少年は村を出ると、田畑で農作業にいそしむ大人達の目を盗んで、農道を駆け抜けていった。
子供達には出入りが禁じられている、森へ向かう為だ。
勿論、かつて村の大人たちがそうであったように、子供達は言いつけを破って森に入り、小さな冒険を楽しんでいた。
だが少年の目的は、同年代の子供達、あるいはかつて子供だった大人達のそれとは、少々違っていた。
「はぁはぁ･･･」
農道を駆け抜け、木々の間に入ると彼は一気に足を速めた。
村の子供達が数十年かけて踏み固めた、冒険用の獣道をあっという間に通り抜け、森の奥の更に奥へ入り込んでいく。
低く張り出した木の枝をくぐり、盛り上がった木の根を跨ぎ、背の高い草を掻き分ける。
すると、不意に彼の視界が開け、薄暗い森の中の陽光が差し込む場所に出た。
そこは、森の中を流れる川であった。
幅こそ少年の歩幅で二十ほどだが水深が深く、流れが速いのに水が濁っている為、川底は見えない。
だが、少年は川べりに迷うことなく近づくと、口元に手を当てて声を上げた。
「おーい！来たよー！」
すると、緑色に濁った水面に影が浮かび上がり、少年の方へすぅっと近寄ってきた。
そしてざばん、と水音を立て、緑色の川面を突き破って影の主が姿を現した。
それは一見すると、肩から股間までを覆い隠す身体にぴったり張り付く衣装を身に着けた、腰ほどまでもある黒髪を垂らした仏頂面の少女だった。だが、彼女の四肢の膝と肘から先は青く、大きく膨れ上がっており、指の間には水かきのような膜が張っていた。更に彼女の両脚の間からは青黒く細長い、先端に鰭のついた魚の尾のようなものが垂れ下がっている。極めつけは、彼女の黒髪の両脇、耳の辺りから左右に張り出した大きな鰭だった。
それらの特徴全てが、彼女が人間などではなく魔物、サハギンと呼ばれる魔物であることを示していた。
しかし少年は、水滴を滴らせながら岸に歩み寄る魔物に臆するどころか、表情を輝かせた。
「サハ！」
少年はそう彼女に呼びかけると、岸に上がったサハギンに駆け寄った。



――――――――――――――――――――




少年と彼女の出会いは数ヶ月前に遡る。
少年を含む村の子供達のよって結成された探検隊が、普段の遊び場を外れて森の奥へ踏み入ったのだ。
探検の結果、探検隊は森の奥を流れる川を見つけ、彼らはそこを新たな遊び場にすることにした。
だが、川で子供達が泳いで遊んでいたところ、少年が足を滑らせ、川の流れに捕えられてしまったのだ。
少年は流れに翻弄されながら水を飲み、ぐるぐると回転しつつ暗くなる視界の中、死を覚悟した。そして薄れ行く意識で、彼は教会の神父さんの話を思い出し、懸命に自分が天国にいけるよう祈った。
しかし、彼が目を開いたとき、彼の目に映ったのは花の咲き並ぶ天国の入り口などではなく、仏頂面の少女の顔であった。
後頭部の柔らかさと、背中の硬い感触に、彼は自身が仰向けになって彼女に膝枕されていることに気が付いた。
見慣れない少女の顔に彼は戸惑うが、すぐに彼女が自身を助けてくれたことを少年は悟る。
「ごほ･･･あ、ありがと･･･」
咳き込みながらも、彼は身を起こして彼女に礼を告げようとした。
しかし、言葉半ばにして少年の口も身体も、彼女の全身を目にした瞬間止まった。
青く巨大化した手足に、尻の辺りから伸びる魚の尾。そして長い黒髪の両脇から除く巨大な鰭。
明らかに人間とは異なる部品を供えた彼女の姿は、教会で教えられた魔物のそれであった。
「･･･！」
魔物は人を食う、という神父の言葉が脳裏に浮かび、本能に根ざした恐怖に彼の全身が強張る。
だが、彼女は固まった少年に襲い掛かりもせず、少年を膝枕させた姿勢のまま、仏頂面で彼を見つめていた。
「おーい･･･！」
木々に隠れた川の上流の方から、聞き慣れた子供達の声が届く。少年と共にここまで来た、探検隊の皆だ。
「･･････」
魔物の少女は子供達の声に始めて少年から視線を離すと、川の上流に視線を向け、再び少年に目を向けた。
そして彼女はすっくと立ち上がると川に歩み寄り、ざぶざぶと川面に踏み入っていった。
そして頭の半分までが水中に消えたところで、彼女は少年のほうを振り返った。
「･･････」
水面から覗く双眸に、少年は僅かばかりの寂しさを感じた気がした。
直後、彼女の頭は水面に波紋を残して沈んでいった。






