読切小説
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空虚な笑みに、幸せを
「貴方の笑みはとても冷たい」

それが、彼と初めて出会った時に言った私の言葉だった。

「優しそうな顔をして、仮面みたいに無機質で、中身のない笑み」

冷たい夜風を身に感じ、月明かりに照らされるその姿。月が雲に隠れればそのまま闇に溶け込みそうな黒一色の服や髪の毛はこの大陸には珍しいジパング人の特徴だった。

「無理して笑ってる。嘘吐きの笑み」

何よりも特徴的なその瞳。夜よりもずっと濃い、夜空の果てをはめ込んだ闇色の瞳。
それは優しげに向けられているが感情を宿していない。まるでどこかに落としてきたのかとても寂しく冷たいもの。人が自分を誤魔化す時に浮かべる上っ面だけの表情だ。

「貴方は幸せになるべき」

それは人が浮かべていい笑みではない。
素直になれない人間でももっとマシに笑う。
まるで人形のような笑みだった。
すれ違いあう人間ならもっと切なく笑う。

彼は何かを落としてきている。

初めて見てもよくわかる。
彼には何か大切なものが欠けている。抱いた心が乾いている。
冷たく凍え、寂しく震え、悲しく縮まり、切なく泣いている。



――だから、幸せになるべき。



「あっはっは」

しかし彼は笑う。とても軽く、浮かべた笑みと相まってとても楽しそうな姿で。
私はそこまで面白いことを言った覚えはない。笑うところなど一切ないはずだ。
それでも彼は笑う。

「初対面の相手にそんなこと言われるとは思わなかったなぁ…」

ベランダの手摺に腰を掛けて両足をぶらつかせる。後ろに壁はなく遥か下に固い地面があるというのに恐れはない。落ちれば一たまりもない高さだというのに。

「じゃ、教えて欲しいんだけどさ」

にっこりと笑う表情は先ほどと一切変わらない。やはり仮面のような笑みで、自分を誤魔化す笑い方で彼は言った。



「『オレ』にとっての幸せがなんだかわかるの?」



向けられた闇色の瞳が冷たく光る。紡がれたのは浮かべた笑みからは想像できないほど冷たい言葉だった。








「…あ」

街中で並んで歩く一組の男女を見つけた。どちらもお互い人間で、だけども正直になれないのか付かず離れずの距離を保っている。男性が手を伸ばすがその手は女性の手を掴まず、力なく戻っていく。
傍から見れば何とももどかしい。女性の方も拒むような雰囲気は見られない。あと一歩。きっかけとなるものが必要なだけだ。
そういう人たちに向かって私は矢を射る。愛情を注ぐ『黄金』の矢を。

「――…っ」

それは一瞬の出来事。放った『黄金』の矢は男性の背中に吸い込まれ、僅かな衝撃と共に消え去った。誰の目に留まることもなく、射抜いた跡も残ることなく。
するとしばらくして先ほどのいじいじした雰囲気はどこへやら、二人の間には微笑ましい甘い空気が漂い始める。楽しげに会話をしてはちょっとしたことで悦び、その頬を朱に染めて。
それを見て私は満足げに頷いた。
これこそが私のやるべきこと。男性と女性に枯れることなき不滅の愛を、朽ちることない終わらぬ幸福をもたらす存在。
それがキューピッドである私の使命。

「…よし」

二人の後ろ姿を確認して私は王国の上空へ飛び上がった。



ディユシエロ王国



数ある反魔物国の一つ。規模は大きく、退魔の力を宿した王族により治められている国だ。特徴的なのは王国を代表する勇者が四人いるということ。また、積極的に外界から人間を召喚しては鍛え上げ、その結果一軍にも匹敵する恐ろしい勇者になる。実際にもそうして勇者になった女性嫌いの方がいると聞いた。
しかし、反魔物国だろうが私には大して関係もない。天使として崇められる私達にとってどこへ行こうと差別もなにもない。
だから今日もまたこうして空を飛び、新しい恋人たちを生み幸せをもたらすために矢を定める。矢筒から一本抜き取り弦を引いて――――思い出す。

「…」

『黄金』と対なす黒い『鉛』の矢。
愛情を枯渇させ、周りの好意を、愛を求めずにはいられない私の矢。それを今真っ先に射抜かなければいけない相手が一人、いた。
王宮へと目を向ける。この王国の豊かさを象徴する大きく厳粛な雰囲気のそれの、あるベランダへ。様子を伺いしばらく見続けるが誰も出てこようとしない。
部屋の主は外に出てくるつもりはないのか、それとも仕事の最中なのか。

「…行こ」

自分に言い聞かせるように短く言葉にするとベランダへ向かって飛んでいく。数分で到達し足をつけ、やや大きなガラス張りのドアに手を掛けると抵抗なく引ける。換気でもしていたのか鍵はかかっていなかった。

「……あ、やぁ。ヴェロス」

開いた先にいたのは一人の男性。座っていた椅子から立ち上がり親しげに彼は―――黒崎ユウタは手を挙げた。
街中で見かけた人とは違う黒髪と、珍しい黒一色の服。そして夜をはめ込んだような瞳。そのどれもがこの大陸にはまず見られない特徴で、この世界においても珍しい姿。まるでどこからか切り取ってはめ込んだかのように浮いた存在感を漂わせている。



