ノーラ
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通報から潜伏先の特定までに三時間。最短記録である。
すぐさま待機させていた特殊処理班と最終確認を行う。
目指すは先日の戦闘でプリネイアが落とした野営地の更に先にある小さな村。
補給線も整ってない状況だが、仕方ない。
これは災害出動なのだから
「急な召集にも拘らず、ご足労いただき誠にありがとうございます」
「ノーラちゃんも変わらんなぁ。もっと気楽に話すが良い」
跪く私の肩を軽く叩いているバフォメットはサンディー・ブルーム。
右側だけ折れた角が特徴で魔術戦闘と結界のスペシャリストだ。
普段は国境を越えて『サバト』の布教活動に尽力されているのだが
結界整備の時と今回のような非常召集の際に、いの一番で駆けつけてくれる。
「破られたのはワシの結界じゃて、ノーラちゃんに非は無いさ」
「ですが・・・」
「しつこいのぅ。そんなに子供化してサバトに出たいかの?」
「滅相もありません」
「くふふ それでは行くかのぅ 手早く済まさねば」
与えられた任務の割に飄々としているように見えるかもしれないが
私は幼少の頃よりこの人から魔術戦闘の手ほどきを受けているので
師匠の実力と恐ろしさは身をもって知っている。
あまりに強すぎるので「最高幹部なのですか?」と聞いてみたが
ひとしきり爆笑された後「"折れ角"には勤まらんよ」と返されてしまった。
師匠より強いバフォメットなど想像する事すら難しい。魔界は深い。
私は被災地の住民に状況説明をしなければならないので
師匠には特殊処理班の統括をお願いしている。
住民達に突きつけざるを得ない現実を思うと激しく胃が重いが
これも『砦』を統べる者の責任だ。
「ほい 特大転移陣の完成じゃ。行くぞノーラちゃん」
「はい 師匠」
「・・・その呼び方なんとかならんか?可愛くないから嫌じゃ」
「こればかりは譲れません」
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現場は地獄絵図だった。
魔物にとってこれほど心踊る事は無いが人には悪夢のような光景であろう。
黒いもやがひざの高さまで薄く漂い地面を侵食している。
響きわたるのは男の怒号と女の嬌声。
「第一分隊、前へ!」
10名ほどの魔物が目の前に整列する。比較的人に近い容貌の者達だ。
「貴様らに魔力汚染を免れたものたちの救出を命ずる。一箇所に集めよ」
「はっ!」
サキュバス、インプ、デュラハンといった面々が駆け出していく。
「続いて第二分隊!」
次の10名は武器を携えた歴戦の勇士達。
「周辺を警戒せよ。二次災害だけは回避せねばならん」
「了解!」
リザードマン、オーク、ミノタウロスが村の外に散開した。
「最後に処理班!」
師匠を含めた数名が集まってくる。
「住民説得の間、魔力流出を阻止。追って命令を出す」
「アイ マム!」
掛け声と共に魔力の流出源を目指して移動を始めた。
そこに、第一分隊の隊長が戻ってくる。
「司令、住民の招集が完了しました。」
「早すぎるではないか」
「どうも高台にある村長の家に避難していたようで・・・」
非常事態の対応が徹底されているとは、中々有能な村長である。
それだけに、これから伝えねばならん事を考えると気が重い。
かといって時間を浪費するわけにも行かない。
「あいわかった 案内せよ」
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「私は『砦』災害救助隊指令。ノーラ・フィリングと申します」
村人達の前で私は『説明用』の口調で話し始める。
命令口調よりもおとなしく話を聞く確率が高いからだ。
「現在 この村は急速に魔界へと変わりつつあります」
この言葉に動揺を見せる村人はほとんどいなかった。
どうやら村の惨状から予想が付いていたようだ。
「我々はこの村を魔界に変えている元凶を取り除く為にこの村に来ました」
この言葉に対する反応は、おおむね好意的なものだった。
安堵の溜息をつく者、嬉しげに歓声を上げる者、家族と抱き合う者。
しかし、伝えるべき事はここからが本番なのだった。
「残念ながら、元凶を排除してもこの地はいずれ魔界と化すでしょう」
この瞬間が、一番辛い。
しがみ付いていた希望に振り払われた人々の視線が体中に突き刺さる。
誰もが理不尽な現実への怒りを抱え、ぶつける先に私を選ぼうとしている。
避難時に持ち出したであろう農具の冷たい金属音がそこかしこで響く。
「鎮まれぃ!」
村人の先頭で話しを聞いていた老人が叫んだ。村長である。
先程までの本当に話を聞いているのかもわからないような様子が
今では眼光ほとばしり体は一回り大きく見える。
・・・もう少し早く会いたかったな。いや しかし ふむ
「それじゃあ おまえさんら いったい何しに来なすったんで?」
一触即発の空気を話し合い可能なまでに引き戻してくれた村長に感謝しつつ
