不思議と貴方とオレと雨
子供の夢を混ぜ込みぶちまけたような不思議に溢れかえっていた世界。軽快に笑う猫は誘うように視線を送り、狂った帽子屋は紅茶と共に淫らな言葉を紡ぎ、ファンシーなウサギは色に狂い、可愛らしい幼子はどこか艶のある笑みを浮かべ、気づけば眠たげな鼠がくっついてくる。誰もが不思議でおかしく面白い世界。
そんな世界の中でこの姿もまた不思議に映ることなんだろうか、なんて考えながらオレこと黒崎ゆうたは道を一人歩いていた。
片手には木の蔦で編んだ籠を持ち、もう片手には真っ黒な傘を杖代わりに握る。空は晴れ晴れとして雨雲なんて見当たらないがそれでもオレにとって外出する際には欠かせない。
ようやく慣れてきたここの常識とそれへの対策は他の人から見ればさぞ滑稽に映ることだろう。傘を持って外出なんて異常と言われてもおかしくない。だが、それでも雨が降る空の下では手放すことはできない。
そんな空の下をオレは一人で歩いていく。目的地は目前の大きなお城。城主の趣味なのか赤と白を基調としている建物はおとぎ話に出てきそうな大きく可愛らしいものである。
「…ん?」
あたりには誰もおらず暇つぶしにくるりと傘を回していると上空から風を切る音が聞こえてきた。
顔をあげてそちらを見る。瞳には広がる大空から徐々に近づいてくる何かが映る。
あ、まずい。そう思った時にはすでにそれはオレの目の前に着地していた。
翼を広げて軽やかに、だけど無視できぬほど堂々と。彼女はオレをまっすぐに見つめてきた。
「見つけたぞ、ユウタ」
「…どうも」
彼女の姿もまた奇妙なもの。背中から一対の翼を生やし、臀部からは尻尾が伸びている。濃い紫色の大きな翼に艶のある長い尻尾はファンシーとはかけ離れた悪魔のように禍々しさを感じさせるものだ。
目につくのはそれだけじゃない。爬虫類の鱗に包まれた腕や足に血のように赤い爪が鋭く伸び、喉元からは舌が垂れ、翼とはまた別に得体のしれないものが背中から生えている。生物とは思えない口だけの何かは艶めかしく舌を出す。
彼女は『ジャバウォック』のレプティルさん。鏡の国のアリスに出てきたあの怪物だという。確かに怪物らしき禍々しさはあるもののそれを上回る美しさがある。そこらの女性では太刀打ちできないだろう美貌が、彼女にはある。
日本人離れした顔立ちに切れ長の瞳。傷一つない滑らかな褐色の肌にすらりと高い身長。さらには大きく実った二つの膨らみに見せつけるように露出した太腿。どれもが魅力的であり、蠱惑的であった。
禍々しさと美々しさ。
全く異なるものを備えた彼女の姿は男性ならば誰もが見とれることだろう。禍々しいからこそ美しさが際立ち、その美貌がさらに輝く。
ただ、美しいからこそその禍々しさもまた際立つこともある。現に今オレは口元が引きつっていた。
「なんだ。菓子の献上にでも行く途中だったのか」
「そうですよ」
税金の代わりに米や作物を献上させるのが昔の日本なら日々暮らしていく中でお菓子を献上するのがこの世界。何とも稚拙で子供っぽいものだ。
というのもここを支配する女王と言っても一人の女の子。美味しいものや珍しいものには目がない彼女にとって現代日本で作られていたお菓子はさぞ興味深く映ったことだろう。そのせいで月に何度かお菓子を献上するためにこうして出向かなければいけないことになったのだが。
家を出て、森を抜け、花畑を抜けて街を通ってようやくこの城へとたどり着く。距離にして十数キロはある道のりをオレは歩いてこなければならない。
「毎度のこと遠くから大変だな」
「慣れればなかなか住みやすい所ですけどね」
「城に近い場所に住めばいいだろう?ああ、私の家なんてちょうどいいな。来い」
「いえ、遠慮しておきますよ」
「遠慮などするな。人の厚意は無下にするものではない」
「人じゃないでしょうが」
気づけば肩を抱かれ、瞳を覗き込まれる。日本人離れした顔立ちはあまりにも美しく、いきなり近づかれれば男性ならば誰もがどきまぎしてしまうものだ。だが、そんなことをしている間にも彼女の尻尾は足に巻きつき、翼に覆い隠される様に包まれる。
優しく笑みを浮かべている。だというのに瞳の奥にぎらつく光は鋭いものだった。
逃がさない。そう言いたげに。
「あの…ちょっと…」
「なんだ」
「お菓子!お菓子持ってるんで乱暴にされたらダメになるんですが」
「む」
オレの言葉に困ったように眉をひそめるレプティルさん。その際わずかな隙を突き、尻尾と足の間に傘をさしこみ何とか引き抜く。次いで肩に回された腕を潜り抜けるようにし何とか彼女と距離を置いた。
ほっと一息吐き出すと半目でこちらを見据えるレプティルさんの視線とぶつかる。
「…別に逃げなくともいいだろう」
「逃げてるわけじゃ、ないですけど…」
とはいってもこのやり取りは初めて会ってから何度目だろうか。
彼女に我が物顔で体を抱かれ、そのままどこかへ連れて行かれる。今までは何とか巧みに逃げてはいるが人間とジャバウォックという差がある以上そのうち本当に連れて行かれるかもしれない。
「なら私の傍でもいいだろう?」
「いや、その…お菓子がダメになりやすいんですよ。今回はゼリーなんで」
籠の中身が見えるように蓋をあける。そこにあるのは金属でできた容器が十個。透き通った黄緑色の中にはさらに色の濃いダイス状の塊が混ざっている。
「ほぅ?これは…メロンか?」
「その通りです」
ゼリーの色が示す様にメロンの果汁を混ぜて作ったゼリーだ。と言っても果汁自体に色があるわけでもないので食紅なり抹茶なりと試行錯誤してようやくできたものだが。
十個あるうちの一つを手に取り共に入れておいたスプーンを掴むとオレはレプティルさんに差し出した。
「せっかくだから食べます?」
「いいのか?それは女王への献上品だろう?」
「十個もあるんですから一つくらいいいですよ」
もとよりそのつもりで作ったものだ。
どこぞの猫にとられてもいいように、とある帽子屋さんに呼ばれたら選別として渡すため、
そういうことを考慮して作っているのだから一つや二つなくなっても平気だ。
実際のところは小腹がすいたら食べたいなぐらいの気持ちでこれだけ作ったのだけど。
レプティルさんはスプーンでゼリーを掬って口へと運ぶ。柔らかそうな唇が開き艶やかな舌が覗く。ゼリーは口内へと滑り落ち、ゼリーをゆっくり味わうと褐色の喉が小さく動いた。
…色っぽい。
そんな風に感じてしまうのはレプティルさんが元々とんでもない美人だからか、それともオレが健全な男子高校生だからか。きっとその両方だろう。
「ほぅ。変わってるな」
「ゼラチンの量を変えてるんですよ。食感も変わるし中々面白いでしょ?」
「ああ。なんとも美味だ」
とはいっても元は現代にあったお菓子を元にしたものなのだけど。それでもこの世界の人にとっては珍しいものだろう。
静かにゼリーを食すレプティルさんの横顔をオレはただ眺め続けた。
「馳走になった」
意外と礼儀正しく彼女はそう言って空になった容器を手渡した。女王に献上する籠とは別の場所へと仕舞い立ち上がろうと手をつくと腕を掴まれた。
人間の手よりもずっと大きな手。その感触は学ラン越しでも柔らかく人肌となんら変わらない。
「ん?どうしました?おかわりでも欲しいんですか?」
「いや、これ以上はいい。女王に献上する品がなくなればユウタもただでは済まされないだろう」
「なら、何を?」
「いや、小腹も満たしたことだ、今度はメインディッシュといこうと思ってな」
「…メイン?」
そんなことを言われてもオレが持ってきているお菓子にメインとなれるほど大それたものはない。全てゼリーだ。
「私はメインを最後にとっておく派でな、やはり一番を飾るものなら最後にじっくり味わいたいだろう?」
「いや…味わうって何を?」
籠の中を覗き見るもやっぱり全てゼリーだ。レプティルさんの食べたのを除いて残り九個。どれもまったく同じものだ。
一体何を、そう思って顔を彼女の方へと向けると。
べろり
言葉で表すのならそんな感じだろう。生暖かい湿り気ある柔らかなものが頬を撫でていった。いや、撫でるというよりも執拗に愛撫するようなものだった。
頬の感触の後にレプティルさんの口から伸びる艶めかしい舌が目に映った。
「―っ」
頭で理解するよりも体は先に動く。彼女の尻尾からすり抜けて大股でも数歩かかる位置に距離をとった。
「な」
遅れて、声が出る。
「にを、いきなりするんですか」
「何を?メインと言っただろう?」
唇の間からちろりと這う舌が艶めかしく動く。後ろでは嬉しげに尻尾が左右に揺れる。四つん這いになってこちらへと近づいては瞳の奥に先ほど宿した光が見えた。
ぞくり、と背筋が震える。
生物的本能があれは危険だと告げる。命にかかわるものではないが、それに近いものが失われる。あと自尊心もたぶん減る。
「何を逃げようとしている?」
「いえ、お菓子を献上しに行こうかと思ってるだけです」
「別にそんなこと後にすればいいだろう」
「やるべきことは先に済ませておきたいんですよ」
「おかしなことを言うな。ヤるべきことは…」
一呼吸おいて言葉を紡ぐ。湿った桜色の唇はあまりにも色っぽく、そしてどこかいやらしい。
「一つだろう?」
震えるほど艶めかしく、恐怖にも似た妖艶さを醸し出すレプティルさん。そんな彼女を前にオレの背筋に悪寒の様な震えが走る。
それは期待か、それとも恐怖か。
抱いた感情を理解する前に手元の籠と傘を引っ掴みゆっくりとオレは下がっていく。だがそれにつれてレプティルさんは進んでくる。
一歩、後ろへと下がっていく。
一歩、こちらへ迫ってくる。
狼に追い詰められた兎というのはこんな感情を抱くのだろうかと考えてしまう。いや、ここでは兎が狼に襲い掛かる世界だけど。
「そう逃げるな。益々襲いたくなってくるだろう」
「迫ってくるのやめてくれますか」
「なら拒むな。無茶苦茶にしてやりたくなるだろう」
背中から生えた異形の口がだらりと舌を垂らす。翼を広げ、両腕を広げてレプティルさんは抱擁するようにオレへと近づく。口ぶりは物騒だし目はぎらついているし、捕まれば最後逃げることなど叶わないことだろう。
そんなジャバウォックから下がっていると突然足が止まる。
「…ぁ!」
背中に押しあたる固いもの。それが壁だと気付いた次の瞬間レプティルさんが目前に迫っていた。
押し当てられる体の感触。露出が多く学生服越しでも感じられる女体の柔らかさは脳へと突き刺さってくる。ふわりと香る甘い匂いや目前を覆う美女の姿には男として反応せざるを得ないものだ。
