読切小説
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氷の微笑へ、接吻を
それは吹雪く日の昼だった。
数メートル先さえよく見えず、太陽の光さえも遮られる吹雪の中では目の前は全て真っ白に染まってしまう。何があるかわからない、白一色の世界。それは雪原地帯であるここではよくあることだった。
特に気にすることじゃない。毎日見ている風景だ。
その中を私はただ進む。
目的は一つ。男を求めて。
魔物のように淫らに交わるつもりではない。ただ生きる糧として精が必要だからだ。
初めて感じる空腹感。生まれてこの方『氷の女王様』より魔力を頂いていたがあまり苦労をかけたくない。そのためにこうして精を得るために男性を探すがこんな場所にそういるはずもなかった。いたとしても運が悪ければイエティに攫われていくと聞く。

「ここらではないか」

小さく呟いて足を止める。もうここらに男が来そうにもないだろう。街が近くにあったりすればこのように困ることもなかったのに。
今日もまたハズレか。何度目かになる男探しに疲れたようにため息をついき、引き返そうと振り返った。
次の瞬間、目に映る変な物。

「…ん?」

吹雪く中でそれが確かなものかはよくわからない。そこまで離れていないが近くもない距離にそれはあった。

「…」

私は無言でそれに近づいていく。距離を詰めていくにつれてはっきりしていくその輪郭。吹雪の中でも確かな形を持ったそれは明らかに雪ではなかった。
ピンと張られた二つの足。先端には見たことのない形をした靴を履き、腰から上が雪に沈んでいるようだ。
それは紛れもない、私が探していた人間の姿。

「遭難者か…?」

遭難者にしてはなんとも不格好で雪に埋まっているがこうしてはいられない。雪に埋まったままで息ができなく死んでしまうこともある。
すぐさま私は足を引っ張り、雪の中から引きずり出すとズボン同様に黒い布でできた服が見えた。さらに引くとそこにあるのは気絶しているのか閉ざされている目。とくに特徴があるわけでもない平凡な顔立ち。そして真っ白な雪とは真逆の真っ黒な髪の毛。
この容姿は…ジパング人だろうか。
きっと旅でもしてこんなところに来たのだろう。それにしてはこの男の周辺に持ち物らしきものは見当たらない。旅をするのなら大荷物になるはずなのに。
さらに言えばなんで逆立ちのような格好で雪に埋まっていたのか。意識を失って倒れたのならうつ伏せや仰向けになるのが普通だろう。だというのにまるで空から降ってきたようではないか。
だが、ちょうどいい。

「この男にするか」

釈然としない点がいくつもある。それでも搾精できるのならそれでいい。
とりあえずこの男を死なせないためにも移動しよう。そうだ、ちょうど私が来たところに誰も住んでいない小屋があった。あそこにこの男を連れて行こう。薪もあるし食べ物は調達してくればいい。この男を住ませればいちいち探しに行く必要がなくなる。
そう考えて私は男の体を背負った。

「…んっ」

見た目細身に見えたが意外と重い。どうやらそれなりに鍛えているらしく筋肉がついているようだ。だが重さ以上に明確に伝わってくるこの感覚。じんわりと肌に染み込んでいく温かさ。
雪の中に、冷たい氷の中にいた私にとってそれは初めて感じるものだった。
…悪いものではないな。そんな風に思いながら私は来た道を戻るのだった。










強く吹き付ける雪が窓を鳴らす。その向こうで止む気配を見せない吹雪を見るようにそれは立っていた。

「今日も雪か」

そんな風に男は呟く。
深く、底の見えない暗闇のような瞳を窓ガラスの向こうに向けてはぁっと白く染まった息を吐く。初めて見た時から変わらない黒い服を纏った格好で寒さに耐えるように体を抱きしめた。もう一度息を吐いてはこちらを向く。そして私の名を呼んだ。

「ブランシュは寒くない?」
「…お前は私を馬鹿にしているのか?私は氷の精霊のグラキエスだぞ?」
「…そうだった」

からから笑って私の傍を通り暖炉に燃える炎へ薪を投げ込む。近くにあった椅子を引き、そのまま座り込んだ。

「ここしばらく雪だけど、ここらって雪国だったりするの?」
「…何を言っているんだ」

ここら一体は雪原なのになんでいちいちそんなことを聞くんだこの男は。呆れたように私はため息をついた。

「ため息つかなくてもいいじゃん。まぁいいけど。それよりこんな雪ばっかで食べ物どうすりゃいいのさ。買ってくるにも出られないよ」
「それは私がとってきてやると言っているだろう」
「それはそうだけど…なんていうかずっと家にこもってばっかですることないんだよ。薪割ってあるから割る必要ないし。ほかに何かしようとしてもなんもないし」
「暇人だな」
「…もっとオブラートに包んで欲しかった」

背もたれに寄りかかって目を瞑る十代ぐらいの男性。
黒崎ユウタ。
あの日からここに住み込ませたジパング人だ。普段から笑みを浮かべて明るい雰囲気を振りまく、少し不思議な男。
不思議といえば意識を取り戻した時に私を見て驚いていた。魔物がいて、精霊がいて、そんな中で氷の精霊である私もそう珍しいものではない。それでもこの男は目を点にしてしばらく凍ったかのように動かなかった。
この男は何かが違う。
日常的知識がかけているというか、必要な常識がないというか。最低限生き抜くためのものはあるのに私やここら地域のことに対して何も知らない。