剣の柄に添えていた手を下ろし話を続ける事にした。
「私が持って来たのは、二つの選択肢」
村人達が固唾を呑んで見守っている。
もう一度希望を得られるのか。
それとも無慈悲な要求を突きつけられるのか。
聞きたいような聞きたくないような曖昧な顔ぶれに、淡々と告げる。
「魔界に住むか。こちらが指定した『人の街』に移るか。選んでください」
「「「・・・へ? 」」」
・・・そんなに呆けた顔をしなくてもいいと思う。
村長だけが安堵を通り越して天に召されそうないい顔で笑っている。
「『人の街』でもいいのかぁ?」
髭を蓄えた中年の男が外れかけた顎で問う。
手には良く手入れされた大振りの鎌を携えている。
「一定期間は指定の『街』で過ごしてもらいますが、その後はご自由に」
髭の男は満面の笑みで夫人らしき女性に抱きついた。鎌は床に刺さっている。
手を取り合って喜び合う人を尻目に、別の男が挙手をして口を開く。
「あの、私の家内が見当たらないのですが」
それを聞いて何名かの村人が我先に問いかけてきた。
「おかあさんが」「せがれが」「娘が」
「今現在こちらにいらっしゃらない方は、魔物化が決定した方です」
絶句の気配がまたしても部屋の空気を氷結させる。
さしもの村長も眉尻を下げて残念そうに首を振るしかないようだ。
「・・・酷なようですが選んでいただきます。それでは」
踵を返し出入り口のドアに向かって歩き出す。
まだ一つ、大仕事が残っているのだ。
「この事件の元凶を取り除いてきます。この家から出ないように」
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「首尾は?」
「一部を除いて『つがい』のようです。『面談』は最小限で済みそうです」
外で待機していた第一分隊の隊長が問いかけに応える。
『説明』の間に第一分隊は魔物化が決定した者達を一箇所に集めて
私が村長たちに話した内容と同じ事を伝えていたのである。
ちなみに『面談』は魔物化した人間とその家族に話し合いをしてもらい
共に魔界に来てもらうか無事な者は人の町に行くかを決めるために行う。
「そうか。ならば残るは・・・」
「はい」
振り返って見つめる先に、一軒の家が建っている。
規模からして3〜4人は住めそうな板葺きの家だ。
冬は身を寄せ合って過ごしてきたのだろう。
その家に 黒いもやがまとわりついている。
窓から、扉から、煙突から漏れ出すそれは家周辺にとどまり雷光を放つ。
地面には家を中心に円形の魔方陣が淡い燐光を放っていた。
「済んだか? ノーラちゃん」
鎌の石突で地面を擦りながら師匠が私に問いかける。
その間にも消耗し弾けた回路を補填し結界を維持している。
「はい。村長が聡明な方だったので助かりました」
「いい男?」
「・・・そうですね」
軽口を叩きながらも結界を維持するあたり、敵わないな と思う。
結界内に溜まった魔力はこの規模の村を10回は魔界に変えられるだろう。
「それじゃあ さっさと片付けて 好感度アップだ♪」
その声に合わせた様に一人のダークスライムが歩み出る。
両手で少し古びた大き目の宝箱を抱えている。
「スミーちゃ〜ん。出番じゃよ」
「あうあう 何でこんなに真ん中の家なんですか はじっこ行きましょう」
「諦めな。終わったら誰も来ないような迷宮の隠し部屋に送ってやんよ」
「約束ですよ 約束なんですから 真ん中怖い」
さすが師匠が選んだ魔物だ。度し難い。
しかし、そんな奴に限って実力は折り紙つきだから仕方が無い。
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「・・・おじゃましまぷひ!」
音を立てずにドアを開けた意味を組まずに口を開いたスミーをはたく。
口元に人差し指をあて一睨みした後、先行するように指示を出す。
目の前にあるのは台所と四脚の椅子つきテーブル、そして粗末な暖炉。
魔力に霞む視界でも確認できるほど異常に片付いていた。
奥には二つドアがあり、右の戸板の隙間から魔力が染み出している。
ドアに近づくにつれ木材の軋む音と粘つく水音、切ない吐息が聞こえてくる。
規則正しいそれは魔力の流れの緩急と連動して家が喘いでいるように感じた。
私は待機の指示を出し師匠特製の簡易結界を作動させてドアを開く。
「少しでいいから話を聞いてくれ。頼むから」
目の前の光景はおおよそ想像通りのものだった。
対面座位で男女がむさぼりあっている。その腰の下が 見えない。
凝縮された魔力によって黒く塗りつぶされているからだ。
不自然に位置が高い所を見るに、どうやらベッドの上でお楽しみ中らしい。
「見ての通り取り込み中です。ご遠慮願えますか?」
女の方が光を喰いつくしたかのような暗い目で睨む。
言葉遣いからして交渉の余地は十分にありそうだ。
逆に男の方は当てにできないようで私の侵入に気付かず腰を振り続けている。
時折つぶやいているのは抱いている女の名前だろうか?
