後日談
「一目見た時からずっと好きでした!おれと付き合ってください!」
「…は?」
いつもの日常。
いつもの教室。
いつもの休み時間。
そんな中で机に座っていた女子の前で一人の男子が皆に聞こえるような大声でそう言った。
茶色の長髪が窓から入ってくる風に揺れ、一筋メッシュのように入った白髪が妖しく揺れる。大きな胸に長い手足、モデルをやっていてもおかしくない美貌を持った彼女。凛々しい雰囲気はただの女子に出せるようなものではない、ゆえに彼女の纏う雰囲気は独特であって魅力となっていた。
意志の強そうな瞳が彼の姿を捉える。
「何?」
「おれと、付き合ってください!」
彼女はまたかと小さく呟いて席から立ち上がった。それと同時にスカートがひらめく。
彼女はそんなの気にすることなく疲れたように言った。
「あのなー…俺には彼氏がいるって言ったろーが」
女子らしからぬ言葉遣い。むしろ男としか言えない荒い口調。
それでもそんなことが気にならないくらいに彼女は綺麗だった。こうして、人がまだ沢山いる教室内で告白を受けるくらいに。
「パスだ」
「そ、そんな…何でっ!?」
「だから男がいるんだって言ってるだろーが」
その言葉を何度彼女は口にしたのだろうか。今週に入ってもう数十回にまで届いてるかもしれない。それほど彼女は告白されて、されるたびに断っている。
以前もこうして目の前で振られた男子がいたがどうして皆振られることが分かっていても告白してくるのだろう。
彼女がそれだけ魅力的ということか。
「わかってます!わかって言っているんです!」
それでもなお食いつく男子。
その心意気は素晴らしいものだが彼氏持ちの女子に告白するというのはいただけない。
「わかってるのに何で告白するのかわかんねーよ」
「それでもいいんです!」
「俺がよくねーよ」
「なら、その彼氏と分かれてください!」
「わけわかんねーよ」
呆れたように溜息をついた彼女。しかし目の前の男子はそれでも食い下がろうとはしない。
それどころか興奮してか怒鳴るように声を荒げた。
「なんでですか!おれの方があんな男より―」
その言葉を言い切る前に一瞬、彼の胸を何かが凪いだ。
遅れてからんと軽く乾いた音が虚しく響く。その音のした方へと目を向けるとそこにあったのは金色の塊。
あまりにも早く、目で追うことのできなかったそれは彼の着ていた学ランの一部、ちょうど心臓部のある第二ボタンだけを器用に飛ばしていた。
あまりにも鋭い一撃。
あまりにも早い剣撃。
普通ならば反応どころか剣筋さえも目で追うことのできないほど。
「…え?」
遅れて男子が反応した。そして、理解する。
先ほど振るわれた木刀が誰によるものなのか、一体何でボタンが飛んだのか。
どうして目の前の美女が睨んでいるのか。
なんで彼女は木刀を喉元につきつけているのか。
「いくら俺でも彼氏を悪く言われて許せるわけねーだろ」
剣呑に細められた目。瞳に宿る静かな怒り。美女には全く似合わないもの。
固まる男子を目の前に彼女は前の席にうつ伏せでじっと傍観していた男子―オレの首に腕を回して抱き起こした。
「うぐっ!」
「誰がなんと言おうとこいつが俺の男だ。今度馬鹿にしたよーなこと言ったらただじゃおかねーからな?」
鋭い視線。
鬼のような気迫。
女になろうとも一流の武人であることに変わりない京極は男子の首に木刀を当ててそう言った。
返事を聞く前に木刀を引き、オレの襟首を掴んで引きずって教室を出る。そのとき後ろから刺さるような視線と見惚れた男子たちの顔が見えた気がした。
「…あーあ、またかよ」
「仕方ねーだろ、こうでもしないとしつこくつきまとってくるんだからよー」
教室から出て、京極に襟首を掴まれたままでオレはため息をついた。
あの日からさらに魅力的になったオレを引きずる女性。
