飯とアンタとオレと×××
「…」
「…」
「…」
「…」
目の前でオレの家にあったものをむしゃむしゃ食べている人がいた。
自宅で、キッチンで、我が物顔で口を動かす人がいた。
手にしたものは大きな玉の形をしている緑色のそれ。いくつもの葉が折り重なって玉の形になっているそれは、オレが昨夜買ってきた今夜の食事の材料。
キャベツ。
そのキャベツをそのままむしゃむしゃと食べている人がオレの目の前にいる。
茶色の髪の毛が短めに切られており、毛先が揃えられていないがそれでも艶やかで美しい。真っ白な肌、切れてしまいそうに鋭い視線はまるで狩人のそれ。表情は何も浮かべていない。まるで氷の彫像のように冷たく、静かなもの。鳶色の瞳に映っているのはオレではなく手に持っているキャベツ。
見た感じきっとオレよりも年上なその人は…その『女性』はとびきりの美人だった。
冷たい美貌が相まってさらに美しさを引き出している。近寄りがたくも凛としたその雰囲気は男なら誰しも目を奪われてしまうもの。
それ以上に目を奪われるのが彼女の体。
豊かに実った二つの膨らみは彼女が体をわずかに動かしただけでも悩ましく揺れる。それだけではなく、目を奪われる部分はもう一つある。ミニスカといっても過言ではないスカートの役割を担う布から生える二本の足。タイツもレギンスなんてものもない、生足。眩しいほど白い太腿は惜しげもなく晒されており、正直とても…眼福だ。
だが、彼女の姿は何かおかしい。
何かというよりも、全ておかしい。
茶色の髪の毛の生えた頭には金色に輝く大きな何かがついている。それはまるで昆虫のような目に見えた。他にも体を覆う鎧のような、硬い甲殻のようなもの。臀部にまで続いているが、そこから先は何か別のものが生えている。
甲殻に守られるように包まれる黄緑色で柔らかそうなそれは…なんだろう?この部位をもつ生物を見たことがあるが…まさかそれと同じとでもいうのだろうか。
その下にあるのが服のような濃い緑色の布地。少し艶がかっているのはただの布地というよりもなんというか…膜とか言ったほうが正しいのかもしれない。
オシャレも何もあったもんじゃないそれは先ほどミニスカートと例えたがそれ以上に短く、股間部分をギリギリ隠せている程度。
そんな彼女の体の中で最も目を引いたのが―
―両腕に備わったとても物騒な長く鋭い鎌。
それはそこらの包丁だろうがナイフだろうが敵わない切れ味を誇るかのように輝く。
その鎌が、その甲殻が、その姿が。
オレの頭の中で一つ浮かんだものと一致する。
…カマキリ?
うちの庭で時折見かけることもある、両手に鎌を持った昆虫。細長い体の上に逆三角形の顔がついている誰もが目にしたことのある虫。逆に見たことのない人なんていないと言える昆虫。
だからこそよくわからない。そんなもののコスプレをしている彼女が。
…カマキリ、だよな?
コスプレというのはあまり知っているわけではないが、そういった動画ならよく見て…じゃなくて、昆虫のコスプレをするというのは見たことがない。せいぜいあったとして蝶の羽を背中に付けているぐらいだったか。でもそれは蝶が華やかだったからだろう。
華やかさは女性の美しさを際立てるからなぁ…。
まぁ、せいぜいあってもそれくらい。
しかし目の前の女性丸々カマキリの姿を模したもの。頭部についている金色に輝くそれは両側に付いていてまるでカマキリの複眼。先程は気づかなかったがよく見れば頭の先には二本の触覚が生えている。緑色の甲殻は鎧、あの艶のある独特な布は…布っていうよりも膜…だろうか?そして一番目を引いた両腕の曲線を描いている鎌は…そう、カマキリの鎌のそれだ。
カマキリ。
蟷螂。
なぜそんな姿をした女性がオレの家にいて、キャベツを食べているのだろう。
今まで現実からかけ離れた女性なら師匠がオレの傍にいたが…この女性は…規格外だ。
規格外というか…規格外というよりもこれは…予想外というか…なんというか。現実にありえないだろ、これ…といったところである。そんな現実にはありえそうにない姿をした彼女はもっしゃもっしゃと食べていたキャベツを床に転がした。
どうやら口に合わなかったらしい。もしかしたら彼女はキャベツが嫌いなのかな?…いやそうじゃない。
「何やってんだ、テメェ」
さすがのオレもこんな状況だろうが平然としていられるわけではない。敵意をむき出しにして万が一に備え拳を構えて、彼女を睨みつけた。
そんなオレを前に彼女は―
「…」
無表情でオレの姿を眺めていた。それでも瞳にはこれといった興味を示した様子を見せない。
まるで食べること以外には興味ないというように。
生きるためのこと以外には執着しないというように。
「…」
警察、呼んだほうがいいのかなぁ。
どこから入ってきたのかはわからないが不法侵入してきた彼女は今もなお探し物をしてるようにキョロキョロと台所を見渡している。両腕の鎌は下げられ、敵意もなにも感じさせない。先ほどのオレの声にだってビビった様子は見せなかった…というよりも聞いていなかった。
これはこれで厄介だな。
彼女の動きを観察してみる。スラリと伸びた眩しい白さの足、備わった両腕の鎌、それから物音を立てない足運び。ただそれだけで普通の人とは違うことなんて一目瞭然。
手練であることは間違いないだろう。
やだなぁ…なんでそんな女性がうちに入ってきてるんだよ。金目のもの目的な泥棒さんだろうか?そう考えるのが一番らしいがそれにしては彼女は先程から台所を動こうとしない。
キョロキョロと探しているのは通帳や宝石、貴金属の類ではないことが明らかだ。
…ふぅん、もしかして。
先ほどキャベツをひとかじりして興味を失ったように床へ置いた彼女の姿が思い出される。
それは一体何を探していたのか。
何を求めてこんなところにいるのか。
それは…もしかして…。
「…」
「…」
オレは無言で彼女の前にある皿を出した。
真っ白で円形のどこにでもあるようなお皿。
その上には先ほど彼女が手に持っていたキャベツと冷蔵庫から出したほかの野菜、それから肉を使った肉野菜炒めを乗せていた。
できたばかりの湯気をあげ、空腹を刺激する匂いを漂わせているものを彼女の前にそっと置いた。箸もその前に置いておく。
まさかとは思うけど…彼女は空腹なのだろうか?
だからこそあのような奇行にでてたんじゃないのか。人の家に入って金ものものを探していたわけじゃなくて手にしていたのはキャベツ。
彼女はただ単に食べられるものを探していたんじゃないのかと思う。人の家に勝手に入って来るなんて犯罪だけど。
「…」
「…」
カマキリ姿の彼女はオレの出した料理を目の前にして動こうとしない。箸に手を伸ばそうとしなければ皿を手に取ることもない。
…この料理、苦手だったりしたのかな?
……って何考えてるんだオレは。この女は勝手に家に入ってきたっていうのに。窃盗行為はしてなくとも不法侵入は立派な犯罪だっていうのに。
「…」
そのまま数分ほどじっとしていた彼女だがようやく手を伸ばした。鋭く長い鎌の付いている手だが重そうな素振りも見せずに手を出して箸に指が触れ―
「―…あ、おい!」
触れることなく直接皿の上に伸びた。
慌てて手を掴んだことで彼女の手が汚れることは防いだが…もしかしてこの女性、箸に手を伸ばさなかったところを見ると―
「―…はい、あーん」
「…」
箸でつまみ口へと運ぶと彼女は素直に口を開いて料理に口を付けた。
両手は膝の上に乗せられて自ら箸をつかもうなんてしない。
…やっぱりか。
この女性、箸を使うことができないみたいだ。
外見からするにオレよりも下ってことは絶対ない。凛としている雰囲気からちょっと年上に見えるかもしれないがそんな女性が箸を使えないなんて…頭が痛くなる。
人の家に侵入するわ、食べ物物色するわ、挙げ句の果てにはオレに食べさせてもらうって…。
っていうか、オレもなんでこんな女性に食べさせてるんだろう。
運ばれた料理をちゃんと咀嚼し飲み込んでいく彼女。表情は変化がなく美味しいのかまずいのか、好みだったかそうじゃなかったかわからない。
味見はしたけど…これじゃあ作った甲斐がない。
これじゃあただの栄養補給にしかなってない。
「…はぁ」
小さくため息をついて半分ほど料理を彼女に食べさせたその時だった。
「っ!!」
「っ!?」
彼女の頭の触覚がピンと立った。それだけではなくオレの肩に手を置いてそのまま背を伸ばす。
まるでその姿は危険を察知した動物の姿。
そういえば背伸びして遠くまで見渡す動物がいたっけ。
「え?何?」
そのままキョロキョロとこの部屋を見わたしていると外の方からがちゃんと音がした。
刹那、彼女はオレの前から飛び出した。
脱兎のごとく、そんな言葉が似合うほど素早く走り出したかと思えばここリビングの奥、キッチンのさらに奥にある裏口へと到達する。黒く鉄でできたその扉を彼女は音も立てずに開いたかと思えば同じように物音立てることなく締め、オレの目の前から消えていった。
彼女の姿が見えなくなって数秒後―
「―ただいまー」
疲れを感じさせる声を出してリビングのドアが開かれる。
そこにいたのは一人のオレと同じ年の女性。
というか、麗しき暴君様であるオレの双子の姉のあやかだった。
「…」
「…ん?何?」
「いや、おかえり…」
…もしかして、いや、もしかしなくとも彼女は明らかにこの存在から逃げたな。たぶん彼女はあやかのことを危険だと判断したのかもしれない。
あやかのことだ、あんなカマキリみたいな姿をした人を前にしたら女性といえ容赦はしないだろう。人の家に勝手に入っていたならなおのことだ。
いくらあそこまで俊敏に動けても後一歩逃げるのが遅れてたら…考えるだけでもぞっとする。
「はぁ〜疲れた…あれ?何それ」
「え?あ、肉野菜炒め。さっき作って食べてた」
流石に不法侵入者に食べさせてたなんて言えない。
オレは先ほどまで彼女に使っていた箸を使って料理を口に運ぶ。うん、味付けはこれぐらいがちょうどいいな。
「…あたし今日はパスタな気分なんだけど?」
「顔に出てるからわかってる」
「じゃ、作ってよ」
「こっち作ったんだからこれ食えよ」
「パスタ」
「食えって」
「作ってよ」
「いや、食えよ」
「作れ」
「…………はい」
「……」
あの変な彼女がうちを訪れて数日たったある日、夕方ぐらい。
今日も今日とてあやかは遅く、姉は大学、両親に至っては仕事で今日は帰らない。なので今家に居るのはオレ一人でさぁ、夕食はどうしようかと思ってリビングのドアを開けたその時だった。
「…」
「…」
あの彼女がいた。服装を、格好を未だ変えることなくカマキリの姿で彼女がいた。
それもオレがあの日、彼女に食べさせた場所であるリビングのソファーの上で正座で。
「…」
「…」
えっと…これはどういったことかな?
また食べさせろという無言の催促だろうか?
この女…うちはタダ飯食らわせるような場所じゃないんだっていうんだよ…。
彼女はオレに視線を向けて待っているみたいに見える。明らかに意思を込めた視線は穴を開けるつもりかずっとこちらに向いたままだ。無表情なのがさらに視線に込めた意思を強めてくる。
「…」
「…何だよ」
そんなことを言っても彼女の口は開きそうにない。
目の前に食べ物を持っていかない限り開きはしないんだろうな。
たぶん、食わない限りここを動こうともしないんだろうな。
……あやかが帰ってくるのを待てば出てくだろうか?
