連載小説
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貴方と一日
起きた。
また変わらぬ朝が来た。
柔らかなベッドの上で私は重い体を起こす。
なぜだかわからないけどいい匂いがする。
何の匂いだろう?
食欲をそそるようなそんな匂い。
そんなものを感じつつ窓のほうを見た。
窓の外に広がるのは相変わらずの薄暗い風景。
黄昏時に似ているようなそんな光景。
ああ、朝だと思った。
また変わらぬ一日が始まると。
私の夫となる男を探しに向こうの世界の街へと赴いたり、この世界の街でショッピングしたり。
そんな日常がまた始まると。
…いや。
そんないつもの日常じゃない。
今から始まるのはただ繰り返すことにより色あせていく日常なんかじゃなかった。
だって私には昨日召喚した男がいる。
黒髪黒目の男が、ユウタが隣にいるのだか―
「―あれ?」
私のベッドで、私の隣で寝ていたはずの男はいなかった。
それどころかベッドで寝ていたという形跡さえない。
整えられている。
初めから私一人で寝ていたかのように。
そこで誰も寝ていなかったというように。
シーツには私が寝返りをうって出来たしわくらいしかない。
「…え?」
何でだと思った。
ここでユウタは寝ていた。
私が寝る前にはここにいたはずなのに。
…まさか。
あれは、召喚したというあれは夢だった?
そんな…。
「…ユウ、タ…?」
思わず彼の名が私の口から漏れた。
小さく、それでもハッキリと。
その声はこの広い部屋に確かに響いて…そして。
「うん?ああ、おはよ。」
返事が返ってきた。
声のしたほうを見ればそこにはどこから持ってきたのかエプロンを纏ったユウタが立っていた。
あ、いた。
そんなところにいたんだ。
てっきり本当に夢だったんじゃないかって思ったわ。
ベッドにユウタの寝ていた跡がなかったのは私が寝ているうちに整えるだけ整えたようだ。
意外と器用ね。
「…何やってるの?」
「朝ごはんと思ってな。」
見れば部屋にあるキッチンのところ。
普段使ってない鍋やフライパンなどが出ていた。
それどころかこの部屋にあるテーブルのところにはユウタが作ったのであろう料理が置かれていた。
白いお皿に丁寧に盛り付けられて。
…ユウタって料理出来るんだ。
「悪いね、勝手にキッチン使わせてもらって。」
「あ、別にいいけど…。」
先ほどからしていたいい匂いはこれが原因のようだ。
食欲をそそる匂い。
「ユウタって料理できるの?」
「一応。家庭料理ならそれなりにってぐらいならできるけど。」
「作ってたの?」
「作らされてたの。」
…聞いてはいけないことだった。
どうやらユウタはとことん鬼畜対応を受けてきたみたい。
それを考えると朝だというのにいきなり涙が出てきそうになった。
欠伸じゃないのよ?
あまりに悲しい気持ちになったからよ?
そんな気持ちを振り払うかのように話題を変える。
「それにしてもそのエプロンどうしたの?この部屋にあるものじゃないみたいだけど。」
私もエプロンは持っている。
料理はしたことはないのだが一応持ってはいる。
なぜって?
それは勿論愛しい夫が出来たときに裸エプロンなんてものをしてあげたり…♪
そんな目的のために持っているのだがユウタが着ていたのは明らかに違うもの。
ユウタの服と同じ黒色のエプロンだった。
「ああ、これか。借りたんだよ。」
「借りた?誰に?」
「さっきこの部屋を訪ねてきた女の子がいてさ。その子に持ってきてもらった。」
「…女の子?」
誰だろう?
この部屋に訪れる者はそうそういないはずだ。
魔王の娘に軽々しく近づく男は勿論他の魔物娘たちも大して近寄ってこない。
だから寄ってくる者は私の親しいものぐらいなのだが…。
「なんか頭から角生やしてた。」
「…角?」
「そ。茶髪で角でちっさい女の子。」
茶髪、角、ちっさいというのは身長で、だろう。
その外見でこの部屋に訪れる者なんて一人しかいない。
バフォメットの『ヘレナ・ファーガス』。
私の知り合いというか私の親衛隊の一員というか…そんな子。
なんでも近頃サバト入信者が減ってきているから『ダンシング・サバト』なんてものを考えているって言っていたけど。
「いやぁ、驚いたわ。対面してすぐに鎌を振り回してくるんだから。」
「鎌っ!?」
何があったというんだろう。
なぜいきなり暴力沙汰になるなんて…。
「『フィオナ殿の部屋から出てくるとは…おぬし何者じゃ!?』だとさ。それでいきなり鎌を振り回してくるから本当に驚いた。」
確かに彼女はお母様から私の身を守るように命令されている。
そんなもの必要ないと思うんだけどそれでもお母様は私の身が心配らしくヘレナという強力な人材を親衛隊に組み込んだ。
そんな存在自体いらないというのに。
私だって自分の身くらい自分で守れるというのに。
だが、そのヘレナはどうやらユウタを不審者と間違えたようだ。
いや、間違えるなというほうが無理がある。
昨夜私の部屋で召喚したままだったのだからユウタの存在を知っているのは私だけ。
むしろ当然の行いだろう。
それでも、鎌を振るわれたというのに最近の女の子は物騒になったもんだとユウタは軽く笑っていた。
なんでもなかったかのように。
「それで…大丈夫だったの?怪我とかしなかったの?」
いくらなんでも相手はバフォメット。
こうして無事で笑っているということは何とか事を収めたのだろうけど…。
「ちょいと鎌を奪って頭にチョップ一発。それで終わり。」
「チョップって…。」
「その後泣き出しかけてそっちのほうが大変だった…。」
「…。」
彼女相手に鎌を奪うどころか一撃入れるなんて並みの人間には無理なはず。
というか間違えれば消し炭にでもされるはずだ。
それなのにユウタへレナを止めたという。
…もしかしたら私はとんでもない存在を召喚してしまったんだろうか。
「そんでその後事情を話してエプロン借りて、キッチンの使い方を教わって作ったんだよ。いやぁ、朝から面白いねここは。」
そういうユウタの顔はとても楽しそうに笑っていた。
バフォメットと言う存在を前にして、殺されかけたはずなのに。
それでも彼はとても楽しげに笑って私に言った。
「とにかく、ご飯食べる?」



