閑話の二 『健啖僵尸』
白波を蹴って一隻の帆船が海原を進む。向かう先はジパング。一風変わった文化と服装を持ち、古来より人と魔物が寄り添い、歩み寄ってきたという希有な国だ。
帆船は霧の大陸から出港した。その積み荷は様々だ。酒や野菜に始まって、漢方薬、教典、壺に皿といった雑多な物、そして二人の人。
二人の内の小さな方が、入港の準備に追われる貿易商や船員の間を縫って船首に進む。
「見えて来たネ!あれがジパングって国アルか!」
そう声高にはしゃぎながら、遠くに見える列島を指差す少女の身体は青白い。青白いと言っても少女が病を患っている訳では無い。少女は既に死んでいる。動く屍、キョンシーなのである。
キョンシーの少女は振り返ると手招きをする。
「先生、遅いヨ!早くするネ!」
「タンタン!船の上で走るのは、あ、すみません。危ないと言ったじゃないですか」
先生と呼ばれたこの男は、遺跡の調査、発掘、研究を行う考古学者である。そして現在は、古代遺跡から発見された棺に眠っていたキョンシーのタンタンと暮らし、古代王朝の調査を行っている。
先生は人の波を何とか潜り抜けて船首にたどり着いた。潮風が頬を撫で、砕けた波の飛沫が流れていく。
「あれが、ジパング…」
遠くに港町が見え始める。入港は近い。
///////////////
どの国、どの町でも船がやって来た港は賑わう。忙しなく積み荷を下ろしては取引先に走る者。仕入れた物を確認し、算盤を弾いてほくそ笑む者。新たな積み荷を上げる者。束の間の休みを謳歌する者。それらを取り締まる者。辺りは祭りの様な喧騒に包まれている。
「みんな変わった服を着ているネ。ワタシや先生と違うアル」
「ジパングは独自の文化を持つ国ですからね。それと、今回は旅行ではなく仕事で来ているんですよ」
きょろょろと辺りを見回して今にも走り出してしまいそうなタンタンを捕まえると、先生は嗜めた。今回ジパングにやって来た目的は、最近出土した貝塚の調査なのだ。資金と時間は潤沢という程ではないがある。しかし、どちらも有限だというのが先生の考えだ。
「お金も時間もあるのに、先生はけちんぼネ」
「しょうがないでしょう?仕事なんですから」
「そんな事言って良いのかなー?王朝の事、教えてあげないヨ?先生、困っちゃうネ〜?」
「ぐっ、またそうやって…分かりました。今日だけですよ?」
「やったー!」
その一言で喜び、快活とする様は年相応の少女のようである。
タンタンと先生はジパングの町を歩いて行く。物珍しげに辺りを見回すタンタンの目が駕籠に止まった。タンタンは駕籠に駆け寄ると、不思議そうな顔をして眺めている。
「この柱がくっついた箱は何アルか?」
「ん?なんだ、嬢ちゃんは駕籠を知らねえのか?」
煙管をくわえていた駕籠かきは、タンタンに気付くと屈みながら言った。
「ふーん。それで、駕籠って何アルか?」
「駕籠ってのはな、そりゃあ粋で鯔背な乗り物よ!」
「それって凄いアルか?」
「おうとも。なんたってぇ、この国のお偉方も駕籠に乗るんだからな」
まるっきり嘘を言っていない辺り、この男の商魂は中々に逞しいようだ。
「そんなに凄い乗り物なら、ワタシにぴったりネ!」
「お?嬢ちゃんはどこぞのお偉いさんか?」
「そうネ!何を隠そう、ワタシは古代王朝の正室の娘アル!」
「お姫様なのかい!はー、そいつはお見逸れしやした」
へへぇ、と頭を下げる駕籠かきに対して、タンタンはふふん、と大きな胸を張っている。気分はさながら霧の大陸の大王と言った所だろうか。
二人がそんな茶番をしていると、先生が慌ててやって来た。
「タンタン、勝手に何処かへ行っては駄目ですよ!」
「ごめんなさーい…でもね、先生!この駕籠って乗り物は凄いアル!ワタシ、これに乗るネ!」
「えー…」
先生は何があったのかと駕籠かきを見たが、当の駕籠かきはどこ吹く風よと煙管をふかしている。
「ですが、この駕籠は二人も乗れそうにないですよ?」
「大丈夫ヨ!ささ、先生乗って乗って」
半ば押し込まれる形で先生が駕籠に入って胡座をかくと、組まれた脚の間にタンタンが潜り込む。
駕籠の中は窮屈ではあるが、何とか二人は収まった。
「これで問題無いネ!」
「いや、問題ばかりと言いますか…」