そんなことを考えて台所へ足を進める。彼女には背を向けて、視線なんて気づかぬふりをし続ける。
さて、今日は何を作ろうか。
あの暴君のことだ、この前がパスタだったのだから今度はこってりしたものがいいか。それなら…。
「…」
……。
唐揚げとかは…却下されるか。なら照り焼きとかにするか。確か冷蔵庫の中にまだ鶏肉が入って…。
「…」
………。
冷蔵庫の中確認するか。なかったら買いに行けばいいし。お、あった。それじゃあまずは鶏肉を食べやすい大きさに切って…。
「…」
「………………………」
「…はい、あーん」
「…んく」
なんだかんだで結局彼女の口へと料理を運ぶ。
あんな目で、さらに無表情でじっと見られているととんでもない迫力がある。無視をすればいいのだがあやかが帰ってくるまでずっとあの姿勢で、あの姿で、あの視線を向けられ続けるのは精神的に疲れる。
仕方ないので早急にお帰りいただくことにした。
まぁ、たかだか一人分の食事が増えるぐらいなら家計的にもあまり響かないからいいか。
そんなことを思いつつ先ほど作り終えた照り焼きをあの時のように彼女へと運ぶ。
彼女はそれをこれといった表情を浮かべることなく咀嚼しては白い喉を上下させ飲み込んでいく。
…こうも表情なしで食べられると本当に困るな。あやかだって食べてる時は特に表情を浮かべてるわけじゃないが感想ぐらい言ってくれるというのに。うまいのか、まずいのか、好みなのかそうじゃないのかさえもわからない。
まったく、作りがいがないというか、なんというか…。
「…はぁ」
小さくため息をついた。
そんなことをしても彼女はやはり表情を変えることないし、これといった反応を示すわけじゃない。
ほんっとに虚しくなるというか…なんだこの単純作業。
唯一の救いといえば彼女が女性であって、美人だということ。外見がカマキリ姿ということを引けばどこへ行こうと男が振り向いて止まないほどの美女。さらに言えば胸は大きいし濃い緑色の布から映える二本の足はスラリとしていて綺麗なもの。惜しげもなく晒された太ももが眩しい。
…触ってみたらどんな反応するのだろう。いや、どうせなんにも反応なんて返してくれないんだろうな。
「…何考えてんだ、オレ」
頭に浮かんだ邪な考えを振り払い彼女の口へと箸を進める事に集中する。相変わらず運べば口を開け、そのまま噛んで、飲み込むという作業を繰り返す彼女。オレもまた同じように食べさせるという作業を繰り返す。
あまりにも単調。
あまりにも単純。
再びため息をついたその時、箸に挟んでいた鶏肉がころんと落ちた。
「…」
「おっと」
間一髪掌で受け止める。
床に落なかったとはいえこんなもんを彼女に食べさせるわけにはいかないな。
そんなことを思って人差し指と親指でつまみ上げ自分の口に運ぼうと思ったその時。
「…んく」
「っ!」
彼女が噛み付いてきた。
いや、正確には摘んだ鶏肉に噛み付いてきた。
それほど力はない、唇だけで吸い付くように。オレの二本の指ごと口に含んでしまう。
湿り気を帯びた口内と柔らかなモノが指に触れる。
「っ!!」
ぞわぞわする。決して嫌悪感ではない、それでも悪寒に似た何かが背筋を駆け上る。
え?何?なんで?この女性なんでオレの指に吸い付いてきてんの?
そこまで食い意地が張ってるのか、このカマキリ女は。
まったく、そんなふうに思いながら彼女の口から指を引き抜く。
「…」
「ん…」
引き抜く。
「…」
「ん、ん…」
引き抜く。
「…っ」
「んん…んっ」
…引き抜けない。
この女性、どうしてここまでオレの指に執拗に吸い付いてくるんだ。
腕を引いても体を前に倒してまでくっついてくる。それどころか先程からずっと指を生暖かく柔らかいものがくすぐる様に撫でてくる。ねっとりとした液体を伴って指についた味までを舐め取るように。
…くすぐったくて変な感じがする。
女性に指を舐められるって…そうある経験じゃないし。ってなんでこんなことされてるんだオレは。もう鶏肉は彼女の口の中だというのに。
無理やり力を込めて指を引き抜く。
しかし彼女は抜けないようにさらに吸い付いてくる。それだけではなく手をオレの体の上に置いて体を寄せてきた。
ふわりと香る、女性特有の甘い匂い。草木のように深くて、花のように優しい香り。
だが迫ってきているのは彼女自身で体重はゆっくりとオレの上からかかってくる。
下はソファで痛みを感じることはないだろうが柔らかいゆえに重くなるほど動きが取れなくなってくる。
「く、ぬ…っ」
「んっん、んん…っ」
「ググググ…っとぁ!」
取れた!やっと取れた!
なんとか彼女の口から指を引き抜くことはできた。見てみれば部屋の明かりで照る粘質な液体が滴った。
…やってくれたなこの女。
ちょっと怒りそうになりながら彼女を見てみれば―
「―…」
「…なんだよその顔」
なんにも浮かべない彼女の表情がわずかに変わっていた。本当にわずかなもの。よく見ていないとわからない。
切れ長な目がジト目に近いものになっていた。
…何だよオレが悪いのかよ。まったく……。
それからだいたい一週間後。
今日は学校のない休日の昼間。
両親は当然のように家にいなくて姉もまたサークル活動で家を出ている。
そして一番重要な我が麗しの暴君様は友達と何処かへ遊びに行っている。
つまり、この家には脅威がいない。
ということで当然ながら―
「―……」
それを察知したのかもう当然と言わんばかりにカマキリ姿の彼女が家にいた。それもソファの上に正座で。
この女…どうすれば飯をもらえるか学習してるな。
まったく。
そんなことを思いながら苦笑しつつオレはオーブンで焼いていたものを取り出した。
甘い香りのするそれはあやかに頼まれていたおやつ。
彼女が来るだろうと思って念のため多めに焼いておいたが正解だったな。
「はいよ」
お皿に積み上げ彼女の前に出す。
香ばしくも甘い香りのする白い塊、クッキー。
これならオレが食べさせる必要はなく自分で食べてくれることだろう…彼女が甘いものが苦手でなければ。
「…」
しかし彼女は手を伸ばそうとはしなかった。
目は明らかにクッキーに向いているというのに取って食べようとはしなかった。
…え?なんで?もしかして…苦手だったか?
そういえばこの女性初めてうちに来たときキャベツ手にしてたっけ。あれは食べずに肉野菜炒めは食べてたし、この前は鶏肉の照り焼きを食べてたし。もしかして…肉類じゃないと食べないとか…言わないよな?
なんてことを考えていたら彼女は口を開けてこちらを見た。
それはもう普段通りに。
それはもういつものように。
オレに食わせてくれと言わんばかりに。
「…あーん」
もうこれする意味ないだろなんて思いつつも彼女の口にクッキーを運ぶ。彼女はそれをいつものように無表情で迎え入れた。
別に箸を使わなくたって食べられるようにこれにしたというのに。これじゃあ意味がない。
「…はぁ」
疲れたようにため息をつくがやはり彼女は無反応。オレの差し出すクッキーを食べようと少し顔を前へと出すだけだ。
そのまま彼女はクッキーに齧り付いて―
「―んむ…」
「…」
また指まで食われた。
歯は立てられていないから痛くはないものの流石に固まる。二度目とは言えどうしてこうも人の指に食い付くんだこの女は。
口の中から指を引き抜こうとすれば彼女はまたオレの指に吸い付いてきた。
「んん、む」
「…オレの指は吸ってもなんにも出ねーよ」
先程までクッキーを作っていたから指先に砂糖でもついていたかな?
彼女はオレの指をまるで飴のように舐めてくる。
ねっとりとした舌使いで、しつこく味わい尽くすように。
「…」
以前みたいに無理やりぬこうとするとなんか知らないが不機嫌なるようなのでされるがままになる。
柔らかな舌の感触と生暖かい口内の熱、漏れ出す吐息。前回も感じたのだがなんていうか…変な気持ちになる。怪しい気持ちというか、邪な感情というか…。
それらを振り払うためにオレは空いている片方の手でクッキーを掴み、自分の口に放り込んだ。
少し熱いが控えめな砂糖の甘さとわずかに足したレモンの皮が風味をいい出している。
うん、これぐらいがちょうどいいな。
中々の出来に頷き、もう一枚とクッキーを手にとって止まる。
「…」
「…何?」
彼女がこちらを見つめていた。表情は浮かべていない。
浮かべていたいはずなのに…どうしてか物欲しそうな顔をしてる気がする。
…今オレが食べたクッキーを見てたのかな。まさかそこまで食い意地が張ってる…のか?
「…」
変わらずにオレの方を見つめる、というか角度的に睨んでいるように見える。
指先がやたら涼しいと思って見れば彼女の口から指が抜けていた。てらてらと妖しく光るほど彼女の唾液がべったりついてる。
「…」
「……だから、何?」
「…」
「……食べたいなら自分で食べてくれよ」
濡れた指を服に擦りつけながらそう言ってはみるものの彼女の反応はなし。ただただオレの手にあるクッキーを眺めるだけ。
欲しがってる…んだよな?
…やだよ?また指まで食われるのは。
小さくため息をついて自分の口にクッキーを運ぶ。
「…」
だがその時には目の前に彼女の顔があった。
「…?」
特に気にすることもない。面倒だが彼女にはちゃんと食べさせてあげるんだから一枚二枚食べたっていいだろう。もともとオレが作ったんだし。そう思って片方の手にもともと持っていたクッキーを齧った。
次の瞬間―
「―んむ」
「んっ!?」
視界一杯が彼女の顔で埋められて―
「―ん、む、んん…」
「んー!んー!!んんー!!!」
指先で感じていたものが別のところから感じられて―
「んんっ…じゅる…」
「んんんんんんんんん!!!!」
「…」
「…くは」
オレはソファの上で仰向けに倒れた。
両腕を投げ出して、目の前に彼女がいることも構うことなく。
べったべたに濡れてしまった唇を拭おうともせず。
「…は、ぁ〜」
なんだよ、この女。人の口の中に入ったクッキーまで取ろうと思わないだろ。
思わず頭を抱えたくなったがそんなことをする気力も沸かない。
彼女をちらりと盗み見てみるとこれまた凍ったような相変わらずの無表情。あそこまでしておいて特に気にしている様子がない。
食べること以外、どうでもいい。
そう言わんばかりの行動と態度と、その表情。
オレはそれに対して怒ればいいのだろうか。それとも嘆けばいいのだろうか。
「ふっ…ざけ、やがって…」
長く唇が塞がれていたことにより息が荒くなって言葉も満足に喋れない。
っていうかこの女性、よくもまぁあんな長く無呼吸で息切れないな。いや、オレがあまりの衝撃に呼吸を忘れてただけなのかもしれないけど。
「…」
そしてこの女性、あろうことかまた口を開けてきやがった。
こ、い、つ…っ!
「…んの、馬鹿」
そんなことをいいつつも結局手は彼女の方へとクッキーを差し出す。なんだかんだでいつもどおり。
結局その日は毎度のこと皿に盛られたクッキーがなくなるまで彼女はオレの上に。
そして、さらに二週間後。
これまた両親不在、姉も同様、わが麗しき暴君様ことあやかも外出で家に居るのはオレのみというこの状況。
「…」
「…」
やはり当然というか、また彼女がいた。
よくもまぁ、あそこまでしてくれてまた平然とうちに来れるよな。なんてことを思ってソファの上に座る彼女を見て気づく。
…?なんか、変だな。
いつも無表情な彼女なのに今日はなんだか…なんだろう。
頬が赤く染まり、どこかそわそわして周りを見回している。それだけではなくちょっと呼吸が荒くなってる気がした。
そういえば彼女、ちょっと体が揺れてふらついてる気もするし…風邪でもひいたのかな?
そんなことを思って彼女の額に手を置いた。
…あんまりわかんないな。
なら額でも合わせて―
「―…」
それは…やめておこうか。以前にあんなことをされたばかりなんだし。
だからといってこのまま彼女を放っておくのもいただけないよな。
…
……。
………仕方ない、か。
彼女の髪の毛をそっとかき揚げて顔を近づける。
頭の両側についた金色の、カマキリの複眼のようなものと触覚がやたら気になるが構わず額を重ねた。
「…」
「んー…」
重ねた額から伝わってくる体温。
…わかりにくいな。オレよりも高いことは間違いないけど風邪っていうほど高いわけでもないし。
そのままの状態で彼女と目があった。鳶色の瞳がオレを真っ直ぐに見つめてくる。
「…」
凍ったような表情だった彼女だからこそわずかな変化が大きく映る。
潤んだ目も、何か物欲しそうな眼差しも。
周りを気にしていた視線がオレに固定された。
次の瞬間彼女の手がオレの方へと伸びてくる。何かをつかもうと、引っ張ろうと手を開いたままで。
「…」
なんだか怪しい感じがしたので伸びてくる手に合わせて後退した。額を離して手に捕まらない距離を開ける。座ってる彼女からして距離的には届かないぎりぎりのところに立ってるから何があっても大丈夫だろう。
だから一瞬、反応が遅れた。
彼女の手には長い鎌がついていたことを忘れていた。
鎌の先端が服の裾に引っかかる。続いて彼女は腕を引いて服ごと引っ張られた。
「お、わ、とっ!!」
彼女に引かれるまま座っているソファの上に転んだ。転ぶ寸前で彼女との位置が入れ替わり天井が目に入る。
どうやら仰向けに転がされたらしい。
すぐさま起き上がろうと手を付き上体を上げようとしたそこへ、彼女が座り込んだ。
よりによってオレの腰の上に。
「…」
「…おい」
まるで押さえつけるようにオレの体の上に座りこんだ彼女。潤んだ目が伏せられてまるで恥じているように見えたがこんな状況で何を恥じるというんだろう。
座られた腰部分に何かを感じた。それがなんなのかはわからないが感覚的には熱を奪われる、なにかじっとりとしたものがズボンに染み込んでくる感覚だった。
っていうか、なんだこの状況。
オレはどうして彼女に乗られているんだろうか。
以前は口づけをされて、今は倒されて、上に乗った女性は頬を赤くし見下ろしてくる。無情な瞳ではなく奥に何かを燃やした瞳で。凍った表情ではなく、ほんのり赤らんだ顔で。
「…おい、どいてくれよ」
「…」
突如彼女が腕を振り上げる。
部屋の明かりで緑色に輝くそれはまるでプラスチックのような飾りに見えたがともに備わった鎌は明らかにそんな安っぽいものじゃない。
鎌の先端がオレの体のラインをなぞる様に首から下へ引かれていく。鎌が通った後は服の布が綺麗に裂けていった。その下にあった肌には傷一つついていない。
「…何、する気なんだよ…」
「…」
彼女は何も答えない。それでも腕は変わらず動き続ける。
そのまま下に、ベルトに鎌の先が触れそのままゆっくりと下がっていく。特に高価とは言えなくも丈夫なベルトが紙のように切られた。
「っ!待てよっ」
そこまで見てようやく体が反応する。彼女の鎌をまるで白刃取りするように両手で挟み止めた。
何してくれてるんだこの女!いきなり人のズボンを切ろうとするなんて何考えてるんだよ!?