それはまるで初めからこの世界にいなかったかのように…。

私は椅子に座って眠りそうに目を閉じる男の隣に立つ。

「ユウタ。精を貰うぞ」
「ん?ああ、どうぞ」

特に気にすることもなく頷いて力を抜いていく男の体。それに対して私は彼の周りに冷気を放つ。魔力によって生み出した冷気は凍えさせても命を奪うようなことはしない。ただ体から精を貰うだけ。その際多少寒気を感じるのは我慢してもらうしかない。

「…ぁっ」

精を取り込んだ途端に感じる優しい温かさ。それからじんわりと満たされる、空腹感とは違った何か。言葉にするには難しいが悪いものではなかった。ただ精を貰うだけでもこの男のもつものが上質なものだとわかる。

「…ん、冷たっ」

一瞬彼の体が寒気により震えた。目前の火だけではたらずに寒さを和らげようと両手を擦り合わせる。はぁっと白く染まった息が霧散して消えた。

「…やっぱ寒い」
「毎回のことだろう。いい加減慣れろ。それに火に当たってるじゃないか」
「いや、そういうんじゃないんだよ」

一度こちらを見て笑みを浮かべるユウタ。ただそこにあったのは普段から浮かべている柔らかな笑みではなく影のある、切なげな笑み。
それは初めて見る笑みじゃない。毎回、こうして冷気を伴って精を貰うときには決まって浮かべている。

「…なんていうかな。寂しい…っていうか、なんだろうね」

それは仕方のないこと。精をもらう際に私の魔力によって冷えるのは体だけではなく心もだ。どうしようもない孤独、寂寥感は彼の体に染み込んでいく。本当なら笑っていられるはずもなく何かにすがりつきたくてたまらないはずだ。

「…元気かな」

ポツリと漏らしたその一言。あまりの小ささに吹雪で揺れる窓の音にかき消されそうなほど。それでもすぐそばにいる私の耳には届いていた。
たったの一言。それはきっと自分に向けたものではないだろう。しかし一体誰のことを指しているのかわからない。
もしかしたらこの男の友人かもしれない。家族かもしれない。恋人かもしれない。
それでも私には関係のないことだ。

「…寂しいのか?」
「まぁね。毎回とは言え…やっぱ慣れないな」
「…そうか」

それでも罪悪感はない。命を奪っているわけではないのだ、そこまで気を遣う必要もないだろう。そんなふうに思っているとまた彼が小さく息を吐いた。どこか寂しげで、どこか儚げなため息だった。

「…ブランシュ。手、握ってもいい?」
「何を言っているんだ。いいわけないだろう」
「だよねー…」

あはははと乾いた笑いをしてそっと体を丸めた。また両手を擦り合わせてはため息にも似たものを吐く。男は寂しさを紛らわせるように暖炉の前で何度もそれを繰り返していた。










しばらく降り続いていた雪が晴れ、外では太陽の光が辺り一面を煌めかせた。雪原だからこそ見える綺麗な風景。そんな中でさく、さくと雪を踏む音が隣から聞こえる。

「へぇ、辺り一面銀世界だ」
「…何をそう感動することがあるんだ」

私は彼の隣で呆れたようにため息をついた。ようやく雪が止んだから外に出てみたいなどぬかしたからこうやって隣に並び私たちは歩いている。雪の降った後なのだからあたり一面が覆われているのは当然だ。しかし彼は何を言っているんだとでも言うような顔をする。

「…何だ?」
「ああ。いや、ブランシュは氷の精霊だから特に珍しくないのか。オレのいたところじゃそうそう雪なんて降らないんだ。降ったとしてもすごい少ないし、車が通ってすぐに汚れるし」
「…くるま?」

一瞬聞きなれない言葉に聞き返すと彼はなんでもないと首を振った。
本当によくわからない男だ。何かを隠しているのはわかるが、それがなんなのかわからない。ただ分かるのは先ほどの言葉からして彼はここのような雪国には住んでいないことぐらいだ。やはりジパングに住んでいたのだろう。
そんなことを考えているといきなり彼が飛び出した。

「やっほー!」

ばすんっと、雪の中に突っ込む。

「…何をやっているんだ」
「んー、なんか雪を見たらこうしたく…ならないか」
「普通ならないだろう」
「でもこっちは久々の雪なんだよ。ここまで積もった雪を見るのは初めてだし」

そう言って雪の上に寝転がり仰向けになる。黒い服に雪がついてみっともない。みっともないというよりも子供っぽいというところか。普段小屋の中では寒そうに震えているのにどうして自分から寒くなるようなことをするのかわからない。

「懐かしいなぁ…子供の頃は雪合戦とかやったっけ」

空を見上げてそうっと呟かれる言葉。時折笑みと不釣合に漏らす小さな言葉は冷気を放っていないのに寂しげなものだった。
どこを見ているのかわからない。
それすらも彼は話してくれない。
頑なに、絶対に。
本当に何者なのかわからない。
自分のことは多く語らないし、時折うっかり喋ってしまう私の知らない言葉をすぐさま誤魔化そうとする。
知られたくないのならそれでいいと思う。
誤魔化したいのなら追求すべきでもない。