視線を逸らそうとすると顎に手を添えられる。それどころか覗き込むように顔を寄せてきた。
「メインディッシュはさぞ甘美な味がすることだろうな♪」
吐息が頬を撫でていく。かすかに甘い香りがするのは先ほど食べたゼリーのせいか、元々か。捕食者の如くちろりと舌先を覗かせながらレプティルさんはさらに体を寄せてきた。
その時背中の壁が傾くのを感じる。いや、これは壁じゃなくて…城門だ。
「っと!」
気づいた瞬間全力で体重をかけた。ぎぃっと重苦しい音を立てて開いた門へと転がり込む。籠が手にあることを確認しすぐさまその場から飛び退くように走り出した。
「そ、それではっ!」
「あ、待てユウタ!」
伸びてくる手よりも先に城へと駆けこむ。ここで逃げ切れても城を出たとこで待ち伏せされるのだろうがとにかくまずはこのお菓子を献上することが先だ。後のことは後になって考えればいい。
重い門を開けてオレは城の外へと出る。そうすると案の定レプティルさんは仁王立ちで立ち塞がるようにそこにいた。
「ようやく戻ってきたか。これでやるべきことは済んだろう?なら私と共に…どうした?」
「………傘取られた」
オレはレプティルさんに手に持っていた傘を見せた。それはオレが普段から持っていた傘布が黒地のものではなく、それどころか布地すらないものだった。
ある意味オレのトレードマークにもなっていたもの。この世界の常識から身を守る大切な盾は本来の機能を持てなくなった。骨組みのみという傘など雨水を受け止めることなどできるわけがない。言い方は悪いがゴミとしか見えなかった。
ただ、あの女王がわざわざ寄越すのだからただのゴミとは思えない。子供の悪戯程度でゴミを押し付けるほどあの女王は単純ではない。
「…これ使えるんですかね」
「別に傘なんぞ使う必要ないだろう?」
「いや、オレにとっちゃ結構一大事なんですけど」
帰る途中で降られでもしたらたまったもんじゃない。その場で発情して誰構わず襲い掛かるようなことはしたくないし、年端もいかない少女を毒牙にかける可能性もゼロではない。流石に健全な男子高校生としてそんなことは勘弁願いたい。
「どうするか…」
困ったように呟いたオレの肩をレプティルさんはさりげなく抱き寄せた。
「な、んですか?」
「別に傘など必要ないだろう?私の手にかかれば濡れる間もなく家に帰れるぞ」
「レプティルさんの家に行くのは勘弁ですよ」
「そんな拒み方をされると無理やり連れて行きたくなるな」
「…本当にやめてくださいね?」
攫われて移住しましたなんて冗談にもほどがある。それに今住んでいる場所だってそれなりに気に入っているんだ、離れるに離れられない。
というかまずはレプティルさんに離してもらいたいのだけど。
彼女はオレの手から傘を取ると興味深そうに眺める。もしかしたらオレにはわからない仕掛けが施されているのかもしれない。
「そもそもどうして雨を嫌う?」
「嫌ってるわけじゃないんですよ。むしろ好きの方です」
媚薬の雨は勘弁してほしいけど。
「ならなぜわざわざ傘など使うんだ」
「傘の下で雨に打たれて滴の跳ねる音を聞くっていうのもなかなか乙なものですよ」
とは言ってもこの傘では雨音を聞くどころかずぶ濡れだ。骨組みしかないのでは使い道もないだろう。しかし女王から貰ったのだから捨てるというのも気が進まない。
仕方ない、今日はもう帰ることにしよう。そう結論付けてオレは来た道を戻ろうとする。
だが、やはりというかレプティルさんが手を離してくれない。それどころか尻尾がまた絡みついてくる。
「…あの」
「なんだ?」
「家に帰っていいですか?」
「ああ、そうか。なら帰るとしよう」
「いや、そっちはうちの方向じゃないんですけど」
「家に帰りたいんだろう?なら私の家に」
「自宅でお願いします」
「いずれ自宅になるだろうが」
ジャバウォックと人間。その力の差は歴然だ。オレが本気で挑んだところで彼女はせせら笑って受け止めることだろう。
だからと言ってそう易々と連れて行かれるわけにもいかない。美女に言い寄られるのは男として嬉しいことだが簡単に転ぶほどオレは軽くはない。手順だって踏みたいし、ちゃんと相手を知ってからそういうことはするべきだ。
頑固、と言われればその通りなんだろう。
なんて考えていると肩を小さな何かが叩いた。
「………げ」
遅れて気づく。
雨だ。
それもただの雨ではなく、媚薬の効果のある雨だ。
学生服は防水機能を備えているが雨の中を走り回れば髪が濡れ、服の隙間から肌へと染み込んでいく。そうなったら否が応でも発情だ。発情なんてすれば近くの女性に襲い掛かるかもしれないし、この状況で襲い掛かるとすればすぐ傍に居るレプティルさんしかいない。
だが、逆に発情した彼女に襲われるということもありうる。そうなれば本気で抵抗したところで一方的にされてしまうことだろう。
美女相手なら嫌ではない。だからといって良くもない。
なら、骨組みだけの傘を片手にどうすべきか…。
「…まったくお前というやつは」
「おわっ」
レプティルさんはため息をついて傘を空にさした。それから強引にオレの肩を掴んで抱き寄せる。
いきなり何を、そう言おうとして視界に映る骨組みだけの傘を見て言葉が止まった。
「おぉ…」
空に広げられた骨組みの上を雨水が避けていく。それだけではなく雨水が傘布の形に溜まっていく。それは現実離れした幻想的な代物だった。
本当に摩訶不思議な世界。オレの常識では追い付けないし、予測すらできやしない。だからこそ面白いうというのもあるのだけど。
だが雨水でできた傘の下、オレはレプティルさんの片腕に抱かれている。傘が一本しかない以上こうするのは仕方がないがどういう風の吹き回しだろう。そんな風に思っていると呆れたような顔で彼女は言った。
「ありがたく思うんだな、ユウタ。私がわざわざお前の家まで送ってやる」
「え?いいんですか?」
「なんだ。本当は私の家がよかったのか?」
「いえ違いますけど…ですけど、いきなりどうしたのかと思いまして」
「なに、ユウタは外だとどこでも逃げようとするからな。それなら家の中の方が逃げられないだろうと思っただけだ」
「…それって何の冗談ですか?」
「冗談?なら冗談かどうか―」
耳元に熱い吐息がかかるほど近くでレプティルさんは言葉を紡ぐ。
「―今、確かめてみるか?」
まるで声で耳を舐められたような感覚だった。思わず背筋が震え、彼女の熱を孕んだ視線から目を逸らして気にしないようにする。どのみちこの状況では逃げられない以上抵抗も無意味なのだから。
オレとレプティルさんは歩いていく。だが傘の面積は一人では余裕の大きさだが二人で入るにはちょっと狭い。並んではいれば自然、雨に濡れまいとするオレはレプティルさんと体を寄せ合うこととなる。
「濡れるのが嫌なんだろう?もっとこっちに身を寄せろ」
そしてやはりというか肩を抱かれる。それだけではなく片翼がさらに包み込む。先ほどと同じ状況なのだが雨の下、傘の中ということもあってか何かをしてくるわけではなさそうだ。
悪い女性ではない。むしろどちらかと言えば優しい方だ。少しばかりやり方が強引で傲慢で、我が道を行くタイプ。それが彼女の魅力であって良いところなのだろう。
おかげでこっちは気が気ではないが。
内心苦笑しつつオレは身を任せる。この状況ではまるで女ではないかと言いたいのだが言ったところでレプティルさんは離してくれるわけもない。それにこの傘の下から出て媚薬まみれになるのだけは勘弁だ。
「…」
ふと、彼女の横顔を眺めた。
柔らかそうな唇にすっと通った鼻筋。褐色の肌に人間らしからぬ角や耳。癖も枝毛もないサラサラな二色の髪の毛。そして切れ長の瞳は凛とし、宿った意思の強さが伝わってくる。
美人、なんだよなぁ。
何度見ても彼女は美人だ。人間でなかろうと人間では到底及ばないほど美しい。禍々しくあってもその事実は揺るがない。
「…ん?どうした」
ずっと見ていたらオレの視線に気づいたらしくレプティルさんはオレへ視線を映してきた。
「あ、いえ…」
「そんなに私を見て…キスしたくなったのか」
「いえ」
「家まで待てないのか…いや、別にそれでも私は構わないがな」
「構ってください」
「ああ、存分に構ってやるとも♪泣き叫んだところで止めないがな」
「……や、やめてくださいね?」
意味深な言葉と見せつけるように唇を舐めるレプティルさんにオレは嫌なものを感じた。
雨音が響く中、二人で道を歩いていく。普通この世界ならそこらじゅう喘ぎ声や嬌声や生々しい音が響くのだがオレの住まう場所は人気のない森の先。訪ねてこない限り誰かに出会うことはなく、とても静かな場所だ。
結局オレとレプティルさんは誰にも会うことなく目的地へとついた。
森から抜けた丘の上。そこに建てられたのは奇妙な形をした我が家である。不必要な歯車が飛び出し、曲がった煙突が空に立ち、ひし形の窓や歪んだドアというまさしくこの世界らしい家だ。
「着いたな」
「ありがとうございます。よければコーヒーでも出しますよ?」
流石に送ってもらっておいてさよならではあまりにも失礼すぎる。それ以前にレプティルさんなら何を言おうとここで帰るつもりはないだろう。だが襲い掛かってきたときには…最悪気絶してもらうかもしれない。できるかわからないが。
ドアの鍵を開け、レプティルさんを先に入らせる。あとから傘を畳んでオレも入ろうとして気づいた。
―…これどうやって閉じるんだ……?
傘布の代わりに広がった雨粒。全てが媚薬の効果を持ちながらも体を濡らすことなくとどまり続けたそれは傾けたところで零れていかない。ためしにスイングしても一滴も離れていかない。
どうしよう。このまま玄関先に放置しておけば蒸発でもしてくれるだろうか。それともどこかに畳めるスイッチがあるとか。ああ、これだから魔法というのはややこしい。
「どうしたユウタ。入らないのか?」
「あ、今行きます」
そう言ったその時。掴んでいた柄の部分でかちりと音がした。
「…え?」
次の瞬間傘に溜まっていた雨水が弾け飛ぶ。主に、傘を持つオレに向かって。
「ぶっ!」
濁流の如く襲い掛かった雨水は一瞬で消え足元に周りに水たまりを作る。そして濁流に飲まれたオレは何とか立ったまま耐えられたが無事ではない。
髪の毛から滴る雨水。
肌に張り付くワイシャツ。
体を伝って地面へと染み込む水滴。
―あのちびっこ……やりやがった…っ!
