読切小説
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変なモノと、宝モノ
「…こんなところか」
私は手にした宝石や金や銀、ミスリルや装飾のあるブローチなどの類を眺めてそう呟いた。
どれもくすんでしまってはいるが一級品であることはまちがいなく、装飾など何もかもが申し分ないほど上等な宝。
よくもまぁこれほどまでのものがこの古城に残っていたものだ。
もしかしたらこのお宝全て盗賊が隠し持っていたものかもしれない。
だからといって私は収集することをやめはしないが。
いくつも無造作に散らばる宝の中から一つの小箱を拾い上げた。
特に装飾のされていないものだが高級そうな雰囲気は隠しきれない、小さな小箱。
中を見ればそこにあるのは黒く丸い宝石を使った指輪が一つ。きっとこれは黒真珠だろう。

「…黒、か」

その色を見て住処である洞窟にいるであろう一人の人間を思い浮かべた。
今頃私の帰りを待って夕食でも作っているか、それとも私のコレクションを磨いているかもしれない。
そうだ、これらもくすんでいるんだ、あの人間に磨かせよう。
なんだかんだであれがする仕事は細かく、確かなのだしこの宝石たちもさらに輝かせるに違いない。そう思って私は手にした小箱を麻袋に突っ込んだ。
もうここには用はないのだ、あとは帰ってこの宝でも眺めることにしよう。
麻袋いっぱいに宝を詰め込んだ私は途中で破れないように魔法をかけ、翼を広げて古城から飛び立った。






厳重に迎撃魔法をかけた入口をくぐり抜け、そのまま数分歩くと広い場所に出た。
そこからいくつかドアが見える。ここには様々な部屋が有り、もともとは王族が隠れるために作っていたらしい場所だ。おかげでそれなりの広さもあるし、生活に必要最低限のものは揃っている。
なんとも住み心地のいい場所だ。
そしてここに住んでいるのは私だが、私だけというわけでもない。

「あ、お帰り、主人」

そう言ったのは両手で金塊や宝石を抱えるだけ抱え込んで、食欲を刺激する美味そうな香りを漂わせて笑みを浮かべる人間だった。
本来なら泥棒かとも思え業火の一つでも見舞うところだがこの人間は違う。
抱え込まれた金塊はどれも汚れ一つなく、その手には乾いた布が握られている。
浮かべた笑は温かく私を出迎えるためのもの。
乾いた布は金塊や宝石を拭いていたもの。
漂ってくるこの香りは先程まで料理をしていたからだろう。

そのどれもが、私のために。

「うわー…また随分と持ってきたことで」

私の持った麻袋の膨らみを見て人間は感嘆のような、それでいて呆れているような声を漏らした。
純粋な子供のように目を輝かせては私を見て、吐く言葉は相手が目上で格上である存在だと思わせない、ただの人間相手に話しかけるような言葉で、人間はいつも笑みを浮かべている。
それが、目の前にいるこの存在。

この人間はわかってない。

―目の前にいる私がどれほど恐ろしいかを。

この人間は知らない。

―こうして言葉を交わす私がどれほど高位な魔物なのかを。



―黒崎ユウタと名乗ったこの人間は理解できていない。



―私が、ドラゴンであるということを。



この人間がここに現れたのはもうちょうどひと月前になるだろうか。
見つけた場所はここ、私の居住であるここの一室。宝石を、金塊をしまっておく為に使っている部屋の中でだった。金貨を無造作に積み上げ、宝石を散らし、適当に金塊を転がしたその部屋の中。

金貨の山の中から二本の足が生えていた。

入口には厳重な迎撃魔法を何十にも重ねてかけている。
この部屋にも鍵の代わりに施錠魔法をかけているし、無理やり侵入しようものなら私が気づく。
それなのに気づかずにこの人間はどこからか現れた。入口の魔法も何一つ迎撃した跡も解除された形跡もないというのに。
このままにしておくのも仕方ないので私はその足を一本掴み引き上げた。

「…なんだこいつは」

引き上げたのは一人の人間。
上質な布を用いて作った黒いズボンと同じ色の上着、しかも上着には金色のボタンがいくつもついている。見たことはないが高価なものであることに違いないだろう。
だが逆にそれを着た人間の顔は平凡そのもの。
顔立ちはこの大陸では珍しく、髪の毛もまた同じようにこの大陸ではまず見られない黒色ではあるが瞼を閉じた顔には特にこれといった特徴がないし、歴戦の戦士のような気迫もない。
単に気絶しているからというのもあるだろうがそれでも着込んだ体はそれほど筋肉がついているようにも見えない細いものだった。
こんな体でどうやって入ってきた?
それもかなり厳重に罠や魔法を仕掛けているというのに。
人間から魔力は一切感じられない。
そんなのでは魔法を解除することもすり抜けることもできないというのに。
まるで、この場所に突然現れたとでもいうような…。
…そんなことがありえるのか?
私は人間を見た。特徴的にはジパング人のそれだろうが何かが違っているようにも思える不思議な存在。だが、勝手に私の居住に入ってきたのだ、それは許しがたい罪である。

―焼こうか?

だがそれではこの高価な服がもったいない。

―引き裂こうか?

こんな男のために私の爪を汚すなんてことはしたくない。

―消し飛ばそうか?

しかしこんな人間でも殺すことには抵抗がある。

―なら、どうする?

…そういえば私の居住から宝石や金塊が溢れ出してきていたな。
整理することなどせず溜め込む一方だったから部屋な入りきる量を超えてしまっていた。そのさまを見るのは壮観なものではあるのだがいささか不格好でもある。
ちょうどいい、あれを整理させるとしよう。どうせこの人間が私を前に楯突くことなんてできやしないのだし。
そう決めた私はもう一度掴んで逆さになった人間を見据えた。



だが私の予想をこの人間はいともたやすく裏切ることになった。



任せた仕事は丁寧かつ正確、さらに磨き揃えるなど気が回り目を見張るものがあった。
それはそれでいい。
磨かれた宝石や金銀が部屋の明かりを煌びやかに反射する様は思わずため息が漏れるほど美しい。ここまでの仕事をこなすことは予想外だったがこちらも気分が良くなるというもの。
だが一つだけ気にかかることがある。



この人間は私をドラゴンという対応をしてこない。



最初に意識が戻った時も、私が仕事を言い渡した時も、それを頷き了承した時だってそうだ。
怯えない。震えない。媚びへつらわない。
それどころか了承する時には条件さえ出してくる始末だった。



「仕事はやるよ。その代わりここに住まわせて欲しいんだけど?」



この私の居住に人間一人を住まわせると?
それがどれほど愚弄した行為だかこの人間は理解していない。
だが向けられた目は必死であり、なによりその瞳に一瞬目を奪われた。



黒。
深い黒色。
漆黒の瞳。


ジパング人となんら変わらぬ特徴だというのにまるで吸い込まれそうなものだった。
思えばこの人間はどうやってかは知らないがここにいた。普通の人間とは何かが違う、確信はないがそう感じるものがある。
…興味はあるかと聞かれれば少しだけ、ほんの少しだけあった。



なら…まぁ、こんな下等な生物だが…いいか。



それがこの人間との関わりが始まった瞬間だった。






豪華な装飾のされたテーブルにはこれまた豪華な金でできた皿に料理が盛られていた。
ほどよく焼けた肉の香りと特製ソースの匂いが食欲をそそる。
ひっそりと添えた野菜がこの料理全体の見栄えを良くして見た目もまた素晴らしいものだった。

「…ふむ、ハンバーグか」

何も問題はない。
これほどまでに美味そうな料理もできるというのはこちらからすれば嬉しいものだ。
だが問題はそこじゃない。

「悪いね、いつも家庭料理で」

そう、人間の言うとおりいつもこのようなどこの家庭でも出せる料理しか出てこない。
『魔王城』で受け取る料理やヴァンパイアの知り合いとの食事で出された料理には遠く及ばない。所詮この程度が限界というところだろう。