正直に言ってユウタの料理はおいしかった。
この城の食堂には専属の料理人なんてものがいて皆が好きな食事をしている。
出される料理は当然おいしいもの。
外にある高級料理店にも引けをとらないもの。
私も何度もそこで食事を済ましているのだが。
そこで食べているものと比べればユウタのものは下だった。
流石に専属料理人に勝てるほどユウタは料理が上手いというわけではないらしい。
それでも。
おいしかった。
そしてなにより。
温かかった。
料理の温かさとは別の温かさ。
胸の内からこみ上げてくるような、そんなもの。
なんていうか…それがよくわからないけど。
ユウタが私のために料理を作ってくれたということが嬉しかった。
「どう?」
そう聞いてくるユウタはどことなく不安そうな顔をしている。
自分の作った料理に自信がないのだろうか?
「とってもおいしい。」
トーストにスクランブルエッグ。
炒めたベーコンに手軽なサラダ。
朝食としてはさっぱりとしていてとても食べやすいものである。
「そっか、良かった。好み聞いてなかったからちょっと心配でさ。」
そう言って微笑むユウタの顔はとても優しげな顔だった。
昨夜私に見せたときのような。
私のことを考えてくれているような。
思わず胸が温かくなるようなそんな笑み。
好みということは私のことを考えて作ってくれたということで間違いないのだろう。
その事実が嬉しかった。
そんな感情と共に食べるスクランブルエッグは思いのほか甘い味がした。


