水面の出会いに、抱擁を
初めて触れる人間の肌は温かかった。
背中に感じるボタンの感触が不快だが、服越しでも感じ取れる体温は川底では知りえなかった優しいもの。重なっているだけでとろんと思考が溶けて心地よさに沈んでいく。
「…ん」
逞しさのある固い感触は冷たい川底よりもずっと温かかった。
事の発端はこの人間がここで釣りを始めたことだった。
ここ最近になってよくここへと通う男の人。特徴的なのは黒い髪の毛とそれ以上に濃い黒い瞳。その二つに合わせてなのか服も同じように黒一色。どこか高級そうな品のいい格好は森の中にはあまりにも不釣り合いで奇妙に見える。そんな彼は川のすぐ横に生えている木の傍に腰を下ろすと釣り糸を垂らす。枝と蔓でできた釣竿は単純に魚を釣るだけのものだろう。
初めて見た時は魔物を毛嫌いする人間の類かと思って警戒したがその様子はなかった。血眼になって私達を探す様子もなければ時折隣を過ぎるマンティスも気にとめなることはなかった。ためしに頭だけ出して観察をしてみる。二度目の時には手を振ってくれた。三度目に至っては話しかけてもきた。四度目ともなれば警戒心なんて欠片もなくじっと見つめても平気だったことからどうやら友好的らしい。
興味が出てきたのは訪れて五度目の時。
木々がざわめく優しい風が吹き抜ける日。柔らかな日差しを遮る木陰の下で彼が眠りこけた時の事。無防備な姿は魔物から見れば襲ってくださいというようなもの。これでは釣りに来たのではなく襲われにきたようなものだ。
だが釣竿の様子を気に留めないのは別の場所に罠を仕掛けているからだと知っている。眠ってしまっているのは今日の日和が昼寝するには最適だというのをわかっている。それでもこんなところで眠る辺り肝が据わっているのか無頓着なのかはわからない。
「…」
ためしにと思って川から這い出す。滴る水滴を振り払うと木陰の下にいる彼に近づいた。起こさないようにゆっくりと。傍に来るとしゃがみ込み様子をうかがう。上下する肩。安らかにたてられる寝息。深い眠りではないが浅い眠りでもないだろう。これならちょっと触れたところで起きはしないはず。
ほんの出来心からその頬に触れてみた。
「っ」
温かくて柔らかい。傷つけないように撫でると掌に伝わってくるのは私よりもずっと高い体温。元々川で暮らす私と地上で暮らす人間と体温を比べれば彼らの方がずっと高い。なら彼もやはり人間なのだろう。
「…」
もう少し感じてみたい。そう思って身を寄せてみる。肩に頭を預けてゆっくりと体重をかけていく。
が。
…違う。
寄り添うような姿で寄りかかってみるがなんだか違う。悪くはないのだがよくもない。身長差のあるせいか頭を乗せにくいからだろう。もっとうまく収まる形があるはずだ。もう少しその体温を感じ取れる体勢がきっとあるはずだ。そう、例えば…その開かれた足の間とか。
「…」
ゆっくりと両腕をあげて広げられた足の間に体を滑り込ませる。起こさないように細心の注意を払いながら。両腕を上にあげ、ようやく体を収めることに成功する。尻尾が少し邪魔だが先ほどよりはずっと―
「っ…」
ダメだ。
痛い。
すごく不快。
前面についた五つのボタンが体重をかけた分だけ背中に食い込んでくる。これでは座り心地は最悪だ。まだ先ほどの方がよかったと言える。
「…」
ボタンを取ってしまおうか。でもそれでは彼も困ることだろう。なら………外してしまおう。
胸の中で呟いてゆっくりとボタンを外していく。五つ目のボタンを外して、黒い上着の前面を広げると現れたのは雪のように真っ白な薄い服。日の光に煌めくそれはやはり高級そうに見えるが上着よりも生地は柔らかそうだ。そこへ向かって背中を押し付ける。広げた上着を引っ張って潜り込む。
…これだ。
ついでに組まれた手をそのままに、輪となった腕をくぐってお腹あたりに固定する。後ろから抱きつかれるような格好にして再び体重をかけた。
…これだ!
背中にフィットする固い体。伝わってくる人間の体温。すっぽりと収まることのできる広げられた足の間。そして回された細くも逞しい二本の腕。
包まれていると感じられる。
守られていると思えてしまう。
一人では絶対に得られない感覚に自然と頬が緩む。
「〜♪」
右に左に体を揺らす。鼻歌でも歌いたい気分だが起こさないように注意しないといけない。
背中の感覚に気を取られているとふと耳に入る音に気付く。
「…っ」
それに気づけたのは木々のざわめきが収まっていたからか。あまりにも静かな森の中で唯一聞けてくるのは水の流れゆく音のみ。本来聞こえるべきものがない違和感に気付く。
…寝息は?
不思議に思って振り返ると視線の先で黒い瞳とぶつかった。
「…やぁ」
眠たげに開いた瞳は私を映し、まわされた腕に力が入る。だがそれは優しく壊れ物を扱うかのように繊細なもの。決して私に害意を加えるつもりのない力加減だ。
どうやら怒ったりはしていないらしい。そのことにとりあえず一安心。
「最近は結構顔出してくれるようになったけど…眠ってるところに勝手に座るのはあんまり感心しないよ」
「…」
謝罪の意を込め頭を下げた。
「そう、それならいいんだよ」
その行為の意図をくみ取ってくれたのかにっこりと笑みを浮かべると体から力を抜いて木にもたれ掛る。それ以上聞くこともなく彼は動かない釣竿を眺めていた。許してくれたのか、無頓着なのか、どちからはわからないが座っててもいいとわかれば十分だ。
「〜♪」
再び彼にもたれ掛る。許容されただけだというのに先ほど以上に心地いい。このまま眠りにつけばさぞ気持ちいいことだろう。
結局のところ、その日は夕日が二人を照らすまで私はずっとそうしていた。
その日が始まりだった。
その日を境に彼が訪れるたびに私は彼の体に収まった。温かな日差しよりもずっと優しくて、穏やかな風よりもずっと心地いい感触を背中に感じていた。
元々釣り目的で来ている彼はずっと釣竿を眺めているが一向に引っかかる気配はなし。なので代わりとして私が魚を持っていくと頭を撫でてくれる。これがまた気持ちいい。私とはまた違うごつごつとした手の平が髪の毛を梳かす様に撫でていく。じんわりと染み込んでくる体温や人の体の感触は背中で感じるのとはまた違い、癖になる。
そうして何度目の事だろうか。
ある日突然森に雨が降り出した。
「…」
雨のせいで増水した川の中でも平然と泳いでいる私だが川辺に彼の姿はない。流石のこの雨だ、人間の彼にはきついものがある。
空を見上げる。真っ黒に染まった天井は無数の滴が落ちてくるだけ。雷はないがこの様子だとしばらくやみそうにない。
「…」
溜息をついた。
これでは彼は来られない。仕方ないこととはいえ、やるせない。今日も頭を撫でて欲しかったな、なんて考えながら自分で頭を撫でてみる。
…違う。
ごつごつしているのは似ているがやはり違う。温かくもないし、心地よくもない。同じ手という部位だというのにどうしてこうも変わるのか。
「…」
とにかく今日は諦めるしかない。明日になれば雨もきっと止むだろう。そうしたら彼も来てくれる。だから明日を待てばいい。そう結論付けて私は川の底へと姿を消した。
だが雨は四日も続いた。
おかげで川の水は泥の混じった色をし、轟轟と荒々しい音を立てて流れていく。こんな川でも流されはしないが泥だらけになるのはやはり嫌だ。
だがそれ以上に嫌なのは彼が来ないこと。雨のせいだとはいえもう四日だ。四日も撫でてもらえてない。四日もあの温かさを感じていない。仕方ないことだと諦めるしかないのだろうか。
「…」
いや、無理だ。
だが問題は彼はどこに住んでいるかだ。この人気のない森の中、人が住める場所は限られるはずだ。
…そう言えば知り合いのキャンサーがこの近くに小屋があると言っていた。
行こう。
そう決断した私はすぐさま川から歩き出す。手には彼が使っていた罠を持ちながら。中にはここ数日で捕まった魚が数匹暴れていた。
「…」
雨に揺れる木々を眺めながら彼がいつも訪れる方向と話で聞いた方角を確認して進んでいく。ぬかるんだ地面は水よりもすっと重くて不快だ。だが歩かなければ彼には近づけない。
雨粒が何度も体を叩き、伝い落ちていく。同じ水だというのに川の中とは大違いだ。この雨のせいで散った葉が張り付く。濡れた髪の毛が頬に張り付く。罠の中の魚が暴れて指が痛い。
嫌になる。
まさか陸地を歩くのがこれほど大変なことだったとは思わなかった。雨だからというのもあるがやはり私は水の中の方が好きらしい。でもやっぱり彼の腕の中が一番好きだ。
「…!」
険しい道のりを耐えながらようやく見えた人工的な明かり。漏れ出しているのは古ぼけた小屋からだ。あれがキャンサーの言っていた小屋の事だろう。はやる気持ちを抑え込み小屋のドアをノックする。彼が住んでいることを願いながら。
「はーい?」
だが私の心配は杞憂だったらしく響いてきたのは聞きなれた声だった。ゆっくりと開くドアの向こうにいたのは見慣れた黒服姿の彼。その姿を確認するとすぐさま私は抱きついた。
「わ!ちょ、誰!?あ………君か」
驚きながらも彼は私を引きはがし、しゃがみ込んで視線を合わせた。黒い空よりもずっと濃い闇色の瞳が優しく私を見つめる。
そんな彼の目の前に私は魚の入った罠を突き出した。
「え?持ってきてくれたの?」
何度も頷く。
「…こんな雨じゃ大変だったろうに」
また頷く。
「そっか。ごめんね。それからありがと」
右手で罠を受け取ると左手が私の頭を撫でた。いつもしてもらっていたごつごつとしながらも心落ち着ける温もりが雨に冷えた肌に染み込んでくる。
…これだ!
