Happiness in Slavery
夢のハーレムとか、両手に花とか言って、一人で二人も三人も女性を愛そうとする男がいる。
別にそれはその人の生き方なのだから、文句をつけたり改めるよう強制したりするつもりは無い。
ただ、俺には俺を愛してくれる可愛い女がただ一人いてくれればそれで十分だと、食卓に着いて夕飯が出て来るのを待ちながら思っていたのだ。
間も無く、今夜のメインディッシュである兎肉のソテーを大皿に乗せて、我が最愛の妻たるサハギンのフィリアがやって来た。
魚人らしく静かな、凪いだ夜の湖面のような無表情。しかし長らく生活を共にしてきた俺は、その動きの無い顔面の奥に、いつに無く自信ありげな、得意げな感じを悟ることが出来た。どうも今晩の作品は、彼女に取っても満足のいく出来らしい。
料理が揃い、俺とフィリアは手を合わせる。日々の食事、その恵みに感謝する言葉を述べると、彼女も無言で応じた。
早速、出来たてアツアツで湯気すら放っているそのソテーに口を付ける。付け合わせの野菜と共に口に入れ咀嚼すると、まるでつい先程屠殺して捌いたばかりであるかのような、野性味と新鮮さ溢れる肉の旨味が口一杯に広がった。
一体、こんな旨い肉を何処から仕入れて来るのだろう。素材の良さもそうだが、惣菜屋を営んでいるフィリアは料理の仕込みや調理にも結構な時間と手間を割く。
美味のための面倒を厭わないそのスタンスゆえに彼女は料理人として生活して行けるのだろうし、俺もまたその恩恵に与かることが出来る。実にありがたい事だ。
思えばフィリアと結ばれる前の俺は、最低だった。
右を見ても左を見てもハーレムやカップル、おしどり夫婦が一杯。更にはそれら幸せ家族に触発された、飢えた魔物娘たちが一刻も早く自分もその輪に加わらんとあちらこちらで手ぐすね引いて男を狩っている、そんな魔界で、ずっと誰とも結ばれず独身であり続ける辛さは、非モテの情け無さとかブ男の悲哀とか言ってカリカチュアライズして笑いのネタに出来るような物では決してない。
それは自分の周囲の空間そのものから、自分の存在価値や生きている意味を否定されるに等しい事なのだ。お前はここに必要無いと、朝から晩まで一日中宣告され続けるという事なのだ。
「俺は俺のために生きる。俺の力は俺の楽しみのためだけに振るう」と言い切れるだけの強さを持った男なら、あるいはそんな状況も耐えられたかもしれない。
しかし、俺はそんな孤高の男にはなれなかった。「自分のため」という価値基準を最上の物として掲げてみても、もともと我欲や執着というものに乏しい俺は、「自分のため」に必死になったり、歯を食いしばったりする気にはなかなかなれない。
他人には受け入れられず、さりとて自分のために頑張るほどには俺自身、俺という人間に価値を見出だせず。
「俺なんて、どうでもいいや」と思ってしまえば、もう何に対しても頑張ることなどできない。どれだけ状況が悪くなろうと、俺自身が「まあいいか」と済ましてしまえるのなら、それで何の問題も無いのだから。
突き詰めていけば、それはつまり生きる意味が無いということになる。死んでしまえば一切の義務や職務から解放されるし、それを「まあいいか」と済ましてしまえれば、後は安寧だけが残るからである。
そんな風に、極限まで沈み込んでいた俺に手を差し延べてくれたフィリアがいてくれたからこそ、俺は今こうして可愛い彼女の小顔を眺めながら至高の美味を味わえているのだ。
彼女には本当に、いくら感謝してもし足りない。俺のような男を愛してくれるというだけで、世界の全てを捨ててフィリアだけを選び愛するに十分足りる。嘘偽り無く、彼女のためになら死ねると言える。
……サハギンである彼女にとって言葉でのコミュニケーションは負担が大きいらしく、あまり熱烈な言葉を吐くと照れてしまってロクに会話も出来なくなるので、口には出さないが。
「……どうしたの？」
「いや、旨い料理を作ってくれる嫁さんがいて、幸せだなあって」
「……もう」
物思いに耽りながらも手は止めず兎肉をむしゃむしゃ貪り食っていた(無論余りにも彼女の料理が美味過ぎたためである)ためか、不審に思われてしまった。
割りと独占欲の強いフィリアは、俺が何か考え事などしていると他の女の事を想っているように思えて、不安になるらしい。
全く無用な心配であるが、魔界には豊満な肉体や巧みな口車で男を誘う魔物が多く生息している。会話能力やおっぱいの大きさで遅れを取るサハギン種が心配性気味になってしまうのも、無理は無い。
