連載小説
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出立
 エヴァニッチとカウルスは北西側の町外れにいた。そこは小高い丘で、1軒の家があった。

「何年振りになるかな、お前とここに来るのは…」
「二人で揃っては十年ぶりだ。先生が死んじまう前だったからな」

 慣れた様子で中に入り、そんな話をしながら2人は地下室へと降りていった。
 地下室は30畳ほどの広さがあり木製の机や棚が幾つか設置されているのだが、物は置かれておらず埃が溜まっていた。
 何より目を引くのは奥の壁のど真ん中にその口を閉ざす黒々とした鉄扉。そして、その鉄扉には文字が刻まれていた。

「あの頃はお前と二人、ここでよく先生にしごかれたもんだがな」

 そう言いながらカウルスは懐かしそうに鉄扉を眺めた。『アイリーン・クリーガー ここに眠る』と刻まれた、その扉に。

「あの時からお前はアホで…いくら先生が教えても力技だけだった」
「うっせッ、ケンカ売ってんのか?…ったく、そう言うてめぇもそのころから人の失敗を陰険にネチネチネチネチと…」

 そこで言葉を止めた2人は、後ろを振り返って懐かしみながら空っぽの地下室を眺めていた。

「正直…」
「ん?」

 静寂を破ったのはエヴァニッチの方から。

「正直、昼間にお前の魔術式を見たとき私は驚いたんだ。あの時とは見違えた、それこそ無茶を可能にするほどの技量にな」

 カウルスはエヴァニッチの口から出た言葉に目を丸くし、フッと笑みを浮かべ頭を搔いた。

「まぁ…そりゃぁ俺だって何もしてなかったわけじゃねぇ。先生に…少しでも近づきたかったからな…」
「私もだ。あれからもっと腕を磨いて、研究して…」
「お互い少しは近づけたかねぇ?」

 そう言いながら再び鉄扉に向き直ったカウルスは、徐に鉄扉に手を当てた。

「そう信じたいな」

 エヴァニッチはそう言いながら、カウルスと同じように扉に触れた。

「「クェロ ヴェーラ ロスムェルトゥス」」

 扉に魔力を流しながら2人はそう唱えた。
 鉄扉は淡く光を放つと、まるで泥にでもなったかのように流動的な崩れ方をしながら、床へと吸い込まれその姿を消した。
 2人がその部屋に足を踏み入れると、壁から生えたランプに青白い火が灯る。
 その光が照らし出したのは、地下室の倍ほどはあろうかという広さの石室。壁や天井は灰色の大きな石レンガで作られ、部屋の奥には膝ほどの高さの石台に載った黒字金縁の棺が安置されていた。

「さて、ここならあの厄介物も大丈夫だろう。もともと魔力遮断防壁も張られているしな」
「そうだな。ま、俺達がくたばって向こうに行ったら先生には謝るとすっか」
 


 翌日、午前中からトーマとトレアの2人は武器屋に赴いていた。トーマの申し出で、壊れてしまったトレアの短剣の代わりを買いに来たのだ。

「どういうのがいいんだ?」
「ん?…やはり大きさ的には前と同じくらいのものが携行しやすいな」
「なるほどな」

 店内の壁や棚には剣、槍、戦斧などの武器が陳列されていて、所々には樽に剣が入れられて並んでいた。2人の目の前の壁にも、15振程の短剣が並んでいる。

「これなんかどうだ?」

 トーマが手に取ったのは刃渡り60センチ程の短剣、トレアの物と同じ大きさである。ただ剣幅は細く、厚みもない。どちらかといえば刺突を狙った形状であった。

「ふむ…軽いな。わがままを言って悪いが、どうせ持つならやはりグラディウスがいいな」
「そうか。ん?これはどうだ?よく似ているけど」

 形も大きさも確かによく似た短剣が隅の方に掛けられていた。トレアは手に取ると徐に鞘から抜いた。

「これはいい!重さも前のと同じくらいだし、何より魔界銀製ときた」
「魔界銀?」
「ああ、魔界の特殊な金属でな。私の剣も魔界銀製なんだ。これで作った武器は…」

 肉体を傷つけず、意識を刈り取り、欲情を募らせ、魔物に至らせる。要約するとそういう説明を聞いたトーマは思わず呆れた顔になる。

「とんでもねぇな…」

 その感想もさもありなん。

「まぁとはいえ鋼ほど流通が多い訳でもないらしいがな。だから普通に鋼の武器もあるし、使わざるを得ないものも少なくない。だから私たち魔物は人間との戦闘では非殺という本能で手加減をするのさ」
「非殺か…どうして魔物は…っと、ここで長話もなんだな。会計してくるよ」

