明烏天狗
遊んでばかりの放蕩息子は困るが、だからと言って酒も女も全然やらないという極端な堅物も、それはそれで親というものは心配するものだ。
図鑑世界のあるところに、とある王国があった。現王の治世はそれなりに安定しており、やや反魔傾向はあるものの、目立った争いもなく人々は平和に暮らしていた。が、問題がひとつ。
そこの王子は、朴念仁などという言葉ではとても言い表せない堅物だったのだ。日の出と共に目覚め、朝から昼は武術の鍛錬、夕方からは政治の勉強や読書などして、日が変わる前にはもう寝入ってしまう。
遊んでばかりいられては問題だが、まだ成人前とはいえ、ゆくゆくは人の上に立とうという人物がこれでは、大げさでなく王国の未来が危ない。たまには外へ出て色んな人と交流してみろ、多少の失敗はわしが何とかしてやると王が再三奨めても、一向に遊びというものに興味を示そうとしない。人並み、いやそれ以上に酒色を愛する王の、目下悩みの種となっていた。
あまりの潔癖ぶりに業を煮やした王は、側近の男二人を呼び、王子に遊びというものを教えるよう命じた。
一晩、女と酒の豊富な場所にでもいれば如何に真面目男と言えでも多少なりとも感じ入るところもあろう、という考え。大事な大事な第一王位継承者を、よりにもよっていかがわしい遊び場へ送り出そうというのだから、王も相当に悩んだ上での決断だったといえよう。
命を受けた側近二人、ベアとオクトは、心中密かにほくそ笑んだ。
この王国は近年、魔物の力を借りて急速に発展する近隣諸国を警戒・対抗し、中立的だったのを徐々に反魔的路線にシフトさせてきていた。
表立った迫害や虐殺などはまだしていないが、色々と面倒な法を設けては魔物の入国を制限したり、就ける職業を限定していたりしていた。そんな中で、この側近二人、実は魔物娘の夫。次期国王陛下に魔物娘の良さを教えて差し上げられるこの機会に、飛び上がって喜んだ。
カラステングを娶ったベアと、メドゥーサを嫁に迎えたオクト。昨今の事情が事情なので、妻には魔物であることを隠してもらっていたが、そのことを常々、心苦しく思っていたのだ。
「ベアよ。王子を魔物色に染めてしまえば、我々クロビネガーの未来は明るいな」
「うむ。国王陛下もまだまだ元気ではおられるが、誰しも歳はとる。王子はまだ若いし、他に王位継承の対立候補になりそうなのもいない。王子さえ押さえてしまえば、親魔路線への転換など造作も無いこと」
「大体、この世界はいずれ残らず魔王閣下のものとなるのに、人間同士でちまちま争って無駄に血を流す必要など無いのだよ。我らが祖国に平和をもたらすためにも、反魔路線は早急に正されねばならん」
「王子に魔物の良さを分かってもらったら、じっくりとこの世界の実情について説明してさし上げよう。それさえ済めば、後は王が亡くなるのを待つだけだ」
「ふふっ。とんだ奸臣だな、我らは」
「今は時代の過渡期だからな。多少、仁義や忠義に背くことがあろうと、為さねばならぬことはある」
「違いない」
二人の魔物スキーは、顔を見合わせて笑うのだった。
数日後。
二人の側近は王子を引き連れて街へ出ていた。父王からの信頼厚い古参の家臣が強く奨めるため、夜の外出を承諾したわけだが、やはり不審は隠せない様子。
「……しかしベアよ、こんな夜中にわざわざ私を連れ出して、一体何処へ行こうというのだ」
「王子は、行く行くはこの国のトップに立つお方。これから行くのは『紳士淑女の夢あふるる社交場』でありまして、王子にも見識と知見を広めていただこうと」
「王宮のパーティーなどになら、私もちゃんと出ているぞ。まあ、いつも早めに部屋に引かせては貰っているが」
「それは確かにそうでしょうが、しかし顔なじみというのは多くいて困るものではありません。それに、王子を連れていくのは国王陛下のご命令でもあります」
「まあ、そういうことならいいんだが。私としても、そなたらの事は信頼している」
穢れなき瞳で素直な好意を示され、さすがの悪人二人もちょっと気が咎めた。表情に出ることは避けたが、何も知らない人間、それも主君を騙しているという意識は、臣下たる二人にとって強い呵責となる。
