エッチなお話し・ま・しょ♪
ここは港町で一番大きな宿屋の一室。
あたしたち海で暮らす魔物も利用できるように室内まで特殊な水路が引いてある建物。
二階建てであり、部屋の数も多いのだが豪華な装飾はされていない質素な作りなのはおそらく水路にほとんど予算を使ったからだろう。
だからこそこの宿を利用するお客は沢山いるし、あたしだってこうして利用している。
だけど今まで海で暮らしていたあたしにとってここを利用する必要は本来ない。
ここにいるのはあたしのためではなく、彼のため。
以前あたしが海の中で気絶していたのを見つけて助けてあげた彼のため。
彼はどこにでもいる人間であり、シー・ビショップの儀式を受けていない普通の人である。
そんな彼のためだといっても当然ながら海中にあるあたしの家で看病なんてものはできない。
だからこそここにあたしと彼はいた。
部屋から海を見わたすことのできる大きなテラス、そこへ置かれた真っ白なテーブルと二つの椅子。
その片方にあたしは座り、もう片方、向かい合うようにしてあたしの目の前に彼はいた。
空の青さよりもこのテーブルの白さよりも、港町の様々な色よりもずっと目立ち目を引く黒髪黒目。
どちらも夜の闇を切り裂いたような黒一色。
同じ色の上下の服。
高価そうに輝く金色のボタンは一番上だけ空いていて下に着ているこれまた高価に思える真っ白な絹で出来ているような服が見える。
見たことあるはずの特徴なのに、今まで見たことのない服装。
黒崎ユウタ。
彼は一言で表すならば不思議というその言葉に尽きる男性だった。
ジパングの出身者と同じ特徴である黒い髪の毛、それと同じ色の目。
太陽の光も月の光も、全てを吸い込む闇のような瞳。
今までに遠くで何度も目にしてきたジパング人とは何かが違う。
決定的に何かが違った。
それが何かと聞かれればわからないとしか答えられないんだけど…。
―だけどもそれ以上に不思議なことが彼の常識だった。
この港町を歩けば感嘆の声を漏らし、街ゆく人々を見れば驚きに目を見開く。
中でも一番驚いたのが魔物の姿を見たとき。
マーメイド、スキュラ、シー・スライムなど水路を泳ぐ彼女たちを見かけるたびに目を丸くしている様子は見ていて面白いものがあった。
その中でも一番すごかったのは初めて出会って助けてあげたときのこと。
メロウであるあたしと、シー・ビショップであるセリーヌを見たときの驚き方がすごかった。
「…………え?ちょっと…え?何でその…えっと…え?人魚?」
何回もえ?を連発していたユウタはなんというか、初めて人間以外の存在を目にしたかのような驚き方だった。
目にしたことがないというよりもその存在を知らなかったというような。
知っていたとしても信じていなかったというような。
ユウタは今まで魔物を知らなかったのかしら?
人間と魔物が共に住む世界で…いや、考えたくないが魔物を嫌う教団もある。
でもその両方ともが魔物の存在を知っているし、目にしたことはなくとも知識はあるはず。
どんなに森の奥深くであろうとどんなに荒れ果てた大地であろうと、どんなに燃え盛る赤い山だろうと、そこに魔物は存在するのに。
教団の人間だと考えるにはあまりにも知識がなく、常識にかけている。
もしかしたら記憶喪失だろうかと考えたがどうもその線は薄い。
自分の名前を覚えているし、聞いたことがなかった名前だったが故郷を覚えていた。
知らないのはどうしてここにいるかということ。
どうやってここへ来たのかということ。
普通考えるなら嵐に揉まれて海に投げ出されたというのが可能性としてはある。
が、それが当てはまるのは普通の船乗りなどだ。
ユウタはあたしの目の前で、空から降ってきた。
嵐だったわけではないし、水平線に船影なんてものは見当たらなかった。
どうしてか、どうやってか、そんなのはあたしが聞きたいくらい。
ユウタは一体…?
それを考えるべきなのだろうけどあいにくあたしはそこまで考えを回せるわけではない。
それこそアヌビスのように賢いわけじゃないのだから。
でもあたしが気にすべきところはそこじゃない。
ユウタは他の人と違っている部分があった。
それはあたし、メロウが最も好きとしている猥談に平然と付き合えるということ。
大抵の人ならそんなもの聞くまでもなく引いてしまうような話でも彼は笑って付き合ってくれる。
それが普通だと言わんばかりに、いつもそうしていたかのように。
からから笑ってあたしの言葉に楽しそうに頷く。
ただそれだけでも嬉しい。
同じ魔物とはいえ付き合うことのできる相手は限られているのだし。
それが男性というのならなおのこと。
彼の笑み一つだけでとくんと胸を脈打たせては熱く疼く感情を奥から沸き立たせる。
こうやって何度も会話して何度もこの感覚を味わって、ユウタを救って数日が経とうとするのに…実は。
―あの時のことは言えてないのよね。
ユウタを助けたあのときのこと。
助けたあと、あたしが必要のない人工呼吸をしちゃったこと。
意識が回復していたときに逆に気絶させるようなことをしてしまったからかユウタにその時の記憶はなかった。
それは嬉しいことではあったが…同時にとても残念であった。
鼻まで摘んで意識を飛ばしちゃったことは悪いと思っているけど、でもキスしたことぐらい覚えておいてほしかったな…。
「でね、思うのよ。学校ってなんて素晴らしいとこなんだろうって」
「へぇ、学校か」
あたしの言葉にユウタは頷く。
学校、その言葉をそれとなく意味ありげに口の中で繰り返して。
それから、どこか遠くを見るような瞳を、寂しげな顔を一瞬だけ見せて。
「まぁ学校っていったらエロいことばっかりだしな」
「でしょ?でしょ?」
肯定の言葉を返してくれたユウタにあたしはテーブルから身を乗り出して近づいた。
途端に狭まった距離。
鼻先が触れそうなまでに近くにあるユウタの顔。
ふと思ったんだけど…このまま顔を近づければ唇が重なるってことも…。
…いけるかもしれないっ!
どこにでもあるちょっとした事故、ほんのちょっぴりの誤ち。
…よ、よしっ!
テーブルに手をついてそのまま顔をさらに近づけようとさらに身を乗り出してそのまま―
「―近いぞ?」
「…」
…普通に拒否された。
いや、キスしようなんて行ってないんだからその行為自体を否定されたわけじゃないのはわかってる。
わかってるけど、なーんか納得いかない。
こうやって、女性のあたしの方から迫ってるのよ?
男としたら嬉し恥ずかしドキドキむふふするってもんでしょ?
