ディア ガード
ガィン カァン カァララララ・・・
乾いた音を立てて石造りの床で回るのは ありふれたデザインの兜。
備品部の下っ端が一山いくらで買ってきた数打ちの品だ。
俺たちの職業上、本来の役には立たず首を鍛える重りと化している。
ぞんざいに扱っては班長に怒られるのが俺たちの日常だ。
そんなわけで今日の俺はいつものように人差し指で兜を回していたんだ。
日ごろの訓練で鍛えた指は重い兜を回しても悲鳴を上げない。
問題なのは集中力。暇つぶしでやっているので他の事に気を取られがちだ。
ボケた頭でお茶のコップに手を伸ばしたら手が滑って当然だよな。
まずコップが倒れて簡素な机が熱いお茶浸しになった。
次いで机から垂れた熱いお茶がズボンに染み込む。
「はァん!」と奇声を上げて俺が立ち上がる。
当たり前のように宙を舞う兜。
いつもなら床に直撃するはずのそれが
今までで最高の飛距離をもって
最悪の着地点を見出した
突然だが俺の仕事は侵入者をこの部屋で足止めすることだ。
しかし訓練しているとはいえ俺は百戦錬磨の戦士ではない。
素人に毛が生えた程度の兵士が職務を全うするために
この部屋に用意された存在がある。
あろうことか
その存在に向かって
兜は飛んでいく
床の兜が回り終わっても思考停止は解けなかった。
目の前の存在が光を宿した時、悪寒と共に頭が回りはじめる。
弁償で済めばまだよかったが、この失敗は命で償う羽目になるかもしれない。
俺はやってしまった事を確認するように目の前の光景を見守るしかなかった。
兜が直撃した台座はヒビが入り表面の文字が欠損している。
台座の上に座っていた石像が光の胎動と共に細かく痙攣する。
硬く閉ざされた目蓋が開き、まっすぐな瞳で俺を見つめる。
「私の封印を解いたのは おまえか?」
俺の不注意で起動したガーゴイルの第一声がそれだった。
――――――――――――――
「ぅぎゃぁぁぁぁぁっ!」
目の前が真っ白で息ができない。顔が何かでふさがっている。
手で叩くように顔面に張り付いているものにさわってみると
どうやらこれは本来俺に安眠をもたらすはずのシーツの一部のようだ。
隙間に指をねじ込むようにしてシーツを引き剥がした俺を待っていたのは
台風一過とでも言い表したくなるようなベッドのありさまだった。
「・・・夢かよ。」
汗で重くなった寝巻きを乱暴に脱ぎ捨てて窓から外を見る。
遠く見える山々は仄かに色づき、秋の到来を告げていた。
時刻は昼過ぎだろうか?外周市場特有の喧騒がここまで届く。
ここは『街』の中心部と外周部を隔てる壁に沿って作られた宿舎の一つ。
南門詰所の中の一人部屋だ。ベッドと文机のみで独身御用達と言った風情だ。
こんな部屋が2階とあわせて10部屋用意されている。
ここに住む者の仕事は南門を通過する『全て』を管理する事だ。
中心部に入れてはならないモノはここですべて排除される のだが
街長の認可状がある場合は臨検免除なので機能してるのか微妙だ。
自分の仕事に疑問を抱くほど空しい事は無いので思考を切り替える。
まずは昼飯を食って夕方からの仕事に備えるとしよう。
俺は適当にベッドを整えると籐の籠から取り出した服を着る。
洗って干したあと籠に放り込んだままの服は見事にヨレヨレだが仕方がない。
宿舎を出て南門をくぐる。見飽きた部屋に顔なじみが退屈そうに座っている。
「おうディーン やっと起きたかこの寝ぼすけが」
ディーンと言うのは俺の名前だ。ディーン・ドゥルカスがフルネーム。
D・Dと呼ぶやつは殴る事にしている。ろくな思い出がないからだ。
「寝すぎて妙な夢見たぜ。お前の調子はどうだ?ファイス」
目の前のボンクラはファイス・ファムリース。同期の腐れ縁だ。
口は悪いが気の良いやつでF・Fと呼んでも殴られる事はないだろう。
「居眠りこいてもOKなくらい暇だ。南門だし当然と言えば当然だがな」
人々が行き交う主要な道路は『街』の北をかすめるように通っているので
北門は毎日大勢の人々が押し寄せてとても忙しい。
対して南門は未開の森や山に続く小道があるだけなのでそこから来るのは
門をくぐれない行商目的の魔物だけである。『街』から森や山に行く
物好きな者だけが南門を利用する。つまり いつでも暇なのだ。
「俺は昼飯を食う!腹具合から考えて朝飯を食わずに寝たらしい・・・」
「外周市場に行くなら『アレ』買ってきてくれよ。手持ちがなくなった」
「わかった」と言いながら外周市場へ抜ける門の前に立つ。
ファイスが胸元に下がった金属製の護符を撫でると石のこすれあう音が響く。
くぐってきた中心部側の門が閉じたあと、目の前の門が開き始める。
開ききった門をくぐるとファイスが護符をもう一度撫でて門を閉じた。
――――――――――――――
外周市場は今日も活気に満ち溢れている。店主の口上に客が色めきだって
我先に品物を求めている。どうやら魔力付与の指輪らしい。
道を挟んだ向かいで焼き菓子の屋台が元気に呼び込みしている。
小麦粉に膨らし粉と卵と牛乳を混ぜて焼き上がりに砂糖をまぶした物だ。
形が鈴に似ている割と有名な菓子である。帰りに買おう。
行きつけの食堂に辿り着きメニューを眺める。まだギリギリランチタイムだ。
期間限定メニュー。そういうのもあるのか!なになに?
「ホルスタウロス乳のホワイトシチュー〜赤ちゃん生まれました☆〜」?!
注文の時にウェイトレスさんに聞いたところ、食材を仕入れている牧場で
従業員のホルスタウロスが子供を生んだところお乳が出すぎてしまって
得意先のこの店に格安で譲ってくれる事になったそうな。人妻の乳・・・ゴクリ
気がつけば「特盛りを特盛りでお願いします!」と頭の悪い注文をしていた。
ちなみに注文を聞いて不機嫌そうにしてたウエイトレスさんは並盛り美人だ。
いろんな意味でおなかいっぱいだ。腹ごなしに市場を散策する。
青果市場に差し掛かったところでファイスからの頼まれごとを思い出す。
果物屋と薬草屋の間にできた隙間から伸びる裏路地を進むと
ぼさぼさの髪にレンズが汚れためがねをかけたヨレヨレ白衣の男が
大きめな肩掛けカバンを下げて壁に寄りかかっていた。
「調子はどうだ?」
「・・・まずまずだね。何が不満かって薬草の品揃えが貧弱なことだ!」
「手厳しいな。一介の街の市場にしては頑張ってるんじゃないか?」
「それはわかっているけど・・・不満なものは不満なんだ!」
普段はおとなしい好青年なのだが薬草の事になると鬼と化すこの男は薬屋だ。
ただしモグリの。本来なら俺は取り締まる側なのだが
この男が薬を『健康飲料」として売っていることと
その『健康飲料』の目を見張る効能を理由に目こぼしをしている状態である。
それも今では見て見ぬフリどころか毎度お世話になっている始末である。
先日、仕事前に飲んでいるのをファイスに見られて一本渡したところ
即効でファンになったらしく、たびたびねだられてしまうハメになった。
初めて飲んだ時はこいつの薬が持つ効能の凄さに、いつか市場の元締め辺りに
目を付けられるのではないかと思い気をつけるように忠告したが
「良い物は誰もが認める。心配しなくても大丈夫だよ」
とスマイル全開でほざいたのでそれ以上は言えなくなった。あほらしい。
いつお別れになるかもしれないこの男の名前を俺は聞かない事にしていた。
「それで?今日は何をご入用かな?」
「パワーローダー10本とオーバーロード2本」
「・・・飲みすぎじゃないかな?用法容量は守っているかい?」
「それが・・・ツレにバレてな?俺が仲介すればあんたを紹介しないで済む」
「お気遣い感謝するよ。察するに・・・おしゃべりな人なのかな?」
「俺の100倍は口が軽い。おまけで5倍 口が悪い。性格は悪くないがね」
「はははっ 楽しそうな人だなぁ。その人にもよろしくね」
愉快そうに笑うと男はカバンから綿の詰まった木箱を取り出しその中に
青いガラスの小瓶を10本、黄色の小瓶を2本つめてこちらに差し出した。
「いつも思うんだが。コレの名前、もうちょっとなんとかならないか?」
「名前なんて何でもいいんだよ。なんとなく内容がわかればね」
料金を受け取りながら微笑む男に溜息混じりに手を振って裏路地を出る。
帰りに買った焼き菓子をファイスと食べながら夕方までの時間を過ごした。
――――――――――――――
ゴ〜〜ーーー・・・ン
教会の鐘がなる頃、太陽が名残惜しげに紅葉色を振りまいていた。
俺はいつもの胸当てと兜を身に着けてファイスのところに戻った。
「おぅ 今日も雑巾持参かよ。毎度毎度ご苦労なこった」
「うるせ〜 癖みたいなもんだ。ほっとけ」
俺は夕方勤務の時に必ず部屋の家具などを雑巾で拭くようにしている。
一日中外気にさらされた机や椅子にはそれなりに埃がついているのだ。
「んじゃま〜 俺は防具置いたらメシ食って酒飲んで女に声かけて・・・」
「わかったわかった。おつかれさま」
ファイスは首に下げた護符を俺に渡すと駆け足で宿舎に戻っていった。
いつもどおりの軽薄な背中に溜息をつきながら護符を自分の首にかける。
金色に輝くこの護符は南門を魔術的に制御する『鍵』だ。
念じながら撫でる事で登録された者なら誰でも操作する事ができる。
また、装着者に異変が起こると宿舎の警報が鳴ると共に
この部屋に鎮座する『存在』を目覚めさせる事になる。
・・・はて、何かを思い出しそうになったのだが。なんだっけ?
