連載小説
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後編
     僕は家にいた。
     誰もいない家に、まだ母がいた頃の、温もりの残滓が残った家の中。
     誰もいない暗い家で、僕は立ち尽くす。
     両親を呼んでも、声は返ってこない。
     じっと待ってても、家の灯りはつけられない。
     もう父の言葉に悪態を付くことも出来ない。
     もう母に対して甘えることも出来ない。
     もう家族で笑いあうことも出来ない。

    「ぁ……ぁぁ……」

     家の窓が、扉が、一気に開く。
     外から冷気が入り、中に残っていた温もりを外へと追いやっていく。
     寒い。
     心が、寒い。
     身体が震える。誰でもいいから、温めてほしい。
     僕の心を、温めてほしい。

    「う、ぁ……」

     目から涙が溢れてくる。それに耐えようと堪える。
     しかし、どこかで一度全てを空にした方が良い、と言う自分がいた。

    「う、うぅぅ――」

     今なら、誰もいない。僕がどんなに泣き喚いても、誰もそれを知ることは出来ない。
     父さんも母さんも――死んでしまったのだから、と。
     最後に、心に深く刃を突き刺してきたのは、そんな自分だった。


「――ぁぁぁあああああっっ!!」

 飛び起きるようにして身体を起こしながら、目を覚ました。
 頬に冷たい感触が残っていて、そこを温かい物が上書きするように通っていく。自分の涙だった。
 夢の中の感情を持ち出してしまうとは、僕の心はもう限界らしい。
 涙が止まらない。
 心が寒い。
 温もりが恋しい。

「コール……大丈夫?」

 すぐ近くで声が聞こえる。顔を向けると、心配そうな顔をしたグラシスさんがいた。
 そんな顔も出来るようになったのか。
 まるで――人間みたいじゃないか。

「ぅ……は、はは……っ……おはよう、ございます」

 こんな時でも挨拶を欠かさない自分に呆れた。
 涙を流し、笑いながら挨拶をする男。ひどく滑稽なことには違いない。
 そして、そんな風にしたのは両親だと言う事実に、さらに心が寒くなる。

「我慢しないほうがいい」

 そう言って、彼女は肩に手を置いてくる。防寒着のおかげか、彼女の手は冷たく感じなかった。
 拒絶する気は起きなかった。

「コールの苦しむ姿を見るのは、胸が苦しくなる」
「そうですか」

 彼女の言葉が染みる。
 孤独に冷え切った、僕の心に染みる。

「それを耐えている姿を見るのは、もっと胸が苦しくなる」
「……そうですか」

 彼女の言葉が焦がす。
 寂しさに乾き切った、僕の心を焦がす。

「だから、我慢しない方がいい」

 彼女に、身体を抱き締められる。
 防寒着を通して伝わるその体温は、思っていた以上に温かくて、少し驚いた。
 それ以上に、渇望していた温もりに包まれて、心が喜んでいる。
 そんな状態で、拒絶できるはずもなく。

「……そう、ですね」

 僕は、彼女に身体を預けて、静かに泣いた。
 泣いている間、グラシスさんは背中をさすってくれていた。
 その手付きはまるで、亡き母のようだった。


「……ありがとうございました。恥ずかしいところをお見せしました」

 涙が枯れるくらいには泣き続けたあと、次にやって来たのは、どうしようもない気まずさと羞恥心だった。
 いい年した男が誰かに、しかもそれも出会って間もない女性に縋りついて泣くのは何とも恥ずかしい。
 こんな事ならば、無理してでも耐えれば良かった、と要らぬ後悔すらしてしまうくらいだ。

「気にしないでいい」

 僕の言葉に、グラシスさんは最初とは考えられなくらいに柔らかな声で返してきた。
 数日で、本当に劇的に変わったと思う。
 ここまでくると、最初のあの素っ気無いではすまない対応が懐かしくなってくる。
 戻って欲しいかと問われると、そこは断固としてノーだが。

「我慢なんて、するもんじゃないですね」

 そう言って、僕は笑う。笑えるくらいには、心にも余裕が戻ってきているようだ。
 ただ、人肌の恋しさは完全には消えていない。一時的に収まっただけだろう。
 一度知ってしまってからが怖い。知っているからこそ、それを持っていない時の渇きはより強くなってしまう。
 そうすると、またグラシスさんに甘えてしまうだろう。そして、一時的に収まっても、また先ほどよりも強い渇きに飢える――悪循環しか見えない。
 なるべく早く村に戻らなければ……。

