連載小説
[TOP][目次]
受け止める強さ
ここは魔物を認めぬ反魔物領域の典型的な王国だ。魔物と見れば見境なく殺し、魔物に見入られた人間すら容赦なく殺す。魔物という存在を許さない、主神の庇護下にある王国だ。
だというのに私は魔物になってしまった。この王国が認めない存在へと変化してしまった。

「ど、どうしましょう!?」
「どうしましょうっていっても…原因がわかないんじゃ対処しようがないよ」
「原因、ですか…?」
「あとは心当たりとかある?」

心当たりはもちろんある。以前ユウタさんと共に行った狸の看板を掲げたお店で買った髪飾り。今も私の三つ編みをとめている琥珀色をしたものだ。
確かにあの店主さんは言っていた。危険を冒さなければ相応のものは手に入らない。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』と。その言葉通り魔物の魔力が染みついていたし、それは私もわかっていた。
だが、昨日眠くて外すことを忘れてしまっていたがたった一晩で私自身が虎になってしまうなんて…!?

「こ、これです!」

髪飾りをとってみるが既に魔力は感じなくなっている。当然だ、その魔力は今私の体に馴染んでしまっているのだから。
外したところで戻るのならば苦労はない。それ以前に一度魔物となった者は二度と人間にはなれない。つまり今の私はもう人間には戻れない。もうこの魔物の体で生きていくしかないということだ。
ユウタさんは顎に手を当てて必死に考えを巡らすが良い案が思い浮かばないのか唸ってばかりだ。かくいう私も何も思い浮かばない。

「確か魔物ってなったら戻れないんだよね」
「…はい」
「…なら、とにかく誤魔化し通すしかないんじゃないの?今日は風邪で休むとかしてさ」
「さぼっても特に言われることはないから大丈夫だとは思いますが」
「…本当にそれでいいのか護衛職は」

あははと乾いた笑いで誤魔化すとユウタさんはあきれたようにため息をつく。

「とりあえずは誤魔化そう。それでこの王国から抜け出すか、はたまた隠し続けて生きていくかのどっちかかな」
「やっぱりそのニ択ですよね」
「そうじゃないと最悪レジーナや勇者の皆に狙われかねないからさ」

王国の四つの希望である勇者達。その四人を相手にできるほど私は強くはない。あの四人は規格外で、魔物どころか化け物クラスだ。そしてそれに肩を並べる戦闘狂の姫レジーナ様。彼女にもバレれば只では済まされないだろう。主神の庇護下のこの王国で魔物が生まれたとなればすぐさま打ち首、処刑、惨殺は当然のこと。証拠隠滅のため表沙汰にはならないように暗殺者すら差し向けられるかもしれない。
そんな頭を抱えたくなる現状だというのに関係ないと言わんばかりにお腹は切なく鳴いた。

「…」
「…」
「…とりあえずはご飯だね」
「は、はい…っ!」

あぁ、本当に私の体は正直なんだから…。
改めて椅子に座り、虎となった手でフォークをつかもうとしたそのとき、どんっと部屋のドアが叩かれた。

「「っ!」」
「おい、ユウタ。もう護衛の時間だろうが。今日は休みではないはずだぞ?」

ドア越しでも隠せない威厳ある凛とした声色。たった一言でも聞く者皆を惹きつけ、従える厳粛さのある言葉。それは間違いなく王国の頂点に位置する王族の、あの女性のもの。

ディユシエロ王国第一王女、戦闘狂と名高き戦士
『レジーナ・ヴィルジニテ・ディユシエロ』様のもの。

「え?え!?」

突然訪問してきたバレてはいけない人物トップクラスの人に私は驚愕を隠せない。
だがそんな私と関係なくどんどんとせわしなく叩かれるドア。ノックにしては乱暴で礼節なんてあったものではないがユウタさんと彼女の間にそんなものは必要ないのだろう。

「わざわざ一国の王女自ら迎えにきてやっているんだぞ、さっさと出たらどうだ?」

せかすように繰り返す強めのノック。だがドアを開けた先には魔物となった私がいる。隠れようにも最低限の家具しかないこの部屋には隠れる場所がない。
私ができることはせいぜい魔力を押さえ込み気配を殺すことだけ。

