血汐と貴方とオレと接触 後編
オレがこの館、この街の領主様クレマンティーヌ宅にお邪魔になって早三週間が過ぎた。既に三週間、もうすぐ一ヶ月である。
その間にオレは58回殴られ、22回気絶を経験している。
打撲に骨折なんて何度したのかわからない。
しかし、そんな中でクレマンティーヌの問題はだいぶ解消されていた。
「親指、人差し指、中指、薬指、小指…」
その言葉に続くようにその指を互いに触れ合わせる。
柔らかく絹のような手触りのする手のひらと白魚のような細くて綺麗な指が重なる。
肌と肌が触れ合い、オレよりも少し低い体温が伝わってきた。
ヴァンパイアとは人間よりも体温が低いのだろう。
ひんやりとしていて、それでも嫌な冷たさじゃない温もりあるクレマンティーヌの手。
「もうこれぐらいは平気?」
「ああ、やっとここまでこれたよ」
オレはクレマンティーヌと正面から手を重ねていた。
三週間経ってようやくここまで来れた。
長く、痛く、険しいものだったがようやくだ。
「それじゃあ、克服おめでとう、だな」
これで終わり。
これでおしまい。
ハッピーエンドに大団円。
オレがハリエットさんから頼まれていたことは今を持って終了だ。
だから後はオレがクレマンティーヌに血を税として納めればいいだけ。
最初からそれが目的だったし、それを利用してここまでさせたのだから。
そぅっと手を離そうとするとそれよりも早くクレマンティーヌの指が絡み、動きを遮られた。
「…クレマンティーヌ?」
「あ、ああ…いや、その…」
もう触れても殴り飛ばさないのだから十分だろう。
これからはきっと領民にも普通に接せる。
オレはもう用が済んだんだ、あとは血を納めればここで済ますことはなくなる。
だから触れていること自体もう意味もないのだがクレマンティーヌは手を離さない。
それどころか先ほどよりも力を込めて握る。
痛くはない、それでも離せないように。
「もう少し、もう少しだけでいいんだ…こうしていていいかな?」
その言葉に一瞬驚く。
驚くがそう言われては断れない。
「…仕方ないな」
その手を握り返し、そのままでいる。
隙間なく重なり合った男と女の手のひら。
そこからはクレマンティーヌの体温が先ほどよりも伝わってきた。
「ユウタの手は…温かいね」
「そう?」
「ああ…こうしているとすごく落ち着くんだ」
「そっか」
握って、ずらして、撫でて、それでも離さない。
指先が手の甲を撫でるのがくすぐったく、どこか気恥ずかしい。
手を握っているというだけなのにだ。
…いや、こんな美女と手を握れているんだ、そうならないのはおかしいか。
そのまま手を繋いでいるとそっとオレの顔の傍でクレマンティーヌは囁いた。
「ねぇ、ユウタ………今夜、私の部屋に来てくれないかい?」
「…部屋に?」
夜に女性の部屋というのはなんとも妖しい雰囲気だ。
ほんのりと頬を赤く染めてそういわれると男なら誰でもそういうことを期待してしまう。
だがクレマンティーヌはやっと触れ合えるようになったというところ。
そんなところでは当然ないだろうし、あるとすれば…一つ。
吸血。
オレがクレマンティーヌに言ったこと。
直接首から血を吸うということ。
元物それが条件でオレはここにいるのだし、それができればお役御免、ここにいる意味もなくなるというもの。
「わかった」
了承の返事を返すもどこか寂しいと感じていた。
だが、これでいい。
これで終わりなのだから。
夜。
オレは言われたとおりクレマンティーヌの部屋の前にいた。
他の扉とはまた違う、細かく豪華な装飾のされた扉。
一目見るだけで周りと違う、この屋敷の中で一番重要な部屋だということがわかる。
その扉にオレはノックをした。
また、三回。
「ああ、入ってくれ」
すぐに声が掛かり、扉をあけて中に入る。
扉の向こう側には大きな窓から差し込む月明かりを浴びて幻想的な雰囲気を纏うヴァンパイアがいた。
金色の長髪が優しく輝き、真っ赤なドレスが揺れ動く。
傷一つ、染み一つない白い肌に豊かな二つの膨らみがわずかに揺れた。
切れ長で凛とした目、血のように真っ赤な瞳。
ほんのり朱に染まっているように見える頬、艶やかで魅惑的な唇。
その光景は芸術、そういっても過言じゃないものだった。
「そんなところに立っていないでこちらへ来て欲しい」
「あ、ああ…」
誘われるままにクレマンティーヌの隣に歩いていく。
そうしているうちにようやく部屋の光景が見えてきた。
オレの宛がわれた部屋よりもずっと大きな部屋。
場所をとらず、なおかつ目に映える芸術品がいくつも飾られている。
年季が入っているのを微塵も感じさせない戸棚に座れば拒まず沈むのではないのかと思えるソファ。
大理石で作られているテーブル、銀色の大きな時計。
小さな花瓶は鮮やかな模様が描かれていてさされているものは庭園にあった薔薇の花。
そこにあるのはオレが想像していた貴族そのものの部屋だった。
そんな大きな空間を照らしているのは月明かりのみ。
部屋の隅に置かれた明かりは消されているのにここまで明るいものか。
ゆっくり歩を進め、クレマンティーヌの隣に立つ。
月明かりの中に立つオレの足元には影ができ、クレマンティーヌには影ができていなかった。
二人並んで向かい合う。
方や女神のように美しいヴァンパイア。
方やどこにでもいるような平々凡々の高校生。
傍から見たらどれほど奇妙で奇異で異質なものだろうか。
クレマンティーヌが慈愛に溢れる笑みでオレを見つめる。
こんな夜、月明かりに照らされる中で美女と二人というのはなんともロマンチックだ。
だからこそこの状況はどこか気恥ずかしく、照れてしまう。
絶世の美女がただの凡人であるオレを見つめているのだから。
「ク、クレマンティーヌ」
ただ何も言わずに見詰め合う状況に耐えかねたオレは言った。
「呼び出した用件は税のことだよな…?」
そう言って学ランを第二ボタンまで外し、同じくワイシャツのボタンも外す。
そうして首筋をクレマンティーヌの前にさらけ出した。
血を吸うのは首筋から。
それがオレが最初に言ったことであり、要求したことである。
今の彼女ならそれが可能であり、それが最後の行為である。
オレの行動を見てクレマンティーヌは「あぁ…」と小さく声を漏らした。
「確かにそうだよ。それもある…だが…」
「…だが?」
「いや、その…ね。せっかく触れられるようになったんだ、もう少しユウタと触れていたいと思って…」
そんなふうに言われては拒めるはずがない。
美女からそんな言葉を言われるとこちらとしてもかなり嬉しいのだし。
だからオレはクレマンティーヌが頼みの言葉を口にする前に両手を開いた。
彼女を受け止めるように。
「それくらいならお安い御用」
「…では、失礼するよ」
クレマンティーヌはそのままオレの手を取―らずに前に歩み出た。
並びあい、向かい合っていたのだから一歩でも進めば二人の距離はなくなるに等しい。
その行動に驚き一歩足を引こうとしたがそれよりも早くクレマンティーヌの腕が背に回っていた。
「…?…っ!」
「あぁ…温かい」
うっとりと耳元で呟かれた言葉。
身長的に彼女のほうが高いので抱きしめ顔を近づけられると自然口が耳にくる。
ぞくりとした。
熱い吐息が耳にかかり、優しく抱き寄せられる。
豊満で形のいい二つの膨らみが体に押し付けられているというのにクレマンティーヌはどうもしない。
ただ抱きしめ、触れ合い、オレの体温をじっくり味わう。
学ラン越しだというのに、ドレスを隔てているというのにクレマンティーヌの体温がじんわり伝わってきた。
だが、そんなことをして落ち着いていられるわけがない。
師匠や先生に抱きしめられたことは多々あったがそれは親しかったから。
クレマンティーヌとは親しいと言えるぎりぎり、それであったのは三週間前が初めてだ。
そんな彼女とここまですれば当然胸は高鳴り落ち着かない。
金髪の女性というのは初めてだし、ヴァンパイアというのもまた初めて。
人間ではなくとも美女なのだから。
もしかしたら激しく脈打つ鼓動も伝わっているかもしれない。
そう思うとどこか恥ずかしくなった。
何か気を紛らわせたい。
そういえばこうやって抱きしめられること、しばらくぶりだな。
以前にあったのは…そうだ、師匠だ。
あの寂しがり屋で構ってちゃんだった女性。
誰にも関わらず、一人だったあの人。
それは今抱きしめているクレマンティーヌもまた同じ。
触れられないからこそ寂しかった。
ヴァンパイアで領主だからこそ甘えられなかった。
ハリエットさんがいるとしても、他のメイドがいたとしても、埋められない部分はあるんだ。
それをよく知っている。
それを思い出すとどうしてか落ち着く。
心臓の鼓動もどこか静まる。
そう、クレマンティーヌが求めていることはそれだ。
甘えたくて、かまってほしくて、それで触れたかっただけ。
なら、存分にそうさせよう。
こんな平々凡々な高校生にそんな大役務まるならば喜んで請け負おう。
「…ねぇ、ユウタ」
そっと囁き、クレマンティーヌは顔をオレの顔の前へ移動させた。
体は抱きしめたまま、彼女の顔がすぐ近くにある。
ほんのり赤らんだ、美女がいる。
「ん、何?」
「その…いいかな?」
その言葉の意味が一瞬わからなかったが遅れて理解する。
既に肌蹴てある首筋が彼女のクレマンティーヌの目の前に晒されている。
血が欲しいんだ。
領主としての求めではなく、寂しさを埋めるための触れ合いを願っているのではなく。
ヴァンパイアとしての本能で欲している。
そんなクレマンティーヌを前にオレがするべきことは一つ。
「ああ、いいよ」
頷き、吸いやすいように首を傾けた。
ちょうど彼女の目の前、口のところに首がくるように。
そうして、瞼を下ろした。
首筋に走るだろう痛みに耐えるために。
「で、では…っ」
そっと指が這わされた。
柔らかくちょっと冷たく、くすぐったい。
その指は首筋をなで上げ、オレの頬に到達すると柔らかな感触が押し付けられた。
これはクレマンティーヌの唇なのか。
そうだとわかったのはいいが、一つわからないことがある。
その柔らかさを感じたのは首筋にではない。
―唇だ。
「っ!!」
すぐさま目を開けると目の前一杯にクレマンティーヌの顔が広がっている。
唇から広がる甘い風味。
それは上品な甘さでこの屋敷に咲き誇る薔薇よりも香るものだった。
数秒後、名残惜しげに唇を離したクレマンティーヌは恍惚とした表情を浮かべていた。
「はぁ…っ♪」
「ク、クレマンティーヌ…っ!?」
反対に予想外の感触と行動にオレは脳がついていかない。
血を吸うのではなかったのか?
