糸と貴方とオレと服
河原の柳が風でざわめき、帯刀した侍や和服姿の人が街中を闊歩する。
まるで漫画やドラマのような、はたまた歴史の教科書にありそうな建物が並ぶ街。人々は忙しそうに街を行きかい、時には売り子の声や待ち人の世間話の声で賑わう様は見ているだけでも面白い。
だがしかし、こんな街並みでも時には悲鳴も響くときがある。泥棒、すり、強盗、恐喝、はたまた殺人、辻斬りと物騒なことも時には起きる。人がいれば秩序が生まれ、犯罪が起こるのはどこであろうと変わらないことらしい。
そんな中でも日差しは暖かく頬を撫で行く風が心地いい今日この頃。河原の茶屋でみたらし団子を頬張りながら水の流れを眺めてぼーっとするくらいの平和さはあった。
「…いて」
温かな風が瘡蓋になった頬の傷を刺激する。既に数週間経ったというのにまだまだ傷は癒えそうにない。救いなのは刃物の鋭さゆえに跡が残らないだろうということか。ざらりとした感触を確かめて傍に置かれた団子へと手を伸ばしたその時突然声を掛けられた。
「お隣よろしいですか?」
「あ、ええ、どうぞ」
柔らかく透き通った女性の声にオレは椅子の端へと移動する。昼を少し過ぎたこの時間帯空いている椅子は他にもあるだろうになどと思うがここはオレの知っている街とは違う。
袖振りあうのも多生の縁。
義理と人情と粋の街。
人と人との関わりを大切にするこの場所では誰もが友好的で時に豪快で、それでいて温かい。
それがこの国、ジパングというものだった。
皿を膝の上に載せ端へと移動したオレの視界の端に映る細長い何か。黄色と黒の警告色にふと踏切を連想してしまったがこの世界に電車はない。あ、と気づいた時には綺麗な女性の顔が覗き込こんできた。
「しの、さん…」
「やっと気づきましたね。どうも、ゆうたさん」
そう言ってにこりと笑ったのはこの街で呉服屋を営む女性だった。ただし、女性であっても人間ではない。黄色と黒の細長い足が複数下半身から生え、後ろには丸い蜘蛛の尻の様なものがある。
下半身は巨大な蜘蛛。だが上半身の女性の姿は美女というのにふさわしい。蜘蛛の模様のある和服を着崩し豊かな胸と白い肌を惜しげもなく晒されている。整った顔に柔らかな光を宿した瞳とふっくらとした桜色の唇。尖った耳に赤い刺青と変わった身なりをしているがそれが逆に人にない艶めかしさを感じさせる。
彼女は小さく笑うと改めてオレの隣に座りなおした。
「今日もお仕事ですか?ご苦労様です」
「仕事って言ってもそんな疲れるもんじゃないですよ」
「ですがいつも危ない目にあってるそうじゃないですか」
「いつもって程じゃないですけどね」
職業上怪我をすることは多いだろうし、最悪死ぬことすらあり得る。それが今オレがやっている『同心』というものだ。
ここの文字が読めず通貨も違う以上オレのできることなど街の巡回と取り締まりぐらい。だが実際には面倒事さえなければ比較的平和な仕事でもある。
「同心なんて怪我して何ぼの仕事ですからね。怪我の一つや二つで騒いでられませんよ」
「でも…こんな怪我、させてしまって…」
そう言ってしのさんはオレの頬へと手を伸ばす。赤黒く変色した瘡蓋のあるそれは実は刀傷だ。
というのもしのさんの呉服屋での泥棒を捕まえた時に不意打ちでもらってしまったものだ。蜘蛛の妖怪であるジョロウグモ。紡ぐ糸は上等な布となり、仕立てた服は高値で売れる。それ故にジョロウグモが仕立てた服や布が持っていかれたり彼女の店が強盗にあうことは少なくないという。それを知ったら流石に下手に出て商売道具をダメにするわけにはいかず、故に反応は遅れ、一太刀貰ったということだ。どうやらまだまだオレも未熟らしい。
「これぐらいならすぐに治りますよ」
布は全て汚れ一つつかずに回収できたし、治れば傷も残らないと医者が言っていた。それならしのさんが気に病むことは何もない。
だが彼女にとってオレの怪我は自分の責任だと感じているらしい。確かに守ったのは彼女の商売道具なのだが…少し大げさではないか。
そんな風に考えているとしのさんは茶屋の方へと顔を向けた。
「おばさん、私とゆうたさんにお団子一皿ずつお願いします」
「え、ちょ、しのさんっ!」
「せめてこれくらいはさせてくださいな。お団子、好きなんでしょう?」
「団子っていうか甘いものなら何でも好きですけど…」
「あら、それならこの前お客様に貰ったかりんとうがあるんですよ。今度うちに寄ってきませんか?」
「そんな、そこまで迷惑かけるわけには…」
運ばれてきたお団子を受け取り遠慮がちに口へと運ぶ。それを隣で見ていたしのさんは満足そうに頷いた。
少しばかりおっとりとした優しい女性。人ではないがそんなこと関係なく魅力的なお姉さん。甘えれば存分に甘やかしてくれそうな、そんな印象のあるジョロウグモ。
時折申し訳ないと思ってしまうがそれでも心地いいとも感じてしまう。それは彼女が美女だからか、はたまたこのような場所で頼れる数少ない人物だからか。どちらにしろ彼女と共に居る時間は悪いものではない。
「今日はこの後はまたお仕事ですか?」
「ですね。巡回しとかないとまた泥棒とか調子に乗った浪人とか出てきますし」
「…わざわざそんな危ないことしなくてもゆうたさんなら別の仕事で稼げばいいじゃないですか」
「いや、まぁ、給料が良いっていうのもありますけど字が読めない以上こういう肉体労働しかできませんからね」
口の中に広がるみたらしの甘さに思わず頬が緩む。スーパーで売ってるような無機質でただの見た目だけのものではない、ちゃんとした手作りの本格的な味に口元が緩んだ。
「ふふっ♪本当に甘いものお好きなんですね」
そんな様子をしのさんに見られた。恥ずかしい。
視線を彼女へ移すとちょうど団子をに口を付けていた。桜色の唇が団子を含み、白い頬が揺れる。そして細い喉が上下しちろりと桃色の舌が唇を舐めとった。
艶めかしい。その姿も、雰囲気も。捕食者のような下半身も。
「あら、そんなに見られては恥ずかしいですよ…♪」
「…すいません」
小さく笑って川へと視線を戻す。そうして二人並んで団子を食べ続けるのだった。
頬の傷も目立たなくなり後少しで消えるだろうという、今日この頃。オレはいつものように街を見回っていた。行き交う人々に目を向け不審な人物がいないか確認する。そうしていると大きな屋敷や店の並ぶ通りへとたどり着いた。
巡回として見回る順路にあるしのさんの家。ここら一帯大きな屋敷や店が連なるこの街で一番活気のある場所。そこでもかなりの大きさを誇る呉服屋こそ彼女の家であった。
「…」
そう言えば今日はまだあってなかったなとちらりと入り口から店の中の様子をうかがうと人はいない。しのさんもいない。
「…不用心な」
これなら誰かが入ってものをとっても気づかれないだろう。せめて警備員や用心棒の一人は雇った方がいいのではないだろうか。赤外線装置や防犯ブザーすらないこの街ではそれぐらいしか手だてはないだろうに。
しばらくここ周辺を見回っておくことにしよう。活気があるのに泥棒やスリも多いこの場所なんだ、念入りにしておくべきだろう。そう思ったそのとき。
「あら、ゆうたさん」
「あれ、しのさん」
突然背後から声をかけられてそちらを振り返るとしのさんが片手に籠を抱えて立っていた。中にあるのはオレの見たことのない植物ばかりを詰め込んで。
「休憩中ですか?」
「巡回中にたまたま寄っただけですけど…そういうしのさんは?」
「友人からいい染料が手には入ったという事で分けてもらいにいったんです」
ほらといって彼女は籠の中の植物をオレに見せた。服も染料もなにもわからないオレにとってはこれをどうするのかもわからない。
「これを使うとむらのない黒色に染まるんですよ。きっと、ゆうたさんにお似合いな色でしょうね」
「まぁ、普段からこんな服しかきてませんからね」
「それならどうです?着物を見ていきませんか?」
答える前に彼女の白魚のような指がオレの手を掴んだ。
「え?」
「前々から思ってたんですよ。その服もいいと思いますが着物姿のゆうたさんも見てみたいと」
「いや、でも服ってかなり高いものでしょう?そこまで贅沢できませんよ」
「恩人からお金なんてとりませんよ」
「でも今までだっていろいろとお世話になってるのに悪いですよ」
「もう、お堅い人ですね」
それだけでは止まらずに肩をいくつもの蜘蛛の足に抱かれる。
「え、あ」
「こちらへどうぞ。ゆうたさんの好きそうな甘味やお茶もちゃんとお出ししますよ」
「いえそんな悪いですって!」
「お姉さんの厚意には甘えるものですよ」
結局そのまましのさんに連れられるまま店内へと入っていくのだった。
「これなんてゆうたさんにお似合いですよ」
店内でいくつもの布の束を取り出したしのさんはオレの体に布地を押し当てた。どこか上機嫌な彼女は嬉しそうに頷いてその布を手渡してくる。
それは学生服と似た色だがどこか透き通ってるような、艶さえありそうな黒色だった。そう見えるのは着物を染めた色だからか、はたまた着物の布地が上等なものだからかわからない。
「へぇ…」
普段から着込んでいる学生服とワイシャツとはまた違った肌触りの布地。なめらかで肌に吸い付くような、決して不快感を与えない心地よい感触。見て触れてよくわかる、かなり上等な布地だ。
撫でていると背後から二本の腕が伸びてきた。キメの細かい肌が触れ、白魚のような指先がオレの指に絡み合う。
「もっと確かめてください。肌に張り付くその感触を」
隣から囁くように紡がれた言葉に一瞬ぞくりとした。
「柔らかくて、とても上質でしょう?私が一生懸命織ったものなんですよ」
「そ、それって結構苦労しませんか?」
「なれれば簡単ですよ。私には足もたくさんありますし、糸は私が出せばいいだけですし」
その言葉にはたと気づく。
この織られた布地はしのさんが紡いだ糸であり、しのさんが出した糸でもあるんだ。下半身の蜘蛛の部分から吐き出した糸で丁寧に作り上げたものがこの布地なんだ。
つまるところしのさんが作ったというよりもしのさんで出来た布地というわけで…。
「…っ」