まったく。
そのままでいるのも仕方ないのであたしは椅子に座り直した。
そうしてさきほどの会話へと戻ることにする。
他愛なくも退屈のしない、他人には聞かせられないようなエッチで素敵なお話を。
「でね、学校での事なんだけど…例えば」
「例えば?」
「…そうね、先生と生徒でしょ、やっぱり」
「ほうほう、そうすると…どんな感じで」
「それは…♪」
先生:エレーヌ
生徒:黒崎 ユウタ
場所:学校の教室
時間;放課後
「…で、ここはこうなるわけ。わかったかしら?」
「…いえ」
「…何でここまでやってるのにわからないの?皆は普通に高得点とってるのに」
「正直暗記科目は全部苦手でして…」
「そんなんじゃ文系に進めないわよ?」
「オレもともと理系ですので」
「屁理屈いわないの、まったく……あ、それならこんなのはどうかしら」
「はい?」
「暗記しようとするから余計わからなくなるのよ。だから…」
「っ!先生!何で服を脱いで…っ!」
「それはぁ♪」
「っ!!」
「ほら♪こうやって実技でしていけば自然と覚えていくんじゃないかしら♪」
「せ、先生っ!!」
「ああんっ♪ユウタ君のが奥までぇ♪」
「エ、エレーヌ先生っ!」
「ああっ♪どう、かしらぁ♪今、ユウタ君の先っぽに当たってるのが子宮口、よ♪ここの中でぇ、赤ちゃんが、できるのっ♪精液、いっぱい注ぐのよ♪」
「っ!エレーヌ先生、オレ、もう…っ!」
「うん♪ちゃんと、子宮の奥に出してぇ♪」
「エレーヌ先生っ!」
「あああぁぁああああああああっ♪」
「やっぱり先生と生徒はこうじゃなくっちゃ!!」
「流石!よくわかってるなぁ!!」
あたしの言葉に大きく賛同してからからと笑うユウタ。
それを見てあたしも心から楽しくなる。
ただでさえ誰からも相手にされないこんな話をこうして、それも男性とすることができているんだもの、これが嬉しくならないわけがないわ。
シー・ビショップのセリーヌだってこんな話をすれば五秒は固まっちゃうんだもの。
んもう、失礼しちゃうわ。
「けどなー、オレとしてはもうちょっとアクセント欲しいな」
「アクセント?」
「そそ」
椅子に体重をかけていた体を起し、テーブルに肘をついて少しだけ体勢を変えた。
その一瞬、ほんの一瞬だけわずかに空いた胸元から肌がチラリと目に映る。
女性のように柔らかな脂肪に包まれているわけではない、筋肉に包まれながらもしなやかな胸。
やだ、色気満点でエッチね♪
「あれだ、純情な感じのやつ」
「あら、純情?どういうの?」
テーブルに肘をついて彼の話を聞いていたあたしはその言葉に先ほど同様身を乗り出した。
とたんに近づくユウタとの距離。
しかしユウタは先ほどとは違ってそのままでいる。
自分から切り出したからか、それとも二度も注意すべきことではないからか。
だからこそ同時に香るのは女性には絶対に出せない男性だけのニオイ。
独特であり、今までこんなに間近で感じたことのない未知のもの。
それはいい匂いとは言えなくも嫌なものでもなく、不思議と体の奥を熱くするものだった。
でもあたしは好きだけど♪んふ♪
ユウタはそんなあたしを前にくつくつと抑えきれない笑みを浮かべた。
「まぁ。シチュエーションはさっきと被るんだけど―」
生徒:黒崎 ユウタ
先生:エレーヌ
場所:学校の教室
時間;放課後
「…こうですか?」
「そう!やれば出来るじゃないの。どうしてこんなにできるのに一人だけ赤点とっちゃうのかしら」
「いや、どうも苦手なもんで」
「苦手ならここまでできないわよ」
「あはは…」
「まったく」
「…」
「…」
「ねぇ、先生」
「うん?なにかしら?」
「ちょっと相談したいことがあるんですが…」
「あら、いいわよ。勉強の悩みかしら?それとも友達関係?」
「その、先生…オレ…好きな子がいるんです」
「あらぁ♪いいわねぇ♪」
ユウタの話を聞いてあたしは感嘆の声を漏らした。
対してユウタはテーブルの中央に置かれたお茶菓子にそっと手を伸ばす。
そこにあるのはわずかな塩の味を含んだ海の香りがするクッキー。
甘いだけではなくしょっぱさのあるその味は何度食べても飽きをこさせない。
値段も手頃でありこうして話をする最中につまむには最適なもの。
でも…猥談するのにはちょっとおしゃれな気もするんだけどね。
「だろ?同じシチュエーションでもやり方次第で変わるんだよ」
二人っきりの教室で生徒から相談を持ちかけられる先生。
それが恋の話で先生は経験もあるだろう女性。
反対に生徒は男の子、それも性欲お盛ん、色恋沙汰なお年頃。
なんとも青春なシチュエーションじゃないの♪
「で、続きは―」
そうしてユウタは続きを語りだす。
「好きな子がいるの?素敵ねぇ♪」
「それで…」
「うん、何かしら?わからないことがあればなんでも聞いて。先生が教えてあげるから」
「…それで、その…」
「うん」
「オレ…」
「うん」
「オレ…エレーヌ先生が好きなんです…」
「…っ!?」
「エレーヌ先生、オレ…」
「ま、待って…黒崎君…っ」
「エレーヌ先生、教えてください…先生の、気持ち…」
「待って……ダメ、なの…」
「…どうしてですか?」
「だって…あたしは先生だもの…生徒の貴方に…」
「…オレに…」
「こんな気持ち、抱いちゃって…言えるわけないじゃないの…」
「きゃー♪」
予想外にも生徒からいきなりの愛の告白。
それに続いて許されないはずなのに先生からの抱いてはいけない気持ちを伝えられる。
両想いでありながらもイケナイ関係のその二人。
何よこれ!
