あかなめ
ご一席でございます。
お陰様で、こうしてお話しをさせていただくのも四度目になりました。えぇ、四度目ともなれば、熟れた時分と思われるかもしれませんが、これがなかなか疲れるもんでございます。
疲れた時はですね、えぇ、私なんかは好きな美味いもんを食べまして、ひとっ風呂浴びるんでございます。皆さん方、各々好きな食べ物なんてなんてのがあると思いますが、妖怪の方は雷獣の弁当なんかが一目瞭然でしょうな。
「おう、雷獣。お前さん、年がら年中盛ってるんじゃあ腹が減って仕方あるめぇ」
「そりゃあ、そうさね」
「するってぇと、お前さんの弁当はとびっきりに美味いもんなのか?」
「そうともさ。あたしはね、あれ程に美味いもんを知らないねぇ」
「へぇ・・・、上の段には何があるんだい?」
「へそ、さ」
「へそって、あの腹にある、へそかい?名前に雷が付くからって、お前さん何時、雷様になったんだ。・・・で、その下は?」
「へその下にあるものって言ったら、決まってるだろうさ」
と、まぁ、この様な具合でございましょうか。皆さんお好きでしょ?へその下。
えぇ、この話はここら辺で。先程お話ししましたように、私は疲れた時はひとっ風呂浴びるんですが、これが格別でございます。一日の疲れと汚れが、ス〜っと身体から抜け落ちて行くのがたまらなく心地いい。しかしながら、世の中にはそれを良しとしないのも居るんでございます。
/ / / / /
「ご隠居、こんちわ」
「おぉ、喜六か、丁度いいとこへ来た。確かお前さん、独り身だったか?」
「へぇ、たしかに一人もん、独身ですが」
「いやぁ丁度いい。喜六、お前さん養子に行かんか?」
なにぶん急な話であったせいか、喜六は何です?なんて言いながらポカーン。
「いや養子に行かんかって言うんだよ」
「ご隠居さん、申し訳ねぇが・・・」
「何で?」
「なんでって、俺みたいにくたびれた仕事の虫、貰ったところで相手は嬉しくないだろうよ」
「何を言ってんだい。くたびれた仕事の虫も、嫁さんが居れば励みになるだろうよ。それになぁ、そんなお前でも婿に欲しいって人がいるんだよ」
「で、誰なんです、こんなのが欲しいってのは」
「商売が旅籠でな、財産がそこそこある立派な家だ」
「へぇ〜、で、その娘さんは別嬪なんですかい?」
「そら別嬪も別嬪、町内でも一番の別嬪と言われてるぐらいの器量良しだ」
「そりゃあいい」
「しかし、お前に言わなきゃならんことが一つある。その娘さんは妖怪でな」
「そりゃまた・・・。こんなのを貰いたい人だ、普通の人じゃぁないとは思てったましがね、まさか妖怪だとは思っちゃいなかった。で、どんな妖怪で?」
「あかなめ、だよ」
「あかなめって言うと、あの舌が長〜いあれで?俺ぁ、どうにも蛇みたいな長っ細いもんが苦手なんですが、とびきりの別嬪と来やがるか・・・う〜む」
いまいち気乗りのしない喜六でありましたが、界隈に住んでおります梅坊、松公、竹やんなんかへこの話が流れるとなると、どうにも腹へ据えかねる。
「そんなら、覚悟決めて行こうじゃないですか」
「よし、よし」
喜六が腹を括ってそう答えますと、ご隠居はポンと膝を打って件の娘さんが住んでいるお屋敷へ。それでもって喜六が婿に行くことを伝えたってえと、これが大喜び。とんとん拍子に話が進み、気付けば喜六は娘さんと床の間で二人きり。
ですが、喜六の頭には「舌が伸びる」ってことが入ってますんで、夜中になっても目ぇを開きながら鼾かくなんて器用なことをしながら、お嬢さんの口元ばっかり見てる。
お嬢さんの方も、今晩だけは「たしなんでいよぉ」と思ってましたが、そうもまいりません。喜六の匂いに我慢がならなくなったのか、口から舌がヌラ〜……。
喜六、その舌を見るなりビックリしちまってからに
「で、出た〜ッ!」
* * * * *
着の身着のまま逃げ出した喜六、夜道をダーッと駆けて行きまして着いたのがご隠居の家。それでもって、ご隠居の家の戸をドンドンドン!