「何にも問題ないヨ〜」
何せ、この先生は臀部が好きなのである。そんな彼にとって、この状態はいささか刺激が強すぎる。タンタンもそれを知っていてわざと身動ぎをするものだから始末が悪い。先生は何とかこの状況を改善しようと頭を捻った。
「そ、そうだタンタン。長い船旅で疲れたでしょう?」
「ワタシ、アンデッドだから疲れないアルよ?おかしな先生ー」
けらけらと笑うタンタンを見て、何とか意識をそらすことが出来た先生であった。
「もしかして、先生は疲れちゃったアルか?」
「え?ええ、多少は」
「だったら甘い物を食べるネ!疲れた時には甘い物が一番アル!」
「そうですね。では、そうしましょうか」
先生が駕籠かきに近くの甘味処まで頼むと、駕籠かきは駕籠を停めてある建物の中に声をかけた。すると、駕籠かきの相方が出て来て駕籠の前後に着くと、二人の乗った駕籠をひょいと持ち上げた。
「ジパングは乗り物も不思議で面白い所ネー」
タンタンは駕籠の簾を上げて景色を見ながら言った。野菜や魚を売る声、遣いを頼まれたのか店を出ると駆けていく小僧、連れ立って歩く男女、煙管をふかすご隠居。どれも霧の大陸で見たことのある景色であるのに、異国というだけで全てが物珍しく見える。
そんな景色を眺めながら二人が話していると、駕籠が停まった。どうやら目的地に着いたらしい。タンタンに続いて駕籠から降りた先生は駕籠かきに賃金を払うと目的地の甘味処を見た。
暖簾には『甘味処ぬれおなご』と書かれている。
「暖簾から察するに、ぬれおなごが働いているようですね」
「捻りは無いけど分かり易くて良いアル。さ、先生!さっそく甘い物を食べるネ!」
二人が店の中に入って品書きを見ていると、店の奥からぬれおなごがやって来た。
「いらっしゃいませ」
ぬれおなごはそう言ってお辞儀をすると湯飲みを置いた。ジパング地方の魔物娘の多数に言える事ではあるが、お辞儀をして微笑む姿はまさに淑女と言った所である。
「すみません。こういったお店に不慣れでして、何かお勧めはありますか?」
「この時季ですと、わらび餅がお勧めですよ」
「そのわらび餅って何アルか?」
きょとんとした顔をしているタンタンを見て、ぬれおなごはどう説明したものかと顎に指を当てながら考えている。
「そうですねぇ…。蕨という植物の根っこから取れた粉で作るお菓子ですね。食感はもちもちとしていまして、奥で冷やしておりますし、見目も涼やかですよ」
「じゃあ、それにするアル!二つ頼むネ!」
「はい、かしこまりました」
下がって行くぬれおなごの後ろ姿を見ながら、先生とタンタンは湯飲みを手に取った。水出しだからだろうか、注がれている緑茶は程よく冷たい。それを一口含んで飲み込むと仄かな甘味と苦味が爽やかな香りと共に胃に落ちて行く。
「どんなお菓子が来るのか楽しみアル。早く来ないかなー」
「準備はしてあると言っても、他のお客さんもいますからゆっくり待ちましょう」
「はーい」
店の中は混雑しているでもなく、閑散としているでもない。皆、静かに語らいながら各々の甘味を楽しんでいる。人と魔物の比率は半々。魔物が日々の暮らしに自然と溶け込んでいる様はジパングならではと言った所であろうか。
そうこうしている内に、ぬれおなごが小さな盆を二つ持ってやって来た。
「お待たせいたしました。黒蜜ときな粉はお好みでかけて下さい」
ぬれおなごはお辞儀をすると他の客の所へ向かって行った。
「これがわらび餅ですか」
模様が彫り込まれた硝子の皿に、薄茶色に色の着いた半透明な物が乗っている。角切りにされたそれは、たしかに見目に涼しい。
「ぷるぷるしてて、何だか茶色いスライムみたいネ」
短めの竹串でわらび餅を突っつきながらタンタンが言った。
「こら、行儀が悪いですよ。…でも、本当にスライムみたいですね」
「でしょー?さ、食べるネ!」
タンタンと先生は、盆に乗せられている小鉢を持った。それぞれの小鉢に黒蜜ときな粉が入っていて、きな粉の小鉢には木製の匙が添えられている。
匙を使ってきな粉を振りかける。そして、そこに艶のある黒蜜を回しかけた。派手さは無いが、品のある見目だ。
「いただきまーす!」
タンタンはたっぷりと黒蜜を絡めたわらび餅を口にした。