それはユウタがディユシエロ王国にとっての希望の種であり――勇者候補の犠牲者である証拠。



こことは別の世界から来た人間であり、自分の生を奪われた人間であるからに他ならない。

「コーヒーでも淹れよっか?」
「お願い」

しかしユウタは決して悲観した表情を浮かべず笑い、テーブルに出ていたカップを持ち上げた。
出されたカップは二つあり、片方は既に空になっている。それでもわずかに香るコーヒーとは別の匂い。花や甘味ではない独特の甘さを持つ女性のものだ。

「誰かいた?」
「ちょっと友人がね、遊びに来てたんだよ」

一足遅かったと後悔する。
その女性に向けて『黄金』の矢を射るべきだった。そうすれば少しはユウタも変わるかもしれない。少なくとも、今浮かべている中身のない笑みぐらいは。

「ちょっと座って待ってて」

ユウタはコーヒーを淹れなおそうと椅子から立ち上がりキッチンへと歩いて行った。言われるがまま椅子に座ると無防備に晒した背中に視線がいく。体格のいい騎士達とは根本から違う細くてしなやかな手足。背丈は年相応のもので癖のついた特徴的な黒髪。そして体の奥で一定のリズムを刻み続ける心臓。



――狙うのならば今がチャンス。



キューピッドとしての私が動く。矢筒に手が伸び『黄金』の矢を掴んで――止まった。
違う。彼を射るのは人への愛情を膨らますこの矢ではない。射るべきなのは間違いなくこの『鉛』の矢だろう。
彼と同じ黒い色をしたそれを射れば愛情を失い、他者の愛情を求めて止まなくなる。人からどれだけ愛されているか、他者から想われているのか嫌でも理解できるはずだ。
愛されることこそ幸せで、寄り添うことが幸福だ。それが男女の在り方で、私がもたらすべきもの。
だから私は狙いを定めて弦を引き、その手を離し―――


「――…っ」


離せなかった。


未だにユウタの言葉がまるで小骨のように胸につかえていたせいだろう。
キューピッドとして矢を射るだけ。その答えでは取り除けない。もっと納得できる飲み込みやすい答えでないと取り除けない。なぜだかそう思ってしまった。
結局今日もまた同じ。矢を射るべきキューピッドが射ることも出来ずにただお茶してる。情けないと思いつつも、この時間は嫌いではない。

「おわっ…さすがに真正面から向けられると怖いね」

振り返って矢に気付いたユウタは驚き両掌を見せる。そんなことを言うくせに恐怖の色は一切見えない。驚いているのは形だけだ。
度胸があるのだろう。実際彼は王族の護衛についていると聞く。実力も相応に違いない。ただ、それにしては警戒心が薄いというか、あまりにも無防備すぎる。矢を向けている相手にそれだけの態度は普通ありえない。

「はい」
「ありがと」

置かれたカップを前にお礼を言う。ただそれだけで特に会話はない。それが私とユウタだった。
私は喋ることは得意ではない。面白い話題なんて持っていないし、ユウタが面白いと思ってくれるかもわからない。
必要最低限の言葉の応答。素っ気ないにも程がある無言の空間だが険悪な空気ではない。
私にとってユウタは人間の一人である。いつもは遠目で確認して射る存在であり、言葉を交わすこと自体初めてに近く何を喋ればいいのかわからない。

「…ユウタ」
「ん?何?」
「…………ううん、なんでもない」
「そっか」

語るべき話題がなくただ呼びかけただけになってしまう。だが、それでもユウタは怪訝に思うことなく笑いかけた。
ちょっと嬉しい。

「…」

あんな冷たい言葉を言える人間とは思えない優しい笑み。いつも私に向けてくれる温かな笑み。
それだけを見れば何とも人間らしい。しかし、いつも一人の時に浮かべる笑みはもっと冷たく空虚な物。私が初めて見た、向ける相手もいないのに浮かべた仮面のような笑み。

「ユウタは…」
「ん?」

どうしてそんな風に笑うの。そう言いかけて止める。
その理由は…本当は知っている。
彼はここと別の世界の人間。故郷を無理やり捨てられ連れてこられた存在だ。その上で思うことなど決まっている。



――家族か、友人か、恋人か……。



それらに向ける感情を誤魔化しているのだろう。もしくは抱いた感情を抑え込んでいるに違いない。


――誤魔化しているのは他人ではない。最初から自分自身を偽ってる。


だからこそこの『鉛』の矢を突き立てるべきだと思う。


――そんなユウタはわかるべきだ。ここで誰が貴方を想ってくれているのかを。


憐みにも似た感情。周りと違う目立つ容姿。人に向ける優しい笑みと、自分を抑える仮面の笑み。乾いた心を満たすための矢。
私の頭の中で混ざり合い悩みとなって落ちていく。もやもやとしつつ胸に溜まる感情は不快ではあるものの決して嫌とは思えなかった。