まあ俺に関して言うならば、そこまで案じる必要も無いとは思うのだが。連れ合いが出来た男は独身の時よりモテる、なんて言う人もいるが、ここに例外がいますよと示してやりたい。
相変わらず世間の女どもは俺に必要以上に近付こうとしないし、たまに気さくな奴がいても、すぐに何処かに行ってしまう。最近では、新人のワーラビットがそうだった。
いわゆる元気娘と言う奴で、男女分け隔てなく接する快活さを持った子だった。……といっても、今はもういない訳だが。アリスの住む、何処とも知れぬ不思議の国へでも行ったのだろうか。
と、気付けばあんなにあった筈の晩餐がきれいさっぱり無くなってしまっている。ほとんど衝動的に喰らってしまうフィリアの料理の素晴らしさに驚嘆しつつ、俺は言った。
「ご馳走さま。今日も美味しかったよ」
「……それは、良かった」
答えた彼女の唇には、見落としそうなくらい微かな笑み。
一見無表情なサハギンにも、ちゃんと表情や感情はある。フィリアの顔に浮かんでいるのは、紛れも無く「期待」だった。
「……じゃあ、今度は私が、頂きます、ね？」
そして俺は、彼女の望みはなんでも叶えてやりたいと思っている。何を望んでいるかということも、既に分かっているのだ。
食器も洗わず、俺とフィリアは寝室に向かった。
彼女が求める限り、俺はいつでも臨戦態勢だ。服を脱ぐのももどかしく、ベッドの上で二人抱き合う。
薄くて伸縮性のある紺色の皮膜(これはサハギンたちの鱗らしいが普通の魚や蛇が持つそれとは全く性質が異なる)一枚で覆われたフィリアの肉体は早くも熱く火照っている。
股の部分を横にずらしてやると、じっとり濡れた薄桃色の綺麗な女性器が見えた。
押し黙って両足を開いた彼女は、俺が入って来るのを期待に満ちたまなざしで待っている。仰向けに寝転び、正常位で愛される事を望むフィリアに見つめられると、もうたちまち溜まらなくなってしまう。
両脚を腕で抱え、のしかかるような体勢で亀頭を女陰に触れさせると、流石水棲生物と言うべきか、ひどく濡れやすいフィリアの秘唇は粘ついた液体を漏らした。
欲しがりなサハギンの飢えた肉筒は、求めるモノと接触して更に潤む。どろどろになった温かいそれがどんなに気持ちいいモノか、どんなに俺を愛してくれるのか良く知っている俺は、腰が前へ進むのを止めようとて止められない。
ずぶずぶと陰茎を挿し入れ、狭い肉の道を押し広げて行くと、下に組み伏せたフィリアが小さな声を上げた。
「気持ちいい？」
「……ん。いい、もっと、して……」
甘い囁き声が俺の欲望に点火する。一気にペニス全体を愛しいサハギンの肉筒にぶち込むと、奥の敏感な部分に亀頭が擦れたか、フィリアは一際甲高く、引きつるように喘いだ。
頬を染め、はあはあと荒い息をする彼女にもっと気持ち良くなってもらいたい。俺は程よく肉がついて抜群に触り心地の良いフトモモを掴み、激しく腰を前後させた。
俺以外の男を知らない膣は唯一愛するものにまとわりつき、締めつけ、細かい凹凸や襞や突起で快楽をもたらさんとする。初めての時に、俺のちんこに合わせて形が変わったんじゃないかと思える程ぴったりはまる二人の性器は、当然、名状しがたい悦楽を二人に等しく与えた。
余りに狭くきついため、ペニスが抜けなくなるんじゃないかと怖くなるくらい締まるフィリアの淫腟に、潤滑油たる大量の愛液の力を借りて強引に抜き挿しする。
自分よりもずっと小柄な女の子が、何処か背徳的な魅力を放つ皮膜をまといセックスに溺れている姿は、背筋がゾクゾクするくらいエロかった。
でも、まだまだだ。もっとフィリアには気持ち良くなって欲しい。俺みたいなどうしようも無い人間を愛してくれる女神様にもっと楽しんでもらいたい。 献身的な衝動に任せて、俺は腰のピストン運動を止めないまま、上半身をグッと倒して皮膜越しのおっぱいに口づけた。
子供の頃よく遊んだ小川のような、爽やかな水の匂いが口に広がる。薄手の鱗に覆われた控え目な胸、その頂点を探り当て皮膜ごと前歯で軽く噛むと、フィリアは今までで一番良い声を出した。
「ヒあっ、ちくび、かんじゃ……」
「気持ちいいだろ？おっぱいも、ちゃんと愛してあげる……」
「や、わたしの、ちっさくて、はずかし……い、イ、や、やめ、それ、すごっ……！」
確かにフィリアの胸は余り大きくない。ハーピー系やフェアリー系なんかよりは大きいが、魔物娘全体で見れば下位に位置する。手のひらサイズ、よりも一回り小さいくらいだろうか。
俺もかつては豊満な、巨乳の女性が好きだったような気がするが、昔のことなど考えても無意味だ。今俺が愛するのは、愛することを許してくれたフィリアのみなのだから。
他の女の乳がどんなにでかかろうと、そんな事はもはや俺に取って何の意味も為さないのだ。
