魔王軍第三魔術部隊見学記
フレンダ・ゴールドフィールドは工作員である。
教会組織に所属し、主に親魔物国やそれに与する機関・組織に対する諜報・破壊活動を主軸とした様々な任務を請け負い、成功させてきた彼女は、その職務の性質上名前を広く知られることこそ無いものの、立場と階級に縛られ何かと身動きの取りづらい上級僧官達から大いに頼りにされていた。
彼女のエージェントとしての武器、それは彼女の外見にある。
年齢に比して異常に若く、まるで就学期の児童のように見える容姿体格こそが、フレンダの最も頼りとする物である。
なにも、フレンダの体力魔力が一般人に比べて劣るというわけではない。寧ろ、教会上層部より下される裏仕事、あまり公には出来ないような後ろ暗いところのある任務などをこなす彼女の戦闘力は、魔物はともかく普通の人間ならば到底相手になるものではない。
しかし彼女はあくまで工作員。武器や魔法で派手に立ちまわるわけにはいかない。
そこでフレンダの肉体が役立つわけである。
一見、どころか二度三度見ても十代前半にしか見えない彼女の姿形は見るものの警戒心を否応なく削ぎ取り、小柄さ故狭い通路や細い換気口を通っての潜入捜査も容易に遂行できる。
それでいて変装術や盗聴術、転移術といったエージェント御用達の魔術を何よりも得意とし、体術を振るえば大の男五人でも制することは出来ない、彼女こそ理想の潜入工作員の一人といえよう。
しかしそんなフレンダであっても、今回下された命令ばかりはそう軽々に受けることが出来ないようだった。
「潜入捜査、ですか。しかしこの、サバトというのは、一体?」
やはり少女らしい、甲高くどこか舌足らずな声で、エージェントは任務の内容を確認する。
眼前に座るのは彼女の上司であり、このような畏まった話し方は当たり前のものなのだが、初潮が来ているかも怪しい小さな女の子がこう堅い口調で話している光景というのは、どこか現実離れした作り物じみた感じを見るものに与えるだろう。
長らくフレンダの上官として働き、主に上層部からの命令を取次ぎ、成功の暁にはその成果を報告する役目を負った件の男にとっても、それは例外ではないようだった。
「魔物の集団というか、結社というか、まあそんなものらしい。魔女や魔人達が集って、なにやら怪しげな実験をしているとか」
「なぜそんな所に私を……。魔物相手なら、聖騎士とか、魔物祓師とか、もっと他に適役があるのでは」
当然予想される質問を受け、上官の男は少し微笑む。
魔物の群れに単身飛び込むという、何処から見ても危険至極、余程の実力者でなければ死にに行くのも同義だと言われたこの任務を見事成功させることが出来れば、フレンダのみならずその上官たる彼の評価も大変に上がるであろうことは想像に難くない。
失敗したとしても、その身をもって神敵たる忌まわしき魔物を討滅したとか何とか言えば、少なくとも処分されることはなかろう。そんな打算的な思いを隠して、男は答えた。
「その魔物の結社、サバトにはいくつか特徴があるらしくてな。魔物の中でも特に魔術、魔導に関心が高いらしい、というのが一つ」
魔術に親しむというだけならば、魔物としてはそう珍しいことでもないし、何よりフレンダを単身送り込む理由たり得ない。もうひとつの理由こそが肝要なのだろう、と彼女は身を乗り出した。
「もうひとつの理由は……サバトに所属する魔物たちは皆、幼い少女のような姿をしているらしいのだ」
ちょうどフレンダ、お前のような。 上官のその言葉を、見た目だけ幼女なエージェントはあきらめ半分な気持ちで聞いていた。
雇われ人である以上、上官の命令に逆らうには職を捨てる覚悟が要る。その見た目のせいでまずまともな食い扶持を得られないフレンダにとっては、死地への旅路も拒みようが無かった。
