連載小説
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手紙と貴女とオレと剣 前編
親魔物国 マルクト 郊外の空き地
「「「「「いーちっ!にーい!さーんっ!しーい!ごーおっ!」」」」」
「声が小さいぞ!腕はもっと高く上げ、目の前に敵がいると考えろ!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「いい返事だ!続けろ!」
一人の鎧を着込んだ女性がよく通る声で言った。
どことなく禍禍しさを感じさせる鎧。
だが鎧の上からでもわかるほど彼女の体は見事なバランスを描いていた。
出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。
背も高くモデル体型のその体。
首には黒い布をまいている。
さらに顔には切れ長の碧眼、よく切れる刃のような銀色の長髪、エルフのような長い耳。
十人いれば十人が美人と答えるであろう彼女は人ではなかった。
デュラハン。
魔物たちの中でも希少な種族らしい。皆が皆騎士であり、首が取れ、戦いになれているという話だ。
まぁ、あくまで聞いた話なので真相はわからないが…。
なんてことを考えてオレは―黒崎ゆうたは、彼女―セスタ・カサンドラを横目で見た。

この世界に来て早4ヶ月。
食事処ハンカチーフでお世話になりつつもオレは週に三回、街中で集めたさまざまな人や魔物に対して行う剣の稽古に参加していた。
副講師として…。

「おっと、そこのリザードマン娘」
オレは一番後ろで剣を振るっていた蜥蜴のような特徴をもつ魔物リザードマンの女の子に声をかける。
「あっ!はいっ!」
「少し前かがみになってるよ。っとちょっと失礼。」
彼女の肩をつかみ背筋をピンと真っ直ぐに直す。
「うひゃぃ!」
「おわっ!」
何だ今の声は……。
びびるところだったぞ…。
気を取り直して彼女の姿勢におかしなところがないか見る。
「んー、少し足を広げよっか。肩幅と同じくらいに開いておいたほうが力も入りやすいよ。」
「は、はいっ!」
うん、元気のいい返事だ。
こんなにやる気がある子に教えるとこちらもはかどるな。
「よし、上出来だね。その姿勢を維持できるように頑張りな。」
最後に彼女の頭を撫でてあげる。
応援と、激励の意をこめて。
しかし、どうしたのか彼女は俯いてしまった。気のせいなのか耳まで赤い…?
…体調、悪かったりするのかな?
「大丈夫?」と声をかけようとしたその瞬間、
スパンッ
っと、空を切る音が響いた。
数秒してオレの前髪が数本落ちる…。
「ユウタぁ!!お前は今何をしている!」
この剣の稽古の先生役のセスタが怒鳴り声を上げる。
どうやらさっきの音は彼女が斬撃でもはなってきたらしい…。あぶなっ!
「い、いや、何をって見てのとおり姿勢のチェックを…」
「だったら頭を撫でる必要はないだろう!!」
「あ、それはこう、ガンバレーっていう応援の意を込めて…」
「そんな暇があったら稽古に意をこめろ!!」
まったく、手厳しいな…。
だから24歳にもなって彼氏の一人もできやしねーんだよ。
もう少し物腰をやわらかくしたらもてるんじゃね?
「ユウタぁ!!!今何を考えた!?」
「いえ、明日の夕食を…。」
「稽古中に考え事をするな!!お前だけ練習後居残りしてもらうからな!!」
「えっ!?また!!?オレ副講師なのに!?」
「関係ない!!残れ!!」
「…はぁーい。」
やっぱ、厳しいわこの人……あ、魔物。
そう思いながらもオレは剣を振るう生徒たちをチェックしていった。

ことの始まりは二ヶ月と三週間前の夕方。
食事処ハンカチーフでのことだった。
客足のピークも過ぎ、のんびりとテーブルを拭いていたところに彼女、セスタはやってきた。
大きなため息をつきながら…。
「どーしたんすか?セスタさん」
「うん?ああ、ユウタか。」
実はこのセスタさん、食事処ハンカチーフのすぐ隣の家にすんでいる。
ご近所付き合いというか、お隣のよしみというか、とにかくオレがこの家に住み込んでから初めて知り合った魔物になる。
初めて目にした印象は水のようなクールさがあるかっこいい女性だった。
グラスに水を注ぎ、彼女の前にそっと置く。
そして彼女の向かいの椅子に腰掛けた。
「悩み事でもあるかのようなため息っすね。」
「ああ、うん実はな、困ったことがあって…。」

話しを聞けばなんとも珍しい悩みだった。
彼女いわく、自分の習ってきた剣術を世に広めたい、ということらしい。
どうも彼女の父と母(もちろんデュラハン)と誓った夢だということだ。