 トレアから短剣を受け取り、奥のカウンターで会計を済ませる。値段は銀貨60枚。その値段が聞こえていたトレアは戻ってきたトーマにやはり魔界銀製だと少し高いようだと謝ったが、そもそも壊したのは俺だしなとトーマは気にしないようにと返した。
 店を出た2人は昼時ということもあり、良さげな飲食店を探すことにした。
 飲食店街に向かうといい匂いがそこら中から漂ってくる。その中にトーマは見慣れた食べ物を見つけた。

「あれは…ピザか?」
「ああ、そうだな。ん?知っているのか?」

 その店の客が食べているのは紛れもなくマルゲリータであった。

「元の世界にもあったんだよ、同じ見た目の同じ名前で」
「そうなのか!不思議な事もあるものだ」
「あそこの店でいいか?」
「ああ、もちろん」

 というわけで、2人の昼食はピザになった。頼んだのはマルゲリータ、種類の名前まで同じである。
 注文が届くのを待っている間に、トーマは武器屋で切り出しかけた質問を改めて投げかけた。

「魔物の本能が非殺ってのはどうしてなんだ?」
「んー、それは私の言い方が悪かったな、言葉の綾というやつだ」

 トレアは出された水を1口飲んでから言葉を続ける。

「そういえば、トーマはこちらの世界の事をまともに聞いてはいないんだったな」
「そうだな。説明してもらえるか?」
「ああ」

 トレアは数百年前の魔王の代替わりを初め、それによって生じた魔物側の変化、世界の変化を説明して聞かせた。
 その最中、トーマの顔は苦笑と困惑に塗りつぶされたのは言うまでもない。

「…街中で魔物らしき人物を女性以外見かけないとは思ったが…ほんとに女性しかいないとはな…」

 そう言ったトーマは思う。そして目の前の女戦士もそうなのかと考えながら何気なく見つめていた。

「…そうは見えないな」

 トーマの思わず呟いた言葉に、彼自身もトレアもほぼ同時に気付く。
 視線のかち合ったまま、1秒半。意味に気付き、自分のそういうところを想像してしまったトレアの頬はみるみる赤くなり、ふいっと視線を逸らせた。トーマの方は失言だったかと反省しながら気まづげに視線を逸らせた。

「お待たせしました」

 そこへ2人の気まずさなど微塵も知らない店員がピザを運んできた。ホクホクと湯気を立てるピザはとても美味しそうなのだが、2人はそこに感動する気持ちでなかったのが勿体ないと思った。

「と、とりあえず食おうか…」
「そ、そうだな…」

 と、2人が手を伸ばしたその時、ちょうどノルヴィとミラが通りかかった。

「あら、二人とも。ここにいたのね?」
「ミラ。ああ、今ちょうど昼を取るところだったんだ。偶然にもトーマの知っている料理があってな」
「へぇ、ピザってお前の世界にもあったのか」
「まぁな。ノルヴィは商売の方はいいのか?」
「ん?ああ。売れるものはもう売りきっちまってな、あとは夕方この街の工房を回って注文しといた品物を仕入れりゃ終わり。明日は休んで明後日出発って感じよ」

 ノルヴィは空になった荷車を指してそう言った。彼はこれまでもその街や村で商売を行いつつ、農家や日用品の工房などで発注を掛け、次の街でその品を売り、またその街で仕入れをするというやり方をしているらしい。
 ちなみに目下の目標は、元手金不足で用意できなかった馬と荷馬車を手に入れることだという。

「おいしそうね、私達もいいかしら?」

 ミラが尋ねると、ノルヴィがおいおいと言いながら頭を振った。

「デートの邪魔しちゃ悪いでしょうよ」

 本気か冗談か、彼の言った一言にトーマとトレアはキョトンとし、トレアの方が慌てて立ち上がる。

「で、デートじゃないっ!トーマが私の短剣を弁償してくれると言うから買い物に行って丁度いい時間だったから昼を食べに来ただけだっ!」

 彼女は顔を真っ赤にしながら早口でそう言った。そして直ぐに、しまったと思いトーマの方を蒼白とまではいかないながらも気まずげな表情で、しかしその顔を見せないように横目だけで見やった。
 今の否定の仕方では、まるであなたとデートと思われるのは心外だとでも言わんばかりだと気づき、トーマの反応が怖かったのだ。

