私と出会い
それは闇かと思った。
魔方陣の中央にいるその青年。
黒髪黒目だった。
見ていると吸い込まれそうになる闇のような瞳。
触れればそのまま沈んでいきそうな影のような髪。
深く先の見えない、光のなき夜のような服。
正しく、漆黒。
白い私とは間逆の存在だった。
お母様から継いだ白い肌、純白といっていいほど真っ白な髪をもつ私とまったく違う。
黒一色纏った青年だった。
青年というには少し幼さを残すその顔。
体格は並、顔も並。
どことなく優しそうな雰囲気を出す男だった。
黒髪で…黒目。
ジパング人の特徴と一致するのだが、それとはまた違う気もする。
何度かジパング人を見たことはある。
この城に住んでいる魔物娘たちの夫にジパング人がいた。
彼らも黒髪で黒目だったけど…目の前の彼は違う。
そんな気がした。
彼は不思議そうに私を見て、そして部屋を見渡す。
広く作られた私の部屋。
ここに住んでいる者達よりも豪華で作りもいい部屋。
女の子らしいものはそれなりに置いてあるつもりだけど彼の目にはどう映っているのだろうか。
そう思うと少し恥ずかしくなった。
そういえば私の部屋に男が来たことはなかった。
お父様でさえ、だ。
だから彼は私の部屋へ来た始めての男となるわけだ。
彼は部屋を見渡した後私を見た。
その闇のような瞳で、私を捉えた。
彼は勿論男。
それなら私を見た瞬間に、いや、私の近くにいる時点で私に魅了される。
今までだってそうだった。
私が近づくだけで男は皆視線を固定し、息を荒くして私に期待をする。
口が開けば愛の言葉を。
息がかかれば熱の篭った息を吐き。
そして、私に襲ってもらおうとする。
私はリリム。
魔王の娘でサキュバスの最高位なのだから。
男は皆、私に魅了されてしまうのだから。
だが。
彼は口が開いても愛の言葉を言わなかった。
視線を固定したわけでもなかった。
息も荒くはないし、期待をしている様子もなかった。
彼は言った。
困ったような表情で。
「…ここはどこで…貴方は…どちら様？」
とにかく私は彼を部屋にある椅子に座らせた。
私も向かいに椅子を持ってきて座る。
向かい合う私と彼。
近くはない、それでも手を伸ばせば届く距離で。
彼は私に言った。
「えっと…もう一回言わせてもらうと…ここってどこなんですかね？」
「ここは魔界よ。」
単刀直入に言う。
魔界といえばこの世界の人間なんらすぐにわかるだろう。
私たち魔物の故郷。
時に夫を連れてきて仲睦まじく夫婦となって暮らしているところ。
だが彼はそれを聞いて固まった。
目が点になっている。
…どうしたのだろう。
「どうしたの？もしかして魔界に来るのは初めてだったりするの？」
「いや…なんていうか…。」
彼は頭をかきながら私を見た。
その表情は苦笑い。
困ったような顔だった。
「魔界って…魔物がいるっていうところ…だよね？」
「？そうよ？」
「…それじゃ…お姉さんもコスプレとかじゃなくって…魔物ってこと？」
「？コスプレがなんだかわからないけど…ええ、そうよ。私は魔物。」
一目見てわかると思うのに…何を聞いてくるのだろう。
まるで確認するかのようだった。
私というものを、私の存在を。
「そんじゃあ、お姉さんはいったい何の魔物？」
「リリム。」
「リリム？」
彼は小さく呟きながら上へと視線を泳がす。
考え事でもしているように見えるけど…。
そして彼はふぅっと小さくため息をついた。
「マジかよ…それって伝説の存在じゃねーか…。」
そう呟くと彼は唸りだした。
何なのだろうこの男は。
悩んで唸って…見ていて飽きない。
むしろもっと見ていたくなるくらいだ。
不思議なほどに吸い寄せられているかのように。
「魔界にリリムって………はぁ…やべぇ…まだ今夜の買い物にも行ってないのに…。」
項垂れ始めた。
本当に変わった青年だと思う。
私が今まで目にしてきた人間とはちょっと違う。
私が今まで会ってきた男とは何かが違う。
そんな存在だった。
彼は顔を上げて私を見た。
困ったような表情で。
「今更なんだけど…お姉さん名前は？」
「私？」
そういえば自己紹介もしていなかった。
私は彼の名を教えてもらっていないし、私の名も教えていない。
初対面とはいえ私が彼を召喚したのだから名前ぐらい知っておきたい。
名前がわかったからといってその人物の人柄までわかるわけではないけど。
それでも、彼のことは知りたいと思った。
興味が沸いてきた。
「私の名前はフィオナ・ネイサン・ローランド。魔王の娘でリリムよ。」
「フィオナ…ね。わかった。」
彼は私の名を呟いて頷いた。
納得したように。
「それじゃ、オレの名前は
― 黒崎 ゆうた ―
よろしく、フィオナ。」
そう言って彼は―ユウタは微笑んだ。
