読切小説
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眠気と君とオレと枕
オレこと黒崎ゆうたの朝は早い。
窓から朝日が差し込むぐらいに意識を起こし、ベッドから体を這い出させる。隣に寝ている住人を起こさないように気をつけながら服を着替えいつもの学生服姿へとなる。二階にある寝室から物音を立てないように部屋を抜け出し、一階の洗面所で顔を洗って身なりを整えた後は洗濯を進めて、終われば朝食の準備に取り掛かる。
基本的に朝は軽めの方がいい。午前中から力仕事をするのならばまた別だけどここでそんなに力を必要とはしない。それに住人の好みや食べる量を考えるのなら少なめの方が良さそうだ。

「…よし」

料理を並べ終え、準備はできた。後はこの家に住む住人を起こしに行くだけ。
先ほどまで寝ていた部屋に戻り、締め切られたカーテンを開ける。差し込む日の光はいまだベッドで眠るこの家の主人の顔を照らし出した。
あどけない顔で依然として眠り続ける女の子。年齢的には同じくらいなのだがどうみてもオレよりも幼く見える童顔の少女。身長的には同じ程度なのだが印象からして同年代には思えない。
だけど、見た目がちょっと人間というには違ってる。いや、人間にない部分が彼女にはある。
まず頭。柔らかそうな髪の毛の間から生え出すのは朝日に照らされ黄金色にも見えなくない捻れた羊のような角。その下ちょうど耳があるところには白い毛に包まれた三角形の耳が覗いていた。

羊。

初めて彼女を見たときに頭に浮かんだその印象はずっと変わらない。
オレは枕元に座ってそこに寝ている子の頭を撫でた。サラサラで柔らかな綿のような髪の感触が心地いい。

「ほら、朝だよ」

オレの言葉に反応したのか安らかに閉じられていた瞼が開く。草原のような明るい緑色の瞳がオレを捉え、そのままにへらと柔らかな笑みを浮かべる。

「おはようございますぅ、ユウタさん」
「おはよ、セト」

これまた柔らかく、どこか眠気を誘う声色でセトはオレの名を呼んだ。寝起きであろうが起きていようがいつもと変わらない眠たげな表情が愛らしい。
彼女こそがオレを拾って助けてくれた恩人で、今現在も世話になっている女性だ。

「ユウタさぁん」

ねだるようにセトは両手を広げて笑みを浮かべた。まるで子供がだだをこねて求めるような仕草だ。

「…仕方ないな」

小さくため息をつきながら苦笑を浮かべオレは彼女の体を抱き上げる。柔らかな女の子の感触ともふもふした羊毛の柔らかさが腕に伝わってくる。日に当てた布団のような優しい香りも、温かい彼女の体温も。

「よっと」

ゆっくりとセトの上体を抱き起こす。まるで介護をしているみたいだと思えるが彼女は手足が不自由というわけではなく至って健康体。それでもこうして起こしてもらうのが好きなんだとか。
体を離そうとすると回された両腕によって阻害される。学ランの裾を強く握りこんだ彼女はオレに抱きついたままの姿で。

「すぴ〜…」
「…」

二度寝していた。
よく寝るんだよなこの娘。たぶん半日以上眠っているかもしれない。こうやって二度寝するのは初めてじゃないんだし。気づけばいつも眠そうで船こいでるし。

「ほら、起きろ〜セト〜」

抱きしめたまま軽く揺すってやるとセトはうっすらと目を開けた。いつものことながら一度で起きて欲しいものだ。抱きつかれることはまぁ…悪い気はしないけど。
揺らして体を離して、彼女の顔を覗き込むとゆっくりと瞼が開いた。

「ふみゅ?あ、おはようございますぅ、ユウタさん。もう朝ですかぁ?」
「さっき起きてたよね?」
「えへへ〜ユウタさんの抱き心地があまりにもいいものでぇ♪」
「…」

それは褒められてるんだよな…なら、悪い気はしない。
じゃなくて。

「ほら、朝ごはんできたから起きなよ」
「はぇ?もうそんな時間ですかぁ?」

日の上り方からしてもう九時あたりだろう。洗濯にそう時間を掛けたわけじゃないからオレ自身起きるのがいつもよりちょっと遅かったからか。

「はやくパジャマ脱いで降りてきなよ」
「はぁい」

セトが子供のように手をあげたのを見てオレは微笑み、部屋から出て行った。






「ごちそうさまでしたぁ」
「お粗末さま」

あのあとパジャマから着替え、二階から降りてきたセトを待って食事を始めた。互いに終わり、オレはセトの分まで食器を片付けようと手を伸ばした。だが指先に届くはずだった皿は彼女によって下げられる。

「だめですぅ」
「ん?」

見ればセトはちょっと怒ったような顔をしていた。普段眠たげな分迫力も何もあったもんじゃないけど。

「準備はいつもユウタさんがしてくれるんですからぁ片付けくらいは私がやりますぅ」
「いや、そう言われてもオレって居候でしょ。ただでさえ世話になってるっていうんだから。それに働かざる者食うべからずっていうし」
「そしたら私が食べられなくなっちゃいますよぅ」

…まぁ、そうなるけど。

「いつもいつもユウタさんが一人でやっちゃうから私のやることないんですよぅ。食事の準備どころか洗濯ももう終わらせたんでしょぉ?」
「ああ、朝っぱらに終わらせてベランダに干してあるよ」
「ぶぅ〜」

オレの言葉にセトは頬をふくらませた。これで同い年のはずなのに仕草かそれとも顔立ちによるものか年齢よりもずっと幼く見えて微笑ましく思える。
しかしこれでも彼女は怒っている。
…仕方ないか。

「わかった、こうしよう。後片付けはセトにやってもらうよ。だけどオレも手伝わせてくれ、それでいい?」
「ぶぅ〜」
「セト、膨れた顔は可愛くないよ」
「ぷぅ〜っ!」

さらに膨れた。
これを見て本当にこれで同い年なのかと何度思ったことだろう。
まったく、仕方のない女の子だ。

「頼むよ、オレも手伝いたいんだ」
「…仕方ないですねぇ」

その言葉にオレは笑みを浮かべてセトの食器と自分の食器を運び始める。
居候の身であるからこそこの家の主である彼女の仕事を請け負うことは当然。タダ飯喰らいなんてものはごめんだ。一宿一飯の恩をもらっておいて何も返せないというのは心苦しい。
それにオレがセトの仕事を手伝う理由はもう一つある。

