(96)グール
"リカルドの行方はようとして知れぬが、私は奴らのところへ行ったのではないかと考える。
私は見たのだ。リカルドの家で、扉の隙間から見たのだ。
リカルドのアトリエで、リカルドが行方不明になる前に描き上げた絵のモデルを。
生きて動き、淫らささえ感じさせる動作で骨をしゃぶる、モデルを。"
サミュエル=ラヴマン著 『リカルドのモデル』より
友人を送り返してから、俺は戸締まりを確認して地下へと続く階段を下りた。
階段の先には扉が一枚立ちふさがっていた。
長年の間、地下室と階段を隔ててきた、穴があき板の隙間が目立つ、古びた扉だ。
先ほど友人は、この扉の前に立って、板の隙間をのぞくように顔を押しつけていた。
だが、板の向こうは闇で何も見えなかったはずだ。
俺は扉の鍵をはずすとアトリエに入り、手にしていたランプからろうそくに火を移した。
ろうそくに一本ずつ火を移すうち、アトリエが柔らかな光に照らされる。
アトリエといっても、元は物置だったためほとんど何も内に等しい。
あるのはイーゼルと描きかけのカンバスと、イスに作業用の台。そして、ベッドが一台だ。
「待たせたね」
ベッドの上に根転がる彼女に向け、俺はそう声をかけた。
「妙な足音がしてたと思ったら・・・知り合いかい?」
ベッドの上に根転がっていた彼女が、俺の方に顔を向けながら尋ねた。口に咥えていた鳥の骨が、彼女の一言一言に合わせて上下に踊っていた。
「ああ、サロンの知り合いでね・・・俺の絵に小説を書いてくれる、いい奴だ」
「へえ、今度読んでみたいモンだね」
彼女はそう言うと、ふふふ、と笑った。
「どうした?」
「いや・・・そのお友達は、アタシのことなんか知らないっていうのに、アタシをモデルに小説を書くっていうのが、どうもおかしくてね・・・」
彼女はそう言うと、咥えていた鳥の骨を転がした。
「まあ、グールに対する書物上での知識がベースだから、君自身が主人公というわけじゃないけどね・・・」
「でも、アタシの絵を見て書いてくれてるんだろ?だったら、そりゃアタシさね」
「まあ、そう考えるのはいいけど、読んでから『違う』って言うなよ」
俺は筆とパレットの準備をしながら、そう言った。
「ところで、そろそろ続きを書きたいから、こっちにきてくれないかな?」
「はいよ」
彼女はベッドから身を起こすと、ろうそくの光が微妙に届かない部屋の奥から、足を踏み出した。
ろうそくの光に照らし出されたのは、屍肉を食らう鬼と噂される魔物、グールの姿だった。
教団の影響力が強く、魔や不浄のものを良しとしないこの町においても、そういった闇に魅せられる人間は多くいた。
彼らは同行の士を得るため、秘密のサロンを作り出し、己の『体験』を作品として、メンバー同士で楽しんでいた。
俺はサロンでは絵描きとして通っていた。それも、ゴーストやゾンビなど、ことさら不浄だと忌み嫌われるアンデッドを得意としていた。
墓石の下からゾンビが出てくる様子を描いた『再生』や、ゴーストが廃屋の窓から町を見つめてる様子を描いた『夜想』が評価され、サロンでも中の上ほどの人気があった。
だが、それらの絵は俺の頭の中で考えたものを描いただけにすぎなかった。
実物を描くのに比べ、想像だけでものを描くのは難しい。あっと言うまに俺のアイデアは涸れ果ててしまった。
カンバスに向かっても構図一つ浮かばず、手が動いたと思えば描かれるのは過去作の焼き直しばかり。
友人の小説に、当たり障りのない挿し絵を捧げて、俺はスランプに陥っていることをごまかしていた。
グールの彼女と出会ったのは、インスピレーションを得るため、夜中に墓地を散策していたときだった。
冷えてはいるものの、妙に湿った夜気の中を進み、俺は町外れの墓地に入った。
埋葬法の制定により、死者は地中深くに埋められ、死臭は地上から消えた。墓地は俺が子供の頃よりきれいになっており、月明かりの下清浄な空気を湛えていた。
だがその一方で、おどろおどろしい、土を突き破って何かがでてきそうな気配は消えてしまっていた。
俺は死者の眠りを妨げないよう、静かに墓地を進み、あわよくばゴーストでも見られないかと思っていた。
すると、俺の耳を小さな音がたたいた。土をひっかくような、擦れる音だ。
音に誘われ、墓石の陰からそっと顔をのぞかせると、地面にひざを突き、両手で土を掘ろうとしている女の背中を、俺は見た。
墓泥棒か?それとも死体泥棒?違う、魔物だ。
真新しい墓碑の前に屈む、知識でしか知らなかったグールの姿に、俺は心の奥底で歓喜した。
想像と、他人の描いた絵でしか見たことのない魔物が、すぐそこにいる。
俺は躍る心を抑えきれず、思わず小さく声を漏らしてしまった。
ほんの少し、吐息に喉の震えが加わった程度にすぎないはずの声は、墓地の静寂を易々と打ち破った。
真新しい墓石の前に屈んでいたグールは、俺の声にはじけるような早さで顔をこちらに向けた。
一瞬髪の毛がふわりと広がり、月の光にグールの顔が晒される。
その瞬間、俺と彼女は出会った。
パレットから絵の具を筆で掬いとり、カンバスに擦りつける。
