暗躍の兆候
視線はトーマに集まっていたが、当の本人が気にしたのは別の事柄であった。
「そうか…その媒体ってのはどういうものだ?」
「え?」
「もしかしてあまり見た事のない鉱石みたいなもので、失敗した原因ってのは一部の…制御式?っていうのか、それが暴走したんじゃないのか?」
トーマの言いたいことがわかった他の3人が、今度はシャルルを見つめた。そのシャルルは驚いた顔をしている。
「その媒体が何か、知ってるの!?」
「やっぱりそうなんだな…」
トーマはべネールでの出来事と、現在ギルド経由で発令されている回収警告について説明した。
「なるほどね…。ぼくの、師匠のときもそんな感じだったんだ」
シャルルの説明によれば、亜空間を検知する公式とゲートを開く座標の公式に必要以上の魔力が流入。しかもその流入した魔力の振れ分は本来、安全装置となる公式に流れ込むはずの分だったという。
魔法陣が展開された場所を追跡した彼女は、250キロも西側の上空約1000メートルに魔法陣を発見した。
魔女は大慌てで魔法陣を解体。5分ほどでゲートを閉じることに成功したのだという。
地図で確認すると一体は森であり、人的には被害は少ないと判断。実際に当たりまで転移してみて、岩もとい隕石が落下してきた事と人的被害が奇跡的に皆無だったことまでは把握していた。
しかし、転移者の存在までは分からなかった。それも当然、なぜならその転移者であるトーマは更にそこから250キロ西側まで移動してしまっていたのだから。
「それで、ここまで話したわけだけど…君の師匠に会うことは出来るか?」
「…それは…出来ない」
「っ!どうして!」
出来ないという返事に、思わず立ち上がったのはトレアだった。
「えと…師匠は、その、すごく他の人に関わられるのを嫌がるんだ…」
「だからといって、それは余りにも無責任だっ!こっちは、全く知らないところに急に連れてこられたんだぞ!?」
「トレア…」
トーマたちはトレアを丸い目で見つめ、シャルルは怯えるでもなく、ただ俯いたままその言葉を浴びていた。
「トレア、この子にそれを言ってもしょうがないだろ…」
「っ…、あ、そうだな…すまない、シャルル…」
「ううん、いいんだ。なんとか会えるようにするから、少し待っててほしい。こっちにも事情があるんだ…」
改めて連絡をするというシャルルに宿を教えて、トーマたちは家を後にする。ノルヴィは目的の薬草をシャルルから貰っているあたりちゃっかりしていた。
その帰り道。
「魔女のことはシャルルに任せるしかないとして、気になるのは媒体の方ね」
「…そうだな」
「ああ、この当たりにもやはり散らばってるんだな」
「そうじゃないわよ、トレア」
気づいていないらしい彼女に、ミラが苦笑しながら顔を向ける。
「何がだ?」
「トレアっちさ、あの厄介石はトーマにくっついて一緒に来たよねぇ?」
「ああ」
「で、その原因になった魔女っ子の使ったのもその石なわけ?」
「…確かに理屈に合わないな」
はっとしたトレアは顎に手をやる。
他の3人が気付いたのも魔女の家を出てからの事で、シャルルと話している時には本筋の方に気を取られて流してしまっていた。
「それで、いくつか理由が考えられるわけだけど…」
「一つめは、似た効果の別物である説。二つめに、隕石片、小惑星片というのが間違いという説…」
「それで言えば二つめの可能性は低いわね。これまでの町や村でのことがあるもの」
ミラが言う理由は、これまで通過した町村で多くこの媒体が見つかっていることと、落下現場に居合わせた者の証言がある事を指していた。ちなみに全てギルド経由で輸送済みであ。
「そうだな。そして三つめは彼の証言が嘘で、本当はそんな媒体は使用していない説」
「有り得なくはない、が…あの反応を見る限り違うと信じたいな」
「ええ。そして…正直もっとも確率の高い推測は…」
「トーマより前に、同じところから来た説だな…」
一つめの説が当たっているなら、少なくともこの辺りの魔導師にそういう媒体の存在が知れ渡っていないのは不自然であるし、三つめのシャルルが嘘をついたというのも、嘘をつこうとする人間がその矛盾になにも突っ込んでこないというのが逆に説得力にかけて見えた。
「いつ、だれが、なんの目的で…」
「それは今考えてもしょうがないわ」
「ミラっちの言う通り。今は魔女っ子が会ってくれるのを待つしかないね」
「…そうだな」
返事では肯定しつつ、それでもトーマはなんとなく嫌な予感を抱いてしまうのだった。
_
シャルルはトーマたちが帰ったあと、食堂のテーブルにつき紅茶を淹れて一服していた。座った彼の足は床に届いておらず、時折体の動きに合わせて揺れている。