―…以前に比べたらいくらかマシな食生活になったとは思うが。

「毎度のことこの完成度の低い料理しかできないのか、貴様は」
「見た目じゃないんだよ。大事なのは味だ、味」
「…」

その口の聞き方が、その態度が一々気に障る。
何様のつもりでそのようなことを口にしているんだ。
私をなんだと思って口をきいているんだ。
王者と呼ばれるこの私に、ドラゴンに口答えすることがどれほどの愚行かわかっているのか。
しかしそんなことをいくら言おうとこの人間は改めることない。以前も言ったことはあったが対応を変えようとは全然しない。
人間ごときが、偉そうに…。
そんな事を思いながらも口にしたハンバーグは不思議と美味いものであり、どこか優しく暖かな味がした。












「…というわけなんだが」

そう言って私は目の前で私が腰掛けているモノよりもやや高めな椅子に座る幼い少女を見た。頭からヤギのような角を生やし、布地の少ない衣服を身に付け、丸っこい手で紅茶の入ったカップを置いた彼女は見るからに不機嫌そうに頬を膨らませる。

「なーんーでーじゃーよー!なんでヒルダのところにはそんな美味しいことが起こるんじゃ!」

妬むように私の名を口にして見た目相応に喚きだした。

「知らん。私だって好き好んであんな人間連れてきたわけではない」
「ずーるーいー!わしもそういう出会いが欲ーしーい!兄様欲ーしーいー!!」

…面倒くさい幼女だ。
見た目は幼くとも中身で言えば私よりもずっと年上である彼女はバフォメットのヘレナ・ファーガス。
王者と呼ばれるドラゴンの私と並ぶ、高位な魔物だ。
今はだだをこねているがこれでも私同様魔王様に仕える幹部である。

「…そんなにだだをこねるような存在でもないだろう、人間の男は。バフォメットともあろう者がみっともない」
「なんじゃその言葉は!あれか、未だ独り身なわしをおちょくっとるのか!これほどか弱く可愛らしい幼女をいじめるというのか!」
「…」

…相談する相手を間違えただろうか。
これならば魔王様と親しいヴァンパイアの彼女の方がまだよかったかもしれない。

「―まぁ、そんな冗談は置いといて」

ふくらませた頬を戻してヘレナは腕を組んだ。どれほど威厳を見せられる姿をしても見た目が幼すぎてあまり様になっていない。
さらに言えば顔に浮かんだ笑みが威厳とはさらにかけ離れてしまっていた。

「その男、どんな男じゃ?」
「魔力を感じられなかった。まず魔法を使うことはできないだろう」
「ふむ、で?」
「勇者か何かと考えたがその可能性は低い。というよりもゼロと言っていい」
「ほうほう」
「今は私の居住で宝石を磨かせている。住まわせる分それ相応の仕事を与えてやった」
「それで予想以上の仕事をしてくれる」
「まぁ、そうだ」
「で、料理もできる」
「それほど豪華な料理もできないがな」
「でもドラゴンであるぬしを前にしても怯えないんじゃろう?」
「ああ」
「…のぅ、ヒルダよ」

ずいっと小さな体を精一杯乗り出してヘレナは私に顔を近づけた。
表情には笑みが消え、目はまっすぐこちらを見据えている。
そして、彼女はゆっくりと口を開いた。



「―その男、わしにくれ」



「やらん、馬鹿者」
「なーんーでーじゃーよ!どうせぬしのことじゃ、『人間?とるにたらない下等な生物だ』とでも思っておるんじゃろう?それならわしにくれてもいいじゃろう!?」
「あれは、私のものだ。誰が貴様にくれてやるものか」
「なんじゃなんじゃ!『ご主人様』などと呼ばせてるくせにっ!」
「…」

確かに似たような言葉で呼ばせてはいるが本来ならあのような下等な生物、私の住居に一歩踏み入れている時点で消し炭になっていてもいいのだ。下僕として仕事をさせていることがどれほどありがたいことか、それから私との関係をハッキリとさせるためにただそう呼ばせているだけ。
ただそれだけだ。
それだというのに真剣な顔までしておいて結局言うことは変わっていないとは…まったくこのバフォメットはどうしてこう、中身まで幼いのだろう。頭が痛くなる。

「…貴様はどう思う―」

私は右に座っていた青肌の女性に声をかける。
自分の頭から生える二匹の蛇を弄りながら私の話を聞いた時からぱたぱたと尻尾が床を上機嫌そうに叩いていた。
彼女はエキドナ。魔物の母といわれる、これまた高位な魔物だ。

「―エリヴィラ」
「…気になりますね、その男性」

そう言ったエリヴィラの顔は興味を惹かれている顔はしていた。
していたが…頬は赤く染まり、どこかもじもじと恥ずかしそうに口にするそのさまは。
私に向けるその視線は。

「ぜひその男性に、会わせてもらえませんか?」
「…」

明らかにヘレナと同類のものだった。












「主人、一日休みもらいたいんだけど?」

それは夕食の時、私の目の前に座って食器を拭いていた男はいきなりそんなことを口にした。

「…何?」
「いや、だから一日休みもらってちょっと街に出てきたいんだけど?」
「そういうことを聞いているんではないっ!」

思わず荒げた声に顔をしかめながらも手を止めることなく、また恐れ震えることなども特にせず言葉を続ける。

「ちょっと買い物とか、そんなところなんだけど」
「…何様のつもりでそんなことを言ってるんだ、貴様」
「え?」

わけのわからないという顔をした男に私は鼻先に爪を突きつけた。

「私は貴様に何を任せた?ここにいさせてやる代わりに何を命じた?」

歴戦の戦士だろうと名のある勇者だろうと足が竦んで身を恐怖に震わせるほどの威圧をかけて言い放つ。同時にとんでもない量の魔力を放出して脅しを掛けた。魔法が使えるものならば確実に、使えないものでも圧倒的な力を感じられるように。
しかし目の前の男は特に気にした様子もなくさらりと答えた。

「いや、ほとんど終わったけど」
「…ほとんど?」

全てやれと命じたはずなのに、ほとんど?
私は片眉を釣り上げ男を睨みつけた。それこそ普通の人間ならただそれだけで生きることさえ諦めてしまうほどの怒気を込めて。

「全てやれと言ったはずだが?その言葉の意味もわからないのか、貴様は」
「それには必要なものがあるんだよ」

これまたさらりと答えてくるこの男。呆れたような、困ったような顔をしているのがなんとも気に障る。

「整理するにも指輪とかネックレスとか、アクセサリーの類は何か入れるものが必要でしょ?金塊は積めばいいけどそうじゃないもんだってある。それに中には古いから汚れが落ちないのがいくつもあるんだよ。だから汚れ落としとか、宝石入れる小物入れとか、あと食材もいくつか買っておきたいんだけど?」
「…ほとんど終わったといったな?」
「言った」
「金は?」
「磨いて積んだ」
「銀は?ミスリルは?」
「同じく」
「ルビー、サファイア、トパーズ、ダイヤ、他の宝石は?」
「もちろん磨いて今は一箇所に集めた」
「…アクセサリー」
「汚れが落ちないのがいくつか。でも半分以上は終わった」
「……金貨」
「今日の昼終わった」
「………装飾品」
「それが一番汚れてる。でも三分の一程度ならなんとかできた」
「……………」

私が言ったことの大半が終わってる。
なんだこいつは。なんでこうも仕事が早いんだ。
いや、それはいいことだが…いいことのはずなのだが……どうも釈然としない。この男の仕事ぶりは見たことはあるし、磨かれたあとの宝石がどのようになったのか眺めたこともある。その際どれも丁寧な仕事ぶりだったことは確認したから今言ったことは嘘ではないだろう。

「…………わかった」
「んじゃ、明日行くよ。あ、昼頃までには帰れないと思うから昼飯作っとくね」
「………ああ」

なんというか…正直こんな人間にあったことなんて今までになかった。
私を前にしたら大概のものは生きる気力を失ったり、命乞いをしたり、その場で涙を流し恐怖に体を震わせたりと様々な姿を見せたがこんなのはなかった。
私をドラゴンと扱わない。
私を前に恐怖しない。
それどころか親しげに話しかけてはからから笑っている。
まるで人間の女性相手にしているように。
私をただの女と扱うかのように。


