読切小説
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月夜と貴方とオレとおしゃべり
いたるところに作られた水路から海水の流れる音が街の中に響く。穏やかな水の音は聞く者の心を洗い流すような安らぎを与えてくれた。
それは昼も、太陽の落ちた月夜の晩もまた同じ。
煉瓦や石畳といった中世のような街並みを眺めながら潮の香りがする道中を歩く。水路を沿って行けばその先にあるのは海。大きく青く、透き通った海の美しさはエンジンオイルで汚く濁った海とは雲泥の差だ。夜中でも月明かりが透き通り、水面を輝かせる光景はまるで海外のリゾート地。
そもそも、ここは海外どころか世界が違うのだけど。そんな風に思ってオレこと黒崎ゆうたは小さく息を吐き、歩いていた。夜中だからか誰もいない街中は静かで、昼間ならば賑わっているだろう大通りを通り、水路の流れる先へと進む。
理由は単純、散歩だった。
わけは簡単、することがないから。
こんな絵に書いたようなファンタジーな世界にはテレビなんてものは復旧していない。当然だ、オレのいたところとは世界が違っているのだから。
文字も読むことができない。平仮名、漢字、カタカナに英語と今まで学んだものとは違う文字で書かれた本では暇つぶしの道具になるはずもない。
なら誰かとおしゃべりするというのもあるが、この微妙な時間帯では起きている人はそういないだろう。この街の人というかこの世界の人は夜更しをしないのかどの家も明かりが既に消えている。ほんの一部の店はまだやっているものの客足は少なそうだ。
横目で確認しつつも足を進める。それから特に目につくものもなく、水路を辿っていると海へと出た。
淡い月明かりの下に浮かび上がる透き通った海。時折見える魚が光を反射する光景はテレビでもお目にかかれないほど幻想的で、別次元の美しさがあった。思わずため息が漏れ、目を細める。
ただ、ここに来たところですることもない。海岸沿いを歩くのはいいがこの時間帯ではいろいろとまずいだろう。
なら、別のところにでもいこうかと踵を返そうとしたそのとき。

「…んん?」

横目にちらりと映ったものに奇妙な声を上げてしまう。というのも海岸に人影が見えたからだ。
この時間帯にでも泳ぐ人は一人ぐらいいるだろう。というか、この海岸それ以外の目的で訪れる人も多くいるらしい。だから人影の一つや二つなんて気にすべきじゃない。
だがその人影はちょっと様子がおかしかった。
波打ち際で足を揃えて座る姿。月明かりだけでははっきり見れないがあたふたと慌てている様子だ。何やらトラブルでもあったのだろうか。

「…よし」

どうせすることもないんだし、たった一夜の人助けとでもいこうか。そんな風に思ってオレはその人影へと足を進めた。





海岸にいたのは一人の女性だった。
砂浜の上に座り込み、こちらをじっと見つめてくる女性。真っ白な肌が海水に濡れ月明かりに照らし出される姿はなんとも艶やかで魅惑的。年齢的にはオレよりも上なのだろう外見は年相応に成熟しており豊満な膨らみが二つ、悩ましく瞳に映った。
薄紫色の長髪に優しそうな光をともした目。薄らと笑みを浮かべた口元に奇妙なデザインの施された服らしきもの。
それだけを取れば彼女は人間に思えただろう。だがこの世界、こんな海、こんな時間帯に出会うのはたいてい人間じゃないとオレは経験で知っている。
彼女の足は二本ではなかった。
ゆらゆらと揺らめくのはまるで触手のような足。数えてみれば計十本。確かこの街の孤児院には足が八本のスキュラという魔物の先生がいたが彼女も似たような存在なのだろう。

「こんばんは」

にっこり笑って挨拶をしてくる彼女。
基本この街の人々や魔物という存在の女性は皆朗らかで親しみやすい人ばかりだ。魔物の方は親しみやすい上にどこか積極的というか、体をくっつけたがるというか、正直健全な男子高校生にとっては嬉し恥ずかし辛いような感じなのだが彼女も同じなのだろうか。
とりあえずオレも笑みを浮かべて挨拶を返した。

「こんばんは。えっと、どうしたんですか?」

オレの言葉に彼女は困ったように自分の足を指差した。そこにあるのは真っ白で吸盤のついた十本の足。ただ、数えられたのは先端の部分だけ。その他は伸ばされているわけではなく縛られたようにひとまとまりになっている。