まあ、危なくなったら魔術で逃げてきていいとは言われているし、今回の任務はサバトの偵察で、戦闘はしなくていいということだったので、渋々やってきたのだったが。
「いやはや、見たところかなりの使い手であられるようだ。貴殿のような魔女が我々、魔王軍第三魔術部隊に加わってくれれば、正に百人力といったところだろうな!」
到着早々、サバトの統括、最強にして最凶にして最恐の魔人、バフォメットに捕まってしまうとは、いよいよ私もヤキがまわったか、とフレンダは既に死を覚悟しかけていた。
事の始まりは数刻前。件のサバトの本拠地らしき建物を特定し、どこか密かに侵入できそうなところを探していたところ、突然強大な魔力を感じた。
振り向くとそこには、獣じみた、毛皮に覆われた両手足と、それとは対照的に極端に露出度を高めた胴体が印象的な、一人の少女がいた。
フレンダは、彼女自身のその見た目故、他人を外見で判断することはほとんど無い。しかし彼女でなくとも、その魔人から発せられる恐ろしいまでの力は無視できなかったろう。
小さい背丈や、ぬいぐるみのような四肢とは裏腹に、眼前の魔物、バフォメットの放つ威容は並の魔物を軽く凌駕していたのだ。
突然の遭遇に思わず心が折れかけ、来て早々に脱出の手立てを考え掛けたフレンダの様子を知ってかしらずか、そのバフォメットはやけに気さくに、彼女に声を掛けてきたのだ。
「おや、見ない顔だが、新人の魔女か? 一応これでも、サバトの構成員は全員、顔と名前を一致させてある筈なんだが」
「いや、その、私は……」
「ああ、もしかして見学希望者か? 知り合いの魔女を一人呼んだとかなんとか、前にセイレムの奴が言っていたが」
「ああ、ええと、はい! そうです!」
垣間見えた救いに思わず飛びつくフレンダ。とりあえずこの場をやり過ごして、それから後のことは考えよう。魔界でも有数の力を持つというバフォメットがこう近くに居たのでは、どうにもやり様がない。任務続行か離脱かは、ひとまずこの窮地を脱してから考えよう、と彼女が緊張と恐怖に冷えた頭で考えていたところ。
「そうかそうか。そなたが、な。では、私について来るといい。我らが魔王軍第三魔術部隊の異形なる偉業を余さず見せてやろうではないか」
「……へ?」
「どうした。早くこっちに来ないか。この私が直々に、サバトの案内をしてやろうというのだぞ」
こうして、フレンダの長い工作員人生でも例のないほど緊迫した、綱渡り的な任務が始まってしまったのだ。
「まずは我らがサバトの活動理念だが……まあ、他所と大差はない。幼女の、幼女による、幼女のための国を作る。これこそ、バフォメットという種族が生まれながらに背負った使命なのだ」
サバトの盟主に招き入れられまず始めに聞かされたその言葉に、フレンダは度肝を抜かれた。
確か教会の教えでは、魔物達は美しい女性や可愛い少女の姿をとって人間を惑わし、殺し、喰らう筈だったが。
彼女自身、教会勢力について仕事をしてはいるが、一部の過激派ほど魔物に対して敵対的な訳ではなかった。
と言ってもそれは寛容や従属といった類のものではなく、寧ろ得体のしれないものに対する忌避感に起因するものだった。魔物たちと積極的に関わり合いたいと思ったことなど無かったし、出来れば近くには来てほしくなかった。魔物が人間を殺すというのも、概ねで正しいことだろうぐらいに思っていたのだが。
「(幼女の世界って、何よそれ)」
フレンダのことを新参の魔女だと思っているらしきバフォメットが、ここで嘘を言う必然性は全くない。そもそも嘘にしたって、もう少し真っ当なものがあるだろう。幼女の世界、と言った時のバフォメットの、真剣極まりない表情がまたフレンダを混乱させた。
「他所と違う点があるとすれば、魔術のことだろうな。我々は一日でも早くこの世を幼女化すべく、魔道具の制作や魔術式の開発に特に注力している。丁度そこの研究室で魔女たちがなにやらやっているようだから、見せてあげよう」
