連載小説
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道中にて
ガタゴトと鳴らしながら大きく揺れ動く馬車に乗っているリックとノエル。二人が今向かっているのは遥か東に位置する島国、ジパングを目指している。しかし、彼らが先日までいた砂漠かジパングまで長い距離があり、すぐにつくというわけにはいかないため待ち時間ができてしまう。馬車で移動する彼らにとって待つこと以外することは無く、ぶっちゃけ暇なのである。

「ノエルよぅ…… すんげー暇なんだけど……」
「知るか。 寝てろよ」

暇そうなリックはノエルに対しこの退屈な時間を終わらせることを期待して話しかけてみたが、ノエルは全く意に介さず、何度も読み直した本をじっくり見ていた。そんな彼の態度が気に入らなかったのかリックはノエルの肩を大きく揺さぶり読書の妨害すると、ノエルは大きくため息を吐きながら本を閉じる。

「やぁっと付き合ってくれる気になったか?」
「そう言うけど、なんか案あるのか?」

そう問いかけたノエルに対しリックは満足のいく回答を導き出せず目を泳がせる。そんなリックに呆れたノエルは再び大きなため息をつく。何の考えもなしに自らの読書の時間を妨害されたと思うと呆れずにはいられないといった雰囲気をかもし出しながら。

「マジで暇なんだからよー 何とかしてくれよー」
「だったら少し魔物考察でもしたらどうだ? もしかしたらいいネタが思い浮かぶかもしれないぞ?」

リックの着眼点は時々、目を見張るものがある。もしかしたら彼にしか思いつかないような盲点とも言える何らかの疑問を浮かび上がらせることも可能かも知れない。ノエル自身は軽い冗談のつもりでリックに提案したのだが思いのほか真面目に考え始める彼の姿を見てこの軽はずみで出た案が意外にもいい結果をもたらしてくれるかも知れない。やがて、リックの目がいきなり見開き、体が震え始める。

「なぁ……今、恐ろしいことに気がついた……」
「それは?」

リックは怯えた声でノエルに告げる。彼が気がついた恐ろしいことを。恐らく触れてはいけない暗黙の了解がおられるであろうそのことを。

「リリムっているじゃなねぇか……」

その言葉に無言で頷くノエル。魔王の血を引き、白き翼と髪を持つ淫魔リリム。現魔王とその夫から生まれた娘たちの総称であり、その一人一人が人間の女性を好きな魔物娘に変える力を持つ強力な淫魔であることが知られている。そのリリムについて、リック何に気付いたのか。相手が相手というのものあり、ノエルは彼が紡ぎ出す次の言葉を待っていた。

「魔王の娘ってことはよ…… リリムの娘にとって魔王は……」
「ダメだ!!!」

突然、ノエルが大きな声を張り上げ、リックの言葉を制する。言おうとしていることは分かる。だが、何故だか知らないがそれに触れれば自分たちが恐ろしい目に遭うことになる。そんな予感がしていた。ノエルの全力で何かに怯える顔を見たためか、あるいは、彼もまた何か危険な予感を感じ取っていたからなのか、リリムの娘に関してはこれ以上何も言わなかった。

「とりあえず、この話は忘れるんだリック……」
「お、おう……」

結果、再び彼らが乗る馬車は話題を振る前ののように静まりかえり、退屈な空間が出来上がっていく。だが、その空気を嫌うリックは他に考察するネタがないか考え始め退屈を紛らわすことに専念する。今度はちゃんと言葉にできる話題になることも踏まえた上で。だが、それは思いのほか早く浮かびあがった。

「ふと、思ったんだけどよぉ。」
「今度は何だ?」

ノエルは不審に満ちた目でリックを見た。その様子から未だにリリムの娘に関する素朴な疑問の時に感じた恐怖感が残っているように見える。誰だっていきなり命の危険を感じればそのくらい当たり前かもしれないが。そんな彼に気にせずリックはお構いなしに話を続ける。

「スンゲー今更な気がするけどよ、ワーウルフとか、ワーキャットとかってよ頭の頂辺に耳があるじゃネェか。」

「それがどうしたんだ?」

確かにたった今、例にあげた種族はその名前の通り、オオカミや猫と同じ頭の頂点に耳がある。まぁ、本当に今更な気がするが、どこに疑問に思う点があるのかノエルにはまるでわからない。

「そんなのは獣人族なら当たり前のこと何じゃないか? どこにもおかしいところはないと思うんだが。」
「俺だって最初はそうだったんだけどよ、魔王の影響であらゆる魔物が人間に近い形をとっているだろ?」