「ご、ご隠居、開けてくれ、ご隠居!」
「こんな夜中にいったい誰だいって、お前、なんでまたこんな所へ」
「で、出たんだよぉ」
「何がだい?」
「「何が」って、伸びたんだって」
「何が伸びたんだい?」
「舌が伸びた。舌が伸びたんだよぉ」
「そんなもの最初に言ったじゃないかい。承知の上で行ったんだろう?」
承知はして行ったんですが、よっぽど怖かったのか、喜六は年甲斐も無くぐずついて
「承知はしちゃあいましたが、初日から伸びるなんて……」
「お前さん、そんな馬鹿なこと言ってないで、早いとこ帰りなさい」
「そんな戻れる訳が無ぇじゃないですかい。俺のことも、考えてくださいよぉ……。かかあと俺と二人で床へ入って、こおやって二人で「明日どうしよう、こうしよう」ってしゃべってる。ヒョッと見たら、ヌラ〜…っと伸びた舌が身体中を這い回ってる訳で、気持ち良いやら怖いやら」
「気持ち良いなら、それで良いじゃないかい」
「けど、怖いもんは怖い」
「そんなにすげなく言う奴があるかい。たしなんでいようと思っていたけれど、そうはいかなかったってぇことはだね、それだけお前さんのことを好いていてくれてる証しじゃないかい。とりあえず今晩のところは帰んなさい」
「帰ぇれませんて」
「帰んなさい」
「「出た〜ッ!」って言って逃げて来ちまったんで、どんなにお嬢さんの気立てが良くっても怒ってるに違いないじゃねぇですか」
「怒ってない。お前の帰りを「今か、今か」と待ってらっしゃる」
「俺の帰りを、どんな風にして待ってんですかい?」
「そりゃあ、喜六よ、首を長〜くして待ってらっしゃる」
「ご隠居、それじゃあろくろ首だ」
お後がよろしいようで。
お陰様で、こうしてお話しをさせていただくのも四度目になりました。えぇ、四度目ともなれば、熟れた時分と思われるかもしれませんが、これがなかなか疲れるもんでございます。
疲れた時はですね、えぇ、私なんかは好きな美味いもんを食べまして、ひとっ風呂浴びるんでございます。皆さん方、各々好きな食べ物なんてなんてのがあると思いますが、妖怪の方は雷獣の弁当なんかが一目瞭然でしょうな。
「おう、雷獣。お前さん、年がら年中盛ってるんじゃあ腹が減って仕方あるめぇ」
「そりゃあ、そうさね」
「するってぇと、お前さんの弁当はとびっきりに美味いもんなのか?」
「そうともさ。あたしはね、あれ程に美味いもんを知らないねぇ」
「へぇ・・・、上の段には何があるんだい?」
「へそ、さ」
「へそって、あの腹にある、へそかい?名前に雷が付くからって、お前さん何時、雷様になったんだ。・・・で、その下は?」
「へその下にあるものって言ったら、決まってるだろうさ」
と、まぁ、この様な具合でございましょうか。皆さんお好きでしょ?へその下。
えぇ、この話はここら辺で。先程お話ししましたように、私は疲れた時はひとっ風呂浴びるんですが、これが格別でございます。一日の疲れと汚れが、ス〜っと身体から抜け落ちて行くのがたまらなく心地いい。しかしながら、世の中にはそれを良しとしないのも居るんでございます。
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「ご隠居、こんちわ」
「おぉ、喜六か、丁度いいとこへ来た。確かお前さん、独り身だったか?」
「へぇ、たしかに一人もん、独身ですが」
「いやぁ丁度いい。喜六、お前さん養子に行かんか?」
なにぶん急な話であったせいか、喜六は何です?なんて言いながらポカーン。
「いや養子に行かんかって言うんだよ」
「ご隠居さん、申し訳ねぇが・・・」
「何で?」
「なんでって、俺みたいにくたびれた仕事の虫、貰ったところで相手は嬉しくないだろうよ」
「何を言ってんだい。くたびれた仕事の虫も、嫁さんが居れば励みになるだろうよ。それになぁ、そんなお前でも婿に欲しいって人がいるんだよ」