モフモフの毛皮に覆われた三本の指で、否応なしにバフォメットはフレンダの手を取ると、通路の先へ引っ張っていった。
予想外に次ぐ予想外の事態になかなか平静を保てないフレンダだったが、今バフォメットの監督下で行っている見学は、サバトの活動内容を知るという点では全く任務に即したものである。身を隠して裏からいろいろ探りを入れるよりも、魔物として説明を受けたほうがよりよく実態を把握できるであろうことは、考えるまでもない。取り敢えず行けるところまで行ってみよう、とフレンダは覚悟を決めた。
連れられて入った部屋では、一本の大剣を数人の魔女たちが囲んで立っていた。長大な刃とそれに見合った長さの柄が据え付けられたそれは単なる両刃剣ではなく、内部に何か魔術回路が仕込まれているらしかった。
「おお。それは先日作ったロリバーンではないか」
「(ロリバーン?)」
「これはバフォメット様。ようこそいらっしゃいました。……そちらの方は?」
「我らがサバトの、新人候補といったところか。故あって私が、ここを案内してやっているのだよ。研究の途中に済まんが、一つこいつにも講義してやってくれんか」
「なるほどそうでしたか。では、僭越ながら私が、このロリバーンMk.K製作計画についてお話させて頂きましょう」
リーダー格らしい魔女、やはりこちらも十歳前後の女の子が、流れるような口調で解説を始めた。バフォメットが言っていたとおり、やはり研究対象は魔術、卓に置かれた大剣を魔法でどうにかするつもりらしかった。
「先日私は、おおなめくじの話を聞いたのです。
塩をかけると、小さく幼くなってしまう彼女らですが、その時、失われた精を取り戻そうと、普段の穏和な感じから打って変わって凶暴に男を襲うようになる、と」
「なるほど。それで?」
「幼くなり、凶暴になる。これを聞いてちょっと、閃くものがありまして。前に作った初代ロリバーンは、魔物娘の魔力と精を吸収して一時的に幼女化させる、というものでしたが」
「(幼女化って、何よそれ。魔物ってもっと、陰惨で危険で醜悪極まりない研究とか、してるものじゃないの……?)」
「ロリバーンJでは、その吸収の際に『魔力の許容最大量を下げる』というプロセスを踏んでいました。より効率よく精を吸うための機能だったわけですが、もしここで、許容最大量を下げずに精を吸えたら、生まれた魔物娘は極端に飢えた状態になるのではないかと、思ったのです。……塩をかけられた、おおなめくじの様に」
「つまり……ロリ痴女か!」
「はい。幼女化するだけなら、既に専用の薬がありますから。そこから一歩進んだ物を作れないかと」
「うむ。うむ。良いぞ。もはや剣である必要性は微塵も無いが、性的な意味で積極的な幼女を作るというのは実に意義あることだ。完成へ向けて、大いに励むようにな」
「勿体無いお言葉です、バフォメット様」
大仰な口調で、壮大なんだか馬鹿馬鹿しいんだか、荒唐無稽なんだか驚天動地なんだかさっぱりわからない様な話をする魔女とバフォメットに、フレンダは言葉を失ってしまっていた。
その後も、バフォメットに連れられてフレンダはいろいろなところを回った。
精霊魔術界における幼女派の権力拡大を目指して、四大精霊の一種シルフを召喚・使役しようとしている部門やら、親魔物国と反魔物国の戦争に誘惑魔法でもって介入し、一人の死者も出さないまま争いをうやむやのうちに終わらせることを主たる任務とする部門やら、見た目がほとんど妖精と変わらないピクシーを使者に立てて、妖精の国との交流を図る部門やら。
どれも、魔物が人間を害するという教会の教えとはかけ離れた活動ばかりであった。
神の教えを頭から信じ込んでいたわけではないが、やはり教会勢力の一員としてはこれは非常にショックな事だった。