この温かさ。この感触。ふわりと香るこの匂い。全てが全て私が求めていたものだ。これだけのために来たと言っても過言ではない。あの苦労をするだけの価値はあった。
「外じゃなんだしおいで。折角だから料理作ってあげるよ。あ、でもその前に」
彼は私の泥だらけの足を指さして笑みを浮かべる。少し困ったように。
「シャワー浴びよっか」
頷いた。
雨のせいで昼夜の感覚は分かりにくいが気づけば外は既に真っ暗だった。だが私は魔物。鋭い感覚を持つ私ならこの程度、来た道を戻ることも可能なはずだ。あの不快な思いをもう一度経験しなければいけないができないことはない。
だが帰る気などさらさらない。
理由は二つ。
彼が心配してここに泊めてくれるのと、私が彼の傍を離れたくないからだ。
「ベッド一つしかないからオレはこっちで寝るね」
シャワーを浴び、食事を終えて寝る準備をした彼はそう言って私にベッドを勧め、自分は椅子を並べてその上に転がった。いつもの黒い服はハンガーに掛けられ、中に着込んでいた真っ白な服と下着だけの軽装になっている。
対する私はいつものように鱗姿。シャワーを浴びたおかげで泥も葉もなくきれいさっぱりし、夕食もとったので普段以上に満ち足りていた。
…だけど、違う。寝たいのは柔らかいベッドの上ではない。寝心地のいい場所などではない。
それよりも今は眠りたいわけじゃない。
お腹も膨れて眠気も感じるが今感じたいのはそれじゃない。もっと温もりに溢れた優しい感覚だ。
私は彼の傍によると服を掴んで引っ張る。
「ん?どうかした?もしかしてこっちで寝たかったり?」
首を振る。
「じゃ、トイレ?」
また首を振る。
「…えっと?」
今度は服を強く引っ張った。何度も何度も、彼を誘導する様に。
「…一緒に、寝たかったり?」
その言葉に私は強く頷いた。
二人で寝るには十分な大きさのベッドに並ぶ。当然ながら距離は縮め、抱きしめるように身を寄せながら。
彼は困ったように眉を顰めながら私の頭に手を置く。覗き込むようにこちらを見ると闇色の瞳に私の顔が映し出されていた。
「…近くない?」
首を振る。
「…もう少し離れない?」
また首を振る。
「…暑くない?」
服を掴む手に力を込めた。
「…そっか」
頷いて顔を押し付ける。重なる肌に私よりもずっと高い体温が染み込んできた。
これだ。
先ほど抱きついた時とはまた違う、今まで背中を預けていた時ともまた違う、もっと強く伝わってくる彼の体温、鼓動、匂い、感触。耳を澄ませば鼓動が聞こえ、優しい声色が心を落ち着ける。
私が欲しかったのはこの感覚だ。
ぐしぐしと何度も顔を擦りつけた。その度固く逞しい感触が伝わってくる。それがまた堪らない。何度も何度も繰り返す。自分の匂いを染みつけるように、彼の香りが染みつくように。
「…っ」
肺一杯に広がるのは染みついた果物や葉の香りと体を熱くさせる不思議な香り。普段から森の中にいるせいか混ざり合った香りに思わずため息が漏れてしまう。
「……っ……っ」
手に触れ、胸板に顔を埋め、足を擦り合わせて尻尾を絡ませる。全身を使って彼を感じようとするがあまりやりすぎると嫌がられてしまうだろうか。
ふと顔をあげると目に入ってきたのは安らかに瞼を閉じる彼の顔が見える。
「…」
眠った、らしい。それもあまり深くはないが。それでも眠ったことに違いない。
「…」
安らかな寝顔を覗き込む。わずかに開いた唇からは寝息が漏れ、夕食に食べた果物の香りがかすかに混じっていた。
さらに顔を寄せてみる。
「…」
今まで水と共に生きてきた私が得られないものを持つ彼。体の逞しさが、溶け合う体温全てが私を満たしてくれる。時折向けてくれる笑みに心満たされ、撫でてくれる感触が私を舞い上がらせる。
そんな彼はとても温かくて、とても愛おしい。
そんな彼だからもっと傍に居たくて、ずっとこうしていたくなる。
もっと強く、触れたくなってしまう。
「…んっ」
抱いた気持ちを伝えるようにそっと唇を押し付けた。そしてすぐに離す。
たった一瞬だけの触れ合いでも確かに伝わってきた熱と感触。頬よりも柔らかくどことなく甘い味がした。
…いい♪
ただ唇が触れるだけだというのに胸の奥がぽかぽかする。形容しがたい感覚だがすごく好き。やはり相手が彼だからだろうか。
その感覚がもっと欲しくて再び口づける。
「…んんっ」
今度は強めに押し付ける。離してはまた重ねる。何度も何度も繰り返して今度は舌を差し入れた。
伝わってきたのは果物よりもずっと甘い味。伸ばしていくとじっとり湿った柔らかなものに触れた。きっとこれが彼の舌だろうと思い、自分の舌を押し付けようと伸ばしたその時。
「…ん、ぐっ」
「っ!!」
彼が寝苦しそうに唸りだした。
慌てて唇を離し、寝息が安定するのを待つ。そうして落ち着いたのを見計らったら再び唇を押し付ける。その繰り返しだ。
口づけを繰り返す度に下腹部の疼きがひどさを増す。何とか鎮めようにもどうすればいいのかわからず戸惑っているとふとすぐ傍にあったものに気付いた。
「…♪」
温かく、ごつごつとした彼の手。それを掴んで下へと引っ張った。動かない指先を湿ったそこへと押し付ける。
「…あ♪」
指の腹が触れた途端に電撃が走ったかのように体が震えた。
温もりとはまた違う、嬉しさとはまた変わった心に募る何か。一瞬だけだがとても強烈で、だけど決して嫌ではない感覚だ。
もう一回。先ほどのを求めて再び彼の手を掴み、押し付けた。
「んんっ♪」
擦れ、刺激するたびに声が漏れる。我慢しようにも伝わってくる甘い快楽には耐えられない。
自分から腰を動かし、彼の指先を押し付ける。食い込み、敏感な部分に擦れる度に私は体を震わせた。
「あ、や♪ふぁああ♪」
起こさないように気を付けないといけないのに我慢ができない。そんなことも忘れてしまうほど体に走る快楽は強烈だった。あまりにも強烈で苦痛にすら感じるほど、だけどもこれ以上ないほどの甘い感覚だった。
「……!」
徐々に鱗にシミが広がる。水質的な音が響き、気づいた時には彼の指先がねっとりと濡れてしまっていた。流石にこれでは気づかれてしまうだろう。とりあえずシーツで拭っておく。
だが。
「…?」
下腹部から生じる疼きはまだ止まない。むしろもっとひどくなった気がする。あれだけ強烈な感覚だったというのにだ。
気持ちよかった。だが決して満たされたわけではない。もっと何か、別のものが欲しいとお腹の奥が疼いてる。先ほどの場所よりもずっと奥のところ。彼の指では届くだろうかと眺めているとその下にあるものを見つけた。
「…!」
下着を押し上げる膨らんだ何か。全貌は見えないがきっと私の中を満たしてくれることだろう。その証拠に体の方は見ているだけで高ぶり、疼きがいっそうひどくなった。
そっと指を伸ばす。だが触れる寸前で掴まれた。
「!!」
湿り気を帯びたそれは紛れもない彼のもの。だが眠っていたはずではないのかと顔をあげると必要以上力を込められた眉が見える。口は堅く閉ざされて瞼は強く閉じられていた。それでも暗がりでもわかる程彼の頬は赤く染まり、誤魔化しようのないほど激しくなった鼓動が伝わってくる。
…起きてる?
