連載小説
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懸念と対策
 ソファーの背もたれに体を預け、トーマは体を休めていた。当然彼だけではなく、トレアも同様に向かい側のソファーに横になっている。  ミラは言わずもがな床に座り、ソファーの間に置かれたローテーブルに体を突っ伏せていた。

「大丈夫?」

 ミラが顔だけをトーマに向けて訪ねた。

「ああ、平気だ…」
「そう、無理は禁物よ」
「お互いにな。ミラとトレアは大丈夫か?」
「流石に疲れたな。防戦しか出来ないというのは堪える…」
「私は魔力切れね…まぁ全くでは無いけれど」

 トレアは徐に体を起こし、テーブルに置かれた水を1口飲んだ。

「そうだ、改めてありがとう」
「ん?」
「俺が投げ出された時に庇ってくれて、さ。でなきゃどうなっていたか…」
「どうなっていたか、か」

 トレアは想像して背筋にうすら寒さを感じた。そしてミラは冗談めかして言う。

「簡単よ、みんな揃ってお墓の下ね」
「フッ…違いないな」

 嘲笑にも似た笑みをこぼし、トレアはグラスをコトリとテーブルに戻す。

「まぁなに、礼を言うこともないさ。トーマだってあの後私を庇って抱き………」

 抱きしめてくれた。そう続けようとした彼女の脳裏にその時の感触と匂いと情景がフラッシュバックして、言葉は喉の辺りで行き場を失った。頬が熱くなっていくのが自分で分かる。

「トレア?」

 急に黙ったトレアに、他意なくその原因が声をかけた。

「っ…あ、ああ。すまない…」

 そうして彼女は咳払いをして、詰まった言葉を追い出して続けた。

「お前も私を庇ってくれたからな。お互い様さ」
「そうか」

 ふとミラの視線に気付いたトレアが彼女を見ると、微笑ましいものを見る何となくニヤついたような笑みを浮かべていた。

「っ…!」

 心の内を見透かされた気がしたトレアは目線を逸らして今度はかっさらい気味にグラスを取ると、火照った顔を冷ます様に水を一気に飲み込んだ。
 それを見てミラは声もなく笑っていた。まぁ、これ程わかり易いのであるから面白くもあろうというものか。

「あ、それから…貸してもらった短剣。改めて謝る、弁償するよ」

 ソファーの脇に立てかけられた2振の剣。その片方の短剣をトーマは見ていた。
 ただトレアは頭を振りながら答える。

「これも気にするな。業物と言う訳でもないし、使っていればこうなることは仕方ないさ」
「いや、寧ろ頼む。ある意味のけじめなんだ」

 彼女はそう言われると一考し、「そうか、そう言うなら甘えるとしよう」と微笑みつつ答えたのであった。

 ノックがされエヴァニッチとカウルスが入ってきた。

「皆さん、お休みのところ申し訳ない。あの式についての分析結果が出たのでね」

 トーマたちは誰からともなく起立した。

「どうだった?」
「癪だったが、このじじぃにも確認してもらった。あの式の魔法公式にはやはり不備はない、それが俺たちの見解だ。まず間違いない」
「まぁ所々無茶な式はあったがね、あとじじぃではない」
「うっせっ」
「だとすると、なぜあの式は暴走したんだ?」

 訝しげにトレアは尋ねた。

「うむ、公式に問題がない以上、媒体の方に問題があるという見解に至った。なので先ほど少し実験してみたのだが…まぁ見る方が早いかもしれないね」

 2人に連れられ、トーマたちは再び戦闘を行っていたホールへとやってきた。
 ちなみに先程まで休んでいたのは、同じく1階にある客間である。

「さて、少し準備するとしよう」

 エヴァニッチは懐からチョークを取り出し、部屋の床に魔法陣を描き始めた。
 正円を描き、その中にまた一回り小さな正円。正方形が2つ、角度を45度ずらして重なった紋様を内円の中に描き、最後に見たことのない文字を片方の正方形の四辺に沿って描いた。

「それは…火属性の魔法の陣ですね?」

 ミラは魔法陣を見て言った。魔法陣は属性によって用いられる幾何学模様が違い、正方形は火属性に用いられることが多い。

「その通りだ。んじゃ三人とも、少し近づいてくれ」

 3人がエヴァニッチとカウルスに近寄ると、エヴァニッチはミラに質問した。

「ミラさんは、魔法について多少知識がおありのようだ?トレアさんは?」
「私はほぼ基本的なことだけだ。ミラの方が詳しい」
「なるほど。ではミラさん、この魔法陣で発動できる魔法の効果と規模はお分かりになりますか?」