「よっと」

食器を全て流し台に置き、スポンジを手にとって洗い始める。数が少ないからこれならすぐに終わりそうだ。
セトはオレの隣で布巾を手に待っていた。

「はい」

彼女の手に一枚の皿を渡す。それをにっこり笑って拭き始めるセトなのだがその動きが、その手つきが。

「よいしょ」
「…」

遅い。とにかく遅い。
遅い分丁寧なのだけども、あまりにも遅い。
もともとのんびりとした性格のセトにとってはこれが普通なのかもしれない。だけど以前オレに朝ごはんを作ってくれたときは時間がかかってそのまま昼食になったし、洗濯をしたときはもう夕方かという時間帯でオレのワイシャツに顔を突っ伏して眠っていた。
ゆったりとしていて、いつも眠そう。
正直見ていると心配になってくる。
包丁を持った時なんてこっちがドキドキしたし、薪割りをするときに斧をもつときなんて肝が冷える。セトはオレが来る前は一人暮らしをしていたらしいがよくもまぁできていたもんだと思える程だ。
一時、セトに拾われた身ではあるがいつかはここを出ていくことになるかもしれないと考えたがダメだ。セト一人にしちゃいけない。
家事全般を円滑に進められない。それにオレがいる状態で朝のあれだ、昼にだって甘えてくる。そんな中で彼女を一人にしたらどうなることか。恐ろしくて考えたくもない。

「はぇ?」

何かに気づいたようにセトは窓の外を見た。そこからは温かな日差しが差し込み部屋の中を照らしている。確か洗濯物を干しに出たときには雲が少し飛んでるだけで十分に晴れてたか。これなら洗濯物もすぐに乾きそうだ。
なんてことを考えているとセトが頬に手を添えた。横から見える表情はうっとりしている。

「…どうかした?」
「お外が気持ちよさそうですねぇ」
「…」
「こんな日にお昼寝したら気持ち良さそうでよぅ、ユウタさぁん♪」
「…」

ねだるようにオレを見てセトはそう言うが…昨日も言ってたじゃん、それ。
洗い終えた食器をセトに渡して拭き終わった方を片付ける。その間も彼女の視線はオレを追いかけてくる。

「…」
「お昼寝、気持ち良さそうですよぅ、ユウタさん♪」
「…食べた後にすぐ寝ると牛になるよ」
「私は羊ですぅ!寝てもホルスタウロスさんにはなりませんよぅ」
「ほるす?」
「ですから、すぐ寝ても大丈夫ですぅ」
「いや、そう言う話じゃないでしょ」

そうは言うもののセトはずっとオレを見つめねだり続ける。
こうなったらオレが折れるしかない。普段はおっとりしてるのだが譲るところは譲らないし、意外なところでワガママだ。
どっかの暴君のようなものではない分可愛いのだけど。

「仕方ないな」
「それじゃあ」

輝いた笑みを浮かべてオレを見てくるセト。期待の篭った視線と純粋な笑みがやたらと眩しい。彼女の笑みに微笑みを返し、オレは食器を棚に仕舞い終え空いた手をパチンと叩いた。

「行こうか」
「はぁい♪」










「えへへぇ♪」
「まったく…」

吹き抜ける心地よい風に温かく照らす日の光。柔らかな草の絨毯の上は家のベッドには劣るだろうがそれにはない緑の香りや温かさが包み込んでくれる。セトの言うとおり今日は外で昼寝をするには持ってこいだ。
オレは苦笑しつつもあたり一面草の絨毯の上に両足を伸ばして座っていた。
その太ももの位置に頭を載せて草原に寝転ぶ羊が一匹、とても嬉しそうに笑ってオレを見上げている。そんな羊の頭の上に手を置いてそっと撫でてやると目を細めて喜んだ。
これがセトの日課というか、好きなことというか。
この羊娘さんは眠ることが大好きらしい。それもこんな昼寝日和なときとかはよく外に出て眠っているとか。
そしてオレが彼女に拾われたのはそのおかげ。
セトがいつものように昼寝をしようとしていたところにオレを見つけたらしい。オレの周りに荷物がない。旅人と考えるならこの草原のど真ん中に着の身着のままで来るはずがない。何かあったのかと考えるのが妥当なところだがセトの考えは違った。

「抱き心地のいい人ですぅ♪」

それがオレの拾われた一番の理由。
あまりにもずば抜けている。
あまりにも無茶苦茶だ。
そのままオレはセトに拾われた。もはや拉致と変わらない。なんだかんだで彼女はやることやっちゃう、可愛い顔して行動力のあるとんでもない女の子だ。
それによって助かった身とはいえ、正直どうなのだろうかと反応には困ったけど。

「んん〜♪ユウタさんの膝枕は心地いいですぅ♪」
「男の膝なんて硬いだけだって」
「そんなことありませんよぅ」

ぐりぐりと頭を押し付けるように動かしてオレを見上げてくる羊の女の子。ぷぅっと膨れる顔が何とも可愛らしい。
オレは小さく笑って誤魔化すように彼女の頭撫でた。
思えばこんなのゆったりのんびりしたことは久しぶりかもしれない。
高校三年生として日夜受験勉強に励み、睡眠時間をギリギリまで削って生活していたあのころ。授業中に寝るわけにもいかず眠気覚ましとして飲み続けていたコーヒーの味が懐かしい。
あの頃と比べると今は随分と余裕のある生活だ。
家族に会えなくなったことは寂しい。学校の親友と話せないことは寂しい。空手の師匠との稽古がなくなったのも寂しい。
それでも帰る手段を探そうと思わないのはきっと…いや、絶対に。


―セトの傍を離れられないからなんだろうな…。


もしもオレが彼女の傍を離れたらどうなるか、想像できないわけじゃない。ちょっと離れただけでもどうなるか心配でおかしくなってしまいそうだ。
なんだかんだでオレは結局世話焼きか、甘ちゃんなのかもしれない。

「ふみゅ…♪」

心地よさそうにオレの膝の上で目を閉じるセト。何度も寝顔を見てきたが本当に気持ちよさそうに寝るんだよな。
撫でる手をそのままにして彼女を見つめていると静かに寝息が聞こえてきた。昨日も今日もあれだけ寝ておいてよくもまあすぐに眠れるもんだと思う。