「ヴェロス?どうかした?」
「なんでもない」

短く答えて『鉛』の矢をテーブルに転がすと乾いた音を立てる。無機質な木目の上で鋭い鏃は狙いをつけるようにこちらを向いていた。









彼の隣にはよく人がいた。と言っても普通の一般人ではなく特徴のある人ばかり。
ある時は神に身を捧げた修道女。
ある時は護衛する対象の王女様。
ある時は白衣をまとった研究者。
ある時は天真爛漫で食いしん坊な女騎士。
皆と親しく、しかしそれ以上の関係ではない。だけどもそこには確かな好意があるはずだ。矢を射ればわずかでも反応はあるはずだ。

「…いた」

雲に埋まった空の下、どんよりとした天井を漂いながら王宮内を移動する黒い点を見据える。相変わらずこの国において目立つ姿だ。浮いている、というよりも弾かれているという印象を抱いてしまうほどに。
目標は誰かと共に歩いていた。煌めくプラチナブロンドを靡かせて悠々と歩く姿は遠目でもわかる程に威厳に満ち溢れている。白いドレスに包まれた体は見事な曲線を描くところからして女性に間違いない。

「…よし」

試しにあの人に向かって『黄金』の矢を射ってみようか。あれだけ近くにいる相手だ、ユウタに好意を抱いてないわけがない。それならこの矢も効力を発揮し、きっとユウタも幸せになることだろう。



――それでいいのだろうか。


頭の中で何かが呟いた。

「…っ」

矢を掴んだ手が止まる。それどころか離すことすらできなくなる。
今まで散々男女を幸せに導いてきた。幸福を与えてきたはずだ。今もいつものように手を離し、この矢を射れば後は終わる。
だというのにどうして私の手は動かないのだろう。


――胸の内側がちくりとする。


私の描いた幸せがユウタにとっての幸せとは限らない。
万人が思う幸せがユウタ一人の幸せと同じとは限らない。
描く幸せの違いが私の手を止めているのだろうか。


――違う、そんなものじゃない。


今胸を刺激するこれはそんな論理的な物じゃない。もやもやするこの感情。日々膨れ上がるそれは今なお私の胸の内で燻り、躊躇いとなって手を止めていた。

――わからない。

躊躇う理由が。
戸惑うわけが。
振り払うように頭を振る。勢いが付きすぎて矢筒の中から数本抜け出す。慌てて掴んだその矢は狙っていたユウタを表すような黒い色をしていた。

「…」










気付けばしとしと降り続ける雨の中を私は一人飛んでいた。雨水が滴る空の下では流石に歩く人はそういない。王宮の中といえ同じことだった。
すれ違う人はいない。見回りの騎士も見えない。皆別の場所に行っているのか王宮の庭にいるのは私一人だった。
飛びながら『鉛』の矢を見つめていた。

「あ…」

指で弄んでいると雨水で指が滑ってしまった。遥か下の地面に叩きつけられ転がっていく。とりに行かねばと高度を下げていくと私より先に誰かが矢を手に取っていた。

「雨の中をよく飛んでこれるね」
「それを言うなら雨の中で外に出てるユウタも人の事言えない」
「そうだけどさ」

もう見慣れた黒ずくめの姿。いつものようにからから笑い、ユウタは手にしていた『鉛』の矢を渡してきた。その手には冷たい雨水が滴るほどに濡れている。今さっき出てきたにしてはあまりにも濡れすぎていた。

「どうしてここに?」
「散歩してたんだよ、雨降ってるからさ」
「…濡れるために?」

我ながら楽しさのない言葉だと思う。それでもユウタは気にした様子もなく口を開いた。

「雨が好きなんだよ。誕生日は雨の季節だし、こればかりはどこ行っても変わらないし」

雨は容赦なく降り注ぎユウタを濡らしていくのだが防水魔法でも浸かっているのか服には染み込まずに落ちていく。それでも晒した髪の毛や肌には雫が滴り落ちていた。
髪の毛が濡れているせいか、捨てられた子犬のようにも見えてしまう。落ちこんでいる表情ではないというのに。

「…泣いてる?」
「いきなりどうしたの?泣いてないよ」

からから笑っておどけたように両手を上げる。それでも伝い落ちる雨は滴となって肌を流れていた。なまじ笑みを浮かべているせいで痛々しく見える。泣いていないとわかっていてもその笑みが私の胸を締め付けた。



―――どうやってもこの顔を見て幸せだとは思えない。



「………ユウタは、今どう?」
「え、いきなり何?」
「幸せ?」
「……また、それ聞くんだ」

突然の事で怪訝そうに眉をひそめるが私は視線を外さずに問いかける。しかし、ユウタにとってその答えは既に決まっているのだろう。彼は一切戸惑うことなく私を見つめ返してくる。

「充実してる、かな。レジーナは大切だし、ヴィエラとはよく話すし、アイルとはよくつるむし、リチェーチとご飯食べに行くのは楽しいし、ルアさんは相変わらず大変だけど…それに女性嫌ってるあの人も未だにオレをよく助けてくれるし、リトスもなんだかんだで仲良いし…さ」