筆を一方に動かすことで、色に模様を加え、流れを作り出す。
「ねえ・・・」
「ん?」
カンバスの向こうからの、彼女の問いかけに、俺は小さく声を漏らして答えた。
「今度の絵で、何枚目だっけ?」
「あー・・・八枚目、だな」
これまでに描いた彼女をモデルとする絵を脳裏で数え、俺は答えた。
「なんだかあっと言う間だったね」
「ああ」
あっと言う間。彼女の言葉に、俺は同意した。
俺と彼女が出会った夜、俺たちは月の光に照らされる互いの姿に見惚れてしまった。
俺はインスピレーションなどどうでもよくなり、彼女は掘ろうとしていた墓に背を向けた。
それから、俺は彼女を自宅の地下に迎え、二人で生活することにした。
彼女のための部屋を整えた後で、俺が最初にしたのは、絵を描くことだった。
彼女との出会いの瞬間、月光を浴び、墓を暴こうとする彼女の姿を、俺は時折彼女の助けも借りながら描き上げた。
その一枚はサロンで大いに評価され、サロンに所属する商人によって買い上げられていった。
彼女の姿を描き、それを売る。その繰り返しが八度に及んでいるのだ。
「で・・・今度のタイトル、何だっけ?」
俺の指定したとおりの姿勢でイスに腰掛ける彼女が、ふと思い出したように尋ねた。
「『食事する屍食鬼』だな」
「ん?なんかこの間もそんなタイトルの絵を描いてもらった気がするけど・・・」
モデルをやってるだけあって、過去作のタイトルは記憶に残るらしく、彼女は俺の返答にそう返した。
「あー、たぶん四枚目の『屍食鬼、肉を食らう』のことだろうな」
「どう違うの?」
「モデルやってるんだからわかると思うが、まず構図が違う。それに四枚目では肉に勢いよく噛みついてもらっていたけど、今度は骨一本だけだ」
「あー・・・つまり、四枚目の事後みたいな感じ?」
「ちょっと違うな」
彼女の推測に、俺は首を振って答えた。
「四枚目では動きを表現していたが、今度は静的かつ性的な君の魅力を引き出したいと思う」
「静的で性的?」
「一本の骨を、イヤらしくしゃぶってるところを描きたいんだ」
俺は恥もなく、彼女にそう言った。
「理想を言うと、このぐらいじゃ君の魅力の二割も描けないが、こうしないとサロンでもさすがにお断りされてしまうんだ」
「はー、面倒くさいねえ・・・」
サロンのルールに、彼女はやれやれとばかりに頭を振った。
「でも、そんな中でもアタシをきれいに描こうとしてくれるのは嬉しいよ」
彼女はカンバスの向こうから、俺に向けてほほえむと、唇に挟んでいた鳥の骨を指で摘んだ。
「だから、おもいっきりいやらしく描いておくれよ」
そう言うと、彼女は唇を開き、赤く長い舌を出した。
延ばしているためか、やや尖っているようにも見える舌先が、むき出しになった鳥の骨をチロチロと舐め、軟らかな肉を絡み付かせた。
蛇が獲物を絡めとるように、唾液に濡れた舌が骨を覆う。
「うーん・・・」
俺は扇情的にうねる舌から目を離すと、カンバスに視線を落とした。
カンバスに描かれた彼女の口元は、未だ下書きがむき出しのままである。
どう描くべきか未だに考えあぐねているのだ。
背景や手足はすでに描きあがりつつあるだけに、俺の迷いが如実に空白に現れていた。
「どうした?」
手を止め、カンバスに目を向けた俺に、彼女がそう問いかけた。
「ああ、いや・・・せっかくモデルをしてもらっているところで悪いんだが・・・君の口元をどう表現するか迷ってね・・・」
俺は誤魔化しもせず、素直にそう白状すると彼女を招いた。
グールは鳥の骨を咥えたままイスを立つと、カンバスのこちら側に歩いてきた。
「これは・・・」
この短時間で、さらに完成に近づいた彼女の姿に、グールは感嘆の声を漏らした。
「アタシが言うのもあれだけど・・・何というか、今にも動き出しそうだねえ・・・本当に、ここにいるみたいだ・・・」
「だけど、口元ができてないからなあ」
グールの賞賛は嬉しいが、俺はそう応じた。
そう。完成しなければ、彼女の魅力など表現できないのだ。
「でも・・・何でこんなところで悩んでんのさ?」
グールは、そう不思議そうに尋ねた。
「これで八枚目だろ?もうアタシの口の描き方なんて、覚えてるんじゃないの?」
「確かに、君の口や唇の様子は、君を見なくても描けるぐらいになっているけど・・・俺がここに描きたいのは、骨をしゃぶる動きなんだ」
むき出しの下書きに目を移しながら続ける。
「一緒に暮らすようになってから、君の口の動きは毎日のように見てきた。骨から指から肉から・・・とにかく、いろんなものを舐めたり食べたりする様子を見てきた。それだけに、どの一瞬をここに描けばいいのか、迷うんだ」
「そんなもん・・・あんたの描きたいものでいいんじゃないの?」
「その描きたい口が多すぎるんだ」
「そ、そう・・・」
俺の返答に、グールはどこか気恥ずかしげに頬を掻いた。
「あ、そうだ」
彼女は手をおろすと、俺に向けて口を開いた。
「あんた、アタシの思い切りイヤらしいしゃぶり方を描きたいんでしょ?」
「まあ、そうだな」
先ほどの俺の発言を繰り返す彼女に、俺は頷く。
「だったら、今からアタシがあんたの指をしゃぶるから、一番イヤらしいと思ったところを描けばいいんじゃないの」
