初仕事
トーマがこの世界にやってきて3日目の朝。ノルヴィはいつも通りメインストリートへ仕事に出向いた後、トーマはトレア、ミラの2人を連れ添いギルドカウンターに赴いた。
まだ8時にもなっていないはずだが、カウンター前にはまあまあの人数が集まっていた。
3人は受付の横にある掲示板をチェックし、依頼の内容を一通り確認していく。
薬草の採取やチンピラ退治など色々ある中、その中の一つに聞いたことのある依頼人を見つけた。
「これはカウルスからの依頼か?」
「内容は…魔術実験の助手…とあるわね」
「そんなのも依頼できるんだな…報酬は…金貨1枚?!
結構な高額なんじゃないのか?」
普通、一つの依頼の報酬は並で銀貨5枚から20枚の間が相場、となればこの額はかなり高額だ。
ちなみにミラから聞いた話では一般の勤め人の平均月収は金貨1枚と銀貨50枚前後ということであった。
「相場の5倍以上ね。それだけ危険を伴うということかしら…」
ミラの言葉を裏付けるように、他の者達はその依頼に一瞬目を輝かせるものの、訝しみ、結局他の依頼を受けていくのである。
「実験の助手だからな…失敗する可能性もあるということだろう」
「俺は少し興味があるな…。まだ魔法というものもエヴァニッチのところで見た喋る石像くらいだし、あまりに無茶なものなら途中で辞退してもいいんだろ?」
ミラもトレアも「それもそうか」と賛同し、若干の怪しさは感じながらもこの依頼を受けることにした。
「では、こちらが詳しい内容になります」
カウンターで女から1枚の紙を渡された。そこには詳しい内容が載っており、その内容とはカウルスの操るパペットとの模擬戦であった。
特記欄には、受託側に戦闘経験がある事と怪我を負う可能性の承諾が強く推されていた。
あの高額な報酬はやはりそういう事情が絡んでいたのである。
3人はギルドカウンターの建物を辞し、カウルスの家へと向かった。
途中、ミラは昨日買った矢の本数では不安があるとして武器屋に立ち寄った。トーマは剣や盾の購入を提案されたが、使い慣れない道具は逆に枷になりかねないと遠慮した。
カウルスの家に到着しノックするが、昨日と同じく反応はない。また昨日と同じようにドアを押せば、やはり鍵はかかっておらず軋んだ音を立てながら開いた。
(あの男に防犯という観念はないのか?)
とトーマは呆れながら中に入った。
すると、噂をすればなんとやらと言わんばかりに、奥から当の本人が顔を出した。
「誰だ…って、昨日のあんたらか。またなんか用か?」
「ああ、ギルドの仕事で来たんだが…」
トーマがそう言うとカウルスは「おー、そうかそうかッ!」といかにも嬉しそうにトーマの肩をバシバシと叩いた。トーマはとても迷惑を被った顔をしたが、彼に気にする様子はない。
「とりあえずこっちだ。準備は終わってるからすぐにでも始められるぞ」
テンションの上がっているカウルスに案内され、3人は昨日1度入ったあのホールに通された。
改めて説明すると、上4階分の天井と壁を打ち抜いてホールとされていて、広さは約1200平米ほど。壁には幾つも同じ模様が上から下まで点々と記されており、これが昨日ミラが言っていた『対魔法結界』の陣である。
「依頼内容は貴殿のパペットとの模擬戦だったな?」
トレアが訊くと、カウルスはニヤニヤしながら部屋の真ん中に移動した。
「その通り、あんた達には…」
そう言いながら3枚の10センチ四方の紙を床に置いて、胸の前で合掌した。するとその3枚からそれぞれ下半身が逆さ円錐の形をした青い鎧が2体、紫に近い色の同型が1体姿を現したのである。
「こいつらと戦ってもらう」
イタズラが成功したような顔のカウルスの背後には、頭部に一ッ目のように紅い珠を光らせたパペットが呆気に取られたトーマ達を見下ろしていた。
パペット達の体は地面から30センチ程浮き上がっていて、背丈自体は5メートル前後。上半身はミラノ式甲冑という鎧に似通っているが、肩幅や胸囲は人の6、7倍はあろうかという巨躯であった。