もちろんただ休んでいる訳ではなく、先ほど交わした会話の内容を咀嚼しながらであった。そしてこれも当然ながら、例の媒体についての矛盾にも気がついていた。ただし、彼らが帰った後にではあるが。
(つまり、先にゲートが開いたことがあるということ…しかも、ここ数年のうちのはず)
シャルルがここ数年と判断したのには理由がある。というのも。
(たしか、あの媒体は他の鉱石や魔石と一緒にサキア平原で集めてきたはず…回収に行ったのは二年前。その前の分にはひとつだって含まれてなかった…)
シャルルはテーブルに突っ伏した。まるで学生が授業中に寝るような体勢であるが、これは彼が考え事をする時の癖のようなものであった。
(一先ず、彼らのことは多少信用しても大丈夫そう…魔女については…あの問題を解決しないとそれでもまだ無理だ…協力してくれるか…きっとしてくれるだろう。その後は今まだ判断できないか)
シャルルが思考を終えて顔を上げると、すっかり暗くなった部屋に窓からの月明かりが差し込んでいた。
彼が椅子から降りると、独りでにランプが明るくなる。魔法を使えるのだから、魔導式ランプに魔力を送るくらいは息をする程度のこと。
彼が食堂から廊下を通り書斎へ移ると、それに追従するようにランプの灯りも消えては点いていく。
書斎机の引出しから取り出された羊皮紙は、手のひらサイズの小さなもの。それに羽根ペンでサラサラとなにやら書き込み、それが終わるとクルクルと巻いた。
ふと机の隅を見ると、1匹の白ネズミがいた。
「気が利くね。頼んだよ」
ネズミは羊皮紙を咥えて、シャルルの開けた窓から外へと出ていった。
_
トーマとノルヴィの泊まっている部屋の扉がノックされた。ただし音は弱く位置も床に近いのだが。
気づいたトーマが訝しげにそっと外開きのドアを開けた。辺りを伺ってから足元を見ると、羊皮紙を咥えた白ネズミが1匹こちらを見上げていた。
ネズミは羊皮紙を床へ置くとくるりと振り向き、少し退ってまたトーマを見つめた。
(これは…多分手に取れってことだよな?)
トーマは少し慎重にそれを取り、その羊皮紙を広げた。
【明日また話したいからみんなで来て。来れる時間を書いてこの子に持たせて。】
シャルルからの文だと判断したトーマは中にいたノルヴィと隣の部屋の2人に声をかけた。
「明日なら午後だったら大丈夫よん」
「私も問題ないわ」
「同じく」
羊皮紙の空いたところに【正午過ぎに訪ねる】と書いて巻き直し、白ネズミに渡した。それを咥えてネズミは夜の街を駆けていくのだった。
そして明くる日、朝からノルヴィは商売を、トーマ達はギルドの依頼を手早く終わらせていた。
早めの昼食を取り魔女の家へと向かう。今日は躊躇うことも無く柵を抜けて玄関のドアを叩いた。
ドアが開いてシャルルが顔を出した。のだが、その反応はトーマたちが思っていたものとは違った。
「あ、お兄ちゃんたち。今日も来てくれたの?」
「なっ…、来いと言ったのは―」
「そうなんだ―」
面食らって一拍空き、トレアが聞き返す言葉を遮ってトーマが話し出した。心做しか大きな声でトーマは続けた。
「時間も空いたし、また来るって言ったしな。お祖母さんは今日どうだい?」
「体調は良いみたい。まぁ入ってよ」
「ああ」
4人が中に入るとシャルルはドアの鍵を閉めた。
「トーマさんが合わせてくれて助かったよ」
「二人とも、これはどういうことだ?」
腕を組みながらトレアが訊ねた。
「俺も詳しい事情は分からないさ。でも足元に昨日のネズミを連れているのに、来るのを知らないっての反応をされれば、何となくそう言う風に装いたいんだろうとは思うさ」
「つまり、そうしなければならない相手が辺りにいたということか…?」
「詳しくは奥で話すよ」
シャルルは頷いてそう答えた。
「けどその前に…」
彼が徐に寝室へ向けて指を弾くと、そこには談笑するトーマ達とシャルル、それに見知らぬ高齢女性の姿が現れた。その様は煙が形を作りながら固まってくるような、と形容できた。
「…フィクション、幻影魔法ね」
「うん。まぁ、昨日みんなが来る前はうっかりかけ忘れてたんだけどね…」
「はー、ドジだなー。…って、まてまてまてまてっ!」
ボワッと浮かんだ光球にノルヴィが慌てて食堂のドアの影に隠れた。
ふん、と鼻を鳴らして光球を消したシャルルと大きなため息を付いたノルヴィを見て、他の3人は苦笑を漏らす。
シャルルは階段下の物置のドアを開けた。
「書斎じゃないのか?」
「ううん、今日はこっち。君たちなら入れてもいいってさ」
