連載小説
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アプローチ
 それは町の中心部にあった。周りのレンガ造りの建物とは違い、白い壁が特徴的な2階建ての建物だ。
 建物は高い塀に囲われていて敷地は広く、正面には大きな鉄柵の門があった。その前には槍を携えた憲兵が2人。

「お前たち、何の用だ?」
「俺たちはギルドで人探しの依頼を受けた者だ。輸送業を営むハンソン氏の依頼だが、保安の方に情報をいただきたい」
「ではまず、依頼受託証を提示願う」

 トーマは受託証を渡した。

「ん、確かに。担当はゴードン・ウィリアムス以下5名だ。取り次いでもらうとよい」
「わかった」

 鉄柵の門の横の小さな入口から中に入り、倉庫や修練場を左右に見ながら敷地を進んだ。建物を入って直ぐ受付があった。

「ゴードン・ウィリアムスという方に取り次いでいただきたいのだが…」

 トーマは受付の憲兵に言った。

「…ウィリアムスはただいま出ておりますな」

 彼がそう言うやいなや、3人の後ろから若そうな男の声がした。

「ゴードン・ウィリアムスは私ですが、何か?」

 振り向いた3人の前には、メガネをかけたスタイルのいい若い男がいた。黒の短髪、うっすらと日に焼けた肌、まさに好青年と言った感じの人物だった。
 3人は勝手にもっと筋肉質な男を想像していただけに少々意外だと思ったが、そんなことはおくびにも出さず。

「やぁウィリアムス、丁度よかった。この方々がご用だそうだ」
「はい、どう言ったご用件でしょうか?」
「私たちはトーマス・ハンソン氏の依頼を受けて、行方不明者の捜索をしているの」
「ああ、それで私たちに情報提供を求めてきたと?」
「ええ、かまわないかしら?」
「では立ち話もなんですから、部屋の方へどうぞ」
 
 ウィリアムスに案内された一室は、デスクが3つ、ソファー1対にテーブルといった非常にこじんまりとした部屋であったが、机の上には捜査資料らしきものが乱雑に置かれていた。

「今、他の者は聞き込みや捜査に赴いています」
「そうですか」
「どうぞ」

 ウィリアムスは椅子に掛けるように促した。そして自分はデスクの上の乱雑に置かれた資料の中から、必要だと思われるものを選抜して持ってきた。

「これが行方不明者の粗方の資料です。ハンソン氏の会社の社員と浮浪者などですが、全員に一致するような点は女性であるということ以外見られませんでした」
「そのようですね」
「…この人たちはお互いに顔見知りだったとかは?」

 資料を見ながらトーマは尋ねた。

「そうですね…社員同士や浮浪者同士では当然。ただ全員がということはありませんね…」
「…そうか。記録させて頂いても?」
「構いませんよ」

 資料に目を通しながら、トーマは事件のあらましと詳細をまとめていった。
 ハーピーの2人が1ヶ月前に消息を絶ったことを皮切りに、3週間前には浮浪者のサキュバスが3人、5日前から2日前まででハンソンカンパニー女性社員3人が行方不明になっていた。
 ゴードンの言う通り、住む場所が近いわけでもなく全員に面識があるとはまず思えなかった。共通点といえば、全員が女性であること。

「ありがとうございました。今日のところはこれで」

 トーマはそう言うと徐に立ち上がった。

「そうですか。あまりお役に立てず、不甲斐ないばかりです」

 ゴードンが悔しげな表情でいうと、トーマは頭を降って応じた。

「いや、面倒事を抱えているのは存じています。その中少数で動かれているにしては十分な成果だと思いますよ?」
「そう言っていただけると少しは気も晴れます」

 そう言った彼の顔は少しにこやかになった。続けてゴードンはトーマに、邪推かもしれませんが…と質問を投げかけた。

「トーマさんは元々こういう事をされていた方なのですか?」
「え?ああ…まぁ。…なぜです?」
「あ、いえ、なんとなく手馴れていらっしゃるように見えたもので」

 トーマは軍人である。軍の仕事はなにも戦うことばかりではなく、要人の警護や敵対勢力の拠点捜査なども含まれているため、手馴れているというのも当然であった。ただし彼の歳でその経験があるかどうかはまた別であるが。