頭部のシルエットもミラノ式甲冑に似ているのだが、例えるなら正面から押しはめた様に、拳大の紅い珠が輝いていた。
「まぁ戦うつっても、こいつらはガチでお前らの命を狙いに行くわけじゃねぇ。こいつらの戦闘での動きやなんかを見たいだけだ。
ただまぁ怪我くらいはするかもしれねぇが、それはお前さんらの腕次第ってとこだな」
「…で、こっちの武器は?」
トレアが訊いた。
「ん?おめぇさんは腰の剣があるし、そっちのねぇちゃんは背中の弓でいいじゃねぇか。んでにいちゃんの方は…まぁ何とかしろ」
「…随分いい加減だな」
トーマが小声で言うと、ミラもそうねと苦笑した。
「とりあえずこいつらの具現化時間は20分間に設定してある。勝敗とかは関係ねぇし、倒してもらってもかまわねぇ。頭にある珠が核だ」
「わかった…」
「んじゃ始めっか」
カウルスが捌けると、3体の式は三方に分かれてトーマたちに迫った。
「来たわよ」
「取り囲む気だな」
その言葉通り、式たちは3人を取り囲みゆっくりと周回した。
「二人とも、目を離すなよ…」
トレアはそういいながら剣を抜き、正面に構えた。
3体は同時にそれぞれに襲い掛かった。トレアは剣で拳を受け止め、ミラは前足で蹴って軌道を逸らし、トーマは左へ跳び退いた。
「くッ…」
トレアの口から声が漏れた。剣がギシギシと軋んでいて、式の力の強さを物語っていた。
彼女は剣を傾けて受けていた拳を自分の右側に受け流し、力のまま床に突きつけられた腕を2歩3歩駆けて跳躍した。
式の頭上を飛び越え空中で1回転しながら式の背中を切りつけると、剣と式の体が触れる激しい金属音が響き渡った。着地したトレアがその箇所を確認すると軽く傷が付いてはいたが、目立ったダメージは見受けられない。
「ちッ…骨が折れそうだな…」
振り返った式がその勢いのまま拳を突き出す。ステップで躱したトレアは、式の手首目掛けて剣を振り下ろした。
関節ならばあるいは、と考えての攻撃。手首を3分の1程断ち切ったところで次の攻撃が迫り、渋々彼女は剣を引いた。
(やはりある程度強度は低い…が、無理があるか)
式の関節、手首も肘も肩口もその太さ故に瞬時に切り裂くのは不可能、というのがトレアの感触であった。そもそも、腕をなくしたところでその強靭な巨体自体が武器である。
切り落とすだけ無駄というところに思い至った彼女は、なんとか隙を見つけようと浅い傷を式に刻んで行くのであった。
一方、式の脇を抜けて一定の距離を取ったミラは、その間合いを維持しながら式の周りを右へ左へと動き回っていた。
式の反応速度はミラの先を取れるほどはなく、危なげなく翻弄することが可能であった。しかしミラの放つ矢もまた、魔力で威力を増したとしても式の装甲を穿つには足りず、お互いに有効打を与えられずにいた。
核へ正確に飛来する矢を式の手が防ぐ。たとえ反応速度が多少遅くとも、予め構えられた手は十分に捉えることができた。
(このまま膠着してても埒が明かないわねぇ…)
ミラは一計を案じ、すぐさま行動へ移すこととした。そして彼女は式の正面でその足を止めたのである。
式は一直線にミラへと近づき、一拍置いてその拳を振るう。低い姿勢で拳の下をすり抜けた彼女は直ぐに全速で駆け抜け、間合いを取り背を向けた。
振り向いた式は先程と同じく一直線に突き進み、再び拳を振りかぶった。
「てあぁッ―!」
放たれた式の拳撃をタイミングを掴んだミラの後ろ脚の蹴撃が迎え撃ち、蹄鉄と拳が衝突する激しい金属音が響いた。
やや下目より打ち込まれた蹴りは拳を弾き、その軌道はなだらかに上方へずらされた。
「はぁッ!」
拳を弾いた後ろ足が床を踏みしめたのは一瞬だった。ダンッという音を残し再び放たれた蹴撃は、式のがら空きになった胴体を凹ませてその巨体を弾き飛ばしたのである。
背後の壁に叩きつけられた式は、体勢を崩し床に手をついて転倒を免れていた。そして十数メートル先に背後を向けたままのミラを視界に捉え直すが、すでに戦局は動き出していた。
「避けてッ!」
ミラはすぐさま標的をトレアと対峙している式へと移した。なぜなら、トレアが丁度跳躍し、その式もとい式の核と自らの間にいたのが視界に入ったからである。