「うーん、しかしそれは・・・」
「どうせこのままうんうん言いながら筆握ってても、絵は描けないでしょ?一日休みにしたと思って、」
彼女の言うとおりだ。このままカンバスに向かっていても口元を描ける自信がない。それに、時間をかければかけたとしても、彼女をつきあわせるのはかわいそうだ。
「それも、そうだな」
俺は、彼女の言葉に同意した。
「じゃ、決まったところで・・・指」
グールはそう言葉を締めくくると、俺に向けて口を開いた。
唇が上下に伸び、歯列を乗り越えて舌が俺の方に延びる。
薄く目を閉じているためキスを、それも互いに貪り合うようなキスを求められているようだ。
だが俺は、唇の代わりに指を一本伸ばし、彼女の唇の間にそっと差し入れた。
指先が彼女の舌にふれ、グールがそっと口を閉じる。
完全に顎を噛み合わせず、それでいて唇は窄める。
柔らかな唇が指の半ばを優しく締め付け、彼女の舌が指先を撫でた。
「う・・・」
ほんの少し、指先を柔らかな肉で撫でられただけだというのに、俺の指先を小さな痺れが走った。
快感の刺激だ。
日常的に物に触れ、皮膚は厚くなり刺激にもなれているはずの指先に、快感が生じたのだ。
「・・・ん・・・」
彼女は瞳を目蓋の舌に隠したまま、口中で舌をうねらせ、二度三度と指を舐め回した。
細やかな突起の並ぶ舌の表面が、微かなざらつきを指先に残しながら、俺の指を撫でていく。
口内で舌をもたげると、今度は下顎と舌の間に、彼女は俺の指先を招き入れた。
舌の下の柔らかな肉に指先が埋まり、舌裏が圧迫する。
心地よい圧迫感と温もりが、指先から俺の全身に広がっていく。
ただ指先を口に含まれ、軽く舐められている。
それだけだというのに、俺は自身が高ぶっているのを感じていた。
「あぁ・・・ぅ・・・」
「・・・・・・」
彼女が舌をうごめかせ、柔らかな肉で指先を刺激する度、俺の口からは小さく声が溢れでた。
同時に、ズボンの下では肉棒が屹立し、まるで指先の代わりにそこが舐められているかのように小さく脈打っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
幾度となく心を落ち着かせ、彼女の唇のすぼまりや頬のラインを注視し、絵の参考にしようとした。
しかし、指を口に含む彼女の表情を見ているだけで、俺は達しそうになっていった。
「うぁ・・・あぁ・・・!」
情けない喘ぎ声を漏らしながらも、俺は必死に耐えた。
すると、彼女が薄く目を開き、俺の方を見ていることに気がついた。
喜色に興奮、悦びと快感とひとつまみの嗜虐。それらを混ぜ合わせた色が、彼女の瞳に浮かんでいた。
ただ見られているだけにすぎないのに、俺の何もかもを見透かすように感じられる瞳。
そして、ほんの指の半ばから先を咥えているだけにすぎないのに、俺の全身を支配するかのように快感を生じさせる口。
彼女は指一本使っていないのに、俺は手玉に取られているようだった。
「あぁ・・・!も、もう・・・!」
ズボンの内側で屹立が跳ね、限界が近いことを口走ると、不意に彼女が指を口からはなした。
唇を広げて頭を下げると、指先から彼女の下へと、粘つく唾液が糸を引いた。
「あぁ・・・!」
「どう?参考になったかい?」
消えてしまった快感に俺が声を上げると、彼女は何事もなかったかのようにそう尋ねた。
「絵のアタシが、どんな風に、どれぐらいイヤらしく骨をしゃぶるか・・・描けそうかい?」
「あ、ああ・・・!」
今し方改めて身を持って体験した、彼女の口技。今なら、それを描けそうだった。
「そりゃよかった・・・じゃあ、ちょっと早いけど、ご褒美だ・・・」
彼女は、スカートの裾をつかんで掲げると、しとどに濡れた両足の付け根を晒した。
「指一本でできあがっちまってるのは・・・あんただけじゃないんだよ・・・」
瞳に、期待の色を込めながら、彼女はイスに腰掛ける俺の膝に乗ってきた。
「ほら、出して・・・」
「あぁ・・・」
彼女の求めに、俺はズボンの内側から屹立を取り出した。
グールはそれを目にするや、嬉しげに腰を浮かして、屹立に跨った。
「入れるよ・・・」
声を震わせながら彼女がゆっくりと腰を下ろしていく。
そして、俺の肉棒を温もりが包み込んだ。
「・・・ぅう・・・!」
瞬間的に肉棒を襲った快感に、俺は我慢する事もできず達してしまった。
彼女の口で、俺の指に注がれていた刺激を上回る快感が、暴発寸前の肉棒に注がれたのだ。
我慢する方が無理な話だ。
「まず、一発目・・・」
グール自身も俺が我慢できるなどと考えていなかったらしく、あざけりの感情もなく、ただカウントするだけにとどめた。
「ほら・・・口・・・前向いて・・・」
我慢の代わりに彼女は、俺に正面を向くよう求めた。
射精の快感に、少しだけ揺らぐ俺の意識は、彼女の求めに素直に応じた。
直後、半開きの俺の唇を、グールのそれが覆った。
「・・・っ・・・!?」
唇を押し開く、彼女の唇の柔らかさに俺が小さく息を漏らしていると、彼女の舌が俺の口内に入り込んできた。