「…物置にか?」
「まさか。こっちだよ」
シャルルがそう答えると床が淡く光り、物置の風景に別の風景が重なって見えだした。そして光が止むと別の風景の方が現実となっていた。
「これは…」
「これは“ただの”転移魔法さ。本当はあそこには階段があったんだけど、ミラさんが無理だったから昨日仕込んだんだ」
「あら、なんだか悪いわねぇ」
「仲間外れはよくないからね。まぁ掛けてよ」
棚や長机が壁を埋めつくした部屋の中に不釣り合いなソファーが一対。トーマたちが元々書斎にあったものだと気づくまではそうかからなかった。
最後にシャルルが座ると、彼はさてと…と言って話し始めた。
「まず、今みんなが魔女、師匠に会うことは出来ない」
「なっ…どうして?!」
「待った、トレア」
身を乗り出したトレアをトーマが制止した。
「シャルル、続けてくれ」
「あ…うん。で、その理由なんだけど、師匠は訳あって今姿を晒すわけには行かないんだ」
「その訳っていうのが、さっきの玄関でのことに繋がるんだな?」
「そう。ここからは順を追って説明するね。…きっかけは約半年前のある日、この家にかけられていた結界が破られたらしいんだ」
「魔女が自ら解いたんじゃなかったのか…」
トーマ達は町の住人から聞いた話を思い出していた。1年経たないくらい前から結界が無くなったようだ、と。
「それって、その日急になのかしら?」
「うん、そう…らしいよ。師匠が言うにはね」
「ハッキリしない物言いだな?」
トレアは背もたれに寄りかかりながら腕を組んだ。
「僕はその時まだ弟子じゃなかったからね。僕が師匠に師事したのはその一ヶ月あとからなんだ。しかも、表向きには魔法は人並みしか使えないことにしてる」
「なぜそんなことを?」
「師匠のかけた結界を急に破るなんて、普通じゃない。ミラさんなら何となくわかるよね?」
トーマたちがミラを振り返る中、彼女は説明を始める。
「実際の経年数は置いておくけど、もしも百年くらい経っていて問題ない結界だったなら、よっぽどのことでもない限り自然消滅したり、誰かが無理やり破ることはほぼないと考えていいわ」
「うん、その通りだよ」
続くシャルルの説明によると、結界が破壊されたり消滅する原因のパターンは多くない。
ひとつは結界の構成陣が経年劣化で破損し、機能が停止して消滅する場合。
術者が設定した結界消滅のプロセスを誰かが施行した場合。
結界が耐えられない負荷を受けて、単純に崩壊した場合。
多くの場合はこの3つに当てはまるらしいのだが、今回の件に関してはそうではないという。
「確かに、魔女はずっとそこにいたのなら経年劣化みたいな異常には直ぐに気づいて対策するだろうな」
「それにわざわざ何時でも外から結界を解除できるプロセスを組む必要も無いわね。術者なら自分だけが自由に干渉できる内容にしてるでしょうし」
「負荷がかかりすぎた、というのも考えづらいな。ちょっとやそっとで耐えられなくなるような結界だったとは思えん」
「んで?結局なんでそうなったわけよ?」
「結界が解かれてしまった理由は簡単。強制的にキャンセルする命令が送り込まれたんだ…内側からね」
最後の一言により眉を顰めたのは1人ではなかった。
「…理屈に合わんな」
「だよね。師匠もそう思って色々と調べたんだ」
シャルルは徐に立ち上がると長机に向かう。そして机の上にあった鉄板でできた箱を開け、中から大人の拳2つ分ほどの大きさの何かを取り出し戻ってきた。
「…なんだそれは?」
「見たところ金属で出来てるわね…」
「ドリルにスパイクの付いた車輪…掘削機だな、これは…」
「知ってるの?!」
シャルルは驚きの声を上げる。
その物体は長さ15センチ、直径5センチほどの円柱状の基部を持ち、側面の四方にはトーマの言う通りスパイクの付いた車輪が縦に3つずつ並んで顔を覗かせている。車輪列と車輪列の間には半円状に凹んだ溝があり、一端にはフィクスカッタービットと呼ばれる形状のドリルがその奇形を主張していた。
「こいつがそのままあった訳じゃないぞ、ただし、このドリルについては似た形状の物があることは知ってる。あとはこいつの車輪からすると自走出来るんだろうな」
「なるほどね…これを見つけた時はこのドリル?の部分がこの地下室の壁から突き出してた…らしいんだ」
「音とかで気づけなかったのか?」
「師匠だってずっと篭ってる訳じゃない、たまたま出かけてる間だったんだよ」
「それよりも問題はそこじゃないわね。どうやってこれが結界の中に来たか、ということよ」
「ミラっち、どういう事?」