式の核は、心臓であり目である。それはミラの推測ではあったが、事実でもあった。
ミラの意図察したトレアは、空中で尾を振り上げ反動で上体を伏せる。ミラの魔力を込められて威力を増した矢がその背後から絶妙なタイミングで飛来し、致命的に反応の遅れた式の核を粉砕。式は光の粒となり消滅したのであった。
「まずは一体ね!」
ミラはそう言うと、背後から迫る僅かな風切り音を感じ、大きく高く前に跳躍した。
着地してすぐに駆け出していたトレアが、跳んだミラの下を疾風の如く駆け抜ける。放たれていた式の拳は跳躍したトレアと紙一重ですれ違い、突き出された剣先は核を正確に捉えていた。
「これで二体だッ!」
式は仰向けに倒れ、そして消滅した。
この時点で10分が経過していた。
残るはトーマが対峙している1体のみとなった。
トレアとミラがそれぞれ式を倒すまでの間、彼は戦局を見渡しつつ攻撃を躱し続け、この紫色の式を引き付けていた。
最初の攻撃を躱した後、てい良く各々が1体ずつ相手取る形になったことを確認したトーマは、まず他の2人の戦い方を観察することにした。
その結果、紫色の式は他に比べ高スペックであろう事がわかってきた。例えば移動速度。他2体が速い時で人が走る程度なのに対し、紫色の式はその1.5倍ほど速いようなのである。
(混戦になると尚のこと厄介か…)
そう考えたトーマは、自らに決定打がない事を鑑みて囮として動くことに決めたのである。
因みにハンドガンは弾数に限りがあることに加え、動作検証を目的にしたこの戦闘には相応しくないこと、他人にあまり見られたくないことなどの理由から使用は控えるつもりであった。
囮として動き続け、トレアとミラが式を倒すのを待っていたトーマにその時が訪れる。
そして始まった後半戦は、思いもよらない事態へ流れていくのであった。
まだ8時にもなっていないはずだが、カウンター前にはまあまあの人数が集まっていた。
3人は受付の横にある掲示板をチェックし、依頼の内容を一通り確認していく。
薬草の採取やチンピラ退治など色々ある中、その中の一つに聞いたことのある依頼人を見つけた。
「これはカウルスからの依頼か?」
「内容は…魔術実験の助手…とあるわね」
「そんなのも依頼できるんだな…報酬は…金貨1枚?!
結構な高額なんじゃないのか?」
普通、一つの依頼の報酬は並で銀貨5枚から20枚の間が相場、となればこの額はかなり高額だ。
ちなみにミラから聞いた話では一般の勤め人の平均月収は金貨1枚と銀貨50枚前後ということであった。
「相場の5倍以上ね。それだけ危険を伴うということかしら…」
ミラの言葉を裏付けるように、他の者達はその依頼に一瞬目を輝かせるものの、訝しみ、結局他の依頼を受けていくのである。
「実験の助手だからな…失敗する可能性もあるということだろう」
「俺は少し興味があるな…。まだ魔法というものもエヴァニッチのところで見た喋る石像くらいだし、あまりに無茶なものなら途中で辞退してもいいんだろ?」
ミラもトレアも「それもそうか」と賛同し、若干の怪しさは感じながらもこの依頼を受けることにした。
「では、こちらが詳しい内容になります」
カウンターで女から1枚の紙を渡された。そこには詳しい内容が載っており、その内容とはカウルスの操るパペットとの模擬戦であった。
特記欄には、受託側に戦闘経験がある事と怪我を負う可能性の承諾が強く推されていた。
あの高額な報酬はやはりそういう事情が絡んでいたのである。
3人はギルドカウンターの建物を辞し、カウルスの家へと向かった。
途中、ミラは昨日買った矢の本数では不安があるとして武器屋に立ち寄った。トーマは剣や盾の購入を提案されたが、使い慣れない道具は逆に枷になりかねないと遠慮した。
カウルスの家に到着しノックするが、昨日と同じく反応はない。また昨日と同じようにドアを押せば、やはり鍵はかかっておらず軋んだ音を立てながら開いた。
(あの男に防犯という観念はないのか?)