そのための求めではなかったのか?
っていうか、キス…して…っ!
ファースト、キス…なのに…っ!!
「嫌、だったかな…?」
「嫌じゃ…ないけど…」
絶世の美女との口付けを拒む理由があろうか。
そんなものは当然ありはしない。
むしろ喜びたいくらいだ。
「よかった…」
そう言って微笑むクレマンティーヌを前に静まったはずの心臓の鼓動が再び激しくなる。
魅力的な笑み。
魅惑的な体。
そして経験したことのなかったキスをしてオレの顔はもう真っ赤になっていることだろう。
クレマンティーヌもまた顔を赤く染めていた。
「その、えっと…何でいきなり…?」
「嫌じゃないのだろう?」
「そりゃ…そうだけど…何で」
「それならいいだろう?それとも…言葉にしないと伝わらないのかい?」
そう言ってクレマンティーヌは耳元に口を近づけて囁いた。
「―好きになったからだよ…♪」
ぞくりとした。
その言葉に、その想いに。
背筋を撫でられるような感覚で、耳から流れ込む快楽みたいで。
オレの体に浸透していく。
そのせいで体が反応できなくなった。
酸素を失った金魚のように口をぱくぱくすることしかできなくなった。
そりゃそうだろう。
夜中呼び出され、抱きしめられて、これから血を吸うのだろうと思えばキスをされて―
―告白された。
この人生の中で今までにないことをいきなり二つ経験した。
それも見目麗しきヴァンパイアから。
驚いたなんてものではない。
あまりの急な展開に脳がついていかない。
そんなオレを前にクレマンティーヌは少し、ほんの少しだけの猶予を与える。
「続けても…いいかい?」
それは拒否できる最後の瞬間。
しかしオレは拒否をしようとは思わなかった。
ここまで来て拒む理由はない。
逆にここで拒めばまたクレマンティーヌに傷を残してしまうかもしれない。
ようやく立ち直れたというのに、やっとのことで治せたというのに。
それでは本末転倒というものになってしまう。
今までの苦労が水の泡となる。
それに、オレもまた…―
「―いいよ」
そっと耳元で囁く。
その言葉を聞き、嬉しそうな笑みを浮かべたクレマンティーヌはすぐに唇に吸い付いてきた。
「んちゅ……ユウタとのキスは甘いね…癖になってしまうよ♪」
そう言って何度も何度も濃厚な口付けを交わした。
啄ばみ、重ね、離せばすぐに吸い付く。
ちゅっちゅと吸いあう音が部屋に響き、どこかいやらしく感じた。
そのまま体を押され、後ろにあったベッドに座り込むとクレマンティーヌは体を預けてくる。
膝の上に座り込み両手でオレの体の感触を確かめていく。
しかし服越し、学ラン越しでは感触も随分と変わるもの。
そんなものでは満足するはずもなくクレマンティーヌはボタンに手を掛けすばやく脱がしていった。
学ランを取り払われ、ワイシャツのボタンを全て外されるとクレマンティーヌの手がするりと体に絡まってくる。
ようやく味わえる肌と肌の触れ合いに彼女の手は心行くままに動かされた。
優しく擦るも貪欲に抱き寄せて、温かくも激しく撫でていく。
それはくすぐったくて、どこか心地よくて、それでいて情欲を誘う動きだった。
オレからもしようとクレマンティーヌの体を抱きしめた腕を動かした。
柔らかく心地よい感触をさらに味わいたいと探り、確かめ、楽しむ。
露出の多いドレス姿では遮る布地はそう多くない。
それでも覆うべきところは覆われていてもどかしい気持ちになった。
それを感じ取ってだろうか、クレマンティーヌはくすりと笑う。
「今私も脱ぐからね…」
囁き、片手だけで纏っていた真っ赤なドレスを脱ぎ捨てた。
月明かりの差し込む部屋にヴァンパイアの姿が浮かび上がる。
月のよう煌く金髪で輝くような白い肌をして、血のように真っ赤な瞳。
スタイルも素晴らしく豊満な胸、ちょこんと可愛らしく佇む桜色の突起、すらりとした腹部、女性らしい丸みを帯びた臀部。
テレビに出てくるようなモデルだって真っ青だろう。
それほど美しい姿であり思わずオレはクレマンティーヌの姿に見とれていた。
「そんなに見ないでくれ…恥ずかしいじゃないか…♪」
「あ、ごめん…」
口ではそういうも視線は外せなかった。
先ほどドレスを取り払うのと同時に脱いだのか下着もなくクレマンティーヌの一糸纏わぬ裸体。
その姿は情欲をそそりながらもそれ以上の感動をオレに与えていた。
―美しい。
ちんけで安易な言葉かもしれないがそれ以外にこの姿を現せる言葉をオレは知らない。
それほどクレマンティーヌの姿は完璧で、この世のものとは思えないものがあった。
彼女はそのまま先ほどと同じように体を押しつける。
腕を背へとまわし、抱き寄せ、絡み、確かめる。
オレの体温、感触、今まで感じたことのないだろう男の体を。
ドレスが取り払われた今クレマンティーヌの感触が直に伝わってくる。
美しすぎる肢体を使った愛撫が全身を刺激する。
そんなことをすれば当然彼女は気づくものに気づく。
女性には存在しない、男性だけのものに。
膝の上に座りオレを抱きしめていたクレマンティーヌはその感触を下腹部に感じ取り体を震わせた。
「…っ!」
一瞬驚きの表情を浮かべるもすぐに理解して笑みを浮かべる。
「ああ、これなのか…私のお腹に強く当たるこれが…そうなのか…♪」
オレが身に着けている最後の壁。
厚地で丈夫な学生服のズボン。それとパンツ。
二枚でも隠せない男の証は痛いほど張り詰めていてこの行為の先を求めていた。
オレもまた、クレマンティーヌとさらに先へと進みたいと思っていた。
そしてそれは、彼女も同じだろう。
「私でこんなにしてくれるとは…ふふ、嬉しいね♪」
「こうならないわけがないって」
「おや、どうしてだい?」
「絶世の美女にここまでされて無反応でいられるわけないだろ?」
その言葉にクレマンティーヌは嬉しそうに笑みを深めた。
「本当にユウタは…性質が悪いよ…♪」
彼女はすぅっと腰を上げ、重なっていた部分を離す。
途端に見えるその部分。
途端に感じるその香り。
そこには月明かりで銀色に輝く蜜が滴り、ズボンに染み込んでいた。
そこから漂うのは独特であり、どこか甘いような、薔薇とはまた違う香り。
ぞくりと男の本能を刺激するものだった。
クレマンティーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめ、それでもオレを見つめている。
その真っ赤な瞳はさらに先を求めていた。
人間とヴァンパイアの契りを。
男と女の交わりを。
雄と雌の交合を。
求めてやまず、欲していた。
それはオレもまた同じこと。
ここまで来て止まれない。
しかしここを越えれば戻れない。
だけど、もうそんなことを気にしていられるほど余裕はない。
オレは履いていたものを全て取り払い、クレマンティーヌと同じ姿になる。
隠すものは何もない、全てをさらけ出した姿。
彼女はそんなオレの体を見てうっとりとした表情を浮かべた。
「逞しい体だね…ここも」
そう言って胸板を撫で、そのまま手を下げていく。
「そして、ここも…♪」
すぅっと白魚のような指が下腹部を撫で、男の証に絡んでくる。
ゆっくり撫で上げ、感じたことのない感覚が体中を駆け巡る。
「んっ…!」
「っ!痛かったかい?」
心配そうに聞いてくるクレマンティーヌ。
その顔は領主ではなく、一人の女性としての顔。
それが愛おしくなり、また気恥ずかしくなりオレは小さく笑って答えた。
「痛くないよ。全然平気」
―だから。
―早く。
―その先を…。
それは互いに思っていたことで、求めていたこと。
もう言葉はいらなかった。
顔を合わせ静かに頷き、オレは先端をクレマンティーヌの秘部にそえる。
クレマンティーヌは自身の女を押し付け、いつでも入れられる位置で止まる。
ねっとりとした粘液と唇とは違う柔らかい肉が触れ合った。
あと一歩。
その行為を目前に鼓動は高鳴り緊張はピークに達していた。
それはきっとクレマンティーヌもだろう。
オレと彼女は互いに頷き、自身に力を込めた。
瞬間じゅぶり、と生生しい音を立ててオレとクレマンティーヌは繋がった。
「くぅっ!」
「ふぅうっ!」
低い体温とは打って変わって燃えるような熱を伝えて柔らかい肉壁が包み込む。
粘りつく蜜が絡み、滴り、染みこんでいく。
それらは今までにない凄まじい快楽を生みだし体へと送り出してくる。
しかし経験になかった感覚はもう一つあった。
ぶつん、という薄い抵抗を突き破った感覚があった。
その感覚がどういうものかは予想がつかなかったが、来るだろうことは予想していた。
今まで男性に触れられなかった彼女が、初恋以来男性に接していない彼女が。
そこまで深い関わりとなる相手がいたとは思えなかったから。
「く、ぁ、あ…っ」
「クレマンティーヌ…痛くない?」
初めては痛いものとよく聞くがそれはヴァンパイアのクレマンティーヌもまた同じなのだろう。
動かず体を震わす彼女をただ優しく抱きしめることしかできない。
その痛みを感じ取ることはできやしない。
その激痛を分かち合うことはできるわけがない。
それがなんとももどかしい。
まったくもって耐えがたい。
「あ、ああ…少しジンジンするけど思ったほど痛くはないよ」
その言葉に繋がっている部分を見てみると赤い雫が一筋流れた。
正直痛そうに見えるがクレマンティーヌは痛みに苦しんでいる様子ではない。
良かったと胸を撫で下ろす反面、行為の続行ができることに焦った。
というのも、初めての女性との交わりは未経験者にとって刺激が強すぎる。
オレは既に上ってくる限界を下腹部から感じていた。