 ミラはその長い髪を手で耳にかけながら、上体を少し屈めて魔法陣を凝視した。

「そうね…さっき言った通り火の魔法…一瞬発火してすぐ消えるものね。床から少し浮いたところで発火して、規模的には松明くらいと言えばかしら?」
「その通り。クェマドゥラ フェゴ インファティーレ」

 エヴァニッチがそう唱えた瞬間、魔法陣が赤く発行し、ミラの見立て通り床から40センチの宙に松明ほどの大きさの火がボッと灯り、消えた。
 トーマは表には出さず少し驚いていたが、慣れてきている自分を感じつつあった。

「では次に、この石を媒体として魔法を使うとどうなるか…」

 エヴァニッチは懐から、媒体となっていた石の欠片を取り出し、それを魔法陣の中心に置いた。そして魔力がその石を経由するよう文字と図形を一部書き足し、再び詠唱する。

「クェマドゥラ フェゴ インファティーレ…」

 先ほどと同じ詠唱。だが、それによってもたらされた魔法は先ほどとは異なっていた。

「なッ―!」
「ッ―!」

 トーマたちは思わず絶句した。なぜならそこに現れたのは人の身の丈を超える炎だったからだ。その炎は5秒近く燃え続け、そして消えた。

「…エヴァニッチ殿…今のは…」

 トレアは気圧された様子で訊いた。エヴァニッチは一度コクリと頷いた。

「そう、この石を置いただけで魔法はその規模、威力を数段増した。暴走の原因がこの石だというのは明白だ」

 エヴァニッチは石の欠片を拾うと、3人に回した。

「見たことのない石ね…」
「ああ、表面が焼かれたような感じだな…」
「これは…」

 トーマは石を見てボソリとそう口走った。

「知っているの?」

 ミラが、欠片難しい表情で見つめる彼に訊ねた。

「トーマ君、見覚えがあるならぜひ教えてもらいたい」
「…恐らく、こいつは小惑星の欠片だ…」
「なんだそりゃ?」

 カウルスは怪訝な顔で頭を搔いた。

「小惑星…トーマくん、詳しく聞きたい。ここではなんだから、客間でゆっくりと聞くとしよう」

 エヴァニッチに異議するものはなく、彼らは先程の客間に戻った。
 それぞれにスケルトンのリーナとジュアンから紅茶が出されたところで、カウルスが口を開いた。

「さてと。まず、この石がしょうわくせい?とかいうものなのか?」
「恐らく。俺は前にこういう状態になったものを見たことがある…カウルス、この石をどこで?」

 トーマは訊ねた。

「町を出てすぐの草原だ」
「やっぱりこれが俺の知る物じゃないとすると、どうしてそんな場所でこんなことに?
 石や鉱物がこんなになるにはかなりの高温である必要があり、魔法でもそれだけの火力の物を使えば辺り一帯燃えたとしても不思議はない。だが、草原にそんな痕跡はなかった」
「そりゃあな」
「それに、こいつがこのあたりに落ちてる理由に多少…心当たりがある…」

 その言葉でトレアとミラは察した。これが、トーマと、トーマの乗った航行挺とともにやってきたものだということを。

 トーマは少しの間何かを考えていたが、答えが出たのか1度深く頷くとエヴァニッチとカウルスを見た。

「2人に話しておくことがある…」

 彼は改まってそう言った。

 

 話の導入はこれまでの流れを汲んだ内容から。

「まずこの石について。俺が見たのは、ある兵器を使ったあと、その説明に用いたサンプルだ」
「兵器…ですか」
「なるほど。で、そいつぁ火薬か?魔導兵器か?」

 トーマの正面に座るエヴァニッチは指を組み難しい顔をし、その彼の後ろではカウルスが腕を組んで壁に凭れ掛かっていた。

「…対小惑星用ミサイル。宇宙を漂う直径500メートルの石ころなら一発で爆散させられる代物さ」

 2人は、いや、トレアとミラも含めて聞かされた事がにわかには信じがたかった。
 幾ばくかの沈黙のあと、エヴァニッチは色々と察したようで。

「…トーマくん。恐らくだが君は…ドリフターなんだね?」
「ドリフター?」
「ああ、つまり、この世界の生まれでは無いのだろう?」
「なるほど、そう呼ぶのか。そう、俺は時空間魔法らしきものに巻き込まれ、この世界に来たんだ」