「…なのだがな、どうすればいいのかがわからないんだ。」
「あーそりゃ難しいっすね…」
苦笑しながらオレはうなずく。
「そーゆーのってみんなの前で披露すりゃいいんじゃ?」
「人前は性にあわん。見世物になってる気がするから嫌だ。」
それ言ったらもう手はないと思いますけどね…。
「なら、功績を立てるとか?確かこの街の中央部にギルドがありましたよね?」
そう、この街の中心にはギルドがある。
さまざまな仕事の収入口であり、冒険者の頼れる味方のあのギルドだ。
「そこででかい仕事請け負って、『どうだ!私の剣術でやってやったんだぞ!すごいだろ!』みたいに大々的に言ってやれば…」
悪い言い方をすれば自慢だな。
「もうやったさ…。」
「…言ったんすか?」
「そっちじゃない…。大きな仕事のほうだ。」
「そっちっすか…。」
「やりすぎて全部やってしまった…。」
「うわぁ…。」
「サキュバスのマスターから『もう来るな!』といわれてしまったよ…。」
「………うわぁ。」
サキュバスのマスター オリヴィア・ドロシーさん。
実はよく家の店を利用してくれるお客だったりする。
常連客ではあるのだが、ここのところオレのことを嘗め回すかのように見てくる女性だ。
ちょっと照れる…。
「あの人、優しかったっすよね?」
「うん…。でも怒られてしまった…。」
そう言ってしゅんとするセスタ。
うぅむ…普段クールにしている女性がうなだれるのってなんか…こう、…ギャップがあっていいね。
「もう手がない…。」
本格的に落ち込む彼女。
ってああ、そんなに顔下げたら首取れますよ?
首が取れたら大変だって、オレの母もといキャンディさんがいってたな…。
具体的に何がかは言ってなかったが。
「もう、終わりだぁぁ…。」
そう言ってテーブルに突っ伏した彼女。
ここまで困っている人が目の前にいて、無視を決め込めたらなんて楽なのだろうか…。
そんなこと考えながらオレは彼女に助け舟を出さずにはいられなかった…。
「考えが、あります」
「……?」
顔を上げ、目だけこちらに向ける彼女。
「剣術を学びたいと思っている人を募集して稽古つけてみてはどうでしょうか?」
「…なんで?」
「自分から学びたいと思う人の教えればその人の腕はどんどん伸びます。そして、その人が一流の剣士の道を辿るのならばいつの日かきっと教わった剣術を教える機会が来るでしょう。」
「…どうやって?」
「たとえば、ええっと……戦うことを本職とする人や魔物、冒険者見習いや騎士の卵が成長して大人になりましょう。」
「ふむ。」
「そして自分たちの子供に教えたり、学のある人なんか先生となって生徒たちに教えるかもしれません」
「ほうほう」
「そして気づけば世界各地でセスタさんの教えた剣術を教える人や教わる魔物達がいるはずです。」
たしかこういうのをねずみ算っていったっけな?
「なんと!」
がたんっ!
椅子が床に転がった。
目の前のセスタさんが勢よく立ち上がったからだ。
「すばらしいぞユウタよ!まさかそんな優れた方法があったとはな!」
「お役に立てて何よりっすよ。」
「よし!そうと決まれば!」
そう言って彼女はオレの腕を引っつかんだ。
…うん?引っつかんだ?なんで?
「え、ちょ、セスタさん?」
「今からさん付けも敬語もなしだ!副講師となるものに礼儀は不要だからな!」
「え?副講師って誰が?何の?」
「決まっているだろう。お前で、私の剣術の稽古のだ!」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?
余計なことするんじゃなかったぁぁぁぁ!!

こうして二人仲良く剣の稽古をつけるための生徒を募集しにかかった。

「まずはポスターを描こう。」
「人員募集というわけか。」
「そそ、ここにこうして、こうやって…」
「…」
「デザイン的にはここに剣かいてっと。どうかな?こんな広告になったけど」
「…絵描くの上手いんだな…。」
「…夏休みの宿題手伝わされりゃ嫌でもなるよ……。」
「?」
「字のほうは任せるわ…まだ読み書きできないし。」

「人員30名突破!!」
「やったな!これならまだまだいけるぞ!さらに募集をかけて100人にしよう!!」
「阿呆なこと言わないでくれよ」
「む。なぜだ?」
「なら聞くけど、今まで剣術を教えた経験は?」
「…ないな」
「そんなやつがいきなり100人もの生徒たちを見きれるのかよ?」
「…できない」
「そ、わかればよろしい。そんじゃ生徒募集は打ち切って、ポスター剥がしてこないと…。あと、人数分の剣の用意…あ、もちろん刃は潰しておいたものを。」
「…何でお前はそうしっかりしているのかな…?」
「その分上がダメダメだったんだから…。」
「?」