考え込んでいるとファイスが戻ってきた。微妙に着飾ってやがる。
「あぁん?糞でも我慢してそうな顔だな」
「黙れ。なんか忘れてるような気がしただけだ」
「その年でも悩むとハゲるぞ。兜で蒸れるし」
「そうだな。班長見たいにはなりたくないし」
我らが班長はハゲ隠しにスキンヘッドを気取っている。まぶしい人だ。
「それにしてもお前、夜勤ばっかで平気か?そのうち倒れるぞ?」
「もともと夜型だから問題ねーよ。夜勤手当てもつくしな」
体力的な問題で若者はどうしても夜勤に回されがちだが
南門では俺が率先して引き受けている。単純にやる事がないのだ。
人生を賭けたくなるような趣味もないし
身も世もなく女を抱きたくなるわけでもない
この街に辿り着いた頃にはすでに枯れた男になっていた。
「ほら行けよ。女たちが待ってるんじゃなかったのか?」
「へいへい お邪魔様。今夜は10人切り達成してやる!」
子供みたいにアッカンベェ〜してファイスが外周市場側の門に立つ。
・・・お前のナンパ成功した事ないやんと思いながら護符を撫でる。
ややあって門が開きファイスが夜の街に躍り出る。今夜も午前様だろう。
――――――――――――――
ファイスの背中が見えなくなり俺はもう一度、胸の護符を撫でる。
ファイスが出て行った門が音を立てて閉じる。中心部側の門は閉じたまま。
密室になった部屋で机と椅子の向かい側の壁の一部がゆっくりと開く。
中からせり出してきたのは一体の石像。こうもりの羽を持つ女性の石像だ。
ひざまずいた姿勢で祈るように組んだ腕には金色の手錠が絡みつき
先にトゲトゲがついた尻尾が足元を抱き込むように巻きついている。
一糸まとわぬ姿なのに卑猥さと言うよりむしろ清潔な印象を与える石像だ。
胸元には俺のと同じデザインの護符がある。何か意味があるのだろう。
夜勤の時、俺はまずはじめににこの石像を水拭きする事にしている。
いざと言う時に命を預ける相手に対する礼儀のようなものと思っている。
勘違いするな。女体とはいえ石像だ。触っても柔らかくな・・・い・・・
おかしい。硬く冷たいはずのおっぱいが今日はマシュマロのようではないか。
雑巾ではなく素手で触ってみるとあったかい!脈動のようなものまで感じる。
「なんだ いつものように拭いてくれないのか・・・結構気持ちいいんだぞ?」
おっぱいに釘付けだった視線をゆっくりと上げると真っ赤な瞳が待っていた。
少し険しい眼差しは凛々しいと言い換えてもいいだろう。
引き結んだ口元は意志の強さを感じさせる。
頬と体に刻まれた魔法文字が目と同じ赤色に淡く光っている。
唐突に前回の夜勤の時にしでかした失態を思い出して固まる俺。
夢だけどぉ〜 夢じゃなかったぁ〜
――――――――――――――
口を腹ペコ金魚のように開け閉めしている俺にガーゴイルが問いかける。
「何を呆けた顔をしている。私が動いたら不思議か?」
重さを感じさせないしぐさで台座から降りてこちらを見る。
「私の封印を解いたのは 誰だったかな?」
ハイ!ワタクシデアリマス!
全部思い出した。あの事故は明け方に起こったのでタイミング的に
ガーゴイルの活動時間が終わる時だった。ガーゴイルは眠そうな目をして
『あぁ もう朝か・・・ 仕方がない。また会おう・・・』と言って
壁の内側に収まってしまったのだった。程なく班長が交代に来て
「なんだ?どうした。幽霊でも見たような顔して・・・って貴様!また兜を」と
ひとしきり兜の扱いについてお説教をいただきフラフラの状態で部屋に戻って
酒飲んで寝ちまったんだった。悪い夢だと思いたかったのだろう。
「何をそんなに焦っているんだ?男ならもっと堂々としていたほうが良いぞ」
目を細めて小首をかしげて含みのある笑みを浮かべるガーゴイル。
あまりに無邪気な態度を見て俺は少しだけ警戒を解いて話しかける事にした。
「封印が解けたってことは、自由に動けるんだよな?」
「あぁ 夜だけだが思いのままに振舞える。はっきり言って快感だ」
幸せそうに自分の体を抱きしめているガーゴイルがちょっとかわいく見えた。
「自由なら何故ここに留まる?どこにでもいけるじゃないか」
ガーゴイルは目を見開いた。予想外の問いだったようだ。
「何を言っている。この場所を守るのが私の仕事だ。」
今度はこちらが目を見開く番だった。ガーゴイルは にんまり笑う。
「強制的に魔法で縛られた『まがい物』ではないのだよ。私は」
誇らしげに魔法文字が光る腕を撫でるガーゴイルにもう一つの疑問を挙げる。
「一級品か何か知らんがガーゴイルなんだろ?活力はどこから・・・って」
図らずも辿り着いた結論に俺は身震いし二歩三歩と後ずさる。
「まさか 俺を襲う気か?」
ゆっくりと腰の警棒に手を伸ばす俺をガーゴイルが見つめる。
「ふむ。確かにおまえはうまそうだが・・・案ずるな。これがあれば必要ない」
そういってガーゴイルは胸元に下がる護符を撫でる。
「私の護符とお前の持っている護符は魔法で繋がっているんだ。」
俺もつられて護符を撫でる。明かりが反射して金色に輝いている。
「私は護符を通してお前達の活力を少しずつもらっている」
マジかよ!と焦ってみたものの、今まで目に見えて疲弊した事はなかった。
ガーゴイルが言うように本当に『少しずつ』なのだろう。
「かわりに私は護符から伝わるお前達の念に従い建物を操る」
なるほど。護符を撫でただけであの重い門を動かすカラクリの正体はこれか。
「私が動けるようになった以外は今まで通りだ。そんなに警戒するな」
ガーゴイルが眉尻を下げてうつむく。心なしか長い耳も垂れている。
この言葉使いとしぐさのギャップが激しいガーゴイルを
俺は嫌いになれなかったらしい。
「・・・わかった。これからもよろしく頼む。俺はディーン・ドゥルカス」
「アイナ・ヨ・スィナーガ。アイナと呼んでくれたら うれしい」
――――――――――――――
中心部の更に真ん中に位置する街庁舎。その敷地の半分は運動場だ。
大昔のコロシアム跡地に手を入れて作られたからか。円形で使い勝手が悪い。
俺たちは週に二回、この場所での鍛錬を義務付けられている。
訓練内容は厳しいが終われば丸一日の休暇も保障されている。
『本当は2、3日欲しいけど最低一日は休もう!』と医療顧問が言ったらしい。
この医療顧問、警棒の訓練に素手で乱入して怪しい医格闘術とやらで暴れる。
攻撃が軽く当たるたびに体調が悪くなって満足に動けなくなるのだ。
俺も何度か手合わせしたが次第に体が機能しなくなる絶望感は異常だ。
苦しみに慣れるための訓練だと言ってるが、たぶんただのサディストだ。
一月に一度くらい。街長直々に訓練を指揮する時がある。
問題点の改善案がいつも的確で、馬鹿な俺達にもわかるよう説明してくれる。
警棒の訓練も基本を押さえた指導してくれる。医療顧問とは大違いだ。
本来は双剣士らしく警棒を二本構えて複数で一人を囲む訓練の敵役もこなす。
一度10人がかりで襲い掛かったが息一つ乱すことなくあしらわれた。強すぎ。
今日の訓練は医療顧問も街長もいない、いたって平和なものになっている。
基礎体力向上目的のマラソンを終えて全員がそこかしこに討ち死にしている。
俺が寄りかかった木の上から不思議な形の黄色い葉っぱが舞い降りた。
この街のいたるところに植えられているこの木を他の街では見たことがない。
木の癖にオスとメスがありメスは臭い実を落とすので皆で文句を言っていた。
後日、街長が大粒の何かの種を炒ったものを持ってきて皆に食わせた。
ウマウマと喜ぶ俺達に『これは臭い実の中身だ』とニッコリ笑って告げた。
あれからもう一年か・・・と感傷に耽っていると横にファイスが座った。
「みんなざまぁねえな。俺なんてあと10周くらいできるぜ」
ファイスの持久力はこの街一と言われている。
加えて長髪を後ろで束ねているのであだ名はストレートに『馬』だ。
俺は長身でゴツイうえに毛深いので『熊』呼ばわりされている。
時には「南門の馬熊」とセット扱いされる事もある。心外すぎて泣ける。
「・・・なあディーンよぅ、なんか隠し事があるんじゃねーの?」
「なんだよいきなり。」
「外周市場で暇つぶすだけだったお前が中心部の図書館で何してるんだ?」
確かに最近、訓練で中心部に来るたびに図書館に寄るようになっていた。
アイナが『自分が何を守っているのか知りたい』と言ったことがある。
比較的歴史の浅いこの街の更に新参者である俺は満足な解説が出来ない。
無軌道な日々の中に思いもかけず一つの目的を与えられた気がして
アイナに教えるためにこの街の事を調べるようになっていた。
「・・・夜勤が暇だから本でも読もうかと思ってな。」
「はぁ?つまんねぇ答えだなおぃ。実は女絡みなんじゃねぇの?」
ケヒヒと笑う顔がムカついたので臭い実をぶつけてやった。ざまぁみろ。
――――――――――――――
また夜勤の日がやってきた。俺はいつものようにアイナの体を拭く。
『体を拭く時は石化してくれ』と土下座して頼んだのでおっぱいもカチカチ。
しかし今思うと、石化してれば問題ないと考えたのは大間違いだった。
無機物とはいえ女の体を拭いているという現実は変わらない。
アイナも律儀に『気持ちよかったぞ』と毎回お礼を言ってくるので
妙に意識してしまう。一人で興奮しているみたいで非常に後ろめたい。
「何か悩み事でもあるのか?」
「いや 別に」
「最近 私の体を拭く時、心ここにあらずと言った調子ではないか」
「それは・・・悪かった。次から気をつける(・・・男には色々あるんだョ)」
赤くなりつつあった頬をごまかすために自ら顔を両手で挟むように叩く。
気合を入れるためにポケットからパワーローダーを一本取り出す。
ふたを開けて飲もうとしているとアイナが目を輝かせて小瓶を見つめている。
「何だそれは?やんごとなき香りがするぞ」
「あぁ 気付け薬だ。疲労回復もする優れものだ」
「・・・私にも一口くれないか?」
突然の要求に驚いたが護符で活力供給しているから必要ないだけで
本来は精をすする魔物なのだ。飲み食いは可能なのだろう。
「一口と言わず一本やるよ。」
「・・・そうか? すまない・・・」
なにやら複雑そうな顔をしてアイナが小瓶を受け取る。はて?
小瓶の口を咥えるとアイナは細い喉を鳴らして薬を飲んだ。
とたんに体中の魔法文字の光が強くなり目からも光が漏れる。
精液だけで活動できる生き物だけあって燃費はすこぶるいいらしい。
「これは すごい薬だな。生きてる頃に飲んだ魔法薬に近い効能だ」
・・・何か聞き捨てならないことを言ったな。
「生きてる頃って・・・生きてるじゃないか」
「あぁそれは・・・ディーン。ガーゴイルはどうして生まれるか知っているか」
「ここのマニュアルには『悪魔の魂が宿った石像』と書いてあったな」
「では、悪魔の魂はどこからくる?」
はっとして見つめると、アイナが澄んだ微笑みで続ける。
「悪魔かどうか知らないが、私にもガーゴイルの『前』があるのだよ」
――――――――――――――
それは前の魔王の時代
ただの『アイナ』だった頃
『国境を守れ』と言うのが
与えられた命令だった
来る日も来る日も人を殺め
時には思いのまま弄び
気ままに暮らし
そして死んだ
――――――――――――――
「私は魂になっても自我を保ったまま、各地をさまよう事となった」
遠い目をしたアイナの頬が微かに赤いままだ。・・・まさか薬で酔ったのか?