 

 トーマはその後、元いた世界のこと、自らの身分、そしてその石が時空間魔法に巻き込まれる直前破壊した小惑星の欠片と思われることを説明した。

「なるほど…そういうことか」

 エヴァニッチとカウルスは話の内容をゆっくりと消化していた。幾つか信じられないと思うこともあったが、それを裏付ける話もあり嘘にしては出来すぎと考え、2人は納得した。

 その様子をみてトーマは一先ず彼らの疑問になる所は解消したとみて、話を本題に戻すことにした。

「小惑星の欠片には魔法を暴走させるなにかが含まれていると考えていいのは、みんな同意見だと思う。問題なのは同じものがこの辺りに散らばっているだろうこと、他の誰かが所持しているかもしれないことだ」
「そうだな。何にしろ、この効果を何とかしなければ、周囲に危険が及びかねない」

 空になったカップを置いてトレアが言った。

「つったって、どうやってこいつの効果を封じるってんだよ?」

「カウルスの言う通り。その方法を見つけ出すまでに被害が出ぬとも限らない、あまり時間は無いかもしれないな」

 誰もいい案が浮かばない中、ただ1人ミラは余裕の表情で言った。

「あら、一つわかっていることがあるじゃない」
「ミラさん、どういうことかね?」
「さっきあなたが魔法を使った時、石は近くであなたが持っていたのよ。でも暴走はしなかった。ということは、その石が効果を表すのは、その石自体に魔力を流し込んだ時だけということにならないかしら?」
「…ごもっともだぜ、そりゃ」
「ならば、対魔法結界を施したどこかで管理出来ればいいのだな。…よい場所なら私に心当たりがある」

 エヴァニッチはそう言うと、少し遠くを見るような顔をした。カウルスはその顔を横目で見ていた。

「あとは誰かが持ってるかもしれない石の回収をどうするかだな。私たちが回収して回ることも出来なくはないが、向かう方向が決まっている以上場所限られてくるし、時間もかかる」

 腕組みをしながらトレアが言うと、再びエヴァニッチが提案を出した。

「ギルド経由で付近の街に呼びかけてみればどうだろう?」
「いいと思います。ギルドの連絡網は迅速ですし、回収もギルドから派遣してもらえる可能性がありますしね」

 ミラを始め他の面子も賛同したのでその線で行くことになった。

 結果として、保管及び封印はミラヴィッチとカウルスの共同で行うことになった。
 回収についてはミラヴィッチが懇意にしているという、高名な魔導師の名義でギルドから警告を出してもらおうという話になり、ミラヴィッチ曰くほぼ間違いなく快諾してもらえるだろうと言う。
 さらにミラヴィッチとカウルスは、報奨金も共同で出すことにし、逆に故意に秘匿し事故が起きた場合罰則も設けることで二重で回収を促すつもりでもあった。



 トーマ達は石を2人に預けカウルスの屋敷を辞し、依頼の報酬を受け取るためギルドカウンターへと向かった。日はすっかり落ちており、時刻にして19時を回った頃だろう。
 ちなみにカウルスから受け取った依頼完了証明には備考として、今回の事案の簡潔な内容とともに追加報酬の支払い要請が記載されていた。

「トーマ、一ついいか?」

 歩きながらトレアはトーマに疑問を呈した。

「なんだ?」
「今更だがあの2人に話してもよかったのか?」
「ああ…、あの場合変に詮索されるよりはいいと思ったんだ。それにあの二人の感じからして俺をどうこうする風には見えなかったしな」
「まぁそれには同意見だが…。気をつけろよ?」
「ああ、わかってるさ」

 彼がそう返事をして、3人はしばし満天の星の下を静かに歩いていたのだが。

「…で?」

 トレアは少しイラついているように言った。

「うん?」
「いつ言い出すかと思ったが、最後まで言わないつもりだったか?」
「…何をだ?」
「戯けめ、気づいてないとでも思ったか?貴様が横腹を痛めたことなど、私もミラも分かっている」
「なんだ…バレてたのか…」