わざわざ別の傘を用意したのはただの褒美みたいなもんかと思っていがたやはり違った。最初から傘の機能なんて持ち合わせていないどころか真逆に働くとは。これならまだ外を駆け回っていた方がマシだろう。
悪戯にしては随分と手の込んだことをしてくれる。この様子を見ていれば腹を抱えて笑っているに違いない。
だが、そんなことを考えてる暇はなかった。
「―……っ!!」
ぞわぞわと体の中から這い上がる何か。
大量の媚薬を浴びたようなものだ。学生服は防水機能があるものだがそんなの関係なしに媚薬はワイシャツへと染み込んで肌を濡らしている。媚薬の雨どころか風呂にでも浸かった様なものだ。
ああ、まずい。
人間として、生物として原始的な感情が体の奥から燃え上ってくる。抑え込むのは難しく、抵抗するのは容易くない。
だがそれ以上にまずいのは―
「―ほぅ…見事に出来上がっているじゃないか♪」
嬉しそうに舌なめずりをするジャバウォック。濡れ鼠のオレを舐めるように見つめ艶のある笑みを浮かべていた。
それがとても猥褻に映る。
それをさらに淫靡にしたい。
「…っ」
おかしくなる。
頭の中がぐるぐるする。目の前が歪み、あたりが霞み、そしてレプティルさんの姿しか見えなくなる。
欲しくなる。
体の奥で欲望が燃え上る。瞬く間に理性を焦がし、何も考えられなくなるくらいに快楽を求めて止まらなくなる。
犯したくなる。
男の本能が暴れる。目の前の女を蹂躙し、柔らかそうな褐色肌を白濁で染め上げ、凛としたその顔を淫らに歪めたくなる。
「み、水を…もらえませんか……」
「水?それなら外で大量に降ってくるだろうが」
「普通の水を、っお願い…します…っ!」
かろうじて理性を保ち体を抑え込みながらレプティルさんの後ろ、ガラスの戸の向こう側の部屋を指さした。
発情した獣には冷水をぶちまけるのが一番だ。それは人間とて例外ではないだろう。頭からかぶれば幾分かましになるはず。そう考えてオレはふらつく体でレプティルさんに手を伸ばす。
本当ならば自分で水を取りに行けばいいのだが一歩でも踏み出そうものなら彼女に倒れ掛かってしまいそうだ。惜しげもなく晒された胸の谷間へと顔を埋め欲望のままに揉みしだいて、感触を堪能してそしていきり立ったものを―
「―…っ」
唇を噛んだ痛みでどうにかその考えを打ち消す。
ああ、これはほんとにまずい。体どころか頭の中までおかしくなりそうだ。
玄関のドアを閉め、ひとまず傘を放って壁にもたれ掛かる。せめて濡れた服だけでも脱がなければ。そう思って学ランを脱ぎ捨て媚薬の染み込んだワイシャツに手を掛けた。ぐっしょりと濡れたワイシャツは今更脱いだところで変わらないだろう。だがこのまま着続けるのは危険そうだ。できることならシャワーで洗い流したいし、せめて肌に張り付く不快感だけでもなんとかしたい。
「ユウタ。ほら、水を持ってきて…何を脱いでいるんだ」
レプティルさんの声に顔をあげると片手でガラスのコップを持っていた。どうやらオレが脱いでいることに驚いているらしく怪訝そうな表情をしている。だがどうしてか、人の体を穴が開くほど見つめてくる。
「どうも」
「…」
受け取ろうと手を伸ばす。だが彼女はこちらに差し出そうとはしてこない。それどころか笑みを浮かべた。にやにやと、何か悪戯を思いついた子供みたいに。それでいて、見るものを惑わす魅力的な笑みを。
「?レプ、ティルさ」
次の瞬間レプティルさんはコップの中身を飲み干しそして―
「―んむっ!?」
「んっ♪」
オレの顎を掴むと無理やり唇を押し付けてきた。舌で割り開かれ水が流れ込む。どことなく甘味のあるそれを抵抗できずに飲み込んでいく。だが飲み干した後でもレプティルさんは唇を離そうとはせず、むしろさらに強く押し付けてきた。
「ん、む…♪ちゅ、んんっ♪」
柔らかさと熱さを備えた舌を絡ませ口の中を自分勝手に暴れまわる。唇を啄んで舐め上げてはねっとりと絡みつく唾液を垂らす。顎に添えられた手は痛みを与えないように加減されているが顔を逸らすことは絶対に許さない。
力の入らない体では抵抗なんてできやせず、ただ彼女の成すままに口内を蹂躙される。
あまりにも一方的に。
それでいて暴力的に。
だけどもどこか嬉しそうで。
それでいて気持ちよさそうに。
頭の中が白く染まっていく。視界が霞む中でも目の前のジャバウォックの淫らに歪んだ表情はハッキリと映った。
「れろ…ん、む♪ぷはぁ…んんんっ♪」
「ふ、むっ!」
呼吸のために一瞬口を離したがすぐさま再び吸い付かれる。身を引こうにも後ろは壁。逃げることなどできやしない。それをいいことにレプティルさんは体を寄せてくる。
豊満な膨らみが胸板で潰れ形を変える。濡れたワイシャツ越しでも体温がじんわりと染み込んでくる。尻尾が足に巻きついては異形の口が指先を咥える。彼女の体の感触は媚薬に塗れた体に筆舌しがたい感覚を叩き込んでくる。
ようやく唇を離したときにはすでに数十分は経っていただろう。そのせいで意識は朦朧とし足腰は震え、レプティルさんに支えられなければ崩れ落ちてしまう、そんな状態だった。
彼女は笑う。額を重ねて。
「ふふ♪いやらしい…本当にいやらしい姿だ。そんな姿をして…私を誘っているのか?」
「ち、が…」
「淫らな男だ…だからこそ私に相応しい♪」
「っ…!」
股間から甘い痺れが広がり思わず体を震わせた。どうやら彼女はオレの股間を撫で上げたらしい。
媚薬のせいで先ほどからいきり立ってしまったもの。それは蹂躙するような口づけと押し付けられた女体の感触で痛いほど膨れ上がっている。レプティルさんは感触を確かめるように何度も撫でると妖艶に唇を舐めた。
「あぁ…随分と固い♪こんなに固い剣を持って私を襲おうとしていたのか?」
「そんな、わけ…っ!」
オレの言葉を遮ってレプティルさんはズボンの中に手を差し込んだ。
「っ!」
「熱いな♪燃えているようだ♪」
恍惚とした表情で彼女はズボンを取り払い、怒張したものを取り出した。ごつごつとした手に包まれるのだがその感触は吸い付くように滑らかであまりにも心地いい。媚薬まみれの体には心地いい痺れとなって伝わってくる。
だが彼女はジャバウォック。妖艶に言葉を紡ぎ淫らに笑う彼女がこの程度で終わるわけがなかった。
「っ!」
何かがオレのものに絡みついてきた。ねっとりとした粘液に塗れ湿りながらも柔らかさのある何か。それも一つではなく二つも。
それが何か見なくともわかる。それはジャバウォックの背についている異形の口だ。そこから伸びる二つの舌だ。
二つの舌と一つの手。竿を扱き、先端をなめとり、裏筋を刺激するその感覚は人間相手には絶対にできないものだった。
指先の感触と舌の感触。異なる柔らかさに包まれて擦りあげられれば悲鳴のような声が漏れる。その感覚から逃げようにも後ろは壁。突き飛ばそうと試みるも彼女は容易く抑え込んでくる。
「ふふ♪」
ジャバウォックは笑う。とても淫らな表情で。一方的に快感を叩き込み歪んだオレの表情を楽しむように。
唯でさえおかしくなりそうだというのにそこへ人知を超えた快楽を叩き込まれる。そんなことをされれば女性経験すらないオレにとって我慢なんてできるわけがなかった。
「あぁあっ♪」
吐き出される白濁液。それをレプティルさんは嬉しそうに手で受け止め、二つの舌も喜んで舐めまわす。絶頂している最中だというのに彼女はもっと出せと言わんばかりに攻め立てた。
「やめ…おか、しくなる…っ!」
「ああ、それならもっとおかしくなれ♪」
鼻先が触れ合った。熱い吐息が頬を撫で、甘い香りが鼻孔をくすぐる。そして舌先がねっとりと唇を舐め上げ彼女は言った。
「誰よりも淫らな私が存分に犯してやる♪」
ぞっとするような甘い囁きと共に射精中のオレのものへ二つの舌がぐりぐりとねじ込むように蠢いた。絶頂中をさらに弄られてあまりの快感に体が震える。
「…っ!?…っ!!っ!!」
呼吸が止まる。
言葉がつまる。
抵抗なんてできやしない。
喋ることすらかなわない。
ようやく射精が収まってくるも彼女の舌は離れない。全て舐めとったというのにまだまだ足りないと執拗に絡みついてくる。
人間ではないからこそできる人外の行為。それはあまりにも気持ちよく足から力が抜けていく。だが倒れることなど許されず大きな腕は捕らえて離さない。それでも優しく、柔らかく。自分の宝物を扱うかのように彼女はオレを抱きとめている。
「ユウタ。ベッドはどこにある?」
荒い息をするオレの耳元でレプティルさんは囁いた。
「別にここでも構わないがするのならそっちの方がいいだろう?」
その言葉から逃げることなど不可能。
その笑みを拒むことなどなお不可能。
オレは震える声でレプティルさんに囁くことしかできなかった。
寝室として使っている部屋につくとど真ん中を占拠しているベッドの上に優しく寝かせられた。だがその瞳に宿っている光は鋭く、獣の如くぎらついている。今オレを寝かせているのは気遣いだけではなくきっと貪りやすさも考慮しているのだろう。
レプティルさんは恥じらいなく服を脱ぎ捨てる。もともと露出の多かった服の下から現れたのは芸術とも呼べる美しさのある裸体だった。
大きく膨らんだ二つの胸に先端には桜色の乳首があり、重力に負けることなく張っている。丸みのあるラインを描くそれは男ならば誰もがその感触を確かめたいことだろう。
そこから視線を下げていく。すらりとしたくびれのある腹部は無駄な肉が一切なく傷もまたない。触れれば男にはない柔らかさを備えていることだろう。
そして視線はさらに下へと移動する。
レプティルさんは見せつけるようにそこへ指を這わせた。
「わかるか♪」
指先でオレに見せつけるように広げたレプティルさんの女。穢れを知らないピンク色の肉はもの欲しそうに蠢きいやらしい粘液をオレの上に垂らしていく。肌に滴り広がる粘液は媚薬に塗れた体には刺激的であり、男の本能をこれ以上ないほど高ぶらせる。
早く、早く貪りたいと。
強く、強く求めたいと。
男と女でつながって、二人でしか感じられない快楽を貪って、理性なんてかなぐり捨てて、ただ濫りがわしい行為に溺れてたい。
息を荒くして期待する。
欲望を露わにして求める。
理性などとうに消え去った。あるのは原始的な本能だけ。
