舞い込んだ依頼
トーマがこの世界に来てから1週間が経とうとしていた。
「お疲れ様でした、こちらが報酬です」
トーマはそう言った男性から絹袋に入った銀貨を受け取った。
彼がいるのは最初に訪れたべネールから街道を進み辿り着く次の街、ステンライナのギルドカウンターである。
この町に着いたのは2日前の夕方のこと。街道に従い森を迂回すると、その先に高い壁に囲われた街が見えた。それがこの親魔物領に併合される前の面影を残すこの街であった。
この街では今日と前日を含め、すでにトーマ、トレア、ミラの3人は2つの依頼をこなしていた。そして先ほど終わらせた依頼で3つ目になる。
依頼内容はそれぞれ、森での薬草の獲得、他任務で人手の少ない治安と協力して資材を横流しする裏組織の検挙、工事現場の資材運搬の応援、どれも彼らにとっては容易い範疇のものなのであった。
ノルヴィはいつも通り露店での商売に明け暮れ、話によれば売れ行きは上々で今日にでも売り切れ御免となるそうだ。
受け取った金を懐に収め、トーマは宿へと帰り着いた。
泊まっている部屋に入ると、そこにはトレアとミラに次いでもう2人、椅子に座っている紳士風な髭を生やした丸い顔の小太りの男と、彼に付き従うように傍らに立つ細身で黒髪をオールバックにした壮年の男がいた。
「お、帰ったか」
「ああ。彼は?」
「初めまして、あなたがお二人のお連れの方ですか。申し遅れました、私、この町で輸送業を営んでいますトーマス・ハンソンと申します。以後、お見知り置きを。これは私の秘書でダラードです」
ハンソンは名刺を渡しながらそう名乗った。見れば、彼の身なりは生地のいいスーツと磨かれた靴、ステッキも所持している。それに「わたくし」という言葉使いからも察せられる通り、どこから見てもちょっとした金持ちだということは想像がついた。
因みに秘書のダラードは黒のスーツに白シャツとグローブ、銀の装飾がついた黒のループタイ姿である。
「はぁ…それで、そういうあなたがどうしてここに?」
「はい、実はちょっとおかしなことがありましてねぇ…その事をうっかり口に出してしまったところ、ノルヴィさん…でしたか?彼が『身内に腕のいい三人がいるから、相談でも』と言ってくれたものですから、お言葉に甘えさせて頂いた次第でして」
「なるほど…。で、そのおかしな事というのは?」
トーマはノルヴィの安請け合いに少々呆れながら、続きを促した。
「いま丁度聞いていたところだ。申し訳ないがもう一度説明していただいても?」
「もちろんです。ダラード」
「はい、旦那様」
ハンソンはそう言うと再び椅子に座り、ダラードは淡々と事情を話し始めた。
ダラードの説明は次の通りである。
まず最初にそれが起こったのは今月初めのこと。ハンソンの経営する会社の社員だったハーピーが、ある日を境に会社に来なくなったのである。ただその時はちょうどハーピーの発情期とも重なるため、仲の良かった男でも連れ込んで巣でよろしくやっているのだろうと思い、誰しもがしばらくすれば会社に戻ると考えていた。
だが彼女は発情期が終わっても戻って来ないどころか、他にも行方を発つものがいた。それはハンソン氏の会社にとどまらず、噂によれば浮浪者の内からも魔物が消え、つい最近では社員の人間の女性まで消えてているというのだ。
治安部隊に相談を持ちかけたが元々数十名しかいないことに加え、今はとある犯罪組織の検挙に忙しく十分な人手を回せていないのが現状であった。
「話を聞く限りだと、ただの行方不明じゃないっていうのは察しが付くな…」
「ええ、ギルドカウンターに依頼を出していますので、受託していただけるとありがたいのですが…」
「わかりました、どこまでお役にたてるが分かりませんが、私たちも尽力させていただきます」
「それは心強いですな。では、私は下に馬車を待たせておりますので、これで」
「ええ」