舌先は上顎の裏や歯茎を軽く一撫ですると、縮こまっていた俺の舌に絡んでいった。
赤い肉が舌を一巻きし、俺の口から外へ引きずり出していく。
「・・・っ!」
彼女に導かれるまま、俺はグールの口内に舌を突き入れていた。
すると彼女は唇を窄めて俺の舌を締め、しゃぶり始めたのだ。
俺の舌に残る唾液を洗い流し、彼女自身の涎を擦り込むように、彼女の濡れた舌が俺のそれを擦る。
「っ・・・!」
舌をしゃぶられる。いくら受けても慣れない、交わりに近い彼女のキスに、俺は指先をふるわせた。
一度射精して落ち着きを取り戻したはずの肉棒は、すでに屹立しており、彼女の下の口によってしゃぶられていた。
膣口が根本を締め付け、折り重なる膣襞の凹凸が幾枚もの舌のように肉棒を舐めていく。
舌には唾液を、屹立には愛液を擦り込まれながら、俺は二度めの限界に達しつつあった。
「・・・んふふ・・・」
俺の唇の強ばりや肉棒の脈動に何かを感じたのか、グールが低く笑う。
そして、口中の俺の舌と自身の舌を絡めあわせながら、彼女は腰をくねらせた。
肉棒を締め付け、吸いついていた女陰が、腰全体の動きによって肉棒を擦る。
膣壁のうねりだけでは生じ得ない、ひときわ強い快感に、俺は限界を迎えた。
「っ、ぁ・・・!」
唇を開き、突き出した舌を吸われながら、俺は声を上げた。
同時に、屹立から白濁が迸り、グールの舌の口が啜り上げていく。
膣壁がうねり、肉棒から放たれる精液を吸い上げていく様は、腰の奥から直接白濁を吸い出されていくようだった。
やがて、一度目より長い二度目の絶頂が落ち着いたところで、グールは唇をゆるめた。
咥え込まれていた俺の舌が解放され、荒い息が俺と彼女の口から溢れた。
「はぁはぁ・・・悪いね・・・収まりがつかなくなっちゃった・・・!」
グールは乱れた呼吸を重ねながらそう言うと、俺の唇に再び食らいついた。
俺の体に手を回し、抱きつきながらのキスは、情熱的だった。
それから、イスの上から彼女のベッドに場所を移し、さらに数度互いを求めあってから、俺たちは眠りに落ちた。
疲れを癒し、先に目を覚ましたのは俺だった。
隣で微睡むグールの寝顔をしばし楽しんでから、俺は身を起こした。
脱ぎ散らかした衣服を身につけ、ベッドを離れる。
だが、俺が向かったのは便所や洗面所ではなく、カンバスの前だった。
絵筆とパレットを手に取り、カンバスに描かれた彼女の姿を見る。
薄暗い地下室で、簡素なイスに腰掛け、鳥の骨を口元に近づけるグールが描かれていた。
だが、その口元は下書きがむき出しで、下書きも不明瞭だった。
俺は絵筆でパレットから色を取ると、下書きの上にそれを乗せた。
彼女の口元や骨のライン、唇に舌。
昨夜、たっぷりと俺を楽しませ、苛んでいった彼女の口元を、そこに描き上げた。
そして最後に、俺は彼女の目元に手を加えると、絵筆をおいた。
「できた・・・」
感想とも感嘆ともつかない、短い一語が唇から溢れ出た。
「ん・・・お疲れ・・・」
不意に、彼女のベッドから声が響いた。顔をそちらに向けると、グールが横になったまま目を開き、俺を見ているのに気がついた。
「起きてたのか」
「ほんのついさっきから・・・ね」
彼女はゆっくりとベッドの上に身を起こすと、軽く伸びをした。
そして床の上に足をおろし、衣服も身につけずに俺の方に歩いてきた。
「ちょっと見せて・・・へぇ・・・」
カンバスをのぞき込んだ彼女が、声を漏らす。
「ただの鳥の骨を、こんなにイヤらしくうまそうに・・・へぇ・・・」
唇を艶めかしく開き、舌を出して骨に絡めるカンバスの自身の分身に、彼女はそう評価した。
「昨日、いろいろ言ってた割にはすっきり決まったじゃないの」
「まあな。気がついたんだよ、口元にとらわれすぎていたって」
絵の中のグールを示しながら、俺は続ける。
「重要なのは口だけじゃなくて、顔や目に浮かぶ表情だ。いくら口元が完璧でも、イヤそうな表情が浮かんでいたら台無しだ」
「なるほどねぇ・・・」
俺の言葉に、彼女は頷いた。
「とりあえず、この八枚目で君のシリーズは終わりにしようと思う」
「へえ?次は何を描くんだ?」
「いや、もう絵は終わりだ」
彼女の問いかけに、俺は頭を振った。
「もう、今の俺が感じている君の魅力は、すべてカンバスにぶつけた。これから先、絵筆を握っても描けるのは過去の焼き直しだ。だから、もうしばらくは絵を離れようと思う」
「そう・・・まあ、あんたがそう決めたんなら、アタシは口出しできないけど・・・サロンの連中が描かせようとするんじゃないの?」
幾ばくかの心配を言葉に込めながら、彼女が問いかけた。
「たぶん、家にまで押し掛けて何か描かせようとするだろうな」
「だったら・・・」
「だから、もうこの町を離れようと思う。どこに行くかは決めてないが、君と一緒ならどこにでも行こう」
「・・・・・・」
彼女は言葉を断つと、そっと俺の後ろに立ち、俺の背中に抱きついてきた。
「どこ、行きたい?」
「君の実家とか」
「ふふ・・・あんたの実家でも、アタシはいいよ」
彼女の温もりを感じながら、俺たちはどこに行くかを考えていた。
私は見たのだ。リカルドの家で、扉の隙間から見たのだ。