胸は始めの頃以上に大きくなって、肌や髪の艶は増し、ますます綺麗になった。言動は変わらずとも女らしさに磨きがかかって女でも目を奪われ、男だったら誰もが放っておけない美女となった。
だがそれ以上に京極が告白される原因となったのはもう一つ。
―それは彼女が女物の制服を着たこと。
あの時、女になってしまった始めの方ならば絶対に着ることのなかったセーラー服を京極は今目の前で纏っている。
女子が女子用の制服を着ることなんて当たり前のことでありとくに気にするようなことじゃない。だが京極の場合は違った。
もともとが美女。
モデルとしてもやっていけそうな女性。
さらにはただ綺麗だとか美人だというだけではない、武人としての凛とした雰囲気を纏っている。
それが普通の女子よりもずっと目立ち、誰よりも魅力的に映ってしまう。セーラー服なんてきたからなおのことだ。
それがオレの親友であり、彼女。
あの時から女として生きることを決めた京極だ。
「はぁ…教室戻ったらまた大変だぞ?」
「そんときはそんときだろーが」
「…はぁ」
オレは引きずられたままため息をついた。そのまま力を抜いて京極に導かれるままに進んでいく。
「どこ行く気だよ」
「何言ってんだよ、今昼じゃねーか」
「じゃ購買に昼飯でも食いにいくのかよ?悪いけどオレ弁当だからな」
「そんな遠くまでいかねーよ」
「…うん?」
怪訝な顔を浮かべるオレに対して京極はオレを立たして手を掴んだ。柔らかくて温かい、女の手で。
それでもしっかりと握っていて容易には離すことができない。女になっても人外の存在ゆえにか思った以上に力があるらしい。
「すぐそこで済むだろーよ」
「そこって…ちょっと待った」
「へへ♪」
「…まさか」
京極は意味深に笑みを浮かべてオレの手を引いてそこへと入っていく。
異臭が鼻を突き、衛生的とは言えないその空間。今は誰もいないがいつ誰が来てもおかしくないその場所。
京極は小さい個室のある一室のドアを開き、オレを押し込んで自分も入る。がちゃりと彼女の背後で音がしたのは鍵のかかる音だろう。
そこに座らされたオレの上に京極は座るように乗っかってきた。
「ちょっと待った!ここはまずいだろっ!」
「あぁ?別にいーだろ、どこでしようが変わらねーって」
「だからって!」
オレと京極はトイレにいた。それも個室にこもっていた。
あの時、初めて京極が女になって学校に来た時とはわけが違う。訳だけじゃなくて、状況も。
「腹減って仕方ねーんだよ…なぁ♪」
「じゃ購買でなんか買ってこいよ!」
「わかってんだろ?ただの飯じゃ腹膨れねーんだよ」
そう言ってスカートの下から何かがはい出てきた。ムチのように艶やかで細いそれはもう見慣れた、京極が普段隠している人外の部分だ。
「なぁ、いーだろ…♪」
妖艶に微笑む親友を前にオレは諦めたように頷くしかなかった。
「―ぁあっ♪」
押し殺した声を漏らした彼女の頬は今していることにより赤く染まっていた。
そこに浮かべているのは先ほど男子に見せた凄んだ表情ではない。
潤んだ瞳に強請るように舌を出してはわずかな明かりで妖艶に照らされる唇。
凛々しかったさっきとは打って変わって女の顔。
そこへ追い討ちをかけるようにオレは突き上げた。
「んんんんんんんんっ♪」
甲高い声を押し殺し、体が震えて膣内が一気に締まる。その感覚にオレは耐え切れなくなってまた彼女の中へと精液を注ぎ込んだ。
「ん、ぁ♪はぁ…あ♪」
後ろから抱きついているから表情は見えないがきっと恍惚としている彼女。狭い個室内ではちょっと邪魔な翼がだらんとたれ、尻尾がくたりと力なく下がる。
オレも同じように脱力して彼女の体に抱きつくように寄りかかった。
「…もう、無理…」
「ん♪あ、ぁ?何へばってんだよ」
京極が快楽に蕩けた顔をしながら体をねじってこちらを向いた。小さな声で外に漏れないようにギリギリ聞こえる声で話す。
オレは疲れたように溜息を吐いた。