「今からここでユウタのものをしゃぶりつくしてやる…♪」
レプティルさんもまた荒い呼吸を繰り返す。ジャバウォックとしての威厳ある姿であっても色に染まれば一人の女。目の前のオスを求めて止まないメストカゲだ。
その姿もまた美しい。それでいて淫らだった。
「嫌だと言っても、犯してやるぞ♪」
今更嫌とはいえなかった。
「存分に、精液を吐き出させてやるぞ♪」
その膣内を真っ白に染め上げたかった。
「ユウタは…私のものだから、なっ♪」
指先で開いた女はまるで捕食する野獣の口。唾液の如く愛液を滴らせては今か今かと獲物を待ち望む。味わい、啜り、咀嚼し、吸い上げ、飲み込む。欲を満たし、本能を潤わせる貪欲なメスの口だ。
レプティルさんは焦らすようなことはせず一気にオレのものを飲み込んだ。
「うぁああっ♪」
「ふ、ぅっ!」
全てを飲み込まれて感じたのは窮屈さだった。ただきついなんてもんじゃない。入ってきた異物を押し返そうと押し寄せる肉壁の感触はそのまま強烈な快楽へと変わる。先端には肉壁とは違う、先ほど舐めつくされた舌とも違う肉感の伴った厚い唇のようなものが吸い付いてきた。その感覚だけでも高みへと押し上げられそうになる。
だがそれだけじゃない。異常なほどにレプティルさんの中は熱かった。溶かされるんじゃないかと思うほどのそれは燃え上る様な快感になる。
人間が耐えられるものじゃない、人外の感触にオレの脳は焼き切れそうだった。
「あっはぁああ♪どうだぁ…入ったぞぉ♪ユウタ、お前のものが、私の中に全て…んんっ♪食べられているんだぞ…ぉ♪」
それは彼女も同様なのか舌足らずな口調で嬉しそうにそう言った。対してこちらは必死にこらえる。欲しかった快楽を叩き込まれて果てそうなのに何とか耐える。この中で射精してしまえばとてつもなく快感だろうがそれと同時に壊れてしまいそうだ。
だが耐えられるものだとは思っていない。それ以前にオレを跨る魔物は堪えることすら許さない。
「蕩けた顔をして…ふふっ♪いいぞぉ…実にいい顔だ♪」
それはどっちだと言いたくなった。
人の上に跨るレプティルさんも交わりの感覚に淫らに顔を歪めている。普段誘うような、襲い掛かる様な妖艶な表情をしていたが今浮かべているものはそれらの比ではない。
快楽に蕩けた顔。女として感じている顔だ。
だがそれを言える余裕なんてない。媚薬のせいか、それとも彼女が人外であるせいかわずかに体を捩っただけでも快楽が走る。
体は熱く、意識は濁り、だというのに欲望は滾る。もっと欲しいと喚いてる。
それはレプティルさんも同じなのかもしれない。
「その顔…もっといやらしく歪めてやろう♪誰よりも淫らな、私の体を使ってなぁ♪」
そう言ってジャバウォックは腰を叩きつける。肉と肉のぶつかる音が何度も響き、その度に肌に浮かぶ玉の汗が弾けた。その都度駆け巡る快感は先ほど二枚の舌と手によって叩き込まれたものよりもはるかに上回るものだった。
あまりにも強すぎる。
呼吸がまともにできなくなる。
悲鳴すら上げることはできなくなる。
だけどもっと欲しくなる。
この感触がさらに欲しくなる。
体は快楽に抗えず、精神は欲望に耐えられず、心は本能に逆らえない。
「はぁっ♪うぅあぁあっ♪はぁ…あっ♪ああっ♪」
降り注ぐ艶のかかった甘い声。髪の毛を振り乱しレプティルさんは踊るように腰を動かす。それに伴い大きな胸がいやらしく弾み視線を誘った。膣肉は抜くたびに離すまいと絡みつき、飲まれるたびに押しつぶさんばかりに締め上げる。獲物を逃がさぬ貪欲な感触にオレは応えるように腰を突き上げた。
「ふぁああっ♪」
潤んだ目から涙がこぼれる。淫らな笑みは快楽へ歪み、柔らかな舌は突き出され唾液が滴った。それでも腰の動きは止まらない。舐められるのとは違った感触を伝える肉壁で何度も上下に擦られて、精液をねだるように吸い付く子宮口を何度もたたく。その度に熱い粘液が吐き出され媚薬に塗れた体を震わせた。
「どうした、ぁあ♪イクのか?私の中で…んん♪出そうなの、か?なら、出せっ♪私の中に、一滴残らずっ♪」
出せ、注げ、全てを飲ませろと言わんばかりに吸い付くレプティルさんの女。
犯せ、染めろ、種付けろとでも言うように湧き上がるオレの欲望。
込み上げてきた射精衝動に従うままに腰を打ち付け一番奥へと叩きつける。彼女も応じるように腰を落とし先端に子宮口が吸い付いてきた。
次の瞬間、オレの我慢は決壊する。留まり湧きあがった欲望は何にも遮られることなくレプティルさんの中へと流れ込んだ。
「んはぁあああああああああああっ♪」
その刺激にすらレプティルさんは絶頂し、大きく体を震わせた。子宮口は先端に吸い付いて一滴も漏らさないように吸い付いてくる。その感触に堪らずオレは精液をさらに吐き出した。
止まらない。互いの絶頂が互いをさらに高みへ押し上げていく。
時間にして数分はかかっていたかもしれない。そう感じるほど何度もオレはレプティルさんの中に吐き出し、彼女も体を震わせた。
「あっ…はぁあ……♪ユウタの、精液がぁ……♪いっぱい、私の中に、出てるぞぉ…♪」
満足げに呟いてレプティルさんは下腹部を撫でた。女性として大切なその部分にはきっとこぼれそうなほどの精液が詰まっていることだろう。
だけど、足りない。
媚薬に塗れた体はまだまだ満足してくれない。一度外れた箍はそう易々と戻らない。一度壊れた理性は簡単には戻らない。
オレはゆっくりとレプティルさんの手を掴んだ。
「んぁ…♪どうした、ユウタ…もっと私にして欲しいの―」
最後まで言い切る前に無理やり引っ張りその体を抱き寄せる。まるで覆いかぶさるように倒れこんできたレプティルさんの体を両腕で抱き寄せると力任せに腰を突き上げた。
「ぁああっ♪」
あまりにも突然のことでレプティルさんは体を弓なりに反らす。だが逃がすことなく両腕で留め無理やり行為を続行する。先ほど一方的にされたように今度はオレから一方的に。
「あっ♪やぁっ♪ユ、ユウタっ♪はげし、ぃっ♪んむっ♪」
レプティルさんがやったように後頭部を引っ掴んで無理やり唇を奪う。そして気の向くままに今度はオレが彼女の唇を啜り上げた。
舌を舌で絡ませて蜜の様な唾液を飲み干し口内を蹂躙する。するとレプティルさんは嬉しそうに自分からも求めるように唇を押し付けてくる。
「ん、んんっ♪む、んっ♪んっ♪」
何度も何度も重なる。わずかに空いた隙間からは吐息が漏れ、くぐもった嬌声が上がる。交わる下腹部からはどちらの体液かわからないほど混ざり合ったものが止め処なく滴った。
止まらない、いや、止められない。
媚薬の効果かそれとも相手が美女だからか、そんなことはどうでもいい。今やりたいのはレプティルさんを貪ることのみ。それ以外は何も考えられずオレはただ彼女の体を欲望のまま求めるのだった。
結局のところ行為が終わったのは次の日の朝だった。
一体何回射精したのかわからない。一体何度レプティルさんが絶頂したのかわからない。お互いに数えられぬほど果て、そして今ようやく落ち着いた。
朝日が差し込み照らすベッドの上でオレとレプティルさんは寝ころんでいた。体は心地良い虚脱感に包まれている。だがその反面心は穏やかなものではなかった。
「はぁ…♪素晴らしい一夜だったな、ユウタ…♪」
「…」
レプティルさんは満足げにそういってオレの肩に手を置く。あれほど互いを貪ったのだから恥じる意味もないのだがオレはレプティルさんに背を向けたままの状態だった。
「どうした。こっちを向かないのか」
「…」
「それともまだ足りないとでもいうのか?ならまだまだ喜んで付き合ってやるぞ♪」
「…違うんですよ」
顔を合わせられないのは行為を終えた後どのようなことをするべきかなんてわからないから。気恥ずかしくて何を言えばわからないから。
だがそれ以前に悔いている。
「こういうことをするんなら…やっぱり普通の時にしたかったっていうか…大切なことだったのに媚薬のせいで無理やりやったみたいで嫌なんですよ」
欲望があっても本能があっても、大切なものが抜けていては意味がない。ただ快楽に塗れた行為なんてオレの望むものじゃない。
大切なのは気持ちであって、本心だろう。
オレの言葉にレプティルさんはくすりと笑う。結構大切なことだったのだがオレはおかしなことを言っただろうか。
「なら、今はどうだ?」
耳元突然囁かれる言葉にオレは振り返った。レプティルさんは優しげな微笑みを浮かべてオレをまっすぐ見つめている。
「え?」
「あれだけやったんだ、媚薬なんてすでに体から抜けているだろう?」
時間にして一晩。その間注ぎ込んだ精液の量は計り知れない。人間の限界を超えたんじゃないかと思うほど果てたんだ、流石にそれだけやれば理性も戻ってくる。それなら今は正常と言えるだろう。
「なら今のユウタは本心ということだろう?」
囁く言葉は甘くとも真っ直ぐなものだった。
向ける視線は熱が籠っていても意志の強いものだった。
それでも有無は言わさない。
否応すらも許さない。
「ちょっと…待って、くださいよ」
「ふふ♪待てとは言ってもやめろとは言わないんだな」
「っ…」
「だが今更待てと言われて待てるほど私は優しくはないことをわかっているだろう♪」
淫らに笑うレプティルさんは体を起こしたかと思えばすぐさま覆いかぶさってくる。二色に染まった髪の毛を垂らし、異形の口が舌を伸ばし、大きな手が体を撫でた。
「うぁ…っ」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないっですけど…っ」
「ならいいんだな♪」
「ちょ…待ってくださいって…っ!」
差し込む朝日がレプティルさんの裸身に陰影をおとし艶を出す。昨晩からずっと網膜に焼き付けたというのにあまりの美しさに言葉を飲み込む。それをいいことに彼女は顔を寄せ、何度目かの口づけを交わす。
ベッドは軋み、徐々に荒い呼吸へと変わっていく。柔らかな感触に沈み、互いの体に火が灯る。そうしてオレとレプティルさんは再び快楽へと溺れていくのだった。
―HAPPY END―
そんな世界の中でこの姿もまた不思議に映ることなんだろうか、なんて考えながらオレこと黒崎ゆうたは道を一人歩いていた。