それに、フィリアの少女体型は彼女の紺色の鱗と奇妙なまでに似合っている。
世が世なら手を出すのに逮捕されるリスクすら覚悟しなければならないかもしれない犯罪的な美しさ、艶かしさがあった。
そんな、肌にぴっちり張り付くエロい膜を身に着けた若奥様とのセックスは無論、長くは耐えられない気持ち良さを持って俺に報いる。
ベッドのスプリングを活かして、激しく叩き付けるようなピストンをずっと続けたせいで、いつの間にか限界がすぐそこまで迫って来ていた。
激しい身体の上下運動にもかかわらずほとんど揺れない小さなおっぱいを舌と歯で可愛がり、清らかな水の味と微かな汗の匂いを楽しみながら、虚ろな眼で短く喘ぎ痙攣し続けるフィリアに言った。
「もう、駄目だ、出る……！」
「ん、はっ、あ、い、いいよ、ナカにだして、ナカにぃっ！」
言われずとも、奥さんに膣内射精して種付けするのは旦那様の義務である。
懇親の力を込めて、ラストスパートをかける。フィリアの矮躯を押さえ付け、中出しするために腰を突き込むごとに、頭の中が彼女一色に染まっていく。紺色の少女への愛しさが頂点に達した時、俺は白濁を放った。
「フィリア……！」
「やっ、ん、あ、ああ、いい、いいっイクぅっ！！」
エクスタシーを感じながらも俺の背中に脚を回し、子宮に残らずザーメンを取り込もうとする彼女の淫蕩さに、圧倒された。
普段の無表情からは想像もできない、緩み切ったフィリアの顔。果てしない愛を感じながら、アクメに狂ってぎゅうぎゅうしまる淫筒に、俺は精子を注ぎ続けた。
お互いの性感が収まり、ちょっと一息ついたところで俺はペニスを引き抜いた。
精液と愛液の入り交じったとろとろの粘液を零しながら、名残惜しげに膣は肉棒を解き放つ。萎えかけた男根はしかし、フィリアの鱗、その下腹部に空いた隙間からちらりと見えた肌の、何とも言えない卑猥さによって再び屹立させられた。
当然それはフィリアにも悟られる。片手で皮膜をちょっと捲って見せると、嬉しげに
「……ここ、好きなの？」
と言った。
俺の返事も聞かず、淫乱サハギンはペニスを掴み、皮膜の隙間に挿し込む。下側からはへそ周辺の皮膚、上側からは滑らかでつやつやした鱗に、挟み込まれてしまう。
裏から触れる紺色の皮は、高級な絹のように手触りが良く、カリ首周りの敏感な亀頭粘膜を優しく撫でて、少しも引っ掛かったり痛んだりする事は無い。
すべすべのお腹とさらさらの鱗で同時に可愛がられ、思わず声を漏らすと、先程までとは打って変わって責める姿勢のフィリアは、妙な所に挟まれて節操無く勃起し続けている俺のものをじっと見た。
いつの間にかさっきセックスしていた時と同じくらい固くなってしまった肉茎は、反り返って紺色皮膜にその卑猥で醜悪な形状を浮かび上がらせる。伸縮性に富んだその膜は、ペニスに持ち上げられたままではおらず、元の着用者の肌へと戻ろうとする。
結果、その鱗はより強い力で俺のものを責め、男性器はますます硬度を増す。
女性の衣服でオナニーしているかのような変態性溢れる感覚に悶える肉棒を、フィリアは鱗の上からそっと触れる。
瞬間、裏地がきゅっと鈴口に擦れ、今までに味わった事の無い快楽が襲った。さっき膣内射精したばかりなのに、また達してしまいそうになったのだ。
サハギンの肉体を保護するための物であろう皮膜は、本来性行為のために生まれたものではない筈だ。
それがこんな異常な快楽をもたらすのは、俺のフィリアへの愛ゆえか、まだ俺自身も知らない隠されたフェティシズムゆえか。
こちらの戸惑いも知らぬ風に、我が妻は膜越しの手コキ愛撫を続行していた。
右手の親指と人差し指でリングを作り、カリ首を引っ掛けるようにして男性器を上下に擦り立てる。陰茎に触れるのはサハギンの皮膜のみ、しかし加えられる力と愛情は紛れもなく愛しいフィリアのもので。
どこか楽しげにこの変態的な遊びに耽る彼女を見ていると、さっきの葛藤も何だか取るに足らない物のように思えてきた。
フィリアの愛に応え、全力で彼女を愛するのが今の俺の全てだ。変態とか正常とか、そういう世間一般の概念は今や無用の物となった。
ならば、彼女を喜ばせる事だけ考えていれば良いのではないか。そう思うと、なんだか気が楽になり、フィリアの手コキも、より素直に、より気持ち良く受けられるようになった。
フィリアにもその気持ちが伝わったのだろうか、右手の五指により力を入れ、複雑な動きで男性器の先端部分を集中的に皮で擦り始めた。
すべすべする皮膜は凹凸に富んだ男性器先端にぴっちり張り付き、同時に元に戻ろうと収縮する。