「よい結果を期待しておりますぞ」
ハンソン氏は一礼すると、机に置いてあった帽子を被りダラードを伴って部屋を出ていった。
「全く、ノルヴィも厄介な仕事を回してくれる…」
トレアはそう言って少し呆れつつ、空いていた椅子に気だるげに座った。
「この仕事を受けるとなると、予定より滞在が伸びるのは必至だ。そうなれば、トーマの魔導師探しだって…」
「いや、俺の方は心配しなくていい。探している相手は別に逃げはしないだろ」
トーマは机の上に報酬の入った絹袋を置き、じっと見ながら言った。
「まぁそうだが…だが、早く見つけて帰りたいというのが本心だろう?」
トレアは中から1枚の銀貨を取り出し、右手でトスしてはキャッチしている。
「あら、ならトレアはトーマに早く元の世界へ帰ってほしいのかしら?」
ミラはトスされた銀貨を空中で掴み取り、袋の中へポイッと戻した。トレアは物惜しそうな顔をしていた。
「そういう訳じゃない」
トレアは戻された銀貨を再び手に取り、テーブルに頬杖をついてその銀貨をじっと見た。
「だが、生まれ育った故郷、元の世界に帰りたいというのは、普通なら誰しもが心に思うことだろう。ただでさえ、トーマと私たちの世界には大きな差異がある上に、待っている家族もいるだろうに」
トレアはトーマに向かって銀貨をパスした。トーマはキャッチすると、手のひらの銀貨を見ながらフッと鼻から息を抜いた。
「家族…か。いれば多少なりとも、今より帰りたいという気持ちは大きかったかもしれないな」
トーマの言葉を聞いた2人は、少し驚いた顔をした。
「家族…いなかったのか?」
トレアは恐る恐る訊いた。
「…ああ。俺が幼い時に爆発に巻き込まれてな…」
「爆発…事故か?」
「いや、テロだよ」
トーマはポケットにを手ごと突っ込んだ。
「テロ?」
その言葉は、やはり彼女たちはあまり聞きなれないのだろう。
「時の政府に反発する奴らが起こす暴力行為さ。俺の両親は爆弾テロに巻き込まれた。俺は両親のほかに祖母もいたが、あまり体の強い人じゃなかったから、俺は施設に預けられた。祖母もその後に何回かあったくらいで死んで、俺の家族は向こうにはいない」
「…いや…そうだったのか…すまない」
トレアは目を泳がせながら謝罪した。
「いや、気にしないでくれ。そういう訳で、実は別に早く帰りたいということもないんだ。それじゃ、こいつで俺は遅めの昼食でも摂ってくるよ」
トーマは銀貨の入ったポケットをパンパンと叩くと、部屋を出て行った。
「…なぁ、ミラ」
「なに?」
向こうで足音の遠のいていくドアを見ながらトレアは言った。
「私たちのいる世界は、あいつのいた世界から見たら………どう、映っていると思う?」
「さあ…私たちが彼のいた世界を見たのと一緒だと思うわ。人の常識や価値観が違って、でも同じところもあって、自分の世界から見ると、少し平穏に感じる…そんな感じじゃないかしら?」
トレアは、「そうか…」と小さくこぼしながら、未だ見つめるドアにトーマの背中を感じていた。
トーマは遅めの昼食を取った後、再びギルドカウンターを覗いた。すると、さっきまでは気にも留めなかったハンソン氏からの依頼の紙が目に入った。
(ん…?今までに二組の受託者…だが揃って失敗…か)
依頼を記した紙は内容と依頼者、報酬のほかに、それまでに何組が受託し失敗したか、そして何度同じ依頼が出ているのかも書かれていた。
依頼が1度達成され、もし次に同じ内容の依頼が出た場合、失敗人数は引き継がれる。その数に応じて、ギルド登録者は受ける依頼を決めるのだ。
(依頼内容は、行方不明の魔物、女性社員の捜索、発見…報酬は金貨3枚か…そりゃ、人探しで事件性もあるとなれば、これだけ出すのも分かるが…)
トーマは用紙を取り、カウンターに提示した。
依頼を受託したトーマは、夕暮れになる少し前に宿に戻ってきた。
「依頼を受けてきた」