その後、少年は木々の向こうから現れた探検隊の子供達と合流し、川に流されたもののどうにか岸まで泳ぎ着いたことにした。
彼が彼女の存在を伏せたのは、大人たちに彼女の存在がばれてしまえば、きっと彼女が狩られてしまうと予想できたからだ。
そして数日後、少年は一人で川を訪れた。
日を経るうちに、少年は自身が助かったのが本当に自力で泳ぎ着いたから、という気がしてきたからだ。
そのため彼は、あの日見たものが自分の幻覚であったということを確認する為に、一人で川を訪れたのだ。
だが、川べりにたった彼を迎えたのは、濁った川面にぷかりと浮かんだ、仏頂面の少女の頭だった。
魔物のことを夢か幻だと半ば思い込んでいた彼は、少女の姿に肝を潰して腰を抜かし、川に転げ落ちてしまった。
だが彼女は暴れる少年に泳ぎ寄ると、彼を抱えて岸へ引き上げたのだ。
二度の救出に、少年は魔物に敵意がないのを理解した。
少年が彼女の元に通うようになるのに、そう時間はかからなかった。



――――――――――――――――――――



「それでね、兄さんってば納屋の藁束に僕が隠れてるって思ってさ･･･」
「･･････」
川べりに転がる巨大な岩の上で、少年とサハギンが並んで腰掛けていた。
少年が彼女の元に通うようになってから、いつもこうだ。
「焚き火に藁束が放り込まれたときの兄さんの顔と言ったら･･･もう、ね」
「･･････」
身振り手振りを交えながら、少年が紡ぐ話を彼女はじっと見つめていた。
少年が話しかけ、サハギンが仏頂面のままそれを聞く、という構図であるが、一方的にも拘らず二人とも楽しげに見える。
魔物といえども、少女と並んで腰掛けて話をするのが少年は楽しかったのだ。恐らく彼女もそうなのだろう。
「それで、焚き火の前に座り込んで泣いてる兄さんの後ろに回って肩を叩いたらね、流石にぶん殴られたよ。泣き笑いだったけどね」
「･･･」
少年が話の途中で頬を撫でると、サハギンもそれに倣ったかのように手を伸ばし、彼の頬に触れた。
少年のそれより二回り以上巨大な掌だが、その指先は滑らかで柔らかかった。
「ああ、大丈夫だよサハ。もう結構前のことだし･･･」
仏頂面ながらも、いささか心配を滲ませながら頬を撫でる彼女に、少年がどぎまぎしながら応じる。
だが彼女は、少年の言葉に指を止めるどころか、その頬の形を覚えようとでもするかのように撫で続けていた。
「･･････」
「･･････」
止まらぬサハギンの指に、少年は口を閉ざし、彼女の指を受け入れた。
水が川べりの石を打つ音があたりに響くなか、二人は岩の上に並んで腰掛けたまま、身を寄せ合っていた。
頬を撫でるサハギンの指は、いつしか掌による愛撫へと変わり、サハギンの仏頂面にも僅かながら朱が差していた。
一方少年も、頬を撫でられているだけだというのに、口を開けて視線を彷徨わせ、その掌の柔らかさにズボンと下着の下で彼の分身を屹立させていた。
未発達な肉体であっても、魔物が自然と放つ魔力に反応しているのだ。
「･･････」
サハギンが腰を浮かして、少年と腰が触れ合うほど近くに座る位置を変える。
そして空いていたもう一方の手を、少年のもう片方の頬に添えた。
柔らかく、湿り気を帯びた指が、掌が、少年の頬骨から顎までをなぞっていく。
「･･･はぁ、はぁ･･･」
興奮の為か、両目を潤ませ呼吸が荒くなった少年が、その両手をサハギンの腰へ回した。
身体にぴったりと張り付く、藍色の衣装の独特な質感が彼の腕に触れる。
滑らかな生地に、サハギンの濡れた体表の水分が加わり、上質な絹織物のような感触が生まれる。
「･･････」
頬と身体を撫であううちに、自然と二人の呼吸が荒くなり、気が付けば二人は互いに身体を擦り合わせていた。
少年のシャツに覆われた上半身と、藍色の衣装越しに浮かび上がる彼女の起伏のなだらかな身体が擦れ合う。
彼女の背中に回した少年の掌が、藍色の衣装に覆われた腰ととむき出しの両肩の間を行き来し、手の甲で長い黒髪を味わう。
サハギンの頬を撫でる指が首筋をたどり、鎖骨から肩をなぞり、二の腕を伝って肘から胴へ移る。
互いの身体をむず痒さと興奮が支配していく。
「･･･はぁ･･･はぁ･･･」
「･･････　･･･」
いつしか二人は互いの胴をぴったりとくっつけ、掌で互の背中を撫で回しながら、もぞもぞと身体を動かしていた。
顔はもはや互いの吐息が当たるほど接近している。
少年の興奮に潤んだ双眸と、サハギンの仏頂面ながらも雄弁な両の瞳が交錯したまま、更に二人の顔が近づく。
そして、どちらからともなく二人の唇が触れ合った。
震える乾いた唇と、濡れた柔らかな唇が重なる。瞬間、少年の口中に微かな苔の香りが広がるが、意識を塗りつぶす興奮の前に掻き消えていった。
「！･･･っ･･･！」
「･･････」
少年が両目をぎゅっと閉ざし、ぶるりと全身を震わせる。
サハギンは、少年が絶頂を迎えたのを、微かに熱の浮かんだ瞳でじっと見つめていた。
唇を重ね合わせたまま、二人はしばしの間動きを止めていた。やがて少年の痙攣が治まると、腰に回したサハギンの掌が、彼の股間へ伸びた。
「･･･っ！」
少年が小さく反応し、逃れようとでもするかのように身じろぎするが、唇をぺろりと舐めたサハギンの舌に彼は大人しくなった。
そして彼女の掌が、ズボン越しに屹立する彼の分身に触れる。そこは少しの湿り気も帯びておらず、少年が射精していないことが分かる。
「･･････」
サハギンは少年の股間から手を離すと、彼を抱き寄せるように掌を腰へ戻し、舌を唇の間へねじ込んだ。
彼の唇は素直に開き、何の抵抗もなく口中へ招き入れる。
すると彼女の舌は、少年の口腔を愛撫し始めた。
「･･････」
「･･････」
歯茎をなぞり、唇の裏を撫で、舌を絡める。
互いに身を寄せ合い、抱き合ったままの為、サハギンには一舐めごとに少年が身体を震わせるのが良く分かった。
「･･･っ･･･っ･･･！」
程なく、少年は絶頂に達したらしく、再び全身を震わせた。
「･･･ん･･･」
彼女は腕の中で震える少年をじっと抱きしめると、最後に口内を舌でぐるりと舐めてから、唇を離した。
「はぁ、はぁ、はぁ･･････」
立て続けの絶頂によって少年は涙目になりながら、長距離を走り回ったあとのように喘いだ。
「･････････」
サハギンは、少年の表情をただじっと見つめていた。