―調子が狂ってしまう。


ドラゴンとしての私が。
王者としての私が。
たかだかこんな人間、私の半分も生きていないような小僧っ子一人にかき乱される。
それがなんとも、腹立たしい。
そんな自分自身に怒りを覚えてしまう。
それでも、なぜか。
どうしてだか。
それはこの男が作ってくれたあの料理のようにどこか温かさを感じてしまうのは…きっと気のせいだろう。そう、気のせいだ。












「…というわけなんだが」

あの日から早ひと月、あの男が私のところに来てもう半年は経とうとしていたそんなある日だった。
私は魔界で一番大きな城の屋上で紅茶を嗜みながら目の前で座る女性に相談をしていた。
ドラゴンとあろう者が他人に手を借りるというのはなんとも情けないがそれでも今は誰かに相談したかった。

「…つまりその男性が意中の人になっていると?」
「そう言っているように聞こえたか?」
「冗談ですわ」

そう言って紅茶のカップを持ったまた気品のある笑みを浮かべたのは体全体が青くゼリー質な肌をしたスライム。頭に王冠の形をした体の一部があるそこらのスライムとは違ったものだった。

クイーンスライムのヴェロニカ。

彼女もまたあのバフォメット同様に私の同僚である。

「そうですね、私も意中の人がいるわけではないので偉そうに言えませんが早めに手をうっておいたほうがいいと思いますわ」
「手をうつ?」
「ええ」

飲み終え空になった私のカップに目の前の彼女そっくりの、ただメイドのような姿をしたスライムが紅茶を注いだ。私は特に気にすることもなくヴェロニカの言葉を繰り返す。

「ドラゴンである貴方様を恐れないなんてなんとも変わった御人で興味が湧きますが、よく考えてみれば恐怖しないということは貴方様に無理やり従うことはないということではないですの?」
「…」

確かに正論だ。あの男が恐れないというのなら、私を怖がらないというのなら、力で押さえつけることなんてできやしない。今までだってそうだ、脅しを込めた視線を送っても、押しつぶすような威圧をかけてもきょとんとしていつものように私と会話をしていた。

「こういう言い方はしたくはありませんが…その気になればその御人は貴方の下をいつでも去ることができると思いますわ」
「…そんな馬鹿みたいなことが」

ない、とは言い切れなかった。
確かにそうだ、その気になればあの男は私の下から離れることができるだろう。買い物に行かせるために居住に掛けた迎撃魔法をすり抜ける魔法をかけてやったのだから出入りは自由なんだし。それにあれだけの仕事ぶり、どこへ行こうと生計を立てることはできるだろう。
そしてなによりあの身なり。
黒髪黒目、ジパング人の風貌と目に付く同じ色の高級そうな服。
目立つことは間違いないし、あんな男が放っておかれるほど魔物とは無頓着じゃない。
あの男のことだ、他の魔物から言い寄られたらきっと断ることもできないのだろう。そのさまがたやすく浮かんでくる。

「だからこそ、自分の男性だと周りにアピールしたり、自分の伴侶だとその御人に伝えたほうがよろ―」
「―待て」

私はヴェロニカの言葉を遮って止めた。
なんだ、今の言葉は。何を口にした?
自分の男性だと?自分の伴侶だと?

「あの男はそんなものではない。せいぜい下僕だ」

私が主であの男は下僕。ドラゴンと釣り合うことの男性なんていやしないし、最初から存在しない、認めない。
格上と、下等生物の関係…とまではいかずともあの男はせいぜい下僕なんだ。
しかしヴェロニカは私の言葉を楽しそうに聞いていた。

「ふふふ、不器用ですこと。そんな様子ではその御人も離れていってしまいますわ」
「…」
「せっかくそのようなお体しているのですから、もっと自分の魅力存分にお使いになって引き止めるというのはどうですの?」

そう言ってどこか艶のある笑みを浮かべたヴェロニカは意味深長に舌なめずりをする。続いて身を乗り出してすぐ目の前まで顔を寄せた。

「もしよろしければ、私たちが全力で教えて差し上げますわ」

途端にがしりと掴まれた肩。見ずともわかる、彼女の一部で先ほど紅茶を注いでいたメイドによるものだろう。
…下らない。なんとも下らない。
私は業火を吐き出そうと口の中に魔力を溜め込んだ。

「おや、お気に召しませんでした?」

そんなことを言いながらも気品ある笑みを浮かべることを忘れない。ヴェロニカはふふっと笑って近づけた体を元の位置に戻した。同じようにメイドもまた私から手を離して一歩下がる。

「…ふん、興が冷めた」
「それは失礼しましたわ」
「私はもう帰る」
「もうお帰りですの?もしかして…一人置いてきた下僕さんのことが心配になりました?」
「…焼くぞ?」
「ふふふ♪」

私の脅しにも笑ってヴェロニカは対応する。
まったく、食えない女だ。クイーンと名のつくほどだからこそそれぐらいはあって当然なのかもしれない。
私はヴェロニカを一瞥するとその場で翼を広げ、飛び立った。












「帰ったぞ」

いつものように入口から住居に入っていった私はそう言った。
普段ならここで「あ、お帰り主人」と顔に笑みを浮かべて出迎えにくる。ハズだった。

「…?」

誰も来ない。いや、あの男一人しかいないのだが私が帰ってきたというのに何も反応がない。
主人の帰りだというのに何をしているんだ、あの男は。文句の一つでも言ってやろうか。
私はそのまま大股で歩き部屋のドアを開けて中を確認していく。
あの男に与えた部屋にはただ安っぽいベッドが一つ。
隣の部屋にはいつの間に溜め込んだのか掃除用具の類が整理されて置かれている。
さらに隣には目を覆いたくなるほどに輝く金、銀などの貴金属の山。隅には机が置いてあり以前買ってきたと言っていた宝石などを入れる小物入れがいくつも並んでいる。
そのどれも丁寧に磨かれ山のように積まれながらも整えられていた。
仕事の最中だというわけではないらしい。まったく、いったいどこに行った?
なぜだか苛立つ気持ちを抑えてあたりを見回すが見えるのは金塊だけ。
まったく、どこにいる。

『その気になればその御人は貴方の下をいつでも去ることができると思いますわ』

ヴェロニカの言葉が頭の中をよぎった。
そんなこと…あの男に限ってそんなことがあるものか。
あれは私の所有物だ。
あれは私の下僕だ。
誰かが勝手に持ち出せるものではないし、自分から離れようと思うはずがない。
はずが…ない……。

「…」

どうしてこんな気持ちになるのだろうか。
相手はたかだか一人の人間、一人の男だというのに。
どうして私の傍からいなくなるとこうも不安に駆られてしまうのだろう。

「…ん?」

一歩進んで足に何かがぶつかった。
視線を下げればそこにあるのは見覚えのある服を着た足が二本。

「…ここにいたか」

隣には磨き終えた金塊の山があり、畳んだ布を置いてユウタは壁に寄りかかって座っていた。ただ座っていたというのは正しくない。瞼は落ちて小さく呼吸をしている姿は明らかに―

「―…なに、寝ているんだ…」

壁にもたれかかって眠っていた。
上半身を全部預ける姿は疲れたのかかなり深い眠りのようにみえた。
その姿を見て思い出す。
私がこの男が眠っている姿を見るのは初めてだ。
いつも私が起きるのよりも早く起きて朝食を作っていた。いつも私が眠る時には起きていていつ眠っているのか知らなかった。
それなら私よりも寝る時間が短いのは当然だ。さらに私が与えた仕事までこなしているのだから大変なんだろう。

「…」

眠っている時の顔というのは無防備で素直なものになると聞いた。
今まで見たことがないこの男の寝顔。
…そうか、普段はあんなに笑っているというのにこれがこの男の本当の顔なのか。
もしかしたらこの男が私よりも先に眠らないのはこの顔を見せたくなかったからじゃないんだろうか。