んもう、濡れてきちゃうじゃないの♪
「ごめんね、こんないけない先生で…」
「エレーヌ先生…」
「本当に、ごめんね…」
「…謝らないで、くださいよ」
「…え?」
「オレ、嬉しいです。先生がその…オレのこと、好きでいてくれたなんて」
「で、でもあたしは…」
「先生、教えてください…このあと、どうしたらいいですか?」
「…でもあたし…その…恋だってしたことないから、教えられないのよ?」
「それでもいいです。いや…むしろ、その…一緒に…」
「…ふふ♪そうね、一緒に、勉強していきましょ♪」
「いーやぁーあぁぁぁあん♪もう最高っ♪」
ユウタの話にあたしは自分自身を抱きしめて体をくねらせ悶えていた。
イケナイ関係、それが共に初めてど・う・し♪
何もわからないからこそ二人で一緒に分かり合っていくなんて初々しくて嬉し恥ずかしもうきゃーきゃーきゃー♪
そんなあたしの姿を見てユウタはやはり笑みを浮かべていた。
ただニタニタと品のない笑みではなくてどこか優しさを感じる笑みに見えるのはユウタの纏う不思議な雰囲気からだろうか。
底が読めないというか、中がわからないというか、だからこそ惹かれる不思議な感覚。
逆にその中にどれほどエッチな話が入ってるのか気になっちゃうわぁ♪
「とまぁ、これが高校生が日常的に考えてることだな」
「コウコウセイ?」
「あ、いや、こっちの話」
時折交わせるあたしの知らない単語。
それの意味はセリーヌに話してもわからないと言われた。
世界中駆けずり回っては様々なカップルを祝福し、海で生活できるように儀式を施している彼女だというのにだ。
世界を回って得た知識ではあたし以上だというのに、それでもユウタの着ている服やわずかな会話に織り交ぜた言葉の意味はわからない。
本当に、不思議な人。
だからこそ、純粋に聞きたくなる時もある。
―ユウタは一体どこからきたのか。
―貴方は一体なにものなのか。
こうして会話を交えている時でさえ注意しないと自然と口から漏れてしまう。
「ねぇ、ユウタってさ―」
―踏み込んではイケナイ部分へと。
―まだ知ってはイケナイ所へと。
―甘くて、切なくて、深くて、危ない、ものへと。
「いったい―」
―そのとき、控えめに扉がノックされた。
「!」
「…あ」
そのノックにユウタはすっと立ち上がてドアへと近づいていく。
あたしは足が尾びれなので体を向けるだけしかできないのだけど互いにそのノックをした人物が誰かはすぐにわかった。
来ちゃったみたいね…せっかく二人っきりなのに…。
「はいはーい」
そんな気軽な声と共にユウタの手によって開かれたドアの先にいたのは―
「こんにちは、ユウタさん…♪」
ドアの前、廊下の半分よりも向こうに作られた特殊な水路から上体だけを覗かせた、可愛らしい声と共に現れた空のような蒼色のマーメイド。
否、彼女はシー・ビショップのセリーヌだった。
普段からずっと持っている石版を片手に、もう片方の手は控えめに挨拶をするために上げていた。
この位置からじゃ背中しか見ることのできないユウタはそんな彼女を見ておそらく微笑みを浮かべていることだろう。
その証拠に声はあたしと話していた時よりももっと優しく柔らかなモノだった。
それを聞いてあたしの心はズキリと痛む。
あたしと話していたときと声色が違っていることに。
話していたときは朗らかで、自由気まま、気兼ねしない楽しそうな声だった。
そんな声で話してくれる事自体あたしには嬉しいはずなのに、どうしてかセリーヌのときでは声色を変えるという事が許せない。
嫉妬、しているのかしらね…あたしったら。
そんな自分をちょっぴり自己嫌悪してあたしは小さく気づかれないようにため息を吐いた。
「よっと」
「あっ♪」
そんなあたしを他所にユウタはセリーヌの体を抱き上げる。
シー・ビショップであるのなら彼女も当然下半身に足はない。
歩くことのままならない体を水路から引き上げたのならば優しい彼のこと、当然ながら自分が運ぶというのだろう。
実際あたしもそうやって運んでもらったし。
それも俗に言うお姫様抱っこ。
様々な子があれに憧れているのを知ってるけど…んふふ♪本当にあれはいいものね♪
不信感を抱かせることなく平然と肌を触れ合わせることはできるし、腕をそのまま首に回してこっちから抱きしめることもできるし、そのまま顔を埋めたりしちゃうこともできちゃうんだし♪
ただ、首筋に顔を埋めて匂い嗅いでたときは止められちゃったけど。
まるで自分がお姫様になったかのように扱われるあれは…堪らないわぁ♪
まさに今それを実感しているのだろうセリーヌはユウタ越しに見える顔が恍惚とした笑みを浮かべていた。
友人として長く付き合ってきたけど彼女があんなに嬉しそうに笑みを浮かべたのを見るのは初めて。
それほどまでに気持ちよく、それほどまでに心地いい。
それは男性にしてもらっているからではなく、ユウタがしてくれるからということぐらいあたしもわかっていた。
「んじゃ、セリーヌさん。運びますよ?」
「は、はい♪」
あくまで紳士的に、淑女をもてなす様に。
その対応を受けている最中はとても素晴らしいと思えるけど、目の前で見せ付けられるとたまったものじゃないわね…。
セリーヌも満更じゃないみたいだし。
その証拠に普段以上に頬がにへらとだらしなくも幸せそうに緩んでる。
ユウタから回された手の感触に身を縮こまらせながらも首へ腕を回すことなどせずに背へと回しているのはきっと抱きつきやすいからだろう。
あの姿勢の方がユウタの胸板に顔を埋められるし、落ちないようにと身を寄せても不審だと思われない。
もっとも、ユウタはそんなところに気を回せてもそんな思惑に気づくような男性じゃないことなんてわかってるけど。
でもそんなことをさも無意識に、自然にやるあたり、セリーヌの策士っぷりが伺える。
ぴちぴちと尾びれが嬉しそうに揺れてはユウタの顔を見て微笑み、ユウタも同じように微笑む。
…正直面白くないわねー。
清廉淑女で聖母のように慈愛に満ちあふれたシー・ビショップ、それから全身黒一色で異質なのにどこか神秘的な雰囲気さえ感じさせる人間。
それがまた相まってお似合いに見える。
互いが持つ雰囲気が互いをより一層素敵に映えさせる。
本当に、面白くない。
セリーヌはベタベタしてるし、ユウタはユウタで照れたように笑うし…。
そんなもの魅せられたらあたしだって不機嫌になるっていうのに。
もう、膨らんじゃうわよ?ぷぅっ!
「…エレーヌ、何膨らんでるんだよ…」
「ぷぅ!」
「ぷぅって…」
「〜♪」
あたしとユウタが話してる最中なのにセリーヌは構わずにユウタの胸に顔を嬉々としてこすりつけてる。
なによ、嬉しそうにしちゃって。
そりゃ、あたしだってしてたけど。
「おっと…?」
テーブルの傍までセリーヌを運んだところでユウタは何かに気づいたように声を漏らした。
そりゃ気づくだろう。
この部屋は二人部屋。
あたしとユウタが泊まるために借りた部屋。
当然ながらテラスについているテーブル、椅子も二人分しかない。
セリーヌには失礼だけど、彼女は海の魔物娘との結婚を行う司祭であるので常に海を泳ぎ、幸せなカップルのために忙しく駆けずり回ってるはず。
だからこの部屋で休むことはないと言い切れるだろうし、この部屋にこうして立ち寄らなければユウタは多くの時間あたしと二人っきり。
―二人っきり…?