私の知らない人の名前をいくつも挙げて指をおっていく。手は拳を作り、再び開かれ二度目の拳となるとユウタは私に笑いかけた。

「これってヴェロスが言ってた幸せってやつだね」
「嘘吐き」
「え」

キューピッドという存在上様々な人を見てきた。いろいろな感情を隠す人も見てきた。何を考えているかまではわからないが、抱く感情ぐらいなら察せる程に。
目の前の人間を改めて見直す。
空虚な笑みは変わらない。
誤魔化す笑顔は変化しない。
ユウタの幸せは表面上の形であって、心から望んだものでは決してない。形として決めただけであってそこに無理やり自分をはめ込もうとしているに過ぎない。

「私はずっと思ってる」

相変わらず私はこの気持ちを上手く伝える手段を持っていない。話す自分が嫌になるがそれでも伝えたいことを伝えるには言葉にするしかわからない。

「ユウタの言う幸せは、幸せじゃない」

私の考えはあの時から一切変わらない。
それはユウタの状況を知ったからではない。
同情だとか憐みだとかそのような気持ちだけではない。
もっと深く、私の胸を刺激していた感情。
今も燻る、心から湧きだすこの気持ち。

「ユウタは幸せになるべき」
「………そ、か」

ユウタはいつものように笑みではなく驚いたような顔を浮かべていた。滴る雨粒をそのままにして、一度空を見上げる。雲で埋め尽くされた雨模様の空を。





「………じゃ教えてよ。その幸せをさ」





空から私に視線を向けてそう言った。
それは初めて見る表情のない顔だった。笑みでも嫌がる顔でも呆れ顔でもない冷たい顔。
そして、初めて会った時に聞いた冷たい声だった。
ようやく本当の顔が見れた気がする。あまりにも無情で冷たいものけど。

「わかった」

もとよりそのつもりだった。そのつもりで私はいつもユウタを狙っていた。ユウタの傍にいた誰かを狙い続けていた。
しかし、今は。

「部屋、行こう」

胸の奥をちくりとさす痛みを握りしめる。湧きだした感情を代弁する様に掌にある『鉛』の矢は鋭さを増していた。





いつも私がコーヒーを貰っていた部屋に入りユウタが鍵を掛ける。誰もいなく淡い光のみのリビングにユウタが入ってきた瞬間、私は思い切り抱きしめた。

「わ…っ」

僅かに驚き、しかし突き放そうとはしないユウタ。抱きしめた体は逞しいものだった。職業上体を鍛えているのを知っていたが線は細く、だがとても固い。私の体にはない強さを持った男の体にぞくりとする。こんな状況で女として反応してしまう自分が情けないが仕方ない。

「ユウタ」
「ん……」

反対に、濡れたユウタの体は震えていた。冷えたからではない。先ほどようやく見せた心が、もっと深く、重く、そして切なく空いた気持ちがそうさせている。
だが、彼は決して涙を流しはしなかった。自分に嘘を付き、感情を抑え込み、溢れないように蓋をしている。ようやく傾けたが零れるほど揺れてはいない。
そこまで抑え込まずとも、むしろ溢れ爆発させたとしても誰も咎めることはないというのに。それでも彼は頑なに心を抑え込む。自分の弱みを見せたくないからではなく、今の気丈な自分を保ちたいがためだろう。

「…」

その蓋をあけるためにも私は隠し持っていた矢を握りこんだ。
私は口が上手くない。
ユウタを慰める言葉を知らない。
私は表現が上手くない。
ユウタを癒す手段はわからない。
この矢を思い切り突き立てることしか想いを伝える術はない。
抑え込んだ感情を、乾いてしまった心を満たしたい。笑みで偽り気丈に振る舞う姿で隠した本性を見せて欲しい。弱音を吐いて、挫けてしまうところを支えたい。素直に泣きじゃくるのを抱きしめて、肌を合わせて、抱いたこの感情を受け取ってほしい。



何よりもその瞳で私を見て欲しい。そして、求めて欲しい。



それは恋を助けるキューピッドとしてではなく一人の女として、異性として愛情を注ぎ、注がれたいと願っていた。
今まで多くの恋人を見てきたからか、抱いてしまった貪欲な愛情。今まで胸を締め上げちくちく刺激していたのはそれだった。癒すはずが湧きだす感情に抑えはきかず、それは矢へと注がれる。

「…ユウタ、教えてあげるから」



――『黄金』の矢を射て誰かに幸せをもたらすよりも、私が与えればいい。


雨の下でユウタを前にしてようやく出した結論だった。
あまりにも貪欲で、他の誰にも渡したくないと思ってた。人に幸せを与えるキューピッドらしくない。いや、思えばユウタに会った最初から私はこの感情を抱いていたのかもしれない。
ユウタにとっての幸せは未だにわからない。だが、私にとっての幸せを分け与えることはできる。私の幸せを同じ幸せにできると…信じてる。
だから私は…抱きしめたユウタの体へ向かって『鉛』の矢を思い切り突き立てた。