確かめるように手を伸ばすが固く掴まれて動かない。なら、と思って私は顔を近づけた。
「…んっ」
「むっ!?」
唇を押し付けると一瞬触れるが顔が離される。閉じられた瞼も開き、辺りよりもずっと濃い闇色の瞳がこちらを向いた。
「…何、してんの?」
「ちゅ♪」
「んむっ、ちょっ、むぅっ!!」
喋る前に何度も唇を押し付ける。何度も何度も、啄むように。
「やめむぅぅっ!ん…ちょっと!!」
突然肩を掴まれて引きはがされる。口づけに浸っていたせいでもあって簡単に離れてしまった。
どうして、という感情を込めて彼を見つめるとやはり困ったように眉をひそめている。だがそこには普段浮かべる柔らかな笑みはない。
「あのね、突然何してんの?こういうことに興味の出る年頃だとしても、こういうのは大切な人とやるんだよ。そりゃオレらは知らない仲じゃないけどさやっぱり軽々しくやるもんじゃないって」
「…」
とりあえず頷く。
「わかってくれた?だからこういうことはちゃんと大切な人とやるんだよ?だから、ね?」
…大切な人?それなら何も問題ない。
そう思って私は再び口づけた。
「んっ♪」
「んんんん!っ!」
再び引きはがそうと掴まれるがそれよりもずっと強い力で抱きしめた。片手で彼の後頭部に手を回し絶対に離れないように唇を押し付ける。それだけでは止まず、わずかな隙間に舌を差し込んだ。
「っ!!」
「ちゅ、んむ♪」
小さな舌を精一杯に伸ばして彼の口内に進むと先に触れたのは果物よりもずっと甘く、唇とは違う柔らかさをもつものだった。逃げるように動くのを追って絡みつくとにちゃにちゃと擦れあう。頭の中に響くいやらしい音に意識が蕩けていく。
「むぅ♪ちゅ♪…れろ、んん♪」
握られた指先から力が徐々に抜けていく。それはお互い様の事。すっかり口づけの感覚に寄っていると魔物の本能がさらに先を求めて動く。
回した片手を戻すと彼の下着を掴み、一気に脱がしにかかった。
「んぐっ!?」
あまりにも突然のことで反応できず、それでもかろうじて抵抗されたせいで脱がすことは叶わなかったが目的のものは姿を現した。指よりもずっと太くて長い、先端がピンク色の私には存在しない器官。露わになったことで強く香ってくるのは下腹部を疼かせるオスの匂い。その姿で、その匂いで、私の下腹部が応じるように粘液を垂れ流す。
「…♪」
「やめ、やめ、ちょ!マジで!」
両手で押しのけようと体を掴まれるがこれでも私は魔物。魔物の力は人間よりもはるかに強く、したがって彼の力では引きはがすことなどできなやしない。それをいいことに私はさらに身を寄せて、自分の鱗をずらした。
晒された私のもの。彼のように突き出すようなものはない。だがその代り彼の指が沈んだように肉の穴がある。指で割り開けば粘質の液体が滴り落ちた。
そこへ迎えるように腰を近づけていく。彼は必死に抵抗するが私自身この体を止められない。
「んんっ♪」
見た目以上に柔らかな先端が触れ合う。わずかに擦れただけでも指以上の快感が体を走る。
これで入れてしまったらどうなるのだろうか。自分の体に人の体を迎え入れるなど初めての経験だが恐怖はなかった。
それは相手がきっと彼だから、なんだろう…♪
「ん、ふ、あぁああああっ♪」
今まで何も迎えたことのない場所へ彼のものが進んでくる。肉を割り開き、粘液で滑り、力に従って私の中へと入ってくる。途中ぶつりと何かを突き破った感覚があったがそれより先に伝わってきたのは壮絶な快楽だった。
「あ、はぁぁ…♪」
「く、ぁ……っ!」
ようやく動きを止めると彼のものは一番奥まで達していた。私の中をこれ以上ないほど押し広げ、満たしつくしたそれはあまりにも熱い。彼の肌よりも、口内よりもずっと高く燃え上る程熱い。
だけどそんな熱すら快感へと変わるのが魔物の体。痛みすら感じそうなほどお腹の中を圧迫する感覚も、固いもので隙間ないほど埋め尽くされた感触も、全ては快楽へと変わり頭の中を蕩けさせる。
「はぁぁぁ…♪」
視界がぐらつく。頭の中に靄がかかる。だというのに彼の姿は鮮明に映し出され、体は敏感になっていく。
「ああ、もう…まったく。いきなりすぎるんだよ…大丈夫?」
そんな中彼は私の肩を掴んでそう言った。柔らかな声色で心配そうな面持ちで。夜よりも濃い闇色の瞳を覗き返すと私はゆっくりと腰を動かし始めた。
「ちょっ、とぉ!」
「んふっ♪あぁああっ♪」
横に寝ころんだ状態では体が動かしにくいが何とか腰を押し付けたり離したりする。その度中をごりごりと擦りあげられ、その度びりびりと強烈な快感が響いてきた。先ほど指を擦りつけたことなんて子供だましだったかのような感覚に恐怖すら覚える。だというのに魔物の体は貪欲に快楽を求め、さらに行為の先を求める。
「っ待…てって…!」
彼もきっと快楽を得ているのだろう。この行為から私を感じてくれているのだろう。だから切なげに声を上げ、堪えるように歯を食いしばっているんだ。そう思うとまた胸が満たされ、もっとしてあげたいと体が動く。
だが突然私の体は逞しい腕に抱きしめられた。
「あっ♪」
「ダメ、だって…っ」
見上げれば震える声でこちらを見つめる彼の姿。顔が赤く染まっているのは恥ずかしいからではないだろう。その証拠に触れ合う体から激しく刻まれる鼓動が伝わってくる。
「んっ♪」
唇を突き出せば難なく重なりあった。抵抗らしい抵抗もなくなり私の行為を素直に受け入れてくれるということだろうか。ゆっくり離れた唇は混じりあった唾液が橋をかけ、ぷつりと途切れた。
「ああ、もう…まったく…仕方ないな」
その口づけでようやく観念したのか呆れたようにつぶやくと私の体に腕がまわる。片方は背中に、もう片方は後頭部に。大切なものだと言わんばかりの抱擁にふにゃりと顔が歪んでいた。
もっと♪もっと♪
抱きしめられたくて、触れ合いたくて、彼の与えてくれるもの全てが欲しくてさらに腰を打ち付ける。胸いっぱいに広がるのは彼への想い。それをより熱烈に伝えるための行為であり、私が求める行為でもある。何度も何度も腰を動かす。溢れだした粘液のおかげで動きはスムーズになり、徐々に激しさを増していく。部屋の中に響くのは私の喘ぎ声と淫らな水質音。彼と私で奏でていると思うとどうしようもないくらいに興奮する。
もっとしたい。
もっとしたいと叫んでる。
感情を叩きつけるように彼に腰を押し付け何度も何度も繰り返す。言葉のない情熱的な行動に私も彼も徐々に高みへと押し上げられていった。
…あぁ♪くるっ♪
魔物の体が何かを悟る。それが何かはわからないが私の体は最初からそれを求めていた。私が女であることもっとも強く刻み付け、愛おしい彼から受け取れる大切なもの。一体どんなものかはわからなくも来るべき瞬間を受け入れようと体は勝手に動き出していた。
「ん、あぁあああ♪」
私の中で大きく膨れ上がる彼のもの。狭い膣内を隙間なく満たしたそれは何かの前兆のように暴れ始める。突然の感覚に動きを止めてしまうと次の瞬間、彼のものが勢いよく熱いものを吐き出した。
「っ!」
「あぁああああああああっ♪」
お腹の一番奥で弾けた何か。何度も脈打ち奥まで注がれては内側から体が焼けそうになる。だがその熱は今まで以上の快感となり、私の体を駆け巡った。だらしなく体を震わせながらも決して離れぬように手足を使って抱きしめる。お腹の中ではいまだに脈動し熱い粘液を吐きだす彼がいる。