「朝っぱらから何回やってると思ってんだよ」
「朝から?…4回ぐれーか?」
「…6回もだよ」
京極が女になってから、オレと恋人になってから、彼女はほぼ毎日求めては互いを貪ってきた。
朝には挨拶がわりに2回。
昼には昼食を兼ねて5回。
夜には家に泊まることはできないから限界ギリギリまでの8回。
これが週に5回で休日となれば京極の家でずっと繋がってることだってある。
互いが互いに性に興味津々で最も盛んな時期ゆえに歯止めが利かない。
目の前でセーラー服姿で誘惑してくる美女がいるんだ、男だったら止まることなんて出来やしない。
だが正直、華の十代とはいえきつい。というか限界超えてる。
「たったそれくらいでひーひー言うんじゃねーよ、ん♪」
「っ…本当にキツいんだよ」
口では言うもののどうしてだか体の方はそうでもない。求められればその分勃ってしまうし、限界以上に彼女との回数をこなすことができる。もしかすると人間ではなくなった京極に当てられてオレもどこか人間ではなくなったのだろうか。
「ったく…仕方ねーな」
京極は何を思ったのかスカートのポケットに手を伸ばした。そこから探るように手を動かしてあるものを抜き出す。
それは小さな錠剤らしきもの。
頭痛薬とか、風邪薬とかでだされそうなものだった。
「あん」
何を思ったのか京極はそれを自分の口に含んだ。ガリガリと音が聞こえてきそうなほど顎を動かし噛み砕いていく。飲み込むのだろうかと思えば京極はオレの顎を掴んだ。
「んむっ♪」
「んっ!?」
眼前に広がった美女の顔。唇に感じる柔らかな感触。割って入ってくるのは湿った舌で甘い蜜が流れ込んできた。
どうやら先ほどの薬を噛み砕き、自分の唾液と混ぜ込んで人に飲ませるつもりらしい。
だがそれだけで終わるはずもなく、京極の舌がねちっこくオレの舌に絡んでくる。オレからも絡めては舐め上げ、蜜のように甘い味を啜る。唇を離した時には銀色のアーチが掛かり、ぷつんと切れた。
「…今のは」
「爺の持ってる中で一級品の精力剤だとさ。二回、三回で済むとか思うんじゃねーぞ♪」
「…マジでか」
京極のお爺さんの出す薬といえばとんでもないものばかり。その効力は嫌というほど体感している。
この前にも京極の家へ行ったとき、平然と笑って渡された精力剤。小さめの栄養ドリンクかと思ったが飲んですぐに効果は現れその場で半日以上交わっていたほど。何でオレ友達の家の玄関先でやってたんだろ…。
「んぁあ♪」
京極の膣内でオレのものはさらに硬度を増した。どうやら先ほどの薬即効性らしい。
再び彼女の中へと精を放ちたいと男の欲望に火がついた。
でも。
「…なぁ、京極」
「んん♪何だよ」
「…ゴムは?」
もう既に何度も彼女の中に放っている。今更避妊具をしたところで意味なんてものはない。それでも高校男児としての常識と男としてのマナーは捨てられない。
それは京極もわかってるはずだ。
「子供…できるだろ」
オレの言葉に京極はにぃっと歯を見せて笑った。
それと同時に膣壁が抱きしめて甘い感覚に思わず声が漏れそうになる。
「…ぁっ」
「あっ♪…むしろ、作れって爺がうるせーんだよ。道場が埋まるくらい作らねーと承知しないって言うし」
「道場が埋まるくらいってどれくらいだよ」
「ざっと四十人」
「教室埋まるぞ…」
流石にこの歳で子供は無茶だし、そんなに多くの子供できるわけないと思う。
「出来ても爺が世話手伝ってくれるから気兼ねするなってよ。だから…な♪」
「うぁ…っ」
膣内が蠢き締め上げる。オレしか知らない彼女の中はどこをどうすれば、どのようにやればオレを喜ばせるのかをよくわかっていた。
萎えかけていたものが一気に固くなり、下腹部から欲望が激ってくる。人間の限界なんてとうに超えているはずだ。そうだとわかっていてもやめられない。