なんとか両手で鎌を止めるがこれが結構力がいる。仰向けだから力の入りにくい状態ではあるものの両手は震え徐々にだが鎌が下がっていく。相手は女性のはずなのにどうして片手だけでこんな力が出せるんだろう。
…片手?
……あ。
気づいたときには既に遅い。両手で止めたほうとは逆の手が、鎌がズボンを切り裂いていた。
次いで彼女は自分の服らしき布に手を掛けた。濃い緑色をして艶のある変わった布は座っている姿勢でも少し動いただけで大切な部分が見えてしまいそうなほど短い。彼女はその裾を静かに巻くり上げる。
途端に露になる彼女のそこ。
「―っ!!」
この女、履いてないっ!
どこか抜けてるというか、食べること以外、生きること以外どうでもいいといった感じだったがここまで抜けているものか。っていうか普段からこんなのなの?以前初めて家に不法侵入してきたときも、飯を食らいに来た時もずっとこの状態だったのか?オレの師匠だってそんなことをするのはせいぜい室内だというのに。
露になった彼女の女の部分。そこには毛が全く生えていないちょっぴり幼さを感じさせるものだった。まるで刀で撫でられたかのように付いた一つの筋からは部屋の明かりで淫らに照る液体が滴ってきた。先ほどズボン越しに感じた違和感はこれだったのか、なんて今更ながらに理解する。
いや、今そんなことに気を取られてる場合じゃない。
ここまでくれば流石にわかる。
ここまですれば嫌でもわかる。
この女…まさかっ!
「ストップ!ストップ!!そういうことはいきなりするもんじゃないだろっ!!」
そもそも今までの行動からここに至るまで何があったのかわからない。ただ飯を食らいに来てた彼女がなんでいきなりそんなことをしたがるというんだ。その予兆らしきものはなかったはずだ。前回のキスは…きっかけというほど彼女は反応を示してなかったはずだし。
しかしオレの制止の言葉に彼女は無表情で答える。
その表情に一体何の感情を込めているのか、何を言いたいのかわからない。この状況でわかったとしても拒むだけなんだけど。
「…」
「ぁっ…!」
彼女は変わらない表情でオレのものを掴んできた。
技術も色気もないただ触れているだけだったが今まで女性の肌をそんな部分で感じたことのないオレにはあまりにもすぎた刺激だった。彼女はそのまま握り込み完全に勃起させようと揉み始める。
「おいっ!馬鹿、やめ…っ」
男性として最も弱い部分を握り込まれていては十分な力も出せない。恥ずかしいことに彼女の手の中でオレは勃起していた。それを確認した彼女はオレに跨ったまま両足を開く。あの布らしきものが捲くられていることにより女の部分が丸見えでなんとも淫靡なものだがここまでしても彼女の表情は変わらない。
まるで昆虫のように交尾して子孫を残すことが目的と言わんばかりの作業のような行為。見た目がカマキリなだけだと思っていたが中身までそんなものなのか。
「…」
硬くなったことを確認した彼女はオレのものを掴んで先端を固定する。
自身の中へと迎え入れやすいように。
「っ!!待っ、本当に待った!!ちょっと、止まれよおい!!!」
「…」
オレの制止の言葉を聞こうともせず彼女は特に表情を変えることなくそのまま自身の腰をゆっくりと降ろしてきた。
「っ〜!!」
「…っ…ん、ぁあああっ!!」
一気にすべてが彼女の中へと埋まってしまう。一瞬の抵抗。それからとても熱くて、とても柔らかく、とても濡れた肉の壁の抱擁。熱い蜜を垂らしながらきつく締め付けられる感覚は今までにない快楽として伝わってくる。
この女、本当にやりやがった…っ!!
凛とした美女と体を重ねるというのはなんとも魅力的、是非とも体験してみたいことだとは思うけどこんなのを良しとできるほどオレは単純じゃない。
こんな一方的に、それもただの生殖行動なんて。
感情も恋慕も、想いも気持ちもなにもない行為なんて。
「て、めっ―」
彼女を怒鳴りつけてやろうと声をかけて一瞬、固まった。
オレに貫かれ、飲み込んだ彼女は震えていた。体は仰け反り頭の上の触覚がピンと伸び、目を見開いて体をがくがくと震わせている。
…どうしたんだ?
尋常じゃない姿を見せられれば流石に怒ってなんていられない。それも今まで無表情無反応だった彼女ならなおさらだ。ぎちぎちと食い千切るようにきつく抱きしめられる感触になんとか耐えつつも視線を下げていく。
オレと彼女が繋がっている部分へと。
「……っ!おい、これ…」
そこから流れ出す赤い液体。彼女の滴らせた愛液はオレへと伝いソファへ落ちていくのだがその中に全く色の異なるものが混じっていた。
そういえば先ほど挿入するときになにか抵抗らしきものを感じた。もしかするとあれは彼女の初めての証だったのだろうか。
表情は変わっているのだが痛みに耐えているという感じではない。口からは小さく声が熱い息とともに漏れ出している。痛みじゃないなら驚愕しているのだろうか?
しかしこれでは動くことができない。
彼女に跨られてることもあるがよりによって初めてなんて。苦痛の色は見えずとも無茶したら体を壊しかねない…ってなんでオレはこんな状況で彼女の心配をしてるんだ。
「…っ…ぁ、ふ…んん……っ」
彼女はゆっくりと腰を上げ始めた。どうやらこの行為をやめるらしい。
それはそれで嬉しいが…ここまでしておいて残念な気もする…って何考えてるんだオレは。人間ではない相手に初めてを取られる形になったがまぁ、童貞捨てたってことで良しとするか。
「あ、ぁ…、んひゅ♪……ひ、ぁ…♪」
ちょっとずつ引き抜くだけで色っぽい声が漏れ出した。正直そんなもの聞いているだけでも興奮してしまう。
オレは邪な感情を振り払うために頭を振り、彼女の助けとなるように腰に手を添えた。その間に与えられる肉襞が竿を撫でてカリに引っかかる刺激はなんとも耐え難い。
そしてもう少しで亀頭が抜けるというところまできた。
あと少しで抜けるな。そんな風に心のどこかで安心する。
次の瞬間、肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響いた。その音が耳に届く前に股間から全身に頭が真っ白になるほどの快楽が流れる。
「ん、ぁあああああっ♪」
「う、わ…っ!?」
今度驚愕するのはオレの方だった。
愛液に濡れ、外気に触れて熱の塊が一気に冷えていったのに再び熱い肉癖に包まれる。ただそれだけじゃなくて先っぽが奥で何かに打ち付けられる。きっと彼女の中の子宮口だろうそこにぶつかった途端に膣の締めつけがさらに強くなった。
「え?なん、で……!?」
「んふ、ぁあ♪ふぁあ♪あん、ん…ぁぅ、あ、あ、♪」
驚きを隠せないオレを置いて彼女は再び腰を上げて、下ろす。先ほどよりもずっと早く、それに激しく。
リズミカルに動いては唇から声を漏らす。
そこには交尾に没頭して快楽に溺れるメスの姿があった。
この女性、やめる気が全くないことを今更理解する。なら先ほど腰を上げたのは行為の仕方を知っていたから?いや、人の言葉も知らず今までだって特に興味を持ってオレに接してたわけじゃないんだ、性知識まであるとは考えにくい。
きっと生きるために、生き残るために生物的に備わった本能によるものか。
彼女が欲するのは子種であって。
彼女が求めるのは行為の最後。
きっとオレが精液を出すまで抜いてくれることはないだろう。
「わ、わかった!」
一心不乱に腰を動かす彼女を無理やり止めてオレは言う。
「するから!するからせめて準備だけはさせてっ!」
今更ではあるがしないよりかはマシだろう。何度も保健体育で教え込まれた男性としてのマナーを忘れるわけにはいかない。それになによりオレは高校生。こんな年齢で子供なんて出来たらどうなることか。
必死に訴えるが目の前の彼女は首をかしげるだけ。言葉は理解していても言葉の意味までは分かっていないのだろうか?
「財布の中にゴムが入って―」
そこまで言って気づく。財布はここにはない。オレの部屋だ。
二階の部屋の机の上に財布は置いてある。友人からもらった唯一の避妊具もその中だ。
距離としては長くはないがそれでもこんな状況で二階まで、オレの部屋まで取りに行けるだろうか。
「ちょっと待ってて。部屋に取りに行ってくるから―」
「―んんんっ♪」
「っ!!」
しかし彼女はオレの言葉を遮るように持ち上げられた腰を一気に落としてきた。肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響き、躍動する蜜壷がオレの全てを飲み込む。
「〜っ!!」
「あ、は♪あんっ♪」
オレの言葉を理解しているハズなのに、彼女はただ貪るように体を揺らす。何度も何度も彼女は腰を上げては下ろし、オレを飲み込んでは搾り取るかのように肉壁が蠢く。
ただこの行為に没頭しているのか、初めて感じる快楽に翻弄されてるのか。オレを離す気は全くと言っていいほどないらしい。
「こ、の…っ!待てって言ってる、だろっ…」
その動きを止めるためにオレは彼女に手を出した。開いた手で狙うは顎。
『掌底』で顎を打ち抜き頭を揺らして気を失ってもらおうか。そのあと引き抜いてしまえばいい。
ものを扱かれる感覚に力が抜けてしまうがなんとか彼女の顎へと掌を打ち出す。へろへろで威力なんてものはないが当たればこっちのものだ。
「う、らぁっ!」
「ん、ぁっ!?」
もにっと、掌に何か柔らかなものが当たる。それと同時に彼女の腰の動きも止まる。
…あれ?なんだこれ?顎の感触とは違うな。指吸われた時にはちゃんと歯の感触があったから顎の骨だってあるはずだし。
…いや、これってやっぱり。
掌を打ち出す形から指を広げてそれを鷲掴んでみた。
「あんっ♪」
「…」
揉み続けると先端が硬さを持ってくるそれ。吸い付くように掌に感じては片手で収まり切らないほど大きなもの。
…胸、触っちゃった。
今更胸を触ったぐらいで騒げるほど事態は軽くないけどそれでも一瞬動きを止めてしまった。
「…ぁ、ぁ…♪」
胸を鷲掴みにして硬直しているオレの手を見て彼女は小さく声を漏らす。切なげでちょっぴり残念そうな色の声で彼女は何かを言いたがってる。
言葉を知らないのだろうか。
出会った時から言葉らしい言葉は一言も聞いてない。今更だがやはり彼女はしゃべることなんてできないのか。
そう思っていたら彼女はオレの手の上から自分の胸を揉みしだき始めた。
「っ!」
「んんっ♪あ……あ、…ふ、ぅ♪」
彼女の力で形を変える胸の感触は全てオレに伝わってくる。まるでマシュマロのように柔らかなそれは艶のある布、というよりも膜らしきものに包まれて直に見られないことが残念だった。
彼女の手の動きはさらに激しくなる。
潤んだ瞳でオレを見て、切なく体を震わせて、何かを言いたそうにしている。
…もっとして欲しいのだろうか。
試しに自分で力を込めて彼女の胸を揉んでみる。わざと指先が硬くなった先端に触れるようにすると彼女の背が大きくしなった。それに合わせて彼女の膣も強く締まる。
「んぅ…ふっ、あ、あぁ…♪」
「う、ぉ…っ!」
自分の体の動きに反応してか彼女は止まっていた腰を再び動かしはじめた。オレの手を離すことなく自分の胸に押し付けながらも本来の交尾を再開する。
胸をもんだことによるものか先ほどよりもずっと愛液が滴り落ちて、彼女のさらに奥へとくわえ込まれた。
ずっちゅずっちゅと重い水音が部屋に響く。うちで一番広い部屋であるこのリビングで、普段なら一家団欒する空間で二人交尾をするというのは何とも背徳的だった。
「あぁ、あ〜っ♪は、ん♪あっ、あっぁあ♪」
無表情だったはずなのに頬には赤みが差し、目はとろんと蕩け、口はだらしなく開かれ涎が一筋滴った。
いつも見せていたあのクールで凛とした雰囲気なんてどこへやったのか、あんな顔からは予想もつかないこの表情。
それは間違いなく女の顔。
一匹のメスとしてオスを求めるもの。
甘い声を漏らして、熱い息を吐き出して。
体を寄せては腕を回して抱きしめて。
もっと欲しいと彼女は唇を押し付けてきた。
「んぅっ!」
「んん♪ちゅ♪」
あの時以来の深い口づけ。あの時とは違う男と女の深いキス。
熱い息と粘っこい唾液を交換するように啜り合って、さらに深くまで貪ろうと唇を押し付けてくる。互いの口から唾液が滴ってもお構いなしに口を吸い続ける。
「ん、ん…はぁ……あ、んん♪」
一度大きく息を吸うために唇を離したかと思えば蕩けた声を漏らしながらまた押し付けてくる。ただそれだけじゃなくねっとりと唾液で濡れた舌を口内へと侵入させてきた。肉厚で柔らかいそれはオレの舌を撫でるように舐め上げる。
まるでくすぐる様に。
まるで挑発するように。
ああ、くそ、誘ってんのかよ…っ!
