに工夫をしたりして。
そうしてようやく着ることができた。
そんな中顔を真っ赤にさせて着付けてくれたユウタは。
やはり優しく、そして温かかった。
「…流石に一日で二回も求めちゃね…お盛んだね、リリムってさ。」
「…。」
冷めて、半目の目でアヤカは言った。
アヤカは玄関のドアに体を預けてこちらを見ている。
私は反対側に座り、アヤカと対面するような位置にいた。
というのも着替えているユウタを待つために。
ユウタも私達に合わせて着替えてくるらしい。
…いったいどんな姿を見せてくれるのかしら?
待っている間に私はゲタという靴を履こうとして苦戦していた。
今までこんな靴を履いたことはない。
一見単純な靴にみえるけど意外と履きづらいのね、これ。
そんな私を前にしてもアヤカは何もしてくれない。
手伝ってはくれない。
ユウタのようにはしてくれなかった。
アヤカいわく
「それくらい普通にできるでしょ?子供じゃないんだし。」
だそうだ。
確かに、それが普通の対応なんだろうけど…。
ユウタと比べるとやはり冷たいように感じる。
わざと、なのだろうか。
玄関のドアに体を預け、そのまま私を見つめる彼女は言った。
「自分からゆうたを押し倒させる形にするなんてね。」
「っ!」
ばれてる!?
それは、どうしてわかったのだろう。
あの姿勢をみたら動見たところでユウタが私を押し倒しているようにしか見えないはずなのに。
「わかるに決まってるでしょうが。ゆうたに女の子押し倒す度胸はないよ。」
「…。」
ユウタの言ったとおりだ。
彼女は何でもわかってる。
ユウタのことを十分に理解している。
わからないことがないとでも言うように。
自分自身がユウタと繋がっているとでも言うように。
でも。やはり。
アヤカはどことなく違う。
私に向けるものが違う。
ユウタに向けているものと大きく違う。
ユウタには厳しく接しているけど私には別の厳しさで接しているというか。
わざとらしく棘棘してるというか。
そういえば今日もそうだった。
朝のこと。
私がユウタにご飯を食べさせてもらっていたときから棘棘していたような。
私がユウタの首筋の跡を見つめていたときには舌打ちをしていたし。
ユウタのお手伝いをしていたときはあまり良くない顔をして見ていたし。
なんていうか、それはまるで…。
―嫉妬、してるような…。
ユウタの隣に私がいることを許せないというように。
ユウタのことを理解しているからこそ、認められないというように。
嫉んで妬んでる。
そんな風に感じられた…いや、そんなふうにしか感じられない。
まるで、アヤカは…。
「ねぇ、アヤカ。」
「ん?」
私の声に彼女は顔を上げる。
その目には不機嫌そうなものは見受けられない。
それはユウタの隣にいるときだけ。
私と二人きりのときならそんな表情はしないらしい。
そんな彼女を前にして私は言った。
「アヤカってもしかして―」
それは今までのことから導き出した憶測。
それから、ほんの少しの好奇心。
彼女の気持ちを知りたいという興味。
それと、私からも同じような感情から。
ユウタといられる彼女にほんの少しのうらやましさを感じて。
いや、彼女のようにどことない嫉妬を抱いて。
いいままでされたことのお返しといわんばかりの言葉を言った。
「―ユウタのことが好きなんじゃないのかしら?」
その言葉を聞いて。
その発言を耳にして。
アヤカは何も変わらない表情でいた。
動揺していない。
戸惑うこともない。
何も変わらず、何も染まらない。
そんな顔をして。
それで、返した。
「―好きだけど?」
真っ直ぐな言葉。
迷いなんて微塵もない。
躊躇いなんて欠片もない。
それが当然といわんばかりの言葉を彼女は。
アヤカは言った。
「悪い?弟を好きになって。別に誰が誰を好きになろうと関係ないでしょ?」
「えっと…。」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
だって、そうだろう。
普通は動揺したり、さっきまでの彼女なら普通に罵倒ぐらいはしてもいいと思っていた。
それを正面から普通に、当然といわんばかりに返されたのだから。