まず感じたのは冷たさと黒蜜の甘味。渋味と苦味の混ざった、洋菓子で言う所のカラメルの様な深い甘味が口に広がる。次に感じたのはきな粉の香りと僅かな塩気。炒りたての香ばしいきな粉に一つまみ程の塩が混ざっている。ほんの僅かな塩の辛味が黒蜜の甘味を引き立てる。噛む度にもちもちとした食感で楽しませるわらび餅がそれらと混ざれば、食べる手は淀み無く動く。
そして、合間に緑茶を飲む。いくらか温くなってしまってはいるが、黒蜜のこってりとした甘さときな粉の粉っぽさがさらりと流れ落ちて行く。そうすると、再びわらび餅に手が伸びる。何ともたまらない組み合わせか。
「先生、これ美味しいネ!」
「ふふ、そうですね」
にこにこと笑いながら食べる様に先生の口角も自然と上がった。一緒に食事をしている人が嬉しそうにしているのは気分の良いものである。
「あら?もう無くなっちゃったアル…」
そして、そんなタンタンがわらび餅を食べ尽くすのにそれほど時間はかからなかった。
皿に残った黒蜜ときな粉を見ながらタンタンは残念そうに言った。
「おかわりしても良いですよ?」
そんなタンタンを見かねた先生がそう言うと、タンタンの目がきらきらと輝く。
「本当アルか!?」
「ええ、構いませんよ」
「やったー!先生、大好きネ!」
「はは、ありがとう。でも、程々に頼みますよ?」
「はーい!」
///////////////
『甘味処ぬれおなご』を出た二人は、一路、宿へと向かっている。
満足げな顔をして歩くタンタンは、結局あの後わらび餅を三度おかわりした。そして、そのことごとくを綺麗に完食せしめている。
「先生、今日の宿も団長さんのお勧めアルか?」
「そうですよ。安くて食事も美味しいそうです」
「それは楽しみアル!」
「あれだけわらび餅を食べたのに、まだ食べるんですか!?」
タンタンの言葉に驚いた先生であったが、タンタンは不敵に笑うばかりである。そして、ふふふ!と笑うと言い放った。
「甘い物と先生は別バラヨ!」
「えー…」
その健啖ぶりに呆れを通り越して感心さえしてしまう先生であった。
帆船は霧の大陸から出港した。その積み荷は様々だ。酒や野菜に始まって、漢方薬、教典、壺に皿といった雑多な物、そして二人の人。
二人の内の小さな方が、入港の準備に追われる貿易商や船員の間を縫って船首に進む。
「見えて来たネ!あれがジパングって国アルか!」
そう声高にはしゃぎながら、遠くに見える列島を指差す少女の身体は青白い。青白いと言っても少女が病を患っている訳では無い。少女は既に死んでいる。動く屍、キョンシーなのである。
キョンシーの少女は振り返ると手招きをする。
「先生、遅いヨ!早くするネ!」
「タンタン!船の上で走るのは、あ、すみません。危ないと言ったじゃないですか」
先生と呼ばれたこの男は、遺跡の調査、発掘、研究を行う考古学者である。そして現在は、古代遺跡から発見された棺に眠っていたキョンシーのタンタンと暮らし、古代王朝の調査を行っている。
先生は人の波を何とか潜り抜けて船首にたどり着いた。潮風が頬を撫で、砕けた波の飛沫が流れていく。
「あれが、ジパング…」
遠くに港町が見え始める。入港は近い。
///////////////
どの国、どの町でも船がやって来た港は賑わう。忙しなく積み荷を下ろしては取引先に走る者。仕入れた物を確認し、算盤を弾いてほくそ笑む者。新たな積み荷を上げる者。束の間の休みを謳歌する者。それらを取り締まる者。辺りは祭りの様な喧騒に包まれている。
「みんな変わった服を着ているネ。ワタシや先生と違うアル」
「ジパングは独自の文化を持つ国ですからね。それと、今回は旅行ではなく仕事で来ているんですよ」
きょろょろと辺りを見回して今にも走り出してしまいそうなタンタンを捕まえると、先生は嗜めた。今回ジパングにやって来た目的は、最近出土した貝塚の調査なのだ。資金と時間は潤沢という程ではないがある。しかし、どちらも有限だというのが先生の考えだ。
「お金も時間もあるのに、先生はけちんぼネ」
「しょうがないでしょう?仕事なんですから」
「そんな事言って良いのかなー?王朝の事、教えてあげないヨ?先生、困っちゃうネ〜?」
「ぐっ、またそうやって…分かりました。今日だけですよ?」