互いに華の十代であり、性に盛んなお年頃。さらには先ほどの精力剤、それだけではなく恋人という密な関係。
だからこうして求めてやまないのは仕方ないことだろう。
「んん…いっぱい、作ろーな。元気一杯な俺とお前の子供をさ…♪」
「…まったく、仕方ないな」
「へへ♪」
そしてオレと京極は声を殺して行為を再開するのだった。
「あーあ、授業始まったぞ」
「え?誰のせい?」
授業開始のチャイムの音が校舎内に響き渡る。そんな中オレと京極は並んで階段を上っていた。次の授業は確か教室移動するものだったから教科書を一度取りに戻らないといけない。本当なら急がないといけないのだがオレ達は急ごうともせずにゆっくり階段を上がる。
「黒崎がさっさと出すもん出さねーからだろ」
「無茶言うなよ。京極がねだるからだろ」
「それぐらい応えられるようになってくれよ。お前は俺の男だろーが」
「…お前は」
俺の男。
昼休みの時にも告白を断るために言っていた言葉。それは以前オレが言った言葉が真逆のものになっている。
ここまでくるとオレの立つ瀬がないというか、情けないというか、やはり京極、根本は変わらずに京極らしいというか。
オレはただため息を漏らすばかりだった。
「よーし、今日も帰ったらやるぞ」
「え?さっきも散々やったのに?」
「バーカ、あんなんで俺が満足するわけねーだろ」
「そりゃ…そうだろうなとは思ったけど」
「へへへ♪ちょうど爺からもらった薬まだまだあるから覚悟しとけよ」
「…はぃ」
嬉々として笑う京極。疲れたように返事を返すも同じように笑みを浮かべるオレ。
そのまま一歩、階段へ足を踏み出すと京極が一歩先に前に出た。
セーラー服のスカートがひらめき、隠された尻尾が一瞬目に映る。それとともに履きなれてきたらしい女物の下着もちらりと見えた。
「なぁ」
「うん?」
呼びかけられたことでオレは顔をあげた。
途端に唇に触れる柔らかな感触。目の前一杯に広がる美女の顔。茶色の長髪の中で未だに残る白い一筋の髪が妖しく揺れるのが見えた。
「…ちゅ♪」
ただ触れるだけ。たった一瞬の接触。
イタズラが成功した子供のような顔をして京極はオレから離れていった。
今まで彼女とのキスなんて何度もしてきた。あの日、初めて体を重ねた時からもう数え切れないくらいにしてきた。それこそ軽いものから深いものまで何度も互いを貪るように。
だけど、それでも。
あまりにもいきなりのことと、意表を突かれたこと。それから女の子らしいことだったその行為に顔が真っ赤になっていくことがわかった。
「きょ、京極っ!見られたらどうするんだよっ!!」
「へへ♪誰もいねーから平気だろーが♪」
笑って彼女は階段を駆け上がっていく。
オレも追うように走り出した。
「ほら、早く行かねーと授業間に合わねーぞ」
「だから誰のせいだと思ってんだよ!」
あの日から変わっていったオレと京極の関係。
友達よりもずっと深く。
親友よりもずっと近い。
誰も断ち切れない二人だけの絆へと。
男と女の甘く淫らで密な関係へと。
始まりはなんともめちゃくちゃなものだったがあの頃よりもずっといい。
京極を女に変えた女性は変わらず見つからないが、もしも会えたら礼を言いたいくらいだ。
それに、今更会ったところでもう京極は男の体に未練はないと言う。
女の体の方が都合がいい。
その言葉の意味が恥ずかしながらもようやくわかってきた。
「なぁ、黒崎…いや」
京極は足を止め、オレの方を向いて笑みを浮かべてそれを口にした。
「ゆうた、好きだぜ」
オレの名を呼び、好意を唇に載せた彼女。
どちらも初めて耳にするものであり、それを言った彼女も恥ずかしいのか照れくさそうにへへと笑った。
オレも照れたように、釣られて笑みを浮かべる。
そしてオレと京極は廊下を走り出した。
―HAPPY END―
「…は?」
いつもの日常。
いつもの教室。
いつもの休み時間。