人間同士の戦争を魔女が穏便に済ませてくれた話など、フレンダは今までの人生で聞いたことがなかったし、俄には信じがたいことではあるのだが……やはりバフォメットが自分に嘘をつく理由が見当たらない。
ちょっと自分は魔物のことを知らなさ過ぎたのかもしれない。よく知らないものに対する恐怖が、先行しすぎていたのかもしれない、とフレンダは自分の過去を振り返った。
一通り見回った後、適当な理由をつけてバフォメットから逃れてきた彼女は、今日見た内容をそのまま上官に報告していいものだろうか逡巡した。世界幼女化計画だと、何だそれはふざけるな、と一蹴されそうな気もするが……だからといってデタラメを言うわけにもいかないのだった。
「となると必要なのは裏付けか、やっぱり」
信じて貰えそうにないなら、信じざるを得なくすればよい。今日、自分がそうされたように。幸い彼女はエージェント。情報収集は得意中の得意である。
「ちょっと大掛かりな仕事になりそうだけど……やって見る価値はあるわよね」
教会上層部が、どこまで事態を把握しているのか。果たして本当に、魔物は人間に害を為さないのか。溢れ出る疑問に、工作員の心が刺激される。知らないことを知りたいという、根源的な欲求で心が満たされる。他人に使われていた間には感じることがなかった、激しい欲望がフレンダを駆り立てる。
「まずは身内……教会を内偵してみようかしら。なんとかいう異端僧が書いた魔物図鑑が、禁書館に置いてあるって、昔聞いたような覚えがあるし」
練達の捜査員が今、真実を求めて駆ける。
サバト本拠地、その最上階で、統率者たるバフォメットは側近達と共に、駆けていくフレンダの姿を密かに見送っていた。
「魔女たちを束ねるバフォメット様相手に魔女のフリが通じるなんて、本気で思っていたんでしょうか、あの方は?」
「いや、あれは私がそうするよう仕向けたのさ。人間の工作員が来ているのは、早い段階で分かっていたからな」
「では、わざわざ中を見せてやったのは……? バフォメット様なら、人間の一人や二人、どうにでもできるでしょうに」
「まあ、そうなんだが」
言ってバフォメットは部屋の内へ向き直る。いつになく真剣な面持ちで、事の真相を知る少数の魔女たちに語りかける。
「未だ人間たちの多くは、魔物のことを恐ろしいと思っている。サキュバスなどは身体を使って、実力行使でもってそうでないことを分からせているようだが……奴は工作員。奴の得た情報は、普通の情報より確度の高いものとして扱われると予想できた」
「工作員を、広告塔として利用したと?」
「そんなところだ。見たところ、魔物に恨みや偏見を持っているわけでもなかったし。誠実に接して、真実を知ってもらおうと思ってな」
「真実を伝えて、魔物への恐怖心を無くしてもらうのは、確かに重要なことだと思いますが……それにしても、眠らせて記憶を捏造するとか、もう少し安全なやり方もあったと思うのですが」
「怖いことを言うなよ、君。下手に脳なんか弄って、精神操作がバレたらどうする。やはり魔物は恐ろしい、人間の心すら蹂躙し尽くすのだ、と思われてしまうではないか。
それに、かつて魔物が人間を殺して食っていたのは事実だ。今は違うとはいえ、そういう過去があったことは揺るぎない。ならば、警戒を解いてもらうために我々魔物が多少のリスクを負うのも、ま、道理だろう」
「しかしあの者が、今日得た情報を元に聖騎士の大軍団をここに連れて来るという可能性も……」
「その時は、私が前線に出るさ。何万人束になってかかって来ようと、お前たちに傷ひとつ付けさせはしない。私の可愛い部下を危険に晒すことなど、例え神が許そうともこの私が許さん」
魔宴の長としての誇りと責任を確かに感じさせる声で、バフォメットが宣言する。その確固たる意志と、それに裏打ちされた、豪腕とすら言える指導力。第三魔術部隊の魔女たちはバフォメットへの忠誠を、より一層深めるのだった。