ここまでされてるのに誘ってるも何もないのだけど。
オレからも彼女の舌に絡めるように舐め上げる。するとそれだけでも彼女は嬉しそうに表情を変えた。
蕩けた笑み。
間近で見るその表情は普段の凍った顔を知っているオレにしてみれば破壊力がありすぎる。
「ん…んん♪あ、ん♪」
「んっ!?」
しかしそれだけでは満足しないと言わんばかりに彼女は腰を動かした。ぐりぐりと腰を押し付けて締め上げ、オレを確実に限界へと押し上げてくる。
「ぷはっ!おい、この…っ!ほんとにもう、やめ…抜けって!!」
「んあ、ぁ♪や、あ、ああ♪んっ♪」
矯正に混じって拒否する声が聞こえたのは気のせいか。それを聞くことができるほど今のオレは余裕がない状況だった。
一人では抜こうにも抜けないこの体勢で彼女はオレの上体を強く抱きしめた。目の前に彼女の顔があり、腰の上には彼女が座り、足までもがオレの背に回ってくる。
そして止めと言わんばかりに彼女の膣が一気に締まった。
「…っぁあ!!」
「ん、ぁあ♪ああああああああああっ♪」
逃げ場のないところで精が吐き出される。何度も何度も震えては彼女の膣を真っ白に染めるように打ち出した。彼女もそれを受け取るように肉壁がきつく抱擁をしてくる。絶頂を迎えたのかオレと同じように体を震わせる彼女は蕩け切った顔でオレを見つめている。
恋する相手を見るように。
愛おしい男を見つめるように。
それでいて満足げに。
「はぁ…ぁ、ぁあ…♪ん、はぁぁ……♪」
「…この、馬鹿」
肩を上下させて荒くなった息を整えながらオレは彼女に言う。今更言ってどうにもならないけど。
彼女も同じように荒くなった呼吸を整えながら脱力し、体重をこちらに預けてくる。むにぃっと柔らかい胸が胸板に押し付けられつつも目の前には彼女の顔があった。
うっすらと汗が滲んだ顔には茶色の短い髪の毛が額に張り付いている。頬は朱に染まり目尻には涙まで溜まっていた。
そんな色っぽい顔でオレを見て笑みを浮かべてる。
無表情だったのに何を今更そんな顔してるんだよ…そんな顔をされたら何も言えなくなるだろ……。
「…まったく」
もう何をしても仕方ない。ならば諦めて受け入れるとしようか。そんなふうに思ってオレは彼女の頭をそっと撫でる。
「…ん♪」
今まで凍ったように感情を浮かべなかった顔。
先程まで快楽に蕩けて求めてきた女の顔。
その二つとも違う、嬉しそうに目を細めて幸せそうな表情を浮かべた。
そんな顔も、できたんだな…。
行為の最中に流れた涙をそっと拭ってやり彼女の頬に手を添えた。彼女はすりすりと頬を手に擦りつけてオレの体を抱きしめ直してくる。
「…ん、ちゅ♪」
突然目の前に彼女の顔が近づいたかと思えばまたキスをされた。
以前にやったあんな無機質なものでなく、行為の最中にやった激しいものでもない触れるだけの口づけ。今更なのにその行為には少し照れる自分がいた。
唇を離してオレを見つめる彼女。瞳の奥にはまだまだ消えそうにない欲望と、愛しいものへ向ける慈愛があった。
「もっと…したいのか?」
「…ん♪」
オレの言葉に彼女は小さく頷いた。その返事に小さく笑みを浮かべ額を重ね合わせる。
「まったく…仕方ないな」
「んん♪」
こちらから応えるように唇を重ねてやる。それだけでも彼女は嬉しそうに声を漏らした。
それじゃあもう少し、この感覚に身を委ねよう。こちらも同じように収まりはつかないし、ここまで来てしまったらもう行くとこまで行ってやるしかない。
それに、なんだかんだでオレはこの女性を意識してなかったワケじゃないんだし…。
オレからも腕を回して抱きしめて行為を再開させようとしたその時だった。
「ただいまー」
「っ!!!!」
聞き覚えのある女性の声。聞き間違うことのない、オレの唯一無二の双子の姉、あやかの声。
一瞬にして体が快楽とは違う感覚に震え上がった。
え…もう帰ってきたの?今日は夕方帰ってくるはずじゃなかった!?
正直こんな状況を見られたらただじゃすまない。リビングでカマキリ姿の女性と行為に没頭してる、そんな姿を実の姉に見られたら一体どうなってしまうのか。それも彼女のことをあやかは知らない。知ったところでたぶんただじゃ済ましてくれない。
どうする!?
っていうか、こういう時はいつも彼女は逃げて出してたはず。だが彼女は―
「―ん、ちゅ…♪…んむ…んん♪」
変わらず嬉しそうにオレの唇に吸い付いてくるだけ。やっとこ意味を持った行為に彼女は意識を奪われ没頭しているらしい。
この状態では彼女を引き剥がすことなんて不可能に近い。それにここはリビング。普段なら一家団欒としている空間だ。あやかの入ってきた玄関とはオレの正面にある扉一枚で隔たれているだけ。
さ い あ く だ !
腰に彼女が跨っている状態ではソファから起き上がることは困難。
それに隠しようのない生々しい淫靡な匂いが部屋に充満してる。部屋にある消臭剤でごまかせるようなものじゃないしそもそもここに消臭剤は置いてない。窓を開けて換気するという手もあるが圧倒的に時間が足りない。
せめて…せめてリビングのドアを開かないように締められれば!
「―んっ!」
ソファから這いずるように抜け出そうとするが離れることを厭うように彼女がオレを抱きしめて離さない。そういう行為は嬉しいのだけど時と場合を考えて欲しい。
それになにより今迫ってる危機は以前に彼女も逃げ出したものであることをさっさとわかってほしい。
なんてことを思っていたらドアノブがゆっくりと回りだして―
「―あやか!待っ、んむっ!?」
「―あむ…ちゅ♪ん………れるっんん…♪」
「―ゆうたー、おやつ作ってて、く…れ………た……………」
「…よし、こんなもんか」
オレは出来上がった今夜の飯を皿に盛り付けて頷く。今夜も両親、姉はこの家にいないのだから作る量はこれぐらいで十分だろう。あとはもう一品追加しておくとするか。
近くに置いてあったキャベツを手に取りまな板の上に載せる。邪魔にならないように板の上からは包丁もなにもかもを閉まって。そして彼女を呼んだ。
「アイヴィー」
「…ん」
あの日、オレを無理やり襲ってきたカマキリ姿の彼女は―『アイヴィー』は短く返事をすると両腕の鎌でキャベツを切り始めた。あんなに長い鎌をよくもまぁ器用に、それも室内で上手く扱えるよな。手際がよくてオレが包丁で捌いたり刻んだりするのよりもずっと早い。やはり彼女の体の一部、自由に操ることができて当然か。
「…できた」
「早いなーほんと」
あの日からうちに住むことになった彼女。
女性一人、それも前から関わりを持っていた彼女を外へ方っておくことはできない。それにうちに住まわす理由は何より彼女が離れなくなったこと。あの時、あの行為を経た後無表情で無感情だったことが嘘のように彼女はオレに縋り付き、寄り添い、離れようとはしなくなった。
あやかに行為の最中を見られたことは問題だったがなんとかここにいることを許してもらえて彼女はこうしてここで生活している。
言葉を教えて徐々にしゃべれるようになったし名前も決まった。ちなみに名前は整理していたチラシから彼女が興味深そうに見ていたものから選んで取った。
「…ん」
アイヴィーはそっと頭をオレに向けてきた。触覚が何かを示すように左右に揺れてる。
これは何かをねだるときの仕草だ。きっと頭を撫でてもらいたいんだな。
「ほら」
「んん♪」
彼女の要望通り頭を撫でてやると目を細めて気持ちよさそうに体を震わせた。身長的にも年齢的にもオレより上だが可愛らしいと思ってしまう。表情もかすかなものだけどちょっとずつ豊かになってるし。
そんなことをしていたら後ろからドアの開く音が聞こえた。
刹那、アイヴィーが一瞬にしてオレの後ろへと回り込み両腕でオレを抱きしめる。
まるで何かに怯えるように。
まるでオレを守るように。
そしてドアの向こうから現れるのは―
「…飯は?」
―我が麗しき暴君様、あやかだった。
どうやらアイヴィーの中であやかはかなり苦手か、恐怖の対象らしい。そりゃ以前行為を見られた後にアイヴィーの目の前でオレはボロボロにされたし。それに彼女もまた以前顔を合わせまいと逃げ出したこともあったわけだし。
「今…できた…」
「…ふぅん」
アイヴィーの言葉に素っ気なく答えたあやかはずかずか歩いてくるとテーブルの前にある椅子に座った。こちらを一瞥してテーブルに肘をつく。
…不機嫌だな。
いや、アイヴィーが現れてからずっとあやかはこうだ。原因となっているものは…まぁわかってるけど。
ちらりとアイヴィーを見た。
オレの背後に隠れる彼女には今のあやかにはない女性の魅力が二つ、大きく実っている。あやかにはないからなぁ…。
「…何?言いたいことでもあるの?」
「いいえー」
オレはアイヴィーの手を引いて同じように椅子に座った。彼女は定位置だと主張するようにオレの膝の上に座ろうとするのをやめさせて隣に座らせる。
「それじゃ、いただきます」
「…いただき、ます」
「ん」
三人で手を合わせて食事を始める。オレとあやかは箸を取るのだがアイヴィーは手を膝の上に置いたまま。それを見てオレはいつものように体を彼女の方へと向けた。
あの日以来アイヴィーにはいろいろと教えてるのに一つだけ絶対に覚えようとしないものがある。それがこれ、箸やフォークなどの扱いだ。
箸は少し技量がいるかもしれないけどフォークやそれどころかスプーンさえも自分ひとりでは使わない。ゆえにいつもオレが彼女に食べさせることになっている。
初めて会ったあの時からずっと同じように。
「ほら、あーん」
「…あーん」
箸でつまんでアイヴィーの口へと運ぶ。彼女はそれを変わらず受け入れた。
「どう?」
「ん…おいし」
「そっか」
無表情の中にかすかに現れる感情。
聞いたときにちゃんと返せる言葉。
やはりこうして反応を返してくれるのは嬉しい。
「ユウタ…」
「ん?」
「今日は…休み?」
「ああ、家事があるけど一日空いてるよ」
「…なら」
アイヴィーはそっと体を寄せてきた。森の中で香るような、花のような甘い自然の香りが鼻をくすぐる。彼女は頬を赤く染め恥じらう様子で声を出さずに唇を動かした。
それがどういう意味かわかってる。
求愛行動。
そういう言葉もちゃんと教えてるのだがどうやらまだ恥ずかしがってるらしい。あそこまでしておいて、人を襲うようなことまでしたというのになんだか微笑ましくなってくる。乙女、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「まったく、仕方ないな」
「んん♪」
食事中にするのはいただけなかったが反面なんだかんだでとても嬉しい。
オレは困ったように笑いながらもアイヴィーの頭を撫でた。
―HAPPY END―
「…」
「…」
「……そういう冷たい目で見るのはやめてください」
「じゃ、時と場合くらい選んでくれる?」
「これでもちゃんと教えてるんだよ。実行してはくれないけどさ」
「…うん」
「……まったく。それよりさ、いい加減服装どうにかしたら?その…布?も脱げないわけじゃないんでしょ?それに、毎回ノーブラノーパンで家歩き回るのやめて欲しいんだけど」
「…何で?」
「あんたね、自宅にただでさえおかしな格好した女がいるっていうのに痴女めいた事されたら困るって言うの」
「…でも、ユウタは好きだって、言ってくれた」
「……ゆうた」
「もう着せてるし履かせてます」
「それじゃあもう一つ聞きたいんだけど、あたしの下着知らない?」
「…」
「…」
「……なんで黙るの?」
「いや…その…」
「…小さい」
「アイヴィー!」
「その言葉、どう言う意味?」
「いや…それが…」
「ちょっと確認させてもらうから」
「…」
「…」
「…………なんであたしの下着つけてんの?」
「…下着、つけろってアヤカが言ったから」
「…」
「…」
「…胸が、きつくて苦しい…」
「…………ゆうた、フライパン持ってきて」
「待った!本当に待った!違うんだよ、ちょっとした出来心っていうか、こういうこと知らないんだよアイヴィーは!」
「…アヤカの胸…小さい」
「ゆうた、のこぎり」
「やめろって!!」
「…」
「…」
「…」
目の前でオレの家にあったものをむしゃむしゃ食べている人がいた。
自宅で、キッチンで、我が物顔で口を動かす人がいた。
手にしたものは大きな玉の形をしている緑色のそれ。いくつもの葉が折り重なって玉の形になっているそれは、オレが昨夜買ってきた今夜の食事の材料。
キャベツ。
そのキャベツをそのままむしゃむしゃと食べている人がオレの目の前にいる。
茶色の髪の毛が短めに切られており、毛先が揃えられていないがそれでも艶やかで美しい。真っ白な肌、切れてしまいそうに鋭い視線はまるで狩人のそれ。表情は何も浮かべていない。まるで氷の彫像のように冷たく、静かなもの。鳶色の瞳に映っているのはオレではなく手に持っているキャベツ。
見た感じきっとオレよりも年上なその人は…その『女性』はとびきりの美人だった。
冷たい美貌が相まってさらに美しさを引き出している。近寄りがたくも凛としたその雰囲気は男なら誰しも目を奪われてしまうもの。
それ以上に目を奪われるのが彼女の体。
豊かに実った二つの膨らみは彼女が体をわずかに動かしただけでも悩ましく揺れる。それだけではなく、目を奪われる部分はもう一つある。ミニスカといっても過言ではないスカートの役割を担う布から生える二本の足。タイツもレギンスなんてものもない、生足。眩しいほど白い太腿は惜しげもなく晒されており、正直とても…眼福だ。
だが、彼女の姿は何かおかしい。
何かというよりも、全ておかしい。
茶色の髪の毛の生えた頭には金色に輝く大きな何かがついている。それはまるで昆虫のような目に見えた。他にも体を覆う鎧のような、硬い甲殻のようなもの。臀部にまで続いているが、そこから先は何か別のものが生えている。
甲殻に守られるように包まれる黄緑色で柔らかそうなそれは…なんだろう?この部位をもつ生物を見たことがあるが…まさかそれと同じとでもいうのだろうか。
その下にあるのが服のような濃い緑色の布地。少し艶がかっているのはただの布地というよりもなんというか…膜とか言ったほうが正しいのかもしれない。
オシャレも何もあったもんじゃないそれは先ほどミニスカートと例えたがそれ以上に短く、股間部分をギリギリ隠せている程度。
そんな彼女の体の中で最も目を引いたのが―
―両腕に備わったとても物騒な長く鋭い鎌。
それはそこらの包丁だろうがナイフだろうが敵わない切れ味を誇るかのように輝く。
その鎌が、その甲殻が、その姿が。
オレの頭の中で一つ浮かんだものと一致する。
…カマキリ?