優しげに、私をその闇のような瞳に映して。
それが、なんとも不思議な感覚だった。
「よろしく、ユウタ。」
私は手を差し出す。
握手をするために。
ユウタは私の手を見て迷いなく手を握る。
私と同じくらいの大きさの手で。
初めて触れたその手はとても温かく、私の心を自然と安心させるようなものだった。
「ところでユウタってどこから来たの？」
「うん？」
窓際で外の様子を見ていたユウタに話しかける。
ユウタは窓の外を興味深そうに見ていた。
私の部屋の窓は大きなものでバルコニーが付いている。
気晴らしとしてそこから城の下の風景を見たりするために。
「どこって…言われてもな…。」
ユウタは困ったように私を見た。
その目で私の姿を捉えた。
平然と見ていた。
それは…おかしいことだった。
私を見ているのにユウタは平然としている。
リリムを見ているのに、だ。
誘惑されるどころか頬を赤く染めたりもしないなんて。
私たちはほぼ全ての男性を虜に出来るはずではなかったのだろうか？
「日本って知ってる？」
「にほん？」
それは聞きなれない言葉。
「あれ？それじゃあ…ジャパンって言えばわかる？」
「じゃぱん？何それ？」
「…だよねぇ。」
ユウタは小さくため息をついた。
どうしたのだろう。
じゃぱん？
パンの一種だろうか？
ジパングの間違いではないのだろうか？
「…異世界か。」
ユウタは言った。
呟くように。
呻くように。
もしかすると自分に言い聞かせて言ったのかもしれない。
だから、呟かれた言葉から寂しさを感じたのかも…しれない。
「ユウタ…。」
「うん？何？」
ユウタの名を呼べば彼は反応して私を見てくれる。
その顔には優しそうな笑み。
私を見ても平然としている顔色。
先ほど感じた寂しさを微塵も感じさせない表情。
そんな表情に少しばかり気後れした私。
やってはいけないような悪戯をしてしまったかのような後悔が。
してはいけなかった罪を犯してしまったかのような罪悪感が。
私の胸に募った。
だから私はそんな感情を振り払うかのようにユウタに言った。
「今日はもう遅いから寝ましょう？」
「もうそんな時間？」
「ええ、もう真夜中よ。」
この世界の空は基本的に真っ黒。
ジパングなど向こうの世界から来た者にとって昼と夜が判別しにくいらしい。
向こうの世界は太陽の光が昼を、月の明かりが夜を示していたからだろう。
だが魔界にそのようなものはない。
昼時は向こうの世界の黄昏時に似た風景なのだ。
私はベッドに座って示す。
ユウタがこっちに来るようにぽんぽんとベッドを叩いて。
「…どうしたのさ？」
「どうしたのって寝るのよ？」
「そりゃわかるけど…オレはどこで寝ればいいの？」
「ここよ？」
もう一度ベッドを叩いて示す。
このベッドで一緒に寝るということを。
この部屋にベッドなんて私のしかない。
一人分にしては大きいベッド。
ユウタが入っても十分に足りるだろう。
だがユウタは表情を曇らせた。
明らかに困った表情を私に向けた。
さっきよりも困惑したその顔を、向けた。
「どうしたの？」
「いや…女性がこんな年頃の男と、しかも初対面の男と同衾するのはまずいんじゃないの？」
「そうかしら？」
「そうだろ。」
まったくと言ってユウタは頭を掻いた。
見るからに困っているような態度。
意外と初心な対応。
もしかするとユウタはこういった経験がないのかもしれない。
私の方はと言えば自身男性と共に寝ることは初めてなのだがそんなに抵抗は感じていない。
やはり私が魔物だからだろうか？
それともユウタが過剰に反応しているからだろうか？
「ソファとか…ない？」
「ないわよ。」
私の部屋にはそういったものはない。
テーブル、椅子、本棚、窓、トイレやお風呂、あとおまけでキッチンがあるぐらいだ。
椅子はあってもソファなんてものは用意していなかった。
ベッドがあればそれで十分だし。
だから、ユウタは寝るためには私と同衾しなければいけない。
「…よし、オレ床で寝るわ。」
「え？」
そう来るとは思わなかった。
予想外な答えだった。
床で寝るって…。
私の部屋は毎日掃除係のメイドが掃除してくれるから綺麗だが…それでも床で寝るなんて…。
「床で寝ると寒いでしょうに。」
「平気。別に床で寝ることが初めてってわけじゃないんだからさ。」
「経験あるってこと？」
「そ。」
床で寝た経験を持っている？
どんな生活をしているのだろうか。
見たことない服からするに…旅人でもやっているのだろうか？
それにしてはきれい過ぎるし…。
「いやね、布団を双子の姉によく取られてたから。」
「…は？」
ユウタは苦笑して私を見る。
「時折布団が乾いてないときとかあるんだよ。干してると雨に降られたりしてさ。そのときはオレの布団だけが無事で…それを理由に双子の姉に寝床をよく取られてたんだ。」