だけど、ここら最近になって彼の寂しげな表情が私の胸に突き刺さる。

彼の精を貰い、あの小屋に共に住んでしばらくの時間は経とうというのに。何度も繰り返しているからもう慣れてきているはずなのに、やたらと気になってしまう。
だが、それだけだ。
罪悪感は変わらずない。搾精するのに問題はない。それなら全然大丈夫だ。
そう、大丈夫なんだ…。
彼の顔を見て頷き、自分に言い聞かせたところで視界の端に何かが映りこんだ。

「…?」
「ん?どうかした?」

彼は私の異変に気づいたように立ち上がって見ている方向へ視線を向ける。
そこにいたのは雪の白さに混じってしまいそうな一人の魔物の姿があった。
あれは…。

「…え、人?」
「イエティだな」
「…うん?イエティ?それってあの、未確認生物のあれ?」
「は?」
「ん?」

…何を言っているんだこの男は。イエティと言えば雪原や雪山に現れる魔物として有名なのに。やはり彼は魔物や精霊などの知識が著しくかけているらしい。
特に気にすることもなく私と彼は視線を再びイエティへと向けた。

「あの人随分変わってるんだけど。もこもこしてて…羊みたい」
「ワーシープではなくてイエティだと言っている」
「例えただけだって。それにしてもあれなんか…水着みたいで寒そうなんだけど」
「だからイエティだからと言っているだろうが」
「だから例えただけなんだって」

そんなことを言いながらも視線は変わらず向けたまま。向こうの方はそんな私たちに気づく様子はなさそうだった。脇に大切そうに抱きかかえた男性に意識を向けているらしい。どうやら男性を見つけた帰り道のようだった。

「…あの人、脇に誰か抱えてない?」
「男性だろうな」
「遭難者救助でもしてるんだ。へぇ、変な格好だけどいい人だねぇ」
「…魔物だ」

そのまま見ていると男性が意識を戻したのか体が揺れる。それに気づいたイエティは嬉しそうにその場で抱きしめた。相手の体を温めるため、そして何かにつけて抱きつこうとする彼女らの習性。いくら吹雪が止んでいようと辺り一面雪に覆われている状況では寒く、彼女のとった行動は男性の命を救うためにも必要なことだった。
だが隣で見ていた彼はそんなイエティを見て一言。

「…情熱的」
「…」

本当に何も知らないのだろう、この男は。
そんな風に思っていると視線の先で男性が抱きしめ返した。意識を戻し条件反射で返したのか、それとも意図的なものだったのかわからないがそれに対して嬉しそうにイエティは抱きしめ返す。
そんな二人を見て、さらに一言。

「いいなぁ…」
「…」

あまりにも小さくて聞き逃してしまいそうだったがそれでもなんとか聞き取れた。
何を思って言ったのかわからない。
男性として欲望のままにそのようなことを言ったのかと思って見るも、彼は淫らな表情をしているわけでもなかった。
普段浮かべている笑みもなかった。
冷気を放ってる時に浮かべる、切なげな笑みとも似つかなかった。

「…」

口が止まる。何かを言おうとしていたのだが何を言えばいいのかわからなくなる。
結局そのまま、二人が去るまで私は彼に何も言葉を投げかけてやれなかった。










「んー、やっぱ雪が降ってる時の方が寒いな」

ユウタがそう呟いたように外は吹雪いていた。ここらでは珍しくない。むしろ晴れている方が少ない。当たり前の天気に彼は曇った窓ガラスに指を滑らせた。そのまま渦巻きを描いたり、よく分からない図形を書いたりする。なんだかんだでこの男、子供っぽいところがあるみたいだ。

「これじゃあ何日持ってくれるか…」

不安げに呟いてユウタはテーブルの上に並べた残り少ない食材を見つめる。それは私がユウタのために用意したものだった。
最低限の調味料、それから料理器具はここの小屋に揃っている。それにユウタは以外にも料理ができた。だから私はただ食材を持ってくれさえすればいい。
だがその食材がそろそろ尽きかけている。なくなったところで私は平気だが人間である彼はそうじゃない。
これは一刻を争う問題だ。

「私が食材を持ってこよう」
「…毎回してもらって悪いんだけど、どっから取ってきてんの?」
「ここらは雪に覆われることが多いからな、雪国で育つ果物や野菜がたくさんあるところもがあるんだ」
「…無断でとってきてるわけじゃないよね?」
「変なことを言うな。私とて最低限の常識は存在する。物取りのようなやり方を精霊がするはずもないだろう」
「そだね。それじゃあお願いします」

その言葉を背に私は外へと飛び出した。










あの時、ユウタを見つけた時と同じくらいに外は吹雪いていた。注意していないと前すらもわからなくなり迷ってしまいそうな、それほどまでに雪が強く吹き付けてくる。それでもグラキエスである私にとってそれほど障害にはならないのだが。
さて、さっさと食材を調達して戻るとしようか。ついでに薪も持っていくとしよう。この雪の降り方からしてまだしばらくは止みそうにないからな。
そんな風に考えつつも進んでいくと視界の端に何かが映りこむ。