その不規則な動きで生み出される摩擦と愛撫、可愛いフィリアの身に着けていたもので射精させられる屈服感と充足感。
陰茎の汚れを皮膜で擦り取るような、或いは皮膜の汚れを肉棒で拭き取るような、ちょっと乱暴な手つきも、俺の興奮を高めこそすれ萎えさせることなど無い。
普段の生活で出る汗や垢も、この皮膜には染み込んでいるのだろうか、今それらを性器に擦り込まれているのだろうかなどと考え出してしまうと、もうたまらない。
愛しい程に暴力的な、圧倒的な摩擦は俺に支配される喜びを教え込む。我慢汁が漏れても手の動きを緩めない彼女の強制するままに、俺は精を放った。
ペニスに絡み付く皮膜が、裏側から白く汚されていく。腹を覆う辺りに飛んだスペルマが染みになり、へそ付近へと垂れる。
俺の位置からは見えにくいフィリアのすべすべお肌が真っ白なザーメンで今まさに汚されつつあるのだ、という認識は、二回目の射精量を増すに余りあった。
鱗の内側に精を浴び、満足げな手コキストサハギンは、まだ射精中の俺のちんこを更に擦りたてながら、静かな声で問うてきた。
「ね。私のでこすられるの、よかった？」
「ああ……凄かったよ。癖になりそうだ」
「……変態。ふぇてぃっしゅさん。変態」
「そうだよ。俺は……俺は、フィリアフェチだ。フィリアのしてくれる事でなら何でも、気持ち良くなれるんだ」
その言葉を証明するかのように、鱗に包まれた男性器はまだ固さを失っていなかった。
数日後。
フィリアに頼まれて、俺は地下の食糧庫に赴いていた。
箱詰めされた野菜を持ってきてと言われていた俺は、すぐに目的の物を見つけた。
その大きな箱を持ち上げようとした瞬間、視界の端に、小さな冷蔵庫のようなものを見つけた。
メインで使っている物とは違う。その半分くらいの大きさだ。なんとなく不審に思った俺は、扉を開けて中に何が入っているか、確認してみた。
ごろん、と鈍い音を立てて、袋に入った大きな肉の塊が転がり落ちてきた。なんだこれ、と体を屈めて、顔を近づけてよく確認した。
疑いようもなく、それは生首だった。
ワーラビットのものだろうか、一対の長い兎耳がついている。が、首より下は切り取られ、冷蔵庫の中には残されていない。
苦悶に満ちたその眼を見てしまった俺は、恐怖と驚愕のあまり思わず尻餅をついた。
よく見ると、こいつは最近失踪したあの新人ワーラビットらしいが、なぜそいつの生首がここにあるのだ。今まで食糧庫関連はフィリアが一手に管理を担っていたし、鍵もちゃんと閉めていたはずだから、誰かがここに忍び込んで置いて行くなんてありえない。
同時に思い出すのは、先日食べた兎肉のソテー。
ワーラビットが職場に来なくなり、兎肉料理を俺が食べ、生首が見つかった。そして胴体、「肉」の付いた部分は見当たらない。
おぞまし過ぎる想像に、俺の両脚が震えだす。
まさかそんな、俺が食べたものは。馬鹿な、そんな、そんなことが。
「……ようやく、見つけたんだ」
はっとして振り向くと、俺のすぐ後ろにフィリアが立っていた。生首の入った袋も視界に入っているはずなのに、彼女の表情は普段の穏やかな様子となんら変わりが無い。
「お、おま、お前、これ……」
「うん、そうだよ。でも、大丈夫。もう死んでるから、なんにも悪さはしないよ」
フィリアの言っていることが分からない。やはり彼女は、この首のことを知っているのか。何か関わりでもあるのか。
「まさか、これ、殺したの……」
「？ 私だけど、それがどうかしたの？ 悪い子を片付けただけなんだけど」
悪びれもせず、彼女は罪を認めてしまった。同時に、俺は俺の中に、まだフィリアを愛する気持ちが残っていることを悟る。
魔物を殺して何の罪も感じていないらしい女を、愛しく思う自分の心が恐ろしかった。
道義的にはすぐにでも、然るべき処に通報すべきなのだろうが、俺にはそんな気がちっとも起こらないのだ。どころか、もし彼女が捕まって牢に入れられるのならば、自分も何か罪を犯して一緒に牢に入りたいとすら思ってしまう。
そこまで彼女に惚れさせられてしまったことに恐怖し、俺の全身が小刻みに震える。何を恐れていると思ったか、フィリアはそんな俺を抱きしめ、柔らかい胸に顔を埋めさせてくれた。
「……大丈夫、怖くないよ。私が、あなたを守るから。誰にもあなたには、触れさせないから」
「う、う、うああぁぁぁぁ……」
とめどなく涙を流し、俺は咽んだ。
奇麗な紺色に抱かれて、どうして俺は嗚咽していたのだろうか。
殺人者すら愛してしまうほどに調教され切ってしまったのを悲しんでいたのか、それとも事実を知ってその秘匿に関わることで彼女の共犯者となれる喜びを感じていたのか。もう、何も分からなかった。