片手には木の蔦で編んだ籠を持ち、もう片手には真っ黒な傘を杖代わりに握る。空は晴れ晴れとして雨雲なんて見当たらないがそれでもオレにとって外出する際には欠かせない。
ようやく慣れてきたここの常識とそれへの対策は他の人から見ればさぞ滑稽に映ることだろう。傘を持って外出なんて異常と言われてもおかしくない。だが、それでも雨が降る空の下では手放すことはできない。
そんな空の下をオレは一人で歩いていく。目的地は目前の大きなお城。城主の趣味なのか赤と白を基調としている建物はおとぎ話に出てきそうな大きく可愛らしいものである。
「…ん?」
あたりには誰もおらず暇つぶしにくるりと傘を回していると上空から風を切る音が聞こえてきた。
顔をあげてそちらを見る。瞳には広がる大空から徐々に近づいてくる何かが映る。
あ、まずい。そう思った時にはすでにそれはオレの目の前に着地していた。
翼を広げて軽やかに、だけど無視できぬほど堂々と。彼女はオレをまっすぐに見つめてきた。
「見つけたぞ、ユウタ」
「…どうも」
彼女の姿もまた奇妙なもの。背中から一対の翼を生やし、臀部からは尻尾が伸びている。濃い紫色の大きな翼に艶のある長い尻尾はファンシーとはかけ離れた悪魔のように禍々しさを感じさせるものだ。
目につくのはそれだけじゃない。爬虫類の鱗に包まれた腕や足に血のように赤い爪が鋭く伸び、喉元からは舌が垂れ、翼とはまた別に得体のしれないものが背中から生えている。生物とは思えない口だけの何かは艶めかしく舌を出す。
彼女は『ジャバウォック』のレプティルさん。鏡の国のアリスに出てきたあの怪物だという。確かに怪物らしき禍々しさはあるもののそれを上回る美しさがある。そこらの女性では太刀打ちできないだろう美貌が、彼女にはある。
日本人離れした顔立ちに切れ長の瞳。傷一つない滑らかな褐色の肌にすらりと高い身長。さらには大きく実った二つの膨らみに見せつけるように露出した太腿。どれもが魅力的であり、蠱惑的であった。
禍々しさと美々しさ。
全く異なるものを備えた彼女の姿は男性ならば誰もが見とれることだろう。禍々しいからこそ美しさが際立ち、その美貌がさらに輝く。
ただ、美しいからこそその禍々しさもまた際立つこともある。現に今オレは口元が引きつっていた。
「なんだ。菓子の献上にでも行く途中だったのか」
「そうですよ」
税金の代わりに米や作物を献上させるのが昔の日本なら日々暮らしていく中でお菓子を献上するのがこの世界。何とも稚拙で子供っぽいものだ。
というのもここを支配する女王と言っても一人の女の子。美味しいものや珍しいものには目がない彼女にとって現代日本で作られていたお菓子はさぞ興味深く映ったことだろう。そのせいで月に何度かお菓子を献上するためにこうして出向かなければいけないことになったのだが。
家を出て、森を抜け、花畑を抜けて街を通ってようやくこの城へとたどり着く。距離にして十数キロはある道のりをオレは歩いてこなければならない。
「毎度のこと遠くから大変だな」
「慣れればなかなか住みやすい所ですけどね」
「城に近い場所に住めばいいだろう?ああ、私の家なんてちょうどいいな。来い」
「いえ、遠慮しておきますよ」
「遠慮などするな。人の厚意は無下にするものではない」
「人じゃないでしょうが」
気づけば肩を抱かれ、瞳を覗き込まれる。日本人離れした顔立ちはあまりにも美しく、いきなり近づかれれば男性ならば誰もがどきまぎしてしまうものだ。だが、そんなことをしている間にも彼女の尻尾は足に巻きつき、翼に覆い隠される様に包まれる。
優しく笑みを浮かべている。だというのに瞳の奥にぎらつく光は鋭いものだった。
逃がさない。そう言いたげに。
「あの…ちょっと…」
「なんだ」
「お菓子!お菓子持ってるんで乱暴にされたらダメになるんですが」
「む」
オレの言葉に困ったように眉をひそめるレプティルさん。その際わずかな隙を突き、尻尾と足の間に傘をさしこみ何とか引き抜く。次いで肩に回された腕を潜り抜けるようにし何とか彼女と距離を置いた。
ほっと一息吐き出すと半目でこちらを見据えるレプティルさんの視線とぶつかる。
「…別に逃げなくともいいだろう」
「逃げてるわけじゃ、ないですけど…」
とはいってもこのやり取りは初めて会ってから何度目だろうか。
彼女に我が物顔で体を抱かれ、そのままどこかへ連れて行かれる。今までは何とか巧みに逃げてはいるが人間とジャバウォックという差がある以上そのうち本当に連れて行かれるかもしれない。
「なら私の傍でもいいだろう?」
「いや、その…お菓子がダメになりやすいんですよ。今回はゼリーなんで」
籠の中身が見えるように蓋をあける。そこにあるのは金属でできた容器が十個。透き通った黄緑色の中にはさらに色の濃いダイス状の塊が混ざっている。
「ほぅ?これは…メロンか?」
「その通りです」
ゼリーの色が示す様にメロンの果汁を混ぜて作ったゼリーだ。と言っても果汁自体に色があるわけでもないので食紅なり抹茶なりと試行錯誤してようやくできたものだが。
十個あるうちの一つを手に取り共に入れておいたスプーンを掴むとオレはレプティルさんに差し出した。
「せっかくだから食べます?」
「いいのか?それは女王への献上品だろう?」
「十個もあるんですから一つくらいいいですよ」
もとよりそのつもりで作ったものだ。
どこぞの猫にとられてもいいように、とある帽子屋さんに呼ばれたら選別として渡すため、
そういうことを考慮して作っているのだから一つや二つなくなっても平気だ。
実際のところは小腹がすいたら食べたいなぐらいの気持ちでこれだけ作ったのだけど。
レプティルさんはスプーンでゼリーを掬って口へと運ぶ。柔らかそうな唇が開き艶やかな舌が覗く。ゼリーは口内へと滑り落ち、ゼリーをゆっくり味わうと褐色の喉が小さく動いた。
…色っぽい。
そんな風に感じてしまうのはレプティルさんが元々とんでもない美人だからか、それともオレが健全な男子高校生だからか。きっとその両方だろう。
「ほぅ。変わってるな」
「ゼラチンの量を変えてるんですよ。食感も変わるし中々面白いでしょ?」
「ああ。なんとも美味だ」
とはいっても元は現代にあったお菓子を元にしたものなのだけど。それでもこの世界の人にとっては珍しいものだろう。
静かにゼリーを食すレプティルさんの横顔をオレはただ眺め続けた。
「馳走になった」
意外と礼儀正しく彼女はそう言って空になった容器を手渡した。女王に献上する籠とは別の場所へと仕舞い立ち上がろうと手をつくと腕を掴まれた。
人間の手よりもずっと大きな手。その感触は学ラン越しでも柔らかく人肌となんら変わらない。
「ん?どうしました?おかわりでも欲しいんですか?」
「いや、これ以上はいい。女王に献上する品がなくなればユウタもただでは済まされないだろう」
「なら、何を?」
「いや、小腹も満たしたことだ、今度はメインディッシュといこうと思ってな」
「…メイン?」
そんなことを言われてもオレが持ってきているお菓子にメインとなれるほど大それたものはない。全てゼリーだ。
「私はメインを最後にとっておく派でな、やはり一番を飾るものなら最後にじっくり味わいたいだろう?」
「いや…味わうって何を?」
籠の中を覗き見るもやっぱり全てゼリーだ。レプティルさんの食べたのを除いて残り九個。どれもまったく同じものだ。
一体何を、そう思って顔を彼女の方へと向けると。
べろり
言葉で表すのならそんな感じだろう。生暖かい湿り気ある柔らかなものが頬を撫でていった。いや、撫でるというよりも執拗に愛撫するようなものだった。
頬の感触の後にレプティルさんの口から伸びる艶めかしい舌が目に映った。
「―っ」
頭で理解するよりも体は先に動く。彼女の尻尾からすり抜けて大股でも数歩かかる位置に距離をとった。
「な」
遅れて、声が出る。
「にを、いきなりするんですか」
「何を?メインと言っただろう?」
唇の間からちろりと這う舌が艶めかしく動く。後ろでは嬉しげに尻尾が左右に揺れる。四つん這いになってこちらへと近づいては瞳の奥に先ほど宿した光が見えた。
ぞくり、と背筋が震える。
生物的本能があれは危険だと告げる。命にかかわるものではないが、それに近いものが失われる。あと自尊心もたぶん減る。
「何を逃げようとしている?」
「いえ、お菓子を献上しに行こうかと思ってるだけです」
「別にそんなこと後にすればいいだろう」
「やるべきことは先に済ませておきたいんですよ」
「おかしなことを言うな。ヤるべきことは…」
一呼吸おいて言葉を紡ぐ。湿った桜色の唇はあまりにも色っぽく、そしてどこかいやらしい。
「一つだろう?」
震えるほど艶めかしく、恐怖にも似た妖艶さを醸し出すレプティルさん。そんな彼女を前にオレの背筋に悪寒の様な震えが走る。
それは期待か、それとも恐怖か。
抱いた感情を理解する前に手元の籠と傘を引っ掴みゆっくりとオレは下がっていく。だがそれにつれてレプティルさんは進んでくる。
一歩、後ろへと下がっていく。
一歩、こちらへ迫ってくる。
狼に追い詰められた兎というのはこんな感情を抱くのだろうかと考えてしまう。いや、ここでは兎が狼に襲い掛かる世界だけど。
「そう逃げるな。益々襲いたくなってくるだろう」
「迫ってくるのやめてくれますか」
「なら拒むな。無茶苦茶にしてやりたくなるだろう」
背中から生えた異形の口がだらりと舌を垂らす。翼を広げ、両腕を広げてレプティルさんは抱擁するようにオレへと近づく。口ぶりは物騒だし目はぎらついているし、捕まれば最後逃げることなど叶わないことだろう。
そんなジャバウォックから下がっていると突然足が止まる。
「…ぁ!」
背中に押しあたる固いもの。それが壁だと気付いた次の瞬間レプティルさんが目前に迫っていた。
押し当てられる体の感触。露出が多く学生服越しでも感じられる女体の柔らかさは脳へと突き刺さってくる。ふわりと香る甘い匂いや目前を覆う美女の姿には男として反応せざるを得ないものだ。
視線を逸らそうとすると顎に手を添えられる。それどころか覗き込むように顔を寄せてきた。
「メインディッシュはさぞ甘美な味がすることだろうな♪」