リカルドのアトリエで、リカルドが行方不明になる前に描き上げた絵のモデルを。
生きて動き、淫らささえ感じさせる動作で骨をしゃぶる、モデルを。"
サミュエル=ラヴマン著 『リカルドのモデル』より
友人を送り返してから、俺は戸締まりを確認して地下へと続く階段を下りた。
階段の先には扉が一枚立ちふさがっていた。
長年の間、地下室と階段を隔ててきた、穴があき板の隙間が目立つ、古びた扉だ。
先ほど友人は、この扉の前に立って、板の隙間をのぞくように顔を押しつけていた。
だが、板の向こうは闇で何も見えなかったはずだ。
俺は扉の鍵をはずすとアトリエに入り、手にしていたランプからろうそくに火を移した。
ろうそくに一本ずつ火を移すうち、アトリエが柔らかな光に照らされる。
アトリエといっても、元は物置だったためほとんど何も内に等しい。
あるのはイーゼルと描きかけのカンバスと、イスに作業用の台。そして、ベッドが一台だ。
「待たせたね」
ベッドの上に根転がる彼女に向け、俺はそう声をかけた。
「妙な足音がしてたと思ったら・・・知り合いかい?」
ベッドの上に根転がっていた彼女が、俺の方に顔を向けながら尋ねた。口に咥えていた鳥の骨が、彼女の一言一言に合わせて上下に踊っていた。
「ああ、サロンの知り合いでね・・・俺の絵に小説を書いてくれる、いい奴だ」
「へえ、今度読んでみたいモンだね」
彼女はそう言うと、ふふふ、と笑った。
「どうした?」
「いや・・・そのお友達は、アタシのことなんか知らないっていうのに、アタシをモデルに小説を書くっていうのが、どうもおかしくてね・・・」
彼女はそう言うと、咥えていた鳥の骨を転がした。
「まあ、グールに対する書物上での知識がベースだから、君自身が主人公というわけじゃないけどね・・・」
「でも、アタシの絵を見て書いてくれてるんだろ?だったら、そりゃアタシさね」
「まあ、そう考えるのはいいけど、読んでから『違う』って言うなよ」
俺は筆とパレットの準備をしながら、そう言った。
「ところで、そろそろ続きを書きたいから、こっちにきてくれないかな?」
「はいよ」
彼女はベッドから身を起こすと、ろうそくの光が微妙に届かない部屋の奥から、足を踏み出した。
ろうそくの光に照らし出されたのは、屍肉を食らう鬼と噂される魔物、グールの姿だった。
教団の影響力が強く、魔や不浄のものを良しとしないこの町においても、そういった闇に魅せられる人間は多くいた。
彼らは同行の士を得るため、秘密のサロンを作り出し、己の『体験』を作品として、メンバー同士で楽しんでいた。
俺はサロンでは絵描きとして通っていた。それも、ゴーストやゾンビなど、ことさら不浄だと忌み嫌われるアンデッドを得意としていた。
墓石の下からゾンビが出てくる様子を描いた『再生』や、ゴーストが廃屋の窓から町を見つめてる様子を描いた『夜想』が評価され、サロンでも中の上ほどの人気があった。
だが、それらの絵は俺の頭の中で考えたものを描いただけにすぎなかった。
実物を描くのに比べ、想像だけでものを描くのは難しい。あっと言うまに俺のアイデアは涸れ果ててしまった。
カンバスに向かっても構図一つ浮かばず、手が動いたと思えば描かれるのは過去作の焼き直しばかり。
友人の小説に、当たり障りのない挿し絵を捧げて、俺はスランプに陥っていることをごまかしていた。
グールの彼女と出会ったのは、インスピレーションを得るため、夜中に墓地を散策していたときだった。
冷えてはいるものの、妙に湿った夜気の中を進み、俺は町外れの墓地に入った。
埋葬法の制定により、死者は地中深くに埋められ、死臭は地上から消えた。墓地は俺が子供の頃よりきれいになっており、月明かりの下清浄な空気を湛えていた。
だがその一方で、おどろおどろしい、土を突き破って何かがでてきそうな気配は消えてしまっていた。
俺は死者の眠りを妨げないよう、静かに墓地を進み、あわよくばゴーストでも見られないかと思っていた。
すると、俺の耳を小さな音がたたいた。土をひっかくような、擦れる音だ。
音に誘われ、墓石の陰からそっと顔をのぞかせると、地面にひざを突き、両手で土を掘ろうとしている女の背中を、俺は見た。
墓泥棒か?それとも死体泥棒?違う、魔物だ。
真新しい墓碑の前に屈む、知識でしか知らなかったグールの姿に、俺は心の奥底で歓喜した。
想像と、他人の描いた絵でしか見たことのない魔物が、すぐそこにいる。
俺は躍る心を抑えきれず、思わず小さく声を漏らしてしまった。
ほんの少し、吐息に喉の震えが加わった程度にすぎないはずの声は、墓地の静寂を易々と打ち破った。
真新しい墓石の前に屈んでいたグールは、俺の声にはじけるような早さで顔をこちらに向けた。
一瞬髪の毛がふわりと広がり、月の光にグールの顔が晒される。
その瞬間、俺と彼女は出会った。
パレットから絵の具を筆で掬いとり、カンバスに擦りつける。
筆を一方に動かすことで、色に模様を加え、流れを作り出す。
「ねえ・・・」
「ん?」
カンバスの向こうからの、彼女の問いかけに、俺は小さく声を漏らして答えた。