―寂しそうな顔をして…。


いつも笑っているというのに、子供のようにからから笑っているというのに今は真逆の表情を浮かべていた。
そういえば私はこの男の過去を知らない。
ここに来るまで何をしていたのか。
私の下に訪れるまでどこで過ごしていたのか。
私の傍に来る前は誰の傍にいたのか。
たかだか人間と思っていて興味などないから聞いたこともなかった。

「なんで、そんな顔をするんだ…」

私はその顔に手を添えた。指先が唇に触れ、手のひらが頬を撫でる。
思っていた以上に柔らかな唇、じんわりと温かい頬。
今にも泣き出しそうな表情。
いつもの笑顔はただの仮面で、こちらが本当の顔なのだろうか…。
そんな姿を見ていると…抱きしめたくなってくる。
そんな顔をされると…慰めたくなってくる。
なんで、どうして…。

「…ふん」

起こす気が失せた。
こんな顔を見たら起こすわけにもいかないだろう。
普段私に文句も言わずに仕事をこなしているんだ、これくらいは大目に見てやるか。
私は手を離して立ち上がり、そのまま部屋をあとにした。












今私は魔界の魔王城の廊下を歩いていた。
自分のやるべきことを終え、することもないから少し屋上で外を眺めようかと思ったからだ。

「…はぁ」

一度足を止めてため息をつく。
ここも十分高くて外の風景を眺められるがここでは誰かに見られてしまう。
今は一人になりたい。以前のように誰かに相談するのではなくて一人で考えたいことがあった。

「……はぁ」

また、ため息が出た。
一体どうしたというのだろうか、私は。
以前ならこんな悩んだ姿なんてしていなかった。何かに心をかき乱されることもなかった。
だというのに。
頭の中からユウタのことが離れない。
心の奥からユウタが抜け出ない。
初めて出会ったときなんてただの下等な生物としか思っていなかったというのに。
一体何があったんだろう。
今まではずっとユウタが傍にいただけじゃないか。
食事を作り、仕事をさせ、私の居住に住まわせた。
私の傍で笑ってくれて、優しくしてくれて。
…なんなんだ、私は。
さっきからずっとこんなことばかり考えているじゃないか。

「ふ〜ん♪ふふ〜ん♪」

そんなことを考えていたら向かい側から上機嫌に鼻歌まで歌って魔王城の廊下をスキップする淫魔がいた。
サラサラで新しく降った雪のように真っ白な長髪が揺れ、後ろで同じく白い翼が動く。それだけではなく尻尾もまた嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねていた。
私は彼女を知っている。
彼女こそが私が仕える魔王様の多くの娘、淫魔の最高位に位置するリリムの一人。

「あら、ヒルダじゃないの」
「フィオナ様」

フィオナ様は私を前にして足を止めた。しかしそれでも尻尾が未だに跳ね続けるのが気になる。

「随分と上機嫌ですね、フィオナ様」
「うふふ♪そうかしら?」

誰が見たってそうにしか見えない。
魔王様譲りの美貌を持っている彼女はどんな姿でもどんな表情でも似合って当然。異性ならば完全に虜にし、同性さえも惑わせる魅力を纏っているのだから。そんなフィオナ様の美貌がさらに際立つぐらい、とても嬉しそうな笑みを浮かべている。
私でさえも美しいと感嘆の息を漏らすほどその笑みは美しい。
私も彼女のような笑みを浮かべられたら…ユウタが虜になってくれるだろうか。
…何を考えてるんだ、私は。

「実はね、この前魔界を出て向こうの街に行ったら変わった男の人に会ったのよ」
「…はぁ」

まぁ、これほどの美貌を持っていればどんな男性にでも出会えるだろう。現に勇者を旦那にしているリリムが他にいるわけだし。あるリリムに至っては一国落したともいうし。
だが…変わったというのは少し気になる。

「変わった、というのは?」
「ええ、その人見たことのない服を着たジパング人なんだけど」
「…」

その言葉に一瞬ユウタの顔が浮かんだ。
黒髪黒目、ユウタもまたジパング人の姿だ。さらに言えば着ている服は私も知らない不思議なものだ。
変わった男、と言われるのも当然な姿。


「あ、名前は『黒崎ユウタ』っていうんだけど」


頭の中が一瞬真っ白になった。
黒崎…ユウタ……?
その名前には聞き覚えがあった。あって当然じゃないか。
その男は私とともに暮らしているのだから。

「…」
「あら?どうしたのヒルダ」
「…あ、いえ…」
「でね、そのユウタっていう人と―」

そこから先のはよく聞こえなかった。
聞こえる言葉は断片的なもので話の要領を得ることができない。
『街中』
『買い物』
『一緒』
『興味深い』
ああ…そうか、フィオナ様がユウタと………。

「でね…あれ?ヒルダ、どうかしたの?顔色悪いわよ」
「い、いえ…別に」

そうは言うものの床に足がついている感覚がなかった。
ふらふらと、まるで浮遊しているかのようでそのまま奈落の底へと落ちていきそうな不安に包まれている。
そのまま壁にもたれ掛かりそうにそうになるのをなんとか踏みとどまる。ドラゴンである私がそんな姿を見せられるものか。
それでも、これ以上フィオナ様の話を聞いていたくなかった。

「すいません…失礼させていただきます」
「あら?やっぱり体調悪い?」

その質問に答えられるほど今の私に余裕がなかった。
ただ一礼して私は傍の大きな窓を開けて逃げるように飛び去った。












ユウタと共に街で買い物…。
今までにそういうことを私はしたことがなかった。買い物だってユウタが勝手に行って買ってくるし、私自身それほどものを必要とすることがなかったし。
先ほど話をしていた時のフィオナ様の顔はとても嬉しそうな表情をしていた。
あれは偽りのものではなくて本心のものだろう。それほど嬉しく、彼女の中で楽しい出来事だったのだろう。
だが、それは私に関係のないことだ。
別にユウタが誰と話そうが、誰と付き合おうが、それは関係のないこと…。
そうだ、関係ないんだ…だって私は…ユウタとは何も…何もないのだか―

「―…っ」

何もない。
果たして本当にそうなのだろうか。
ならどうして私はここまで不安になっているのだろう。
どうして、フィオナ様がユウタに会ったことを気にしているのだろう。
フィオナ様はリリムだ。男性ならば誰もが虜となる魔性の女性だ。相手がどれほど歴戦の戦士だろうが、どれほど名高い勇者だろうが惑わすことなんて容易いことだろう。
そんな女性を前にあの男が平然としていられるだろうか。
逆にあんな男にフィオナ様もまた興味を持たずにいるだろうか。

「…何を、不安がっているんだ、私は」

自分で口にして確認する。
ユウタは私のものだ。
ユウタの所有者は私のものだ。
ユウタは―


―…本当にそう思ってるのだろうか。


私だけがそう思ってるだけで、ユウタ自身は違うのではないか。
それを今まで聞いたことはなかった。
聞くまでもなかったからだ。
そんなこと確認するまでもない事実なんだ。
事実…なんだ…から……。












「…」
「お疲れ様ですわ、フィオナ様」
「…なんだかこれ、私が嫌な女みたいじゃない?」
「まさかそんなに膨れないでくださいまし。綺麗なお顔が台無しですわ」
「…だって」
「ヒルダさんにしたことが嫌でしたの?それとも…その御人に興味を持たれたりしたのです?」
「…両方、かしらね。あのヒルダがやっと女性らしくなってきたし、ユウタも私が傍に寄り添っても顔色一つ変えてくれないんだもの。それなのに優しくしてくれるし」
「その御人、紳士なのですね」
「…いいなぁ、ヒルダは」
「望ましいですの?」
「ええ。魅了が効かなかったこともあるけど…私をリリムじゃない女の子として見てくれたんだもの」
「ふふふ、素敵な御人ですわね。ヒルダさんもその御人のそんなところに惹かれたのでしょうね」
「…いいなぁ、ヒルダは」












「…帰ったぞ」

いつものように中にいるだろうユウタに向かって声を掛けた。
ここには温かな笑みを浮かべて「お帰り、主人」と言ってくれるユウタがいる。
今日も私の帰りを迎えるように…。

「…」

返ってこない。
…部屋にでもいるのか?