―二人っきりだからナ・ン・デ・モ・し放題♪
―…えっへっへ♪
っと、いけないいけない。
だから問題は片方はあたしが座り、もう片方にはユウタが座っていた一組しか用意されてない椅子。
今もあたしは座っているし、ユウタが座るならセリーヌの座る席はなくなってしまう。
「椅子、二つしかなかったっけか…」
思い出したように呟いたユウタはセリーヌを抱きかかえたままで止まっている。
逆にセリーヌはそのままがいいと言わんばかりにまるで駄々っ子のようにしっかりと、それも器用に長い尾びれを巻きつけて離れまいとしている。
…面白くないわねー。
「別の部屋から椅子借りてくるか…」
「い、いえそんなっ!私のためにユウタさんにそのような手間を取らせるわけにはいきません!」
「いや、でもそうしないと座れませんよ?」
「いえ、それでも…あ、それならこうするのはどうですか?」
そうして気づけばセリーヌはあたしの目の前に座り込んでいた。
ただあたしに体を向けているのではなくて横に向けている姿になっている。
海辺の岩に腰掛けて歌うマーメイドの姿に重なるがその美しさには目を見張るものがある。
空色の髪が海から運ばれる潮風に揺れ、ほんのり恥ずかしげに赤らんだ微笑みを浮かべる顔は太陽の光に輝いていてそれはまるで女神の姿だった。
だけど。
そこに佇む女神の下にあるのは暖かく照らす光を吸い込む黒一色。
硬めの布地に包まれた二本の足は上に座る者へ負担を与えまいとぴったり揃えられている。
そう、座る者に対してだ。
「これなら…二人座ることができますよ…♪」
そう言ったセリーヌは恥ずかしげに、それでも嬉しそうに言葉を紡いだ。
―それもユウタの上で。
対して困ったようにユウタは頬をかいて答える。
―セリーヌを上に乗せて。
「…っていうか、オレの上に座ってるんですけどね」
ユウタの言う通り、セリーヌはユウタの膝の上に座っていた。
…え?なにこれ?
確かに椅子は二つしかないけどどうしてこんなことになるのかしらね?
「ふふ、面白い案ね」
「いいえ、エレーヌさんの頭ほどではありませんよ」
「ふふふ〜、喧嘩売ってるのかしらぁ?」
「えへへ〜♪」
「ふふふ〜♪」
「…どこの世界も女って怖ぇ」
ユウタに見せないように腹黒な笑みを見せつけているもその美しさは変わらない。
上品に、気品あふれるその姿は淑女そのものなのだけど座っているのが男性というだけで、ユウタだというだけでさらに輝かしいものに見えてしまう。
男と、女。
認めたくない―
―人間とシー・ビショップのカップルに。
―ずきりと、胸の奥が痛んだ…気がした。
だけど。
ここで。
こんなところで。
止まってるのはあたしじゃない!
「…で、なんでお前までオレの膝の上に座ってるんだよ」
「いいじゃない、セリーヌだけずるいわよ」
「ずるいって…」
セリーヌがユウタの上に座った後でこのままでいられないと思ったあたしはセリーヌと同じように、彼女が座る反対側のユウタの膝の上に腰掛けていた。
見た目以上に筋肉に覆われた彼の太腿は座りやすいかと問われれば頷くには悩んでしまうが、それでもそこには無機質な椅子に座るよりもずっと良かった。
少し固くても暖かく、とても心が落ち着く。
ただこうやって接しているだけなのに胸の奥が満ちていく。
今まで王子様との甘い性活を夢見ていたり、理想の男性との蕩けて乱れた毎日を思い描いてただけのころには無かったもの。
優しくて、心地よくて、気持ちがいい。
「…」
「…あら?」
ちょうどあたしの目の前、あたしが座っているのとは違うもう片方の膝の上に座ってるセリーヌと目があった。
とても、不機嫌そうな表情を浮かべているセリーヌに。
あたしの方を向いているからユウタには顔を見られることはない、だからこそあたしにだけ見えるように、いや、見せつけてる。
せっかく一人だけで味わっていた至福の時を邪魔されたことに対してあたしに怒ってる。
なんともわかりやすい。
あたしのように頬を膨らませるセリーヌを見てあたしは愉悦に浸った笑みを浮かべた。
セリーヌはあの後再び海へと駆け出していってしまった。
どうやら待たせているカップルがまだいたらしい。
仕事熱心なことはいいと思うけどカップルを待たせるのは失礼じゃないかしら?
以前のセリーヌなら絶対にやりはしなかったのに。
いや、今はそれ以上に優先すべきことがあるんでしょうね。
そこまでして彼女もまた、ユウタに入れ込んでる。
それでいて、狙ってる。
ようやく出会えた男性だもの、何事も投げ捨てて求めて求めちゃうのも仕方ないわ。
でもそれはあたしだって同じ。
ようやく出会えた男性だもの、手放す気には到底なれない。
再び二人きりに戻った部屋の中でユウタは二人用のソファに腰掛けていた。
対するあたしはベッドの上に。
たった二人しかいない部屋の中でこうやってしなを作ってるというのにどうして乗ってきてくれないのかしらね、まったく。
そんな不満を抱きながらも口にはしないように気をつけておく。
不用意に変なことをいって困らせたらいけないもの。
以前変なこと…というか猥談を持ちかけて見事男性に引かれてしまった経験から学んだのよ。
「ねぇ、ユウタ」
あたしは彼の名を呼び、セリーヌといたときに感じたものを口にする。
ひとつの疑問、それからちょっぴりの嫉妬を込めて。
「ユウタはどうしてセリーヌの前だと敬語なの?」
同じ女性であるがメロウとシー・ビショップでは本質が違い、当然性格が違う。
あたしがおおらかというのならセリーヌはお淑やか。
そんな彼女に対している時だけユウタが敬語を使っているのはなんだか納得がいかない。
声色だけではなく態度までを変えるなんてひどいじゃないの。
あたしにも使って欲しいというのではないが…でも特別扱いされている気がしてなんか嫌。
そんなあたしの気持ちなんて知ってか知らずかユウタはさらりと言った。
「そりゃ女性の前なら紳士でいるべきだろ?」
「紳士って…それならなんであたしの前じゃ紳士でいないの?」
「エレーヌの前でも紳士でいるつもりだぞ?変態という名の紳士だけど」
「…やだ♪」
なんでそんなこと平然と言えるのよ…カッコイイじゃない♪
「まぁそんなことは置いといて」
「えっ、ちょっと!」
「二人っきりの個人授業と真夜中の授業、どっちがエロい?」
「いやん、素敵な選択しね♪」
ユウタに話を逸らされたはずなのにどうしてか逸らされたままで別の話を続けてしまう。
本当なら言及したいはずなのにやはり異性と、それも猥談できることのほうが重要だ。
だって楽しいんだもん。
結局なんだかんだでその日はそのままユウタと猥談を続けて終わってしまった。
…残念。
「おまんじゅうって…なんだかエッチに聞こえない?」