「ここをこうして教えようか?」
「いや、片方は生徒たちの前に出て見本を。もう一方が生徒たちの細かなチェックを入れていけばいいんだ。効率的にも時間的にもね。」
「…お前人に教えた経験あるのか?」
「どうだろうね…。ちょいとした趣味や経験を活かしてるだけだって。」


そして今に至る。


「今日はここまでにしておく!皆、習ったことを忘れないように!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「皆疲れを残さないようにこの前教えたストレッチ、しとけよー。」
「「「「「はいっ!!」」」」」
「はい、そんじゃ、礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!!」」」」」
今日はこれにて解散だ。
時間ももう夕方。皆が皆稽古仲間と雑談しながら街へ帰っていった。
そして残ったのは先生セスタと副講師ことオレのふた―
「あっあの!!」
―どうやらもう一人いたらしい…。
生徒の中一人。さっきチェックしたリザードマンの娘だ。
「何だ?稽古はもう終わったぞ?」
「あ、いえ、まだ少しよくわからないところがあって、その…。」
リザードマン娘ちらちらとオレの方を見てきた。
何だろう?オレに用でもあるのかな?
「根をつめすぎてはいかん。稽古のときは稽古。自由なときは自由に使え」
「えっ?あ!でも…。」
「まぁ、そういうなよセスタ。」
おそらくオレに用があるのだろう。オレが行かずに誰がいく?
「彼女もわかんないことがあったままじゃ次の稽古のときに支障がでるぞ。」
「むぅ。だが自由な時間は―」
「―何をやっても自由だろ?予習復習を心がけることは大切なことだろ。」
えらいなと、リザードマン娘の頭をまた撫でてやった。
しかしまた俯いてしまったが…。
「……。」
「…そんな顔して見ないでくれよ。」
ジト目だ…。目が据わってやがる…。
なぜそんな睨むような表情をオレに向ける!?
オレは悪いことなんかしてないぞ!
「そんで、わからないとこって言うのは?」
「あ、はいっ!この剣を引いたところなんですけど―」

それから彼女の相手をしている間、セスタはずっとオレを睨み続けていた。
ジト目で。無言で。
ちょっと怖かった…。

「さてと、やっとさ二人きりになれたわけなんだけど…。」
「はぁっ!!」
「!!」
いきなり間合いをつめたかと思ったそのとき、セスタは容赦なく刃を振るってきた!
すぐさま自分の持っている剣を上に振るい、刃をはじく!
「っぶねぇな!!おい!殺す気かよ!?」
「黙れ!軟弱者がぁぁ!!」
「軟弱!?」
副講師に向かって軟弱って言ったかこいつ!!
そのまま剣が上、下、左、右と休みなく振るわれてくる!
オレはその全てを迎撃すべく手首のスナップをきかせ、刃を振るった!
「たかだかリザードマンの娘にデレデレしおって!!」
「デレデレだと!?オレがいつデレた!?」
「今デレていたろうがぁ!!」
「そんなデレてな―危な!!」
剣の振るわれる速度が格段に上がった!
上下左右からいきなり斜めまで追加される!
うけきれねぇぞ!こんな早いのは!!!
「うっ!くぅ!ぎぃ!」
徐々に手の感覚が消えていく…。
あまりにも一方的過ぎるオレとセスタとの二人の稽古は普段生徒たちに教えるものとは格が違った。
皆が帰った後に行われる稽古。
二人だけの技術向上のための試合。
だが、相手は魔物。そしてデュラハンだ。
どちらに分があるかなんて火を見るよりも明らかなものだ。
ギャリンッ!!
火花が散った。さらにオレの持っていた剣も散る。
というか、とばされる!
「しまっ!」
「そこだぁ!!」
彼女の渾身の一撃!
銀色の光が閃き、顎から伝わるとてつもない衝撃!
そして意識もとばされた…。



黒崎ゆうた VS セスタ・カサンドラ
 
セスタ・カサンドラ 勝利

11/01/18 23:21更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
今回は近所に住むデュラハンのセスタと関わっていたらという話。これはあくまで選択肢のひとつに過ぎないということでラティさんも時折姿をみせたりします。今回の主人公は現実世界にいたころの経験を活かしています。これから別のルートでも高校生らしい知識を披露したりしなかったり…。とりあえずは楽しんでいただければ光栄です。

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