「いい?まずこれが掘削機で自走出来るなら、土の中を進んできたということになるわ」
「そりゃそうだろうよ」
「土の中なら対物結界についてはスルー出来るわ。物体に干渉する結界は、当然物体をすり抜けて展開はされないから」
「はいはい、今んとこおかしなとこは無いね」
「じゃあ魔法結界は?」
「ん?…んん?…確かに変だな…」
ノルヴィの相槌か止まり、難しい顔をしながら唸る。
「そうなんだよ。これが魔力で動いてるなら動作は止まるはずなんだ」
その名の通り魔法結界は魔法を遮断する結界である。魔力を動力とする魔導具などは直接的な魔法ではないが魔力を何らかの形で作用させて動くのだ。それはつまり、魔法が発動されているのと同義なのである。
この掘削機が魔導式であるならば、当然魔法結界をくぐった時点でその動作は停止してしまう。そしてシャルルによれば魔法結界の効果は家の中、もとい地下室に入らない限り継続されるという。要するに結界をくぐって止まったこの掘削機が再び機能を取り戻すには、既に地下室内にいる以外に方法はないのである。
そしてこの大きさの道具が地面を掘り進むだけの駆動力を得るには、この世界では魔力以外のエネルギーはない、はずだった。
「いや…こいつは魔力で動いてるんじゃないな…」
「え…?」
魔力じゃないと呟いたトーマの手元を見れば、掘削機のドリルと反対側の一端が開かれていた。そちら側は蓋になっていたらしく、彼はそれをたまたま開けることが出来たらしい。
基部の中から取り出されたのは、黒い箱のような何か。
「トーマ、それは?」
「バッテリーだ…」
「…バッテリー?」
「電気を蓄電、放電するためのものだな。こっちだと魔石なんかがそれにあたるのかな」
「なるほど、魔石の電気版か」
「トーマがそれを知っていたということは、これはトーマの世界にあったものなのよね?」
「ああ。ただし、作られたのはこっちだろうな。向こうには“こんなに出来の悪いもの”はないから」
「つまり、誰かがトーマの世界の技術を猿真似してこれを作った。動力は電気だから魔法結界の効果はない、ってことだね」
「そうだ」
内部を調べていくと、モーターとギア、そして魔石が組み込まれていた。
結論として、電動の掘削機は地中を進み対物結界・魔法結界をパスし、地下室の壁を貫通。地下室内に入ったことにより魔法が使えるようになり、予め仕掛けられていた魔石の結界強制停止魔法が干渉し、結界を消し去ったと考えられた。
そして主題は魔女に会うことが出来ない理由へと戻る。
「つまり魔女っこは、どっかの厄介者がこいつを使って結界を破った。となれば、狙いは自分か自分の研究なんじゃないかと思っているわけだ」
「そういうこと。僕は目立って動くことの出来なくなった魔女の代わりに外へ出るために弟子に取り立てて貰えたんだ。元々魔法使いになりたいとも思っていたからね」
「君の親や家族は知ってるのか?」
「えっと…僕は元々反魔物領の孤児なんだ。僕の事は前に見かけたことがあるみたいで、魔法使いになりたいことも、その時たまたま知ったって言ってたよ」
「そうだったのか…悪いことを聞いたな」
「ううん、大丈夫。ともかく、その厄介者を何とかしないことには師匠は会うことは出来ないって言ってた。それは師匠自身とみんなの身を守るためは致し方ないことは分かってして欲しい、とも」
その言い分に異議が上がる訳もない。
そして話は厄介者についての考察に移っていった。
「俺としては、一つ心当たりがあるな」
「私もよ。というか、私たちはと言った方がいいかしら?」
「ああ。教団暗部だな」
「教団暗部?」
「ああ」
トーマの返事に続いて、ミラがステンライナで起きた事件と顛末について掻い摘んだ説明を行った。
「なるほどね…ちょっと待ってて」
シャルルは席を立つと部屋の隅まで歩いてゆき、そこにあった転移陣によってどこかへと転移して行った。
5分しない内に戻ってきた彼は、再び席に着く。その手には丸められた羊皮紙が握られていた。
「お待たせ、師匠と話してきた」
「魔女と?」
「うん。師匠もさっきまでの会話は聞いてたからね」
「そうだったのか」
トーマ達は部屋の中を見回すが、何が見つかるわけでも無かった。
「これについても内緒にしてたのは謝るよ」
「ああ、構わない。…それで?」
「師匠が言うには、教団が相手と思って間違いなさそうだって。これみて」
シャルルが広げた羊皮紙は東ルプス連邦周辺の地図であった。
「そうか…その媒体ってのはどういうものだ?」
「え?」
「もしかしてあまり見た事のない鉱石みたいなもので、失敗した原因ってのは一部の…制御式?っていうのか、それが暴走したんじゃないのか?」