「そうか。ならまだ日暮れまで時間もある事だし、早速捜索を開始するとしよう」
「と言っても無闇に捜して見つかるとも思えないわ。消えた人たちの足取りを追わないと」
「そうだな。俺はまず、ハンソンが経営している輸送会社に行ってみようと思うんだが」
「そうね。まずはそこからにしましょう」
彼らはまず多くの会社が軒を連ねる地区に向かった。オフィス街という様なところだろうか。
いくつもの会社が看板を出しており、材木屋から金融まで様々な会社があるが、その中でも大きな建物があった。
「ハンソンカンパニー…ここだな」
レンガ造りの3階建の建物、そのシックな雰囲気の正面玄関を中に入ると、目の前の受付に女性、いや、サキュバスが1人座っていた。
「ようこそ、ハンソンカンパニーへ。今日は輸送のご依頼でしょうか?」
「いや、俺たちはトーマス・ハンソン氏がギルドに依頼している任務を受託してきた者だ。これがその受託証になる」
「…はい、確認いたしました。では社長へお取次ぎしますので、少々そちらに掛けてお待ちください」
女性はそう言うと手元にあったベルを鳴らした。すると奥から別のサキュバスがやって来て用件を引き継がれて再び奥へと消えていった。
トーマ達がしばらく出入り口横のベンチに座って待っていると、そこへハンソン氏がやってきた。
「いやいや、お待たせいたしましたな」
そういうハンソン氏の左手には包帯が巻かれていた。
「その怪我は?」
「ああ、ははは…実は先ほど荷物を見に行った際、箱の蓋を打ち付けてあった釘が出ておりましてな。不注意にもそこで引っかけてしまったのですよ」
と彼は誤魔化すように笑いながら言った。
「まぁすぐに私が打ち直しましたが」
「社長自ら、ですか?」
ミラは少し驚きながら訊ねた。
「ええ、私はこう見えても元々一人の作業人でしてな。今は独立してこうして多くの従業員を従える身分ですが、まだまだ荷積みや釘を打つくらいはそこいらの者よりは丁寧に早くできる自信がありますよ」
ハンソン氏は少々得意げに言った。
「おっと…話が逸れてしまいましたな。ここに来たということは、行方不明者の足取りを追いに来られたのでしょう?」
「ええ、その通りです」
「では、親しかった者たちの名前を記した物がありますのでお持ちください。他にも話をお聞きになりたいのであれば、女性社員たちは2階での勤務でしたし、ハーピーたちは屋上の休憩室内外にいますのでそちらに」
「ああ、分かった」
便利なことに、この建物はまだこの世界では目新しいエレベーターが設けられていた。魔導動作式のそれは荷物を屋上まで運ぶ為の大型の物だったため、ミラも難なく乗り込むことが出来た。
ベルが鳴って2階への到着を知らせ、格子状になった扉が開いた。
2階は事務を担っているようだった。デスクが所狭しと並び、その上には書類が無数に置かれていた。
「まずはエハインという方に話を聞きましょう」
ミラはそう言って、近くを通りかかった女性に声をかけた。
「すみません、エハインと言う方を探しているのですけれど…」
「エハインは私ですが、何か?」
「それはよかった。俺たちは今、行方不明になった女性や魔物たちの捜索しているんだ。彼女たちの足取りを掴みたいんだが、話を聞かせてもらいたい」
「…はい、構いません。ちょうど一段落ついたところでしたので」
話を聞いてみると、エハインの友人、名をモルアナというハーピーは今から約3週間ほど前に姿を消したという。特に何かに悩んでいるという様子もなく、自ら消息を絶つという理由は考えられないということであった。
3人は屋上に向かい、ハーピーたちから情報を聞き出すことにした。
屋上にハーピーがいるのは、もちろん荷運びの離着陸の際に便利だからである。屋上でエレベーターを下り、すぐ左に休憩室があった。ドアはなく、目を向ければ中の様子がすぐに分かった。
「あれ?お客さん?」
「見かけない顔だね。どうしたの?」