気持ち、いい…っ♪
吐き出され、一番奥を粘液が叩くたびに目の前が真っ白になる。意識がばらばらに引き裂かれそうなほど強烈な感覚は普通の人間なら壊れてしまうことだろう。だけど私は魔物。人間よりもはるかに体は頑丈で―そして欲深い魔物だ。
「あ、やぁああああ♪」
「んんっ!」
魔物の体は私の意思とは関係なく彼のものを強く締め上げた。まるでもっとよこせと言わんばかりに柔肉を押し付けて絞り出すように律動する。彼もそれに応じるかのように残っていた熱をさらに注ぎ込んできた。
「ふぁあああ♪」
止まらない。吐き出されるたび、熱が染み込むたびに頭の中が真っ白に染められる。それでも欲望は収まりを見せず一番奥が彼に吸い付くと吸い上げる。私にはどうにもできない魔物の本能がもっと彼が欲しいと喚いていた。
「んん、ぁ♪…ぁ………♪」
ようやく落ち着いた時には彼の脈動も止まり、結合部から温かな熱が零れ落ちシーツに染み込んでいった。じんわりと下腹部から広がってくる優しい熱。手を当てるとまだまだ固い彼がいることがよくわかる。
ぽかぽかする…♪
お腹の中に吐き出された熱の塊。大量に出されたそれは溢れて漏れ出してくるほどだ。頭の中が真っ白になり、淫らな声が自然と漏れてしまうほど先ほどの感覚は強烈であまりにも甘美なものだった。
決して一人では得られない、彼だからこそ得られる快感。それこそが私達魔物の求める愛おしい相手の証。
彼はというと顔に手を当てて困ったように眉間にしわを寄せていた。何を困っているのかと思い覗きこむ。
「……やりすぎだよ。まったく」
呆れたようにため息をつく姿にしゅんとしてしまう。どうやら私のしたことは彼にとっては望まぬことだったらしい。項垂れると慌てて彼が私の頭に手を置いた。
「その、嫌じゃないんだよ。嫌じゃないけど……突然すぎるっていうか、さ。もう少し手順を踏むべきじゃないかなって思ってさ」
「…?」
「そ、だから全然嫌じゃないよ。だからそんな顔しないで」
優しい声に撫でゆく掌。いつものように暖かく、胸の奥がぽかぽかする。下腹部を満たしたものとはまた違う充足感に私は目を細めた。
「…ん♪」
びくりと私の中で震える彼のもの。未だに固さを保つそれは私の中で力強く脈打ち、これ以上ないほどの自己主張をしている。そのことを伝えようと下腹部を撫で、彼の顔を覗き込むと恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「…そりゃ、一回二回じゃ収まらないよ」
「…っ♪」
「どうしたの?え、もっとしたい?ああ、もう……」
私は求めるように彼の体に抱きつくと彼は仕方ないかと呟いて私の体を抱き返すのだった。
初めて見た時はなんだと思った。
顔は美少女。
艶やかな髪の毛は水を滴らせ、頬に張り付く姿が少女らしからぬ、女の色気を漂わせていた。
手足は人外。
ごつごつとして無骨な、まるでファンタジーゲームの敵として登場しそうな鋭い爪や水かき、さらには尻尾まである姿は人間とはあまりにもかけ離れていた。
体はスク水。
もう何がなんだか…本当に何が何だかわからなかった。胸に大きくつけられたのはきっと名札やゼッケンに違いない。書かれていた文字らしき図はわからないが一般的に考えるならそうだろう。たぶん。
言葉を発することはなく、さりとて声が出せない訳でもなく。沈黙を好むのか口数のない彼女は釣りをしに来たオレこと黒崎ゆうたに興味を持ったのか度々その姿を現した。
最初は頭だけ。
次は傍に寄ってきて。
そうして気づけば体の上に鎮座して、やがては家まで訪れて、そして今に至っては―
「…」
「…」
「…」
「…あの、釣りしたいんだけど」
「…ん」
木陰で腰を下ろしたオレの上にいる、言葉を発さぬ彼女の精一杯の意思表示。それはオレの体に抱きついて離すまいと両腕両足を背へと回していた。
川に垂らした釣り糸代わりの蔦は揺れず、釣竿もまた同じ。これならしばらく見ている必要はないのだろうけど一応今日の飯となるものだ。果物もとってあるとはいえやはり主食は欲しい。
「一応罠の設置もしてきたいんだけど?」
「…」
「ん?とってきてくれるって?」
頷く。
まぁ、元々川から出てきた彼女のことだ、魚をとってくるのはわけないのだろう。だから、そのお礼とでも言わんばかりに彼女は頭を突き出した。
「撫でて欲しい?」
「…」
「まったく、仕方ないな」
「…♪」
オレの言葉に笑みを浮かべた彼女は物欲しげに顔を寄せてきた。そんな彼女の頭をそっと撫でてやると蕩けたように表情を綻ばせる。異形であろうと美少女であることに変わりない彼女のそんな表情を見るとどきりとする。夜にはさらに淫らな顔を見ているのだけど。
そしてどちらも喋らない。耳に届くのは小鳥の鳴き声や川のせせらぎ。それから、肌を伝わって染み込んでくる柔らかな感触と温かさ。人間よりも低くはあるが心地いい。そんな名も知らぬ人外の彼女を感じながら大きく欠伸をするのだった。
―HAPPY END―
背中に感じるボタンの感触が不快だが、服越しでも感じ取れる体温は川底では知りえなかった優しいもの。重なっているだけでとろんと思考が溶けて心地よさに沈んでいく。
「…ん」
逞しさのある固い感触は冷たい川底よりもずっと温かかった。
事の発端はこの人間がここで釣りを始めたことだった。
ここ最近になってよくここへと通う男の人。特徴的なのは黒い髪の毛とそれ以上に濃い黒い瞳。その二つに合わせてなのか服も同じように黒一色。どこか高級そうな品のいい格好は森の中にはあまりにも不釣り合いで奇妙に見える。そんな彼は川のすぐ横に生えている木の傍に腰を下ろすと釣り糸を垂らす。枝と蔓でできた釣竿は単純に魚を釣るだけのものだろう。
初めて見た時は魔物を毛嫌いする人間の類かと思って警戒したがその様子はなかった。血眼になって私達を探す様子もなければ時折隣を過ぎるマンティスも気にとめなることはなかった。ためしに頭だけ出して観察をしてみる。二度目の時には手を振ってくれた。三度目に至っては話しかけてもきた。四度目ともなれば警戒心なんて欠片もなくじっと見つめても平気だったことからどうやら友好的らしい。
興味が出てきたのは訪れて五度目の時。
木々がざわめく優しい風が吹き抜ける日。柔らかな日差しを遮る木陰の下で彼が眠りこけた時の事。無防備な姿は魔物から見れば襲ってくださいというようなもの。これでは釣りに来たのではなく襲われにきたようなものだ。
だが釣竿の様子を気に留めないのは別の場所に罠を仕掛けているからだと知っている。眠ってしまっているのは今日の日和が昼寝するには最適だというのをわかっている。それでもこんなところで眠る辺り肝が据わっているのか無頓着なのかはわからない。
「…」
ためしにと思って川から這い出す。滴る水滴を振り払うと木陰の下にいる彼に近づいた。起こさないようにゆっくりと。傍に来るとしゃがみ込み様子をうかがう。上下する肩。安らかにたてられる寝息。深い眠りではないが浅い眠りでもないだろう。これならちょっと触れたところで起きはしないはず。
ほんの出来心からその頬に触れてみた。
「っ」