「陸上に出ようとしたら足が絡まっちゃって…助けてもらえないかしら?」
「…あー」

十本も足があるのだから絡まることも無理ないだろう。足が二本しかない人間だって存分に使いこなせているとは言い難いのだからその五倍となっては人間であるオレには想像もつかない。

「それじゃ、失礼して」

とりあえずオレは彼女の足に手を這わせ、絡まった部分をといていく。意外と大きさのある足をほどくのはそれほど苦にならずに結び目に指を刺し、擽るようにほぐしてやるとすぐに解けていった。

「ありがとう。こんな時間帯誰も来ないから困ってたの」

その言葉にいえいえと返しながら手を動かしていく。このような絡まり方をしているのは疑問だが別に気にするようなことでもない。
気になるのはこの女性がいったいなんなのかということ。
この街にはたくさんの魔物がいる。マーメイドやメロウ、シー・ビショップ。スキュラにシースライム、カリュブディスといった様々な種類がいる。全部知っているわけではないし、そこまで詳しいわけでもないので一目見ただけでは誰が何だかなんてわかりゃしない。
目の前で優しそうに微笑む足の十本ある女性。
姿からしてスキュラの姿が思い浮かぶがそうじゃないだろう。足八本がスキュラなんだから十本と言うならば…烏賊だろうか?
烏賊の魔物…なんだろう、頭に引っかかるのだが答えがでない。
するりと足を解き終え、一歩後ろに下がって彼女の姿を見据えた。十本の烏賊のような足に雪のような真っ白な肌。粘液か海水か、月明かりで艶やかに映る魅惑的な体。薄紫色の髪の毛が妖しい雰囲気を漂わせる。
美人。安直な言葉だがそれ以外の言葉が見当たらない。

「あら?」

何を思ったのか彼女は自由になった白い足を一本、オレの腕を掴んで引っ張った。

「おわっ!」

あまりにも突然のことによりバランスを崩してしまい彼女の方へと倒れ込む。なんとか踏みとどまろうとするが、この女性意外と力が強い。
ぱしりと、倒れ込む寸前彼女の足が体を受け止めた。目の前に広がるのは優しそうな笑みを浮かべる美女の顔。先ほどよりもずっと近づいた距離に一瞬思考が止まる。

「…」
「貴方…髪の毛が乱れてるわ」

どうやら潮風に吹かれているあいだに乱れてしまったらしい。別に直す必要もないというのに甲斐甲斐しく世話を焼く姉のように彼女はオレの髪を撫でるように直していく。
心地よい感触に思わず身を委ねていたい衝動に駆られるが名前も知らない女性が相手だと思い出しすぐさま体を離した。

「…っ!」

だが、離れない。
足が何かに引っ張られているかのように動かない。体も、腕も、何かに引っ張られるようだ。ちらりと見れば学生服を締めるように絡みつく白い触手が何本も見えた。
いつの間に、と思うがそれ以上に簡単に逃げられそうにないことに気づく。

「ダメよ、暴れちゃ。少しじっとしてて…ね?」
「いや、別に髪の毛程度直してもらわなくてもいいんですけど…」
「お姉さんの足をほどいてくれたんだもの。お礼だと思ってこれくらいはさせて」

そう言われては無理やり振りほどくこともできない。仕方なくそのままの姿勢を維持することになった。
彼女に頭を撫でてもらう姿。目と鼻の先には人間離れした美貌を持った女性の顔があり、僅かな吐息が頬をくすぐってくるこの状況。それは健全な男子高校生であるオレにとってあまりのも耐え難いものだった。

「はい、できた」
「…どうも」

とりあえず頭を下げて身を引いた。改めて彼女の姿を見据えてみる。
美人。美人ではあるものの…どうしてだか身の危険を感じてしまう。こういう人間離れした女性ほどとんでもないことをやらかしそうで恐ろしい。
それ以上に、未だこの街に、この世界に慣れないオレにとっては毎日が驚きの連続であり、何が起こるか予想なんてできない。

「…それではこれで」

時間が余って散歩をしていたのだが迫る身の危険からは逃れたい。そそくさとその場をあとにしようとするのだが依然として彼女の足は絡みついたままだ。振りほどこうにも吸盤がついているらしく学生服が引っ張られる。