「それなら栗をつけてみたら?」
「くりまんじゅう…やだ、エッチじゃないの♪」
「あっはっはー…オレ、何でこんな話ししてるんだっけ…」
「あら?どうしたの?もしかして賢者モードってやつ?」
「…まぁ、そんなかんじ」
「イっちゃったのね♪」
「それは断じて違う」
あたしたち海で暮らす魔物も利用できるように室内まで特殊な水路が引いてある建物。
二階建てであり、部屋の数も多いのだが豪華な装飾はされていない質素な作りなのはおそらく水路にほとんど予算を使ったからだろう。
だからこそこの宿を利用するお客は沢山いるし、あたしだってこうして利用している。
だけど今まで海で暮らしていたあたしにとってここを利用する必要は本来ない。
ここにいるのはあたしのためではなく、彼のため。
以前あたしが海の中で気絶していたのを見つけて助けてあげた彼のため。
彼はどこにでもいる人間であり、シー・ビショップの儀式を受けていない普通の人である。
そんな彼のためだといっても当然ながら海中にあるあたしの家で看病なんてものはできない。
だからこそここにあたしと彼はいた。
部屋から海を見わたすことのできる大きなテラス、そこへ置かれた真っ白なテーブルと二つの椅子。
その片方にあたしは座り、もう片方、向かい合うようにしてあたしの目の前に彼はいた。
空の青さよりもこのテーブルの白さよりも、港町の様々な色よりもずっと目立ち目を引く黒髪黒目。
どちらも夜の闇を切り裂いたような黒一色。
同じ色の上下の服。
高価そうに輝く金色のボタンは一番上だけ空いていて下に着ているこれまた高価に思える真っ白な絹で出来ているような服が見える。
見たことあるはずの特徴なのに、今まで見たことのない服装。
黒崎ユウタ。
彼は一言で表すならば不思議というその言葉に尽きる男性だった。
ジパングの出身者と同じ特徴である黒い髪の毛、それと同じ色の目。
太陽の光も月の光も、全てを吸い込む闇のような瞳。
今までに遠くで何度も目にしてきたジパング人とは何かが違う。
決定的に何かが違った。
それが何かと聞かれればわからないとしか答えられないんだけど…。
―だけどもそれ以上に不思議なことが彼の常識だった。
この港町を歩けば感嘆の声を漏らし、街ゆく人々を見れば驚きに目を見開く。
中でも一番驚いたのが魔物の姿を見たとき。
マーメイド、スキュラ、シー・スライムなど水路を泳ぐ彼女たちを見かけるたびに目を丸くしている様子は見ていて面白いものがあった。
その中でも一番すごかったのは初めて出会って助けてあげたときのこと。
メロウであるあたしと、シー・ビショップであるセリーヌを見たときの驚き方がすごかった。
「…………え?ちょっと…え?何でその…えっと…え?人魚?」
何回もえ?を連発していたユウタはなんというか、初めて人間以外の存在を目にしたかのような驚き方だった。
目にしたことがないというよりもその存在を知らなかったというような。
知っていたとしても信じていなかったというような。
ユウタは今まで魔物を知らなかったのかしら?
人間と魔物が共に住む世界で…いや、考えたくないが魔物を嫌う教団もある。
でもその両方ともが魔物の存在を知っているし、目にしたことはなくとも知識はあるはず。
どんなに森の奥深くであろうとどんなに荒れ果てた大地であろうと、どんなに燃え盛る赤い山だろうと、そこに魔物は存在するのに。
教団の人間だと考えるにはあまりにも知識がなく、常識にかけている。
もしかしたら記憶喪失だろうかと考えたがどうもその線は薄い。
自分の名前を覚えているし、聞いたことがなかった名前だったが故郷を覚えていた。
知らないのはどうしてここにいるかということ。
どうやってここへ来たのかということ。
普通考えるなら嵐に揉まれて海に投げ出されたというのが可能性としてはある。
が、それが当てはまるのは普通の船乗りなどだ。
ユウタはあたしの目の前で、空から降ってきた。
嵐だったわけではないし、水平線に船影なんてものは見当たらなかった。
どうしてか、どうやってか、そんなのはあたしが聞きたいくらい。
ユウタは一体…?
それを考えるべきなのだろうけどあいにくあたしはそこまで考えを回せるわけではない。
それこそアヌビスのように賢いわけじゃないのだから。
でもあたしが気にすべきところはそこじゃない。
ユウタは他の人と違っている部分があった。
それはあたし、メロウが最も好きとしている猥談に平然と付き合えるということ。
大抵の人ならそんなもの聞くまでもなく引いてしまうような話でも彼は笑って付き合ってくれる。
それが普通だと言わんばかりに、いつもそうしていたかのように。
からから笑ってあたしの言葉に楽しそうに頷く。
ただそれだけでも嬉しい。
同じ魔物とはいえ付き合うことのできる相手は限られているのだし。
それが男性というのならなおのこと。
彼の笑み一つだけでとくんと胸を脈打たせては熱く疼く感情を奥から沸き立たせる。
こうやって何度も会話して何度もこの感覚を味わって、ユウタを救って数日が経とうとするのに…実は。
―あの時のことは言えてないのよね。
ユウタを助けたあのときのこと。
助けたあと、あたしが必要のない人工呼吸をしちゃったこと。
意識が回復していたときに逆に気絶させるようなことをしてしまったからかユウタにその時の記憶はなかった。
それは嬉しいことではあったが…同時にとても残念であった。
鼻まで摘んで意識を飛ばしちゃったことは悪いと思っているけど、でもキスしたことぐらい覚えておいてほしかったな…。
「でね、思うのよ。学校ってなんて素晴らしいとこなんだろうって」
「へぇ、学校か」
あたしの言葉にユウタは頷く。
学校、その言葉をそれとなく意味ありげに口の中で繰り返して。
それから、どこか遠くを見るような瞳を、寂しげな顔を一瞬だけ見せて。
「まぁ学校っていったらエロいことばっかりだしな」
「でしょ?でしょ?」
肯定の言葉を返してくれたユウタにあたしはテーブルから身を乗り出して近づいた。
途端に狭まった距離。
鼻先が触れそうなまでに近くにあるユウタの顔。
ふと思ったんだけど…このまま顔を近づければ唇が重なるってことも…。
…いけるかもしれないっ!
どこにでもあるちょっとした事故、ほんのちょっぴりの誤ち。
…よ、よしっ!
テーブルに手をついてそのまま顔をさらに近づけようとさらに身を乗り出してそのまま―
「―近いぞ?」
「…」
…普通に拒否された。
いや、キスしようなんて行ってないんだからその行為自体を否定されたわけじゃないのはわかってる。
わかってるけど、なーんか納得いかない。
こうやって、女性のあたしの方から迫ってるのよ?
男としたら嬉し恥ずかしドキドキむふふするってもんでしょ?
