読切小説
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とある夫の恋愛指南

 よぉ。きっちり約束の時間通り、相変わらずお前は几帳面だな。
 いや、別に悪かないさ。ただ、そんなお前が俺みたいないーかげんな野郎に相談なんて、なんかおかしくってな。
 で、そんな思いつめた面してねぇで、一つその悩みを話してみな。こう見えて、それなりに人生経験ってやつも積んできてるんだぜ?



……
………

 ふんふん。
 新しく配属された上司の女性が気になる、と。
 澄ました感じで、なにを考えてるのかもわからん、と。
 で、お前はそんな高嶺の花を摘み取りたくって仕方ないわけだ。
 俺も男だし、美人さんに惹かれる気持ちは分かるが、なんでまたそんな相談を俺に。 もっと、そう言うのが得意そうな……なに?
 魔物娘? その、高嶺の花さんは、人じゃあないってのか。
 なるほどな。それならこの俺に話を聞きたくなるのも、無理ねぇなぁ。
 しかし一口に魔物娘と言っても、いろいろ種類があるぜ? 俺も全部の種族に詳しいわけじゃないし……取り敢えず、なんて魔物娘なんだ、その御方は。

 おいおい。分からんってこたぁねぇだろう。机を並べて働いておいて、なんでンなことも聞けねぇんだよ。いくらなんでも奥手が過ぎるぞ、そりゃ。
 ……両手足が鳥に似てる? ってことは、ハーピー系か。他に特徴は? 
 ……髪の毛や羽毛が黒い、と。すると、セイレーンや純系のハーピーではなさそうだな。翼が黒くてツンツンした性格の鳥人というと、カラステングかな。
 東方の異国に多いハーピーの一種だそうだが、神通力とか言う奇っ怪な術で人間を監視したり罪人を処罰したりするとか、なんとか。お前の職場って確か……裁判所? じゃあ、それで決まりだな。
 
 さて、目標の正体も定まったことだし、次は攻略法だな。
 お前みたいな奴にはちとキツイかもしれんが、やはりここはこちらから攻めていくべきだろう。
 カラステングって魔物娘は、常日頃から人間を監督管理して、場合によっちゃ刑罰まで下す。そんなだから、普段人間と接するときも、お高く止まってプライドの高さを隠そうともせんわけだな。
 でも、いくら人外の力を持っていようと女には変わりねぇ。普段から自尊心を強く持って、「自分が男を選んでやるんだ」位に思ってるようなタマに限って、いざ言い寄られたらパニクっちまったりするもんさ。
 カラステングってのは山奥で生まれ育って、ある程度成熟してから人里まで下りてくるパターンが多いらしいからな。見た目によらず、場慣れしてなかったりするんだ、これが。
 だから、腹くくってお前の思いをぶつければ、奴さんきっと驚いて声も出せなくなるだろうさ。そこでお前が畳み掛ける。前からずっと気になっていたんです、今度どこか、一緒に食事でもどうですか、いい雰囲気の店を知ってるんですよ、と押しに押せば、断られる心配なんか要らないわけさ。

 ……なに。そんなにうまくいくとは思えん、だと? まったく、あまりへたれたことを言うなよ、お前。
 敢えて言うがな、魔物娘ってのは、個体差はあれど、大体自分本位なんだよ。
 自分本位って言葉が悪ければ、自分に嘘を吐かないと言い換えてもいい。
 差はあれど概ね、魔物娘たちは人間よりも身体的知能的魔術的問わず優れた能力を持っている。生物として、存在として、人より上に位置していると言える。一部の勇者を除けば、魔物娘と一対一で戦って勝てる人間はそういないだろうよ。
 その超越存在たる魔物娘が、嫌いな人間のところへわざわざ擦り寄って来る理由が、なにかあると思うか?
 一人では食料もろくに取れず、生きるためには自分を殺して社会に帰属せざるを得ない、その為に感情を押し殺すことを疑問にすら思わない俺ら人間と違って、彼女らは真に自分の力だけで生きて行くことが出来るんだよ。
 更に言えば、カラステングのような文官タイプの魔物娘なら、その事務処理能力を売り込む場所にゃ事欠かんだろうよ。職場でも、それなり以上の発言力を持ってるんだろう。違うか?
 さて、そんな力あるカラステングさんが、自分の側にお前を置いておきたくないと思ったとして、それを敢えて我慢する理由がなにかあると思うか?

 ……やっと分かったか。向こうもお前のことを、そう嫌っちゃいないってことだよ。自信持てたか?
 そうか。早速行ってくるか。いやホント、若いってのはいいね。勢いが違う。
 まあ、頑張んな。俺はここでささやかに、成功を祈っていてやるよ。
 礼? ったく、几帳面な奴だな。今度酒の一杯でも奢ってくれりゃ、それでいいよ。それより、さっさと行って、一発決めてきな。



……
………


「……ただいま」

 おう、おかえり。思ったより遅かったな。

「……お店が混んでて……
 ……? 誰か、来てたの……?」

 ああ。俺に相談があるって、後輩が一人な。
 ……ああもう。そんな顔するなよ。

「……そんな顔、なんてしてないもん。わたし、サハギンだもん。どうせ、表情なんて無いもん」

 馬鹿な事言うな、何年一緒にいると思ってるんだよ。他の奴らにゃ分からなくとも、俺にはちゃんと読めるさ。そもそも後輩っつっても女じゃねえよ、男だよ。

「……ほんと?」

 本当だって。ほら、あいつだよ。裁判所の。お前も知ってるだろ。

「……ああ、あの大人しそうな人。思い出した。
 で、相談って、なんだったの?」

 最近上司になったカラステングのお姉さんとお近づきになりたいって言ってきてな。
 魔物娘つながりということで、俺を頼ってきたらしい。

「……裁判所の……カラステング?」

 何だ、知ってるのか?

「……ううん、裁判所に新しくハーピーが赴任してきたってのは聞いたんだけど……」

 けど、何だ?

「その人、カラステングじゃなくて……ブラックハーピーだよ……?」

 ブラックハーピーとな。
 いやしかし、性格きつ目で、羽毛の黒いハーピーって、あいつが言ってたんだが……

「……それ、ブラックハーピーの特徴でもある」

 ……

「……」

 ……

「……」

 ……やっちまったかなぁ。

「なんてアドバイスしたの?」

 いやー、カラステングだとばかり思ってたからさぁ。積極的に押して、求愛しまくれ、って。

「……ブラックハーピーって、ハーピー種の中でも特に凶暴なんだよ」

 性的な意味で、か?

「……そう」

 そうか。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず、って諺が、東の国にはあるらしいが……

「この場合、棚からぼた餅、のほうが合うと思う……」

 魔物娘視点かよ。
 今度会う時までに、謝罪の言葉を考えとかないとな……

「……会うことが、できたらね」

 怖いこと言うなよ……
 まあ、あいつもそのブラックハーピーさんが好きだって言ってたんだし、悪いようにはならない……よな?

「……ご都合主義」

 ……
 まあ、恋愛するときは相手をよく見るべきですね、ってことで、ここは一つ。

「……強引に、まとめたね」

 一匹のブラックハーピーと一人の勇気ある男に、幸多からんことを。
10/12/11 20:13更新 / ナシ・アジフ

■作者メッセージ
エロ無しだとさくさく書けるんですが、やっぱり、なーんか書いてて物足りないんですよね。

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