しかしそんなオレを他所にクレマンティーヌの中はうねり、律動して奥へ奥へと誘い込む。
まだ全てが入ったわけではないのでさらに飲み込もうと貪欲に蠢いてくる。
「ふ、ぅ…ん♪もう少しでユウタのが全て入るな♪」
繋がっているところに視線を落としたクレマンティーヌは嬉しそうにそう言った。
それはオレも嬉しいものであるが、もう少し待って欲しいものである。
まだわずかに残っているといえど半分以上がクレマンティーヌに飲み込まれている。
彼女の膣は引き抜こうとすればそれ相応の快楽をよこし、押し込めば更なる快感を送り出すことだろう。
うかつに動けないというのに止まっていても蠢いてくる。
蕩かすような快感に高みへと押し上げられすぐに果ててしまいそうだ。
それでも彼女は止まらない。
「あと、少し…だから…ね♪」
そう言って腰に体重をかけ、オレの全てを飲み込んだ。
「あぁあっ♪」
「ぅあっ…!」
全体がクレマンティーヌの中に埋まりぐしょぐしょに濡れた肉壁は優しく、それでいて千切れそうなほどにきつく抱きしめてくる。
きつく、きついのに痛みなんて少しも感じさせない。
それどころかねっとりと絡みつかれる感覚は先ほど以上の快楽を生み出してくる。
歯を食いしばって耐えるも耐え切れそうにないほど。
「はぁ…っ♪奥まで…ユウタで一杯だよ♪」
女性しか味わえない幸福を感じてかクレマンティーヌは嬉しそうに言った。
言葉通り根元までくわえ込まれたオレのものは彼女の中で熱く脈打つ。
反対にクレマンティーヌはその脈にあわせるように締め上げる。
その感覚にオレは呻き、クレマンティーヌは艶のかかった声を漏らす。
「ユウ、タぁ♪」
「クレマンティーヌ…っ!」
熱に、快楽に蕩かされ意識が朦朧としながらも抱きしめ、つながりあっている互いの名を呼ぶ。
ただそれだけで胸の奥が熱くなり、情欲ではない何かを満たしていく。
もっと呼んで欲しい。
もっと触れ合いたい。
もっと、こうしていたい。
赴くままに手は重なり、指が絡んで握り合う。
体は隙間がないように押し付けられ、柔らかな胸がオレの体で形を変える。
先端には二つの硬くなったものが文字を書くように動き、疼くような感覚を残していった。
赤い瞳と黒い瞳は互いを映し、自然と唇が重なり合う。
舌を出し、絡め、流れ込む唾液を飲み、舐め上げる。
彼女の鋭い牙で舌を傷つけないように、それでも存分に舐っては啜り、貪る。
にちゃにちゃと、くちゅくっちゅと。
上品なんて言葉からからかけ離れた下品な音が耳に届き、ただそんな音だけでも気持ちよくなる。
めちゃくちゃになって、どろどろになって、このまま溶け合ってしまいたい。
名残惜しそうに唇を離すとクレマンティーヌはそのままオレの首筋へと吸い付いた。
ちゅっちゅと愛おしそうに口付けを落とし、ぬるりと血管が浮き出ているところを舐める。
その感覚に身悶えし、次に来た感覚に体が固まった。
二つの尖った硬いもの。
それが血管に突き立てられていることを理解するのに数秒かかり、理解したときには牙が突き刺さった後だった。
「くぅっ!!」
痛い、首筋に走る激しい痛み。
本来オレが税として納めるべきものを納めた証でもあり、オレが要求した事態の証拠である。
人体における重要な部分である首に傷がつくのだからその痛みは想像を絶するものである…はずだった。
クレマンティーヌによる吸血は確かに想像できないものだった。
「うぁ、あっ!?」
突き立てられた牙から何かわからないものが流れ込んでくる。
それは痛みではないものであり、首から感じるわけがないはずのもの。
快楽が、全身へと流れ込んできた。
「んちゅるるっ♪じゅる、ん…ちゅぅ♪」
目の前が真っ白になってしまいそうなほどの気持ちよさ。
クレマンティーヌが吸うたびにその波は大きくなり意識が沈み果ててしまいそうになるほど。
耐えようにも手は握っている以上乱暴に握り締めるわけにもいかないし、歯を食いしばっても股間から立ち上る快楽だってある。
ゆえに二箇所から流れ込んでくる感覚にオレはただ翻弄され続けた。
「ちゅっ♪」
ようやく牙を抜き、唇を離したクレマンティーヌは口に含んだ鮮血を味わうように舌で転がしゆっくり飲み込んだ。
「ふふ、ユウタは血まで甘いんだね♪これもまた癖になる味だよ♪」
牙を見せ付けて笑みを浮かべたその顔はヴァンパイアそのもの。
だけれど赤く染まった頬に潤んだ目、蕩けた表情を浮かべたその顔は正しく女のもの。
しかしオレにはそんな彼女を眺める余裕は既になくなっていた。
味わう最中でもクレマンティーヌの膣は搾り取るようにうねり、無意識に腰が動き出している。
食欲に従ってオレの血を啜ったというのならこの動きは性欲に従っているもの。
生物としての本能は快楽を求め、女としての欲望は精を求めている。
「ふ、ぅぅん♪」
ゆっくりと腰を上げていく。
そうなれば当然くわえ込んだオレのものを吐き出していくのだがそれを拒否するように彼女の中はきつく抱きしめてきた。
ごりごりと壁を擦り、ぞりぞりとカリが抉る。
引き抜くことで得られた快楽にオレもクレマンティーヌも共に身を震わせた。
ぐちゃぐちゃとクレマンティーヌの腰が動くたびにいやらしい音が部屋に響き、繋がりあった部分から愛液が溢れて滴る。
それにより必要以上に潤った彼女の中はスムーズに、それで徐々に速度を上げてオレのを何度も飲み込み吐き出す。
「は♪はぁっ♪すごい、すごい、いいよ、ユウタぁっ♪」
一心不乱に腰を打ち付け合い、互いを貪る姿には人間もヴァンパイアもなかった。
それは雄と雌の獣の交合だった。
激しさばかりを増していき、欲望が満たされてもすぐに乾き、求めてしまう。
それでも互いを想い合い、手は硬く握り合ったまま。
快楽とは別の何かがそこから流れ、限界とは違ったどこかへと互いを押し上げていく。
「あぁっ♪来るっ♪何か、来てしまうよ、んぁああっ♪」
先端に何か硬さを持ったものを何度も叩き、そのたびにクレマンティーヌが体を震わせる。
しかし反面叩くたびに吸い付かれ、まるで唇のように厚ぼったいそれは貪欲に啜り上げる。
「ひゅぅっ♪そんな、そこばかり刺激しないで、くれっ♪」
艶のある声でそういわれるのでは拒んでいるのか期待しているのかわからない。
それにそんな声をもっと聞きたいと思ってしまう。
凛としている彼女だから、凛々しいヴァンパイアだから。
理想的で好きな女性だから。
「ごめん…っ!」
「あぁあっ♪」
腰の動きがさらに激しさを増し、抱きしめあった体に今まで以上の快楽が走る。
下腹部に溜まって今か今かと放出を心待ちにしていた精が動き出すのを感じた。
やばい。
もう限界だ。
「クレマンティーヌ…もうっ!」
慌てて引き抜こうと腰を引くが対面座位であるこの体勢でどう動けばいいのかわからない。
それにそんな行動をすることを見越してか、それとももっと触れ合いたくてかクレマンティーヌの両足が背にまわされた。
「っ!!」
「だ、ダメだっ♪抜かないで…全部、私の中に、ぃ…っ♪」
その言葉と共に引き上げた腰が一気に打ちつけられる。
きつく締め付けられ、痛いほどに抱きしめられ、追い討ちをかける快楽に押されオレはクレマンティーヌの中で弾けた。
「うぁ、ああっ!!」
「くぅぅぅうううううううっ♪」
どくんどくんと何度も脈打ち、溜まっていたものを全て吐き出しては注ぎ込んでいく。
流れ出した精は先っぽごと吸われているためか一滴も漏らすことなく子宮を満たしていった。
絶頂へと押し上げられた感覚にオレもクレマンティーヌも体を大きく震わせる。
その震えに応じてか彼女の膣内は搾り出すような動きで放出を促す。
何度も何度も、ようやく全て注ぎ込んだというのにでもクレマンティーヌのそこは貪欲に蠢いていた。
「はぁ…ぁ♪ぁ…ぁぁ…♪」
「っ…はぁ……は…、ふぅ…」
オレとクレマンティーヌは荒い息を整えて絶頂を迎えた後の気だるさに身を任せたまま抱き合っていた。
月の明かりがベッドにまで届き二人の姿を照らし出す。
行為の激しさで気づかなかったが互いの体には月の光で輝く汗が浮かんでいた。
クレマンティーヌの金色の長髪が汗により張り付き、色っぽさが滲み出る。
しっとりと湿り気を帯び薄く色づいた肌と重なる部分は彼女の媚熱と感触を伝え、燻る欲望を煽ってくる。
「はぁ、んん♪すごい沢山出たね…中…ユウタで、一杯だよ♪」
嬉しそうにそういったクレマンティーヌ。
恍惚とした表情でオレを見つめてくるその目には妖しい光が宿っている。
どうやらオレとは反対にクレマンティーヌの欲望はまだまだ燃え盛っているようだった。
だが反対にオレはげんなりしていた。
「…クレマンティーヌさ、中で出すのは…色々まずいんじゃないの?」
「おや、どうしてだい?」
「そりゃ…子供ができるだろうし…」
いかに人間とヴァンパイアといえど男と女。
たとえ種族が違おうが子供ができることだってある。
それはこの街に来て初めて知ったことであり、
しかしクレマンティーヌはおかしそうにそれを笑った。
「おかしなことを言うね、ユウタは。好いた男との子を産むのは女として最高の喜びだよ」
「…だからって色々急じゃ…」
「それとも、ユウタは私と子を成すのは嫌かい?」
行為によって潤んだ瞳で見つめてくる彼女を前にそんなことを言えるわけがない。
それ以前にそんなことなんてないのだし。
「嫌なわけないって。オレも、クレマンティーヌと子作りしたいからさ」
「ふふ、良かったよ♪」
そう言って、何度目かわからない口づけをする。
激しいものではない、触れ合わせ互いを確かめ合う甘いキス。