「帰ったぞ」

先ほどよりも大きな声で住居内に響かせるように言った。
しかしそれでも物音一つ返ってこない。
…また眠っているというのか?
……いや、違う。
確か今日はユウタが買い出しに行くと言っていたか。
食材の方がそろそろ切れそうだとかそんなことを言っていたか。
それで…今日一日は帰ってこないと言っていた。

「…」

このままつっ立っているのも仕方ないのでテーブルのある部屋に入って椅子に座った。
普段は一人でいたこの部屋がやたらと広く感じられる。
いつもはずっと一人でいたこの空間が静かに思える。
これが…日常だったというのに。
たった一日。ほんの一日。
あの人間がいなくなった時間はただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの一日。
だというのになんだ、この虚しい気持ちは。
それなのになんだ、この不安な感情は。
胸に埋まっていたものが引き抜かれてしまったようなこの感覚は。
瞼を閉じればそこに見えるのはいつものユウタの姿。
なのにその隣に誰かがいる。
誰だかはわからない。
それはヘレナかもしれない。エリヴィラかもしれない。ヴェロニカかもしれない。フィオナ様かもしれない。
誰かがユウタの隣にいる。
ユウタが誰かのものになる。
ユウタが私のものでなくなる。
それがたまらなく不快で、とても不安だ。

「…ユウタ」

気づかぬうちに私の口からあの男の名が溢れていた。
たった一言、たった一度、口にしただけで胸が締まるように苦しくなる。
それでも嫌な苦しさじゃない。

「…ユウタ」

先ほどよりもハッキリと名を呼んだ。
それでもその存在はここにはいない。
何度呼んだところで私の傍には来てくれない。

「いつまで待たせるつもりだ……っ」

自分でも出したことのない弱々しい声だった。自覚しているのに口を開けば次々と漏れ出してくる。
止められない。
今までせき止めていたものがわずかな隙間から漏れ出すように私は次々と零していく。

「早く…帰ってこい……ユウタ………っ」

声が震えていた。いや、震えていたのは声だけではなかった。
体が、心が、震えている。
一人は嫌だと。
一人は怖いと。
今まで一人で生きてきたというのに。
あのときまでここには私一人しかいなかったというのに。

「…ユウタ……っ」

今私の顔を見たらあの時の、眠っていた時のユウタと同じ顔をしているだろう。
あぁ、きっとこんな気持ちだったんだ。
ユウタはいつも笑っていたがあの笑顔の裏にはこんな気持ちを胸に隠していたんだろう。
また彼の名が私の口から零れ落ちたその時だった。

「ただいまー」

ドア越しに聞きなれた声がする。
誰のものか確認するまでもない、彼の声。
私はすぐさま椅子から立ち上がり、部屋から出た。

「あ、主人そこにいたんだ」

そう言ったユウタは両手に袋をかかえながら両肩にバッグをかけ、背中にもいくつか背負っている姿だった。一人で持つにはあまりにも多すぎる量で顔が荷物に隠れて見えない。だが器用に荷物と荷物の間から覗き込むように私の姿を確認していた。

「ごめん、ちょっと遅れた。主人は夕食もう食べた?」

抱えていた荷物を全て部屋の隅の方に置いてにこりと笑う。
いつものように、いつもどおりに。
それだというのに見ただけで胸が温かくなる。
それだけで…心が安らいでしまう。
ただ、それだけ……それだけなのに…………。
私は自身の体を抱きしめ、そのまま膝を付きそうになった。
情けない、私がたった一人の人間に、たった一人の男性にここまでかき乱されるなんて。

「…どうしたの、主人。具合でも悪いの?」

やめろ、そんな目で見るな。
そんな優しい目で私を見るな。
私はドラゴンだぞ?
地上の王者だぞ?
こんな人間一人に心配されるような脆弱な存在じゃない…。
ここまで落ちぶれた存在じゃない…っ!
なのに…なのに……っ!

「…主人?」
「貴様は…っ」

私はユウタの服を掴んでいた。爪できつく、それでも切り裂かないようにして。
そして、離さないように。

「今までどこをほっつき歩いていた…っ!」
「え?いや、街から帰り道一直線に来たんだけど」
「貴様はっ!」

そのあとに続いた言葉は私自身が驚くものだった。

「私を一人で、どれだけ待たせておくつもりだっ!!」

それは私の叫びだった。
それは私の心だった。
言いたくない、認めたくない、それでも変えられない本心。

ユウタはわかってない。

―目の前にいる私の日常を変えられてしまったかを。

ユウタは知らない。

―こうして言葉を交わすたびに私がいかに心をかき乱されるかを。



―黒崎ユウタと名乗ったこの男は理解できていない。



―私が、どれほど心を許してしまっているかを。



私自身が理解していなかったがそれでも心は違った。
ドラゴンだというのにこんな男一人が傍にいるだけで明るく、話しているだけで楽しく、共に過ごしているだけで温かいと感じてしまう。今まで一人で生きてこれたのに、この男がいなくなったとたんにあのような不安に駆られた。
こんなこと今までなかったというのに。

「主人…?」

怪訝そうに、それでもやはり心配そうにユウタは私の顔を覗き込んでくる。
ただそれだけでも私の心臓は鼓動を早め、胸の奥がじんわりと温かくなった。
だが、足りない。
それだけでは私は満足しない。

「貴様は…誰のものだ…?」
「…え?」
「貴様は誰のものだと、聞いているんだ…」

今更確認するべきことでもないだろう。私の居住に住ませてやって、私を主人と仰がせてやっているんだ、その答えはただひとつしかない。


―それでもその言葉を聞きたいんだ。


―それが私は欲しいんだ。


だがユウタは私の欲した言葉とは真逆のことを口にした。

「…いや…特に…別に誰のものとか、そういうのないけど」
「…は?」
「だから…特にオレはオレで、誰かのものとかそういうのはないって。もの扱いされるのはちょっとオレも嫌だしさ…って」
「…………貴様はっ!」

私はユウタの胸ぐらをひっつかんだ。
それだけでは飽き足らず尻尾を足に絡めて固定する。これでどうやろうともまず逃げられまい。
そんなことをされたユウタは驚いた表情を浮かべているが今はそんなことじゃない。
私はユウタを引っ張りある一室に入っていった。





ドアを乱暴に閉めて部屋の中央に大きく陣取るそれにユウタの体を叩きつけた。

「あだっ!」

柔らかめにできているとはいえ、勢いが強すぎたか流石に顔をしかめていた。
だが気にしている場合じゃない。私は続いてそこに上がる。

「え?何?主人、部屋に連れ込んで何の用?」

そう、ここは私の部屋。
宝石や金はない、ただ寝るためだけの部屋だ。
だがそこにあるベッドは当然高級品であり寝心地も最高。また魔法をかけてあり手入れをしなくともいいという優れもの。
そんなベッドの上にユウタを寝かせ、私はユウタの上に跨った。
顔を近づけ、先ほどの質問をもう一度する。

「貴様は…誰のものだ?」

吐いた息が頬をくすぐり、鼻先が触れ合う距離。
体は触れ合い服越しながらも温かな体温が伝わってくる。

「いや…主人?」

未だに理解できないというような顔で焦りながらも視線は私にだけ向けられている。
吸い込まれそうな闇のようで、どんなものよりも輝く宝石みたいなその瞳。
その瞳が欲しいと訴えるのはドラゴンの本能か。
この人間が欲しいと叫ぶのは私の本心か。
さらに欲しいと願うのは…。