「待って。まだ名前を聞いてなかったわ」
「……黒崎、ゆうたです」

躊躇いながらも答えると彼女は何度も小さく名前を呟いた。月明かりに照らし出される艶やかな唇に自分自身が紡がれるのはなんとも嬉しいものがある。ぞくりと、背筋を撫でられるかのような感覚だった。

「ユウタ、ユウタ…ユウタ君ね。私はカルマール。よろしくね、ユウタ君」
「は、はぁ…よろしくお願いします、カルマールさん」

オレの言葉にニコニコと笑うカルマールさん。こちらも笑みを浮かべてとりあえず頭を下げる。すると彼女は一度つま先から頭で舐めるように見て、ずいっと体を寄せて来た。

「ユウタ君。助けてもらったのにまたお願いするのは図々しいと思うんだけど…私とお話してくれないかしら?」
「え?」
「私、海底に住んでるから男の人と話したことないの。だから少し、少しだけでいいからお話してくれないかしら…ね?」

背中を這う触手によって答えは一つしか出せそうになかった。











「―という感じの甘いものですね。洋菓子とはまた違った甘さが結構人気でその店は大繁盛してますよ」
「私も是非とも食べてみたいわ。海の中でマーメイド達が話してるから気になってたの」
「やっぱ女性だから流行には敏感なんですかね。ただ、人気なのにはもう一つ理由があって、超大盛りメニューというのがあるんですよ。時間内に食べきれば賞金がもらえるっていうやつが」
「ユウタ君は食べなかったの?」
「いくら食べ盛りの十代でもあの量は入りませんからね…」

唐突に始まった真夜中のおしゃべり。相手は人間ではない初対面の美女なのだが思った以上に話が楽しく弾んでいた。
海底に暮らしている彼女にとってこの街も、オレの言葉も相当新鮮らしい。早く次が聞きたいのか頷いては身を寄せて期待する視線を向けてくる。こちらもその視線に応えるようにこちらで起きたことや日常を話していく。
美女とのお話なんて緊張するかと思ったがこうして話してみるといつの間にか砕けた雰囲気になっており、気づけば月は真上で時間が深夜だということを告げていた。

「ん、もうこんな時間か」
「あら、時間が経つのは早いわね」

月を見上げて時間を確認し、そろそろお暇しようかと座っていた砂浜から腰を上げる。そうしてカルマールさんに頭を下げて帰らせてもらおうかと思っているとやはり学生服が引っ張られた。

「ユウタ君、もっとお話しましょ…ね?」

立ち上がろうとしたオレの体にねだるように体を押し付けて誘惑するように言葉を紡ぐ。その魅力は男性ならば耐え難く、同性であっても簡単に振りほどけるものではないだろう。
だけどもこちらは一般人。初対面の女性とそこまで仲良くできるような性格ではないし、一時の色香に流されるほど単純でもない。

「い、いやでも…もう時間も時間ですからね?明日にするっていうのはどうでしょうか?」
「今は…嫌かしら?」
「嫌、ってわけじゃ…」

美女との会話を嫌がる男はいないだろう。それは相手が人間でなくともだ。
ただ海岸にただ座っているだけでも潮風が心地よくて月明かりを反射する海が綺麗でなんともロマンチックだろう。だがそこに長時間となれば潮風はベタつき、晒した肌も先程整えてもらった髪の毛も不快感を生んでいた。
さらには時間。別に門限などありはしないのだがこの街に住んでいる以上、世話になっている人がいる。ただの散歩に口うるさく言うようなことはしない人たちだが、心配はかけたくはない。
それ以上に問題なのはこの時間帯の、この場所だった。

「…」
「…?どうかしたの、ユウタ君」
「いえ…」

耳をすませばわずかに聞こえてくる乾いた音と人の声。真夜中の静寂を打ち破るかすかな音。その正体をオレはよく知っている。
知り合いのメロウから聞いた話だが夜な夜なここらにはカップルが愛を確かめにくるという。彼女はそれをのぞき見ているらしいが、正直こちらとしては勘弁してもらいたい。生々しい声を生で聞くというのはそういうビデオを見るよりもずっと気まずいのだから。

「なら、場所変えましょうか。この時間帯でもまだ開いてる店だっていくつかありますからね」

早急にこの場を離れないといけない。二人っきり、それも相手が女性だというのにそういう行為の声を聞いてしまうのは気まずいなんてもんじゃない。もしそんなことになったとして、相手は人間じゃなくとも美女なのだからどう対応いいかなんてわかるわけもない。