そう考えるとこうして触れているだけで彼女に触れているようなものではないかと思ってしまう。肩を叩くよりも大胆に、指先が触れるよりも背徳的に。オレは彼女のいけないものに触れている気がしてしまう。
考えるべきじゃなかった。
「どうですか、ゆうたさん」
絡んだ指先がより強い力で絡んでくる。背中には柔らかい感触のものが押しつけられ耳元を吐息がくすぐってくる。蜘蛛の足が体を包むように広がっては肩にしのさんの顎がのせられた。ふわりと香る甘い匂い。甘味ではなく、花に近いその匂いは染料の植物を持っていたからだろうか。
「貴方の肌を包む布地として心地よいものでしょうか…」
「…っ」
ぞわぞわする。背筋をくすぐられるような、それでいて首筋に牙を突き立てられるような。期待と恐怖の入り交じる筆舌しがたいものが体をふるわせる。
それが何なのか理解する前に体は危険から逃げるようにするりと彼女の腕から抜け出した。そのまま二、三歩なんとか距離を置く。
「あっ」
「そ、それよりもほかの布も見せてくれませんか。せっかくだからどういうのがあるのか知りたいんですよ」
「それならこちらに来てください。ついでに採寸をしておきましょう。きっとゆうたさんも気に入ってくれるものを作りますからね」
「作るってそんな…」
「だから…」
布をいくつもかかえたまま距離を詰めてくるしのさんは顔をそっと寄せ。
「夜にまた、来てくださいね?」
そう言いながら舌なめずりをする。どこか捕食者めいた瞳の輝きにまた背筋がふるわされる。
まずい。何を根拠にそう思ったのかはわからなかったがそう思わずにはいいられなかった。
結局あんなことを言われて行かないのは失礼だろうと思い同心の仕事を終えた後オレがその足でしのさんの呉服屋を訪ねていた。昼間のように連れられてたどり着いたのは姿見の置かれた大きな部屋。蝋燭の明かりで淡く照らされる畳張りの部屋だった。
「こちらをどうぞ」
しのさんに手渡される折りたたまれた布地。指先に昼間に感じた心地よい肌触りを感じる。それを蝋燭の近くで広げてみた。
「おぉ…」
黒い布地に白い蜘蛛の糸の模様を刻まれた着物。肌に吸い付くような滑らか手触り。撫でただけでもわかる上質な布地の感触。
これをたった一人でそれも一日もかけずに完成させたのか。着物の作り方なんて知らないがこれだけ上等なものだと数日はかかるものではないだろうか。
「試しに着てみませんか?姿見もこちらにありますよ」
「そう、ですね…それならせっかくだし着させてもらいます」
学ランのボタンを外して畳んで傍に置こうとして―気づく。
「…」
先ほどから微笑みを浮かべたままこちらを見続けるしのさんの視線に。
「あの、さすがに人前で脱ぐのは恥ずかしいんですが…」
「でも着物を一人で着るのは大変でしょう?お手伝いしますよ」
「いや、着付けならオレも一人でできるんですが」
「遠慮しないでくださいよ」
そう言って白い腕が伸びてきてワイシャツのボタンを手際よく外していく。彼女にとっては見慣れぬ服だというのに呉服屋であるからかどうすれば脱がせるかなど分かり切っているのだろうか。気づけば上半身を裸にされていた。
「ささ、今度は下の服も脱いでください」
「自分で脱げますよっ!」
大慌てで彼女の手から逃げて仕方なくベルトをゆるめる。だがそこでもやはりこちらを眺め続けるしのさん。
「…」
さすがに美女の前で肌を晒せるほど神経は図太くない。恥ずかしいし、何よりいろいろと危ない気持ちになる。
師匠なら眺めるどころか脱がしにかかってくるような厄介な女性だが…これもこれで厄介だ。
「あの、あまり見られると恥ずかしいのですが」
「すいません。随分と綺麗なお体をしていると思いまして」
「まぁ、一応鍛えてますからね」
そんな会話を交えながらもすぐさま着物を掴んで袖に腕を通した。布は滑らかに肌を撫でていく。灰色の帯をしのさんの手伝いで巻いてもらう。後はわずかに乱れた部分を直し完成だ。
「あぁ、やっぱり着物姿のゆうたさんも素敵ですよ」
「おぉ…!」
蝋燭に照らされる、夜の闇にとけ込みそうな布地にうっすらと浮かび上がる白い蜘蛛の糸の模様。肌にこすれる感触は心地よくどこか甘み香りがするのはしのさんが織ったものだからか。
そこらの服なんて目じゃないほどの着心地の良さ。軽く、また暖かく、それでも夏場には程良く風を通してくれるだろう。
「どうでしょうか?」
「すごくいいですね、これ。ただ少し動きにくいですけど」
「ふふ、そこは仕方ありませんよ」
少しばかり体を動かしづらいと感じるのは着物という衣服故のものだと諦めるしかないか。だとしてもこれほど上質な服、デザインも材質も作りも文句はない。
金額にすれば数万どころか数十万はいくのではないか。それをここの通貨に直すとどれほどの金額になるのか。
「しのさん、これいくらくらいになります」
「お金のことはいいと言ったじゃありませんか。これは助けていただいたお礼ですよ」
「いや、でも…」
これだけ高級なものをただでもらってはさすがに申し訳ない。いくら恩返しと言っても釣り合いがとれるようなものではないだろうに。
「やっぱりこれだけ高価なものを頂いて何も返さずにいるのは申し訳ないと言いますか…」
「律儀なんですね。でも今はこの服を堪能して下さい。腕を伸ばしたり少し動いてみたり、採寸に失敗があるかもしれませんから」
「そんな、ぴったりですよ」
そう言いながらオレは姿見の前でくるりと回ったり腕を伸ばす。体を動かす度に肌をこすれる布地の感触が心地いい。背丈や袖の長さはぴったりでその上見えずらいところまで細かな蜘蛛の装飾が施されている。
白い糸が絡んで出来た蜘蛛の巣のデザイン。現代でもありそうな、だけども上品さのある模様は姿見に映るしのさんの着物と同じものだ。
オレの視線に気づいたのか彼女はぼそっと囁いた。
「お揃いですね」
「…ですね」
どこか気恥ずかしそうに笑う姿見のしのさんを見てオレもまた笑う。
何でこのデザインをチョイスしたのかはわからないがかっこいいから気にしない。ただ、人前で着るのは少しばかりはばかられる。しのさんと並んで歩こうものなら恥ずかしくて町中をあるけなくなるかもしれない。部屋着にするにしては上等すぎるが外に着ていって汚すよりはましだろう。
だが、上等すぎる故にやはり思ってしまう。
「しのさん、やっぱりお金払いますよ」
これだけ上等なものをもらって何も返せないのは心苦しい。第一彼女はこれで生計を立てているんだ。普段だってお菓子をごちそうになったりお茶をもらったりしているのにこれ以上もらってどうすると言うんだ。
払えるかは不安だが払わずに事を済ませられない。
「もう、ゆうたさんたら…いいといっているじゃないですか」
「でもやっぱりそういうわけにはいきませんよ。普段だってお世話になってるんですから」
「私だってゆうたさんに助けてもらったのですからおあいこですよ」
「でも…」
もう消えかけている刀傷。消えれば跡すら残らない。すなわち彼女が気に病む原因はなくなるし、恩だからって甘えられることもなくなる。少しだけ寂しいがそれが普通だ。
「ふふ、本当に…律儀な人」
小さく笑うしのさん。だが、どうしてかその笑みは見ているだけで首筋が寒くなる。普段優しいしのさんらしくない笑みというか、まるで獲物を前にし愉悦に浸る獣みたいというか。
「でも大丈夫ですよ」
「え?大丈夫って…」
何が大丈夫なのか、尋ねようとしたその時。
「お代はこれから頂きますから…」
その言葉が合図だったかのように部屋の蝋燭が消え、オレの体の動きが止まった。
「…あ?」
まるで何かに引っ張られるように腕の稼働域がいきなりせばまる。腕だけじゃない、足も、体全体もだ。身をよじる程度の事は出来るのにその場から動くことが出来なくなった。
「な」
まるで油の切れたロボットのような鈍い動きすらできなくなりオレはその場に立ち尽くす。するとしのさんが背後からゆっくりと歩いてきた。
「あら、体が動きませんか?」
「しのさん、これ…!?」
肩に手を添えた彼女はそのままオレの体をゆっくりと畳の上へとおろされた。
何が起きているのかわからない。だが、これを用意したのはしのさんなのだから何か知っているはずだ。そう思っていると着方が緩かったのか着物がずれた。
「…?」
途端に見えるようになるなにか。暗がりでも何とかわかる白いそれは。
「っ!!」
着物の下にあったのはおびただしい量の白い糸だった。細いものから太く頑丈にからみつくもの。粘性を持って張り付くものと様々なものがオレの体に絡んでいる。
先ほど動きにくいと思ったのは着物の構造ではなく、着物内にこれほどの糸がからみついていたから立ったのか。
「絡んでいたの気づかなかったでしょう?その布も私の糸なんですから」
拘束したのはしのさんの糸。織られたものもしのさんの糸。見た目は違えど材質は両方とも同じものだ。ならば肌触りで気づけるはずがない。絡んでいることすらわからない。そして蝋燭のみで照らされていた部屋で見つけられるわけもない。
「引きちぎることも抜け出すこともできませんよ」
にちゃりと粘つく糸がしのさんの指先からいくつも紡がれ両腕を巻く。
昔の教育番組でみた光景が脳裏に浮んだ。白い糸を獲物に巻き付け、白い繭のような形にして持ち去っていく強大な蜘蛛の姿が。今のオレはその獲物と似た状況で自由の利かない、主導権を完全に奪われた姿だ。
絡みついた糸は縄と違い粘りつき引き抜くことはできそうにない。力を込めて引きちぎろうにも蜘蛛の糸は一本でもかなりの重さを支えたはず。それが人間大となれば頑丈さも格段に跳ね上がるだろう。だが、気にすべきはそこじゃない。
「何でこんなことを…?」
着物に糸を隠してまでオレを捕らえた意味は何か。それをしのさんに問うと彼女は優しく、だけども有無を言わさない雰囲気を纏っている。
「それは私にとってゆうたさんが大切だからですよ」
「…たい、せつ?」
大切だから…縛るものだろうか。いや、ジョロウグモという性質上そう言うものなのかもしれない。人間の理解の及ばない存在なんだ、オレじゃわからないことぐらいある。
なんてことを考えていると畳に寝かされたオレの傍にしのさんが寄ってきた。