「…んっ」

そんなことを考えているといつの間にかオレまでもが眠くなってきた。
ここ最近、というかセトの傍にいるといつもこうなる。朝抱きつかれた時が結構厳しくて慣れる前は何度二度寝をしてしまったことだったか。
膝の上の彼女は安らかに眠ってるんだ、オレも眠くなってきたし少し寝かせてもらおうか。
たまには、こんなのんべんだらりとした生活もいいかもしれない。特にすることはないんだし、向こうにいたときにはやたらと忙しい日々だったんだし。
そんなことを考えながらゆっくりと落ちていくようにオレはセトと同じように眠りについた。















「…」

起きた。
日の位置と草原におちる自分の影の位置からしてそう長い時間は眠っていないらしい。時間にして昼近く…十二時頃か。
軽く頭を揺すって眠気を払い膝の上に視線をやると依然として膝の上にはセトが眠り続けていた。寝返りをうったのか少し髪の毛が乱れているが無防備に眠る姿はやはり可愛らしい。
だけどそれ以上に目がいったのは伸ばした足の先の方、セトのすぐ隣に同じ姿で眠る女の子がいた。
セトよりも小さな背丈で見た目からしても年下の女の子。彼女同様に頭から角を二本、こちらはちょっと曲線を描いた角が生えている。服装は年不相応に露出の多い物を着ていて、耳はおとぎ話の妖精のように尖っていた。
彼女はコルノ。ゴブリンの商人だ。
ゴブリンと聞けば醜悪な子鬼の姿を思い浮かべるのだがどうしてここじゃこんなに可愛らしい姿をしているのだろうか。ゲームなどで出てくるときは大体敵などであまりいい役柄でもないのに、そんなモノなど微塵も感じない。
ついでに言うと商人らしさもあまりない。こんな幼い子供の姿で商人なんて言われても誰が信じるだろうか。

「…」

外見が子供でもちゃんとした商人であるコルノが来たということはやはりそれなりの品を持ってきてくれたからだろう。オレがセトの家にお世話になっている間にも何度も来た彼女は大きなリュックに食べ物や薪用の木や雑貨や日常生活には欠かせない物を持ってきてくれる。なら今回もそういうことなのだろう。
ただ、なんで寝てるんだ。セトに並んで人の膝を枕にしてるし。
…とりあえず二人とも起こすか。

「セト、コルノ、起きろ〜」

手を伸ばして二人の体を揺らす。そうすると眠そうにもうっすらと瞼を開き、こちらを見た。

「あ、おはようございます旦那」
「おう、もう昼頃だけどな」
「あ、おはようございますぅ、ユウタさん。もう朝ですかぁ?」
「うん、それ二度目」

にぱっと笑うその顔は年相応の子供らしいもの。セトとはまた違った可愛らしさを備えたモノ。
二人して眠たげな目を擦りこちらを見てそう言うと再び力なく倒れこんだ。

「…くぅ」
「セト、二度寝するなよ」
「…ぐぅ」
「コルノ、起きろって」






あの後何とか二人を起こしてオレ達はコルノを前に並んで座った。彼女は自分よりも大きなカバンを隣に置いて中から様々な物を取り出し並べていく。肉や野菜、見たことのないような果物、瓶に詰められた琥珀色の液体に畳まれた服など様々なものが出てきた。
よくもまぁこれほどの量が入ったカバンをこんな小さな女の子が背負えるなと感心してしまうがコルノはゴブリン。人間よりも力持ちという性質はこんな外見でも変わらないらしい。

「今日はいつものように肉と野菜と果実。それから薪用の木は当然、他にもホルスタウロスのミルクやアルラウネの蜜に、セトさんの羊毛で作ってもらった枕もありますよ」
「わぁ、素敵ですぅ♪」

方や羊娘。
方や子鬼のような少女。
この二人のやり取り見てるとなんか…微笑ましい。いかにここが平和なのかを実感する。
だけどいかに平和的でもこれは商談。
微笑ましくても商人と客の話。ものがあればそれを買うお金が必要になる。どこの世界だろうが同じルール。それは平和的でも変わらないもの。

「それじゃあちょっととってきますねぇ。少し待っててくださぁい」
「はーい」

そのままセトは家へと戻っていってしまう。この静かな草原の残されたのはオレとコルノの二人だけ。

「旦那ぁ〜」

セトがいなくなった途端、ニヤニヤと何か意味深長な笑みを浮かべた彼女は肘でオレの脇腹をつついた。見た目は子供だというのに仕草が親父っぽい。

「何だ?」
「前回来た時より何か進展ありましたか、旦那?」
「…何の?」
「とぼけちゃって。もしかしてま〜だセトさんに手を出してないんですか?」
「…いや、手を出すっていっても」
「ダメですよ、旦那。こんな誰も来ないような草原の一軒家で、同じ屋根の下に住んでるんですからそこは行かないと。ほら、旦那の国のジパングにも『据え膳食わぬは男の恥』って言葉があるでしょ?」
「…」
「男らしくいかないと。狼さんは可愛らしい羊さんを食べるのが常でしょう?」
「…どんな常だよ、子供がませんな」

ぐりぐりと彼女の頬を指で押す。じゃれる程度の力でやると彼女はきゃっきゃと喜んだ。商人なんて肩書きだが中身は年相応の子供なんだろう。

「コルノさぁん、持ってきましたよぉ」

いつの間にかドアの前に立っていたセトが声をあげた。
見れば家に入る前とは違って足の部分の羊毛がなくなっている。

「はぁい、私の羊毛ですぅ」

セトは笑みを浮かべて刈り取った羊毛を詰め込んだ袋をコルノに渡す。
ただ袋に包んだだけでもそのままクッションにできそうなほど柔らかい彼女の羊毛は商売品としても高く買い取られるらしい。

「まいどです、セトさん」
「いえいえ、今回もありがとうございますぅ、コルノさぁん」

二人だけで進む商談。この光景を見るとよくわかるのだが…

―オレ…紐になってる気がする

いや、っていうか紐だ。家事しかできない紐だ。セトの羊毛は高く売れるゆえに働く必要なんて無いとはいえ、甘んじてその恩恵を受け続けているオレって…紐だ。
だからといって働きに出たらセト一人で危なそうだし…。