 トーマは苦笑しながら答えた。戦闘中に式の攻撃が掠めていたのだが、本人もそのことに気づいたのは客間で休んでいる最中であった。ジャケットはおそらくなびいた為何も無かったのだが、シャツは破れているし、少々血が滲んでいた。

「隠してどうするつもりだったのかしら?」
「それは…」

 ミラの問いかけに言い淀んだ。事実、何がある訳でもない、ただ言いそびれてしまい今更さら変に心配されるのを嫌っただけなのだ。むしろ、この程度の怪我なら別段どうということも無いと彼自身考えていた。

「はぁ…なんとなく思っていたが、いや確信だな。無理をするタイプだろ、お前は。しかも無理だとも思っていない分質が悪い」

 トレアにズバリと言われて、バツが悪そうにトーマは頭を掻きながら顔を背けた。

「幸い、ギルドカウンターには医務室もある。手当てしてもらえ」

 トレアは腕組みをしながら最後にふんっと穴息荒く言った。その様子を見てミラはクスクスと小さく肩を震わせた。

「…ああ、悪いな」

 トーマはまた済まなそうに苦笑した。


 しばらくしてギルドカウンターに到着し、受付で完了証明を提出した。受付の女性はその内容を確認し、紙に判を押し他のスタッフに手渡した。

「完了証明書を受諾しました。当初の報酬とカウルス様より要請された追加分をお渡しします」

 彼女は絹袋に金貨を2枚入れてトーマに手渡した。

「ああ、確かに」
「はい、お疲れ様でした」

 トーマは報酬をミラに預けた。この後銀行で両替してくることになっているのと、実はこのパーティーの財布の紐を握っているのが彼女だったりするのだ。

「さて、じゃああとはお前の手当てだな」

 トレアがそう言うと、それを聞いた受付の女性が声をかけてきた。

「あ、医務室をご利用ですか?」
「ああ、そうだが?」
「申し訳ありません…本日担当の医師が体調を崩して休んでおりまして…」
「そうなのか。まったく…医者の不養生というやつだな」
「申し訳ありません、医務室は解放しておりますので薬や包帯などはご使用頂いて大丈夫なのですが…」
「なんだ、それなら使わせてもらおう。トーマ、行くぞ」
「あ、ああ…」

 医務室のドアを空け中に入ると、病院特有のあの薬くさい臭いがした。

 トレアはトーマにベッドへ腰掛けるように言い、棚を物色して包帯と軟膏の入った瓶を見つけた。それらを手にトーマの元に戻った彼女は彼の前に跪くように屈んだ。

「見せてみろ」
「ああ…でもそのくらい自分でできるぞ」
「かもしれんが、人がいるならやってもらった方がいいだろ。それに怪我の場所も自分ではやりにくいだろうに」
「…まぁ、そうだが」
「だろ?なに、安心しろ。これでも戦士の端くれだ、多少の心得はある。それにこの軟膏に入っている薬草、これはよく効くんだ」

 そう言って微笑んだトレアだったが、承諾したトーマが上裸になると、途端にしおらしくなった。
 トーマの目には黙々と手当てをしているようにしか映らなかったが、俯き加減の彼女の顔は仄かに紅潮し、その視線はトーマの体と手元を行き交い瞬きも多く忙しないことになっているのだった。
 再び庇って抱かれた時の諸々が頭の中を駆け巡っている、そんな時ふとトーマの視線に気がついた。

「な、なんだ?」
「あ、いや、悪い。ただ手馴れたもんだと思ってさ」

 他愛のない一言だったが、見られていたと思うだけで赤くなっていた顔がさらに染まっていく気がした。

「…当然だ、戦いに身を置くならこのくらい出来なければな」
「そうだな」
「ほら、終わったぞ。どうだ?」
「ああ…いい具合だ、痛みももう引いてるよ。本当によく効くんだな、この薬草」

 2人が医務室を出ると、既に両替を済ませたミラが待っていた。
 宿へ戻る最中、ミラに顔が赤いことを小声で指摘されたトレアがニンマリと笑う彼女にわなわなと声も出せなかったのは言うまでもない。
21/03/27 04:52更新 / アバロン3
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■作者メッセージ
この話も元々1話分だったものを分割する形に再構成と加筆しました。

また、次の話で魔界銀に触れる箇所がありますが、公式の著書を未読ですので基本的な設定は踏襲したつもりですが、多少の独自解釈または独自設定になると思いますのでご了承ください。

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