「その通りだ、あんまり変にからかってると俺は良くてもトレアにいつか刺されても文句言えないからな?」

 そう言いながらトーマはニタリと笑っていた。

「あ、あははは…やーねー、ちょっとしたお茶目じゃないのよー。…刺さないよな?」
「…保証はしかねる」

 色々な念を湛えながらトレアの右手は後ろ腰の短剣へ。

「いや、ちょ―」
「なんてな。ちょっとしたお茶目だ、許せ」
「あ、あははは…」

 半分本気だった、そうつっこみたいノルヴィの背中を冷や汗が伝う。そこへミラが、ふざけてないで早く注文をしに行こうとノルヴィに促し、意味深な視線をトレアに残して彼と2人店内のカウンターへ向かった。
 一方ミラの視線のせいでややまだ顔の赤いトレアは、トーマが抱いたかもしれない疑念を取り繕う言葉を綴る。

「あ、あのな、さっきのは変な意味じゃないぞ。もしお前に想い人がいると、そっちにとって心外かもしれないと思って…」

 トーマには今想い人はいない、魔物特有の第六感とでも言うべきものでほぼ確信しているトレアではあるが、そう言わざるを得なかった。

「気にしてないさ。大丈夫だよ」
「ならいいが…」

 そんなやり取りを経て、その後は穏やかに時間は過ぎていった。

 


 2日後の朝、出立を前に4人は町の北側にいた。
 目の前には草原を抜けていく街道が伸びており、その向こうには青々とした森、さらにその向こうにスプル山脈が雲を突き抜けて鎮座していた。

「それじゃ行きますかぁ〜」

 ノルヴィは暢気に言った。荷車には次の街での売り物の入った木箱と、道中の食料やテントがうずたかく積まれている。

「トーマ、次の町までには坂道があるが、バテたりするなよ?」
「ああ、大丈夫だ」
「では行くか」
「ええ」

 と、その時彼らに声を掛ける者がいた。

「やぁ、間に合ったようだね」
「よぉ、挨拶もなしか?」
「エヴァニッチ殿、それにカウルス殿も」

 見送りに現れた2人にトーマたちは向き直った。

「わざわざ見送りに来てくださったの?」
「ああ。色々巻き込んじまったからな、せめて見送りくらいはよ。ただ、本題はそこじゃねぇ」

 カウルスがそう言い終わると、徐にエヴァニッチが懐から巻き止めた1枚の皮紙をトーマに手渡した。

「このべネールより東1000キロまでにある街と、私とカウルスが知っている魔術師、魔導師の一覧さ」

 開いてみると遠い方から順に9つの街の名前と共に十数人の名前がそれぞれまとめられていた。
 名前の表記に注視して見ると、下線が引かれている名前が幾つかあり、全ての名前の右側には少し間を空けてEまたはKと記されていた。

「この下線と、右側のEとKっていうのは?」
「ああ、そうだったね。その下線は私たち知りうる限り空間魔法または時空間魔法を研究している、もしくはしていた者達だ。それから右の文字は私とカウルスのどちらに面識があるかということだよ。彼らを訪ねる際はそこに記された方の名前を出せば、少なくとも事情くらいなら快く聞いてくれるだろう」

 トーマはなるほどと言うと、皮紙を再び巻き止めて懐にしまった。

「わざわざすまない。助かるよ」
「君が無事元の世界へ帰れる事を祈っているよ」
「なんか困ったことがありゃギルド経由ででも連絡してくれよ、出来ることなら助けになるぜ」
「ああ、ありがとう」

 その後、関わりのあったトレアとミラも彼に続いて軽く別れの挨拶を交わす。ノルヴィも初見ではあったが話には聞いていたので、挨拶は交わしていた。
 そして4人はトーマの「じゃあ、また」という言葉を最後に改めて街道を進み出した。

 街道は緩やかにその向きを北東へと変え、登り日が眩しく照らす中、トーマは右後ろに遠くなりだしたべネールの街を一瞥したのだった。



 その1時間後…

「はぁ…ハァ…ちょ…三人とも…もちっとゆっくり…ゼェ…ハァ…」
「おい、ノルヴィ。出発前にトーマにあんなことを言っておいてその様か?」
「いや、こんな角度付いてるとか聞いてないし!」

 約30度の傾斜のただ中で、おっさんが1人バテていた。

「あらあら…まだ荷役交代してほんの十分よ?」
「あと五十分頑張ることだ」
「ひぃぃぃぃぃ…」
21/09/09 12:20更新 / アバロン3
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■作者メッセージ
ようやく初めの街が終わりました。
加筆増し増しでほぼ倍の話数となりましたが、
楽しんで下されば幸いです。

前話のメッセージでも書きましたが魔界銀について
多少の独自設定・独自解釈がありましたが
生温い目で流してください(汗)

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