そんな中で机に座っていた女子の前で一人の男子が皆に聞こえるような大声でそう言った。
茶色の長髪が窓から入ってくる風に揺れ、一筋メッシュのように入った白髪が妖しく揺れる。大きな胸に長い手足、モデルをやっていてもおかしくない美貌を持った彼女。凛々しい雰囲気はただの女子に出せるようなものではない、ゆえに彼女の纏う雰囲気は独特であって魅力となっていた。
意志の強そうな瞳が彼の姿を捉える。
「何?」
「おれと、付き合ってください!」
彼女はまたかと小さく呟いて席から立ち上がった。それと同時にスカートがひらめく。
彼女はそんなの気にすることなく疲れたように言った。
「あのなー…俺には彼氏がいるって言ったろーが」
女子らしからぬ言葉遣い。むしろ男としか言えない荒い口調。
それでもそんなことが気にならないくらいに彼女は綺麗だった。こうして、人がまだ沢山いる教室内で告白を受けるくらいに。
「パスだ」
「そ、そんな…何でっ!?」
「だから男がいるんだって言ってるだろーが」
その言葉を何度彼女は口にしたのだろうか。今週に入ってもう数十回にまで届いてるかもしれない。それほど彼女は告白されて、されるたびに断っている。
以前もこうして目の前で振られた男子がいたがどうして皆振られることが分かっていても告白してくるのだろう。
彼女がそれだけ魅力的ということか。
「わかってます!わかって言っているんです!」
それでもなお食いつく男子。
その心意気は素晴らしいものだが彼氏持ちの女子に告白するというのはいただけない。
「わかってるのに何で告白するのかわかんねーよ」
「それでもいいんです!」
「俺がよくねーよ」
「なら、その彼氏と分かれてください!」
「わけわかんねーよ」
呆れたように溜息をついた彼女。しかし目の前の男子はそれでも食い下がろうとはしない。
それどころか興奮してか怒鳴るように声を荒げた。
「なんでですか!おれの方があんな男より―」
その言葉を言い切る前に一瞬、彼の胸を何かが凪いだ。
遅れてからんと軽く乾いた音が虚しく響く。その音のした方へと目を向けるとそこにあったのは金色の塊。
あまりにも早く、目で追うことのできなかったそれは彼の着ていた学ランの一部、ちょうど心臓部のある第二ボタンだけを器用に飛ばしていた。
あまりにも鋭い一撃。
あまりにも早い剣撃。
普通ならば反応どころか剣筋さえも目で追うことのできないほど。
「…え?」
遅れて男子が反応した。そして、理解する。
先ほど振るわれた木刀が誰によるものなのか、一体何でボタンが飛んだのか。
どうして目の前の美女が睨んでいるのか。
なんで彼女は木刀を喉元につきつけているのか。
「いくら俺でも彼氏を悪く言われて許せるわけねーだろ」
剣呑に細められた目。瞳に宿る静かな怒り。美女には全く似合わないもの。
固まる男子を目の前に彼女は前の席にうつ伏せでじっと傍観していた男子―オレの首に腕を回して抱き起こした。
「うぐっ!」
「誰がなんと言おうとこいつが俺の男だ。今度馬鹿にしたよーなこと言ったらただじゃおかねーからな?」
鋭い視線。
鬼のような気迫。
女になろうとも一流の武人であることに変わりない京極は男子の首に木刀を当ててそう言った。
返事を聞く前に木刀を引き、オレの襟首を掴んで引きずって教室を出る。そのとき後ろから刺さるような視線と見惚れた男子たちの顔が見えた気がした。
「…あーあ、またかよ」
「仕方ねーだろ、こうでもしないとしつこくつきまとってくるんだからよー」
教室から出て、京極に襟首を掴まれたままでオレはため息をついた。
あの日からさらに魅力的になったオレを引きずる女性。
胸は始めの頃以上に大きくなって、肌や髪の艶は増し、ますます綺麗になった。言動は変わらずとも女らしさに磨きがかかって女でも目を奪われ、男だったら誰もが放っておけない美女となった。