温かくて柔らかい。傷つけないように撫でると掌に伝わってくるのは私よりもずっと高い体温。元々川で暮らす私と地上で暮らす人間と体温を比べれば彼らの方がずっと高い。なら彼もやはり人間なのだろう。
「…」
もう少し感じてみたい。そう思って身を寄せてみる。肩に頭を預けてゆっくりと体重をかけていく。
が。
…違う。
寄り添うような姿で寄りかかってみるがなんだか違う。悪くはないのだがよくもない。身長差のあるせいか頭を乗せにくいからだろう。もっとうまく収まる形があるはずだ。もう少しその体温を感じ取れる体勢がきっとあるはずだ。そう、例えば…その開かれた足の間とか。
「…」
ゆっくりと両腕をあげて広げられた足の間に体を滑り込ませる。起こさないように細心の注意を払いながら。両腕を上にあげ、ようやく体を収めることに成功する。尻尾が少し邪魔だが先ほどよりはずっと―
「っ…」
ダメだ。
痛い。
すごく不快。
前面についた五つのボタンが体重をかけた分だけ背中に食い込んでくる。これでは座り心地は最悪だ。まだ先ほどの方がよかったと言える。
「…」
ボタンを取ってしまおうか。でもそれでは彼も困ることだろう。なら………外してしまおう。
胸の中で呟いてゆっくりとボタンを外していく。五つ目のボタンを外して、黒い上着の前面を広げると現れたのは雪のように真っ白な薄い服。日の光に煌めくそれはやはり高級そうに見えるが上着よりも生地は柔らかそうだ。そこへ向かって背中を押し付ける。広げた上着を引っ張って潜り込む。
…これだ。
ついでに組まれた手をそのままに、輪となった腕をくぐってお腹あたりに固定する。後ろから抱きつかれるような格好にして再び体重をかけた。
…これだ!
背中にフィットする固い体。伝わってくる人間の体温。すっぽりと収まることのできる広げられた足の間。そして回された細くも逞しい二本の腕。
包まれていると感じられる。
守られていると思えてしまう。
一人では絶対に得られない感覚に自然と頬が緩む。
「〜♪」
右に左に体を揺らす。鼻歌でも歌いたい気分だが起こさないように注意しないといけない。
背中の感覚に気を取られているとふと耳に入る音に気付く。
「…っ」
それに気づけたのは木々のざわめきが収まっていたからか。あまりにも静かな森の中で唯一聞けてくるのは水の流れゆく音のみ。本来聞こえるべきものがない違和感に気付く。
…寝息は?
不思議に思って振り返ると視線の先で黒い瞳とぶつかった。
「…やぁ」
眠たげに開いた瞳は私を映し、まわされた腕に力が入る。だがそれは優しく壊れ物を扱うかのように繊細なもの。決して私に害意を加えるつもりのない力加減だ。
どうやら怒ったりはしていないらしい。そのことにとりあえず一安心。
「最近は結構顔出してくれるようになったけど…眠ってるところに勝手に座るのはあんまり感心しないよ」
「…」
謝罪の意を込め頭を下げた。
「そう、それならいいんだよ」
その行為の意図をくみ取ってくれたのかにっこりと笑みを浮かべると体から力を抜いて木にもたれ掛る。それ以上聞くこともなく彼は動かない釣竿を眺めていた。許してくれたのか、無頓着なのか、どちからはわからないが座っててもいいとわかれば十分だ。
「〜♪」
再び彼にもたれ掛る。許容されただけだというのに先ほど以上に心地いい。このまま眠りにつけばさぞ気持ちいいことだろう。
結局のところ、その日は夕日が二人を照らすまで私はずっとそうしていた。
その日が始まりだった。
その日を境に彼が訪れるたびに私は彼の体に収まった。温かな日差しよりもずっと優しくて、穏やかな風よりもずっと心地いい感触を背中に感じていた。
元々釣り目的で来ている彼はずっと釣竿を眺めているが一向に引っかかる気配はなし。なので代わりとして私が魚を持っていくと頭を撫でてくれる。これがまた気持ちいい。私とはまた違うごつごつとした手の平が髪の毛を梳かす様に撫でていく。じんわりと染み込んでくる体温や人の体の感触は背中で感じるのとはまた違い、癖になる。
そうして何度目の事だろうか。
ある日突然森に雨が降り出した。
「…」
雨のせいで増水した川の中でも平然と泳いでいる私だが川辺に彼の姿はない。流石のこの雨だ、人間の彼にはきついものがある。
空を見上げる。真っ黒に染まった天井は無数の滴が落ちてくるだけ。雷はないがこの様子だとしばらくやみそうにない。
「…」
溜息をついた。
これでは彼は来られない。仕方ないこととはいえ、やるせない。今日も頭を撫でて欲しかったな、なんて考えながら自分で頭を撫でてみる。
…違う。
ごつごつしているのは似ているがやはり違う。温かくもないし、心地よくもない。同じ手という部位だというのにどうしてこうも変わるのか。
「…」
とにかく今日は諦めるしかない。明日になれば雨もきっと止むだろう。そうしたら彼も来てくれる。だから明日を待てばいい。そう結論付けて私は川の底へと姿を消した。
だが雨は四日も続いた。
おかげで川の水は泥の混じった色をし、轟轟と荒々しい音を立てて流れていく。こんな川でも流されはしないが泥だらけになるのはやはり嫌だ。
だがそれ以上に嫌なのは彼が来ないこと。雨のせいだとはいえもう四日だ。四日も撫でてもらえてない。四日もあの温かさを感じていない。仕方ないことだと諦めるしかないのだろうか。
「…」
いや、無理だ。
だが問題は彼はどこに住んでいるかだ。この人気のない森の中、人が住める場所は限られるはずだ。
…そう言えば知り合いのキャンサーがこの近くに小屋があると言っていた。
行こう。
そう決断した私はすぐさま川から歩き出す。手には彼が使っていた罠を持ちながら。中にはここ数日で捕まった魚が数匹暴れていた。
「…」
雨に揺れる木々を眺めながら彼がいつも訪れる方向と話で聞いた方角を確認して進んでいく。ぬかるんだ地面は水よりもすっと重くて不快だ。だが歩かなければ彼には近づけない。
雨粒が何度も体を叩き、伝い落ちていく。同じ水だというのに川の中とは大違いだ。この雨のせいで散った葉が張り付く。濡れた髪の毛が頬に張り付く。罠の中の魚が暴れて指が痛い。
嫌になる。
まさか陸地を歩くのがこれほど大変なことだったとは思わなかった。雨だからというのもあるがやはり私は水の中の方が好きらしい。でもやっぱり彼の腕の中が一番好きだ。
「…!」
険しい道のりを耐えながらようやく見えた人工的な明かり。漏れ出しているのは古ぼけた小屋からだ。あれがキャンサーの言っていた小屋の事だろう。はやる気持ちを抑え込み小屋のドアをノックする。彼が住んでいることを願いながら。
「はーい?」
だが私の心配は杞憂だったらしく響いてきたのは聞きなれた声だった。ゆっくりと開くドアの向こうにいたのは見慣れた黒服姿の彼。その姿を確認するとすぐさま私は抱きついた。
「わ!ちょ、誰!?あ………君か」
驚きながらも彼は私を引きはがし、しゃがみ込んで視線を合わせた。黒い空よりもずっと濃い闇色の瞳が優しく私を見つめる。
そんな彼の目の前に私は魚の入った罠を突き出した。
「え?持ってきてくれたの?」
何度も頷く。
「…こんな雨じゃ大変だったろうに」
また頷く。
「そっか。ごめんね。それからありがと」
右手で罠を受け取ると左手が私の頭を撫でた。いつもしてもらっていたごつごつとしながらも心落ち着ける温もりが雨に冷えた肌に染み込んでくる。
…これだ!