全くもってその通りであり、今のところ不振に思うところは全く見当たらない。もしかしたら、先ほど感じた生命の危機のせいで、リックの頭に何らかの以上が出始めたのでは内心焦るノエルであったが、それは杞憂に終わる。

「じゃあよぉ、人間の耳がついてる部分ってあいつらどうなってんのかなって。」
「……」

言われてみれば確かに気になる。彼女たち獣人たちの特徴の一つとして獣の耳があるが、その多くは人間の耳とは違う位置に存在している。ならば彼女たちの人間で言うところの耳の部分はどうなっているのか。

「そういえばそうだな……」
「とりあえず、俺の考えはこんな感じだな。」

リック曰く、

・人間と同じように人間の耳がある。
魔王の魔力によって人間に親しみやすい外見になったので、耳もまた然りという考え。安直すぎるとは思うが……

・何もない。
既にある器官を余計に作る必要はないため、何もないことも考えられる。根拠としては、アラクネ種やマーメイドは人間の足などはないことからも獣人種には人間の耳はないと考えられる。

・その他
ぶっちゃけた話、実際にみてみないことには何もわからないため、保留としての考え方。お手上げとも言う。

「……とまぁ、こんな感じ何だけどよ、お前はどう思う?」
「全くわからないな…… 確かに気になるが、知り合いに獣人種はいないしな……」
「俺にもそんな親しいやつはいねぇなぁ……」

職業柄、そうホイホイ魔物娘と親しい関係になりにくいというか、そもそも出会いがないため素敵な魔物娘の知り合いなどいない二人なのだが、そもそも、いたらいたで娶られる気がする気のせいではないだろう。

「編集長の嫁さんはワーキャットなんだがなぁ……」
「あれに声かけろというのか? 俺は嫌だぜ。」

リックの案をノエルは一蹴する。二人が思い浮かべたその人物の旦那はこの取材旅行のスポンサーではあるが、とてもおおらかで気前のいい上司ではあるが、同時に愛妻家としても知られており、過去に嫁に手を出そうとした町一番の豪商が次の日には何の痕跡も無く居なくなったという噂があったりする。そんな人の嫁に声かけて行方不明になったらさすがに笑えない。

「何にせよ、次の取材のときに聞く質問がまた増えちまったな……」
「そうだな、このままでは気になって夜も眠れなくなるのは確かだな。」
「違いねぇ。」

リックのこぼした独り言にノエルが軽口をあわせる。うるさいリックを黙らすためにとっさに出した案だったが、謀らずともリックのやる気を上げることに成功し、これならば成果が出そうだった。それからも二人は魔物娘の素朴な疑問を挙げては次の取材のためにとメモを取っていく。ところが、急に業者が慌て、順調に進んでいた馬車を急停止させる。リックはすぐさま業者に何か問題でもあったのか危機に行く。

「どうしたんだ?」
「へ……へい、それが行き倒れでさぁ……」

そう言った業者の指の先には一人の女の子が倒れており、見るからに行き倒れであったが、リックはなぜ、女の子が一人でという疑問が先に浮かんだ。近寄ってみるとまだ生きていたので、介抱することとなった。行き倒れていた彼女の特徴は濃い青髪で、三つ編みでまとめられており、長さは肩に届くくらいのおとなしそうな小柄のメガネをかけた少女であった。幸いにもこれと言った外傷は無く、行き倒れてからそれほど時間はたっていなかったのか、しばらくすれば目が覚めると思われる。とりあえず、リックは行き倒れていた少女を背負い、ノエルがいる馬車の中へと戻った。余談だが、彼女の胸はそれほど大きくなかったため背中に押し付けられるということは無かった。

「どうだった?」

中にいたノエルは入ってきたばっかりのリックに尋ねてくる。内容はもちろん行き倒れの少女のことだろう。

「ああ。 俺は医者じゃねぇから何とも言えねぇが多分大丈夫だろう。」

リックは背負っていた少女を出来るだけゆっくりと少女をおろした。ちなみに彼は体力に自信は無かったが、それを差し引いても彼女の体重は軽く、全く疲れを感じていない。乗客は自分たちしかいなかったので、業者に出発するよう指示した。少ししてゆっくりと馬車が動いたことを確認したリックは改めて自分が背負ってきた少女を観察するが、見れば見るほどその整った顔立ちが目につく。服装や装飾品は派手ということは無かったが、それが控えめな体格の彼女の可憐さを引き立て、物語にから飛び出してきたような雰囲気を醸し出している。あまりにも熱心に彼女を見つめていたためか、相方から苦言を呈される。