「今度の絵で、何枚目だっけ?」
「あー・・・八枚目、だな」
これまでに描いた彼女をモデルとする絵を脳裏で数え、俺は答えた。
「なんだかあっと言う間だったね」
「ああ」
あっと言う間。彼女の言葉に、俺は同意した。
俺と彼女が出会った夜、俺たちは月の光に照らされる互いの姿に見惚れてしまった。
俺はインスピレーションなどどうでもよくなり、彼女は掘ろうとしていた墓に背を向けた。
それから、俺は彼女を自宅の地下に迎え、二人で生活することにした。
彼女のための部屋を整えた後で、俺が最初にしたのは、絵を描くことだった。
彼女との出会いの瞬間、月光を浴び、墓を暴こうとする彼女の姿を、俺は時折彼女の助けも借りながら描き上げた。
その一枚はサロンで大いに評価され、サロンに所属する商人によって買い上げられていった。
彼女の姿を描き、それを売る。その繰り返しが八度に及んでいるのだ。
「で・・・今度のタイトル、何だっけ?」
俺の指定したとおりの姿勢でイスに腰掛ける彼女が、ふと思い出したように尋ねた。
「『食事する屍食鬼』だな」
「ん?なんかこの間もそんなタイトルの絵を描いてもらった気がするけど・・・」
モデルをやってるだけあって、過去作のタイトルは記憶に残るらしく、彼女は俺の返答にそう返した。
「あー、たぶん四枚目の『屍食鬼、肉を食らう』のことだろうな」
「どう違うの?」
「モデルやってるんだからわかると思うが、まず構図が違う。それに四枚目では肉に勢いよく噛みついてもらっていたけど、今度は骨一本だけだ」
「あー・・・つまり、四枚目の事後みたいな感じ?」
「ちょっと違うな」
彼女の推測に、俺は首を振って答えた。
「四枚目では動きを表現していたが、今度は静的かつ性的な君の魅力を引き出したいと思う」
「静的で性的?」
「一本の骨を、イヤらしくしゃぶってるところを描きたいんだ」
俺は恥もなく、彼女にそう言った。
「理想を言うと、このぐらいじゃ君の魅力の二割も描けないが、こうしないとサロンでもさすがにお断りされてしまうんだ」
「はー、面倒くさいねえ・・・」
サロンのルールに、彼女はやれやれとばかりに頭を振った。
「でも、そんな中でもアタシをきれいに描こうとしてくれるのは嬉しいよ」
彼女はカンバスの向こうから、俺に向けてほほえむと、唇に挟んでいた鳥の骨を指で摘んだ。
「だから、おもいっきりいやらしく描いておくれよ」
そう言うと、彼女は唇を開き、赤く長い舌を出した。
延ばしているためか、やや尖っているようにも見える舌先が、むき出しになった鳥の骨をチロチロと舐め、軟らかな肉を絡み付かせた。
蛇が獲物を絡めとるように、唾液に濡れた舌が骨を覆う。
「うーん・・・」
俺は扇情的にうねる舌から目を離すと、カンバスに視線を落とした。
カンバスに描かれた彼女の口元は、未だ下書きがむき出しのままである。
どう描くべきか未だに考えあぐねているのだ。
背景や手足はすでに描きあがりつつあるだけに、俺の迷いが如実に空白に現れていた。
「どうした?」
手を止め、カンバスに目を向けた俺に、彼女がそう問いかけた。
「ああ、いや・・・せっかくモデルをしてもらっているところで悪いんだが・・・君の口元をどう表現するか迷ってね・・・」
俺は誤魔化しもせず、素直にそう白状すると彼女を招いた。
グールは鳥の骨を咥えたままイスを立つと、カンバスのこちら側に歩いてきた。
「これは・・・」
この短時間で、さらに完成に近づいた彼女の姿に、グールは感嘆の声を漏らした。
「アタシが言うのもあれだけど・・・何というか、今にも動き出しそうだねえ・・・本当に、ここにいるみたいだ・・・」
「だけど、口元ができてないからなあ」
グールの賞賛は嬉しいが、俺はそう応じた。
そう。完成しなければ、彼女の魅力など表現できないのだ。
「でも・・・何でこんなところで悩んでんのさ?」
グールは、そう不思議そうに尋ねた。
「これで八枚目だろ?もうアタシの口の描き方なんて、覚えてるんじゃないの?」
「確かに、君の口や唇の様子は、君を見なくても描けるぐらいになっているけど・・・俺がここに描きたいのは、骨をしゃぶる動きなんだ」
むき出しの下書きに目を移しながら続ける。
「一緒に暮らすようになってから、君の口の動きは毎日のように見てきた。骨から指から肉から・・・とにかく、いろんなものを舐めたり食べたりする様子を見てきた。それだけに、どの一瞬をここに描けばいいのか、迷うんだ」
「そんなもん・・・あんたの描きたいものでいいんじゃないの?」
「その描きたい口が多すぎるんだ」
「そ、そう・・・」
俺の返答に、グールはどこか気恥ずかしげに頬を掻いた。
「あ、そうだ」
彼女は手をおろすと、俺に向けて口を開いた。
「あんた、アタシの思い切りイヤらしいしゃぶり方を描きたいんでしょ?」
「まあ、そうだな」
先ほどの俺の発言を繰り返す彼女に、俺は頷く。
「だったら、今からアタシがあんたの指をしゃぶるから、一番イヤらしいと思ったところを描けばいいんじゃないの」
「うーん、しかしそれは・・・」
「どうせこのままうんうん言いながら筆握ってても、絵は描けないでしょ?一日休みにしたと思って、」