「なら、海の中に行きましょ」

ぱんっと両手を叩いてカルマールさんは言った。その言葉に一瞬オレは首をかしげる。

「え?…海の中?」
「ええ。海ならすぐそこだし、私がユウタ君を抱えて泳げばすぐに海底につけるわ。陸上はうまく動けないけど海中ならまかせて…ね?」

そう言ってカルマールさんはオレの手をとった。ひんやりとしていて柔らかく、優しい手つきに思わずどきりとする。
だがオレは足を進められない。今は学ラン姿で海パンなんて持ってきていないし、何より海の中。自由が効かないゆえに何かあったら何もできない場所だ。

「え、遠慮しておきます」

そう言ったもののカルマールさんはオレの手を掴んで離さない。

「大丈夫、怖くないわ。私が抱きしめててあげるから…ね?」

烏賊の足がオレの背中に、肩に、足に、腕に絡みつく。それだけではなく多くの吸盤が学生服に吸い付いてきた。体をねじったところで抜け出せない、滴る粘液を利用しても滑ることのない拘束にオレは成すすべがない。

「ちょ、っと…!!」

ゆっくりと、だけども力強く海へと引きずり込まれていく。まるで巨大な船体に足を絡め、抵抗する人間を無慈悲に引きこむかの如く、彼女の足はオレを離さない。
その行為に、頭の中で引っかかっていたものがわかった。

『クラーケン』

船を海中へと引きずり込み貪り食う海の悪魔。子供の頃見た映画では何十メートルとある巨体で絶望の底へと叩き落とす姿に恐怖したこともある。
もっともここの魔物というのだからそんな恐ろしいものではないのだろう。
映画の中の船員とはこんな気持ちなのかと呑気なことを考えながらオレは海中へと引きずり込まれていった。










透明な海中では月明かりが光のカーテンのように差し込んでくる。泳ぐ魚の鱗に反射し、珊瑚礁を照らし出す光景はあまりにも美しく、めったに見られるものではないだろう。テレビで見るダイバーなどはこういった感動をよく受けているのだろう。
だが、オレはその感動を受けることはできなかった。

「ぐ…む………っ!!」

当然ながら人間は海の中で呼吸なんてものはできない。魚のようにエラはないし、酸素ボンベなんてもってない着の身着のままのオレは両手で口を抑え、肺の中のわずかに残った酸素を逃さないようにと我慢していた。
そんなオレにようやく気づいたカルマールさんは大慌てで両手を振った。

「ちょ、ちょっと待っててね!」

ふぅっと息を吹きかけるように彼女は海中に何かを吐き出した。煙のように広がって辺りを包み込んでいくそれは真っ黒で、まるでスミを思わせる。一面に充満したスミはあまりにも黒く、先程まで月明かりに照らされていた海底が一気に闇夜に包まれたかのようだった。
一筋の光も届かない夜の帳とはまた違う暗闇。だというのにカルマールさんの体は薄らと光り、白く艶かしい姿が浮かび上がっている。優しそうに微笑んだ彼女はそっとオレの肩に手を置いた。

「大丈夫かしら?」
「ごぼっ…ん……」

口の中から空気が抜けて泡が上へと登っていく。そんな光景を見つめながら息を吸い込むと苦しさが消えていった。
人間にはエラもないのに水中で呼吸ができている。理解できても頭の方は追いつかない。本当にこの世界はわからないことだらけだ。
喉に手を添え、二、三度呼吸を繰り返してカルマールさんをみると彼女はよかったと呟き微笑んだ。月明かりが差し込むとは言え海の中、暗い空間だというのに彼女の姿ははっきりと目に映る。
暗闇に浮かぶ美女の姿。幻想的なその光景にカルマールさんの姿が一瞬女神かと思えてしまう。
だが、目の前の光景に見蕩れる前に体の重さに顔をしかめた。片腕上げるだけでも海水の中にいるとは思えないほどに重い。カルマールさんに抱きとめられているとはいえ、さらに自由が効かなくなってくる。
それ以上に気持ちが悪い。海水の中で肌を擦れる布地の感触はなんとも不快なものだ。これが陸上に上がったら肌に張り付いてさらに不快になることだろう。