「…?」

今度はユウタのような足じゃない。
イエティのような人影でもない。
雪の多さに薄暗くなった雪原で導くように光る明かりがそこにあった。
…あれは家の明かりだろうか。私とユウタが住んでいる小屋からかなり離れたところだがまさかこんなところにもあったとは。ここら一帯はよく通るのだが家があるとは知らなかった。
ちょうどいい、薪を分けてもらうとしよう。ダメだったとしてもその時はゴブリンの商隊を探せばいい。この時期ならばいつもここらを通っていたはずだし、彼女たちなら薪ぐらい持っているだろう。
とりあえず光の漏れる家へと足を進めることにした。見たとこそこまで離れているというわけでもないらしい。これならすぐにたどり着ける。
そして私はその家の前に立った。ドアをノックしようと手を出して、止まる。

「ん?」
「…っ…ぁぁ………ん……」

…何だろうか?吹雪の音に負けないぐらい大きな声が聞こえる。
それもただの声じゃない。やたらと弾んでいるというか、艶っぽいというか、普通にしていれば絶対に出せない声色だ。
何をしているのだろうか。そんな声を聞いたことのない私には想像もつかなかった。だが、ここで戸を叩くのは気が引ける。邪魔をしてはいけない、そんな風に感じていた。
それでも私は戸を叩く。

「…」

しばらくしても反応はない。それなりの力で叩いたというのにだ。中に伝わらないはずがない。いったい何をしているんだ。
すぐ目の前の戸にはわずかに隙間が空いている。顔を近づければ中の様子なんてすぐに見えるだろう。私はそっと戸に顔を近づけて中の様子を伺った。

「…っ!」

そこから見えたのは一人のイエティ、ユウタと共に外に出た時に見たあのイエティの姿だった。
彼女は何かに跨って、顔を真っ赤にして弾むように体を動かしている。それだけじゃない。彼女の下にはやはりあの時見た男性が寝転がっていた。しかし、ただ寝転がっているだけじゃない。
裸。
よく見ればイエティの方も少ない布地でできた服を脱ぎ捨てている。
一糸まとわぬ姿で二人は体を重ねていた。
初めて見る人間と魔物の、男と女の交わり。
汗が弾け、甘く艶やかな声が聞こえ、肌と肌がぶつかり合う音が響く。顔を近づけたかと思えば熱烈な口づけを交わし、行為はより激しさを増していく。
知識にはあったがそれはあまりにも激しく、あまりにも情熱的なモノだった。
魔物はああやって体を交わせて精を得ると話を聞いている。
体を交え、肌を重ね、精を得る。
それは私の搾精と違って相手の心を凍えさせるようなことにはならない。私のと違って負担は少ないだろうし、交わりは快楽が伴うという。経験のない私には分からないが戸の向こうで今交わる二人の顔は共に快楽に染まっているものだった。

「…」

…ユウタもあのようにして精を貰った方がいいだろうか。

最近になってやたらと気にかかる、精を得るときに見せるあの切なげな笑み。それがやたらと頭に浮かぶ。今までずっとやってきたのになぜだか今更気にかかってしょうがない。
あんな顔、見たくないと思ってしまうほどに。
口づけをして、手を握り、肌を重ね、男と女でつながり合う。
それで精を得られるのなら、そして快楽を与えられるのならやり方を変えるべきだろうか。そうすればあんな表情も見なくて済むだろうか…。
見ているこちらが恥ずかしくなるほどに淫らに動いて、聞いているこちらが顔を赤らめてしまいそうなほど甘い声を漏らして、燃えそうなほど情熱的に互いを求める。

「…は、ぁ」

口づけとはあのように熱いのだろうか。
交わりとはあれほどまでに気持ちいいのだろうか。
ユウタからああやって精を貰えば私も同じように淫らに止まらないのだろうか。
そんな情景を思い描いてため息が漏れた。

「…はっ!」

いったい私は何を考えているんだ!私はなんで見続けているんだ!こんなことをしている暇はないというのに。
すぐさま戸から顔を離して頭を振り、私は家から離れるために走り出した。










「ただいま」
「お帰り」

薪や食料を調達し終えて帰った私はユウタに迎え入れられる。テーブルには既に食べ終えた跡の食器があることから食事を終えた頃だったんだろう。私は精霊だから食事はいらないと言いつけてあるゆえすぐ片付きそうだ。

「ほら、持つよ」

半ば強引にユウタは私の手にある食材や薪を受け取った。ちゃっちゃと仕舞いこんでやはりすぐに片付いてしまう。掃除や料理に慣れているのか手際がいい。
全て片付いたユウタはホコリを落とすように手を叩いて暖炉の前の椅子に座る。

「…ユウタ」
「ん?精が欲しい?どうぞ」

そう言っていつものように体から力を抜いていくユウタ。ただ名前を呼んだだけで何を求めているのかが分かるくらいに長く共にいても相変わらずユウタの表情はどこか寂しげだ。
それが冷気を放っているからだけでないことは明白だった。