吐息が頬を撫でていく。かすかに甘い香りがするのは先ほど食べたゼリーのせいか、元々か。捕食者の如くちろりと舌先を覗かせながらレプティルさんはさらに体を寄せてきた。
その時背中の壁が傾くのを感じる。いや、これは壁じゃなくて…城門だ。
「っと!」
気づいた瞬間全力で体重をかけた。ぎぃっと重苦しい音を立てて開いた門へと転がり込む。籠が手にあることを確認しすぐさまその場から飛び退くように走り出した。
「そ、それではっ!」
「あ、待てユウタ!」
伸びてくる手よりも先に城へと駆けこむ。ここで逃げ切れても城を出たとこで待ち伏せされるのだろうがとにかくまずはこのお菓子を献上することが先だ。後のことは後になって考えればいい。
重い門を開けてオレは城の外へと出る。そうすると案の定レプティルさんは仁王立ちで立ち塞がるようにそこにいた。
「ようやく戻ってきたか。これでやるべきことは済んだろう?なら私と共に…どうした?」
「………傘取られた」
オレはレプティルさんに手に持っていた傘を見せた。それはオレが普段から持っていた傘布が黒地のものではなく、それどころか布地すらないものだった。
ある意味オレのトレードマークにもなっていたもの。この世界の常識から身を守る大切な盾は本来の機能を持てなくなった。骨組みのみという傘など雨水を受け止めることなどできるわけがない。言い方は悪いがゴミとしか見えなかった。
ただ、あの女王がわざわざ寄越すのだからただのゴミとは思えない。子供の悪戯程度でゴミを押し付けるほどあの女王は単純ではない。
「…これ使えるんですかね」
「別に傘なんぞ使う必要ないだろう?」
「いや、オレにとっちゃ結構一大事なんですけど」
帰る途中で降られでもしたらたまったもんじゃない。その場で発情して誰構わず襲い掛かるようなことはしたくないし、年端もいかない少女を毒牙にかける可能性もゼロではない。流石に健全な男子高校生としてそんなことは勘弁願いたい。
「どうするか…」
困ったように呟いたオレの肩をレプティルさんはさりげなく抱き寄せた。
「な、んですか?」
「別に傘など必要ないだろう?私の手にかかれば濡れる間もなく家に帰れるぞ」
「レプティルさんの家に行くのは勘弁ですよ」
「そんな拒み方をされると無理やり連れて行きたくなるな」
「…本当にやめてくださいね?」
攫われて移住しましたなんて冗談にもほどがある。それに今住んでいる場所だってそれなりに気に入っているんだ、離れるに離れられない。
というかまずはレプティルさんに離してもらいたいのだけど。
彼女はオレの手から傘を取ると興味深そうに眺める。もしかしたらオレにはわからない仕掛けが施されているのかもしれない。
「そもそもどうして雨を嫌う?」
「嫌ってるわけじゃないんですよ。むしろ好きの方です」
媚薬の雨は勘弁してほしいけど。
「ならなぜわざわざ傘など使うんだ」
「傘の下で雨に打たれて滴の跳ねる音を聞くっていうのもなかなか乙なものですよ」
とは言ってもこの傘では雨音を聞くどころかずぶ濡れだ。骨組みしかないのでは使い道もないだろう。しかし女王から貰ったのだから捨てるというのも気が進まない。
仕方ない、今日はもう帰ることにしよう。そう結論付けてオレは来た道を戻ろうとする。
だが、やはりというかレプティルさんが手を離してくれない。それどころか尻尾がまた絡みついてくる。
「…あの」
「なんだ?」
「家に帰っていいですか?」
「ああ、そうか。なら帰るとしよう」
「いや、そっちはうちの方向じゃないんですけど」
「家に帰りたいんだろう?なら私の家に」
「自宅でお願いします」
「いずれ自宅になるだろうが」
ジャバウォックと人間。その力の差は歴然だ。オレが本気で挑んだところで彼女はせせら笑って受け止めることだろう。
だからと言ってそう易々と連れて行かれるわけにもいかない。美女に言い寄られるのは男として嬉しいことだが簡単に転ぶほどオレは軽くはない。手順だって踏みたいし、ちゃんと相手を知ってからそういうことはするべきだ。
頑固、と言われればその通りなんだろう。
なんて考えていると肩を小さな何かが叩いた。
「………げ」
遅れて気づく。
雨だ。
それもただの雨ではなく、媚薬の効果のある雨だ。
学生服は防水機能を備えているが雨の中を走り回れば髪が濡れ、服の隙間から肌へと染み込んでいく。そうなったら否が応でも発情だ。発情なんてすれば近くの女性に襲い掛かるかもしれないし、この状況で襲い掛かるとすればすぐ傍に居るレプティルさんしかいない。
だが、逆に発情した彼女に襲われるということもありうる。そうなれば本気で抵抗したところで一方的にされてしまうことだろう。
美女相手なら嫌ではない。だからといって良くもない。
なら、骨組みだけの傘を片手にどうすべきか…。
「…まったくお前というやつは」
「おわっ」
レプティルさんはため息をついて傘を空にさした。それから強引にオレの肩を掴んで抱き寄せる。
いきなり何を、そう言おうとして視界に映る骨組みだけの傘を見て言葉が止まった。
「おぉ…」
空に広げられた骨組みの上を雨水が避けていく。それだけではなく雨水が傘布の形に溜まっていく。それは現実離れした幻想的な代物だった。
本当に摩訶不思議な世界。オレの常識では追い付けないし、予測すらできやしない。だからこそ面白いうというのもあるのだけど。
だが雨水でできた傘の下、オレはレプティルさんの片腕に抱かれている。傘が一本しかない以上こうするのは仕方がないがどういう風の吹き回しだろう。そんな風に思っていると呆れたような顔で彼女は言った。
「ありがたく思うんだな、ユウタ。私がわざわざお前の家まで送ってやる」
「え?いいんですか?」
「なんだ。本当は私の家がよかったのか?」
「いえ違いますけど…ですけど、いきなりどうしたのかと思いまして」
「なに、ユウタは外だとどこでも逃げようとするからな。それなら家の中の方が逃げられないだろうと思っただけだ」
「…それって何の冗談ですか?」
「冗談?なら冗談かどうか―」
耳元に熱い吐息がかかるほど近くでレプティルさんは言葉を紡ぐ。
「―今、確かめてみるか?」
まるで声で耳を舐められたような感覚だった。思わず背筋が震え、彼女の熱を孕んだ視線から目を逸らして気にしないようにする。どのみちこの状況では逃げられない以上抵抗も無意味なのだから。
オレとレプティルさんは歩いていく。だが傘の面積は一人では余裕の大きさだが二人で入るにはちょっと狭い。並んではいれば自然、雨に濡れまいとするオレはレプティルさんと体を寄せ合うこととなる。
「濡れるのが嫌なんだろう?もっとこっちに身を寄せろ」
そしてやはりというか肩を抱かれる。それだけではなく片翼がさらに包み込む。先ほどと同じ状況なのだが雨の下、傘の中ということもあってか何かをしてくるわけではなさそうだ。
悪い女性ではない。むしろどちらかと言えば優しい方だ。少しばかりやり方が強引で傲慢で、我が道を行くタイプ。それが彼女の魅力であって良いところなのだろう。
おかげでこっちは気が気ではないが。
内心苦笑しつつオレは身を任せる。この状況ではまるで女ではないかと言いたいのだが言ったところでレプティルさんは離してくれるわけもない。それにこの傘の下から出て媚薬まみれになるのだけは勘弁だ。
「…」
ふと、彼女の横顔を眺めた。
柔らかそうな唇にすっと通った鼻筋。褐色の肌に人間らしからぬ角や耳。癖も枝毛もないサラサラな二色の髪の毛。そして切れ長の瞳は凛とし、宿った意思の強さが伝わってくる。
美人、なんだよなぁ。
何度見ても彼女は美人だ。人間でなかろうと人間では到底及ばないほど美しい。禍々しくあってもその事実は揺るがない。
「…ん?どうした」
ずっと見ていたらオレの視線に気づいたらしくレプティルさんはオレへ視線を映してきた。
「あ、いえ…」
「そんなに私を見て…キスしたくなったのか」
「いえ」
「家まで待てないのか…いや、別にそれでも私は構わないがな」
「構ってください」
「ああ、存分に構ってやるとも♪泣き叫んだところで止めないがな」
「……や、やめてくださいね?」
意味深な言葉と見せつけるように唇を舐めるレプティルさんにオレは嫌なものを感じた。
雨音が響く中、二人で道を歩いていく。普通この世界ならそこらじゅう喘ぎ声や嬌声や生々しい音が響くのだがオレの住まう場所は人気のない森の先。訪ねてこない限り誰かに出会うことはなく、とても静かな場所だ。
結局オレとレプティルさんは誰にも会うことなく目的地へとついた。
森から抜けた丘の上。そこに建てられたのは奇妙な形をした我が家である。不必要な歯車が飛び出し、曲がった煙突が空に立ち、ひし形の窓や歪んだドアというまさしくこの世界らしい家だ。
「着いたな」
「ありがとうございます。よければコーヒーでも出しますよ?」
流石に送ってもらっておいてさよならではあまりにも失礼すぎる。それ以前にレプティルさんなら何を言おうとここで帰るつもりはないだろう。だが襲い掛かってきたときには…最悪気絶してもらうかもしれない。できるかわからないが。
ドアの鍵を開け、レプティルさんを先に入らせる。あとから傘を畳んでオレも入ろうとして気づいた。
―…これどうやって閉じるんだ……?
傘布の代わりに広がった雨粒。全てが媚薬の効果を持ちながらも体を濡らすことなくとどまり続けたそれは傾けたところで零れていかない。ためしにスイングしても一滴も離れていかない。
どうしよう。このまま玄関先に放置しておけば蒸発でもしてくれるだろうか。それともどこかに畳めるスイッチがあるとか。ああ、これだから魔法というのはややこしい。
「どうしたユウタ。入らないのか?」
「あ、今行きます」
そう言ったその時。掴んでいた柄の部分でかちりと音がした。
「…え?」
次の瞬間傘に溜まっていた雨水が弾け飛ぶ。主に、傘を持つオレに向かって。
「ぶっ!」
濁流の如く襲い掛かった雨水は一瞬で消え足元に周りに水たまりを作る。そして濁流に飲まれたオレは何とか立ったまま耐えられたが無事ではない。
髪の毛から滴る雨水。
肌に張り付くワイシャツ。
体を伝って地面へと染み込む水滴。
―あのちびっこ……やりやがった…っ!
