連載小説
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立ち上がる強さ
『土を司る女性の勇者』

それはディユシエロ王国出身者ではないものの魔物に対する憎しみだけでその座を勝ち取った人間。独特の魔法と無理やり鍛え上げた魔力量、身体能力の高さは人間の限界を超えた正しく兵器。全ては憎き魔物を根絶やしにするため、歪んだ感情のままに振るわれる暴力は街一つ消し飛ばすほどのもの。人間の頃何度か手合せしたことがあるが一度として勝つことはできず、その実力には圧倒された。



私が魔物だというのなら――彼女は化け物と呼ぶのに相応しい。



人間の頃でもそう思ってしまうほど彼女の実力は飛びぬけた、常識はずれの規格外なものだった。たった一本の細腕で重そうな大斧を振るい、その身のこなしは獣の如く機敏で素早い。防御の上からでも容易く体力を削られ、逃げようものなら容赦なく大技を叩き込むえげつない性格をしている。

「人虎なんて初めて見ましたぁ☆それも部隊隊長をしていたリチェーチさんだなんて驚きですね☆」

浮かべたのは同性ですらくらりとくる甘い笑み。だがその表情からは想像もつかないだろう。誰もが可愛らしいと思える姿をして、いかにも弱々しく女々しい仕草をした彼女が一、二を争うほどの勇者だなんて。

「そ、れ、に☆」

くりっとした大きな瞳が私の隣へと向けられた。

「ユウタも一緒なんて驚いちゃいますぅ☆」
「…」

馴れ馴れしくユウタさんを呼ぶ声に彼を見るが思わしくない表情を浮かべている。この状況でリトスさんが出てきたことが何を意味するか十分理解しているのだろう。
今ここでリトスさんに出会うこと。それは私にとってあの女嫌いの勇者に出会うことと同じくらいにまずいこと。

「り、リトスさん…こんなところで会うなんて偶然ですね」
「んふ☆リチェーチさんはぁ、こんなところで出会ったのが偶然だなんて言うんですかぁ☆」
「え…」

口元に指先を当ててにっこり笑う。とても愛らしく、だからこそ恐怖せざるを得ない。

「だぁかぁらぁ…」

次の瞬間愛らしかった笑みは消え失せ、大きな目は憎々しげに細められた。眉間に皺が寄り口元が歪む。そしてお腹に来るような低くドスのきいた声が響いた。



「テメェら魔物をぶち殺すために決まってんだろうがよぉ!」



「っ…!」

普段浮かべている笑みからは全く考えられないほど歪んだ表情。口調も声色も荒くなり、可愛らしさなど欠片も見当たらない姿。先ほどとは違う姿に戸惑い、震える。
突然の変貌に露わになった獣のような純粋な殺気。根本にあるのは魔物に対する憎しみだけで私を既に人間と思ってはいない。躊躇いなんて欠片もない。話し合う余地などない。彼女は勇者、それも魔物を最も嫌って憎む女性。

「ディユシエロ王国護衛部隊隊長リチェーチ・ガルディエータ。隊長という役職でありながら魔物に身を堕とし、魔物として腐り果て、可愛いリトスちゃんの前に立った罪でぇ…ぶち殺しちゃうぞ☆」
「ひっ…!」

びりびりと肌を刺激する殺気。まるで刃が突き立てられているかのような痛々しさが感じられる。経験にない重圧は深海の如く重苦しく、今にも意識が吹っ飛びそうだ。
だが、そんな感情をぶつけてくる彼女は一転してユウタさんを静かに見据えていた。

「おい、ユウタ」
「ん?」

リトスさんの一声一声に体が震えるのだがユウタさんは特に気にする様子もなく、普段通りの会話をするように返事をする。まるで、はじめから彼女の本性を知っていたとでも言うような態度で。

「戻ってこい。テメェはこっち側の人間だろうが」
「は?」
「そんな魔物相手にしてねぇでさっさとこっちにこい。戻ってくんなら腕一本で許してやるからよ」
「何?お咎めなしじゃないんだ?」
「当り前だろうが。魔物に加担した、それだけでもアタシに殺されるべきだ」

だが、そう続けてリトスさんは大斧を私達に向ける。拭っても落ちないべったりとついた血の匂いを漂わせて。

「腕の一本とその命、どっちが重いかなんてわからねぇ程馬鹿じゃねぇだろ?テメェは勇者候補、特別にアタシが手を回してやるよ」
「…っ!」

私はユウタさんを見た。
腕の一本と命。どちらが重いか比べるまでもない。そしてこの絶望的状況。助かるためにはリトスさんにつくしかない。



だがそれは腕の一本を犠牲にするだけではなく――私を見捨てるということ。



「ユウタ、さん…っ」

縋り付くように彼の腕に抱きつくが振りほどかれれば私はリトスさんに殺されるまで。いや、ここでユウタさんが戦ったとしても勝てる見込みはほぼない。ならそちらの方が正しい判断だろう。死と直面している状況とはいえ彼の頭ならどちらが賢いかなんてわからないわけがない。

だからこそ、怖い。

信じたい。
だが目の前の脅威に勝てるはずもない。
縋り付きたい。
だがこれ以上ないほどの迷惑でしかない。
ユウタさんと死ぬか、私一人死ぬか。

「…っ」

なんと情けないことだろう。魔物となって人間以上の力を持ったというのに体が震えている。まるで戦前の新兵のように情けなく怯えている。この手を離せば私は一人で無残に殺される。

「ユウタさ、あっ!」

突然体を抱きしめられる。私よりも細く、だけど逞しい二本の腕に。力強く、庇うように締め付ける細腕からは私の知っている温もりが伝わってきた。
その意味は、その行為が示す意思は―



「………テメェ、アタシらを裏切るつもりか?」



リトスさんの誘いを――身の保証を捨てるということ。


命よりも――私を選んでくれたということ!