中には5人のハーピーがいた。彼女たちはさえずるように口々に「お客さんだ」と言った。
「私たちは、行方不明になった魔物や女性たちを探しているんだが、少々話を聞かせてもらいたい」
「いーよー」
「行方不明になったハーピーは全部で何人いるんだ?」
「そーだなー…うちだけなら三人かな。あ、でもそのうち一人は男とラブラブしたるって聞いたけどね♪」
「…ああ…そうか」
苦笑する3人に構いなく彼女たちはさえずる。
「あ、でも浮浪者とかのいるところからはハーピーだけじゃなくってサキュバスたちも何人か消えたって」
「そうそう、らしいね」
「消えた二人のハーピーはどんな子たちだったの?」
「う〜ん、どっちかっていうとドジっ子…かな」
「そうそう。この建物さ、町の隅っこの方に建ってるでしょ?なんでだと思う?」
1人のハーピーの言う通り、この建物は街の南西側の最も外側にあり、外壁を背にして建てられていた。建物の方が外壁よりも高く、屋上の南西側から下を除けば幅5メートル程の外壁の上部と、その向こうには街に寄り添うように森が茂っている。
「荷物を持って飛ぶときにね、間違って落としても人が怪我したりしないためだよ」
「だから私たち町の中でも外でも荷物を運ぶ時は、絶対に南西側の方から出なきゃダメなの。そうすれば、荷物が落ちても森の中だから、誰かが怪我する心配はないんだよー」
「あの二人はよく荷物落としてたよねー?」
「そうそう、箱が空いちゃったと、紐が切れちゃったとかね」
「ドジっ子というよりは、運が悪いんだな…」
トーマたちはくじ運も悪ければ事件に巻き込まれたかもしれない2人のハーピーに半ば呆れ気味に同情した。
その後も話を聞いてみたが、結局有力な情報はなかった。
その後3人はハンソンカンパニーの建物を後にし、少しでも情報を持っているであろう治安部隊を訪ねることにした。
「お疲れ様でした、こちらが報酬です」
トーマはそう言った男性から絹袋に入った銀貨を受け取った。
彼がいるのは最初に訪れたべネールから街道を進み辿り着く次の街、ステンライナのギルドカウンターである。
この町に着いたのは2日前の夕方のこと。街道に従い森を迂回すると、その先に高い壁に囲われた街が見えた。それがこの親魔物領に併合される前の面影を残すこの街であった。
この街では今日と前日を含め、すでにトーマ、トレア、ミラの3人は2つの依頼をこなしていた。そして先ほど終わらせた依頼で3つ目になる。
依頼内容はそれぞれ、森での薬草の獲得、他任務で人手の少ない治安と協力して資材を横流しする裏組織の検挙、工事現場の資材運搬の応援、どれも彼らにとっては容易い範疇のものなのであった。
ノルヴィはいつも通り露店での商売に明け暮れ、話によれば売れ行きは上々で今日にでも売り切れ御免となるそうだ。
受け取った金を懐に収め、トーマは宿へと帰り着いた。
泊まっている部屋に入ると、そこにはトレアとミラに次いでもう2人、椅子に座っている紳士風な髭を生やした丸い顔の小太りの男と、彼に付き従うように傍らに立つ細身で黒髪をオールバックにした壮年の男がいた。
「お、帰ったか」
「ああ。彼は?」
「初めまして、あなたがお二人のお連れの方ですか。申し遅れました、私、この町で輸送業を営んでいますトーマス・ハンソンと申します。以後、お見知り置きを。これは私の秘書でダラードです」
ハンソンは名刺を渡しながらそう名乗った。見れば、彼の身なりは生地のいいスーツと磨かれた靴、ステッキも所持している。それに「わたくし」という言葉使いからも察せられる通り、どこから見てもちょっとした金持ちだということは想像がついた。
因みに秘書のダラードは黒のスーツに白シャツとグローブ、銀の装飾がついた黒のループタイ姿である。
「はぁ…それで、そういうあなたがどうしてここに?」