「父は、そなたらのような妾の無い者たちを『つまらん男だ』だの『甲斐性がない』だの言うが、私はそうは思わんのだ。父のように、妻とは別に女を4人も5人も囲うなど、良識ある男のすることではない。そうだろう?」
「……ええ、王子。全くその通りで……」
後ろめたさを覚えかけていたところに、急に身持ちの堅さを侮るような言葉を聞かされ、ベアとオクトはついに不退転の決意を固めた。
「一人の妻を全力で愛することを、つまらんだと。甲斐性が無いだと」
「そんな考えのほうが余程つまらんよ。こんな概念は後世に残してはならん」
「幸い、王子は男らしい良い性格をしておられる。素晴らしい魔物嫁と巡り逢えることだろう」
「?」
忠臣の陰謀に、気付くはずもない王子だった。
小一時間ほど馬車で行った所。
夜の闇に佇む、見るからに怪しい建物が一件あった。
三人が入口の門に近づくと、正装した長身の美女が一人、歩み寄ってきた。音もなく開いた門の内、簡素な庭園に一行を迎え入れて、案内役の女は言う。
「『ルードリームクラブ』へ、ようこそお越し下さいました。ご予約の、ベア様ですね?」
「ああ。……例のことだが、話は通してくれているか?」
「ご安心下さい。万事、滞り無く……」
「それは何より。では、よろしく頼む」
「はい。ピュアなお方に夢の一時を……」
見たこともない謎の場所に連れてこられ目を白黒させる王子の背を押し、ベアとオクトは『ルードリームクラブ』へ入店していった。
中へ入ると、得体の知れない印象だった外観とは一変。
どぎつい、何処か淫靡な色の照明と酒や香水の混ざった強い匂い、フロアーのあちこちで男にしなだれかかり、耳に甘い言葉を囁き首に両腕を絡め、酌をしてやるきらびやかな装いの女たち。いわゆる盛り場、キャバレークラブというやつである。
堅物の王子は当然そんなものは知らず、ただただ呆気に取られていた。控えたベアの袖を引いて、
「……おい、ここは、これはなんだ。ルードリームクラブって、……何だ?」
「ここが、紳士淑女の夢あふるる社交場ですよ」
「……しかし……これは、いくらなんでも……」
「王子は、まだ慣れていらっしゃらないからですよ。さあ、行きましょう。案内が来ました」
言うと、フロアーの奥から表に居たのとは別の、これまた美しい女性がやってきた。一行を見ると、恭しく礼をする。
「いらっしゃいませ。座敷が整っております。どうぞこちらへ」
女の導くまま、三人は奥まった、人間を10人くらい楽に収容できそうな大きめの個室へ入る。上座に王子を座らせ、酒を注文すると、先ほどとは別の女たちが3人ほどやってきた。
「いらっしゃいませ〜♪」
「はじめまして〜♪」
「おおー、王子様だ! いい男ね〜」
「!?」
部屋に入ってきた相手役の女たちを見て、王子はあからさまに恐怖と嫌悪の表情を浮かべた。というのも。
「ベア、オクト! どういうことだ! なぜ魔物が……」
「言いましたでしょう、『紳士淑女の夢あふるる社交場』と。彼女らも、立派な淑女ですよ」
「しかし……!」
「まあ、まあ、いいじゃありませんか。ちょうど飲み物も来ましたし、乾杯を致しましょう」
やってきたのはサキュバス、ダークプリースト、ブラックハーピーの三人。そう、魔物娘だったのだ。
この建物は、魔物娘にお酌をしてもらえる飲み屋だったのだ。
「乾杯!? 私は酒は……」
「いい若い者が、そんなことではいけませんよ。さあお姉さん、王子にもグラスを」
「はい、どうぞ」
突然の美女の出現に驚く王子は気づいていないが、三人の魔物娘は王子ののみに侍り、既婚者たるベアとオクトにはそれほど興味を向けていない。とういうのは、このクラブの成立理念によるものである。
先にも述べたように、この国は近年魔物娘を冷遇しており、公には旦那さんを探し難い状況が生まれていた。
これを憂いた、とある魔物とその夫が善男善女の出会いの場として作ったのが、ルードリームクラブである。餓えた肉体を持て余す若き魔物娘たちは、ここでコンパニオンとして勤めながら番う相手を探し、気に入った男がいればそのまま自宅へ持ち帰ったり、それすら面倒なら二階や三階の個室で愛の契りを交わすことができる。
