教室内の張りつめた空気に誰もが口をつぐんでいる。別科目をやる生徒は当然おらず、皆一様に黒板前で授業を進める教師を見つめていた。
きっと誰もが期待していた事だろう。似合わぬ空気をぶちこわせと。
だが、逆に誰もが感じていたに違いない。かつてない緊張でやり遂げたいと。
期待と願望の板挟みの中彼女の声は教室内によく響く。わかりやすい例を交え、されど冗談など一切ない。普段から纏っている弱弱しく愛らしい雰囲気は欠片もない。
だからこそ、その姿から皆目が離せない。

「ここで大切なのは起こった出来事よりもその出来事を起こした人のほうなの。何をしたか、何を起こしたか、そんなことを関連付けて覚えればより記憶に残るの」

まるで同一人物だとは思えない振る舞いを見せる御子柴先生はぴっしり伸ばした姿勢のまま教室の奥へと視線を向け―

「ほかにも何をしたのかよりも大切なのは何故そうしたのかっていうことなの。例えば日本における戦国時代もなぜ戦が多かったかなんて―あいたっ！！」

振り向きざまに教卓に腰をぶつける。皆が期待していたドジをやらかすのだった。

「相変わらずのももちんなんだからぁ」
「でもすごいよ！ももちんじゃなかったみたい！」
「どうしたんだよ先生！頑張り過ぎだろ」
「ちげーよ！これから盛大な一発見せてくれるんだろ！」

期待通りの姿に歓声が上がる。だが、同時に誰もが安堵した。緊張で張りつめた空気を自分がぶち壊してしまうのではないかという恐怖に。

「ち、違うからね！もうこれ以上ドジしないんだからね！」
「それじゃあももちんじゃないって」
「そうそう、ももちんからドジを引いたら何が残るんだよ」
「ひ、ひどい！」

和やかな談笑と穏やかな雰囲気に誰もが微笑む。目の前の女性が御子柴先生だということに。
そんな中オレもまた微笑みを浮かべながら―同時に心の中で拍手していた。



あの日から御子柴先生は徐々に変化を見せていった。元々人間ではなくなったからかその成長は目を見張るものがあった。
姿勢を正せば背筋が伸び。
集中すれば小声の会話も内容まで拾い。
視線は辺りを細かく見抜き。
些細なミスも数は減り、大きなドジは被害を抑えていく。
それでもドジはするのだが、御子柴先生は以前と比べて格段に良くなったと言えるだろう。



しかし、全てが全てよくなったわけではなかった。



人間を捨てたせいか、思い切ったことへ踏み出した弾みなのか。飛び出せば止まることなくぶつかるまで止まらない、そんな姿はいつも通りの御子柴先生。
だが、その先にあるのはただのドジではない。もっと愛らしくて、もっと厄介で、それは―



「ねぇ、ゆうた君。今日の授業どうだったかな？」
「とても良かったですよ」
「本当？最後にドジしちゃったけど、本当？」
「ええ、本当ですよ。以前に比べて全然先生やれてますよ」
「うっ…そ、それ以前の私が全然ダメだったってことだよね？」
「でもそれだけ今の先生は良いってことですよ」
「それじゃあ、ご褒美」
「…え？」

御子柴先生は目をきらきらと輝かせてオレを見上げてくる。尻尾を千切れんばかりに振りながら両手を揃えてお腹を晒す。それも服越しではなく自らの手で肌を晒して。
向けてくる視線は熱を孕み艶やかな唇が色っぽく言葉を紡ぐ。教師としてあるまじき女の姿だった。

「ご褒美、ちょうだい♪」
「………」

周りに知り合いはいない。というか、ここは御子柴先生の家だから心配することもない。
その上行き過ぎる性格も相まってか気づけば恥じらうことなくおねだりをする。正直魅力的なことこの上ない。だからこそ、易々と応じることが躊躇われる。

改めて確認すればオレは生徒、御子柴先生は教師。

背徳的な関係は魅力的なことであっても現実にやっていいことではない。だというのに御子柴先生はひたすらおねだりを繰り返しオレを揺さぶってくる。
ここにあやかがいれば『こんの発情駄犬がっ！』と一喝してくれたことだろう。だが、あやかはしばらくここへは来ない。
あ、やばい。そう感じたオレはゆっくりと体を離して―手を握られた。

「撫でて♪」

赤くなっているのは恥じらいではなく興奮か。
掴まれた手は腹部へと誘われ、傷も染みもない肌の上に添えられた。

「あっ…♪」

若干高い体温が触れ合う隙間で溶けていく。吸い付くような柔らかさに理性が削られそうだった。
指先を滑らせる。爪で擽り、おへそをなぞり、円を描くように撫でまわしてみる。