彼女の言うとおりだ。このままカンバスに向かっていても口元を描ける自信がない。それに、時間をかければかけたとしても、彼女をつきあわせるのはかわいそうだ。
「それも、そうだな」
俺は、彼女の言葉に同意した。
「じゃ、決まったところで・・・指」
グールはそう言葉を締めくくると、俺に向けて口を開いた。
唇が上下に伸び、歯列を乗り越えて舌が俺の方に延びる。
薄く目を閉じているためキスを、それも互いに貪り合うようなキスを求められているようだ。
だが俺は、唇の代わりに指を一本伸ばし、彼女の唇の間にそっと差し入れた。
指先が彼女の舌にふれ、グールがそっと口を閉じる。
完全に顎を噛み合わせず、それでいて唇は窄める。
柔らかな唇が指の半ばを優しく締め付け、彼女の舌が指先を撫でた。
「う・・・」
ほんの少し、指先を柔らかな肉で撫でられただけだというのに、俺の指先を小さな痺れが走った。
快感の刺激だ。
日常的に物に触れ、皮膚は厚くなり刺激にもなれているはずの指先に、快感が生じたのだ。
「・・・ん・・・」
彼女は瞳を目蓋の舌に隠したまま、口中で舌をうねらせ、二度三度と指を舐め回した。
細やかな突起の並ぶ舌の表面が、微かなざらつきを指先に残しながら、俺の指を撫でていく。
口内で舌をもたげると、今度は下顎と舌の間に、彼女は俺の指先を招き入れた。
舌の下の柔らかな肉に指先が埋まり、舌裏が圧迫する。
心地よい圧迫感と温もりが、指先から俺の全身に広がっていく。
ただ指先を口に含まれ、軽く舐められている。
それだけだというのに、俺は自身が高ぶっているのを感じていた。
「あぁ・・・ぅ・・・」
「・・・・・・」
彼女が舌をうごめかせ、柔らかな肉で指先を刺激する度、俺の口からは小さく声が溢れでた。
同時に、ズボンの下では肉棒が屹立し、まるで指先の代わりにそこが舐められているかのように小さく脈打っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・!」
幾度となく心を落ち着かせ、彼女の唇のすぼまりや頬のラインを注視し、絵の参考にしようとした。
しかし、指を口に含む彼女の表情を見ているだけで、俺は達しそうになっていった。
「うぁ・・・あぁ・・・!」
情けない喘ぎ声を漏らしながらも、俺は必死に耐えた。
すると、彼女が薄く目を開き、俺の方を見ていることに気がついた。
喜色に興奮、悦びと快感とひとつまみの嗜虐。それらを混ぜ合わせた色が、彼女の瞳に浮かんでいた。
ただ見られているだけにすぎないのに、俺の何もかもを見透かすように感じられる瞳。
そして、ほんの指の半ばから先を咥えているだけにすぎないのに、俺の全身を支配するかのように快感を生じさせる口。
彼女は指一本使っていないのに、俺は手玉に取られているようだった。
「あぁ・・・!も、もう・・・!」
ズボンの内側で屹立が跳ね、限界が近いことを口走ると、不意に彼女が指を口からはなした。
唇を広げて頭を下げると、指先から彼女の下へと、粘つく唾液が糸を引いた。
「あぁ・・・!」
「どう?参考になったかい?」
消えてしまった快感に俺が声を上げると、彼女は何事もなかったかのようにそう尋ねた。
「絵のアタシが、どんな風に、どれぐらいイヤらしく骨をしゃぶるか・・・描けそうかい?」
「あ、ああ・・・!」
今し方改めて身を持って体験した、彼女の口技。今なら、それを描けそうだった。
「そりゃよかった・・・じゃあ、ちょっと早いけど、ご褒美だ・・・」
彼女は、スカートの裾をつかんで掲げると、しとどに濡れた両足の付け根を晒した。
「指一本でできあがっちまってるのは・・・あんただけじゃないんだよ・・・」
瞳に、期待の色を込めながら、彼女はイスに腰掛ける俺の膝に乗ってきた。
「ほら、出して・・・」
「あぁ・・・」
彼女の求めに、俺はズボンの内側から屹立を取り出した。
グールはそれを目にするや、嬉しげに腰を浮かして、屹立に跨った。
「入れるよ・・・」
声を震わせながら彼女がゆっくりと腰を下ろしていく。
そして、俺の肉棒を温もりが包み込んだ。
「・・・ぅう・・・!」
瞬間的に肉棒を襲った快感に、俺は我慢する事もできず達してしまった。
彼女の口で、俺の指に注がれていた刺激を上回る快感が、暴発寸前の肉棒に注がれたのだ。
我慢する方が無理な話だ。
「まず、一発目・・・」
グール自身も俺が我慢できるなどと考えていなかったらしく、あざけりの感情もなく、ただカウントするだけにとどめた。
「ほら・・・口・・・前向いて・・・」
我慢の代わりに彼女は、俺に正面を向くよう求めた。
射精の快感に、少しだけ揺らぐ俺の意識は、彼女の求めに素直に応じた。
直後、半開きの俺の唇を、グールのそれが覆った。
「・・・っ・・・!?」
唇を押し開く、彼女の唇の柔らかさに俺が小さく息を漏らしていると、彼女の舌が俺の口内に入り込んできた。
舌先は上顎の裏や歯茎を軽く一撫ですると、縮こまっていた俺の舌に絡んでいった。
赤い肉が舌を一巻きし、俺の口から外へ引きずり出していく。
「・・・っ!」