うちの庭で時折見かけることもある、両手に鎌を持った昆虫。細長い体の上に逆三角形の顔がついている誰もが目にしたことのある虫。逆に見たことのない人なんていないと言える昆虫。
だからこそよくわからない。そんなもののコスプレをしている彼女が。
…カマキリ、だよな?
コスプレというのはあまり知っているわけではないが、そういった動画ならよく見て…じゃなくて、昆虫のコスプレをするというのは見たことがない。せいぜいあったとして蝶の羽を背中に付けているぐらいだったか。でもそれは蝶が華やかだったからだろう。
華やかさは女性の美しさを際立てるからなぁ…。
まぁ、せいぜいあってもそれくらい。
しかし目の前の女性丸々カマキリの姿を模したもの。頭部についている金色に輝くそれは両側に付いていてまるでカマキリの複眼。先程は気づかなかったがよく見れば頭の先には二本の触覚が生えている。緑色の甲殻は鎧、あの艶のある独特な布は…布っていうよりも膜…だろうか?そして一番目を引いた両腕の曲線を描いている鎌は…そう、カマキリの鎌のそれだ。
カマキリ。
蟷螂。
なぜそんな姿をした女性がオレの家にいて、キャベツを食べているのだろう。
今まで現実からかけ離れた女性なら師匠がオレの傍にいたが…この女性は…規格外だ。
規格外というか…規格外というよりもこれは…予想外というか…なんというか。現実にありえないだろ、これ…といったところである。そんな現実にはありえそうにない姿をした彼女はもっしゃもっしゃと食べていたキャベツを床に転がした。
どうやら口に合わなかったらしい。もしかしたら彼女はキャベツが嫌いなのかな?…いやそうじゃない。
「何やってんだ、テメェ」
さすがのオレもこんな状況だろうが平然としていられるわけではない。敵意をむき出しにして万が一に備え拳を構えて、彼女を睨みつけた。
そんなオレを前に彼女は―
「…」
無表情でオレの姿を眺めていた。それでも瞳にはこれといった興味を示した様子を見せない。
まるで食べること以外には興味ないというように。
生きるためのこと以外には執着しないというように。
「…」
警察、呼んだほうがいいのかなぁ。
どこから入ってきたのかはわからないが不法侵入してきた彼女は今もなお探し物をしてるようにキョロキョロと台所を見渡している。両腕の鎌は下げられ、敵意もなにも感じさせない。先ほどのオレの声にだってビビった様子は見せなかった…というよりも聞いていなかった。
これはこれで厄介だな。
彼女の動きを観察してみる。スラリと伸びた眩しい白さの足、備わった両腕の鎌、それから物音を立てない足運び。ただそれだけで普通の人とは違うことなんて一目瞭然。
手練であることは間違いないだろう。
やだなぁ…なんでそんな女性がうちに入ってきてるんだよ。金目のもの目的な泥棒さんだろうか?そう考えるのが一番らしいがそれにしては彼女は先程から台所を動こうとしない。
キョロキョロと探しているのは通帳や宝石、貴金属の類ではないことが明らかだ。
…ふぅん、もしかして。
先ほどキャベツをひとかじりして興味を失ったように床へ置いた彼女の姿が思い出される。
それは一体何を探していたのか。
何を求めてこんなところにいるのか。
それは…もしかして…。
「…」
「…」
オレは無言で彼女の前にある皿を出した。
真っ白で円形のどこにでもあるようなお皿。
その上には先ほど彼女が手に持っていたキャベツと冷蔵庫から出したほかの野菜、それから肉を使った肉野菜炒めを乗せていた。
できたばかりの湯気をあげ、空腹を刺激する匂いを漂わせているものを彼女の前にそっと置いた。箸もその前に置いておく。
まさかとは思うけど…彼女は空腹なのだろうか?
だからこそあのような奇行にでてたんじゃないのか。人の家に入って金ものものを探していたわけじゃなくて手にしていたのはキャベツ。
彼女はただ単に食べられるものを探していたんじゃないのかと思う。人の家に勝手に入って来るなんて犯罪だけど。
「…」
「…」
カマキリ姿の彼女はオレの出した料理を目の前にして動こうとしない。箸に手を伸ばそうとしなければ皿を手に取ることもない。
…この料理、苦手だったりしたのかな?
……って何考えてるんだオレは。この女は勝手に家に入ってきたっていうのに。窃盗行為はしてなくとも不法侵入は立派な犯罪だっていうのに。
「…」
そのまま数分ほどじっとしていた彼女だがようやく手を伸ばした。鋭く長い鎌の付いている手だが重そうな素振りも見せずに手を出して箸に指が触れ―
「―…あ、おい!」
触れることなく直接皿の上に伸びた。
慌てて手を掴んだことで彼女の手が汚れることは防いだが…もしかしてこの女性、箸に手を伸ばさなかったところを見ると―
「―…はい、あーん」
「…」
箸でつまみ口へと運ぶと彼女は素直に口を開いて料理に口を付けた。
両手は膝の上に乗せられて自ら箸をつかもうなんてしない。
…やっぱりか。
この女性、箸を使うことができないみたいだ。
外見からするにオレよりも下ってことは絶対ない。凛としている雰囲気からちょっと年上に見えるかもしれないがそんな女性が箸を使えないなんて…頭が痛くなる。
人の家に侵入するわ、食べ物物色するわ、挙げ句の果てにはオレに食べさせてもらうって…。
っていうか、オレもなんでこんな女性に食べさせてるんだろう。
運ばれた料理をちゃんと咀嚼し飲み込んでいく彼女。表情は変化がなく美味しいのかまずいのか、好みだったかそうじゃなかったかわからない。
味見はしたけど…これじゃあ作った甲斐がない。
これじゃあただの栄養補給にしかなってない。
「…はぁ」
小さくため息をついて半分ほど料理を彼女に食べさせたその時だった。
「っ!!」
「っ!?」
彼女の頭の触覚がピンと立った。それだけではなくオレの肩に手を置いてそのまま背を伸ばす。
まるでその姿は危険を察知した動物の姿。
そういえば背伸びして遠くまで見渡す動物がいたっけ。
「え?何?」
そのままキョロキョロとこの部屋を見わたしていると外の方からがちゃんと音がした。
刹那、彼女はオレの前から飛び出した。
脱兎のごとく、そんな言葉が似合うほど素早く走り出したかと思えばここリビングの奥、キッチンのさらに奥にある裏口へと到達する。黒く鉄でできたその扉を彼女は音も立てずに開いたかと思えば同じように物音立てることなく締め、オレの目の前から消えていった。
彼女の姿が見えなくなって数秒後―
「―ただいまー」
疲れを感じさせる声を出してリビングのドアが開かれる。
そこにいたのは一人のオレと同じ年の女性。
というか、麗しき暴君様であるオレの双子の姉のあやかだった。
「…」
「…ん?何?」
「いや、おかえり…」
…もしかして、いや、もしかしなくとも彼女は明らかにこの存在から逃げたな。たぶん彼女はあやかのことを危険だと判断したのかもしれない。
あやかのことだ、あんなカマキリみたいな姿をした人を前にしたら女性といえ容赦はしないだろう。人の家に勝手に入っていたならなおのことだ。
いくらあそこまで俊敏に動けても後一歩逃げるのが遅れてたら…考えるだけでもぞっとする。
「はぁ〜疲れた…あれ?何それ」
「え?あ、肉野菜炒め。さっき作って食べてた」
流石に不法侵入者に食べさせてたなんて言えない。
オレは先ほどまで彼女に使っていた箸を使って料理を口に運ぶ。うん、味付けはこれぐらいがちょうどいいな。
「…あたし今日はパスタな気分なんだけど?」
「顔に出てるからわかってる」
「じゃ、作ってよ」
「こっち作ったんだからこれ食えよ」
「パスタ」
「食えって」
「作ってよ」
「いや、食えよ」
「作れ」
「…………はい」
「……」
あの変な彼女がうちを訪れて数日たったある日、夕方ぐらい。
今日も今日とてあやかは遅く、姉は大学、両親に至っては仕事で今日は帰らない。なので今家に居るのはオレ一人でさぁ、夕食はどうしようかと思ってリビングのドアを開けたその時だった。
「…」
「…」
あの彼女がいた。服装を、格好を未だ変えることなくカマキリの姿で彼女がいた。
それもオレがあの日、彼女に食べさせた場所であるリビングのソファーの上で正座で。
「…」
「…」
えっと…これはどういったことかな?
また食べさせろという無言の催促だろうか?
この女…うちはタダ飯食らわせるような場所じゃないんだっていうんだよ…。
彼女はオレに視線を向けて待っているみたいに見える。明らかに意思を込めた視線は穴を開けるつもりかずっとこちらに向いたままだ。無表情なのがさらに視線に込めた意思を強めてくる。
「…」
「…何だよ」
そんなことを言っても彼女の口は開きそうにない。
目の前に食べ物を持っていかない限り開きはしないんだろうな。
たぶん、食わない限りここを動こうともしないんだろうな。
……あやかが帰ってくるのを待てば出てくだろうか?