「魔物を匿って今は庇って…それでアタシらの敵になろうってか?」
「匿う?冗談。オレは魔物を庇うつもりはないんだよ」

だがこの行為はリトスさんを敵に回すということに他ならない。彼女は身の丈以上の大斧を振り回すと地面に叩きつけた。お腹を震わせるような轟音と共に地面に大きなひびが入る。

「んもう☆ユウタは優しすぎですぅ☆そんなに優しくしたところで―――死ぬことに代わりねぇだろうがよ!!」

可愛らしい言動から一転、お腹を振るわせるような大声と共に肌をちりちり刺激する殺気。自然と汗が滲み、呼吸が乱れていく。

これが、一人で一軍以上に相当する実力者。

これが、憎しみだけでのし上がってきた勇者。

私なんて比べものにならないくらいに強さを求めた、一人の女性。

だがユウタさんはその気迫にも殺気にも退くことなく、むしろさっきよりも強い力で私を抱きしめた。

「別に魔物だから庇ってるってわけじゃないよ。見ず知らずの人相手に命張れなんてするつもりもないし」
「…だったら」
「でも、リチェーチは別だよ。魔物だろうがリチェーチはリチェーチだ。だからオレは庇ってるんだよ」
「…は」

くだらねぇ、そう言いたげにリトスさんは唾を吐く。もはや愛らしさの欠片もない姿で。

「その部隊隊長がそんなに大事か?テメェはしらねぇから言えるんだよ。魔物ってのがどれだけ浅はかで、愚かで…クソくらえな存在かをよ」
「別に知ったところで変える気はないさ。大事なのは魔物だって事じゃない。リチェーチって事なんだよ」
「…っ」

どきっとした。
真っ直ぐリトスさんへ向けられたその言葉に。一層強くなる抱きしめる力に。私を庇おうとするその姿に。

今、私は守られてる…っ!

こんな状況だというのにドキドキする。死に直面しているというのに、緊張感の欠片もなく。だけど、やはり嬉しいものは嬉しい。
だが、状況は変わらない。私達が死ぬことに変わりない。

「リチェーチ、逃げて」
「…え?」

突然私の耳元でユウタさんが囁いた。

「リトスはオレのことをなんだかんだで連れ戻すつもりなんだからさ。死ぬってことはないんじゃないかな」
「そ、そんなことあり得ません!」

彼女は魔物を誰よりも嫌っている女性。魔物側へと裏切った相手など魔物も同然。それがかつての同僚だろうが部下だろうがたやすく切り捨て、殺しにかかる。可愛らしい笑みの下には冷徹な感情を押し込めているのが彼女という存在なのだから。
相手が例えユウタさんだというのにあの殺気は本物。なら生かしてもらえるとは思えない。

「それでも、オレがここで立ち塞がれば多少の時間稼ぎはできるよ。だから、逃げて」

優しく微笑むユウタさん。死に直面しているというのにどうして彼はこうも優しく笑えているのだろうか。私なんて体の震えが止まらないと言うのに。
絶対的な脅威が前にいる。生きていられるのはあと数秒かもしれない。だというのに、どうしてこうも私のことを思ってくれるのか。
ユウタさんは死ぬのが怖くないのだろうか。



―――いや、違う



彼は死ぬのが怖くないんじゃない。生き残ることに執着していないんだ。
彼の全てはここにはない。守るべきだったものも、側にいたいと願ったものも、きっと…好きだった人も。
だからいつでも死ぬ気で戦えるし、死んだところで後悔すらしない。強くて当然、本気程度で戦っていた私が勝てないのも納得だ。

だけど、それはとても悲しいこと。

生きる意味がないからこそ命を投げ捨てられる。躊躇いもなく、戸惑いも迷いもない。後悔なんて最初からなく、故に恐怖など微塵もない。
そして、その命を今私のために散らそうとしている。

「…っ」

実力では負けても、今の私の方が頑丈で力も上。死なない確率としては人間のユウタさんよりもはるかに上のはずだ。
一人の女性として守られることは嬉しい。だが、これでいいのだろうか。もしかしたら逃げ切れるかもしれないが、それでもユウタさんを犠牲にしていいのだろうか。


そんなのは――嫌だ!