「…とられてた？」
「そ。季節も関係なく。一番きつかったのは…冬だったなぁ。氷点下の気温だって言うのに人の布団でぬくぬくとしてて…その分オレは重ね着して床で寝てたんだよ。あれは…死にかけたなぁ…。掛け布団も毛布も全部取っていくんだもんなぁ…。」
ユウタが目頭を押さえて俯いた。
もしかして涙を堪えていうるの…？
…相当キツイ経験だったのだろう。
っていうか、冬なのに床で寝るって…一歩間違えれば凍死するのではないだろうか。
「だから、床で寝ることなんて慣れてる。ベッドはフィオナ一人で使えって。」
「だめよ。」
当然のこと私はユウタの提案を却下した。
だって…。
今のを聞いて床で寝ろなんて言えるわけない。
そんなつらい思いをさせられるわけがない。
っていうか、さっきの聞いたら…あ、私も涙が出てきそう…。
しかしユウタは私の言葉に対して不満げな声を出した。
「いやいや、何で？」
「いくら床に寝るってってもこの季節はきついのよ？」
「だから冬でも平気で寝れたんだって。」
「私が平気じゃないわよ。何で召喚した人に鬼畜対応しなきゃいけないの。」
「今までだってこれが普通だったんだからさ。」
「もっと寝かせられないわよ！」
本当にどんな生活をしていたのだろう。
聞いているだけで涙が出そうになる発言だ。
もしかしたらユウタは奴隷だったのかもしれない。
双子の姉というのが女王で、ユウタはその側近だったとか…なのかもしれない。
…哀れだ。
思わず涙が零れてしまいそうなほどに。
「ほら！こっち来なさい！」
「いや、だから同衾はまずいって言ってるだろ…。」
やはり渋るユウタ。
何なんだこの男は。
あまりにも強情すぎるというか…頑固というか。
というか、男の人って言うのは女と寝られることは嬉しいんじゃないのだろうか？
それに私はリリムだ。
自分で言うのもなんだが…外見はいいほうだと思う。
街へ赴けば男の人が誰でも振り返るぐらいに。
だから、私がこうやって同衾しようと言っていることは男の人にとって嬉しいんじゃないのだろうか？
とにかくユウタは頑なに私を拒み続ける。
…それなら私だって！
強硬手段という手があるんだから！
「それならユウタが寝ないのなら私も床で寝る！」
「はっ！？何だよそれ！」
ユウタは驚いたように私を見た。
納得いかないという表情だ。
「さあ！選びなさいっ！私と寝るか私と床で寝るか！」
「一緒に寝ること前提かよっ！？」
私も知らないうちにいつの間にか一緒に寝ること前提になっていた。
びっくりだ。
でもこうでもしないとこの男はベッドで寝るという選択肢をとらないだろう。
ユウタを見れば唸っていた。
それもかなり困った様子で。
―…やはり、変わってる。
これが男の人？
私の今まで出会ってきた者とは明らかに違う。
違いすぎる。
まるで別次元というような…。
全てが全て規格外というような…。
「………わかったよ。」
ユウタは言った。
降参気味に、疲れたような様子で。
両手を挙げてため息をついた。
「一緒に寝るよ。寝させていただきます…。」
「わかればいいのよ！」
ユウタはもう一度ため息をついてこっちへ寄ってきた。
うん、素直だ。
渋ってはいたけど意外と潔い性格なのかもしれない。
「まぁ…師匠とも寝たことあったし平気か…。」
「？何？」
「いんや、何でも。」
ユウタが小さく呟いたがなんと言ったのだろうか。
よく聞き取れなかった。
特にたいしたことでもなかったんだろう。ユウタは何食わぬ顔で私の隣に座った。
そして当然のように着ていた服を脱いで…って！？
「ゆ、ユウタ！？なんで急に脱ぎだしてるの！？」
ま、まさかいきなりそんなことを！？
そ、そりゃそういう目的をもってユウタを召喚したわけだけど…でも！
まだ心の準備ってものができてないし！
あ、でも少しばかり強引なのも…いいかも…。
「いや、せめて学ランは脱いでおきたくて。」
私の考えてきたこととは思いっきり違う反応だった。
がくらん？
ユウタは上に羽織っていた黒い服を脱ぎ、丁寧に畳んだ。
上着の下から現れたのは見たこともない白い服。
絹で出来ているのだろうか？
あまりにも白くて綺麗な服だった。
「…どうした？」
「あ、いや…ユウタって変わった服を着てるのね。」
「オレからしてみればフィオナの方が変わった服だと思うけどな。」
女の子なんだからもっと露出の少ないものにしろよと、彼は言った。
確かに私の服は前面が大きく肌蹴ている服だ。
これを着ていると特に男性からは熱い視線を送られる。
やはり皆露出の多い姿のほうが好ましいはず…なのに。
それでも目の前で見ているユウタはそんな視線を送ってこなかった。
むしろ怪訝そうに見ている。