別にそれはその人の生き方なのだから、文句をつけたり改めるよう強制したりするつもりは無い。
ただ、俺には俺を愛してくれる可愛い女がただ一人いてくれればそれで十分だと、食卓に着いて夕飯が出て来るのを待ちながら思っていたのだ。
間も無く、今夜のメインディッシュである兎肉のソテーを大皿に乗せて、我が最愛の妻たるサハギンのフィリアがやって来た。
魚人らしく静かな、凪いだ夜の湖面のような無表情。しかし長らく生活を共にしてきた俺は、その動きの無い顔面の奥に、いつに無く自信ありげな、得意げな感じを悟ることが出来た。どうも今晩の作品は、彼女に取っても満足のいく出来らしい。
料理が揃い、俺とフィリアは手を合わせる。日々の食事、その恵みに感謝する言葉を述べると、彼女も無言で応じた。
早速、出来たてアツアツで湯気すら放っているそのソテーに口を付ける。付け合わせの野菜と共に口に入れ咀嚼すると、まるでつい先程屠殺して捌いたばかりであるかのような、野性味と新鮮さ溢れる肉の旨味が口一杯に広がった。
一体、こんな旨い肉を何処から仕入れて来るのだろう。素材の良さもそうだが、惣菜屋を営んでいるフィリアは料理の仕込みや調理にも結構な時間と手間を割く。
美味のための面倒を厭わないそのスタンスゆえに彼女は料理人として生活して行けるのだろうし、俺もまたその恩恵に与かることが出来る。実にありがたい事だ。
思えばフィリアと結ばれる前の俺は、最低だった。
右を見ても左を見てもハーレムやカップル、おしどり夫婦が一杯。更にはそれら幸せ家族に触発された、飢えた魔物娘たちが一刻も早く自分もその輪に加わらんとあちらこちらで手ぐすね引いて男を狩っている、そんな魔界で、ずっと誰とも結ばれず独身であり続ける辛さは、非モテの情け無さとかブ男の悲哀とか言ってカリカチュアライズして笑いのネタに出来るような物では決してない。
それは自分の周囲の空間そのものから、自分の存在価値や生きている意味を否定されるに等しい事なのだ。お前はここに必要無いと、朝から晩まで一日中宣告され続けるという事なのだ。
「俺は俺のために生きる。俺の力は俺の楽しみのためだけに振るう」と言い切れるだけの強さを持った男なら、あるいはそんな状況も耐えられたかもしれない。
しかし、俺はそんな孤高の男にはなれなかった。「自分のため」という価値基準を最上の物として掲げてみても、もともと我欲や執着というものに乏しい俺は、「自分のため」に必死になったり、歯を食いしばったりする気にはなかなかなれない。
他人には受け入れられず、さりとて自分のために頑張るほどには俺自身、俺という人間に価値を見出だせず。
「俺なんて、どうでもいいや」と思ってしまえば、もう何に対しても頑張ることなどできない。どれだけ状況が悪くなろうと、俺自身が「まあいいか」と済ましてしまえるのなら、それで何の問題も無いのだから。
突き詰めていけば、それはつまり生きる意味が無いということになる。死んでしまえば一切の義務や職務から解放されるし、それを「まあいいか」と済ましてしまえれば、後は安寧だけが残るからである。
そんな風に、極限まで沈み込んでいた俺に手を差し延べてくれたフィリアがいてくれたからこそ、俺は今こうして可愛い彼女の小顔を眺めながら至高の美味を味わえているのだ。
彼女には本当に、いくら感謝してもし足りない。俺のような男を愛してくれるというだけで、世界の全てを捨ててフィリアだけを選び愛するに十分足りる。嘘偽り無く、彼女のためになら死ねると言える。
……サハギンである彼女にとって言葉でのコミュニケーションは負担が大きいらしく、あまり熱烈な言葉を吐くと照れてしまってロクに会話も出来なくなるので、口には出さないが。
「……どうしたの？」
「いや、旨い料理を作ってくれる嫁さんがいて、幸せだなあって」
「……もう」
物思いに耽りながらも手は止めず兎肉をむしゃむしゃ貪り食っていた(無論余りにも彼女の料理が美味過ぎたためである)ためか、不審に思われてしまった。
割りと独占欲の強いフィリアは、俺が何か考え事などしていると他の女の事を想っているように思えて、不安になるらしい。
全く無用な心配であるが、魔界には豊満な肉体や巧みな口車で男を誘う魔物が多く生息している。会話能力やおっぱいの大きさで遅れを取るサハギン種が心配性気味になってしまうのも、無理は無い。
まあ俺に関して言うならば、そこまで案じる必要も無いとは思うのだが。連れ合いが出来た男は独身の時よりモテる、なんて言う人もいるが、ここに例外がいますよと示してやりたい。