「くぅ、ん…♪」

まるで子犬の様な声に背筋がぞくりと震えた。気持ちよさそうに身を捩り蕩けた顔でオレを見上げる様に生唾を飲み込んだ。
これはダメだと心が警鐘を鳴らしている。そんなことはもうわかっている、はずなのに。

「っ…御子柴、先生」

手慣れてしまった動きで下着の中へと、女性の象徴である胸へと指は容易く滑り込んだ。滑らかな肌の感触に指先が食い込んでいく。力は込めず、形を確かめるように撫でれば手のひらに尖りを感じた。

「あ、ぅ♪」

切なく漏らした甘い声。見つめた顔には教師の威厳も普段の優しさも見当たらない。
清純派で通っている御子柴先生だ。男子生徒の中には当然妄想する奴も多々いる。だが、誰一人として知り得ない女の顔をオレだけが今見ている。その事実に眩暈がした。

「もっと、撫でて♪」
「っ…」

求められている。拒むことなどありえない。
首筋を滴る汗をそのままにオレはもう片方の手も服の下へと忍び込ませた。こちらもまた容易く頂きを見つけると親指と人差し指でつまみ上げる。

「ふぅぁ…く、んんっ♪」

片手で柔らかさを堪能してもう片手では指先で先っぽを転がしていく。その度に小柄な体を捩りながら、それでも拒むことなく両手を広げて受け入れる。触れ合った肌に伝わる心音の激しさを確かめて、気づけばオレは御子柴先生に跨っていた。

「…」
「…ぁ」

明らかに普通ではない空気に、異常な状態。
女の上に男が跨り距離を詰めるその姿に生徒と教師の垣根はない。
だらしなく蕩けた顔がオレを真っ直ぐ見つめてくる。視線に籠った熱に気付けぬほどオレも馬鹿ではない。
この手を下へと下げて行けば容易く一線越えられるだろう。御子柴先生も先を期待しているのは明白だ。尻尾は依然として左右に振られ、両手は無抵抗に投げ出されている。拒む様子は一切見られない。
辺りに邪魔はない。
感情に偽りはない。
あとはただ一線越える覚悟を決めてオレから―


「だ、め、です…っ！」


「え」

気付けばズボンへかかっていた手を引き剥がし横へと離れて座り込む。すると御子柴先生はあやかに叩き伏せられた時のような、驚愕と絶望に目を見開いてこちらを見てきた。

「ダメ、ですから」
「な、んで？」

先ほどまで大きく振っていた尻尾が止まり、耳がしゅんと垂れ下がる。見開いた大きな目は涙こそないものの絶望から悲しみが滲みだしてきた。
目の前まで迫っていた好物を一舐めすることも出来ずに戻される。例えるならばそんな気分だろうか。

「私、あれだけ頑張ってたのに？」
「それは…そうですが」

求められることは嫌いではない。だが、求められ応じ過ぎることを自覚している。
喜ばすことは大好きだ。しかし、喜ばすことばかりが良いことではないとわかってる。
弁えることが必要であって、手綱を握ることが大切なんだ。

「でも、先生はまだ授業を一回もドジなしに成功させたことがないでしょう？だったら、ダメです」

目を逸らせぬ事実を突き付けて舞い上がった感情を引きずり落とす。
我ながら情けないことこの上ない。この行為はもはや生徒と教師なんて関係なくなっているというのに。
だが、踏み止まらせるのは我が暴君の声であり、オレの役割である。あやかができないことをやれるのがオレ。何よりも今任されているのは御子柴先生をドジしないように変えること。変な方向へ曲げてしまえばさらにひどくなりかねない。

「今までのじゃ、ダメなの？」
「ダメです。絶対にダメですから」

何とかして拒み続ける。泣きそうな顔に心が痛むが、ここは鬼になってでも留めなければ。
だから―次を。

「もし、もっと褒めてもらいたいと思ってるなら、あと少しだけ、頑張れますか？」

オレの問いかけに御子柴先生は項垂れる。褒めてもらいたくて頑張ったのにまだ頑張れとは酷だったか。自覚はあったが、甘やかすところではないともわかってる。
だからこそ、先生ならできるとわかってるからこそ。