わざわざ別の傘を用意したのはただの褒美みたいなもんかと思っていがたやはり違った。最初から傘の機能なんて持ち合わせていないどころか真逆に働くとは。これならまだ外を駆け回っていた方がマシだろう。
悪戯にしては随分と手の込んだことをしてくれる。この様子を見ていれば腹を抱えて笑っているに違いない。
だが、そんなことを考えてる暇はなかった。
「―……っ!!」
ぞわぞわと体の中から這い上がる何か。
大量の媚薬を浴びたようなものだ。学生服は防水機能があるものだがそんなの関係なしに媚薬はワイシャツへと染み込んで肌を濡らしている。媚薬の雨どころか風呂にでも浸かった様なものだ。
ああ、まずい。
人間として、生物として原始的な感情が体の奥から燃え上ってくる。抑え込むのは難しく、抵抗するのは容易くない。
だがそれ以上にまずいのは―
「―ほぅ…見事に出来上がっているじゃないか♪」
嬉しそうに舌なめずりをするジャバウォック。濡れ鼠のオレを舐めるように見つめ艶のある笑みを浮かべていた。
それがとても猥褻に映る。
それをさらに淫靡にしたい。
「…っ」
おかしくなる。
頭の中がぐるぐるする。目の前が歪み、あたりが霞み、そしてレプティルさんの姿しか見えなくなる。
欲しくなる。
体の奥で欲望が燃え上る。瞬く間に理性を焦がし、何も考えられなくなるくらいに快楽を求めて止まらなくなる。
犯したくなる。
男の本能が暴れる。目の前の女を蹂躙し、柔らかそうな褐色肌を白濁で染め上げ、凛としたその顔を淫らに歪めたくなる。
「み、水を…もらえませんか……」
「水?それなら外で大量に降ってくるだろうが」
「普通の水を、っお願い…します…っ!」
かろうじて理性を保ち体を抑え込みながらレプティルさんの後ろ、ガラスの戸の向こう側の部屋を指さした。
発情した獣には冷水をぶちまけるのが一番だ。それは人間とて例外ではないだろう。頭からかぶれば幾分かましになるはず。そう考えてオレはふらつく体でレプティルさんに手を伸ばす。
本当ならば自分で水を取りに行けばいいのだが一歩でも踏み出そうものなら彼女に倒れ掛かってしまいそうだ。惜しげもなく晒された胸の谷間へと顔を埋め欲望のままに揉みしだいて、感触を堪能してそしていきり立ったものを―
「―…っ」
唇を噛んだ痛みでどうにかその考えを打ち消す。
ああ、これはほんとにまずい。体どころか頭の中までおかしくなりそうだ。
玄関のドアを閉め、ひとまず傘を放って壁にもたれ掛かる。せめて濡れた服だけでも脱がなければ。そう思って学ランを脱ぎ捨て媚薬の染み込んだワイシャツに手を掛けた。ぐっしょりと濡れたワイシャツは今更脱いだところで変わらないだろう。だがこのまま着続けるのは危険そうだ。できることならシャワーで洗い流したいし、せめて肌に張り付く不快感だけでもなんとかしたい。
「ユウタ。ほら、水を持ってきて…何を脱いでいるんだ」
レプティルさんの声に顔をあげると片手でガラスのコップを持っていた。どうやらオレが脱いでいることに驚いているらしく怪訝そうな表情をしている。だがどうしてか、人の体を穴が開くほど見つめてくる。
「どうも」
「…」
受け取ろうと手を伸ばす。だが彼女はこちらに差し出そうとはしてこない。それどころか笑みを浮かべた。にやにやと、何か悪戯を思いついた子供みたいに。それでいて、見るものを惑わす魅力的な笑みを。
「?レプ、ティルさ」
次の瞬間レプティルさんはコップの中身を飲み干しそして―
「―んむっ!?」
「んっ♪」
オレの顎を掴むと無理やり唇を押し付けてきた。舌で割り開かれ水が流れ込む。どことなく甘味のあるそれを抵抗できずに飲み込んでいく。だが飲み干した後でもレプティルさんは唇を離そうとはせず、むしろさらに強く押し付けてきた。
「ん、む…♪ちゅ、んんっ♪」
柔らかさと熱さを備えた舌を絡ませ口の中を自分勝手に暴れまわる。唇を啄んで舐め上げてはねっとりと絡みつく唾液を垂らす。顎に添えられた手は痛みを与えないように加減されているが顔を逸らすことは絶対に許さない。
力の入らない体では抵抗なんてできやせず、ただ彼女の成すままに口内を蹂躙される。
あまりにも一方的に。
それでいて暴力的に。
だけどもどこか嬉しそうで。
それでいて気持ちよさそうに。
頭の中が白く染まっていく。視界が霞む中でも目の前のジャバウォックの淫らに歪んだ表情はハッキリと映った。
「れろ…ん、む♪ぷはぁ…んんんっ♪」
「ふ、むっ!」
呼吸のために一瞬口を離したがすぐさま再び吸い付かれる。身を引こうにも後ろは壁。逃げることなどできやしない。それをいいことにレプティルさんは体を寄せてくる。
豊満な膨らみが胸板で潰れ形を変える。濡れたワイシャツ越しでも体温がじんわりと染み込んでくる。尻尾が足に巻きついては異形の口が指先を咥える。彼女の体の感触は媚薬に塗れた体に筆舌しがたい感覚を叩き込んでくる。
ようやく唇を離したときにはすでに数十分は経っていただろう。そのせいで意識は朦朧とし足腰は震え、レプティルさんに支えられなければ崩れ落ちてしまう、そんな状態だった。
彼女は笑う。額を重ねて。
「ふふ♪いやらしい…本当にいやらしい姿だ。そんな姿をして…私を誘っているのか?」
「ち、が…」
「淫らな男だ…だからこそ私に相応しい♪」
「っ…!」
股間から甘い痺れが広がり思わず体を震わせた。どうやら彼女はオレの股間を撫で上げたらしい。
媚薬のせいで先ほどからいきり立ってしまったもの。それは蹂躙するような口づけと押し付けられた女体の感触で痛いほど膨れ上がっている。レプティルさんは感触を確かめるように何度も撫でると妖艶に唇を舐めた。
「あぁ…随分と固い♪こんなに固い剣を持って私を襲おうとしていたのか?」
「そんな、わけ…っ!」
オレの言葉を遮ってレプティルさんはズボンの中に手を差し込んだ。
「っ!」
「熱いな♪燃えているようだ♪」
恍惚とした表情で彼女はズボンを取り払い、怒張したものを取り出した。ごつごつとした手に包まれるのだがその感触は吸い付くように滑らかであまりにも心地いい。媚薬まみれの体には心地いい痺れとなって伝わってくる。
だが彼女はジャバウォック。妖艶に言葉を紡ぎ淫らに笑う彼女がこの程度で終わるわけがなかった。
「っ!」
何かがオレのものに絡みついてきた。ねっとりとした粘液に塗れ湿りながらも柔らかさのある何か。それも一つではなく二つも。
それが何か見なくともわかる。それはジャバウォックの背についている異形の口だ。そこから伸びる二つの舌だ。
二つの舌と一つの手。竿を扱き、先端をなめとり、裏筋を刺激するその感覚は人間相手には絶対にできないものだった。
指先の感触と舌の感触。異なる柔らかさに包まれて擦りあげられれば悲鳴のような声が漏れる。その感覚から逃げようにも後ろは壁。突き飛ばそうと試みるも彼女は容易く抑え込んでくる。
「ふふ♪」
ジャバウォックは笑う。とても淫らな表情で。一方的に快感を叩き込み歪んだオレの表情を楽しむように。
唯でさえおかしくなりそうだというのにそこへ人知を超えた快楽を叩き込まれる。そんなことをされれば女性経験すらないオレにとって我慢なんてできるわけがなかった。
「あぁあっ♪」
吐き出される白濁液。それをレプティルさんは嬉しそうに手で受け止め、二つの舌も喜んで舐めまわす。絶頂している最中だというのに彼女はもっと出せと言わんばかりに攻め立てた。
「やめ…おか、しくなる…っ!」
「ああ、それならもっとおかしくなれ♪」
鼻先が触れ合った。熱い吐息が頬を撫で、甘い香りが鼻孔をくすぐる。そして舌先がねっとりと唇を舐め上げ彼女は言った。
「誰よりも淫らな私が存分に犯してやる♪」
ぞっとするような甘い囁きと共に射精中のオレのものへ二つの舌がぐりぐりとねじ込むように蠢いた。絶頂中をさらに弄られてあまりの快感に体が震える。
「…っ!?…っ!!っ!!」
呼吸が止まる。
言葉がつまる。
抵抗なんてできやしない。
喋ることすらかなわない。
ようやく射精が収まってくるも彼女の舌は離れない。全て舐めとったというのにまだまだ足りないと執拗に絡みついてくる。
人間ではないからこそできる人外の行為。それはあまりにも気持ちよく足から力が抜けていく。だが倒れることなど許されず大きな腕は捕らえて離さない。それでも優しく、柔らかく。自分の宝物を扱うかのように彼女はオレを抱きとめている。
「ユウタ。ベッドはどこにある?」
荒い息をするオレの耳元でレプティルさんは囁いた。
「別にここでも構わないがするのならそっちの方がいいだろう?」
その言葉から逃げることなど不可能。
その笑みを拒むことなどなお不可能。
オレは震える声でレプティルさんに囁くことしかできなかった。
寝室として使っている部屋につくとど真ん中を占拠しているベッドの上に優しく寝かせられた。だがその瞳に宿っている光は鋭く、獣の如くぎらついている。今オレを寝かせているのは気遣いだけではなくきっと貪りやすさも考慮しているのだろう。
レプティルさんは恥じらいなく服を脱ぎ捨てる。もともと露出の多かった服の下から現れたのは芸術とも呼べる美しさのある裸体だった。
大きく膨らんだ二つの胸に先端には桜色の乳首があり、重力に負けることなく張っている。丸みのあるラインを描くそれは男ならば誰もがその感触を確かめたいことだろう。
そこから視線を下げていく。すらりとしたくびれのある腹部は無駄な肉が一切なく傷もまたない。触れれば男にはない柔らかさを備えていることだろう。
そして視線はさらに下へと移動する。
レプティルさんは見せつけるようにそこへ指を這わせた。
「わかるか♪」
指先でオレに見せつけるように広げたレプティルさんの女。穢れを知らないピンク色の肉はもの欲しそうに蠢きいやらしい粘液をオレの上に垂らしていく。肌に滴り広がる粘液は媚薬に塗れた体には刺激的であり、男の本能をこれ以上ないほど高ぶらせる。
早く、早く貪りたいと。
強く、強く求めたいと。
男と女でつながって、二人でしか感じられない快楽を貪って、理性なんてかなぐり捨てて、ただ濫りがわしい行為に溺れてたい。
息を荒くして期待する。
欲望を露わにして求める。