「ねぇ、ユウタって今までどんなことをしてたの?」
朝食を食べ終えた私は昨夜のように椅子に座り向かい合った状態でユウタに問いかけた。
ユウタはといえば食器の後片付けをすぐに終わらして借りてきたというエプロンを丁寧に畳みながら向かいの椅子に座る。
「どんなって言われてもねぇ…。」
「あ、そうね…。」
自分で言っててあまりにも内容が漠然としていたことに気がついた。
確かにこんなことを聞かれては答えにくいだろう。
…それならまずは。
「それじゃあやっていた職業は?」
「学生。」
「がくせい?」
何だろう…変わった言葉。
私の知らない言葉だった。
がくせいなんて職業はここにはない。
見たとこ身なりからしてユウタは冒険者…にしてはいい服を着ている。
もしかしたら上流階級の貴族やそれに仕える召使だと思っていたのに。
「がくせいって何かしら?」
「大まかに言うと勉学を仕事とする職業だな。」
「勉強…。」
私自身勉強というのはあまり好きではない。
お母様が魔王なため私も必然的に王への心得などを教え込まれる。
あれはハッキリ言ってつまらない。
あんなものを受けるくらいならまだ見ぬ愛しい旦那様を探しに言ったほうが何倍ましなことか。
それでも、少し興味がある。
ユウタがいったいどのようなものを勉強してきたのか。
どんなものを習っていたのか。
「その勉強って…どんなの?」
「ん?気になる?」
「ええ、気になる。」
「そっか…そんじゃ、してみる?」
「え?」
「オレが今まで学んだこと、教えてやるよ。」


今鏡を見たら相当苦悶に満ちた顔を見られるだろう。
目の前の紙に書かれた数字。
見たことのない記号。
…何これ。
これをどうやって解けばいいの?
こんなものを見ているのならまだ王への心得を教えられていたほうがマシかもしれない。
「…どう?」
「わかんない。」
「…高校生にしたら、基礎なんだけどな。」
でも仕方ないかとユウタは呟き椅子に座る私の後ろへとまわった。
そのまま何をするのかと思えばそっと手が伸びてくる。
指が数式を指すのだがその状態ではユウタの体は私に接してて。
そうして顔は私の顔の隣にきて。
私とユウタの距離が縮まった。
「…っ!」
「いいか?ここに3が入ってこうなって…。」
近い。
あまりにも近すぎる。
昨夜は離れていたのにこうして無防備に、無意識に近づかれるとなぜだかドキリとする。
私はリリムなのに。
私はサキュバスとして最高位の存在なのに。
まるで心の内をかき乱されるようだ。
「で、こうしてって…どした?」
「あ、いや。なんでも…。」
「そう?そんじゃ、ここに3を入れてみて。」
「えっと…こう?」
私はペンを握り言われたとおりに3を書き込む。
「そ、でこっちには7な。」
「なな…ね。」
「そ、そんでここを計算してみな。」
言われたとおりに計算する。
さっきのものと見比べれば幾分か簡単になった数式。
いまいちこの記号の意味はわからないけどこれがこうなると…。
「…10?」
それが私の計算で導き出した答えだった。
知りもしない記号を用いて。
わからない計算式を言われたとおりに解いて。
ようやく一つの答えが出せた。
ユウタはそれを見たまま何も言わない。
…間違っていたのだろうか?
「正解。よく出来たな。」
偉いぞと言ってユウタは微笑んでいた。
そうして自然な手つきで、流れるような動作で。
私の頭を撫でた。
「っ…。」
幼いころにお母様やお父様に頭を撫でられた経験はある。
あの手つきを今思い出せというのは少しばかり無理かもしれない。
それほど昔のことだったので少しぐらいしか覚えていないのだが…。
そんなおぼろげな記憶とユウタの手つきはあまりにも違った。
その手つきはあまりにも優しい。
私の髪の毛を整えていくように。
温かな手のひらがそっと宝石でも撫でるかのように。
そうして撫でていく手から伝わる体温がとても心地いい。
じんわりと。
頭に感じるユウタの体温。
とても温かくてとても安らぐ…。
とても、心地いい…。
「っと、悪い。」
「ふぇ?」
そういうなりユウタはいきなり手を離してしまった。
温かかった体温が一気に消えうせた。
心地いい感覚も、安らいだ気持ちも。
いきなり消えた。
「出会ったばかりでここまでスキンシップするもんじゃないな。」
悪い悪いとユウタは言って私の頭から手を遠ざけた。
ユウタはまだあって間もない相手にそこまで親しくするのをよしとしないようだ。
慎み深く、遠慮深い。
だからユウタは少しだけ気まずそうに笑っていたのだろう。
そんなこと、気にしないのに。
スキンシップ、もっとしてもらいたいのに。
もっと…。
「撫でて…。」
「うん?」
「お願い、もう少し撫でて…。」
私は自分の頭をユウタに突き出すようにしてねだる。
もっとしてもらいたい。
もう少しだけでいいから、撫でてもらいたい。
気恥ずかしいなんて少しだけ思いながらも私はユウタに求めた。
「…仕方ないな。」
そう言うユウタは困ったような笑みを浮かべて再び私の頭を撫でた。
そっと、温かな手が私の頭を撫でていく。
「んっ…。」
やはり気持ちがいい。
それ以上になぜだか安心する。
心のそこから落ち着ける。
自分自身恍惚とした表情を浮かべているに違いない。
それがわかるほどユウタの手は気持ちよかった。
至福のとき。
だがその至福もあるものによって壊された。
それはユウタに寄りかかろうと椅子の上にある体を傾けたとき。