トーマの言いたいことがわかった他の3人が、今度はシャルルを見つめた。そのシャルルは驚いた顔をしている。
「その媒体が何か、知ってるの!?」
「やっぱりそうなんだな…」
トーマはべネールでの出来事と、現在ギルド経由で発令されている回収警告について説明した。
「なるほどね…。ぼくの、師匠のときもそんな感じだったんだ」
シャルルの説明によれば、亜空間を検知する公式とゲートを開く座標の公式に必要以上の魔力が流入。しかもその流入した魔力の振れ分は本来、安全装置となる公式に流れ込むはずの分だったという。
魔法陣が展開された場所を追跡した彼女は、250キロも西側の上空約1000メートルに魔法陣を発見した。
魔女は大慌てで魔法陣を解体。5分ほどでゲートを閉じることに成功したのだという。
地図で確認すると一体は森であり、人的には被害は少ないと判断。実際に当たりまで転移してみて、岩もとい隕石が落下してきた事と人的被害が奇跡的に皆無だったことまでは把握していた。
しかし、転移者の存在までは分からなかった。それも当然、なぜならその転移者であるトーマは更にそこから250キロ西側まで移動してしまっていたのだから。
「それで、ここまで話したわけだけど…君の師匠に会うことは出来るか?」
「…それは…出来ない」
「っ!どうして!」
出来ないという返事に、思わず立ち上がったのはトレアだった。
「えと…師匠は、その、すごく他の人に関わられるのを嫌がるんだ…」
「だからといって、それは余りにも無責任だっ!こっちは、全く知らないところに急に連れてこられたんだぞ!?」
「トレア…」
トーマたちはトレアを丸い目で見つめ、シャルルは怯えるでもなく、ただ俯いたままその言葉を浴びていた。
「トレア、この子にそれを言ってもしょうがないだろ…」
「っ…、あ、そうだな…すまない、シャルル…」
「ううん、いいんだ。なんとか会えるようにするから、少し待っててほしい。こっちにも事情があるんだ…」
改めて連絡をするというシャルルに宿を教えて、トーマたちは家を後にする。ノルヴィは目的の薬草をシャルルから貰っているあたりちゃっかりしていた。
その帰り道。
「魔女のことはシャルルに任せるしかないとして、気になるのは媒体の方ね」
「…そうだな」
「ああ、この当たりにもやはり散らばってるんだな」
「そうじゃないわよ、トレア」
気づいていないらしい彼女に、ミラが苦笑しながら顔を向ける。
「何がだ?」
「トレアっちさ、あの厄介石はトーマにくっついて一緒に来たよねぇ?」
「ああ」
「で、その原因になった魔女っ子の使ったのもその石なわけ?」
「…確かに理屈に合わないな」
はっとしたトレアは顎に手をやる。
他の3人が気付いたのも魔女の家を出てからの事で、シャルルと話している時には本筋の方に気を取られて流してしまっていた。
「それで、いくつか理由が考えられるわけだけど…」
「一つめは、似た効果の別物である説。二つめに、隕石片、小惑星片というのが間違いという説…」
「それで言えば二つめの可能性は低いわね。これまでの町や村でのことがあるもの」
ミラが言う理由は、これまで通過した町村で多くこの媒体が見つかっていることと、落下現場に居合わせた者の証言がある事を指していた。ちなみに全てギルド経由で輸送済みであ。
「そうだな。そして三つめは彼の証言が嘘で、本当はそんな媒体は使用していない説」
「有り得なくはない、が…あの反応を見る限り違うと信じたいな」
「ええ。そして…正直もっとも確率の高い推測は…」
「トーマより前に、同じところから来た説だな…」
一つめの説が当たっているなら、少なくともこの辺りの魔導師にそういう媒体の存在が知れ渡っていないのは不自然であるし、三つめのシャルルが嘘をついたというのも、嘘をつこうとする人間がその矛盾になにも突っ込んでこないというのが逆に説得力にかけて見えた。
「いつ、だれが、なんの目的で…」
「それは今考えてもしょうがないわ」
「ミラっちの言う通り。今は魔女っ子が会ってくれるのを待つしかないね」
「…そうだな」
返事では肯定しつつ、それでもトーマはなんとなく嫌な予感を抱いてしまうのだった。
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シャルルはトーマたちが帰ったあと、食堂のテーブルにつき紅茶を淹れて一服していた。座った彼の足は床に届いておらず、時折体の動きに合わせて揺れている。