「…貰うぞ」

初めて会った頃から何も言わずに勝手に搾精していたはずなのに私は断りを入れていた。それだけではなくどうしてか今は躊躇われる。いつもしてきたはずなのに、あの切ない笑みを見たくないと言っている私がいる。
それでも生きるため、そう、生きるためには仕方ない。
ユウタが食べ物を必要とするように、私が精を必要とするのは仕方ないことだ。それに彼に至っては生物の命を食べている。だが私は彼を殺しはしない。どちらが重いかなんて言わずともわかる。
ユウタが食べるように、私も精を貰うだけ。それだけだ。
自分に言い聞かせて冷気を放ち、ユウタを囲んでいく。

「…ん」

ユウタはいつものように体を震わせて寂しさを紛らわせるように両手を擦り合わせる。いつも見慣れている姿。それだというのにどうしてか…。

心が痛かった。

「…っ」

なんで、どうして今更になってこんな感情を抱いているんだろう。さっきも、イエティの住む家をのぞき見てしまった時もそうだ。
その切なげな表情を見たくない。
悲しげに笑って欲しくない。
寂しさを隠し、感情を誤魔化し、いつも笑っているからこそそうして欲しくない。
そんな風に思ってしまうのは…なんでなんだろう。

「…ユウタ」
「ん?何?」
「…寂しいか?」

以前にも聞いたことのある一言。それに対してユウタはただただ笑みを浮かべ、いつものようにからから笑った。

「もう慣れたよ」

子供っぽい笑みだけどその下に押し殺した感情は隠しきれない。私の冷気がもたらす寂寥感と孤独は慣れることなど出来やしない。
それでもユウタは笑い続ける。
それは子供が悲しい時に泣き出すように、悲しい時には笑うだけ。それ以外で感情の表現の仕方がわからないとでも言うかのように。笑って誤魔化して、上手く表現できないのを隠そうとするようだった。

また、私の心が痛む。

埋めようもない痛みが私の胸を刺す。
原因はわかってる。それぐらいわかるんだ。だけど、どうすればこの痛みを消せるか分からない。

どうすればユウタの心を埋められるか分からない。

そういえば彼はイエティが抱きしめているところを見ていいなぁと呟いていた。それは抱きしめられたかったからじゃないのか。
ただ誰かの温もりを欲して、そう言ったんじゃないだろうか。
…なら。

私はそっと、椅子に座ったままのユウタの体を抱きしめた。

「…ブランシュ?どうしたのさ、いきなり」
「こうされるのは嫌か?」
「…嫌じゃない」

そう言ってユウタはまわした私の手に自分の手を重ねた。触れ合う肌から優しい温かさが伝わってきた。
嫌じゃない、そう言ってくれたことだけでも嬉しくなる。こうして肌を重ねているのとはまた違う、感情が胸の痛みをかき消していく。
でも足りない。
この程度じゃ埋められない。
彼の寂しさは、私が感じさせてしまった孤独はこのくらいじゃ埋め尽くせない。
だから。
私の手はユウタの頬に添え、顔を上へと向かせる。特に抵抗らしきものもされずユウタは力のままに顔をあげる。闇のように黒い瞳が私を見つめ、唇がこちらへ向く。それでも切なげな表情は変わらない。

そこへ私は口づけを落とした。

ユウタの唇へ私の唇を重ねる。触れた肌とはまた違う柔らかい感触と、今までに味わったことのない深い甘さが伝わってくる。それだけではない、冷気を伴う搾精のときよりもずっと多く、ずっと濃密に精の味が染み込んできた。
それをもう少し味わいたい。そうだ、正面に回って再びすることにしよう。そう考えた私は一度唇を離そうとする。だが。

「んっ」
「っ!」

椅子からわずかに体を伸ばし、吸い付くように唇が押し付けられる。離れることを厭うようにユウタは自ら私を求めに来た。そのまま離そうとしてはくっつき、求めるように口づけを交わす。
それだけでは終わらずユウタの手が私の頬へ添えられた。

「ん、んむっ♪ん、ちゅ…は、んっ♪」

よりいっそう深くなるく唇の味。ただ重ねるだけの行為がいつの間にか舌を出して舐めとり、唾液をまぶすようにユウタの唇を舐めとった。
息苦しさとなぜだか高鳴る胸の鼓動に体の奥から溶けていきそうだった。ユウタは顔を赤く染めながらもさらに深くまでわたしを求めてくる。互いにぎこちない動きだったがそれでもやめられない。
果物にも劣らない蜜のような唾液を啜り、代わりに啜られ求められ、ようやく私たちは唇を離す。呼吸する暇さえない口づけに意識が朦朧としつつも目の前にいる存在だけはハッキリと映った。