相変わらず世間の女どもは俺に必要以上に近付こうとしないし、たまに気さくな奴がいても、すぐに何処かに行ってしまう。最近では、新人のワーラビットがそうだった。
いわゆる元気娘と言う奴で、男女分け隔てなく接する快活さを持った子だった。……といっても、今はもういない訳だが。アリスの住む、何処とも知れぬ不思議の国へでも行ったのだろうか。
と、気付けばあんなにあった筈の晩餐がきれいさっぱり無くなってしまっている。ほとんど衝動的に喰らってしまうフィリアの料理の素晴らしさに驚嘆しつつ、俺は言った。
「ご馳走さま。今日も美味しかったよ」
「……それは、良かった」
答えた彼女の唇には、見落としそうなくらい微かな笑み。
一見無表情なサハギンにも、ちゃんと表情や感情はある。フィリアの顔に浮かんでいるのは、紛れも無く「期待」だった。
「……じゃあ、今度は私が、頂きます、ね？」
そして俺は、彼女の望みはなんでも叶えてやりたいと思っている。何を望んでいるかということも、既に分かっているのだ。
食器も洗わず、俺とフィリアは寝室に向かった。
彼女が求める限り、俺はいつでも臨戦態勢だ。服を脱ぐのももどかしく、ベッドの上で二人抱き合う。
薄くて伸縮性のある紺色の皮膜(これはサハギンたちの鱗らしいが普通の魚や蛇が持つそれとは全く性質が異なる)一枚で覆われたフィリアの肉体は早くも熱く火照っている。
股の部分を横にずらしてやると、じっとり濡れた薄桃色の綺麗な女性器が見えた。
押し黙って両足を開いた彼女は、俺が入って来るのを期待に満ちたまなざしで待っている。仰向けに寝転び、正常位で愛される事を望むフィリアに見つめられると、もうたちまち溜まらなくなってしまう。
両脚を腕で抱え、のしかかるような体勢で亀頭を女陰に触れさせると、流石水棲生物と言うべきか、ひどく濡れやすいフィリアの秘唇は粘ついた液体を漏らした。
欲しがりなサハギンの飢えた肉筒は、求めるモノと接触して更に潤む。どろどろになった温かいそれがどんなに気持ちいいモノか、どんなに俺を愛してくれるのか良く知っている俺は、腰が前へ進むのを止めようとて止められない。
ずぶずぶと陰茎を挿し入れ、狭い肉の道を押し広げて行くと、下に組み伏せたフィリアが小さな声を上げた。
「気持ちいい？」
「……ん。いい、もっと、して……」
甘い囁き声が俺の欲望に点火する。一気にペニス全体を愛しいサハギンの肉筒にぶち込むと、奥の敏感な部分に亀頭が擦れたか、フィリアは一際甲高く、引きつるように喘いだ。
頬を染め、はあはあと荒い息をする彼女にもっと気持ち良くなってもらいたい。俺は程よく肉がついて抜群に触り心地の良いフトモモを掴み、激しく腰を前後させた。
俺以外の男を知らない膣は唯一愛するものにまとわりつき、締めつけ、細かい凹凸や襞や突起で快楽をもたらさんとする。初めての時に、俺のちんこに合わせて形が変わったんじゃないかと思える程ぴったりはまる二人の性器は、当然、名状しがたい悦楽を二人に等しく与えた。
余りに狭くきついため、ペニスが抜けなくなるんじゃないかと怖くなるくらい締まるフィリアの淫腟に、潤滑油たる大量の愛液の力を借りて強引に抜き挿しする。
自分よりもずっと小柄な女の子が、何処か背徳的な魅力を放つ皮膜をまといセックスに溺れている姿は、背筋がゾクゾクするくらいエロかった。
でも、まだまだだ。もっとフィリアには気持ち良くなって欲しい。俺みたいなどうしようも無い人間を愛してくれる女神様にもっと楽しんでもらいたい。 献身的な衝動に任せて、俺は腰のピストン運動を止めないまま、上半身をグッと倒して皮膜越しのおっぱいに口づけた。
子供の頃よく遊んだ小川のような、爽やかな水の匂いが口に広がる。薄手の鱗に覆われた控え目な胸、その頂点を探り当て皮膜ごと前歯で軽く噛むと、フィリアは今までで一番良い声を出した。
「ヒあっ、ちくび、かんじゃ……」
「気持ちいいだろ？おっぱいも、ちゃんと愛してあげる……」
「や、わたしの、ちっさくて、はずかし……い、イ、や、やめ、それ、すごっ……！」
確かにフィリアの胸は余り大きくない。ハーピー系やフェアリー系なんかよりは大きいが、魔物娘全体で見れば下位に位置する。手のひらサイズ、よりも一回り小さいくらいだろうか。
俺もかつては豊満な、巨乳の女性が好きだったような気がするが、昔のことなど考えても無意味だ。今俺が愛するのは、愛することを許してくれたフィリアのみなのだから。
他の女の乳がどんなにでかかろうと、そんな事はもはや俺に取って何の意味も為さないのだ。
それに、フィリアの少女体型は彼女の紺色の鱗と奇妙なまでに似合っている。