「なら、私も――」
「お……あっと」

 考えていたら、緩やかに押し倒された。
 暗い天井を背景に、グラシスさんの顔が目前にあった。
 こちらを見下ろす目は、戸惑いに揺れている。

「私も、我慢したくない」
「……何を我慢してるんですか?」
「わからない」

 思わず眉をしかめてしまった。
 行動した本人自身が分かっていなければどうしようもない気がするが、彼女に甘えてしまった手前、突き放してしまうのも失礼だ。

「ただ、何かを我慢していることはわかる」

 グラシスさんが、僕の胸に顔を埋める。
 そうして密着してきた身体を抱き寄せると、彼女の人間的な温かさの他に、その女性的な柔らかさにも気付いてしまった。
 嫌でも彼女が女性であることを認識してしまう。

「……僕は、何をすればいいんでしょうか」
「もっと、近くに来て欲しい」
「いえ、これ以上は無理なんですが……」

 僕の言葉に、彼女が顔を上げる。
 こちらを見下ろす目は、助けを乞うかのように、切なげに潤んでいた。
 胸が締め付けられる思いだが、もう充分にぴったりくっ付いている。
 これ以上の接近は異次元にでも飛ばなければ不可能だ。

「違う……そうじゃ、ない」
「と言うと?」
「その……もっと……コールを、感じたい」

 彼女は、涙ながらに言葉を絞り出した。
 あぁ、そうか。
 彼女が求めているのは、心の距離か。

「そう、ですか」

 それ以外にも、何となく察してしまった。
 彼女は、温もりを知らなかったのだ。だから、彼女は拒絶的なほどに無感情に、氷を凍てつかせることが出来た。
 それが、僕と出会って日を重ねる内に知ってしまった。グラシスさんの凍っていた心は、その温もりによって溶かされていった。
 しかし、彼女の心は、まだ溶け切ってはいない。そして、その溶けかけた氷を、完全に溶かして欲しがっている。
 それに必要なのは温もり以上の物であって、そして与えてやれるのは、きっと僕だけだ。
 ……自惚れだ。どうしようもなく、これまでに無く、僕は自惚れている。
 だけど、これくらい自惚れておかないと、行動に移せる気がしなかった。

「――それは良かった」

 身体を回転させて、位置を交代する。
 地面を背にこちらを見上げるグラシスさんの顔は、涙を流してもなお、綺麗だった。

「……コール?」
「さっきの、恩返しが出来ます」

 そう言って微笑みながら、彼女の柔らかな頬を撫でる。触れた頬に冷たさは無く、あるのは人肌の温もりだ。
 グラシスさんも目を細めて、頬を撫でる手に自らの手を重ねる。

「コール……お願いがある」
「……はい?」
「名前だけで呼んでほしい」

 敬称をやめてほしい、ということだろう。
 確かに、呼称で相手との距離は、ある程度決まってしまう。それは話し方でも同じだ。
 彼女を敬称で呼び、そして敬語で話している僕は、ある程度の距離を置いて彼女と接していた。
 相手が望むならば、敬語もやめよう。

「……分かった。グラシス、これでいい?」
「うん……うんっ」

 嬉しそうに、何度も頷くグラシス。
 その度に、目の端から涙が零れ落ち、その先にある僕の指先を温かく湿らせる。
 もはや、最初の凍てついた面影はどこにも存在しない。
 双眸から溢れる雫を指で拭ってやったあと、顔を近づけて、口付けを交わす。

「んっ……」

 唇を重ね合わせ、その彼女の口の柔らかさに、ひどく心が高揚した。
 僕は夢中になってグラシスの唇を求める。
 唇を合わせたまま擦り合わせたり、彼女の下唇を挟み込んで揉みこんでみたりする。

「んっ、んんっ!」

 グラシスの身体がビクッと跳ねる。
 それがまた嬉しくて、何度も彼女の唇を軽く蹂躙する。
 一通り、彼女の反応や柔らかさを堪能するが、それ以上踏み込んで良いのか分からない。
 頃合を見て、仕方なく唇を離した。

「っん、あ……っ」

 グラシスの口からひどく寂しげな声が漏れて、後悔に胸を締め付けられた。
 が、すぐにグラシスに頭を押さえ込まれ、またキスすることになる。

「――!」

 何度か唇を啄ばまれたあと、先ほど僕がやっていたことを、彼女にやり返された。
 唇を擦られ、下唇を食まれる。
 驚くほどに気持ちが良かった。しかし、物足りない。
 もっと欲しくなってくる。これだけで終わらせられるのは、何とも酷だ。
 少しだけ、遠慮するのをやめることにした。