「姿なき身は誰の目にも止まらないから、人間の村に行ってみることにした」
見つめていなければわからないくらい微かにアイナが微笑む。
「魔物だからだろうか。人の営みはただ穏やかで温かく感じた」
目を閉じて思い出したことが少しずつ口からこぼれているようだ。
「私が人間達を好きになったのは この時が初めてだった」
緩んでいたアイナの目から急に温かみが失せる。
「ちょうどその頃、魔王の交代劇があった」
最近では椅子代わりにしている自分の台座に座り、組んだ手が口元を隠す。
「魔物の軍勢の戦い方が変わり攻めあぐねた人間の軍隊から脱走者が増えた」
小さな台座の上で器用に体育座りして自らの足を抱きしめる
「飢えた脱走兵は善良な村々に押し入り全てを奪っていった」
伏せていた耳がピンと立ち、目から怒りが赤い光となって漏れる。
「ただ見ているしかなかったよ。体があればいくらでも蹴散らせたんだがな」
爪が食い込んでしまっている腕にそっと触れると我に返ったのか力を抜いた。
「滅びてしまった村を見ているのが辛くて、再び私はさまよう事にした」
「それからどのくらい経った頃か・・・石を穿つ音を聞いてな」
アイナがやっとこちらを見る。まだ若干顔が赤い。
「吸い寄せられるように進むと工房の様な建物を見つけた」
いつも以上に無邪気な笑顔で足を崩して台座を撫でている。
「お爺さんが四角い石に一生懸命魔法文字を彫っていたよ」
俺がつけちまった台座の傷をなぞるように触っている。
「奥にある部屋に入るとそこには 人間の女の像が何体もあった」
その部屋には立て札があり、こう書かれていたという。
人間を守るためのガーゴイルを作りたい
守るための強化を施した石像を用意した
守る気のない魂は跳ね除けられるだろう
物好きな魂がいる事を切に願う
「本来ガーゴイルは滅びた魔物の魂が石像にしがみついた哀れな存在だ」
腕に浮かぶ魔法文字を愛しげに撫でながらアイナが語る
「だが、もしガーゴイルでも誰かを守ることが出来るなら・・・」
俺の目を見つめてニッコリと笑う。
「そう思って私は ここにいるんだ」
――――――――――――――
夜勤明けはぐっすり眠る事が出来るはずなのだが、今日は眠りが浅かった。
目を閉じるとアイナの笑顔が見えるからだ。
重い独白の後アイナは台座の上で器用に寝始めた。パワーローダー恐るべし。
残りの夜勤の時間、俺はずっと自分に問いかけていた。
自分にあれだけの覚悟があっただろうか。
『守る』と言う事の本質を理解していたか。
答えはNoだ。流れてきた街の他愛無い求人の一つだった仕事だ。
愛着をもてたのは一部の仕事仲間だけで、この街を好きなわけではない。
そんな俺にアイナの笑顔は眩し過ぎて、どうしても引け目を感じる。
漠然と感じていた淡い想いを塗りつぶされてしまったような苦しみを覚える。
寝っころがっていても鬱々としてくるだけなので街に繰り出してみた。
ホルスタウロスの乳シチューは完売済みだった。人気出てたからなぁ。
仕方なくいつもの日替わり定食を頼む。今日はチキンフリットだった。
食事の後は当てもなく市場を歩くしかない。薬でも買うかと裏路地を行く。
いつもの場所に物乞いの爺さんがテントを張っていた。
道中で買った魚型の焼き菓子を袋ごと渡すと三日前からここにいると言う。
その間、薬屋らしき人物はここに来なかったようだ。
・・・惜しい男をなくした。死んだと決まったわけではないが。
荒事に通じるようには見えなかったし、絶望的だろう。
ファイスになんて説明しようか頭を抱えながら宿舎に戻る。今日は厄日か。
――――――――――――――
次の夜勤の日。最初からアイナの様子が変だった。若干頬が赤い。
「まだ酔ってるのか?」と手を伸ばすと手をバタバタさせて否定した。
近づくと過敏に反応するので今日は体を拭かないことにしたところ
寂しそうにうつむいてしまった。俺にどうしろと?
それからお互いに声をかけることも出来ず、気まずい空気が流れる。
気がつけば あと1時間ほどで日が昇る時間となった。
備え付けの保温ポットからお茶を淹れているとアイナが暗い顔でそばに来た。
「やっぱり・・・私が怖いか?」
「はぁっ!?なんで?」
予想外の問いに声を荒げてしまったので、アイナが肩を震わせる。
「今日のディーンは私と距離を置こうとしている。伝わってくるんだ」
そういってアイナは護符を掴む。そういえば待機状態の護符は装着者の
大まかな感情をガーゴイルに伝えてしまうとアイナが言っていた。
「そうだよな。私は過去に何人もの人間を殺めた。怖がるのも当然だ」
寒そうに身を縮めて表情が見えないくらい下を向いてしまった。
「あんな話をしなければディーンを怖がらせずに済んだのかな?」
震え始めた細い肩を、俺は思わず抱きしめてしまった。
「ちげーよ。ばか」
長い耳に言葉がかかるように囁く。動揺を表すように耳が揺れる。
「不真面目な俺にはお前の生き方が眩しかっただけだ」
石像とは思えないほど柔らかい体が今では驚愕に強張っている。
「こんなかわいい女を怖がる奴なんていねーよ」
「ディーン。いつもと口調が違う」
「しょうがねーだろ。もう女としてしか見れねぇ。同僚扱いはおしまいだ」
そう宣言して無防備な唇を奪う。
目を見開いて硬直しているアイナを解きほぐすように胸を揉む。
次第に体の力が抜けて体が柔らかくなってくる。
「何でこんなに柔らかいんだ?石の体とか嘘だろ」
「ぁ 台座と違って ン 体は魔法粘土製だとぉ 言ってい・・・た ふッ」
石ではないとわかったが粘土と言われても違和感がある絶妙な抱き心地だ。
尻を撫でようと思って伸ばした手が尻尾の付け根を掴んでしまった。
「あぁぅッ!ぁー・・・」
一際大きく身震いしてアイナの体から力が完全に抜けてしまった。
口の端から流れるよだれを舐め取るように顔をキスまみれにしながら
尻尾の付け根をひねるように撫で続ける。達したばかりの体が力なく暴れる。
「ディーンっ! 駄目・・・だ ソレ だ めぇ」
息をするのも難儀するアイナを更に追い詰めるべく激しく揺れる耳を咥える。
「ばか も の〜〜ーーっ!」
白目を剥いて痙攣し、糸が切れた人形のようにアイナが俺に倒れかかった。
――――――――――――――
荒い息をついて脱力しているアイナの唇にそっとキスをする。
今度はうまく動かない舌をもどかしそうに絡めてきた。
片手でズボンから肉棒を取り出す。熱を帯び、室温すら涼しく感じる
キスに夢中になっているアイナの手を掴んで肉棒を握らせる。
「俺ももう こんな感じだ」
自分の声を聞いて驚いたのは初めてだ。興奮にかすれ、焦がれた声だ。
無遠慮にアイナの股間に指を這わせる。すでに濡れそぼっている。
「愛撫は 終わりでいいな」
「ちょっ と 待 」
返事を聞く前に肉棒を押し付けて、じわじわと焦らすように挿入する。
せっかく拭ったよだれがまた決壊して川を作っている。
「なぁ 感じすぎだろ。ご無沙汰だったからか?」
「この体 絶対 おか しい 死ぬ前だって こん な あぁッ!」
話している間に奥まで到達し。中をこじられたアイナが悶絶する。
繋がったまま移動してアイナの台座に腰掛け、ズボンを膝まで下ろす。
アイナの腰を固定して回すように腰を揺する。愛液が俺の腰に伝い落ちた。
「待っ て くれ 少し 休 ませて」
「無理 止まらねぇ」
石像なのに体臭が甘いとかなんなの?この体作った奴は変態だ 絶対。
いい加減細かい動きに慣れて来た俺はゆっくりと腰を引いて一気に突いた。
「!? ぁうッ あぃ ぁーッ」
快感に溺れそうなアイナは沈まないように俺の頭に必死でしがみつく
目の前で揺れるアイナの胸を舐めて更に追い詰める。
俺もそろそろ限界だ。更に腰を激しく動かし、控えめな乳首に歯を立てる。
「あぁッ!」 「くぅっ!」
限界まで締めつけられて俺も欲望を解放した。肉棒が節操無く脈動している。
しばらくお互いに言葉も交わせない状態だったが
抱きしめあっているだけで十分 心地よかった。
目を閉じて震えているアイナが恨めしそうに俺に呟く。
「まるでケダモノだな」
「うるせー 俺だってご無沙汰だったんだよ」
正直やりすぎたかと思ったがアイナの様子を見るとそうでもなかったらしい。
気恥ずかしげに見詰め合っていると 突然 くぐもった轟音が響く。
外周部側の門がゆっくり 本当にゆっくりとだが開こうとしている。
アイナは地面にさっと降り立ち 俺は急いでズボンをはきなおす。
開いた門をくぐってきたのは 年若い神父だった。
――――――――――――――
「おやおや まぁまぁ」
おかしい。俺もアイナも何もしていないのに門が開いた?
「これはなんの巡り合わせですかねぇ」
門の開き方もぎこちない感じがした。魔法に干渉して無理やり開けたような。
「街長を始末しにきて新たな異端者を見つけるとは」
「街長を始末』の言葉を耳にした俺はすばやく護符に手を伸ばす。
その手の甲に 一本の針が突き立った。
「ぐぁっ!」
「ディーン!」
アイナが神父の動向を注意しながらもこちらを見てくる。
大丈夫だと言おうとして、足から力が抜ける感覚に戸惑う。
「特性の毒針です。何故か街長は魔法が効きにくいのでね」
張り付いた笑顔で淡々と語る神父にアイナが襲い掛かる。
激突の寸前 神父の手から炎弾が飛び出した。アイナは前面に手をかざす。
炎弾が弾けて轟音が響く。アイナは無傷のようだ。
アイナの前面に赤い光の壁が立っている。炎弾を防いだのはこれらしい。
「ほう 魔法障壁とは違うようですね。半物質化魔法とでも評しましょうか」
神父がもう一度炎弾を放つと光の壁は音を立てて崩れ炎弾と共に消えた。
「しかし妙ですね。技術のわりに魔力の出力が足りない・・・」
見るとアイナが苦しげに喘いでいた。陸に上がった魚のようだ。
「その護符・・・ あなたの活力はそこの異端者から吸っているのですね?」
「・・・うるさい」
「毒を受けた人間からこれ以上活力を吸えば命にかかわる」
「黙れ」
「ならば活力を全部吸って楽にしてあげればいいじゃないですか!」
「黙れと言っている!」
アイナが再び神父に襲い掛かる。動きにすら支障が出るほど消耗している。
会話の内容から、なんとなく俺が足を引っ張ってるのがわかった。
俺が瀕死の状態なので詰所の警報が鳴っている。増援がすぐに来るはずだ。
だがそれまで俺とアイナが持ちこたえられるかわからない。
せめてアイナの状態だけでも何とかしないと・・・
動きの鈍いアイナを容赦なく打ち据える神父はやはり微笑を絶やさない。
とどめに蹴りを入れられて吹っ飛んだアイナが俺にぶつかって止まった。
声が出ない俺は必死にアイナの手を握り、瞳を見つめる。
俺の手と目を交互に見たアイナは覚悟を決めた目でうなずいた。
「二人まとめて楽にしてあげます。じっとしていなさい」
両の手に魔方陣を描き神父が近づいてくる中、アイナが立ち上がる。
その手にはふたの開いた黄色い小瓶が一つ。中身は無いようだ。
次の瞬間体中の魔法文字と二つの瞳から赤い光が飛び出した。
――――――――――――――
薬屋の言葉を頭の中で反芻する
「この薬の名前は『オーバーロード』っていいましてね?」
「『パワーローダー』の二倍 回復するように調整したものです」
「ただ『パワーローダー』と違って副作用があります」
「効果か切れてから一時間は倦怠感と思考低下に襲われます」
「使いどころを選ばないと非常に危険です。注意してくださいね」
わりぃ 使いどころなんて選んでらんなかったわ
――――――――――――――
体から漏れるほど魔力を得たアイナがゆっくりと神父に歩み寄る。
次第に安定した魔力がアイナの周辺で丸くまとまり浮遊する。
「おぉ それがあなたの本来あるべき戦闘スタイルですか」
この期に及んで楽しげに笑う神父が両手の炎を放つ。
魔力の球が二つ。いつの間にか炎を貫いた。速すぎて軌跡が光の線に見える。
貫かれた炎が あろうことか凍った。神父が始めて笑みを崩す。
「奪うのか お前は」
漏れ出る魔力が様々な形となって神父を襲う。
「理不尽に 壊そうというのか」
一つは剣に 一つは盾に 一つは拳に
「そんな事は 許さない」
跳躍したアイナの足元で一際大きな魔力球が斜めに傾いた三角錐に変わる。
「守るために もう一度 生まれてきたんだ!」
アイナは高速回転する三角錐と共に神父に激突した。
轟音と土煙の中、俺は力尽きて気を失った。
――――――――――――――
いつもの仕事場だ
体が動かない
向こうから歩いてくるのは 俺?