「私の布を大事に扱ってくれました。他愛ないことだと思われるかもしれませんがそれでも私にとっては大切なことなんです」
しのさんの指先が首筋へと上ってきた。くすぐったい感覚にオレは体をふるわせる。
「あれは私の糸で織った布です。私にとっては商売道具として、皆さんには服の布として扱われることが普通です。服になれば汚れることも当たり前で脆くなり破れることもあるただの布なんです」
ですが、としのさんは言葉を続け笑みを浮かべた。普段から見せてくれた優しい笑みを。
「でも…ゆうたさんはそれを大切に扱ってくれました」
「あれだけ上等なものだったら誰だって大切にしますよ」
「怪我をしてまでですか?」
彼女の指が頬に触れた。既に癒えて消えてしまった太刀傷をなぞるように。
「汚さないように、傷つけないように、自分の身を挺してまでただの布を守りますか?普通の人なら怖がって布なんかって見限っちゃいますよ」
「それは…ほら、一応同心ですから」
「そんなこと関係ありません」
両手が頬に添えられしのさんが顔を寄せてきた。鼻先が触れ合い額が重なりほんのりとした暖かさを感じる。
「職業柄、ものを大切にする人は皆心が優しい人だと知っているんです。ゆうたさんもまた、心の優しい人。それで律儀で真面目な人です」
真正面から、それも顔を逸らすことのできない位置でそのようなことを言われれは恥ずかしくてたまらない。ただでさえ美人なのだから照れてしまう。
「そんな人がいるのに欲しがらない女なんていませんよ」
「…え?欲し…え?」
「ええ」
桜色の唇がはっきりと言葉を紡いだ。
「欲しいんです。ゆうたさんが。ゆうたさんの、全てが」
聞き間違いなく届くその一言。オレの常識が外れてなければ告白にも等しい言葉。それを言ったしのさんは恥ずかしそうに頬を染めた。
「だからこうして縛っているんですよ。ゆうたさん、こうでもしないと逃げますから」
「いや、別にしのさんから逃げませんよ」
「嘘。昼間に逃げたでしょう?」
その言葉にハッとする。確かに昼間体を寄せられた時に離れたがあれはあのままだといろいろと危ないことを考えてしまいそうだったからだ。断じて逃げたわけではない。
だが彼女にとってはそうとしか思われていない。結果、こうして捕らわれた
「すばしっこくて猫みたい。でも、これならもう逃げられませんね」
白魚の様な指先がオレの唇を撫でていく。頬を撫で、耳に触れ、首筋へと降りていくとしのさんは体をずいっと寄せてきた。
「もっとその顔を見せてください」
豊満な胸が着物越しに押し付けられ柔らかそうに形を変える。暗闇でもはっきりとわかる綺麗な顔はすぐ目の前にあった。整った鼻筋や艶やかな唇やきめの細かい肌。そして、普段は優しさ溢れていた瞳は暗闇の中で妖しい光を宿していた。
視線から逃れるように顔を背けると腕が伸びて挟み込まれる。
「…ぁ」
「逃がしませんよ」
にっこりと笑っているのだがその笑みは優しさのない、加虐に溢れた捕食者の笑み。欲しいものを手に入れた愉悦の笑みだ。
「誘っても靡かないし、近づいては猫みたいに逃げるんですからもうどこにも行かせませんよ。そのためにもまずは…その唇からいただきましょうか♪」
「え?な―」
言葉は唇によって遮られた。
初めて触れる他人の唇。それは暖かくて柔らかく、それでいてどこか甘い風味がした。
あまりにも突然のキスに驚き体を離そうとするが粘つく糸がそれを許さない。さらには後頭部にまわされた二本の腕に顔を離すまいと抱き寄せられる。それほど強い力ではないが身動きの取れないこの状態では抜け出すことなどできやしない。
「ん、れろっ♪」
「むっ!?」
無遠慮に唇を割り開いて押し込まれる湿った柔らかいもの。唾液をたっぷりと滴らせたそれは味わうように、それでいて口内を徹底的に蹂躙する様に蠢いた。
「ん、んっ♪ちゅ♪」
歯を丹念になめとってはもっと深くまで求めるように伸びてくる。それはオレの舌に触れるとすぐさま絡め取るように巻きついてきた。滴る唾液が混ざり合い淫らな音を頭の奥まで響かせる。
「ん、ぶ…は、ぁっ!」
「んむっ♪」
「っ!」
呼吸のためなんとかわずかに離した唇は再び強く押し付けられる。それも今度は先程上に強く、深くへと舌が伸びてきた。
舌の表面をねっとりと擦り合わせる。流し込まれる唾液を飲み込み、時折口内を啜られ吸い付かれる。舌を引っ張り出されたかと思えば柔らかな唇に挟み込まれ、甘噛みされる。
暴力的で、一方的で、そして情熱的なしのさんとのキス。その感覚に頭の中にもやがかかり手足からは力が抜けていく。
長い長い口づけは数十分に及んだのかもしれない。そう感じられるほど長くしのさんはオレの口内を蹂躙しつくしていた。
「はぁ…ぁ……ふふっ♪」
ようやく離れた唇からは混ざり合った唾液が橋をつくり、ぷつりと切れる。それを見てしのさんは小さく笑った。
「ゆうたさん、今、どんな顔をしているかわかりますか?」
「ぇ…?」
あまりにも激しい口づけのせいで体の方に力が入らない。彼女の言葉にオレは力なく聞き返すことしかできなかった。
そんなオレを前にしてしのさんは唇の端から滴った唾液を舐めとる。その仕草がいやらしい。
「とぉってもいやらしい顔をしてますよ♪」
体を寄せて耳元で囁かれた言葉。胸板で柔らかな胸がつぶれ、下腹部には着物越しに彼女の体が重なった。
「っ…」
押し付けるように寄せられたかる体と瑞々しく滑らかな肌の感触。体重をかけ密着する面積が増えていく。
「あら♪」
それは彼女も同じであって触れる部分が多くなれば当然それに気づいてしまう。
「縛られて口づけされて…こんなになってしまうのですね♪」
下腹部で固く主張する男の証。布地を押し上げ反応するそれは縛られた状態では隠しようもない。それ以前に学生服と違ってこの着物でこの位置では誤魔化すことすらできやしない。オレはただ顔を背けることしかできなかった。
「ふふっ♪いやらしいお方です♪」
いやらしいとわれてもこのようなことを一方的に、それも美女にされて反応しない男はいないだろうに。そう言いたかったのだが先ほどの口づけのせいでまともに喋れない。
「すごい…男性の方ってこんなに固くなるものなんですね…」
恐る恐る初めて触れるように伸びてくるしのさんの手。いや、先ほどの口ぶりからするにそうなのだろう。ゆっくり細い指先が着物をめくりオレのものへと絡みつく。感触を確かめるように何度も何度もの擦られた。自分で触るのとは全く違う感覚に背筋が震え、上ずった声が漏れた。
「感じてるのに必死にこらえて…本当に、いやらしい顔です♪もっと見せてください」
片手で扱き、もう片手は顎に添えられる。力のない拘束でも振り払えそうにはなかった。
ちろりと舌先が桜色の唇を舐める。そこには普段見せてくれた優しさは全くない。
「こうしたら…もっといやらしくなってくれますか?」
楽しげにしのさんは笑うとゆっくりと体を離していく。続いて腕を引き抜き着物をはだける。すると現れたのは暗がりでもわかるほど白くきめの細かい肌だった。
着物姿でも隠せないほどのプロポーション。大きな胸は豊かに揺れ、細い腰つきや女性らしい丸みのある体つきが美しい。下半身は着物に隠れてまだ見えないが十分色気のある、男として目を離せなくなる体だ。
「挟んであげちゃいますね♪」
しのさんはその大きな胸を両手で掬い上げオレの下腹部へと乗せる。薄桃色の先端がこちらを向き、オレの上で形を変えた。そして、温かく、滑らかで、わずかな隙間すらなくその胸に包み込まれた。
「…っ」
経験したことのない刺激に呼吸が止まる。何物にも例えられない感触に背筋が震える。その様子をしのさんは嬉しそうに眺め、両手を胸へ添えた。
「ふふっ♪これだけでも果ててしまいそうですが…まだですよ♪」
擦りあわされると互いに荒い息を吐き出し、彼女も感じているのか甘い声が漏れた。
「あぅ…っ」
手を使わずに行われる行為は柔らかな肉に扱かれるだけという刺激としてはあまり強くないもの。だが、それをやっているのはしのさんであり、彼女の胸に挟まれている。普段から見せつけるようにはだけていた部分へと飲み込まれているのだ。その興奮は計り知れない。未経験なオレにとっては絶頂へと至るには十分な刺激だった。
「しのさんっ……も、出るから…っ!!」
「あら?出しちゃうんですか?精液、いっぱい出しちゃうんですか?」
彼女は一向に動きを止めようとはしない。むしろ無理やり絶頂へと押し上げようと激しさを増していく。
精液を出そうと膨らみ、遮るものは何もなく彼女を汚そうと爆発寸前なその時。
「ダメですよ♪」
優しい声色とは裏腹に彼女はオレのものの根元をきつく握りしめた。
「〜っ!?」
あまりにも突然の刺激に声にならない叫びが漏れる。絶頂寸前で止められるという絶望に似た苦痛にオレは顔を歪めた。
出したい。出せなかったことにより射精衝動が湧き上がる。それも、尋常じゃないほどに。
懇願するような瞳をしのさんへと向けた。
「な…何、を…?」
「言ったじゃありませんか、ゆうたさんが欲しいって。なのにこんなところで出してはもったいないでしょう?出すのなら―」
体を離したそこはしとどに濡れそぼっていた。鼻孔をつくのは甘酸っぱく本能を刺激する欲望の香り。滴る蜜は本能を滾らせる淫猥な雫。オレの足へと垂れては燃えあがるような熱を生んだ。
「ぜぇんぶ、こっちで出してもらいますよ♪」
着物を肌蹴て蜘蛛の足を使って開かれたしのさんの女。男を求めてひくつき、搾り取ろうと蠢く淫らな粘膜から視線が離せない。
その中へと入れたい。犯しつくしてオレの色に染め上げたい。自分だけのものとして蹂躙しつくしたいと本能が滾って止まない。
だが、強靭な糸に絡め取られたこの状態でそんなことは許されない。むしろ、そう考えているのはオレではなくしのさんだ。
「ここでぐちゃぐちゃにしあげますからて…喘いで、泣きわめいて、いーっぱい果ててくださいね♪」
囁かれた言葉と共にあっさりとしのさんの中へと飲み込まれた。
「ぁあああああ♪」
「うぁあっ!」
初めて経験する女性の、それも人外の膣内。僅かな抵抗を突き破る感触と共に流れ込むその感覚は柔らかい肉だというのに押しつぶされるような窮屈さがある、燃え上る様に熱いものだった。