まったく。
そのままでいるのも仕方ないのであたしは椅子に座り直した。
そうしてさきほどの会話へと戻ることにする。
他愛なくも退屈のしない、他人には聞かせられないようなエッチで素敵なお話を。
「でね、学校での事なんだけど…例えば」
「例えば?」
「…そうね、先生と生徒でしょ、やっぱり」
「ほうほう、そうすると…どんな感じで」
「それは…♪」
先生:エレーヌ
生徒:黒崎 ユウタ
場所:学校の教室
時間;放課後
「…で、ここはこうなるわけ。わかったかしら?」
「…いえ」
「…何でここまでやってるのにわからないの?皆は普通に高得点とってるのに」
「正直暗記科目は全部苦手でして…」
「そんなんじゃ文系に進めないわよ?」
「オレもともと理系ですので」
「屁理屈いわないの、まったく……あ、それならこんなのはどうかしら」
「はい?」
「暗記しようとするから余計わからなくなるのよ。だから…」
「っ!先生!何で服を脱いで…っ!」
「それはぁ♪」
「っ!!」
「ほら♪こうやって実技でしていけば自然と覚えていくんじゃないかしら♪」
「せ、先生っ!!」
「ああんっ♪ユウタ君のが奥までぇ♪」
「エ、エレーヌ先生っ!」
「ああっ♪どう、かしらぁ♪今、ユウタ君の先っぽに当たってるのが子宮口、よ♪ここの中でぇ、赤ちゃんが、できるのっ♪精液、いっぱい注ぐのよ♪」
「っ!エレーヌ先生、オレ、もう…っ!」
「うん♪ちゃんと、子宮の奥に出してぇ♪」
「エレーヌ先生っ!」
「あああぁぁああああああああっ♪」
「やっぱり先生と生徒はこうじゃなくっちゃ!!」
「流石!よくわかってるなぁ!!」
あたしの言葉に大きく賛同してからからと笑うユウタ。
それを見てあたしも心から楽しくなる。
ただでさえ誰からも相手にされないこんな話をこうして、それも男性とすることができているんだもの、これが嬉しくならないわけがないわ。
シー・ビショップのセリーヌだってこんな話をすれば五秒は固まっちゃうんだもの。
んもう、失礼しちゃうわ。
「けどなー、オレとしてはもうちょっとアクセント欲しいな」
「アクセント?」
「そそ」
椅子に体重をかけていた体を起し、テーブルに肘をついて少しだけ体勢を変えた。
その一瞬、ほんの一瞬だけわずかに空いた胸元から肌がチラリと目に映る。
女性のように柔らかな脂肪に包まれているわけではない、筋肉に包まれながらもしなやかな胸。
やだ、色気満点でエッチね♪
「あれだ、純情な感じのやつ」
「あら、純情?どういうの?」
テーブルに肘をついて彼の話を聞いていたあたしはその言葉に先ほど同様身を乗り出した。
とたんに近づくユウタとの距離。
しかしユウタは先ほどとは違ってそのままでいる。
自分から切り出したからか、それとも二度も注意すべきことではないからか。
だからこそ同時に香るのは女性には絶対に出せない男性だけのニオイ。
独特であり、今までこんなに間近で感じたことのない未知のもの。
それはいい匂いとは言えなくも嫌なものでもなく、不思議と体の奥を熱くするものだった。
でもあたしは好きだけど♪んふ♪
ユウタはそんなあたしを前にくつくつと抑えきれない笑みを浮かべた。
「まぁ。シチュエーションはさっきと被るんだけど―」
生徒:黒崎 ユウタ
先生:エレーヌ
場所:学校の教室
時間;放課後
「…こうですか?」
「そう!やれば出来るじゃないの。どうしてこんなにできるのに一人だけ赤点とっちゃうのかしら」
「いや、どうも苦手なもんで」
「苦手ならここまでできないわよ」
「あはは…」
「まったく」
「…」
「…」
「ねぇ、先生」
「うん?なにかしら?」
「ちょっと相談したいことがあるんですが…」
「あら、いいわよ。勉強の悩みかしら?それとも友達関係?」
「その、先生…オレ…好きな子がいるんです」
「あらぁ♪いいわねぇ♪」
ユウタの話を聞いてあたしは感嘆の声を漏らした。
対してユウタはテーブルの中央に置かれたお茶菓子にそっと手を伸ばす。
そこにあるのはわずかな塩の味を含んだ海の香りがするクッキー。
甘いだけではなくしょっぱさのあるその味は何度食べても飽きをこさせない。
値段も手頃でありこうして話をする最中につまむには最適なもの。
でも…猥談するのにはちょっとおしゃれな気もするんだけどね。
「だろ?同じシチュエーションでもやり方次第で変わるんだよ」
二人っきりの教室で生徒から相談を持ちかけられる先生。
それが恋の話で先生は経験もあるだろう女性。
反対に生徒は男の子、それも性欲お盛ん、色恋沙汰なお年頃。
なんとも青春なシチュエーションじゃないの♪
「で、続きは―」
そうしてユウタは続きを語りだす。
「好きな子がいるの?素敵ねぇ♪」
「それで…」
「うん、何かしら?わからないことがあればなんでも聞いて。先生が教えてあげるから」
「…それで、その…」
「うん」
「オレ…」
「うん」
「オレ…エレーヌ先生が好きなんです…」
「…っ!?」
「エレーヌ先生、オレ…」
「ま、待って…黒崎君…っ」
「エレーヌ先生、教えてください…先生の、気持ち…」
「待って……ダメ、なの…」
「…どうしてですか?」
「だって…あたしは先生だもの…生徒の貴方に…」
「…オレに…」
「こんな気持ち、抱いちゃって…言えるわけないじゃないの…」
「きゃー♪」
予想外にも生徒からいきなりの愛の告白。
それに続いて許されないはずなのに先生からの抱いてはいけない気持ちを伝えられる。
両想いでありながらもイケナイ関係のその二人。
何よこれ!