「んっ……ふぅ、んっ……」

 されるだけではなく、自分から求めていく。
 唇を揉み合わせ、舌を使って自分の唾液を彼女の口内に送り込んでいく。

「はぁ……んっ、コールぅ……」

 悩ましげな吐息と共に、求められる。
 それに答えるように、グラシスの舌と絡み合わせた。
 やがて彼女からも唾液を送り込んでくるようになり、何度も互いの唾液を交換し合う。
 唾液を飲み込む度に、彼女に酔い、欲望が際限無く湧き上がっていく。
 僕にとっては、まさに媚酒だった。

「はむっ……んちゅ……んんぅっ」

 自分の身体も熱を帯び始め、キスをしたまま防寒着を脱ぎ捨てる。
 そして動きやすくなった身体で欲望に従い、両手を彼女の胸に持っていき、下から服の間に差し込んで直接揉み込む。
 手に収まる程よい大きさの乳房に力を込めると、それは柔らかく形を変え、それでいて元の形に戻ろうとする弾力が、手全体を押し返してくる。
 その反応が癖になり、何度も乳肉に力を込めて楽しんでいると、手の平に自己主張してくる突起物の感触があった。
 そこに指先を持っていき、引っ掻いてやる。

「んはっ、ふむぅぅ!」 

 グラシスの身体が跳ねた。
 その反応に気を良くした僕は、何度もその先端を爪で引っ掻く。

「んぁっ、くふぅ、んぐっ、んぅぅぅ!」

 唇を塞がれて、くぐもった声を上げながら身体を大きく震わせる。
 やがて、満足した僕は手を止め、グラシスから顔を離して、上から見下ろす。
 息を荒げながら、潤んだ瞳で僕を見る。眉間に皺を寄せているせいか、その視線はどこか恨めしげだ。

「はぁ、はぁ……コール、ばかり……ずるい」

 蕩けた表情で拗ねた声を出しながら、グラシスの手が僕の腰に伸びる。
 そのままズボンのベルトを即座に外し、下着ごと降ろされた。
 驚くほどに、あっさりと僕の愚息がグラシスの目に晒される。

「ぁ……」
「ははっ……」

 正直、笑う以外に術が見つからなかった。
 愚息は既に準備が完了している。
 なにせ、初めてなのだから当たり前だろう。これまでのことをしておいて、自分の興奮を抑制できるわけがない。

「私で、興奮してる?」
「もちろん」
「嬉しい……」

 正直に答えると、グラシスは嬉しそうに笑った。
 そして、僕の手を取ると、自らの秘所へと導いて――

「……!」

 くちゅり、という水音が洞窟内で響いた。
 そこは、驚くほど濡れて、そして溢れ出ていた。
 氷水というには熱く、湯水というには粘っこい。

「私も、コールに触られて、興奮してる」
「……嬉しいよ」

 そう言って淫靡に微笑む彼女に、僕はもう一度顔を寄せてキスをする。

「……いい?」
「うん、コール、来て」

 その言葉に、逸る気持ちを抑えて秘所に愚息をあてがい、亀頭をのめり込ませる。

「ふっ、あぁっ♪」

 入れた陰茎の先を、歓迎されるように締め付けられた。
 優しく、そして熱い締め付けだった。
 これだけでも気持ちが良いのだから堪らない。
 一度深く息を吐くと、大きく腰を前進させた。

「あっ、あぁぁっ♪」
「っっ!」

 熱い。
 外から触れていた時とは考えられないほどの熱さだった。
 味わった事の無い、熱さと快感と、そして不思議な安心感だった。

「入ってる、コールが、はいってる……」

 彼女が言葉にして、恥ずかしさか上気した頬をさらに赤くする。
 初めてにしては、よく一度で入れられたものだと思う。
 しかし、あまり細かい事は考えられそうになかった。
 無意識かどうかは分からないが、彼女の膣壁が陰茎に密着して擦り合わせてくる。
 その快感に、理性がまるでバーナーの火に炙られている氷のように急速に溶けていく。

「グラシス……ごめん」
「え……?」

 これだけは言わなければならない。
 とは言え、きっとこれすらも、自分本位の物に違いない。
 きっと、このあと彼女を泣かすことになるかもしれない自分自身への、免罪符に過ぎないのだ。