「あぁ…はぁ、これが……すごい…っ♪」
恥ずかしながらオレも初体験は優しいお姉さんに手取り足取りリードされたいなんてよくありがちな夢を持っていた。実際のところしのさんは下半身は蜘蛛であってもとても優しく美人な女性だ。そういう感情をいだかないわけがないし、そうなったらいいななんて下らぬ妄想だってする。
だが彼女はオレの想像以上に積極的で、一方的で、それで―
「あ、はぁあ…ふふふ♪わかりますか、ゆうたさん。今私に食べられてるんですよ?」
―とても淫らに笑う女性だった。
「んっ♪私の中で、びくびく…震えてますよ♪そんなに、気持ち…いいんですねっ♪」
飢えた獣のように彼女は腰をふるいだす。何度も何度も飲み込んでは吐き出し、その度に膣内の肉で扱かれる。その度にしのさんの唇からは甘い声が漏れ、たわわに実った乳房が揺れた。
オレの上で乱れに乱れるジョロウグモ。艶やかな長髪を靡かせ肌にはうっすら汗が滲む。
「あぁっ♪」
「ぁぅ…っ」
先端がしのさんの一番奥を突いた。途端にそこから熱い液体が吐き出され、吸い付くように密着してくる。周りの肉壁とはまた違う柔らかさのあるのは子宮口だろうか。
「あ、ぁぁああ…♪わかりますか、ゆうたさん♪今、私の一番奥に届いてるんですよ♪」
蕩けた瞳をこちらに向けて真っ赤になった顔でしのさんはそう言った。だらしなく開いた唇の端から唾液が滴りオレの体に伝っていく。
「ここに一杯ゆうたさんの子種を注いでください…ねっ♪」
何度も何度も小さな動きでしのさんは子宮口の感触を存分に味あわせてきた。吸い付かれる感触に肌が粟立ち、下腹部で滾っていた欲望がその中を染め上げたいと、汚し尽くしたいと喚きだす。
「ぅ、ぁ、ぁ…っ」
「あっはぁっ♪ゆうたさんの私の中でまたびくびくしてますよっ♪いっぱい私の中に出したいんですねっ♪」
一方的に叩き込まれる快感に逃れようと背がのけ反る。だがそんなことすら許さないとしのさんはオレの首に糸をかけてきた。
「逃げちゃだめですよ♪」
白く帯状に紡がれた柔らかな糸。肌に食い込んでも痛みはないが引きちることはできないほど強靭なそれを彼女は自分の首にもかける。互いが互いを引き合うそれは離れることを許さない情欲塗れの束縛。それを指先で撫でて彼女はオレと額を重ね合わせた。
「これならゆうたさんの感じる顔、よく見えますよ♪」
「しの、さん…」
「少し動きにくいですけどその分距離も縮まりますし、いいですよね♪」
首引き恋慕。
互いの首に輪をかけて性行為をする体位で自由が制限される分密着感が増すとかいう体位だったはず。それを知っていたのかはたまた偶然か、どちらにしろ糸を扱う彼女にとっては最適だろう。
元々自由を奪われているオレにとってはあまり意味ないが首に輪をかけたことでしのさんの体が密着する。柔らかな胸が胸板で潰れ、甘い吐息が頬を撫でた。
「それじゃあ…いやらしい顔、私にいっぱい見せてくださいね♪」
オレの唇を舐めとるとしのさんは止まっていた腰の動きを再開させた。いや、先ほど以上に激しく猛然と振りだす。上下左右、蜘蛛の足だからこそできる動きで縦横無尽に嬲るように。
「んっ♪あぁあっ♪ふぁああああっ♪」
汗が弾け、愛液が飛び散る。下腹部に滴っては淫らな音を響かせて本能を昂ぶらせる匂いを放つ。
止まらないしのさんの体と享受するしかないオレの体。一方的に叩き込まれる快楽にただ拳を握りしめて耐えることしかできやしない。いや、そんなことすら彼女の前では許されない。
下腹部から上ってくる欲望の塊。既に止めることはできないそれはしのさんの中へと流れ出すその瞬間を今か今かと待ちわびている。そして、彼女は嬉々として受け止めようとさらに体を押し付けてきた。
「しの、さん……っ!も、無理、ですって…っ!!」
「えぇ、出してください♪私の中でっ♪みっとも、なく、果てちゃってくださいっ♪」
射精直前のものへ徹底的なまでに快感を叩き込まれる。身動きすら許されない体へしのさんはトドメと言わんばかりに思い切り腰を打ち付けた。
「ぅああっ!」
「っぁあ♪」
肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響き肉ひだが強く擦れて膣内がきつく締め上げる。きついきつい肉の壁を無理やり掻き分けて飲み込まれていく感覚に思わず情けない声が漏れる。
既に根元まで欲望の塊が迫っている状態では耐えられるはずがなく、次の瞬間オレはしのさんの中へと精液を吐き出した。
「あ、ぁあああああああああっ♪」
目の前どころか頭の中まで真っ白になるほどの快感に容易く意識を飲み込まれた。耐えようとする隙などあるわけもなくオレは体を痙攣させてしのさんを汚していく。それに応えるように彼女の膣内は蠢き締まっては飲み干す様に吸い付いてくる。体が弾けてしまいそうな快感は終わらない。いや、終わらせてもらえない。
吐き出す度にねだるように腰を動かすジョロウグモ。熱い膣内を締めあげて、さらに精液を搾り取ろうと無理やり絶頂へと押し上げていく。
「あぁ……はぁ…♪」
精液を注がれる感覚に恍惚とした声を漏らすしのさん。暗がりでもわかるほど白い肌が上気して赤みを帯びている。男と女でしか得られない快楽を得て彼女の目からは滴がこぼれた。桜色の艶やかな唇はだらしなく開き、熱い吐息が顔にかかる。
「あ、はぁ…♪はぁああ♪」
徐々に絶頂の波も引き体を心地よい脱力感が包んでいる。きっと互いに蕩けてだらしのない表情を浮かべていることだろう。卑猥で、いやらしくて、それで互いを刺激する淫らな顔になっているに違いない。
ゆっくりとこちらを向いたしのさんは顔を寄せて口を吸ってくる。オレもまた応えるように閉じた唇を開けた。
「んんんっ…♪」
先ほどの絶頂と比べると随分と優しい感触。強烈な快感の波が引く中での口づけは貪欲に求めるのではなく労わるように触れ合わせる甘美なものだ。
蕩けるような感覚に徐々に瞼が閉じていく。心地よい脱力感のままに意識を闇へと落ちていく。
―だが、この程度で満ち足りるほど彼女の欲望の底は浅くなかった。
絶頂の波もまだ引き切らない中しのさんはためらうことなく腰を動かした。
「む、んんっ♪」
「ふ、ぅっ?!」
あまりにも突然のことで閉じかけた瞼を開くとこちらを見据える瞳が映る。その奥にはまだまだ燃え滾る欲望の光を宿らせていた。
「ふぅんっ♪んちゅ♪ぁっ♪」
「ん、んっ!!むぅっ!?」
何度も何度もかくかくと腰を動かし強引に行為を続行する。射精後の敏感になったものを擦られる感覚はまるで神経を直接刺激されるようなほど強烈だ。経験皆無だったオレにとって耐えられる刺激ではない。
「待って…ください…」
「あら、やめてほしいのですか?」
無言で力なく頷く。だがしのさんはそれを見て加虐的な笑みを浮かべた。指先をオレの首へと伸ばし、そのまま上へと這い上がらせる。まるで蜘蛛が這いずるように蠢くそれは唇を撫で頬に添えられた。
「口ではそう言ってもそんな顔して…誘っているとしか思えませんよ?」
「なに、言って…」
「それに…んっ♪」
返答を聞く前に彼女はオレの唇を奪う。もう何度目かわからない口づけに再び下腹部で熱が滾りだすのがわかった。
そして再開される交わり。快楽の波は引かなくともしのさんはオレに次から次へと叩き込んでくる。先ほどのように蜘蛛の足を使って縦横無尽に腰を動かしては何度も何度も叩きつけてくる。その度に愛液と精液とそれ以外の赤色が混じったものが溢れだし肉のぶつかり合う音が響きわたった。
上に跨ったしのさんは快楽に顔を歪めるオレの傍へと顔を寄せる。
「私はゆうたさんが欲しいと言ったじゃないですか。ですから…一晩かけてじっくりと私のものにしてあげますよ♪」
怪しく囁かれた言葉に背筋が震える。それは恐怖か、はたまた期待かわからない。一体どちらだったのか、それがわかるよりも先にしのさんによって乱され続けるのだった。
昨晩に数えきれないほどしのさんに絞られ、乱されて、それでも仕事は休めない。オレは朝から身だしなみを整え昨夜着物姿を写した姿見の前にいた。
「…うわぁ」
気怠い体に喝をいれ、貰った着物を畳み終え、姿見の中に映るオレを見て固まる。いつの間にかつけられていた首筋に残る赤い跡。内出血の様なそれはわかる人にはきっとわかってしまう情事の跡だ。
学ランを一番上まで止めても隠せはしない。これから同心として街の巡回に行かなければいけないというのにだ。
「どうしよう…」
「そのまま見せつけてしまえばいいじゃないですか。ゆうたさんは、私のものだっていう証を…♪」
「…い、いや」
すぐ傍でオレの着替えを眺めていたしのさんが耳元で囁いた。昨夜の余韻を残す甘い言葉に背筋が震えるのだが流石に仕事にこんな姿で行くのはいただけない。それ以前にオレが恥ずかしさで爆発しそうなのだけど。
「んもう、ゆうたさんは恥ずかしがり屋さんですね。少し待っていてください」
そう言うとしのさんはどこからか紡ぎたした糸を編みこんでいく。すると数分立たずに柔らかく揺れる立派な布ができた。
「はい」
そしてオレの首に包帯の様にかけた。肌触りのいいそれを何度も何度も巻きつけて情事の跡を覆っていく。
「これなら誰に見られても平気ですよ」
「…平気ですかね」
怪我でもしてないのに首に包帯を巻いてれば目立つだろうに。だが晒すよりかは幾分かましだ。
「お夕飯用意して待ってますね」
「…え?」
「ちゃんと、帰ってきてくださいね」
にこりと微笑むジョロウグモ。その言葉は優しく、雰囲気も物柔らかなものだというのに有無を言わせぬ凄みがある。
巣にかかった獲物に摂政与奪の権はなく、絡められた糸は千切れることはなく自由を奪い捕らえていく。はたして首に巻かれたのはただの布なのかはたまた彼女の首輪かオレにはわからなかった。
「それじゃあいってらっしゃいませ、ゆうたさん♪」
その一言と共にしのさんの顔が近づき唇が重なった。
「っ!」
「ふふ♪」
一瞬だけ触れた唇の感触に頬が熱くなる。昨夜の様な妖艶な視線を向けるしのさんを前にオレは無言で小さく頷くだけだった。
―HAPPY END―