「それじゃセトさん、旦那。また来ます」
「はぁい、待ってますよぅ、コルノさん」
「ああ。またな」

にぃっと笑ったコルノは最後にオレに向かってウインクをする。そのまま自分よりもずっと大きなカバンを背負って去っていった。

「…えい」
「!おっと」

コルノが見えなくなってセトは見計らったようにオレに倒れ込んできた。そのまま受け流すわけもいかずに彼女の体を抱きとめることとなる。
ぐしぐしと顔を押し付け、体を寄せてくる。やっていることが朝の時と同じなのだけどいきなりどうしたというんだ。

「…セト?」
「今度は腕枕で寝てみたいですぅ♪」
「…」
「腕枕ぁ、してくださいよぅ、ユウタさぁん♪」
「いやぁ、さっきまで膝でしてたのに?」
「今度は腕がいいんですよぅ。膝もいいけど、やっぱりユウタさんに抱きついているととても落ち着くんですぅ♪」
「…まぁ、そう言われるのは悪い気がしないけど」

だからといって異性に抱きつくのはどうかと思うのだけど。いや、それを言ったら毎晩同衾してるのはどうなるんだという話になるか。
異性として意識されてはいないのか。その事実に苦笑する。
それでもしばらくはまったりと抱き枕やってるのも悪くはない。

「んん〜♪」
「…」

人の腕を枕にしたままセトは言ったとおりに抱きついてきた。

「やっぱりユウタさんは温かくて抱き心地がいいですねぇ」
「そっか」

鼻をくすぐる甘い香り。肌を刺激する柔らかさ。落ち着く優しい体温と輝くような笑顔にオレは知らぬ間に癒されてるのかもしれない。

「えへへぇ〜♪ユウタさぁん、大好きですぅ♪」

一瞬その言葉に体が硬直した。
他意はない。きっと子供が言うような純粋無垢な発言なんだ。例えば最愛の親に向けていうような、はたまた可愛らしい子猫にでも言うような、ああいったものなんだろう。
きっとそうだと結論付けてオレは微笑み返し、眠りゆくセトの頬を撫でた。








一緒に一つ屋根の下に暮らしていれば様々な問題がある。相手が女性、しかも人間でないのならまた別の問題がある。その一つに少しばかり刺激の強いものがあった。

「んん〜♪」
「力加減大丈夫?」
「大丈夫ですよぅ♪」

セトは自分一人で体を洗うのは難しい。
というのも彼女の体にはもこもこの羊毛が生えているからであり、これを一人で洗い、乾かすととんでもない時間をかけることとなってしまう。一人で暮らしていた時には一番疲れたことだとか本人も言っていた。
セトの体は大半が羊毛で隠れているので洗う時あまり気兼ねしなくて済む。ただ、同年代の異性と共に風呂に入るというのは少し緊張してしまうけど。

「〜♪」

セトは嬉しそうに鼻歌を歌いながら石鹸を泡立てる。オレは彼女の背中にまわって石鹸を羊毛に擦りつけた。
洗ってないところがないように念入りに、そして痛まないように柔らかい手つきで揉んでいく。十分泡が行き渡れば後は何度も湯をかけて流し落とす。しばらくはこの繰り返し。
毎日一人で全身をやっていたのだからかなり苦労したに違いない。

「はい、終わったよ」
「ありがとうございますぅ♪」

上機嫌で礼を言うセトにオレも笑みを返す。そのまま浴室から出ていこうとするとそれよりも早く彼女の手に掴まれた。

「それじゃあ今度はユウタさんの番ですよぅ」
「…ん?」
「お背中お流ししますから服脱いでくださぁい♪」
「いやいやいや」

それは…流石にまずいだろう。
背中を流されるつもりなんてなかったからワイシャツに下着の姿だけど脱げばすぐに裸。セトと違って体を隠す羊毛なんてありゃしない。

「待った、それは大丈夫だからさ。オレは一人でできるから」
「でもいつもユウタさんにしてもらってるんですから私もお返ししたいんですよぅ」
「そんなの住まわせてもらってるだけで十分だから」
「だぁめですぅ」

今度はワイシャツががしりとお湯で濡れた手に掴まれる。そこからじんわりと湿り気が広がってくる。

「早くぅ早くぅ」
「ちょ、他の服がないんだからやめ」
「えいっ」

じれったくなったのかセトはオレに抱きついてきた。まだ湯を絞りきれてない羊毛が体に押し付けられ、ポタポタと水滴が落ちてワイシャツに染み込んでいく。

「…」
「あ、濡れちゃいましたねぇ」
「…」

裾から滴る水滴を見てオレは大きくため息をついた。






今までにセトに体を洗ってもらったことはない。
というのも彼女の性格上丁寧なのだろうけどそれなりに時間がかかってしまい、湯冷めしかねないからだ。だがそれ以上に羊毛を乾かすのにも時間がかかるゆえ基本先にセトが済んでからオレが入るということになっていた。
随分と今日のセトは積極的というか、ワガママというか。心遣いは嬉しいのだが状況が状況だけに喜んでいいのか迷う。

「〜♪」

ぐしぐしと泡立った羊毛が背中に押し付けられる。
セトは両腕の羊毛に石鹸で泡立ててスポンジの代わりにしているらしい。ふわふわの羊毛が何度も背中を擦っていく感覚はくすぐったくあるが、とても心地いい。
他人に背中を洗われるというのは自分でやるよりも気持ちいい。セトの場合は羊毛だったけど彼女もこんな気分だったんだろうか。
そんなふうに考えていると終わったのか湯をかけられた。

「終わりましたよぅ」
「ん、ありがと。それじゃあオレはもう出て―」
「―じゃあ今度は前を洗いますからこっち向いてくださぁい」

…前?
ん?今前って…言った?