この温かさ。この感触。ふわりと香るこの匂い。全てが全て私が求めていたものだ。これだけのために来たと言っても過言ではない。あの苦労をするだけの価値はあった。
「外じゃなんだしおいで。折角だから料理作ってあげるよ。あ、でもその前に」
彼は私の泥だらけの足を指さして笑みを浮かべる。少し困ったように。
「シャワー浴びよっか」
頷いた。
雨のせいで昼夜の感覚は分かりにくいが気づけば外は既に真っ暗だった。だが私は魔物。鋭い感覚を持つ私ならこの程度、来た道を戻ることも可能なはずだ。あの不快な思いをもう一度経験しなければいけないができないことはない。
だが帰る気などさらさらない。
理由は二つ。
彼が心配してここに泊めてくれるのと、私が彼の傍を離れたくないからだ。
「ベッド一つしかないからオレはこっちで寝るね」
シャワーを浴び、食事を終えて寝る準備をした彼はそう言って私にベッドを勧め、自分は椅子を並べてその上に転がった。いつもの黒い服はハンガーに掛けられ、中に着込んでいた真っ白な服と下着だけの軽装になっている。
対する私はいつものように鱗姿。シャワーを浴びたおかげで泥も葉もなくきれいさっぱりし、夕食もとったので普段以上に満ち足りていた。
…だけど、違う。寝たいのは柔らかいベッドの上ではない。寝心地のいい場所などではない。
それよりも今は眠りたいわけじゃない。
お腹も膨れて眠気も感じるが今感じたいのはそれじゃない。もっと温もりに溢れた優しい感覚だ。
私は彼の傍によると服を掴んで引っ張る。
「ん?どうかした?もしかしてこっちで寝たかったり?」
首を振る。
「じゃ、トイレ?」
また首を振る。
「…えっと?」
今度は服を強く引っ張った。何度も何度も、彼を誘導する様に。
「…一緒に、寝たかったり?」
その言葉に私は強く頷いた。
二人で寝るには十分な大きさのベッドに並ぶ。当然ながら距離は縮め、抱きしめるように身を寄せながら。
彼は困ったように眉を顰めながら私の頭に手を置く。覗き込むようにこちらを見ると闇色の瞳に私の顔が映し出されていた。
「…近くない?」
首を振る。
「…もう少し離れない?」
また首を振る。
「…暑くない?」
服を掴む手に力を込めた。
「…そっか」
頷いて顔を押し付ける。重なる肌に私よりもずっと高い体温が染み込んできた。
これだ。
先ほど抱きついた時とはまた違う、今まで背中を預けていた時ともまた違う、もっと強く伝わってくる彼の体温、鼓動、匂い、感触。耳を澄ませば鼓動が聞こえ、優しい声色が心を落ち着ける。
私が欲しかったのはこの感覚だ。
ぐしぐしと何度も顔を擦りつけた。その度固く逞しい感触が伝わってくる。それがまた堪らない。何度も何度も繰り返す。自分の匂いを染みつけるように、彼の香りが染みつくように。
「…っ」
肺一杯に広がるのは染みついた果物や葉の香りと体を熱くさせる不思議な香り。普段から森の中にいるせいか混ざり合った香りに思わずため息が漏れてしまう。
「……っ……っ」
手に触れ、胸板に顔を埋め、足を擦り合わせて尻尾を絡ませる。全身を使って彼を感じようとするがあまりやりすぎると嫌がられてしまうだろうか。
ふと顔をあげると目に入ってきたのは安らかに瞼を閉じる彼の顔が見える。
「…」
眠った、らしい。それもあまり深くはないが。それでも眠ったことに違いない。
「…」
安らかな寝顔を覗き込む。わずかに開いた唇からは寝息が漏れ、夕食に食べた果物の香りがかすかに混じっていた。
さらに顔を寄せてみる。
「…」
今まで水と共に生きてきた私が得られないものを持つ彼。体の逞しさが、溶け合う体温全てが私を満たしてくれる。時折向けてくれる笑みに心満たされ、撫でてくれる感触が私を舞い上がらせる。
そんな彼はとても温かくて、とても愛おしい。
そんな彼だからもっと傍に居たくて、ずっとこうしていたくなる。
もっと強く、触れたくなってしまう。
「…んっ」
抱いた気持ちを伝えるようにそっと唇を押し付けた。そしてすぐに離す。
たった一瞬だけの触れ合いでも確かに伝わってきた熱と感触。頬よりも柔らかくどことなく甘い味がした。
…いい♪
ただ唇が触れるだけだというのに胸の奥がぽかぽかする。形容しがたい感覚だがすごく好き。やはり相手が彼だからだろうか。
その感覚がもっと欲しくて再び口づける。
「…んんっ」
今度は強めに押し付ける。離してはまた重ねる。何度も何度も繰り返して今度は舌を差し入れた。
伝わってきたのは果物よりもずっと甘い味。伸ばしていくとじっとり湿った柔らかなものに触れた。きっとこれが彼の舌だろうと思い、自分の舌を押し付けようと伸ばしたその時。
「…ん、ぐっ」
「っ!!」
彼が寝苦しそうに唸りだした。
慌てて唇を離し、寝息が安定するのを待つ。そうして落ち着いたのを見計らったら再び唇を押し付ける。その繰り返しだ。
口づけを繰り返す度に下腹部の疼きがひどさを増す。何とか鎮めようにもどうすればいいのかわからず戸惑っているとふとすぐ傍にあったものに気付いた。
「…♪」
温かく、ごつごつとした彼の手。それを掴んで下へと引っ張った。動かない指先を湿ったそこへと押し付ける。
「…あ♪」
指の腹が触れた途端に電撃が走ったかのように体が震えた。
温もりとはまた違う、嬉しさとはまた変わった心に募る何か。一瞬だけだがとても強烈で、だけど決して嫌ではない感覚だ。
もう一回。先ほどのを求めて再び彼の手を掴み、押し付けた。
「んんっ♪」
擦れ、刺激するたびに声が漏れる。我慢しようにも伝わってくる甘い快楽には耐えられない。
自分から腰を動かし、彼の指先を押し付ける。食い込み、敏感な部分に擦れる度に私は体を震わせた。
「あ、や♪ふぁああ♪」
起こさないように気を付けないといけないのに我慢ができない。そんなことも忘れてしまうほど体に走る快楽は強烈だった。あまりにも強烈で苦痛にすら感じるほど、だけどもこれ以上ないほどの甘い感覚だった。
「……!」
徐々に鱗にシミが広がる。水質的な音が響き、気づいた時には彼の指先がねっとりと濡れてしまっていた。流石にこれでは気づかれてしまうだろう。とりあえずシーツで拭っておく。
だが。
「…?」
下腹部から生じる疼きはまだ止まない。むしろもっとひどくなった気がする。あれだけ強烈な感覚だったというのにだ。
気持ちよかった。だが決して満たされたわけではない。もっと何か、別のものが欲しいとお腹の奥が疼いてる。先ほどの場所よりもずっと奥のところ。彼の指では届くだろうかと眺めているとその下にあるものを見つけた。
「…!」
下着を押し上げる膨らんだ何か。全貌は見えないがきっと私の中を満たしてくれることだろう。その証拠に体の方は見ているだけで高ぶり、疼きがいっそうひどくなった。
そっと指を伸ばす。だが触れる寸前で掴まれた。
「!!」
湿り気を帯びたそれは紛れもない彼のもの。だが眠っていたはずではないのかと顔をあげると必要以上力を込められた眉が見える。口は堅く閉ざされて瞼は強く閉じられていた。それでも暗がりでもわかる程彼の頬は赤く染まり、誤魔化しようのないほど激しくなった鼓動が伝わってくる。
…起きてる?