『今日から夜勤か・・・退屈そうだな 美人さんと一緒だが』
そんな事をほざいて俺がこちらを向く
『今日から共に仕事をするディーンだ よろしくな って』
ぞんざいな敬礼をした俺の顔が不意に曇り、俺に手を伸ばす。
『埃だらけじゃないか 美人さんが台無しだぜ』
腰に下げた手ぬぐいで俺が俺を拭き始める。
「これからは 俺が綺麗にしてやるよ」
俺に微笑みかける俺を見ながら
視界が闇に染まっていく。
――――――――――――――
「にえぇぇぇぇぇぇぇッ!」
自分の声で目が覚める。見慣れない天井を見つめ荒れた息で呼吸する。
「やぁ すごい声だね」
いきなり視界を埋めた中年の顔は寝覚めに見たくない顔ベスト3に入る。
医療顧問のトーマス・キャンベル医師。噂のサディストだ。
「具合はどうだい?首から下は満足に動かないだろうがね」
言われて気付いたが確かに首から下がどうやっても動かない。
麻痺していると言うより脱力しきっているといった感じだ。
「これではいたぶり放題じゃないか。あまり私を誘惑しないでおくれ♪」
「医者のセリフじゃないだろ!何で俺ばっかり目の敵にするんだ!」
「それは君が私を『先生』と呼ばないからさ♪」
「理由それだけかよ!」
確かに俺は苦手なこの男を『キャンベル医師』と呼んで距離を置いていたが
それが理由で医格闘術の餌食になっていたとは思いもよらなかった。
「はははっ 元気そうで何よりだ。毒は完璧に抜けたようだね」
その一言で俺は確かめなければならない事を唐突に思い出した。
「アイナは・・・ガーゴイルはどうなった! キャンベル医師!」
「あー 焦らない焦らない つーか先生と呼びなさい!」
人差し指で額を押される。それだけで首の力すら抜けた。医格闘術か。
「こちらも聞きたい事がたくさんありますが そうですね・・・」
――――――――――――――
証言@ ファイス・ファムリース
「現場に着いてびっくりしたぜ。ディーンが泡吹いてるわ石像が動いてるわ」
「身構える俺たちに石像が『ファイスとは誰だ?』とかぬかすし」
「『キャンベル医師を連れて来い!』とか目ぇギラギラさせて叫ぶんだ」
「確かにディーンがヤバそうだったんで『あいよ』と言って駆け出したさ」
「班長の怒鳴り声が聞こえたけど・・・美人の頼みは断れねぇよ」
――――――――――――――
証言A 南門 臨検部 班長
「ディーンの状態は素人が見ても危ない事がわかるほどだった」
「口から泡を吹き 糞尿を垂れ流し 体中が痙攣していた」
「そんな状態のディーンにガーゴイルがおもむろに覆いかぶさったのだ」
「『何をする!』と問うとガーゴイルは覚悟の満ちた笑顔で言った」
「『私と共に石化させて毒の進行を遅らせる。その間に治す算段を取れ』と」
「止める間も無くガーゴイルはディーンと共に石化した」
「理由は知らんがあのガーゴイルがディーンを救おうとしていたのは事実だ」
――――――――――――――
「以上が私が聞いたその後の顛末です。」
先生は窓際のテーブルに載った茶器から冷めたお茶を淹れている。
「私が来た時には君とアイナさん・・・だったかな?は石になっていた」
窓の外は真っ暗で外から虫の音が聞こえてくる。
「針から特定した毒物は特効薬を作るのが難しい種類のものだった」
ランプの明かりに負けないくらい明るい月が空に浮かんでいる。
「猶予は約12時間。最近雇った助手がいなかったら間に合わなかったかもね」
そういって先生は懐から青い小瓶を取り出しふたを開けた。
「先生!その小瓶は!?」
「あぁ 助手が目覚めたら飲ませると良いって。疲労回復剤だってさ」
あのバカ生きてやがったか! そうか ・・・世話になっちまったな。
「アイナさんは現在、街長が直々に事情聴取しているよ。」
「街長が?なんで?」
「アイナさんは君が目覚めるまで離れないっていうので街長に説得させた」
「・・・先生。アイナの扱い、どうなってる?」
「中心部には連れて行けないので君と一緒に僕の家で軟禁♪」
軟禁といわれても別に驚かなかった。制御を外れたガーゴイルは捕縛対象だ。
ありふれた民家に軟禁と聞いたら手ぬるいと言う者もいるだろう。
「アイナが自立している件は俺にも責任がある。説明させてくれ」
「台座の傷の件なら心配しなくても良いよ」
口だけ笑う先生の目はいつに無く冷たい光に満ちていた
「本来ガーゴイルの台座は兜の直撃では傷一つ付かない」
「・・・今なんておっしゃいました?」
「だから、台座に傷か付いたのは事故が原因ではないということさ」
そう言って先生は傍らのドアを静かに開けた。
「この先は本人にじっくり聞いてね♪」
開いたドアの向こうに意気消沈としたアイナが立っていた。
アイナと入れ替わりに出て行った先生がゆっくりとドアを閉めた。
――――――――――――――
「・・・ディーン!」
二人っきりになるとアイナが抱きついてきた。鈍い動きで辛くも受け止める。
パワーローダーを飲んでいなければアイナのなすがままだっただろう。
「アイナ・・・」
「ディーン。生きてるか?死んでないな?」
「あぁ おかげで助かったぜ」
「ディーン よかった ディーン・・・」
泣いてるアイナを見たら先生の戯言なんてどうでも良くなっていた。
アイナが落ち着くまで震える背中を撫でていた。
「すまない 重かっただろう」
「いやぁ 気持ちよかったぜ。抱き心地抜群だ」
ばつの悪そうな顔したアイナに俺はニッコリ笑ってみた。おぅ照れてやがる。
「俺はもう大丈夫だけどよ、お前のほうはどうなんだ?」
「なんのことだ?」
「オーバーロードには副作用があったはずなんだが、変なところはないか?」
「ふむ 確かに石化した後の眠りが深かったように思う」
「そうか・・・」
安心したとたんにアイナを抱きしめていた。アイナも俺に身を任せている。
「ディーンに言わなければならないことがあるんだ」
ひとしきりお互いの体温を楽しんだ後アイナが告げる。
「私は事故に便乗して自ら傷ついたのだ。魔法で兜を誘導してまで」
「あぁ」
「お前が優しいやつだとわかっていたから付け込んだのだ」
「そうか」
「信じてもらえないかもしれないが、お前と仲良くなりたかったんだ」
「うん」
「・・・怒らないのか?」
耳も眉尻もこれ以上に無いほど下げてしまったアイナが心細げに問う。
「夢を見たんだ」
「そいつは俺の事をじっと見ていた 一年も」
「俺は気付かずに そいつの心を乱していた」
「俺だけのせいではないけど そいつだけのせいでもない」
「俺は今 そいつと一緒にいたいんだ」
「どうして・・・」
「やっぱりお前の記憶か。石化して繋がってたからじゃないか?」
笑いかけて頬を撫でると、やっとアイナが微笑んでくれた。
「お前も同じ気持ちなら そばにいてくれよ」
アイナはゆっくりと うなずいた。
――――――――――――――
それから嵐のように日々が過ぎた。
アイナを引き取るために多額の借金をする覚悟だったのだが
「アイナさんは雇用扱いだったから自分の代金分はすでに稼いでるよ。」
『むしろ退職金がもらえるよ♪』と先生に教えてもらえた。
南門詰所には住めなくなったので住む所をどうしようか迷っていると
街庁舎マークの封筒が俺のところに届いた。差出人は・・・街長だ。
外周市場に用意された社宅のパンフレットだった。家賃も格安だ。
現場に復帰した時、皆から手厚い歓迎があった。
『俺より早く女作りやがって』とファイスからブーイングをもらい。
『休んだ分働いてもらうぞ』と班長から容赦ないお達し・・・
言葉とは裏腹に俺に合わせてシフトが組みなおされていた。
ガーゴイルを伴侶にした俺は夜勤をすることができない。
この町に住む魔物の後見人として街長が与えた指示の一つだからだ。
俺の代わりに夜勤をするハメになった者の中にファイスもいた。
それでもファイスをはじめ南門の仲間はシフトに関する文句を言わなかった。
「お前は今まで夜勤ばかりしていた。バランスも取れてる。問題ない」
班長がこっそり俺に投げかけてくれた言葉が温かかった。
――――――――――――――
気がつけば再び秋が訪れていた。
夕闇を背に我が家に帰る。
「ただいま」
「おかえり 疲れただろう」
出迎えたアイナの胸に護符が光る。記念にもらってきた大切な思い出だ。
「今日はナイジェルのやつが大変な事をしでかした」
「おぉ 何があったんだ?」
「事もあろうにスライムを中心部に連れ込みやがった!」
「ふむ あのナイジェルがなぁ・・・」
診療所で再会したあの薬屋の名はナイジェル。今や先生の助手兼下僕だ。
『魔物は嫌いだ』とか抜かしていた奴が服の下にスライム仕込んでやがった。
「色気づきやがってあのヤロー」
「で?ディーンはどうしたのだ?」
興味深げに微笑むアイナの耳がパタパタ揺れている。機嫌は上々だ。
「どうもしねーよ。仕方ないから見逃した」
「それだけ?」
「・・・帰り際にスウェットの実をやった」
「さすがは私の旦那だ。褒めてやろう」
頭を撫でられてしまった。アイナはこのようなスキンシップが大好きだ。
「それでは食事の前に訓練といこうか」
「お手柔らかにな。師匠」
石化状態から戻った俺の肉体に、いくつかの変化が現れていた。
チェスのルークにこうもりの羽が付いたような紋章が胸に浮かび上がって
一般人には行使できないような異能を身につけた。
一つ目は自分の体を自由に石化させることが出来るようになった事
二つ目はアイナの半物質化魔法を小規模ながら使えるようになった事
魔法については訓練して制御できるようにしたほうが得だとアイナは言う。
アイナほどの魔力を持たない俺の魔法が役に立つ日が来るかわからない。
それでも訓練する気になったのは
教える時のアイナの笑顔が見たかったからだ。
指先に三角錐を作りながらアイナに問う。
「台座につけちまった傷・・・治さなくて良いのか?」
「どうした?やぶからぼうに」
「だってあの部分、名前が書いてあった部分だろ?」
俺の兜がぶつかったところは台座のネームプレートだった。
ちょうど『ヨ・スィナーガ』の部分が削れて読めなくなったのだ。
ちなみに『ヨ・スィナーガ』は石像を作った工房の名前だそうな。
「あそこは いつかは削る運命にあったのだ。問題ない」
「どういう意味だ?」
「・・・わからないなら 確かめてきたらどうだ?」
それだけ言うとアイナは台所に行ってしまう。心なしか頬が赤かったような。
頭上に疑問符を大量生産しながら寝室に安置された台座を見に行く。
ネームプレートを見ると そこには
『アイナ・ドゥルカス』と書かれていた
―――――――fin―――――――
乾いた音を立てて石造りの床で回るのは ありふれたデザインの兜。
備品部の下っ端が一山いくらで買ってきた数打ちの品だ。
俺たちの職業上、本来の役には立たず首を鍛える重りと化している。
ぞんざいに扱っては班長に怒られるのが俺たちの日常だ。
そんなわけで今日の俺はいつものように人差し指で兜を回していたんだ。
日ごろの訓練で鍛えた指は重い兜を回しても悲鳴を上げない。
問題なのは集中力。暇つぶしでやっているので他の事に気を取られがちだ。
ボケた頭でお茶のコップに手を伸ばしたら手が滑って当然だよな。
まずコップが倒れて簡素な机が熱いお茶浸しになった。
次いで机から垂れた熱いお茶がズボンに染み込む。
「はァん!」と奇声を上げて俺が立ち上がる。
当たり前のように宙を舞う兜。
いつもなら床に直撃するはずのそれが
今までで最高の飛距離をもって