こっちが動揺してしまう。
しかしアヤカは動揺を見せない。
何も揺るがない。
「それだから何?」
「え、いや…その…。」
好き。
アヤカは言った。
ただ一言、言い切った。
私のように迷っているわけじゃない。
あやふやだけど自覚しているというわけでもない。
ハッキリ、心の底から理解している言葉を。
だがその言葉を聞いて疑問が浮かぶ。
彼女は好き。
ユウタが好き。
今までずっと傍にいただろう、ユウタのことが、好き。
でも。
それなら…どうして。
今までずっと一緒にいたというのに何で。
アヤカは…。
「…それ、ユウタに言ったの?」
「は?」
「アヤカのその、気持ち。」
アヤカの好きという気持ち。
それをユウタに伝えたのだろうか。
私が見る限りそう伝えている様子は見えない。
伝えているのならもっと親密な感じに接しても、もっと親しくしていてもいいと思うのに。
「…あんた馬鹿?」
呆れたようにアヤカが言った。
それに何故だが不機嫌に戻っていた。
何でわからないの、とでも言いたげな表情で。
「言えるわけないでしょうが。」
「え?どうして?」
「言ったところで叶わないから、だよ。」
そう言ったアヤカはどことなく寂しそうに、悲しそうに見える。
それでも、一瞬。
一瞬しか見れず、次の瞬間には戻っていた。
さっきと同じ表情に。
「血縁関係のある者同士の婚姻は認められてはいないってね。決まってるんだよ。」
「え?何で?」
「もし結婚して、子供を生む。そうしたらその子供が普通の子供とは違くなるからだよ。」
「?」
「普通の子よりも悪影響なところを受け継いで生まれちゃうんだよ。」
そう言った。
そっけなく。
それでも苦々しく。
単調に。
静かに。
アヤカは続ける。
「あたしがユウタの双子の姉として生まれてきたことは人生の中で最高のことだと思う。でもね、ユウタと家族として生まれてきたことは人生で最悪のことだよ。」
「…。」
それを聞いて理解する。
アヤカの気持ち。
アヤカがユウタに抱いた、叶わない心を。
どれほどの恋をしていたのか。
ユウタにどれくらいの想いを抱いていたのか。
でもそれは意味がないこと。
抱いたところでどうにもならない。
家族だから、姉弟だから。
だから気持ちを伝えられない。
伝えたところでどうにもならない。
あまりにも悲しい事実だ。
―…でも。
それは人間同士のことじゃないのだろうか?
人間の、血縁関係のあるもの同士だからじゃないのだろうか。
人と、人のことだからじゃないのだろうか。
―…それなら。
私の中の何かが微笑んだ。
慈悲深く、それでいて妖艶に。
その淡い恋心に。
真っ直ぐな想いに。
私の心は共感した。
同じ男の人を好きになったもの同士。
人間と魔物、種族は違えど想うものは同じ。
同じように。
私と、同じように…。
―ユウタが、好き。
「ねぇ、アヤカ。」
「ん?」
「もしも、ね。もしもユウタにその気持ちを伝えられる方法があったなら…どうする?」
これは一つの提案。
それから、誘惑。
彼女の抱いた想いをここで留まらせないための。
彼女の気持ちを正直にするための。
「言ったところで意味ないって言ったでしょ?」
「言って意味ができるようにすることができたら、どうする?」
「…。」
「貴方の気持ちを伝えて、子供も悪影響を受け継がない、そんな風になったらどうする?」
「…。」
「貴方の心が、伝えられるなら、どうする?」
私の言葉に。
私の誘いに。
アヤカは黒い瞳を向けて―
「…はっ。」
あのときのように。
初対面でやったときのように、鼻で笑った。
あれ…?
予想外な反応なんだけど?
「そんなことができてどうするの?」
今度はアヤカの番だった。
アヤカが私に聞いてくる。
「あたしはゆうたをよく知ってる。どうすればゆうたがこっちを向いてくれるのか、あそこまで卑下して逃げるゆうたを向き合わせるのかも、ね。」
「…。」
「そんなことになったら、いくらリリムのフィオナといえど太刀打ちできるとは思わないよ。それにゆうたはフィオナに対して好意を抱くまいとしてるし。」
「…っ!?」
それは、驚きだった。
何で?
ユウタが私に好意を抱こうとしていないの?