んもう、濡れてきちゃうじゃないの♪
「ごめんね、こんないけない先生で…」
「エレーヌ先生…」
「本当に、ごめんね…」
「…謝らないで、くださいよ」
「…え?」
「オレ、嬉しいです。先生がその…オレのこと、好きでいてくれたなんて」
「で、でもあたしは…」
「先生、教えてください…このあと、どうしたらいいですか?」
「…でもあたし…その…恋だってしたことないから、教えられないのよ?」
「それでもいいです。いや…むしろ、その…一緒に…」
「…ふふ♪そうね、一緒に、勉強していきましょ♪」
「いーやぁーあぁぁぁあん♪もう最高っ♪」
ユウタの話にあたしは自分自身を抱きしめて体をくねらせ悶えていた。
イケナイ関係、それが共に初めてど・う・し♪
何もわからないからこそ二人で一緒に分かり合っていくなんて初々しくて嬉し恥ずかしもうきゃーきゃーきゃー♪
そんなあたしの姿を見てユウタはやはり笑みを浮かべていた。
ただニタニタと品のない笑みではなくてどこか優しさを感じる笑みに見えるのはユウタの纏う不思議な雰囲気からだろうか。
底が読めないというか、中がわからないというか、だからこそ惹かれる不思議な感覚。
逆にその中にどれほどエッチな話が入ってるのか気になっちゃうわぁ♪
「とまぁ、これが高校生が日常的に考えてることだな」
「コウコウセイ?」
「あ、いや、こっちの話」
時折交わせるあたしの知らない単語。
それの意味はセリーヌに話してもわからないと言われた。
世界中駆けずり回っては様々なカップルを祝福し、海で生活できるように儀式を施している彼女だというのにだ。
世界を回って得た知識ではあたし以上だというのに、それでもユウタの着ている服やわずかな会話に織り交ぜた言葉の意味はわからない。
本当に、不思議な人。
だからこそ、純粋に聞きたくなる時もある。
―ユウタは一体どこからきたのか。
―貴方は一体なにものなのか。
こうして会話を交えている時でさえ注意しないと自然と口から漏れてしまう。
「ねぇ、ユウタってさ―」
―踏み込んではイケナイ部分へと。
―まだ知ってはイケナイ所へと。
―甘くて、切なくて、深くて、危ない、ものへと。
「いったい―」
―そのとき、控えめに扉がノックされた。
「!」
「…あ」
そのノックにユウタはすっと立ち上がてドアへと近づいていく。
あたしは足が尾びれなので体を向けるだけしかできないのだけど互いにそのノックをした人物が誰かはすぐにわかった。
来ちゃったみたいね…せっかく二人っきりなのに…。
「はいはーい」
そんな気軽な声と共にユウタの手によって開かれたドアの先にいたのは―
「こんにちは、ユウタさん…♪」
ドアの前、廊下の半分よりも向こうに作られた特殊な水路から上体だけを覗かせた、可愛らしい声と共に現れた空のような蒼色のマーメイド。
否、彼女はシー・ビショップのセリーヌだった。
普段からずっと持っている石版を片手に、もう片方の手は控えめに挨拶をするために上げていた。
この位置からじゃ背中しか見ることのできないユウタはそんな彼女を見ておそらく微笑みを浮かべていることだろう。
その証拠に声はあたしと話していた時よりももっと優しく柔らかなモノだった。
それを聞いてあたしの心はズキリと痛む。
あたしと話していたときと声色が違っていることに。
話していたときは朗らかで、自由気まま、気兼ねしない楽しそうな声だった。
そんな声で話してくれる事自体あたしには嬉しいはずなのに、どうしてかセリーヌのときでは声色を変えるという事が許せない。
嫉妬、しているのかしらね…あたしったら。
そんな自分をちょっぴり自己嫌悪してあたしは小さく気づかれないようにため息を吐いた。
「よっと」
「あっ♪」
そんなあたしを他所にユウタはセリーヌの体を抱き上げる。
シー・ビショップであるのなら彼女も当然下半身に足はない。
歩くことのままならない体を水路から引き上げたのならば優しい彼のこと、当然ながら自分が運ぶというのだろう。
実際あたしもそうやって運んでもらったし。
それも俗に言うお姫様抱っこ。
様々な子があれに憧れているのを知ってるけど…んふふ♪本当にあれはいいものね♪
不信感を抱かせることなく平然と肌を触れ合わせることはできるし、腕をそのまま首に回してこっちから抱きしめることもできるし、そのまま顔を埋めたりしちゃうこともできちゃうんだし♪
ただ、首筋に顔を埋めて匂い嗅いでたときは止められちゃったけど。
まるで自分がお姫様になったかのように扱われるあれは…堪らないわぁ♪
まさに今それを実感しているのだろうセリーヌはユウタ越しに見える顔が恍惚とした笑みを浮かべていた。
友人として長く付き合ってきたけど彼女があんなに嬉しそうに笑みを浮かべたのを見るのは初めて。
それほどまでに気持ちよく、それほどまでに心地いい。
それは男性にしてもらっているからではなく、ユウタがしてくれるからということぐらいあたしもわかっていた。
「んじゃ、セリーヌさん。運びますよ?」
「は、はい♪」
あくまで紳士的に、淑女をもてなす様に。
その対応を受けている最中はとても素晴らしいと思えるけど、目の前で見せ付けられるとたまったものじゃないわね…。
セリーヌも満更じゃないみたいだし。
その証拠に普段以上に頬がにへらとだらしなくも幸せそうに緩んでる。
ユウタから回された手の感触に身を縮こまらせながらも首へ腕を回すことなどせずに背へと回しているのはきっと抱きつきやすいからだろう。
あの姿勢の方がユウタの胸板に顔を埋められるし、落ちないようにと身を寄せても不審だと思われない。
もっとも、ユウタはそんなところに気を回せてもそんな思惑に気づくような男性じゃないことなんてわかってるけど。
でもそんなことをさも無意識に、自然にやるあたり、セリーヌの策士っぷりが伺える。
ぴちぴちと尾びれが嬉しそうに揺れてはユウタの顔を見て微笑み、ユウタも同じように微笑む。
…正直面白くないわねー。
清廉淑女で聖母のように慈愛に満ちあふれたシー・ビショップ、それから全身黒一色で異質なのにどこか神秘的な雰囲気さえ感じさせる人間。
それがまた相まってお似合いに見える。
互いが持つ雰囲気が互いをより一層素敵に映えさせる。
本当に、面白くない。
セリーヌはベタベタしてるし、ユウタはユウタで照れたように笑うし…。
そんなもの魅せられたらあたしだって不機嫌になるっていうのに。
もう、膨らんじゃうわよ?ぷぅっ!
「…エレーヌ、何膨らんでるんだよ…」
「ぷぅ!」
「ぷぅって…」
「〜♪」
あたしとユウタが話してる最中なのにセリーヌは構わずにユウタの胸に顔を嬉々としてこすりつけてる。
なによ、嬉しそうにしちゃって。
そりゃ、あたしだってしてたけど。
「おっと…?」
テーブルの傍までセリーヌを運んだところでユウタは何かに気づいたように声を漏らした。
そりゃ気づくだろう。
この部屋は二人部屋。
あたしとユウタが泊まるために借りた部屋。
当然ながらテラスについているテーブル、椅子も二人分しかない。
セリーヌには失礼だけど、彼女は海の魔物娘との結婚を行う司祭であるので常に海を泳ぎ、幸せなカップルのために忙しく駆けずり回ってるはず。
だからこの部屋で休むことはないと言い切れるだろうし、この部屋にこうして立ち寄らなければユウタは多くの時間あたしと二人っきり。
―二人っきり…?