―タイミングを見計らったかのようにちょうどよくドアが開いた。

普通に入ってくるような静かにあける様子ではなく。
思い切り開け放つような…いや。
何人も扉の向こうで待機していてあまりの多さに体重をかけすぎてドアが開いてしまうような様子。
荒々しく乱暴に。
ドアは開け放たれた、
「っ!?」
「ん?」
二人して視線を移せばそこにいたのは―
「いたたた…ぬしら押すなと言うたじゃろうに!」
「あれが…貴方の言っていたジパング人の男の人ですか………いい、ですね…♪」
「それよりも見つかってしまったほうを気にかけるべきじゃないのかい?」
「申し訳ありません、フィオナ様!すぐに出て行きますので!」
「あれが…例の…。」
「ふふっ…いい男ですわね♪」
私の知っている者たちが倒れこんでいた。
私の親衛隊のバフォメット、ヘレナ。
時折この城に遊びに来る友達のエキドナ、エリヴィラ。
お母様の知り合いのヴァンパイアであるクレマンティーヌ。
ヘレナと同じ親衛隊の一人であるデュラハン、セスタ。
その四人を筆頭にドラゴン、クイーンスライム、魔女などこの城に住むものから友人知人の多くの魔物娘たちがドアから溢れ出てきた。
ドア越しに私たちの様子を伺っていたのだろう、中には冷汗をかく者や気まずそうに視線を外す者がいた。他の視線は全て私の隣にいるユウタに向けられている。
そこにいる皆の目的は同じだろう。
その向けている視線に込められた意志も。
この大人数に共通することは一つ。

―すなわち未婚者。

きっと朝、ユウタがヘレナと出会ったことが原因。
ユウタがヘレナと何を話したのかは知らないが…どうやらユウタの存在を彼女が皆にばらしたようだ。
なんていう余計なことをしてくれたのだろう…。
ユウタは『召喚された』ぐらいしか言わなかったとしても私が召還したことに皆興味深深なのだろう。
そして、どんな人物を召喚したのかついでに見に来たといったところか。
皆に内緒で召喚したことがばれたというだけでここまでの人数が集まるとは…。
これなら噂は既にお母様にまで届いているだろうが…そっちは大丈夫。
お母様は私が男を召喚したということを責める真似はしないはず。
むしろ、婚約者を見つけろと最近口うるさく行っていた以上認めてくれるはずだ。
だから、問題は目の前。
さっきから私とユウタの様子を覗き見ていた者達。
…っいや、待って。
覗き見ていたということは…私がユウタに勉強を教えてもらっていたことを見ていた…?
それは…つまり。
私がユウタに頭を撫でてもらっていたところを見ていたということ…!?
「〜っ!貴方達っ!!何してるのっ!?」
「お、フィオナ殿が怒っとるぞ!それ逃げろ!」
「申し訳ありませんっ!フィオナ様!」
逃げ出したヘレナ。
それにセスタなど他の娘達も続いた。
のだが…。
「どうも、私はエキドナのエリヴィラ・アデレイトと申します。あ、エリヴィラって呼んでくださいね♪」
「あ、これはご丁寧に。黒崎ゆうたです。」
「ユウタか…私はクレマンティーヌ・ベルベット・べランジュールというんだ。見てのとおりヴァンパイアだよ。」
「あ、どうも。」
逃げ出さない娘が多々いた…。
その中でも図々しくユウタに自己紹介しているものまでいた。
ちゃっかり何してるのよ…。
ユウタも何丁寧に返してるの…。