「言え…貴様は、誰のものだ…?」

手を体に這わせ、尻尾で足を撫でて、爪先で脇腹を撫でる。くすぐったかったか身を捩る姿を見て胸の奥がまた熱くなった。

「いや…急に何、主じ…んっ…」
「…まだわからないのか」

ここまで迫って私の欲しい言葉を言えないなんて正直感心してしまうほど。意地を張ってそのような言葉を続けているというわけでもないだろう。
まぁ確かにこの男は私が前に立っていたところでドラゴンという対応をしていなかった。それどころか怯えずマイペースをし続けていた。それはただ単に鈍いというだけなのかもしれない。
なら、それでもいい。


―ただわからせればいい、認めさせればいいだけなんだから…。


私はもう埋める距離もないほど近づいた体をさらに押し付けた。
顔をユウタの耳元によせ、そっと囁く。

「貴様は…私のものだ」

ぞくりと、一瞬体が震えた。
それは私の体だったかもしれないし、囁かれたユウタ自身だったかもしれない。
自分で口にするたびにじわじわと熱が湧き出してくる。

「私の、ものだ…っ」

とても大切な、一生手放せない宝物。
何よりも価値のある、私のもの。
耳に口づけを落とし、首筋に吸い付いて証を残し、また同じ言葉を囁く。
首には赤い、私の証が残っていた。

「しゅ…じ、ん……っ」
「お前は私のものだ…♪」
「っ…」

一度声に出すたびにユウタは恥ずかしそうに顔を背けようとする。
そんなことは許さない。私は両手を頬に添えてよく見えるように固定した。

「いいか、ユウタ…お前は私のものだからな…♪」
「だから、いきなりなんなのさ…主人」
「わからない男だな…なら」
「っ!?」

私は顔をさらに寄せて自分の唇をユウタの唇に押し付ける。
突然の行動にユウタは驚き目を見開くも私の体を押し飛ばそうとはしなかった。
ただ単に驚いて行動できなかったのかもしれないが構わない。私はそのままさらに深くまで口付ける。

「んむ…ん、ちゅ♪…ん、あ、はむっ…ん、んん、む♪」

唇が重なるたびに甘い甘い香りが湧き出してくる。
生クリームのように甘ったるく、チョコレートのように深く、バニラのように濃厚で、果実のようにスッキリとした味。
それがもっと欲しくて私はさらに舌を唇の間から差し入れた。

「んちゅぅ♪」
「んんん!?」

深くまで侵入したことにより感じていたユウタの味がさらに濃くなった。
頭の中まで染み込むような、私の全てを塗り替えるような甘さは啜れば啜るほど湧き出してくる。
もっと欲しい、もっと、したい…っ!
私は無我夢中でユウタの口を貪った。
舌をうねらせ唾液を啜り、隅々まで舐っては舌に絡める。にちゅにちゅと唾液を塗り合わせると蕩けるような甘さと疼くような熱が体の奥から湧き上がってくる。
不思議なものだ。こんなものは今までに味わったことがない。
だがその甘さ以上に胸の中を温かいものが満たしていく。

「ちゅ♪」

名残惜しくも唇に一度キスをして私はユウタから離れた。
先程まで口づけをしていた男の顔を眺める。
真っ赤になって唇を抑え、何か言いたがってるが言えない、言い出せないという顔。
…悪くない顔だ。

「え?あ…ちょっと…え?何してんの、主人」

意味がわからない。理解できない。その気持ちが表情にそのまま現れている。
ここまでやったのに、初めて口づけをしたのに…。

「まったく…まだわからないのか」


―それなら、わかるまで続けてやろう…♪


体を押し付けた私は爪をユウタの服に這わせていく。
ちょうどボタンがかけてある部分をなぞり、器用に外していった。
その下に着ていた真っ白なシャツも同じようにしてボタンを外し上半身が露になったところで今度はベルトに爪をかける。
変わった作りをしているが…これでは外すのに手間取ってしまうな。
後で直せばいいか。
私はそう思って強く指を押し付け切り裂き、ズボンを取り払った。

「わっ!ちょ!?主人っ!!」

普段露出が少ない服を着ているユウタだが…こうして見ると意外と体を鍛えているらしく適度に絞られ筋肉がついていた。
身長的には私の方が上だというのに、随分と頼りがいのある体だ。
手のひらに感じる硬めの感触と温かな体温。
それから伝わってくるユウタの鼓動。
早鐘のように激しく打っているのは興奮しているからか、昂っているからか。
私はそのままゆっくりと手を下に下げていく。
そして指先に触れたのは鉄のように硬く、火のように熱い塊。

「っ…」

一瞬ユウタの体が震えた。その反応に私は笑みを浮かべる。
やはりここが敏感なのか。
私とてこういう知識がないわけではない。
魔界で魔王城にいればこんな話は嫌でも聞かされる。
下らない色恋沙汰、旦那の自慢話、惚け話だって話されては性交のときの話までされる。
正直なんと汚らわしいと思っていたが…聞いておいたのは正解だったか。
蓄えられた知識を総動員して私はユウタの体を、そこを撫でまわす。
それが男性にとって一番気持ちがいいところ。
それから私が受け入れるところ。
どこをどうすればいいか、次に何をすればいいか。
あやふやだけどわからないワケじゃない。
何がしたいかわからないワケじゃない。
だって私の中では―

―生物的な衝動が番を望み。

―メスの本能がオスを欲し。

―心がユウタを求めているのだから。

「く…ふっ……」

声を出すまいと必死に歯を食いしばる姿。
何を必死にこらえているのか、どうしてそこまで恥じているのかわからない。
だがそんな姿はそそられる。

「何を堪えているんだ…」

楽しむように呟いて私は自分の体を撫でた。
途端に普段は肌を覆っているウロコがベッドへ落ちた。いつもは魔力で固定し纏っているから着脱は簡単にでき、ほんの数秒で私は大切な部分を隠すものがない一糸まとわぬ姿となった。
激しく胸打つ鼓動に合わせわずかに震える大きな胸、先端は固くなり空気が触れるだけでぞくりと疼く。下半身の秘所からはねっとりとした液体がとめどなく溢れ出してくる。

「主人…っ」

口ではいやいや言いながら抵抗していたユウタだがそれでも視線は私の体に釘付けだった。
ユウタが私の体に見とれている。
それがたまらなく心地よくて気持ちいい。
視線を感じるだけで体の奥が熱を帯びて、秘所から粘液が滴り落ちた。

「堪えてどうする?我慢なんてして何になる?」

私は下着の中からユウタ自身を取り出した。
初めて目の当たりにするそれは太く大きくビクビクと小刻みに震えていて先端からは透明な液体が溢れていた。話には聞いていたがこれが興奮すると出る液体か。ということはユウタは私の愛撫に、体に興奮を覚えているということ。
…嬉しい。それもすごく。
まるで乙女のような、ドラゴンとは思えないような感情を抱いている。
それでもこの気持ちは紛れもない私のもの。
それから、ユウタの全てを私のものにたいというのも。

「堪えるな…我慢なんて許さないぞ…」

根元を強すぎない力で握り、先端を秘所に合わせる。
触れるか触れないかのところまで腰を下ろすと溢れ出した粘液が滴りユウタのものに降りかかった。

「ただ感じていればいい。それを与えてくれるのが誰なのか、自由を握るのは誰なのか」

私はユウタを見た。
抵抗する気は失せたのか私の言葉を黙って聞き入れている。
視線はこれから交わる部分に注がれて荒い息遣いが聞こえた。
私は笑みを浮かべる。
きっと蕩けた笑みを。
それでいらやしい笑みを。

「一体誰が主人なのか思い知れ」

ちゅっと、もう一度ユウタの唇にキスをして私は続けた。
先程から何度も聞きたかった言葉をユウタ自身に分からせるために。



「ユウタは私のものなのだから…♪」



その言葉と共に私は腰を下ろした。
男の熱しきった棒がズブズブと何も入れたことのない私の中に押し入ってくる。

「あ、ぁああっ……うぁ、んん……っ!!」

入ってすぐに純潔である証を突き破り、痛みが体中に走った。
痛い。まるで身を引き裂くような痛み。
それでも腰の勢いは止められない。

痛みよりももっと大きくもっと強く、私はユウタのすべてを欲していたから。

だが感じるのは痛みだけではなかった。
秘肉同士がこすり合って生まれる強大な感覚は私の中で快楽となって爆発する。

「ぁああああああああああああ♪」
「う、ぁ……熱っ」

ぱちゅんっと水質的な音と共に私の腰はユウタの腰にぶつかった。
はい、った…。
ユウタをすべて私の中に収まっている。
感覚を研ぎ澄ませてみると炎のように熱い存在が力強く脈打っているのがわかった。
あぁ…やっと、ようやく…♪
その事実を確認して荒れていた支配欲が満たされていく。
その代わり赤い一筋の液体が滴って、ベッドに染みを作った。