まるで漫画やドラマのような、はたまた歴史の教科書にありそうな建物が並ぶ街。人々は忙しそうに街を行きかい、時には売り子の声や待ち人の世間話の声で賑わう様は見ているだけでも面白い。
だがしかし、こんな街並みでも時には悲鳴も響くときがある。泥棒、すり、強盗、恐喝、はたまた殺人、辻斬りと物騒なことも時には起きる。人がいれば秩序が生まれ、犯罪が起こるのはどこであろうと変わらないことらしい。
そんな中でも日差しは暖かく頬を撫で行く風が心地いい今日この頃。河原の茶屋でみたらし団子を頬張りながら水の流れを眺めてぼーっとするくらいの平和さはあった。
「…いて」
温かな風が瘡蓋になった頬の傷を刺激する。既に数週間経ったというのにまだまだ傷は癒えそうにない。救いなのは刃物の鋭さゆえに跡が残らないだろうということか。ざらりとした感触を確かめて傍に置かれた団子へと手を伸ばしたその時突然声を掛けられた。
「お隣よろしいですか?」
「あ、ええ、どうぞ」
柔らかく透き通った女性の声にオレは椅子の端へと移動する。昼を少し過ぎたこの時間帯空いている椅子は他にもあるだろうになどと思うがここはオレの知っている街とは違う。
袖振りあうのも多生の縁。
義理と人情と粋の街。
人と人との関わりを大切にするこの場所では誰もが友好的で時に豪快で、それでいて温かい。
それがこの国、ジパングというものだった。
皿を膝の上に載せ端へと移動したオレの視界の端に映る細長い何か。黄色と黒の警告色にふと踏切を連想してしまったがこの世界に電車はない。あ、と気づいた時には綺麗な女性の顔が覗き込こんできた。
「しの、さん…」
「やっと気づきましたね。どうも、ゆうたさん」
そう言ってにこりと笑ったのはこの街で呉服屋を営む女性だった。ただし、女性であっても人間ではない。黄色と黒の細長い足が複数下半身から生え、後ろには丸い蜘蛛の尻の様なものがある。
下半身は巨大な蜘蛛。だが上半身の女性の姿は美女というのにふさわしい。蜘蛛の模様のある和服を着崩し豊かな胸と白い肌を惜しげもなく晒されている。整った顔に柔らかな光を宿した瞳とふっくらとした桜色の唇。尖った耳に赤い刺青と変わった身なりをしているがそれが逆に人にない艶めかしさを感じさせる。
彼女は小さく笑うと改めてオレの隣に座りなおした。
「今日もお仕事ですか?ご苦労様です」
「仕事って言ってもそんな疲れるもんじゃないですよ」
「ですがいつも危ない目にあってるそうじゃないですか」
「いつもって程じゃないですけどね」
職業上怪我をすることは多いだろうし、最悪死ぬことすらあり得る。それが今オレがやっている『同心』というものだ。
ここの文字が読めず通貨も違う以上オレのできることなど街の巡回と取り締まりぐらい。だが実際には面倒事さえなければ比較的平和な仕事でもある。
「同心なんて怪我して何ぼの仕事ですからね。怪我の一つや二つで騒いでられませんよ」
「でも…こんな怪我、させてしまって…」
そう言ってしのさんはオレの頬へと手を伸ばす。赤黒く変色した瘡蓋のあるそれは実は刀傷だ。
というのもしのさんの呉服屋での泥棒を捕まえた時に不意打ちでもらってしまったものだ。蜘蛛の妖怪であるジョロウグモ。紡ぐ糸は上等な布となり、仕立てた服は高値で売れる。それ故にジョロウグモが仕立てた服や布が持っていかれたり彼女の店が強盗にあうことは少なくないという。それを知ったら流石に下手に出て商売道具をダメにするわけにはいかず、故に反応は遅れ、一太刀貰ったということだ。どうやらまだまだオレも未熟らしい。
「これぐらいならすぐに治りますよ」
布は全て汚れ一つつかずに回収できたし、治れば傷も残らないと医者が言っていた。それならしのさんが気に病むことは何もない。
だが彼女にとってオレの怪我は自分の責任だと感じているらしい。確かに守ったのは彼女の商売道具なのだが…少し大げさではないか。
そんな風に考えているとしのさんは茶屋の方へと顔を向けた。
「おばさん、私とゆうたさんにお団子一皿ずつお願いします」
「え、ちょ、しのさんっ!」
「せめてこれくらいはさせてくださいな。お団子、好きなんでしょう?」
「団子っていうか甘いものなら何でも好きですけど…」
「あら、それならこの前お客様に貰ったかりんとうがあるんですよ。今度うちに寄ってきませんか?」
「そんな、そこまで迷惑かけるわけには…」
運ばれてきたお団子を受け取り遠慮がちに口へと運ぶ。それを隣で見ていたしのさんは満足そうに頷いた。
少しばかりおっとりとした優しい女性。人ではないがそんなこと関係なく魅力的なお姉さん。甘えれば存分に甘やかしてくれそうな、そんな印象のあるジョロウグモ。
時折申し訳ないと思ってしまうがそれでも心地いいとも感じてしまう。それは彼女が美女だからか、はたまたこのような場所で頼れる数少ない人物だからか。どちらにしろ彼女と共に居る時間は悪いものではない。
「今日はこの後はまたお仕事ですか?」
「ですね。巡回しとかないとまた泥棒とか調子に乗った浪人とか出てきますし」
「…わざわざそんな危ないことしなくてもゆうたさんなら別の仕事で稼げばいいじゃないですか」
「いや、まぁ、給料が良いっていうのもありますけど字が読めない以上こういう肉体労働しかできませんからね」
口の中に広がるみたらしの甘さに思わず頬が緩む。スーパーで売ってるような無機質でただの見た目だけのものではない、ちゃんとした手作りの本格的な味に口元が緩んだ。
「ふふっ♪本当に甘いものお好きなんですね」
そんな様子をしのさんに見られた。恥ずかしい。
視線を彼女へ移すとちょうど団子をに口を付けていた。桜色の唇が団子を含み、白い頬が揺れる。そして細い喉が上下しちろりと桃色の舌が唇を舐めとった。
艶めかしい。その姿も、雰囲気も。捕食者のような下半身も。
「あら、そんなに見られては恥ずかしいですよ…♪」
「…すいません」
小さく笑って川へと視線を戻す。そうして二人並んで団子を食べ続けるのだった。
頬の傷も目立たなくなり後少しで消えるだろうという、今日この頃。オレはいつものように街を見回っていた。行き交う人々に目を向け不審な人物がいないか確認する。そうしていると大きな屋敷や店の並ぶ通りへとたどり着いた。
巡回として見回る順路にあるしのさんの家。ここら一帯大きな屋敷や店が連なるこの街で一番活気のある場所。そこでもかなりの大きさを誇る呉服屋こそ彼女の家であった。
「…」
そう言えば今日はまだあってなかったなとちらりと入り口から店の中の様子をうかがうと人はいない。しのさんもいない。
「…不用心な」
これなら誰かが入ってものをとっても気づかれないだろう。せめて警備員や用心棒の一人は雇った方がいいのではないだろうか。赤外線装置や防犯ブザーすらないこの街ではそれぐらいしか手だてはないだろうに。
しばらくここ周辺を見回っておくことにしよう。活気があるのに泥棒やスリも多いこの場所なんだ、念入りにしておくべきだろう。そう思ったそのとき。
「あら、ゆうたさん」
「あれ、しのさん」
突然背後から声をかけられてそちらを振り返るとしのさんが片手に籠を抱えて立っていた。中にあるのはオレの見たことのない植物ばかりを詰め込んで。
「休憩中ですか?」
「巡回中にたまたま寄っただけですけど…そういうしのさんは?」
「友人からいい染料が手には入ったという事で分けてもらいにいったんです」
ほらといって彼女は籠の中の植物をオレに見せた。服も染料もなにもわからないオレにとってはこれをどうするのかもわからない。
「これを使うとむらのない黒色に染まるんですよ。きっと、ゆうたさんにお似合いな色でしょうね」
「まぁ、普段からこんな服しかきてませんからね」
「それならどうです?着物を見ていきませんか?」
答える前に彼女の白魚のような指がオレの手を掴んだ。
「え?」
「前々から思ってたんですよ。その服もいいと思いますが着物姿のゆうたさんも見てみたいと」
「いや、でも服ってかなり高いものでしょう?そこまで贅沢できませんよ」
「恩人からお金なんてとりませんよ」
「でも今までだっていろいろとお世話になってるのに悪いですよ」
「もう、お堅い人ですね」
それだけでは止まらずに肩をいくつもの蜘蛛の足に抱かれる。
「え、あ」
「こちらへどうぞ。ゆうたさんの好きそうな甘味やお茶もちゃんとお出ししますよ」
「いえそんな悪いですって!」
「お姉さんの厚意には甘えるものですよ」
結局そのまましのさんに連れられるまま店内へと入っていくのだった。
「これなんてゆうたさんにお似合いですよ」
店内でいくつもの布の束を取り出したしのさんはオレの体に布地を押し当てた。どこか上機嫌な彼女は嬉しそうに頷いてその布を手渡してくる。
それは学生服と似た色だがどこか透き通ってるような、艶さえありそうな黒色だった。そう見えるのは着物を染めた色だからか、はたまた着物の布地が上等なものだからかわからない。
「へぇ…」
普段から着込んでいる学生服とワイシャツとはまた違った肌触りの布地。なめらかで肌に吸い付くような、決して不快感を与えない心地よい感触。見て触れてよくわかる、かなり上等な布地だ。
撫でていると背後から二本の腕が伸びてきた。キメの細かい肌が触れ、白魚のような指先がオレの指に絡み合う。
「もっと確かめてください。肌に張り付くその感触を」
隣から囁くように紡がれた言葉に一瞬ぞくりとした。
「柔らかくて、とても上質でしょう?私が一生懸命織ったものなんですよ」
「そ、それって結構苦労しませんか?」
「なれれば簡単ですよ。私には足もたくさんありますし、糸は私が出せばいいだけですし」
その言葉にはたと気づく。
この織られた布地はしのさんが紡いだ糸であり、しのさんが出した糸でもあるんだ。下半身の蜘蛛の部分から吐き出した糸で丁寧に作り上げたものがこの布地なんだ。
つまるところしのさんが作ったというよりもしのさんで出来た布地というわけで…。
「…っ」
そう考えるとこうして触れているだけで彼女に触れているようなものではないかと思ってしまう。肩を叩くよりも大胆に、指先が触れるよりも背徳的に。オレは彼女のいけないものに触れている気がしてしまう。