教会組織に所属し、主に親魔物国やそれに与する機関・組織に対する諜報・破壊活動を主軸とした様々な任務を請け負い、成功させてきた彼女は、その職務の性質上名前を広く知られることこそ無いものの、立場と階級に縛られ何かと身動きの取りづらい上級僧官達から大いに頼りにされていた。
彼女のエージェントとしての武器、それは彼女の外見にある。
年齢に比して異常に若く、まるで就学期の児童のように見える容姿体格こそが、フレンダの最も頼りとする物である。
なにも、フレンダの体力魔力が一般人に比べて劣るというわけではない。寧ろ、教会上層部より下される裏仕事、あまり公には出来ないような後ろ暗いところのある任務などをこなす彼女の戦闘力は、魔物はともかく普通の人間ならば到底相手になるものではない。
しかし彼女はあくまで工作員。武器や魔法で派手に立ちまわるわけにはいかない。
そこでフレンダの肉体が役立つわけである。
一見、どころか二度三度見ても十代前半にしか見えない彼女の姿形は見るものの警戒心を否応なく削ぎ取り、小柄さ故狭い通路や細い換気口を通っての潜入捜査も容易に遂行できる。
それでいて変装術や盗聴術、転移術といったエージェント御用達の魔術を何よりも得意とし、体術を振るえば大の男五人でも制することは出来ない、彼女こそ理想の潜入工作員の一人といえよう。
しかしそんなフレンダであっても、今回下された命令ばかりはそう軽々に受けることが出来ないようだった。
「潜入捜査、ですか。しかしこの、サバトというのは、一体?」
やはり少女らしい、甲高くどこか舌足らずな声で、エージェントは任務の内容を確認する。
眼前に座るのは彼女の上司であり、このような畏まった話し方は当たり前のものなのだが、初潮が来ているかも怪しい小さな女の子がこう堅い口調で話している光景というのは、どこか現実離れした作り物じみた感じを見るものに与えるだろう。
長らくフレンダの上官として働き、主に上層部からの命令を取次ぎ、成功の暁にはその成果を報告する役目を負った件の男にとっても、それは例外ではないようだった。
「魔物の集団というか、結社というか、まあそんなものらしい。魔女や魔人達が集って、なにやら怪しげな実験をしているとか」
「なぜそんな所に私を……。魔物相手なら、聖騎士とか、魔物祓師とか、もっと他に適役があるのでは」
当然予想される質問を受け、上官の男は少し微笑む。
魔物の群れに単身飛び込むという、何処から見ても危険至極、余程の実力者でなければ死にに行くのも同義だと言われたこの任務を見事成功させることが出来れば、フレンダのみならずその上官たる彼の評価も大変に上がるであろうことは想像に難くない。
失敗したとしても、その身をもって神敵たる忌まわしき魔物を討滅したとか何とか言えば、少なくとも処分されることはなかろう。そんな打算的な思いを隠して、男は答えた。
「その魔物の結社、サバトにはいくつか特徴があるらしくてな。魔物の中でも特に魔術、魔導に関心が高いらしい、というのが一つ」
魔術に親しむというだけならば、魔物としてはそう珍しいことでもないし、何よりフレンダを単身送り込む理由たり得ない。もうひとつの理由こそが肝要なのだろう、と彼女は身を乗り出した。
「もうひとつの理由は……サバトに所属する魔物たちは皆、幼い少女のような姿をしているらしいのだ」
ちょうどフレンダ、お前のような。 上官のその言葉を、見た目だけ幼女なエージェントはあきらめ半分な気持ちで聞いていた。
雇われ人である以上、上官の命令に逆らうには職を捨てる覚悟が要る。その見た目のせいでまずまともな食い扶持を得られないフレンダにとっては、死地への旅路も拒みようが無かった。
まあ、危なくなったら魔術で逃げてきていいとは言われているし、今回の任務はサバトの偵察で、戦闘はしなくていいということだったので、渋々やってきたのだったが。