もちろんただ休んでいる訳ではなく、先ほど交わした会話の内容を咀嚼しながらであった。そしてこれも当然ながら、例の媒体についての矛盾にも気がついていた。ただし、彼らが帰った後にではあるが。
(つまり、先にゲートが開いたことがあるということ…しかも、ここ数年のうちのはず)
シャルルがここ数年と判断したのには理由がある。というのも。
(たしか、あの媒体は他の鉱石や魔石と一緒にサキア平原で集めてきたはず…回収に行ったのは二年前。その前の分にはひとつだって含まれてなかった…)
シャルルはテーブルに突っ伏した。まるで学生が授業中に寝るような体勢であるが、これは彼が考え事をする時の癖のようなものであった。
(一先ず、彼らのことは多少信用しても大丈夫そう…魔女については…あの問題を解決しないとそれでもまだ無理だ…協力してくれるか…きっとしてくれるだろう。その後は今まだ判断できないか)
シャルルが思考を終えて顔を上げると、すっかり暗くなった部屋に窓からの月明かりが差し込んでいた。
彼が椅子から降りると、独りでにランプが明るくなる。魔法を使えるのだから、魔導式ランプに魔力を送るくらいは息をする程度のこと。
彼が食堂から廊下を通り書斎へ移ると、それに追従するようにランプの灯りも消えては点いていく。
書斎机の引出しから取り出された羊皮紙は、手のひらサイズの小さなもの。それに羽根ペンでサラサラとなにやら書き込み、それが終わるとクルクルと巻いた。
ふと机の隅を見ると、1匹の白ネズミがいた。
「気が利くね。頼んだよ」
ネズミは羊皮紙を咥えて、シャルルの開けた窓から外へと出ていった。
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トーマとノルヴィの泊まっている部屋の扉がノックされた。ただし音は弱く位置も床に近いのだが。
気づいたトーマが訝しげにそっと外開きのドアを開けた。辺りを伺ってから足元を見ると、羊皮紙を咥えた白ネズミが1匹こちらを見上げていた。
ネズミは羊皮紙を床へ置くとくるりと振り向き、少し退ってまたトーマを見つめた。
(これは…多分手に取れってことだよな?)
トーマは少し慎重にそれを取り、その羊皮紙を広げた。
【明日また話したいからみんなで来て。来れる時間を書いてこの子に持たせて。】
シャルルからの文だと判断したトーマは中にいたノルヴィと隣の部屋の2人に声をかけた。
「明日なら午後だったら大丈夫よん」
「私も問題ないわ」
「同じく」
羊皮紙の空いたところに【正午過ぎに訪ねる】と書いて巻き直し、白ネズミに渡した。それを咥えてネズミは夜の街を駆けていくのだった。
そして明くる日、朝からノルヴィは商売を、トーマ達はギルドの依頼を手早く終わらせていた。
早めの昼食を取り魔女の家へと向かう。今日は躊躇うことも無く柵を抜けて玄関のドアを叩いた。
ドアが開いてシャルルが顔を出した。のだが、その反応はトーマたちが思っていたものとは違った。
「あ、お兄ちゃんたち。今日も来てくれたの?」
「なっ…、来いと言ったのは―」
「そうなんだ―」
面食らって一拍空き、トレアが聞き返す言葉を遮ってトーマが話し出した。心做しか大きな声でトーマは続けた。
「時間も空いたし、また来るって言ったしな。お祖母さんは今日どうだい?」
「体調は良いみたい。まぁ入ってよ」
「ああ」
4人が中に入るとシャルルはドアの鍵を閉めた。
「トーマさんが合わせてくれて助かったよ」
「二人とも、これはどういうことだ?」
腕を組みながらトレアが訊ねた。
「俺も詳しい事情は分からないさ。でも足元に昨日のネズミを連れているのに、来るのを知らないっての反応をされれば、何となくそう言う風に装いたいんだろうとは思うさ」
「つまり、そうしなければならない相手が辺りにいたということか…?」
「詳しくは奥で話すよ」
シャルルは頷いてそう答えた。
「けどその前に…」
彼が徐に寝室へ向けて指を弾くと、そこには談笑するトーマ達とシャルル、それに見知らぬ高齢女性の姿が現れた。その様は煙が形を作りながら固まってくるような、と形容できた。
「…フィクション、幻影魔法ね」
「うん。まぁ、昨日みんなが来る前はうっかりかけ忘れてたんだけどね…」
「はー、ドジだなー。…って、まてまてまてまてっ!」
ボワッと浮かんだ光球にノルヴィが慌てて食堂のドアの影に隠れた。
ふん、と鼻を鳴らして光球を消したシャルルと大きなため息を付いたノルヴィを見て、他の3人は苦笑を漏らす。
シャルルは階段下の物置のドアを開けた。
「書斎じゃないのか?」
「ううん、今日はこっち。君たちなら入れてもいいってさ」