最悪の着地点を見出した
突然だが俺の仕事は侵入者をこの部屋で足止めすることだ。
しかし訓練しているとはいえ俺は百戦錬磨の戦士ではない。
素人に毛が生えた程度の兵士が職務を全うするために
この部屋に用意された存在がある。
あろうことか
その存在に向かって
兜は飛んでいく
床の兜が回り終わっても思考停止は解けなかった。
目の前の存在が光を宿した時、悪寒と共に頭が回りはじめる。
弁償で済めばまだよかったが、この失敗は命で償う羽目になるかもしれない。
俺はやってしまった事を確認するように目の前の光景を見守るしかなかった。
兜が直撃した台座はヒビが入り表面の文字が欠損している。
台座の上に座っていた石像が光の胎動と共に細かく痙攣する。
硬く閉ざされた目蓋が開き、まっすぐな瞳で俺を見つめる。
「私の封印を解いたのは おまえか?」
俺の不注意で起動したガーゴイルの第一声がそれだった。
――――――――――――――
「ぅぎゃぁぁぁぁぁっ!」
目の前が真っ白で息ができない。顔が何かでふさがっている。
手で叩くように顔面に張り付いているものにさわってみると
どうやらこれは本来俺に安眠をもたらすはずのシーツの一部のようだ。
隙間に指をねじ込むようにしてシーツを引き剥がした俺を待っていたのは
台風一過とでも言い表したくなるようなベッドのありさまだった。
「・・・夢かよ。」
汗で重くなった寝巻きを乱暴に脱ぎ捨てて窓から外を見る。
遠く見える山々は仄かに色づき、秋の到来を告げていた。
時刻は昼過ぎだろうか?外周市場特有の喧騒がここまで届く。
ここは『街』の中心部と外周部を隔てる壁に沿って作られた宿舎の一つ。
南門詰所の中の一人部屋だ。ベッドと文机のみで独身御用達と言った風情だ。
こんな部屋が2階とあわせて10部屋用意されている。
ここに住む者の仕事は南門を通過する『全て』を管理する事だ。
中心部に入れてはならないモノはここですべて排除される のだが
街長の認可状がある場合は臨検免除なので機能してるのか微妙だ。
自分の仕事に疑問を抱くほど空しい事は無いので思考を切り替える。
まずは昼飯を食って夕方からの仕事に備えるとしよう。
俺は適当にベッドを整えると籐の籠から取り出した服を着る。
洗って干したあと籠に放り込んだままの服は見事にヨレヨレだが仕方がない。
宿舎を出て南門をくぐる。見飽きた部屋に顔なじみが退屈そうに座っている。
「おうディーン やっと起きたかこの寝ぼすけが」
ディーンと言うのは俺の名前だ。ディーン・ドゥルカスがフルネーム。
D・Dと呼ぶやつは殴る事にしている。ろくな思い出がないからだ。
「寝すぎて妙な夢見たぜ。お前の調子はどうだ?ファイス」
目の前のボンクラはファイス・ファムリース。同期の腐れ縁だ。
口は悪いが気の良いやつでF・Fと呼んでも殴られる事はないだろう。
「居眠りこいてもOKなくらい暇だ。南門だし当然と言えば当然だがな」
人々が行き交う主要な道路は『街』の北をかすめるように通っているので
北門は毎日大勢の人々が押し寄せてとても忙しい。
対して南門は未開の森や山に続く小道があるだけなのでそこから来るのは
門をくぐれない行商目的の魔物だけである。『街』から森や山に行く
物好きな者だけが南門を利用する。つまり いつでも暇なのだ。
「俺は昼飯を食う!腹具合から考えて朝飯を食わずに寝たらしい・・・」
「外周市場に行くなら『アレ』買ってきてくれよ。手持ちがなくなった」
「わかった」と言いながら外周市場へ抜ける門の前に立つ。
ファイスが胸元に下がった金属製の護符を撫でると石のこすれあう音が響く。
くぐってきた中心部側の門が閉じたあと、目の前の門が開き始める。
開ききった門をくぐるとファイスが護符をもう一度撫でて門を閉じた。
――――――――――――――
外周市場は今日も活気に満ち溢れている。店主の口上に客が色めきだって
我先に品物を求めている。どうやら魔力付与の指輪らしい。
道を挟んだ向かいで焼き菓子の屋台が元気に呼び込みしている。
小麦粉に膨らし粉と卵と牛乳を混ぜて焼き上がりに砂糖をまぶした物だ。
形が鈴に似ている割と有名な菓子である。帰りに買おう。
行きつけの食堂に辿り着きメニューを眺める。まだギリギリランチタイムだ。
期間限定メニュー。そういうのもあるのか!なになに?
「ホルスタウロス乳のホワイトシチュー〜赤ちゃん生まれました☆〜」?!
注文の時にウェイトレスさんに聞いたところ、食材を仕入れている牧場で
従業員のホルスタウロスが子供を生んだところお乳が出すぎてしまって
得意先のこの店に格安で譲ってくれる事になったそうな。人妻の乳・・・ゴクリ
気がつけば「特盛りを特盛りでお願いします!」と頭の悪い注文をしていた。
ちなみに注文を聞いて不機嫌そうにしてたウエイトレスさんは並盛り美人だ。
いろんな意味でおなかいっぱいだ。腹ごなしに市場を散策する。
青果市場に差し掛かったところでファイスからの頼まれごとを思い出す。
果物屋と薬草屋の間にできた隙間から伸びる裏路地を進むと
ぼさぼさの髪にレンズが汚れためがねをかけたヨレヨレ白衣の男が
大きめな肩掛けカバンを下げて壁に寄りかかっていた。
「調子はどうだ?」
「・・・まずまずだね。何が不満かって薬草の品揃えが貧弱なことだ!」
「手厳しいな。一介の街の市場にしては頑張ってるんじゃないか?」
「それはわかっているけど・・・不満なものは不満なんだ!」
普段はおとなしい好青年なのだが薬草の事になると鬼と化すこの男は薬屋だ。
ただしモグリの。本来なら俺は取り締まる側なのだが
この男が薬を『健康飲料」として売っていることと
その『健康飲料』の目を見張る効能を理由に目こぼしをしている状態である。
それも今では見て見ぬフリどころか毎度お世話になっている始末である。
先日、仕事前に飲んでいるのをファイスに見られて一本渡したところ
即効でファンになったらしく、たびたびねだられてしまうハメになった。
初めて飲んだ時はこいつの薬が持つ効能の凄さに、いつか市場の元締め辺りに
目を付けられるのではないかと思い気をつけるように忠告したが
「良い物は誰もが認める。心配しなくても大丈夫だよ」
とスマイル全開でほざいたのでそれ以上は言えなくなった。あほらしい。
いつお別れになるかもしれないこの男の名前を俺は聞かない事にしていた。
「それで?今日は何をご入用かな?」
「パワーローダー10本とオーバーロード2本」
「・・・飲みすぎじゃないかな?用法容量は守っているかい?」
「それが・・・ツレにバレてな?俺が仲介すればあんたを紹介しないで済む」
「お気遣い感謝するよ。察するに・・・おしゃべりな人なのかな?」
「俺の100倍は口が軽い。おまけで5倍 口が悪い。性格は悪くないがね」
「はははっ 楽しそうな人だなぁ。その人にもよろしくね」
愉快そうに笑うと男はカバンから綿の詰まった木箱を取り出しその中に
青いガラスの小瓶を10本、黄色の小瓶を2本つめてこちらに差し出した。
「いつも思うんだが。コレの名前、もうちょっとなんとかならないか?」
「名前なんて何でもいいんだよ。なんとなく内容がわかればね」
料金を受け取りながら微笑む男に溜息混じりに手を振って裏路地を出る。
帰りに買った焼き菓子をファイスと食べながら夕方までの時間を過ごした。
――――――――――――――
ゴ〜〜ーーー・・・ン
教会の鐘がなる頃、太陽が名残惜しげに紅葉色を振りまいていた。
俺はいつもの胸当てと兜を身に着けてファイスのところに戻った。
「おぅ 今日も雑巾持参かよ。毎度毎度ご苦労なこった」
「うるせ〜 癖みたいなもんだ。ほっとけ」
俺は夕方勤務の時に必ず部屋の家具などを雑巾で拭くようにしている。
一日中外気にさらされた机や椅子にはそれなりに埃がついているのだ。
「んじゃま〜 俺は防具置いたらメシ食って酒飲んで女に声かけて・・・」
「わかったわかった。おつかれさま」
ファイスは首に下げた護符を俺に渡すと駆け足で宿舎に戻っていった。
いつもどおりの軽薄な背中に溜息をつきながら護符を自分の首にかける。
金色に輝くこの護符は南門を魔術的に制御する『鍵』だ。
念じながら撫でる事で登録された者なら誰でも操作する事ができる。
また、装着者に異変が起こると宿舎の警報が鳴ると共に
この部屋に鎮座する『存在』を目覚めさせる事になる。
・・・はて、何かを思い出しそうになったのだが。なんだっけ?
考え込んでいるとファイスが戻ってきた。微妙に着飾ってやがる。
「あぁん?糞でも我慢してそうな顔だな」
「黙れ。なんか忘れてるような気がしただけだ」
「その年でも悩むとハゲるぞ。兜で蒸れるし」
「そうだな。班長見たいにはなりたくないし」
我らが班長はハゲ隠しにスキンヘッドを気取っている。まぶしい人だ。
「それにしてもお前、夜勤ばっかで平気か?そのうち倒れるぞ?」
「もともと夜型だから問題ねーよ。夜勤手当てもつくしな」
体力的な問題で若者はどうしても夜勤に回されがちだが
南門では俺が率先して引き受けている。単純にやる事がないのだ。
人生を賭けたくなるような趣味もないし
身も世もなく女を抱きたくなるわけでもない
この街に辿り着いた頃にはすでに枯れた男になっていた。
「ほら行けよ。女たちが待ってるんじゃなかったのか?」
「へいへい お邪魔様。今夜は10人切り達成してやる!」
子供みたいにアッカンベェ〜してファイスが外周市場側の門に立つ。
・・・お前のナンパ成功した事ないやんと思いながら護符を撫でる。
ややあって門が開きファイスが夜の街に躍り出る。今夜も午前様だろう。
――――――――――――――
ファイスの背中が見えなくなり俺はもう一度、胸の護符を撫でる。
ファイスが出て行った門が音を立てて閉じる。中心部側の門は閉じたまま。
密室になった部屋で机と椅子の向かい側の壁の一部がゆっくりと開く。
中からせり出してきたのは一体の石像。こうもりの羽を持つ女性の石像だ。
ひざまずいた姿勢で祈るように組んだ腕には金色の手錠が絡みつき
先にトゲトゲがついた尻尾が足元を抱き込むように巻きついている。
一糸まとわぬ姿なのに卑猥さと言うよりむしろ清潔な印象を与える石像だ。
胸元には俺のと同じデザインの護符がある。何か意味があるのだろう。
夜勤の時、俺はまずはじめににこの石像を水拭きする事にしている。
いざと言う時に命を預ける相手に対する礼儀のようなものと思っている。
勘違いするな。女体とはいえ石像だ。触っても柔らかくな・・・い・・・
おかしい。硬く冷たいはずのおっぱいが今日はマシュマロのようではないか。
雑巾ではなく素手で触ってみるとあったかい!脈動のようなものまで感じる。
「なんだ いつものように拭いてくれないのか・・・結構気持ちいいんだぞ?」
おっぱいに釘付けだった視線をゆっくりと上げると真っ赤な瞳が待っていた。
少し険しい眼差しは凛々しいと言い換えてもいいだろう。
引き結んだ口元は意志の強さを感じさせる。
頬と体に刻まれた魔法文字が目と同じ赤色に淡く光っている。
唐突に前回の夜勤の時にしでかした失態を思い出して固まる俺。
夢だけどぉ〜 夢じゃなかったぁ〜
――――――――――――――
口を腹ペコ金魚のように開け閉めしている俺にガーゴイルが問いかける。
「何を呆けた顔をしている。私が動いたら不思議か?」
重さを感じさせないしぐさで台座から降りてこちらを見る。
「私の封印を解いたのは 誰だったかな?」
ハイ!ワタクシデアリマス!