だがそれ以上に京極が告白される原因となったのはもう一つ。
―それは彼女が女物の制服を着たこと。
あの時、女になってしまった始めの方ならば絶対に着ることのなかったセーラー服を京極は今目の前で纏っている。
女子が女子用の制服を着ることなんて当たり前のことでありとくに気にするようなことじゃない。だが京極の場合は違った。
もともとが美女。
モデルとしてもやっていけそうな女性。
さらにはただ綺麗だとか美人だというだけではない、武人としての凛とした雰囲気を纏っている。
それが普通の女子よりもずっと目立ち、誰よりも魅力的に映ってしまう。セーラー服なんてきたからなおのことだ。
それがオレの親友であり、彼女。
あの時から女として生きることを決めた京極だ。
「はぁ…教室戻ったらまた大変だぞ?」
「そんときはそんときだろーが」
「…はぁ」
オレは引きずられたままため息をついた。そのまま力を抜いて京極に導かれるままに進んでいく。
「どこ行く気だよ」
「何言ってんだよ、今昼じゃねーか」
「じゃ購買に昼飯でも食いにいくのかよ?悪いけどオレ弁当だからな」
「そんな遠くまでいかねーよ」
「…うん?」
怪訝な顔を浮かべるオレに対して京極はオレを立たして手を掴んだ。柔らかくて温かい、女の手で。
それでもしっかりと握っていて容易には離すことができない。女になっても人外の存在ゆえにか思った以上に力があるらしい。
「すぐそこで済むだろーよ」
「そこって…ちょっと待った」
「へへ♪」
「…まさか」
京極は意味深に笑みを浮かべてオレの手を引いてそこへと入っていく。
異臭が鼻を突き、衛生的とは言えないその空間。今は誰もいないがいつ誰が来てもおかしくないその場所。
京極は小さい個室のある一室のドアを開き、オレを押し込んで自分も入る。がちゃりと彼女の背後で音がしたのは鍵のかかる音だろう。
そこに座らされたオレの上に京極は座るように乗っかってきた。
「ちょっと待った!ここはまずいだろっ!」
「あぁ?別にいーだろ、どこでしようが変わらねーって」
「だからって!」
オレと京極はトイレにいた。それも個室にこもっていた。
あの時、初めて京極が女になって学校に来た時とはわけが違う。訳だけじゃなくて、状況も。
「腹減って仕方ねーんだよ…なぁ♪」
「じゃ購買でなんか買ってこいよ!」
「わかってんだろ?ただの飯じゃ腹膨れねーんだよ」
そう言ってスカートの下から何かがはい出てきた。ムチのように艶やかで細いそれはもう見慣れた、京極が普段隠している人外の部分だ。
「なぁ、いーだろ…♪」
妖艶に微笑む親友を前にオレは諦めたように頷くしかなかった。
「―ぁあっ♪」
押し殺した声を漏らした彼女の頬は今していることにより赤く染まっていた。
そこに浮かべているのは先ほど男子に見せた凄んだ表情ではない。
潤んだ瞳に強請るように舌を出してはわずかな明かりで妖艶に照らされる唇。
凛々しかったさっきとは打って変わって女の顔。
そこへ追い討ちをかけるようにオレは突き上げた。
「んんんんんんんんっ♪」
甲高い声を押し殺し、体が震えて膣内が一気に締まる。その感覚にオレは耐え切れなくなってまた彼女の中へと精液を注ぎ込んだ。
「ん、ぁ♪はぁ…あ♪」
後ろから抱きついているから表情は見えないがきっと恍惚としている彼女。狭い個室内ではちょっと邪魔な翼がだらんとたれ、尻尾がくたりと力なく下がる。
オレも同じように脱力して彼女の体に抱きつくように寄りかかった。
「…もう、無理…」
「ん♪あ、ぁ?何へばってんだよ」
京極が快楽に蕩けた顔をしながら体をねじってこちらを向いた。小さな声で外に漏れないようにギリギリ聞こえる声で話す。
オレは疲れたように溜息を吐いた。
「朝っぱらから何回やってると思ってんだよ」
「朝から?…4回ぐれーか?」
「…6回もだよ」
京極が女になってから、オレと恋人になってから、彼女はほぼ毎日求めては互いを貪ってきた。