「――自分勝手になるから」

 そう言葉にすると同時に、僕の理性は完全に液状化した。

「え、あ、ふぁんっ! そんなっ、コール、はげしっ♪」

 小細工も何も考えず、いや考えられず、本能に任せてただ愚直に腰を振る。
 突き上げる時は、狭い膣肉が歓迎するように絡み付いてくる。
 引き下がる時には、膣壁が逃がさないように狭くなり、締め上げてくる。

「はぁ、くぅっ!」
「ふひぅ、ひぁっ、はぁん、コール、きもち、ふぁっ、いいっ、こーるっ、こぉるっ♪」

 僕の荒い息遣いと、グラシスの快感に喘ぐ声と、腰を打ち付ける音と、秘所の中から漏れる音だけがこの場を支配していた。
 もっと快感を欲し、彼女の奥で、上下運動を小刻みなものに変える。

「はぁっ、ぁ♪ あっ、それ、いいっ、すきぃ♪ んっ、んぁっ、あっあっ♪」

 何も考えられないはずなのに、彼女の声だけはやけにはっきりと耳に、脳髄に響いてくる。
 そして僕の興奮を煽り、射精欲を急激に高めてくる。

「……ぐっ!」

 無意識的に腹に力を入れてそれを遠のかせようとしてしまう。
 それほどまでに、グラシスが魅力的で、そしてこの快楽は魅惑的だった。

「あっ♪ あっ、こぉるのっ、んっ、おっ、おっき♪ おっきく、なっ、ぁんっ、なってっ、きてっ、ふりゅっ、ぇ、てっ♪」

 しかし、すぐに限界が見えてくる。
 快感を我慢しても、彼女の甘えたような声が脳を溶かしてしまう。

「はっ、グラ、シス……!」

 このまま、出してしまいたい。一匹の雄として、快感を求めるままに腰を振っていたい。
 だけど、熱に浮かれた頭の中で、気化していく理性が『それはだめだ』と諭してくる。
 膣内で出すという事がどういうことかは分かっている。だからこそ、やるわけにはいかない。
 奥を突付いていると、膣内が痙攣し、息が詰まりそうなほどの収縮を繰り返す。
 まるで使い捨てられるように溶けていく理性を総動員して、少しずつ、ピストンする位置を浅くする。

「だめっ、こぉるっ、いやぁ!」

 しかし、それを悟られてしまったらしい。
 彼女の氷柱のような両脚が僕の腰に絡みつき、強制的に膣奥へと戻された。
 そして本格的に逃がさないと言わんばかりに締め付けられ、視界が明滅した。

「うぁっ、ぐ、グラシスっ!」
「だめっ、いかっ、ないでぇっ、はなれない、でっ、こぉる、いやぁ!」

 見れば、彼女は快感以外に目に涙を溜め、泣き喚くように叫びながら首を横に振る。

「で、もっ!」
「なかにっ、なかに欲しいのっ! こーるに、いちばん、近いところでっ!」

 グラシスが抱きついてくる。今まで届かなかった奥まで入っていくのが分かった。

「……っ! わか、った」
「あっ♪ うんっ♪ うれ、しいっ、こぉるっ、おね、がいっ♪♪」

 一匹の雄に成り果てる事を決め、彼女を抱き締めながら横に倒れる。
 彼女の柔らかさを全身で感じつつ、最奥で腰を激しく動かした。
 腰の打ちつける音と中の粘液音が混ざったように耳に入ってくる。
 さらに、彼女の膣肉にまるでキスされるように吸着され、今ある快感を更に上塗りし、際限無い快感に飲まれていく。

「んっ、ぅっ、あぁ、んっ♪ もぅ、くるぅ、すご、ぃの、きちゃ、んぅ♪ こぉるっ、こぉるぅっ♪♪」

 グラシスが嬌声と共に身体を跳ねさせる。
 身体が熱い。気持ちよさにまるで溶けてしまいそうだ。
 なのに、グラシスの事しか感じていないほどに、それ以外の感覚が消え去っていく。
 いつ出てもおかしくない状況だった。