「まるで物語から飛び出したかのような美少女だな。だが、襲うなよリック?」
「襲わねーよ!!」

彼女は実に可憐ではあるが、倒れていたとこを襲うなぞ、リックの美学に反する。第一、嫁にするのはもちろん、初めてもリャナンシー捧げることは彼自身の中では既に決定事項であるため、ほかの種族(人間も含む)の女性に手を出すなどとんでもない。彼らはそのまま揺れる馬車の中で互いに軽口を叩き合い、それがきっかけで狭い馬車の中で醜い争いを行っていると、行き倒れていた少女が目をさまし始めた。彼女の目は髪と同じように深い青色で、自然と知性を感じさせる。そこに彼女自身と服装がからにじみ出る雰囲気から絵に描いたような文学少女といったところであった。

「あの…… ここは?」

見た目と同じようにあまり活発的ではなくどちらかと言えば消極的なおとなしめな声で今の状況を確認しようとする。とりあえず、リックとノエルは骨肉の争い休止させ、目の前の少女に意識を傾ける。先に声をかけたのはノエルだった。

「ここは馬車ですよ。私たちはジパングに向かっていたのですがその道中で行き倒れていたあなたを見つけ、一旦、馬車の中で様子を見ることにしたんです。」

とにかく、彼女に出来るだけ恐怖心を与えないように落ち着いた雰囲気で彼女の質問に答えるノエル。先ほどまで争っていたため、息は少し荒く、服装がやや乱れていた。その説明に対し、彼女は納得したのかわずかにうなずく。次に声をかけたのはリックで袋から水筒を取り出し、彼女に差し出す。

「まぁ、喉も乾いてんだろ? これ飲んで落ち着いてくれ。」

少女は申し訳なさそうに礼を言うとリックが差し出した水筒から水分を補給をしていく。ただ水筒を飲むだけのその仕草でさえ、彼女の可愛らしさを引き出しているように見える。水筒を飲み終えた彼女はわずからながら活力を取り戻していたよう見えたのでノエルは本題に入ることにした。

「失礼ですがなぜ行き倒れていたのですか?」

行き倒れていた少女の服装は貴族のように装飾が付けられた見栄の張るための服でも、冒険者が身につけるような実用性を高めわずかでも生存率を上げるような服でもなく、ごく一般的な服装の範囲内であることは確かだ。普通の市民なら町の外に出る理由は無いため行き倒れになる理由はない。ならばなぜ、彼女はこの道で行き倒れていたのか、まるでわからなかった。

「えっと……母親とケンカして家出したんです。」
「家出……ですか……?」

家に居づらくなって飛び出した。年頃の少女なら不思議は無いだろうが、さすがに町の外に出るのは危険極まりない。この辺りは親魔物派の土地で治安はいいが、野生の獣が出ない訳ではない。さらには付近に居る魔物娘によって魔物化することも十分あり得る。彼女には悪いが面倒なことになる前に家に帰ってもらいたい。ノエルの中でそう結論づけるとすぐさま少女に家に帰るよう説得する。

「そうですか。 お気の毒ですが面倒なことになる前にお家に帰ってこっぴどく叱られてください。」

ノエルが明らかにめんどくさいオーラ全開で目の前に居る少女を諭すが、少女は全く動じず、それどころか顔を少しだけ赤くして叫ぶ。

「嫌です!! 私は素敵な旦那さんを見つけるまでは絶ぇぇぇぇぇぇ対に!! 家に帰りません!!」

先ほどまでのおとなしそうな印象を吹き飛ばすように声を張り上げ、ただでさえ狭い馬車を大きく揺らし、リックとノエルは耳を押さえ鼓膜が落ち着くのを待った。少女の方はというと肩で大きく息をしており、口から荒い息が聞こえてくる。ようやく耳鳴りが収まったノエルは不機嫌さを隠そうともせずに声を荒立てる。

「面倒ごとになる前に大人しく帰ってくれませんか。 こっちは既に面倒なバカが居るので。」
「嫌です!!」

相方からの微妙な視線を感じながらもノエルは少女を家に帰るように説得してみるが、少女は全く応じず頭を抱えるノエル。このまま彼女を放置して何かあったら寝覚めが悪くなる。深くため息をを吐きどうやって彼女を説得しようかとノエルは頭を悩まされる。