「まだ時間じゃないってのに何で…ああ、もう…まったく、仕方ないな!」

髪の毛を掻きむしったユウタさんはすぐさまドアへと近づいていき、手を伸ばす。その間に私は寝室へと行くべきか、はたまたキッチンへと隠れるべきかと迷っていると次の瞬間ドアがこちらに向かって開いてきた。

「っ!」

まずい、まだ隠れていない。さらにはドアの先には私が居て、それを阻むドアや壁は何もない。レジーナ様の視線は一直線にぶつかってしまう。ユウタさんの体の影に隠れようにも体格が違いすぎるし、尻尾や爪がはみ出してしまう。

「常に同じような対応で済むと思うな。急用が入って予定が変わることもあるんだ、お前の用事に付き合えるほど王族は暇ではない」

部屋の中にいるユウタさんに話しかけながらドアをあけ青い瞳がこちらを向いた次の瞬間―

「てぃっ!」
「むっ!?」
「!」



―あろうことか、その両目を掌でユウタさんが塞いだ。



一国の王女に対してやっていいことではない。彼女の肌に触れることすら恐れ多いというのに無礼どころか不敬罪で首を落とされてもおかしくはない行いだ。ユウタさんもそれぐらいわかっているだろうし、レジーナ様に至っては突然のことで何をされたのか理解して怒鳴りつける。

「おい!何をするんだユウタ!!」

顔を振って手を振り払おうとするが意地でも離すまいと目に両手を押しつけるユウタさん。右に左に首を動かし、そして二本の華奢な手がその腕を捕らえた。白魚のように細い指先だが込められる力は半端なものではなくユウタさんの腕に食い込んでいく。

「いだだだだだ!ちょっと待った!待った待った!」
「待っただと?おい、ユウタ……お前、一国の王女に向かって何という行いをしたのかわかっているのか?」

ドスの利いた低い声。威厳にあふれた声色は怒りに染まり、凛とした雰囲気は恐怖心をわき上がらせるものへと変わる。見たことのない姿と声にさすがの私も体の震えを隠せない。両手を顔に押しつけられている姿は滑稽極まりないが。
だがそれでもユウタさんは必死にレジーナ様の両目を覆い隠しながら言った。

「待ってレジーナ!今部屋散らかってるから!見られたくないからやめて!!」
「何が散らかっているだ。今更みたところで大して変わらんだろうが」
「見られたら困るものおいてあるんだよ!」

今のうちに逃げ隠れればいいものの体が思うように動かない。体調自体はすこぶるいいのだが目の前に居るのが一国の王女であり、今の私にとっては死神だ。さらには先ほどの威圧のせいで体が思うように動かない。できることは魔力を抑え込み、気配を殺すことのみ。
それを理解してかユウタさんは必死にレジーナ様の目を隠す。

「だから少し待って!今すぐ行くからもう少し待って!!」
「別にここで待ったところで変わらんだろうが。何をそんなに慌てているんだ」
「本当に頼むから部屋から出てって!!」
「……?…あぁ…そうか」

ユウタさんの必死な態度にレジーナ様は何かを悟ったように頷いた。依然として両目を押さえられたままだけど。

「ふふん、お前も結局は男だな。いや、男らしいことはいいことだが」
「え?…いや、そういうわけじゃな」
「何、皆まで言わずともいい。こればかりは私が浅はかだっただけだ。なんだかんだでユウタも男なのだからな」
「いや、あのさ、そんなレジーナが考えてるようなことじゃなくて」
「ただな、これだけの美女が目の前にいるんだぞ?そんなものに心惑わされるなど失礼極まりないのではないか?」
「…もういいよ、そういうことで」

ふふんと胸を張りどこか楽しげに話すレジーナ様とあきらめてため息をつくユウタさん。なにやら勘違いされたみたいだが無理矢理部屋の中へ踏み込むようなことはしなくなった。