私はユウタさんの両肩を掴むとこちらへ無理矢理向かせた。

「ユウタさんっ!!」
「え、っんむ!?」

私は強引にユウタさんの唇に唇を重ねた。力任せに抱きしめて、歯が当たるくらいに強く押しつける。あまりにも突然のことで闇色の瞳が見開かれた。肩をぺしぺしと叩かれるがお構いなし。押し退けようと突き出された両腕は絡めとり、強く強く口づける。
そうしてようやく唇を離すと真っ赤になったユウタさんを見つめて大声で言った。



「絶対に私がユウタさんを守ります!!」



それは自分の体に宣言するようなものだった。震える体を奮い立たせて、逃げ出したくなる心を燃やす。抱いた恐怖よりもずっと強い、好きという感情で塗りつぶす。
この状況でまともに戦えるのは魔法を使える私のほう。肉体的にも頑丈なのだから、勝てはせずとも逃げるだけの隙ぐらい作れるはず。だが、当然死ぬ気は毛頭ない。体を張って、守り抜く。全ては大好きな人と共にいるために。



「だから!!死ぬなんて言わないで下さい!私に、ユウタさんの命を守らせて下さい!!」



「…はい」

短く返事をしたユウタさんは顔を真っ赤にして倒れていた。両手で顔を覆って恥ずかしそうに悶えている。よく耳を澄ませてみれば「いきなりはやめてっていってるのに…」と蚊の鳴くような声が聞こえた。なんと締まらないことか。だが、そんなユウタさんだからこそ私を救ってくれ、そして私が好きになった男性だ。

「わぁ☆こんなところでキスなんて大胆ですぅ☆」

私たちを見て揶揄するように笑みを浮かべ実に楽しそうにリトスさんはそういった。だがその声には確かな怒りと憎しみが感じられる。先ほどの破綻した口調も険悪な表情でなくともひしひしと肌を刺激してくる。

「で、もぉ☆逃げるとか守るとかそんなこと言って本当にできると思ってるのかなぁ☆リトスちゃんが―肉一片も残さずにぶち殺してやんよ!!」

次の瞬間リトスさんを中心に膨大な魔力がはじけた。暴風の如く私たちに吹き付けてくるそれはただの人間一人で扱える量も質でもない。あまりにも膨大すぎ、あまりにも毒々しい。

『夜空に輝くお月様、キラキラ煌めくお星さま☆私のお願い聞・い・て♪』

戦場には似つかわしくない甘い声色と拍子抜けな言葉。だがそれはリトスさんが努力の末に作り上げた呪文の短縮と膨大な威力を出すための最適な言葉。そして、それは魔法となって私たちに飛来する。

「っ!」



突然辺り一面暗くなる。何かと思って上を見ると月のあった夜空は巨大な岩石の固まりだった。



ディユシエロ王国の勇者になるためには最低でも一軍の戦力を有さなければならない。それはあくまで最低であって、最高ではない。そして、目の前のリトスさんは勇者の中でも一、二を争うほどの実力者。今私たちへと向かってくる巨大な隕石がそれを物語っていた。
避けなければ押しつぶされて死ぬ。だからといって街一つつぶせそうな岩石から逃げることなどほぼ不可能。だが、それはただの人間だった場合。

魔物である私なら!

「ユウタさん。絶対に守りますから!!」
「リチェーチ…」
「だから…私の後ろにいて下さいね!」

力を込め、魔力を込め、強く強く拳を握って引き絞る。全力の一撃を放つため、あの絶望的な隕石を打ち砕くために。

「絶招!!」

地面を強く踏みしめて引き絞った拳を隕石へと向かってまっすぐ突き出す。打ち出した力をただ一点のみに集中させ物体の奥まで衝撃を叩き込み、炸裂させる!!



「穿心拳っ!!」



轟音が中りに響きわたった。飛来していた隕石の動きが完全に止まる。びしびしと表面に罅が入ると徐々に形が崩れて―



―そして、砕け散った。



「おぉ!」
「どうですか!!」

護衛に特化した部隊長。魔物となって力も数倍に跳ね上がっている。ユウタさん相手の時は魔法を使えなかったが魔力込みで戦えるのならその実力は計り知れないものとなっている。そして、きっとリトスさん相手にも引けを取らない…はずだ。

「わぁ♪すごいですぅ☆まさか街一つ消し飛ばすメテオを殴り砕くなんて流石元部隊隊長ですねぇ」

それでもリトスさんは笑みを浮かべている。焦りなど欠片もない、余裕に満ちた笑みを。

「でもぉ………その程度でやめてやるほどアタシは優しかねぇんだよ!!」

再び湧き上がった魔力。そして放出されたのは砕け散った隕石の先。その向こう側にあったのは一回り小さい隕石だった。

「嘘…」





それも一つではない―――数えきれないほどの隕石だった。
15/01/26 22:35更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
ということで堕落ルート人虎編でした
ただのぶりっ子ではないリトスでしたが本当の性格はかなり危ないあのような物なんですね
少なからず彼と関わりがありますが…それはまた別のルートということで
そしてとうとう人虎編もクライマックスが近づいております
自分の覚悟を見せたリチェーチ&黒崎ゆうたVSリトス戦
次回戦闘パートとなり、そしてラストになりますので残りあと二話です!

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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