「いやはや、見たところかなりの使い手であられるようだ。貴殿のような魔女が我々、魔王軍第三魔術部隊に加わってくれれば、正に百人力といったところだろうな!」
到着早々、サバトの統括、最強にして最凶にして最恐の魔人、バフォメットに捕まってしまうとは、いよいよ私もヤキがまわったか、とフレンダは既に死を覚悟しかけていた。
事の始まりは数刻前。件のサバトの本拠地らしき建物を特定し、どこか密かに侵入できそうなところを探していたところ、突然強大な魔力を感じた。
振り向くとそこには、獣じみた、毛皮に覆われた両手足と、それとは対照的に極端に露出度を高めた胴体が印象的な、一人の少女がいた。
フレンダは、彼女自身のその見た目故、他人を外見で判断することはほとんど無い。しかし彼女でなくとも、その魔人から発せられる恐ろしいまでの力は無視できなかったろう。
小さい背丈や、ぬいぐるみのような四肢とは裏腹に、眼前の魔物、バフォメットの放つ威容は並の魔物を軽く凌駕していたのだ。
突然の遭遇に思わず心が折れかけ、来て早々に脱出の手立てを考え掛けたフレンダの様子を知ってかしらずか、そのバフォメットはやけに気さくに、彼女に声を掛けてきたのだ。
「おや、見ない顔だが、新人の魔女か? 一応これでも、サバトの構成員は全員、顔と名前を一致させてある筈なんだが」
「いや、その、私は……」
「ああ、もしかして見学希望者か? 知り合いの魔女を一人呼んだとかなんとか、前にセイレムの奴が言っていたが」
「ああ、ええと、はい! そうです!」
垣間見えた救いに思わず飛びつくフレンダ。とりあえずこの場をやり過ごして、それから後のことは考えよう。魔界でも有数の力を持つというバフォメットがこう近くに居たのでは、どうにもやり様がない。任務続行か離脱かは、ひとまずこの窮地を脱してから考えよう、と彼女が緊張と恐怖に冷えた頭で考えていたところ。
「そうかそうか。そなたが、な。では、私について来るといい。我らが魔王軍第三魔術部隊の異形なる偉業を余さず見せてやろうではないか」
「……へ?」
「どうした。早くこっちに来ないか。この私が直々に、サバトの案内をしてやろうというのだぞ」
こうして、フレンダの長い工作員人生でも例のないほど緊迫した、綱渡り的な任務が始まってしまったのだ。
「まずは我らがサバトの活動理念だが……まあ、他所と大差はない。幼女の、幼女による、幼女のための国を作る。これこそ、バフォメットという種族が生まれながらに背負った使命なのだ」
サバトの盟主に招き入れられまず始めに聞かされたその言葉に、フレンダは度肝を抜かれた。
確か教会の教えでは、魔物達は美しい女性や可愛い少女の姿をとって人間を惑わし、殺し、喰らう筈だったが。
彼女自身、教会勢力について仕事をしてはいるが、一部の過激派ほど魔物に対して敵対的な訳ではなかった。
と言ってもそれは寛容や従属といった類のものではなく、寧ろ得体のしれないものに対する忌避感に起因するものだった。魔物たちと積極的に関わり合いたいと思ったことなど無かったし、出来れば近くには来てほしくなかった。魔物が人間を殺すというのも、概ねで正しいことだろうぐらいに思っていたのだが。
「(幼女の世界って、何よそれ)」
フレンダのことを新参の魔女だと思っているらしきバフォメットが、ここで嘘を言う必然性は全くない。そもそも嘘にしたって、もう少し真っ当なものがあるだろう。幼女の世界、と言った時のバフォメットの、真剣極まりない表情がまたフレンダを混乱させた。
「他所と違う点があるとすれば、魔術のことだろうな。我々は一日でも早くこの世を幼女化すべく、魔道具の制作や魔術式の開発に特に注力している。丁度そこの研究室で魔女たちがなにやらやっているようだから、見せてあげよう」