「ブランシュ…」

切なげに私を呼ぶユウタ。今まで笑っていた姿しか見ていなかったが先ほどの行為でその表情は崩れ落ちていた。
笑みという仮面に隠した本心。

今にも泣きそうで、縋り付きたいと叫びそうなその顔が本当のユウタなのか。

「寂しいんだろう?」

再び私はそう言って彼の前へと回り込む。
いつも一人で抱きしめている体を包んでやりたくて、求める触れ合いに応えたくて、そっと私はユウタの膝の上に座り込んだ。

「泣きそうな顔、してるぞ…」
「ん?…そう?」
「ああ」

自分で浮かべる表情も気にすることができないほどに心が憔悴しているのか。それをしてしまったのが私という事実が辛く胸に突き刺さる。
なんで今更になって気になるのか、そう思う以上にどうしてこのようになるまでユウタから精をもらい続けたのかと後悔した。

「すまない」

今更そんな言葉で補えるほど物事は軽くはない。だけど償わずにはいられない。
私はユウタの体を抱きしめた。筋肉に覆われているからか硬くて、だけど優しい温かさを持つ体はなんとも抱き心地がいい。

「…」

ユウタは無言で私の体を抱き返してきた。何も言わないが回された腕がわずかながらに震えていることに気づく。体を離そうとすれば力を込めて、私を求める。
抱きしめるだけでは物足りない。
口づけだけでも届かない。

さらに先なら、もっと深くて密なことなら癒せるだろうか。

ふと脳内をよぎる、イエティが交わっていた時の姿。それを見て思い描いた私自身が交わっている情景。
体を交え、互いを求めていたあの行為。ただ精を求めるだけじゃない、大切な繋がり。

「…ユウタは」
「ん…?」
「その……」

先の言葉を言えなかった。
私は恥ずかしかったのかもしれない。それ以上に今のユウタの反応が怖かったのかもしれない。
抱きしめて、口付けて、為すがままで受け入れられては意味がない。彼が求めているものがわかるほど私は人の心に敏感ではないのだから。

「…いいよ」

何も言えない私の感情を汲んでくれたのか小さな声でそう言った。柔らかな声色で彼は優しそうに笑みさえ浮かべながら抱きしめ返した。まるでいつも私が精を得るときのような姿に思わず私のほうが泣き出しそうになってしまう。
なんだかんだと理由をつけて、本当に求めていたのは私だったのかもしれないユウタに抱きしめられてそんな風に思えた。





変わった形をしたベルトを外し、ゆっくりとズボンを脱がす。膝の上に乗っている状態では難しかったがそれでも何とかできた。
下半身を覆うものがなくなった途端にこもっていた不思議な匂いが広がった。
見れば蛇の頭のような、独特の形をしたものが反り立つようにそこに存在している。私の体のどこにも似ていない器官を目にして下腹部から熱が広がってくる。
これをどうすればいいかわからない私じゃない。
知識は少なからずあるし、先ほどイエティが交わる姿を見てきている。
そこへ私は女である部分をこすりつけた。

「…んっ♪」

いつの間にかびしょびしょに濡れている秘唇。こすり合わせると目の前が真っ白になってしまいそうな不思議な感覚が体を駆け巡る。
それは頭の中ではじけてしまいそうで、私の大切なものを染めてしまうように思えて恐怖があった。だがそれ以上にこれがユウタと体を交えることだとわかり、もっと欲しいと求める私もいた。
精を得るための手段として、そしてユウタに寂寥感を味あわせたくなくてこうしているが私のほうが行為に溺れてしまいそうだ。
口づけによる高鳴りを残したままに私はユウタの濃く色付いたそれへ手を伸ばした。根元も手を添えて先端部分を私の、女の部分へとあてがう。湿り気を帯びたそこは蜜のように粘質な液体が滴った。

「うぁ…んんっ」

何ものも侵入を許したことのない神聖な場所。そこに今ユウタの先端が食い込んでいる。あと少し体重をかけようものならすぐさま彼の一部は私へと入ってくるだろう。

「ブランシュ…」
「ああ、今入れてやる」

私を心配そうに見上げたユウタの額に口づけを落とし、肉茎をワレメへ押し込んだ。

「く、ぅ、ああぁあああああっ…!!」
「うぁ…ぁ…キツ」

飲み込んだ瞬間鋭い痛みが体を駆け巡る。だがそれを上書きするようにすぐさま目の前を白く染め上げる感覚が、快感が押し寄せてきた。
初めて感じる異質な痛みと倍以上の快楽。それこそ紛れもない私とユウタが繋がりあった証。
そして私の腰はユウタの腰にぶつかった。

「あ、ぁ…はぁ…♪入った、か…♪」

初めて感じる体内に自分以外の鼓動。強く脈打つそれは燃え上がるような熱を持っており私を内側から溶かしてしまいそうなほどだった。
それでも優しくて、だけど逞しくて、紛れもないユウタのもの。
こうして繋がり合っているだけでも精を得るのとは違う喜びに胸が満たされていく。
呼吸を繰り返すたびに私の体は意志と離れてユウタを締め付ける。その度に硬いペニスはびくりと大きく震えた。膣の中のヒダヒダに絡まってすくみ上がる感触が堪らないのか気持ちよさそうに顔が歪み、食いしばるように閉じた唇から呻き声が漏れた。