「…物置にか?」
「まさか。こっちだよ」
シャルルがそう答えると床が淡く光り、物置の風景に別の風景が重なって見えだした。そして光が止むと別の風景の方が現実となっていた。
「これは…」
「これは“ただの”転移魔法さ。本当はあそこには階段があったんだけど、ミラさんが無理だったから昨日仕込んだんだ」
「あら、なんだか悪いわねぇ」
「仲間外れはよくないからね。まぁ掛けてよ」
棚や長机が壁を埋めつくした部屋の中に不釣り合いなソファーが一対。トーマたちが元々書斎にあったものだと気づくまではそうかからなかった。
最後にシャルルが座ると、彼はさてと…と言って話し始めた。
「まず、今みんなが魔女、師匠に会うことは出来ない」
「なっ…どうして?!」
「待った、トレア」
身を乗り出したトレアをトーマが制止した。
「シャルル、続けてくれ」
「あ…うん。で、その理由なんだけど、師匠は訳あって今姿を晒すわけには行かないんだ」
「その訳っていうのが、さっきの玄関でのことに繋がるんだな?」
「そう。ここからは順を追って説明するね。…きっかけは約半年前のある日、この家にかけられていた結界が破られたらしいんだ」
「魔女が自ら解いたんじゃなかったのか…」
トーマ達は町の住人から聞いた話を思い出していた。1年経たないくらい前から結界が無くなったようだ、と。
「それって、その日急になのかしら?」
「うん、そう…らしいよ。師匠が言うにはね」
「ハッキリしない物言いだな?」
トレアは背もたれに寄りかかりながら腕を組んだ。
「僕はその時まだ弟子じゃなかったからね。僕が師匠に師事したのはその一ヶ月あとからなんだ。しかも、表向きには魔法は人並みしか使えないことにしてる」
「なぜそんなことを?」
「師匠のかけた結界を急に破るなんて、普通じゃない。ミラさんなら何となくわかるよね?」
トーマたちがミラを振り返る中、彼女は説明を始める。
「実際の経年数は置いておくけど、もしも百年くらい経っていて問題ない結界だったなら、よっぽどのことでもない限り自然消滅したり、誰かが無理やり破ることはほぼないと考えていいわ」
「うん、その通りだよ」
続くシャルルの説明によると、結界が破壊されたり消滅する原因のパターンは多くない。
ひとつは結界の構成陣が経年劣化で破損し、機能が停止して消滅する場合。
術者が設定した結界消滅のプロセスを誰かが施行した場合。
結界が耐えられない負荷を受けて、単純に崩壊した場合。
多くの場合はこの3つに当てはまるらしいのだが、今回の件に関してはそうではないという。
「確かに、魔女はずっとそこにいたのなら経年劣化みたいな異常には直ぐに気づいて対策するだろうな」
「それにわざわざ何時でも外から結界を解除できるプロセスを組む必要も無いわね。術者なら自分だけが自由に干渉できる内容にしてるでしょうし」
「負荷がかかりすぎた、というのも考えづらいな。ちょっとやそっとで耐えられなくなるような結界だったとは思えん」
「んで?結局なんでそうなったわけよ?」
「結界が解かれてしまった理由は簡単。強制的にキャンセルする命令が送り込まれたんだ…内側からね」
最後の一言により眉を顰めたのは1人ではなかった。
「…理屈に合わんな」
「だよね。師匠もそう思って色々と調べたんだ」
シャルルは徐に立ち上がると長机に向かう。そして机の上にあった鉄板でできた箱を開け、中から大人の拳2つ分ほどの大きさの何かを取り出し戻ってきた。
「…なんだそれは?」
「見たところ金属で出来てるわね…」
「ドリルにスパイクの付いた車輪…掘削機だな、これは…」
「知ってるの?!」
シャルルは驚きの声を上げる。
その物体は長さ15センチ、直径5センチほどの円柱状の基部を持ち、側面の四方にはトーマの言う通りスパイクの付いた車輪が縦に3つずつ並んで顔を覗かせている。車輪列と車輪列の間には半円状に凹んだ溝があり、一端にはフィクスカッタービットと呼ばれる形状のドリルがその奇形を主張していた。
「こいつがそのままあった訳じゃないぞ、ただし、このドリルについては似た形状の物があることは知ってる。あとはこいつの車輪からすると自走出来るんだろうな」
「なるほどね…これを見つけた時はこのドリル?の部分がこの地下室の壁から突き出してた…らしいんだ」
「音とかで気づけなかったのか?」
「師匠だってずっと篭ってる訳じゃない、たまたま出かけてる間だったんだよ」
「それよりも問題はそこじゃないわね。どうやってこれが結界の中に来たか、ということよ」
「ミラっち、どういう事?」