確かめるように手を伸ばすが固く掴まれて動かない。なら、と思って私は顔を近づけた。
「…んっ」
「むっ!?」
唇を押し付けると一瞬触れるが顔が離される。閉じられた瞼も開き、辺りよりもずっと濃い闇色の瞳がこちらを向いた。
「…何、してんの?」
「ちゅ♪」
「んむっ、ちょっ、むぅっ!!」
喋る前に何度も唇を押し付ける。何度も何度も、啄むように。
「やめむぅぅっ!ん…ちょっと!!」
突然肩を掴まれて引きはがされる。口づけに浸っていたせいでもあって簡単に離れてしまった。
どうして、という感情を込めて彼を見つめるとやはり困ったように眉をひそめている。だがそこには普段浮かべる柔らかな笑みはない。
「あのね、突然何してんの?こういうことに興味の出る年頃だとしても、こういうのは大切な人とやるんだよ。そりゃオレらは知らない仲じゃないけどさやっぱり軽々しくやるもんじゃないって」
「…」
とりあえず頷く。
「わかってくれた?だからこういうことはちゃんと大切な人とやるんだよ?だから、ね?」
…大切な人?それなら何も問題ない。
そう思って私は再び口づけた。
「んっ♪」
「んんんん!っ!」
再び引きはがそうと掴まれるがそれよりもずっと強い力で抱きしめた。片手で彼の後頭部に手を回し絶対に離れないように唇を押し付ける。それだけでは止まず、わずかな隙間に舌を差し込んだ。
「っ!!」
「ちゅ、んむ♪」
小さな舌を精一杯に伸ばして彼の口内に進むと先に触れたのは果物よりもずっと甘く、唇とは違う柔らかさをもつものだった。逃げるように動くのを追って絡みつくとにちゃにちゃと擦れあう。頭の中に響くいやらしい音に意識が蕩けていく。
「むぅ♪ちゅ♪…れろ、んん♪」
握られた指先から力が徐々に抜けていく。それはお互い様の事。すっかり口づけの感覚に寄っていると魔物の本能がさらに先を求めて動く。
回した片手を戻すと彼の下着を掴み、一気に脱がしにかかった。
「んぐっ!?」
あまりにも突然のことで反応できず、それでもかろうじて抵抗されたせいで脱がすことは叶わなかったが目的のものは姿を現した。指よりもずっと太くて長い、先端がピンク色の私には存在しない器官。露わになったことで強く香ってくるのは下腹部を疼かせるオスの匂い。その姿で、その匂いで、私の下腹部が応じるように粘液を垂れ流す。
「…♪」
「やめ、やめ、ちょ!マジで!」
両手で押しのけようと体を掴まれるがこれでも私は魔物。魔物の力は人間よりもはるかに強く、したがって彼の力では引きはがすことなどできなやしない。それをいいことに私はさらに身を寄せて、自分の鱗をずらした。
晒された私のもの。彼のように突き出すようなものはない。だがその代り彼の指が沈んだように肉の穴がある。指で割り開けば粘質の液体が滴り落ちた。
そこへ迎えるように腰を近づけていく。彼は必死に抵抗するが私自身この体を止められない。
「んんっ♪」
見た目以上に柔らかな先端が触れ合う。わずかに擦れただけでも指以上の快感が体を走る。
これで入れてしまったらどうなるのだろうか。自分の体に人の体を迎え入れるなど初めての経験だが恐怖はなかった。
それは相手がきっと彼だから、なんだろう…♪
「ん、ふ、あぁああああっ♪」
今まで何も迎えたことのない場所へ彼のものが進んでくる。肉を割り開き、粘液で滑り、力に従って私の中へと入ってくる。途中ぶつりと何かを突き破った感覚があったがそれより先に伝わってきたのは壮絶な快楽だった。
「あ、はぁぁ…♪」
「く、ぁ……っ!」
ようやく動きを止めると彼のものは一番奥まで達していた。私の中をこれ以上ないほど押し広げ、満たしつくしたそれはあまりにも熱い。彼の肌よりも、口内よりもずっと高く燃え上る程熱い。
だけどそんな熱すら快感へと変わるのが魔物の体。痛みすら感じそうなほどお腹の中を圧迫する感覚も、固いもので隙間ないほど埋め尽くされた感触も、全ては快楽へと変わり頭の中を蕩けさせる。
「はぁぁぁ…♪」
視界がぐらつく。頭の中に靄がかかる。だというのに彼の姿は鮮明に映し出され、体は敏感になっていく。
「ああ、もう…まったく。いきなりすぎるんだよ…大丈夫?」
そんな中彼は私の肩を掴んでそう言った。柔らかな声色で心配そうな面持ちで。夜よりも濃い闇色の瞳を覗き返すと私はゆっくりと腰を動かし始めた。
「ちょっ、とぉ!」
「んふっ♪あぁああっ♪」
横に寝ころんだ状態では体が動かしにくいが何とか腰を押し付けたり離したりする。その度中をごりごりと擦りあげられ、その度びりびりと強烈な快感が響いてきた。先ほど指を擦りつけたことなんて子供だましだったかのような感覚に恐怖すら覚える。だというのに魔物の体は貪欲に快楽を求め、さらに行為の先を求める。
「っ待…てって…!」
彼もきっと快楽を得ているのだろう。この行為から私を感じてくれているのだろう。だから切なげに声を上げ、堪えるように歯を食いしばっているんだ。そう思うとまた胸が満たされ、もっとしてあげたいと体が動く。
だが突然私の体は逞しい腕に抱きしめられた。
「あっ♪」
「ダメ、だって…っ」
見上げれば震える声でこちらを見つめる彼の姿。顔が赤く染まっているのは恥ずかしいからではないだろう。その証拠に触れ合う体から激しく刻まれる鼓動が伝わってくる。
「んっ♪」
唇を突き出せば難なく重なりあった。抵抗らしい抵抗もなくなり私の行為を素直に受け入れてくれるということだろうか。ゆっくり離れた唇は混じりあった唾液が橋をかけ、ぷつりと途切れた。
「ああ、もう…まったく…仕方ないな」
その口づけでようやく観念したのか呆れたようにつぶやくと私の体に腕がまわる。片方は背中に、もう片方は後頭部に。大切なものだと言わんばかりの抱擁にふにゃりと顔が歪んでいた。
もっと♪もっと♪
抱きしめられたくて、触れ合いたくて、彼の与えてくれるもの全てが欲しくてさらに腰を打ち付ける。胸いっぱいに広がるのは彼への想い。それをより熱烈に伝えるための行為であり、私が求める行為でもある。何度も何度も腰を動かす。溢れだした粘液のおかげで動きはスムーズになり、徐々に激しさを増していく。部屋の中に響くのは私の喘ぎ声と淫らな水質音。彼と私で奏でていると思うとどうしようもないくらいに興奮する。