朝には挨拶がわりに2回。
昼には昼食を兼ねて5回。
夜には家に泊まることはできないから限界ギリギリまでの8回。
これが週に5回で休日となれば京極の家でずっと繋がってることだってある。
互いが互いに性に興味津々で最も盛んな時期ゆえに歯止めが利かない。
目の前でセーラー服姿で誘惑してくる美女がいるんだ、男だったら止まることなんて出来やしない。
だが正直、華の十代とはいえきつい。というか限界超えてる。
「たったそれくらいでひーひー言うんじゃねーよ、ん♪」
「っ…本当にキツいんだよ」
口では言うもののどうしてだか体の方はそうでもない。求められればその分勃ってしまうし、限界以上に彼女との回数をこなすことができる。もしかすると人間ではなくなった京極に当てられてオレもどこか人間ではなくなったのだろうか。
「ったく…仕方ねーな」
京極は何を思ったのかスカートのポケットに手を伸ばした。そこから探るように手を動かしてあるものを抜き出す。
それは小さな錠剤らしきもの。
頭痛薬とか、風邪薬とかでだされそうなものだった。
「あん」
何を思ったのか京極はそれを自分の口に含んだ。ガリガリと音が聞こえてきそうなほど顎を動かし噛み砕いていく。飲み込むのだろうかと思えば京極はオレの顎を掴んだ。
「んむっ♪」
「んっ!?」
眼前に広がった美女の顔。唇に感じる柔らかな感触。割って入ってくるのは湿った舌で甘い蜜が流れ込んできた。
どうやら先ほどの薬を噛み砕き、自分の唾液と混ぜ込んで人に飲ませるつもりらしい。
だがそれだけで終わるはずもなく、京極の舌がねちっこくオレの舌に絡んでくる。オレからも絡めては舐め上げ、蜜のように甘い味を啜る。唇を離した時には銀色のアーチが掛かり、ぷつんと切れた。
「…今のは」
「爺の持ってる中で一級品の精力剤だとさ。二回、三回で済むとか思うんじゃねーぞ♪」
「…マジでか」
京極のお爺さんの出す薬といえばとんでもないものばかり。その効力は嫌というほど体感している。
この前にも京極の家へ行ったとき、平然と笑って渡された精力剤。小さめの栄養ドリンクかと思ったが飲んですぐに効果は現れその場で半日以上交わっていたほど。何でオレ友達の家の玄関先でやってたんだろ…。
「んぁあ♪」
京極の膣内でオレのものはさらに硬度を増した。どうやら先ほどの薬即効性らしい。
再び彼女の中へと精を放ちたいと男の欲望に火がついた。
でも。
「…なぁ、京極」
「んん♪何だよ」
「…ゴムは?」
もう既に何度も彼女の中に放っている。今更避妊具をしたところで意味なんてものはない。それでも高校男児としての常識と男としてのマナーは捨てられない。
それは京極もわかってるはずだ。
「子供…できるだろ」
オレの言葉に京極はにぃっと歯を見せて笑った。
それと同時に膣壁が抱きしめて甘い感覚に思わず声が漏れそうになる。
「…ぁっ」
「あっ♪…むしろ、作れって爺がうるせーんだよ。道場が埋まるくらい作らねーと承知しないって言うし」
「道場が埋まるくらいってどれくらいだよ」
「ざっと四十人」
「教室埋まるぞ…」
流石にこの歳で子供は無茶だし、そんなに多くの子供できるわけないと思う。
「出来ても爺が世話手伝ってくれるから気兼ねするなってよ。だから…な♪」
「うぁ…っ」
膣内が蠢き締め上げる。オレしか知らない彼女の中はどこをどうすれば、どのようにやればオレを喜ばせるのかをよくわかっていた。
萎えかけていたものが一気に固くなり、下腹部から欲望が激ってくる。人間の限界なんてとうに超えているはずだ。そうだとわかっていてもやめられない。
互いに華の十代であり、性に盛んなお年頃。さらには先ほどの精力剤、それだけではなく恋人という密な関係。
だからこうして求めてやまないのは仕方ないことだろう。
「んん…いっぱい、作ろーな。元気一杯な俺とお前の子供をさ…♪」