世が世なら手を出すのに逮捕されるリスクすら覚悟しなければならないかもしれない犯罪的な美しさ、艶かしさがあった。
そんな、肌にぴっちり張り付くエロい膜を身に着けた若奥様とのセックスは無論、長くは耐えられない気持ち良さを持って俺に報いる。
ベッドのスプリングを活かして、激しく叩き付けるようなピストンをずっと続けたせいで、いつの間にか限界がすぐそこまで迫って来ていた。
激しい身体の上下運動にもかかわらずほとんど揺れない小さなおっぱいを舌と歯で可愛がり、清らかな水の味と微かな汗の匂いを楽しみながら、虚ろな眼で短く喘ぎ痙攣し続けるフィリアに言った。
「もう、駄目だ、出る……！」
「ん、はっ、あ、い、いいよ、ナカにだして、ナカにぃっ！」
言われずとも、奥さんに膣内射精して種付けするのは旦那様の義務である。
懇親の力を込めて、ラストスパートをかける。フィリアの矮躯を押さえ付け、中出しするために腰を突き込むごとに、頭の中が彼女一色に染まっていく。紺色の少女への愛しさが頂点に達した時、俺は白濁を放った。
「フィリア……！」
「やっ、ん、あ、ああ、いい、いいっイクぅっ！！」
エクスタシーを感じながらも俺の背中に脚を回し、子宮に残らずザーメンを取り込もうとする彼女の淫蕩さに、圧倒された。
普段の無表情からは想像もできない、緩み切ったフィリアの顔。果てしない愛を感じながら、アクメに狂ってぎゅうぎゅうしまる淫筒に、俺は精子を注ぎ続けた。
お互いの性感が収まり、ちょっと一息ついたところで俺はペニスを引き抜いた。
精液と愛液の入り交じったとろとろの粘液を零しながら、名残惜しげに膣は肉棒を解き放つ。萎えかけた男根はしかし、フィリアの鱗、その下腹部に空いた隙間からちらりと見えた肌の、何とも言えない卑猥さによって再び屹立させられた。
当然それはフィリアにも悟られる。片手で皮膜をちょっと捲って見せると、嬉しげに
「……ここ、好きなの？」
と言った。
俺の返事も聞かず、淫乱サハギンはペニスを掴み、皮膜の隙間に挿し込む。下側からはへそ周辺の皮膚、上側からは滑らかでつやつやした鱗に、挟み込まれてしまう。
裏から触れる紺色の皮は、高級な絹のように手触りが良く、カリ首周りの敏感な亀頭粘膜を優しく撫でて、少しも引っ掛かったり痛んだりする事は無い。
すべすべのお腹とさらさらの鱗で同時に可愛がられ、思わず声を漏らすと、先程までとは打って変わって責める姿勢のフィリアは、妙な所に挟まれて節操無く勃起し続けている俺のものをじっと見た。
いつの間にかさっきセックスしていた時と同じくらい固くなってしまった肉茎は、反り返って紺色皮膜にその卑猥で醜悪な形状を浮かび上がらせる。伸縮性に富んだその膜は、ペニスに持ち上げられたままではおらず、元の着用者の肌へと戻ろうとする。
結果、その鱗はより強い力で俺のものを責め、男性器はますます硬度を増す。
女性の衣服でオナニーしているかのような変態性溢れる感覚に悶える肉棒を、フィリアは鱗の上からそっと触れる。
瞬間、裏地がきゅっと鈴口に擦れ、今までに味わった事の無い快楽が襲った。さっき膣内射精したばかりなのに、また達してしまいそうになったのだ。
サハギンの肉体を保護するための物であろう皮膜は、本来性行為のために生まれたものではない筈だ。
それがこんな異常な快楽をもたらすのは、俺のフィリアへの愛ゆえか、まだ俺自身も知らない隠されたフェティシズムゆえか。
こちらの戸惑いも知らぬ風に、我が妻は膜越しの手コキ愛撫を続行していた。
右手の親指と人差し指でリングを作り、カリ首を引っ掛けるようにして男性器を上下に擦り立てる。陰茎に触れるのはサハギンの皮膜のみ、しかし加えられる力と愛情は紛れもなく愛しいフィリアのもので。
どこか楽しげにこの変態的な遊びに耽る彼女を見ていると、さっきの葛藤も何だか取るに足らない物のように思えてきた。
フィリアの愛に応え、全力で彼女を愛するのが今の俺の全てだ。変態とか正常とか、そういう世間一般の概念は今や無用の物となった。
ならば、彼女を喜ばせる事だけ考えていれば良いのではないか。そう思うと、なんだか気が楽になり、フィリアの手コキも、より素直に、より気持ち良く受けられるようになった。
フィリアにもその気持ちが伝わったのだろうか、右手の五指により力を入れ、複雑な動きで男性器の先端部分を集中的に皮で擦り始めた。
すべすべする皮膜は凹凸に富んだ男性器先端にぴっちり張り付き、同時に元に戻ろうと収縮する。
その不規則な動きで生み出される摩擦と愛撫、可愛いフィリアの身に着けていたもので射精させられる屈服感と充足感。