会員制を敷いて秘密を守り、王宮の摘発を逃れながら、魔物を愛する多くのクロビネガーたちを誘いこみ、相応しい相手に提供していたのだ。
たまに魔物属性の無い男が入店してきても、『口入屋』でいう『鼓の掛け声』ではないが、一般の酒場だとよくいる「後ろから見てイヨーッ、前からポンッ!」という具合の詐欺みたいな女は一人もおらず、幼めな娘からお姉さま系まで多くの美女美少女を取り揃えたこのクラブに、悪感情を抱くことは決して無いと、そういう訳なのだ。
高貴な生まれだけあって物腰も気品に溢れ、更には積み重ねた読書による知性、日々の鍛錬で練り上げられた頑健な肉体を兼ね備えた若い童貞男をそんな所へ放り込む、これは最早荒療治などと呼べる代物ではなかった。高く登れば登るほど、落ちるときは早いという……ベアとオクトは、王子を堕とそうとしていたのだ。
早速もてはじめた王子を、首謀者二人組はニヤニヤと笑みを浮かべ見つめる。魔物を嫌うとか以前に女性に対する免疫が皆無な王子は、顔を真赤にしながらも、奸臣二人に叫んだ。
「貴様ら、騙したな! なんだここは、いやらしい! 私は帰るぞ!」
極上の獲物を逃がすまいと、ソファで王子の右側に座っていたダークプリーストが、腕を抱き寄せながら囁いた。
「そんなことを仰らないで……こういう場での遊び方、ご存じないのでしたら、私が教えて差し上げますわ」
反対側に座したサキュバスや、背後から腕を絡めるブラックハーピーも負けていない。
「そうですよ。折角若いのに、勉強ばかりじゃ詰まらないでしょ? お姉さんに任せて、ね?」
「ふふふ、よりどりみどりだねえ、坊や♪」
まさしく仕組んだ通りの状況。魔物の誘惑に、無垢な男が耐えられる道理もない、とベアたちは半ば成功を確信して笑った。
「はッはッはッ、いやはや素晴らしい人気ですな王子」
「羨ましい限りですよ」
「ふざけるな、帰るといったら帰るぞ!」
「中途半端はいけません、王子。こんな時間に外へ出ようとなんてしたら、門番にひどい目に合わされますよ」
「門番……?」
「入ってくるときにありましたでしょう、大きい門が。あれは通称『ゲイツ・オブ・ザ・バビロンステージ』と呼ばれておりましてな、途中で抜けてくる男を、インキュバスがあの門の前で叩きのめすのです」
「インキュバス、だと! 快楽に耽って人の正しき道を踏み外した、人間の屑ではないか!」
「その人間の屑が、抜け出してきた男を捕まえて言うんですよ。『女が嫌いか。なら、男はどうだ?』と、ね」
「!!」
「毒茶で眠らされても、知りませんよ……?」
硬直した王子に、好機とばかりに魔物たちがにじり寄る。その目は欲望に光り輝き、まさしく野獣の目線と言えるものだった。
「男なんかより、女の人のほうがずっといいですよね、王子も♪」
「大人しくしてな……すぐに、よくなるからな……」
「あ……ああ……」
そんなこんなで、瞬く間に時間が過ぎて。
その後も何人かの魔物娘が王子目当てでやってきたり、暇な娘がベアやオクトと軽く雑談したりで、王子を除いてごく和やかで楽しい雰囲気が、場には満ちていた。
娘たちの間で一体どのような取り決めが為されたのか、最初にいたダークプリーストが、王子の身柄を預かることとなり、女の色気と猥雑な雰囲気に中てられて半ば放心状態の王子を二階へ連れて上がって行った。
これで任務はほぼ終了。明日、同志に加わった王子と共に今後の国策を練ろうと帰り支度を仕掛けたベアたちに、背後から女の声が掛かった。
「もう、おかえり?」
「これから一緒に、どうです?」
「あー、いや、実は我々……」
返事しつつ振り返ったそこに居たのは、メデゥーサとカラステング。
目を吊り上げて、硬い表情をした、ベアとオクトの妻であった。
「え……お前、なんで……?」
突然現れた妻のメドゥーサに、言葉を失うベア。
そういえば俺の奥さんは神通力とかいう力を使えたなあ、と思いながらも、オクトは身の潔白を証明しようとした。
「なあ、話せばわかる。黙ってたのは悪かったが、これは浮気じゃないんだ。任務なんだ、仕事なんだ」
「ああ、分かっているさ。お前は私の物だろう?」