考えるべきじゃなかった。
「どうですか、ゆうたさん」
絡んだ指先がより強い力で絡んでくる。背中には柔らかい感触のものが押しつけられ耳元を吐息がくすぐってくる。蜘蛛の足が体を包むように広がっては肩にしのさんの顎がのせられた。ふわりと香る甘い匂い。甘味ではなく、花に近いその匂いは染料の植物を持っていたからだろうか。
「貴方の肌を包む布地として心地よいものでしょうか…」
「…っ」
ぞわぞわする。背筋をくすぐられるような、それでいて首筋に牙を突き立てられるような。期待と恐怖の入り交じる筆舌しがたいものが体をふるわせる。
それが何なのか理解する前に体は危険から逃げるようにするりと彼女の腕から抜け出した。そのまま二、三歩なんとか距離を置く。
「あっ」
「そ、それよりもほかの布も見せてくれませんか。せっかくだからどういうのがあるのか知りたいんですよ」
「それならこちらに来てください。ついでに採寸をしておきましょう。きっとゆうたさんも気に入ってくれるものを作りますからね」
「作るってそんな…」
「だから…」
布をいくつもかかえたまま距離を詰めてくるしのさんは顔をそっと寄せ。
「夜にまた、来てくださいね?」
そう言いながら舌なめずりをする。どこか捕食者めいた瞳の輝きにまた背筋がふるわされる。
まずい。何を根拠にそう思ったのかはわからなかったがそう思わずにはいいられなかった。
結局あんなことを言われて行かないのは失礼だろうと思い同心の仕事を終えた後オレがその足でしのさんの呉服屋を訪ねていた。昼間のように連れられてたどり着いたのは姿見の置かれた大きな部屋。蝋燭の明かりで淡く照らされる畳張りの部屋だった。
「こちらをどうぞ」
しのさんに手渡される折りたたまれた布地。指先に昼間に感じた心地よい肌触りを感じる。それを蝋燭の近くで広げてみた。
「おぉ…」
黒い布地に白い蜘蛛の糸の模様を刻まれた着物。肌に吸い付くような滑らか手触り。撫でただけでもわかる上質な布地の感触。
これをたった一人でそれも一日もかけずに完成させたのか。着物の作り方なんて知らないがこれだけ上等なものだと数日はかかるものではないだろうか。
「試しに着てみませんか?姿見もこちらにありますよ」
「そう、ですね…それならせっかくだし着させてもらいます」
学ランのボタンを外して畳んで傍に置こうとして―気づく。
「…」
先ほどから微笑みを浮かべたままこちらを見続けるしのさんの視線に。
「あの、さすがに人前で脱ぐのは恥ずかしいんですが…」
「でも着物を一人で着るのは大変でしょう?お手伝いしますよ」
「いや、着付けならオレも一人でできるんですが」
「遠慮しないでくださいよ」
そう言って白い腕が伸びてきてワイシャツのボタンを手際よく外していく。彼女にとっては見慣れぬ服だというのに呉服屋であるからかどうすれば脱がせるかなど分かり切っているのだろうか。気づけば上半身を裸にされていた。
「ささ、今度は下の服も脱いでください」
「自分で脱げますよっ!」
大慌てで彼女の手から逃げて仕方なくベルトをゆるめる。だがそこでもやはりこちらを眺め続けるしのさん。
「…」
さすがに美女の前で肌を晒せるほど神経は図太くない。恥ずかしいし、何よりいろいろと危ない気持ちになる。
師匠なら眺めるどころか脱がしにかかってくるような厄介な女性だが…これもこれで厄介だ。
「あの、あまり見られると恥ずかしいのですが」
「すいません。随分と綺麗なお体をしていると思いまして」
「まぁ、一応鍛えてますからね」
そんな会話を交えながらもすぐさま着物を掴んで袖に腕を通した。布は滑らかに肌を撫でていく。灰色の帯をしのさんの手伝いで巻いてもらう。後はわずかに乱れた部分を直し完成だ。
「あぁ、やっぱり着物姿のゆうたさんも素敵ですよ」
「おぉ…!」
蝋燭に照らされる、夜の闇にとけ込みそうな布地にうっすらと浮かび上がる白い蜘蛛の糸の模様。肌にこすれる感触は心地よくどこか甘み香りがするのはしのさんが織ったものだからか。
そこらの服なんて目じゃないほどの着心地の良さ。軽く、また暖かく、それでも夏場には程良く風を通してくれるだろう。
「どうでしょうか?」
「すごくいいですね、これ。ただ少し動きにくいですけど」
「ふふ、そこは仕方ありませんよ」
少しばかり体を動かしづらいと感じるのは着物という衣服故のものだと諦めるしかないか。だとしてもこれほど上質な服、デザインも材質も作りも文句はない。
金額にすれば数万どころか数十万はいくのではないか。それをここの通貨に直すとどれほどの金額になるのか。
「しのさん、これいくらくらいになります」
「お金のことはいいと言ったじゃありませんか。これは助けていただいたお礼ですよ」
「いや、でも…」
これだけ高級なものをただでもらってはさすがに申し訳ない。いくら恩返しと言っても釣り合いがとれるようなものではないだろうに。
「やっぱりこれだけ高価なものを頂いて何も返さずにいるのは申し訳ないと言いますか…」
「律儀なんですね。でも今はこの服を堪能して下さい。腕を伸ばしたり少し動いてみたり、採寸に失敗があるかもしれませんから」
「そんな、ぴったりですよ」
そう言いながらオレは姿見の前でくるりと回ったり腕を伸ばす。体を動かす度に肌をこすれる布地の感触が心地いい。背丈や袖の長さはぴったりでその上見えずらいところまで細かな蜘蛛の装飾が施されている。
白い糸が絡んで出来た蜘蛛の巣のデザイン。現代でもありそうな、だけども上品さのある模様は姿見に映るしのさんの着物と同じものだ。
オレの視線に気づいたのか彼女はぼそっと囁いた。
「お揃いですね」
「…ですね」
どこか気恥ずかしそうに笑う姿見のしのさんを見てオレもまた笑う。
何でこのデザインをチョイスしたのかはわからないがかっこいいから気にしない。ただ、人前で着るのは少しばかりはばかられる。しのさんと並んで歩こうものなら恥ずかしくて町中をあるけなくなるかもしれない。部屋着にするにしては上等すぎるが外に着ていって汚すよりはましだろう。
だが、上等すぎる故にやはり思ってしまう。
「しのさん、やっぱりお金払いますよ」
これだけ上等なものをもらって何も返せないのは心苦しい。第一彼女はこれで生計を立てているんだ。普段だってお菓子をごちそうになったりお茶をもらったりしているのにこれ以上もらってどうすると言うんだ。
払えるかは不安だが払わずに事を済ませられない。
「もう、ゆうたさんたら…いいといっているじゃないですか」
「でもやっぱりそういうわけにはいきませんよ。普段だってお世話になってるんですから」
「私だってゆうたさんに助けてもらったのですからおあいこですよ」
「でも…」
もう消えかけている刀傷。消えれば跡すら残らない。すなわち彼女が気に病む原因はなくなるし、恩だからって甘えられることもなくなる。少しだけ寂しいがそれが普通だ。
「ふふ、本当に…律儀な人」
小さく笑うしのさん。だが、どうしてかその笑みは見ているだけで首筋が寒くなる。普段優しいしのさんらしくない笑みというか、まるで獲物を前にし愉悦に浸る獣みたいというか。
「でも大丈夫ですよ」
「え?大丈夫って…」
何が大丈夫なのか、尋ねようとしたその時。
「お代はこれから頂きますから…」
その言葉が合図だったかのように部屋の蝋燭が消え、オレの体の動きが止まった。
「…あ?」
まるで何かに引っ張られるように腕の稼働域がいきなりせばまる。腕だけじゃない、足も、体全体もだ。身をよじる程度の事は出来るのにその場から動くことが出来なくなった。
「な」
まるで油の切れたロボットのような鈍い動きすらできなくなりオレはその場に立ち尽くす。するとしのさんが背後からゆっくりと歩いてきた。
「あら、体が動きませんか?」
「しのさん、これ…!?」
肩に手を添えた彼女はそのままオレの体をゆっくりと畳の上へとおろされた。
何が起きているのかわからない。だが、これを用意したのはしのさんなのだから何か知っているはずだ。そう思っていると着方が緩かったのか着物がずれた。
「…?」
途端に見えるようになるなにか。暗がりでも何とかわかる白いそれは。
「っ!!」
着物の下にあったのはおびただしい量の白い糸だった。細いものから太く頑丈にからみつくもの。粘性を持って張り付くものと様々なものがオレの体に絡んでいる。
先ほど動きにくいと思ったのは着物の構造ではなく、着物内にこれほどの糸がからみついていたから立ったのか。
「絡んでいたの気づかなかったでしょう?その布も私の糸なんですから」
拘束したのはしのさんの糸。織られたものもしのさんの糸。見た目は違えど材質は両方とも同じものだ。ならば肌触りで気づけるはずがない。絡んでいることすらわからない。そして蝋燭のみで照らされていた部屋で見つけられるわけもない。
「引きちぎることも抜け出すこともできませんよ」
にちゃりと粘つく糸がしのさんの指先からいくつも紡がれ両腕を巻く。
昔の教育番組でみた光景が脳裏に浮んだ。白い糸を獲物に巻き付け、白い繭のような形にして持ち去っていく強大な蜘蛛の姿が。今のオレはその獲物と似た状況で自由の利かない、主導権を完全に奪われた姿だ。
絡みついた糸は縄と違い粘りつき引き抜くことはできそうにない。力を込めて引きちぎろうにも蜘蛛の糸は一本でもかなりの重さを支えたはず。それが人間大となれば頑丈さも格段に跳ね上がるだろう。だが、気にすべきはそこじゃない。
「何でこんなことを…?」
着物に糸を隠してまでオレを捕らえた意味は何か。それをしのさんに問うと彼女は優しく、だけども有無を言わさない雰囲気を纏っている。
「それは私にとってゆうたさんが大切だからですよ」
「…たい、せつ?」
大切だから…縛るものだろうか。いや、ジョロウグモという性質上そう言うものなのかもしれない。人間の理解の及ばない存在なんだ、オレじゃわからないことぐらいある。
なんてことを考えていると畳に寝かされたオレの傍にしのさんが寄ってきた。
「私の布を大事に扱ってくれました。他愛ないことだと思われるかもしれませんがそれでも私にとっては大切なことなんです」