モフモフの毛皮に覆われた三本の指で、否応なしにバフォメットはフレンダの手を取ると、通路の先へ引っ張っていった。
予想外に次ぐ予想外の事態になかなか平静を保てないフレンダだったが、今バフォメットの監督下で行っている見学は、サバトの活動内容を知るという点では全く任務に即したものである。身を隠して裏からいろいろ探りを入れるよりも、魔物として説明を受けたほうがよりよく実態を把握できるであろうことは、考えるまでもない。取り敢えず行けるところまで行ってみよう、とフレンダは覚悟を決めた。
連れられて入った部屋では、一本の大剣を数人の魔女たちが囲んで立っていた。長大な刃とそれに見合った長さの柄が据え付けられたそれは単なる両刃剣ではなく、内部に何か魔術回路が仕込まれているらしかった。
「おお。それは先日作ったロリバーンではないか」
「(ロリバーン?)」
「これはバフォメット様。ようこそいらっしゃいました。……そちらの方は?」
「我らがサバトの、新人候補といったところか。故あって私が、ここを案内してやっているのだよ。研究の途中に済まんが、一つこいつにも講義してやってくれんか」
「なるほどそうでしたか。では、僭越ながら私が、このロリバーンMk.K製作計画についてお話させて頂きましょう」
リーダー格らしい魔女、やはりこちらも十歳前後の女の子が、流れるような口調で解説を始めた。バフォメットが言っていたとおり、やはり研究対象は魔術、卓に置かれた大剣を魔法でどうにかするつもりらしかった。
「先日私は、おおなめくじの話を聞いたのです。
塩をかけると、小さく幼くなってしまう彼女らですが、その時、失われた精を取り戻そうと、普段の穏和な感じから打って変わって凶暴に男を襲うようになる、と」
「なるほど。それで?」
「幼くなり、凶暴になる。これを聞いてちょっと、閃くものがありまして。前に作った初代ロリバーンは、魔物娘の魔力と精を吸収して一時的に幼女化させる、というものでしたが」
「(幼女化って、何よそれ。魔物ってもっと、陰惨で危険で醜悪極まりない研究とか、してるものじゃないの……?)」
「ロリバーンJでは、その吸収の際に『魔力の許容最大量を下げる』というプロセスを踏んでいました。より効率よく精を吸うための機能だったわけですが、もしここで、許容最大量を下げずに精を吸えたら、生まれた魔物娘は極端に飢えた状態になるのではないかと、思ったのです。……塩をかけられた、おおなめくじの様に」
「つまり……ロリ痴女か!」
「はい。幼女化するだけなら、既に専用の薬がありますから。そこから一歩進んだ物を作れないかと」
「うむ。うむ。良いぞ。もはや剣である必要性は微塵も無いが、性的な意味で積極的な幼女を作るというのは実に意義あることだ。完成へ向けて、大いに励むようにな」
「勿体無いお言葉です、バフォメット様」
大仰な口調で、壮大なんだか馬鹿馬鹿しいんだか、荒唐無稽なんだか驚天動地なんだかさっぱりわからない様な話をする魔女とバフォメットに、フレンダは言葉を失ってしまっていた。
その後も、バフォメットに連れられてフレンダはいろいろなところを回った。
精霊魔術界における幼女派の権力拡大を目指して、四大精霊の一種シルフを召喚・使役しようとしている部門やら、親魔物国と反魔物国の戦争に誘惑魔法でもって介入し、一人の死者も出さないまま争いをうやむやのうちに終わらせることを主たる任務とする部門やら、見た目がほとんど妖精と変わらないピクシーを使者に立てて、妖精の国との交流を図る部門やら。
どれも、魔物が人間を害するという教会の教えとはかけ離れた活動ばかりであった。
神の教えを頭から信じ込んでいたわけではないが、やはり教会勢力の一員としてはこれは非常にショックな事だった。
人間同士の戦争を魔女が穏便に済ませてくれた話など、フレンダは今までの人生で聞いたことがなかったし、俄には信じがたいことではあるのだが……やはりバフォメットが自分に嘘をつく理由が見当たらない。