あのまま勉強なんてものをするわけにもいかず、そしてユウタから頭を撫でてもらうわけにもいかず。
時間もちょうどいいころだったので私とユウタは二人並んでこの魔王城にある食堂で昼食をとろうとしたのだがユウタの姿を一目みたいと食堂が混雑してしまったので仕方なく部屋に戻りメイドに頼んで昼食を持ってきてもらったところ。
テーブルに向かい合って座っている私とユウタ。
メイドが食事を運んでくるまで暇な時間、私はユウタに話しかけていた。
「ユウタって学者にでもなりたかったの?」
「うん?」
私は思い切ってユウタに聞いてみた。
ユウタはあのような難しい数式を習っていた。
それはつまりそれなりの学力を持っていたということだ。
そんな学力を必要とするのはせいぜい学者というところだろう。
それぐらいにしか考えられない。
だがユウタはそんな質問を笑って返す。
「学者なんて堅苦しいもんにはなろうとも思わないな。」
「え、なんで?あんなに難しい数式を習っていたのに?」
「あれは基礎なんだよ。どれほど勉強が出来るのかをはかるために習わなきゃいけないもんなんだ。」
「?どうして?」
「よりよい人材を選抜するため。」
ユウタはこともなげに言った。
特に感情を込めたような感じもなく、淡々と。
「勉強をするのはそのよい人材になって、いい仕事に就けるようになるためってとこ。」
「いい仕事?」
「そ。例えば…収入の高い仕事とか。」
そのためにユウタもあんなものを習っていたのだろうか。
あれで基礎…だとすると。
どれほど出来てよい人材なのだろう…。
そんな大して必要ないことが頭に浮かんですぐ消えた。
それよりも他の疑問が浮かんだから。
「ユウタもそんな収入の高い仕事に就こうとか思ってたりするの?」
「さてね。」
ユウタはそっけなく答えた。
さっきよりも興味なさげに。
特に気にも留めないというように。
「オレはそんなこと考えてなかったからな。」
「?」
「なりたいもんさえ、決まってないし。とにかく大学にはいろうとしか思ってないし。」
だいがく…?
また私のわからない言葉が出た。
だいがくとか…がくせいとか…。
いったい何なのだろう。
「なりたいものがないって…それじゃあユウタは夢とかないの?」
「ないな。」
そっけない一言。
吐き捨てるように行った。
「特に目標もないし、やりたいこともないんだよ。」
そこでユウタは一息置いた。
私を見つめて、微笑んで。
「だから、ここに来れたことはある意味では嬉しかった。感謝はしてるよ、フィオナ。」
そう言って笑ってくれた。
私に感謝してくれた。
それが、嬉しかった。
「そう言ってもらえてよかったわ。」
私もそう言って微笑んだ。
そこからメイドが昼食を運んでくるまでいろいろな話をした。

…だが、私は気づくべきだった。
目の前で微笑むユウタのようにもっと気にかけるべきだった。
ユウタの言葉の意味を。
『ある意味では』といったときのユウタの表情を。
『感謝は』といったユウタの感情を。

―私に呼び出されたユウタの気持ちを。




ユウタを呼び出して二度目の夜がきた。
当然のように昨夜と同じく同じ布団に入る。
昨夜もしたのにユウタはどこか遠慮しているように。
私から距離を置こうとするかのように横になった。
それでも向かい合って寝転んでいた。
部屋にあるお風呂で湯を浴びて。
この魔王城には大勢で入ることが出来る大浴場がある。
ユウタは風呂に入りたいというのでそこを進めたのだがここは魔界で魔王城。
当然のように大浴場は混浴。
それなのでこの城に住んでいる人間と魔物が思うままに自由に交わっている。
そんなお風呂をユウタに勧めてみたのだがユウタ曰く、
「………あれに一人で入るのはキツイな。」
それなら私と一緒に入る?なんて提案は当然のように却下され(ついでに女の子がそんなこと軽はずみでするんじゃありません、と説教までもらい)部屋にあるお風呂を使うように勧めた。
近くもないけどそれでも届く石鹸の香り。
それとは違う匂いが香る。
同じものを使ったはずなのに男の人はこうも違う匂いがするのね。
もう少し寄って嗅いでみたいなんて思ったりしたけどやはりユウタに止められて。
そうして昨夜と同じような距離をとられて寝ていた。
このまま眠ってしまうのもいいだろう。
また明日、ユウタと共に過ごすことを楽しみにしながら寝るのもいいだろう。
だけど、せっかく同じベッドで眠っているのだ。
少しばかりは甘えてみたい。
ユウタにもう少しだけ、近づきたい。
「ねぇ、ユウタ。」
私は彼の名を呼んだ。
「うん?何?」
反応して顔を上げたユウタを見て、呟くように言ってみる。
おねだりをするように。
女の子らしく甘えるように。