「とにかく私が迎えに来てやったんだ。さっさと用意をしてこい」
「まだ朝食すんでないんだけど」
「遅い。5秒で支度しろ」
「せめて40秒は待ってよ」

レジーナ様を部屋の外へと追い出すと朝ご飯を掻き込み、水で流し込むと食器をキッチンへ運ぶ。かけられた上着を手に取ると袖に腕を通しながら言った。

「とにかく今日はここにいるか自分の部屋にこもってて。仕事終わったらすぐ戻ってくるから!」
「ユウタさんっ!!」

慌ただしく部屋を出ていく彼の背中に声をかけるとドアノブを握ったままこちらを振り返る。そんな彼に向って私はこれから直面するだろう最大級の問題を言った。



「お昼ご飯どうしましょうか!?」



次の瞬間ユウタさんは思い切りドアに頭をぶつけた。










ユウタさんが出て行ってしまうと私は一人部屋の中でため息をついた。
彼がいなくては私のすることがなくなってしまう。この姿で外に出歩こうものならすぐさま騎士や勇者に見つかり命を狙われる。
この部屋はそれなりの設備も整っているからか結界の類がかけられている。防音、対衝撃、はたまた多少の魔力を遮断する効果を持っているこの空間内なら魔物となった私の魔力も外には漏れないだろう。
一番安全なのはここに留まること。ユウタさんの部屋から出てきたところを見られれば彼にも被害は及ぶ。

だが、できることなら鍛錬をしたい。体を動かしたい。成ってしまった魔物の体、少しは試してみたい。

しかし人の部屋で暴れられるほど肝は座ってない。というか、これ以上迷惑をかけられない。
なら私にできることはなんだろう。
虎の手となった自分の手を眺めてみる。

「ほぁー……」

まじまじと見つめるとやはり人とは全く違う。鋭い爪に大きな指先、指の数は減り、体毛に覆われているが感覚は鈍くなったわけでもない。フォークを撫でると金属特有の冷たさと滑らかな表面の感触が伝わってくる。

「…虎だ」

肉球までができた私の手。一回りは大きくなったが慣れれば一撃でかなりの威力を期待できるだろう。それに魔物の体だ、人間よりもはるかに頑丈で力も計り知れない。
なら強くはなれているはず。だが、その力を確かめる術はない。少なくともこの部屋の中でそんなことはできない。
仕方ないので他の部分を眺めることにし、私は脱衣所へと足を勧めた。

「ふぁー…」

鏡に映る私の姿。普通とはまた違う、頬に刺青の様な模様が刻まれ、大きな耳や虎の手足となった姿だ。魔物は人間に近い姿から離れた姿と様々な容姿をしているらしいがどうやら私は前者らしい。
爪の生えた指先。あまりにも鋭くとがったそれはちょっと布地に突き立てただけでも容易く裂くことができるだろう。日常生活を送るには少々危ないかもしれない。

「耳は…」

髪の毛で包むようにしてお団子を作れば隠せないこともない。ちょっとくすぐったいがこの程度、ばれないためには仕方ない。
体から溢れ出る魔力。これは普段魔法を使うように魔力の流れを制御すれば感知されることはないはずだ。
となると問題は尻尾と手足。魔力を抑え込んだ程度で人間の姿には戻れない。ならば変身魔法を覚えなければ。

「…んん〜」

身体硬化や肉体強化の魔法を応用すればできなくもないかも。体にかけるというのならどちらも同じこと、ならばあとは多少のアレンジを加えればいいはずだ。
ユウタさんが帰ってくるまでに何とか人化の魔法を習得しておこう。そうしなければ明日からの見回りができない。流石に連続でサボるのはまずいだろうし。
だけそれよりも先に。

「朝ごはん、食べないとっ!」

魔物になっても私は私ということだ。








日が沈み、窓から月明かりが差し込んでくる時間帯になってようやくユウタさんが帰ってきた。乱れた制服と黒髪を見て今日もレジーナ様の鍛錬に付き合っていたのだとわかる。

「お疲れ様です、ユウタさん!」
「ああ、うん…疲れた。ちょっとシャワー浴びてくるわ」

げんなりとした表情で薄ら笑いを浮かべるユウタさんは制服姿のまま脱衣所へと消える。
あの姿から察するにかなり激しめの鍛錬だったことだろう。制服の一部が綻んでいたが刀剣を用いたのだろうか。それでも傷は一つもなく、治療魔法を使った形跡もない。
改めてあの細腕や柔らかな物腰からは想像できない実力を理解する。

