読切小説
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ホルサンチマン
 一般に、ホルスタウロスはおとなしい、穏やかな性格の魔物娘であると言われている。それは全く正しいが、だからといって彼女らに向上心が無いわけではない。今この部屋に集まっているホルスタウロスたちには、達成すべき共通の目標があった。
 ホルスタウロスミルクのさらなる販拡、である。

「それでは〜、ホル乳販売拡大委員会定例会を、始めたいと思います〜」

 議長の宣言に、拍手で応えるものが数人。まあ、販売拡大と言っても、脅威となる競争相手があるわけではないので、そこまで切羽詰った雰囲気の会議では無い。ホルスタウロスという魔物娘の特性を鑑みれば、これでもなかなか緊張している方だとも言えるのだが。

「しかし、販売拡大と言っても……ホル乳は今や人間魔物共に大人気なので〜、これ以上、どう拡大すれば」
「今、ホル乳を飲みたくない!って人、いるかなあ……?」
「反魔物派の人たちは飲まないだろうけど……そういう人たちに売り込むのも、無理があるだろうし……」
「私、前に、ホル乳飲みたくない!って言ってる人見かけましたよ〜」

 俄に会議場がざわつく。ホルスタウロスたちは自身の産み出す牛乳の味、栄養、その他の効用に絶対の自信を持っている。それを飲みたくないなどと言われ、黙っていられる彼女たちではない。

「どうして〜!あんなに美味しいし、色々と元気にしてくれるのに〜!」
「飲まず嫌いじゃないの〜!」
「あ、飲みたくないというか、飲ませたくない、と言っていたんですが」

 発言者は少し狼狽えながらも、報告を続ける。

「人間の旦那さんと結ばれた魔物娘の人が、夫にホル乳を飲まれるのは浮気みたいで嫌だ、と言っていたんです〜」

 またも会場は騒然とした。既婚の魔物娘といえば、ホルスタウロスからしてもメインとなるミルク購入層である。ホル乳の栄養補給・滋養強壮・精力増強効果は、多くの新婚夫婦より高い評価を受けている、はずだった。
 それが、まさかこんな意見が出てくるとは。考えて見ればラミアなどの嫉妬深い魔物娘ならば、夫に他の女の母乳なんか飲んでほしくない、と思っても不思議は無いのだが、ホル乳の品質を誇る彼女らとってこの意見は予想の外だったらしい。

「しかし、そんなこと言われても……」
「どうしようもないんじゃ……」
「味や栄養やデザインなら色々改良の仕様もあるとは思いますけど、魔物娘の乳が嫌って言われたんじゃ」
「でも、蛇系の魔物娘以外でも意外と嫉妬深いお嫁さんっていますよ。そういう人たちに何とかしてミルクを売り込めれば、さらなる販拡が出来るのでは」
「売り込む、と言っても……産地偽装?」
「ホル乳の味や栄養は完璧なんだから、わざわざイメージ落としてまで売る必要は無いんじゃ」

 惰性で開催されたような雰囲気だった会議に明確な方向性が生まれ、活発な意見交換がなされる。元より、ホルスタウロスの中でも特にミルクの製造・販売に積極的な者で構成される委員会であるため、こうなった時の問題解決能力は意外に高い。

「飲ませたくないって言ってる人たちは、ホルスタウロスのミルクに限らず、自分以外の母乳を旦那さんに飲ませたくないって思ってるんですよね〜? じゃあ、どうにかして、そういうお嫁さんに母乳を出してもらうしか無いんじゃないですか〜?」
「飲むとホルスタウロス並みに高品質な母乳を出せる、ミルク?」
「……それ、ミルクである必要あるんですか? どうせ妊娠したら、大抵の魔物娘さんは母乳出せるようになるのに……」
「……いや、良いかもしれません。そのアイデア」