「ああ、そうだ……え……?」
妻たるカラステングは、言葉とは裏腹に厳しい表情を崩さない。急急如律令、と一言唱えると、たちどころにオクトの四肢が麻痺した。
「おい、なんで」
「私の物、なんだろう? だったら、いいじゃないか。たっぷり可愛がってあげるよ、愛しい、『私の』オクト……」
「!!」
妻の怒り、嫉妬、独占欲、それら掴み所の無いどす黒い感情に、オクトは身の危険を感じた。ふと相棒たるベアの方を伺ってみると、頭の先から足の先まで蛇身で拘束され、物も言えず宙吊りにされているのがわかった。また、自分もこれから同じような目に合うのだということも。
くっくっく、と喉だけで笑うカラステングの荒い吐息を感じながら、オクトは明日の朝日が拝めることを切実に願った。
一方その頃。
ベアとオクトが別室で、凄惨な制裁逆レイプを受けている時、王子はダークプリーストによって寝室に連れ込まれていた。
ふかふかのベッドに身を横たえられ、組み伏せられると、流石の王子も正気を取り戻し、ひどく慌てて童貞食いに燃える痴女を押しとどめんとする。
「待って、待ってください、あなた、こんな破廉恥な……!」
「いいじゃないですか。破廉恥なことは、楽しいんですよ? 怖がらないで……すぐに、楽しくなりますから」
「しかし、あなた、その服……聖職者でしょう!? いいんですか、そんなので!」
「いいんですよ、これが私たちの教義ですから♪」
「馬鹿な!」
などと言っているうちに、いつの間にやら王子は丸裸にされてしまった。さすがに健康な男子、美女に迫られていることで陰茎はすでに臨戦態勢。至極素直な様子に、ダークプリーストが緩んだ、淫らな笑みを浮かべる。
「ほら、こんなに苦しそう……今、楽にして差し上げますからね……はあむっ」
「う、何やって、汚いですよ!」
「うふふ……おふちでされうのは、はりめてれすかぁ? きもちよぉふ、ちゅっちゅしてさひあげまふからね……」
「や、やめて、しゃべらないで……!」
「んふ……じゅる、じゅるる……ちゅ、ちゅ、ぢゅ……!」
「な、なにか出る……姐さ、退いて……!」
「んっ!? んふぅ……んぐ、んぐ……ふはあ、美味しいです、王子の精液……♪ 王子も、気持よかったでしょう?」
「あ……、あ……」
「次は、こっちでして差し上げますね。さっきよりもっと気持ちよくなれますよ……」
「うあ……助けて……誰か……」
「うふふふ。うふふふふ」
一晩掛けて、王子は女の、魔物娘の良さをとっくりと思い知らされたのだった。
翌朝。
手ひどく搾られ、頬のこけた感じのオクトは、休憩所でベアと合流した。売店で買ったらしい軽い甘味を、まるで命を繋ぐかのように貪る彼の四肢には疑いようもない蛇の鱗の跡が。
「やあ。……そっちも、大変だったみたいだな」
「オクトこそ。なんか、歩き方がおかしいぞ」
「神通力って、すごいんだなあ……まさか、あんなことが……」
「言うな。辛かったのは、俺だって同じさ……早く行こう。王子を王宮へ送り届けねば」
ふらふらの二人は、連れ立って王子の行った部屋へ向かう。扉を開けて中を覗いてみると、布団の中で抱き合ったままの二人が居た。
「王子! 起きてください。帰りますよ」
「王子!どうしたんですか」
目を閉じ、女にしがみついて離れない王子。ダークプリーストが、困ったような振りだけしながら二人に答える。
「すみませんね。さっきからずっと、こんな調子で。もう私から離れたくないって。ずっと一緒にいたいって言って聞かなくて」
惚気けられても、今の二人にとっては毒にしかならない。そもそも、このままダークプリーストに任せておいたら、大事な王子を万魔殿に連れ去られるかもしれない。
もしそんなことになったら、側近二人の首が飛ぶのは確実だ。必死の形相で、二人は王子を揺さぶり起こそうとした。
「王子、王子! やめてくださいよ、馬鹿な事を言うのは!」
「早く帰りましょう、王が心配しますよ!」
いくら説得しても、愛情溢れる奉仕で心の底まで堕とされた王子は動こうとしない。うるさげに、布団から顔だけ出して言った言葉は。