もしかしたらユウタは教団側の人間なのではないかと思ってしまいそうになるほどに。
「変な男が寄ってくるぞ？」
そんな私を気遣う言葉をかけてシーツを捲った。
捲って私に促す。
先に入れとでも言わんばかりに。
「？ユウタから先に入れば？」
「レディファースト、だからな。」
そう言って微笑んだ表情はとても優しそうな顔だった。
甘えれば何でも受け止めてくれそうな。
寄りかかれば抱きとめてくれそうな。
そんなものを感じさせてくれる表情。
「あ、ありがと。」
私はユウタにお礼を言ってシーツの間に体を滑り込ませる。
それに続くようにユウタも入ってきた。
初めてこのベッドに私以外の人物が、それも男が入ってきた。
私にとってとても新鮮なこと。
隣に寝転ぶユウタ。
ただ、私と距離をとって。
「…何で離れてるの？」
「初対面の相手に近寄りすぎなんだよ。同衾でさえ普通はしないんだからさ。だからせめてこれぐらいならいいだろ？」
「やだ。」
「女の子はもっと慎めって。」
それは私を気遣って言っているのだろうか？
私の身を案じた言葉なのだろうか？
それとも…。
「そうでもしてないと…ユウタ、私を襲っちゃうからとか？」
もしかしたらそうかもしれない。
何度も言うようだが私はリリム。
こうして寝ているだけでも私の魅了は自然とかかってしまう。
近くにいればより強く。よりいっそう深く。
私に惹きつけられる。
たぶん女性でも惹きつけられると思う。
そんな状態で隣で寝ていられるわけない。
だからユウタもきっと―
「よし、オレ床で寝るわ。」
「ああっ！？待って待って！！」
―…また違ったみたい。
そっけなく言って私を見てきたその目は半目。
さっきの優しそうな表情が一気に消え失せている。
これは…ちょっと怖い。
見方によっては睨んでいるようにも見える。
っていうか、やっとの思いでユウタを説得したのにまた振り出しに戻るなんてことは勘弁してもらいたい。
「…今度そういうこと言ったらオレ床で寝させてもらうからな？」
「はい。わかりました。」
なんで私のベッドの上で私が従っているの…。
「それならいい。そんじゃ、おやすみなさい。」
そういうとユウタは私に背を向けてしまった。
私の姿を見ないように。
私に顔を見せないように。
…え？何で？
普通男女って向かい合って寝たりとかするんじゃないの？
腕枕したりとか、抱き合ったりとかするんじゃないの？
「…何でそっち向いて寝るの？」
「なんとなく。」
「なんとなくならこっちを向いてもいいでしょ？」
「じゃあ、どうしても。」
「意味わからないわよ。せめてこっち向いて。」
「…仕方ねーな。」
ユウタは面倒くさそうにこちらに向き直る。
黒い瞳が私を見つめる。
どこまでも沈んでいけそうな闇のような瞳。
ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうなほど。
暗くて、深くて、黒い瞳。
気づけば私は―
「―おい。」
「え？」
ユウタの目に引き込まれるように自然と顔を近づけていた。
肩に手を置かれてはっと我に返る。
すぐそばにあるユウタの顔。
聞こえるのは静かな息遣い。
肩から伝わる温かな体温。
「どうしたんだよ。何も言わずに顔を近づけて。」
「あ、いえ…。」
「女の子がそうやって男に寄るなよ。もっと親密な奴とやれって。」
その瞳に思わず吸い込まれかけた、なんて言えなかった。
何なんだろうこの男の人は。
本当にわけのわからない存在だ。
私の魅力をものともしないで。
逆に私が引き込まれそうな魅力を持っている。
何もかもを引き込みそうな闇のような存在。
それなのに近づくことを許さないその意志。
誘惑なんて通用しない強固で真っ直ぐで頑固でいて、それはまるで―
―何にも染まらない黒そのもののような。
私と正反対のような存在。
鏡でも見ているかのような逸材。
「…うん。」
興味を持った。
この男の人に。
ユウタという存在に。
もっと知りたい。
もっと近づきたい。
もっと親密になりたい。
もしかしたらユウタは…私の夫になるかもしれない。
それも、いいかもしれない。
「それじゃあ、おやすみ。」
「ええ、おやすみなさい。」
私たちは向かい合ったままでそう言って眠ることにした。
私は瞼を閉じて睡魔に身を任せる。
すぐさま睡魔が私の体を支配して闇の中へと意識を引きずり込んだ。
これで今日は終わり。
また新しい日が始まっていく。
でも。
その日は。
今まで私が過ごしてきたものとは大きく違うはずだ
同じような男と会ってきた今までとは全然違うはずだ。
なぜなら今までの私の隣にはいなかった存在が―
―ユウタという存在がここにいるのだから。
魔方陣の中央にいるその青年。
黒髪黒目だった。