しのさんの指先が首筋へと上ってきた。くすぐったい感覚にオレは体をふるわせる。
「あれは私の糸で織った布です。私にとっては商売道具として、皆さんには服の布として扱われることが普通です。服になれば汚れることも当たり前で脆くなり破れることもあるただの布なんです」
ですが、としのさんは言葉を続け笑みを浮かべた。普段から見せてくれた優しい笑みを。
「でも…ゆうたさんはそれを大切に扱ってくれました」
「あれだけ上等なものだったら誰だって大切にしますよ」
「怪我をしてまでですか?」
彼女の指が頬に触れた。既に癒えて消えてしまった太刀傷をなぞるように。
「汚さないように、傷つけないように、自分の身を挺してまでただの布を守りますか?普通の人なら怖がって布なんかって見限っちゃいますよ」
「それは…ほら、一応同心ですから」
「そんなこと関係ありません」
両手が頬に添えられしのさんが顔を寄せてきた。鼻先が触れ合い額が重なりほんのりとした暖かさを感じる。
「職業柄、ものを大切にする人は皆心が優しい人だと知っているんです。ゆうたさんもまた、心の優しい人。それで律儀で真面目な人です」
真正面から、それも顔を逸らすことのできない位置でそのようなことを言われれは恥ずかしくてたまらない。ただでさえ美人なのだから照れてしまう。
「そんな人がいるのに欲しがらない女なんていませんよ」
「…え?欲し…え?」
「ええ」
桜色の唇がはっきりと言葉を紡いだ。
「欲しいんです。ゆうたさんが。ゆうたさんの、全てが」
聞き間違いなく届くその一言。オレの常識が外れてなければ告白にも等しい言葉。それを言ったしのさんは恥ずかしそうに頬を染めた。
「だからこうして縛っているんですよ。ゆうたさん、こうでもしないと逃げますから」
「いや、別にしのさんから逃げませんよ」
「嘘。昼間に逃げたでしょう?」
その言葉にハッとする。確かに昼間体を寄せられた時に離れたがあれはあのままだといろいろと危ないことを考えてしまいそうだったからだ。断じて逃げたわけではない。
だが彼女にとってはそうとしか思われていない。結果、こうして捕らわれた
「すばしっこくて猫みたい。でも、これならもう逃げられませんね」
白魚の様な指先がオレの唇を撫でていく。頬を撫で、耳に触れ、首筋へと降りていくとしのさんは体をずいっと寄せてきた。
「もっとその顔を見せてください」
豊満な胸が着物越しに押し付けられ柔らかそうに形を変える。暗闇でもはっきりとわかる綺麗な顔はすぐ目の前にあった。整った鼻筋や艶やかな唇やきめの細かい肌。そして、普段は優しさ溢れていた瞳は暗闇の中で妖しい光を宿していた。
視線から逃れるように顔を背けると腕が伸びて挟み込まれる。
「…ぁ」
「逃がしませんよ」
にっこりと笑っているのだがその笑みは優しさのない、加虐に溢れた捕食者の笑み。欲しいものを手に入れた愉悦の笑みだ。
「誘っても靡かないし、近づいては猫みたいに逃げるんですからもうどこにも行かせませんよ。そのためにもまずは…その唇からいただきましょうか♪」
「え?な―」
言葉は唇によって遮られた。
初めて触れる他人の唇。それは暖かくて柔らかく、それでいてどこか甘い風味がした。
あまりにも突然のキスに驚き体を離そうとするが粘つく糸がそれを許さない。さらには後頭部にまわされた二本の腕に顔を離すまいと抱き寄せられる。それほど強い力ではないが身動きの取れないこの状態では抜け出すことなどできやしない。
「ん、れろっ♪」
「むっ!?」
無遠慮に唇を割り開いて押し込まれる湿った柔らかいもの。唾液をたっぷりと滴らせたそれは味わうように、それでいて口内を徹底的に蹂躙する様に蠢いた。
「ん、んっ♪ちゅ♪」
歯を丹念になめとってはもっと深くまで求めるように伸びてくる。それはオレの舌に触れるとすぐさま絡め取るように巻きついてきた。滴る唾液が混ざり合い淫らな音を頭の奥まで響かせる。
「ん、ぶ…は、ぁっ!」
「んむっ♪」
「っ!」
呼吸のためなんとかわずかに離した唇は再び強く押し付けられる。それも今度は先程上に強く、深くへと舌が伸びてきた。
舌の表面をねっとりと擦り合わせる。流し込まれる唾液を飲み込み、時折口内を啜られ吸い付かれる。舌を引っ張り出されたかと思えば柔らかな唇に挟み込まれ、甘噛みされる。
暴力的で、一方的で、そして情熱的なしのさんとのキス。その感覚に頭の中にもやがかかり手足からは力が抜けていく。
長い長い口づけは数十分に及んだのかもしれない。そう感じられるほど長くしのさんはオレの口内を蹂躙しつくしていた。
「はぁ…ぁ……ふふっ♪」
ようやく離れた唇からは混ざり合った唾液が橋をつくり、ぷつりと切れる。それを見てしのさんは小さく笑った。
「ゆうたさん、今、どんな顔をしているかわかりますか?」
「ぇ…?」
あまりにも激しい口づけのせいで体の方に力が入らない。彼女の言葉にオレは力なく聞き返すことしかできなかった。
そんなオレを前にしてしのさんは唇の端から滴った唾液を舐めとる。その仕草がいやらしい。
「とぉってもいやらしい顔をしてますよ♪」
体を寄せて耳元で囁かれた言葉。胸板で柔らかな胸がつぶれ、下腹部には着物越しに彼女の体が重なった。
「っ…」
押し付けるように寄せられたかる体と瑞々しく滑らかな肌の感触。体重をかけ密着する面積が増えていく。
「あら♪」
それは彼女も同じであって触れる部分が多くなれば当然それに気づいてしまう。
「縛られて口づけされて…こんなになってしまうのですね♪」
下腹部で固く主張する男の証。布地を押し上げ反応するそれは縛られた状態では隠しようもない。それ以前に学生服と違ってこの着物でこの位置では誤魔化すことすらできやしない。オレはただ顔を背けることしかできなかった。
「ふふっ♪いやらしいお方です♪」
いやらしいとわれてもこのようなことを一方的に、それも美女にされて反応しない男はいないだろうに。そう言いたかったのだが先ほどの口づけのせいでまともに喋れない。
「すごい…男性の方ってこんなに固くなるものなんですね…」
恐る恐る初めて触れるように伸びてくるしのさんの手。いや、先ほどの口ぶりからするにそうなのだろう。ゆっくり細い指先が着物をめくりオレのものへと絡みつく。感触を確かめるように何度も何度もの擦られた。自分で触るのとは全く違う感覚に背筋が震え、上ずった声が漏れた。
「感じてるのに必死にこらえて…本当に、いやらしい顔です♪もっと見せてください」
片手で扱き、もう片手は顎に添えられる。力のない拘束でも振り払えそうにはなかった。
ちろりと舌先が桜色の唇を舐める。そこには普段見せてくれた優しさは全くない。
「こうしたら…もっといやらしくなってくれますか?」
楽しげにしのさんは笑うとゆっくりと体を離していく。続いて腕を引き抜き着物をはだける。すると現れたのは暗がりでもわかるほど白くきめの細かい肌だった。
着物姿でも隠せないほどのプロポーション。大きな胸は豊かに揺れ、細い腰つきや女性らしい丸みのある体つきが美しい。下半身は着物に隠れてまだ見えないが十分色気のある、男として目を離せなくなる体だ。
「挟んであげちゃいますね♪」
しのさんはその大きな胸を両手で掬い上げオレの下腹部へと乗せる。薄桃色の先端がこちらを向き、オレの上で形を変えた。そして、温かく、滑らかで、わずかな隙間すらなくその胸に包み込まれた。
「…っ」
経験したことのない刺激に呼吸が止まる。何物にも例えられない感触に背筋が震える。その様子をしのさんは嬉しそうに眺め、両手を胸へ添えた。
「ふふっ♪これだけでも果ててしまいそうですが…まだですよ♪」
擦りあわされると互いに荒い息を吐き出し、彼女も感じているのか甘い声が漏れた。
「あぅ…っ」
手を使わずに行われる行為は柔らかな肉に扱かれるだけという刺激としてはあまり強くないもの。だが、それをやっているのはしのさんであり、彼女の胸に挟まれている。普段から見せつけるようにはだけていた部分へと飲み込まれているのだ。その興奮は計り知れない。未経験なオレにとっては絶頂へと至るには十分な刺激だった。
「しのさんっ……も、出るから…っ!!」
「あら?出しちゃうんですか?精液、いっぱい出しちゃうんですか?」
彼女は一向に動きを止めようとはしない。むしろ無理やり絶頂へと押し上げようと激しさを増していく。
精液を出そうと膨らみ、遮るものは何もなく彼女を汚そうと爆発寸前なその時。
「ダメですよ♪」
優しい声色とは裏腹に彼女はオレのものの根元をきつく握りしめた。
「〜っ!?」
あまりにも突然の刺激に声にならない叫びが漏れる。絶頂寸前で止められるという絶望に似た苦痛にオレは顔を歪めた。
出したい。出せなかったことにより射精衝動が湧き上がる。それも、尋常じゃないほどに。
懇願するような瞳をしのさんへと向けた。
「な…何、を…?」
「言ったじゃありませんか、ゆうたさんが欲しいって。なのにこんなところで出してはもったいないでしょう?出すのなら―」
体を離したそこはしとどに濡れそぼっていた。鼻孔をつくのは甘酸っぱく本能を刺激する欲望の香り。滴る蜜は本能を滾らせる淫猥な雫。オレの足へと垂れては燃えあがるような熱を生んだ。
「ぜぇんぶ、こっちで出してもらいますよ♪」
着物を肌蹴て蜘蛛の足を使って開かれたしのさんの女。男を求めてひくつき、搾り取ろうと蠢く淫らな粘膜から視線が離せない。
その中へと入れたい。犯しつくしてオレの色に染め上げたい。自分だけのものとして蹂躙しつくしたいと本能が滾って止まない。
だが、強靭な糸に絡め取られたこの状態でそんなことは許されない。むしろ、そう考えているのはオレではなくしのさんだ。
「ここでぐちゃぐちゃにしあげますからて…喘いで、泣きわめいて、いーっぱい果ててくださいね♪」
囁かれた言葉と共にあっさりとしのさんの中へと飲み込まれた。
「ぁあああああ♪」
「うぁあっ!」
初めて経験する女性の、それも人外の膣内。僅かな抵抗を突き破る感触と共に流れ込むその感覚は柔らかい肉だというのに押しつぶされるような窮屈さがある、燃え上る様に熱いものだった。
「あぁ…はぁ、これが……すごい…っ♪」