私が嫌い…というのならあそこまで甘やかしてくれはしないだろう。
むしろアヤカのような態度をするはずだし。
「フィオナは綺麗過ぎる。それが逆にゆうたを離してる。近づかないように、傷つけないように。あんたの隣には自分じゃない、もっといい男があうだろうなって思ってる。」
「…。」
まるでユウタの気持ちをそのまま伝えられている気分。
いや、実際そうなのだろう。
アヤカはユウタの双子のお姉さん。
ユウタに今まで一番近くにいた存在。
それならユウタの気持ちも心もわかって当然だ。
それにユウタが言っていたように彼女は人の気持ちには敏感。
それならユウタの気持ちにも敏感のはず。
「好意を抱くまいとしてる。本当はそんな気持ちを抱きたくても自分に嘘ついてる。優しすぎて、自分を卑下しすぎてる。」
「…。」
優しい。
ユウタは、優しい。
だからこそ私に手をだすまいと耐えているんだ。
昨夜、あそこまで必死にお風呂に入らせないとしていたのも。
ユカタを着替えさせていたときに、絶対に自分から手を出さないとしていたのも。
全ては、私を思ってくれていたことだったんだ。
本当に優しい。
「だから、わかってる?」
彼女は静かに告げる。
私に、私の想いに。
「そんなんじゃどうやったってゆうたに思いを伝えられない。ゆうたはあれでも逃げ出すつもりになればどんな手段を使ってでも逃げ出す。絶対に追いつけないくらいにね。それに、仮にあたしが告白できたなら、あたしもただじゃすまない。」
「…。」
「そんなんじゃ、
―フィオナの好意が報われないでしょうが。」
それを聞いて、ああと思った。
結局のところ双子なんだ。
やっぱり似てるんだと。
現実的で本当はしっかりしているアヤカ。
厳しく、でもだらけていて。
それなのに、どことなく優しいとこがある。
ユウタと比べるとほんのわずかなものだけど。
それでも、やはり優しいところがあるんだ。
昨夜のようにユウタを想っていたことも。
今、こうして私に気遣ってくれてることも。
でも、違う。
アヤカの思っていることは間違ってる。
アヤカが心配していることはただの杞憂だ。
彼女が言っているのはおそらく自分が独り占めしてしまう、ということだろう。
でも、それは平気。
そんなつもりは毛頭もない。
私だってユウタに伝えたい。
アヤカと同じように。
そして、したい。
ユウタと、したい。
それは彼女も同じ。
「平気よ、アヤカ。」
私は言った。
おそらく笑みを浮かべているだろう。
それも、妖艶な笑み。
「―それなら、二人して報われればいいでしょ?」
その言葉にアヤカは表情を変えた。
感心するような、そんな笑みを私に向ける。
私の言葉の意味を理解しているというように。
私の言いたいことがわかったというように。
笑って言う。
「とんでもないこと考えるね。でもいいの?独り占めできなくなるかもよ?」
それくらい十分わかってる。
でも、それなら。
「二人占めしちゃえばいいじゃないの♪」
ユウタを、二人で愛せばいいだけ。
二人ともども愛してもらえばいいだけだ。
私はアヤカの想いを叶えることができる。
アヤカはユウタの気持ちを向き合わせる術を知っている。
それなら、二人が手を組めば。
ユウタと向き合い、想いを告げることができる。
最高の選択。
最善の、採択。
「流石淫魔、一夫一妻なんてものは眼中じゃないんだね。」
「二人でなら一人よりもずっと幸せになれると思うのよ。」
「その分ゆうたに苦労がいくけどね。」
「それは…そうかも。」
「まぁ、あの馬鹿だからどうせ責任もってくれるだろうけど。」
そう言って、笑った。
おそらく心の底から。
可愛らしく、同じ女性としても見とれるような笑みで。
やっぱり、可愛いらしい。
アヤカは美人という類には入らないだろう。
可愛らしいというほうに入ってる。
私とはまったく違う、綺麗でいて可愛らしい。
大人の女性の雰囲気を持っていない、妖艶な雰囲気を持っていない。
それでも、惑わせる。
そんな不思議な魅力がある。
「それじゃあ。」
私はアヤカに手を出した。
ユウタが私にしてくれたように。
昨夜彼女がやったように。
今度は私から。
ユウタに想いを告げるため、共に手を組んだことに対して。
それを見てアヤカも手を出した。
「よろしく頼むよ、フィオナ。」
「ええ、二人でユウタを射止めましょう、アヤカ♪」
昨夜と同じように手を握った。
―ルートチェンジ―
→クロクロルート
11/08/28 21:07更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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