「いやいやいやいや!」

大慌てでセトと距離をとった。風呂場はあまり広くない空間ゆえにすぐに背中が壁にぶつかる。
鈍い痛みに顔をしかめつつ、それ以上に刺激的な発言をするセトを見据えた。

「な、何言ってんのさ?」
「後ろが洗い終えたら前も綺麗にしてあげますよぅ」
「いや、いいから。っていうか、オレがやってあげたときは背中だけだったでしょ?オレもそれでいいから!背中だけでいいから!」

こちらはセトと違ってタオル一枚の姿。遮るものはたった一枚だけの姿だ。こんな状況で変に迫られたりでもしたら我慢できる気がしない。
それでもセトは下から見上げるようにずいっと体を寄せて来た。

「危ないですよぅ、ユウタさん。足滑らしちゃいますよぅ」
「いや、危ないのはこの状況だって…!」

裸にタオル一枚の男性と羊毛を纏っていても裸であることに変わりない女性。そんな二人が浴室で体を寄せている。純粋に体を洗いたいだけだとしてもこの状況ではそんな風に思えない。
朱に染まった頬にふっくらとした桜色の唇がこちらに近づいてくる。潤んだ瞳はオレを捉えて離さない。わずかに滴る水滴が白い肌を艶かしく変え、純粋な少女の姿は一人の女へと変貌する。

「…ユウタ、さん」

熱っぽく呟かれるオレの名前。同時に胸板へと添えられた手の感覚に一瞬体がびくついた。
二つの手がゆっくりと体を撫でていく。洗っているというよりも感触を確かめる、そんな手つきで。

「ユウタさんの体…大きくて、逞しいですぅ…♪」
「っ!」

撫でられるだけではなく熱い吐息が頬をくすぐり、柔らかな体がしなだれかかってきた。
服のない体に伝わってくる羊毛とは別の柔らかさ。その感覚にまた体がびくついた。
やっていることは普段と大して変わらない。だけど肌を晒したこの状況では普段以上に危険だ。
情欲を掻き立てるような体温に理性を焦がす甘い香り。いつもの可愛らしい羊娘の姿と違って情婦のような色香を感じさせる。

「ユウタさん…っ」
「セト…」

徐々に詰められていく互いの距離。潤んだ瞳から目が離せず見入ってしまう。
互いの呼吸音が浴室に響き、重なった胸から鼓動が伝わる。共に何も言えずにただ見つめ合い続け、そのまま唇までもが重なり―

「―…っ!」

あと一歩、ほんの少し顔を前に出しただけでキスしてしまう距離でオレは横へと倒れ込んだ。滑る浴室の床を使ってセトの下から抜け出した。

「ふぁ!?」
「あ、とぁ!?」

わざとらしくもその場で足を滑らせて転んだように見せつける。額を少々強打してしまったがそんな痛みを気にすることなくオレは浴室のドアに張り付いた。

「ふぁ、っくしゅ!湯に入らないとやっぱ冷えるね、このままじゃ湯冷めしそうだからもう出るよっ!」

わざとらしいくしゃみと早口に言い訳をしてすぐさま浴室から転がり出た。セトの引き止める声が聞こえたような気がするが聞こえなかったことにしよう。
ドアを閉めてもたれかかり、そこでようやく一息つく。

「…何やってんだオレは」

いくらあのままじゃいけないからといってもわざとらしく白々しすぎた。傍から見てたら目を覆いたくなるようなものだったに違いない。

「…」

体を離したというのにしばらく消えそうにないセトの柔らかさ。深呼吸をしてみるが激しく脈打つ鼓動は落ち着かない。体が火照っているのは湯を被っただけではないのは明白だ。
本当ならあのまま進んで唇を重ねたかった。
だけど―

「―…ダメだなぁ」

そうなれば勢いに任せて襲いかねない。
セトを、泣かしかねない。
彼女を、壊しかねない。
守ってあげたい女の子を自分の手で傷つける、そんなことは絶対にしたくない。

「…ヘタレだなぁ、オレ」

自嘲気味に呟いて逃げるように脱衣所からも出て行く。
寝間着は部屋にあるからとりあえずそれに着替えるとしよう。濡れてしまった服は明日洗えばいいんだし。
そう考えて部屋へ続く階段に足をかけて気づいた。

「…体は正直だよな」

大きく自己主張する己の分身を見てオレはため息をついた。





街明かりのない草原では月や星がよく見える。反面、その光は窓から差し込むだけでも十分部屋を照らし出してくれる。月明かりが差し込む一室で、枕元のランプに火をつけることもせずオレは壁際に寄せられたベッドの端に寝転んでいた。
ここは朝、オレがセトを起こした部屋であり、オレが一緒に眠る場所でもある。
そもそもこの家にベッドは一つしかない。ソファーを代わりに眠ることもできるがそんなことをするとなぜだかセトがついて来てしまう。家主に負担をかけさせるわけもいかないのでオレは仕方なくこのベッドで彼女の抱き枕役をしているというわけだ。
だけど、それが今はとても気まずい。浴室であんな逃げるようなことをしてしまった以上顔を合わせ辛い。

「…バカだな、オレ」

そう呟いたところであったことは消せないのに。
だからといってあのまま行くとこまで行けば自身でも歯止めがきかなくなる。
誰も来ない平原の一軒家。
可愛らしい女の子と二人きり。
そんな状況、性欲お盛んな年頃の高校生には耐え切れない。
むしろ今までよく耐えてきたというところか。

「…はぁ」

ため息をついて毛布を引き上げる。セトには悪いが先に寝かせてもらおう。明日になれば…いや、二、三日経てば少しは気まずさも消えるだろうし。朝ご飯を作って起こして、片付けを一緒にして、また昼寝して…いつものようにしていればいい。
そう考えていると部屋のドアが開く音がした。

「っ!」

固く瞼を閉じて寝たふりをする。そうしているとドアは閉まり、極力音を立てないようにベッドに近づく気配を感じる。誰かなんて確認するまでもない。

「…」

彼女は何も言わずに毛布を捲ってオレの隣に潜り込んできた。そのまま向けられた背中に身を寄せてくる。
いつも感じる彼女の柔らかさと温かさ。それからゆっくりと闇へ落としていく不思議な眠気。これのおかげで最近では寝起きもすっきりしてるっけ。

「…んっ」

彼女の腕が体にまわされた。まるで扱いが抱き枕だけど、これもまたいつものこと。
何もせずに眠るのだろうか。先ほどあったことは忘れてくれたならこちらとしても気が楽なんだけど。
しかし彼女はオレの思っていたことと違い、肩を掴んできた。それだけではなく力を込めて引っ張ってくる。寝ているふりなため不自然な動きはできず為すがまま引っ張られる。
ごろんと、仰向けに倒されてしまった。
いったい何をする気なのだろう、そう思って薄らと目を開けた。