何度も何度も重ねて長い時間合わせてようやく唇を離した。
それでも手は握り合ったまま、体は重ねあったまま。
「ユウタのはまだまだ硬いね♪」
「そりゃ、まぁね。クレマンティーヌも足りないんだろ?」
「ああ、もっとしてくれ♪もっともっと、ユウタに愛されたいよ♪」
「それじゃあ、頑張りますか」
そう言って月明かりの下で体をベッドへと倒し行為を再開したのだった。
クレマンティーヌと体を重ねて早三日。
オレは今現在の自宅兼職場に戻り普段通りに働いていた。
「どうぞ、フレンチトーストになります」
注文を受け、料理を運び、会計をしての繰り返し。
今は昼時、ちょうど店内も混み合い忙しくなってきたそんなところだった。
からんからんと入り口の扉に付けられたベルが乾いた音を響かせた。
その音がしたということはお客が出て行ったか来たということ。
しかし会計をしていないので来たほうだろう。
「いらっしゃいませ」
そう言ってみてみるとそこにいたのは―
「―やぁ、ユウタ」
輝くような笑顔でこの街の領主クレマンティーヌはそう言った。
血のように真っ赤なドレス姿はあのときとはまた違うもの。
外出用なのかもしれない。
ヴァンパイアだからだろう日傘をメイド長であるハリエットさんに持たせてそこにいた。
店内のお客さん全員がクレマンティーヌに注目する。
領主がこんなところにきた驚愕と、慕う気持ちを込めて。
「!クレ―領主様!!」
オレは彼女の名を口にしかけ慌てて言い換える。
今この場所でその名を呼ぶのはまずいものがあるだろう。
いくら気さくなクレマンティーヌといえど領主様。
店内にいるのは彼女が納める領地の民。
皆が慕う中で親しげに名を呼ぶのはいただけない。
しかしそんなオレの考えなんて他所にクレマンティーヌは笑って言った。
「そう畏まらなくていいよ。『あの夜』のようにクレマンティーヌと呼んでくれ♪」
その言葉に、その笑みに。
ある者は目を奪われ、ある者は息をのんだ。
しかし反面その言葉を理解した者は…。
「…あの夜?それはまた…どういうことだ、ユウタ?」
ぐいっと首根っこをつかまれ睨まれる。
睨んだ相手は隣の家に住むデュラハンのセスタ。
切れ長な目が細められ言葉に出来ない圧力を感じた。
「ど、どういうことでしょうね…?」
「そういえばお前しばらく稽古の副講師をサボっていたな。何をしていた?」
「な、なにをしていたと思いますか…?」
「何をしていたんだろうな…!」
「ナイフが!食事用のナイフが首にめり込んでくるんだけど!?」
もがきながらも何とか逃げようと後ろに下がると誰かに抱きとめられた。
柔らかく、温かく、どこか懐かしい感覚を抱かせたそれは―
「―ゆうたはん、領主さんとなんをしとったのどすか?」
「か、ぐやさん…!」
稲荷のかぐやさんに抱きとめられていた。
優しく、それでも逃がさないように。
しっかりと拘束しつつ、なおかつ自身の体の感触を味あわせるように。
「どないなことをしとったのか、知りたおす。なんなら、うちかてしてもらいたいんどすけど…♪」
まるでオレのしたことを知っているようにそういったかぐやさん。
いや、これは気づいているかもしれない。
さりげなく横に逃げようとするとそこには―
「―ユウタ、お兄ちゃん…」
セイレーンのアンがいた。
泣き出しそうな顔で。
…なんでそんな顔をしてるかな。
なら反対側にと思って体を動かせば―
「―ユウタさん…」
今にも消え入りそうな声でオレを呼ぶドッペルゲンガーのクロエがいた。
前に首なし騎士、後ろに狐。
歌姫に影少女で挟み撃ち。
何で皆して囲むんだよ…。
オレが困り果てているとクレマンティーヌは笑って言った。
「ほら皆、ユウタが困っているだろう?それくらいにしてあげたらどうだい?」
その言葉に皆しぶしぶ引いてくれる。
何だかんだ言っても領主、それもこの街の民から慕われるヴァンパイア。
たった一声で事態を収束させるとはさすがとしか言いようがない。
「えっと、それで…どうしたのさ、クレマンティーヌ」
傍に準備されていたメニューを引っつかみ、一応お客としての対応をする。
たとえ領主が来たとしてもここはお食事処である以上お客様相手の礼儀をすべきだろう。
メニューを差し出し、開いている席を探す。
しかしクレマンティーヌは手を振った。
「メニューはいいよ、もう決まっているから」
「そう?」
うちのメニューを知っているというのだろうか?
クレマンティーヌはオレが働いてからここで姿を見たことはないというのに。
常連、というわけではないのに。
不思議に思っているとクレマンティーヌは一歩前に進み出た。
腕を伸ばしてオレの肩を掴み、さらに近づく。
「…クレマンティーヌ?注文は?」
「注文?それでは―
―君を頂こうか♪」
「え?」
一瞬言葉の意味がわからなかった。
しかし次の瞬間クレマンティーヌの顔が近づき、首に唇が吸い付いた。
押し当てられる鋭い二つの牙を感じ、痛みを認識したと同時に体には筆舌しがたい快楽が走っていた。
「っ!!?」
「ちゅるる♪」
血を吸われているということを確信するまで数秒。
周りが注目しているだろうことに気づくまでさらに数秒。
クレマンティーヌが血を吸い終わるまではさらに時間が掛かった。
「ちゅっ♪」
離れ際にキスをされるがそれにさえ反応できなかった。
体に走った快楽により足腰から力が抜けてしまっている。
恥ずかしながらクレマンティーヌに抱きかかえられていなければ立っていられない状態だった。
「ふふ、ご馳走様。とてもおいしかったよ♪」
「ク、クレマンティーヌ…っ!」
ぜぇ、はぁと息を整えるも体に力が戻らない。
支えられないと崩れ落ちてしまいそうであり、しばらくこの状態が続きそうだ。
それ以上に大変なのが周りだった。
領主様がこんなところで吸血をしていることに驚き。
クレマンティーヌが男性に触れられないことはここにいる数人は理解しているらしい、彼女の行動に驚き、その相手がオレだということにさらに驚いていた。
一番驚いているのはデュラハンのセスタ、反対にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているのはかぐやさん。
「ク、クレマンティーヌ様!?」
「あらぁ、領主はんも大胆どすこと」
そんな二人を前に、唖然としている他のお客を前にクレマンティーヌはオレを抱き上げた。
お姫様抱っこで。
「っ!?ちょ、クレマンティーヌっ!!」
「ユウタの部屋は二回かな?続きはそこでといこうじゃないか♪」
言い終わると同時にこの騒がしさを気にしてだろう、厨房からレグルさんとキャンディさんが顔を覗かせた。
「おっと、領主様じゃないですかい」
「あら、どうかいたしました?」
「何、少しばかりユウタを借りていこうと思ってね。彼の部屋は二回かな?」
「ええ、二階の奥から手前の部屋ですよ」
「それでは行こうか、ユウタ♪」
「え?ちょっと…クレマンティーヌ!?」
返事もできるわけがなく抵抗も当然できず、周りの目を気にすることもできず、オレはニヤニヤした笑みを浮かべたレグルさんたちを尻目に嬉しそうに微笑むクレマンティーヌにただ運ばれていくのだった。
それはとある領主の話。
完全無欠なヴァンパイアの領主の隣に常に付き添う男が一人。
インキュバスとなり貴族へとなるも身なり、振る舞いは周りと全く異なり、異色を放つものだった。
彼は領主と共にこの世のものとは思えない新たな制度や考え方を提示しまわりをたびたび驚かせたらしい。
それは領主の隣に相応しいものであり、異界から来たものと噂をされるもその真相はわからないものだった。
「…ふぅ♪ご馳走様かな?」
「…もうやだ、明日から店に出られない」
「何をそんなに恥ずかしがることがあるんだい?私は誇らしいものなのだけどね」
「…何でそんなに堂々してるのさ。周り全員に見られたのに」
「むしろ見せたというところだよ。いわば自慢だね」
「自慢って…」
「それから私のものだという意味も込めてね。勿論、私はユウタだけのものだよ♪」
「…そんな恥ずかしくなるようなことを言わなくても」
「君はなんだかんだ言って鈍そうだからね。現にあの夜私が言葉にするまで状況を理解できていなかったろう?」
「…」
「だから今一度言おう。ユウタ、私は君が好きだよ♪」
「…普通逆なんだよ、まったく…」
「ユウタからも言ってくれないかい?私だけでは不公平だろう?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…あーわかったよ、そんな見つめないでくれよまったく………好きだよ」
「ああっ♪」
―HAPPY END―
その間にオレは58回殴られ、22回気絶を経験している。
打撲に骨折なんて何度したのかわからない。
しかし、そんな中でクレマンティーヌの問題はだいぶ解消されていた。
「親指、人差し指、中指、薬指、小指…」
その言葉に続くようにその指を互いに触れ合わせる。
柔らかく絹のような手触りのする手のひらと白魚のような細くて綺麗な指が重なる。
肌と肌が触れ合い、オレよりも少し低い体温が伝わってきた。
ヴァンパイアとは人間よりも体温が低いのだろう。
ひんやりとしていて、それでも嫌な冷たさじゃない温もりあるクレマンティーヌの手。
「もうこれぐらいは平気?」
「ああ、やっとここまでこれたよ」
オレはクレマンティーヌと正面から手を重ねていた。
三週間経ってようやくここまで来れた。
長く、痛く、険しいものだったがようやくだ。
「それじゃあ、克服おめでとう、だな」