「帰りたいなら、お前たちだけで帰ればいいだろう……門で、昏睡レイプされても知らんが、な」
図鑑世界のあるところに、とある王国があった。現王の治世はそれなりに安定しており、やや反魔傾向はあるものの、目立った争いもなく人々は平和に暮らしていた。が、問題がひとつ。
そこの王子は、朴念仁などという言葉ではとても言い表せない堅物だったのだ。日の出と共に目覚め、朝から昼は武術の鍛錬、夕方からは政治の勉強や読書などして、日が変わる前にはもう寝入ってしまう。
遊んでばかりいられては問題だが、まだ成人前とはいえ、ゆくゆくは人の上に立とうという人物がこれでは、大げさでなく王国の未来が危ない。たまには外へ出て色んな人と交流してみろ、多少の失敗はわしが何とかしてやると王が再三奨めても、一向に遊びというものに興味を示そうとしない。人並み、いやそれ以上に酒色を愛する王の、目下悩みの種となっていた。
あまりの潔癖ぶりに業を煮やした王は、側近の男二人を呼び、王子に遊びというものを教えるよう命じた。
一晩、女と酒の豊富な場所にでもいれば如何に真面目男と言えでも多少なりとも感じ入るところもあろう、という考え。大事な大事な第一王位継承者を、よりにもよっていかがわしい遊び場へ送り出そうというのだから、王も相当に悩んだ上での決断だったといえよう。
命を受けた側近二人、ベアとオクトは、心中密かにほくそ笑んだ。
この王国は近年、魔物の力を借りて急速に発展する近隣諸国を警戒・対抗し、中立的だったのを徐々に反魔的路線にシフトさせてきていた。
表立った迫害や虐殺などはまだしていないが、色々と面倒な法を設けては魔物の入国を制限したり、就ける職業を限定していたりしていた。そんな中で、この側近二人、実は魔物娘の夫。次期国王陛下に魔物娘の良さを教えて差し上げられるこの機会に、飛び上がって喜んだ。
カラステングを娶ったベアと、メドゥーサを嫁に迎えたオクト。昨今の事情が事情なので、妻には魔物であることを隠してもらっていたが、そのことを常々、心苦しく思っていたのだ。
「ベアよ。王子を魔物色に染めてしまえば、我々クロビネガーの未来は明るいな」
「うむ。国王陛下もまだまだ元気ではおられるが、誰しも歳はとる。王子はまだ若いし、他に王位継承の対立候補になりそうなのもいない。王子さえ押さえてしまえば、親魔路線への転換など造作も無いこと」
「大体、この世界はいずれ残らず魔王閣下のものとなるのに、人間同士でちまちま争って無駄に血を流す必要など無いのだよ。我らが祖国に平和をもたらすためにも、反魔路線は早急に正されねばならん」
「王子に魔物の良さを分かってもらったら、じっくりとこの世界の実情について説明してさし上げよう。それさえ済めば、後は王が亡くなるのを待つだけだ」
「ふふっ。とんだ奸臣だな、我らは」
「今は時代の過渡期だからな。多少、仁義や忠義に背くことがあろうと、為さねばならぬことはある」
「違いない」
二人の魔物スキーは、顔を見合わせて笑うのだった。
数日後。
二人の側近は王子を引き連れて街へ出ていた。父王からの信頼厚い古参の家臣が強く奨めるため、夜の外出を承諾したわけだが、やはり不審は隠せない様子。
「……しかしベアよ、こんな夜中にわざわざ私を連れ出して、一体何処へ行こうというのだ」
「王子は、行く行くはこの国のトップに立つお方。これから行くのは『紳士淑女の夢あふるる社交場』でありまして、王子にも見識と知見を広めていただこうと」
「王宮のパーティーなどになら、私もちゃんと出ているぞ。まあ、いつも早めに部屋に引かせては貰っているが」
「それは確かにそうでしょうが、しかし顔なじみというのは多くいて困るものではありません。それに、王子を連れていくのは国王陛下のご命令でもあります」
「まあ、そういうことならいいんだが。私としても、そなたらの事は信頼している」
穢れなき瞳で素直な好意を示され、さすがの悪人二人もちょっと気が咎めた。表情に出ることは避けたが、何も知らない人間、それも主君を騙しているという意識は、臣下たる二人にとって強い呵責となる。