彼女に導かれるまま、俺はグールの口内に舌を突き入れていた。
すると彼女は唇を窄めて俺の舌を締め、しゃぶり始めたのだ。
俺の舌に残る唾液を洗い流し、彼女自身の涎を擦り込むように、彼女の濡れた舌が俺のそれを擦る。
「っ・・・!」
舌をしゃぶられる。いくら受けても慣れない、交わりに近い彼女のキスに、俺は指先をふるわせた。
一度射精して落ち着きを取り戻したはずの肉棒は、すでに屹立しており、彼女の下の口によってしゃぶられていた。
膣口が根本を締め付け、折り重なる膣襞の凹凸が幾枚もの舌のように肉棒を舐めていく。
舌には唾液を、屹立には愛液を擦り込まれながら、俺は二度めの限界に達しつつあった。
「・・・んふふ・・・」
俺の唇の強ばりや肉棒の脈動に何かを感じたのか、グールが低く笑う。
そして、口中の俺の舌と自身の舌を絡めあわせながら、彼女は腰をくねらせた。
肉棒を締め付け、吸いついていた女陰が、腰全体の動きによって肉棒を擦る。
膣壁のうねりだけでは生じ得ない、ひときわ強い快感に、俺は限界を迎えた。
「っ、ぁ・・・!」
唇を開き、突き出した舌を吸われながら、俺は声を上げた。
同時に、屹立から白濁が迸り、グールの舌の口が啜り上げていく。
膣壁がうねり、肉棒から放たれる精液を吸い上げていく様は、腰の奥から直接白濁を吸い出されていくようだった。
やがて、一度目より長い二度目の絶頂が落ち着いたところで、グールは唇をゆるめた。
咥え込まれていた俺の舌が解放され、荒い息が俺と彼女の口から溢れた。
「はぁはぁ・・・悪いね・・・収まりがつかなくなっちゃった・・・!」
グールは乱れた呼吸を重ねながらそう言うと、俺の唇に再び食らいついた。
俺の体に手を回し、抱きつきながらのキスは、情熱的だった。
それから、イスの上から彼女のベッドに場所を移し、さらに数度互いを求めあってから、俺たちは眠りに落ちた。
疲れを癒し、先に目を覚ましたのは俺だった。
隣で微睡むグールの寝顔をしばし楽しんでから、俺は身を起こした。
脱ぎ散らかした衣服を身につけ、ベッドを離れる。
だが、俺が向かったのは便所や洗面所ではなく、カンバスの前だった。
絵筆とパレットを手に取り、カンバスに描かれた彼女の姿を見る。
薄暗い地下室で、簡素なイスに腰掛け、鳥の骨を口元に近づけるグールが描かれていた。
だが、その口元は下書きがむき出しで、下書きも不明瞭だった。
俺は絵筆でパレットから色を取ると、下書きの上にそれを乗せた。
彼女の口元や骨のライン、唇に舌。
昨夜、たっぷりと俺を楽しませ、苛んでいった彼女の口元を、そこに描き上げた。
そして最後に、俺は彼女の目元に手を加えると、絵筆をおいた。
「できた・・・」
感想とも感嘆ともつかない、短い一語が唇から溢れ出た。
「ん・・・お疲れ・・・」
不意に、彼女のベッドから声が響いた。顔をそちらに向けると、グールが横になったまま目を開き、俺を見ているのに気がついた。
「起きてたのか」
「ほんのついさっきから・・・ね」
彼女はゆっくりとベッドの上に身を起こすと、軽く伸びをした。
そして床の上に足をおろし、衣服も身につけずに俺の方に歩いてきた。
「ちょっと見せて・・・へぇ・・・」
カンバスをのぞき込んだ彼女が、声を漏らす。
「ただの鳥の骨を、こんなにイヤらしくうまそうに・・・へぇ・・・」
唇を艶めかしく開き、舌を出して骨に絡めるカンバスの自身の分身に、彼女はそう評価した。
「昨日、いろいろ言ってた割にはすっきり決まったじゃないの」
「まあな。気がついたんだよ、口元にとらわれすぎていたって」
絵の中のグールを示しながら、俺は続ける。
「重要なのは口だけじゃなくて、顔や目に浮かぶ表情だ。いくら口元が完璧でも、イヤそうな表情が浮かんでいたら台無しだ」
「なるほどねぇ・・・」
俺の言葉に、彼女は頷いた。
「とりあえず、この八枚目で君のシリーズは終わりにしようと思う」
「へえ?次は何を描くんだ?」
「いや、もう絵は終わりだ」
彼女の問いかけに、俺は頭を振った。
「もう、今の俺が感じている君の魅力は、すべてカンバスにぶつけた。これから先、絵筆を握っても描けるのは過去の焼き直しだ。だから、もうしばらくは絵を離れようと思う」
「そう・・・まあ、あんたがそう決めたんなら、アタシは口出しできないけど・・・サロンの連中が描かせようとするんじゃないの?」
幾ばくかの心配を言葉に込めながら、彼女が問いかけた。
「たぶん、家にまで押し掛けて何か描かせようとするだろうな」
「だったら・・・」
「だから、もうこの町を離れようと思う。どこに行くかは決めてないが、君と一緒ならどこにでも行こう」
「・・・・・・」
彼女は言葉を断つと、そっと俺の後ろに立ち、俺の背中に抱きついてきた。
「どこ、行きたい?」
「君の実家とか」
「ふふ・・・あんたの実家でも、アタシはいいよ」
彼女の温もりを感じながら、俺たちはどこに行くかを考えていた。
12/12/17 17:55更新 / 十二屋月蝕
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