恥ずかしながらオレも初体験は優しいお姉さんに手取り足取りリードされたいなんてよくありがちな夢を持っていた。実際のところしのさんは下半身は蜘蛛であってもとても優しく美人な女性だ。そういう感情をいだかないわけがないし、そうなったらいいななんて下らぬ妄想だってする。
だが彼女はオレの想像以上に積極的で、一方的で、それで―
「あ、はぁあ…ふふふ♪わかりますか、ゆうたさん。今私に食べられてるんですよ?」
―とても淫らに笑う女性だった。
「んっ♪私の中で、びくびく…震えてますよ♪そんなに、気持ち…いいんですねっ♪」
飢えた獣のように彼女は腰をふるいだす。何度も何度も飲み込んでは吐き出し、その度に膣内の肉で扱かれる。その度にしのさんの唇からは甘い声が漏れ、たわわに実った乳房が揺れた。
オレの上で乱れに乱れるジョロウグモ。艶やかな長髪を靡かせ肌にはうっすら汗が滲む。
「あぁっ♪」
「ぁぅ…っ」
先端がしのさんの一番奥を突いた。途端にそこから熱い液体が吐き出され、吸い付くように密着してくる。周りの肉壁とはまた違う柔らかさのあるのは子宮口だろうか。
「あ、ぁぁああ…♪わかりますか、ゆうたさん♪今、私の一番奥に届いてるんですよ♪」
蕩けた瞳をこちらに向けて真っ赤になった顔でしのさんはそう言った。だらしなく開いた唇の端から唾液が滴りオレの体に伝っていく。
「ここに一杯ゆうたさんの子種を注いでください…ねっ♪」
何度も何度も小さな動きでしのさんは子宮口の感触を存分に味あわせてきた。吸い付かれる感触に肌が粟立ち、下腹部で滾っていた欲望がその中を染め上げたいと、汚し尽くしたいと喚きだす。
「ぅ、ぁ、ぁ…っ」
「あっはぁっ♪ゆうたさんの私の中でまたびくびくしてますよっ♪いっぱい私の中に出したいんですねっ♪」
一方的に叩き込まれる快感に逃れようと背がのけ反る。だがそんなことすら許さないとしのさんはオレの首に糸をかけてきた。
「逃げちゃだめですよ♪」
白く帯状に紡がれた柔らかな糸。肌に食い込んでも痛みはないが引きちることはできないほど強靭なそれを彼女は自分の首にもかける。互いが互いを引き合うそれは離れることを許さない情欲塗れの束縛。それを指先で撫でて彼女はオレと額を重ね合わせた。
「これならゆうたさんの感じる顔、よく見えますよ♪」
「しの、さん…」
「少し動きにくいですけどその分距離も縮まりますし、いいですよね♪」
首引き恋慕。
互いの首に輪をかけて性行為をする体位で自由が制限される分密着感が増すとかいう体位だったはず。それを知っていたのかはたまた偶然か、どちらにしろ糸を扱う彼女にとっては最適だろう。
元々自由を奪われているオレにとってはあまり意味ないが首に輪をかけたことでしのさんの体が密着する。柔らかな胸が胸板で潰れ、甘い吐息が頬を撫でた。
「それじゃあ…いやらしい顔、私にいっぱい見せてくださいね♪」
オレの唇を舐めとるとしのさんは止まっていた腰の動きを再開させた。いや、先ほど以上に激しく猛然と振りだす。上下左右、蜘蛛の足だからこそできる動きで縦横無尽に嬲るように。
「んっ♪あぁあっ♪ふぁああああっ♪」
汗が弾け、愛液が飛び散る。下腹部に滴っては淫らな音を響かせて本能を昂ぶらせる匂いを放つ。
止まらないしのさんの体と享受するしかないオレの体。一方的に叩き込まれる快楽にただ拳を握りしめて耐えることしかできやしない。いや、そんなことすら彼女の前では許されない。
下腹部から上ってくる欲望の塊。既に止めることはできないそれはしのさんの中へと流れ出すその瞬間を今か今かと待ちわびている。そして、彼女は嬉々として受け止めようとさらに体を押し付けてきた。
「しの、さん……っ!も、無理、ですって…っ!!」
「えぇ、出してください♪私の中でっ♪みっとも、なく、果てちゃってくださいっ♪」
射精直前のものへ徹底的なまでに快感を叩き込まれる。身動きすら許されない体へしのさんはトドメと言わんばかりに思い切り腰を打ち付けた。
「ぅああっ!」
「っぁあ♪」
肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響き肉ひだが強く擦れて膣内がきつく締め上げる。きついきつい肉の壁を無理やり掻き分けて飲み込まれていく感覚に思わず情けない声が漏れる。
既に根元まで欲望の塊が迫っている状態では耐えられるはずがなく、次の瞬間オレはしのさんの中へと精液を吐き出した。
「あ、ぁあああああああああっ♪」
目の前どころか頭の中まで真っ白になるほどの快感に容易く意識を飲み込まれた。耐えようとする隙などあるわけもなくオレは体を痙攣させてしのさんを汚していく。それに応えるように彼女の膣内は蠢き締まっては飲み干す様に吸い付いてくる。体が弾けてしまいそうな快感は終わらない。いや、終わらせてもらえない。
吐き出す度にねだるように腰を動かすジョロウグモ。熱い膣内を締めあげて、さらに精液を搾り取ろうと無理やり絶頂へと押し上げていく。
「あぁ……はぁ…♪」
精液を注がれる感覚に恍惚とした声を漏らすしのさん。暗がりでもわかるほど白い肌が上気して赤みを帯びている。男と女でしか得られない快楽を得て彼女の目からは滴がこぼれた。桜色の艶やかな唇はだらしなく開き、熱い吐息が顔にかかる。
「あ、はぁ…♪はぁああ♪」
徐々に絶頂の波も引き体を心地よい脱力感が包んでいる。きっと互いに蕩けてだらしのない表情を浮かべていることだろう。卑猥で、いやらしくて、それで互いを刺激する淫らな顔になっているに違いない。
ゆっくりとこちらを向いたしのさんは顔を寄せて口を吸ってくる。オレもまた応えるように閉じた唇を開けた。
「んんんっ…♪」
先ほどの絶頂と比べると随分と優しい感触。強烈な快感の波が引く中での口づけは貪欲に求めるのではなく労わるように触れ合わせる甘美なものだ。
蕩けるような感覚に徐々に瞼が閉じていく。心地よい脱力感のままに意識を闇へと落ちていく。
―だが、この程度で満ち足りるほど彼女の欲望の底は浅くなかった。
絶頂の波もまだ引き切らない中しのさんはためらうことなく腰を動かした。
「む、んんっ♪」
「ふ、ぅっ?!」
あまりにも突然のことで閉じかけた瞼を開くとこちらを見据える瞳が映る。その奥にはまだまだ燃え滾る欲望の光を宿らせていた。
「ふぅんっ♪んちゅ♪ぁっ♪」
「ん、んっ!!むぅっ!?」
何度も何度もかくかくと腰を動かし強引に行為を続行する。射精後の敏感になったものを擦られる感覚はまるで神経を直接刺激されるようなほど強烈だ。経験皆無だったオレにとって耐えられる刺激ではない。
「待って…ください…」
「あら、やめてほしいのですか?」
無言で力なく頷く。だがしのさんはそれを見て加虐的な笑みを浮かべた。指先をオレの首へと伸ばし、そのまま上へと這い上がらせる。まるで蜘蛛が這いずるように蠢くそれは唇を撫で頬に添えられた。
「口ではそう言ってもそんな顔して…誘っているとしか思えませんよ?」
「なに、言って…」
「それに…んっ♪」
返答を聞く前に彼女はオレの唇を奪う。もう何度目かわからない口づけに再び下腹部で熱が滾りだすのがわかった。
そして再開される交わり。快楽の波は引かなくともしのさんはオレに次から次へと叩き込んでくる。先ほどのように蜘蛛の足を使って縦横無尽に腰を動かしては何度も何度も叩きつけてくる。その度に愛液と精液とそれ以外の赤色が混じったものが溢れだし肉のぶつかり合う音が響きわたった。
上に跨ったしのさんは快楽に顔を歪めるオレの傍へと顔を寄せる。
「私はゆうたさんが欲しいと言ったじゃないですか。ですから…一晩かけてじっくりと私のものにしてあげますよ♪」
怪しく囁かれた言葉に背筋が震える。それは恐怖か、はたまた期待かわからない。一体どちらだったのか、それがわかるよりも先にしのさんによって乱され続けるのだった。
昨晩に数えきれないほどしのさんに絞られ、乱されて、それでも仕事は休めない。オレは朝から身だしなみを整え昨夜着物姿を写した姿見の前にいた。
「…うわぁ」
気怠い体に喝をいれ、貰った着物を畳み終え、姿見の中に映るオレを見て固まる。いつの間にかつけられていた首筋に残る赤い跡。内出血の様なそれはわかる人にはきっとわかってしまう情事の跡だ。
学ランを一番上まで止めても隠せはしない。これから同心として街の巡回に行かなければいけないというのにだ。
「どうしよう…」
「そのまま見せつけてしまえばいいじゃないですか。ゆうたさんは、私のものだっていう証を…♪」
「…い、いや」
すぐ傍でオレの着替えを眺めていたしのさんが耳元で囁いた。昨夜の余韻を残す甘い言葉に背筋が震えるのだが流石に仕事にこんな姿で行くのはいただけない。それ以前にオレが恥ずかしさで爆発しそうなのだけど。
「んもう、ゆうたさんは恥ずかしがり屋さんですね。少し待っていてください」
そう言うとしのさんはどこからか紡ぎたした糸を編みこんでいく。すると数分立たずに柔らかく揺れる立派な布ができた。
「はい」
そしてオレの首に包帯の様にかけた。肌触りのいいそれを何度も何度も巻きつけて情事の跡を覆っていく。
「これなら誰に見られても平気ですよ」
「…平気ですかね」
怪我でもしてないのに首に包帯を巻いてれば目立つだろうに。だが晒すよりかは幾分かましだ。
「お夕飯用意して待ってますね」
「…え?」
「ちゃんと、帰ってきてくださいね」
にこりと微笑むジョロウグモ。その言葉は優しく、雰囲気も物柔らかなものだというのに有無を言わせぬ凄みがある。
巣にかかった獲物に摂政与奪の権はなく、絡められた糸は千切れることはなく自由を奪い捕らえていく。はたして首に巻かれたのはただの布なのかはたまた彼女の首輪かオレにはわからなかった。
「それじゃあいってらっしゃいませ、ゆうたさん♪」
その一言と共にしのさんの顔が近づき唇が重なった。
「っ!」
「ふふ♪」
一瞬だけ触れた唇の感触に頬が熱くなる。昨夜の様な妖艶な視線を向けるしのさんを前にオレは無言で小さく頷くだけだった。
―HAPPY END―
14/05/04 21:21更新 / ノワール・B・シュヴァルツ