「はい、実はちょっとおかしなことがありましてねぇ…その事をうっかり口に出してしまったところ、ノルヴィさん…でしたか?彼が『身内に腕のいい三人がいるから、相談でも』と言ってくれたものですから、お言葉に甘えさせて頂いた次第でして」
「なるほど…。で、そのおかしな事というのは?」
トーマはノルヴィの安請け合いに少々呆れながら、続きを促した。
「いま丁度聞いていたところだ。申し訳ないがもう一度説明していただいても?」
「もちろんです。ダラード」
「はい、旦那様」
ハンソンはそう言うと再び椅子に座り、ダラードは淡々と事情を話し始めた。
ダラードの説明は次の通りである。
まず最初にそれが起こったのは今月初めのこと。ハンソンの経営する会社の社員だったハーピーが、ある日を境に会社に来なくなったのである。ただその時はちょうどハーピーの発情期とも重なるため、仲の良かった男でも連れ込んで巣でよろしくやっているのだろうと思い、誰しもがしばらくすれば会社に戻ると考えていた。
だが彼女は発情期が終わっても戻って来ないどころか、他にも行方を発つものがいた。それはハンソン氏の会社にとどまらず、噂によれば浮浪者の内からも魔物が消え、つい最近では社員の人間の女性まで消えてているというのだ。
治安部隊に相談を持ちかけたが元々数十名しかいないことに加え、今はとある犯罪組織の検挙に忙しく十分な人手を回せていないのが現状であった。
「話を聞く限りだと、ただの行方不明じゃないっていうのは察しが付くな…」
「ええ、ギルドカウンターに依頼を出していますので、受託していただけるとありがたいのですが…」
「わかりました、どこまでお役にたてるが分かりませんが、私たちも尽力させていただきます」
「それは心強いですな。では、私は下に馬車を待たせておりますので、これで」
「ええ」
「よい結果を期待しておりますぞ」
ハンソン氏は一礼すると、机に置いてあった帽子を被りダラードを伴って部屋を出ていった。
「全く、ノルヴィも厄介な仕事を回してくれる…」
トレアはそう言って少し呆れつつ、空いていた椅子に気だるげに座った。
「この仕事を受けるとなると、予定より滞在が伸びるのは必至だ。そうなれば、トーマの魔導師探しだって…」
「いや、俺の方は心配しなくていい。探している相手は別に逃げはしないだろ」
トーマは机の上に報酬の入った絹袋を置き、じっと見ながら言った。
「まぁそうだが…だが、早く見つけて帰りたいというのが本心だろう?」
トレアは中から1枚の銀貨を取り出し、右手でトスしてはキャッチしている。
「あら、ならトレアはトーマに早く元の世界へ帰ってほしいのかしら?」
ミラはトスされた銀貨を空中で掴み取り、袋の中へポイッと戻した。トレアは物惜しそうな顔をしていた。
「そういう訳じゃない」
トレアは戻された銀貨を再び手に取り、テーブルに頬杖をついてその銀貨をじっと見た。
「だが、生まれ育った故郷、元の世界に帰りたいというのは、普通なら誰しもが心に思うことだろう。ただでさえ、トーマと私たちの世界には大きな差異がある上に、待っている家族もいるだろうに」
トレアはトーマに向かって銀貨をパスした。トーマはキャッチすると、手のひらの銀貨を見ながらフッと鼻から息を抜いた。
「家族…か。いれば多少なりとも、今より帰りたいという気持ちは大きかったかもしれないな」
トーマの言葉を聞いた2人は、少し驚いた顔をした。
「家族…いなかったのか?」
トレアは恐る恐る訊いた。
「…ああ。俺が幼い時に爆発に巻き込まれてな…」
「爆発…事故か?」
「いや、テロだよ」
トーマはポケットにを手ごと突っ込んだ。
「テロ?」
その言葉は、やはり彼女たちはあまり聞きなれないのだろう。
「時の政府に反発する奴らが起こす暴力行為さ。俺の両親は爆弾テロに巻き込まれた。俺は両親のほかに祖母もいたが、あまり体の強い人じゃなかったから、俺は施設に預けられた。祖母もその後に何回かあったくらいで死んで、俺の家族は向こうにはいない」