そんなことを考えて台所へ足を進める。彼女には背を向けて、視線なんて気づかぬふりをし続ける。
さて、今日は何を作ろうか。
あの暴君のことだ、この前がパスタだったのだから今度はこってりしたものがいいか。それなら…。
「…」
……。
唐揚げとかは…却下されるか。なら照り焼きとかにするか。確か冷蔵庫の中にまだ鶏肉が入って…。
「…」
………。
冷蔵庫の中確認するか。なかったら買いに行けばいいし。お、あった。それじゃあまずは鶏肉を食べやすい大きさに切って…。
「…」
「………………………」
「…はい、あーん」
「…んく」
なんだかんだで結局彼女の口へと料理を運ぶ。
あんな目で、さらに無表情でじっと見られているととんでもない迫力がある。無視をすればいいのだがあやかが帰ってくるまでずっとあの姿勢で、あの姿で、あの視線を向けられ続けるのは精神的に疲れる。
仕方ないので早急にお帰りいただくことにした。
まぁ、たかだか一人分の食事が増えるぐらいなら家計的にもあまり響かないからいいか。
そんなことを思いつつ先ほど作り終えた照り焼きをあの時のように彼女へと運ぶ。
彼女はそれをこれといった表情を浮かべることなく咀嚼しては白い喉を上下させ飲み込んでいく。
…こうも表情なしで食べられると本当に困るな。あやかだって食べてる時は特に表情を浮かべてるわけじゃないが感想ぐらい言ってくれるというのに。うまいのか、まずいのか、好みなのかそうじゃないのかさえもわからない。
まったく、作りがいがないというか、なんというか…。
「…はぁ」
小さくため息をついた。
そんなことをしても彼女はやはり表情を変えることないし、これといった反応を示すわけじゃない。
ほんっとに虚しくなるというか…なんだこの単純作業。
唯一の救いといえば彼女が女性であって、美人だということ。外見がカマキリ姿ということを引けばどこへ行こうと男が振り向いて止まないほどの美女。さらに言えば胸は大きいし濃い緑色の布から映える二本の足はスラリとしていて綺麗なもの。惜しげもなく晒された太ももが眩しい。
…触ってみたらどんな反応するのだろう。いや、どうせなんにも反応なんて返してくれないんだろうな。
「…何考えてんだ、オレ」
頭に浮かんだ邪な考えを振り払い彼女の口へと箸を進める事に集中する。相変わらず運べば口を開け、そのまま噛んで、飲み込むという作業を繰り返す彼女。オレもまた同じように食べさせるという作業を繰り返す。
あまりにも単調。
あまりにも単純。
再びため息をついたその時、箸に挟んでいた鶏肉がころんと落ちた。
「…」
「おっと」
間一髪掌で受け止める。
床に落なかったとはいえこんなもんを彼女に食べさせるわけにはいかないな。
そんなことを思って人差し指と親指でつまみ上げ自分の口に運ぼうと思ったその時。
「…んく」
「っ!」
彼女が噛み付いてきた。
いや、正確には摘んだ鶏肉に噛み付いてきた。
それほど力はない、唇だけで吸い付くように。オレの二本の指ごと口に含んでしまう。
湿り気を帯びた口内と柔らかなモノが指に触れる。
「っ!!」
ぞわぞわする。決して嫌悪感ではない、それでも悪寒に似た何かが背筋を駆け上る。
え?何?なんで?この女性なんでオレの指に吸い付いてきてんの?
そこまで食い意地が張ってるのか、このカマキリ女は。
まったく、そんなふうに思いながら彼女の口から指を引き抜く。
「…」
「ん…」
引き抜く。
「…」
「ん、ん…」
引き抜く。
「…っ」
「んん…んっ」
…引き抜けない。
この女性、どうしてここまでオレの指に執拗に吸い付いてくるんだ。
腕を引いても体を前に倒してまでくっついてくる。それどころか先程からずっと指を生暖かく柔らかいものがくすぐる様に撫でてくる。ねっとりとした液体を伴って指についた味までを舐め取るように。
…くすぐったくて変な感じがする。
女性に指を舐められるって…そうある経験じゃないし。ってなんでこんなことされてるんだオレは。もう鶏肉は彼女の口の中だというのに。
無理やり力を込めて指を引き抜く。
しかし彼女は抜けないようにさらに吸い付いてくる。それだけではなく手をオレの体の上に置いて体を寄せてきた。
ふわりと香る、女性特有の甘い匂い。草木のように深くて、花のように優しい香り。
だが迫ってきているのは彼女自身で体重はゆっくりとオレの上からかかってくる。
下はソファで痛みを感じることはないだろうが柔らかいゆえに重くなるほど動きが取れなくなってくる。
「く、ぬ…っ」
「んっん、んん…っ」
「ググググ…っとぁ!」
取れた!やっと取れた!
なんとか彼女の口から指を引き抜くことはできた。見てみれば部屋の明かりで照る粘質な液体が滴った。
…やってくれたなこの女。
ちょっと怒りそうになりながら彼女を見てみれば―
「―…」
「…なんだよその顔」
なんにも浮かべない彼女の表情がわずかに変わっていた。本当にわずかなもの。よく見ていないとわからない。
切れ長な目がジト目に近いものになっていた。
…何だよオレが悪いのかよ。まったく……。
それからだいたい一週間後。
今日は学校のない休日の昼間。
両親は当然のように家にいなくて姉もまたサークル活動で家を出ている。
そして一番重要な我が麗しの暴君様は友達と何処かへ遊びに行っている。
つまり、この家には脅威がいない。
ということで当然ながら―
「―……」
それを察知したのかもう当然と言わんばかりにカマキリ姿の彼女が家にいた。それもソファの上に正座で。
この女…どうすれば飯をもらえるか学習してるな。
まったく。
そんなことを思いながら苦笑しつつオレはオーブンで焼いていたものを取り出した。
甘い香りのするそれはあやかに頼まれていたおやつ。
彼女が来るだろうと思って念のため多めに焼いておいたが正解だったな。
「はいよ」
お皿に積み上げ彼女の前に出す。
香ばしくも甘い香りのする白い塊、クッキー。
これならオレが食べさせる必要はなく自分で食べてくれることだろう…彼女が甘いものが苦手でなければ。
「…」
しかし彼女は手を伸ばそうとはしなかった。
目は明らかにクッキーに向いているというのに取って食べようとはしなかった。
…え?なんで?もしかして…苦手だったか?
そういえばこの女性初めてうちに来たときキャベツ手にしてたっけ。あれは食べずに肉野菜炒めは食べてたし、この前は鶏肉の照り焼きを食べてたし。もしかして…肉類じゃないと食べないとか…言わないよな?
なんてことを考えていたら彼女は口を開けてこちらを見た。
それはもう普段通りに。
それはもういつものように。
オレに食わせてくれと言わんばかりに。
「…あーん」
もうこれする意味ないだろなんて思いつつも彼女の口にクッキーを運ぶ。彼女はそれをいつものように無表情で迎え入れた。
別に箸を使わなくたって食べられるようにこれにしたというのに。これじゃあ意味がない。
「…はぁ」
疲れたようにため息をつくがやはり彼女は無反応。オレの差し出すクッキーを食べようと少し顔を前へと出すだけだ。
そのまま彼女はクッキーに齧り付いて―
「―んむ…」
「…」
また指まで食われた。
歯は立てられていないから痛くはないものの流石に固まる。二度目とは言えどうしてこうも人の指に食い付くんだこの女は。
口の中から指を引き抜こうとすれば彼女はまたオレの指に吸い付いてきた。
「んん、む」
「…オレの指は吸ってもなんにも出ねーよ」
先程までクッキーを作っていたから指先に砂糖でもついていたかな?
彼女はオレの指をまるで飴のように舐めてくる。
ねっとりとした舌使いで、しつこく味わい尽くすように。
「…」
以前みたいに無理やりぬこうとするとなんか知らないが不機嫌なるようなのでされるがままになる。
柔らかな舌の感触と生暖かい口内の熱、漏れ出す吐息。前回も感じたのだがなんていうか…変な気持ちになる。怪しい気持ちというか、邪な感情というか…。
それらを振り払うためにオレは空いている片方の手でクッキーを掴み、自分の口に放り込んだ。
少し熱いが控えめな砂糖の甘さとわずかに足したレモンの皮が風味をいい出している。
うん、これぐらいがちょうどいいな。
中々の出来に頷き、もう一枚とクッキーを手にとって止まる。
「…」
「…何?」
彼女がこちらを見つめていた。表情は浮かべていない。
浮かべていたいはずなのに…どうしてか物欲しそうな顔をしてる気がする。
…今オレが食べたクッキーを見てたのかな。まさかそこまで食い意地が張ってる…のか?
「…」
変わらずにオレの方を見つめる、というか角度的に睨んでいるように見える。
指先がやたら涼しいと思って見れば彼女の口から指が抜けていた。てらてらと妖しく光るほど彼女の唾液がべったりついてる。
「…」
「……だから、何?」
「…」
「……食べたいなら自分で食べてくれよ」
濡れた指を服に擦りつけながらそう言ってはみるものの彼女の反応はなし。ただただオレの手にあるクッキーを眺めるだけ。
欲しがってる…んだよな?
…やだよ?また指まで食われるのは。
小さくため息をついて自分の口にクッキーを運ぶ。
「…」
だがその時には目の前に彼女の顔があった。
「…?」
特に気にすることもない。面倒だが彼女にはちゃんと食べさせてあげるんだから一枚二枚食べたっていいだろう。もともとオレが作ったんだし。そう思って片方の手にもともと持っていたクッキーを齧った。
次の瞬間―
「―んむ」
「んっ!?」
視界一杯が彼女の顔で埋められて―
「―ん、む、んん…」
「んー!んー!!んんー!!!」
指先で感じていたものが別のところから感じられて―
「んんっ…じゅる…」
「んんんんんんんんん!!!!」
「…」
「…くは」
オレはソファの上で仰向けに倒れた。
両腕を投げ出して、目の前に彼女がいることも構うことなく。
べったべたに濡れてしまった唇を拭おうともせず。
「…は、ぁ〜」
なんだよ、この女。人の口の中に入ったクッキーまで取ろうと思わないだろ。
思わず頭を抱えたくなったがそんなことをする気力も沸かない。
彼女をちらりと盗み見てみるとこれまた凍ったような相変わらずの無表情。あそこまでしておいて特に気にしている様子がない。
食べること以外、どうでもいい。
そう言わんばかりの行動と態度と、その表情。
オレはそれに対して怒ればいいのだろうか。それとも嘆けばいいのだろうか。
「ふっ…ざけ、やがって…」
長く唇が塞がれていたことにより息が荒くなって言葉も満足に喋れない。
っていうかこの女性、よくもまぁあんな長く無呼吸で息切れないな。いや、オレがあまりの衝撃に呼吸を忘れてただけなのかもしれないけど。
「…」
そしてこの女性、あろうことかまた口を開けてきやがった。
こ、い、つ…っ!
「…んの、馬鹿」
そんなことをいいつつも結局手は彼女の方へとクッキーを差し出す。なんだかんだでいつもどおり。
結局その日は毎度のこと皿に盛られたクッキーがなくなるまで彼女はオレの上に。
そして、さらに二週間後。
これまた両親不在、姉も同様、わが麗しき暴君様ことあやかも外出で家に居るのはオレのみというこの状況。
「…」
「…」
やはり当然というか、また彼女がいた。
よくもまぁ、あそこまでしてくれてまた平然とうちに来れるよな。なんてことを思ってソファの上に座る彼女を見て気づく。
…?なんか、変だな。
いつも無表情な彼女なのに今日はなんだか…なんだろう。
頬が赤く染まり、どこかそわそわして周りを見回している。それだけではなくちょっと呼吸が荒くなってる気がした。
そういえば彼女、ちょっと体が揺れてふらついてる気もするし…風邪でもひいたのかな?
そんなことを思って彼女の額に手を置いた。
…あんまりわかんないな。
なら額でも合わせて―
「―…」
それは…やめておこうか。以前にあんなことをされたばかりなんだし。
だからといってこのまま彼女を放っておくのもいただけないよな。
…
……。
………仕方ない、か。
彼女の髪の毛をそっとかき揚げて顔を近づける。
頭の両側についた金色の、カマキリの複眼のようなものと触覚がやたら気になるが構わず額を重ねた。
「…」
「んー…」
重ねた額から伝わってくる体温。
…わかりにくいな。オレよりも高いことは間違いないけど風邪っていうほど高いわけでもないし。
そのままの状態で彼女と目があった。鳶色の瞳がオレを真っ直ぐに見つめてくる。
「…」
凍ったような表情だった彼女だからこそわずかな変化が大きく映る。
潤んだ目も、何か物欲しそうな眼差しも。
周りを気にしていた視線がオレに固定された。
次の瞬間彼女の手がオレの方へと伸びてくる。何かをつかもうと、引っ張ろうと手を開いたままで。
「…」
なんだか怪しい感じがしたので伸びてくる手に合わせて後退した。額を離して手に捕まらない距離を開ける。座ってる彼女からして距離的には届かないぎりぎりのところに立ってるから何があっても大丈夫だろう。
だから一瞬、反応が遅れた。
彼女の手には長い鎌がついていたことを忘れていた。
鎌の先端が服の裾に引っかかる。続いて彼女は腕を引いて服ごと引っ張られた。
「お、わ、とっ!!」
彼女に引かれるまま座っているソファの上に転んだ。転ぶ寸前で彼女との位置が入れ替わり天井が目に入る。
どうやら仰向けに転がされたらしい。
すぐさま起き上がろうと手を付き上体を上げようとしたそこへ、彼女が座り込んだ。
よりによってオレの腰の上に。
「…」
「…おい」
まるで押さえつけるようにオレの体の上に座りこんだ彼女。潤んだ目が伏せられてまるで恥じているように見えたがこんな状況で何を恥じるというんだろう。
座られた腰部分に何かを感じた。それがなんなのかはわからないが感覚的には熱を奪われる、なにかじっとりとしたものがズボンに染み込んでくる感覚だった。
っていうか、なんだこの状況。
オレはどうして彼女に乗られているんだろうか。
以前は口づけをされて、今は倒されて、上に乗った女性は頬を赤くし見下ろしてくる。無情な瞳ではなく奥に何かを燃やした瞳で。凍った表情ではなく、ほんのり赤らんだ顔で。
「…おい、どいてくれよ」
「…」
突如彼女が腕を振り上げる。
部屋の明かりで緑色に輝くそれはまるでプラスチックのような飾りに見えたがともに備わった鎌は明らかにそんな安っぽいものじゃない。
鎌の先端がオレの体のラインをなぞる様に首から下へ引かれていく。鎌が通った後は服の布が綺麗に裂けていった。その下にあった肌には傷一つついていない。
「…何、する気なんだよ…」
「…」
彼女は何も答えない。それでも腕は変わらず動き続ける。
そのまま下に、ベルトに鎌の先が触れそのままゆっくりと下がっていく。特に高価とは言えなくも丈夫なベルトが紙のように切られた。
「っ!待てよっ」
そこまで見てようやく体が反応する。彼女の鎌をまるで白刃取りするように両手で挟み止めた。
何してくれてるんだこの女!いきなり人のズボンを切ろうとするなんて何考えてるんだよ!?