 会議開催以来発言を控えていた議長が、初めて口を挟んだ。

「議長?」
「そうです。ミルクに限ることは無いんです。ホル乳を夫婦で飲みたいが、自分以外の女の乳なんて吸ってほしくない。そういうカップル向けに、魔物娘なら誰でもホルスタウロス並みの母乳を出せる、そんな魔導装置を作れば……」
「しかし議長、そんなものを作って、私たちの競争相手を増やすことにはならないんですか?」
「一人の魔物娘が一日に出せる母乳の量には限界があります。大量生産しようとしても、私たちは装置無しにミルクを作れるんですから、コスト面でこちらが圧倒的に有利。
 それに……『旦那さんに自分以外のおっぱいを吸ってほしくない』なんて考えるくらい一途な魔物娘さんが、自分のおっぱいを不特定多数に飲ませるような真似をすると思いますか?」

 反論は出ず、後日、議長が魔導装置の専門家に装置制作依頼を持っていくこととなった。
 

 彼女たちは知らなかった。
 魔王軍魔術部隊の長が、一体何という種族なのか。
 その種族が、一般的にどういう体型をしているか。
 その種族が、ホルスタウロスのような豊かな胸の魔物娘たちにどういう感情を抱いているか。

 ……持てるものは、いつだって持たざる者たちの心に無頓着である。



 後日。魔王軍魔術部隊筆頭のバフォメットと、議長は会見していた。
 魔導具制作依頼だ、と話すとそのバフォメットは快く応じてくれた。……だが、いざ魔導具の詳細を説明し始めると、俄に無口となり、見るからに機嫌が悪くなっていった。
 何か非礼なことでも言ったか、とも議長は考えたが、特に思い当たらず、取り敢えず説明を最後まで終える。俯いたまま、バフォメットが言った。

「……言いたいことは、それだけか?」
「……はい?」
「今のが遺言で、良いのだなと聞いておるっ!」

 バフォメットの全身から、とてつもない濃度の魔力が漏れ出る。間違いなく、このバフォメットは今から、自分に向かって何かとんでもない魔法を使う気だ、と議長は大いに怯えた。

「待ってくださいバフォメット様! 一体何がそんなにお気に触ったのか、私にはさっぱり……」
「やかましいわー!お主ら巨乳女はいつもそうじゃ! ちょっと自分より乳が小さいというだけで、女として完全に勝ったかのような態度を取りおる!
 乳の出るようになる機械を作れ、じゃと!? どの乳下げてそんな依頼を持って来よった!?バカにするのも大概にせい!」

 議長の依頼は、バフォメットの逆鱗を十六連打してしまったようである。自覚なき加害者と、自覚ある被害者。どちらにも非は無いが、怨恨は確かに存在した。
 溢れ出る破壊の波動を察知したか、入り口から魔女が一人飛び込んできた。

「バフォメット様! おやめください! 一体何をするつもりなんですか!」
「離せ!離さぬか! パイズリ野郎どもの眼にもの見せてやるのじゃあ!」
「落ち着いてくださいって! というか、パイズリは私たちでもできます!」
「うるさいうるさいうるさい! 誰がギャグキャラじゃあ! 誰がネタキャラじゃあ! 妾は、強いんじゃぞ! 偉いんじゃぞ! いつもいつもこんな扱い、許さぬ!」

 いよいよ収集がつかなくなってきたので、議長は可及的速やかにこの場を辞することにした。
 交渉は決裂してしまったが、委員会のメンバーにはどう説明しよう。バフォメットのあの鬱屈の片鱗を、自分では伝えられそうにない。自分でも、実際に眼にして初めて知ったくらいなのだから。
 ただ、不用意に胸の話題を出すことは、これからは避けよう。自分の身の安全のために。議長はそう強く誓った。
11/01/20 21:53更新 / ナシ・アジフ

■作者メッセージ
一時間ぐらいで書きました。
煩悩削らずに書ける、こういう話もたまには良いですね。

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