「父は、そなたらのような妾の無い者たちを『つまらん男だ』だの『甲斐性がない』だの言うが、私はそうは思わんのだ。父のように、妻とは別に女を4人も5人も囲うなど、良識ある男のすることではない。そうだろう?」
「……ええ、王子。全くその通りで……」
後ろめたさを覚えかけていたところに、急に身持ちの堅さを侮るような言葉を聞かされ、ベアとオクトはついに不退転の決意を固めた。
「一人の妻を全力で愛することを、つまらんだと。甲斐性が無いだと」
「そんな考えのほうが余程つまらんよ。こんな概念は後世に残してはならん」
「幸い、王子は男らしい良い性格をしておられる。素晴らしい魔物嫁と巡り逢えることだろう」
「?」
忠臣の陰謀に、気付くはずもない王子だった。
小一時間ほど馬車で行った所。
夜の闇に佇む、見るからに怪しい建物が一件あった。
三人が入口の門に近づくと、正装した長身の美女が一人、歩み寄ってきた。音もなく開いた門の内、簡素な庭園に一行を迎え入れて、案内役の女は言う。
「『ルードリームクラブ』へ、ようこそお越し下さいました。ご予約の、ベア様ですね?」
「ああ。……例のことだが、話は通してくれているか?」
「ご安心下さい。万事、滞り無く……」
「それは何より。では、よろしく頼む」
「はい。ピュアなお方に夢の一時を……」
見たこともない謎の場所に連れてこられ目を白黒させる王子の背を押し、ベアとオクトは『ルードリームクラブ』へ入店していった。
中へ入ると、得体の知れない印象だった外観とは一変。
どぎつい、何処か淫靡な色の照明と酒や香水の混ざった強い匂い、フロアーのあちこちで男にしなだれかかり、耳に甘い言葉を囁き首に両腕を絡め、酌をしてやるきらびやかな装いの女たち。いわゆる盛り場、キャバレークラブというやつである。
堅物の王子は当然そんなものは知らず、ただただ呆気に取られていた。控えたベアの袖を引いて、
「……おい、ここは、これはなんだ。ルードリームクラブって、……何だ?」
「ここが、紳士淑女の夢あふるる社交場ですよ」
「……しかし……これは、いくらなんでも……」
「王子は、まだ慣れていらっしゃらないからですよ。さあ、行きましょう。案内が来ました」
言うと、フロアーの奥から表に居たのとは別の、これまた美しい女性がやってきた。一行を見ると、恭しく礼をする。
「いらっしゃいませ。座敷が整っております。どうぞこちらへ」
女の導くまま、三人は奥まった、人間を10人くらい楽に収容できそうな大きめの個室へ入る。上座に王子を座らせ、酒を注文すると、先ほどとは別の女たちが3人ほどやってきた。
「いらっしゃいませ〜♪」
「はじめまして〜♪」
「おおー、王子様だ! いい男ね〜」
「!?」
部屋に入ってきた相手役の女たちを見て、王子はあからさまに恐怖と嫌悪の表情を浮かべた。というのも。
「ベア、オクト! どういうことだ! なぜ魔物が……」
「言いましたでしょう、『紳士淑女の夢あふるる社交場』と。彼女らも、立派な淑女ですよ」
「しかし……!」
「まあ、まあ、いいじゃありませんか。ちょうど飲み物も来ましたし、乾杯を致しましょう」
やってきたのはサキュバス、ダークプリースト、ブラックハーピーの三人。そう、魔物娘だったのだ。
この建物は、魔物娘にお酌をしてもらえる飲み屋だったのだ。
「乾杯!? 私は酒は……」
「いい若い者が、そんなことではいけませんよ。さあお姉さん、王子にもグラスを」
「はい、どうぞ」
突然の美女の出現に驚く王子は気づいていないが、三人の魔物娘は王子ののみに侍り、既婚者たるベアとオクトにはそれほど興味を向けていない。とういうのは、このクラブの成立理念によるものである。
先にも述べたように、この国は近年魔物娘を冷遇しており、公には旦那さんを探し難い状況が生まれていた。
これを憂いた、とある魔物とその夫が善男善女の出会いの場として作ったのが、ルードリームクラブである。餓えた肉体を持て余す若き魔物娘たちは、ここでコンパニオンとして勤めながら番う相手を探し、気に入った男がいればそのまま自宅へ持ち帰ったり、それすら面倒なら二階や三階の個室で愛の契りを交わすことができる。