「ぁあ……っ!?主人、それ……」
「あぁ、はぁあ…♪」

私の中をかき分けて、飲み込んでつながった大切なもの。
その証拠に内側から感じるどくんどくんと脈打ち震える熱い塊。
あぁ…ユウタが、私の中に…♪
体は裂かれるように痛むがそれ以上に嬉しさが胸を満たしていた。

「主人…痛く、ないの?」
「あ、んん…平気だ…」
「いや、でも…血出てるし…」
「なんだ…心配しているのか」
「そりゃ…」

ユウタが心配してくれる。
先ほどは認めたくなかったがやはり嬉しい。
私はユウタの頬に手を添えて安心せるように囁いた。

「心配するな…ユウタは何もしなくていい、から……」
「いや、主人。そうじゃなくって…」
「ふぅ、んんっ♪」
「っ…!!」

そうしてゆっくりと腰を引き上げる。
痛みはまだあった。だがそれ以上に快楽があった。

「ふ、うぁぁぁ♪」

熱くたぎった杭のような感触が上下し、カリ首が私の中を引っ掻き回す。
今までなかった感覚に身の内側がざわめいているように感じられる。
私はその感覚に導かれるままに徐々に早く腰を揺さぶった。
もっと擦って欲しい。もっと奥まで飲み込みたい。
肉癖をごりごりと削るように刺激しては私の頭の中を真っ白に染め上げた。
先端が奥を叩くたびに声が漏れ、体を震わす快楽が生まれる。

「はぁあ♪ん、ふぅ♪ぁ、ああっ♪あ♪」

気持ちいい。
キモチイイ。
こんなのは私ではないと、ドラゴンとして、王者としての尊厳がこんな姿を否定する。このような姿ではないと。王としての姿ではないと。
それでも私はこの感覚に染められている。
それ以上に、満たされている。
私に跨られ逃げ出すことも許されずに快楽に翻弄される大切な存在。
快楽を得るたびにユウタもまた同じように快楽を得て体を震わせている。
それは私と体を重ねていることが気持ちいいから。
交わることがキモチイイから。
私がユウタに快楽を与え続ける。

「ユウタは、ぁあ♪私の、中は、あん♪気持ち、いいか…?」
「え?ぅ……そ、りゃ…きつくて熱くて…気持ちいいけど……っ」
「そうか…♪」

女として褒められることは初めての経験だが…悪くないものだ。
気恥ずかしくても悪い気分じゃない。
むしろ、いい。

「でもっ主人…ほんとに、待っ…て…っ」

せめて腰の動きを遮ろうとユウタは私に手を伸ばした。
弱々しくてまるでさまようゴーストのように伸ばされた二本の腕で私の動きを止め切れるわけがない。
その手を見て私は自分の手と重ねた。
押さえ込むように上から押し付け、包み込むように握りこんだ。
私の指は四本しかない。それになにより人間のモノよりも大きい。
それでも指を恋人のように絡ませ合うことができないわけでもなく、私はユウタの指に自分の指を絡ませた。
手のひらから伝わるユウタの手の温度と感触。
触れ合っている。それは繋がっている刺激とは比べるまでもなく小さなものだが快楽とはまた違った温かな気持ちになれた。
弱々しくもユウタの指に力が入り切なげに手を握る。
それがまた堪らない。

「待たないっ♪ほら、ぁあ♪もっと、私を…んん♪感じろっ♪」

蜜でトロトロになった秘肉を肉杭が割り開くだけで頭の奥が痺れ、蕩けるような感覚が体を駆け巡る。
四肢が震え、背を反り返し、膣内はユウタに絡みついてはきつくきつく締め上げた。

「ユウタはぁあっ♪わたしの、ものだっ♪私の、ぁ、んん♪」

いやらしい音を部屋に響かせ、入ってくる肉棒を逃がすまいと抱きしめる。
腰を上下に動かすたびに生じる快楽。
言葉を口にするたびに湧き出す悦楽。
それでも、足りない。まだ、足りない。
この程度じゃ満足できない。
私は私が思っている以上に貪欲なのかもしれない。

「うぁ、ああっ…しゅ、じんっ…!!」

今にも泣き出しそうに真っ赤な顔を歪めてか細い声で私を呼ぶユウタ。
その顔が、その声がたまらなく愛おしい。
ただ見ているだけでもぞくぞくと本能を刺激してもっと見たいと思わせてくる。
私は目一杯腰を下ろしてユウタの全てを飲み込んだ。

「っ!!」
「はぁあっ♪」

全身を貫くように走る快感に体が震えた。
先端が一番奥に、子宮口にめり込む感覚がわかる。
次の瞬間私の中でユウタが脈動して一番奥に熱い、沸騰しているような熱いものが注ぎ込まれた。

「ふぁぁああああああああああっ♪」

熱いのが沢山私の中に流れ込んでくるっ♪
何度も何度も脈打っては先端から子宮の中へとユウタの証が入ってくるっ♪
もう何回絶頂へと押し上げられたかわからないほどだというのにそれ一度だけで一気に達してしまった。
気持ち、いいっ♪
感じる快感は先ほどよりもずっと強く、さらに甘い。
それ以上に満たしてくる。
私の胸を充足感が、幸福感が一杯に埋め尽くしてくる。

「あぁぁああ…はぁっ♪ぁ……♪」

ようやく絶頂の波が引くが体に力が入らない。腰も砕けてしまったかのように動かなかった。
手をついて体を支えているのだがこちらにも思うように力が入らず前に倒れ込んでしまう。
自然、ユウタと体が重なった。

「しゅじん……」

すぐ目の前に顔がある。
疲れの色を見せるも真っ赤になりながら快楽に蕩けた顔。
そうさせたのは私であって。
この表情を浮かべているのは私の大切な宝物。












腹の奥に今まで感じたことのない満たされた感覚がある。
たっぷり注がれた精液が中で波打つだけでも思わず声を漏らしてしまいそうだ。
それを一滴も漏らさないように未だに私の中にあり続ける男の証。
ただ動かずともじんわりと伝わる優しい快楽。
私の中に大切な存在がいる。
先程まで欲のままに貪り、精を流し込んだ存在は―私の大切な宝物は横で眠っていた。
…流石に疲れてしまったか。
抜かずにずっと彼の上で腰を振り、求めては精を何度私の中へと吐き出させたか覚えていない。ただ気持ちよくて、ただ愛おしくて何度もしているうちに歯止めが効かなくなってしまった。
ただでさえドラゴンと人間には大きな差があるというのに無理をさせすぎたか。
私は目の前で眠っている彼の頬に手を添えた。

「ユウタは…私のものだ…」

先ほど何度も口にして、言い聞かせた言葉をまた口にする。
その相手は眠っていて私の声など届いていないだろうが、それでも構わない。
頬を撫でて私の証を残した首筋を伝い肩に触れて手を止めた。止めて、顔を見てみる。
そこにあるのは安らかな寝顔。
あの時見た寂しそうな顔ではない、子供のような幼さを感じさせる寝顔。
それを見て気持ちが暖かくなり、安心する。
それなのに、ちょっとだけ心配になる。
寂しい表情でないことはいい。
あんな顔は見ていられない。