これで終わり。
これでおしまい。
ハッピーエンドに大団円。
オレがハリエットさんから頼まれていたことは今を持って終了だ。
だから後はオレがクレマンティーヌに血を税として納めればいいだけ。
最初からそれが目的だったし、それを利用してここまでさせたのだから。
そぅっと手を離そうとするとそれよりも早くクレマンティーヌの指が絡み、動きを遮られた。
「…クレマンティーヌ?」
「あ、ああ…いや、その…」
もう触れても殴り飛ばさないのだから十分だろう。
これからはきっと領民にも普通に接せる。
オレはもう用が済んだんだ、あとは血を納めればここで済ますことはなくなる。
だから触れていること自体もう意味もないのだがクレマンティーヌは手を離さない。
それどころか先ほどよりも力を込めて握る。
痛くはない、それでも離せないように。
「もう少し、もう少しだけでいいんだ…こうしていていいかな?」
その言葉に一瞬驚く。
驚くがそう言われては断れない。
「…仕方ないな」
その手を握り返し、そのままでいる。
隙間なく重なり合った男と女の手のひら。
そこからはクレマンティーヌの体温が先ほどよりも伝わってきた。
「ユウタの手は…温かいね」
「そう?」
「ああ…こうしているとすごく落ち着くんだ」
「そっか」
握って、ずらして、撫でて、それでも離さない。
指先が手の甲を撫でるのがくすぐったく、どこか気恥ずかしい。
手を握っているというだけなのにだ。
…いや、こんな美女と手を握れているんだ、そうならないのはおかしいか。
そのまま手を繋いでいるとそっとオレの顔の傍でクレマンティーヌは囁いた。
「ねぇ、ユウタ………今夜、私の部屋に来てくれないかい?」
「…部屋に?」
夜に女性の部屋というのはなんとも妖しい雰囲気だ。
ほんのりと頬を赤く染めてそういわれると男なら誰でもそういうことを期待してしまう。
だがクレマンティーヌはやっと触れ合えるようになったというところ。
そんなところでは当然ないだろうし、あるとすれば…一つ。
吸血。
オレがクレマンティーヌに言ったこと。
直接首から血を吸うということ。
元物それが条件でオレはここにいるのだし、それができればお役御免、ここにいる意味もなくなるというもの。
「わかった」
了承の返事を返すもどこか寂しいと感じていた。
だが、これでいい。
これで終わりなのだから。
夜。
オレは言われたとおりクレマンティーヌの部屋の前にいた。
他の扉とはまた違う、細かく豪華な装飾のされた扉。
一目見るだけで周りと違う、この屋敷の中で一番重要な部屋だということがわかる。
その扉にオレはノックをした。
また、三回。
「ああ、入ってくれ」
すぐに声が掛かり、扉をあけて中に入る。
扉の向こう側には大きな窓から差し込む月明かりを浴びて幻想的な雰囲気を纏うヴァンパイアがいた。
金色の長髪が優しく輝き、真っ赤なドレスが揺れ動く。
傷一つ、染み一つない白い肌に豊かな二つの膨らみがわずかに揺れた。
切れ長で凛とした目、血のように真っ赤な瞳。
ほんのり朱に染まっているように見える頬、艶やかで魅惑的な唇。
その光景は芸術、そういっても過言じゃないものだった。
「そんなところに立っていないでこちらへ来て欲しい」
「あ、ああ…」
誘われるままにクレマンティーヌの隣に歩いていく。
そうしているうちにようやく部屋の光景が見えてきた。
オレの宛がわれた部屋よりもずっと大きな部屋。
場所をとらず、なおかつ目に映える芸術品がいくつも飾られている。
年季が入っているのを微塵も感じさせない戸棚に座れば拒まず沈むのではないのかと思えるソファ。
大理石で作られているテーブル、銀色の大きな時計。
小さな花瓶は鮮やかな模様が描かれていてさされているものは庭園にあった薔薇の花。
そこにあるのはオレが想像していた貴族そのものの部屋だった。
そんな大きな空間を照らしているのは月明かりのみ。
部屋の隅に置かれた明かりは消されているのにここまで明るいものか。
ゆっくり歩を進め、クレマンティーヌの隣に立つ。
月明かりの中に立つオレの足元には影ができ、クレマンティーヌには影ができていなかった。
二人並んで向かい合う。
方や女神のように美しいヴァンパイア。
方やどこにでもいるような平々凡々の高校生。
傍から見たらどれほど奇妙で奇異で異質なものだろうか。
クレマンティーヌが慈愛に溢れる笑みでオレを見つめる。
こんな夜、月明かりに照らされる中で美女と二人というのはなんともロマンチックだ。
だからこそこの状況はどこか気恥ずかしく、照れてしまう。
絶世の美女がただの凡人であるオレを見つめているのだから。
「ク、クレマンティーヌ」
ただ何も言わずに見詰め合う状況に耐えかねたオレは言った。
「呼び出した用件は税のことだよな…?」
そう言って学ランを第二ボタンまで外し、同じくワイシャツのボタンも外す。
そうして首筋をクレマンティーヌの前にさらけ出した。
血を吸うのは首筋から。
それがオレが最初に言ったことであり、要求したことである。
今の彼女ならそれが可能であり、それが最後の行為である。
オレの行動を見てクレマンティーヌは「あぁ…」と小さく声を漏らした。
「確かにそうだよ。それもある…だが…」
「…だが?」
「いや、その…ね。せっかく触れられるようになったんだ、もう少しユウタと触れていたいと思って…」
そんなふうに言われては拒めるはずがない。
美女からそんな言葉を言われるとこちらとしてもかなり嬉しいのだし。
だからオレはクレマンティーヌが頼みの言葉を口にする前に両手を開いた。
彼女を受け止めるように。
「それくらいならお安い御用」
「…では、失礼するよ」
クレマンティーヌはそのままオレの手を取―らずに前に歩み出た。
並びあい、向かい合っていたのだから一歩でも進めば二人の距離はなくなるに等しい。
その行動に驚き一歩足を引こうとしたがそれよりも早くクレマンティーヌの腕が背に回っていた。
「…?…っ!」
「あぁ…温かい」
うっとりと耳元で呟かれた言葉。
身長的に彼女のほうが高いので抱きしめ顔を近づけられると自然口が耳にくる。
ぞくりとした。
熱い吐息が耳にかかり、優しく抱き寄せられる。
豊満で形のいい二つの膨らみが体に押し付けられているというのにクレマンティーヌはどうもしない。
ただ抱きしめ、触れ合い、オレの体温をじっくり味わう。
学ラン越しだというのに、ドレスを隔てているというのにクレマンティーヌの体温がじんわり伝わってきた。
だが、そんなことをして落ち着いていられるわけがない。
師匠や先生に抱きしめられたことは多々あったがそれは親しかったから。
クレマンティーヌとは親しいと言えるぎりぎり、それであったのは三週間前が初めてだ。
そんな彼女とここまですれば当然胸は高鳴り落ち着かない。
金髪の女性というのは初めてだし、ヴァンパイアというのもまた初めて。
人間ではなくとも美女なのだから。
もしかしたら激しく脈打つ鼓動も伝わっているかもしれない。
そう思うとどこか恥ずかしくなった。
何か気を紛らわせたい。
そういえばこうやって抱きしめられること、しばらくぶりだな。
以前にあったのは…そうだ、師匠だ。
あの寂しがり屋で構ってちゃんだった女性。
誰にも関わらず、一人だったあの人。
それは今抱きしめているクレマンティーヌもまた同じ。
触れられないからこそ寂しかった。
ヴァンパイアで領主だからこそ甘えられなかった。
ハリエットさんがいるとしても、他のメイドがいたとしても、埋められない部分はあるんだ。
それをよく知っている。
それを思い出すとどうしてか落ち着く。
心臓の鼓動もどこか静まる。
そう、クレマンティーヌが求めていることはそれだ。
甘えたくて、かまってほしくて、それで触れたかっただけ。
なら、存分にそうさせよう。
こんな平々凡々な高校生にそんな大役務まるならば喜んで請け負おう。
「…ねぇ、ユウタ」
そっと囁き、クレマンティーヌは顔をオレの顔の前へ移動させた。
体は抱きしめたまま、彼女の顔がすぐ近くにある。
ほんのり赤らんだ、美女がいる。
「ん、何?」
「その…いいかな?」
その言葉の意味が一瞬わからなかったが遅れて理解する。
既に肌蹴てある首筋が彼女のクレマンティーヌの目の前に晒されている。
血が欲しいんだ。
領主としての求めではなく、寂しさを埋めるための触れ合いを願っているのではなく。
ヴァンパイアとしての本能で欲している。
そんなクレマンティーヌを前にオレがするべきことは一つ。
「ああ、いいよ」
頷き、吸いやすいように首を傾けた。
ちょうど彼女の目の前、口のところに首がくるように。
そうして、瞼を下ろした。
首筋に走るだろう痛みに耐えるために。
「で、では…っ」
そっと指が這わされた。
柔らかくちょっと冷たく、くすぐったい。
その指は首筋をなで上げ、オレの頬に到達すると柔らかな感触が押し付けられた。
これはクレマンティーヌの唇なのか。
そうだとわかったのはいいが、一つわからないことがある。
その柔らかさを感じたのは首筋にではない。
―唇だ。
「っ!!」
すぐさま目を開けると目の前一杯にクレマンティーヌの顔が広がっている。
唇から広がる甘い風味。
それは上品な甘さでこの屋敷に咲き誇る薔薇よりも香るものだった。
数秒後、名残惜しげに唇を離したクレマンティーヌは恍惚とした表情を浮かべていた。
「はぁ…っ♪」
「ク、クレマンティーヌ…っ!?」
反対に予想外の感触と行動にオレは脳がついていかない。
血を吸うのではなかったのか?