「グラシスっ! 一緒に!」
「うん、うんっ♪ いっしょぉ! ずっとっ、ずっといっしょぉ♪♪」

 グラシスの抱擁が強くなる。
 僕は一際強く腰を奥まで貫く。
 その先にあった何かにこつんと当たり、今まで無かった鋭い刺激が引き金となり、脳内が真っ白に染まった。

「んぁっ♪」
「くぁ、ぁぁぁっ!!」

 僕の精液が、彼女の中で飛び散っているのが分かる。

「はぁぁぁぁっっ♪♪♪」

 グラシスの嬌声が響き渡る。
 精液を浴びて喜ぶかのように膣肉が搾り取るように動き、さらなる射精を促進する。

「ぁぁぁぁ……♪ はぁ……んっ♪ これが、なまの、せいぃ……♪」

 熱いグラシスの身体を強く抱きしめながら射精を終えると、彼女がうわ言のように呟いた。
 顔を見ると、とろりと溶けきり、恍惚としていた。
 その妖艶な表情と、まだ足りないと舐めるように蠢く膣肉の動きに、ペニスが再び大きくなるのを感じる

「ぁ……♪ こーるの、また大きくなって♪」
「は、はは……」

 嬉しそうに声を弾ませるグラシスに、対する僕は、やはり笑う以外に術がない。
 腰を揺らす彼女に催促されるように、白濁に染まっているであろう膣内で、再び抽送運動を始めた。



 隣で寝ているグラシスの静かな寝息を聞きながら、目を覚ました。
 続いて感じたのが、身体が震えるほどの寒さだった。
 そうして、自分が全裸である事を思い出し、慌てて――しかし、彼女を極力起こさないよう、気をつけながら服を着る。
 布団代わりにかけていた防寒着はグラシスにかけたままにしておく。
 先日はあの後どれほどやったのか、記憶は定かではない。何せ熱に浮かされていたのだ。理性だって溶けて消えていた。
 覚えているのは、意識を失う前に外が暗くなっていたような気がしたくらいだ。
 男はみな狼、あるいは獣とはよく言ったものだが、僕もその類だったという事らしい。
 寝息を立てているグラシスの髪に手を伸ばす。
 硬そうに見えたその髪は、触れればまるで雪のように梳けて、指が入り込んでいく。
 とても柔らかい髪の感触が癖になり、何度も撫でる。

「んん……っ♪」

 グラシスが、わずかに口元に笑みを浮かべて身じろぎした。
 そんな仕草に心が温まるのを感じながら、洞窟の外へと歩いていく。

「おぉ……!」

 外を見て、その眩しさに目を細めつつも、感激に声を上げてしまう。
 完全に吹雪が止み、久しく見ていなかった太陽が顔を出している。
 未踏の雪景色が太陽の光を受けて、きらきらと輝いている。
 少なからず、心が躍る。
 これでやっと――村に帰れるんだ。

「……あ」

 しかし、続いて思い出してしまったのが、グラシスとの関係だった。
 彼女とは村に送られるまでの関係だ。少なくとも、彼女との約束はそうなっている。
 村に着けば、グラシスとは会えなくなってしまうのだろうか。
 そうなると、素直には喜べない。

「うんんっ、こーる?」
「あぁ、グラシス……」

 複雑な心境でいると、グラシスが起き出してきた。
 目を擦りながら、防寒着を持っている腕を僕に差し出してくる。
 その仕草が、何だか子供っぽい。

「吹雪、止んだ?」
「うん。この通り」

 防寒着を受け取ってから、彼女の前から退くと、彼女も目を細めながら外を眺める。
 そして、僕の方を向いて笑いかけてきた。

「よかった。これで、村に帰れる」
「あぁ、そうだね」

 言葉ではそう言ったが、笑顔で返すことはできなかった。

「コール?」
「グラシス。もし良かったらだけど」

 訝しげな彼女を遮って、僕は言う。
 その言葉に、さらに訝しげに首を傾げるグラシスに、息を一呼吸を置いてから、言葉を紡ぐ。

「……僕と一緒に、村に来ないか?」

 最初は村に帰るまでの辛抱だ、などと思っていたくせに、何とも自分勝手な話だと思う。
 しかし、今の僕にとっては、グラシスの立場は最初とは全く変わっていた。
 最初は、無愛想で拒絶的な、凍てつくような魔物だった。
 だけど、今では僕に優しく微笑んでくれる、温かい女性だ。
 一度は甘えてしまったのもある。あれからなし崩し的に行為をしてしまった事もある。その結果、彼女に魅了されてしまったというのもあるかもしれない。
 それでも僕の中では、愛しいほどの女性になってしまっていた。
 そんな彼女と別れるのは、耐え難い程に辛い。

「……?」

 彼女は一度は理解できないような顔をされた。
 やはり、約束は約束なのか。思えば、彼女は最初の時から律儀だった。
 今さら、それを破ることなど考えられないのだろう。
 思わず顔を伏せた。辛い顔を見せない為の、意地だった。
 実際は、少しだけ――いや、かなり心が打ちのめされそうになっていた。