「で、誰なんです、こんなのが欲しいってのは」
「商売が旅籠でな、財産がそこそこある立派な家だ」
「へぇ〜、で、その娘さんは別嬪なんですかい?」
「そら別嬪も別嬪、町内でも一番の別嬪と言われてるぐらいの器量良しだ」
「そりゃあいい」
「しかし、お前に言わなきゃならんことが一つある。その娘さんは妖怪でな」
「そりゃまた・・・。こんなのを貰いたい人だ、普通の人じゃぁないとは思てったましがね、まさか妖怪だとは思っちゃいなかった。で、どんな妖怪で?」
「あかなめ、だよ」
「あかなめって言うと、あの舌が長〜いあれで?俺ぁ、どうにも蛇みたいな長っ細いもんが苦手なんですが、とびきりの別嬪と来やがるか・・・う〜む」
いまいち気乗りのしない喜六でありましたが、界隈に住んでおります梅坊、松公、竹やんなんかへこの話が流れるとなると、どうにも腹へ据えかねる。
「そんなら、覚悟決めて行こうじゃないですか」
「よし、よし」
喜六が腹を括ってそう答えますと、ご隠居はポンと膝を打って件の娘さんが住んでいるお屋敷へ。それでもって喜六が婿に行くことを伝えたってえと、これが大喜び。とんとん拍子に話が進み、気付けば喜六は娘さんと床の間で二人きり。
ですが、喜六の頭には「舌が伸びる」ってことが入ってますんで、夜中になっても目ぇを開きながら鼾かくなんて器用なことをしながら、お嬢さんの口元ばっかり見てる。
お嬢さんの方も、今晩だけは「たしなんでいよぉ」と思ってましたが、そうもまいりません。喜六の匂いに我慢がならなくなったのか、口から舌がヌラ〜……。
喜六、その舌を見るなりビックリしちまってからに
「で、出た〜ッ!」
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着の身着のまま逃げ出した喜六、夜道をダーッと駆けて行きまして着いたのがご隠居の家。それでもって、ご隠居の家の戸をドンドンドン!
「ご、ご隠居、開けてくれ、ご隠居!」
「こんな夜中にいったい誰だいって、お前、なんでまたこんな所へ」
「で、出たんだよぉ」
「何がだい?」
「「何が」って、伸びたんだって」
「何が伸びたんだい?」
「舌が伸びた。舌が伸びたんだよぉ」
「そんなもの最初に言ったじゃないかい。承知の上で行ったんだろう?」
承知はして行ったんですが、よっぽど怖かったのか、喜六は年甲斐も無くぐずついて
「承知はしちゃあいましたが、初日から伸びるなんて……」
「お前さん、そんな馬鹿なこと言ってないで、早いとこ帰りなさい」
「そんな戻れる訳が無ぇじゃないですかい。俺のことも、考えてくださいよぉ……。かかあと俺と二人で床へ入って、こおやって二人で「明日どうしよう、こうしよう」ってしゃべってる。ヒョッと見たら、ヌラ〜…っと伸びた舌が身体中を這い回ってる訳で、気持ち良いやら怖いやら」
「気持ち良いなら、それで良いじゃないかい」
「けど、怖いもんは怖い」
「そんなにすげなく言う奴があるかい。たしなんでいようと思っていたけれど、そうはいかなかったってぇことはだね、それだけお前さんのことを好いていてくれてる証しじゃないかい。とりあえず今晩のところは帰んなさい」
「帰ぇれませんて」
「帰んなさい」
「「出た〜ッ!」って言って逃げて来ちまったんで、どんなにお嬢さんの気立てが良くっても怒ってるに違いないじゃねぇですか」
「怒ってない。お前の帰りを「今か、今か」と待ってらっしゃる」
「俺の帰りを、どんな風にして待ってんですかい?」
「そりゃあ、喜六よ、首を長〜くして待ってらっしゃる」
「ご隠居、それじゃあろくろ首だ」
お後がよろしいようで。
17/01/23 23:44更新 / PLUTO
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