そのための求めではなかったのか?
っていうか、キス…して…っ!
ファースト、キス…なのに…っ!!
「嫌、だったかな…?」
「嫌じゃ…ないけど…」
絶世の美女との口付けを拒む理由があろうか。
そんなものは当然ありはしない。
むしろ喜びたいくらいだ。
「よかった…」
そう言って微笑むクレマンティーヌを前に静まったはずの心臓の鼓動が再び激しくなる。
魅力的な笑み。
魅惑的な体。
そして経験したことのなかったキスをしてオレの顔はもう真っ赤になっていることだろう。
クレマンティーヌもまた顔を赤く染めていた。
「その、えっと…何でいきなり…?」
「嫌じゃないのだろう?」
「そりゃ…そうだけど…何で」
「それならいいだろう?それとも…言葉にしないと伝わらないのかい?」
そう言ってクレマンティーヌは耳元に口を近づけて囁いた。
「―好きになったからだよ…♪」
ぞくりとした。
その言葉に、その想いに。
背筋を撫でられるような感覚で、耳から流れ込む快楽みたいで。
オレの体に浸透していく。
そのせいで体が反応できなくなった。
酸素を失った金魚のように口をぱくぱくすることしかできなくなった。
そりゃそうだろう。
夜中呼び出され、抱きしめられて、これから血を吸うのだろうと思えばキスをされて―
―告白された。
この人生の中で今までにないことをいきなり二つ経験した。
それも見目麗しきヴァンパイアから。
驚いたなんてものではない。
あまりの急な展開に脳がついていかない。
そんなオレを前にクレマンティーヌは少し、ほんの少しだけの猶予を与える。
「続けても…いいかい?」
それは拒否できる最後の瞬間。
しかしオレは拒否をしようとは思わなかった。
ここまで来て拒む理由はない。
逆にここで拒めばまたクレマンティーヌに傷を残してしまうかもしれない。
ようやく立ち直れたというのに、やっとのことで治せたというのに。
それでは本末転倒というものになってしまう。
今までの苦労が水の泡となる。
それに、オレもまた…―
「―いいよ」
そっと耳元で囁く。
その言葉を聞き、嬉しそうな笑みを浮かべたクレマンティーヌはすぐに唇に吸い付いてきた。
「んちゅ……ユウタとのキスは甘いね…癖になってしまうよ♪」
そう言って何度も何度も濃厚な口付けを交わした。
啄ばみ、重ね、離せばすぐに吸い付く。
ちゅっちゅと吸いあう音が部屋に響き、どこかいやらしく感じた。
そのまま体を押され、後ろにあったベッドに座り込むとクレマンティーヌは体を預けてくる。
膝の上に座り込み両手でオレの体の感触を確かめていく。
しかし服越し、学ラン越しでは感触も随分と変わるもの。
そんなものでは満足するはずもなくクレマンティーヌはボタンに手を掛けすばやく脱がしていった。
学ランを取り払われ、ワイシャツのボタンを全て外されるとクレマンティーヌの手がするりと体に絡まってくる。
ようやく味わえる肌と肌の触れ合いに彼女の手は心行くままに動かされた。
優しく擦るも貪欲に抱き寄せて、温かくも激しく撫でていく。
それはくすぐったくて、どこか心地よくて、それでいて情欲を誘う動きだった。
オレからもしようとクレマンティーヌの体を抱きしめた腕を動かした。
柔らかく心地よい感触をさらに味わいたいと探り、確かめ、楽しむ。
露出の多いドレス姿では遮る布地はそう多くない。
それでも覆うべきところは覆われていてもどかしい気持ちになった。
それを感じ取ってだろうか、クレマンティーヌはくすりと笑う。
「今私も脱ぐからね…」
囁き、片手だけで纏っていた真っ赤なドレスを脱ぎ捨てた。
月明かりの差し込む部屋にヴァンパイアの姿が浮かび上がる。
月のよう煌く金髪で輝くような白い肌をして、血のように真っ赤な瞳。
スタイルも素晴らしく豊満な胸、ちょこんと可愛らしく佇む桜色の突起、すらりとした腹部、女性らしい丸みを帯びた臀部。
テレビに出てくるようなモデルだって真っ青だろう。
それほど美しい姿であり思わずオレはクレマンティーヌの姿に見とれていた。
「そんなに見ないでくれ…恥ずかしいじゃないか…♪」
「あ、ごめん…」
口ではそういうも視線は外せなかった。
先ほどドレスを取り払うのと同時に脱いだのか下着もなくクレマンティーヌの一糸纏わぬ裸体。
その姿は情欲をそそりながらもそれ以上の感動をオレに与えていた。
―美しい。
ちんけで安易な言葉かもしれないがそれ以外にこの姿を現せる言葉をオレは知らない。
それほどクレマンティーヌの姿は完璧で、この世のものとは思えないものがあった。
彼女はそのまま先ほどと同じように体を押しつける。
腕を背へとまわし、抱き寄せ、絡み、確かめる。
オレの体温、感触、今まで感じたことのないだろう男の体を。
ドレスが取り払われた今クレマンティーヌの感触が直に伝わってくる。
美しすぎる肢体を使った愛撫が全身を刺激する。
そんなことをすれば当然彼女は気づくものに気づく。
女性には存在しない、男性だけのものに。
膝の上に座りオレを抱きしめていたクレマンティーヌはその感触を下腹部に感じ取り体を震わせた。
「…っ!」
一瞬驚きの表情を浮かべるもすぐに理解して笑みを浮かべる。
「ああ、これなのか…私のお腹に強く当たるこれが…そうなのか…♪」
オレが身に着けている最後の壁。
厚地で丈夫な学生服のズボン。それとパンツ。
二枚でも隠せない男の証は痛いほど張り詰めていてこの行為の先を求めていた。
オレもまた、クレマンティーヌとさらに先へと進みたいと思っていた。
そしてそれは、彼女も同じだろう。
「私でこんなにしてくれるとは…ふふ、嬉しいね♪」
「こうならないわけがないって」
「おや、どうしてだい?」
「絶世の美女にここまでされて無反応でいられるわけないだろ?」
その言葉にクレマンティーヌは嬉しそうに笑みを深めた。
「本当にユウタは…性質が悪いよ…♪」
彼女はすぅっと腰を上げ、重なっていた部分を離す。
途端に見えるその部分。
途端に感じるその香り。
そこには月明かりで銀色に輝く蜜が滴り、ズボンに染み込んでいた。
そこから漂うのは独特であり、どこか甘いような、薔薇とはまた違う香り。
ぞくりと男の本能を刺激するものだった。
クレマンティーヌは恥ずかしそうに顔を赤らめ、それでもオレを見つめている。
その真っ赤な瞳はさらに先を求めていた。
人間とヴァンパイアの契りを。
男と女の交わりを。
雄と雌の交合を。
求めてやまず、欲していた。
それはオレもまた同じこと。
ここまで来て止まれない。
しかしここを越えれば戻れない。
だけど、もうそんなことを気にしていられるほど余裕はない。
オレは履いていたものを全て取り払い、クレマンティーヌと同じ姿になる。
隠すものは何もない、全てをさらけ出した姿。
彼女はそんなオレの体を見てうっとりとした表情を浮かべた。
「逞しい体だね…ここも」
そう言って胸板を撫で、そのまま手を下げていく。
「そして、ここも…♪」
すぅっと白魚のような指が下腹部を撫で、男の証に絡んでくる。
ゆっくり撫で上げ、感じたことのない感覚が体中を駆け巡る。
「んっ…!」
「っ!痛かったかい?」
心配そうに聞いてくるクレマンティーヌ。
その顔は領主ではなく、一人の女性としての顔。
それが愛おしくなり、また気恥ずかしくなりオレは小さく笑って答えた。
「痛くないよ。全然平気」
―だから。
―早く。
―その先を…。
それは互いに思っていたことで、求めていたこと。
もう言葉はいらなかった。
顔を合わせ静かに頷き、オレは先端をクレマンティーヌの秘部にそえる。
クレマンティーヌは自身の女を押し付け、いつでも入れられる位置で止まる。
ねっとりとした粘液と唇とは違う柔らかい肉が触れ合った。
あと一歩。
その行為を目前に鼓動は高鳴り緊張はピークに達していた。
それはきっとクレマンティーヌもだろう。
オレと彼女は互いに頷き、自身に力を込めた。
瞬間じゅぶり、と生生しい音を立ててオレとクレマンティーヌは繋がった。
「くぅっ!」
「ふぅうっ!」
低い体温とは打って変わって燃えるような熱を伝えて柔らかい肉壁が包み込む。
粘りつく蜜が絡み、滴り、染みこんでいく。
それらは今までにない凄まじい快楽を生みだし体へと送り出してくる。
しかし経験になかった感覚はもう一つあった。
ぶつん、という薄い抵抗を突き破った感覚があった。
その感覚がどういうものかは予想がつかなかったが、来るだろうことは予想していた。
今まで男性に触れられなかった彼女が、初恋以来男性に接していない彼女が。
そこまで深い関わりとなる相手がいたとは思えなかったから。
「く、ぁ、あ…っ」
「クレマンティーヌ…痛くない?」
初めては痛いものとよく聞くがそれはヴァンパイアのクレマンティーヌもまた同じなのだろう。
動かず体を震わす彼女をただ優しく抱きしめることしかできない。
その痛みを感じ取ることはできやしない。
その激痛を分かち合うことはできるわけがない。
それがなんとももどかしい。
まったくもって耐えがたい。
「あ、ああ…少しジンジンするけど思ったほど痛くはないよ」
その言葉に繋がっている部分を見てみると赤い雫が一筋流れた。
正直痛そうに見えるがクレマンティーヌは痛みに苦しんでいる様子ではない。
良かったと胸を撫で下ろす反面、行為の続行ができることに焦った。