「そうですか。まぁそういうわけですので、俺達もある程度は助力出来るかと」
「助かります」

 そんな会話がありつつ、3人が建物を出ると日はすっかり暮れており、この日の捜索は一旦やめて宿に帰ることとなった。
 宿に帰ると、ノルヴィが先に帰っていた。

「おう、おつかれさま」
「おつかれさま、じゃないっ!…全く、あんな依頼を受けてきて、どういうつもりだ」
「あんな依頼?…ああ、あのハンソンとかいうおっさんの依頼か。なんだ、そんなに大変な依頼なのか?」

 なんと話を持ってきたノルヴィ本人はあっけらかんとしている。

「まさかどういう依頼かも知らずに寄越したのかッ!…あぁ呆れたものだな…」
「まぁまぁ、トレア。ノルヴィが内容も知らず引き受けたとはいえ、人の役に立とうとしてるんだし…」

 トーマはそう言って宥めつつトレアの肩に手を当てると、トレアは一拍間を空けてから反論した。

「トーマは甘いんだっ。このノルヴィという男は、つまらん見栄や儲かる話にのってしまうような男なんだ、ちゃんと前例もある」

 彼女はノルヴィの眉間の間に向かってグイッと指さしながら詰め寄り、彼はそのまま後ろに押されるような形で壁際に追い詰められた。

「い、いやだなぁ、トレアさん…そんなわけないじゃないですかぁ…」
「ほう、なら私の目を見ながら言うんだな」
「…いや、っというか第一受託を決めたのはそちらさんでしょうよっ」

 ノルヴィはハッとして指をさし返すと、トレアは一瞬たじろいだ。

「なにを…そんな苦し紛れな言い訳で流されるものか」
「苦し紛れでも言い訳でもなくこれは事実じゃないのよ?
 俺は確かにお前たちに相談を持ちかけるよう提案はしたが、実際にそれから受託を決めたのはお前さんらじゃないのかねぇ?」
「うっ…」

 ノルヴィの言うことは正論である。ハンソン氏が相談に来たあの場では拒否することも当然できたはずであった。
 トレアはすごすごと下がった。

「ま、まったく…言いがかりは勘弁してくれよ…」
「いや、すまなかった、許せ」
「いいって、元々は俺に前例があるのも悪い」
「…そう言ってくれると助かる。それじゃ、先に部屋に戻らせてもらう。ミラ、シャワーは私が先でいいか?」
「ええ、構わないわよ」

 トレアはそう言って部屋を出ようとした。するとトーマが声をかけた。

「トレア、それなら先に夕飯にしないか?湯冷めしてしまってもなんだろ?」
「ああ、それもそうだな」
「場所は角の店でいいわよね?」

 角の店というのは、この町に来てから4人が利用している、すぐそこの四つ角の一角にある酒場だ。
「ああ、構わない」
「俺もそれでいいけど、この荷物を片づけてからにするわ。先行っててくれて構わんよん」
「わかった、じゃあ私たちは先に行っているぞ」

 そう言ってトレアとトーマは先に部屋を出た。
 そこで、ノルヴィは内心危なかったと思っていた。

(まさか、ぽろっと聞こえた金に釣られて「平気平気、どうせ今ウチのは暇だからぁ」とか「受けてもらいましたって雰囲気でいけば流れで受けるってぇ」とか、そんなこと言ったなんて言えねぇよなぁ…)

 安堵のため息をついて、彼はふと手元の荷物から視線を上げた。

 その先ではまだ部屋にいたミラが、じっとノルヴィの顔を見ている。

「危なかったわねぇ」

 微笑みながら一言彼女は言った。

「え…な、なにが?」
「あら、どうせ「私たちは暇だから平気」だとか私たちなら「その場の流れで受ける」とか言ったんじゃないの?」
「ギクッ…!」
「図星かしら?」
「ソ、ソンナコトナイヨォ」

 ノルヴィは冷や汗を垂らしながら言うが、こうまで片言では意味がない。

「まぁ私は依頼完了できれば私たちも相手側も助かるからいいと思うわ。秘密にもしといてあげるわよ」
「あ、あはは…すみませんね…」
「それじゃ、先に行ってるから」
「あ、ああ」
 その時ノルヴィは思った。彼女は「怒らせてはいけない」と。