「本当にお願いしますから帰ってくれませんか。 胃がキリキリする原因を増やさないで欲しいんですけど。」
「まぁ、待てよノエル。」

平行線をたどる二人を見ていられなくなったのかリックが仲裁に入るために一声かける。ノエルからは睨まれ、少女からはそれほど期待の眼差しというのを感じない。珍しくノエルよりも落ち着いた雰囲気で二人の間に入った。そして、ノエルの耳元で彼女に聞こえない声で囁く。

「お前は真面目すぎるんだよノエル。 ここまで頑固ならもう止めるのはやめようぜ。」
「そしたらこの子はどうするんだ? この先に何かあったら……」
「そんときは本人の責任だろ?」

きっぱり言い切ったリックをノエルは唖然とした表情で見つめる。彼女を見捨てるとほぼ同義ともとれるその言葉に驚き、思考が停止している。

「いいか、俺たちはこの子の親に頼まれた訳でも、警備兵でも坊さんでもねぇんだ。そこまで面倒見る必要ねぇだろ?」
「……だけど……それじゃあ……」

決心がつかない様子のノエルにリックは柄にも無く深いため息をつく。いつもならノエルがリックを諭すというのに、いつもと逆の状況にだと、彼自身、内心驚きを隠せないでいる。

「まぁ、もう一つ選択肢が無いことも無いんだがな。」

もう一つの選択肢。その言葉にノエルと少女が反応する。リック自身この二人を納得させる唯一の選択肢だと思うが、どう考えてもノエルの負担になるのが目に見えている。しかし、これ以外の方法は思いつかないのでリックはそれを口にした。

「簡単だよ。その子を俺たちが面倒を見ればいい。」
「……ハァァァァァァァァァ!?」

その答えはノエルにとって不都合すぎるためか、彼は口を大きくあけて思いっきり抗議の声を入れる。リックもまた、言うだけではノエルを黙らすことは出来ないとわかっているのですぐさまにノエルがこの選択を選ばざる終えない状況に仕立て上げる。

「この条件を飲まねぇんなら書くのストライキするわ。」
「ちょっと待てよ!! そんなことしたら……」
「じゃあ、他にいい選択肢はあんのか?」

そう問われるとノエルは頭を抱えながら声にならない声を上げが、しばらくしてから深くため息をつき、非常に苛立たしげに口を開ける。

「わかった……ただし、条件がある。 リック、お前もあの子の面倒を見ろよ。」
「おお、あたぼぉよ。」
「あと、ストライキするなよ。」

ノエルがそういうとリックはわずかに笑みを浮かべただけで答えなかったが、ノエルはそれを了承の意味として受け取り、ことの発端となった少女に意識を向ける。

「すいませんね、目の前で大変見苦しいところを見せてしまった上にほったらかしてしまって。」
「………あ、いえ、お気になさらずに。 先ほどおっしゃっていたことですが……」
「はい、もう家に帰すことはあきらめました。その代わりにしばらくの間、わたちの旅に同行してもらいます。」

ノエルがそう言った瞬間に少女の顔が明るくなり、深々と頭を下げ、リックとノエルの感謝の意を表した。

「とりあえずは。道中で素敵な殿方を見つけられたのであればその場で、その前に旅が終わっても私たちの町で仕事を探す手伝いくらいはさせていただきますよ。」
「はい! 私もそれで大丈夫です!」
「では、最後に自己紹介を。 私の名前はノエルとなりの物体はリックという物です。」
「おい! さらりと物扱いすんな!!」

やはりノエルはこの選択に不満があるためかリックに対して冷たく扱い、それにリックが反応して口論に発展していき、馬車が騒がしくなっていく。その光景がおかしかったのか、少女はくすくすと笑い、少しして自分の名前を告げる。

「そういえば私の名前、まだ言ってませんでしたね。 私はリャナンシーのミュウ。趣味は読書で将来の夢は作家のお嫁さんです。」

彼女がにっこり微笑み自らの名前と種族を答えると、二人の動きは止まり、馬車の中を静けさが支配していく。リックとノエル、彼らにとって驚愕的な事実を彼女は口にしたのだ。リャナンシー。芸術をこよなく愛する妖精で、彼女達は才能ある芸術家達の作品または本人に惹かれる性質を持ち、見込まれた者は例外無く素晴らしい作品を世に送り出す。彼女達に認められることは芸術家達にとってステータスであり、憧れるものも
多い。もちろん、リックもそのうちの一人であり、未来の嫁(予定)を公言ほどである。だが、二人は軽く混乱し、リックは疑問をぶつける。