「腕枕…して…♪」

男女が二人で寝転んでいるのだからそれくらいはしてもらいたい。
それに既婚者の魔物娘やお母様からよく聞くのだが男の人の腕枕は相当心地いいらしい。
そんなものを聞いたらしてもらいたくなる。
ちょうどいいことにユウタは男。
だったらこれはもうしてもらうしかないだろう。
そんな私のおねだりにユウタは微笑んで一言。

「別の人にやってもらえ。」

拒否された。
当然のように却下された。
私とお風呂に一緒に入るなんて提案したときと同じように。
「え、何で!?」
流石に納得いかなかった。
拒む理由がわからない?
ただユウタが腕を出して私の頭を乗せるだけだというのに。
そんなちょっとしたことなのに。
「そーゆー事はもっと大事な人にしてもらえって。」
ユウタの反応は私の提案に呆れたようなものだった。
「軽はずみでこんな同でもいい男とそんなことすんなよ。後悔するぞ?」
言っている意味がよくわからなかった。
何を後悔するのだろう。
どうでもいい男?それは…ユウタ自身のことだろうか?
とにかく、理解できたことはユウタが私のおねだりを却下したということぐらいだった。
なんでそこまでかたくなに拒むのだろう…。
ただ腕に頭を乗せるだけだというのに。
納得のいかない私はそれなら、と続ける。
「頭撫でて。」
「…何でまた。」
それは気持ちが良かったから。
もう一度してもらいたいと思いたくなるほど心地よかったから。
流石にそれくらいならユウタも容認してくれるだろう。
だって頭を撫でることは昼間にしてくれたのだから。
「…仕方ねーな。」
困ったような表情を浮かべながらもユウタは私の頭を撫でてくれる。
温かな手がそっと撫でてくれる。
「ふぁ…♪」
やはり心地いい。
とても安心して、癖になる。
渋っていても頷いてしまうユウタは甘いのかもしれない。
ただ、一定距離は保ち続けるけど。
超えてはいけない線を持っているかのように私を止めるけど。
でもそんなことどうでも良くなるくらいに気持ちいい。
腕枕してもらえなかったけど…これでもいいと思ってしまうくらい。
「ユウ、タ…。」
「うん?」
「…私が…寝るまでしてて…。」
「…わかったよ。」
そう言って微笑みながらユウタは撫で続けてくれた。
優しく、温かく、柔らかく。
そうやって私が眠りにつくまでずっと。
ユウタは隣で撫で続けてくれた。






…でも、限界だった。
ユウタを召喚して既に二日。
これは私自身よく持った方だと思う。
よく我慢できたほうだと思う。
それでも、限界。
食事程度で私の欲求を埋められない。
ユウタの料理程度で抑えられない。
リリムとして、魔物として。
魔王の、お母様の娘として。

―本能が動き出す。

男を求めて、精を欲して。
どろどろとした私の欲望が静かに動き出した。
11/05/28 20:39更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということでリリムルート、その二でした
ほのぼのとしたものをかければいいなと思ったのですが…いかがでしたでしょうか?
頑なに拒みながらも触れていくユウタ
そしてそれに惹かれるリリム
距離が徐々に近づいていく…
さらに出てきた懐かしいあの娘達をも巻き込んで物語は進んでいきます!
一人、まだ出ていないのいたけれどw
リリムとして本能のままに動き出すフィオナ
彼女はいったいどうするのか!?
次回、リリムの本気、見せますっ!
誘惑編、お楽しみに!

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