というのも、初めての女性との交わりは未経験者にとって刺激が強すぎる。
オレは既に上ってくる限界を下腹部から感じていた。
しかしそんなオレを他所にクレマンティーヌの中はうねり、律動して奥へ奥へと誘い込む。
まだ全てが入ったわけではないのでさらに飲み込もうと貪欲に蠢いてくる。
「ふ、ぅ…ん♪もう少しでユウタのが全て入るな♪」
繋がっているところに視線を落としたクレマンティーヌは嬉しそうにそう言った。
それはオレも嬉しいものであるが、もう少し待って欲しいものである。
まだわずかに残っているといえど半分以上がクレマンティーヌに飲み込まれている。
彼女の膣は引き抜こうとすればそれ相応の快楽をよこし、押し込めば更なる快感を送り出すことだろう。
うかつに動けないというのに止まっていても蠢いてくる。
蕩かすような快感に高みへと押し上げられすぐに果ててしまいそうだ。
それでも彼女は止まらない。
「あと、少し…だから…ね♪」
そう言って腰に体重をかけ、オレの全てを飲み込んだ。
「あぁあっ♪」
「ぅあっ…!」
全体がクレマンティーヌの中に埋まりぐしょぐしょに濡れた肉壁は優しく、それでいて千切れそうなほどにきつく抱きしめてくる。
きつく、きついのに痛みなんて少しも感じさせない。
それどころかねっとりと絡みつかれる感覚は先ほど以上の快楽を生み出してくる。
歯を食いしばって耐えるも耐え切れそうにないほど。
「はぁ…っ♪奥まで…ユウタで一杯だよ♪」
女性しか味わえない幸福を感じてかクレマンティーヌは嬉しそうに言った。
言葉通り根元までくわえ込まれたオレのものは彼女の中で熱く脈打つ。
反対にクレマンティーヌはその脈にあわせるように締め上げる。
その感覚にオレは呻き、クレマンティーヌは艶のかかった声を漏らす。
「ユウ、タぁ♪」
「クレマンティーヌ…っ!」
熱に、快楽に蕩かされ意識が朦朧としながらも抱きしめ、つながりあっている互いの名を呼ぶ。
ただそれだけで胸の奥が熱くなり、情欲ではない何かを満たしていく。
もっと呼んで欲しい。
もっと触れ合いたい。
もっと、こうしていたい。
赴くままに手は重なり、指が絡んで握り合う。
体は隙間がないように押し付けられ、柔らかな胸がオレの体で形を変える。
先端には二つの硬くなったものが文字を書くように動き、疼くような感覚を残していった。
赤い瞳と黒い瞳は互いを映し、自然と唇が重なり合う。
舌を出し、絡め、流れ込む唾液を飲み、舐め上げる。
彼女の鋭い牙で舌を傷つけないように、それでも存分に舐っては啜り、貪る。
にちゃにちゃと、くちゅくっちゅと。
上品なんて言葉からからかけ離れた下品な音が耳に届き、ただそんな音だけでも気持ちよくなる。
めちゃくちゃになって、どろどろになって、このまま溶け合ってしまいたい。
名残惜しそうに唇を離すとクレマンティーヌはそのままオレの首筋へと吸い付いた。
ちゅっちゅと愛おしそうに口付けを落とし、ぬるりと血管が浮き出ているところを舐める。
その感覚に身悶えし、次に来た感覚に体が固まった。
二つの尖った硬いもの。
それが血管に突き立てられていることを理解するのに数秒かかり、理解したときには牙が突き刺さった後だった。
「くぅっ!!」
痛い、首筋に走る激しい痛み。
本来オレが税として納めるべきものを納めた証でもあり、オレが要求した事態の証拠である。
人体における重要な部分である首に傷がつくのだからその痛みは想像を絶するものである…はずだった。
クレマンティーヌによる吸血は確かに想像できないものだった。
「うぁ、あっ!?」
突き立てられた牙から何かわからないものが流れ込んでくる。
それは痛みではないものであり、首から感じるわけがないはずのもの。
快楽が、全身へと流れ込んできた。
「んちゅるるっ♪じゅる、ん…ちゅぅ♪」
目の前が真っ白になってしまいそうなほどの気持ちよさ。
クレマンティーヌが吸うたびにその波は大きくなり意識が沈み果ててしまいそうになるほど。
耐えようにも手は握っている以上乱暴に握り締めるわけにもいかないし、歯を食いしばっても股間から立ち上る快楽だってある。
ゆえに二箇所から流れ込んでくる感覚にオレはただ翻弄され続けた。
「ちゅっ♪」
ようやく牙を抜き、唇を離したクレマンティーヌは口に含んだ鮮血を味わうように舌で転がしゆっくり飲み込んだ。
「ふふ、ユウタは血まで甘いんだね♪これもまた癖になる味だよ♪」
牙を見せ付けて笑みを浮かべたその顔はヴァンパイアそのもの。
だけれど赤く染まった頬に潤んだ目、蕩けた表情を浮かべたその顔は正しく女のもの。
しかしオレにはそんな彼女を眺める余裕は既になくなっていた。
味わう最中でもクレマンティーヌの膣は搾り取るようにうねり、無意識に腰が動き出している。
食欲に従ってオレの血を啜ったというのならこの動きは性欲に従っているもの。
生物としての本能は快楽を求め、女としての欲望は精を求めている。
「ふ、ぅぅん♪」
ゆっくりと腰を上げていく。
そうなれば当然くわえ込んだオレのものを吐き出していくのだがそれを拒否するように彼女の中はきつく抱きしめてきた。
ごりごりと壁を擦り、ぞりぞりとカリが抉る。
引き抜くことで得られた快楽にオレもクレマンティーヌも共に身を震わせた。
ぐちゃぐちゃとクレマンティーヌの腰が動くたびにいやらしい音が部屋に響き、繋がりあった部分から愛液が溢れて滴る。
それにより必要以上に潤った彼女の中はスムーズに、それで徐々に速度を上げてオレのを何度も飲み込み吐き出す。
「は♪はぁっ♪すごい、すごい、いいよ、ユウタぁっ♪」
一心不乱に腰を打ち付け合い、互いを貪る姿には人間もヴァンパイアもなかった。
それは雄と雌の獣の交合だった。
激しさばかりを増していき、欲望が満たされてもすぐに乾き、求めてしまう。
それでも互いを想い合い、手は硬く握り合ったまま。
快楽とは別の何かがそこから流れ、限界とは違ったどこかへと互いを押し上げていく。
「あぁっ♪来るっ♪何か、来てしまうよ、んぁああっ♪」
先端に何か硬さを持ったものを何度も叩き、そのたびにクレマンティーヌが体を震わせる。
しかし反面叩くたびに吸い付かれ、まるで唇のように厚ぼったいそれは貪欲に啜り上げる。
「ひゅぅっ♪そんな、そこばかり刺激しないで、くれっ♪」
艶のある声でそういわれるのでは拒んでいるのか期待しているのかわからない。
それにそんな声をもっと聞きたいと思ってしまう。
凛としている彼女だから、凛々しいヴァンパイアだから。
理想的で好きな女性だから。
「ごめん…っ!」
「あぁあっ♪」
腰の動きがさらに激しさを増し、抱きしめあった体に今まで以上の快楽が走る。
下腹部に溜まって今か今かと放出を心待ちにしていた精が動き出すのを感じた。
やばい。
もう限界だ。
「クレマンティーヌ…もうっ!」
慌てて引き抜こうと腰を引くが対面座位であるこの体勢でどう動けばいいのかわからない。
それにそんな行動をすることを見越してか、それとももっと触れ合いたくてかクレマンティーヌの両足が背にまわされた。
「っ!!」
「だ、ダメだっ♪抜かないで…全部、私の中に、ぃ…っ♪」
その言葉と共に引き上げた腰が一気に打ちつけられる。
きつく締め付けられ、痛いほどに抱きしめられ、追い討ちをかける快楽に押されオレはクレマンティーヌの中で弾けた。
「うぁ、ああっ!!」
「くぅぅぅうううううううっ♪」
どくんどくんと何度も脈打ち、溜まっていたものを全て吐き出しては注ぎ込んでいく。
流れ出した精は先っぽごと吸われているためか一滴も漏らすことなく子宮を満たしていった。
絶頂へと押し上げられた感覚にオレもクレマンティーヌも体を大きく震わせる。
その震えに応じてか彼女の膣内は搾り出すような動きで放出を促す。
何度も何度も、ようやく全て注ぎ込んだというのにでもクレマンティーヌのそこは貪欲に蠢いていた。
「はぁ…ぁ♪ぁ…ぁぁ…♪」
「っ…はぁ……は…、ふぅ…」
オレとクレマンティーヌは荒い息を整えて絶頂を迎えた後の気だるさに身を任せたまま抱き合っていた。
月の明かりがベッドにまで届き二人の姿を照らし出す。
行為の激しさで気づかなかったが互いの体には月の光で輝く汗が浮かんでいた。
クレマンティーヌの金色の長髪が汗により張り付き、色っぽさが滲み出る。
しっとりと湿り気を帯び薄く色づいた肌と重なる部分は彼女の媚熱と感触を伝え、燻る欲望を煽ってくる。
「はぁ、んん♪すごい沢山出たね…中…ユウタで、一杯だよ♪」
嬉しそうにそういったクレマンティーヌ。
恍惚とした表情でオレを見つめてくるその目には妖しい光が宿っている。
どうやらオレとは反対にクレマンティーヌの欲望はまだまだ燃え盛っているようだった。
だが反対にオレはげんなりしていた。
「…クレマンティーヌさ、中で出すのは…色々まずいんじゃないの?」
「おや、どうしてだい?」
「そりゃ…子供ができるだろうし…」
いかに人間とヴァンパイアといえど男と女。
たとえ種族が違おうが子供ができることだってある。
それはこの街に来て初めて知ったことであり、
しかしクレマンティーヌはおかしそうにそれを笑った。
「おかしなことを言うね、ユウタは。好いた男との子を産むのは女として最高の喜びだよ」
「…だからって色々急じゃ…」
「それとも、ユウタは私と子を成すのは嫌かい?」