「あ…今脱がしてあげるから…ね?」

何を思ったのかオレの体を抱きとめていたカルマールさんはゆったりとした手つきで学ランのボタンに手をかけた。

「ちょ…っとっ!!」

もがいて逃れようとしても体にはカルマールさんの足が巻きついていて離れない。そもそも水中のクラーケンと人間では力にも足の数にも差がありすぎる。人並みに泳げるくらいではこの場所で抵抗なんてできるわけがない。

「ぬぎぬぎ♪」

楽しそうにカルマールさんは学ランを脱がし、ワイシャツのボタンを外していく。それどころか器用に動かした足でベルトを外し、ズボンに手をかけた。

「待った待った!カルマールさんちょっと待った!!」
「あら?どうかしたかしら?」
「どうかしたじゃないでしょうが…いきなり人の服を脱がして何やる気なんですか」
「濡れた服って重いでしょ?ずっと着てても気持ち悪いだろうし…なら脱いだほうがいいかなって思って…ね?」
「ね?じゃないでしょ…っ!!」

確かに濡れた服は気持ち悪い。学生服は元々水分を弾く性質があるが沈められては意味もないし、履いている靴も海水を含んで重くなっている。普通に泳ぐにしても気持ち悪いし体が重くて自由も効かない。
だからといって脱ぐというのはおかしい。いや、人が溺れまいと服を脱ぐのは仕方ないとしても海の中で呼吸ができるようになった今、無理して服を脱ぐ理由なんてない。女性の前というのだからなおさら脱げない。
どうしましょと頬に手を当てて考え込むカルマールさん。その答えはすぐに出たようで彼女はにっこりと笑みを浮かべてこちらを見た。

「なら私も脱げばいいかしら?」
「…は?」
「うん、そうね、そっちのほうがいいわね。ユウタ君だけ裸っていうのも不公平だし…ね?」
「…え?」

衣服というのには少ない布地を彼女は脱ぎ捨てた。

「…!」

体を隠す布は取り払われ、暗闇の中でもハッキリとわかる白い肌がオレの目に晒された。わずかに朱色に染まった肌は滑らかで、二つの大きな膨らみがやわらかそうにたゆんと揺れる。その先端にあるのは桜色の突起。女性として完成された美貌が目の前にあった。

「ん…そんなに見られると、少し恥ずかしい…かな」

恥ずかしそうながらも笑みを浮かべてこちらを見つめてくる女性。
一瞬目が離せなくなる。
言葉さえ、でなくなる。
それを肯定と受け取ってしまったのかカルマールさんは十本の足を器用に使ってオレの服を取り払っていった。

「…あ」

柔らかな手のひらが体に触れ、彼女は小さく声を上げる。一瞬驚いたような表情を浮かべたカルマールさんは心を奪われたかのようにうっとりとした表情で胸板に手を置き、硬さを確かめるように撫でてきた。

「逞しい体なのね…素敵…♪」
「…っ!」

くすぐったい感覚に体が硬直する。何か抵抗をと思っても彼女の足はそれを許すわけがない。仕方なくオレはカルマールさんにされるがままになっていた。
細い指先が脇腹を撫で、腹筋の筋をなぞっては鎖骨へと進む。初めて男性という生物に触れるかのようなたどたどしい手付きだが、興味のままに彼女の手はオレに触れてきた。

「細身なのにしっかりしてるのね…んっ♪」
「ぅぁ…っ!!」

そしてカルマールさんは体を寄せて来た。密着したことにより体の柔らかさが鮮明に伝わってくる。学ランもワイシャツもない素肌に感じるのはじんわりとした女体の温かさ。海中だからこそその温もりがはっきりとわかった。

「んん♪ユウタくんの体、温かい…ずっと抱きしめてたいわ♪」
「いや、その…あの…」

上ずった声しか出せなくなる。肌を見せ合い素肌を重ねているこの状況。その相手が先程知り合ったばかりの女性というのだから戸惑ってしまうのも当然だろう。
だが彼女はお構いなしに体を寄せ、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「温かくて硬くって…男の子らしい…♪」

ゆったりとした手つきで首筋を撫で、ねっとりと絡みつくように体を押し付けてくる。柔らかな膨らみが胸板に押し付けられては離れることを厭うように触手が背中にまでまわってきた。
僅かな隙間もない密着状態。両手は自由ではあるが逃げ出すことなど不可能だろう。
せめてもの抵抗と思って両腕で彼女の体を押そうとするとあっと小さく声を上げた。