私は一方的にユウタを襲った。返事は聞かず、力で押さえつけて無理矢理に。
何度も私のものだと言い聞かせては貪り続けた。


―だから聞いていない。



―ユウタは私のことをどう思っているか。



主人だなんて呼ばせてはいるがユウタは私のものになってくれるのか。
先ほど聞いたときに言っていた。
自分は誰かのものとか、モノ扱いされるのはちょっと嫌だと。
それがきっかけとなったというか引き金になってしまったというか…結果的に襲うような形になってしまったが。
ユウタ、お前にもう一度聞いたら…なんて答えてくれる?
お前は…私のものになってくれるか?
ユウタは―

「…ん」
「!」

一瞬ユウタが身を捩って私の体を抱きしめてきた。
寝ぼけているのかそのまま体を寄せて甘える子供のように頬ずりをしてくる。
…可愛い。
思わず頬が緩んでしまい胸の奥が温かくなってきた。

「…本当は、甘えたかったのかもしれないな」

そんなユウタの頭を撫でて私は小さく言った。
仕事ができる。気が配れる。私のことを考えてくれる。それでも自分に対しては何もしない。
自分に厳しくするからこそ、甘えることなんてできやしない。
昔からそうだったのかもしれない。
私が知らない、ユウタの昔のこと。
…いつか聞いてみようか。
少しは…いや、もっとユウタのことを知りたい。
どこから来たのか、今まで何をしていたのか。
それから―


―ユウタは…私をどう思っているのか。


「…おやすみ」

ユウタを抱きしめて体の感触を確かめて、離さないように尻尾まで絡めた私は唇にそっと口づけを落として眠りに落ちた。

















「…」

………寝た?
主人……寝た?
…………………………………反応ないな、よし。
オレは抱きしめているドラゴンを起こさないように体を抜こうと動き出した。
ゆっくりベッドに手をついて体を徐々にずらしていく。
だが、抜けない。

「…」

尻尾が絡みついている。腕が頭をかき抱いている。
そしてなにより未だに体が繋がっている。
離れることを厭うように、二度と離さないとでも言わんばかりに。
なんとか力づくで体を引き離そうとするも彼女の手はそれを許してくれない。
柔らかく抱きとめた腕は決して痛みを感じさせないが温もり溢れた束縛はオレが思っている以上の力が込められていた。
もともと人間とドラゴン、力の差がありすぎる。
…仕方ないか。
オレは小さくため息をついて体から力を抜いて、主人の顔を眺めることにした。
白の絵の具に薄いピンクを混ぜたみたいな透明感のある肌。桜の花びらを思わせる艶やかに照る唇。すっと通った鼻筋にたいした手入れもしていないのに綺麗に整った紫の長髪。
今は瞼は閉じているが先ほど愛おしいものを見るようにむけてきた血のように赤く、宝石のように輝く瞳。
だが決して人間にはない、頭の上から後ろへ向かって生えた雄々しい角がある。本来耳がある部分には異形の耳。背中からは大きな翼が、臀部からは大きな尻尾が。
人間にはないドラゴンの証。
今はどうやったのかわからないが剥がれ落ちたウロコの下に隠れていた大きな胸、細いお腹、むっちりとしたお尻。
女性ならば誰もが憧れ、男性ならば誰もが一度は目にしたいと思う程のプロポーション。
街に行った時に似たような姿をした戦士の女性や、両手が翼の女の子も皆が皆可愛らしくて美しかったが彼女もまた同じように美しい。
とんでもない絶世の美女。


そんなドラゴンがオレの支配者。



そんな彼女がオレの所有者。




そんな女性がオレの主人。



自分の首筋に手を当てた。
そこには見えないが彼女が付けた唇のあとが残ってる。
まるで自分のものだと主張するかのように。
誇示して、顕示して、認めさせるように。
それを無理やり分からせるなんて…なんていうかいつもの主人らしくなかったな…。
いや、そんなような予兆はあったか。
以前ならオレを『人間』と素っ気なく呼んだり、人のやることに小言を言ったり、一々嫌味っぽいことばっかり口にしていた。
それが最近はちょっと優しい。
以前はちょっと眠りこけてしまったとき主人が帰っていたらしいのだが起きたとき『ああ、もう起きたのか』なんて声をかけられた。本来なら蹴飛ばされてもおかしくなかったというのに…いや、もしかしたら炎吐かれてたかも。
それだけじゃなくなぜだかよく笑うようになったしオレの名前まで呼ぶようになった。
さらに言えば街から帰ってオレよりも先に戻っているとなぜだか寂しそうな顔をしている。まるでおいてけぼりにされた子犬のような表情を浮かべていることが多々あった。
最近主人は寂しがり屋だなーなんて軽く思っていたけど…まさかこんなことをされるなんて思いもしなかった。
目の前で主人は安らかに、まるで赤子のように静かに眠っている。
先程まではあれほど痴態を見せつけ、オレを自分のものだと言っていたというのにこうして見ると一人の女性なんだよな。
ドラゴンだなんて胸張っていた始めの頃。
オレを所有物だと言い張った今さっき。
正直困惑したし戸惑った。
それでも正直嬉しいところもあった。
こんな美女のものになるというのは陶酔するほどのものだろう。
だけど、それ以上に。
今目の前で安らかな寝顔を見せる彼女を見て思う。


―こんな顔を見れるのならば主人のものになるのも悪くないかもしれない。


実は数回、主人の寝顔をのぞき見たことがあった。
初めて見たのは仕事を終えてそのあと何をすればいいのか聞こうとしたとき。
主人の部屋をノックしても返事がなかったから入って確認したとき、ベッドの上で眠っている主人がいた。


―悲しそうな表情を浮かべて眠る、ドラゴンがいた。


彼女は自分を地上の王者と言っていた。
彼女は誇りを胸にいつも凛とした姿を見せつけていた。


―でも、だからこそ誰よりも心は脆いのかもしれない。


王者だからこそ誰も寄せ付けず、誇り高いからこそ自分の本当の姿を見せない。
そんなんだから今までずっと一人だったんじゃないか?
だから彼女は一人で悲しそうな寝顔をしていたんじゃないか?

それがこんなに安らかな表情を浮かべている。

あれほど膨大な快楽を注ぎ、貪ってきては何度も自分の証をつけて所有物にしようとする主人の姿は荒々しくも一人の女の姿だった。
行為の最中は互いの感覚に酔いしれながらも愉悦に浸った笑みを見せた。
そして今はこんな顔を見せている。
こんな表情をまた浮かべてくれるのならば…主人のものであり続けるのも悪くないかもしれない。
行くあてはない。
帰る場所はない。
存在意義もなにもないこんな世界で今のオレにできることなんて限られている。


だったら主人のものでいよう。


大切なものだと言われるのも悪くない。
彼女がこんなふうに安らぐのもまた悪くない。

「…主人」

オレはそっと主人であるドラゴンの頬に手を添えた。
柔らかくて温かい頬を撫でると彼女はくすぐったそうに身をよじる。
その姿が微笑ましくてオレは小さく笑みを浮かべてそっと呟いた。

「―       …」

聞こえないように、聞き取れないように。
小さく言って手を戻し、彼女がしているようにオレからも腕を回して再び抱きしめる。
主人のものであるように腕の中に収まって、離れないようにと身を寄せて。
そして、オレもまた主人と同じように眠りについた。



―HAPPY END―
12/08/31 20:12更新 / ノワール・B・シュヴァルツ

■作者メッセージ
今回はちょっと書き方変えてみました

価値観が通用しないってお互いに戸惑いますよね
地上の王者であるドラゴンと現代で生きてきた高校生
食い違ってしまってるけど、でも互いに互いが必要になってきたり…

そんなこんなで今回はドラゴンのヒルダさんでした
もっとベタベタさせるべきだったかな…

実は彼女以前リリムルートで一度、セリフが一回あっただけでしたが出ていましたw
懐かしきヒロイン達もまた登場です
こうして見ると皆旦那探しに必死だけどいい方々なんですよね







師匠編とうとういくとこまで行ったのですが後日談であるエピローグ追加ということでもう少し先になりそうです
楽しみにしている方、大変申し訳ありません
期待してくださっている方、応えられるように頑張らせていただきます!

それでは次回もよろしくお願いします!!


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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33