会員制を敷いて秘密を守り、王宮の摘発を逃れながら、魔物を愛する多くのクロビネガーたちを誘いこみ、相応しい相手に提供していたのだ。
たまに魔物属性の無い男が入店してきても、『口入屋』でいう『鼓の掛け声』ではないが、一般の酒場だとよくいる「後ろから見てイヨーッ、前からポンッ!」という具合の詐欺みたいな女は一人もおらず、幼めな娘からお姉さま系まで多くの美女美少女を取り揃えたこのクラブに、悪感情を抱くことは決して無いと、そういう訳なのだ。
高貴な生まれだけあって物腰も気品に溢れ、更には積み重ねた読書による知性、日々の鍛錬で練り上げられた頑健な肉体を兼ね備えた若い童貞男をそんな所へ放り込む、これは最早荒療治などと呼べる代物ではなかった。高く登れば登るほど、落ちるときは早いという……ベアとオクトは、王子を堕とそうとしていたのだ。
早速もてはじめた王子を、首謀者二人組はニヤニヤと笑みを浮かべ見つめる。魔物を嫌うとか以前に女性に対する免疫が皆無な王子は、顔を真赤にしながらも、奸臣二人に叫んだ。
「貴様ら、騙したな! なんだここは、いやらしい! 私は帰るぞ!」
極上の獲物を逃がすまいと、ソファで王子の右側に座っていたダークプリーストが、腕を抱き寄せながら囁いた。
「そんなことを仰らないで……こういう場での遊び方、ご存じないのでしたら、私が教えて差し上げますわ」
反対側に座したサキュバスや、背後から腕を絡めるブラックハーピーも負けていない。
「そうですよ。折角若いのに、勉強ばかりじゃ詰まらないでしょ? お姉さんに任せて、ね?」
「ふふふ、よりどりみどりだねえ、坊や♪」
まさしく仕組んだ通りの状況。魔物の誘惑に、無垢な男が耐えられる道理もない、とベアたちは半ば成功を確信して笑った。
「はッはッはッ、いやはや素晴らしい人気ですな王子」
「羨ましい限りですよ」
「ふざけるな、帰るといったら帰るぞ!」
「中途半端はいけません、王子。こんな時間に外へ出ようとなんてしたら、門番にひどい目に合わされますよ」
「門番……?」
「入ってくるときにありましたでしょう、大きい門が。あれは通称『ゲイツ・オブ・ザ・バビロンステージ』と呼ばれておりましてな、途中で抜けてくる男を、インキュバスがあの門の前で叩きのめすのです」
「インキュバス、だと! 快楽に耽って人の正しき道を踏み外した、人間の屑ではないか!」
「その人間の屑が、抜け出してきた男を捕まえて言うんですよ。『女が嫌いか。なら、男はどうだ?』と、ね」
「!!」
「毒茶で眠らされても、知りませんよ……?」
硬直した王子に、好機とばかりに魔物たちがにじり寄る。その目は欲望に光り輝き、まさしく野獣の目線と言えるものだった。
「男なんかより、女の人のほうがずっといいですよね、王子も♪」
「大人しくしてな……すぐに、よくなるからな……」
「あ……ああ……」
そんなこんなで、瞬く間に時間が過ぎて。
その後も何人かの魔物娘が王子目当てでやってきたり、暇な娘がベアやオクトと軽く雑談したりで、王子を除いてごく和やかで楽しい雰囲気が、場には満ちていた。
娘たちの間で一体どのような取り決めが為されたのか、最初にいたダークプリーストが、王子の身柄を預かることとなり、女の色気と猥雑な雰囲気に中てられて半ば放心状態の王子を二階へ連れて上がって行った。
これで任務はほぼ終了。明日、同志に加わった王子と共に今後の国策を練ろうと帰り支度を仕掛けたベアたちに、背後から女の声が掛かった。
「もう、おかえり?」
「これから一緒に、どうです?」
「あー、いや、実は我々……」
返事しつつ振り返ったそこに居たのは、メデゥーサとカラステング。
目を吊り上げて、硬い表情をした、ベアとオクトの妻であった。
「え……お前、なんで……?」
突然現れた妻のメドゥーサに、言葉を失うベア。
そういえば俺の奥さんは神通力とかいう力を使えたなあ、と思いながらも、オクトは身の潔白を証明しようとした。
「なあ、話せばわかる。黙ってたのは悪かったが、これは浮気じゃないんだ。任務なんだ、仕事なんだ」
「ああ、分かっているさ。お前は私の物だろう?」
「ああ、そうだ……え……?」