 

 食事が終わると、4人は男性陣側の部屋に集まっていた。言わずもがな、事件の情報を整理して糸口を掴むためである。
 テーブルの上に書類を広げると、まず口を開いたのはトーマだった。

「まず情報を整理しよう」

 そう言って事件のあらましをノルヴィ含め説明した。

「なるほどねぇ…そんなことになってたわけ」

 ノルヴィは腕組みしながら資料を覗き込んだ。彼もここでようやく厄介事に首を突っ込んだらしいと認識した。

「ああ。そこで心配になってくるのは被害者達の安否だ」

 トーマがそう言うと、トレアは沈痛な面持ちで応じた。

「…まさか、もう亡くなっていると?」

「そこは分からない…ただ、まだ誰の遺体も出てきてないなら生きている方に賭けたいのが本心だ」

 その言葉に他の3人は頷いた。

「そこで生きているとした場合、急いだ方がいい理由がある」
「それはなんだ?」
「人間の女性が行方不明になったことだ」
「そうね…、私たち魔物であれば仮に飲まず食わずでも魔力さえあれば衰弱の度合いは軽い方に入るでしょうけど…」
「俺たち人間じゃ一週間が限度だわねぇ…」

 一気に全員が深刻な顔になる。

「ああ。これがもし殺害目的でなく、拉致目的で未だどこかに捉えられていたなら、明後日までがタイムリミットと思った方がいい」

 そしてトーマは話を本題に戻そうと言った。

「まず糸口を掴むためには、動機が重要だと思う。魔物や女性ばかりを狙う理由、または行方をくらませる理由、この辺から考えよう」

「力が弱い、というのはまず無いだろうな。魔物達から狙っている以上、それは明確だ」

 トレアは資料の被害者を指しながら言った。

「基本的には魔物を狙っているように見えるわね。むしろ、人間の女性の方がイレギュラーなんじゃないかしら?」
「ミラっちの言う通りかもね。となるとこの二人の女の子たちには、何か他の人とは違う基準があったっぽくない?」
「…そうだな。じゃあ明日、俺はまずこのジーナという女性の周りを探ろう。手始めにこの親友だというメリーという女性から行こうと思う」
「私も行こう。この世界の常識に疎いお前では聞き逃すこともあるかもしれん」
「そうか、助かるよ」

 トーマの返事を聞いてトレアは微笑みながら頷いていた。

「私はもう一度ハンソンカンパニーを当たってみたいのだけど、いいかしら?」

 ミラは軽く挙手しながら尋ねると、トーマが応じた。

「ああ、もちろん。何か気になることでもあるのか?」
「なぜ浮浪者以外ではハンソンカンパニーの社員しか狙われないのか、ね」
「確かにそうだな…」
「そしたら俺っちは、商売がてらハンソンカンパニーの評判でも聞いてみるかね」

 これで明日の初動はほぼ決まった。と、ここでノルヴィからもう1つ疑問が上がった。

「なぁこの誰も消えてない一週間て、何なのかしらね?」

 その一言で他の3人も資料に注目する。
 確かに彼の言う通り、最初にハーピーが消えた週を第1週とするなら、第2週では浮浪者のサキュバスが、第4週ではジーナともう1人の女性が消えているのに、第3週では誰も消えていないのだ。

「確かに不自然だな…」
「たまたま、ということは無いのか?」
「いや、恐らくなにか理由があるはずだ。加害者がいる話だとして、こういう輩はある程度規則的に行動を起こす傾向にある。ここだけ空いているというのは、やはり不自然だ」
「となると、幾つか理由は考えられるわよね?この街に加害者がいなかったか、怪我や病気で入院していたか、ほとぼりが冷めるのを待ったか…まぁ三つ目はそれにしては短すぎるとは思うけれど」

 空白の1週間。その裏に何かしらの手がかりがあると全員が考えた。
 そこでトーマは翌日の午後はトレアと別行動で、病院と治安部署をあたりその期間入院した者や街から出ていた者を洗うことにした。

21/05/14 12:14更新 / アバロン3
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