「いい?まずこれが掘削機で自走出来るなら、土の中を進んできたということになるわ」
「そりゃそうだろうよ」
「土の中なら対物結界についてはスルー出来るわ。物体に干渉する結界は、当然物体をすり抜けて展開はされないから」
「はいはい、今んとこおかしなとこは無いね」
「じゃあ魔法結界は?」
「ん?…んん?…確かに変だな…」
ノルヴィの相槌か止まり、難しい顔をしながら唸る。
「そうなんだよ。これが魔力で動いてるなら動作は止まるはずなんだ」
その名の通り魔法結界は魔法を遮断する結界である。魔力を動力とする魔導具などは直接的な魔法ではないが魔力を何らかの形で作用させて動くのだ。それはつまり、魔法が発動されているのと同義なのである。
この掘削機が魔導式であるならば、当然魔法結界をくぐった時点でその動作は停止してしまう。そしてシャルルによれば魔法結界の効果は家の中、もとい地下室に入らない限り継続されるという。要するに結界をくぐって止まったこの掘削機が再び機能を取り戻すには、既に地下室内にいる以外に方法はないのである。
そしてこの大きさの道具が地面を掘り進むだけの駆動力を得るには、この世界では魔力以外のエネルギーはない、はずだった。
「いや…こいつは魔力で動いてるんじゃないな…」
「え…?」
魔力じゃないと呟いたトーマの手元を見れば、掘削機のドリルと反対側の一端が開かれていた。そちら側は蓋になっていたらしく、彼はそれをたまたま開けることが出来たらしい。
基部の中から取り出されたのは、黒い箱のような何か。
「トーマ、それは?」
「バッテリーだ…」
「…バッテリー?」
「電気を蓄電、放電するためのものだな。こっちだと魔石なんかがそれにあたるのかな」
「なるほど、魔石の電気版か」
「トーマがそれを知っていたということは、これはトーマの世界にあったものなのよね?」
「ああ。ただし、作られたのはこっちだろうな。向こうには“こんなに出来の悪いもの”はないから」
「つまり、誰かがトーマの世界の技術を猿真似してこれを作った。動力は電気だから魔法結界の効果はない、ってことだね」
「そうだ」
内部を調べていくと、モーターとギア、そして魔石が組み込まれていた。
結論として、電動の掘削機は地中を進み対物結界・魔法結界をパスし、地下室の壁を貫通。地下室内に入ったことにより魔法が使えるようになり、予め仕掛けられていた魔石の結界強制停止魔法が干渉し、結界を消し去ったと考えられた。
そして主題は魔女に会うことが出来ない理由へと戻る。
「つまり魔女っこは、どっかの厄介者がこいつを使って結界を破った。となれば、狙いは自分か自分の研究なんじゃないかと思っているわけだ」
「そういうこと。僕は目立って動くことの出来なくなった魔女の代わりに外へ出るために弟子に取り立てて貰えたんだ。元々魔法使いになりたいとも思っていたからね」
「君の親や家族は知ってるのか?」
「えっと…僕は元々反魔物領の孤児なんだ。僕の事は前に見かけたことがあるみたいで、魔法使いになりたいことも、その時たまたま知ったって言ってたよ」
「そうだったのか…悪いことを聞いたな」
「ううん、大丈夫。ともかく、その厄介者を何とかしないことには師匠は会うことは出来ないって言ってた。それは師匠自身とみんなの身を守るためは致し方ないことは分かってして欲しい、とも」
その言い分に異議が上がる訳もない。
そして話は厄介者についての考察に移っていった。
「俺としては、一つ心当たりがあるな」
「私もよ。というか、私たちはと言った方がいいかしら?」
「ああ。教団暗部だな」
「教団暗部?」
「ああ」
トーマの返事に続いて、ミラがステンライナで起きた事件と顛末について掻い摘んだ説明を行った。
「なるほどね…ちょっと待ってて」
シャルルは席を立つと部屋の隅まで歩いてゆき、そこにあった転移陣によってどこかへと転移して行った。
5分しない内に戻ってきた彼は、再び席に着く。その手には丸められた羊皮紙が握られていた。
「お待たせ、師匠と話してきた」
「魔女と?」
「うん。師匠もさっきまでの会話は聞いてたからね」
「そうだったのか」
トーマ達は部屋の中を見回すが、何が見つかるわけでも無かった。
「これについても内緒にしてたのは謝るよ」
「ああ、構わない。…それで?」
「師匠が言うには、教団が相手と思って間違いなさそうだって。これみて」
シャルルが広げた羊皮紙は東ルプス連邦周辺の地図であった。
22/03/07 12:18更新 / アバロン3
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