「………うん。そうだよね。元々私から頼んだんだもんね」

御子柴先生は顔をあげ、力強くオレを見つめ返してきた。その瞳に熱はなく、頬を染めた朱色も引いている。耳も尻尾も打って変わって静かだ。

「私、頑張るよ」
「期待してます、先生」
「だから、その……一回だけ」
「……んん？」

おずおず不安げながらも期待の眼差しに変わっていた。
結局甘やかして欲しくて、褒めてもらいたい。そんなところは変われない。そんな御子柴先生にオレはただ苦笑した。



だからと言って―今の言葉を覆す程オレも甘ったれじゃない。



あやかに嫌というほど釘を刺されている。ただひたすら甘やかすのはやめろということを。
それの結果がパンツを被って着替え覗いて変態行為に走り出す目も当てられない師匠となって……あれは例外だろうけど。
少なくともただ甘やかして付け上がらせるのはいただけない。調子に乗ればそれこそ大失態だ。
だからここは―


「だったら、オレが褒めたくなるようなことをしてくださいよ」
「…え？」



―調子に乗らないように。



「褒めてもらいたいなら、褒められるだけの事をしてくださいよ」



―首輪を引っ張り、抑え込む。



「できたら沢山、褒めてあげますから」
「褒められること…？」
「えぇ、褒められることです」

ちょっとばかり意地悪な言葉だったと思う。だからと言って取り消すつもりはない。
これは一歩進むため。
あやかのようにはいかないけど、精一杯オレからできるだけの事をしたいから。

「褒めて欲しいなら、それだけの頑張りを見せてください」

だから、一つだけ。簡単そうで難しい課題を提示する。
オレの言葉に御子柴先生は難しそうに眉をひそめた。顎に手を当てて考え込むが唸り声が聞こえるだけで動かない。相当迷っているらしい。
そんな姿を見つめながら何が来るかと期待する。正直どんな内容でも良いのだけど。

「えっと…えっと、料理作るから！」
「フライパンが埃被る程やってないのにですか？」
「マッサージ、なら！」
「別に疲れてるわけじゃないんで」
「泊まっていってもいいよ！」
「あやかのご飯作らないといけませんし」
「テストの回答…は、いけないから……」
「そうですね」

あやかだったら確実にビンタ一発貰っていた言葉に御子柴先生は頭を振るう。
精一杯悩んで、精一杯頑張っていることは分かってる。だからこそ、欲しいのは次へと繋がるもう一歩。

「………ぁ」

何かに気付いたように顔をあげ、なぜか恥ずかしげに両手をもじもじとし始めた。

「えっと、なら、それなら、ね」
「はい。それなら、どうしました？」
「お、男の人は……こうされると嬉しいんだよね？」
「………はい？」

何を？と問いかけるより先に御子柴先生がオレの足元に膝をつく。まさか、と言い出す前に彼女はオレのズボンに手をかけると躊躇うことなく一気に力をこめ―

「えいっ！」
「ごふっ！！」

ベルトが思い切り腰に食い込むのだった。
突然突き刺さった筆舌しがたい痛みに腰を抑えて座り込む。すると目の前で張り切っていた御子柴先生があわあわと慌てだした。

「ご、ごめんなさい！！そうだよね、ベルトがあったもんね！」
「いや、いいです…ていうか、なに、を…？」
「今度はうまくするからね！」
「いや、だから、何を…」

聞くより先に、止めるより前に御子柴先生はベルトに手をかけパンツをも引っ張った。今度は抵抗する暇もなく、座っていた姿勢だというのにたやすく脱がされてしまう。
痛みに悶えたオレは突然のことに反応できない。興奮を痛みに抑え込まれ、ただ力なく縮こまったオレのものを御子柴先生は真っ赤な顔で口に含んだ。

「んんっ！？」

じっとりと湿り気を帯びた生暖かい空間で、独特の柔らかさをもつものが何度もなめ上げていく。最初のうちはくすぐったくて不思議な感じ。決して快楽に届かない奇妙な感覚の一つだった。
だが、下腹部でこちらを見上げる御子柴先生の顔がある。真っ赤な顔で口を開けて、オレのものを含んでいる。大きな胸が太ももに押し付けられ、鼻息が肌をくすぐるその様は奇妙な感覚を快楽へと結びつけた。

「先生っ！待って、ちょっと先生ったら！！」
「んんっ……！んむっ………！！」

オレの言うことを聞こうとしない。いや、聞こえていても褒められたいがため必死になっている。
だからいつの間にか腰に腕を回し離れまいと力を込められていた。引き剥がそうと肩を掴むも一瞬感じた快楽に力が抜ける。