「お腹に硬いの、当たってる…」
「…ぁっ!」

耳元で言葉を紡ぐカルマールさん。頬を重ねて舐めるように擦りつけて、惑わすように囁いてくる。あまりの恥ずかしさに何も言えず、何もできずにいると下半身が彼女に覆われていく。
十本の足の付け根。本来クラーケンならばそこにあるのは口なのだがカルマールさんは魔物。上半身が美女で下半身が烏賊の姿である彼女にとって白い触手に隠されたものはなんなのかオレにはわからない。

「私の体でこんなに硬くなっちゃったんだ…嬉しい♪」

その一言に下半身がカルマールさんに包まれた。柔らかな触手の下で何がどうなっているのか見ることができない。

「…いいよ♪」

嬉しそうに囁くと同時に先端に何かが触れた。肌や触手とはまた違う柔らかさに一瞬困惑するが目の前にある頬を種に染めたカルマールさんを見て動きが止まる。

「それなら…一緒に、気持ちよくなろう…ね♪」

次の瞬間オレの全てが柔らかなものに飲み込まれた。

「くぅぅん♪」
「っ!!」

僅かな抵抗と感じたことのない柔らかさに締め上げるように吸い付く何か。ねっとりと絡みつく液体に、冷たい海水内だからこそ敏感に感じ取れる、燃え上がるような熱。その全てが快楽へと結びつき、情欲にさらなる火を灯す。

「…っ…!」
「あ、ぁあ♪ユウタ君の、入った…♪」

言われなくても、見ていなくともその感覚が一部から伝わってくる。あまりにもいきなりのことで声さえ出せない未曾有の感覚にオレはただ体を震わせて耐えるばかり。
するりと白い腕が伸びてくる。細くて華奢なそれはカルマールさんの腕。彼女はオレの背へとまわし、逃がさないと言いたげに抱きしめてきた。

「熱くて、硬い…すごくユウタ君を、感じるよ…♪」

照れたように言うカルマールさんを前にオレは何も言えなかった。言葉が見つからなかったんじゃない。あまりにも気持ちよすぎてしゃべる余裕がなかったからだ。
応じる様に頷くとカルマールさんはそっかと呟く。するとこつんと頭に軽い衝撃が伝わってきた。

「…カルマールさん?」
「全部繋がっちゃった…ね♪」

柔らかそうな唇から漏れる甘い声。水中だからかよく聞こえ、頭の中まで響いてくる。

「キスも、するから…ね♪」

押し付けられた柔らかなもの。胸板に感じるものとはまた違うなにか。目の前いっぱいに広がったカルマールさんの顔を見てキスされているということにすぐ気付いた。

「むっ…ん♪」

優しく、深く、熱く、甘く。
ねっとりと絡みつくような唇の動きに翻弄されて頭の奥が痺れてくる。繋がり合う快感と比べれば子供騙しもいいところなのに指先は震え、胸の奥が満ち満ちていく。

「んん…ちゅ♪…れる……」

ゆっくりと唇を割開いて何かが口内へと侵入してくる。柔らかく海水とはまた違うねっとりとしたものに濡れたそれはちゃにちゃと音がしそうな動きで舌に絡みついてくる。
甘い。それも頭の中まで染み込んできそうなほどに甘い。海中だというのにどうしてこうも甘く感じるのだろうか。
気づけばこちらからも応じる様に舌を絡ませ、求めるように啜っていた。そうするとカルマールさんは嬉しそうに唇を押し付け、お返しとばかりに吸い上げてくる。
ようやく唇が離れた時には頭の中にモヤがかかったようだった。しばらく呼吸さえも忘れて夢中になっていたせいだろう。暗闇の中視界がぼやけて何がなんだかわからないというのにやはりカルマールさんの姿だけはハッキリと捉えることができた。

「ん♪…ふふ、素敵♪」

唇を舐めとる仕草が妖艶なカルマールさん。優しそうなお姉さんという印象だった彼女の姿は色香で相手を惑わせる魔性の女にも見えた。

「もっと、気持ちよくしてあげるから…ね♪」

耳元で囁いて彼女はゆったりとした動きで腰を揺さぶる。その度に柔らかな肉が幹を、先端を擦り上げて頭の中を真っ白にするような快感を送り込んできた。縋り付くようにカルマールさんを抱きしめて歯を食いしばって耐えるものの、耐え切れる自信はない。
それでもなんとか耐えようと力の入らない体で頑張っていると吸盤のような何かが先端に覆いかぶさり、吸い上げてきた。