今の私が戦ってみたらどうなるのだろうか。

かつて何もわからず敗北したがこうして魔物となってしまった私がユウタさんに試合を申し込んだらどうなるのだろう。いくらユウタさんとて人間と魔物の力の差は埋めようがない。だがそれでも隠した実力は計り知れず、私が知っているのは一欠片ほどなんだろう。
ワクワクする。
その実力がどれほどなのか。
ぞくぞくする。
その刺激がどれだけなのか。
強者と相見える悦びを、拳を交わす楽しさを、汗の弾ける激闘の爽快さを、私はただ求めてる。
それを与えてくれるのはきっとユウタさんだけだろう。
だが、あれだけ疲れている彼に申し込むのは忍びない。ただでさえお世話になっているんだ、そういうことはまた別の機会にしておくことにしよう。

「そう言えばリチェーチ。今日一日大丈夫だった?」
「ええ、全然平気でした!」

脱衣所から響いてくる声に私は返事をするとユウタさんが制服姿のまま顔を出した。

「どう?この先やっていけそう?」
「人化をすればなんとか外見は誤魔化せますよ!これなら何とかなりそうです。ただ、まだ肩から肘までしかできないんですが」
「え?それってそんなにすぐにできるもんなの?」
「できますよ!これでも私は部隊長ですからね!」
「へぇ、流石リチェーチだ」
「えへへ〜♪でも頑張れば全部できそうですけどね!」
「…ん?それじゃあ今日は何してたの?」
「寝てました!」
「…んん?」

ユウタさんは怪訝そうな顔をするが仕方ない。
この姿になって稽古はできない状況だった。それに人化といえど魔力の消費もあり、疲労もたまる。そこへユウタさんの匂いが染みついたベッドときた。私の普段使っているものよりも幾分か質のいい柔らかなそれを目の前にしては眠るなという方が酷だろう。
だがその一言にユウタさんの顔が引きつるのが見えた。

「そっかー………それじゃあ指先までできるように頑張ってみようか」
「え?」
「そこまでできたらご飯にしよう。大丈夫、待っててあげるから」
「ゆ、ユウタさん?」
「今度は寝ないで頑張れ、リチェーチ」

にぃっと浮かべた笑みは目が笑ってなかった。










「虎って言うのは猫科の動物っていうし…もしかしたらネギとか柑橘系の果物が苦手になってたりしてね」
「そうでしょうか?私フルーツも大好きなんですが」
「まぁ参考程度に覚えておいてよ。別に全部が猫と同じってわけじゃないだろうからさ」

夕食を終えたユウタさんが食器の片づけを終えるとソファに座り込んだ。相変わらず美味しい料理を振る舞ってもらい、膨れたお腹を満足げにさすりながら私はユウタさんの隣に座り込む。

「それで、どう?その姿でこの王国でやっていける?」
「頑張ってできるようにしましたよ!ほら!どうですか!」

数時間はかかったがなんとか人の姿に戻した手を見せつける。それだけではなく足もまた人の形へ戻っていた。だが集中しなければ解けてしまうだろう。わずかに気を緩めるだけで私の手は虎のそれへと戻ってしまった。

「…やろうと思って戻せるもんなんだね」
「身体強化の応用ですよ。こう見えても私騎士養成学校にいた時は身体能力強化魔法の成績はトップだったんですから!」
「そういうのこっちにもあるんだ。それじゃあリチェーチは魔法全般得意なの?」
「それが得意なのはそれだけであって魔法らしく火や水を出す方の科目では最下位でした」
「得意不得意ってあるからねぇ」
「いえ、つまらないから講義中ずっと寝てただけです!」
「…そのころからサボり癖ついてたのか」

呆れながらもユウタさんは私の手を取った。肉球を撫で、鋭い爪をなぞっていく。人間ではなくなった手がよほど珍しいらしい。まぁ、この王国にいれば魔物に出会う機会もないのだから当然だろう。

「んで、その姿って常に維持できるの?」
「それは厳しいですね。ずっとやってると大幅な魔力消耗につながりかねません。ただでさえここは反魔物領域の王国ですから魔力が尽きてばれた途端皆が殺しにかかってくるなんてこと普通にありえますよ」
「…よくよく考えるとここって物騒だよね」
「ですね」

私は魔物に対してそこまで嫌悪感を抱いてはいないがこの王国に住まう王族を筆頭に勇者、騎士、それから国民のほとんどは魔物を毛嫌いし、憎み、殺したがっている。本来ならば魔物化する危険性のある道具すら持ち込みは禁止のはずだし、魔物に関わるものも所持しているだけで処刑されることもある。
そして私はこれでも護衛部隊を率いる隊長。そんな立場で魔物化したと知れればどうなるのか…考えたくもない。