ちょっと自分は魔物のことを知らなさ過ぎたのかもしれない。よく知らないものに対する恐怖が、先行しすぎていたのかもしれない、とフレンダは自分の過去を振り返った。
一通り見回った後、適当な理由をつけてバフォメットから逃れてきた彼女は、今日見た内容をそのまま上官に報告していいものだろうか逡巡した。世界幼女化計画だと、何だそれはふざけるな、と一蹴されそうな気もするが……だからといってデタラメを言うわけにもいかないのだった。
「となると必要なのは裏付けか、やっぱり」
信じて貰えそうにないなら、信じざるを得なくすればよい。今日、自分がそうされたように。幸い彼女はエージェント。情報収集は得意中の得意である。
「ちょっと大掛かりな仕事になりそうだけど……やって見る価値はあるわよね」
教会上層部が、どこまで事態を把握しているのか。果たして本当に、魔物は人間に害を為さないのか。溢れ出る疑問に、工作員の心が刺激される。知らないことを知りたいという、根源的な欲求で心が満たされる。他人に使われていた間には感じることがなかった、激しい欲望がフレンダを駆り立てる。
「まずは身内……教会を内偵してみようかしら。なんとかいう異端僧が書いた魔物図鑑が、禁書館に置いてあるって、昔聞いたような覚えがあるし」
練達の捜査員が今、真実を求めて駆ける。
サバト本拠地、その最上階で、統率者たるバフォメットは側近達と共に、駆けていくフレンダの姿を密かに見送っていた。
「魔女たちを束ねるバフォメット様相手に魔女のフリが通じるなんて、本気で思っていたんでしょうか、あの方は?」
「いや、あれは私がそうするよう仕向けたのさ。人間の工作員が来ているのは、早い段階で分かっていたからな」
「では、わざわざ中を見せてやったのは……? バフォメット様なら、人間の一人や二人、どうにでもできるでしょうに」
「まあ、そうなんだが」
言ってバフォメットは部屋の内へ向き直る。いつになく真剣な面持ちで、事の真相を知る少数の魔女たちに語りかける。
「未だ人間たちの多くは、魔物のことを恐ろしいと思っている。サキュバスなどは身体を使って、実力行使でもってそうでないことを分からせているようだが……奴は工作員。奴の得た情報は、普通の情報より確度の高いものとして扱われると予想できた」
「工作員を、広告塔として利用したと?」
「そんなところだ。見たところ、魔物に恨みや偏見を持っているわけでもなかったし。誠実に接して、真実を知ってもらおうと思ってな」
「真実を伝えて、魔物への恐怖心を無くしてもらうのは、確かに重要なことだと思いますが……それにしても、眠らせて記憶を捏造するとか、もう少し安全なやり方もあったと思うのですが」
「怖いことを言うなよ、君。下手に脳なんか弄って、精神操作がバレたらどうする。やはり魔物は恐ろしい、人間の心すら蹂躙し尽くすのだ、と思われてしまうではないか。
それに、かつて魔物が人間を殺して食っていたのは事実だ。今は違うとはいえ、そういう過去があったことは揺るぎない。ならば、警戒を解いてもらうために我々魔物が多少のリスクを負うのも、ま、道理だろう」
「しかしあの者が、今日得た情報を元に聖騎士の大軍団をここに連れて来るという可能性も……」
「その時は、私が前線に出るさ。何万人束になってかかって来ようと、お前たちに傷ひとつ付けさせはしない。私の可愛い部下を危険に晒すことなど、例え神が許そうともこの私が許さん」
魔宴の長としての誇りと責任を確かに感じさせる声で、バフォメットが宣言する。その確固たる意志と、それに裏打ちされた、豪腕とすら言える指導力。第三魔術部隊の魔女たちはバフォメットへの忠誠を、より一層深めるのだった。
11/03/07 00:29更新 / ナシ・アジフ