「…まったく、仕方ないな」
「へへ♪」
そしてオレと京極は声を殺して行為を再開するのだった。
「あーあ、授業始まったぞ」
「え?誰のせい?」
授業開始のチャイムの音が校舎内に響き渡る。そんな中オレと京極は並んで階段を上っていた。次の授業は確か教室移動するものだったから教科書を一度取りに戻らないといけない。本当なら急がないといけないのだがオレ達は急ごうともせずにゆっくり階段を上がる。
「黒崎がさっさと出すもん出さねーからだろ」
「無茶言うなよ。京極がねだるからだろ」
「それぐらい応えられるようになってくれよ。お前は俺の男だろーが」
「…お前は」
俺の男。
昼休みの時にも告白を断るために言っていた言葉。それは以前オレが言った言葉が真逆のものになっている。
ここまでくるとオレの立つ瀬がないというか、情けないというか、やはり京極、根本は変わらずに京極らしいというか。
オレはただため息を漏らすばかりだった。
「よーし、今日も帰ったらやるぞ」
「え?さっきも散々やったのに?」
「バーカ、あんなんで俺が満足するわけねーだろ」
「そりゃ…そうだろうなとは思ったけど」
「へへへ♪ちょうど爺からもらった薬まだまだあるから覚悟しとけよ」
「…はぃ」
嬉々として笑う京極。疲れたように返事を返すも同じように笑みを浮かべるオレ。
そのまま一歩、階段へ足を踏み出すと京極が一歩先に前に出た。
セーラー服のスカートがひらめき、隠された尻尾が一瞬目に映る。それとともに履きなれてきたらしい女物の下着もちらりと見えた。
「なぁ」
「うん?」
呼びかけられたことでオレは顔をあげた。
途端に唇に触れる柔らかな感触。目の前一杯に広がる美女の顔。茶色の長髪の中で未だに残る白い一筋の髪が妖しく揺れるのが見えた。
「…ちゅ♪」
ただ触れるだけ。たった一瞬の接触。
イタズラが成功した子供のような顔をして京極はオレから離れていった。
今まで彼女とのキスなんて何度もしてきた。あの日、初めて体を重ねた時からもう数え切れないくらいにしてきた。それこそ軽いものから深いものまで何度も互いを貪るように。
だけど、それでも。
あまりにもいきなりのことと、意表を突かれたこと。それから女の子らしいことだったその行為に顔が真っ赤になっていくことがわかった。
「きょ、京極っ!見られたらどうするんだよっ!!」
「へへ♪誰もいねーから平気だろーが♪」
笑って彼女は階段を駆け上がっていく。
オレも追うように走り出した。
「ほら、早く行かねーと授業間に合わねーぞ」
「だから誰のせいだと思ってんだよ!」
あの日から変わっていったオレと京極の関係。
友達よりもずっと深く。
親友よりもずっと近い。
誰も断ち切れない二人だけの絆へと。
男と女の甘く淫らで密な関係へと。
始まりはなんともめちゃくちゃなものだったがあの頃よりもずっといい。
京極を女に変えた女性は変わらず見つからないが、もしも会えたら礼を言いたいくらいだ。
それに、今更会ったところでもう京極は男の体に未練はないと言う。
女の体の方が都合がいい。
その言葉の意味が恥ずかしながらもようやくわかってきた。
「なぁ、黒崎…いや」
京極は足を止め、オレの方を向いて笑みを浮かべてそれを口にした。
「ゆうた、好きだぜ」
オレの名を呼び、好意を唇に載せた彼女。
どちらも初めて耳にするものであり、それを言った彼女も恥ずかしいのか照れくさそうにへへと笑った。
オレも照れたように、釣られて笑みを浮かべる。
そしてオレと京極は廊下を走り出した。
―HAPPY END―
12/11/04 20:04更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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