「…いや…そうだったのか…すまない」
トレアは目を泳がせながら謝罪した。
「いや、気にしないでくれ。そういう訳で、実は別に早く帰りたいということもないんだ。それじゃ、こいつで俺は遅めの昼食でも摂ってくるよ」
トーマは銀貨の入ったポケットをパンパンと叩くと、部屋を出て行った。
「…なぁ、ミラ」
「なに?」
向こうで足音の遠のいていくドアを見ながらトレアは言った。
「私たちのいる世界は、あいつのいた世界から見たら………どう、映っていると思う?」
「さあ…私たちが彼のいた世界を見たのと一緒だと思うわ。人の常識や価値観が違って、でも同じところもあって、自分の世界から見ると、少し平穏に感じる…そんな感じじゃないかしら?」
トレアは、「そうか…」と小さくこぼしながら、未だ見つめるドアにトーマの背中を感じていた。
トーマは遅めの昼食を取った後、再びギルドカウンターを覗いた。すると、さっきまでは気にも留めなかったハンソン氏からの依頼の紙が目に入った。
(ん…?今までに二組の受託者…だが揃って失敗…か)
依頼を記した紙は内容と依頼者、報酬のほかに、それまでに何組が受託し失敗したか、そして何度同じ依頼が出ているのかも書かれていた。
依頼が1度達成され、もし次に同じ内容の依頼が出た場合、失敗人数は引き継がれる。その数に応じて、ギルド登録者は受ける依頼を決めるのだ。
(依頼内容は、行方不明の魔物、女性社員の捜索、発見…報酬は金貨3枚か…そりゃ、人探しで事件性もあるとなれば、これだけ出すのも分かるが…)
トーマは用紙を取り、カウンターに提示した。
依頼を受託したトーマは、夕暮れになる少し前に宿に戻ってきた。
「依頼を受けてきた」
「そうか。ならまだ日暮れまで時間もある事だし、早速捜索を開始するとしよう」
「と言っても無闇に捜して見つかるとも思えないわ。消えた人たちの足取りを追わないと」
「そうだな。俺はまず、ハンソンが経営している輸送会社に行ってみようと思うんだが」
「そうね。まずはそこからにしましょう」
彼らはまず多くの会社が軒を連ねる地区に向かった。オフィス街という様なところだろうか。
いくつもの会社が看板を出しており、材木屋から金融まで様々な会社があるが、その中でも大きな建物があった。
「ハンソンカンパニー…ここだな」
レンガ造りの3階建の建物、そのシックな雰囲気の正面玄関を中に入ると、目の前の受付に女性、いや、サキュバスが1人座っていた。
「ようこそ、ハンソンカンパニーへ。今日は輸送のご依頼でしょうか?」
「いや、俺たちはトーマス・ハンソン氏がギルドに依頼している任務を受託してきた者だ。これがその受託証になる」
「…はい、確認いたしました。では社長へお取次ぎしますので、少々そちらに掛けてお待ちください」
女性はそう言うと手元にあったベルを鳴らした。すると奥から別のサキュバスがやって来て用件を引き継がれて再び奥へと消えていった。
トーマ達がしばらく出入り口横のベンチに座って待っていると、そこへハンソン氏がやってきた。
「いやいや、お待たせいたしましたな」
そういうハンソン氏の左手には包帯が巻かれていた。
「その怪我は?」
「ああ、ははは…実は先ほど荷物を見に行った際、箱の蓋を打ち付けてあった釘が出ておりましてな。不注意にもそこで引っかけてしまったのですよ」
と彼は誤魔化すように笑いながら言った。
「まぁすぐに私が打ち直しましたが」
「社長自ら、ですか?」
ミラは少し驚きながら訊ねた。
「ええ、私はこう見えても元々一人の作業人でしてな。今は独立してこうして多くの従業員を従える身分ですが、まだまだ荷積みや釘を打つくらいはそこいらの者よりは丁寧に早くできる自信がありますよ」
ハンソン氏は少々得意げに言った。