とトーマは呆れながら中に入った。
すると、噂をすればなんとやらと言わんばかりに、奥から当の本人が顔を出した。
「誰だ…って、昨日のあんたらか。またなんか用か?」
「ああ、ギルドの仕事で来たんだが…」
トーマがそう言うとカウルスは「おー、そうかそうかッ!」といかにも嬉しそうにトーマの肩をバシバシと叩いた。トーマはとても迷惑を被った顔をしたが、彼に気にする様子はない。
「とりあえずこっちだ。準備は終わってるからすぐにでも始められるぞ」
テンションの上がっているカウルスに案内され、3人は昨日1度入ったあのホールに通された。
改めて説明すると、上4階分の天井と壁を打ち抜いてホールとされていて、広さは約1200平米ほど。壁には幾つも同じ模様が上から下まで点々と記されており、これが昨日ミラが言っていた『対魔法結界』の陣である。
「依頼内容は貴殿のパペットとの模擬戦だったな?」
トレアが訊くと、カウルスはニヤニヤしながら部屋の真ん中に移動した。
「その通り、あんた達には…」
そう言いながら3枚の10センチ四方の紙を床に置いて、胸の前で合掌した。するとその3枚からそれぞれ下半身が逆さ円錐の形をした青い鎧が2体、紫に近い色の同型が1体姿を現したのである。
「こいつらと戦ってもらう」
イタズラが成功したような顔のカウルスの背後には、頭部に一ッ目のように紅い珠を光らせたパペットが呆気に取られたトーマ達を見下ろしていた。
パペット達の体は地面から30センチ程浮き上がっていて、背丈自体は5メートル前後。上半身はミラノ式甲冑という鎧に似通っているが、肩幅や胸囲は人の6、7倍はあろうかという巨躯であった。
頭部のシルエットもミラノ式甲冑に似ているのだが、例えるなら正面から押しはめた様に、拳大の紅い珠が輝いていた。
「まぁ戦うつっても、こいつらはガチでお前らの命を狙いに行くわけじゃねぇ。こいつらの戦闘での動きやなんかを見たいだけだ。
ただまぁ怪我くらいはするかもしれねぇが、それはお前さんらの腕次第ってとこだな」
「…で、こっちの武器は?」
トレアが訊いた。
「ん?おめぇさんは腰の剣があるし、そっちのねぇちゃんは背中の弓でいいじゃねぇか。んでにいちゃんの方は…まぁ何とかしろ」
「…随分いい加減だな」
トーマが小声で言うと、ミラもそうねと苦笑した。
「とりあえずこいつらの具現化時間は20分間に設定してある。勝敗とかは関係ねぇし、倒してもらってもかまわねぇ。頭にある珠が核だ」
「わかった…」
「んじゃ始めっか」
カウルスが捌けると、3体の式は三方に分かれてトーマたちに迫った。
「来たわよ」
「取り囲む気だな」
その言葉通り、式たちは3人を取り囲みゆっくりと周回した。
「二人とも、目を離すなよ…」
トレアはそういいながら剣を抜き、正面に構えた。
3体は同時にそれぞれに襲い掛かった。トレアは剣で拳を受け止め、ミラは前足で蹴って軌道を逸らし、トーマは左へ跳び退いた。
「くッ…」
トレアの口から声が漏れた。剣がギシギシと軋んでいて、式の力の強さを物語っていた。
彼女は剣を傾けて受けていた拳を自分の右側に受け流し、力のまま床に突きつけられた腕を2歩3歩駆けて跳躍した。
式の頭上を飛び越え空中で1回転しながら式の背中を切りつけると、剣と式の体が触れる激しい金属音が響き渡った。着地したトレアがその箇所を確認すると軽く傷が付いてはいたが、目立ったダメージは見受けられない。
「ちッ…骨が折れそうだな…」
振り返った式がその勢いのまま拳を突き出す。ステップで躱したトレアは、式の手首目掛けて剣を振り下ろした。
関節ならばあるいは、と考えての攻撃。手首を3分の1程断ち切ったところで次の攻撃が迫り、渋々彼女は剣を引いた。
(やはりある程度強度は低い…が、無理があるか)
式の関節、手首も肘も肩口もその太さ故に瞬時に切り裂くのは不可能、というのがトレアの感触であった。そもそも、腕をなくしたところでその強靭な巨体自体が武器である。