「ん〜…」

セトの顔がどアップで映った。
瞼を閉じ、唇を突き出し、徐々に近づいてくる可愛らしい少女の顔。

「…はっ!?」

遅れて状況を理解し、唇が触れ合うスレスレでオレは壁の方へと転がった。しかし壁際に寝ていたこともあり額を強打してしまう。

「いだっ…!」
「!ユウタさん、起きて…いたんですかぁ…?」
「ん?んん………うん」

とりあえず頷いて体を起こした。打ち付けた部分をさすりながらセトを見据える。

「…何、してるの?」
「何って……おやすみなさいのキス、しようかと……」
「えっと……そういうことは軽々しくやっちゃいけないって言ったでしょ」
「…」

したくないというわけじゃない。オレも年頃の男の子なんだし。それに相手は美少女といっていい可愛らしい女の子だ。人間に近い姿であるが人ではない、それでも十分魅力的な娘だ。
だけどオレの言葉に泣き出しそうな声で、目には涙をためて、セトはオレを見つめてくる。

「…セト?」
「ユウタさんは…私のことは嫌いですかぁ?」
「うん?…なんで急にそんな」
「だって…ユウタさん、時々私を避けることがあるから…さっきだって、避けてたから……」
「いや、あれは…」

困った。確かにセトからしてみればそう捉えても仕方ない。事実、あんな露骨な避け方したんだし。
だけどそれはセトのため、自分自身を保つためのこと。彼女を傷つけないために必要なこと。
セトのため…。

「ユウタさんは…嫌なんですかぁ…?」
「…っ」

震える声に潤んだ瞳。反らすに反らせない視線を感じ思わず自分を殴りたくなった。
本当に…バカをやってしまった。なんて、後悔してももう遅い。
オレは無言でセトの肩を掴んで向き直る。触れた瞬間セトが小さく声をあげた。

「…セトはさ、一つ屋根の下で男女が二人っきりってどういうことかわかる?」
「ふぇ?」
「周りに民家はない、平原のど真ん中なんてところなんだよ?」

誰もいない。
オレとセト以外誰も、いない。
それがどういうことかこの少女はわかってない。
何をされても逃げられない。助けを呼んでも誰も来ない。
そういう場所で異性と二人、それがどれほど危ないことか。

「まぁ、こういう例えになっちゃうけど…オレがセトを無理やり襲っても誰も助けに来てくれないんだよ?」
「…襲えばいいじゃないですか」
「…は?」

一瞬聞き間違えたかと思ってセトを見ると彼女は真っ直ぐにこちらを見ていた。泣き出しそうな目をしつつもオレをただじっと見つめている。いつもの柔らかな雰囲気とはまた違う、真剣な雰囲気を纏って。

「セト…?」
「襲ってもいいですよぅ、ユウタさんなら」
「……」

聞き間違いじゃないらしい…。

「えっと…どういう意味かわかってる?」
「わかってますよぅ」
「……本当に?」

その言葉とともにオレは力任せにセトを押し倒した。普段一緒に眠るベッドへ彼女の体が沈み込む。

「きゃっ」
「…こういうことになったらオレだって止まんないんだぞ?それでもいいっていうのかよ?」

今にも噛み付きそうな剣幕でセトとの距離を詰めた。覆いかぶさるように体を倒し、浴室の時同様に互いの顔が近づく。
愛らしい顔がすぐ目の前にある。
誰もが守ってあげたくなる、庇護欲をそそられる女の子。
だけど、それを自分の手で傷つけるなんてどうだろうか。
たった二人きりのこの家で、誰も近くにいないこの場所で、止めるものなんて何もないこの空間で襲えばどうなることか。
しかし少女はにっこり笑って、恐怖なんて欠片も感じさせない笑みで答えを示してきた。

「んっ♪」
「っ!?」

押し付けられた柔らかい感触。初めて感じる唇への行為。
ただ触れるだけ、それだけでもオレにとっては大きな衝撃だった。

「えへへ…キス、しちゃいましたねぇ♪」
「…まったく」

セトのいきなりの行動に苦笑しながらそっと彼女の頬に手を添えた。それに反応してセトは瞼を閉じ唇をこちらへ向ける。
ここまでされればもう何も言えない。今何かを言うのは野暮というやつだろう。
だから今度はオレの番。

「ん…は、あ、んん♪」

セトとのキスはミルクのように甘い味がした。おそらくしたことなんて初めてなのだろう、戸惑っていることが伝わってくる。
それでも彼女は精一杯にオレの唇に吸い付き、応えるように腕を後頭部へまわしてきた。
啄むようなキスをする。互いに言葉は発さずに聞こえてくるのは荒くなった吐息のみ。
オレはゆっくり舌をねじ込みセトの唇をねぶった。柔らかな唇を味わうように吸い、綺麗に並んだ小粒の歯をなぞり、貪るように彼女の舌に絡ませる。

「ん…ふ♪む、ぅ……っ♪んんん…っ♪」

啜り、舐めるたびにセトの小柄な体が震えた。未曾有の感覚に不安を覚えているのだろうか。
ねっとりと舌を絡ませ、甘い味のする唾液を啜り上げてからゆっくり唇を離していく。白い頬を紅潮させたセトの顔が目に映った。

「大丈夫?」
「だい、じょうぶれすよぅ♪ユウタさぁん♪」

甘く蕩けた声で名を呼ばれる。
いつも柔らかな笑みを浮かべ、眠たげだけど嬉しそうなセト。しかし今は快感に蕩け情欲に染まった女の表情を浮かべている。
男を惑わすような声。
異性を発情させるような顔。
もっと、蕩けさたらどうなるだろうか。
そらに、染め上げたらどうなってしまうだろうか。

彼女をめちゃくちゃにしてしまったら、どれほど気持ちいいのだろうか。

「…っ」

一瞬頭の中を過ぎった考えを打ち消した。
それはダメだ。セトは初めてなんだから辛いところがあるはずだ。人間じゃないところは全然わからないけど女性であることに変わりない。それならただ本能に任せて襲っては傷つけてしまうだけだ。
しかしオレの感情を読み取ったかのようにセトはにっこりと笑った。

「大丈夫ですよぅ」
「ん…?」
「ちゃぁんと、受け止めてあげますから」
「………まったく」

子供だ、少女だ、純粋な女の子なんだと思っていたけどそれは全て間違いだったらしい。ずっとそう思っていた自分自身がなんと不甲斐ないことか。

「もう、やめろって言われてもやめられないよ?」
「いいですよぅ♪ユウタさんとなら…♪」
「そっか」

その言葉にオレはセトの胸に手を伸ばした。羊毛越しなのにしっかりと感じられる柔らかさ。今まで羊毛に隠れてあまりよくわからなかったが年頃の女の子にしてはかなり大きいみたいだ。
ぎこちない動きながらも指先に力をこめれば豊かな膨らみはその通りに形をかえた。