見ていると吸い込まれそうになる闇のような瞳。
触れればそのまま沈んでいきそうな影のような髪。
深く先の見えない、光のなき夜のような服。
正しく、漆黒。
白い私とは間逆の存在だった。
お母様から継いだ白い肌、純白といっていいほど真っ白な髪をもつ私とまったく違う。
黒一色纏った青年だった。
青年というには少し幼さを残すその顔。
体格は並、顔も並。
どことなく優しそうな雰囲気を出す男だった。
黒髪で…黒目。
ジパング人の特徴と一致するのだが、それとはまた違う気もする。
何度かジパング人を見たことはある。
この城に住んでいる魔物娘たちの夫にジパング人がいた。
彼らも黒髪で黒目だったけど…目の前の彼は違う。
そんな気がした。
彼は不思議そうに私を見て、そして部屋を見渡す。
広く作られた私の部屋。
ここに住んでいる者達よりも豪華で作りもいい部屋。
女の子らしいものはそれなりに置いてあるつもりだけど彼の目にはどう映っているのだろうか。
そう思うと少し恥ずかしくなった。
そういえば私の部屋に男が来たことはなかった。
お父様でさえ、だ。
だから彼は私の部屋へ来た始めての男となるわけだ。
彼は部屋を見渡した後私を見た。
その闇のような瞳で、私を捉えた。
彼は勿論男。
それなら私を見た瞬間に、いや、私の近くにいる時点で私に魅了される。
今までだってそうだった。
私が近づくだけで男は皆視線を固定し、息を荒くして私に期待をする。
口が開けば愛の言葉を。
息がかかれば熱の篭った息を吐き。
そして、私に襲ってもらおうとする。
私はリリム。
魔王の娘でサキュバスの最高位なのだから。
男は皆、私に魅了されてしまうのだから。
だが。
彼は口が開いても愛の言葉を言わなかった。
視線を固定したわけでもなかった。
息も荒くはないし、期待をしている様子もなかった。
彼は言った。
困ったような表情で。
「…ここはどこで…貴方は…どちら様？」
とにかく私は彼を部屋にある椅子に座らせた。
私も向かいに椅子を持ってきて座る。
向かい合う私と彼。
近くはない、それでも手を伸ばせば届く距離で。
彼は私に言った。
「えっと…もう一回言わせてもらうと…ここってどこなんですかね？」
「ここは魔界よ。」
単刀直入に言う。
魔界といえばこの世界の人間なんらすぐにわかるだろう。
私たち魔物の故郷。
時に夫を連れてきて仲睦まじく夫婦となって暮らしているところ。
だが彼はそれを聞いて固まった。
目が点になっている。
…どうしたのだろう。
「どうしたの？もしかして魔界に来るのは初めてだったりするの？」
「いや…なんていうか…。」
彼は頭をかきながら私を見た。
その表情は苦笑い。
困ったような顔だった。
「魔界って…魔物がいるっていうところ…だよね？」
「？そうよ？」
「…それじゃ…お姉さんもコスプレとかじゃなくって…魔物ってこと？」
「？コスプレがなんだかわからないけど…ええ、そうよ。私は魔物。」
一目見てわかると思うのに…何を聞いてくるのだろう。
まるで確認するかのようだった。
私というものを、私の存在を。
「そんじゃあ、お姉さんはいったい何の魔物？」
「リリム。」
「リリム？」
彼は小さく呟きながら上へと視線を泳がす。
考え事でもしているように見えるけど…。
そして彼はふぅっと小さくため息をついた。
「マジかよ…それって伝説の存在じゃねーか…。」
そう呟くと彼は唸りだした。
何なのだろうこの男は。
悩んで唸って…見ていて飽きない。
むしろもっと見ていたくなるくらいだ。
不思議なほどに吸い寄せられているかのように。
「魔界にリリムって………はぁ…やべぇ…まだ今夜の買い物にも行ってないのに…。」
項垂れ始めた。
本当に変わった青年だと思う。
私が今まで目にしてきた人間とはちょっと違う。
私が今まで会ってきた男とは何かが違う。
そんな存在だった。
彼は顔を上げて私を見た。
困ったような表情で。
「今更なんだけど…お姉さん名前は？」
「私？」
そういえば自己紹介もしていなかった。
私は彼の名を教えてもらっていないし、私の名も教えていない。
初対面とはいえ私が彼を召喚したのだから名前ぐらい知っておきたい。
名前がわかったからといってその人物の人柄までわかるわけではないけど。
それでも、彼のことは知りたいと思った。
興味が沸いてきた。
「私の名前はフィオナ・ネイサン・ローランド。魔王の娘でリリムよ。」
「フィオナ…ね。わかった。」
彼は私の名を呟いて頷いた。
納得したように。
「それじゃ、オレの名前は
― 黒崎 ゆうた ―
よろしく、フィオナ。」
そう言って彼は―ユウタは微笑んだ。
優しげに、私をその闇のような瞳に映して。
それが、なんとも不思議な感覚だった。
「よろしく、ユウタ。」
私は手を差し出す。