「マジで!? だってリャナンシーって妖精なんじゃあ……」

それにノエルも頷くリックが言いたいことはリャナンシーは妖精なので、なぜ彼女は普通の人間サイズなのか、それを聞きたかった。妖精は人間よりもずっと小さい。少なくとも目の前に居るミュウは子供っぽい体だがそれでも妖精よりはずっと大きい。

「ああ、それはですね、体を一時的に大きくする魔法があるのですよ。妖精の国の外だとこの大きさじゃないと何かと不便ですからね。」
「「………」」
「あの、お二人ともどうしました?」

ミュウが小首をかしげていると、リックとノエルお互いに見つめ合い、深くうなずくと自分たちの荷物の中から彼らの考える中で最も優れていると思う原稿を取り出し彼女、ミュウに差し出す。

「「とりあえず、コレを読んでくれ(ださい)!!!」」

ミュウがさっきしたように二人は深々と頭を下げる。目の前に居るのは、リャナンシー、しかも読書系。リックの狙いはもちろん彼女が自分の作品が認めてくれるかを確かめるため。あわよくば、日頃つぶやいているリャナンシーは俺の嫁!!と言えること。ノエルもまた、彼女にリックの作品が認めてくれればリックにとってこれ以上にないモチベーションアップが狙える。もしも無理だったらそのときは彼を酒で慰めることを考えた。このように二人の利害が一致した結果、二人の行動は見事にシンクロし、彼女に本を差し出すことになったのである。ミュウはゆっくりとその原稿に触れ、何かを感じるかのように目を瞑る。

「…………………」

しばしの沈黙か続き、二人の心は不安と期待に塗りつぶされていく。彼女が目を瞑っている間、彼らは全身から汗を流し、答えが来るのを待つ。やがて、彼女がゆっくりと目を開くとリックに顔を向けた。

「この作品はリックさんが書いたのですか?」
「あ、ああ。」

緊張の中、リックがそう言うとミュウの顔が何かに集中するような固い表情から急激にかわっていき、まるで生涯の伴侶を見つけたかのように喜びの色に彩られていく。彼女のあの変わり方。ノエルの胸中から不安は消えていき彼女の顔と同じようにだんだんと期待一色に塗り変えられていく。

「あなたはきっと素晴らしい作家になれます。この作品からあなたの才能と魔物娘に対する愛情も伝わってきます。」

ミュウは次に感想を淡々を口にしていく。芸術を愛する彼女達であるからこそ、真剣に答えていく。その内容は厳しい内容が多いがそれでも彼女は笑顔のままで答え続けている。ミュウが感想を言い終わるとリックは彼女に尋ねる。

「そ、総評は……」
「そうですね………」

ミュウは原稿を膝に置き手を口元へ運び、いかにも考えてるように見せ、すぐさま短く頷くと総評を述べる。

「荒削りですがあなたを知るにふさわしい作品でした。 ですがプロポーズとしては落第点と言ったところでしょうか。」

彼女は微笑みながら答えると、リックは大きく落ち込んだが、ノエルは静かに頷く。リャナンシーに才能を見込まれたということは、自分の目に狂いは無かった。彼女達の芸術観は生半可な専門家よりも信頼できる。彼と組んだことは間違いじゃなかった。それを教えてくれたミュウに心の中で感謝を述べた後、我ながら現金だとノエルは自嘲した。





何はともあれ、騒がしいリックとの旅にミュウが加わりこの先大丈夫なのか不安が募り、胃を痛みを感じるノエルだった。

12/05/12 22:01更新 / のり
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■作者メッセージ
補足説明

・リック
執筆担当。15歳前後のとき作家を志し、単身で故郷を出る。その後、今の出版社に勤めることとなる。最初は全く相手にされてなかったが、ノエルと組んでからは徐々に評価が上がっていく。最近の悩みはリャナンシーが来ないことだが、たった今、解決した。

・ノエル
編集担当。幼少期からのガリ勉。リックと少し遅れて入社した。主な仕事は誤字脱字が多いリックのフォローと身の回りの世話。あと編集部との交渉。最近の悩みは胃の痛み。

呼ばれてなくても出てくるほう、のりです。前と少し間が空きましたね。
リアル事情で投稿ペースが駄々下がりになりますが、できるだけ書いてみようと思います。

リックとノエルの話なんですけど、近々、一応の完結をさせようと思います。ぶっちゃけリャナンシーを出すことを強いられるほどここでやるネタが枯渇しているので。早ければ夏ぐらいかな?予定としては2,3話って所ですかね。


それではまた読んでくだされば嬉しいです。



どうでもいいですけど読書少女も眼鏡女子も良いですよね……

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