「この王国を出て魔界にでも行く?一応魔物に知り合いいるから頼めば連れてってもらえると思うよ」
「いえ、しばらくはここに留まろうかと思います。こんなのでも私は護衛部隊の隊長ですからね。せめて私の後釜になれる人ができるまではなんとか隠していきますよ」
「…そっか」

頷くとユウタさんはよしっと小さくつぶやきソファから立ち上がる。戸棚の方へと歩いていくと何かを取り出して私の隣に座り直した。

「それじゃ手、出して」
「手ですか…?」

ユウタさんに言われるがまま私は手を差し出した。すると手を取られ爪の先に何やら固いものを押し付けられた。見れば城下町でも売っていそうな爪切りと爪やすりだ。

「爪を切るんですか?」
「そ。それだけ鋭いと引っかかって日常生活に支障が出るからね」

確かに布地に突き立てただけで裂けるほど鋭い爪ではカーテンやシーツに引っかかっただけでも切れてしまうだろう。普段からずっと人の姿を保てないのだからこればかりは仕方ない。
ユウタさんは爪やすりを押し当てるとゆっくりと左右に動かし削り出す。

「痛くない?」
「はい!」
「ならよかった」

人に爪を整えられるというのは初めての経験だが悪くない。いや、むしろ良い。むずむずとくすぐったくあるが決して嫌なものではない。不思議な感覚でふと鼻歌でも口ずさみたくなってくる。
そうしているうちに気づけば鋭かった爪が大分丸くなった。これなら無理やり力を込めなければ傷を作ることはないだろう。
改めて手を結んだり開いたりしてみる。人間ではない虎となった手は指が一本少なくなったが感覚的には大差ないだろう。

「指減ったね」
「あ、はい。でも人間だったころと大差ありませんよ!」
「何か不便になった?」
「今のところはありません!ご飯を食べるときはスプーンやフォークを使えばいいだけですからね!」

にぎにぎと指先を握りこんでくるユウタさん。比べてみると彼の指よりもずっと大きく太くなってしまっている私の指。ためしに手を合わせてみると一回り程私の手が大きく、爪なんて二回りも違うんではないだろうか。

「そう言えば先ほど爪の手入れ、随分と手慣れていましたね」
「まぁね。父親の実家で猫飼ってたからさ」
「私は猫じゃありませんよぅ!」
「虎もネコ科なんだから似たようなもんでしょ」
「にゃあ!」
「虎はにゃあって鳴かないよ」
「わんっ!」
「それ犬」
「じゃぁ虎ってどう鳴くんですか?」
「…がおー?」
「がおー!」
「…んー」

悩むように唸るとそっと伸ばされたユウタさんの手が私の顎へと添えられ、指先がくすぐる様に撫でていく。まるで猫を愛でるかのような手つきだがこれが結構心地いい。

「んんん〜♪」

今度は耳と耳の間を撫でられながら喉をくすぐられる。暖かな指先がなぞる度に情けない顔を晒してしまうが抵抗しようにも体が動かない。この感覚を喜んで享受したがっている。
魔物となって感覚が鋭くなったせいだろうか、はたまた魔物独特の貪欲さゆえのものだろうか。

「ほらほら〜」
「あぅぅ〜♪」
「虎よりも猫っぽいね、リチェーチは」
「えへへ〜♪」

頭を撫でられ喉をくすぐられ、目を細めて身を捩る。
まるで本当の猫みたい。魔物になってしまったから外見だけではなく内面も変化しているのだろう。強くなっただけではなく、厄介なこともたくさん増えてしまった。
それでも、こんな風に撫でてもらえるというのなら虎になるのも悪くない。そんなことを考えながら私はユウタさんに撫でられていたのだった。


14/10/12 20:47更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
戻る 次へ

■作者メッセージ
ということで堕落ルート人虎編第三話
魔物となってから特に悩むことなく受け入れるリチェーチです
それでも隊長としての責任を果たすぐらいにはしっかりしてるんです
サボりますがw
虎というよりも大きな猫な彼女でした
これからは魔物だということを隠しながら彼に助けられつつディユシエロ王国で頑張っていきます
そして次回はバトル編
とうとう人虎となったリチェーチがその実力が彼にどこまで届くのか、挑みます

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33