理性などとうに消え去った。あるのは原始的な本能だけ。
「今からここでユウタのものをしゃぶりつくしてやる…♪」
レプティルさんもまた荒い呼吸を繰り返す。ジャバウォックとしての威厳ある姿であっても色に染まれば一人の女。目の前のオスを求めて止まないメストカゲだ。
その姿もまた美しい。それでいて淫らだった。
「嫌だと言っても、犯してやるぞ♪」
今更嫌とはいえなかった。
「存分に、精液を吐き出させてやるぞ♪」
その膣内を真っ白に染め上げたかった。
「ユウタは…私のものだから、なっ♪」
指先で開いた女はまるで捕食する野獣の口。唾液の如く愛液を滴らせては今か今かと獲物を待ち望む。味わい、啜り、咀嚼し、吸い上げ、飲み込む。欲を満たし、本能を潤わせる貪欲なメスの口だ。
レプティルさんは焦らすようなことはせず一気にオレのものを飲み込んだ。
「うぁああっ♪」
「ふ、ぅっ!」
全てを飲み込まれて感じたのは窮屈さだった。ただきついなんてもんじゃない。入ってきた異物を押し返そうと押し寄せる肉壁の感触はそのまま強烈な快楽へと変わる。先端には肉壁とは違う、先ほど舐めつくされた舌とも違う肉感の伴った厚い唇のようなものが吸い付いてきた。その感覚だけでも高みへと押し上げられそうになる。
だがそれだけじゃない。異常なほどにレプティルさんの中は熱かった。溶かされるんじゃないかと思うほどのそれは燃え上る様な快感になる。
人間が耐えられるものじゃない、人外の感触にオレの脳は焼き切れそうだった。
「あっはぁああ♪どうだぁ…入ったぞぉ♪ユウタ、お前のものが、私の中に全て…んんっ♪食べられているんだぞ…ぉ♪」
それは彼女も同様なのか舌足らずな口調で嬉しそうにそう言った。対してこちらは必死にこらえる。欲しかった快楽を叩き込まれて果てそうなのに何とか耐える。この中で射精してしまえばとてつもなく快感だろうがそれと同時に壊れてしまいそうだ。
だが耐えられるものだとは思っていない。それ以前にオレを跨る魔物は堪えることすら許さない。
「蕩けた顔をして…ふふっ♪いいぞぉ…実にいい顔だ♪」
それはどっちだと言いたくなった。
人の上に跨るレプティルさんも交わりの感覚に淫らに顔を歪めている。普段誘うような、襲い掛かる様な妖艶な表情をしていたが今浮かべているものはそれらの比ではない。
快楽に蕩けた顔。女として感じている顔だ。
だがそれを言える余裕なんてない。媚薬のせいか、それとも彼女が人外であるせいかわずかに体を捩っただけでも快楽が走る。
体は熱く、意識は濁り、だというのに欲望は滾る。もっと欲しいと喚いてる。
それはレプティルさんも同じなのかもしれない。
「その顔…もっといやらしく歪めてやろう♪誰よりも淫らな、私の体を使ってなぁ♪」
そう言ってジャバウォックは腰を叩きつける。肉と肉のぶつかる音が何度も響き、その度に肌に浮かぶ玉の汗が弾けた。その都度駆け巡る快感は先ほど二枚の舌と手によって叩き込まれたものよりもはるかに上回るものだった。
あまりにも強すぎる。
呼吸がまともにできなくなる。
悲鳴すら上げることはできなくなる。
だけどもっと欲しくなる。
この感触がさらに欲しくなる。
体は快楽に抗えず、精神は欲望に耐えられず、心は本能に逆らえない。
「はぁっ♪うぅあぁあっ♪はぁ…あっ♪ああっ♪」
降り注ぐ艶のかかった甘い声。髪の毛を振り乱しレプティルさんは踊るように腰を動かす。それに伴い大きな胸がいやらしく弾み視線を誘った。膣肉は抜くたびに離すまいと絡みつき、飲まれるたびに押しつぶさんばかりに締め上げる。獲物を逃がさぬ貪欲な感触にオレは応えるように腰を突き上げた。
「ふぁああっ♪」
潤んだ目から涙がこぼれる。淫らな笑みは快楽へ歪み、柔らかな舌は突き出され唾液が滴った。それでも腰の動きは止まらない。舐められるのとは違った感触を伝える肉壁で何度も上下に擦られて、精液をねだるように吸い付く子宮口を何度もたたく。その度に熱い粘液が吐き出され媚薬に塗れた体を震わせた。
「どうした、ぁあ♪イクのか?私の中で…んん♪出そうなの、か?なら、出せっ♪私の中に、一滴残らずっ♪」
出せ、注げ、全てを飲ませろと言わんばかりに吸い付くレプティルさんの女。
犯せ、染めろ、種付けろとでも言うように湧き上がるオレの欲望。
込み上げてきた射精衝動に従うままに腰を打ち付け一番奥へと叩きつける。彼女も応じるように腰を落とし先端に子宮口が吸い付いてきた。
次の瞬間、オレの我慢は決壊する。留まり湧きあがった欲望は何にも遮られることなくレプティルさんの中へと流れ込んだ。
「んはぁあああああああああああっ♪」
その刺激にすらレプティルさんは絶頂し、大きく体を震わせた。子宮口は先端に吸い付いて一滴も漏らさないように吸い付いてくる。その感触に堪らずオレは精液をさらに吐き出した。
止まらない。互いの絶頂が互いをさらに高みへ押し上げていく。
時間にして数分はかかっていたかもしれない。そう感じるほど何度もオレはレプティルさんの中に吐き出し、彼女も体を震わせた。
「あっ…はぁあ……♪ユウタの、精液がぁ……♪いっぱい、私の中に、出てるぞぉ…♪」
満足げに呟いてレプティルさんは下腹部を撫でた。女性として大切なその部分にはきっとこぼれそうなほどの精液が詰まっていることだろう。
だけど、足りない。
媚薬に塗れた体はまだまだ満足してくれない。一度外れた箍はそう易々と戻らない。一度壊れた理性は簡単には戻らない。
オレはゆっくりとレプティルさんの手を掴んだ。
「んぁ…♪どうした、ユウタ…もっと私にして欲しいの―」
最後まで言い切る前に無理やり引っ張りその体を抱き寄せる。まるで覆いかぶさるように倒れこんできたレプティルさんの体を両腕で抱き寄せると力任せに腰を突き上げた。
「ぁああっ♪」
あまりにも突然のことでレプティルさんは体を弓なりに反らす。だが逃がすことなく両腕で留め無理やり行為を続行する。先ほど一方的にされたように今度はオレから一方的に。
「あっ♪やぁっ♪ユ、ユウタっ♪はげし、ぃっ♪んむっ♪」
レプティルさんがやったように後頭部を引っ掴んで無理やり唇を奪う。そして気の向くままに今度はオレが彼女の唇を啜り上げた。
舌を舌で絡ませて蜜の様な唾液を飲み干し口内を蹂躙する。するとレプティルさんは嬉しそうに自分からも求めるように唇を押し付けてくる。
「ん、んんっ♪む、んっ♪んっ♪」
何度も何度も重なる。わずかに空いた隙間からは吐息が漏れ、くぐもった嬌声が上がる。交わる下腹部からはどちらの体液かわからないほど混ざり合ったものが止め処なく滴った。
止まらない、いや、止められない。
媚薬の効果かそれとも相手が美女だからか、そんなことはどうでもいい。今やりたいのはレプティルさんを貪ることのみ。それ以外は何も考えられずオレはただ彼女の体を欲望のまま求めるのだった。
結局のところ行為が終わったのは次の日の朝だった。
一体何回射精したのかわからない。一体何度レプティルさんが絶頂したのかわからない。お互いに数えられぬほど果て、そして今ようやく落ち着いた。
朝日が差し込み照らすベッドの上でオレとレプティルさんは寝ころんでいた。体は心地良い虚脱感に包まれている。だがその反面心は穏やかなものではなかった。
「はぁ…♪素晴らしい一夜だったな、ユウタ…♪」
「…」
レプティルさんは満足げにそういってオレの肩に手を置く。あれほど互いを貪ったのだから恥じる意味もないのだがオレはレプティルさんに背を向けたままの状態だった。
「どうした。こっちを向かないのか」
「…」
「それともまだ足りないとでもいうのか?ならまだまだ喜んで付き合ってやるぞ♪」
「…違うんですよ」
顔を合わせられないのは行為を終えた後どのようなことをするべきかなんてわからないから。気恥ずかしくて何を言えばわからないから。
だがそれ以前に悔いている。
「こういうことをするんなら…やっぱり普通の時にしたかったっていうか…大切なことだったのに媚薬のせいで無理やりやったみたいで嫌なんですよ」
欲望があっても本能があっても、大切なものが抜けていては意味がない。ただ快楽に塗れた行為なんてオレの望むものじゃない。
大切なのは気持ちであって、本心だろう。
オレの言葉にレプティルさんはくすりと笑う。結構大切なことだったのだがオレはおかしなことを言っただろうか。
「なら、今はどうだ?」
耳元突然囁かれる言葉にオレは振り返った。レプティルさんは優しげな微笑みを浮かべてオレをまっすぐ見つめている。
「え?」
「あれだけやったんだ、媚薬なんてすでに体から抜けているだろう?」
時間にして一晩。その間注ぎ込んだ精液の量は計り知れない。人間の限界を超えたんじゃないかと思うほど果てたんだ、流石にそれだけやれば理性も戻ってくる。それなら今は正常と言えるだろう。
「なら今のユウタは本心ということだろう?」
囁く言葉は甘くとも真っ直ぐなものだった。
向ける視線は熱が籠っていても意志の強いものだった。
それでも有無は言わさない。
否応すらも許さない。
「ちょっと…待って、くださいよ」
「ふふ♪待てとは言ってもやめろとは言わないんだな」
「っ…」
「だが今更待てと言われて待てるほど私は優しくはないことをわかっているだろう♪」
淫らに笑うレプティルさんは体を起こしたかと思えばすぐさま覆いかぶさってくる。二色に染まった髪の毛を垂らし、異形の口が舌を伸ばし、大きな手が体を撫でた。
「うぁ…っ」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないっですけど…っ」
「ならいいんだな♪」
「ちょ…待ってくださいって…っ!」
差し込む朝日がレプティルさんの裸身に陰影をおとし艶を出す。昨晩からずっと網膜に焼き付けたというのにあまりの美しさに言葉を飲み込む。それをいいことに彼女は顔を寄せ、何度目かの口づけを交わす。
ベッドは軋み、徐々に荒い呼吸へと変わっていく。柔らかな感触に沈み、互いの体に火が灯る。そうしてオレとレプティルさんは再び快楽へと溺れていくのだった。
―HAPPY END―
14/02/09 21:10更新 / ノワール・B・シュヴァルツ