「…っぁ」

一瞬の衝撃。だが痛みはなく服も当然体も一切傷ついていない。矢は形を失い消えていく。最初から何事もなかったかのように。だが、その変化は確かに表れていた。

「…っぁれ?」

自分の体に起きたことがわからないのかユウタは目を白黒させている。流石の彼も突然背中を刺されればそうなるだろう。だが、戸惑いとは裏腹にその瞳には確かな感情を宿らせていた。
いつものように空虚なものではない、切なさを漂わせた光でもない。
愛を失い、他者からの愛情を求めて止まない感情は次から次へと溢れて出して尽きることはないだろう。

「…ぁ」

掠れた声を漏らし、私を求めてまわした腕に力が籠められる。見つめる瞳が私だけを映しだし、肌が熱を帯びていく。

「あ、ごめ、ん…」
「いい。大丈夫」

体の変化に気付いているも理解ができないらしくユウタは私に謝った。だが、そうなるのは当然のこと。今の彼は温もりを、愛情を求めずにはいられないはずだ。
そして、私の抱いた感情にも敏感になっているはずだ。
私が注いだ感情が、抱いた感情がユウタには伝わっているはずだ。

「こっち」

その手を掴みベッドに腰掛けお互いに向き合う。拒む仕草は一切ない。
もう余計な言葉は必要ない。
駆け引きなんて邪魔なだけ。
今は抱いた気持ちに正直になればいいだけだから。

「っヴェロス……」
「うん…っ」

濡れた髪の毛を指先に感じ後頭部に手を添えると掌を雫が濡らし伝っていく。冷たい滴の向こうにはじんわりと染み込む温もりがあった。闇色の瞳は真っ直ぐに私を見つめている。
少し体を寄せればそれで十分だった。
互いに瞼を下ろしていく。それと同時に距離も詰める。鼻先が触れ合う位置まで近づいて、完全に瞼を閉じ、そしてゆっくり顔を近づけた。


押し付けられた柔らかな感触にどきりとする。


それは重なるだけのものではなく貪る様な動きだった。唇を押し付けて奥まで舌を伸ばし、柔らかく湿った舌に絡みつく。感じたのは男性の精の味。甘く、どこかほろ苦く、そして私の体を満たしていく蜜のようなものだった。
頭の中が蕩けていく。だけどもキスはやめられない。この欲求に抗うことは難しい。それだけ彼とのキスは魅力的であり、何よりも私が求めていたものだった。

「ん………………………ん、ふ、むっ…んん♪」

徐々に激しく、熱を帯びていく行為。唇だけの重なりでは我慢できず私の手はユウタの体へと下がっていく。首を撫で、肩を伝い、固い布地を感じながら指先に触れるボタンを外した。
一つ一つ力ずくにも近い形で。五つ目のボタンを外すと前面が開き、湿った白い服に到達する。しかし先ほどよりも小さく多いボタンの数にとうとう我慢が出来なくなった。
無理やり力を込めて引きちぎる。いくつものボタンが飛び散りその肌が露わになった。

「…っぁ♪」

唇を離して視界でとらえる体は細くも逞しく、濡れた肌は部屋の明かりを反射する。無駄な肉をそぎ落としながらも戦うためにつけた筋肉の線やうっすらと浮かぶ肋骨が妙に艶めかしい。
視線徐々に下げていくと硬い布地を押し上げる下腹部が目に映る。隠しきれない男の証に思わず胸が高鳴った。
それは紛れもなく私のことを求めているという事実。布を隔てても隠せない興奮の姿に嬉しさが込み上げてくる。

「脱いで…私も脱ぐから」

元々露出の多い、布地の少ない衣服を私は脱ぐ。破り捨ててもいいと思えるほどにこの時間がもどかしい。目の前のユウタもまたベルトを千切らんばかりに外してその服を脱ぎ棄てた。
ユウタの視線が私の体に突き刺さる。肩に、胸に、お腹に、あそこに。いやらしい欲望塗れのそれは私を恥ずかしくさせるだけではなくどうしようもなく興奮させる。
しかし、見ているのはユウタだけではなく私も同じ。

「あ…っ♪」

下腹部で主張していた男の証。私の体のどの器官にも似ていないそれは涎のように先っぽから滴を垂らしていた。びくびく脈打ち苦しそうに張りつめている。漂ってくるのは湿った雨と男の匂い。香水や花といったものと全く違い甘くはないが、それでもとてもいい匂い。

「あはぁ…♪」

思わず頬が緩んでしまう。行為への期待が高まり滾る興奮に抑えがきかない。
もうこのまま押し倒してあげたい。肌を重ねて交わって、甘い空気に溶け合ってしまいたい。
湧き上がった衝動はとめどなく溢れだす。下腹部に粘っこい液体として太腿に滴りシーツに染み込んでいた。その様子を闇色の瞳が真っ直ぐ見つめている。

「…ぁ♪」

甘ったるい触れ合いをもっとしたいという気持ちもある。
お互いの体をじっくり愛撫し優しい言葉を紡ぎ合いたいという願望もある。
だけど、今最も欲しいのは愛欲を埋めるユウタとのつながりだ。最も明確でわかりやすく、誰もが否定できない確実な証が欲しい。
愛し愛される、男と女の証が欲しい。