「やったー!」
その一言で喜び、快活とする様は年相応の少女のようである。
タンタンと先生はジパングの町を歩いて行く。物珍しげに辺りを見回すタンタンの目が駕籠に止まった。タンタンは駕籠に駆け寄ると、不思議そうな顔をして眺めている。
「この柱がくっついた箱は何アルか?」
「ん?なんだ、嬢ちゃんは駕籠を知らねえのか?」
煙管をくわえていた駕籠かきは、タンタンに気付くと屈みながら言った。
「ふーん。それで、駕籠って何アルか?」
「駕籠ってのはな、そりゃあ粋で鯔背な乗り物よ!」
「それって凄いアルか?」
「おうとも。なんたってぇ、この国のお偉方も駕籠に乗るんだからな」
まるっきり嘘を言っていない辺り、この男の商魂は中々に逞しいようだ。
「そんなに凄い乗り物なら、ワタシにぴったりネ!」
「お?嬢ちゃんはどこぞのお偉いさんか?」
「そうネ!何を隠そう、ワタシは古代王朝の正室の娘アル!」
「お姫様なのかい!はー、そいつはお見逸れしやした」
へへぇ、と頭を下げる駕籠かきに対して、タンタンはふふん、と大きな胸を張っている。気分はさながら霧の大陸の大王と言った所だろうか。
二人がそんな茶番をしていると、先生が慌ててやって来た。
「タンタン、勝手に何処かへ行っては駄目ですよ!」
「ごめんなさーい…でもね、先生!この駕籠って乗り物は凄いアル!ワタシ、これに乗るネ!」
「えー…」
先生は何があったのかと駕籠かきを見たが、当の駕籠かきはどこ吹く風よと煙管をふかしている。
「ですが、この駕籠は二人も乗れそうにないですよ?」
「大丈夫ヨ!ささ、先生乗って乗って」
半ば押し込まれる形で先生が駕籠に入って胡座をかくと、組まれた脚の間にタンタンが潜り込む。
駕籠の中は窮屈ではあるが、何とか二人は収まった。
「これで問題無いネ!」
「いや、問題ばかりと言いますか…」
「何にも問題ないヨ〜」
何せ、この先生は臀部が好きなのである。そんな彼にとって、この状態はいささか刺激が強すぎる。タンタンもそれを知っていてわざと身動ぎをするものだから始末が悪い。先生は何とかこの状況を改善しようと頭を捻った。
「そ、そうだタンタン。長い船旅で疲れたでしょう?」
「ワタシ、アンデッドだから疲れないアルよ?おかしな先生ー」
けらけらと笑うタンタンを見て、何とか意識をそらすことが出来た先生であった。
「もしかして、先生は疲れちゃったアルか?」
「え?ええ、多少は」
「だったら甘い物を食べるネ!疲れた時には甘い物が一番アル!」
「そうですね。では、そうしましょうか」
先生が駕籠かきに近くの甘味処まで頼むと、駕籠かきは駕籠を停めてある建物の中に声をかけた。すると、駕籠かきの相方が出て来て駕籠の前後に着くと、二人の乗った駕籠をひょいと持ち上げた。
「ジパングは乗り物も不思議で面白い所ネー」
タンタンは駕籠の簾を上げて景色を見ながら言った。野菜や魚を売る声、遣いを頼まれたのか店を出ると駆けていく小僧、連れ立って歩く男女、煙管をふかすご隠居。どれも霧の大陸で見たことのある景色であるのに、異国というだけで全てが物珍しく見える。
そんな景色を眺めながら二人が話していると、駕籠が停まった。どうやら目的地に着いたらしい。タンタンに続いて駕籠から降りた先生は駕籠かきに賃金を払うと目的地の甘味処を見た。
暖簾には『甘味処ぬれおなご』と書かれている。
「暖簾から察するに、ぬれおなごが働いているようですね」
「捻りは無いけど分かり易くて良いアル。さ、先生!さっそく甘い物を食べるネ!」
二人が店の中に入って品書きを見ていると、店の奥からぬれおなごがやって来た。
「いらっしゃいませ」
ぬれおなごはそう言ってお辞儀をすると湯飲みを置いた。ジパング地方の魔物娘の多数に言える事ではあるが、お辞儀をして微笑む姿はまさに淑女と言った所である。
「すみません。こういったお店に不慣れでして、何かお勧めはありますか?」
「この時季ですと、わらび餅がお勧めですよ」
「そのわらび餅って何アルか?」
きょとんとした顔をしているタンタンを見て、ぬれおなごはどう説明したものかと顎に指を当てながら考えている。