切り落とすだけ無駄というところに思い至った彼女は、なんとか隙を見つけようと浅い傷を式に刻んで行くのであった。
一方、式の脇を抜けて一定の距離を取ったミラは、その間合いを維持しながら式の周りを右へ左へと動き回っていた。
式の反応速度はミラの先を取れるほどはなく、危なげなく翻弄することが可能であった。しかしミラの放つ矢もまた、魔力で威力を増したとしても式の装甲を穿つには足りず、お互いに有効打を与えられずにいた。
核へ正確に飛来する矢を式の手が防ぐ。たとえ反応速度が多少遅くとも、予め構えられた手は十分に捉えることができた。
(このまま膠着してても埒が明かないわねぇ…)
ミラは一計を案じ、すぐさま行動へ移すこととした。そして彼女は式の正面でその足を止めたのである。
式は一直線にミラへと近づき、一拍置いてその拳を振るう。低い姿勢で拳の下をすり抜けた彼女は直ぐに全速で駆け抜け、間合いを取り背を向けた。
振り向いた式は先程と同じく一直線に突き進み、再び拳を振りかぶった。
「てあぁッ―!」
放たれた式の拳撃をタイミングを掴んだミラの後ろ脚の蹴撃が迎え撃ち、蹄鉄と拳が衝突する激しい金属音が響いた。
やや下目より打ち込まれた蹴りは拳を弾き、その軌道はなだらかに上方へずらされた。
「はぁッ!」
拳を弾いた後ろ足が床を踏みしめたのは一瞬だった。ダンッという音を残し再び放たれた蹴撃は、式のがら空きになった胴体を凹ませてその巨体を弾き飛ばしたのである。
背後の壁に叩きつけられた式は、体勢を崩し床に手をついて転倒を免れていた。そして十数メートル先に背後を向けたままのミラを視界に捉え直すが、すでに戦局は動き出していた。
「避けてッ!」
ミラはすぐさま標的をトレアと対峙している式へと移した。なぜなら、トレアが丁度跳躍し、その式もとい式の核と自らの間にいたのが視界に入ったからである。
式の核は、心臓であり目である。それはミラの推測ではあったが、事実でもあった。
ミラの意図察したトレアは、空中で尾を振り上げ反動で上体を伏せる。ミラの魔力を込められて威力を増した矢がその背後から絶妙なタイミングで飛来し、致命的に反応の遅れた式の核を粉砕。式は光の粒となり消滅したのであった。
「まずは一体ね!」
ミラはそう言うと、背後から迫る僅かな風切り音を感じ、大きく高く前に跳躍した。
着地してすぐに駆け出していたトレアが、跳んだミラの下を疾風の如く駆け抜ける。放たれていた式の拳は跳躍したトレアと紙一重ですれ違い、突き出された剣先は核を正確に捉えていた。
「これで二体だッ!」
式は仰向けに倒れ、そして消滅した。
この時点で10分が経過していた。
残るはトーマが対峙している1体のみとなった。
トレアとミラがそれぞれ式を倒すまでの間、彼は戦局を見渡しつつ攻撃を躱し続け、この紫色の式を引き付けていた。
最初の攻撃を躱した後、てい良く各々が1体ずつ相手取る形になったことを確認したトーマは、まず他の2人の戦い方を観察することにした。
その結果、紫色の式は他に比べ高スペックであろう事がわかってきた。例えば移動速度。他2体が速い時で人が走る程度なのに対し、紫色の式はその1.5倍ほど速いようなのである。
(混戦になると尚のこと厄介か…)
そう考えたトーマは、自らに決定打がない事を鑑みて囮として動くことに決めたのである。
因みにハンドガンは弾数に限りがあることに加え、動作検証を目的にしたこの戦闘には相応しくないこと、他人にあまり見られたくないことなどの理由から使用は控えるつもりであった。
囮として動き続け、トレアとミラが式を倒すのを待っていたトーマにその時が訪れる。
そして始まった後半戦は、思いもよらない事態へ流れていくのであった。
21/03/06 02:38更新 / アバロン3
戻る
次へ