握手をするために。
ユウタは私の手を見て迷いなく手を握る。
私と同じくらいの大きさの手で。
初めて触れたその手はとても温かく、私の心を自然と安心させるようなものだった。
「ところでユウタってどこから来たの？」
「うん？」
窓際で外の様子を見ていたユウタに話しかける。
ユウタは窓の外を興味深そうに見ていた。
私の部屋の窓は大きなものでバルコニーが付いている。
気晴らしとしてそこから城の下の風景を見たりするために。
「どこって…言われてもな…。」
ユウタは困ったように私を見た。
その目で私の姿を捉えた。
平然と見ていた。
それは…おかしいことだった。
私を見ているのにユウタは平然としている。
リリムを見ているのに、だ。
誘惑されるどころか頬を赤く染めたりもしないなんて。
私たちはほぼ全ての男性を虜に出来るはずではなかったのだろうか？
「日本って知ってる？」
「にほん？」
それは聞きなれない言葉。
「あれ？それじゃあ…ジャパンって言えばわかる？」
「じゃぱん？何それ？」
「…だよねぇ。」
ユウタは小さくため息をついた。
どうしたのだろう。
じゃぱん？
パンの一種だろうか？
ジパングの間違いではないのだろうか？
「…異世界か。」
ユウタは言った。
呟くように。
呻くように。
もしかすると自分に言い聞かせて言ったのかもしれない。
だから、呟かれた言葉から寂しさを感じたのかも…しれない。
「ユウタ…。」
「うん？何？」
ユウタの名を呼べば彼は反応して私を見てくれる。
その顔には優しそうな笑み。
私を見ても平然としている顔色。
先ほど感じた寂しさを微塵も感じさせない表情。
そんな表情に少しばかり気後れした私。
やってはいけないような悪戯をしてしまったかのような後悔が。
してはいけなかった罪を犯してしまったかのような罪悪感が。
私の胸に募った。
だから私はそんな感情を振り払うかのようにユウタに言った。
「今日はもう遅いから寝ましょう？」
「もうそんな時間？」
「ええ、もう真夜中よ。」
この世界の空は基本的に真っ黒。
ジパングなど向こうの世界から来た者にとって昼と夜が判別しにくいらしい。
向こうの世界は太陽の光が昼を、月の明かりが夜を示していたからだろう。
だが魔界にそのようなものはない。
昼時は向こうの世界の黄昏時に似た風景なのだ。
私はベッドに座って示す。
ユウタがこっちに来るようにぽんぽんとベッドを叩いて。
「…どうしたのさ？」
「どうしたのって寝るのよ？」
「そりゃわかるけど…オレはどこで寝ればいいの？」
「ここよ？」
もう一度ベッドを叩いて示す。
このベッドで一緒に寝るということを。
この部屋にベッドなんて私のしかない。
一人分にしては大きいベッド。
ユウタが入っても十分に足りるだろう。
だがユウタは表情を曇らせた。
明らかに困った表情を私に向けた。
さっきよりも困惑したその顔を、向けた。
「どうしたの？」
「いや…女性がこんな年頃の男と、しかも初対面の男と同衾するのはまずいんじゃないの？」
「そうかしら？」
「そうだろ。」
まったくと言ってユウタは頭を掻いた。
見るからに困っているような態度。
意外と初心な対応。
もしかするとユウタはこういった経験がないのかもしれない。
私の方はと言えば自身男性と共に寝ることは初めてなのだがそんなに抵抗は感じていない。
やはり私が魔物だからだろうか？
それともユウタが過剰に反応しているからだろうか？
「ソファとか…ない？」
「ないわよ。」
私の部屋にはそういったものはない。
テーブル、椅子、本棚、窓、トイレやお風呂、あとおまけでキッチンがあるぐらいだ。
椅子はあってもソファなんてものは用意していなかった。
ベッドがあればそれで十分だし。
だから、ユウタは寝るためには私と同衾しなければいけない。
「…よし、オレ床で寝るわ。」
「え？」
そう来るとは思わなかった。
予想外な答えだった。
床で寝るって…。
私の部屋は毎日掃除係のメイドが掃除してくれるから綺麗だが…それでも床で寝るなんて…。
「床で寝ると寒いでしょうに。」
「平気。別に床で寝ることが初めてってわけじゃないんだからさ。」
「経験あるってこと？」
「そ。」
床で寝た経験を持っている？
どんな生活をしているのだろうか。
見たことない服からするに…旅人でもやっているのだろうか？
それにしてはきれい過ぎるし…。
「いやね、布団を双子の姉によく取られてたから。」
「…は？」
ユウタは苦笑して私を見る。
「時折布団が乾いてないときとかあるんだよ。干してると雨に降られたりしてさ。そのときはオレの布団だけが無事で…それを理由に双子の姉に寝床をよく取られてたんだ。」
「…とられてた？」