「そうですねぇ…。蕨という植物の根っこから取れた粉で作るお菓子ですね。食感はもちもちとしていまして、奥で冷やしておりますし、見目も涼やかですよ」
「じゃあ、それにするアル!二つ頼むネ!」
「はい、かしこまりました」
下がって行くぬれおなごの後ろ姿を見ながら、先生とタンタンは湯飲みを手に取った。水出しだからだろうか、注がれている緑茶は程よく冷たい。それを一口含んで飲み込むと仄かな甘味と苦味が爽やかな香りと共に胃に落ちて行く。
「どんなお菓子が来るのか楽しみアル。早く来ないかなー」
「準備はしてあると言っても、他のお客さんもいますからゆっくり待ちましょう」
「はーい」
店の中は混雑しているでもなく、閑散としているでもない。皆、静かに語らいながら各々の甘味を楽しんでいる。人と魔物の比率は半々。魔物が日々の暮らしに自然と溶け込んでいる様はジパングならではと言った所であろうか。
そうこうしている内に、ぬれおなごが小さな盆を二つ持ってやって来た。
「お待たせいたしました。黒蜜ときな粉はお好みでかけて下さい」
ぬれおなごはお辞儀をすると他の客の所へ向かって行った。
「これがわらび餅ですか」
模様が彫り込まれた硝子の皿に、薄茶色に色の着いた半透明な物が乗っている。角切りにされたそれは、たしかに見目に涼しい。
「ぷるぷるしてて、何だか茶色いスライムみたいネ」
短めの竹串でわらび餅を突っつきながらタンタンが言った。
「こら、行儀が悪いですよ。…でも、本当にスライムみたいですね」
「でしょー?さ、食べるネ!」
タンタンと先生は、盆に乗せられている小鉢を持った。それぞれの小鉢に黒蜜ときな粉が入っていて、きな粉の小鉢には木製の匙が添えられている。
匙を使ってきな粉を振りかける。そして、そこに艶のある黒蜜を回しかけた。派手さは無いが、品のある見目だ。
「いただきまーす!」
タンタンはたっぷりと黒蜜を絡めたわらび餅を口にした。
まず感じたのは冷たさと黒蜜の甘味。渋味と苦味の混ざった、洋菓子で言う所のカラメルの様な深い甘味が口に広がる。次に感じたのはきな粉の香りと僅かな塩気。炒りたての香ばしいきな粉に一つまみ程の塩が混ざっている。ほんの僅かな塩の辛味が黒蜜の甘味を引き立てる。噛む度にもちもちとした食感で楽しませるわらび餅がそれらと混ざれば、食べる手は淀み無く動く。
そして、合間に緑茶を飲む。いくらか温くなってしまってはいるが、黒蜜のこってりとした甘さときな粉の粉っぽさがさらりと流れ落ちて行く。そうすると、再びわらび餅に手が伸びる。何ともたまらない組み合わせか。
「先生、これ美味しいネ!」
「ふふ、そうですね」
にこにこと笑いながら食べる様に先生の口角も自然と上がった。一緒に食事をしている人が嬉しそうにしているのは気分の良いものである。
「あら?もう無くなっちゃったアル…」
そして、そんなタンタンがわらび餅を食べ尽くすのにそれほど時間はかからなかった。
皿に残った黒蜜ときな粉を見ながらタンタンは残念そうに言った。
「おかわりしても良いですよ?」
そんなタンタンを見かねた先生がそう言うと、タンタンの目がきらきらと輝く。
「本当アルか!?」
「ええ、構いませんよ」
「やったー!先生、大好きネ!」
「はは、ありがとう。でも、程々に頼みますよ?」
「はーい!」
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『甘味処ぬれおなご』を出た二人は、一路、宿へと向かっている。
満足げな顔をして歩くタンタンは、結局あの後わらび餅を三度おかわりした。そして、そのことごとくを綺麗に完食せしめている。
「先生、今日の宿も団長さんのお勧めアルか?」
「そうですよ。安くて食事も美味しいそうです」
「それは楽しみアル!」
「あれだけわらび餅を食べたのに、まだ食べるんですか!?」
タンタンの言葉に驚いた先生であったが、タンタンは不敵に笑うばかりである。そして、ふふふ!と笑うと言い放った。
「甘い物と先生は別バラヨ!」
「えー…」
その健啖ぶりに呆れを通り越して感心さえしてしまう先生であった。
16/06/21 19:30更新 / PLUTO
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