「…く、ぅっ!」
「あっ♪一番、奥…に、ぃ♪」

どうやらこれがカルマールさんの子宮口らしい。周りの柔肉と違う感触と吸い付くような感覚は未経験のオレにとってあまりにも耐え難い。
逃げるように腰を引こうとするのだがここは海中。自由が効かない上にカルマールさんの足が逃がさないように抱きしめている。それどころかもっと密着したいと、さらにふれあいたいと言いたげに引っ張ってきた。
既に奥まで到達した大切な部分。これ以上隙間のない体と体。埋められる場所のない今、力に従い切っ先が食い込んだ。

「んんぁあっ♪」

びくりと体を震わせ、同時に膣内が収縮する。濡れた肉が先端を奥へ奥へと引きずり込まんばかりに締め上げてくる。もうこれ以上進めないというのにだ。
蠢き、締め付け、撫でては擦り上げられる。柔肉はねじれ、きつく巻き付き容赦なく射精を促してくる。一瞬でも気を抜けば欲望が溢れ出し、彼女の中を染め上げるだろう。
いけないこととわかっている。それでもカルマールさんの中に思う存分注ぎたいという本能的衝動に駆られた。それを押さえ込むように理性が邪魔をするが、体は理性でどうにもならない状況になっている。
重なった男の体と女の体。
離れられない肌と肌。
伝わる熱は溶け合って、二人を高みへと押し上げる。

「ん、あ、はぁあっ♪いいっ♪ぁああ…ユウタ君、んんっ♪」

つややかな声に腰を上下させるわけではない動き。ねっとりと動かして肉癖に擦りつけるその行為は僅かな隙間もないくらいに密着していたいとでも言いたげなものだった。
わずかに動いただけでも背筋を快楽が駆け上がり、意識が快感へと溺れていく。
先を握り締めるような膣圧が先ほどよりも増している。射精しないように懸命に息を殺すも下腹部で滾った欲望は止められそうにもない。だがそれはカルマールさんも同じらしく、声が徐々に高くなっていく。それに腰の動きも加速していった。

「カルマールさん…っもう!」
「うん…♪うんっ♪いいから、ねっ♪全部、受け止めてあげるから…んん♪」

全身が喜びに打ち震えるように痙攣し、彼女の膣内は律動を始める。そして、オレはカルマールさんの中へと熱く滾った精液を注ぎ込んだ。

「あぁっ♪やぁあああああああああああああああああっ♪」

何度も何度も脈打っては遮られることなく流れ込んでいく。膣壁にぶつかり、子宮口を染め、一番奥を満たしていく。
頭の中から全てが消し飛んでしまいそうな射精だった。今抱きしめてる女性に子種を注ぐ。本能的な欲望しか残っていない体はそれに従い腰を強く押し付ける。
カルマールさんも同様に射精を促すように締め上げてきては腰を揺すった。出しきれない精液を搾り取るような動きにまた、精を吐き出す。
そうしてようやく長い絶頂が過ぎ、オレとカルマールさんは互いを抱きとめながら顔を見合わせた。

「お腹、あったかい…ユウタ君で、一杯だよ…♪」

白濁液で満たされた膣内を愛おしそうに撫でたカルマールさんはちゅっと触れるだけのキスを唇に落とした。先程までの情事の余韻か、それとも恥らいのためか朱色に顔を染めてこちらを見つめる魔性の美女。その視線が何を意味するのか理解できた。

「…いい、ですよ」

恥じらう彼女の代わりに今度はオレが抱きしめて言葉を紡ぐ。

「オレも、もっとカルマールさんとしたいです」
「そっか…っ♪」

上下左右もわからない闇の中。誰にも見られない煙の底。邪魔されることのないふたりだけの空間でオレとカルマールさんは再び行為を再開した。










それはとある昼のこと。
カルマールさんと体を重ねてしまった夜から三日は経とうとする昼時、オレは海岸を一人歩いていた。
この時間帯なら街も活気溢れ、海も様々な魔物が泳いだりしている。探せばあの夜みたいに体を交えるカップルがいるだろうが、こんな真昼間から人目につくところではしていないだろう。