全部思い出した。あの事故は明け方に起こったのでタイミング的に
ガーゴイルの活動時間が終わる時だった。ガーゴイルは眠そうな目をして
『あぁ もう朝か・・・ 仕方がない。また会おう・・・』と言って
壁の内側に収まってしまったのだった。程なく班長が交代に来て
「なんだ?どうした。幽霊でも見たような顔して・・・って貴様!また兜を」と
ひとしきり兜の扱いについてお説教をいただきフラフラの状態で部屋に戻って
酒飲んで寝ちまったんだった。悪い夢だと思いたかったのだろう。
「何をそんなに焦っているんだ?男ならもっと堂々としていたほうが良いぞ」
目を細めて小首をかしげて含みのある笑みを浮かべるガーゴイル。
あまりに無邪気な態度を見て俺は少しだけ警戒を解いて話しかける事にした。
「封印が解けたってことは、自由に動けるんだよな?」
「あぁ 夜だけだが思いのままに振舞える。はっきり言って快感だ」
幸せそうに自分の体を抱きしめているガーゴイルがちょっとかわいく見えた。
「自由なら何故ここに留まる?どこにでもいけるじゃないか」
ガーゴイルは目を見開いた。予想外の問いだったようだ。
「何を言っている。この場所を守るのが私の仕事だ。」
今度はこちらが目を見開く番だった。ガーゴイルは にんまり笑う。
「強制的に魔法で縛られた『まがい物』ではないのだよ。私は」
誇らしげに魔法文字が光る腕を撫でるガーゴイルにもう一つの疑問を挙げる。
「一級品か何か知らんがガーゴイルなんだろ?活力はどこから・・・って」
図らずも辿り着いた結論に俺は身震いし二歩三歩と後ずさる。
「まさか 俺を襲う気か?」
ゆっくりと腰の警棒に手を伸ばす俺をガーゴイルが見つめる。
「ふむ。確かにおまえはうまそうだが・・・案ずるな。これがあれば必要ない」
そういってガーゴイルは胸元に下がる護符を撫でる。
「私の護符とお前の持っている護符は魔法で繋がっているんだ。」
俺もつられて護符を撫でる。明かりが反射して金色に輝いている。
「私は護符を通してお前達の活力を少しずつもらっている」
マジかよ!と焦ってみたものの、今まで目に見えて疲弊した事はなかった。
ガーゴイルが言うように本当に『少しずつ』なのだろう。
「かわりに私は護符から伝わるお前達の念に従い建物を操る」
なるほど。護符を撫でただけであの重い門を動かすカラクリの正体はこれか。
「私が動けるようになった以外は今まで通りだ。そんなに警戒するな」
ガーゴイルが眉尻を下げてうつむく。心なしか長い耳も垂れている。
この言葉使いとしぐさのギャップが激しいガーゴイルを
俺は嫌いになれなかったらしい。
「・・・わかった。これからもよろしく頼む。俺はディーン・ドゥルカス」
「アイナ・ヨ・スィナーガ。アイナと呼んでくれたら うれしい」
――――――――――――――
中心部の更に真ん中に位置する街庁舎。その敷地の半分は運動場だ。
大昔のコロシアム跡地に手を入れて作られたからか。円形で使い勝手が悪い。
俺たちは週に二回、この場所での鍛錬を義務付けられている。
訓練内容は厳しいが終われば丸一日の休暇も保障されている。
『本当は2、3日欲しいけど最低一日は休もう!』と医療顧問が言ったらしい。
この医療顧問、警棒の訓練に素手で乱入して怪しい医格闘術とやらで暴れる。
攻撃が軽く当たるたびに体調が悪くなって満足に動けなくなるのだ。
俺も何度か手合わせしたが次第に体が機能しなくなる絶望感は異常だ。
苦しみに慣れるための訓練だと言ってるが、たぶんただのサディストだ。
一月に一度くらい。街長直々に訓練を指揮する時がある。
問題点の改善案がいつも的確で、馬鹿な俺達にもわかるよう説明してくれる。
警棒の訓練も基本を押さえた指導してくれる。医療顧問とは大違いだ。
本来は双剣士らしく警棒を二本構えて複数で一人を囲む訓練の敵役もこなす。
一度10人がかりで襲い掛かったが息一つ乱すことなくあしらわれた。強すぎ。
今日の訓練は医療顧問も街長もいない、いたって平和なものになっている。
基礎体力向上目的のマラソンを終えて全員がそこかしこに討ち死にしている。
俺が寄りかかった木の上から不思議な形の黄色い葉っぱが舞い降りた。
この街のいたるところに植えられているこの木を他の街では見たことがない。
木の癖にオスとメスがありメスは臭い実を落とすので皆で文句を言っていた。
後日、街長が大粒の何かの種を炒ったものを持ってきて皆に食わせた。
ウマウマと喜ぶ俺達に『これは臭い実の中身だ』とニッコリ笑って告げた。
あれからもう一年か・・・と感傷に耽っていると横にファイスが座った。
「みんなざまぁねえな。俺なんてあと10周くらいできるぜ」
ファイスの持久力はこの街一と言われている。
加えて長髪を後ろで束ねているのであだ名はストレートに『馬』だ。
俺は長身でゴツイうえに毛深いので『熊』呼ばわりされている。
時には「南門の馬熊」とセット扱いされる事もある。心外すぎて泣ける。
「・・・なあディーンよぅ、なんか隠し事があるんじゃねーの?」
「なんだよいきなり。」
「外周市場で暇つぶすだけだったお前が中心部の図書館で何してるんだ?」
確かに最近、訓練で中心部に来るたびに図書館に寄るようになっていた。
アイナが『自分が何を守っているのか知りたい』と言ったことがある。
比較的歴史の浅いこの街の更に新参者である俺は満足な解説が出来ない。
無軌道な日々の中に思いもかけず一つの目的を与えられた気がして
アイナに教えるためにこの街の事を調べるようになっていた。
「・・・夜勤が暇だから本でも読もうかと思ってな。」
「はぁ?つまんねぇ答えだなおぃ。実は女絡みなんじゃねぇの?」
ケヒヒと笑う顔がムカついたので臭い実をぶつけてやった。ざまぁみろ。
――――――――――――――
また夜勤の日がやってきた。俺はいつものようにアイナの体を拭く。
『体を拭く時は石化してくれ』と土下座して頼んだのでおっぱいもカチカチ。
しかし今思うと、石化してれば問題ないと考えたのは大間違いだった。
無機物とはいえ女の体を拭いているという現実は変わらない。
アイナも律儀に『気持ちよかったぞ』と毎回お礼を言ってくるので
妙に意識してしまう。一人で興奮しているみたいで非常に後ろめたい。
「何か悩み事でもあるのか?」
「いや 別に」
「最近 私の体を拭く時、心ここにあらずと言った調子ではないか」
「それは・・・悪かった。次から気をつける(・・・男には色々あるんだョ)」
赤くなりつつあった頬をごまかすために自ら顔を両手で挟むように叩く。
気合を入れるためにポケットからパワーローダーを一本取り出す。
ふたを開けて飲もうとしているとアイナが目を輝かせて小瓶を見つめている。
「何だそれは?やんごとなき香りがするぞ」
「あぁ 気付け薬だ。疲労回復もする優れものだ」
「・・・私にも一口くれないか?」
突然の要求に驚いたが護符で活力供給しているから必要ないだけで
本来は精をすする魔物なのだ。飲み食いは可能なのだろう。
「一口と言わず一本やるよ。」
「・・・そうか? すまない・・・」
なにやら複雑そうな顔をしてアイナが小瓶を受け取る。はて?
小瓶の口を咥えるとアイナは細い喉を鳴らして薬を飲んだ。
とたんに体中の魔法文字の光が強くなり目からも光が漏れる。
精液だけで活動できる生き物だけあって燃費はすこぶるいいらしい。
「これは すごい薬だな。生きてる頃に飲んだ魔法薬に近い効能だ」
・・・何か聞き捨てならないことを言ったな。
「生きてる頃って・・・生きてるじゃないか」
「あぁそれは・・・ディーン。ガーゴイルはどうして生まれるか知っているか」
「ここのマニュアルには『悪魔の魂が宿った石像』と書いてあったな」
「では、悪魔の魂はどこからくる?」
はっとして見つめると、アイナが澄んだ微笑みで続ける。
「悪魔かどうか知らないが、私にもガーゴイルの『前』があるのだよ」
――――――――――――――
それは前の魔王の時代
ただの『アイナ』だった頃
『国境を守れ』と言うのが
与えられた命令だった
来る日も来る日も人を殺め
時には思いのまま弄び
気ままに暮らし
そして死んだ
――――――――――――――
「私は魂になっても自我を保ったまま、各地をさまよう事となった」
遠い目をしたアイナの頬が微かに赤いままだ。・・・まさか薬で酔ったのか?