もっとしたい。
もっとしたいと叫んでる。
感情を叩きつけるように彼に腰を押し付け何度も何度も繰り返す。言葉のない情熱的な行動に私も彼も徐々に高みへと押し上げられていった。
…あぁ♪くるっ♪
魔物の体が何かを悟る。それが何かはわからないが私の体は最初からそれを求めていた。私が女であることもっとも強く刻み付け、愛おしい彼から受け取れる大切なもの。一体どんなものかはわからなくも来るべき瞬間を受け入れようと体は勝手に動き出していた。
「ん、あぁあああ♪」
私の中で大きく膨れ上がる彼のもの。狭い膣内を隙間なく満たしたそれは何かの前兆のように暴れ始める。突然の感覚に動きを止めてしまうと次の瞬間、彼のものが勢いよく熱いものを吐き出した。
「っ!」
「あぁああああああああっ♪」
お腹の一番奥で弾けた何か。何度も脈打ち奥まで注がれては内側から体が焼けそうになる。だがその熱は今まで以上の快感となり、私の体を駆け巡った。だらしなく体を震わせながらも決して離れぬように手足を使って抱きしめる。お腹の中ではいまだに脈動し熱い粘液を吐きだす彼がいる。
気持ち、いい…っ♪
吐き出され、一番奥を粘液が叩くたびに目の前が真っ白になる。意識がばらばらに引き裂かれそうなほど強烈な感覚は普通の人間なら壊れてしまうことだろう。だけど私は魔物。人間よりもはるかに体は頑丈で―そして欲深い魔物だ。
「あ、やぁああああ♪」
「んんっ!」
魔物の体は私の意思とは関係なく彼のものを強く締め上げた。まるでもっとよこせと言わんばかりに柔肉を押し付けて絞り出すように律動する。彼もそれに応じるかのように残っていた熱をさらに注ぎ込んできた。
「ふぁあああ♪」
止まらない。吐き出されるたび、熱が染み込むたびに頭の中が真っ白に染められる。それでも欲望は収まりを見せず一番奥が彼に吸い付くと吸い上げる。私にはどうにもできない魔物の本能がもっと彼が欲しいと喚いていた。
「んん、ぁ♪…ぁ………♪」
ようやく落ち着いた時には彼の脈動も止まり、結合部から温かな熱が零れ落ちシーツに染み込んでいった。じんわりと下腹部から広がってくる優しい熱。手を当てるとまだまだ固い彼がいることがよくわかる。
ぽかぽかする…♪
お腹の中に吐き出された熱の塊。大量に出されたそれは溢れて漏れ出してくるほどだ。頭の中が真っ白になり、淫らな声が自然と漏れてしまうほど先ほどの感覚は強烈であまりにも甘美なものだった。
決して一人では得られない、彼だからこそ得られる快感。それこそが私達魔物の求める愛おしい相手の証。
彼はというと顔に手を当てて困ったように眉間にしわを寄せていた。何を困っているのかと思い覗きこむ。
「……やりすぎだよ。まったく」
呆れたようにため息をつく姿にしゅんとしてしまう。どうやら私のしたことは彼にとっては望まぬことだったらしい。項垂れると慌てて彼が私の頭に手を置いた。
「その、嫌じゃないんだよ。嫌じゃないけど……突然すぎるっていうか、さ。もう少し手順を踏むべきじゃないかなって思ってさ」
「…?」
「そ、だから全然嫌じゃないよ。だからそんな顔しないで」
優しい声に撫でゆく掌。いつものように暖かく、胸の奥がぽかぽかする。下腹部を満たしたものとはまた違う充足感に私は目を細めた。
「…ん♪」
びくりと私の中で震える彼のもの。未だに固さを保つそれは私の中で力強く脈打ち、これ以上ないほどの自己主張をしている。そのことを伝えようと下腹部を撫で、彼の顔を覗き込むと恥ずかしそうに頬を掻いていた。
「…そりゃ、一回二回じゃ収まらないよ」
「…っ♪」
「どうしたの?え、もっとしたい?ああ、もう……」
私は求めるように彼の体に抱きつくと彼は仕方ないかと呟いて私の体を抱き返すのだった。
初めて見た時はなんだと思った。
顔は美少女。
艶やかな髪の毛は水を滴らせ、頬に張り付く姿が少女らしからぬ、女の色気を漂わせていた。
手足は人外。
ごつごつとして無骨な、まるでファンタジーゲームの敵として登場しそうな鋭い爪や水かき、さらには尻尾まである姿は人間とはあまりにもかけ離れていた。
体はスク水。
もう何がなんだか…本当に何が何だかわからなかった。胸に大きくつけられたのはきっと名札やゼッケンに違いない。書かれていた文字らしき図はわからないが一般的に考えるならそうだろう。たぶん。
言葉を発することはなく、さりとて声が出せない訳でもなく。沈黙を好むのか口数のない彼女は釣りをしに来たオレこと黒崎ゆうたに興味を持ったのか度々その姿を現した。
最初は頭だけ。
次は傍に寄ってきて。
そうして気づけば体の上に鎮座して、やがては家まで訪れて、そして今に至っては―
「…」
「…」
「…」
「…あの、釣りしたいんだけど」
「…ん」
木陰で腰を下ろしたオレの上にいる、言葉を発さぬ彼女の精一杯の意思表示。それはオレの体に抱きついて離すまいと両腕両足を背へと回していた。
川に垂らした釣り糸代わりの蔦は揺れず、釣竿もまた同じ。これならしばらく見ている必要はないのだろうけど一応今日の飯となるものだ。果物もとってあるとはいえやはり主食は欲しい。
「一応罠の設置もしてきたいんだけど?」
「…」
「ん?とってきてくれるって?」
頷く。
まぁ、元々川から出てきた彼女のことだ、魚をとってくるのはわけないのだろう。だから、そのお礼とでも言わんばかりに彼女は頭を突き出した。
「撫でて欲しい?」
「…」
「まったく、仕方ないな」
「…♪」
オレの言葉に笑みを浮かべた彼女は物欲しげに顔を寄せてきた。そんな彼女の頭をそっと撫でてやると蕩けたように表情を綻ばせる。異形であろうと美少女であることに変わりない彼女のそんな表情を見るとどきりとする。夜にはさらに淫らな顔を見ているのだけど。
そしてどちらも喋らない。耳に届くのは小鳥の鳴き声や川のせせらぎ。それから、肌を伝わって染み込んでくる柔らかな感触と温かさ。人間よりも低くはあるが心地いい。そんな名も知らぬ人外の彼女を感じながら大きく欠伸をするのだった。
―HAPPY END―
14/12/15 23:13更新 / ノワール・B・シュヴァルツ