「ユウタ…いれるから…ぁ♪」

もう堪えることなんてできず私はユウタの上に跨った。彼は支えるように腕を回し腰に添えてくれる。そのさりげない優しさに胸の奥が切なくなった。

「ん…」

ユウタのものを指で掴んで角度を調節する。その先端が私の女に食い込むように腰を押し付けた。

「っぁ♪」

しとどに濡れたそこに擦れただけ。それでも体が跳ねるほど心地よい。少し離れただけでも糸を引きいやらしい匂いが広がった。
これで入れたらどうなってしまうのだろう。あまりの気持ちよさに弾けてしまうかもしれない。そう思うと怖くはあるが、しかしこの行為は恋人ならば誰もが行っていることである。私にとってひそかに憧れ羨んでいた行為でもある。今更引き返すつもりはなかった。

「いれる、から…ね♪」
「ん…」

頷くユウタを見て私は腰を思い切り押し付けた。

「ふぅ、ぁああっ♪」

ずぶ濡れになったものに指を押し付けたような水質的な音が響く。しかしそれは一瞬の事で次の瞬間には体中を音とは違うものが駆け巡っていた。目の前が弾け頭が真っ白に塗りつぶされる。私の体を奥まで蹂躙する圧迫感と、ほんのわずかな痛みと抵抗。純潔を失う苦痛を遥かに上回る熱と快楽が全てを塗り替え潰していく。

「ぁあああああああああっ♪」
「はっぁ…っ!」

ユウタを見ている余裕すらない。体が震え、動こうにも快楽が強烈過ぎて動けない。僅かに身を捩っただけでも膣内で擦れ、ばちりと目の前が弾け飛ぶ。
これが恋人たちが交わす行為。愛を囁き激しく求めあう理由がわかった気がする。愛おしい相手と得る快楽。ただ重なり合っただけでこれだけで弾きだされては理性を捨てて求めてしまう理由も頷ける。
しかし繋がっている部分を見ればユウタのものはまだ余っている。全て飲み込めていなく、私もまだ入れられる余裕を感じている。
なら、もっと深くまで繋がりたいと思うのは愛おしい男を前にした女として当然の事だった。

「もっと、奥、までぇ…♪」

腰に体重をかけ、さらに押し付ける。膣壁がごりごりと擦りあげられ目の前で火花が散り体中を快感が駆け巡る。今にも頭が真っ白になってしまいそうだが腰は動きを止めなかった。
そして、一番奥へと到達する。

「〜っ♪」

子を成す最奥へ突き刺さり動きはようやく止まる。入口にユウタが食い込む感覚は今までのとはまた違う快楽だった。甘美で、だけども強烈な快感にぼやけた頭が完全に真っ白になってしまう。

「や、ぁあっ♪おくぅ…とど、いてるぅ…♪」

がくがくと体が震え言葉にならない声が漏れる。きっと今の私はみっともない表情を浮かべているに違いない。だらしなく蕩け、舌を出して快楽に溺れている。自覚はあってもどうしようもなかった。
しかし行為はこれで終わりではない。
元は子を成す為の行為であり終着点はまだ先だ。これは始まりであって通過点でしかない。
何より私の体は求めてしまっている。熱い粘液を吐き出してユウタのものから絞り出そうと締め上げている。
愛おしい男の証。
自分が彼の女だという証。
子の種を体の奥で受け止めて満たされたいと本能が叫んでいる。

「動くっから…いっぱい、してあげるから…♪」

粘液に絡まりながら奥へ奥へと進んでくる。私の中を全て埋めていく男の感触に意識が飛ばされそうだった。膣壁をごりごりと擦られる感覚は口づけとは違う強烈な快感となって体を駆け巡る。
今度はゆっくりと腰を引く。浮き出した血管すらわかる程に密着した膣内をカリ首にひっかけながら抜けていく。突き刺すのとはまた違う部分が刺激され離れるのを厭うように抱きしめた。
気持ちいい。だけど、離れたくない。矛盾する快楽と感情を抱きながら再び腰を押し付ける。

「ユウ、タっ…ぁああ♪これ、気持ちぃぃ…っ♪」
「っぅあ……ヴェロス……っ!」

お互いの口から掠れた言葉が漏れる。はしたない声が漏れ、異性の味に頭が蕩ける。他の人が見ればいやらしいと思うような姿で私は腰を動かしていた。
伸ばした腕を離せずに、まわした足を解けずに。もっと欲しいと腰を動かしねだっては生まれる快楽に翻弄される。
止まることなどできない。
抑え込むこともできない。
ユウタの感触が、体温が、気持ちが、心が、愛情が。
まるで私が『鉛』の矢に射抜かれてしまったんじゃないかと思えるほどに飢えていた。
上下左右、果てには前後。縦横無尽に腰を動かし固くそそり立つそれを膣で扱き上げる。強弱をつけ、不規則な快楽の波を生みながら淫らな音が何度も響いた。その度快楽が弾きだされ意識が押し上げられていく。