行為によって潤んだ瞳で見つめてくる彼女を前にそんなことを言えるわけがない。
それ以前にそんなことなんてないのだし。
「嫌なわけないって。オレも、クレマンティーヌと子作りしたいからさ」
「ふふ、良かったよ♪」
そう言って、何度目かわからない口づけをする。
激しいものではない、触れ合わせ互いを確かめ合う甘いキス。
何度も何度も重ねて長い時間合わせてようやく唇を離した。
それでも手は握り合ったまま、体は重ねあったまま。
「ユウタのはまだまだ硬いね♪」
「そりゃ、まぁね。クレマンティーヌも足りないんだろ?」
「ああ、もっとしてくれ♪もっともっと、ユウタに愛されたいよ♪」
「それじゃあ、頑張りますか」
そう言って月明かりの下で体をベッドへと倒し行為を再開したのだった。
クレマンティーヌと体を重ねて早三日。
オレは今現在の自宅兼職場に戻り普段通りに働いていた。
「どうぞ、フレンチトーストになります」
注文を受け、料理を運び、会計をしての繰り返し。
今は昼時、ちょうど店内も混み合い忙しくなってきたそんなところだった。
からんからんと入り口の扉に付けられたベルが乾いた音を響かせた。
その音がしたということはお客が出て行ったか来たということ。
しかし会計をしていないので来たほうだろう。
「いらっしゃいませ」
そう言ってみてみるとそこにいたのは―
「―やぁ、ユウタ」
輝くような笑顔でこの街の領主クレマンティーヌはそう言った。
血のように真っ赤なドレス姿はあのときとはまた違うもの。
外出用なのかもしれない。
ヴァンパイアだからだろう日傘をメイド長であるハリエットさんに持たせてそこにいた。
店内のお客さん全員がクレマンティーヌに注目する。
領主がこんなところにきた驚愕と、慕う気持ちを込めて。
「!クレ―領主様!!」
オレは彼女の名を口にしかけ慌てて言い換える。
今この場所でその名を呼ぶのはまずいものがあるだろう。
いくら気さくなクレマンティーヌといえど領主様。
店内にいるのは彼女が納める領地の民。
皆が慕う中で親しげに名を呼ぶのはいただけない。
しかしそんなオレの考えなんて他所にクレマンティーヌは笑って言った。
「そう畏まらなくていいよ。『あの夜』のようにクレマンティーヌと呼んでくれ♪」
その言葉に、その笑みに。
ある者は目を奪われ、ある者は息をのんだ。
しかし反面その言葉を理解した者は…。
「…あの夜?それはまた…どういうことだ、ユウタ?」
ぐいっと首根っこをつかまれ睨まれる。
睨んだ相手は隣の家に住むデュラハンのセスタ。
切れ長な目が細められ言葉に出来ない圧力を感じた。
「ど、どういうことでしょうね…?」
「そういえばお前しばらく稽古の副講師をサボっていたな。何をしていた?」
「な、なにをしていたと思いますか…?」
「何をしていたんだろうな…!」
「ナイフが!食事用のナイフが首にめり込んでくるんだけど!?」
もがきながらも何とか逃げようと後ろに下がると誰かに抱きとめられた。
柔らかく、温かく、どこか懐かしい感覚を抱かせたそれは―
「―ゆうたはん、領主さんとなんをしとったのどすか?」
「か、ぐやさん…!」
稲荷のかぐやさんに抱きとめられていた。
優しく、それでも逃がさないように。
しっかりと拘束しつつ、なおかつ自身の体の感触を味あわせるように。
「どないなことをしとったのか、知りたおす。なんなら、うちかてしてもらいたいんどすけど…♪」
まるでオレのしたことを知っているようにそういったかぐやさん。
いや、これは気づいているかもしれない。
さりげなく横に逃げようとするとそこには―
「―ユウタ、お兄ちゃん…」
セイレーンのアンがいた。
泣き出しそうな顔で。
…なんでそんな顔をしてるかな。
なら反対側にと思って体を動かせば―
「―ユウタさん…」
今にも消え入りそうな声でオレを呼ぶドッペルゲンガーのクロエがいた。
前に首なし騎士、後ろに狐。
歌姫に影少女で挟み撃ち。
何で皆して囲むんだよ…。
オレが困り果てているとクレマンティーヌは笑って言った。
「ほら皆、ユウタが困っているだろう?それくらいにしてあげたらどうだい?」
その言葉に皆しぶしぶ引いてくれる。
何だかんだ言っても領主、それもこの街の民から慕われるヴァンパイア。
たった一声で事態を収束させるとはさすがとしか言いようがない。
「えっと、それで…どうしたのさ、クレマンティーヌ」
傍に準備されていたメニューを引っつかみ、一応お客としての対応をする。
たとえ領主が来たとしてもここはお食事処である以上お客様相手の礼儀をすべきだろう。
メニューを差し出し、開いている席を探す。
しかしクレマンティーヌは手を振った。
「メニューはいいよ、もう決まっているから」
「そう?」
うちのメニューを知っているというのだろうか?
クレマンティーヌはオレが働いてからここで姿を見たことはないというのに。
常連、というわけではないのに。
不思議に思っているとクレマンティーヌは一歩前に進み出た。
腕を伸ばしてオレの肩を掴み、さらに近づく。
「…クレマンティーヌ?注文は?」
「注文?それでは―
―君を頂こうか♪」
「え?」
一瞬言葉の意味がわからなかった。
しかし次の瞬間クレマンティーヌの顔が近づき、首に唇が吸い付いた。
押し当てられる鋭い二つの牙を感じ、痛みを認識したと同時に体には筆舌しがたい快楽が走っていた。
「っ!!?」
「ちゅるる♪」
血を吸われているということを確信するまで数秒。
周りが注目しているだろうことに気づくまでさらに数秒。
クレマンティーヌが血を吸い終わるまではさらに時間が掛かった。
「ちゅっ♪」
離れ際にキスをされるがそれにさえ反応できなかった。
体に走った快楽により足腰から力が抜けてしまっている。
恥ずかしながらクレマンティーヌに抱きかかえられていなければ立っていられない状態だった。
「ふふ、ご馳走様。とてもおいしかったよ♪」
「ク、クレマンティーヌ…っ!」
ぜぇ、はぁと息を整えるも体に力が戻らない。
支えられないと崩れ落ちてしまいそうであり、しばらくこの状態が続きそうだ。
それ以上に大変なのが周りだった。
領主様がこんなところで吸血をしていることに驚き。
クレマンティーヌが男性に触れられないことはここにいる数人は理解しているらしい、彼女の行動に驚き、その相手がオレだということにさらに驚いていた。
一番驚いているのはデュラハンのセスタ、反対にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているのはかぐやさん。
「ク、クレマンティーヌ様!?」
「あらぁ、領主はんも大胆どすこと」
そんな二人を前に、唖然としている他のお客を前にクレマンティーヌはオレを抱き上げた。
お姫様抱っこで。
「っ!?ちょ、クレマンティーヌっ!!」
「ユウタの部屋は二回かな?続きはそこでといこうじゃないか♪」
言い終わると同時にこの騒がしさを気にしてだろう、厨房からレグルさんとキャンディさんが顔を覗かせた。
「おっと、領主様じゃないですかい」
「あら、どうかいたしました?」
「何、少しばかりユウタを借りていこうと思ってね。彼の部屋は二回かな?」
「ええ、二階の奥から手前の部屋ですよ」
「それでは行こうか、ユウタ♪」
「え?ちょっと…クレマンティーヌ!?」
返事もできるわけがなく抵抗も当然できず、周りの目を気にすることもできず、オレはニヤニヤした笑みを浮かべたレグルさんたちを尻目に嬉しそうに微笑むクレマンティーヌにただ運ばれていくのだった。
それはとある領主の話。
完全無欠なヴァンパイアの領主の隣に常に付き添う男が一人。
インキュバスとなり貴族へとなるも身なり、振る舞いは周りと全く異なり、異色を放つものだった。
彼は領主と共にこの世のものとは思えない新たな制度や考え方を提示しまわりをたびたび驚かせたらしい。
それは領主の隣に相応しいものであり、異界から来たものと噂をされるもその真相はわからないものだった。
「…ふぅ♪ご馳走様かな?」
「…もうやだ、明日から店に出られない」
「何をそんなに恥ずかしがることがあるんだい?私は誇らしいものなのだけどね」
「…何でそんなに堂々してるのさ。周り全員に見られたのに」
「むしろ見せたというところだよ。いわば自慢だね」
「自慢って…」
「それから私のものだという意味も込めてね。勿論、私はユウタだけのものだよ♪」
「…そんな恥ずかしくなるようなことを言わなくても」
「君はなんだかんだ言って鈍そうだからね。現にあの夜私が言葉にするまで状況を理解できていなかったろう?」
「…」
「だから今一度言おう。ユウタ、私は君が好きだよ♪」
「…普通逆なんだよ、まったく…」
「ユウタからも言ってくれないかい?私だけでは不公平だろう?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…あーわかったよ、そんな見つめないでくれよまったく………好きだよ」
「ああっ♪」
―HAPPY END―
12/04/21 21:20更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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