「…んん?」

沈み込む砂を踏み、潮風が頬を撫でては波が寄せて引く浜。特に目立つ人影もなく散歩気分で歩いていると見覚えのある人影を見つけた。座り込んで困ったように自分の足をジタバタさせるその人は遠目で見ても人間ではないことがわかる。
何があったのかと思ってオレはその人へと静かに歩いて行った。

「…えっと、どうしたんですかカルマールさん」
「あ…ユウタ君」

そこにいたのはカルマールさん。あの夜と同じように砂浜に腰を下ろしてこちらを見上げてくる。
ただ同じなのは場所だけではなく、クラーケン特有の十本の足も絡まっていた。

「…また、ですか」

ごちゃごちゃに絡まっている白い足を見て小さくため息をついてしまう。知らぬ仲じゃないし、体を重ねた相手なのだからこのまま素通りできるわけもない。
オレの言葉にカルマールさんは困ったように笑みを浮かべていった。

「ユウタ君に会いに行こうと陸に上がろうとしたら足が絡まっちゃって…」
「…水路使いましょうよ」

何のためにこの街には水路が整備されているのかわかってないのか。もしやカルマールさんおっとりしてるだけじゃなくてどこか抜けているのかもしれない。
だけど、その反面陸上に出てきてまでオレのところへ来ようとしてくれる彼女の気持ちが嬉しくて、思わず顔がにやけそうになってしまった。

「…仕方ないですね」

オレはあの夜同様にカルマールさんの足を掴んで絡まってしまった部分をほぐそうとする。だが、その前に気づいた。
ここで解けばまた海中に引きずり込まれるのではないか。
今は水着姿ではない、普段通りの学生服姿。ワイシャツに学ラン、ズボンに靴と海中に入ろうものなら水分を含んで前回同様に重くなってしまうだろう。それだけではなく出た後にはベタベタになってしまった服をきれいにするのにとんでもない時間がかかるんだ。それを思うと流石に手が止まってしまう。
だからといってこのまま放っておくわけにはいかない。
…なら、仕方ないか。

「ほら」
「きゃっ」

オレは彼女の体を抱き上げた。
思った以上に軽く、そして柔らかな感触が腕を伝わる。一夜だったけどこれ以上ないほどに味わった魅惑の体だと思うと顔が赤くなってしまうのがわかった。

「え、ユウタ、君…っ!?」
「以前は海中に連れられましたからね。そのお礼に街に連れてってあげますよ」

せっかく会いに来てくれたのだから何もせず前回同様におしゃべりというのは味気ない。ならばと思ってオレはカルマールさんにお姫様抱っこをしていた。
水路を使えばいいのだが、それだと密着することを好むカルマールさんは良しとしないだろう。だからといって彼女と道を歩けば今と同じ状況になってしまうに違いない。背負うというのもありだが十本も足があるとどう背負えばいいのかわからない。

「嫌ですか?」
「嫌じゃないけど…重くない?」
「全然」
「えっとそれじゃあ…ね♪」

するりと遠慮がちに回される二本の白い腕。華奢で細くもその腕はオレの体を拘束する。十本の足と違ってすぐにでも振りほどけるものだろう。だが、今のオレにはどうしても振りほどけない。

「では、どこに行きましょうか?」
「前に話してくれたお店に行ってみたいかな」
「了解です」

恥らいながらもにっこり笑うカルマールさんに向かってオレも笑みを浮かべる。絡まった足の先が嬉しそうにふらふら揺れた。
いずれこの足に絡み取られて逃げられなくなる日が来るのだろう。そう思うとなぜだか嫌な気持ちがしない。
仕方ないか、口癖のように心の中で呟いて苦笑しつつ、以前に話した店へと向かって歩み出した。






―HAPPY END―
13/05/26 00:03更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで今回は新たな魔物娘、クラーケンさんでした
舞台は以前書かせていただいた港ルートの街でのこと
男性に会いに海底から出てきたカルマールさんでした
海の中じゃ流石に抵抗もできませんよね
おっとりお姉さん、いいですね!

次回あたりに久々に連載やろうかなーと考えていたりします
そろそろ新たなルートも出そうかと悩んでいたり…

ここまで読んでくださってありがとうございます!!
それでは次回もよろしくお願いします!!

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