「ユウタ…気持ちいいんだな…?」
「あ、あ…すごく、いいよ」
「そうか、よかった…♪」

素直に嬉しいと思えた。
ユウタが私の中で気持ちよくなってくれている。その事実がとても嬉しい。寂寥感なんて与えずに、孤独に苛まれることもない搾精。それだけではなく快楽を与えることができる。なんと素晴らしいことだろう。どうして今まであんなやり方で精を貰っていたんだと悔やむほどだ。
だが、これで終わりじゃないことは知っている。
魔物が精を求めるように、イエティがしていたように、交わりはこれで終わりじゃない。

「動くぞ…」

ユウタの耳に囁いた言葉は自分でも驚く程に熱っぽく淫らなものだっただろう。それでも嫌な気分ではない。
彼の両手が腰に添えられ、私も応えるように腰をさらに押し付ける。膨れ上がった先端は私の一番奥を押し上げて挿入の時に感じた快感とはまた違う感覚をはじき出した。

「あぁ、ん♪くっぁ♪はぁ、んんっ♪」

声が漏れてしまう。我慢しようにもユウタがゴリゴリと私の中を擦るたびにユウタの感触を覚え、何かが蕩けていく。
求める感情が体を染め上げて交わりによる味を体が覚え、悦ぶように膣内がうねった。抜き差しを繰り返しては精を求めて動きが加速し、痺れるような感覚が子宮を中心に湧きだしてくる。
気持ちいい。
それも予想を遥かに凌駕するほどに。
だけど、違う。
これはただ快楽を求める行為じゃない。精を求めるのなら冷気を放つのと何も変わらない。
私は一度動きを止めてユウタへと手を出した。

「手、を…」
「んっ」

差し出した手をゆっくり重ね合わせ、指を絡めては外れないように握りしめる。
触れた肌から伝わってくる体温は優しくても、求めるように強く力を込める彼は切ない。体を重ねようと離さないでと言わんばかりに縋り付くユウタの姿に筆舌しがたい感情があふれ出してきた。
ずっと傍に居てやりたいと。
全てを埋めてやりたいと。
快楽に染められない、冷たい心を包みたいと。

「私がいるから…ん♪ずっと、いてやるからぁ♪」

行為を求めるのとは違う言葉が口からこぼれる。それを聞いてユウタは何も言わなかったが、さらに体を寄せて手を握りこんできた姿は泣き出しそうにも見えた。
今までずっと笑い耐えてきたからか、感情を押し殺してきたからか。私の冷気を浴び続けてそれでも心を押さえつけ誤魔化したユウタは崩れそうなほどに儚く思える。
そんな彼を前に私は再び唇を重ね合わせた。

「ん♪あ、んん♪…ふ、ぁむ……ちゅ♪」

肌から汗が弾け飛ぶ。何度も何度も往復し、腰がぶつかっては粘質な水音が小屋の中に響き渡る。外の吹雪の音もかき消すような音が自分の秘所から漏れ出していると思うと恥ずかしい。それでも紛れもない交わりの証の一部であり、もっと淫らに響かせたくなる。
行為が激しさを増していき、肌の弾ける音へと変わる。聞くものがいたとすればあまりの大きさに顔を赤らめてしまうことだろう。
それでも止まらない。
音が響くたび私の中に快楽が走った。

「ユウタ、ユウタぁ♪」

彼の名を呼ぶたびに心が高ぶっていくのがわかる。体も激しさを増すごとに今まで得た感覚とは違う、もっと膨大なものが押し寄せてくる。理性を消し飛ばして全てを染め上げてしまいそうな、強烈な快楽の予感だ。
それはユウタも同じなのか息が荒くなり、私の中で信じられないほどに硬くなった肉棒が痙攣し出す。

「ブランシュ、もう…っ!」
「ああ…っ♪」

ユウタの精が溢れ出す予兆。こみ上げてくる快楽と重なり、その二つがとうとう爆発した。

「あ、はぁあああああああああああああ♪」

マグマのように熱い精が私の中に流れ込んでくる。遮るものなく受け入れる私の体はその感触に悦んで痙攣した。がくがくと腰が震え、放出される精を一滴も逃さないように吸い尽くす。
頭の中まで真っ白になる。何がなんだかわからなくなる。
初めて得た膨大な快楽に自身が消えてしまいそうな恐怖があったが腕の中に感じる優しい温もりが打ち消していく。
互いに体を震わせて、ようやく過ぎ去った感覚の波に一息ついてユウタへ倒れ込んだ。荒くなった呼吸を整えつつ彼の顔を覗き込む。

「気持ち良かったぞ…♪」
「ああ、オレもだよ」
「…まだ、したいか?」

そう聞くと照れながらも小さく頷いた。
その様子に私はくすりと笑う。

「そうか。私も同じだ…んっ♪」

耳元に艶のある声で囁いて、私は何度目かになる口づけを交わす。
そしてユウタに求められるまま、また自分から欲するままにずっと体を重ねていくのだった。













「…うわ、また雪か」

窓ガラスを変わらず叩く吹雪の強さにため息をついた。白い息が窓ガラスを曇らせては霧散する。もう何日も続くこの天候に気が滅入りそうだった。
いつから外に出ていなかったっけ。以前外に出たのはもう一週間以上前になる。ある日突然変わってしまった景色に感動をしていたがもう何度も見て慣れてくるとちょっときつい。
それにここは特にすることがない。学生らしく勉強をするにも道具はないし、そもそも今学生であろうとここでは勉強する意味がない。
せいぜいできることは料理くらいなのだが共に住んでいる彼女は必要としないので作る楽しみもない。
そっと曇った窓ガラスに考えもなしに指を滑らせてなく。