「最初から、そのつもり」
「……え?」

 しかし、ごくごく当たり前のように、彼女にそう言われ、思わず顔を上げる。
 そして、彼女が気付いたように、あっ、と声を上げて手を振って一度取り消した。

「昨日から、そのつもり」

 そう言って、少し照れくさそうにはにかんだ。
 その訂正はあまり必要が無い気がした。僕にとって、そこはどちらでも良いことなのだから。

「……本当に?」
「うん、もう、コールと離れたくない」

 救われた気分だった。
 嬉しさに、涙が溢れそうになり、グラシスを抱きしめた。

「あっ、コール……♪」
「ありがとう……嬉しいよ」

 人肌の温もりを青白い肌から感じながら、僕は目を閉じる。
 彼女が常にそばにいるという事を、何度も心に噛み締めた。


 洞窟を出て、村に戻ってきた。
 幸い、僕らはそこまで遠くには行っていなかった。というより、実際は墓地と村の間を右往左往していただけだったのだ。それでもかなりの広さなので、目印が見つからなかったのも仕方のない事だろう。
 村に戻るや否や、友人に号泣しながらぶん殴られた後、思いっきり抱き締められた。その他の村の人たちも僕の無事を喜んでくれていた。
 グラシスの存在には、その姿がまず人間ではないので、全員が驚き、まず警戒した。
 しかし、彼女自身に敵意が全く無いことと、僕が『この人はかけがえのない人だ』、と言うことを伝えると、友人含めみんな一様にやっぱりかーと言った風に頭を抱えていた。意味が分からないが気にしないことにする。
 グラシスを連れて、村長の家に行くと、村長を見たグラシスが突然頭を下げた。話に寄ると、どうも村長は彼女の女王様と面識があったらしい。グラシスと村長で、僕にはよく分からない話をしていた。
 時折、村長が彼女のことを『グラキエス』と呼ぶので、僕が『グラシスです』と訂正すると、それは彼女の名前であって彼女の種族名ではない、と言われてしまった。僕はこの時、グラシスが『グラキエス』という氷の精霊である事を初めて知った。
 そうして、特に苦労も無く、彼女はこの村にいることを認められた。


 家のすぐ近くの、ある場所から鍵を取り出し、グラシスと共に家に入る。
 いつも以上に、温かみの無い家の中。数日間も人がいなかったのだ。当たり前だろう。
 それでも、今まで感じたことの無い懐かしさを感じた。きっと、遭難してずっと家を空けていたせいだろう。

「ここが、コールの住処……」
「……間違ってはいないけど、家と言って欲しい」

 グラシスは興味深そうに、家の中を見回している。
 特に触れても困る物は無いが、あまり散らかさないなら好きにしていいと言うと、はしゃぎながら部屋の奥へと流れるように入っていった。
 友人と酒を呑んでいたテーブルには、火酒の瓶と空になったジョッキが置かれていた。
 どうやら飲み干したあとは片付けもせずに家を出たらしい。

「……さすがに片付けて欲しかったな」

 一人でぼやいてみるが、家の戸締りはしっかりしてくれているだけでもありがたいと思っておくことにする。
 ジョッキや瓶を片付けてテーブルに戻ると、まだ残っているものがあった。
 二つの影に隠れて見えていなかったが、僕が飲んでいたグラスだ。 
 どうやら片付けていないのは僕も同じだったようだ。心の中で友人に謝罪する。

「…………」

 そのグラスの底にはそこそこの量の水が残っていた。と言っても、一口で飲み切れる量だ。
 出る前に、全く溶ける気配の無かった氷がこの中に入っていたのを思い出した。
 その氷が水へと変わったのだろう。

「はは……さすがに、溶けるか」

 そう誰にでもなく笑ったあと、僕はその水を飲み干した。
13/01/28 20:03更新 / edisni
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■作者メッセージ
感情を殺したような人と接していると、まるで年上のようだけど、
その人が感情を露わにし始めると、どんどん年下の感覚になっていく。
つまり可愛いよねってことです。

ちなみに、コールの遭難においての行動が正しいかどうかは分かりませんので、参考にしないでください。間違ってるのになんで生きられたんだよって話には、グラシスがいたのと、元々雪原地帯の人間だからということで。

どなたか自分の乾ききったこの肌に潤いをください。乾燥肌なだけですけど。

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