「そ。季節も関係なく。一番きつかったのは…冬だったなぁ。氷点下の気温だって言うのに人の布団でぬくぬくとしてて…その分オレは重ね着して床で寝てたんだよ。あれは…死にかけたなぁ…。掛け布団も毛布も全部取っていくんだもんなぁ…。」
ユウタが目頭を押さえて俯いた。
もしかして涙を堪えていうるの…？
…相当キツイ経験だったのだろう。
っていうか、冬なのに床で寝るって…一歩間違えれば凍死するのではないだろうか。
「だから、床で寝ることなんて慣れてる。ベッドはフィオナ一人で使えって。」
「だめよ。」
当然のこと私はユウタの提案を却下した。
だって…。
今のを聞いて床で寝ろなんて言えるわけない。
そんなつらい思いをさせられるわけがない。
っていうか、さっきの聞いたら…あ、私も涙が出てきそう…。
しかしユウタは私の言葉に対して不満げな声を出した。
「いやいや、何で？」
「いくら床に寝るってってもこの季節はきついのよ？」
「だから冬でも平気で寝れたんだって。」
「私が平気じゃないわよ。何で召喚した人に鬼畜対応しなきゃいけないの。」
「今までだってこれが普通だったんだからさ。」
「もっと寝かせられないわよ！」
本当にどんな生活をしていたのだろう。
聞いているだけで涙が出そうになる発言だ。
もしかしたらユウタは奴隷だったのかもしれない。
双子の姉というのが女王で、ユウタはその側近だったとか…なのかもしれない。
…哀れだ。
思わず涙が零れてしまいそうなほどに。
「ほら！こっち来なさい！」
「いや、だから同衾はまずいって言ってるだろ…。」
やはり渋るユウタ。
何なんだこの男は。
あまりにも強情すぎるというか…頑固というか。
というか、男の人って言うのは女と寝られることは嬉しいんじゃないのだろうか？
それに私はリリムだ。
自分で言うのもなんだが…外見はいいほうだと思う。
街へ赴けば男の人が誰でも振り返るぐらいに。
だから、私がこうやって同衾しようと言っていることは男の人にとって嬉しいんじゃないのだろうか？
とにかくユウタは頑なに私を拒み続ける。
…それなら私だって！
強硬手段という手があるんだから！
「それならユウタが寝ないのなら私も床で寝る！」
「はっ！？何だよそれ！」
ユウタは驚いたように私を見た。
納得いかないという表情だ。
「さあ！選びなさいっ！私と寝るか私と床で寝るか！」
「一緒に寝ること前提かよっ！？」
私も知らないうちにいつの間にか一緒に寝ること前提になっていた。
びっくりだ。
でもこうでもしないとこの男はベッドで寝るという選択肢をとらないだろう。
ユウタを見れば唸っていた。
それもかなり困った様子で。
―…やはり、変わってる。
これが男の人？
私の今まで出会ってきた者とは明らかに違う。
違いすぎる。
まるで別次元というような…。
全てが全て規格外というような…。
「………わかったよ。」
ユウタは言った。
降参気味に、疲れたような様子で。
両手を挙げてため息をついた。
「一緒に寝るよ。寝させていただきます…。」
「わかればいいのよ！」
ユウタはもう一度ため息をついてこっちへ寄ってきた。
うん、素直だ。
渋ってはいたけど意外と潔い性格なのかもしれない。
「まぁ…師匠とも寝たことあったし平気か…。」
「？何？」
「いんや、何でも。」
ユウタが小さく呟いたがなんと言ったのだろうか。
よく聞き取れなかった。
特にたいしたことでもなかったんだろう。ユウタは何食わぬ顔で私の隣に座った。
そして当然のように着ていた服を脱いで…って！？
「ゆ、ユウタ！？なんで急に脱ぎだしてるの！？」
ま、まさかいきなりそんなことを！？
そ、そりゃそういう目的をもってユウタを召喚したわけだけど…でも！
まだ心の準備ってものができてないし！
あ、でも少しばかり強引なのも…いいかも…。
「いや、せめて学ランは脱いでおきたくて。」
私の考えてきたこととは思いっきり違う反応だった。
がくらん？
ユウタは上に羽織っていた黒い服を脱ぎ、丁寧に畳んだ。
上着の下から現れたのは見たこともない白い服。
絹で出来ているのだろうか？
あまりにも白くて綺麗な服だった。
「…どうした？」
「あ、いや…ユウタって変わった服を着てるのね。」
「オレからしてみればフィオナの方が変わった服だと思うけどな。」
女の子なんだからもっと露出の少ないものにしろよと、彼は言った。
確かに私の服は前面が大きく肌蹴ている服だ。
これを着ていると特に男性からは熱い視線を送られる。
やはり皆露出の多い姿のほうが好ましいはず…なのに。
それでも目の前で見ているユウタはそんな視線を送ってこなかった。
むしろ怪訝そうに見ている。
もしかしたらユウタは教団側の人間なのではないかと思ってしまいそうになるほどに。
「変な男が寄ってくるぞ？」