「…!」

いつの間にか水滴が集まり、形作られていたのは見覚えのある文字だった。
もう会うことのできない大切な家族の名前。
意識していなかったからこそ、本心が出てしまったのか。
すぐさま彼女に見つかる前に窓ガラスを拭って消そうと手を出す。するといきなり横から出てきた手に掴まれた。
そっと優しく、そして温かく包み込んでくる青い肌の手。視線を移すとその先に、オレの隣に立っていたのは一人の女性だった。
人間らしくない青い肌、氷の結晶を象ったような服。氷柱のように鋭く伸びた両足。艶やかで二つに縛り伸ばされた青い髪の毛。全体的に冷たい氷のような雰囲気を持つ彼女。同じように青く、そして冷たい目はオレへ心配するように向けられていた。
氷の精霊、グラキエス。
オレは小さく彼女の名前を呼んだ。

「ブランシュ…」
「…また、寂しそうな顔をしていたぞ」
「…そうかな?」

からから笑って見せるも彼女の表情は良くならない。それどころかさらに悲しそうに歪んでいる。それを見てオレは笑みを浮かべるのをやめた。
とある日からブランシュから冷気を放たれ、あの縋り付きたくなるような寂寥感や泣き叫びたくなる孤独感に苛まれることはなくなった。それどころか、なぜだかわからなかったが心配され、悲しまれ、慰められている始末だ。
初めて会った頃は氷の精霊らしく冷たく厳しかった氷の精霊。オレに対してはただ精を得るため容赦なく冷気を放っては何とも思っていなかったのに、あるとき突然渋る素振りを見せた。
まるで長い時間を経て氷が溶けていくように徐々に優しくなっていくブランシュ。気づけば彼女は温めるようにオレの隣で寄り添っていた。

「…」

無言でブランシュはオレの体を抱き寄せた。以前は氷のように冷たくも温もりあった彼女の肌が今では人間のように優しい体温が伝わってくる。
だけど、やはり恥ずかしいものがある。既に体を重ねた関係だというのに理由なく抱きしめられるなんて子供っぽいものがある。

「…オレは抱きしめられてあやされる歳じゃないんだよ」
「そんな顔をしてよく言う。何も言わずに一人で抱えて、暖炉の前で丸まっているくせに」

どうやら冷気をあてられ、寒さに耐えるために暖炉の前に座っていたのが癖になっていたらしい。単純に体を冷やさないためか、それとも感情を紛らわせるためだったか。自分のことだというのにわからなかった。

「ユウタ。お前は…まだ寂しいか?」

ふと囁かれたブランシュの言葉。それは以前から何度も問われてきたことだった。
優しくも悲しそうに紡がれた言葉にオレは自嘲気味に小さく笑い、ブランシュを抱き返す。

「いや、全然平気」
「…本当にか?」
「心配しすぎなんだよ、ブランシュは」

体を離してとんっと額を重ね合わせる。彼女の体温が伝わり、青く透き通った瞳が見えた。
オレは笑みを浮かべなかった。それでも代わりに彼女の手に自分の手を重ね合わせる。

「ブランシュが傍に居てくれるのに寂しいなんて感じないよ」
「…」

何も言わないブランシュはオレの体を引っ張った。いきなりのことで何もできないまま力働く方へとオレは倒れ込む。
その先にあったベッドに体が沈んだ。さらに上から覆いかぶさるように彼女が倒れ込んでくる。すぐ目の前にブランシュの整った綺麗な顔がきた。

「なら、そんな顔しないように気をつけるんだな。思わず慰めたくなってくるだろうが」
「…なら今から気をつけるよ」
「今じゃ遅い。んっ♪」

いきなり押し付けられる温かな唇。何度も味わってきたものだが蜜のように甘く、柔らかい感触は飽きることなく求めてしまう。
徐々に深くなっていく口づけに自然と手と手が重なり合った。激しさを増して荒くなる息遣いが部屋に響く。
そんな中で一度、唇を離してブランシュは言った。

「ずっと、一緒にいるからな」
「…っ」

その言葉に思わず泣きたくなる。
こんな誰も知り合いがいない世界。何も知らず常識の通じない世界。
そんな中で彼女の優しさが、好意が、何よりも温かくて染み込んでくる。
意外にも溶かされていたのはブランシュではなくてオレの方だったのかもしれない。

「ありがと…」

そう囁いてブランシュとの行為を続けるのだった。

―HAPPY END―
12/12/26 18:42更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
ということで新しく更新されたグラキエスさんを書かせていただきました
徐々に凍った心が溶けていき、精をもらうことに罪悪感を覚えたブランシュ
それでも耐え続け、感情を押し殺す彼
溶けた心で癒されて、そのままラブラブになっちゃってます
私も癒されたい…
グラキエスさんみたいなクールビューティーっていいですよね
さらにそこから乱れる姿がまたいいと思います!

それではまた次回、よろしくお願いします!

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