「んんっ♪…あ、ふっ……ぁん♪」

柔らかそうな唇から吐息混じりに艶やかな声が漏れた。よく漫画やビデオで見ていたことを今自分の手でしている、そう思うと感動よりももっとしたいと情欲がさらに燃え上がる。
つねり上げるように力を込めると愛らしい細い眉が歪み、白い喉が反り返る。生じる感覚に耐えるようにオレの体に抱きついた。

「気持ちいい?」
「は、いぃ♪」

覆いかぶさるように膝をついて責め立てているとセトの足がオレの足に絡みついてきた。そしてぎゅっと抱きしめるように押さえ込む。

「セト?どうかした?」
「胸、だけじゃなくて…もっと別の…とこぉ……ぁ♪」

少女の足が切なげに震えていた。今までにない未曾有の感覚に戸惑っているのかもしれない。
それでも求めてくる切ない声に背筋が撫でられるようにぞくりとした。
試しにズボン越しにそこが擦れ合わせてみる。服を着たままだが羊毛以外の柔らかさも十分に伝わってきた。

「んひゅ…っ♪」

反応を見て今度はゆっくりと下腹部の羊毛に手を伸ばし傷つけないように指を潜らせていく。探るように動かすと湿り気を帯びた、羊毛とは違う柔らかさを感じた。

「ひゃっ♪」

触れると同時にセトの体がびくりと震える。感覚を確かめるように擦るとまたびくりと震えた。

「気持ち、いい?」
「はぃ…♪」
「そっか。濡れてるしね」
「や、ぁ…言わないでくださいよぅ♪」

その表情、声からして痛みはないだろう。肌に感じる湿り気にこちらももう十分かと思い指を離す。
その一瞬後、蜜でたっぷり湿った割れ目へとオレの分身を押し付けた。

「んんっ♪」

熱を持ったもので少女の秘部を擦り上げ、彼女を追い詰めていく。セトはその感覚から逃れようと体をよじらせるがオレに腰を掴まれているからかなわない。

「ふぁっ、あぁ、んひゅ♪お股が、気持ちいいで、ひゅっ♪」

湿り気を帯びた割れ目をなぞるとセトが悩ましげな声を上げる。徐々に声から理性が消えていき、初めは逃げようとしていた腰が受け入れるように動いた。
快楽を得ること自体未体験なのか戸惑っているみたいだ。それでも細い体をくねらせてセトは気持ちよさそうに声を漏らす。
ワレメはわななき、物欲しそうによだれを滴らせる。小さなクリトリスにわざと強く擦りつけるとまた大きく体を震わせた。

「…いれるよ」
「はい…っ♪」

大きく頷いたセトは恥ずかしそうに足を開いて迎えてくれる。オレはさらに近づき、先端を綺麗に刻まれた一本の縦筋に食い込ませた。

「ひゃ、ぁあ、あ…っ」

体の中に自分以外の異物が入ってくる感覚にセトは体を強ばらせる。
ここから痛みを感じさせてしまう。そのことを心苦しく思いながらもオレは腰を進めて行く。
やがて腰と腰がぶつかり、セトの一番奥にたどり着く。限界まで伸ばされた膣肉が苦しそうにうねった。だがその感覚だけでも背筋を快楽が駆け上がっていく。

「く、ん…っ」
「ひ、ぅ…っ!」

片手で拳を握り込みなんとかその感覚に耐える。痛みならなれていてもこんな感覚は初めてであまりにも堪え難い。
しかしセトは痛みを感じているはず。顔を見ればこぼれ落ちた雫に胸が痛み、本能に歯止めがかかる。止まらないなんて言ったがやはり辛い思いはさせられない。

「辛い?」
「だい、丈夫、です…っ」

そうは言っているが体には力が入ったまま。押しつぶされそうな膣内の感覚に体を震わせながらもオレは優しくセトを抱きしめた。

「あ…っ」
「少し、こうしてよっか。馴染めば多少楽になるよ」

頭を撫でて子供をあやすように語りかける。セトは無言でオレを抱き返してきた。
しっとりと汗で湿り気を帯びた柔らかな羊毛を肌に感じつつ、しばらく抱き合ったままでいる。本当なら激しく腰を動かしてセトを心ゆくまで貪りたいところだけど、可愛らしい女の子を泣かせてまでそんなことはしたくない。
コルンには狼なんて揶揄されたけど結局オレは狼なんかになりきれないみたいだ。
それでも体は動きたいと思ってる。ただ繋がりあっただけでこの快楽だ。もっと欲しいと求めてる。彼女の全てを味わいたいと叫んでる。
その気持ちを汲んでくれたのか彼女は切なげにオレの名を呼んだ。

「…ユウタ、さん」
「ん?何?」
「動いて、いいですよぅ」
「…」

何かを言おうとして、止まる。
せっかくセトが言ってくれたんだ、その覚悟を汲み取ってあげないと失礼だろう。それに―

―もう…オレも限界だ。

精一杯の優しさを込めて額に口づけを落とした。

「ん…っ♪」
「それじゃあ…お言葉に甘えさせてもらうよ」

ゆっくりと腰を動かし、抜き差しを始める。引き抜こうとすれば彼女の柔肉が縮んでよじれた。しかし止まらずまた奥へと熱の楔を突き刺していく。
ただそれだけでも脳天まで快感が突き抜けた。

「ふ、ぁ♪ああっ♪はぁ、ああああ♪」

歯を食いしばって何度も何度も肉癖を付き広げた。数え切れないほどセトの中を往復し擦り上げていく。

「ユウタ、さんっ♪はげ、しい♪れすぅ…あ、んんんっ♪」

声に痛みはなかった。狭い彼女の中は慣れてきたのか掻き出すたびに愛液がこぼれ落ちてくる。奥を突き上げるたびに部屋にはいやらしい水音が響いた。

「ユ、ウタ、さんんっ♪」

求めるように伸ばされた手を握り、まるで恋人のように指を絡め合った。
熱にうかされたみたいにオレを呼ぶセト。その声が、行為が、快感が、セトの全てが愛おしくて、そしてもっと欲しくなる。