そんな私を気遣う言葉をかけてシーツを捲った。
捲って私に促す。
先に入れとでも言わんばかりに。
「？ユウタから先に入れば？」
「レディファースト、だからな。」
そう言って微笑んだ表情はとても優しそうな顔だった。
甘えれば何でも受け止めてくれそうな。
寄りかかれば抱きとめてくれそうな。
そんなものを感じさせてくれる表情。
「あ、ありがと。」
私はユウタにお礼を言ってシーツの間に体を滑り込ませる。
それに続くようにユウタも入ってきた。
初めてこのベッドに私以外の人物が、それも男が入ってきた。
私にとってとても新鮮なこと。
隣に寝転ぶユウタ。
ただ、私と距離をとって。
「…何で離れてるの？」
「初対面の相手に近寄りすぎなんだよ。同衾でさえ普通はしないんだからさ。だからせめてこれぐらいならいいだろ？」
「やだ。」
「女の子はもっと慎めって。」
それは私を気遣って言っているのだろうか？
私の身を案じた言葉なのだろうか？
それとも…。
「そうでもしてないと…ユウタ、私を襲っちゃうからとか？」
もしかしたらそうかもしれない。
何度も言うようだが私はリリム。
こうして寝ているだけでも私の魅了は自然とかかってしまう。
近くにいればより強く。よりいっそう深く。
私に惹きつけられる。
たぶん女性でも惹きつけられると思う。
そんな状態で隣で寝ていられるわけない。
だからユウタもきっと―
「よし、オレ床で寝るわ。」
「ああっ！？待って待って！！」
―…また違ったみたい。
そっけなく言って私を見てきたその目は半目。
さっきの優しそうな表情が一気に消え失せている。
これは…ちょっと怖い。
見方によっては睨んでいるようにも見える。
っていうか、やっとの思いでユウタを説得したのにまた振り出しに戻るなんてことは勘弁してもらいたい。
「…今度そういうこと言ったらオレ床で寝させてもらうからな？」
「はい。わかりました。」
なんで私のベッドの上で私が従っているの…。
「それならいい。そんじゃ、おやすみなさい。」
そういうとユウタは私に背を向けてしまった。
私の姿を見ないように。
私に顔を見せないように。
…え？何で？
普通男女って向かい合って寝たりとかするんじゃないの？
腕枕したりとか、抱き合ったりとかするんじゃないの？
「…何でそっち向いて寝るの？」
「なんとなく。」
「なんとなくならこっちを向いてもいいでしょ？」
「じゃあ、どうしても。」
「意味わからないわよ。せめてこっち向いて。」
「…仕方ねーな。」
ユウタは面倒くさそうにこちらに向き直る。
黒い瞳が私を見つめる。
どこまでも沈んでいけそうな闇のような瞳。
ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうなほど。
暗くて、深くて、黒い瞳。
気づけば私は―
「―おい。」
「え？」
ユウタの目に引き込まれるように自然と顔を近づけていた。
肩に手を置かれてはっと我に返る。
すぐそばにあるユウタの顔。
聞こえるのは静かな息遣い。
肩から伝わる温かな体温。
「どうしたんだよ。何も言わずに顔を近づけて。」
「あ、いえ…。」
「女の子がそうやって男に寄るなよ。もっと親密な奴とやれって。」
その瞳に思わず吸い込まれかけた、なんて言えなかった。
何なんだろうこの男の人は。
本当にわけのわからない存在だ。
私の魅力をものともしないで。
逆に私が引き込まれそうな魅力を持っている。
何もかもを引き込みそうな闇のような存在。
それなのに近づくことを許さないその意志。
誘惑なんて通用しない強固で真っ直ぐで頑固でいて、それはまるで―
―何にも染まらない黒そのもののような。
私と正反対のような存在。
鏡でも見ているかのような逸材。
「…うん。」
興味を持った。
この男の人に。
ユウタという存在に。
もっと知りたい。
もっと近づきたい。
もっと親密になりたい。
もしかしたらユウタは…私の夫になるかもしれない。
それも、いいかもしれない。
「それじゃあ、おやすみ。」
「ええ、おやすみなさい。」
私たちは向かい合ったままでそう言って眠ることにした。
私は瞼を閉じて睡魔に身を任せる。
すぐさま睡魔が私の体を支配して闇の中へと意識を引きずり込んだ。
これで今日は終わり。
また新しい日が始まっていく。
でも。
その日は。
今まで私が過ごしてきたものとは大きく違うはずだ
同じような男と会ってきた今までとは全然違うはずだ。
なぜなら今までの私の隣にはいなかった存在が―
―ユウタという存在がここにいるのだから。
11/06/20 21:01更新 / ノワール・Ｂ・シュヴァルツ
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