「あぅ♪」

奥まで突き刺さるたびに体中に快楽が駆け巡る。あまりにも強烈で視界が霞み、縋り付くように抱きしめることしかできることはない。だけど、体は私の意識を離れて勝手に動き快楽を求めて止まらない。上下するたびに結合部から愛液が漏れだし、抑えられない声が零れた。

「あっぁん♪ふ、ぁ…ぁあっ♪」

快楽を求め、温もりを求め、自分の孤独を埋めて愛情で満たす甘い行為。
だけどそれは強く激しく、炎の如く。体の内側を焦がす欲望に塗れた行為。
ユウタは呼吸が荒くなり体が震えている。シーツを掴む指に力が籠り堪えるように唇を固く結んでいた。膣内を埋める彼のものは一回り大きくなり余裕のない表情を浮かべている。

「あっ♪…出ちゃいそう?」

声を出すことすらできないのかユウタは頷いた。
限界が近い。それも、私の体で感じたから。その事実が何よりも嬉しくて回した手足に力が入った。

「我慢しないで…♪」

囁きながら耳に口づけた。わざと音を立てながら何度も何度もユウタの意識を限界へ押し上げるように。
唇を押し付けるたびにかすれた声が漏れる。それがまた嬉しくて今度は体を揺らす。先ほどよりも動きは少ないが執拗に。そして、きつく締め上げる。

「あっ…♪」

膨れ上がるユウタのそれに周りが纏わりつく。髪の毛一本の隙間もない膣内では浮き出した血管すらわかる程に密着する。今にも弾けそうな脈動が刺激を生み、抑えきれない興奮が私の気持ちを高ぶらせていく。これでは逆に私が果ててしまいそうだった。
そして、次の瞬間、膣内に熱く滾ったものが流れ込んでくる。

「あぁああああああああっ♪」

流れ込んできたそれは子宮の奥を叩き、私の意識を絶頂へと突き上げた。ユウタの精液だと理解するよりも早く駆けた快楽はあまりにも強烈なものだった。私の中へ遠慮することなく注がれる雄の証。それは私という存在を塗り替えるように流れ込み、子の宮を熱く満たし、密着した子宮口が一滴も余すことなく啜り上げていた。
だが止まらない。私の体は、本質はもっと貪欲な物らしい。膣内は強く締め上げ搾り取るように蠕動する。

「あぅ、ああ♪なか、ぁああっ♪」
「っ〜…!」

その動きが快楽となって流れ込み掠れた声すら出せないユウタはただ私の体を抱きしめていた。あまりにも強すぎる人外の快楽と絶頂へと達した快感に押し流されまいと耐えている。だが、逆に体は求めるように腰を突出し最奥へ精液を注ぎ込んでいた。

「あっ……は、あ♪ぁ…ぁあ♪」

絶頂から意識が戻ると体に力が入らずに倒れ込む。私だけではなくユウタもまた同じようで二人でベッドに寝転がった。ただし、体は交えたままで。
心臓がうるさいくらいに鼓動を刻む。絶頂直後の心地よい気怠さに浸りながら私は小さな声で名前を呼んだ。

「ユウタ…」
「…ん」

遅れて反応するユウタは気だるげに体を動かし向かい合う。汗の浮かんだ額に黒髪が張り付きほぅっと小さくため息をつく。
重なり合った部分からいやらしい音がたち、熱い体液が零れていく。もったいない。溢れだすほど注がれているのに落ち行く一滴すら惜しい。どうやら私は自分で思っていた以上に貪欲らしかった。

「…ぁ」
「どうかした…?」

ぼんやりと虚ろながらもしっかりと私に向けられる闇色の瞳。そこには未だに熱が籠っている。まだまだ鉛の矢の効力は残っているのだろう。そして何より、私の中に存在するユウタは依然として逞しい硬さを保っている。
まだ、私を求められる。その事実が私の下腹部に消えかかった炎を灯した。

「……もっとしたい」

本当なら私が受け止めるべき。
私がユウタを満たすべき。
だというのにこの体は、心は彼を求めて止まりそうにない。私の矢に影響したように募りに募った感情は一度でおさまるほど小さなものではない。

「いっぱい、したい…」

もっと熱く情熱的で、もっと深く情愛的なもの。
これでは胸の内から湧きだす感情に抑えがきかなくなったのは私の方だ。情けないと感じるが一瞬の事、すぐさま愛欲に塗り替えられる。
求めるように両手を伸ばすと手を握られ、力を込められた。突然の事に抵抗できずにベッドに倒される。

「あ…っ」
「オレももっとしたい…」
「ん、うんっ♪」

上から覆いかぶさったユウタは私の唇を塞ぐ。遠慮なく舌を突き刺し啜り上げてくる。理性を捨てた本能的な動きが女の体を切なくさせた。
唇を離すと鋭い犬歯がギラリと光る。艶めかしい舌が唇を舐め上げ思い切り腰を打ち付けられる。それはまるで一匹の獣だった。

「あ、はぁ…♪ん、ひゃ、ぁああっ♪」

膣内を乱暴に突き入れられ混ざり合った体液が零れだす。そんなことお構いなしにごりごりと削るように腰を引き、強烈な快感の波を弾きだした。私が動いていた時とは比べ物にならないくらいに荒く、だけど優しく甘い快感だった。