なんとか両手で鎌を止めるがこれが結構力がいる。仰向けだから力の入りにくい状態ではあるものの両手は震え徐々にだが鎌が下がっていく。相手は女性のはずなのにどうして片手だけでこんな力が出せるんだろう。
…片手?
……あ。
気づいたときには既に遅い。両手で止めたほうとは逆の手が、鎌がズボンを切り裂いていた。
次いで彼女は自分の服らしき布に手を掛けた。濃い緑色をして艶のある変わった布は座っている姿勢でも少し動いただけで大切な部分が見えてしまいそうなほど短い。彼女はその裾を静かに巻くり上げる。
途端に露になる彼女のそこ。
「―っ!!」
この女、履いてないっ!
どこか抜けてるというか、食べること以外、生きること以外どうでもいいといった感じだったがここまで抜けているものか。っていうか普段からこんなのなの?以前初めて家に不法侵入してきたときも、飯を食らいに来た時もずっとこの状態だったのか?オレの師匠だってそんなことをするのはせいぜい室内だというのに。
露になった彼女の女の部分。そこには毛が全く生えていないちょっぴり幼さを感じさせるものだった。まるで刀で撫でられたかのように付いた一つの筋からは部屋の明かりで淫らに照る液体が滴ってきた。先ほどズボン越しに感じた違和感はこれだったのか、なんて今更ながらに理解する。
いや、今そんなことに気を取られてる場合じゃない。
ここまでくれば流石にわかる。
ここまですれば嫌でもわかる。
この女…まさかっ!
「ストップ!ストップ!!そういうことはいきなりするもんじゃないだろっ!!」
そもそも今までの行動からここに至るまで何があったのかわからない。ただ飯を食らいに来てた彼女がなんでいきなりそんなことをしたがるというんだ。その予兆らしきものはなかったはずだ。前回のキスは…きっかけというほど彼女は反応を示してなかったはずだし。
しかしオレの制止の言葉に彼女は無表情で答える。
その表情に一体何の感情を込めているのか、何を言いたいのかわからない。この状況でわかったとしても拒むだけなんだけど。
「…」
「ぁっ…!」
彼女は変わらない表情でオレのものを掴んできた。
技術も色気もないただ触れているだけだったが今まで女性の肌をそんな部分で感じたことのないオレにはあまりにもすぎた刺激だった。彼女はそのまま握り込み完全に勃起させようと揉み始める。
「おいっ!馬鹿、やめ…っ」
男性として最も弱い部分を握り込まれていては十分な力も出せない。恥ずかしいことに彼女の手の中でオレは勃起していた。それを確認した彼女はオレに跨ったまま両足を開く。あの布らしきものが捲くられていることにより女の部分が丸見えでなんとも淫靡なものだがここまでしても彼女の表情は変わらない。
まるで昆虫のように交尾して子孫を残すことが目的と言わんばかりの作業のような行為。見た目がカマキリなだけだと思っていたが中身までそんなものなのか。
「…」
硬くなったことを確認した彼女はオレのものを掴んで先端を固定する。
自身の中へと迎え入れやすいように。
「っ!!待っ、本当に待った!!ちょっと、止まれよおい!!!」
「…」
オレの制止の言葉を聞こうともせず彼女は特に表情を変えることなくそのまま自身の腰をゆっくりと降ろしてきた。
「っ〜!!」
「…っ…ん、ぁあああっ!!」
一気にすべてが彼女の中へと埋まってしまう。一瞬の抵抗。それからとても熱くて、とても柔らかく、とても濡れた肉の壁の抱擁。熱い蜜を垂らしながらきつく締め付けられる感覚は今までにない快楽として伝わってくる。
この女、本当にやりやがった…っ!!
凛とした美女と体を重ねるというのはなんとも魅力的、是非とも体験してみたいことだとは思うけどこんなのを良しとできるほどオレは単純じゃない。
こんな一方的に、それもただの生殖行動なんて。
感情も恋慕も、想いも気持ちもなにもない行為なんて。
「て、めっ―」
彼女を怒鳴りつけてやろうと声をかけて一瞬、固まった。
オレに貫かれ、飲み込んだ彼女は震えていた。体は仰け反り頭の上の触覚がピンと伸び、目を見開いて体をがくがくと震わせている。
…どうしたんだ?
尋常じゃない姿を見せられれば流石に怒ってなんていられない。それも今まで無表情無反応だった彼女ならなおさらだ。ぎちぎちと食い千切るようにきつく抱きしめられる感触になんとか耐えつつも視線を下げていく。
オレと彼女が繋がっている部分へと。
「……っ!おい、これ…」
そこから流れ出す赤い液体。彼女の滴らせた愛液はオレへと伝いソファへ落ちていくのだがその中に全く色の異なるものが混じっていた。
そういえば先ほど挿入するときになにか抵抗らしきものを感じた。もしかするとあれは彼女の初めての証だったのだろうか。
表情は変わっているのだが痛みに耐えているという感じではない。口からは小さく声が熱い息とともに漏れ出している。痛みじゃないなら驚愕しているのだろうか?
しかしこれでは動くことができない。
彼女に跨られてることもあるがよりによって初めてなんて。苦痛の色は見えずとも無茶したら体を壊しかねない…ってなんでオレはこんな状況で彼女の心配をしてるんだ。
「…っ…ぁ、ふ…んん……っ」
彼女はゆっくりと腰を上げ始めた。どうやらこの行為をやめるらしい。
それはそれで嬉しいが…ここまでしておいて残念な気もする…って何考えてるんだオレは。人間ではない相手に初めてを取られる形になったがまぁ、童貞捨てたってことで良しとするか。
「あ、ぁ…、んひゅ♪……ひ、ぁ…♪」
ちょっとずつ引き抜くだけで色っぽい声が漏れ出した。正直そんなもの聞いているだけでも興奮してしまう。
オレは邪な感情を振り払うために頭を振り、彼女の助けとなるように腰に手を添えた。その間に与えられる肉襞が竿を撫でてカリに引っかかる刺激はなんとも耐え難い。
そしてもう少しで亀頭が抜けるというところまできた。
あと少しで抜けるな。そんな風に心のどこかで安心する。
次の瞬間、肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響いた。その音が耳に届く前に股間から全身に頭が真っ白になるほどの快楽が流れる。
「ん、ぁあああああっ♪」
「う、わ…っ!?」
今度驚愕するのはオレの方だった。
愛液に濡れ、外気に触れて熱の塊が一気に冷えていったのに再び熱い肉癖に包まれる。ただそれだけじゃなくて先っぽが奥で何かに打ち付けられる。きっと彼女の中の子宮口だろうそこにぶつかった途端に膣の締めつけがさらに強くなった。
「え?なん、で……!?」
「んふ、ぁあ♪ふぁあ♪あん、ん…ぁぅ、あ、あ、♪」
驚きを隠せないオレを置いて彼女は再び腰を上げて、下ろす。先ほどよりもずっと早く、それに激しく。
リズミカルに動いては唇から声を漏らす。
そこには交尾に没頭して快楽に溺れるメスの姿があった。
この女性、やめる気が全くないことを今更理解する。なら先ほど腰を上げたのは行為の仕方を知っていたから?いや、人の言葉も知らず今までだって特に興味を持ってオレに接してたわけじゃないんだ、性知識まであるとは考えにくい。
きっと生きるために、生き残るために生物的に備わった本能によるものか。
彼女が欲するのは子種であって。
彼女が求めるのは行為の最後。
きっとオレが精液を出すまで抜いてくれることはないだろう。
「わ、わかった!」
一心不乱に腰を動かす彼女を無理やり止めてオレは言う。
「するから!するからせめて準備だけはさせてっ!」
今更ではあるがしないよりかはマシだろう。何度も保健体育で教え込まれた男性としてのマナーを忘れるわけにはいかない。それになによりオレは高校生。こんな年齢で子供なんて出来たらどうなることか。
必死に訴えるが目の前の彼女は首をかしげるだけ。言葉は理解していても言葉の意味までは分かっていないのだろうか?
「財布の中にゴムが入って―」
そこまで言って気づく。財布はここにはない。オレの部屋だ。
二階の部屋の机の上に財布は置いてある。友人からもらった唯一の避妊具もその中だ。
距離としては長くはないがそれでもこんな状況で二階まで、オレの部屋まで取りに行けるだろうか。
「ちょっと待ってて。部屋に取りに行ってくるから―」
「―んんんっ♪」
「っ!!」
しかし彼女はオレの言葉を遮るように持ち上げられた腰を一気に落としてきた。肉と肉のぶつかり合う音が部屋に響き、躍動する蜜壷がオレの全てを飲み込む。
「〜っ!!」
「あ、は♪あんっ♪」
オレの言葉を理解しているハズなのに、彼女はただ貪るように体を揺らす。何度も何度も彼女は腰を上げては下ろし、オレを飲み込んでは搾り取るかのように肉壁が蠢く。
ただこの行為に没頭しているのか、初めて感じる快楽に翻弄されてるのか。オレを離す気は全くと言っていいほどないらしい。
「こ、の…っ!待てって言ってる、だろっ…」
その動きを止めるためにオレは彼女に手を出した。開いた手で狙うは顎。
『掌底』で顎を打ち抜き頭を揺らして気を失ってもらおうか。そのあと引き抜いてしまえばいい。
ものを扱かれる感覚に力が抜けてしまうがなんとか彼女の顎へと掌を打ち出す。へろへろで威力なんてものはないが当たればこっちのものだ。
「う、らぁっ!」
「ん、ぁっ!?」
もにっと、掌に何か柔らかなものが当たる。それと同時に彼女の腰の動きも止まる。
…あれ?なんだこれ?顎の感触とは違うな。指吸われた時にはちゃんと歯の感触があったから顎の骨だってあるはずだし。
…いや、これってやっぱり。
掌を打ち出す形から指を広げてそれを鷲掴んでみた。
「あんっ♪」
「…」
揉み続けると先端が硬さを持ってくるそれ。吸い付くように掌に感じては片手で収まり切らないほど大きなもの。
…胸、触っちゃった。
今更胸を触ったぐらいで騒げるほど事態は軽くないけどそれでも一瞬動きを止めてしまった。
「…ぁ、ぁ…♪」
胸を鷲掴みにして硬直しているオレの手を見て彼女は小さく声を漏らす。切なげでちょっぴり残念そうな色の声で彼女は何かを言いたがってる。
言葉を知らないのだろうか。
出会った時から言葉らしい言葉は一言も聞いてない。今更だがやはり彼女はしゃべることなんてできないのか。
そう思っていたら彼女はオレの手の上から自分の胸を揉みしだき始めた。
「っ!」
「んんっ♪あ……あ、…ふ、ぅ♪」
彼女の力で形を変える胸の感触は全てオレに伝わってくる。まるでマシュマロのように柔らかなそれは艶のある布、というよりも膜らしきものに包まれて直に見られないことが残念だった。
彼女の手の動きはさらに激しくなる。
潤んだ瞳でオレを見て、切なく体を震わせて、何かを言いたそうにしている。
…もっとして欲しいのだろうか。
試しに自分で力を込めて彼女の胸を揉んでみる。わざと指先が硬くなった先端に触れるようにすると彼女の背が大きくしなった。それに合わせて彼女の膣も強く締まる。
「んぅ…ふっ、あ、あぁ…♪」
「う、ぉ…っ!」
自分の体の動きに反応してか彼女は止まっていた腰を再び動かしはじめた。オレの手を離すことなく自分の胸に押し付けながらも本来の交尾を再開する。
胸をもんだことによるものか先ほどよりもずっと愛液が滴り落ちて、彼女のさらに奥へとくわえ込まれた。
ずっちゅずっちゅと重い水音が部屋に響く。うちで一番広い部屋であるこのリビングで、普段なら一家団欒する空間で二人交尾をするというのは何とも背徳的だった。
「あぁ、あ〜っ♪は、ん♪あっ、あっぁあ♪」
無表情だったはずなのに頬には赤みが差し、目はとろんと蕩け、口はだらしなく開かれ涎が一筋滴った。
いつも見せていたあのクールで凛とした雰囲気なんてどこへやったのか、あんな顔からは予想もつかないこの表情。
それは間違いなく女の顔。
一匹のメスとしてオスを求めるもの。
甘い声を漏らして、熱い息を吐き出して。
体を寄せては腕を回して抱きしめて。
もっと欲しいと彼女は唇を押し付けてきた。
「んぅっ!」
「んん♪ちゅ♪」
あの時以来の深い口づけ。あの時とは違う男と女の深いキス。
熱い息と粘っこい唾液を交換するように啜り合って、さらに深くまで貪ろうと唇を押し付けてくる。互いの口から唾液が滴ってもお構いなしに口を吸い続ける。
「ん、ん…はぁ……あ、んん♪」
一度大きく息を吸うために唇を離したかと思えば蕩けた声を漏らしながらまた押し付けてくる。ただそれだけじゃなくねっとりと唾液で濡れた舌を口内へと侵入させてきた。肉厚で柔らかいそれはオレの舌を撫でるように舐め上げる。
まるでくすぐる様に。
まるで挑発するように。
ああ、くそ、誘ってんのかよ…っ!