「放置しいても良いのだが、このままでは邪魔が増えるぞ?」
「・・・どうして?」
「ここが人の村だからだ。教団が大軍で攻めて来るぞ」
「・・・っ!」
ド ガ
ガ カッ
わだかまっていた闇が首をもたげたかと思った時には壁を刺し貫いていた。
壁の向こうで「ぎゃわー はじ おもはじにげろー」と叫ぶ声がする。
「蹴散らせばいいと思うけど」
「・・・それでもいいかもしれないが な」
激昂しているようでまだまだ冷静な事に軽く驚く。
飛来した闇は正確に壁だけを刺し貫き私に一筋の傷もつけていないからだ。
私は交渉の余地を更に広げるべく提案を続ける。
「そんなに面倒な事をしなくてもいい方法を持ってきた」
「どういうこと?」
「説明の前に、連れを部屋に入れるぞ。入って来い!」
大声で呼ぶと外れかけたドアをどけてダークスライムが入ってきた。
両手で重そうに抱えていた宝箱を丁寧に部屋の真ん中に下ろす。
とたんに宝箱が独りでに縦横無尽の機動を見せる。
「真ん中 らめぇ〜 はじっこ はじっこ〜!」
「黙れ」
「ぎゃぴー」
「・・・魔物 なの?」
「ミミックだ。他に類を見ないような偏屈の」
再びはたかれて震える宝箱の蓋を強引に開く。
大き目の宝箱の右端に身を縮め涙ぐんだミミックがそこにいた。
師匠曰く「隅っこフェチだって。レアだよね」だそうである。
「スミーが君たちを新天地へと導いてくれるはずだ」
「新天地?」
「そうだ こやつなら魔界の隅から隅"だけ"熟知している」
「それほどでもー」と照れるスミーをに視線を移す。
その体はいつの間にか宝箱の左端へ移動している。
なんとも頼りない風体だが師匠の推薦なので仕方ない。
「この宝箱に入ればスミーが人気の無い場所をいくつでも紹介してくれる」
「本当に?」
「はじっこなら ま〜か〜せ〜て!」
女は暫し瞑目し思案にくれ、未だ腰を振るのをやめない男に向き合い
腕を回し顔を引き寄せ 長い長いキスをする。
男の体が二、三度跳ね上がり腰から湧き出すように闇が広がる。
涎の橋が陥落するのを待って 女が問う。
「ここではない どこかでも かまわない?」
問われた男は疲労が隠せないくらいに消耗していたが目に力が戻りつつある。
おもむろに女を強く抱きしめ、つむじの辺りに顔を寄せて言った。
「お前がいるなら どこへでも」
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「お疲れ様 ノーラちゃん」
家を出ると師匠が満面の笑顔で迎えてくれた。
既に魔力の流出は無い。スミーが元凶と共に魔界の隅に連れて行った。
最適な場所を見つけたら帰ってくるだろう。
「ジュエルちゃんもお疲れ様。あの子 重かったじゃろ?」
ジュエルと呼ばれたダークスライムが焦点の合わない瞳で師匠を見た。
その顔は表情に乏しく考えている事が少々わかり辛い。
そんな彼女は隠密能力に優れており潜入や偵察斥候はお手の物である。
「想定の範囲内 それより 魔力 おいしかった」
「そうかい それは重畳・・・」
「ジュエルよ感謝する。スミーと二人きりだったらどうなっていたか・・・」
「役に 立ったなら うれしい お疲れ様」
そう言って不意に伸ばした手で顔を拭われた。彼女なりの親愛の証である。
そのやり取りを眺めていた師匠が私とジュエルに特製ポーションをくれた。
師匠も自分の分を取り出し皆で一斉に蓋を開け、飲み口を軽く突き合わす。
ガラスの澄んだ音を聞きながら私と師匠が瓶を傾けた。
ちなみにジュエルは瓶を胸に突き刺しスライムコアに直接注いでいる。
日が 沈みかけている。
夕闇に照らされた村は魔界を至上に思う身にも美しく映った。
この光景も、もって三日といった所だろう。
そのうち充満した魔力が陽光を遮るようになるからだ。
そうして失われた村を 散り散りにされた人たちを
私は何度もこの目で見てきた。
その中に 忘れられない顔がある。
「また間に合わなかったよ 〇〇〇〇君」
つぶやいた名前が風に飛ばされて、君に届くかな。
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10/09/17 03:03更新 / Junk-Kids
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