「姿なき身は誰の目にも止まらないから、人間の村に行ってみることにした」
見つめていなければわからないくらい微かにアイナが微笑む。
「魔物だからだろうか。人の営みはただ穏やかで温かく感じた」
目を閉じて思い出したことが少しずつ口からこぼれているようだ。
「私が人間達を好きになったのは この時が初めてだった」
緩んでいたアイナの目から急に温かみが失せる。
「ちょうどその頃、魔王の交代劇があった」
最近では椅子代わりにしている自分の台座に座り、組んだ手が口元を隠す。
「魔物の軍勢の戦い方が変わり攻めあぐねた人間の軍隊から脱走者が増えた」
小さな台座の上で器用に体育座りして自らの足を抱きしめる
「飢えた脱走兵は善良な村々に押し入り全てを奪っていった」
伏せていた耳がピンと立ち、目から怒りが赤い光となって漏れる。
「ただ見ているしかなかったよ。体があればいくらでも蹴散らせたんだがな」
爪が食い込んでしまっている腕にそっと触れると我に返ったのか力を抜いた。
「滅びてしまった村を見ているのが辛くて、再び私はさまよう事にした」
「それからどのくらい経った頃か・・・石を穿つ音を聞いてな」
アイナがやっとこちらを見る。まだ若干顔が赤い。
「吸い寄せられるように進むと工房の様な建物を見つけた」
いつも以上に無邪気な笑顔で足を崩して台座を撫でている。
「お爺さんが四角い石に一生懸命魔法文字を彫っていたよ」
俺がつけちまった台座の傷をなぞるように触っている。
「奥にある部屋に入るとそこには 人間の女の像が何体もあった」
その部屋には立て札があり、こう書かれていたという。
人間を守るためのガーゴイルを作りたい
守るための強化を施した石像を用意した
守る気のない魂は跳ね除けられるだろう
物好きな魂がいる事を切に願う
「本来ガーゴイルは滅びた魔物の魂が石像にしがみついた哀れな存在だ」
腕に浮かぶ魔法文字を愛しげに撫でながらアイナが語る
「だが、もしガーゴイルでも誰かを守ることが出来るなら・・・」
俺の目を見つめてニッコリと笑う。
「そう思って私は ここにいるんだ」
――――――――――――――
夜勤明けはぐっすり眠る事が出来るはずなのだが、今日は眠りが浅かった。
目を閉じるとアイナの笑顔が見えるからだ。
重い独白の後アイナは台座の上で器用に寝始めた。パワーローダー恐るべし。
残りの夜勤の時間、俺はずっと自分に問いかけていた。
自分にあれだけの覚悟があっただろうか。
『守る』と言う事の本質を理解していたか。
答えはNoだ。流れてきた街の他愛無い求人の一つだった仕事だ。
愛着をもてたのは一部の仕事仲間だけで、この街を好きなわけではない。
そんな俺にアイナの笑顔は眩し過ぎて、どうしても引け目を感じる。
漠然と感じていた淡い想いを塗りつぶされてしまったような苦しみを覚える。
寝っころがっていても鬱々としてくるだけなので街に繰り出してみた。
ホルスタウロスの乳シチューは完売済みだった。人気出てたからなぁ。
仕方なくいつもの日替わり定食を頼む。今日はチキンフリットだった。
食事の後は当てもなく市場を歩くしかない。薬でも買うかと裏路地を行く。
いつもの場所に物乞いの爺さんがテントを張っていた。
道中で買った魚型の焼き菓子を袋ごと渡すと三日前からここにいると言う。
その間、薬屋らしき人物はここに来なかったようだ。
・・・惜しい男をなくした。死んだと決まったわけではないが。
荒事に通じるようには見えなかったし、絶望的だろう。
ファイスになんて説明しようか頭を抱えながら宿舎に戻る。今日は厄日か。
――――――――――――――
次の夜勤の日。最初からアイナの様子が変だった。若干頬が赤い。
「まだ酔ってるのか?」と手を伸ばすと手をバタバタさせて否定した。
近づくと過敏に反応するので今日は体を拭かないことにしたところ
寂しそうにうつむいてしまった。俺にどうしろと?
それからお互いに声をかけることも出来ず、気まずい空気が流れる。
気がつけば あと1時間ほどで日が昇る時間となった。
備え付けの保温ポットからお茶を淹れているとアイナが暗い顔でそばに来た。
「やっぱり・・・私が怖いか?」
「はぁっ!?なんで?」
予想外の問いに声を荒げてしまったので、アイナが肩を震わせる。
「今日のディーンは私と距離を置こうとしている。伝わってくるんだ」
そういってアイナは護符を掴む。そういえば待機状態の護符は装着者の
大まかな感情をガーゴイルに伝えてしまうとアイナが言っていた。
「そうだよな。私は過去に何人もの人間を殺めた。怖がるのも当然だ」
寒そうに身を縮めて表情が見えないくらい下を向いてしまった。
「あんな話をしなければディーンを怖がらせずに済んだのかな?」
震え始めた細い肩を、俺は思わず抱きしめてしまった。
「ちげーよ。ばか」
長い耳に言葉がかかるように囁く。動揺を表すように耳が揺れる。
「不真面目な俺にはお前の生き方が眩しかっただけだ」
石像とは思えないほど柔らかい体が今では驚愕に強張っている。
「こんなかわいい女を怖がる奴なんていねーよ」
「ディーン。いつもと口調が違う」
「しょうがねーだろ。もう女としてしか見れねぇ。同僚扱いはおしまいだ」
そう宣言して無防備な唇を奪う。
目を見開いて硬直しているアイナを解きほぐすように胸を揉む。
次第に体の力が抜けて体が柔らかくなってくる。
「何でこんなに柔らかいんだ?石の体とか嘘だろ」
「ぁ 台座と違って ン 体は魔法粘土製だとぉ 言ってい・・・た ふッ」
石ではないとわかったが粘土と言われても違和感がある絶妙な抱き心地だ。
尻を撫でようと思って伸ばした手が尻尾の付け根を掴んでしまった。
「あぁぅッ!ぁー・・・」
一際大きく身震いしてアイナの体から力が完全に抜けてしまった。
口の端から流れるよだれを舐め取るように顔をキスまみれにしながら
尻尾の付け根をひねるように撫で続ける。達したばかりの体が力なく暴れる。
「ディーンっ! 駄目・・・だ ソレ だ めぇ」
息をするのも難儀するアイナを更に追い詰めるべく激しく揺れる耳を咥える。
「ばか も の〜〜ーーっ!」
白目を剥いて痙攣し、糸が切れた人形のようにアイナが俺に倒れかかった。
――――――――――――――
荒い息をついて脱力しているアイナの唇にそっとキスをする。
今度はうまく動かない舌をもどかしそうに絡めてきた。
片手でズボンから肉棒を取り出す。熱を帯び、室温すら涼しく感じる
キスに夢中になっているアイナの手を掴んで肉棒を握らせる。
「俺ももう こんな感じだ」
自分の声を聞いて驚いたのは初めてだ。興奮にかすれ、焦がれた声だ。
無遠慮にアイナの股間に指を這わせる。すでに濡れそぼっている。
「愛撫は 終わりでいいな」
「ちょっ と 待 」
返事を聞く前に肉棒を押し付けて、じわじわと焦らすように挿入する。
せっかく拭ったよだれがまた決壊して川を作っている。
「なぁ 感じすぎだろ。ご無沙汰だったからか?」
「この体 絶対 おか しい 死ぬ前だって こん な あぁッ!」
話している間に奥まで到達し。中をこじられたアイナが悶絶する。
繋がったまま移動してアイナの台座に腰掛け、ズボンを膝まで下ろす。
アイナの腰を固定して回すように腰を揺する。愛液が俺の腰に伝い落ちた。
「待っ て くれ 少し 休 ませて」
「無理 止まらねぇ」
石像なのに体臭が甘いとかなんなの?この体作った奴は変態だ 絶対。
いい加減細かい動きに慣れて来た俺はゆっくりと腰を引いて一気に突いた。
「!? ぁうッ あぃ ぁーッ」
快感に溺れそうなアイナは沈まないように俺の頭に必死でしがみつく
目の前で揺れるアイナの胸を舐めて更に追い詰める。
俺もそろそろ限界だ。更に腰を激しく動かし、控えめな乳首に歯を立てる。
「あぁッ!」 「くぅっ!」
限界まで締めつけられて俺も欲望を解放した。肉棒が節操無く脈動している。
しばらくお互いに言葉も交わせない状態だったが
抱きしめあっているだけで十分 心地よかった。
目を閉じて震えているアイナが恨めしそうに俺に呟く。
「まるでケダモノだな」
「うるせー 俺だってご無沙汰だったんだよ」
正直やりすぎたかと思ったがアイナの様子を見るとそうでもなかったらしい。
気恥ずかしげに見詰め合っていると 突然 くぐもった轟音が響く。
外周部側の門がゆっくり 本当にゆっくりとだが開こうとしている。
アイナは地面にさっと降り立ち 俺は急いでズボンをはきなおす。
開いた門をくぐってきたのは 年若い神父だった。
――――――――――――――
「おやおや まぁまぁ」
おかしい。俺もアイナも何もしていないのに門が開いた?
「これはなんの巡り合わせですかねぇ」
門の開き方もぎこちない感じがした。魔法に干渉して無理やり開けたような。
「街長を始末しにきて新たな異端者を見つけるとは」
「街長を始末』の言葉を耳にした俺はすばやく護符に手を伸ばす。
その手の甲に 一本の針が突き立った。
「ぐぁっ!」
「ディーン!」
アイナが神父の動向を注意しながらもこちらを見てくる。
大丈夫だと言おうとして、足から力が抜ける感覚に戸惑う。
「特性の毒針です。何故か街長は魔法が効きにくいのでね」
張り付いた笑顔で淡々と語る神父にアイナが襲い掛かる。
激突の寸前 神父の手から炎弾が飛び出した。アイナは前面に手をかざす。
炎弾が弾けて轟音が響く。アイナは無傷のようだ。
アイナの前面に赤い光の壁が立っている。炎弾を防いだのはこれらしい。
「ほう 魔法障壁とは違うようですね。半物質化魔法とでも評しましょうか」
神父がもう一度炎弾を放つと光の壁は音を立てて崩れ炎弾と共に消えた。
「しかし妙ですね。技術のわりに魔力の出力が足りない・・・」
見るとアイナが苦しげに喘いでいた。陸に上がった魚のようだ。
「その護符・・・ あなたの活力はそこの異端者から吸っているのですね?」
「・・・うるさい」
「毒を受けた人間からこれ以上活力を吸えば命にかかわる」
「黙れ」
「ならば活力を全部吸って楽にしてあげればいいじゃないですか!」
「黙れと言っている!」
アイナが再び神父に襲い掛かる。動きにすら支障が出るほど消耗している。
会話の内容から、なんとなく俺が足を引っ張ってるのがわかった。
俺が瀕死の状態なので詰所の警報が鳴っている。増援がすぐに来るはずだ。
だがそれまで俺とアイナが持ちこたえられるかわからない。
せめてアイナの状態だけでも何とかしないと・・・
動きの鈍いアイナを容赦なく打ち据える神父はやはり微笑を絶やさない。
とどめに蹴りを入れられて吹っ飛んだアイナが俺にぶつかって止まった。
声が出ない俺は必死にアイナの手を握り、瞳を見つめる。
俺の手と目を交互に見たアイナは覚悟を決めた目でうなずいた。
「二人まとめて楽にしてあげます。じっとしていなさい」
両の手に魔方陣を描き神父が近づいてくる中、アイナが立ち上がる。
その手にはふたの開いた黄色い小瓶が一つ。中身は無いようだ。
次の瞬間体中の魔法文字と二つの瞳から赤い光が飛び出した。
――――――――――――――
薬屋の言葉を頭の中で反芻する
「この薬の名前は『オーバーロード』っていいましてね?」
「『パワーローダー』の二倍 回復するように調整したものです」
「ただ『パワーローダー』と違って副作用があります」
「効果か切れてから一時間は倦怠感と思考低下に襲われます」
「使いどころを選ばないと非常に危険です。注意してくださいね」
わりぃ 使いどころなんて選んでらんなかったわ
――――――――――――――
体から漏れるほど魔力を得たアイナがゆっくりと神父に歩み寄る。
次第に安定した魔力がアイナの周辺で丸くまとまり浮遊する。
「おぉ それがあなたの本来あるべき戦闘スタイルですか」
この期に及んで楽しげに笑う神父が両手の炎を放つ。
魔力の球が二つ。いつの間にか炎を貫いた。速すぎて軌跡が光の線に見える。
貫かれた炎が あろうことか凍った。神父が始めて笑みを崩す。
「奪うのか お前は」
漏れ出る魔力が様々な形となって神父を襲う。
「理不尽に 壊そうというのか」
一つは剣に 一つは盾に 一つは拳に
「そんな事は 許さない」
跳躍したアイナの足元で一際大きな魔力球が斜めに傾いた三角錐に変わる。
「守るために もう一度 生まれてきたんだ!」
アイナは高速回転する三角錐と共に神父に激突した。
轟音と土煙の中、俺は力尽きて気を失った。
――――――――――――――
いつもの仕事場だ
体が動かない
向こうから歩いてくるのは 俺?