陰茎の汚れを皮膜で擦り取るような、或いは皮膜の汚れを肉棒で拭き取るような、ちょっと乱暴な手つきも、俺の興奮を高めこそすれ萎えさせることなど無い。
普段の生活で出る汗や垢も、この皮膜には染み込んでいるのだろうか、今それらを性器に擦り込まれているのだろうかなどと考え出してしまうと、もうたまらない。
愛しい程に暴力的な、圧倒的な摩擦は俺に支配される喜びを教え込む。我慢汁が漏れても手の動きを緩めない彼女の強制するままに、俺は精を放った。
ペニスに絡み付く皮膜が、裏側から白く汚されていく。腹を覆う辺りに飛んだスペルマが染みになり、へそ付近へと垂れる。
俺の位置からは見えにくいフィリアのすべすべお肌が真っ白なザーメンで今まさに汚されつつあるのだ、という認識は、二回目の射精量を増すに余りあった。
鱗の内側に精を浴び、満足げな手コキストサハギンは、まだ射精中の俺のちんこを更に擦りたてながら、静かな声で問うてきた。
「ね。私のでこすられるの、よかった？」
「ああ……凄かったよ。癖になりそうだ」
「……変態。ふぇてぃっしゅさん。変態」
「そうだよ。俺は……俺は、フィリアフェチだ。フィリアのしてくれる事でなら何でも、気持ち良くなれるんだ」
その言葉を証明するかのように、鱗に包まれた男性器はまだ固さを失っていなかった。
数日後。
フィリアに頼まれて、俺は地下の食糧庫に赴いていた。
箱詰めされた野菜を持ってきてと言われていた俺は、すぐに目的の物を見つけた。
その大きな箱を持ち上げようとした瞬間、視界の端に、小さな冷蔵庫のようなものを見つけた。
メインで使っている物とは違う。その半分くらいの大きさだ。なんとなく不審に思った俺は、扉を開けて中に何が入っているか、確認してみた。
ごろん、と鈍い音を立てて、袋に入った大きな肉の塊が転がり落ちてきた。なんだこれ、と体を屈めて、顔を近づけてよく確認した。
疑いようもなく、それは生首だった。
ワーラビットのものだろうか、一対の長い兎耳がついている。が、首より下は切り取られ、冷蔵庫の中には残されていない。
苦悶に満ちたその眼を見てしまった俺は、恐怖と驚愕のあまり思わず尻餅をついた。
よく見ると、こいつは最近失踪したあの新人ワーラビットらしいが、なぜそいつの生首がここにあるのだ。今まで食糧庫関連はフィリアが一手に管理を担っていたし、鍵もちゃんと閉めていたはずだから、誰かがここに忍び込んで置いて行くなんてありえない。
同時に思い出すのは、先日食べた兎肉のソテー。
ワーラビットが職場に来なくなり、兎肉料理を俺が食べ、生首が見つかった。そして胴体、「肉」の付いた部分は見当たらない。
おぞまし過ぎる想像に、俺の両脚が震えだす。
まさかそんな、俺が食べたものは。馬鹿な、そんな、そんなことが。
「……ようやく、見つけたんだ」
はっとして振り向くと、俺のすぐ後ろにフィリアが立っていた。生首の入った袋も視界に入っているはずなのに、彼女の表情は普段の穏やかな様子となんら変わりが無い。
「お、おま、お前、これ……」
「うん、そうだよ。でも、大丈夫。もう死んでるから、なんにも悪さはしないよ」
フィリアの言っていることが分からない。やはり彼女は、この首のことを知っているのか。何か関わりでもあるのか。
「まさか、これ、殺したの……」
「？ 私だけど、それがどうかしたの？ 悪い子を片付けただけなんだけど」
悪びれもせず、彼女は罪を認めてしまった。同時に、俺は俺の中に、まだフィリアを愛する気持ちが残っていることを悟る。
魔物を殺して何の罪も感じていないらしい女を、愛しく思う自分の心が恐ろしかった。
道義的にはすぐにでも、然るべき処に通報すべきなのだろうが、俺にはそんな気がちっとも起こらないのだ。どころか、もし彼女が捕まって牢に入れられるのならば、自分も何か罪を犯して一緒に牢に入りたいとすら思ってしまう。
そこまで彼女に惚れさせられてしまったことに恐怖し、俺の全身が小刻みに震える。何を恐れていると思ったか、フィリアはそんな俺を抱きしめ、柔らかい胸に顔を埋めさせてくれた。
「……大丈夫、怖くないよ。私が、あなたを守るから。誰にもあなたには、触れさせないから」
「う、う、うああぁぁぁぁ……」
とめどなく涙を流し、俺は咽んだ。
奇麗な紺色に抱かれて、どうして俺は嗚咽していたのだろうか。
殺人者すら愛してしまうほどに調教され切ってしまったのを悲しんでいたのか、それとも事実を知ってその秘匿に関わることで彼女の共犯者となれる喜びを感じていたのか。もう、何も分からなかった。
11/07/05 17:35更新 / ナシ・アジフ