「あぁっ♪はげ、しっ♪あ、ぁああ、ああっ♪」

お互い抱き合い足まで絡める。さらには腰を押し付けてねだるように言葉を紡いだ。
もっと欲しくて、求めてもらいたくて、みっともないとわかっていても体の動きを止められない。
キューピッドなんて関係ない。一人の女として私はユウタを求め快楽に溺れていくのだった。












人に指摘されるほどダメになったつもりはない。少なくとも、自分が不幸だとは思ってなかった。
変わった街並みに、小奇麗な部屋。車のない道に日本人とは違う顔立ちや髪の色。もう見慣れてしまった光景でオレこと黒崎ゆうたは普通に生きているはずだった。
レジーナに振り回され、アイルにナンパに誘われ、ヴィエラに説教され、リチェーチと食べに行き、ルアさんにセクハラ紛いなことを受け、女嫌いのあの人にはよく助けてもらっている。
充実はしている。不満はない。というよりも捨ててきた。
だから現状で満足していた。これ以上のことなど望んでいなかった…はずなのに。



『貴方は幸せになるべき』



まるで見透かしたような言葉には驚かされた。初対面で言うような発言ではないし、何よりもその容姿にもびっくりだ。
桃色の髪の毛に豊満な胸を晒す露出の多い服。リボンのような羽にハートを象った弓と矢。整った顔立ちやプロポーションは十分美人ではあるが何よりも彼女はキューピッド。
恋のお助け役の天使。ハートの矢で射ぬいた者は相手に惚れてしまうとか、そういった存在のはずだ。
それが今ではオレの肩に頭を預けて座っていた。指先が胸板をなぞりあげる。時折肋骨の凸凹を確かめるように力を込めるのをやめてほしい。くすぐったくて耐えられない。
逃げるように距離を置こうとするが片手がヴェロスに握られていた。これでは離れることもできやしない。

「あの、ヴェロス?どうかした?」
「ん…特に」
「…そっかー」

普段から口数は多くない。喋るのが苦手なのか、会話をするのを好まないのか彼女はあまり言葉を発しなかった。だからと言って険悪な雰囲気は一切ない。むしろ、この沈黙が心地いいと感じている。
コーヒーを飲み、ちょっとした一息に顔を合わせる。特に会話らしいものはなく、だけども落ち着いた時間は好きだった。

「ユウタ…」
「…なに?」
「…ん♪」

名前を呼んだヴェロスはオレの反応を見ると満足げに頷いて瞼を閉じた。
それがいつの間にかこの雰囲気だ。まるで恋人のように身を寄せ合ってべたべたいちゃいちゃ。漂わせている本人すら甘ったるいと感じてしまう雰囲気で落ち着かない。
きっかけは一線越えたあの日のせいだろう。どうしてかわからないが無性に人肌が恋しくなり、誰かを求めて止まなくなったあの瞬間だ。


――…いや、本当は最初から求めていたのかもしれない。


常に笑っていれば泣く必要はない。
笑顔でいると嫌でも楽しい気分になる。
他人が笑ってくれればそれだけで元気になる。
だからよく笑っていたがそれでも抑え込んだ感情は癒されるわけではない。どこかで吐露できる、甘えられる存在を欲していたのかもしれない。
恋のキューピッドというくらいなら多くの人を見てきたのだろう。隠したところで見透かされるのも当然かと思い苦笑する。
そんなオレを見つめていたヴェロスがふと言った。

「ユウタは幸せ?」
「…」

その言葉になんと答えるべきかわからない。正直頭が追い付いていない。いきなり幸せになるべきと突き付けられ、その後二人して何度もコーヒーを飲み、と思えば体を交えて今に至る。外国人は積極的というけどそれとはまた違う気がするし…順応できても理解ができない。
でも、ヴェロスといるのは決して嫌ではない
いや、むしろ好きな方だ。

「幸せじゃないなら、きっと私が幸せにしてあげる」

初めて出会った時とはまた違う、まるで矢の如く真っ直ぐな言葉だった。握りこんだ指先に力が籠り肩にかかる重みが増す。それはどこか安心感できる感覚だった。

「絶対に」
「…ありがと」

照れ臭く頬を掻き、オレもヴェロスへと体を寄せる。矢筒に収まったいくつもの『黄金』の矢が無音の空間に音を響かせた。


                         ―HAPPY END―
15/05/31 23:52更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで新しい魔物娘キューピッドさんinディユシエロ王国でした
異国に来て自分を偽る彼と、幸せをもたらすキューピッドのお話でした
実は堕落ルートにおける舞台ディユシエロ王国でヴァルキリーやらといろいろするお話を考えてたりします
その一番槍となったヴェロスさんでした

本来予定ならば雪女ジパング編を投稿するつもりでしたが新しい魔物娘さん出てきて頑張っちゃいました
楽しみにしていた方、申し訳ありません
今週中、水曜日か日曜日あたりにさらに加筆して雪女ジパング編を予定しております

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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