『今日から夜勤か・・・退屈そうだな 美人さんと一緒だが』
そんな事をほざいて俺がこちらを向く
『今日から共に仕事をするディーンだ よろしくな って』
ぞんざいな敬礼をした俺の顔が不意に曇り、俺に手を伸ばす。
『埃だらけじゃないか 美人さんが台無しだぜ』
腰に下げた手ぬぐいで俺が俺を拭き始める。
「これからは 俺が綺麗にしてやるよ」
俺に微笑みかける俺を見ながら
視界が闇に染まっていく。
――――――――――――――
「にえぇぇぇぇぇぇぇッ!」
自分の声で目が覚める。見慣れない天井を見つめ荒れた息で呼吸する。
「やぁ すごい声だね」
いきなり視界を埋めた中年の顔は寝覚めに見たくない顔ベスト3に入る。
医療顧問のトーマス・キャンベル医師。噂のサディストだ。
「具合はどうだい?首から下は満足に動かないだろうがね」
言われて気付いたが確かに首から下がどうやっても動かない。
麻痺していると言うより脱力しきっているといった感じだ。
「これではいたぶり放題じゃないか。あまり私を誘惑しないでおくれ♪」
「医者のセリフじゃないだろ!何で俺ばっかり目の敵にするんだ!」
「それは君が私を『先生』と呼ばないからさ♪」
「理由それだけかよ!」
確かに俺は苦手なこの男を『キャンベル医師』と呼んで距離を置いていたが
それが理由で医格闘術の餌食になっていたとは思いもよらなかった。
「はははっ 元気そうで何よりだ。毒は完璧に抜けたようだね」
その一言で俺は確かめなければならない事を唐突に思い出した。
「アイナは・・・ガーゴイルはどうなった! キャンベル医師!」
「あー 焦らない焦らない つーか先生と呼びなさい!」
人差し指で額を押される。それだけで首の力すら抜けた。医格闘術か。
「こちらも聞きたい事がたくさんありますが そうですね・・・」
――――――――――――――
証言@ ファイス・ファムリース
「現場に着いてびっくりしたぜ。ディーンが泡吹いてるわ石像が動いてるわ」
「身構える俺たちに石像が『ファイスとは誰だ?』とかぬかすし」
「『キャンベル医師を連れて来い!』とか目ぇギラギラさせて叫ぶんだ」
「確かにディーンがヤバそうだったんで『あいよ』と言って駆け出したさ」
「班長の怒鳴り声が聞こえたけど・・・美人の頼みは断れねぇよ」
――――――――――――――
証言A 南門 臨検部 班長
「ディーンの状態は素人が見ても危ない事がわかるほどだった」
「口から泡を吹き 糞尿を垂れ流し 体中が痙攣していた」
「そんな状態のディーンにガーゴイルがおもむろに覆いかぶさったのだ」
「『何をする!』と問うとガーゴイルは覚悟の満ちた笑顔で言った」
「『私と共に石化させて毒の進行を遅らせる。その間に治す算段を取れ』と」
「止める間も無くガーゴイルはディーンと共に石化した」
「理由は知らんがあのガーゴイルがディーンを救おうとしていたのは事実だ」
――――――――――――――
「以上が私が聞いたその後の顛末です。」
先生は窓際のテーブルに載った茶器から冷めたお茶を淹れている。
「私が来た時には君とアイナさん・・・だったかな?は石になっていた」
窓の外は真っ暗で外から虫の音が聞こえてくる。
「針から特定した毒物は特効薬を作るのが難しい種類のものだった」
ランプの明かりに負けないくらい明るい月が空に浮かんでいる。
「猶予は約12時間。最近雇った助手がいなかったら間に合わなかったかもね」
そういって先生は懐から青い小瓶を取り出しふたを開けた。
「先生!その小瓶は!?」
「あぁ 助手が目覚めたら飲ませると良いって。疲労回復剤だってさ」
あのバカ生きてやがったか! そうか ・・・世話になっちまったな。
「アイナさんは現在、街長が直々に事情聴取しているよ。」
「街長が?なんで?」
「アイナさんは君が目覚めるまで離れないっていうので街長に説得させた」
「・・・先生。アイナの扱い、どうなってる?」
「中心部には連れて行けないので君と一緒に僕の家で軟禁♪」
軟禁といわれても別に驚かなかった。制御を外れたガーゴイルは捕縛対象だ。
ありふれた民家に軟禁と聞いたら手ぬるいと言う者もいるだろう。
「アイナが自立している件は俺にも責任がある。説明させてくれ」
「台座の傷の件なら心配しなくても良いよ」
口だけ笑う先生の目はいつに無く冷たい光に満ちていた
「本来ガーゴイルの台座は兜の直撃では傷一つ付かない」
「・・・今なんておっしゃいました?」
「だから、台座に傷か付いたのは事故が原因ではないということさ」
そう言って先生は傍らのドアを静かに開けた。
「この先は本人にじっくり聞いてね♪」
開いたドアの向こうに意気消沈としたアイナが立っていた。
アイナと入れ替わりに出て行った先生がゆっくりとドアを閉めた。
――――――――――――――
「・・・ディーン!」
二人っきりになるとアイナが抱きついてきた。鈍い動きで辛くも受け止める。
パワーローダーを飲んでいなければアイナのなすがままだっただろう。
「アイナ・・・」
「ディーン。生きてるか?死んでないな?」
「あぁ おかげで助かったぜ」
「ディーン よかった ディーン・・・」
泣いてるアイナを見たら先生の戯言なんてどうでも良くなっていた。
アイナが落ち着くまで震える背中を撫でていた。
「すまない 重かっただろう」
「いやぁ 気持ちよかったぜ。抱き心地抜群だ」
ばつの悪そうな顔したアイナに俺はニッコリ笑ってみた。おぅ照れてやがる。
「俺はもう大丈夫だけどよ、お前のほうはどうなんだ?」
「なんのことだ?」
「オーバーロードには副作用があったはずなんだが、変なところはないか?」
「ふむ 確かに石化した後の眠りが深かったように思う」
「そうか・・・」
安心したとたんにアイナを抱きしめていた。アイナも俺に身を任せている。
「ディーンに言わなければならないことがあるんだ」
ひとしきりお互いの体温を楽しんだ後アイナが告げる。
「私は事故に便乗して自ら傷ついたのだ。魔法で兜を誘導してまで」
「あぁ」
「お前が優しいやつだとわかっていたから付け込んだのだ」
「そうか」
「信じてもらえないかもしれないが、お前と仲良くなりたかったんだ」
「うん」
「・・・怒らないのか?」
耳も眉尻もこれ以上に無いほど下げてしまったアイナが心細げに問う。
「夢を見たんだ」
「そいつは俺の事をじっと見ていた 一年も」
「俺は気付かずに そいつの心を乱していた」
「俺だけのせいではないけど そいつだけのせいでもない」
「俺は今 そいつと一緒にいたいんだ」
「どうして・・・」
「やっぱりお前の記憶か。石化して繋がってたからじゃないか?」
笑いかけて頬を撫でると、やっとアイナが微笑んでくれた。
「お前も同じ気持ちなら そばにいてくれよ」
アイナはゆっくりと うなずいた。
――――――――――――――
それから嵐のように日々が過ぎた。
アイナを引き取るために多額の借金をする覚悟だったのだが
「アイナさんは雇用扱いだったから自分の代金分はすでに稼いでるよ。」
『むしろ退職金がもらえるよ♪』と先生に教えてもらえた。
南門詰所には住めなくなったので住む所をどうしようか迷っていると
街庁舎マークの封筒が俺のところに届いた。差出人は・・・街長だ。
外周市場に用意された社宅のパンフレットだった。家賃も格安だ。
現場に復帰した時、皆から手厚い歓迎があった。
『俺より早く女作りやがって』とファイスからブーイングをもらい。
『休んだ分働いてもらうぞ』と班長から容赦ないお達し・・・
言葉とは裏腹に俺に合わせてシフトが組みなおされていた。
ガーゴイルを伴侶にした俺は夜勤をすることができない。
この町に住む魔物の後見人として街長が与えた指示の一つだからだ。
俺の代わりに夜勤をするハメになった者の中にファイスもいた。
それでもファイスをはじめ南門の仲間はシフトに関する文句を言わなかった。
「お前は今まで夜勤ばかりしていた。バランスも取れてる。問題ない」
班長がこっそり俺に投げかけてくれた言葉が温かかった。
――――――――――――――
気がつけば再び秋が訪れていた。
夕闇を背に我が家に帰る。
「ただいま」
「おかえり 疲れただろう」
出迎えたアイナの胸に護符が光る。記念にもらってきた大切な思い出だ。
「今日はナイジェルのやつが大変な事をしでかした」
「おぉ 何があったんだ?」
「事もあろうにスライムを中心部に連れ込みやがった!」
「ふむ あのナイジェルがなぁ・・・」
診療所で再会したあの薬屋の名はナイジェル。今や先生の助手兼下僕だ。
『魔物は嫌いだ』とか抜かしていた奴が服の下にスライム仕込んでやがった。
「色気づきやがってあのヤロー」
「で?ディーンはどうしたのだ?」
興味深げに微笑むアイナの耳がパタパタ揺れている。機嫌は上々だ。
「どうもしねーよ。仕方ないから見逃した」
「それだけ?」
「・・・帰り際にスウェットの実をやった」
「さすがは私の旦那だ。褒めてやろう」
頭を撫でられてしまった。アイナはこのようなスキンシップが大好きだ。
「それでは食事の前に訓練といこうか」
「お手柔らかにな。師匠」
石化状態から戻った俺の肉体に、いくつかの変化が現れていた。
チェスのルークにこうもりの羽が付いたような紋章が胸に浮かび上がって
一般人には行使できないような異能を身につけた。
一つ目は自分の体を自由に石化させることが出来るようになった事
二つ目はアイナの半物質化魔法を小規模ながら使えるようになった事
魔法については訓練して制御できるようにしたほうが得だとアイナは言う。
アイナほどの魔力を持たない俺の魔法が役に立つ日が来るかわからない。
それでも訓練する気になったのは
教える時のアイナの笑顔が見たかったからだ。
指先に三角錐を作りながらアイナに問う。
「台座につけちまった傷・・・治さなくて良いのか?」
「どうした?やぶからぼうに」
「だってあの部分、名前が書いてあった部分だろ?」
俺の兜がぶつかったところは台座のネームプレートだった。
ちょうど『ヨ・スィナーガ』の部分が削れて読めなくなったのだ。
ちなみに『ヨ・スィナーガ』は石像を作った工房の名前だそうな。
「あそこは いつかは削る運命にあったのだ。問題ない」
「どういう意味だ?」
「・・・わからないなら 確かめてきたらどうだ?」
それだけ言うとアイナは台所に行ってしまう。心なしか頬が赤かったような。
頭上に疑問符を大量生産しながら寝室に安置された台座を見に行く。
ネームプレートを見ると そこには
『アイナ・ドゥルカス』と書かれていた
―――――――fin―――――――
09/11/24 17:36更新 / Junk-Kids