ここまでされてるのに誘ってるも何もないのだけど。
オレからも彼女の舌に絡めるように舐め上げる。するとそれだけでも彼女は嬉しそうに表情を変えた。
蕩けた笑み。
間近で見るその表情は普段の凍った顔を知っているオレにしてみれば破壊力がありすぎる。
「ん…んん♪あ、ん♪」
「んっ!?」
しかしそれだけでは満足しないと言わんばかりに彼女は腰を動かした。ぐりぐりと腰を押し付けて締め上げ、オレを確実に限界へと押し上げてくる。
「ぷはっ!おい、この…っ!ほんとにもう、やめ…抜けって!!」
「んあ、ぁ♪や、あ、ああ♪んっ♪」
矯正に混じって拒否する声が聞こえたのは気のせいか。それを聞くことができるほど今のオレは余裕がない状況だった。
一人では抜こうにも抜けないこの体勢で彼女はオレの上体を強く抱きしめた。目の前に彼女の顔があり、腰の上には彼女が座り、足までもがオレの背に回ってくる。
そして止めと言わんばかりに彼女の膣が一気に締まった。
「…っぁあ!!」
「ん、ぁあ♪ああああああああああっ♪」
逃げ場のないところで精が吐き出される。何度も何度も震えては彼女の膣を真っ白に染めるように打ち出した。彼女もそれを受け取るように肉壁がきつく抱擁をしてくる。絶頂を迎えたのかオレと同じように体を震わせる彼女は蕩け切った顔でオレを見つめている。
恋する相手を見るように。
愛おしい男を見つめるように。
それでいて満足げに。
「はぁ…ぁ、ぁあ…♪ん、はぁぁ……♪」
「…この、馬鹿」
肩を上下させて荒くなった息を整えながらオレは彼女に言う。今更言ってどうにもならないけど。
彼女も同じように荒くなった呼吸を整えながら脱力し、体重をこちらに預けてくる。むにぃっと柔らかい胸が胸板に押し付けられつつも目の前には彼女の顔があった。
うっすらと汗が滲んだ顔には茶色の短い髪の毛が額に張り付いている。頬は朱に染まり目尻には涙まで溜まっていた。
そんな色っぽい顔でオレを見て笑みを浮かべてる。
無表情だったのに何を今更そんな顔してるんだよ…そんな顔をされたら何も言えなくなるだろ……。
「…まったく」
もう何をしても仕方ない。ならば諦めて受け入れるとしようか。そんなふうに思ってオレは彼女の頭をそっと撫でる。
「…ん♪」
今まで凍ったように感情を浮かべなかった顔。
先程まで快楽に蕩けて求めてきた女の顔。
その二つとも違う、嬉しそうに目を細めて幸せそうな表情を浮かべた。
そんな顔も、できたんだな…。
行為の最中に流れた涙をそっと拭ってやり彼女の頬に手を添えた。彼女はすりすりと頬を手に擦りつけてオレの体を抱きしめ直してくる。
「…ん、ちゅ♪」
突然目の前に彼女の顔が近づいたかと思えばまたキスをされた。
以前にやったあんな無機質なものでなく、行為の最中にやった激しいものでもない触れるだけの口づけ。今更なのにその行為には少し照れる自分がいた。
唇を離してオレを見つめる彼女。瞳の奥にはまだまだ消えそうにない欲望と、愛しいものへ向ける慈愛があった。
「もっと…したいのか?」
「…ん♪」
オレの言葉に彼女は小さく頷いた。その返事に小さく笑みを浮かべ額を重ね合わせる。
「まったく…仕方ないな」
「んん♪」
こちらから応えるように唇を重ねてやる。それだけでも彼女は嬉しそうに声を漏らした。
それじゃあもう少し、この感覚に身を委ねよう。こちらも同じように収まりはつかないし、ここまで来てしまったらもう行くとこまで行ってやるしかない。
それに、なんだかんだでオレはこの女性を意識してなかったワケじゃないんだし…。
オレからも腕を回して抱きしめて行為を再開させようとしたその時だった。
「ただいまー」
「っ!!!!」
聞き覚えのある女性の声。聞き間違うことのない、オレの唯一無二の双子の姉、あやかの声。
一瞬にして体が快楽とは違う感覚に震え上がった。
え…もう帰ってきたの?今日は夕方帰ってくるはずじゃなかった!?
正直こんな状況を見られたらただじゃすまない。リビングでカマキリ姿の女性と行為に没頭してる、そんな姿を実の姉に見られたら一体どうなってしまうのか。それも彼女のことをあやかは知らない。知ったところでたぶんただじゃ済ましてくれない。
どうする!?
っていうか、こういう時はいつも彼女は逃げて出してたはず。だが彼女は―
「―ん、ちゅ…♪…んむ…んん♪」
変わらず嬉しそうにオレの唇に吸い付いてくるだけ。やっとこ意味を持った行為に彼女は意識を奪われ没頭しているらしい。
この状態では彼女を引き剥がすことなんて不可能に近い。それにここはリビング。普段なら一家団欒としている空間だ。あやかの入ってきた玄関とはオレの正面にある扉一枚で隔たれているだけ。
さ い あ く だ !
腰に彼女が跨っている状態ではソファから起き上がることは困難。
それに隠しようのない生々しい淫靡な匂いが部屋に充満してる。部屋にある消臭剤でごまかせるようなものじゃないしそもそもここに消臭剤は置いてない。窓を開けて換気するという手もあるが圧倒的に時間が足りない。
せめて…せめてリビングのドアを開かないように締められれば!
「―んっ!」
ソファから這いずるように抜け出そうとするが離れることを厭うように彼女がオレを抱きしめて離さない。そういう行為は嬉しいのだけど時と場合を考えて欲しい。
それになにより今迫ってる危機は以前に彼女も逃げ出したものであることをさっさとわかってほしい。
なんてことを思っていたらドアノブがゆっくりと回りだして―
「―あやか!待っ、んむっ!?」
「―あむ…ちゅ♪ん………れるっんん…♪」
「―ゆうたー、おやつ作ってて、く…れ………た……………」
「…よし、こんなもんか」
オレは出来上がった今夜の飯を皿に盛り付けて頷く。今夜も両親、姉はこの家にいないのだから作る量はこれぐらいで十分だろう。あとはもう一品追加しておくとするか。
近くに置いてあったキャベツを手に取りまな板の上に載せる。邪魔にならないように板の上からは包丁もなにもかもを閉まって。そして彼女を呼んだ。
「アイヴィー」
「…ん」
あの日、オレを無理やり襲ってきたカマキリ姿の彼女は―『アイヴィー』は短く返事をすると両腕の鎌でキャベツを切り始めた。あんなに長い鎌をよくもまぁ器用に、それも室内で上手く扱えるよな。手際がよくてオレが包丁で捌いたり刻んだりするのよりもずっと早い。やはり彼女の体の一部、自由に操ることができて当然か。
「…できた」
「早いなーほんと」
あの日からうちに住むことになった彼女。
女性一人、それも前から関わりを持っていた彼女を外へ方っておくことはできない。それにうちに住まわす理由は何より彼女が離れなくなったこと。あの時、あの行為を経た後無表情で無感情だったことが嘘のように彼女はオレに縋り付き、寄り添い、離れようとはしなくなった。
あやかに行為の最中を見られたことは問題だったがなんとかここにいることを許してもらえて彼女はこうしてここで生活している。
言葉を教えて徐々にしゃべれるようになったし名前も決まった。ちなみに名前は整理していたチラシから彼女が興味深そうに見ていたものから選んで取った。
「…ん」
アイヴィーはそっと頭をオレに向けてきた。触覚が何かを示すように左右に揺れてる。
これは何かをねだるときの仕草だ。きっと頭を撫でてもらいたいんだな。
「ほら」
「んん♪」
彼女の要望通り頭を撫でてやると目を細めて気持ちよさそうに体を震わせた。身長的にも年齢的にもオレより上だが可愛らしいと思ってしまう。表情もかすかなものだけどちょっとずつ豊かになってるし。
そんなことをしていたら後ろからドアの開く音が聞こえた。
刹那、アイヴィーが一瞬にしてオレの後ろへと回り込み両腕でオレを抱きしめる。
まるで何かに怯えるように。
まるでオレを守るように。
そしてドアの向こうから現れるのは―
「…飯は?」
―我が麗しき暴君様、あやかだった。
どうやらアイヴィーの中であやかはかなり苦手か、恐怖の対象らしい。そりゃ以前行為を見られた後にアイヴィーの目の前でオレはボロボロにされたし。それに彼女もまた以前顔を合わせまいと逃げ出したこともあったわけだし。
「今…できた…」
「…ふぅん」
アイヴィーの言葉に素っ気なく答えたあやかはずかずか歩いてくるとテーブルの前にある椅子に座った。こちらを一瞥してテーブルに肘をつく。
…不機嫌だな。
いや、アイヴィーが現れてからずっとあやかはこうだ。原因となっているものは…まぁわかってるけど。
ちらりとアイヴィーを見た。
オレの背後に隠れる彼女には今のあやかにはない女性の魅力が二つ、大きく実っている。あやかにはないからなぁ…。
「…何?言いたいことでもあるの?」
「いいえー」
オレはアイヴィーの手を引いて同じように椅子に座った。彼女は定位置だと主張するようにオレの膝の上に座ろうとするのをやめさせて隣に座らせる。
「それじゃ、いただきます」
「…いただき、ます」
「ん」
三人で手を合わせて食事を始める。オレとあやかは箸を取るのだがアイヴィーは手を膝の上に置いたまま。それを見てオレはいつものように体を彼女の方へと向けた。
あの日以来アイヴィーにはいろいろと教えてるのに一つだけ絶対に覚えようとしないものがある。それがこれ、箸やフォークなどの扱いだ。
箸は少し技量がいるかもしれないけどフォークやそれどころかスプーンさえも自分ひとりでは使わない。ゆえにいつもオレが彼女に食べさせることになっている。
初めて会ったあの時からずっと同じように。
「ほら、あーん」
「…あーん」
箸でつまんでアイヴィーの口へと運ぶ。彼女はそれを変わらず受け入れた。
「どう?」
「ん…おいし」
「そっか」
無表情の中にかすかに現れる感情。
聞いたときにちゃんと返せる言葉。
やはりこうして反応を返してくれるのは嬉しい。
「ユウタ…」
「ん?」
「今日は…休み?」
「ああ、家事があるけど一日空いてるよ」
「…なら」
アイヴィーはそっと体を寄せてきた。森の中で香るような、花のような甘い自然の香りが鼻をくすぐる。彼女は頬を赤く染め恥じらう様子で声を出さずに唇を動かした。
それがどういう意味かわかってる。
求愛行動。
そういう言葉もちゃんと教えてるのだがどうやらまだ恥ずかしがってるらしい。あそこまでしておいて、人を襲うようなことまでしたというのになんだか微笑ましくなってくる。乙女、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「まったく、仕方ないな」
「んん♪」
食事中にするのはいただけなかったが反面なんだかんだでとても嬉しい。
オレは困ったように笑いながらもアイヴィーの頭を撫でた。
―HAPPY END―
「…」
「…」
「……そういう冷たい目で見るのはやめてください」
「じゃ、時と場合くらい選んでくれる?」
「これでもちゃんと教えてるんだよ。実行してはくれないけどさ」
「…うん」
「……まったく。それよりさ、いい加減服装どうにかしたら?その…布?も脱げないわけじゃないんでしょ?それに、毎回ノーブラノーパンで家歩き回るのやめて欲しいんだけど」
「…何で?」
「あんたね、自宅にただでさえおかしな格好した女がいるっていうのに痴女めいた事されたら困るって言うの」
「…でも、ユウタは好きだって、言ってくれた」
「……ゆうた」
「もう着せてるし履かせてます」
「それじゃあもう一つ聞きたいんだけど、あたしの下着知らない?」
「…」
「…」
「……なんで黙るの?」
「いや…その…」
「…小さい」
「アイヴィー!」
「その言葉、どう言う意味?」
「いや…それが…」
「ちょっと確認させてもらうから」
「…」
「…」
「…………なんであたしの下着つけてんの?」
「…下着、つけろってアヤカが言ったから」
「…」
「…」
「…胸が、きつくて苦しい…」
「…………ゆうた、フライパン持ってきて」
「待った!本当に待った!違うんだよ、ちょっとした出来心っていうか、こういうこと知らないんだよアイヴィーは!」
「…アヤカの胸…小さい」
「ゆうた、のこぎり」
「やめろって!!」
12/09/23 20:34更新 / ノワール・B・シュヴァルツ