「あ、やぁっ♪ダメですっそんなにしたら、あっ♪おかしくなりそうです、ぅっ♪」

助けを求めるように頭を振るがオレは容赦できなかった。
細い腰を押さえつけ肉の鋒でまた一番奥を突き上げる。柔肉がねじれてオレのモノにきつくまとわりついて、力任せに扱き立てては耐え切れない快感を弾き出し、射精を促してくる。
なんとか耐えてセトの膣内を裂かんばかりに膨張しつつも抜き差しを続けるが限界が近いことを感じ取っていた。

「セト…っもう…」
「来て、くださいっ♪ユウタさ、あっ♪んんっ♪」

全てを言い切る前に渾身の力を込めて腰を一気に打ち付けた。応えるようにセトはオレの体をぎゅっと抱きしめる。
先端が膣壁とは違う柔らかさをもったものに吸いつかれ目の前が真っ白に染まるほどの快感は一気にオレを限界へと押し上げた。

「ぐ、ぅ…っ!!」
「ん、ぁああああああああああああ♪」

押し殺した呻き声と絶頂に達した嬌声が部屋に響く。小さな体を弓なりに反らしながらも離すまいとセトはオレをきつく抱きしめていた。彼女の一番奥を染め上げるように熱く滾った体液が注がれていく。
止まらない。全てを出し終えたかと思えばセトの中が蠢いて一滴残らず搾り取ろうとねだってくる。もっと奥に引きずり込もうと収縮する様は普段甘えん坊なセトらしさを感じさせた。

「はぁ……はぁ……っ」
「あぁ…はぁ…♪お腹……あったかい、ですよぅ、ユウタさん…♪」
「ん…」

オレを受け止めてくれた少女の頬を撫でた。嬉しそうに笑みを浮かべるセトを愛おしく思いながらも未だに硬さを保つものに困っていた。
性欲お盛んな年頃、それだけではなく今まで我慢していた分もあり一回だけでは足りなかった。先ほどの快感の余韻もしばらく引きそうにない。それに、一度焼き切れた理性はまだまだ戻ってきそうにもない。
もっと欲しいと体が疼く。
もっとしたいと心が求める。

「…ごめん、セト。まだやめられそうにない」
「あ、はぁ…ユウタさん、元気ですぅ♪」

その言葉にオレは笑みを浮かべて優しく頬を撫でた。
いつもなら二人してもう寝ている時間だがこれではあと一回や二回で終われず、しばらく寝られそうにない。セトには悪く思いながらも尽きない衝動のままに再び腰の動きを再開させた。















「いやぁ〜旦那は絶対に狼かと思ってたんですけどねぇ」
「…」
「私たち魔物は基本恵まれにくいもんなんですよ。もしかしたら旦那は狼というよりも馬かもしれませんね」
「…種馬っていいたいのか?」
「えへへぇ〜♪」

コルノを前にしてオレの隣に座ったセトは嬉しそうに笑っている。反対にオレは気まずそうに視線を外した。
普段通りの商談のはずなのだけど、いつもと違う部分がある。家の前の草原で座っているのはいつもと同じだがただ一人姿が変わっていた。
ぽっこりと膨らんだセトのお腹。彼女はそこを愛おしそうに撫でて笑みを浮かべる。
勿論太っているわけじゃない。食生活はオレが管理している以上栄養配分に偏りなんて出させないし、過度な栄養摂取もさせない。そうなれば女性がお腹を膨らませる理由なんて一つしかない。

「なにはともあれ、セトさん、旦那。妊娠おめでとうございます!」
「ありがとうございますぅ、コルノさぁん♪」
「……どうも」

セトのお腹には新たな命が宿っていた。
毎日してれば子供ができるのは当然だろう。人と人外での子供のできやすさは聞く限りそう高くはないらしいが。
セトのお腹にいるオレとの子供。いざできてみるとくすぐったいような不思議な感覚だ。オレも父親になるということ、その事実は嬉しくもあり、どこか照れくさい。

「セトさん、以前よりもずっと綺麗になりましたね。肌艶も良くなってるみたいですし」
「えへへぇ〜♪それはユウタさんが毎日愛してくれるからですよぅ♪」
「セト、そういうこと言うのやめて」
「あれま〜やっぱり旦那は狼ですねぇ。いや、もう獣と言った方がいいでしょうか?」
「コルノ、いい加減にしないと怒るぞ?」

年下の女の子からからかわれて思わずため息をついた。
そりゃ毎日あれだけ激しくやってりゃ獣なんて言われても仕方ないんだろうけど。

「それじゃあ今度来るときはマタニティドレスとか持ってきたほうがいいですね。それから子育てに必要なものもいくらか取り揃えておきますよ」
「お願いしますぅ」
「楽しみですね、セトさんと旦那の子供。やっぱり黒髪になるんでしょうか?」
「もしかしたら黒い羊毛かもしれませんよぅ。ねぇ、旦那様ぁ♪」
「!」

いつもとは違う呼び名に体温が一気に上昇する。それはセトも同じなのか頬が朱色に染まった。

「えへへぇ〜♪」

恥ずかしそうに笑ってこつんとオレの肩に頭を預けるセト。まだコルノの前だというのに関係ないように抱きついてくる。

「…まったく」

苦笑しつつ受け入れた。彼女の頭を撫でてやるとくすぐったそうに、だけど嬉しそうに体を擦りつけてくる。
ふわふわの羊毛と女の子の体の柔らかい感触。毎日体を交えようとやむことなく欲してしまう心地よさだ。

「見せつけてくれますね〜、セトさんも旦那も」
「夫婦ですからねぇ♪」

その言葉は事実なのだが改めて思うと筆舌し難い気持ちになる。それでも嫌な気持ちじゃない。恋人という関係を一気に通り越してしまったが後悔なんて微塵もない。

「…まぁ、そういうこと」

オレは気を紛らわせようと頬を掻いて言った。
セトとコルノは顔を見合わせて二人して笑い出す。そんな二人を前にオレもまた釣られて笑うのだった。





―HAPPY END―
13/02/10 21:26更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということでワーシープ図鑑世界編でした
ワーシープのセトはゆったりとマイペースで、だけども少し我儘な女の子。そんな彼女とのお話でした
今回は抱き枕として捕獲された主人公でしたが自分で守ると決めた手前、襲うに襲えない状況になってしまいました
ただ単に彼がヘタレだったということもありますが

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!
それではまた次回、よろしくお願いします!

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