「おっと…話が逸れてしまいましたな。ここに来たということは、行方不明者の足取りを追いに来られたのでしょう?」
「ええ、その通りです」
「では、親しかった者たちの名前を記した物がありますのでお持ちください。他にも話をお聞きになりたいのであれば、女性社員たちは2階での勤務でしたし、ハーピーたちは屋上の休憩室内外にいますのでそちらに」
「ああ、分かった」
便利なことに、この建物はまだこの世界では目新しいエレベーターが設けられていた。魔導動作式のそれは荷物を屋上まで運ぶ為の大型の物だったため、ミラも難なく乗り込むことが出来た。
ベルが鳴って2階への到着を知らせ、格子状になった扉が開いた。
2階は事務を担っているようだった。デスクが所狭しと並び、その上には書類が無数に置かれていた。
「まずはエハインという方に話を聞きましょう」
ミラはそう言って、近くを通りかかった女性に声をかけた。
「すみません、エハインと言う方を探しているのですけれど…」
「エハインは私ですが、何か?」
「それはよかった。俺たちは今、行方不明になった女性や魔物たちの捜索しているんだ。彼女たちの足取りを掴みたいんだが、話を聞かせてもらいたい」
「…はい、構いません。ちょうど一段落ついたところでしたので」
話を聞いてみると、エハインの友人、名をモルアナというハーピーは今から約3週間ほど前に姿を消したという。特に何かに悩んでいるという様子もなく、自ら消息を絶つという理由は考えられないということであった。
3人は屋上に向かい、ハーピーたちから情報を聞き出すことにした。
屋上にハーピーがいるのは、もちろん荷運びの離着陸の際に便利だからである。屋上でエレベーターを下り、すぐ左に休憩室があった。ドアはなく、目を向ければ中の様子がすぐに分かった。
「あれ?お客さん?」
「見かけない顔だね。どうしたの?」
中には5人のハーピーがいた。彼女たちはさえずるように口々に「お客さんだ」と言った。
「私たちは、行方不明になった魔物や女性たちを探しているんだが、少々話を聞かせてもらいたい」
「いーよー」
「行方不明になったハーピーは全部で何人いるんだ?」
「そーだなー…うちだけなら三人かな。あ、でもそのうち一人は男とラブラブしたるって聞いたけどね♪」
「…ああ…そうか」
苦笑する3人に構いなく彼女たちはさえずる。
「あ、でも浮浪者とかのいるところからはハーピーだけじゃなくってサキュバスたちも何人か消えたって」
「そうそう、らしいね」
「消えた二人のハーピーはどんな子たちだったの?」
「う〜ん、どっちかっていうとドジっ子…かな」
「そうそう。この建物さ、町の隅っこの方に建ってるでしょ?なんでだと思う?」
1人のハーピーの言う通り、この建物は街の南西側の最も外側にあり、外壁を背にして建てられていた。建物の方が外壁よりも高く、屋上の南西側から下を除けば幅5メートル程の外壁の上部と、その向こうには街に寄り添うように森が茂っている。
「荷物を持って飛ぶときにね、間違って落としても人が怪我したりしないためだよ」
「だから私たち町の中でも外でも荷物を運ぶ時は、絶対に南西側の方から出なきゃダメなの。そうすれば、荷物が落ちても森の中だから、誰かが怪我する心配はないんだよー」
「あの二人はよく荷物落としてたよねー?」
「そうそう、箱が空いちゃったと、紐が切れちゃったとかね」
「ドジっ子というよりは、運が悪いんだな…」
トーマたちはくじ運も悪ければ事件に巻き込まれたかもしれない2人のハーピーに半ば呆れ気味に同情した。
その後も話を聞いてみたが、結局有力な情報はなかった。
その後3人はハンソンカンパニーの建物を後にし、少しでも情報を持っているであろう治安部隊を訪ねることにした。
21/06/09 12:27更新 / アバロン3
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