―二人っきりだからナ・ン・デ・モ・し放題♪
―…えっへっへ♪
っと、いけないいけない。
だから問題は片方はあたしが座り、もう片方にはユウタが座っていた一組しか用意されてない椅子。
今もあたしは座っているし、ユウタが座るならセリーヌの座る席はなくなってしまう。
「椅子、二つしかなかったっけか…」
思い出したように呟いたユウタはセリーヌを抱きかかえたままで止まっている。
逆にセリーヌはそのままがいいと言わんばかりにまるで駄々っ子のようにしっかりと、それも器用に長い尾びれを巻きつけて離れまいとしている。
…面白くないわねー。
「別の部屋から椅子借りてくるか…」
「い、いえそんなっ!私のためにユウタさんにそのような手間を取らせるわけにはいきません!」
「いや、でもそうしないと座れませんよ?」
「いえ、それでも…あ、それならこうするのはどうですか?」
そうして気づけばセリーヌはあたしの目の前に座り込んでいた。
ただあたしに体を向けているのではなくて横に向けている姿になっている。
海辺の岩に腰掛けて歌うマーメイドの姿に重なるがその美しさには目を見張るものがある。
空色の髪が海から運ばれる潮風に揺れ、ほんのり恥ずかしげに赤らんだ微笑みを浮かべる顔は太陽の光に輝いていてそれはまるで女神の姿だった。
だけど。
そこに佇む女神の下にあるのは暖かく照らす光を吸い込む黒一色。
硬めの布地に包まれた二本の足は上に座る者へ負担を与えまいとぴったり揃えられている。
そう、座る者に対してだ。
「これなら…二人座ることができますよ…♪」
そう言ったセリーヌは恥ずかしげに、それでも嬉しそうに言葉を紡いだ。
―それもユウタの上で。
対して困ったようにユウタは頬をかいて答える。
―セリーヌを上に乗せて。
「…っていうか、オレの上に座ってるんですけどね」
ユウタの言う通り、セリーヌはユウタの膝の上に座っていた。
…え?なにこれ?
確かに椅子は二つしかないけどどうしてこんなことになるのかしらね?
「ふふ、面白い案ね」
「いいえ、エレーヌさんの頭ほどではありませんよ」
「ふふふ〜、喧嘩売ってるのかしらぁ?」
「えへへ〜♪」
「ふふふ〜♪」
「…どこの世界も女って怖ぇ」
ユウタに見せないように腹黒な笑みを見せつけているもその美しさは変わらない。
上品に、気品あふれるその姿は淑女そのものなのだけど座っているのが男性というだけで、ユウタだというだけでさらに輝かしいものに見えてしまう。
男と、女。
認めたくない―
―人間とシー・ビショップのカップルに。
―ずきりと、胸の奥が痛んだ…気がした。
だけど。
ここで。
こんなところで。
止まってるのはあたしじゃない!
「…で、なんでお前までオレの膝の上に座ってるんだよ」
「いいじゃない、セリーヌだけずるいわよ」
「ずるいって…」
セリーヌがユウタの上に座った後でこのままでいられないと思ったあたしはセリーヌと同じように、彼女が座る反対側のユウタの膝の上に腰掛けていた。
見た目以上に筋肉に覆われた彼の太腿は座りやすいかと問われれば頷くには悩んでしまうが、それでもそこには無機質な椅子に座るよりもずっと良かった。
少し固くても暖かく、とても心が落ち着く。
ただこうやって接しているだけなのに胸の奥が満ちていく。
今まで王子様との甘い性活を夢見ていたり、理想の男性との蕩けて乱れた毎日を思い描いてただけのころには無かったもの。
優しくて、心地よくて、気持ちがいい。
「…」
「…あら?」
ちょうどあたしの目の前、あたしが座っているのとは違うもう片方の膝の上に座ってるセリーヌと目があった。
とても、不機嫌そうな表情を浮かべているセリーヌに。
あたしの方を向いているからユウタには顔を見られることはない、だからこそあたしにだけ見えるように、いや、見せつけてる。
せっかく一人だけで味わっていた至福の時を邪魔されたことに対してあたしに怒ってる。
なんともわかりやすい。
あたしのように頬を膨らませるセリーヌを見てあたしは愉悦に浸った笑みを浮かべた。
セリーヌはあの後再び海へと駆け出していってしまった。
どうやら待たせているカップルがまだいたらしい。
仕事熱心なことはいいと思うけどカップルを待たせるのは失礼じゃないかしら?
以前のセリーヌなら絶対にやりはしなかったのに。
いや、今はそれ以上に優先すべきことがあるんでしょうね。
そこまでして彼女もまた、ユウタに入れ込んでる。
それでいて、狙ってる。
ようやく出会えた男性だもの、何事も投げ捨てて求めて求めちゃうのも仕方ないわ。
でもそれはあたしだって同じ。
ようやく出会えた男性だもの、手放す気には到底なれない。
再び二人きりに戻った部屋の中でユウタは二人用のソファに腰掛けていた。
対するあたしはベッドの上に。
たった二人しかいない部屋の中でこうやってしなを作ってるというのにどうして乗ってきてくれないのかしらね、まったく。
そんな不満を抱きながらも口にはしないように気をつけておく。
不用意に変なことをいって困らせたらいけないもの。
以前変なこと…というか猥談を持ちかけて見事男性に引かれてしまった経験から学んだのよ。
「ねぇ、ユウタ」
あたしは彼の名を呼び、セリーヌといたときに感じたものを口にする。
ひとつの疑問、それからちょっぴりの嫉妬を込めて。
「ユウタはどうしてセリーヌの前だと敬語なの?」
同じ女性であるがメロウとシー・ビショップでは本質が違い、当然性格が違う。
あたしがおおらかというのならセリーヌはお淑やか。
そんな彼女に対している時だけユウタが敬語を使っているのはなんだか納得がいかない。
声色だけではなく態度までを変えるなんてひどいじゃないの。
あたしにも使って欲しいというのではないが…でも特別扱いされている気がしてなんか嫌。
そんなあたしの気持ちなんて知ってか知らずかユウタはさらりと言った。
「そりゃ女性の前なら紳士でいるべきだろ?」
「紳士って…それならなんであたしの前じゃ紳士でいないの?」
「エレーヌの前でも紳士でいるつもりだぞ?変態という名の紳士だけど」
「…やだ♪」
なんでそんなこと平然と言えるのよ…カッコイイじゃない♪
「まぁそんなことは置いといて」
「えっ、ちょっと!」
「二人っきりの個人授業と真夜中の授業、どっちがエロい?」
「いやん、素敵な選択しね♪」
ユウタに話を逸らされたはずなのにどうしてか逸らされたままで別の話を続けてしまう。
本当なら言及したいはずなのにやはり異性と、それも猥談できることのほうが重要だ。
だって楽しいんだもん。
結局なんだかんだでその日はそのままユウタと猥談を続けて終わってしまった。
…残念。
「おまんじゅうって…なんだかエッチに聞こえない?」
「それなら栗をつけてみたら?」
「くりまんじゅう…やだ、エッチじゃないの♪」
「あっはっはー…オレ、何でこんな話ししてるんだっけ…」
「あら?どうしたの?もしかして賢者モードってやつ?」
「…まぁ、そんなかんじ」
「イっちゃったのね♪」
「それは断じて違う」
12/06/03 21:20更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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