妻たるカラステングは、言葉とは裏腹に厳しい表情を崩さない。急急如律令、と一言唱えると、たちどころにオクトの四肢が麻痺した。
「おい、なんで」
「私の物、なんだろう? だったら、いいじゃないか。たっぷり可愛がってあげるよ、愛しい、『私の』オクト……」
「!!」
妻の怒り、嫉妬、独占欲、それら掴み所の無いどす黒い感情に、オクトは身の危険を感じた。ふと相棒たるベアの方を伺ってみると、頭の先から足の先まで蛇身で拘束され、物も言えず宙吊りにされているのがわかった。また、自分もこれから同じような目に合うのだということも。
くっくっく、と喉だけで笑うカラステングの荒い吐息を感じながら、オクトは明日の朝日が拝めることを切実に願った。
一方その頃。
ベアとオクトが別室で、凄惨な制裁逆レイプを受けている時、王子はダークプリーストによって寝室に連れ込まれていた。
ふかふかのベッドに身を横たえられ、組み伏せられると、流石の王子も正気を取り戻し、ひどく慌てて童貞食いに燃える痴女を押しとどめんとする。
「待って、待ってください、あなた、こんな破廉恥な……!」
「いいじゃないですか。破廉恥なことは、楽しいんですよ? 怖がらないで……すぐに、楽しくなりますから」
「しかし、あなた、その服……聖職者でしょう!? いいんですか、そんなので!」
「いいんですよ、これが私たちの教義ですから♪」
「馬鹿な!」
などと言っているうちに、いつの間にやら王子は丸裸にされてしまった。さすがに健康な男子、美女に迫られていることで陰茎はすでに臨戦態勢。至極素直な様子に、ダークプリーストが緩んだ、淫らな笑みを浮かべる。
「ほら、こんなに苦しそう……今、楽にして差し上げますからね……はあむっ」
「う、何やって、汚いですよ!」
「うふふ……おふちでされうのは、はりめてれすかぁ? きもちよぉふ、ちゅっちゅしてさひあげまふからね……」
「や、やめて、しゃべらないで……!」
「んふ……じゅる、じゅるる……ちゅ、ちゅ、ぢゅ……!」
「な、なにか出る……姐さ、退いて……!」
「んっ!? んふぅ……んぐ、んぐ……ふはあ、美味しいです、王子の精液……♪ 王子も、気持よかったでしょう?」
「あ……、あ……」
「次は、こっちでして差し上げますね。さっきよりもっと気持ちよくなれますよ……」
「うあ……助けて……誰か……」
「うふふふ。うふふふふ」
一晩掛けて、王子は女の、魔物娘の良さをとっくりと思い知らされたのだった。
翌朝。
手ひどく搾られ、頬のこけた感じのオクトは、休憩所でベアと合流した。売店で買ったらしい軽い甘味を、まるで命を繋ぐかのように貪る彼の四肢には疑いようもない蛇の鱗の跡が。
「やあ。……そっちも、大変だったみたいだな」
「オクトこそ。なんか、歩き方がおかしいぞ」
「神通力って、すごいんだなあ……まさか、あんなことが……」
「言うな。辛かったのは、俺だって同じさ……早く行こう。王子を王宮へ送り届けねば」
ふらふらの二人は、連れ立って王子の行った部屋へ向かう。扉を開けて中を覗いてみると、布団の中で抱き合ったままの二人が居た。
「王子! 起きてください。帰りますよ」
「王子!どうしたんですか」
目を閉じ、女にしがみついて離れない王子。ダークプリーストが、困ったような振りだけしながら二人に答える。
「すみませんね。さっきからずっと、こんな調子で。もう私から離れたくないって。ずっと一緒にいたいって言って聞かなくて」
惚気けられても、今の二人にとっては毒にしかならない。そもそも、このままダークプリーストに任せておいたら、大事な王子を万魔殿に連れ去られるかもしれない。
もしそんなことになったら、側近二人の首が飛ぶのは確実だ。必死の形相で、二人は王子を揺さぶり起こそうとした。
「王子、王子! やめてくださいよ、馬鹿な事を言うのは!」
「早く帰りましょう、王が心配しますよ!」
いくら説得しても、愛情溢れる奉仕で心の底まで堕とされた王子は動こうとしない。うるさげに、布団から顔だけ出して言った言葉は。
「帰りたいなら、お前たちだけで帰ればいいだろう……門で、昏睡レイプされても知らんが、な」
11/05/28 08:36更新 / ナシ・アジフ