「ま、て。本当に…ぁっ」

ただ必死になって舐めるのみ。テクニックなんて欠片もない勢い任せの行為だった。
それでも未経験な高校男児。下腹部で尽くす相手は皆の憧れた歴史教師。背徳的な姿と突き刺さる快楽が否が応でも興奮を掻き立てていく。
気づけば、彼女の口内で大きくなった自分がいた。

「んふっ！？んっ……んんんっ！」

それでも必死に口に含む御子柴先生。唇を強く窄めてよだれが零れないようにと気を付けて。
いきなり窄まった唇が固くなったものをこすり上げていく。自分でするのとは違う、異性の唇の感触にオレは小さく呻いた。もはや疑いようもない快楽に堪えるのも限界だった。

「っあ！！」
「んんっ！？」

あっけなく口内へと流し込んでしまう。止めることなどできぬまま女教師へ精液を吐き出してしまった。
突然のことで御子柴先生は驚きに目を見開くが決して口を離さない。それどころか脈動するオレのものにさらに吸い付き、精液を搾り取らんとすすり上げてきた。

「やめ、ぁっ！？」

口内が窄まり吸いつかれる。舌先が先端をなぞる感触は筆舌しがたいものであった。言葉にならない声を漏らし震える腕が御子柴先生の頭を抱え込む。踏ん張りも効かず引き剥がせず、ただされるがままに彼女に吸われ吐き出した。
何度も体を震わせて、みっともなく呼吸を乱して、求めに応じるように吐き出していく。舌先へ、口内へ、皆が憧れた女教師をオレが今汚している。その事実は筆舌しがたい高ぶりを残していった。
射精を終え、ゆっくりと頭が離れていく。唾液が床に滴り落ちながら御子柴先生は喉を鳴らして口内のものを飲み込んだ。

「………」
「せ、先生？」
「あ、うん……」

まるで風邪をひいたみたいな、はっきりしない意識と視線。まるで恍惚としたような、ちょっとだけ笑みを浮かべた口元になぜだか背筋がぞくりとする。明らかにこの感情はよろしくないものだったけど。
まさか―何か問題でも起きてしまったか。なんて、既に生徒と教師の垣根を超えてしまったのだから大問題だが。

「私、頑張れたかな？」
「…あぁ、もう。まったく」

にへらと笑って見せる御子柴先生にオレは頭を掻いた。
内容が内容だったが、そこには確かに御子柴先生の頑張りがあった。必死に考えて出した結論は確かにオレを悦ばせてくれた。まともではなかったが、その根本は認めてあげるべきだろう。

「仕方ありませんね」

両腕を広げれば嬉しそうに尻尾を揺らして飛び込んでくる御子柴先生。小柄で軽く、だけども強く抱き着いてきた彼女の頭を撫でまわす。
えへへと、小さく笑い身を捩る。まさしく小動物な姿には劣情とはまた違う感情が沸き上がってきた。
それは飼ってるペットを愛でるような感覚か。
はたまた異性と意識した特別なものなのか。
混ざりあった感情をなんと表現すべきか迷っていると御子柴先生がオレの顔を見上げてきた。

「これから、もっと頑張るから」

囁かれた言葉にオレは頷き頭を撫で続ける。すると、少しだけ体を離した御子柴先生が目をのぞき込んできた。

「頑張るから、だから」
「だから、どうしました？」
「その、頑張った時には…ね…？」

言いにくそうにどもりながらも視線は決して外さない。以前と違って堂々としながらも、それでも何を迷っているのだろうか。
オレからは何も言わずにただ言葉の先を待つ。

「いっぱい、いっぱい、褒めて…っ！」

恥ずかしげであっても精一杯の言葉。そんな答えは決まってる。

「勿論ですよ」

頑張るのなら、褒めてあげないと。
オレができるのはせいぜいそのくらい。あやかと違って厳しく正すことはできないが、それでも別のやり方がある。
御子柴先生はオレの言葉ににへらと笑いながらこちらへと体を倒してくる。小動物と表現したがこんなの一組の異性にしか見えやしない。そんな姿が気恥ずかしく、だけどもとても心地良い。
ただ―

「私、もっと頑張るからね」
「はい」
「たくさん、勉強するからね」
「……はい？」

これからの御子柴先生の頑張りに期待半分困惑半分だった。

■作者メッセージ
ということで現代コボルト編もいよいよ終盤に近づいてきました
とうとう一線を越えてしまった彼と御子柴先生
彼女の突っ走りすぎる性格でこの先も一気に突っ走るつもりです

次回は精いっぱい頑張る御子柴先生のお話です
最終話、御子柴先生はどうするのか…！

ここまで読んでくださってありがとうございます！！
それでは次回もよろしくお願いします！！