――――――――――――――――――――



その後、抱き合ったまま興奮を冷まし、何度か唇を重ねたり話をしたりを繰り返すうちに、空が赤く染まり始めた。
日が傾き始めたのだ。
「それじゃあ、そろそろ帰るね」
名残惜しげに、少年はサハギンから身体を離すと、岩を降りて何度も振り返りながら進み始めた。
「今日もいろいろありがとう･･･その、今度はもっと面白い話したくさん用意してくるから･･･」
のろのろと進みながら振り返り振り返り、別れの言葉を少年は紡ぐ。
だが、ただでさえ狭い川べりのため、彼はすぐに木々の間に踏み入ってしまった。
あと一歩足を進めれば、完全に川は草木の向こうに隠れてしまうが、彼は名残惜しげに踏み止まって、言葉を紡ぎ続けた。
「今度は･･･えーと･･･干果物か何かを、出来れば持って来て･･･」
「･･････」
岩の上に座っていたサハギンが、すっと手を上げた。
そして、仏頂面を構成する真横一文字の唇が、小さく開いた。
「･･････またね･･････」
その声は、小さいながらも川の水音に掻き消されることなく、少年の耳に届いた。
「！･･･またね！」
彼は久々に聞いた彼女の声に一瞬驚きを覚えるが、すぐに表情に満面の笑みを湛えると、大きく手を振って応えた。
そして、木々の向こうへ、ずっと粘っていた最後の一歩を踏み出していった。
「･･････」
サハギンは、少年が消えていった木々の間を、草木の揺れが収まるまでじっと見つめてから、ようやく岩から降りた。
赤く染まった川面に爪先をつけ、そのままざぶりざぶりと足を進めていく。
やがて、彼女の顔の半ばまでが水に浸かったところで、彼女は振り向いて川べりへ視線を向けた。
仏頂面を構成する表情の読み難い両の目は、木々の向こう、森の向こうにあるであろう、少年の村を見つめていた。
「･･････」
そして、彼女は視線を木々から外すと、ざぶんと音を立てて水中へ消えていった。
後には、二人が腰掛けていた大きな岩と、赤く染まった岩だけが残っていた。

■作者メッセージ
え？一番乗りじゃない？というわけで十二屋です。
先日恐ろしいものを見ましたが、まあ元気です。
あらすじにもあるとおり、九割方勢いだけで書きました。
ですので表現にもいくらか粗が目立ちますが、まあ自覚しているのでご容赦下さい。

それはそうと、健康クロス先生がﾋwiﾋﾋerで言っていたのですが、サハギンのスク水に見える部分はそういう鱗や皮だそうで、脱皮して脱ぐことができるそうです。
ですので、脱皮したての内側がヌルヌルのスク水を少年に着せて、敏感なところを擦られながらの「ボク男の子なのにこんな格好で･･･ひんっ！」プレイも可能なわけです。
ですが、このプレイを思いついたのは執筆を終えてから、あとがきの「ご容赦下さい」の辺りを書いている頃だったので、時既に遅し、です。
そのうち書くかもしれませんので、適当にご期待下さい。
もしくは、どなたか書いてくれませんかねえ。期待してます（他力本願）。

それでは、今回はこの辺で。
十二屋でした。